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周易口義 発題

宋 · 胡瑗 · 第1巻 / 51

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

繋辞上・子曰知変化之道者其知神之所為乎

易経易学典籍

術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。

先生曰:夫《易》者,伏羲、文王、周公、孔子所以垂萬世之大法,三才變易之書也。自伏羲仰觀天文,俯察地理,始畫八卦,故爻有九六以盡陰陽之數,位有三畫以盡三才之道,寫天地雷風水火山澤之象以盡天下之用,明健順動入止說陷明之體以盡天下之理。然而伏羲之時,世質民淳,巧偽未興,詐端未作,故雖三畫亦可以盡吉凶之變。自神農至堯舜,莫不取法八卦之象以為大治之本。歴夏商以及桀紂之世,民欲叢生,奸偽萬狀,禮隳樂缺,天下紛然,故三爻不能盡萬物之消長、究人心之情偽。文王有大聖之才,罹於憂患,觀紂之世小人在位,詐偽日熾,思周身之防,達憂患之情,通天人之淵蘊,明人事之始終,遂重卦為六十四,重爻為三百八十四,又於逐卦之下為之彖辭,故天地通變之道、萬物情偽之理一備於此。

胡瑗先生は言います。《易》という書は、伏羲・文王・周公・孔子という四人の聖人が万世に根本の大法を立てるために用いたもので、天・地・人の「三才」が変化転易する理を説く書です。はじめに伏羲が上を仰いで天の日月星辰を観察し、下を俯して地上の山川の形勢を考察し、これによって八卦を画き始めました。ですから爻は九・六の二種に分かれ、「九」で陽を、「六」で陰を表して陰陽の数を尽くし、各卦は三画だけを立てて天・地・人の三才の道に対応させ、また天・地・雷・風・水・火・山・沢という八種の物象をもって天下のあらゆる事物の功用を描き尽くし、さらに乾の健・坤の順・震の動・巽の入・艮の止・兌の説・坎の陷・離の明という八種の卦性をもって天下の道理を明らかにしました。ただ伏羲の時代は風気が素朴で、民は淳厚で、機巧や虚偽はまだ起こらず、詐欺の芽も出ていなかったので、三画の八卦だけでも吉凶の変化を説き尽くすに足りたのです。神農から堯・舜に至るまで、歴代の聖王で八卦の象を取り法して天下を大いに治める根本としなかった者はいません。夏・商を経て桀・紂の時代に至ると、人の欲望が群生し、奸邪虚偽が万状をなし、礼制が毀れ楽教が欠けて、天下は紛然と乱れ、三画の爻ではもはや万物の消長を説き尽くせず、人心の真偽を見透かせなくなりました。文王は大聖人の才を備えながら憂患の中に身を置き、紂王の世に小人が権を握り詐偽の風が日に日に盛んになるのを見て、身を全うする方策を深く考え、憂患の実情を察し、天道と人事の奥深い含意を貫き、世事の来竜去脈を明らかに見て、八卦を二つずつ重ねて六十四卦とし、三爻を倍して三百八十四爻とし、また各卦の下に「彖辞」――すなわち一卦の大義を断定する文字――を系しました。こうして天地の変通する規律と万物の真偽の道理が、すべてこの書の中に備わったのです。

然謂之《易》者,按《乾鑿度》云:「易一名而含三義,簡易也,不易也,變易也。」故穎達作疏,洎崔覲、劉正簡皆取其說。然謂不易、簡易者,於聖人之經繆妄殆甚。且仲尼曰:「名不正則言不順,言不順則事不成。」是言凡興作之事先須正名,名正則事方可成,況聖人作《易》為萬世之大法,豈復有二三之義乎?按掦子曰:「陰不極則陽不生,亂不極則徳不形。」又《繫辭》曰:「易窮則變,變則通,通則乆。」又云:「生生之謂易。」是大《易》之作,專取變易之義,蓋變易之道,天人之理也。

この書がなぜ「易」と呼ばれるかについては、漢代の緯書《乾鑿度》に「易という名称には三層の意味が含まれる。一は簡易、二は不易、三は変易である」とあります。唐代の孔穎達が《周易正義》を作ったときこの説を踏襲し、後の崔覲・劉正簡らもこれに倣って説きました。しかし「不易」「簡易」まで書名の取り義に算入するのは、聖人のこの経典に対して実に甚だしく謬妄です。孔子は「名分が正しくなければ言葉が順に通らず、言葉が順に通らなければ事は成し遂げられない」と言いました。これは、何事かを興そうとするにはまず名称を正さねばならず、名称が正しくてはじめて事が成り立つということです。まして聖人が《易》を作って万世の根本大法とするのに、どうして一つの書名に二つも三つも取り義を並べることが許されましょうか。揚雄は「陰気が極まらなければ陽気は生じず、禍乱が極まらなければ徳政は現れない」と言い、《繋辞伝》も「事が窮まれば変わり、変われば通じ、通じれば久しく続く」と言い、また「生んではまた生み、化育やまない、これを易と呼ぶ」と言います。これを見れば、この大《易》の制作はもっぱら「変易」の意味を取ったのであって、変易の法則こそが天道と人事を貫く根本の道理だからです。

以天道言之,則陰陽變易而成萬物,寒暑變易而成四時,日月變易而成晝夜;以人事言之,則得失變易而成吉凶,情偽變易而成利害,君子小人變易而成治亂。故天之變易則歸乎生成而自為常道,若人事變易,則固在上位者裁制之如何耳。

天道の面から言えば、陰気と陽気が交互に変易して万物を化生し、寒来暑往が交互に変易して春夏秋冬の四時を成し、太陽と月が交互に変易して昼と夜を分かちます。人事の面から言えば、一事に得と失があって交互に変易すれば吉と凶が生じ、人心に真と偽があって交互に変易すれば利と害が生じ、朝廷で君子と小人が交互に進退すれば治世と乱世が生じます。ですから天道の変易は結局のところ万物の化生成就に帰し、それ自体が恒常の法則であって、人が心を煩わす必要はありません。人事の変易がどちらに転ぶかは、もっぱら上位に居る執政者がどのように裁断し制御するかにかかっているのです。

何則?在位之人苟知其君子小人相易而為治亂,則當常進用君子而擯斥小人,則天下常治而無亂矣;知其情偽相易而成利害,當純用情實而黜去詐偽,則所為常利而無害矣;知其得失相易而成吉凶,當就事之得而去事之失,則其行事常吉而無凶矣。是皆人事變易,不可不慎也。故大《易》之作,專取變易之義。

なぜそう言えるのでしょうか。官位に居る人が、君子と小人の進退の入れ替わりが治世と乱世をもたらすと悟れば、常に君子を抜擢任用し小人を排斥退ければよく、そうすれば天下は長く治まって禍乱を生じません。人心の真実と虚偽の交替が利と害をもたらすと悟れば、誠実な人を一概に任用し奸詐の徒を罷黜すればよく、そうすれば為すことは常に利を得て害を受けません。事の得当と失当の交替が吉と凶を招くと悟れば、正しく行えたことに倣い、誤ったところを取り除けばよく、そうすれば行いは常に吉で凶に至りません。これらはみな人事上の変易であり、慎重に扱わなければならないものです。ですからこの大《易》の制作は、もっぱら「変易」の意味を取ったのです。

謂之《周易》者,自伏羲畫卦,文王重之,又從而為之彖辭,至周公又為之爻辭,仲尼又十翼之,數聖相繼,其道大備於周,故曰《周易》。謂之上經、下經者,自乾坤至坎離三十卦謂之上經,自咸恆至未濟三十四卦謂之下經。然則所以分上下二經者,以簡帙重大,故分之也。乾坤者天地之象,坎離者日月之象,故取以為上經;咸恆者夫婦之義,既濟未濟人倫終始之道,故取以為下經。先儒亦常謂不分之即無損於義,分之亦無害,其實但以簡帙重大而分之也。乾傳者,乾卦名也;傳,傳也,言傳述聖人之法以示萬世也。

