繋辞上・夫易何為者也
子曰:夫易何為者也?
孔子は発問して曰く:《周易》この部の書は究竟何を為す用なるや。
義曰:自此以下至「民咸用之謂之神」為一章。此十翼之中第十。子曰夫易何為者,此蓋孔子嘆大易之道其功深賾,故假設此發問之辭以問之,曰夫易者何為者也。
胡瑗解説:ここより起りて、一直に下文の「民咸用之謂之神」に至るまで止まり、合して一章と為し、《十翼》の中に在りて第十に排す。「子曰、夫易何為者」この一句は、孔子が《周易》の道の功用深遠難測なるを讃歎し、因って故意に一句の問話を設けて以て発端と為し、説く:《易》この部の書は到底何を為すかと。
夫易開物成務,冒天下之道,如斯而已者也。
《周易》この部の書は、以て万物の心志を開通し天下の事務を成就し天下一切の道理を覆蓋するに用い、此の如く而已。
義曰:此夫子自釋易之體用也。開者,通也;冒者,覆也。言大易之道其功宏博,能開通於萬物之志,成就夫天下之務,覆冒夫天下之物也。至如泰卦則言財成之義,履卦則言履素之宜,革卦則言治厯之事,鼎則言鼎新之,旅則言無敢折獄,遯則言遯尾之厲,大壯則言君子用罔,乾卦則言亢龍有悔者。如此之類,是皆開通萬物之志,成就天下之務,覆冒天下之道。如斯之道,則大易之體用也,故云如斯而已。
胡瑗解説:これは孔子が自ら《易》の本体と功用とを解釈す。「開」とはすなわち開通、「冒」とはすなわち覆蓋。《周易》の道は功效宏大広博にして、能く万物の心志を開通し、天下の事務を成就し、天下の万物を覆蓋す。譬如《泰》卦は天地の道を裁成する分寸を講じ、《履》卦は本分を安守して行う合宜を講じ、《革》卦は暦法を修治し四時を明辨するを講じ、《鼎》卦は故を革め新を取るを講じ、《旅》卦は敢えて獄訟に滞留せざるを講じ、《遯》卦は退避して人の後に落るは危険有るを講じ、《大壯》卦は君子は強を逞しゅうして壯を用いざるを講じ、《乾》卦は飛ぶこと過度高き龍は必ず悔恨有るを講ず。此の類の如し、皆万物の心志を開通し・天下の事務を成就し・天下の正道を覆蓋するに在るなり。こういう道理の如きは、まさに《周易》の本体と功用なり。故に「如斯而已」と言う。
是故聖人以通天下之志。
故に聖人は《周易》に憑って以て天下人の心志を貫通す。
義曰:夫大易之道其功廣大,是故聖人以此之故以通達天下之志者也。然則天下之人心志至眾至繁,而聖人以大易之道以通天下之志者何也?蓋聖人有深幾之見,極未形之理,以已之心可以見天下之心,以已之志可以見天下之志。雖天下之人心志至眾至繁,然聖人以已之幾深度人之情偽利害,極未形之理,可以見天下之志者也。
胡瑗解説:《周易》の道は功效広大なれば、故に聖人はまさにそれに憑って以て天下人の心志を通達す。しかし天下人の心思はあの様に繁多なるに、聖人は竟に能く《周易》の道に憑って一一に貫通す。これは何の縁故なるや。聖人は苗头を洞察する深見有りて、能く未だ成形せざる道理を推究して底に到り、ここに自己の心を用いて便ち天下人の心を照見し、自己の志向を用いて便ち天下人の志向を照見するに因る。天下人の心志は縦に繁多なれども、聖人は自己のこの份の微を見て著を知る本事に憑って、深深に人情の真偽と利害の在所とを揣度し、未だ成形せざる道理を推究して底に到れば、便ち天下人の心志を照見したり。
以定天下之業。
《周易》を以て天下の功業を奠定す。
義曰:言聖人以此大易之故,極其幽深,研幾,成天下之務,冒天下之道,以定天下之功業也。
胡瑗解説:聖人は《周易》に憑って、幽深の理を窮究して底に到り、細微の苗头を研尋し出して、因って天下の事務を成就し天下の正道を覆蓋し、最終に天下の功業を奠定したり。
以斷天下之疑。
《周易》を以て天下人の疑難を決断す。
