Libo

繋辞下

宋 · 胡瑗 · 第46巻 / 51

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

義曰:此十翼之中第七翼也。然按上繫下繫之說,先儒議者多矣。何氏則曰:上篇明無,故曰易有太極;下篇明故,曰知其神。或曰上篇論易之大理,下篇論易之小理,皆失之。葢以簡編重大,故分為上繫下繫也。

胡瑗解説:これは《十翼》の中の第七翼である。上繋・下繋が何を為すか篇を分かつに至っては、前代の学者の議論は甚だ多し。何氏は上篇は「無」を闡明し、故に初めて「易有太極」の話有り、下篇は「故」を闡明し、故に初めて「知其神」の話有りと説く。もある人は上篇は《易》の大道理を討論し、下篇は《易》の小道理を討論すと言う。これらの説法は皆正しくない。篇を分かつ縁故は、ただ竹簡の成編が太多く太重きなるに因るのみ。故に初めて上繋・下繋の両篇に分かち作る。

繋辞下・八卦成列象在其中矣

八卦成列,象在其中矣。

八卦は一経排列して序と成せば、天地万物の形象は便ち皆其中に含まる。

義曰:自此已下至「禁民為非曰義」為一章。言伏羲始畫八卦,取天地水火山澤風雷之象,畫為乾坤艮巽震離坎兊之卦。八卦既成列,而天地萬物之象莫不在於八卦之中也。

胡瑗解説:ここより起りて、下文の「禁民為非曰義」に至るまで止まり、合して一章と為す。伏犠は最初に八卦を画き出し、天・地・水・火・山・澤・風・雷この八樣の物象を取り、画き成して乾・坤・艮・巽・震・離・坎・兌の八個の卦と為した。八卦は既に排列して序と成れば、天地万物の形象は一樣としてこの八個の卦の裏に包含せざるなし。

因而重之,爻在其中矣。

八卦を把って両々相重して以て六十四卦と成せば、六爻の変化は便ち其中に含まる。

義曰:夫伏羲始畫八卦,以盡天地水火風雷山澤之象。然於萬物之情、萬事之理,在伏羲之時,世質民淳,情偽未遷,利害未作,雖八卦之設三畫,可以盡人事之宜。迨乎後世,民欲叢生,巧妄交作,則八卦不能盡吉凶之變。文王囚於羑里,極天地之淵蘊,明人事之終始,是以取伏羲所畫之八卦,因其數而重為六十四卦,分為三百八十四爻,以盡天地之賾、人事之理。有得有失,有吉有凶,有應有不應,有正有邪,有利有害,盡在此卦爻之中。

胡瑗解説:伏犠は当初八卦を画くは、天・地・水・火・風・雷・山・澤の形象を窮尽せんと要したもの。万物の実情・万事の道理に至っては、伏犠のあの時代に在りては、世風は質朴・民心は淳厚にして、真偽は還って未だ変乱せず、利害は還って未だ興起せざりき。故に八卦はただ三画を用いて便ち人事の分寸を概括するに足れたり。後世に等到すれば、人の欲望は叢生し、機巧虚妄は交相発作して、八卦は便ち吉凶の変化を説き尽くし得ざるに至った。文王は羑里に囚禁せられ、天地の深处の蘊蔵を推究して底に到り、人事の始末を看て分明と為し、ここに伏犠の画いた所の八卦を取り、その数目に依って相重して以て六十四卦と成し、分かちて以て三百八十四爻と為し、以て天地の繁雑と人事の道理とを窮尽す。得有り失有り・吉有り凶有り・相応有り不相応有り・正有り邪有り・利有り害有りて、全都これらの卦爻の中に装わる。

然則爻者,效也,使後世之人效而法之。故卦爻之中有情偽之理,有是非之道,有變通之常,有動靜之事,有剛柔之限,凡人觀其爻,則知其效法此象而行事也。然重卦之說,先儒議者多矣:或曰伏羲所重,或曰神農所重,或曰夏禹所重,皆失之。葢見下文包犧氏之王天下,作結繩而為網罟,葢取諸離;神農氏作斵木為耜,楺木為耒,耒耨之利以教天下,葢取諸益;又因尚書之文有洛書禹之言,故有此說。殊不知繫辭是仲尼所作,葢仲尼因其聖人制立器用以取合於聖人之卦:以其結繩為網罟,葢合徳於離卦,取其有附麗之義;因其耒耜有益於人,葢合徳於益卦,以其有相資益之義。先儒不究原本,故疑而有此說也。

