序卦伝
按,序卦,韓康伯謂非聖人之蘊,沙隨程氏謂非聖人之書,朱子辨其不然。謂此中事事夾雜,無所不有。雖非聖人之精,不可謂非聖人之蘊也。今從《程傳》,分析其辭,見於六十四卦之首。則在此註釋可畧,附諸儒別論於後。
按ずるに、《序卦伝》に関しては、晋代の韓康伯はそれを聖人の深藴に算入す可からずと認め、宋代の沙随程迥は更にそれを根本に聖人の作に非ずと説き、朱子は則ち辯駁して然らずと説く。朱子の意思は、この篇の裏頭は頭緒夾雑して何でも有り、聖人の最も精微のものに算入す可からず虽も、而してそれを聖人の積蓄する所の義理に非ずと説く能わず。本書は如今程頤《伊川易伝》の弁法を採用し、《序卦》の文句を拆開し、分別に六十四卦の各卦の首に繫げ(前文の各卦に已に随処に解き過ぎたり)、故にここの注釈は以て簡より従す可く、ただ諸家の另外の議論を後面に附録す。
有天地,然後萬物生焉。盈天地之間者唯萬物,故受之以屯。屯者,盈也。屯者,物之始生也。物生必蒙,故受之以蒙。蒙者,蒙也,物之穉也。物穉不可不養也,故受之以需。需者,飲食之道也。飲食必有訟,故受之以訟。訟必有眾起,故受之以師。師者,眾也。眾必有所比,故受之以比。比者,比也。
先ず天地有り、然る後に万物始めて生出す。天地之間に充塞するはただ万物のみ、故に乾坤の後に《屯》卦を接ぐ——「屯」は充満にして、また万物の初生の時の挣扎して出づるの様子なり。万物初生は必ず蒙昧無知、故に《蒙》卦を接ぐ——「蒙」は蒙昧、万物の幼稚階段を指す。幼稚なれば則ち養育を加えざる能わず、故に《需》卦を接ぐ——「需」の講ずるは飲食供養の道なり。飲食の利有れば則ち必然に争奪を引起す、故に《訟》卦を接ぐ。争訟は一たび起これば必然に衆を聚めて相闘す、故に《師》卦を接ぐ——「師」は衆なり。既に衆を聚めれば、則ち必然に親附帰属有るを要す、故に《比》卦を接ぐ——「比」はすなわち親附なり。この一串の関鍵は、卦序は随手に排するに非ず、毎一卦は皆前卦の必然的後果より推し出だせるに在り。
比必有所畜,故受之以小畜。物畜然後有禮,故受之以履。履而泰,然後安,故受之以泰。泰者,通也。物不可以終通,故受之以否。物不可以終否,故受之以同人。與人同者,物必歸焉,故受之以大有。有大者,不可以盈,故受之以謙。有大而能謙必豫,故受之以豫。
人群は親附したる後は必然に積聚する所有り、故に《小畜》卦を接ぐ。積蓄有りて然る後に始めて礼節を講じ起こすを得、故に《履》卦を接ぐ(「履」はすなわち礼)。礼に依りて行い上下通泰し、然る後に始めて安定し得、故に《泰》卦を接ぐ——「泰」は通なり。事物は永遠に通泰する能わず、故に《否》卦を接ぐ。同様に、また永遠に閉塞する能わず、閉塞久しければ人心は合を思う、故に《同人》卦を接ぐ。能く人と心を同じくする者は、天下は必然に彼に帰附す、故に《大有》卦を接ぐ。広大を擁有すれば則ち自満す可からず、故に《謙》卦を接ぐ。広大を擁有して而して又能く謙退すれば、必然に安楽、故に《豫》卦を接ぐ。見るべし通より塞に至り塞より通に返るは、相反して相成り。謙より豫を致すは、則ち相因じて生ずるなり。
豫必有隨,故受之以隨。以喜隨人者必有事,故受之以蠱。蠱者,事也。有事而後可大,故受之以臨。臨者,大也。物大然後可觀,故受之以觀。可觀而後有所合,故受之以噬嗑。嗑者,合也。物不可以苟合而已,故受之以賁。賁者,飾也。
和楽の世は必ず人の相随附する有り、故に《随》卦を接ぐ。人人は喜悦を懐きて別人を追随し、日久しければ必ず弊壊を生じて而して整治を須うる事あり、故に《蠱》卦を接ぐ——「蠱」は(積弊を整治するの)事なり。能く事に任じて然る後に基業は始めて壮大し得、故に《臨》卦を接ぐ——「臨」は大なり。事物壮大して然る後に始めて観瞻すべきの気象あり、故に《観》卦を接ぐ。観瞻すべき有りて然る後に始めて會合を招来す、故に《噬嗑》卦を接ぐ——「嗑」は合なり。可是人物の間はただ苟且湊合するのみにすること能わず、還た文飾節文有るを須す、故に《賁》卦を接ぐ——「賁」は文飾なり。
致飾然後亨則盡矣,故受之以剝。剝者,剝也。物不可以終盡,剝窮上反下,故受之以復。復則不妄矣,故受之以無妄。有無妄然後可畜,故受之以大畜。物畜然後可養,故受之以頤。頤者,養也。不養則不可動,故受之以大過。物不可以終過,故受之以坎。坎者,陷也。陷必有所麗,故受之以離。離者,麗也。
文飾は極処に做り到れば、亨通の道もまた尽頭に走り到る、故に《剥》卦を接ぐ——「剥」は剥落なり。事物は徹底に剥尽せらるることなし、《剥》卦の一陽は最上の一爻に剥り到り、窮極して而して最下の一爻に返り、則ち《復》卦と成る、故に《復》を接ぐ。陽気は一たび復帰すれば、人は便ち本真に帰りて虚妄ならず、故に《无妄》卦を接ぐ。惟だ其れ真実にして妄ならざる、然る後に始めて徳を蓄え住むを得、故に《大畜》卦を接ぐ。積蓄豊厚にして然る後に能く供養す、故に《頤》卦を接ぐ——「頤」は養なり。先ず養足せざれば則ち動作する所有る能わず、故に《大過》卦を接ぐ。事物は一直に過甚して往下する能わず、過甚は必ず険陥を致す、故に《坎》卦を接ぐ——「坎」は陥なり。陥落の中は必ず依附する所有りて始めて出で来るを得、故に《離》卦を接ぐ——「離」は附麗なり。上経三十卦はここに到りて止まる。
序卦之意。有以相因為序,乾坤屯蒙是也。有以相反為序,泰否剝復是也。天地間不出相因相反二者。始則相因,極必相反也。右上篇