《周易》と呼ぶのは、伏羲が八卦を画き、文王が八卦を二つずつ重ねて六十四卦として各卦に彖辞を系し、周公が各爻に爻辞を系し、最後に孔子が《十翼》を作ってそれを闡明したという、幾人かの聖人の前後相承の営みによって、この学問が周の代に大いに備わったからです。「上経」「下経」に分かれるのは、《乾》《坤》の二卦から《坎》《離》の二卦までの三十卦を上経と呼び、《咸》《恒》の二卦から《未濟》卦までの三十四卦を下経と呼びます。上下二経に分けたのは、竹簡の巻帙が多く重かったため、分けざるを得なかったからです。《乾》《坤》は天と地の象を取り、《坎》《離》は日と月の象を取るので、これらをもって上経を統領します。《咸》《恒》は夫婦の結合の義を説き、《既濟》《未濟》は人倫に始終ある道を説くので、これらをもって下経を締めくくります。前代の学者も、分けなくても経義に損はなく、分けても妨げはない、実際はただ簡冊が重いために分けたのだとよく言いました。篇題に掲げる「乾伝」については、「乾」は卦の名称であり、「伝」は伝述の意で、聖人の立てた法則を伝述して万世に示すことを指します。

周易口義 巻一 宋 胡瑗 撰

上経 乾

乾 乾下乾上

義曰:此伏羲所畫之卦也。伏羲畫八卦,始有三爻,一爻為地,二爻為人,三爻為天,以象三才之道,然未能盡變通之理,故文王重之為六爻。初為地之下,有蒙泉之象;二為地之上;三於人為臣民之位;四出於臣民之上,為儲貳之象;五正當天位;六為天之上,有太虛之象。然後萬物成形而天下之能事畢矣。六爻皆陽,象天積諸陽氣而成也。既象天,其不名天而名乾者,蓋天者乾之形,乾者天之用。

胡瑗の解説:これは伏羲の画いた卦です。伏羲が八卦を画いた当初、各卦は三爻だけで、最下の一爻は地を表し、中間の一爻は人を表し、最上の一爻は天を表して、天・地・人の「三才」の道に象を取りました。しかし三爻では変化通達の理を尽くすに足りないので、文王がこれを二つずつ重ねて六爻としました。初爻は地面の下にあり、地底に伏す泉の意象があります。二爻は地面の上にあります。三爻は人事に就いて言えば臣民の居る位です。四爻は臣民を超えた上にあり、太子・储君の象です。五爻はまさに天子の位に当たります。上爻は天位の上にあり、太虚の寥廓たる意象があります。このようにして万物がそれぞれ形を成し、天下で為し得ることのすべてが包み尽くされます。乾卦の六爻はすべて陽爻で、天に象を取ります。天はまさに多数の陽気が積み重なって成ったものです。では天に象を取るのに、なぜ「天」と呼ばず「乾」と呼ぶのでしょうか。「天」は乾の形体を指し、「乾」は天の功用を指すからです。

夫天之形,望之其色蒼然,南樞入地下三十六度,北樞出地上三十六度,狀如倚杵,此天之形也。言其用,則一晝夜之間凡行九十餘萬里。夫人之一呼一吸謂之一息,一息之間天行已八十餘里,人之一晝一夜有萬三千六百餘息,是故一晝一夜而天行九十餘萬里,則天之健用可知。自古及今,未嘗有毫釐之過,亦未嘗有毫釐之不及,蓋乾以至健至正而然也。

天の形体は、遠く望むと一面の蒼蒼たる色で、回転する南極は地平線の下三十六度に没し、北極は地平線の上三十六度に高く出て、天球全体が斜めに倚りかかった、斜めに立てかけた杵のようです。これが天の形体です。天の功用は、一昼夜の間に九十万余里を運行します。人の一呼一吸を「一息」と言い、一息の間に天はすでに八十余里を進み、人は一昼一夜におよそ一万三千六百余息あるので、一昼一夜に天は九十万余里を行くのです。天の剛健にして息まない功用はこれで思い浮かべられます。古から今に至るまで、その運行は一毫も速くなったことがなく、一毫も遅くなったこともありません。これはまさに乾の徳が極めて剛健で極めて中正だからこそ、このようであり得るのです。

故聖人於此垂教,欲使人法天之用而不法天之形,所以名乾而不名天也。且天之形,象人之體魄也;天之用,象人之精神也。使寒暑以成,日月以明,萬物以生,此天之健用也。若人之有耳目口鼻四體,是其形也;其口言、鼻臭、目視、耳聽、手足四體之運,此其用也。至於心之思慮,蘊於內則為五常百行,發於外則為政教禮義。故為君、為臣、為父、為子、為兄、為弟、為夫、為婦,以至於為士農工商,莫不本於乾乾不息,然後皆得其所成立也。左氏曰:「民生在勤,勤則不匱。」是皆言人當法天之健用也。故曰乾。

ですから聖人がここに立てた教えは、人に天の功用に效えと命じるのであって、天の形体を模倣せよというのではありません。このためこの卦を「乾」と名づけて「天」と名づけなかったのです。さらに言えば、天の形体は人の躯殻のようなもので、天の功用は人の精神のようなものです。寒来暑往をして四時を成就せしめ、日月をして照らし明かさしめ、万物をして生長せしめるのは、みな天の剛健にして息まない功用です。人に耳・目・口・鼻と四肢があるのは人の形体であり、口がものを言い、鼻が味を辨え、目が見、耳が聞き、手足四肢が動けるのが、はじめて人の功用です。心の中の思慮に至っては、内に蔵すれば仁・義・礼・智・信の「五常」と種々の品行であり、外に発露すれば政令教化と礼法道義です。ですから国君であれ臣下であれ、父であれ子であれ、兄であれ弟であれ、夫であれ妻であれ、さらに士・農・工・商に至るまで、「乾乾として息まない」という自ら強めてやまない精神を根本としないものはなく、そうしてはじめて各自に成し遂げることができます。《左伝》に「民の生計は勤労にあり、勤労すれば乏しくならない」とあります。これらの言葉はみな、人は天の剛健にして息まない功用に效うべきだと説くものです。ですからこの卦を「乾」と称するのです。

元、亨、利、貞。

乾卦の卦辞は言います。乾には万物を創生する「元」の徳、万物を暢達させる「亨」の徳、万物を各自に宜しきを得させる「利」の徳、万物を正固に帰させる「貞」の徳がある、と。

義曰:文王既重伏羲所畫之卦,又為此卦下之彖辭,以明乾之四徳,又配之四時五常而言也。元者,始也,言天以一元之氣始生萬物,聖人法之以仁而生成天下之民物,故於四時為春,於五常為仁。

胡瑗の解説:文王は伏羲の画いた八卦を二つずつ重ねた上で、この卦の下に彖辞を系し、乾の具える四種の徳性を闡明し、それらを春夏秋冬の四時と仁義礼智の五常に一つずつ配当てて説きました。「元」は始まりのことで、天が渾然一体の元気をもって万物の生育を始めることを言います。聖人はこれに效って、仁愛の心をもって天下の百姓と万物を生養します。ですから「元」は四時では春に、五常では仁に配します。

亨者,通也。夫物春始生之,夏則極生而至於大通,故高者、下者、洪者、纎者各遂其分而得其性也。聖人觀夏之萬物有高下洪纎,乃作為禮以法之,使尊者、卑者、貴者、賤者各定其分而不越於禮,故於四時為夏,於五常為禮。

「亨」は通達のことです。万物は春に萌え始め、夏になると極めて盛んに成長して完全に通暢します。ですから高いものも矮いものも、粗大なものも細小なものも、それぞれ自分の本分に沿って生長し、皆その本性を遂げます。聖人は夏の万物に高下・粗細があるのを見て、礼制を制作してこれに取り、尊い者・卑しい者・貴い者・賤い者がそれぞれ名分に安んじて礼の限界を逾越しないようにしました。ですから「亨」は四時では夏に、五常では礼に配します。