胡瑗は接いて説く:所謂爻とは、すなわち効法で、後世の人をしてそれに照らって去って仿効せしめんと要するなり。故に卦爻の中に真偽の道理有り・是非の準則有り・変通の常軌有り・動静の事宜有り・剛柔の界限有り。人は一たび爻を看れば、便ち応にこの象を効法して去って行事すべきを知る。重卦は究竟誰の為す所なるかに至っては、前代の学者は議論紛紛たり:或る人は伏犠の重ねたと言い、或る人は神農の重ねたと言い、或る人は夏禹の重ねたと言い、皆講じ錯えたり。彼らは下文に包犠氏が天下を統治し、繩を結して網罟を做り成し、《離》卦に取法し、神農氏は木を砍って耜を做り木を揉んで耒を做り、耕耘の利を以て天下を教導し、《益》卦に取法したと説くを看到したが故に、又因って《尚書》の裏に洛書と大禹の話有るが故に、因ってこれらの説法を生出したり。殊に知らず《繋辞》は孔子の作った所にして、孔子は不過聖人が器物を創制した事を拿って去って相合する卦に比配するのみ:繩を結して網罟と為すは、《離》卦の徳と相合し、それに附麗相網の意思有るを取るなり。耒耜は人に益有るは、《益》卦の徳と相合し、それに互相資助増益の意思有るを取るなり。前代の学者は本源を追究せざれば、故に初めて疑惑して以てこれらの説法を生出したり。

且六十四卦既是伏羲神農所重,則文王何心哉?不然,何以仲尼曰易之興也其於中古乎,作易者其有憂患乎?且伏羲之時又非中古,神農之時又非憂患,推此以言文王重卦之心又可見也。

胡瑗は再び論断を作す:假如六十四卦が真に伏犠・神農の重ね成したものならば、さらば文王は還って何の心思を費さんや。不然なれば、孔子は何を為すか《易》の興起は大概中古の世に在り、《易》を作った人は怕らく心に憂患を懐けりやと説くや。伏犠の時代は中古と算えられず、神農の時代も亦た憂患と談じ上げられず。これに由って推論すれば、文王の重卦する苦心も便ち看清し得るなり。

剛柔相推,變在其中矣。

剛爻と柔爻とが互相推移せば、変化は便ち其中に含まる。

義曰:剛者陽也,柔者陰也。夫六十四卦之中,卦有六爻,陽為剛,陰為柔,陽主其生,陰主其殺,故剛柔之位則有變有通、有動有靜。故事之久靜則動,物之久動則靜,動靜之道則有變有通。是故聖人因其剛柔二氣互相推蕩於六爻之間,然後成其生養之道也,故上繋曰剛柔相推而生變化者是也。然則不言陰陽相推而止言剛柔者,葢陰陽者天地之氣,剛柔者是陰陽之體,言剛柔則陰陽之功可見矣。

胡瑗解説:剛とはすなわち陽、柔とはすなわち陰。六十四卦は每卦六爻にして、陽爻は剛と為り、陰爻は柔と為る。陽は生養を主とし、陰は粛殺を主とす。故に剛柔の処する所の位置に変有り通有り・動有り静有り:事情は静まること久しければ便ち動くを要し、物件は動くこと久しければ便ち静まるを要し、動静の間は自然に変有り通有り。故に聖人は剛柔二気の六爻の間に於いて互相推蕩するに依って、然る後に生養の道を成就す。故に《繋辞上》に剛柔相推して以て変化を生ずと説くは、まさにこの意思である。此処に陰陽相推と説かずしてただ剛柔を説くに至っては、陰陽の指すは天地の気にして、剛柔の指すは陰陽の形体なるに因る。剛柔を説けば、陰陽の功用も便ち看出し得るなり。

