繋辞下・制器尚象章(古者包犠氏之王天下也)
古者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文與地之宜,近取諸身,逺取諸物。
上古の時代、包犠氏(すなわち伏犠)が天下の王と為りし時、頭を抬げれば便ち日月星辰が天上に呈する種種の景象を観察し、頭を低めれば便ち山川草木が大地上に顕示する種種の法則を考察した。彼は還って飛禽走獣の身上の斑紋羽色、および各処の水土の適宜に生長する物類を観察した。近処には便ち人の自身の形体に取法し、遠処には便ち天地間の万物に取法したり。
義曰:自此已下至「葢取諸夬」為一章。言包犧氏以聖人之才徳以王天下,為天下之主。然於上古洪荒之世,典章法度未立,而包犧氏仰則觀象於天,俯則觀法於地,既觀察天地之象,又觀鳥獸之文與地之宜,以畫成其八卦也。
胡瑗解説:ここより往下は、「葢取諸夬」の一句に至るまで止まり、合して一章と為す。包犠氏は聖人の才徳に憑って天下を統治し、万民の主と為ったり。しかし上古洪荒の初辟に、典章法度は皆還って未だ建立せざりき。ここに彼は仰いで天象を觀察し俯して地理を察看し、既に天地の呈する形象を看て、又鳥獣の紋理と各地の水土の宜しき所とを看て、これに拠って「八卦」を画き成した――三画の符号を用いて天・地・雷・風・水・火・山・澤の八類の基本物象を統括したり。
然則上既言觀法於地,下又言與地之宜;既言觀鳥獸之文,下又言逺取諸物者,何哉?葢上文言仰則觀象於天、俯則觀法於地者,葢是伏羲始觀象之初也。此又言鳥獸之文者,葢東方之宿則為蒼龍,南方之宿則為朱鳥,西方之宿則為白虎,北方之宿則為龜蛇。如此之類,是伏羲仰觀天之垂象之宿、鳥獸之文,又觀其地之動植山川丘陵之象、萬物所生之宜。
上文は既に「俯則觀法于地」と説いたれば、下文は何を為すか又「与地之宜」と説くや。既に「觀鳥獣之文」と説いたれば、下文は何を為すか又「逺取諸物」と説くや。これは上文の講ずる所の頭を抬げて天象を觀察し頭を低めて地理を察看するは、伏犠の最初に開始して物象を観察する階段を説くに因る。此処に再び「鳥獣之文」を提ぐるは、二十八宿が四方に分布して連綴し成る形象を指す――東方七宿は連ね起れば一条の蒼龍に象り、南方七宿は一隻の朱鳥に象り、西方七宿は一頭の白虎に象り、北方七宿は亀と蛇と相纒えるに象る。こういう類の如く、皆伏犠が頭を抬げて天上の垂示する星宿の象・鳥獣の紋を観看し、又頭を低めて地上の動物植物の生息・山川丘陵の形勢、および各種の物類の適宜に生成する条件を観看したるなり。
既觀天之垂象之文,又觀地之所生之宜,然後近取諸身者,至如乾為首,坤為腹,震為足,艮為手,又近取人之一身,其有思慮口鼻之屬。如此之類,是近取諸身也。既近取諸身,又逺取諸萬物之象,若乾為龍、坤為馬、山澤風雷之類是也。
既に天上の垂示する星象紋理を観察し、又地上の万物の適宜に生長する情形を観察せば、接いて便是ち「近取諸身」なり。譬如乾は人の頭に象を取り、坤は人の腹に象を取り、震は人の足に象を取り、艮は人の手に象を取る。再び人のこの一身に就いて論ずれば、還って思慮と口鼻こういう類の官能有り。およそこの類に属するは、皆近きに就いて自身に取法すと叫ばる。既に近く諸を身に取り、又遠く万物の象を取る、例如乾は象を取りて龍と為し、坤は象を取りて馬と為し、および山・澤・風・雷これらの物象は、皆遠く諸を物に取るに属す。
於是始作八卦。義曰:作者,起也。言伏羲因此天地萬物之象,然後興起八卦,以象動植之宜也。以通神明之徳。義曰:神明即謂天地之道、陰陽之運、變通不測之宜、吉凶未兆之事,如此之類,則謂之神明,是八卦通此神明之徳也。以類萬物之情。義曰:夫萬物之情狀至繁至眾,故不可得而知之也。聖人作此八卦,取其天地水火山澤風雷之象,以類聚萬品之情偽,皆可見也。
