八・進人口
鬼動而逢日破,何妨見險之虞。官爻發動,其禍成矣。若得日辰動爻沖之,謂沖散;主其病雖見凶,必不至死。忌爻發動,遇沖亦吉。若不遇沖,而得日辰動爻,或合住,或制克,皆是見險無虞之象。
「官鬼」雖に發動すとも、日辰に衝破せられれば、險に遇うとも妨げ無し。官爻が一發動すれば、禍患便ち已成形せり。此時もし日辰あるいは動爻の來り它を衝するを得ば、便ち「衝散」と作り叫び、病情雖に一度凶象を顯出すとも、終に喪命に至らざるを主す。忌神發動して衝に遇うも、同じ樣吉なり。就中衝に遇わざる無しとも、只だ日辰あるいは動爻有りて它を合住し、あるいは加以制克せば、亦た皆雖に危險を見て實に妨礙無きの象に屬す。
欲決病痊,當究福神之動靜;要知命盡,須詳鬼殺之旺衰。此二句,乃言大略。此處最宜活潑推斷。且如子孫得時旺相,更動,就以本爻斷其愈;無氣發動,以生旺日月斷。若得子孫安靜,不得地,賴有扶持為福者,當以扶持之爻斷。如卦中不賴子孫為福,而用所喜之爻相助,以成其吉者,即以所喜之爻斷。
病の何時に好くるを斷定せんと想えば、就中「子孫」の這個の福神の動と靜とを考察するを要す。壽命の何時に終了するを知らんと欲せば、就中「官鬼」凶殺の旺と衰とを詳審するを得。這兩句は只だ個の大概を説くのみにして、實際推断の時は最も靈活を宜とす。譬如「子孫」が當令旺相にして又た發動せば、就中直接に這一爻の值する所の日辰を以て痊愈の期を斷ず。もし它發動するも氣勢無ければ、便ち它の生旺に逢うの月日を以て斷ず。もし「子孫」安靜にして又た地を得ざれば、全靠りて別の爻の扶持して乃ち其の福を成すに至れば、就中那扶持の爻を以て日期を斷ずべし。又如卦中に並びに「子孫」を以て福と為さずして、而是れ所喜の某一爻の相助に靠りて乃ち吉象を成就するに至れば、那就中所喜の爻を以て斷ず。
又如卦爻凶險,遇殺神忌爻動來傷克,得別爻沖散剋制,或合住救得,惡爻無事,即當以制伏惡殺之爻斷。若鬼爻忌爻雖動無氣,亦無剋制,而用爻旺相不受傷克者,又當以鬼爻墓絕者斷。若忌爻不動,用爻不傷,而但衰絕無氣者,當以用爻生旺之日斷死期。餘仿此。
再如卦爻本來凶險にして、殺神・忌神發動して前來傷克する有れば、幸に另に別爻有りて它を衝散・克制し、あるいは合住して救い下れば、惡爻再び害を為さず、那就中惡殺を制伏するの那一爻を以て應期を斷ずべし。もし「官鬼」と忌神と雖に發動すとも氣勢無く、卦中も亦た人無くして它を克制せず、しかも用神旺相にして並びに傷を受けざれば、那就中「官鬼」の墓に入るあるいは絶に臨むの日子を以て斷ずべし。もし忌神根本に動かず、用神も亦た傷を受けず、只是れ自身衰絶無氣なれば、那就要りて用神の生旺に逢うの日子を以て死期を斷ず。その余の情形は皆這個の法子に照らして推す。
黄金策・十一、醫藥
病不求醫,全生者寡;藥不對症,枉死者多。欲擇善者而從之,須就蓍人而問也。
病を生じて却って醫を求めずして往かざれば、性命を保全する能くする人は少なし。藥を用いて却って症候に對せざれば、冤枉に命を送る人は多し。衆多の醫家中に一個の高明を挑びて投奔せんと想えば、就中先ず占筮の人に向かって一卦を問うを得て、卦象に憑りて取捨を定む。這是れ『黄金策』「醫藥」の一門の總冒にして、這一門の占う所は病本身に非ずして、而是れ醫家と藥餌との應驗するや否やを説明す。
應作醫人,空則閒亡而不遇;子為藥餌,伏則扞格以無功。凡占病,以子孫為醫藥。占醫藥,以應爻為醫人,子孫為藥餌。如卜請醫,應空,醫人必不來。發動生合世,醫必從命。動空化空,必然他出。克世沖世,皆主不來。無子孫,服藥無效,空亦無功。
「應」爻は醫生を代表し、它が空亡に落つれば、人就中閑散にして在らず、請うとも請うに到らず。「子孫」爻は藥物を代表し、它が伏して現れざれば、藥と病と便ち格格不入して、喫しても亦た功效無し。およそ病を占うは、「子孫」を以て醫藥と為す。專ら醫藥の一事を占うは、則ち「應」爻を以て醫人と為し「子孫」を以て藥餌と為す。譬如醫を請うを占卜せば、應爻が空に落つれば、醫生必定來らず。應爻發動して世爻を生合せば、醫生必定應召して至る。應爻既に動きて空にして、又た空に變入せば、那是れ醫生の出門在外に在るなり。應爻が世を克し世を衝するは、皆醫生の肯んじて來らざるを主す。卦中もし「子孫」無ければ、藥を服して效を見ず。「子孫」が空に落つれば、同じ樣功無し。
鬼動卦中,眼下速難取效;占藥,要鬼爻安靜,無氣為吉。若遇發動,其病正熾。雖有良醫妙藥,卒難取效。休囚少可,旺則愈凶。待鬼爻墓絕,用藥方有功。或強服藥,病必加重。
卦中「官鬼」發動すれば、眼下藥を用いて很に迅速に效を見ること難し。藥を占うに「官鬼」の安靜無氣を以て吉と為す。もし它發動せば、病勢正に熾盛を説明して、縱に良醫妙藥有りとも、一時に效を取る亦た難し。「官鬼」休囚の還だ稍か好些して、旺相の就中更に凶し。要りて「官鬼」の墓に入るあるいは絶に臨むの時候に等到して、藥を用いて乃ち功效有り。もし鬼旺の時に勉强藥を服せば、病は反って加重せん。
空臨世上,心中強欲求醫。世爻空亡,必不專心求醫;無故自空,決請不成;勉強為之,藥亦不效。如占服藥,而世空者,乃是藥不對症也。
「空亡」が世爻上に臨めば、醫を求むるは不過に心裡勉强敷衍するのみ。世爻が空に落つれば、病家必定肯んじて專心醫を求めず。もし無緣無故の自空なれば、那連れ醫生も亦た斷然請い成さず。就中勉强に請い來るも、藥も亦た效を見ず。もし占う所が服藥の一事にして世爻が空に落つれば、那就中藥の症に對せざるなり。
官旺福衰,藥餌輕而病重;占藥,官爻無氣,子孫旺相,藥能勝病,庶有效。若子孫休囚,官爻反旺者,乃是藥輕病重,雖或服之,必不能奏功也。