繫辭焉而命之,動在其中矣。

卦爻の下に文辞を繋げてそれに判語を下せば、行動の準則は便ち其中に含まる。

義曰:言聖人既因剛柔二氣互相推蕩而為生成之道,又恐後世之人難曉,故於諸卦諸爻之下各繫屬其文辭,以明得失之道、吉凶之變、情偽之端、萬事之理,使人觀其得則可以知其失,趨其吉則可以明其凶,逆順之道、動靜之理,在所命之辭皆可見矣。

胡瑗解説:聖人は既に剛柔二気の互相推蕩に依って生成の道を立て起せば、又後世の人が領会し難からんを怕れて、故に各卦各爻の下に分かちて文辞を繋げ、以て得失の道理・吉凶の変化・真偽の端倪・万事の條理を講明す。人は某一爻の得る所を看到すれば、便ち能くそれの失う所を推知し、それの吉に趨向するを懂得せば、便ち能くそれの凶を看清す。逆と順の道理・動と静の分寸は、全てこれらの判語の裏に顕現す。

吉凶悔吝者,生乎動者也。

吉・凶・悔・吝この四種の結果は、皆行動の裏より生出したるものなり。

義曰:夫六十四卦有六爻,有吉有凶,有悔有吝,皆由爻位之動者也。若動而合於理則為吉,動而昧於道則為凶。有事之小可以追悔者,有事之萌兆可以鄙吝者,皆繋在於卦爻之變動也。是故聖人因卦爻之變動,明人事之大體,推其情偽之端,明其得失之跡,使人觀之不失於動靜之道也。

胡瑗解説:六十四卦は每卦六爻にして、吉有り凶有り・悔有り吝有りて、全て爻位の変動に由って来る。行動が事理に合乎せば便ち吉、行動が正道に昧えば便ち凶。或る事は過失が還って小さくして追悔するに及び、或る事は剛く苗头を露せば就已に可鄙可惜なり:これらは皆卦爻の変動の上に繋がる。故に聖人は卦爻の変動に就着いて、人事の大体を講明し、真偽の端倪を推究し、得失の痕跡を点出して、人をして看了して以て動静の間に於いて分寸を失わざらんとせしむ。

剛柔者,立本者也。

剛と柔とは、以て根本を確立するに用いるなり。

義曰:言伏羲始畫八卦,始窮變於天地陰陽之理,以成剛柔之道,以為萬事之大本,以成天下之大法,天下之人皆本此以為法則也。故六十四卦之所本、君臣父子之所法,皆由此剛柔之象為之根本者也。至如剛定體為乾,柔定體為坤,陽卦兩陰而一陽,陰卦兩陽而一陰,是立其卦本而不遺也。

胡瑗解説:伏犠は最初に八卦を画くに、一開始に便ち天地陰陽の理の変化を推究して底に到り、従って剛柔の道を立成して、以て万事の大根本・天下的大法則と為し、天下人は皆それを把って準繩と當てる。故に六十四卦の依拠・君臣父子の相処する法則は、全て剛柔の象を以て根本と為す。譬如純剛を把って乾の本体と定め、純柔を把って坤の本体と定め、陽卦は両陰一陽、陰卦は両陽一陰:これは便ち毎一卦の根本を把って立定して以て遺漏なからしめたり。

變通者,趣時者也。

変化通達は、当下の時勢に趨合せんがためなり。

義曰:凡六十四卦,卦有六爻,一卦之體象其一時,一爻之義象其一人,六爻之道上下相應而成變通,所以趣就一時者也。至如屯之卦言天下屯難之時,故其卦體以象其屯。故初六居卦之始,當屯難之時,而盤桓利居正、利建侯,以蘇息天下之人。至於六二言女子貞不字,言女子守正應於九五,雖為初九九六寇難,然専應於五不改其節。至於六四乗馬班如,退守其正,待時而行。如此之類,是皆一卦則言其一時,其諸爻各言其一人,以趣就其時也。然則君子之人凡所動作,必従其時,不失其中,故中庸曰君子而時中,是言君子之人動作之間皆従其時也。