《序卦》の排列の義理は、帰結すればただ両種のみ。一種は相因じて序と為す、すなわち後卦は前卦より順勢に生出す、乾坤は屯を生じ屯は蒙を生ずるが如し。另一種は相反して序と為す、すなわち物は極まりて而して反す、後卦は前卦と相対す、泰の後は必ず否・剥の後は必ず復の如し。天地之間の変化はこの両条を出でず。起初は総じて勢いに順い相生し、極処に推し到れば則ち必然に反転す。以上は上篇。
有天地,然後有萬物。有萬物,然後有男女。有男女,然後有夫婦。有夫婦,然後有父子。有父子,然後有君臣。有君臣,然後有上下。有上下,然後禮儀有所錯。夫婦之道不可以不久也,故受之以恆。恆者,久也。物不可以久居其所,故受之以遯。遯者,退也。
下経は人倫より講じ起こす。天地有りて、然る後に始めて万物あり。万物有りて、然る後に始めて男女あり。男女有りて、然る後に始めて夫婦を結ぶ。夫婦有りて、然る後に始めて父子あり。父子有りて、然る後に始めて君臣あり。君臣有りて、然る後に始めて上下尊卑を分かつ。上下有りて、礼義制度は始めて安放施設するの処あり(「錯」はすなわち措置)。夫婦の道は長久ならざる可からず、故に《咸》卦(男女交感)の後に《恒》卦を接ぐ——「恒」は久なり。可是如何なるものも長久に一処を固守して変わらざる能わず、故に《遯》卦を接ぐ——「遯」は退避なり。
物不可終遯,故受之以大壯。物不可以終壯,故受之以晉。晉者,進也。進必有所傷,故受之以明夷。夷者,傷也。傷於外者必反其家,故受之以家人。家道窮必乖,故受之以睽。睽者,乖也。乖必有難,故受之以蹇。蹇者,難也。物不可終難,故受之以解。解者,緩也。
退避もまた退きて底に到る能わず、退き極まれば必ず反りて壮盛、故に《大壮》卦を接ぐ。壮盛もまた一直に壮んに往下する能わず、壮なれば則ち必ず上進を求む、故に《晉》卦を接ぐ——「晉」は進なり。一味に前進すれば必然に損傷を招致す、故に《明夷》卦を接ぐ——「夷」は傷なり。外面に於て傷を受けたる人は必ず自らの家中に退回す、故に《家人》卦を接ぐ。家道は窮処に走り到れば必ず乖離を生ず、故に《睽》卦を接ぐ——「睽」は乖背なり。乖背は必ず患難を生ず、故に《蹇》卦を接ぐ——「蹇」は難なり。患難は永無了結せず、故に《解》卦を接ぐ——「解」は舒緩なり。
緩必有所失,故受之以損。損而不已必益,故受之以益。益而不已必決,故受之以夬。夬者,決也。決必有所遇,故受之以姤。姤者,遇也。物相遇而後聚,故受之以萃。萃者,聚也。聚而上者謂之升,故受之以升。升而不已,必困,故受之以困。困乎上者必反下,故受之以井。井道不可不革,故受之以革。革物者莫若鼎,故受之以鼎。
松緩し来れば必ず廃失する所有り、故に《損》卦を接ぐ。減損止まず、損極まれば反りて増す、故に《益》卦を接ぐ。増益止まず、満極まれば必ず潰決す、故に《夬》卦を接ぐ——「夬」は決なり。決去したる後は必ず不期にして遇う者有り、故に《姤》卦を接ぐ——「姤」は相遇なり。彼此相遇して然る後に始めて聚會す、故に《萃》卦を接ぐ——「萃」は聚なり。聚積して而して上騰するを則ち升と呼ぶ、故に《升》卦を接ぐ。一味に上昇して止まざれば、力尽くれば必ず困窮に至る、故に《困》卦を接ぐ。上面に於て困住せるは必然に反りて下に求む、故に《井》卦を接ぐ(井は地下に在りて人を養う)。井は日久しければ汚濁し、淘治変革を加えざれば可ならず、故に《革》卦を接ぐ。而して物性を変革し化生を熟と為すの器具は鼎より過ぐるなし、故に《鼎》卦を接ぐ。
主器者莫若長子,故受之以震。震者,動也。物不可以終動,止之,故受之以艮。艮者,止也。物不可以終止,故受之以漸。漸者,進也。進必有所歸,故受之以歸妹。得其所歸者必大,故受之以豐。豐者,大也。窮大者必失其居,故受之以旅。旅而無所容,故受之以巽。巽者,入也。
宗廟鼎器を主持する者は長子より過ぐるなし、而して震は正に長男の卦、故に《震》卦を接ぐ——「震」は動なり。事物は一直に動いて停まらざる能わず、動きて時に到ればそれを止住すを要す、故に《艮》卦を接ぐ——「艮」は止なり。もまた一直に静止して動かざる能わず、故に《漸》卦を接ぐ——「漸」は循序漸進なり。前進は必ず一個の帰宿有るを要す、故に《帰妹》卦を接ぐ(女子嫁してその帰を得)。帰宿を得たるは必然に日に盛大ならん、故に《豊》卦を接ぐ——「豊」は大なり。可是盛大を極処に推し到る人は反って安居する所を失去す、故に《旅》卦を接ぐ。羈旅して外に在りて容身する処なければ、只好く卑順して以て入るを求む、故に《巽》卦を接ぐ——「巽」は入なり。
入而後說之,故受之以兌。兌者,說也。說而後散之,故受之以渙。渙者,離也。物不可以終離,故受之以節。節而信之,故受之以中孚。有其信者,必行之,故受之以小過。有過物者必濟,故受之既濟。物不可窮也,故受之以未濟終焉。
能く入りて而して後に彼此相悦ぶ、故に《兌》卦を接ぐ——「兌」は悦なり。悦びて過頭に到れば人心は則ち涣散す、故に《涣》卦を接ぐ——「涣」は離散なり。離散は以て底に到る可からず、須く制度の約束有るべし、故に《節》卦を接ぐ。節制有りて而して又能く人に信を取る、故に《中孚》卦を接ぐ(中心の誠信)。心裏に真実の信念有れば、則ち必ず行動に付諸せんと要す、行動は难免稍々過分す、故に《小過》卦を接ぐ。能く常人より一点多做する者は、事情は必ず成弁し得、故に《既済》卦を接ぐ。可是天下の事に真正に穷尽するの一天なし、故に最後は《未済》卦を以て全書を收結す。
右下篇。或問,易上經三十卦,下經三十四卦,多寡不均何也。曰。卦有正對,有反對。乾坤坎離頤大過中孚小過八卦,正對也。正對不變,故反覆觀之止成八卦。其餘五十六卦,反對也。反對者皆變,故反覆觀之共二十八卦。