経文に「于是始作八卦」と説く。胡瑗解説:「作」とはすなわち興起の意思で、伏犠が天地万物の形象に依拠して、進んで八卦を創立し、以て動物植物の各々その宜を得る道理を象徴するに用いたるを言う。経文に又「以通神明之徳」と説く。胡瑗解説:所謂「神明」とは、天地運行の規律・陰陽消長の運転・変化通達して測度する従なき機宜・吉凶の還って未だ徴兆を顕露せざる事情を指し、およそこの類に属するは皆神明と称さる。八卦はまさに能くこの種の神妙莫测の徳を貫通するものなり。経文は再び「以類万物之情」と説く。胡瑗解説:万物の情状は極めて繁多にして、本來一一に認識する能わざるなり。聖人は八卦を創制して、天・地・水・火・山・澤・風・雷の八種の物象を取用して以て綱領と為し、万類の事物の真情と偽飾とを分門別類に帰攏し起して、ここに皆分明に看るを得たり。
作結繩而為罔罟,以佃以漁。義曰:網罟者,取魚獸之物也。言伏羲既畫八卦以通神明之徳,以類萬物之情,以至天地之始終、人事之淵蘊,無不畢備於其間。然而於人事之間未有所食之物,是故伏羲又結繩以為網罟,以佃以漁,使人取其魚獸以為所養。
経文に「作結繩而為罔罟、以佃以漁」と説く。胡瑗解説:網罟とはすなわち魚類と禽獣とを捕捉する器具。これは伏犠が八卦を画き成した後に、已に能く神妙莫测の徳を貫通し、能く万物の情状を帰類し、乃至天地の始終・人事の深微の底蘊も、完備に八卦の中に包含せざるなしと言う。しかし具体の民生日用の上に於いては、人々は還って未だ可靠の食物來源有らざりき。故に伏犠は又繩索を把って編結して羅網と漁網と為し、人をしてそれを拿って山林の裏に猟し水沢の裏に魚を捕え、魚類禽獣を取得して以て自己を供養せしめたり。
葢取諸離。義曰:葢者,疑之之辭也。離者,麗也。言山之髙而禽鳥麗之,水之深而魚鱉麗之,然則山之髙、水之深而人莫能及之,而聖人創立其事,結繩而為網罟,使人用之,雖禽鳥居山之髙、魚鱉居水之深,皆得而取之,是使人麗而用之也。然謂之葢者,即疑之辭也。言聖人創立其事,不必觀此卦而成之,葢聖人作事立器,自然符合於此之卦象也,非準擬此卦然後成之,故曰葢取諸離。
経文に「葢取諸離」と説く。胡瑗解説:「葢」は推測を表示し敢えて確指せざる語気詞。「離」の意思は附麗・依附。山は高峻なれば、飛鳥は便ち山上に依附す。水は深広なれば、魚鼈は便ち水中に依附す。しかし山はあのよう高く水はあのよう深くして、人は本來及び着かざるなり。聖人はこの法を創制して、繩子を把って結して網罟と為して人々に交給して使用せしめれば、ここにたとい鳥は高山に棲み魚鼈は深水に蔵るるも、亦た皆能く捕取して手に到る――これがすなわち人をして依附の理に順って以て万物を取用せしむるなり。何を為すか「葢」この推測の辞を用いるに至っては:聖人の器物を創制するは、併せて先ずこの一卦を看て初めて做り成したるに非ず、事を為し器を立つるが自然に卦象と相合して、併せて卦象に比照して初めて制作出し来れるに非ざるに因る。故にただ「大概是《離》卦に取法する」と説くのみ。後人は本章の卦象に依って器物を創制する十三条を把って、合して「制器尚象」と称したり。
包犧氏沒,神農氏作,斵木為耜,楺木為耒,耒耨之利,以教天下,葢取諸益。
包犠氏は去世した後に、神農氏は興起した。彼は木料を砍削して犁頭の「耜」を做り成し、木材を弯揉して犁柄の「耒」を做り成し、耒耜耕耘の便利を把って天下の人に教えた。これは大概《益》卦の道理に取法したるなり。
義曰:言包犧氏既沒之後,又有神農氏以聖人之才興起於世。以其人既得其網罟以佃以漁,然而未有飲食之道,神農氏是以樸斵其木以為之耜。耜者,博五寸,其首有華觜,以為耕作之用。又揉其曲木,其曲有鉤,以為之耒。耒耨之利以教於天下之人,使四時耕作之,種其禾黍之利,以為飲食之養。葢取諸益,益者,取其有益於人,為萬世之利也。