義曰:言大易之道通於人事。一卦六爻,有得位失位者,然吉凶悔吝雖聖人亦有所不知,於人事之間不能無疑。是故聖人雖以其蓍策占筮之,然亦不能無疑惑之心,而又謀之於鬼神,謀之於天地,以成其卦爻,又於卦爻之下繋屬其文辭,以決斷天下之疑也。至如乾之初九言潛龍勿用,離之六四言突如其來,如此是斷其疑也。
胡瑗解説:《周易》の道は人事に貫通す。一卦六爻に、或いは居位して當を得、或いは居位して當を失い、而して其中の吉凶悔吝は聖人に連れても亦有る尽知し得ざる所、人事の中に身を処して難く疑を生ぜず。故に聖人は虽すでに蓍策を以て占筮し了りたるも、心裏に仍ほ全く疑慮なからしめ得ず、ここに又鬼神に向かって求問し天地に向かって証を取り、これに拠って卦と爻とを定成し、再び卦爻の底下に文辞を繋げて、以て天下人の疑難を決断す。譬如《乾》卦初九に潜伏の龍は暫く施用せずと説き、《離》卦六四に火勢は突如として来ると説く、こういう類の辞句はすなわち人の為に疑を断ずるものなり。
是故蓍之徳圓而神。
故に蓍草の徳性は円転流通にして神妙難測なり。
義曰:夫蓍策之數未占已前,其吉凶悔吝人皆不可見,無有窮極,無有定止,其通變之道、天地之宜,其用如神,運而不窮,周流通暢也。
胡瑗解説:蓍策の数目は未だ卦を起し占問せざる前に在りては、吉凶悔吝は誰も看出し得ず、既に窮尽なく、もまた定準なし。それの変通の路数・天地に契合する分寸は、用うれば神明に如同じく、運転不息・周流暢達なり。
卦之徳方以知。
卦の徳性は則ち方正有定にして能く明察なり。
義曰:言蓍策之數未占之時雖其用如神,其吉凶悔吝周流通變,運而不窮;及其揲蓍之後布成其卦,卦有六爻,卦爻之下有得位、有失位、有中、有正、有凶、有吉、有悔吝,皆繋屬而不可變動,故言方以知者,是知其過去未來之事,極其未形之理,其情偽利害盡可見矣。然則必言蓍徳圓而神、卦徳方以知者,蓋神以知來,是來無方也;知以藏徃,是徃有常也。物既有常,猶方之有止;數無常體,猶圓之不窮。故蓍之變通則無窮,神之象也;卦觧爻分有定體,知之象也。知可以識前言徃行,神可以逆知將來,故蓍以圓象神,卦以方象知也。
胡瑗解説:蓍策の数目は卦を起せざる時に在りては、用うるに固然として神の如く、吉凶悔吝は流動不定・変化無窮なり。「揲蓍」し完えたに至れば、すなわち蓍草を反復分数し四根一組として数え過ぎ、爻数を求め出し排布して卦と成した後に、一卦六爻に、爻下に位を得る有り・位を失う有り、中に居る有り・正を得る有り、凶有り・吉有り・悔吝を帯ぶ有り、全て固定してあの処に繋属して再び変動し得べからず。故に卦徳は方正にして能く明察と言う:それは過去と将来の事を明察し、未だ成形せざる道理を推して極処に到り、人情の真偽・事勢の利害は全て看見し得。何故に必ず蓍徳は円にして神・卦徳は方にして知と説かねばならぬかに至っては、神は以て将来を預知するに用い、将来の事は定向なきに因る。智は以て既往を収蔵するに用い、既往の事は已に常軌有るに因る。事物は既に常軌有れば、便ち方形に棱有り止有るが如し。数に固定の形体なければ、便ち円形に転動して窮まらざるが如し。故に蓍の変通に止境なく、まさに神の形象なり。卦は一分解すれば爻は一分定して便ち固定の形体有り、まさに智の形象なり。智は能く従前の言論行事を記取し、神は能く将来を預先料る。故に円を以て蓍の神を象徴し、方を以て卦の智を象徴す。
六爻之義易以貢。
六爻の含む所の意義は、《周易》は文辞を以て一一に人に吿知す。
義曰:貢者,告也。言聖人因蓍策之數以佈設六十四卦,卦有六爻,以盡萬物之理。然爻有應有不應,有正有不正,其間吉凶悔吝皆不能告諭於人,故大易之道極未形之理,知過去將來之事,故六爻之下皆繋屬文辭,以貢告於人也。至如比之初六言吉,大過上九言凶,如此之類,是皆告於人,使人從善而去惡,從吉而去凶也。