以上は下篇。人の問う有り、《周易》上経はただ三十卦のみ、下経は却って三十四卦あり、多少均ならず、これは為何。答えていう、卦に「正対」(錯卦、六爻の陰陽全反)と「反対」(綜卦、卦体の上下颠倒)の両類あり。乾・坤・坎・離・頤・大過・中孚・小過のこの八卦は正対に属し、それらは上下倒して看ても還た原様、新卦を生ぜず、故に翻來覆去して仍おただ八個の卦のみ。其余の五十六卦は反対に属し、倒过来れば則ち另一卦に変じ、両卦は一個の卦体を共用す、故に翻來覆去してただ二十八個の卦体を成すのみ。
以正對卦合反對卦觀之,總而為三十六卦。其在上經,不變卦凡六,乾坤坎離頤大過是也。自屯蒙而下二十四卦,反之則為十二卦。以十二而加六,則十八也。其在下經,不變卦凡二,中孚小過是也。自咸恆而下三十二,反之則為十六。以十六而加二,亦十八也。其多寡之數未嘗不均也。
八個の正対卦と二十八個の反対卦体とを合わせて算えば、全部の《易》は其実ただ三十六個の卦体のみ。分かちて看れば、上経の裏に倒过来て変わらざるは六卦あり、すなわち乾・坤・坎・離・頤・大過。屯・蒙以下の二十四卦は皆反対にして、両々に一体を共用し、折りて十二個の卦体を成す。十二に六を加えて、正好く十八。下経の裏に倒过来て変わらざるはただ両卦のみ、すなわち中孚・小過。咸・恒以下の三十二卦は皆反対、折りて十六個の卦体を成す。十六に二を加えて、もまた正好く十八。見るべし上下経は各々十八個の卦体を占め、多少の数は原本是れ均等にして、表面上の三十と三十四の差は并な問題と成らず。
雙湖胡氏曰,文王序卦大抵本先天圖。以東西南北四方正卦乾坤坎離,為上經之始終。以西北隅艮、東南隅兌合而為咸。西南隅巽、東北隅震合而為恆。四隅反卦為下經之始。而終之以既未濟,則亦坎離之交不交也。
元代の双湖胡一桂がいう、文王の卦序を排定するは、大体上は伏羲先天図に依拠するなり。先天図上の東南西北四個の正位は乾(南)・坤(北)・離(東)・坎(西)の四個の正卦、文王は則ち乾坤を用いて頭を起こし坎離を以て尾を收め、以て上経の首尾と為す。先天図の西北角は艮・東南角は兌、この両卦を合わせれば(艮下兌上)則ち《咸》卦なり。西南角は巽・東北角は震、この両卦を合わせれば(巽下震上)則ち《恒》卦なり。ここに於て四隅の卦を以て相配して成せる咸・恒を用いて以て下経の開端と為す。下経は最後に《既済》《未済》を以て尾を收め、説く所は還た坎離両卦の水火の交と交らざるのみなり。
故乾坤坎離四純卦皆居上經。震巽艮兌四純卦皆居下經,又以反對為次。離非伏羲之舊,而先天之圖大旨則備見焉。夫子序卦,直以卦名發其次第之義,而他則未暇及耳。
故に乾・坤・坎・離のこの四個の純卦(八純卦の中の四正)は皆上経に安排し、震・巽・艮・兌のこの四個の純卦(四隅)は皆下経に安排し、再び反対相綜の関係に按じて依次に排列す。この様の卦序は虽已に伏羲先天図の旧貌に非ざるも、但し先天図の大旨は仍然として完整地にその中に体現せり。孔子の《序卦伝》を作すは、ただ直接に毎一卦の卦名に就きて前後相承の義理を点出す、卦位図象のこの一層に至っては、彼は則ち顧みて説くに及ばざるなり。
又按,呂氏《要指》曰,易,變易也。天下有可變之理,聖人有能變之道。反需為訟,泰為否,隨為蠱,晉為明夷,家人為睽。此不善變者也。反剝為復,遯為壯,蹇為解,損為益,困為井。此善變者也。文王示人以可變之幾,則危可安,亂可治。特一轉移間耳。後天之學其以人事贊天地之妙歟。
また呂氏《要指》の説くに按ずるに、《易》はすなわち変易なり。天下の事に転変し得ざるの道理なし、聖人は則ち転変を促成するの方法を掌握す。《需》を倒过来れば則ち《訟》を成し、《泰》を倒过来れば《否》を成し、《随》を倒过来れば《蠱》を成し、《晉》を倒过来れば《明夷》を成し、《家人》を倒过来れば《睽》を成す——この数組は好より壊に転ず、是れ転変に善からざるに属す。反ってこれ、《剥》を倒过来れば《復》を成し、《遯》を倒过来れば《大壮》を成し、《蹇》を倒过来れば《解》を成し、《損》を倒过来れば《益》を成し、《困》を倒过来れば《井》を成す——この数組は壊より好に転ず、是れ転変に善きに属す。文王のこの様の卦序を排出せるは、人々に指示せんと要す。転変の契機は則ち眼前に擺り、危局は転じて安と為り可く、乱世は転じて治と為り可く、ただ一念一挙の転移の間に在るのみ。文王の後天の学は、正に人事の努力を用いて以て天地の造化を賛助せんとするか。
又嘗合上下經始終而論之。乾坤,天地也。坎離,水火也。以體言也。咸恆,夫婦也。既未濟,水火之交不交也。以用言也。上經以天道為主,具人道於其中。下經以人道為主,具天道於其內。三才之間,坎離最為切用。日月不運,寒暑不成矣。民非水火不生活矣。心火炎燥而不降,腎水涸竭而不升,百病侵陵矣。故上下經皆以坎離為終焉。
我はまた嘗て上下経の首尾を合わせて看たり。上経は乾坤を以て開端と為し坎離を以て收尾と為す、乾坤は天地・坎離は水火、説く所は皆本体なり。下経は咸恒を以て開端と為し既未済を以て收尾と為す、咸恒は夫婦・既済未済は水火の交と交らざる、説く所は皆功用なり。上経は天道を以て主と為して而して人道はその中に包含せり。下経は人道を以て主と為して而して天道はその内に包含せり。天・地・人の三才の間に於て、坎離水火の作用は最も切近なり。日月(離は日と為り坎は月と為る)運行せざれば、寒暑は歳を成す能わず。百姓は水火を離れれば以て生活するに由なし。人身に就きて言えば、心火は炎上燥熱して而して下降せず、腎水は枯竭して而して上昇せざれば、百病は則ち虚に乗じて入らんとす。故に上経と下経は皆坎離を用いて結と為す。