胡瑗解説:六十四卦は每卦六爻にして、一卦の整体は一種の時勢を象徴し、一爻の意義は一類の人を象徴す。六爻の上下が相応じて以て変通を形成するは、まさにあの一時の形勢に趨合せんがためなり。譬如《屯》卦の講ずるは天下の艱難初創の時、故に卦体は屯難に象を取る:初九は一卦の開頭に処り、まさに屯難の際に當りて、因って徘徊して進まず、正道を守持するに宜しく・諸侯を分封するに宜しく、好く天下人をして休養を得せしめんとす。六二に到れば、女子が貞を守りて嫁せざるを説くは、意思は女子が貞正を固守して上に九五に応じ、虽初九の一方の寇難に遭遇するも、仍ほ専一に九五に応合して、自己の節操を改めざるなり。六四に到れば、馬に乗りて徘徊して前に進まざるを説くは、あれは退いて正道を守り時機を等待して而して後に行ずるなり。こういう類は皆一卦は一種の時勢を講じ、各爻は分かちて一類の人を講じて、以てあの個の時勢に趨合するなり。故に徳行有る人はおよそ挙動有れば、必定に時勢に順って中道を失わず。《礼記・中庸》に君子にして時中すと説くは、まさに君子の一挙一動が皆時勢に随順するを言う。

吉凶者,貞勝者也。

吉と凶との較量は、終究正を守る一方が勝を取る。

義曰:貞者,正也。夫有動者則未免乎累,殉吉者則未免乎凶,盡通之變而不累于吉凶者,其唯貞勝者。故六十四卦之內,人事之端、情偽之作、吉凶之驗,無不備載於其間。若爻位之吉,又能行其大正之道,則其事愈吉;若居爻位之凶,而能行大正之道,則其事不至於凶。惟是貞正之道,則能勝於凶吉也。

胡瑗解説:貞とはすなわち正。およそ挙動有る人は、牽累を受くるを免れず。一味に吉利を追逐する人も、もまた凶険に撞上るを免れず。能く変通を窮尽して吉凶に牽累せられざるは、ただ正を守る人のみ。六十四卦の内に、人事の端倪・真偽の発作・吉凶の応験は、完備に其間に記載せざるなし。倘若吉利の爻位に身を処して、又能く大中至正の道を推行せば、事情は便ち愈発吉利なり。倘若凶険の爻位に身を処して、却って能く大中至正の道を推行せば、事情も亦た凶と変るに至らざるなり。見れば唯だ貞正の道のみが、初めて吉凶の擺布に勝ち得過ぐるなり。

天地之道,貞觀者也。

天地の道は、正を守るを以て人に示し天下の仰望に供す。

義曰:觀者,為天下之所仰觀,則謂之觀。夫天本在上,地本在下,天地之性本不相得,及夫天以純陽之氣降於下,地以純陰之氣騰於上,二氣上下交相通感,然後以成生長之道。是天地之道、生成之理皆本正一,故為物之仰觀者也。

胡瑗解説:所謂觀とは、天下人に仰望せらるるに因り、因って觀と称す。天は本來上に在り、地は本來下に在り、天と地との性質は本來相合せず。天が純陽の気を以て下降し地が純陰の気を以て上騰するに等到りて、二気は上下して交相感通し、これが初めて生長の道を成就したり。見れば天地の道・生成の理は、皆一個の正の字に本ず。故に初めて万物の仰望する對象と成るなり。

日月之道,貞明者也。

日月の道は、正を守るを以て恒久に光明なり。

義曰:夫日為陽徳,月為陰精,運行四時,晝夜不息者,日月之明也。然而往來不停,照臨下土,不混其光者,葢各得貞一而明有所一也。

胡瑗解説:太陽は陽の徳性、月亮は陰の精華である。それらは四季に運行して昼夜停まず、これがすなわち日月の光明である。しかしそれらは来来去去に従来停歇せず、大地を照臨して各々その光は併せて相混ぜざるは、各々あの份の専一を守住したるに因り、光明も便ち定準有るを得たり。

天下之動,貞夫一者也。

天下一切の行動は、最終には皆一個の「一」に帰正せねばならず。

義曰:夫少者多之所貴,寡者眾之所宗,故天下之情偽、人事之動靜,皆歸一而後可正也。然則天下之廣周於萬里,人心至眾,萬孔千狀,執一何由而治哉?葢萬化一術也,天下一統也。若以至正之道、純一之徳而治之,則天下自然而治矣;若不以純一之徳而治之,則天下自然而睽乖矣。故王輔嗣嘗曰:夫眾不能治眾,治眾者至寡者也;夫動不能制動,制動者貞夫一者也。是天下之動必由寡之所治,貞其一而已。