「官鬼」旺にして「子孫」衰なれば、那是れ藥力太輕にして病勢太重なり。藥を占う時もし官爻無氣にして「子孫」旺相なれば、藥力の病を壓住し得を説明して、服し下去せば大致效驗有るを會す。反ってもし「子孫」休囚にして官爻反って旺相なれば、那就中藥輕病重にして、就中服すを算うとも、亦た必定奏效する能わず。
應衰世旺,病家富而醫貧。世為病家,應為醫家。相合相生,非親則友;相沖相剋,親不往來。若應旺世衰,病家貧乏,醫必富;應衰世旺,反此斷。
應爻衰にして世爻旺なれば、是れ病家富足にして醫家貧寒なり。醫藥を占う時は「世」を以て病家と為し「應」を以て醫家と為す。兩者相生相合せば、這醫生は病家と同じく親戚に非ざれば朋友なり。兩者相衝相克せば、就中親戚を算うとも亦た素來往來無し。もし應旺にして世衰なれば、那是れ病家貧乏にして醫家富有なり。もし應衰にして世旺なれば、就中反って斷ず。
父母不宜持世,鬼殺豈可臨身?卦身與世,皆不宜臨官父二爻。若有所遇,藥便不中。父母持世,可許經醮保禳。鬼爻持世,可禱鬼神護佑,然後服藥方有驗。
「父母」は世爻上に持するを宜とせず、「官鬼」凶殺は更に卦身上に臨むべからず。卦身と世爻とは、皆「官鬼」「父母」の這兩爻に臨むを忌諱す。「父母」は「子孫」を克し、「官鬼」即ち病神にして、一旦遇上せば、藥就中路に對せず。「父母」持世のは、可に經を誦し醮を建てて以て祈保禳解を許す。「官鬼」持世のは、可に鬼神に禱告してその護佑を求む。先ず這些を辦して、然る後藥を服して乃ち驗有るを會す。
官化官,病變不一;醫藥卦中,遇官化官,其病必有更變。或症候不一,或病勢不定,用藥亦不見效。
「官鬼」發動して又た「官鬼」を變出せば、病情は必然反復變化す。醫藥を占うの卦裡に官が官に化するに遇上せば、這病必定變更の所有り。あるいは症候前後一ならず、あるいは病勢忽ち輕く忽ち重く捉摸定まらずして、藥を用うるも亦た效驗を見るに到らず。
子化子,藥雜不精。子孫,乃占藥用神。只喜一位出現。有氣不空,日辰動爻扶持,即上吉之兆。若卦中重疊太過,或子孫重化子孫,乃是醫不精,用藥雜而無功也。
「子孫」發動して又た「子孫」を變出するは、是れ藥味龐雜にして精專ならざるなり。「子孫」是れ藥を占うの用神にして、只だ一位の出現を宜とす。它氣有りて空ならず、又た日辰・動爻の扶持を得ば、便ち上吉の兆なり。もし卦中「子孫」重疊太多にして、あるいは「子孫」又た「子孫」を變出せば、那就中醫家の醫術精ならず、開く所の藥龐雜無章を説明して、因此功無し。
福化忌爻,誤服殺身之惡劑;世人皆疑《海底眼》誤服藥之句,殊不知此說極有理。蓋有動則有變。變出父母,回頭來克;變出財爻,扶持官鬼;變出兄弟,藥不精潔;變出官殺,藥反助病。子變子,乃用藥太駁雜,不能見效。此所以不若安靜為妙。若變爻或傷世克用者,必致因藥傷命之禍。
「子孫」發動して却って忌神を變出するは、那是れ誤りて能く命を致さんの壞藥を服したるなり。世人多く『海底眼』裡の「誤服藥」那句の話を懷疑す。其實這話は極めて道理有り。およそ發動有れば就中變化有り。「子孫」一動せば、「父母」を變出すれば便ち回頭して來り它を克し、「妻財」を變出すれば便ち往きて「官鬼」を扶持し、「兄弟」を變出すれば便ち藥物精潔ならざるなり、「官鬼」を變出すれば更に是れ藥反って病勢を助長するなり、「子孫」の「子孫」に變ずるは、則ち藥を用うるに過於駁雜にして效を見る能わざるなり。正に此に因りて、「子孫」は還だ安靜と為るに妙ならざるは如からず。倘若變爻竟に往きて世を傷り用を克せば、那就中必定藥に因りて命を傷るの禍事を招來せん。
應臨官鬼,防投增病之藥湯。應臨官,必非良醫。更來刑剋身世主象,須防誤藥損人。或化忌爻,或化官鬼,皆不宜此人之藥。
應爻上に「官鬼」臨むれば、他の開き出す反って病を加重せしむるの湯藥を隄防するを要す。應爻が官に臨めば、這醫生必定高明ならず。他もし還だ來りて卦身・世爻あるいは主象を刑克せば、就中他の藥を錯用して人を傷るを防備するを得。應爻もし忌神を變出し、あるいは「官鬼」を變出せば、這人の藥は皆服するを宜とせず。
鬼帶日辰,定非久病;鬼帶日辰,動出卦中者,必是日下暴得之病。若日辰雖是官鬼,不現卦中,則不然。可言其病眼下正熾,必須過此,方可用藥。
「官鬼」が日辰を帶びれば、這病必定積久の疾に非ず。もし「官鬼」が日辰を帶びて又た卦中發動して現出せば、那一定是れ近日突然得たるの急病なり。倘若日辰雖に官鬼に屬すとも、卦中却って官爻の出現を見ざれば、就中這樣に斷ずる能わず。只だ病勢眼下正に熾盛を説いて、必ず這段の時候過去するを等して乃ち好く藥を用うべしと説く能くするのみ。
應臨月建,必是官醫。應持父母,必是僧道家,或兼藝術。應持兄弟,乃是庸醫,或先求藥價。持財爻,富貴醫人,或女醫。應臨子孫,專門醫士,或僧道。應持太歲,必是世醫。持日辰,而太歲刑剋者,初學醫。持月建,是官醫;更臨子孫,用藥神效。醫人老少,以生旺墓絕推之。
應爻上に月建臨むれば、請い到るは必是れ官家供職の醫生なり。もし應爻が「父母」を持せば、多半是れ僧人道士にして、あるいは兼ねて別の技藝に通ず。應爻が「兄弟」を持せば、那是れ庸醫にして、而且往往先に藥錢を討る。應爻が「妻財」を持せば、是れ富貴人家の醫生にして、あるいは是れ女醫なり。應爻が「子孫」に臨めば、是れ專門行醫の士にして、也可能是れ僧道なり。應爻が太歲を持せば、必是れ世代行醫の名家なり。もし應爻が日辰を持して太歲の刑克を受ければ、那是れ剛く醫を學びしの新手なり。月建を持するは是れ官醫にして、もし再び「子孫」に臨めば、藥を用うる更に神效なり。醫生の年紀の老少に至りては、就中爻の長生・帝旺・入墓・臨絶に憑りて推断す。
世下伏官,子動則藥雖妙,而病根常在;大抵動爻日辰,能生得克得飛爻,不能生克得伏神。蓋伏神,隱伏之義。占病遇鬼伏世下,其病必不能斷根。雖有子孫發動,但能取效目前,過後伏鬼旺相月日,其病必再發。