按,沙隨程氏謂序卦非聖人之書,韓康伯謂序卦非聖人之精蘊,朱子辨之曰,謂序卦非聖人之精則可,非聖人之蘊則不可。太極生兩儀,兩儀生四象,此易之精也。序卦無所不有,此易之蘊也。
按ずるに、沙随程迥は《序卦》は聖人の著作に非ずと説き、韓康伯は《序卦》は聖人の精微の藴奥に算入す可からずと説き、朱子は則ち辨析していう、《序卦》は聖人の最も精微のものに非ずと説くは可なり、それを聖人の積蓄する所の義理に非ずと説くは却って行けず、と。太極は両儀を生じ両儀は四象を生ず、この一層は始めて《易》の「精」と呼ばる、是れ最も純粋の本原なり。《序卦》は万象を包羅して何の内容でも有り、この一層は《易》の「藴」と呼ばる、是れ聖人の積存し来たれる豊厚の義理なり。二者は層次同じからず、以てそれの精ならざるを因りて、則ちそれの藴あるを否認する能わず。
今按,橫圖圓圖方圖之序,伏羲所由以畫卦也。先天之學,不待語言文字者也。序卦所云,文王所由以作易也。後天之學,得語言文字而明者也。伏羲之後,連山首艮,歸藏首坤。則六十四卦之序,在夏商已不一。
如今我の看法は、横図・円図・方図のあの一套の次序は、伏羲の据りて以て卦を画く所、先天の学に属し、言語文字を須いずして自然に成立す。《序卦》の講ずる所のこの一套は、則ち文王の据りて以て《易》を作す所、後天の学に属し、言語文字を倚らざれば講じ明白するを得ず。而且に伏羲の後、夏代の《連山》は艮卦を以て首と為し、商代の《帰蔵》は坤卦を以て首と為す、見るべし六十四卦の排序は夏商両代に於て就已に各々相同じからず、本来は則ちただ一種の排法のみ有るに非ず。
文王憂患作易,曲盡天道人事之變。皆從卦之名義,或取相因,或取相反而為之序。故序卦所云,謂非先天之精蘊則可,謂非後天之精蘊則不可。後人或即麻衣反對之言以明序卦之偽,則尤一偏之論。夫屯之與蒙,需之與訟,其為綜卦何疑。坤後繼屯,蒙後次師,於卦畫非有所據。自當如序卦所云,由卦名以思其義。程氏疑其非聖人之書,得無過乎。
文王は憂患の中に於て《易》を作し、天道と人事の種種の変化を曲折に写し尽くせり、全ては毎卦の卦名意義より出発し、或いは相因相生を取り或いは相反相成を取り、排してこの次序を成せり。故に《序卦》の講ずる所は、それを先天の学の精藴に非ずと説くは可なり、それを後天の学の精藴に非ずと説けば則ち行けず。後人に或るは《麻衣易》の反対(綜卦)を講ずるの説法を拿て以て《序卦》は偽作なるを証明す、あれは更に偏執の論なり。《屯》と《蒙》・《需》と《訟》は、本来は彼此颠倒の綜卦、これに何の可疑あらん。《坤》卦の後に屯卦を接ぎ蒙卦の後に師卦を接ぐに至っては、これは卦画上に於て確かに依拠を找め出だす能わず、あれは正に当に《序卦》の説く所の弁法に照らし、卦名よりその中の義理を体會すべし。程迥のそれを聖人の書に非ずと懐疑するは、未免説きて過頭に過ぎたり。
雑卦伝
序卦,所以言易道之常。雜卦,所以言易道變。雜卦但要取反對之義。反覆其卦,則吉凶禍福、動靜剛柔皆相反也。序卦自乾坤而下三十卦,咸恆而下三十四,雜卦亦然。序卦反對,雜卦亦然。序卦反對,雜卦亦多反對,此其所同也。
《序卦》の講ずるは《易》道の常規、《雑卦》の講ずるは《易》道の変化なり。《雑卦》の要領はただ「反対」の義を取るに在り。一個の卦を上下に翻転过来れば、それの吉凶禍福・動静剛柔は則ち統統相反す。《序卦》は乾坤以下より算えて三十卦を以て上篇と為し、咸恒以下より算えて三十四卦を以て下篇と為す、《雑卦》の卦数分布もまた此の如し。《序卦》は反対に按じて相次ぎ、《雑卦》も大多は反対に按じて相次ぐ——これらは両篇の相同なるの処なり。
序卦以乾坤頤大過坎離在上篇,中孚小過在下篇,故二篇反對皆成十八卦。雜卦但以乾坤在上篇,餘盡在下篇,又自大過以下不復反對,此其所異也。以其序次錯綜,故謂之雜。然自乾至困當上經三十卦,實雜下經十二卦於其中。咸至夬當下經三十四卦,又雜上經十二卦於其中。則雜之中,又有不雜者存焉。
同じからざるの処は、《序卦》は乾・坤・頤・大過・坎・離の六個の不変の卦を上篇に放ち、中孚・小過の両個を下篇に放つ、故に両篇は反対に按じて折算して各々十八個の卦体を成す。《雑卦》は却ってただ乾坤を上篇に留むるのみ、其余の不変の卦は全て下篇に帰し、而且に《大過》以下より便ち再び反対に按じて排列せず。正にその次序の打乱錯綜するを以て、故に「雑」と呼ぶ。可是細看すれば又然らず。《乾》より《困》に至るは上経の三十卦の数に相当し、その中に実際に下経の十二卦を摻進せり。《咸》より《夬》に至るは下経の三十四卦の数に相当し、その中にまた上経の十二卦を摻進せり。見るべし雑乱の中に、仍お乱れざるの分寸有りて在るを。
又卦以乾為首而終之以夬。蓋夬以五陽決一陰,次去則又為純乾矣。故曰君子道長,小人道消,是又聖人扶陽抑陰之意也。又按,春秋傳有屯固比入坤安震殺之語,疑古筮書以一字斷卦義者多有之。夫子雜採其辭為經羽翼,本非創作。故謂之雜,未可知也。
再者《雑卦》は乾卦を以て頭を領き、而して《夬》卦を以て尾を收む。《夬》は五個の陽爻が一個の陰爻を決去するにして、この最後の一陰が再び去られれば、また則ち純陽の乾を成す。故に伝末に「君子の道長く、小人の道憂う」という、これは仍お聖人の陽剛を扶助し陰柔を抑制するの用意なり。另《左伝》の裏に按ずれば「屯固・比入」「坤安・震殺」の这一类の言有り、見るべし古代の筮書はほぼ多く一個の字を用いて以て卦義を断定するの体例有るを。孔子は各処よりこれらの旧辞を雑采し、編みて経文を輔翼するの一篇を成せり、本来は則ち自ら独創するに非ず。いわゆる「雑」は、或いは正にこの種の雑采を指して言うか、これもまた未だ知る可からず。