胡瑗解説:少なるは多の看重せらる所為り、寡なるは衆の帰宗せらる所為り。故に天下の真偽・人事の動静は、皆一の上に帰して初めて端正し得。しかし天下は広袤にして方圓万里、人心も又極めて衆多にして千孔万状なれば、ただ一個の「一」を守るのみでは、何を憑って治め得んや。千変万化はただ一套の道理にして、天下も亦たただ一個の統緒なるに因る。もし最も中正の道・純一の徳を拿って去って治理せば、天下は自然に安定す。もし純一の徳を拿って去って治理せざれば、天下は自然に乖離す。故に王弼は曾て言ったり:衆多は能く衆多を治理せず、能く衆多を治するは必ずあの至少の一個なり。動は能く動を制止せず、能く動を制止するはまさにあの「一」を守定するなりと。見れば天下の行動は、必定にあの至少者に由って統攝せられ、その専一を守住する而已なり。

夫乾確然示人易矣。

乾は剛健堅定の樣子を以て、人に向かって平易を顕示す。

義曰:此又言天得一之道也。確者,則謂剛健者也。夫乾以剛健之徳運行不息,生成萬物,示人以和易,由其得一之故也。故無為而物成,不言而時化,是示人易也。

胡瑗解説:此処に又天があの「一」を獲得する道理を講ず。「確」の指すは剛健。乾は剛健の徳に憑って運行して停まず、万物を生養して、人に向かって和順平易を顕示す。まさにそれが専一を守住したるに因る。故に作為する所なくして万物は自ら成り、一言を発せずして時序は自ら化す。これがすなわち人に向かって平易を顕示す。

夫坤隤然示人簡矣。

坤は柔順低伏の樣子を以て、人に向かって簡約を顕示す。

義曰:隤然則謂柔順者也,此言地之得一也。夫坤之道以柔順之徳承天之氣,生成萬物,不煩而物成,不勞而物遂者,亦由其得一故也。故不須經營而萬品自化,是示人簡也。若乾不得専一之道,或有隤然,則不能示人易矣;若坤不得専一之道,或有確然,則不能示人簡矣。且以乾坤之道、生成之理,確然隤然示人易簡,況為天下之君者哉?夫尊為聖人,必法此乾之剛健之徳,生成天下,不至於煩勞,則天下従而治矣;夫為人臣者,必法此坤之柔順之徳,承君之命,行君之事,則天下不勞而治矣。若為君為臣能法易簡之道,則天下國家可正也。

胡瑗解説:「隤然」の指すは柔順。此処に講ずるは地があの「一」を獲得す。坤の道は柔順の徳を以て天気を承接して万物を生養し、煩擾せずして万物は自ら成り、労動せずして万物は自ら遂げるも、もまたそれが専一を守住したるに因る。故に刻意に經営するを用いずして、万類は自然に化育す。これがすなわち人に向かって簡約を顕示す。假如乾が専一を守住し得ざれば、反って幾分の柔弱を帯びて、便ち平易を顕し出し得ず。假如坤が専一を守住し得ざれば、反って幾分の剛強を帯びて、便ち簡約を顕し出し得ず。乾坤の道・生成の理は尚且つ剛健柔順を用いて人に向かって易と簡とを顕示するを要す。いわんや天下の君と為る人に身を為るをや。聖人の位に尊居するは、必ず乾の剛健の徳を効法して、天下を生養して煩労に陥らざれば、天下は便ち順従して安定す。人臣と為るに身するは、必ず坤の柔順の徳を効法して、君命を承接し君事を辦理せば、天下は便ち労せずして治まる。君を為す・臣を為す皆能く易簡の道を効法せば、天下国家は便ち端正し得べし。