世爻の下に「官鬼」伏すれば、就中「子孫」發動し藥再高妙なるを算うとも、病根仍舊留る。大體説來、動爻と日辰とは能く飛神を生じ得克し得するも、卻って伏神を生じ得ず亦た克し得ず。「伏」本來就是れ隱藏不露の意思なればなり。病を占うに鬼の世爻底下に伏するに遇上せば、這病必定根を斷つ能わず。縱に「子孫」發動有りとも、亦た只だ一時に收效する能くして、伏著する那个の鬼の旺相の月份日子に逢うに等到すれば、病必定重新發作せん。
衰中坐鬼,身臨則病雖輕,而藥力難扶。卦身臨鬼,病不脫體。衰弱無氣,纏綿難愈,淹滯之象。世旺相出現,久臥床縟,雖有良醫亦無效。世持,及主象身臨持官墓者,皆然。
衰弱の中又た「官鬼」坐して、卦身再び臨み上去せば、病雖に輕しとも卻って藥力に靠りて扶起し難し。卦身が鬼に臨めば、病氣便ち身を脫する能わず。再加えて衰弱無氣せば、就中纏綿愈え難く久拖不決の象なり。世爻雖に旺相出現すとも、人も亦た只だ長く病榻に臥すに能くして、縱に良醫有りとも亦た效驗無し。世爻が鬼を持し、および主象・卦身が官墓に臨むるのは、皆同じ樣の斷法を作す。
父若伏藏,名雖醫而未諳脈理;卦有父母,子孫不能專權,固非吉。卦中又不可無,宜靜不宜動。何也?蓋人氣脈,皆屬父母。故占醫,若無此爻,必是草澤醫人。雖能用藥,脈理未明,必以意度者。
「父母」もし伏藏して現れざれば、此人雖に醫生の名頭を掛くとも、其實並びに脉理に通曉せず。卦中に「父母」有れば、「子孫」就中獨り大權を掌る能わずして、固然吉と算せざるも、可も卦裡又た它無くんばあらず。只是れ靜を宜として動を宜とせず。為什麼。人身の氣脉は皆「父母」爻の管に歸するを以てなり。ゆえに醫家を占う時もし這一爻缺けば、來るは必是れ江湖草醫なり。他雖に亦た方を開き藥を用うるを會すとも、脉理は却って明白ならずして、全憑りて意思を以て猜度し去る。
鬼不出現,藥縱用而莫識病源。官鬼固凶殺,然亦不可無。出現在卦,則子剋制,日辰刑制,用藥有效。若不上卦,其病隱伏;根因不知,症候莫決,率意用藥,亦難取效。
「官鬼」卦上に出現せざれば、縱然藥を用うとも亦た病根の所在を認清する能わず。官鬼固然是れ凶殺なるも、可も卦裡亦た它無くんばあらず。它卦中に出現して、乃ち「子孫」有りて往きて它を克制し、日辰有りて往きて它を刑制して、藥を用う方に能く效有り。它もし卦に上がらざれば、病就中隱伏不明にして、起因既に知らず、症候も亦た判定するに從無し。隨意に藥を投ずれば、自然效を取ること難し。
主絕受傷,虛醫難救;主象在休囚死墓絕之地,而被日辰動爻乘旺刑剋者,其病必死。雖有良醫,亦無效。主象變死墓空絕者,亦然。
主象が既に「絶」地に臨みて又た傷克を受ければ、醫家縱に虚名有りとも亦た救い回る能わず。主象が休囚・死・墓・絶の這些の地方に落ちて、又た當旺の日辰あるいは動爻に勢を乘じて刑克せられれば、這病は必定治せず。縱に良醫有りとも亦た效驗無し。主象が發動して死・墓・空・絶に變入するも、一樣に看待す。
父興得地,扁鵲無功。父母發動,子孫受制,藥必不效。若得子孫有氣,日辰動爻沖合父母,救得有用,庶幾可活。然亦必須多服為妙。父化子孫,亦是醫人太慢。
「父母」發動して又た當令得地なれば、就中扁鵲の再世なりとも亦た能くする所無し。「父母」一動すれば、「子孫」制を受けて、藥必定效を見ず。もし「子孫」自身氣有りて、又た日辰あるいは動爻有りて往きて「父母」を衝開・合住し、「子孫」を救いて用いる能くし得れば、病人は還だ勉强活すべし。ただし亦た須く多く幾劑を服して乃ち好し。「父母」發動して「子孫」を變出するは、則ち醫生の行事拖沓遲慢なり。
察官爻而用藥,火土寒涼;火土官爻,其病必熱,宜寒涼藥攻之;金水官爻,其病多寒,必溫熱之劑治之。然火必寒,土必涼,水必熱,金必溫劑,可也。又如火鬼在生旺之地,又遇生扶者,必用大寒之藥攻之;休囚死絕,則用涼藥。水鬼在生旺之地,又遇合助者,須用大熱之藥;休囚死絕,則用溫劑攻之。如火鬼在陰宮陰爻,乃是陰虛火動之症,可用滋陰降火之藥。水鬼在陽宮內卦,乃是血氣虛損之症,可用補中益氣之藥。宜通變,餘仿此。
要りて「官鬼」爻の五行を察看して以て藥性を定む。火に屬し土に屬するは、就中寒涼の劑を用うべし。火土の官爻は、病必ず熱に屬して、寒涼の藥を用いて往きて攻るを宜とす。金水の官爻は、病多く寒に屬して、須く溫熱の藥を用いて來り治するを須す。細分し來れば、火鬼は寒藥を用い、土鬼は涼藥を用い、水鬼は熱藥を用い、金鬼は溫藥を用いれば、這樣就中妥當なり。再び一層を進めば、火鬼もし生旺の地に居りて、又た生扶を得ば、大寒の藥を用いて它を攻むるに非ざれば可ならず。もし休囚死絶なれば、涼藥を用いて即ち足る。水鬼もし生旺の地に居りて、又た合助を得ば、須く大熱の藥を用いるを須す。もし休囚死絶なれば、溫劑を用いて它を攻めば便ち可なり。又如火鬼が陰宮陰爻に落つれば、那是れ陰虚火動の症にして、滋陰降火の方子を用うべし。水鬼が陽宮內卦に落つれば、那是れ血氣虚損の症にして、補中益氣の方子を用うべし。總之須く卦に隨いて變通し、その余はこれに照らして類推す。
驗福德以迎醫,丑寅東北。凡占服藥,看子孫在何爻,便知何處醫人可治。如在子爻,宜北方醫人;丑爻,東北方醫人類。又如寅爻子孫,五行屬木,其醫是木旁草頭姓名,或是虎命者;雖非東北,皆能醫。餘仿此。
要りて「福德」爻に憑りて哪個の方向に往きて醫を迎うるを定む。「丑」「寅」に落つれば、就中東北方に往きて請う。およそ服藥を占うに、「子孫」の哪一爻に落つるを看れば、就中哪一方の醫生治し得好るを知る。たとえば「子」爻に落つれば、北方の醫生を請うを宜とし、「丑」爻に落つれば、東北方の醫生を請うを宜として、此に依りて類推す。又如「寅」爻上の「子孫」は、五行木に屬す。則ち這醫生は多半姓名に木旁あるいは草頭を帶び、あるいは生肖屬虎なり。這樣の人は縱然東北に在らずとも、一樣に治す能し。その余は此に照らして推求す。