乾剛坤柔,比樂師憂。剛柔,以德言。憂樂,以事言。剛皆屬乾,而純乾為至剛。柔皆屬坤,而純坤為至柔。然二卦之二五皆得中,爻位剛柔又各有相濟,非倚於一偏者。就其德之各見者,則分為剛柔耳。比九五居上而得眾,故樂。師九二居下而任重,故憂。又順在內故樂,險在內故憂。
《雑卦》の開頭にいう、乾は剛、坤は柔。《比》は楽、《師》は憂。剛柔は卦徳に就きて説く所、憂楽は人事に就きて説く所なり。凡そ陽剛は皆乾に帰属し、而して純陽の乾は剛の極処に到れるなり。凡そ陰柔は皆坤に帰属し、而して純陰の坤は柔の極処に到れるなり。不過ぎこの両卦の二爻五爻は皆中位に居り、爻の陰陽と位の剛柔はまた彼此調剤し、并な一味に一辺に偏向するに非ず。ただ各自の最も顕著なる徳性に就きて分かつのみ、始めて一個を剛・一個を柔と説く。《比》卦の九五は陽剛尊位に居りて衆陰帰附し、上下相親む、故に楽なり。《師》卦の九二は陽剛下位に居りて而して独り師を興すの重を任ず、故に憂なり。再び卦体より看れば、《比》は坤順内に在り、故に楽なり。《師》は坎険内に在り、故に憂なり。
臨觀之義,或與或求。以我臨物曰與,物來觀我曰求。臨卦以二陽在下徧臨四陰,而六五上六又若以上臨下。觀卦九五觀示乎下,而四陰又相率以觀乎上,互有求與之意。或者,疑詞。無求與而若有求與。見為與又疑於求,見為求又疑於與也。
《雑卦》にいう、《臨》《観》両卦の意思は、或いは「与」、或いは「求」なり、と。我は高に居り臨んで下より別人を照臨す、是れ給与、これを「与」と呼ぶ。別人は前来りて我を仰観す、是れ取る所有り、これを「求」と呼ぶ。《臨》卦は二陽下に在りて遍く上面の四陰を臨む、是れ下を以て上に臨む式の給与なり。可是六五・上六は上に在りて、また上を以て下に臨むに象る。《観》卦は九五上に在りて下に示範す、是れ給与なり。可是下面の四陰はまた相率いて上を仰観す、あれは則ち求なり。両卦は皆兼ねて求と与の両義あり。経文は一個の「或」の字を用い、正に疑い而して未だ定まらざるの辞なり。本来は求と与と謂うべきなきも、而して却って求有り与有るに象り。看るに給与に象れども、また疑心して是れ求と為す。看るに求に象れども、また疑心して是れ給与と為す。
屯見而不失其居。蒙雜而著。屯,震遇坎。震動故見。坎險不行,居也。又以初爻言之,物始生為見。未得位居貞,居也。又合初五二爻言。九五陽在上卦之天位而顯,見也。一陽動坎險之下而固守,居也。
《雑卦》にいう、《屯》は顕現して而して其の安居を失わず、《蒙》は雑乱にして而して終に顕著に帰す、と。先ず《屯》を説く。下体は震・上体は坎、震は動を主とし、動けば則ち顕現す。坎は険と為りて軽進す可からず、只好く安処して動かず、これすなわち「居」なり。もまた初九の一爻に就きて講ず可し。万物初生は、地を冒して出づ、是れ「見」なり。未だ位を得ざれば、ただ正を守りて自ら処るのみ可し、是れ「居」なり。還た初九・九五の両爻を合わせて講ず可し。九五は陽にして上卦の五位に居るは則ち天位にして顕耀す、是れ「見」なり。初九は一陽にして坎険の下に在りて鼓動すれども固守して盤桓す、是れ「居」なり。
蒙,坎遇艮。坎幽昧為雜。艮光明著也。又以二爻言。全卦蒙然而生,故雜。二能治之使明,著也。又合九二上九二爻言之。九二陽在下卦之中而位幽,雜也。上九一陽止坎險之外而光明,著也。《本義》就卦義論,《大全》兼取爻義。宜兼之始備。時解謂屯以事功言,才有餘而遇不足,當養晦以俟時。蒙以學問言,質不足而學有餘,宜親師以取益。意亦是,但不必拘。
再び《蒙》を説く。下体は坎・上体は艮、坎は幽暗にして明ならず、故に「雑」と為す。艮は山と為りて其の徳は光明篤実、故に「著」と為す。もまた九二の一爻に就きて講ず可し。全卦は一片に蒙昧叢生す、是れ「雑」なり。九二は能く加えて整治して之を開明せしむ、是れ「著」なり。還た九二・上九の両爻を合わせて講ず可し。九二は陽にして下卦の中に居りて而して位は幽暗に処る、是れ「雑」なり。上九は一陽にして坎険の外に止まりて而して光明上に在り、是れ「著」なり。朱子《周易本義》は整卦の卦義に就きて講ずるなり、《周易大全》は則ち兼ねて爻義を取る。両者は当に合わせ看て始めて完備と算うべし。当時通行の解本は説く、《屯》は事功に就きて講ずる所、才具は余り有りて而して時遇は足らず、当に韜光養晦して以て時機を等待すべし。《蒙》は学問に就きて講ずる所、資質は足らず而して学力は余りあり、当に師長に親近して以て長進を求むべし。この意思もまた錯ならず、ただ拘执するを必とせざるのみ。
震,起也。艮,止也。損益,盛衰之始也。震艮以天道言,損益以人事言。損者人所憂,乃為盛之始。益者人所喜,乃為衰之始。倚伏之機可畏也。大畜,時也。無妄,災也。剛難畜而畜之,時有適然,意外之得也。無有妄而得災,災自外至者也,意外之禍也。
《雑卦》にいう、《震》は奮起、《艮》は静止。《損》《益》は盛衰の開端なり、と。震動艮止は天道に就きて説く所、損減増益は人事に就きて説く所なり。減損は人の憂慮する所、而して却って正に盛に転ずるの起点なり。増益は人の歡喜する所、而して却って正に衰に転ずるの起点なり。禍福の相倚り相伏するの機関は此の如く、実に畏るべし。又説く、《大畜》は時運、《无妄》は災禍なり、と。剛健の物は本は畜止し難し、如今竟に畜め住めり、あれは時機が恰好に凑上せるにして、意外の所得に属す。本来并虚妄の行なくして而して災に遭えり、あれは災の外より飞来するにして、意外の禍に属す。両卦は皆人力の外のあの一分の際遇を講ずるに在り。