胡瑗解説:包犠氏が去世した後に、又有神農氏が聖人の才具に憑って世に興起したり。あの時に人々は虽已に網罟有りて以て猟し魚を捕え得べきも、却って還って未だ穩定の農耕飲食の道有らざりき。故に神農氏は粗粗木材を砍削して以て耜を做ったり。耜とはすなわち犁頭にして、寛さ五寸、前端に尖鋭の刃口有りて、土を翻して耕作する用に供す。彼は又把って弯曲の木料を揉制して成形し、弯処に鉤を帯びて、以て耒を做り成したり。すなわち犁柄。神農氏は耒耜耕耘除草の便利を把って天下人に教え、百姓をして四季に依って時に按って耕作せしめ、禾稻黍稷を播種してその利を収めて、以て飲食の供養と為さしめたり。故に「葢取諸益」と説く――《益》卦の名を益と為す所以は、取る所はまさに人に益有り、能く万世の長久の利と為り得る意思なり。
日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,葢取諸噬嗑。
正午の時分に集市を開設し、天下の百姓を招来し、天下の貨物を聚集して、彼此交換した後に各自散去して、人人皆自己の需要する东西を得たり。これは大概《噬嗑》卦の道理に取法したるなり。
義曰:言於日中為其市,以貿遷於貨財,以萃聚於天下之人,使皆貿易之相交。民之無者従而有之,民之有者従而散施之。既貨財交易,貿遷有無,天下之民各得其所,各得其宜,故曰市也。然必取於日中者,葢日之早而逺者必不能及,若日之晚而又失其時,必於日中之時,取其逺近之人皆得以及矣,故於日中為市也。然則葢取噬嗑者,以其噬嗑之卦上體是離,下體是震,震動於下,離明於上,是下動而上明,聚之則為之市也。又頥中有物曰噬嗑,凡頥中有剛梗之物,必囓而去之也,然後得其通而物有所合也。
胡瑗解説:正午に集市を設立するは、以て貨物銭財を流通し、四方の人衆を聚集し、大家をして彼此交易せしめんがためなり。百姓は何を缺くれば、便ち交易を通じて何を得。百姓は多余有れば、も亦た交易を通じて別人に散給す。貨財は既能く交換し、有無は既能く互通すれば、天下の人は便ち各自に所需を得、各自に心称い宜し。故に「市」と叫ぶ。何を為すか必定に正午を選ぶに要するに至っては、市を開くこと太早ければ、住むこと遠き人は趕き到り得ず。市を開くこと太晚ければ、又時辰を誤るに因る。ただ正午この時刻を取れば、遠近の人は初めて皆趕き到るに及ぶ。故に日中に市を開く。大概《噬嗑》に取法すると説くに至っては、噬嗑卦は上卦は離・下卦は震なるに因る:震は下に在りて動を主とし、離は上に在りて明を主とすれば、まさに下面に人が来来往往に活動し上面に日光が昭明に照臨する景象にして、聚合し起れば便ち集市と成る。再び者、口腔の中に东西を含着するを便ち噬嗑と叫び、およそ口中に堅硬にして嚼み難き梗阻の物を含着すれば、必ず咬み断ち除去して初めて通暢し、上下は初めて咬合し得――市易の道も亦た此の如し、中間の梗阻を除去して初めて物と物とが交合し成り得るなり。
神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦。義曰:夫法之久則必弊,弊則物有所不通,法既不通,則人情多至怠情而有厭倦之心。是故神農既沒之後,復有黃帝以聖人之才徳繼世而興起,能通人事之理。以其伏羲既結繩而為網罟,而斵木為耜,楺木為耒,又聚天下之民財以交易之為之市,然事之久必有其弊壊,故黃帝能通其變化而裁之,引而伸之,隨其物之變通,因其時而更造之,以為萬世之法,使民宜之,皆得其利用。民既得其利用,則無怠倦之心也。
経文に「神農氏没、黃帝堯舜氏作、通其変使民不倦」と説く。胡瑗解説:一種の制度は行うこと久しければ必定に弊病を生出し、弊病有れば事情は便ち行き通らざるなり。制度は既に通ぜざれば、人心は多半懈怠して、厭煩倦怠の情緒を生出す。故に神農氏が去世した後に、又黃帝有りて聖人の才徳に憑って接続して起り、能く人事の道理を通曉したり。伏犠は早已に繩を結して網罟を做り成し、神農氏は又木を砍って耜と為し木を揉んで耒と為し、還って天下の財貨を聚集して集市を開設して以て交易したり。しかし任何の事も行うこと既に久しければ必ず弊壊を生ず。故に黃帝は能く其中の変化を貫通して以て裁断を加え、旧法を引申拡展し、事物の変化に順って以て変通し、時勢の不同に依って以て重新に創制し、それをして万世通行の法度と成らしめ、百姓をして用いて合宜ならしめ、人人皆実際の便利を得しめたり。百姓は既に便利を得れば、自然に便ち懈怠厭倦の心思なからん。