利者,和也。在《文言》曰:「利者,義之和。」言物之既生既育,故必成之有漸,自立秋涼風至,八月白露降,九月寒露降,以至為霜為雪,以成萬物,莫不有漸而成也。聖人法之以為義,義者冝也,天下之民雖有禮以定其分,然必得其義以裁制之,則各得其冝也,故於四時為秋,於五常為義。

「利」は和順のことです。《文言伝》に「利とは義の和である」とあります。これは万物がすでに生育成長した後、成熟には必ず漸進の過程があって、立秋の涼風が吹き起こり、八月に白露が降り、九月に寒露が降り、霜が結び雪が落ちるに至るまで、万物を成熟に促し、どれ一つとして循序漸進によらずして成ったものはない、ということです。聖人はこれを取り法して「義」に落とし込みました。義とは宜しきことです。天下の百姓はすでに礼をもって各自の名分を定めていますが、なお義をもって裁断し節制しなければ、人人各自に宜しきを得させることはできません。ですから「利」は四時では秋に、五常では義に配します。

貞者,正也,固也,言物之既成必歸於正,以陰陽之氣幹了於萬物。聖人法之為智,事非智不能幹固而成立,故於四時為冬,於五常為智。然則此五常不言信者何也?蓋信屬於土,土者分王四季,凡人之有仁義禮智,必有信然後能行,故於四者無所配也。

「貞」は端であること、また固いことで、万物がすでに成熟した以上、必ず正定に帰し、陰陽の二気が万物の生長を収め結び、仕切り果たすことを言います。聖人はこれを取り法して「智」に落とし込みました。いかなる事も智慧なくしては堅く干办し成し遂げることができません。ですから「貞」は四時では冬に、五常では智に配します。では五常のうちなぜ「信」を挙げないのでしょうか。信は五行では土に属し、土は春夏秋冬の四季の末にそれぞれ旺んであって、どれか一季に専属しないからです。人は仁・義・礼・智を具えていても、必ず信を底子としなければ通行しません。ですから信はこの四徳に別途配当てしないのです。

然此四徳,以天下事業言之,則元為樂,亨為禮,利為刑,貞為政。何則?蓋元者始生萬物,萬物得其生然後鼔舞而和樂,聖人法之制樂以治天下,則天下之民亦熙然而和樂,故以元為樂也。天下既已和樂,然而不節則亂,故聖人制禮以定之,使上下有分,尊卑有序,故以亨為禮也。

さらにこの四種の徳性を天下を治める事業に落として言えば、「元」は楽に当たり、「亨」は礼に当たり、「利」は刑に当たり、「貞」は政に当たります。なぜでしょうか。「元」は万物の生育を始めるので、万物が生気を得ると自然に歓欣鼓舞して和順に楽しみます。聖人はこれを取り法して楽を制作して天下を治め、天下の百姓も熙熙として融和し和睦して楽しみます。ですから「元」を楽に配します。天下がすでに和楽しても、和楽ばかりで節制がなければ乱が生じます。ですから聖人は礼を制定してこれを規範とし、上下それぞれに名分があり尊卑それぞれに次序があるようにしました。ですから「亨」を礼に配します。

夫禮樂既行,然其間不無不率教者,聖人雖有愛民之心,亦不得已乃為刑以治之,於是大則有征伐之具,小則有鞭樸之法,使民皆畏罪而遷善,故以利為刑也。夫天下既有樂以和之,禮以節之,刑以治之,不以正道終之則不可也,故政者正也,使民物各得其正,故貞為政也。夫四者達而不悖,則天下之能事畢矣。故四者在《易》則為元亨利貞,在天則為春夏秋冬,在五常則為仁義禮智,聖人備於乾之下,以極天地之道而盡人事之理也。

礼と楽がすでに推行されても、その中にはなお教化に服さない者が免れず、聖人は百姓を愛護する心を持ちながらも、やむを得ず刑罰を設けて彼らを取り締まるほかありません。大きいものには征伐して罪を討つ軍事手段があり、小さいものには鞭打ち杖責めの刑具があり、百姓をして皆罪に罹るのを恐れて邪を改め正に帰らせます。ですから「利」を刑に配します。天下に楽をもって人を和睦させ、礼をもって人に節を持たせ、刑をもって懲治するものがあっても、正道をもって最後まで収束しなければ、やはり成り立ちません。「政」は端正の意で、百姓と万物を各々正に帰させるものです。ですから「貞」を政に配します。この四つがともに通行して互いに背かなければ、天下を治めるに為し得ることは備わります。したがってこの四者は《易》では元・亨・利・貞であり、天時では春・夏・秋・冬であり、五常では仁・義・礼・智です。聖人はこれらを完备に乾卦の下に安置して、天地の法則を尽くし人事の道理を説き尽くしたのです。

初九,潛龍勿用。

初九の爻辞は言います。龍はまだ下に潜伏し、このとき施し用いるべからず。胡瑗の読みでは、この一語は聖人が後世を戒めるもので、潜蔵隠遁を徳として奉ずるなというものです。

義曰:自此至用九,皆周公所作之爻辭也。爻者,效也,效一卦之動而為之,故謂之爻。謂之初者,一卦之始也;謂之九者,陽之數也。凡《易》言九六者,皆陰陽之數也。天一、天三、天五、天九是陽數之竒也,地二、地四、地六是陰數之耦也。潛者,隠也;龍者,有變化之神,陽氣之象也;陽以生成為徳,君子之象也。

胡瑗の解説:この条から「用九」まで、すべて周公の作った爻辞です。「爻」の意味は仿效で、一卦の中の変動を仿效して書かれたので爻と呼びます。「初」と称するのは一卦の始まりに居るからで、「九」と称するのは九が陽の代数だからです。凡そ《易》で「九」「六」と言うのは、みな陰陽の数を指します。天一・天三・天五・天九は陽に属する奇数で、地二・地四・地六は陰に属する偶数です。「潜」は隠伏のこと、「龍」は変化し得る神物で、陽気を象徴します。陽は万物を生養成就することを徳とするので、また君子を象徴します。

凡乾坤之十二爻,配之十二月,今初九乃是建子之月,一陽始萌於黃鍾之宮,雖生成之功未及於物,然已有生成萬物之心矣;若君子未得位之時,雖道未澤於世,然已有澤天下之心矣。謂之潛龍者,言陽氣未發見而在潛隠之地也;勿用者,聖人戒後世勿用此潛龍為徳也。

乾・坤の二卦は合わせて十二爻で、それぞれ十二ヶ月に配します。ここの初九が配するのは夏暦十一月の建子の月で、そのとき第一線の陽気が「黄鐘」という律の主る地下の宮に萌動し始めています。それはまだ生養の功効を万物に施してはいませんが、すでに万物を生育する心意を懐いています。これはちょうど君子がまだ職位を得ていないときに、その道はまだ世に及ぼせないけれど、心にはすでに天下に沢を被せる志願を存しているようなものです。「潜龍」と称するのは、陽気がまだ顕れ出ず、なお潜蔵隠伏の所に居るからです。「勿用」と言うのは、聖人が後世の人に、こういう潜蔵隠遁を徳として奉ずるなと戒めるものです。

何以言之?凡人萃五行秀氣而生,為萬物之最靈者也,然天下之眾,愚不肖者常多,賢智者常少,況聖人挺全粹之徳,受天元之純,則又過於賢也逺矣。夫有聖人之資,則無所不通,無所不明矣,固當出見於世,輔其君,澤其民,利其物,以成天下之事業則可也。《文言》曰:「君子以成徳為行,日可見之行也。」今有聖人之徳之明,反以潛隠為事,則天下之愚不肖將誰治之?是不知天所以生聖人之意也。