爻也者,效此者也。

所謂爻とは、すなわちこれらの変動を効法するものなり。

義曰:夫六十四卦分三百八十四爻,有動有靜,有邪有正,有凶有吉,有是有非,故通變之道皆在諸爻之中,為人之所效法也,故所謂爻者,效物之變動者也。

胡瑗解説:六十四卦は分成して三百八十四爻と為り、其中に動有り静有り・邪有り正有り・凶有り吉有り・是有り非有り。変通の道理は全てこれらの爻の裏頭に在りて、人に取りて效法するに供す。故に所謂爻とは、すなわち事物の変動を効法する意思である。

象也者,像此者也。

所謂象とは、すなわちこれらの物形を摹像するものなり。

義曰:夫六十四卦之象,皆法於天地水火風雷山澤之象也。如乾以天為象,坤以地為象,艮以山為象,坎以水為象,如此之類,是皆象其卦之所本之像也,注所謂象此物之形狀也。

胡瑗解説:六十四卦の卦象は、皆天・地・水・火・風・雷・山・澤これらの物象に取法す。譬如乾は天を以て象と為し、坤は地を以て象と為し、艮は山を以て象と為し、坎は水を以て象と為す。こういう類は皆各卦の本ずる所のあの物象を摹写する。旧注の説く所は、すなわちこれらの事物の形状を摹像するなり。

爻象動乎內,吉凶見乎外。

爻象は卦内に於いて発動せば、吉凶は便ち卦外に顕現す。

義曰:夫六十四卦之象、三百八十四爻,爻象之間有正有不正,有應有不應,有善有不善,有吉有不吉,若爻象之發動於一卦之內,則吉凶之事顯見於一卦之外也。

胡瑗解説:六十四卦の卦象・三百八十四条の爻は、爻象の間に当位の有り不当位の有り・相応の有り不相応の有り・善の有り不善の有り・吉の有り不吉の有り。一旦爻象が一卦の内に於いて発動せば、吉凶の事は便ちこの一卦の外に顕露す。

功業見乎變。

功業は変通の中に成就す。

義曰:言聖人用此大易之道,觀其卦爻之變動,可行則行,可止則止,推而求之,以立成天下之功業,以通天下之心志。

胡瑗解説:聖人は《周易》の道を運用し、卦爻の変動を観察す:行動すべければ便ち行動し、停止に當るべければ便ち停止す。この路に順って推求し下去って、従って天下の功業を建立し、天下人の心志を貫通す。

聖人之情見乎辭。

聖人の心意は、卦爻の文辞の裏に顕現す。

義曰:辭者,則爻象之辭也。夫六十四卦之中有情偽之端、得失之理,其吉凶悔吝皆在爻辭之間,欲知聖人設卦之情意者,觀其爻象之辭則可見矣。至如乾之初九言潛龍勿用,則聖人勿用之情可知矣;比卦上六曰比之無首凶,則聖人無首之情可見矣。如此之類,皆在爻辭間可見矣。

胡瑗解説:此処の説く辞とは、すなわち爻象の辞。六十四卦の中に真偽の端倪・得失の道理有りて、其中の吉凶悔吝は皆爻辞の裏頭に在り。聖人の卦を設ける用心を知らんと欲せば、爻象の辞を看れば便ち看出し得るなり。譬如《乾》卦初九に潜伏の龍は暫く施用せざると説けば、聖人の暫く動かざるを主張する心意は便ち清楚なり。《比》卦上六に親附して領頭する人なければ凶なりと説けば、聖人の無首に對する看法も便ち看出し得るなり。こういう類は皆能く爻辞の裏に見到るなり。

天地之大徳曰生。

天地の最大の徳性は、万物を生養すると叫ぶ。

義曰:夫天地之大徳者,惟是陰陽二氣上下相交,生成萬物,周而復始,無有限極,故其徳常大。若生之不常,運之有極,則所生之道不廣也。

胡瑗解説:天地の最大の徳は、陰陽二気の上下が相交わりて万物を生養し、周して復た始まり、辺際なきに在り。故にこの份の徳は初めて恒久広大なり。假如生養が持久し得ず運行に尽頭有らば、さらばそれの生養し得る所の範囲は便ち広からざるなり。

聖人之大寶曰位。

聖人の最も珍貴なる宝物は、君位と叫ぶ。

義曰:寶者,愛也;位者,所守之位也。夫聖人之大寳者,惟在其位。然則聖人之大寶何以在乎位?葢聖人之有才徳,若無其位,則其功不能及於天下;若有其至尊至寳之位,則其功可以及於天下,無有逺近皆被其澤,皆被其功徳也。是故聖人重徳行道於民,故大寶其位也。