神而化之,使民宜之。義曰:神而化之,使民宜之者,言天下之民既得其利用,則不知聖人之制作所以然而然也。既不知所以然而然,則所作為用皆得其宜也。易窮則變,變則通,通則久。義曰:言黃帝既能通其變使民不倦,神而化之使民宜之,如此者,葢得大易通變之道也。夫大易之道,窮極而復變,變極而必通,天地生成之道、人事終始之理,無有限極,周而復始,無有窮際,可以永久為萬世通行之法也。
経文に「神而化之、使民宜之」と説く。胡瑗解説:所謂神妙に百姓を化育し百姓をして用いて宜しからしむとは、天下の人が既に器物制度の便利を得て、却って併せて聖人の創制が怎樣に成就したるを覚察せず、ただ本來便ち応に此の如くなるべしと覚えるを言う。既に其中に人為の痕跡有るを覚えざれば、さらば一切の施為運用も便ち自然而然に各々その宜を得るなり。経文に又「易窮則変、変則通、通則久」と説く。胡瑗解説:黃帝は既能く旧法を変通して百姓をして倦怠を生ぜざらしめ、又能く神妙に化育して百姓をして用いて宜しからしむれば、これがまさに《周易》の通変の大道を掌握したるなり。《易》の道理は:尽頭に走り到れば便ち転変し、転変して極処に到れば必然に通達す。天地の万物を生成する規律・人事の始有り終有るの條理は、皆辺際なく、循環往复して窮尽有るなし。故に能く長久に万世通行の法則と為り得。
是以自天佑之,吉無不利。義曰:言黃帝之法如此,為萬世久行之道,則自天而下至於鬼神皆佑助之。在鬼神尚且佑助,況於天下之人乎?鬼神人民既以佑助,則盡善盡美之功所往之處,何所不利哉?故引易文而證之。
経文に「是以自天佑之、吉无不利」と説く。胡瑗解説:黃帝の立てた所の法度は既に万世通行の大道と成れば、さらば上は蒼天より下は鬼神に至るまで皆彼を保佑せん。鬼神に連れて尚且つ相助けん。いわんや天下の人をや。鬼神と百姓とは既に皆相助けば、この尽く善尽く美の功業は無論推行して何の処に到るとも、還って何の順利せざる有らんや。故に孔子は《大有》上九の「自天佑之、吉无不利」の爻辞を引いて以て印証す。
黃帝、堯、舜垂衣裳而天下治,葢取諸乾坤。義曰:自此已下凡有九事,皆黃帝堯舜因象而立制也。夫上古之時,世質民淳,民皆敦樸,則上如槁枝,下如野鹿,則上下自然而正矣。迨黃帝堯舜之世,垂衣裳而天下治,以其乾有剛陽之徳在於上,故為尊;坤有柔陰之徳在於下,故為卑。爰作衣裳,以分尊卑上下貴賤之等,此葢取乾坤之象也。然則黃帝堯舜連言之者,葢衣裳之起始於黃帝,成於堯舜之時,故以黃帝堯舜而通言之也。
経文に「黃帝堯舜垂衣裳而天下治、葢取諸乾坤」と説く。胡瑗解説:ここより往下は共に九件の事有りて、皆黃帝・堯・舜が卦象に依照して建立した制度である。上古の時に、世風は質朴・民情は淳厚にして、人人は敦厚老実にして、上位に在るは枯枝の如く朴素にして飾るなく、下に在るは野鹿の如く各々その性に安んじ、上下の間は自然而然に便ち端正にして邪なし。黃帝・堯・舜の時代に到れば、ただ衣裳を垂れて拱すのみにして、天下は便ち治理好了なり。これは乾が剛健陽明の徳を具有して上に居れば、故に尊貴を象徴し、坤が柔順陰静の徳を具有して下に居れば、故に卑下を象徴するに因る。ここに上衣下裳を制作して、以て尊卑・上下・貴賤の等級を区別す。これは大概乾坤両卦の卦象に取法したるなり。何を為すか黃帝を堯舜と連ねて一緒に説くに至っては、衣裳の制度は黃帝に起始し、堯舜の時代に到りて初めて最終に完備したるに因る。故に合して通称す。
刳木為舟,剡木為楫,舟楫之利,以濟不通,致逺以利天下,葢取諸渙。
樹幹を把って空を掏いて以て船を做り、木料を削制して以て桨を做り、船と桨の便利に憑って、原先通行し得ざる水面を渡り、能く遥遠の地方に到達して以て天下に造福す。これは大概《涣》卦の道理に取法したるなり。