萃聚,而升不來也。謙輕,而豫怠也。萃,三陰聚於下。升,三陰升於上。不來,謂升而不降也。時解以萃言君之用賢,升言臣之遇主。亦近之,不必拘舊說。輕者,一陽居下之上。不自尊大,自卑而輕。豫者,一陽居上之下。其志滿足,自肆而怠也。然豫四爻無怠意。按來注,謙之上六即豫之初六,故二爻皆言嗚。謙心虛,故自輕。豫志滿,故自肆。此說為勝。
《雑卦》にいう、《萃》は聚合、《升》は上行して而して返らず。《謙》は自ら輕んず、《豫》は怠惰なり、と。《萃》卦は坤下に在り、三個の陰爻は下面に聚る。《升》卦は坤上に在り、三個の陰爻は上面に升る。いわゆる「来たらず」とは、すなわちただ上に升って而して下降せざるなり。当時の解本は《萃》を用いて君主の賢才を聚攏するを講じ、《升》を用いて臣子の上に明主に遇うを講ず、もまた講じて近理なり、旧説を拘守するを必とせず。《謙》を「輕」と為すを説くは、九三の一陽が下卦の上に居り、自ら尊大せず、反って自ら卑下に処るを以て、故に輕と顕る。《豫》を「怠」と為すを説くは、九四の一陽が上卦の下に居り、志得意満し、放縦して而して懈怠すを以てなり。不過ぎ《豫》卦九四の爻辞に并懈怠の意なし。来知徳の注に按ずれば、《謙》の上六は翻転过来れば正に《豫》の初六なり、故にこの両爻は皆「鳴」を説く。《謙》は心虚、故に自ら輕んず。《豫》は志満つ、故に自ら縦す。この講法は更に一籌を勝る。
噬嗑,食也。賁,無色也。順中有物,故曰食。賁以白賁無咎,無色而天下之賁莫尚焉。食色,人之大欲。色至賁則過,故欲返本也。兌見,而巽伏也。兌,陰外見。巽,陰內伏也。隨,無故也。蠱,則飭也。隨時行止,前無故也。蠱壞已極,後當飭也。
《雑卦》にいう、《噬嗑》は喫する、《賁》は色なし、と。《噬嗑》は上下の両陽は唇歯の如く、当中に一個の九四を横たえて口中に物有るが如し、故に喫するという。《賁》卦上九の爻辞「白賁、咎なし」、文飾は極処に到りて反って素白に帰す、色なくして而して天下に再びそれより好き文飾なし。飲食男女は人の大欲、装飾打扮は《賁》のこの一歩に到れば已に過分に属す、故に返帰して本色とするを要す。又説く、《兌》は顕現、《巽》は潜伏——兌の陰爻は外に露れ、巽の陰爻は裏に蔵る、と。又説く、《随》は旧事なし、《蠱》は則ち整治を要す、と。時勢に随順して而して或いは行い或いは止まる、前頭に并な宿弊の牽累なし、故に故なしという。《蠱》は積弊の已に極処に壊れたる、後頭に整饬を加えざれば可ならず。
剝,爛也。復,反也。五陰潰於內,爛也。一陽生於下,反也。晉,晝也。明夷,誅也。二卦,朝暮生殺之義。日出地上為晝,則入地下為夜也。明在下為誅傷,則明升上為生長矣。井通,而困相遇也。往來井井,則其道通。剛為柔揜,所遇之困。自乾至此三十卦,適與上經之數相當。
《雑卦》にいう、《剥》は潰爛、《復》は回返なり、と。《剥》卦は五個の陰爻が下に在りて陽を蝕空し、果実の内部の潰爛するが如し。《復》卦は一個の陽爻が重新に最下に生ず、是れ陽気の回頭なり。又説く、《晉》は白昼、《明夷》は誅傷なり、と。この両卦の講ずるは朝暮生殺の道理なり。太陽は地上に出づれば昼と為す、則ち地下に沈み入れば則ち夜なり。光明は地下に陥れば誅戮傷害なり、則ち光明が地上に升れば則ち生養長育なり。又説く、《井》は通、《困》は相遇なり、と。井水は往来汲用して窮まらず、その道は暢通す。《困》は剛が柔に掩蔽せられ、遭遇する所は正に困厄なり。《乾》よりここに数えて恰好に三十卦、正に上経の卦数と相当す。
咸,速也。恆,久也。有感必通,故速。速則夫婦及時。其道有常,故久。久則夫婦偕老。渙,離也。節,止也。解,緩也。蹇,難也。睽,外也。家人,內也。否泰,反其類也。渙節與井困相反。井,以木出水,居塞而能通。渙,以水浮木,則通極而致散矣。節,澤上之水為有制。困,澤下之水則枯竭矣。解難既散,多失於怠緩。蹇險在前,則知阻難。睽疎而外,家人親而內。否泰則君子小人,其類每相反也。
《雑卦》にいう、《咸》は快速、《恒》は長久なり、と。男女交感は一触れれば則ち通ず、故に快し。快し、故に夫婦は能く時に及んで成配す。夫婦の道に恒常の不変あり、故に久し。久し、故に夫婦は能く白頭偕老す。又説く、《涣》は離散、《節》は止。《解》は舒緩、《蹇》は艱難。《睽》は疏外、《家人》は親内。《否》《泰》は則ち同類にして相反す、と。《涣》《節》両卦は正に《井》《困》と相反す。《井》は巽木の坎水に入りて而して水を汲み上ぐ、本処は壅塞の地にして而して能く通ず。《涣》は坎水下に在り巽木はその上に浮ぶ、通ずること極処に到りて反って涣散と成る。《節》は沢上に水あり、蓄えて而して制あり。《困》は水は沢下に漏れ、沢は則ち枯竭す。患難已に解散せば、人は多く懈怠松緩に失す、故に《解》は緩と為す。険難は前面に横たわれば、人は自然に阻有るを知る、故に《蹇》は難と為す。《睽》は彼此疏远して而外と為し、《家人》は彼此親近して而して内に在り。《否》《泰》に至っては、則ち君子と小人の両類の人の進退にして、毎毎彼此相反す。
大壯則止,遯則退也。慮後陽之恃壯,故不欲九四之進而欲其止。恐前陽之不及,故不欲六二之進欲其退也。陽進而消,陰者慎之。陰進而消,陽者抑之也。大有,眾也。同人,親也。革,去故也。鼎,取新也。小過,過也。中孚,信也。豐,多故。親寡,旅也。明且動,故多故。旅寓則所親自寡矣。此句卦名在下,變文以葉韻也。