何をもってそう言うのでしょうか。人は五行の精粹の気を聚めて生まれたもので、万物の中で最も霊性ある存在です。しかし天下の芸芸众生では、愚昧で不肖な者が常に多数で、賢明で智ある者が常に少数です。まして聖人は純粋で完备な徳性を秉受し、天の元気の精純を承けているのですから、一般の賢者に比べてはるかに超えています。聖人の資質を具えている以上、通じないことも明らかでないこともなく、本来ならば出て世に顕れ、その君を辅佐し、その民に恵沢を施し、天下の事物を利益し、世を済う事業を成し遂げるべきです。《文言伝》に「君子は修め成した徳行を実践に移し、日々に人に見える行いとする」とあります。今、聖人のような徳行と明智を持ちながら、かえって一途に隠遁を事とするならば、天下の愚昧で不肖な者を誰が治めるのでしょうか。これは天が聖人を生み出した用意を解さないということです。

孔穎達作疏,以謂勿用者,於此時小人道盛,若其施用則為小人所害,寡不敵眾,弱不勝強,禍患斯及,故戒勿施用。此大非聖人之。夫聖人才無所不能,智無所不周,懐道徳,持仁義,以革天下弊,舉陋典,新汙俗,矯曲為直,表邪為正,以陶冶於上而天下治矣,又何憚小人之害?若懼其見害而勿施用,則是天下常亂而不可得治也。

孔穎達は《周易正義》を作って「勿用」を、「このとき小人の勢力がまさに盛んで、もし出て施展すれば小人に害され、人少なくして人多きに敵せず、力弱くして力強きに敵せず、禍患が即座に臨むので、施展するなと戒めるのだ」と解釈しました。これは聖人の本意を大きく背いています――原文「此大非聖人之」の下には脱字があるはずです。知るべきことは、聖人は才干に能くしないことはなく、智慮に周らないことはなく、道徳を懐に抱き仁義を秉持して、天下の弊を革め鄙陋な旧制を廃し、汚濁な風俗を更新し、曲がったものを矯めて笔直とし、邪僻なものを表正して端正とし、上位にあって陶冶教化すれば、天下はまた治まるのであって、何も小人の加害を怖れる必要はないということです。もし害を受けるのを怖れて施展しなければ、天下は長く乱れたまま永遠に治まらないだけです。

然此勿用者,蓋言勿用此潛龍為徳也。今歴考《易》中或彖或爻言勿用者有四:若《屯》之彖云「勿用有攸往」,言屯難之時,不可徃撓其民,務安全也;《姤》之彖云「勿用取女」,言一女配一男是其正也,今一陰而遇五男,剛壯者也,若此之女勿可取之,不可與長也。

ですからここでの「勿用」は、潜蔵隠遁のやり方を徳として奉ずるなということです。今、《易経》の中で彖辞か爻辞が「勿用」と言う所を逐一考查すると、全部で四ヶ所あります。《屯》卦の彖辞が「勿用有攸往」と言うのは、艱難草創の時に居て、急いで往って百姓を騒がせてはならず、必ず彼らを安定させ保全せよということです。《姤》卦の彖辞が「勿用取女」と言うのは、一女に一男を配するのが正当な婚配なのに、《姤》卦は一つの陰爻が五つの陽爻に遇うもので、あれは剛健強盛な一群の男子であり、そのような女子は娶ってはならず、彼女と長く共に居ることはできないということです。

《師》之上六曰「大君有命,開國承家,小人勿用」,言上六師道之成,大君班爵行賞,其功大者開建其國為諸侯,其功小者建立其家為卿大夫。若小人偶立一戰之效,與之金帛可也,賜之甲冑可也。後漢光武不任功臣以吏事,深得其道;不然,若用小人必亂其邦,所以韓、彭、英、盧立功受地,不旋踵而就戮也。

《師》卦の上六の爻辞が「大君有命、開国承家、小人勿用」と言うのは、上六に至って用兵の道がすでに完成し、天子が詔命を頒布して等級を分けて賞を行うということです。功労の大きい者には国土を封じて諸侯とし、功労の小さい者にはその家族を立てて卿大夫とします。小人が偶に一度戦功を立てた場合には、金帛を賞してもよく、盔甲兵器を賜うてもよいのですが、土地と民人を与えてはいけません。後漢の光武帝が開国功臣に民を治める政務を担当させなかったのは、まさにこの理を深く得ていたからです。そうしなければ、一旦小人を任用すれば必ず国家を攪乱します。だから韓信・彭越・英布・盧綰らは功を立て封地を受けながら、あっという間に誅戮に遭ったのです。

之六三曰「勿用取女,見金夫,不有躬,無攸利」,言婦人必當正靜其徳,以待六禮之備,然後用父母之命、媒妁之言,方可歸之。今六三持身不正,見其金夫遂欲從之,聖人戒之勿用取此女也。

四ヶ所目は《蒙》卦の六三――原文はこの句の冒頭に卦名が脱落――の爻辞で「勿用取女、見金夫、不有躬、无攸利」と言います。これは婦人は必ず端正沉静に自らの徳操を守り、納采・問名など六つの婚礼が備わってから、父母の命令と媒人の仲立ちを凭りて、はじめて嫁してよいということです。今、六三は身を正さず、財貨ある男子を見るとついて行こうとするので、聖人はこのような女子を娶るなと戒めたのです。

由是觀之,聖人之戒後世不可用潛龍為徳,誠無疑矣。故孔子目長沮、桀溺曰:「鳥獸不可與同群,吾非斯人之徒與而誰與?」又曰:「素隱行怪,後世有述焉,吾弗為之矣。」葢後世之人多以潛隱為徳,或隱於巖野,或遯於林泉,罔徳義以沽名,傲衣冠以耀志,故有終身不見用於世而亂人倫者也。

これから見れば、聖人が後世に潜蔵隠遁を徳とするなと戒めるのは、確かに疑いがありません。ですから孔子は長沮・桀溺という二人の隠者を評して「人はとても鳥獣と群れをなして共に居ることはできない。私がこの世の人々と交わらずして、誰と交わるのか」と言い、また「僻遠の理を探寻し怪異の行を為すのは、後世に或いは称述する者があろうが、私はそういうことはしない」と言いました。ほぼ後世の人は多く潜蔵隠遁を美徳とし、或いは山岩荒野に隠れ、或いは林泉の間に遁入し、徳義を欺罔して名声を沽取し、衣冠礼法を傲慢に見て志節を炫耀します。このため終身世に用いられず、かえって人倫綱常を攪乱する者がいます。

且疏又引舜耕歴山、漢祖為泗水亭長,是豈終潛哉?蓋養成其徳耳。然聖賢其無隠乎?曰:已道未著,已行未成,必學問之以養成聖徳,然後施為於天下耳,甘終身於山林川澤哉?

さらに孔穎達の疏は舜がかつて歴山で田を耕し、漢高祖がかつて泗水の亭長であった例を挙げますが、あの二人が一生潜蔵して出なかったとでも言うのでしょうか。ただあの期間に自らの徳行を涵養成就していただけです。では聖賢は決して隠居しないのでしょうか。答えは:自らの道がまだ顕明でなく、自らの徳行がまだ修まって成らないときは、必ず学び請うことによって聖人の徳を涵養成就し、その後に天下に施行するのであって、どうして甘んじて一生山林水沢の間に老い終えるものでありましょうか。

然或上下為戾,亦有可隠之時,故《中庸》曰:「君子之道,費而隱。」雖然,豈隠遁哉?隠其身,不隠其道。所以然者,不以一己之私忘天下之公。故孔子皇皇於衰周,孟軻汲汲於戰國,皆謂有聖人之徳,身未顯而其道不自窮也。乾六爻皆聖人象也,若之何有聖人之資而潛隠自居乎?《文言》曰:「潛之為言也,隠而未見,行而未成,是以君子弗用也。」聖人之戒勿用潛隠為徳,可謂明矣。