義曰:刳者,謂刳木之中,虛其中以為舟也,以濟於水,使人乗載之,以濟不通,免其沈溺之患也。剡木為楫者,又剡削其木以為舟之用也。凡人有川險之深而不可以涉之,而黃帝能刳木之中為舟,又剡削其木為楫,以濟川險之患,使人乗之皆得以濟,致逺之處皆得以利。葢取諸渙者,葢渙之卦上是巽,下是坎,巽為木,坎為水,故其彖辭曰「利涉大川,乗木有功也」,是言巽木為舟,有涉川之象也。又曰渙者,散也,能散釋其民難,令為舟以濟於天下,使人免其沈覆之患,故此亦得變通之一端也。
胡瑗解説:「刳」とは便ち木頭の中間を挖き空めて、それを中空にして以て船身と為し、以て水を渡り、人をしてその上面に乗坐せしめ、原先通ぜざる水面を渡りて、沉溺の禍患を免去せしむるなり。「剡木為楫」とは、再び木料を削制して以て桨と為し、行船の用に供す。およそ深険の江河に遇上れば、人力は渡り渉る能わず、黃帝は便ち樹幹を挖き空めて船を造り、又木を削って桨と為して、河を渡る危難を解除し、人をしてそれに乗って皆能く渡り過ぐせしめ、再び遠き地方も皆能く到達して以て利を獲得せしむ。大概《涣》卦に取法すると説くに至っては、涣卦は上卦は巽・下卦は坎にして、巽の物象は木・坎の物象は水なるに因る。故に《涣》卦の彖辞に「利渉大川、乗木有功」と説くは、まさに巽木を做り成して船と為し、大河を渡越する象徴を具有するを言う。另外「涣」は又涣散・消釈の意思有りて、能く百姓の患難を消解して、彼らに教えて船を造り天下を渡済せしめ、人をして覆没沉溺の憂を免れせしむ。故にこれも亦た変通の道の一端なり。
服牛乗馬,引重致逺,以利天下,葢取諸隨。義曰:夫物之重者,人力不能及之;地之逺者,人力不能至之。是故聖人服習其牛,調習其馬,使重者得以及之,逺者得以至之。然則牛馬本無知之物,而聖人能馴服之,使其至重之物亦得以行之,至逺之地亦得以至之。重者引之,逺者利之,天下之人皆得其利,葢取諸隨也。然則隨者,是動作必隨於人,以之逺則亦隨於人,以之近則亦隨於人,是動作所在皆隨於人也。
経文に「服牛乗馬、引重致逺、以利天下、葢取諸随」と説く。胡瑗解説:過ぎて沉重の东西は、人力に靠って搬動し得ず。過ぎて遥遠の路程は、人力に靠って走り到り得ず。故に聖人は牛を馴服し馬を調教して、沉重の物をして運送を得せしめ、遥遠の地をして抵達を得せしめたり。牛馬は本來知識なき畜類なるに、聖人は却って能くそれらを馴服し来りて、極重の貨物をも亦た能く運び走らしめ、極遠の地方をも亦た能く到達せしむ。重きはそれを用いて拉し、遠きはそれを用いて送れば、天下の人は皆これに因って便利を得。故に大概《随》卦に取法すと説く。所謂「随」とは、すなわち随順の意思:牛馬の一挙一動は皆人に随順して、それを叫んで遠路を走らせば、それは便ち人に随って遠路を走り、それを叫んで近路を走らせば、それは便ち人に随って近路を走り、およそ行動有れば、人の駆使調遣に聴憑せざるなし。
重門擊柝,以待暴客,葢取諸豫。義曰:夫治平之世,不能無奸宄之人,是故聖人用其兩木相擊,昏夜之間擊其聲以為之警備,使其奸人暴客不能踰越也。然而必取諸豫者,葢豫者,樂也。按豫卦「雷出地奮,豫」,言雷自地奮出以發生萬物,物既生,各遂其安,故曰豫樂也。此重門擊柝以待暴客而云葢取諸豫者,葢言凡人居治平之時,外既有警備,則奸人不能犯;奸人既不能犯,則在內者自然安矣。
経文に「重門撃柝、以待暴客、葢取諸豫」と説く。胡瑗解説:太平治世も亦た奸を為し科を犯す人なきは不可能なり。故に聖人は層層の門戸を設置し、又両塊の木頭を用いて互相敲撃す――これがすなわち夜を巡り更を打つ木梆――昏夜の裏に於いて声響を敲き出して以て戒備と為し、奸徒強盗をして牆を越えて入る能わざらしむ。何を為すか必定に《豫》卦に取法するに至っては、「豫」は安楽の意思なるに因る。《豫》卦の大象辞に「雷出地奮、豫」と説くは、春雷が地中より奮然として発出し、万物を催生すを言う。万物は既に生長せば、各自にその所に安んず。故に豫楽と叫ぶ。此処に重門を設け木柝を撃ちて以て強暴の客を防備して豫に取法すと説くは、講ずる所は:人は太平の時に処りて、外面は既に戒備有れば、奸人は便ち侵犯する能わず。奸人は既に侵犯する能わざれば、裏面に住む人は自然に安楽にして虞れなきなり。