水帶財興,大忌魚鮮生冷;財為飲食,資以養生。然動則生助鬼爻,反為所害。若更屬水,必忌魚鮮生冷,藥始見功。如值木爻,忌動風之物。忌值火,忌炙煿熱物。值金爻,忌堅硬鹽物。值土爻,忌油膩滑物。財如不動,不可妄言。又忌鬼爻生肖物,如丑忌牛,酉忌雞類。餘仿此。
「妻財」水に屬して又た發動すれば、最も魚蝦生鮮と生冷の物とを忌む。「妻財」は飲食を代表し、本來是れ它に靠りて生を養う。可も它一發動すれば就中往きて「官鬼」を生助して、反って成りて人を害するの東西なり。もし這財爻また水に屬せば、就中必ず口を忌みて魚鮮生冷せざれば、藥乃ち功を見るを得。もし財爻が木に屬せば、風を發し氣を動かすの物を喫するを忌む。火に屬せば、煎炒燒烤の燥熱の物を喫するを忌む。金に屬せば、堅硬と過鹹の物とを喫するを忌む。土に屬せば、油膩滑膩の物を喫するを忌む。財爻もし安靜不動なれば、就中口に隨いて亂りに忌口を説くべからず。此の外還だ「官鬼」爻の屬する所の生肖の物を忌むを要す。たとえば鬼が「丑」に在れば就中牛肉を忌み、「酉」に在れば就中鶏肉を忌む之類にして、その余はこれに照らして類推す。
木加龍助,偏宜舒暢情懷。青龍為喜悅之神,更臨木爻,生合世爻主象;病人必拋卻家事,放寬情懷,然後服藥有效。
木爻上に「青龍」加わりて相助すれば、病人は最も心懷を放寬舒暢するを宜とす。「青龍」本來是れ歡喜愉悅の神にして、它又た木爻上に臨みて、來り世爻あるいは主象を生合す。木は生發條達を主り、龍は喜悅を主る。合わせて來れば就中病人に家中の瑣事を拋開して、心情を放寬せしむるを要し、這樣にして再び藥を服して乃ち效有るを會す。
財合用神居外動,吐之則痊;財在外動,主吐。若得生合世爻用爻,以藥吐之則愈。如在內卦,疏利為妙。若財爻動來刑剋世與主象,在外則主服藥不納;在內則主藥後發瀉也。
「妻財」用神を生合して又た外卦に發動すれば、吐法を用いて治療すれば就中痊愈する能し。財爻が外卦に發動するは、上出して吐を為すを象徵す。它もし又た世爻あるいは用神を生合せば、就中催吐の藥を用うべし。吐き出せば病即ち好し。もし財爻が內卦に發動すれば、下行を象徵して、疏導通利の法を用うるを妙と為す。反って、もし財爻發動して卻って來り世爻と主象とを刑克せば、外卦に在るは藥を喫し下去れば就中吐き服し進まざるを主り、內卦に在るは藥を服するの後腹瀉止まらざるを主す。
子逢火德寓離宮,灸之則愈。子孫屬火,又在離宮,宜用熱藥療之。若在他宮,又居外卦,必用艾灸則愈。如在內卦,或雖在外,而繫本宮者,皆依此斷。
「子孫」既に火德に屬して又た離宮に寄居せば、艾灸の法子を用いて就中治好る能し。「子孫」五行火に屬して、又た火に屬するの離宮に落つれば、溫熱の藥を用いて療治するを宜とす。もし它別の卦宮に落ちて又た外卦に居れば、就中必ず艾灸を用いて乃ち痊愈する能し。它の內卦に落つるに至り、あるいは雖に外卦に在るとも仍お本宮に屬するは、皆這個の法子に照らして判斷す。
坎卦子孫,必須發汗;木爻官鬼,先要疏風。子孫在坎卦發動,不拘五行,皆宜表汗;官鬼屬木,須散風邪,用藥有效。舉其一端,五行八卦皆仿此推之。
「子孫」坎卦に落つれば、治法は必ず發汗するを須す。「官鬼」木に屬せば、則ち先ず風邪を疏散するを要す。「子孫」坎宮に發動するは、它本身の五行何に屬するを管せず、皆解表發汗の法を用うるを宜とす。「官鬼」木に屬せば、木は風を主り、就中須く先ず風邪を散去して、藥を用いて乃ち效有り。ここに不過に一兩個の例子を舉出するのみにして、その余五行と八卦との配法は、皆此に照らして推演す。
用旺有扶,勿再補;用爻休囚墓絕,必是補藥方效。若得時旺相,又有生扶合助,須克伐之藥治之。若又補,則反害。
用神既に旺相にして又た生扶有れば、就中再び補藥を用うべからず。用神もし休囚・入墓・臨絶の地に落つれば、那必ず補藥を用いて乃ち效を見るを得。可も它もし當令旺相にして、又た生扶合助有れば、就中攻伐克削の藥を用いて治すべし。這種の時候に再び往きて進補せば、反って害有り。
鬼衰屬水,莫行針。子孫屬金,利用刀針。鬼爻屬水,而用刀針,則金能生水,反助其勢,病必增重。土鬼忌用熱藥,水鬼忌用寒藥,火鬼忌用風藥,金鬼忌用丸藥。
「官鬼」衰弱して又た水に屬せば、針砭を施用すべからず。「子孫」金に屬し、金は刀刃を主る。ゆえに刀圭針石を用うるを宜とす。可も「官鬼」もし水に屬して、還だ往きて刀針を動かせば、金は反って水を生じて、病勢を助長するに等しく、病必ず加重す。此の外、土鬼は熱藥を用うるを忌み、水鬼は寒藥を用うるを忌み、火鬼は風を發するの藥を用うるを忌み、金鬼は丸劑を用うるを忌む。
福鬼俱空,當不治而自愈;子官皆動,宜內補而外修。占病,子官二爻俱空,乃吉兆。或俱衰靜,無沖無並者,其病自愈,不用服藥。若二爻俱動,非藥不對病,乃是神祟間隔,故無功;必須服湯藥,又祈禱鬼神得痊。俗謂外修內補也。
「子孫」と「官鬼」と同時に空に落つれば、病は治療せずとも亦た自ら好く。「子孫」と「官鬼」と同時に發動すれば、就中一面に內服湯藥し一面に外に祈禳するを要す。病を占う時這兩爻皆空亡に落つるは、是れ吉兆なり。あるいは兩爻皆衰弱安靜にして、既に衝無く亦た併無ければ、病は自然に好く。藥を喫するを用着せず。もし兩爻同時に發動せば、那並びに是れ藥の病に對せざるに非ずして、而是れ神祟有りて中より梗を作す。ゆえに藥を喫して功無くして、必ず一面に湯藥を服し一面に鬼神に禱告して、病乃ち痊愈する能し。民間の説く所の「外修內補」就中這個を指すなり。
卦動兩孫,用藥須當間服;卦有二爻子孫發動,用藥不必連服,以其分權故也,須多服見效。或用兩般湯藥,相間服之則效。如占瘡疽腫毒,可言內用托里,外用敷貼。