もちろん、君臣上下が互いに乖違するなら、確かに隠退してよいときもあります。ですから《中庸》に「君子の道は、作用は広大で本体は幽微である」とあります。とはいえ、それはどうして隠遁避世でありましょうか。隠すのは自分の身だけで、自分の道を隠すのではありません。そうするのは、一己の私念をもって天下の公義を抛り棄てることができないからです。ですから孔子が衰乱の周の代に奔走して栖栖遑遑とし、孟軻が戦国の世に汲汲として求めたのは、みな彼らが聖人の徳を懐に抱き、自身は顕達しなくても、その道はこれによって自封しないということを言うのです。乾卦の六爻はみな聖人の象を説くもので、どうして聖人の資質を有しながら甘んじて潜蔵隠伏に居ることができましょうか。《文言伝》に「潜と言うのは、隠伏して未だ顕れず、徳行がまだ修まって成らないので、君子はしばらく施用しないのだ」とあります。聖人が潜蔵隠遁を徳とするなと戒めるのは、まことに明らかだと言えます。

九二,見龍在田,利見大人。

九二の爻辞は言います。龍がすでに田野に現れ、このとき大才大徳の「大人」に見えるに利あり。

義曰:九二之爻,是十二月中氣之後、正月中氣之前,陽氣發見地上之時也。田者,稼穡所生而有資益之地也。以人事言之,則是聖賢君子有中庸之徳發見於世之時也。夫君子之道,積於內則為中庸之徳,施於外則為皇極之化。此爻但有君徳而無君位,故曰見龍在田。

胡瑗の解説:九二のこの爻が配するのは、夏暦十二月の中気大寒以後、正月の中気雨水以前で、まさに陽気が地面の上に顕れ出る時節です。「田」は農作物を植え、人を生養し資益し得る土地です。人事に就いて言えば、これは聖賢君子が中庸の徳を懐いて世に顕れるときです。君子の道は、内に蓄えれば中庸の徳であり、外に施せば《尚書・洪範》の言う「皇極」のような大中の教化です。この爻は人君の徳があって人君の位がないので、「見龍在田」と言うのです。

利見大人者何?蓋凡有大人之徳,必須利見有大才大徳之君,然後可以行己之道,若舜之得堯、禹之得舜、伊尹之得成湯、傅說之得高宗、呂尚之得周文是也。然則五得天位,亦曰利見大人者何?曰:有是君必須有是臣,然後萬務可舉,天民可治,若堯得舜、舜得禹皋陶、禹得稷、成湯得伊尹、文王得呂尚是也。故九二九五之爻皆言利見大人。

「利見大人」とは何の意味でしょうか。凡そ自身に大人の徳を具える人は、必ず大才大徳の君主に遇う幸いがあって、そうしてはじめて自分の主張を推行できます。舜が堯に遇い、禹が舜に遇い、伊尹が成湯に遇い、傅説が殷の高宗に遇い、呂尚が周の文王に遇ったのは、みなこのようです。では九五はすでに天子の位に居るのに、なぜ「利見大人」と言うのでしょうか。答えは:このような君主があっても、なおこのような臣下があってはじめて、万般の政務が立てられ天下の百姓が治められるのであって、堯が舜を得、舜が禹と皋陶を得、禹が后稷を得、成湯が伊尹を得、文王が呂尚を得たのは、みなこのようです。ですから九二と九五の両爻とも「利見大人」と言うのです。

今驗於《易》,或彖或爻言利見大人者有七:《萃》之彖曰「王假有廟,利見大人」,言既作廟以萃聚先祖之神靈,必須得大才大徳之人以輔行其禮;《訟》之彖曰「利見大人」,言訟之事必須利見大才大徳之人以辨其是非;《巽》之彖曰「小亨,利有攸往,利見大人」,言申其號令法制,必須大才大徳之人以參酌恢隆之也;《蹇》之上六曰「徃蹇來碩,吉,利見大人」,言居蹇難之極,往則益蹇,若來居位則安,安則得其碩大之福而吉,必須利見大才大徳之人以求解散蹇難也。及此乾之二五,凡七,皆聖人之微也。

今、《易経》を取って照合すると、彖辞か爻辞で「利見大人」と言う所は全部で七ヶ所あります。《萃》卦の彖辞が「王假有廟、利見大人」と言うのは、君王がすでに宗廟を建てて祖先の神霊を聚合した以上、必ず大才大徳の人を得て祭礼の挙行を輔佐させねばならないということです。《訟》卦の彖辞が「利見大人」と言うのは、訴訟のような事には必ず大才大徳の人に遇う幸いがあって是非曲直を辨明させねばならないということです。《巽》卦の彖辞が「小亨、利有攸往、利見大人」と言うのは、号令法度を申明するには必ず大才大徳の人を凭りて損益を斟酌し発揚光大させねばならないということです。《蹇》卦の上六の爻辞が「往蹇来碩、吉、利見大人」と言うのは、艱難険阻の頂点に身を処してさらに往けばただ難しいばかりで、退き返って本位を安守すれば安穏を得、安穏であれば碩大の福分を得て吉であり、これも必ず大才大徳の人に遇う幸いがあって艱難の解除を求めなければならないということです。乾卦の九二・九五の二ヶ所を加えて全部で七ヶ所で、説くのはみな聖人の深微な用意です――原文「聖人之微」の下に脱字がある疑いがあります。

九三,君子終日乾乾,夕惕若,厲,無咎。

九三の爻辞は言います。君子は終日勤勉して懈らず自ら強めて息まず、夜に至ってもなお戒懼し警惕します。危険な境地に居るといえども、過咎はありません。

義曰:九三居下卦之上,在人臣之極位,正當公相之權也。上則須輔弼於君,下則須總領百官以平均天下之民,凡朝廷之幾務,莫不一責於已。若專奉上而怠於恤下,則有佞邪之謟;若勤恤於下而簡於奉上,則有侵權之誅。固宜終朝乾乾,日不自暇,慎思之,力行之,不倦以終之,是上則以思輔其君,下則以思總百官以治天下之民,自朝及夕常戒懼而惕若,則可以無咎矣。若者,辭之助。注以為至於夕猶惕然,若厲,今則不取。

胡瑗の解説:九三は下卦の最上の位に居り、人臣の至り得る最高の位置で、ちょうど三公宰相の権柄に相当します。上に対しては君主を輔佐匡正し、下に対しては百官を統領して天下の百姓を各自にその平を得させ、朝廷の一切の機要政務で彼に帰さないものはありません。もし君上に事えるばかりで下民を体恤するのに懈怠なれば、諂媚の佞臣となり、もし下民を体恤するばかりで君上に事えるのに怠慢なれば、君権を侵奪する誅責を招きます。ですから彼は理の当然として終日勤勉して已まず、一日の終わりまで自らを閑かにするを敢えてせず、事事謹んで思量し力を尽くして実行し、倦まず貫徹し果たします。これは上に対して一心に君主を輔佐することを思い、下に対して一心に百官を統率して天下の百姓を治めることを思うことです。朝から晩まで常に戒懼を懐き警惕して安からざれば、こうして過咎なくあり得ます。「若」の字はここではただ句末の語助詞です。王弼の注はこれを「夜になってもなお警惕する様子で、危険があるかのようだ」と説きますが、この説は今採用しません。

九四,或躍在淵,無咎。

九四の爻辞は言います。龍は或いは騰躍して起き、或いはなお深淵の中に留まります。このようにすれば過咎はありません。

義曰:或者,疑惑也;躍者,騰躍也;淵者,龍之常處也。九三已極人臣之位,九四出人臣之上,切近至尊之位,既非人君,又非王官,是儲貳之象也。何哉?仲尼曰:「或躍在淵,乾道乃革。」言人道近於地,今九四近於天位,已出人臣之上,是乾道革變之始也。

胡瑗の解説:「或」は疑惑で定まらないこと、「躍」は身を躍らせて跳ぶこと、「淵」は龍が平素栖息する深水です。九三はすでに人臣の頂点に至り、九四はさらに人臣の上を超えて至尊の君位に紧接し、国君でもなく朝廷の百官にも属さず、これはまさに太子・储君の象です。何をもって見れば分かるのでしょうか。孔子は「或躍在淵、乾道乃革」と言いました。人道は本来地位に近いものですが、今、九四はすでに天子の位に迫近し臣列の上を超えており、これはまさに乾道の変革が起こる起点です。