木為杵,掘地為臼,臼杵之利,萬民以濟,葢取諸小過。義曰:言聖人既能教民以粒食五穀,然又不能精治其五穀以為飲食之養,是故後世聖人復其木為杵,又掘其地為臼,以其臼杵之利以精治其五穀。夫既精治其五穀,則天下之萬民皆得以濟,故取諸小過焉。然則必取小過者,葢小過之卦,聖賢之人過為其事以矯過於人。今此杵臼而取小過者,葢聖人既教人粒食以自養,又教人精治其五穀,是小有過為其事故也。
経文に「断木為杵、掘地為臼、臼杵之利、万民以済、葢取諸小過」と説く。胡瑗解説:聖人は虽已に百姓に教えて五谷を以て食と為さしめたれども、然而還って能く谷物を舂治して精細として以て飲食の養に供する能わざりき。故に後世の聖人は又木を取って以て杵を做り、地を挖って以て臼を做り、杵臼の舂擣の便利に憑って、五谷を把って舂いて精細と為したり。谷物は既に精治を経れば、天下万民は便ち皆接済を得。故に《小過》卦に取法すと説く。何を為すか必定に小過を取るに至っては、小過卦の講ずるは聖賢が稍稍常度を超出して一件事を為し、略々過分の作為を用いて以て世人の不足を矯正するに因る。如今杵臼は小過に取法すと説くは、まさに聖人が既に人に教えて谷物を以て食と為して以て自養せしめ、又進んで人に教えて谷物を把って舂治して精細と為さしむるに因る。これは已に尋常の外に於いて稍稍多做一步したる縁故なり。
弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利,以威天下,葢取諸睽。義曰:夫治平之世,不能無奸暴之人;堯舜之代,不能無逆命之人。是故聖人雖立刑罰之事以懲戒之,然其間亦有不庭不軌之人,非刑罰之威可以懲也。是故復以弦繫於木上以為弧,弧者即弓也。既以弦於木為弓,又剡削其木,取其矯厲,故為矢以中於人。弧矢既成,以威中於不庭不軌之人;威既中於不庭不軌之人,則天下之奸暴者皆畏而懼矣。
経文に「弦木為弧、剡木為矢、弧矢之利、以威天下、葢取諸睽」と説く。胡瑗解説:太平の世も奸邪凶暴の人なきは不可能なり、堯・舜の時代に連れても亦た命令に違抗する人なきは不可能なり。故に聖人は虽刑罰を設立して以て彼らを懲戒するも、其間に仍ほ肯んじて朝せず法度を守らざる人有りて、刑罰の威力の懲治し得る所に非ざるなり。ここに又把って弦を木の上に繃えて以て弧を做り成したり。弧とはすなわち弓。既に弦を把って木の上に繋げて以て弓を做り成せば、又木材を削制して、それの挺直強勁の性質を取って、以て箭を做り成して以て對方を射中す。弓箭は做り成した後に、それの威力を用いてあの朝覲に来らず法度を循守せざる人に射向けば、威力は既にこれらの人の身上に加えられて、天下の奸凶暴虐の徒も便ち皆畏懼収斂したり。
然蓋取諸睽者,蓋睽者,離也,言人心之乖離者必用弧矢以威之。至如蠻夷之人,當奉於中國,反抗衡於中國,有離叛之心;又如諸侯當尊奉於王者,今不能貢賦,反有倍於王者之心;又如奸猾之俗,不能歸奉於上,反有離二之心。如此之人,聖人因其有睽離之心,故制弧矢以威服之,故云蓋取諸睽也。
何を為すか大概《睽》卦に取法すと説くに至っては、「睽」とは便ち乖離背棄の意思にして、およそ人心の背離するは、必ず弓箭の威力を用いて去って鎮服せねばならざるを言う。譬如四方の蠻夷は本應中原王朝を尊奉すべきに、却って反って中原と分庭抗礼して、叛離の心を懐く。又如諸侯は本應天子を尊奉すべきに、如今は肯んじて貢賦を納めず、反って君王を背棄する念頭を生出す。再如奸詐狡猾の風俗は、肯んじて君上に帰順せずして、反って二心離贰有り。こういう類の人に對しては、聖人はまさに彼らの乖離背棄の心思に就着いて、初めて弓箭を制作して以て彼らを威懾降服す。故に「大概睽卦に取法す」と説く。
然則弧矢、杵臼、服牛乘馬、舟楫皆云利者,此葢器物有益於人,故稱利也。然重門擊柝不言所利者,蓋擊柝之事止以御暴客,是亦利之異名也。垂衣裳不言利,此亦隨便立義,故云天下治,治亦利也。此皆義便而言,故不可一例取也。