《雑卦》にいう、《大壮》は止まるを要し、《遯》は退くを要す、と。《大壮》は四陽方に盛ん、聖人は後来の陽爻の強を恃みて冒進せんことを憂慮し、故に九四の再び進むを願わずして而してそれの止住せんことを希望す。《遯》は二陰漸く長ず、聖人は前に在る陽爻の抵擋し住む能わざるを擔心し、故に六二の上進を願わずして而して陽の能く及早に退避するを希望す。陽は一味に推進して而して陰を消滅するは、あれは陰に自ら謹慎せしめんと要するなり。陰は一味に推進して而して陽を消滅するは、あれは則ち法を設けてそれを抑制するを要す。又説く、《大有》は衆多、《同人》は親和。《革》は旧きを除去し、《鼎》は新しきを取用す。《小過》は稍々過分、《中孚》は内心の誠信。《豊》は故多し、「親寡し」は《旅》なり、と。《豊》卦は下は離明にして上は震動、明にしてまた動けば、事端は自然多し、故に故多しという。羈旅して外に在れば、親近する所の人は自然稀少なり。最後のこの一句は卦名を後面に放ち(「旅、親寡なり」と説かずして而して「親寡、旅也」と説く)、是れ文句を変換して以て韻を協えんが為なり。
離上,而坎下也。炎上,潤下。小畜,寡也。履,不處也。一陰畜陽,寡不敵眾。說隨陽進,柔能制剛也。需,不進也。訟,不親也。大過,顛也。姤,遇也,柔遇剛也。漸,女歸待男行也。頤,養正也。既濟,定也。歸妹,女之終也。未濟,男之窮也。夬,決也,剛決柔也。君子道長,小人道憂也。
《雑卦》にいう、《離》は向上し、《坎》は向下す、と。これは《尚書・洪範》の五行を講ずるの言を取るなり。火性は炎上し、水性は潤下す。又説く、《小畜》は寡少、《履》は安処せず、と。《小畜》はただ六四の一個の陰爻ありて五個の陽爻を畜止せんと要す、寡は衆に敵せず、故にただ小さく畜むる所有るのみ可し。《履》は兌柔が乾陽に跟隨して前行す、柔を以て剛を節制す、故に肯んじて停住せず。以下は《雑卦》の最後の一段なり。《需》は冒進せず、《訟》は相親まず。《大過》は本末颠倒、《姤》は相遇——柔は剛に遇えり。《漸》は女子嫁するは男方の迎え来るを待ちて始めて身を動かす、《頤》は養うに正を以てす。《既済》は各々その位を得て而して安定す、《帰妹》は女子帰宿の終、《未済》は男子処境の窮。《夬》は決去——剛は柔を決去し、ここに於て君子の道は増長し、小人の道は憂懼す。
需訟,皆主乾言。止坎之下為不進,背坎而去為不親。大過本末弱,故顛。女待男而行,所以為漸。頤以上養下,養得其正。既濟六位皆當,故定。女者,未嫁之稱。歸則女之事終也。未濟陰陽皆失位而陰不足言也,故曰男之窮。始乾終夬,則喜陽之長也。
《需》《訟》両卦は皆下体の乾に就きて説く所なり。《需》は乾が坎険の下に在りて停住して前進せず、故に進まずと為す。《訟》は乾が坎水に背対して各々離去す(上乾は上行し下坎は下流す)、故に相親まずと為す。《大過》は上下両爻皆陰にして本末柔弱、而して中間の四陽は過重、頭重脚軽、故に颠倒と為す。女子は必ず男方の迎え来るを待ちて始めて起行し、一步一節、故に漸進と為す。《頤》卦は上艮下震、上位の者を以て下位の者を養い、養うにその正を得、故に養正と為す。《既済》は六爻の陰陽各々その位に当たる、故に安定と為す。「女」は未だ嫁せざるの称呼、一旦嫁して帰宿せば、女儿を作るの事は則ち完結す、故に《帰妹》は女の終と為す。《未済》は六爻の陰陽全て位を失い、而して陰柔は本は単提するに値せず、故にただ男子の困窮を説くのみ。全篇は乾を以て頭を開き夬を以て尾を收むるは、陽剛の道の日に長ずるを喜ぶなり。
《本義》謂自大過以下卦不反對,或疑其錯簡。然以韻協之又似非誤,未詳其義。按,蘇氏蔡氏皆有改正之文。而蔡氏所改,類從而韻亦協。附錄於後兼載胡氏之論,以備參考。大過,顛也。頤,養正也。既濟,定也。未濟,男之窮也。歸妹,女之終也。漸,女歸待男行也。姤,遇也,柔遇剛也。夬,決也,剛決柔也。君子道長,小人道憂也。
朱子《周易本義》にいう、《大過》以下の諸卦より再び反対に相次がず、人或いは疑心是れ竹簡の錯乱の致す所とす。可是韻脚を拿て以て対えば、また似て并錯ならず、その中の道理は還た弄明白らかならず、と。按ずるに、蘇軾・蔡淵は皆改定の本子あり、而して蔡氏の改め過ぎたる次序は不但に同類相従し、韻もまた協え得上る。現在蔡氏改本を後面に附録し、并びに雲峰胡氏の議論を附載し、以て参考に備えん。蔡氏の改定せる次序は、《大過》は颠倒、《頤》は養正。《既済》は安定、《未済》は男子の窮。《帰妹》は女の終、《漸》は女子嫁して男を待ちて行く。《姤》は相遇、柔は剛に遇えり。《夬》は決去、剛は柔を決去し、君子の道は増長し、小人の道は憂懼す。
雲峰胡氏曰,易終於雜卦,而交易變易之義愈可見矣。每一卦反覆為兩卦,而剛柔吉凶每每相反。此變易之義也。自乾至困三十卦,與上經之數相當。而雜下經十二卦於其中。自咸至夬三十四卦,與下經之數相當。而雜上經十二卦於其中。此交易之義也。或曰,此偶然爾。愚曰,非偶然也,皆理之自然也。
元代の雲峰胡炳文がいう、《周易》は《雑卦》を以て尾を收め、而して「交易」と「変易」の両層の意思はここに於て看ること更に清楚なり。毎一個の卦は上下翻転すれば則ち另一个の卦と成り、而して剛柔吉凶は毎毎相反す——これは「変易」の意思なり。《乾》より《困》に至るまで共に三十卦、上経の卦数と相当すれども、その中に却って下経の十二卦を摻進せり。《咸》より《夬》に至るまで共に三十四卦、下経の卦数と相当すれども、その中に却って上経の十二卦を摻進せり——これは「交易」の意思なり。人の説く有り、これは不過ぎ碰巧なるのみ、と。我がいう、碰巧に非ず、皆是れ道理自然此の如くなるなり。