夫太子者,天下之本,生民之望也。不有所進則無以副四海之望,欲進其位又恐侵君之權,處多懼之地,故不得不疑也。始則疑惑,終則無咎者,蓋或躍以進其徳,在淵以守其位分,是進其徳不進其位也。故昔者太子必入太學,求賢師以教諭之,就賢友以漸摩之,使知為君、為臣、為父、為子之道,目見正色,耳聞正聲,是躍以進已徳而在淵以守已位也。

太子は天下の根本であり、百姓が仰望する人です。彼がもし進取しないなら四海の期望に背くことになり、しかし地位でさらに進もうとすれば君父の権柄を侵犯する恐れがあり、こういう至るところ畏るべき地位に身を処するので、疑虑重重にならざるを得ません。初めは疑惑し、終いには過咎がないのは、「或躍」が徳行の上で進を求め、「在淵」が自分の名分本位を守ること、すなわち徳を進めて位を進めないことだからです。ですから古は太子は必ず太学に進んで読書し、賢徳の師傅を請して彼を教導させ、賢徳の友に親しんで切磋し薫染させ、彼に君たり臣たり父たり子たりの道理を知らしめ、目に見るのは端正な容色、耳に聞くのは雅正な音声、これがすなわち「躍」をもって自分の徳行を増進し、「在淵」をもって自分の位分を守ることです。

《震》曰:「震驚百里,不喪匕鬯。」言百里者,威不逺也;匕鬯者,宗廟之器也。有威而不過,守禮而循常,是以見臣子之道全而不侵於君父也。

《震》卦の彖辞は言います。「雷の声は百里の遠くに震动し、主祭する人の手の中の匕と鬯は失われない」。「百里」と言うのは、この威勢は遠く播まず自ら限度があることを示します。「匕」は宗廟祭祀で牲を取る礼器、「鬯」は祭祀に用いる香酒で、いずれも宗廟の中の器物に属します。震卦は長子をもって祭りを主らせ、威厳はあれど過分でなく、礼数を守り常規に依循します。これをもって臣たり子たりの本分が全うに保たれて君父を侵犯するに至らないことが見られます。

今輔嗣之注曰「近乎尊位,欲進其道,廹乎在下,非躍所及」,孔頴達從而疏之曰「以其遲疑進退,不敢果敢以取尊位」。且聖人六經垂萬世之教,為天下之法,所以教人臣之忠、人子之孝也,今其言曰「不敢果敢以取尊位」,是何人臣之忠、人子之孝哉?又言曰「西伯內執王心,外率諸侯以伐紂」,此尤違聖人之。如其言,則簒逆之道也,今故不取。

今、王弼の注は「九四は尊貴の君位に迫近し、自らの道を推進しようとするが、またなお下位に制されて、一躍すれば至れるものではない」と言い、孔穎達が続いて疏を作って「彼が迟疑して定まらず進退両難で、敢えて果決して尊位を取得しないからだ」と言います。知るべきことは、聖人の六経は万世に垂示する教典で天下人の法度であり、まさに人臣に忠を尽くし人子に孝を尽くすことを教えるものであるということです。今、彼らは「敢えて果決して尊位を取得しない」と言う。これはどのような人臣の忠、人子の孝でありましょうか。彼らはまた「西伯文王は心の中に王を称える念を存し、外では諸侯を率いて紂王を討伐に行った」と言いますが、これはさらに聖人の本意に背きます――原文「此尤違聖人之」の下にも脱字があります。彼らのこの説に照らせば、それはまったく篡奪叛逆の道なので、今採用しません。

夫聖人之言,不勸則戒。勸之者,欲其進徳也;戒之者,懼其侵君之權也。為儲貳者,但進修其徳,以禮法而守其位,則《文言》所謂「進徳修業,欲及時也」,故無咎。

聖人がものを言うのは、勉励か告戒かのどちらかです。勉励は彼に徳行の上で長進してほしいと望み、告戒は彼が君父の権柄を侵犯するのを恐れるからです。储君の身にある者は、ただ不断に進めて自らの徳行を修養し、礼法をもって自らの位分を守れば、それはちょうど《文言伝》の言う「徳行を増進し功業を修治するのは、適当な時機に追い付こうとするもの」に合し、したがって過咎がありません。

九五,飛龍在天,利見大人。

九五の爻辞は言います。龍はすでに飛騰して天に在り、このとき大才大徳の「大人」に見えるに利あり。

義曰:九五之爻,當建辰之月,陽氣盛而上升於天,如龍之騰飛然,猶聖人積中正誠明之徳,徳既廣,業既成,即人君之位,上合天心,下順人情,以居至尊之地也。然乾之六爻,九二九五並言利見大人者,九五雖有聖人之徳之位,必須得大才大徳之臣輔佐之,然後可以有為於天下,使一民不失其所,一物必遂其性,此聖人之心也,故言利見太人。

胡瑗の解説:九五のこの爻が配するのは夏暦三月の建辰の月で、陽気がまさに盛んで天に上升し、龍が飛騰して起きるがごときです。これは聖人が中正・誠明の徳性を蓄積し、徳がすでに広大で業がすでに成就し、即座に君主の位に登り、上は天意に合し下は民情に順い、至尊の地位に居るようなものです。乾卦の六爻のうちなぜ九二と九五がともに「利見大人」と言うかについては、九五は聖人の徳と聖人の位を兼ね備えていても、なお必ず大才大徳の臣子を得て輔佐させてはじめて、天下に有所作为をなし、一人一人の百姓をしてその安らぐ所を失わせず、一つ一つの事物をしてその本性を遂げさせることができるのであって、これがまさに聖人の心愿です。ですから「利見大人」と言うのです――原文はここで「大人」を「太人」と作っています。

九二雖有聖人之徳,固須得大才大徳之君,然後得已道之行。先聖云:「水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物覩。」此言聖人在位,天下有聖人之徳者皆來仕於朝,皆以類應也。《禮》曰:「天降時雨,山川出雲。」如聖人在上,則天下聖人皆來輔佐之也。孟子曰:「堯以不得舜為己憂,舜以不得禹、稷、皋陶為己憂。」堯,大聖人也,必得舜;舜,大聖人也,必得禹、稷、皋陶,故可以治。是雖有大才大徳之君,必利見大才大徳之臣,然後成天下之治也。

九二に至っては、聖人の徳を具えていても、必ず大才大徳の君主に遇わなければ自分の主張は通行しません。孔子は言いました。「水は湿った所に流れ、火は乾いた所に向かって燃え、雲は龍に随いて生じ、風は虎に随いて起こり、聖人が一旦興起すれば万物はみな彼を仰望する」。これは聖人が君位に居れば天下の凡そ聖人の徳ある者は皆朝中に来て仕えるということで、みな同類が相感じ相応ずる道理です。《礼記》に「天が時に応じた雨を降らせようとするときは、山川が先に雲気を起こす」とあります。まさに聖人が上位にあれば天下の聖賢が皆来て彼を輔佐するがごときです。孟子は「堯は舜を得られないことを己の憂いとし、舜は禹・后稷・皋陶を得られないことを己の憂いとした」と言いました。堯は大聖人で必ず舜を得なければならず、舜は大聖人で必ず禹・后稷・皋陶を得なければならず、そうしてはじめて天下を治められます。見よ、たとい大才大徳の君主があっても、必ず大才大徳の臣子に遇う幸いがあってはじめて天下の治平を成就し得るのです。

上九,亢龍有悔。

上九の爻辞は言います。龍が高く飛び過ぎて極点に至れば、必ず悔恨があります。

義曰:此一爻居卦之終,亢極之地也。若聖人當衰耗之年,不可更專己任,必得聖賢之人以代己之聰明也。故堯之耄期倦於勤,則授之舜;舜耄期倦於勤,則授之禹;禹耄期,則授之啟。是聖人與時消息,知進退存亡而不至亢極,故無悔耳。