こう看来れば、弓箭・杵臼・服牛乗馬・舟楫の幾条は皆「利」に説き到るは、これらの器物は確実に人に益有るに因る。故にそれを利と称す。重門撃柝の一条は利を提げずは、撃柝はただ以て強暴の客を防御するに用い、防御本身も便ち利の別名なるに因る。垂衣裳の一条も亦た利を提げずは、あれは文に随って義を立てて、ただ「天下治」を説くのみ――天下は治まること好し、も便ち利なり。これらは皆文義に順って方便に措辞するにして、能く同一の格式を拿って去って死板に要求すべからず。
上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇,以待風雨,蓋取諸大壯。
上古の人は洞穴を挖って居住し、野外に於いて露宿した。後世の聖人はこの種の情形を把って改換して以て房屋と為し、上面に棟梁を架起し、下面に檐を出して宇と成して、以て風雨を抵当す。これは大概《大壮》卦の道理に取法したるなり。
義曰:夫上古之時未有宮室,當此之時,人但冬則居營窟,夏則居層巢,人既安居,然於風雨之時無可御止。是故後世聖人易之以宮室,上隆其棟,下為之宇,以待風雨,有所棲止,故取諸大壯也。然必取諸大壯者,以其制度宏壯,有便於人,故取大壯也。
胡瑗解説:上古の時代は還って未だ房屋有らざりき。あの時の人は冬天に土を掘って囲い成した地穴の裏に住み、夏天に樹の上に搭げ起した層疊の巢架に住んだり。人は虽安身の処有るを得たれども、風を刮ぎ雨を降らすに遇えば却って遮擋する従なし。故に後世の聖人はそれを把って改換して以て房屋と為し、上面に高く棟梁を起し、下面に檐宇を伸出して、以て風雨を抵御し、人をして安穩の栖身の所有らしむ。故に《大壮》卦に取法すと説く。何を為すか必定に大壮を取るに至っては、宮室の規制が宏大壮偉にして、又人に便利なるに因る。故に「大壮」の名を取る。
古之葬者,厚衣之以薪,葬之中野,不封不樹,喪期無數,後世聖人易之以棺槨,蓋取諸大過。
古時に死者を埋葬するに、ただ厚厚の柴草を用いて死体を把って裹起るのみにして、荒野の中に葬り、既に土を堆って墳を成さず、亦た樹を種えて以て標記を為さず、服喪の期限は更に定数なし。後世の聖人はこの種の做法を把って改換して以て棺槨を用いて殯殮す。これは大概《大過》卦の道理に取法したるなり。
義曰:夫上古之時,凡人之死不能蔽其尸,但厚衣之以薪,及塟之中野之間,又不能封土為墳,是不封也;又不能種樹為別,是不樹也。及其哀慼又無時而止,但哭除則止,喪之期制又無其日月之限,是無數也。其於死者知耶不知耶?是故後世聖人以木合為之棺槨以庇其尸,又封其土以為之墳,又種其樹以為之別,又立五服之制、三年之喪,使其哀慼有時者也。
胡瑗解説:上古の時に、人は死せば尸身を遮蔽する东西なく、ただ厚厚の柴草を用いて裹住して、荒郊野地の間に葬るのみ。も又会して土を堆って墳頭を做り成さず、これがすなわち「不封」。も又会して樹を栽えて以て標識と為さず、これがすなわち「不樹」。哀傷悼念に至っては、更に終止する時候有らず、哭して一場過ぎれば也就罷了にして、服喪の期限は明確の月日の規定なく、これがすなわち「喪期无数」。こうして死者に對待するは、究竟算して死生の義を懂得するか、還って懂得せざるか。故に後世の聖人は木板を用いて合拼して以て内棺外槨を制成して以て尸身を庇護し、又土を堆って以て墳丘を做り成し、又樹を栽えて以て標記と為し、還って「五服」の喪服等差と三年の喪の定制を制定して、人の哀戚をして一定の期限有らしめたり。
然則葢取諸大過者,原大過之卦,是聖人大有所為,過越常分以拯救天下,則為之大過。今此人之死不能蔽其尸而取此大過者,何也?葢聖人重人之生、孝子哀慼之情,以其人之生必有其死。葢死者是人之終,人之既終,孝子之大事,重其死者人之大事,故過為棺槨以庇其尸,又封土以為之墳,種樹以為之別,立其五服之制,又立饗祀之禮,其事過越至大,故取諸大過也。