坎離交之中者,本居上經三十卦內,今附於下三十四卦。震艮巽兌交之偏者,本居下經三十四卦內,今附於上三十卦。至若無反對者。上經六卦,下經二卦。今附於上者二卦,附於下者六卦。皆交易之義也。十二月卦氣。除乾坤外,上經泰否臨觀剝復,陰之多於陽者十二。下經遯壯姤夬,陽之多於陰者十二。今雜卦移否泰於三十四卦之中,而陰陽之多少復如之。
坎離は乾坤の中爻に於て交わりて生じたる所、本来は上経三十卦の内に排せり、《雑卦》は却ってそれらを下面三十四卦の裏に移到せり。震・艮・巽・兌は乾坤の初爻上爻に於て交わりて生じたる所、偏交に属し、本来は下経三十四卦の内に排せり、《雑卦》は却ってそれらを上面三十卦の裏に移到せり。再びあの反対なき(倒过来て変わらざる)卦を看れば、上経は原有六個、下経は原有两個。《雑卦》の裏に上篇に帰するはただ両個のみ残り、下篇に帰するは却って六個あり。これらは皆「交易」の意思なり。再び十二月卦気より看れば、乾坤を除くの外、上経に泰・否・臨・観・剥・復の六個の消息卦あり、その陰爻の陽爻より多きの総数は十二。下経に遯・大壮・姤・夬の四個あり、その陽爻の陰爻より多きの総数もまた十二。《雑卦》は否・泰を三十四卦のあの一段の中に移到せしも、可是陰陽多寡の数目は仍舊として此の如く相当す。
特在上經者三十六畫,在下經者二十四畫。今附於上者二十四畫,附於下者三十六畫。愈見其交易之妙爾。若合六十四卦論之。上經三十卦,陰爻之多於陽者八。下經三十四卦,陽爻之多於陰者亦八。今則附於三十卦者。陽爻七十二,陰爻一百八。而陰多於陽者三十六。附於三十四卦者。陽爻一百二十,陰爻八十四。而陽爻多於陰者亦三十六。
不過ぎんば原在上経のあの数卦は合せて三十六画、原在下経のあの数卦は合せて二十四画。《雑卦》の一移して、上篇に帰するは二十四画と成り、下篇に帰するは三十六画と成れり——両個の数目は恰好に対調し、更に「交易」の巧妙を見出だす。若し六十四卦を合わせて算えば、上経三十卦は陰爻は陽爻より多く八、下経三十四卦は陽爻は陰爻より多く八。《雑卦》に到りては、前三十卦のあの一段に帰するは、陽爻七十二・陰爻一百八にして、陰は陽より多く三十六。後三十四卦のあの一段に帰するは、陽爻一百二十・陰爻八十四にして、陽は陰よりも多く三十六。両辺の多出する数目はまた恰好に相等し。
以反對論。上經陰之多於陽者四,下經陽之多於陰者亦四。今則附於上者。陽爻二十九,陰爻五十七。而陰爻多於陽者十八。附於下者。陽爻六十九,陰爻五十七。而陽爻之多於陰者亦十八。或三十六或十八,互為多少。非特見陰陽交易之妙,而三十六宮之妙愈可見矣。是豈聖人之心思智慮之所為哉。愚故曰,伏羲之畫,文王周公孔子之言,皆天也。
若し反対に按じて折りて卦体と為して以て算えば、上経は陰爻は陽爻より多く四、下経は陽爻は陰爻より多く四。《雑卦》に到りては、上篇に帰するは陽爻二十九・陰爻五十七にして、陰は陽より多く十八。下篇に帰するは陽爻六十九・陰爻五十七にして、陽は陰よりも多く十八。或いは三十六、或いは十八、彼此互いに多少と為り、皆斉整の対應を成す。これは不但に陰陽交易の巧妙を見出だし、連ねて「三十六宮」(六十四卦を折りて三十六個の卦体を成す)の妙処もまた越発に顕豁なり。これは何ぞ聖人の心思智巧を憑りて安排し出だし得たる。故に我がいう、伏羲の画きたる卦・文王周公孔子の説きたる言は、皆是れ天理自然、人為に非ず、と。
《本義》謂自大過以下卦不反對,或疑其錯簡。今以韻協之又似非誤,未詳何義。愚竊為雜物撰德,非其中爻不備。此蓋指中四爻互體而言也。先天圖之左互復頤既濟家人歸妹睽夬乾八卦,右互姤大過未濟解漸蹇剝坤八卦。此則於右取姤大過未濟漸四卦,於左取頤既濟歸妹夬四卦。各舉其半,可兼其餘矣。是雖所取不能無雜。蓋此謂雜卦,而互體又其最雜者也。
《本義》にいう、《大過》以下の諸卦より再び反対相次がず、人は或いは疑心是れ錯簡とす。可なり韻を拿て一対すれば又似て誤らず、是れ何の道理なるを知らず、と。我は私下に以為す、《繫辞伝》に「物を雑え徳を撰す、其中爻に非ざれば備わらず」という、ここの「中爻」は正に一卦の中間の四爻の互いに成す所の互体を指して言うなり。先天図に按ずれば、左半辺の各卦の互体は共に復・頤・既済・家人・帰妹・睽・夬・乾の八卦を得、右半辺の各卦の互体は共に姤・大過・未済・解・漸・蹇・剥・坤の八卦を得。《雑卦》末段の列する所は、正に右半辺より姤・大過・未済・漸の四卦を取り、左半辺より頤・既済・帰妹・夬の四卦を取れり。各々一半を挙げ、其余もまた則ち皆帯び出だせり。この様の取法は当然に雑乱と顕るを免れず、可是本篇は本来則ち《雑卦》と呼ばれ、而して互体はまたその中最も雑なる一層なり。
上三十卦終之以困,柔掩剛也。下三十四卦終之以夬,剛柔也。柔掩剛,君子不失其所亨。剛決柔,君子道長,小人道憂矣。然則天地間剛柔每相雜。至若君子之為剛,小人之為柔,決不可使相雜也。雜卦之末,特分別君子小人之道言之。聖人贊化育,扶世變之意微矣。
《雑卦》の前三十卦は《困》を以て尾を收む、あれは柔の剛を掩蔽せるなり。後三十四卦は《夬》を以て尾を收む、あれは剛の柔を決去するなり(底本「剛柔也」は当に「剛決柔也」と作るべし、今はその旧に仍る)。柔は剛を掩うの時、君子は仍お其の亨通の道を失わず。剛は柔を決すの時、君子の道は増長し、小人の道は憂懼す。見るべし天地之間の剛と柔は本来是れ常々混雑して一処に在る。但し一たび君子は剛に属し小人は柔に属すと説き到れば、あれは絶対に彼らを混雜せしむる可からず。《雑卦》は篇末に於て特意に君子の道と小人の道を分別し開きて講ず、聖人の天地化育を賛助し世道変遷を扶持するの深意は、則ちここに寄托せり。