胡瑗の解説:この爻は全卦の最後に処し、高亢が極点に至る位置です。たとえば聖人が精力の衰えた晚年に至れば、もはや一途に重任を独り揽りしてはならず、必ず聖賢の人を見つけて自分の耳目心力に接替させなければなりません。ですから堯は八九十歳に至って勤労政事に倦み、天下を舜に伝え、舜は八九十歳に至って勤労政事に倦み、天下を禹に伝え、禹は老耄の年に至って子の啓に伝えました。これは聖人が時勢に随って消長進退し、進むべき退くべき存すべき去るべきを知って、したがって亢進して極端に至らず、悔恨がなかったということです。

然聖人之徳固無亢也,蓋其年有亢耳;聖人之道固無悔也,蓋其身有盛、有長、有耄耳。今上九是年齒衰耗、精神倦怠之時,若居此時不能自反而求代己任,則必有悔矣。《離》之九三曰:「日昃之離,不鼔缶而歌,則大耋之嗟,凶。」《太玄》首之上九曰:「巔靈氣形反正。」此謂也。是皆聖賢謂耄必求代而著萬世之戒也。

ただ聖人の徳は本来亢極するものではなく、亢極するのはただ彼の年歳であり、聖人の道は本来悔恨の謂れではなく、盛年・壮年・老耄の別があるのはただ彼の身体です。今、上九はまさに年齢が衰朽して精神の疲倦する時で、このときに処してもし反身して自省し人を求めて自分の重任に接替させることができなければ、必ず悔恨があります。《離》卦の九三の爻辞は言います。「日の偏りし西のときの附麗の明が、瓦缶を敲いて歌い安然として処することができなければ、ただ年老い力衰えた悲嘆が残るばかりで、凶である」。揚雄の《太玄》の或る首の上九もまた言います。「頂点に登れば、霊気と形体はともに正に返り帰るべきである」。説くのはまさにこの道理です――原文はここで首名に脱漏の疑いがあります。これらはみな聖賢の言う、人は老耄に至れば必ず人を求めて接替させるべきであり、従って万世に垂示する告戒を書き著したものです。

用九,見群龍無首,吉。

「用九」の辞は言います。一群の龍が現れて、皆頭一つを争わないのは、これは吉利です。

義曰:乾之六爻,自初至上皆稱龍者,終始全用剛陽之徳也。王者法天之健,居兆人之上,亦當終始用其剛陽之徳也,故言用九見群龍。然謂無首吉者,言全用剛徳,不可居物之首也。

胡瑗の解説:乾卦の六爻は初爻から上爻まで皆龍と称するのは、始めから終りまで完全に剛健陽剛の徳性を施用することを示します。君王が天の剛健に效い、億万人の上に居る以上、また始めから終りまでこの剛陽の徳を施用すべきです。ですから「用九、見群龍」と言います。「无首吉」と言うのは、剛徳を全て用いるといえども、衆人の先頭に立って発難の頭一つを抢ってはならないということです。

何則?夫國家兵武,至剛威者也,動則蠧民之財,殘民之命,聖人不得已而用之也。凡人臣有背叛,四夷有侵撓,天子於是加兵以誅討之,去其元惡大憝,以安天下之生靈,待其有犯,然後應之耳,不可先之也。先之則窮黷矣。夫窮兵黷武,豈聖人事哉?秦之始皇、漢之孝武、隋之煬帝、唐之明皇,皆為首以自取敗亡之道耳,故聖人戒之,言無首乃得無咎也。

なぜでしょうか。国家の兵戎武力は最も剛猛威烈のもので、一旦動用すれば百姓の財物を耗損し百姓の性命を傷残させます。聖人は万に一つ已むを得ないときにのみこれを使用します。凡そ臣下に背叛作乱があり、四方の外族に辺境の侵擾があって、はじめて天子は兵を出して討伐し、あの首悪巨凶を除き去って天下の生霊を安定させます。相手が先に侵犯して来て然る後に起きて応じるのであって、決して先手を打って動くことはできません。先手を打って動けば窮兵黷武となります。窮兵黷武など、どうして聖人の為すことでありましょうか。秦始皇・漢武帝・隋煬帝・唐玄宗は、皆兵端を挑発する頭一つを抢った者で、自ら敗亡を取っただけです。ですから聖人はここで告戒して、先を争い首を為さなければ、はじめて過咎がないと言うのです。

彖曰:大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形。大明終始,六位時成,時乘六龍以御天。乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。首出庶物,萬國咸寧。

《彖伝》は言います。偉大なるかな乾の元始の徳。万物は皆これに倚靠してはじめて開端を持ち、これが全天道を統領します。雲気が流行し雨沢が普く降り、各類の物種が流布して形を成します。太陽が照明して始終を貫徹し、六つの爻位が時序に依って成立し、聖人は時に乗じて六条の龍を駕して天道を御します。乾道は運行変化して万物をして各自にその本性と禀命を端正せしめ、あの渾然一体の太和の気を保持し調合して、これによって「利」と「貞」があります。乾の徳は衆物の上に高く出て、天下の万国は因って皆安寧を得ます。

義曰:彖曰者,仲尼為十翼之文,贊明易道,以觧文王所作卦下彖辭之辭,以明一卦之大要,故亦謂之彖。大哉乾元,萬物資始,乃統天者,此三句釋乾元之義也。大者,無限極之辭;乾者,剛陽至健之氣;元者,始生長養之徳。言天以一元之氣生成萬物而無有限極也。

胡瑗の解説:いわゆる「彖曰」は、孔子の作った《十翼》の文字で、易道を賛述闡明し、文王が卦下に系した彖辞を解釈し、一卦の大綱要旨を点明するので、この部分を《彖伝》とも呼びます。「大哉乾元、万物资始、乃統天」の三句は「乾元」の含義を解釈するものです。「大」は辺際限量なきの意、「乾」は剛健陽剛が極点に至る気を指し、「元」は万物の生育長養を始める徳性を指します。これは天が渾然の元気をもって万物を生成し、いかなる界限止境もないということです。

然坤則稱至哉者,蓋天氣降於地為萬物之始,地承天之氣以育成萬物之形,是有所至,故曰至哉。資者,取也,言乾以一元之氣發育施生,故萬種之物資而為始;坤則待天氣之降然後能生萬物,故乾言資始,坤言資生,此聖人於一字皆有意。乃統天者,夫天者,形之名,今以剛健之徳運行不息,故得天氣常存,是乾元能統領天之形也。

《坤》卦の《彖伝》は「至哉坤元」と言いますが、それは天の気が地上に降りて万物の開端となり、地が天の気を承受して万物の形体を化育するのは、承接する所があって至るので、「至哉」と言うのです。「資」は取用の意で、乾は渾然の元気をもって生育を発動するので万類の事物は皆これを取って自らの開始とし、坤は天気の下降を待ってはじめて万物を生養し得ます。ですから乾は「資始」と言い坤は「資生」と言うのであって、聖人の下す一字一字に分寸の用意があることが見えます。「乃統天」に至っては、「天」は本来形体の名称ですが、今、剛健の徳に凭って運行して停まらず、天の気がはじめて長く存し得ます。乾元が天の形体を統領し得ることが見えます。

雲行雨施,品物流形者,此釋亨之徳也。乾為陽氣而上統於天,天將降雨,山川出云,雲氣升行,雨澤下施,故品彚之物各流佈其形體而得亨通也。

「雲行雨施、品物流形」の二句は「亨」の徳を解釈するものです。乾は陽気で上に向かって天に統攝されます。天がまさに雨を降らさんとするとき、山川が先に雲気を蒸騰させ、雲気が昇騰流行し、雨沢が下に洒布し、ここにおいて各類の事物が各自に流布しその形体を舒展して、従って亨通を得ます。

大明終始,六位時成,時乘六龍以御天者,此四句總結乾之徳。大明終始之道,六爻之位各有次序:初則潛,陽氣潛萌於黃鍾之宮;二則見,陽氣見於地之上;三則處人臣之極;四則出人臣之上,為儲君;五則陽氣至盛,隮升於天;上則亢極,在太虛之中。時潛則潛,時見則見,時躍則躍,時升則升,是六位以時而成也。