胡瑗解説:「貢」とはすなわち吿知。聖人は蓍策の数目に依って六十四卦を布設し、每卦六爻、以て万物の理を窮尽す。しかし爻と爻との間に相応ずる有り・相応・相応ぜざる有り、当位有り・不当位有り、其中の吉凶悔吝は単に爻位を看るのみでは人に聴かせ講ずる無法なり。故に《周易》の道は未だ成形せざる道理を推して極処に到り、過去将来の事を皆照見せんを要し、ここに六爻の下に皆文辞を繋げて、以て世人に吿知す。譬如《比》卦初六に吉と説き、《大過》上九に凶と説く、こういう類の辞句は皆人に吿げるものなり。好く人をして善に跟従し悪を離れ、吉に趨向し凶を避けしめんがためなり。
聖人以此洗心。
聖人はこの部の《周易》に靠って以て自己の心を洗滌す。
義曰:夫大易之道至公至正,極天地之理,盡人事之宜,其吉凶悔吝皆繋屬於諸卦爻之下,聖人觀之,可以洗盪其心。至如萬物有疑則卜之,是洗盪其疑心;行善則吉,行惡則凶,是洗盪其噁心也。既洗盪己之心,然後可以洗盪萬物之心也。
胡瑗解説:《周易》の道は極めて公正にして、天地の理を推究して尽頭に到り、人事の分寸を講じて周全し、吉凶悔吝は皆各卦各爻の下に繋がれ、聖人は一看すれば便ちそれに借りて心を洗い淨め得。譬如事に遇いて疑有れば便ち去って卜問す。これは心中の疑慮を洗去するなり。善を行えば吉を得悪を行えば凶を得るを懂得するは、これは心中の悪念を洗去するなり。先ず自己の心を洗い淨めて、然る後に初めて天下人の心を洗滌すると談じ上げ得。
退藏於宻。
用い了えた後に便ち収斂して退回し、神妙を隠密不露の地方に蔵す。
義曰:言此大易之道索隱窮神,能盪滌萬民之心,雖有吉凶悔吝之變、仁義之術,而人不知自用,是其功如神之藏宻也。故上文所謂顯諸仁、藏諸用者,此也。
胡瑗解説:《周易》の道は隠微を捜求し神妙を窮究し、能く万民の心を洗滌して乾淨ならしむ。それは虽吉凶悔吝の種種の変化と仁義を施行する種種の法門とを含むも、百姓は天天にそれを用いながら自ら知らず。これがまさにそれの功用が神妙にして深蔵して露さざるなり。上文の説く所の仁徳を顕露し出し功用を隠蔵し起るは、講ずる所はすなわちこのである。
吉凶與民同患。
それは吉凶禍福を百姓の憂患と一緒に擔う。
義曰:夫人之生,愚夫愚婦者甚眾,其性昏蒙,憧憧然不知所以然而然,舉動之間雖有凶咎悔吝之事而不知自止。是故聖人以此大易之故,明示其吉凶憂患,使趣其善者舍其惡,向其吉者背其凶,是大易之道與民同憂患也。
胡瑗解説:世上の見識浅陋の男男女女は極めて多く、心性は昏昧にして、来来往往として忙碌やまず、事情が何を為すかこのようになるか自己も説き清め得ず。挙動の間に明明すでに凶咎悔吝を招来しても、還って脚を収住めるを知らず。故に聖人は《周易》に憑って、吉凶と憂患とを明明白白に彼らに指し看せ、彼らをして善の一面に奔りて悪の一面を丢開し、吉利に趨向して凶険に背離せしむ。これがすなわち《周易》の道が百姓と同じく憂患を擔うなり。
神以知來。
神妙の一面に憑って、將に到来せんとする事を預知す。
義曰:言大易之道知其未來之事,明其未形之理,故其用如神也。
胡瑗解説:《周易》の道は能く未だ発生せざる事を知り、能く還って未だ成形せざる理を照亮す。故にそれの作用は神明に如同じ。
知以藏徃。
明智の一面に憑って、すでに過去した事を収蔵す。
義曰:言此大易之道因蓍之策知其過去已形之理,其妙皆知之也。然則必言知來藏徃者,蓋蓍定數於始,於卦為來;卦成象於終,於蓍為徃。
胡瑗解説:《周易》の道は蓍策の数目に依って、能く過去すでに成形した道理を知り、其中の奧妙は了然せざるなし。知来と蔵往とを分け開けて説く所以は、蓍草が卦を起す初めに於いて先ず数目を定め出し、卦に対して言えばそれは将来に属し、卦は演算の終了に於いて初めて卦象を結成し、蓍に対して言えばそれは已成過去なりに因る。
其孰能與於此哉!古之聰明叡知、神武而不殺者夫。
還って誰かこの地步に達することを得んや。大概ただ古時のあの耳聡目明・思慮通達にして、威武は神の如くも殺伐を動用せざる人のみあらん。