卦中に兩個の「子孫」爻發動有れば、藥を用うるに就中間隔して服するを要す。兩爻の子孫同時に發動せば、藥力は權を分けらる。ゆえに必ず一劑接一劑に連服するを要せずして、須く多く幾次を服して乃ち效を見るを須す。あるいは乾脆兩種の湯藥を備下して、交替間服せば、反って效有り。もし占う所が瘡疽腫毒の一類なれば、就中內服托裡の劑・外用敷貼の藥にして、內外並行すと説くべし。
鬼傷二間,立方須用寬胸。官鬼動來沖剋間爻,必然胸隔不利,須用寬中湯藥。鬼在二間爻動,亦然。間爻逢兄弟發動,則是氣不順也,藥宜調氣。
「官鬼」兩個の間爻を傷れば、方を開く時須く寛胸理膈の藥を用うるを須す。間爻は世應の間に居りて、正に人身胸膈の部位に應ず。「官鬼」發動して來り它を衝克せば、胸膈必定暢ならずして、須く中を寛くするの湯藥を用うるを須す。「官鬼」本身就中兩個の間爻上に發動するも、道理相同じ。もし間爻上が「兄弟」發動なれば、那是れ氣機順ならざるにして、藥を用うるに宜しく調氣を以て主と為すべし。
父合變孫,莫若閉門修養;卦中福爻空亡,官爻衰靜,若有父母動來生合世身主象者,不須服藥。更化子孫,不若拋棄家事,靜養深山;或入寺觀閉門修養,勿藥自安。
「父母」來り生合して又た「子孫」を變出せば、其れ藥を喫するより、如かず門を閉じて靜養せん。卦中「子孫」爻が空に落ち「官鬼」爻が衰弱安靜にして、もし「父母」發動して來り世爻・卦身あるいは主象を生合せば、就中藥を服するを用着せず。「父母」もし再び「子孫」を變出せば、那更に家中の事務を拋開して、深山裡に到りて靜養し、あるいは寺觀に進みて門を閉じて修養せば、藥を喫せずして自然に好く。
五興化福,可用路遇醫人。子孫出現逢空,而五爻變出子孫,卻不空者,不須選求名醫服藥,不如過路草醫,反能治之。若子孫不出現,六爻不化出,而日辰帶子孫生合者,不意中自有醫來治也。
第五爻發動して「福德」を變出せば、可就便に路上遇う所の醫生を請うべし。卦中「子孫」雖に出現すとも卻って空に落ち、しかも第五爻の變出の「子孫」偏偏空ならざれば、那就中必ず心を費やして名醫を挑選して藥を服するを要せず。反って是れ路過の草澤醫人の治し得好るなり。もし「子孫」既に出現せず、六爻中も亦た「子孫」を變出する無く、只だ日辰の「子孫」を帶びて來り生合する有れば、那就中意料の外に自ら醫生有りて上門して來り治せん。
世應比和無福德,須用更醫;世應比和,卦無福德,此藥無損無益,服與不服,只是一般。須是更換醫人,別求治療,方可得痊。
世應兩爻の五行比和して卦中又た「福德」無ければ、就中另に醫生を換うべし。世應比和は、是れ彼此生せず克せず。卦裡又た「子孫」缺けば、那這付の藥は既に害處無く亦た益處無くして、喫と喫せざると全く分別無し。必ず一位の醫生を換え、另に診治を求めて、病乃ち好くを得。
財官發動子孫空,徒勞服藥。財官俱動,其勢已凶。子孫又空,服之無益;縱有良醫,必無功效。不如不服之漸愈。
「妻財」と「官鬼」と皆發動して「子孫」が空に落つれば、藥を喫する只是れ氣力を白費するのみ。財爻動けば則ち官鬼を生助し、官爻動けば則ち病勢方に張る。兩爻齊しく動けば、情勢已に凶險なり。「子孫」の這個の解神又た空に落ちて、藥を服して毫も益處無くして、縱に良醫有りとも亦た必定功無し。倒れ乾脆服せざるに如かずして、它をして慢慢自ら好轉せしめん。
黄金策・十二、鬼神
徼福鬼神,乃當今之所尚;禱爾上下,在古昔而皆然。
鬼神に向かって福佑を求取するは、是れ當今世人の崇尚する所の風氣なり。上は天神に告げ下は地祇に禱るは、這在りて古時も亦た人人の做す所の事なり。這是れ『黄金策』「鬼神」の一門の總冒にして、祟を占問して祈禳する由は、古今皆其の例有りて、並びに俗人の臆造に非ざるを説明す。
不質正於易爻,亦虛行乎祀典;先看卦內官爻,便知鬼神情狀。官鬼能為實禍,能為福佑。故觀此亦知其情狀也。
《易》卦の爻象を拿じて往きて核實印證せざれば、那祭祀祈禳の種種の典禮も亦不過に白く一場を做すのみ。辨明して犯す所何の祟なるを明らかにせんには、先ず卦內の「官鬼」爻を看れば、便ち鬼神の來歷情狀を知るべし。「官鬼」の這一爻は既能く實在に禍を降し、亦能く實在に福を賜す。ゆえに只だ它を觀察すれば、就中作祟あるいは護佑する者の情狀を推知する能し。
旺神衰鬼,方隅乾巽堪推;陰女陽男,老幼旺衰可決。凡鬼爻旺相,為神。休囚,為鬼。陽為男,陰為女。臨長生,少年鬼;臨帝旺,壯年鬼;臨衰弱,老年鬼;胎養,小兒鬼。乾宮,西北方;巽宮,東南方鬼也。
旺のは神と算し、衰のは鬼と算して、所在の方位は乾・巽等の八宮に憑りて推すべし。陰爻は女に屬し陽爻は男に屬し、年紀の老少も亦た旺衰に憑りて斷定すべし。およそ「官鬼」爻旺相の就是れ神明にして、休囚の就是れ鬼魅なり。爻の陽に屬する是れ男にして、陰に屬する是れ女なり。「長生」に臨む是れ少年の鬼にして、「帝旺」に臨む是れ壯年の鬼にして、「衰」に臨む是れ老年の鬼にして、「胎」「養」に臨む是れ小兒の鬼なり。鬼が乾宮に在れば、西北方より來れり。鬼が巽宮に在れば、東南方より來れり。
若在乾宮,必許天燈斗願;如居兌卦,定然口願傷神。坎是北朝,艮則城隍宅土;離為南殿,坤則土地墳陵。震恐樹神,或杖傷之男鬼;巽必縊死,或癲僕之陰人。
「官鬼」もし乾宮に在れば、必是れ天燈を點し星斗を拜するの願を許し過ぎたり。もし兌卦に在れば、一定是れ口頭願を許して未だ還さず、あるいは傷神を觸犯せり。坎宮に在るは、是れ北方朝禮の聖像なり。艮宮に在るは、是れ城隍と宅神土地なり。離宮に在るは、是れ南方殿宇の神祇なり。坤宮に在るは、是れ土地神と墳陵の鬼なり。震宮に在るは、恐怕是れ樹神にして、あるいは是れ杖責に打死せらるるの男鬼なり。巽宮に在るは、必定是れ自縊して亡び、あるいは是れ癲狂跌仆して死せるの女子なり。