「大明終始、六位時成、時乘六龍以御天」の数句は乾の徳性を総結するものです。太陽が照明し終始を貫徹する道理は、六爻の位に落ちて各々次第があります。初爻は「潜」で、陽気が潜蔵して黄鐘の主る地下の宮に萌動します。二爻は「見」で、陽気が地面の上に顕現します。三爻は人臣の頂点に処します。四爻は人臣の上を超えて储君の位です。五爻は陽気が最も旺盛で天に昇騰します。上爻は則ち高亢して極点に至り、太虚の空闊の中に処します。潜蔵すべきときには潜蔵し、顕現すべきときには顕現し、騰躍すべきときには騰躍し、上升すべきときには上升する、これがすなわち六つの爻位が時序に依って成立するということです。

時乘六龍以御天者,夫以上下定位而言之謂之六位,以陽氣變化而言謂之六龍。陽氣自十一月漸升,冬至之日萌於黃鍾之宮,至五月而陰氣漸升,是乘此六龍之位以時而升降,故大明生成萬物終始之道,以控御天體也。且人之神氣,萃之則生,散之則亡;天有剛陽之氣運行不息,故天體常存也。

「時乘六龍以御天」と言うのは:上下の定位という角度から言えば「六位」と呼び、陽気の変化という角度から言えば「六龍」と呼びます。陽気は夏暦十一月から漸次上升し、冬至の日に黄鐘の宮に萌動し、五月に至って陰気がまた漸々上升し始めます。これはすなわちこの六龍の位を駕して、時序に随って升降するということです。ですから太陽が照明し万物を生養し終始を貫徹する法則をもって、全天体を駕御統攝し得ます。さらに言えば、人の精神の気は聚まれば人は生き、散じれば人は死にます。天には剛健の陽気があって運行して停まらないので、天体がはじめて長久に存在し得ます。

乾道變化,各正性命者,此二句申明乾元之徳。變者,後來改前,以漸變易也;化者,一有一無,全然而化也。性者,天生之質,有剛柔遲速之別也;命者,人所稟受,有貴賤夭壽之等也。天以剛陽之徳,自然以漸變化,各正其萬物之性命。按《書》曰:「惟天陰隲下民。」是或富或貴、或夭或壽,皆上天黙定之也。至於草木之性,有甘有苦,有益人者,有害人者,皆天所賦性命之然也。

「乾道変化、各正性命」の二句は、さらに乾元の徳性を申明するものです。「変」は後のものが前のものに取代わり、漸々と改易すること、「化」は有から無へ、無から有へ、まるごと転換することです。「性」は天が賦与する資質で、剛と柔、遅鈍と敏捷の分別があり、「命」は人が禀受する命分で、貴と賤、短命と長寿の等差があります。天は剛健陽剛の徳性に凭って、自然と歩々変化して万物をして各自にその本性と命分を端正せしめます。《尚書・洪範》に「ただ上天は黙々として下民を安定させる」とあります。人の或いは富或いは貴、或いは夭或いは寿は、みな天が暗中に定めたことが見えます。草木の性質に至っては、甘きあり苦きあり、人に益するものあり、人に害するものあり、これもみな天の賦与した性命がもとより然るものです。

保合太和,乃利貞者,此釋利貞之徳也。天以剛陽之徳生成萬物,必以漸成之,以保合太和之道。蓋剛陽不以健而利物,則不能保合者也,故必漸成之。若立秋涼風至,八月白露降,九月寒露降,以至為霜為雪,是漸成其物而不暴,終能正固而幹了之也。若其大暑之後寒涼暴至,則萬物能成乎?故曰保合太和乃利貞。

「保合太和、乃利貞」の二句は「利」「貞」の二つの徳を解釈するものです。天は剛健陽剛の徳性に凭って万物を生成し、必ず一歩一歩ゆっくりと促成して、あの渾然の太和の気を保持調合するのに用います。剛陽はもし剛健の力をもって万物を利益しなければ保全調合できないので、必ず循序漸成しなければなりません。立秋の涼風が吹き起こり、八月に白露が降り、九月に寒露が降り、霜が結び雪が下るに至る、これはゆっくりと万物を成熟させて粗暴急遽でなく、ついに万物を正定堅固にし円満に収穫せしめることができるのです。もし大暑が過ぎたばかりで驟然と寒凉が降臨すれば、万物はなお成熟し得るでしょうか。ですから「保合太和、乃利貞」と言うのです。

首出庶物,萬國咸寧者,自大哉而下明乾之四徳:元為春以始生,亨為夏以大通,利為秋以漸成,貞為冬以幹了,是天道自然而然也。此二句言人為天下之君,首出萬民之上,法乾之四徳,為禮樂刑政以生成天下之萬民,故樂為元,禮為亨,刑為利,政為貞,四達而不悖,萬國所以皆得安寧也。

「首出庶物、万国咸寧」の二句:「大哉乾元」以下はみな乾の四種の徳性を闡明しています――元は春に配して生育を始めるを主とし、亨は夏に配して大いに通暢するを主とし、利は秋に配して漸次成熟するを主とし、貞は冬に配して収結完成するを主とし、これは天道の自然と然る運行です。この最後の二句は言います。人が天下の君主となって万民の首に居り、乾の四徳に效法して礼・楽・刑・政を制定して天下の百姓を生養します。楽は「元」に対応し、礼は「亨」に対応し、刑は「利」に対応し、政は「貞」に対応し、この四者が通行して互いに背かなければ、天下の万国は因って皆安寧を得ます。

象曰:天行健,君子以自強不息。

《大象伝》は言います。天道は運行して剛健にして已まず、君子はこれに取り法って自ら奮発して永く息まない。

義曰:此先聖所作大象之辭,所以明一卦之用也。天行健者,蓋言天以至健而行,故一晝夜之間凡行九十餘萬里。而君子之人則當法之而健健不已,以至為君、為臣、為父、為子,小之一身,次之一國,大之天下,皆當法天之至健之徳,強勉於已,夕思晝行,無有休息,則可以成天下之事業而行天下之大道也,故曰天行健,君子以自強不息。

胡瑗の解説:これは孔子の作った《大象伝》の辞で、一卦の功用を闡明するものです。「天行健」は、天が極めて剛健の力に凭って運行するので、一昼夜の間に九十万余里を行くということです。君子はまさにこれに效法して剛健にして已まざるべきです。国君たるも臣子たるも父たるも子たるも、小にして一身の修養、次いで一国を治め、大にして天下を経纶するも、皆天の極めて剛健の徳性に效法して自ら勉励し、夜は思慮し昼は実行して片刻も停歇せず、こうしてはじめて天下の事業を成就し天下の大道を推行し得ます。ですから「天行健、君子以自強不息」と言うのです。

潛龍勿用,陽在下也。見龍在田,徳施普也。終日乾乾,反復道也。或躍在淵,進無咎也。飛龍在天,大人造也。亢龍有悔,盈不可乆也。用九,天徳不可為首也。

《小象伝》は言います。「潜龍勿用」は陽気がまだ下にあるからです。「見龍在田」は徳沢の施布がすでに普いということです。「終日乾乾」は反反覆覆して正道に離れないということです。「或躍在淵」はただ徳の上で進取するので過咎がないということです。「飛龍在天」は大人が興作創制のときに至ったということです。「亢龍有悔」は盈満の状態は長く保持できないということです。「用九」は天徳に取り法って先を争って発難の頭一つを為してはならないということです。

義曰:潛龍勿用至不可為首也,此先聖又解釋周公之爻辭,故謂之小象。潛龍勿用,陽在下也者,言建子之月陽氣始發,而功尚未及於物,是猶以聖人之徳而在於潛隠之時也。

胡瑗の解説:「潜龍勿用」から「不可為首也」までのこの段は、孔子が再度周公の作った爻辞を解釈したもので、ですから《小象伝》と称します。「潜龍勿用、陽在下也」は、夏暦十一月の建子の月に陽気が剛に萌え発して、功効がまだ万物に施及しないことで、これはちょうど聖人の徳を懐に抱いてまさに潜蔵隠伏のときに居るようなものです。

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