胡瑗解説:宝とはすなわち珍愛、位とはすなわち拠守する所の名位。聖人の最も珍貴なる东西はただ彼の位子に在るのみ。然らば聖人の大宝は何を為すか位に在るや。聖人は縱に才有り徳有るも、もし位子なからば、功業は便ち天下に及ばざるに因る。もし至尊至貴の位子有らば、功業は便ち能く天下に推及して、遠近を論ぜず皆彼の恩沢を受け彼の功徳を蒙る。故に聖人は徳行を看重して百姓の中間に於いて正道を推行し、因って位子を把って大宝と看做す。

何以守位曰仁。

何を靠ってこの位子を守住せんや。仁愛に靠る。

義曰:言聖人既有才徳,又能大寶其位,何以守其位哉?必須法天元之徳,以仁愛之道生成於天下,使天下之人皆被己之仁徳,然後父子有禮,上下相親也。

胡瑗解説:聖人は既に才有り徳有りて、又把って位子を大宝と當てれば、さらば何を靠ってそれを守住せんや。必ず上天の万物を始生する徳性を効法して、仁愛の道を用いて天下を生養し、天下人をして皆自己の仁徳を蒙受せしめて、然る後に父子の間に礼有り、上下の間に相親有らん。

何以聚人曰財。

何を靠って人を聚攏せんや。財貨に靠る。

義曰:夫聖人何以萃聚於人哉?必曰財而已。財者,使衣食豐足,用度常備,仰有所奉,俯有所畜,則天下有戴君之心。若其衣食不足,用度不備,則不能萃於天下之民。是故古之聖人修其水火金木土五行之事,正徳利用厚生,使天下之人各得其所,如是則父子兄弟遞相親睦矣。至於為農者勤於耕,為商者勤於貨,為工者勤於器,如此之類,則可以保六親。六親既相保,則親族內外自相親愛,如是是聚人曰財也。

胡瑗解説:聖人は何を靠って人を聚め攏め来らんや。ただ財貨に靠るのみ能くす。所謂財とは、便ち百姓をして衣食豊足・用度常備ならしめ、向上に力量有りて父母を奉養し、向下に余力有りて妻児を畜養せしめ、こうすれば天下人は初めて君主を擁戴する心を生出し得。もし衣食不足・用度不齊なれば、便ち天下の百姓を聚め住め得ず。故に古時の聖人は水・火・金・木・土の五行の事を整治し、徳行を端正し器用を便利し民生を厚養して、天下人をして各々その所を得しむ。こう一来れば、父子兄弟は便ち能く互相親睦す。務農するは耕種に勤しみ、經商するは貨殖に勤しみ、做工するは器物に勤しむるに至っては、こういう類は皆能く六親を保全す。六親は既能く相保せば、親族の内外は自然に相親相愛す。これがすなわち所謂聚人は財に靠るなり。

理財正辭,禁民為非曰義。

財貨を治理し号令を端正し、百姓が悪事を為すを禁止すれば、これを便ち義と叫ぶ。

義曰:言聖人既能守位以仁,又能聚人以財,使天下父子各有所養,各得其所。然而貨財之道必主於均平,使多者不得積其私,少者皆得盡其養;又須與正其辭,為之節制,以禁民之有非僻者,使皆合於義而得其宜矣。然則所謂義者,葢裁制合宜之謂義也。

胡瑗解説:聖人は既能く仁を用いて位子を守住し、又能く財を用いて人心を聚攏して、天下の父子をして各々供養有り各々その所を得しむ。しかし財貨を經理する道は、必ず均平を以て主と為して、多きをして私利を積攢し得ざらしめ、少なきも亦た皆能く奉養を維持せしめねばならず。この外に還って彼らの為に政令辞命を端正し、節制を定下して、以て百姓が邪僻の事を做出すを禁止し、一切をして義に合し各々その宜を得しめねばならず。然らば所謂義は究竟何なるか。裁断処置して恰當合宜なるを得るを、便ち義と叫ぶ。

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