八宮仔細推詳,諸鬼自能顯應。此以八卦推之。乾象為天,鬼在此宮,值火,許點天燈類。金鬼亦然。木鬼許放風箏。子丑二爻,許拜北斗。坤土屬陰,故是墳陵土地。艮土屬陽,故是城隍宅土。離居南,故推南殿。坎子地,故推北朝聖象。震為木,故樹神;帶白虎或自刑,則杖死之鬼。巽為繩,故主縊死之鬼;不帶鰧蛇,或非刑爻,則是風症死者。兌為口,故有呪咀口願,又屬金,故推傷神。蓋乾三連,是渾成之金;兌象上缺,是傷損之金;故以兌為傷神,而不以乾為傷神。
八宮の卦象を把りて仔細に推詳すれば、各類の鬼神は自然に顯露出來せん。上面這段は八卦に按じて推せるなり。乾卦は天を象り、鬼が乾宮に在りて又た火に屬せば、就中天燈を點ずる一類の願を許したるにして、金鬼も亦た一樣なり。木鬼は則ち風箏を放つを許し過ぎたり。鬼が「子」「丑」の兩爻に落つるは、是れ北斗を拜するの願を許したるなり。坤は土にして陰に屬す。ゆえに墳陵と土地の神とを主す。艮同じく土なれど陽に屬す。ゆえに城隍と宅神とを主す。離は南方に居る。ゆえに南方殿宇の神と推す。坎は北方の子位に居る。ゆえに北方朝拜の聖像と推す。震は木を為す。ゆえに樹神を主す。もし「白虎」を帶びあるいは自刑せば、就中杖に打たれて死せるの鬼なり。巽は繩索を為す。ゆえに自縊の鬼を主す。もし「螣蛇」を帶びず、又た刑爻に非ざれば、那就中風症に死せるの人なり。兌は口を為す。ゆえに咒罵と口頭許願とを主す。兌又た金に屬す。ゆえに傷神と推す。ここの分別は、乾卦は三畫相連して、是れ完整無缺の金にして、兌卦は上爻中斷して、是れ殘缺受傷の金なり。ゆえに兌を把りて傷神と作すにして、乾を把りて傷神と作さざるなり。
更值勾陳,必有土神見礙;如臨朱雀,定然呪咀相侵。白虎血亡,玄武則死於不明之鬼。青龍善願,螣蛇則犯乎施相之神。此以六神推之。勾陳職專田土,鬼爻臨之,乃是土神為禍。朱雀為口舌,故有呪咀。白虎為血神,故有帶血女傷;居陽則兇暴惡死之鬼也。玄武是幽暗,故有不明死鬼;化兄弟,或從兄弟化出,則是盜賊。青龍是喜神,故有善願。鰧蛇推施相之神,今俗禱謝,必以面作小蛇,獻之取驗。
「官鬼」もし再び「勾陳」に值すれば、必ず土神有りて中より梗を作す。もし「朱雀」に臨めば、一定是れ人に咒罵衝犯せらるるなり。「白虎」に臨むは、是れ血光に因りて亡ぶるの鬼なり。「玄武」に臨むは、是れ死因不明の鬼なり。「青龍」に臨むは、是れ許し過ぎの善願未だ還さず。「螣蛇」に臨むは、則ち是れ施相の神を觸犯せるなり。這一段は六神に按じて推せるなり。「勾陳」は專ら田土を管し、鬼爻臨み上去せば、就中土神作祟なり。「朱雀」は口舌を主る。ゆえに咒罵の事に應ず。「白虎」是れ血神なり。ゆえに血を帶びて死せるの女子の傷を主り、もし陽爻に居れば則ち凶暴惡死の鬼なり。「玄武」は幽暗不明を主る。ゆえに是れ死因不明の鬼なり。它もし「兄弟」を化出しあるいは「兄弟」より化出せば、那就中是れ盜賊の鬼なり。「青龍」是れ喜神なり。ゆえに善願を主す。「螣蛇」は施相の神と推す。如今民間這位の神に禱謝するに、必定麵を用いて捏ねて小蛇を成して獻上して、説く所甚だ靈驗なり。
金乃傷司,火定灶神香願;木為枷鎖,水為河伯江神。此以五行推之。金主刀兵所傷之鬼;旺是傷神,衰是傷司部眾。火鬼在二爻,是灶君,其餘香信。本宮內卦,是本境土地,神佛香願;他宮,別境香願。在六爻,遠方香信。在五爻,途中所許。持世當境,社會中香願也。午火衰弱,必是燒死之鬼。木鬼,東方神鬼。化金,或從金化,是械鎖鬼。帶鰧蛇,吊死之鬼。木化木,又加白虎,夾死鬼。水鬼旺相,江神河伯;衰弱,落水鬼。在震巽二宮,或木化水,必是船上墮水死鬼。
「官鬼」の金に屬する是れ傷司の神にして、火に屬する定めて是れ竈神あるいは香火の願なり。木に屬するは枷鎖刑具を主り、水に屬するは河伯江神を主る。這一段は五行に按じて推せるなり。金は刀兵の傷る所の鬼を主り、旺相の是れ傷神本尊にして、衰弱の是れ傷司手下の部衆なり。火鬼が第二爻に落つる是れ竈君にして、別爻に落つれば則ち別處の香火信願なり。本宮內卦に在れば、是れ本境土地と神佛の香願にして、他宮に在れば則ち外境の香願なり。第六爻に在れば是れ遠方の香信にして、第五爻に在れば是れ途中許下せるにして、世を持する則ち是れ本地社廟裡の香願なり。「午」火にして衰弱のは、必是れ燒死の鬼なり。木鬼是れ東方の神鬼なり。它金に化しあるいは金より化し來れば、是れ枷鎖を帶びたる囚鬼なり。「螣蛇」を帶ぶる是れ吊死鬼なり。木化木又た「白虎」を加えれば、是れ夾壓して死せるの鬼なり。水鬼旺相の是れ江神河伯にして、衰弱の是れ落水の鬼なり。もし震・巽の兩宮に在り、あるいは木化水なれば、那必定是れ船上より水に墜ちて死せるの鬼なり。
若見土爻,當分廠類。土爻臨鬼,陰是陰土,陽是陽土。在震巽二宮,或從木化皆然,或樹頭土。臨應沖世,或日辰帶土鬼相沖相剋,是飛來土。若日月動變皆帶土,五方土也。
もし「官鬼」土爻上に落つるを見れば、就中它の哪一類の土神に屬するを分辨すべし。土爻鬼に臨めば、爻の陰に屬する是れ陰土の神にして、陽に屬する是れ陽土の神なり。它もし震・巽の兩宮に在り、あるいは木爻より化出せば、皆同じ樣に看待して、亦た可能是れ樹根下の土煞なり。もし土鬼が應爻上に臨みて世を衝し、あるいは日辰土鬼を帶びて來り衝し來り克せば、那是れ外面飛來の土煞なり。もし日建・月建および動爻變爻皆土を帶びれば、那就中五方土神齊しく動きしなり。
鬼墓乃伏尸為禍;財庫則藏神不安。鬼爻屬金,卦有丑動是鬼墓。妻財屬木,卦有未動是財庫。他仿此。二事見家宅決中,今不盡述。然不傷世則不為禍。