義曰:言大易之道神以知來,知以藏徃,非此之故,其孰能與於此哉?惟是古者聰明叡知之人可以與之。耳無所不聞,故曰聰;目無所不見,故曰明;思無所不通,故曰叡;才無所不及,故曰知。言惟是聰明叡知之人有文有武,既能察微,又有剛斷,故於大易之間卦爻之下各隨動靜,神其吉凶之事,明其威福之理,示人以信,則人自然而威服之。至如弧矢取諸睽,刑罰取諸噬嗑,如此之類,皆是神其威武,不用刑殺而天下自然威服也。
胡瑗解説:《周易》の道は神妙に憑って将来を預知し、明智に憑って既往を収蔵す。もしそれに靠るに非ざれば、還って誰かこの一步に做し到り得んや。もまたただ古代のあの聰明叡智の人のみが配得上る。耳に聴こえざるなければ、故に聡と叫ぶ。目に見えざるなければ、故に明と叫ぶ。思慮に想い通ぜざるなければ、故に叡と叫ぶ。才能に及ばざるなければ、故に知と叫ぶ。これは言う、唯だこういう等の聰明叡智の人のみ、既に文徳有りて又武略有り、既能く細微を察知し、又能く剛毅に決断す。故に《周易》の裏に於いて、彼らは卦爻の動静に随って、吉凶の事を説いて神妙と為し、威罰と福賞の道理を講じて分明と為し、誠信を拿って人に示せば、人は自然に便ち敬畏して順服す。譬如弓箭を制作して《睽》卦に取法し、刑罰を設立して《噬嗑》卦に取法する、こういう類は皆威武を用いて神妙と為し、必ずしも真に刑殺を動かさずして、天下は自然に畏服す。
是以明於天之道,而察於民之故,是興神物以前民用。
故に彼らは上天の運行する規律を通曉し、又百姓の生活する実情を体察し、ここに蓍草と亀甲こういう類の神霊の物を興起し、百姓の動用する前に搶じて彼らの為に方向を指点す。
義曰:言聰明睿知之人既能神其威武而不殺,是以大明天地陰陽變化之道,大察天下情偽利害之故,又以神靈之物明其吉凶之驗,以前萬民之用,至於未來之事皆繋屬其辭,使人通曉之,趣其善而去其惡者也。
胡瑗解説:聰明叡智の人は既能く威武を用いて神妙にして殺伐を動かざれば、ここに便ち能く大大に天地陰陽変化の規律を照明し、深深に天下の人情真偽と利害の実情を察知す。又蓍亀こういう類の神霊の物に借りて吉凶の応験を顕出し、万民の手を動かす前に搶じて彼らの為に路を指す。将来未だ発生せざる事に連れても、亦た皆文辞を繋げ上げて、人をして一看すれば便ち懂得せしめ、好く善に趨向し悪を丢開せしめんとす。
聖人以此齋戒。
聖人はこの部の《周易》に靠って以て身心を潔淨し戒慎して患を防ぐ。
義曰:洗心則謂之齋,防患則謂之戒。言聖人以此大易之道齋心防戒其患害之事,使憂虞悔吝不能及於己,至幽至微之處皆得以先知也。
胡瑗解説:心を洗い淨めるを斎と叫び、禍患を防住するを戒と叫ぶ。聖人は《周易》の道に憑って心地を潔淨し災害を戒備して、憂慮と悔吝とを自己の身に挨り着かざらしめ、最も幽隱細微の地方に連れても、亦た皆能く預先に知暁す。
以神明其徳夫。
併せて自己の徳行を神妙にして昌明ならしむ。
義曰:言聖人既能以大易之道齋戒而防患,又能觀易道幽深,以神明其徳,使天下之人不知所以然而然也。
胡瑗解説:聖人は既能く《周易》の道に憑って身心を潔淨し患を未然に防ぐに、又能く《易》道の幽深を体察して、自己の徳行を神妙昌明ならしめ、天下人をして彼の教化を受けて、却ってこの変化が怎で来たるを説き出し得ざらしむ。
是故闔戶謂之坤。
故に門を関して把るは、これを便ち坤と叫ぶ。
義曰:此以下又廣明大易自乾坤而來也。夫坤者陰也,主夫地。然坤之道主夫生成萬物,若陽降其氣,則坤能成而生之;若陽氣不降,則地道闔閉,主其収藏,如戶之閉也。
胡瑗解説:ここより往下は、又進んで《周易》の全てが乾坤より生出することを説明す。坤は陰に属し、大地を主管す。坤の職分は万物を生成するに在り:陽気が下降する時は、坤は便ちそれを承接し、万物を生養して成形せしむ。陽気が下降せざる時は、地道は便ち閉合し起りて、転じて収蔵を主管す。便ち門の関じるが如し。