「官鬼」の墓庫發動するは、是れ地下伏尸作祟なり。「妻財」の庫地發動するは、是れ家中所藏の神不安なり。例を舉げて説けば、「官鬼」爻金に屬し、金墓は丑に在り。卦中もし「丑」爻發動有れば、那就中鬼墓なり。「妻財」爻木に屬し、木庫は未に在り。卦中もし「未」爻發動有れば、那就中財庫なり。その余五行は此に照らして類推す。這兩件事は「家宅」の一章裡已に講過せり。ここに再び詳述せず。不過要緊の一點は、只だ它來り世爻を傷らざれば、就中禍患と成らざるなり。
修造動土,必然殺遇勾陳;口舌起因,乃是土逢朱雀。此亦言土鬼也。加勾陳,必因修造動土,以致不安。在初爻,穿井不安。二爻,作灶動土。三爻四爻,當門動土。五爻,路邊動土。六爻籬笆牆下動土。兌宮,開池動土。艮宮,築牆動土。坤宮,造墳動土。坎宮加玄武,坑廁動土。以上若臨朱雀,則是動土時,暗有口舌,呪咀。或多口惹事,以致為禍。
修造動土に因りて祟を招くは、必定是れ凶殺「勾陳」に遇うなり。口舌に因りて禍を起こすは、則ち是れ土爻「朱雀」に遇うなり。ここに説く仍お是れ土鬼なり。土鬼加「勾陳」は、必是れ修造動土に因りて乃ち家宅不安を招致せり。再び爻位に按じて分かてば、初爻に在れば是れ井を鑿き土を動かし、二爻に在れば是れ竈を砌り土を動かし、三爻四爻に在れば是れ門に當りて土を動かし、五爻に在れば是れ路邊土を動かし、六爻に在れば是れ籬笆牆下土を動かす。卦宮に按じて分かてば、兌宮是れ池を開き土を動かし、艮宮是れ牆を築き土を動かし、坤宮是れ墳を造り土を動かし、坎宮再び「玄武」を加うれば是れ坑廁土を動かす。以上各種の情形もし臨む所が「朱雀」なれば、那就中動土の時暗中人有りて口舌咒罵し、あるいは自己多嘴して事を惹き、因而に禍患を招來せるなり。
或犯井神,水在初爻遇鬼;或幹司命,火臨二位逢官。若在門頭,須犯家堂部屬;如臨道上,當求五路神祗。四遇世沖,鬼必出門撞見;六逢月合,神須遠地相干。此以六爻推之也。初爻水鬼,井泉童子不安。二爻火鬼,灶神見責。三爻為門,官鬼臨之,當犯家堂香火。四爻為戶,若遇官克世沖世,必曾出門撞見鬼崇。五爻臨金鬼,五道;火鬼,五聖;木鬼,五郎神眾;水鬼,五路神司。衰弱,則道路邊鬼。在六爻,定遠方鬼。月建日辰生合,乃天神中有願。
初爻是水爻にして又た「官鬼」に逢えば、那是れ井神を衝犯せるなり。二爻是れ火爻にして又た「官鬼」に逢えば、那是れ竈王司命を干犯せるなり。「官鬼」もし第三爻の門位に落つれば、是れ家堂香火の部屬を觸犯せるなり。もし道路の位に落つれば、就中五路の神祇に祈求すべし。第四爻の鬼が世爻と相衝するは、必是れ出門在外に邪祟に撞見せるなり。第六爻の鬼が月建と相合するは、那是れ遠地の神明の相干せるなり。這一段は六爻の位次に按じて推せるなり。初爻水鬼は、是れ井泉童子不安なり。二爻火鬼は、是れ竈神見怪なり。三爻は門を為して、「官鬼」それに臨むは、當に是れ家堂香火を衝犯せるなり。四爻は戶を為して、もし官爻世を克し世を衝せば、必定曾て出門の時鬼祟に撞見せり。五爻上に臨む金鬼是れ五道神にして、火鬼是れ五聖にして、木鬼是れ五郎神衆にして、水鬼是れ五路神司なり。もし衰弱無力なれば、就中只是れ路旁の野鬼なり。鬼が六爻に在れば、一定是れ遠方の鬼なり。もし月建・日辰の生合を得れば、那是れ天神の一類にして、曾て之に對して願を許し過ぎたり。
鬼克身,冤家債主;身克鬼,妻妾陰人。我去生他,卑幼兒童僧道;他來生我,祖宗尊長爹孃。若無生合克刑,必是弟兄朋友。此以卦身推之。鬼生卦身為父母,卦身生鬼為子孫;鬼克卦身為冤仇,卦身克鬼為妻妾。二者比和為兄弟朋友;陰爻是妯娌姊妹之鬼。子孫,小口卑幼之鬼。父母,尊長祖宗之鬼。財爻,妻妾、陰人之鬼。惟鬼克身,冤家債主之鬼,必難退遣。病亦未易安。
「官鬼」來り卦身を克するは、是れ前世の冤家債主なり。卦身往きて「官鬼」を克するは、是れ妻妾の一類の女鬼なり。卦身往きて它を生ずるは、是れ晚輩幼童あるいは僧道の鬼なり。它來り卦身を生ずるは、是れ祖宗尊長父母の鬼なり。もし彼此既に生合せず亦た克刑せざれば、那必是れ兄弟朋友の鬼なり。這一段は卦身に按じて推せるなり。鬼が卦身を生ずれば、「父母」と作りて看。卦身が鬼を生ずれば、「子孫」と作りて看。鬼が卦身を克するは、是れ冤仇なり。卦身が鬼を克するは、是れ妻妾なり。兩者五行比和すれば、就中兄弟朋友なり。もし陰爻なれば、則ち妯娌姊妹の鬼なり。「子孫」に屬する是れ小孩晚輩の鬼にして、「父母」に屬する是れ尊長祖宗の鬼にして、「妻財」に屬する是れ妻妾女子の鬼なり。其中唯獨鬼の卦身を克する這一種は、是れ冤家債主の鬼にして、最も禳送退遣し難く、病も亦た安好し容易からず。
刑不善終;鬼帶刑爻,必非善終之鬼。辰是牆壁壓死鬼,午是湯火燒燙鬼,酉是刀箭所傷鬼,亥是投河落水鬼。寅或虎噬,巳或蛇傷,戌或犬咬,丑或牛觸。旺則為神道,劉郡王猛將之神。
「官鬼」刑爻を帶ぶれば、那是れ非命に死せるの鬼なり。およそ鬼爻刑を帶ぶれば、必定是れ壽終正寢に非ず。「辰」に在る是れ牆壁倒塌に壓死せらるるの鬼にして、「午」に在る是れ沸湯烈火に燒燙死せらるるの鬼にして、「酉」に在る是れ刀劍箭矢に傷られて死せるの鬼にして、「亥」に在る是れ河に投じ水に落ちて淹死せるの鬼なり。「寅」に在るあるいは是れ虎に咬まれて死し、「巳」に在るあるいは是れ蛇に咬まれて死し、「戌」に在るあるいは是れ犬に咬まれて死し、「丑」に在るあるいは是れ牛に抵れて死す。倘若這刑を帶びたる鬼爻反って旺相なれば、那就中惡鬼と為るの論を作さずして、而是れ神道にして、劉郡王の一類の猛將の神の如し。
絕則無祀。鬼不上卦,看伏何爻下,便知是何鬼崇。如伏父下,為家先。伏福下,為小口類。若伏空下,乃是無收管之鬼,是孤魂野鬼。若臨絕爻,乃無祀之鬼。