闢戶謂之乾。
門を打開するは、これを便ち乾と叫ぶ。
義曰:乾者陽也,主夫天。夫天陽之氣下生萬物,使萬品之物皆遂其生者,是乾為開闢之端,如戸之開通者也。然則先言坤而後言乾者,蓋凡物先藏而後出,故先言坤而後言乾也。
胡瑗解説:乾は陽に属し、上天を主管す。天の陽気は下に向かって万物を生養し、各類の生物を皆自己の生機に遂げせしむれば、これがすなわち乾が開啓の一端を擔當し、門の打開せらるるが如く暢通なり。何を為すか先ず坤を説き後に乾を説くに至っては、万物は総じて先ず蔵せられて而して後に初めて長じ出るに因る。故に先ず坤を講じて而して後に乾を講ず。
一闔一闢謂之變。
一関一開は交替して進行す。これを便ち変と叫ぶ。
義曰:言陰主其閉闔,又主其収藏;陽主其開闢,又主其施散。是一闔一闢以成變化之道,春生夏長秋成冬乾者也。
胡瑗解説:陰は閉合を主管し、又収蔵を主管す。陽は開啓を主管し、又発散を主管す。一合一開は交替して往复し、便ち変化の道を成就し、時令に落れば便ち春天に生発し・夏天に長養し・秋天に成熟し・冬天に干枯す。
徃來不窮謂之通。
来来去去として窮尽なし。これを便ち通と叫ぶ。
義曰:言天地之道、生成之理,徃來之間循環不絶,周而復始,無有窮極,常自通流,是謂之通也。
胡瑗解説:天地の運行・生成の道理は、一来一往の間に在りて循環断えず、周して復た始まり、尽頭なく、永遠に自ら流転す。これを便ち通と叫ぶ。
見乃謂之象。
顕現し出るあの一步は、便ち象と叫ぶ。
義曰:言天地之道、陰陽之功生而不已,自十一月建子陽氣下復,至於丑寅之位,萬物顯見於世,有其形狀,故謂之象也。
胡瑗解説:天地の道・陰陽の功は生生して已まず。十一月建子の月より陽気は下より回復し、丑月・寅月の位次に到れば、万物は便ち一一に世に顕現し、看るべき形状有り。故に象と叫ぶ。
形乃謂之器。
形体を結成するあの一步は、便ち器と叫ぶ。
義曰:言天地之道生成不已,故萬物始有其形,形之不已,乃可成於器用。是故聖人因此大易六十四卦之形象,凡創制器用,必觀其形象,為之凖範,然後成其法式也。
胡瑗解説:天地は万物を生成して停まず、万物はここに形体有り。形体は不断に充実して、初めて用有る器物を做し成り得。故に聖人は《周易》六十四卦の形象に憑って、およそ器用を創制せんと要すれば、必定先ず卦象を看清して、それを把って準則と為し、然る後に初めて制作の法式を定め出す。
制而用之謂之法。
器を裁制して拿って来て施用するは、これを便ち法と叫ぶ。
義曰:言聖人裁制其物,凡所施用,垂為範模,後世以之為法式也。至如宮室取大壯,網罟取諸離,書契取諸夬,弧矢取諸睽,如此之類,皆是聖人制成器用,為後世之法。
胡瑗解説:聖人は器物を裁制し、およそ造り出して施行使用するは、皆留め伝えて以て模範と為し、後代は便ちそれに照らって法式と為す。譬如宮室を建造して《大壯》に取法し、繩を結して網罟と為して《離》に取法し、木を刻んで事を記する書契は《夬》に取法し、弓箭を制作して《睽》に取法す。こういう類は皆聖人が器用を造成し、後代の為に法則を立下る。
利用出入,民咸用之謂之神。
器物は便利にして、出で入りして合用せざるなし。百姓は人人皆それを用いながら然る所以を説き出し得ず。これを便ち神と叫ぶ。
義曰:言聖人既制器用,或出於此,或入於此,使天下之人用之皆得其利。天下之人既皆得其利,是聖人之妙用如神,而人不知所以然而然也。
胡瑗解説:聖人は既に器用を造り出せば、或いはここより出で或いはここより入りて、天下人のそれを使用するに便利を得ざるなし。天下人は既に皆便利を得れば、見れば聖人の妙用は神明に如同じく、人々はそれに照らって做すれども其中の縁故を説き出し得ざるなり。