「官鬼」絶地に臨むれば、那是れ祭祀する人無きの孤鬼なり。鬼爻もし卦に上がらざれば、就中它の哪一爻の底下に伏するを看れば、便ち作祟する是何の鬼なるを知る。「父母」下に伏するは、是れ自家の先人なり。「子孫」下に伏するは、是れ幼小晚輩の一類なり。もし空に落つるの爻の下に伏せば、那是れ収管する人無きの鬼にして、即ち孤魂野鬼なり。もし它「絶」爻上に落つれば、那就中香火を斷え祭祀する人無きの鬼なり。
如臨日月,定然新死亡靈;卦無官鬼,而日辰是鬼者,必然新死亡人為禍。若日辰是鬼,而卦中又有鬼,必因祈禱,而近日新許之願未酬。
「官鬼」もし日辰・月建上に臨めば、作祟する定めて是れ新近亡故の魂靈なり。卦中に官鬼無くして、日辰恰も官鬼なれば、那必定是れ新死の人の作祟せるなり。倘若日辰是れ鬼にして、卦中同時にまた鬼爻の出現有れば、那就中是れ曾て祈禱し往きて、近日新たに許下せるの願未だ還さざるに因るなり。
自入墓刑,決是獄中囚犯。如未日占卦,得木爻官鬼,謂鬼自入墓。必是死於囹圄囚人之鬼。更帶刑爻,必死於非命,或死於墳墓間者。旺相發動,則是廟神。
「官鬼」自ら墓に入りて又た刑を帶ぶれば、作祟するは斷然是れ牢獄裡に死せるの囚犯なり。譬如「未」日に卦を占して木爻の「官鬼」を得ば、木墓は未に在り、這就中鬼の自ら墓に入ると作り叫ばるるにして、那必定是れ監牢に死せるの囚人の鬼なり。もし再び刑爻を帶上せば、那就是れ非命に死し、あるいは墳墓の間に死せるなり。反って、這鬼爻もし旺相にして發動せば、就中囚鬼に非ずして、而是れ廟裡の神明なり。
傍爻財合,必月下之情人;應位弟生,乃社中之好友。財爻動合鬼爻,或財化鬼,鬼化財,自相作合者,必與病人私通之人為禍。若被世克,而帶玄武,乃因奸致死之鬼。餘仿此。
旁邊の「妻財」爻來りて鬼と相合せば、那是れ月下私會の情人の鬼なり。應爻上の「兄弟」來りて鬼を生ずるは、那是れ社廟同夥中の朋友の鬼なり。財爻發動して往きて鬼爻に合し、あるいは財化鬼・鬼化財して、彼此自ら相作合せば、那作祟するは必定是れ曾て病人と私通せしの人なり。もし這財爻が世爻に克せられ、又た「玄武」を帶びれば、那便ち是れ姦情に因りて死せるの鬼なり。その余の情形はこれに照らして類推す。
化出鬼爻臨玄武,則穿窬之鬼;變成父母遇螣蛇,則魘魅之精。鬼動,化出六親,即以化出者斷。如化兄,為朋友兄弟,妯娌姑嫜類。若化鬼,加玄武,必是盜賊。化父母,是伯叔六親;加鰧蛇,乃是其家屋中,匠人作魘魅出現,以致人口不安。父化官,雖非鰧蛇,亦是匠人作弊。
鬼動きて變出する仍お是れ「官鬼」にして又た「玄武」に臨めば、那是れ牆を穿ち壁を翻するの盜賊の鬼なり。變出する是れ「父母」にして又た「螣蛇」に遇えば、那是れ魘鎭魅惑の精怪なり。およそ鬼爻發動して六親を化出せば、就中化出するの那一位に按じて斷ず。「兄弟」を化出するは、是れ朋友兄弟・妯娌公婆の一類なり。「官鬼」を化出して又た「玄武」を加うるは、必是れ盜賊なり。「父母」を化出するは、是れ伯叔等の六親にして、もし再び「螣蛇」を加えれば、那就中這家の屋子裡に工匠有りて魘魅の手脚を做し、因而に家口不安を弄せるなり。「父母」發動して「官鬼」を化出するは、縱然「螣蛇」を帶びずとも、亦た仍お是れ工匠の鬼を搗ち弊を作すなり。
太歲鬼臨,乃祖傳之舊例;日辰官並,是口許之初心。若太歲日辰俱帶鬼,則日下許酬祖例,尚未完其事。
太歲上に「官鬼」臨むれば、那是れ祖上傳下の舊例願心なり。日辰上に「官鬼」併ぶれば、那是れ當初口頭許下の心願なり。もし太歲と日辰と皆鬼を帶びれば、那就中眼下正に祖傳の舊例を酬還せんと許諾して、事情却って未だ辦完せざるなり。
持世則未酬舊願,伏為有口無心;變財乃不了心齋,空則有頭無尾。鬼爻持世,亦非舊例,乃是先曾許過口願,未得酬也。若無鬼,世下卻伏本宮之鬼,亦是舊欠。但是有口無心,再不介意,故致愆責。若鬼爻化出妻財,必齋修不了,土殺之欠,或破戒不淨。變財空亡,必雖許而口不戒,有頭無尾也。
鬼爻持世は、是れ舊願未だ還さず。鬼爻伏して現れざるは、是れ當初口有りて心無し。鬼爻「妻財」を變出するは、是れ齋戒許して未だ了せず。變出の財また空に落つるは、則ち是れ頭有りて尾無し。鬼爻持世は、並びに祖傳舊例と算せずして、而是れ自己先前許し過ぎの口願にして、一直に酬還せず。もし卦中鬼無くして、世爻底下に本宮の鬼伏すれば、那同じ樣是れ舊欠にして、只不過當時不過に口に隨りて一説して、事後毫も心上に放らず、因此に責罰を招來せるなり。もし鬼爻「妻財」を化出せば、那必是れ齋戒修持做完せずして、土煞の願を欠下し、あるいは中途破戒不潔せるなり。もし變出の財また空亡に落つれば、那就中雖に願を許すとも根本に忌口せずして、頭有りて尾無し。
鬼在宅中,住居不穩;官臨應上,朝向不通。內卦第二爻為宅。若動鬼臨之,宅不安,常有病。若沖剋之爻,或應爻臨鬼,其宅朝向不利,宜改。
「官鬼」宅爻上に落つれば、住處就中安穩を得ず。「官鬼」應爻上に臨めば、房屋の朝向就中利に通ぜず。內卦の第二爻是れ宅爻にして、もし發動の鬼爻臨みて上面に在れば、這宅子就中安寧ならず、家裡常に人の生病有り。もし來り宅爻を衝克するの那一爻上に鬼有り、あるいは應爻上に鬼臨めば、那就中這宅子の朝向利ならずにして、改動すべし。
兌卦金龍幹佛像;兌西方卦,佛又金身,故遇兌宮金鬼,神佛中必有善願。帶青龍勾陳,裝塑;帶鰧蛇,是欲圖畫;化父,是描寫;不然,則是經文。若化財福,是欲修舍。
兌卦中の金爻「青龍」を帶ぶれば、干犯する所是れ佛像の願なり。兌是れ西方の卦にして、佛また金身と稱す。ゆえに兌宮の金鬼に遇えば、必定是れ神佛の面前に善願を許し過ぎたり。它「青龍」「勾陳」を帶ぶるは、是れ金身を裝塑するを許下せるなり。「螣蛇」を帶ぶるは、是れ圖像を繪製せんと想うなり。「父母」を化出するは、是れ描摹繪寫を許下し、然らざれば是れ經文を抄寫するを許下せり。もし「妻財」「子孫」を化出せば、那是れ房舍を修造するを許下せるなり。