大概《大過》卦に取法すと説くに至っては、大過卦の本義を推究すれば、聖人が大作為有りて、尋常本分を超越して去って天下を拯救するを、これが初めて大過と叫ばるるなり。如今人は死せば尸体に連れても遮蔽し得ざるに、何を為すか大過に取法せんや。これは聖人が人の生命を看重し、亦た孝子の哀痛の心情を体諒するに因る:人は既に生有れば、必定に死有り。死は人生の終結にして、父母は既に終了せば、喪事を辦好するは便ち孝子の最も重大の事情なり。死者を看重するは、まさに人生の大事なり。故に聖人は初めて格外に用心して棺槨を制作して以て遺体を庇護し、又土を堆って墳を成し、樹を栽えて以て記と為し、五服の喪服等差を制定し、還って祭祀饗献の礼儀を建立したり。这件事は做ること尋常を超出し隆重に至極せれば、故に《大過》に取法すと説く。
上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。
上古の時代は繩結を打つに靠って以て事を記して治理したり。後世の聖人はそれを把って改換して以て文字と契券と為したり。百官はこれに憑って政務を処理し、万民の情実はこれに憑って察知を得たり。これは大概《夬》卦の道理に取法したるなり。
義曰:夫上古之時,世質民淳,情偽未遷,凡人有事必結其繩而取信。若有大事,則結之以大繩;若有小事,則結之以小繩。迨及後世,情偽已遷,利害漸作,巧詐萬狀,不可以救正之。是故後世聖人易之以文書,成之以契券。文書所以取其信驗,契券所以取其要約。文書既立,契券既明,則百官之事皆得其治,萬民之情皆得以察。然而蓋取諸夬者,蓋夬者,決也,能明決其事,驗人之情偽以決之,自此而後,民之利病、事之奸詐不可以隠也。
胡瑗解説:上古の時に、世風は質朴・民情は淳厚にして、真心と虚偽とは還って未だ分化せず、人々はおよそ事情有れば、便ち一個の繩結を打って以て憑信と為したり:大事なれば便ち一個の大結を結び、小事なれば便ち一個の小結を結ぶ。後世に到れば、人心の真偽は已に変り、利害の争奪は漸々興起し、機巧詐偽は層出して窮まらず、再びもや繩結を靠って以て匡正する能わざるに至った。故に後世の聖人はそれを把って改換して以て文書と為し、又契券を以て輔佐す。文書は以て憑信査験を取得するに用い、契券は以て約定條款を訂立するに用いる。文書は既に確立し契券は既に分明なれば、百官の政務は便ち皆治理して井井有條を得、万民の実情も亦た皆察知して遺なきを得。大概《夬》卦に取法すと説くに至っては、「夬」は決断の意思なるに因る:能く明白に事情を決断して、人心の真偽を験明して以て裁決を加う。従此以後、百姓の利病・事情の奸詐は、便ち再びもや隠瞞して住む能わざるなり。
繋辞下・易者象也章(是故易者象也)
是故易者象也。義曰:自此已下至「小人之道」為一章。夫大易之道皆本諸萬物之形象而成,至如乾為龍、坤為馬、艮為山、兌為澤,如此之類,皆是本於物象也。象也者,像也。義曰:言聖人立六十四卦之象,皆因其物像而名也,至如兼山艮、麗澤兌、巽為木、坎為水、離為火,如此之類,皆是本諸象也。彖者,材也。義曰:彖者,即六十四卦下彖辭也,如「乾,元亨利貞」,「坤,元亨,利牝馬之貞」,此類皆聖人設其彖辭,以象一卦之材徳而成之也。
経文に「是故易者象也」と説く。胡瑗解説:ここより往下は「小人之道」の一句に至るまで止まり、合して一章と為す。《周易》の道理は、皆万物の形象に依拠して建立し起したるもの。譬如乾は象を取りて龍と為し、坤は象を取りて馬と為し、艮は象を取りて山と為し、兌は象を取りて澤と為す。およそこの類に属するは、皆物象に本ず。経文に又「象也者、像也」と説く。胡瑗解説:聖人の立てた所の六十四卦の卦象は、皆物の形貌に照って以て命名したるもの。譬如艮卦は両山相重して「兼山」と称し、兌卦は両澤相連なりて「麗澤」と称し、巽の物象は木、坎の物象は水、離の物象は火。およそこの類に属するは、皆物象に本ず。経文は再び「彖者、材也」と説く。胡瑗解説:「彖」とはすなわち六十四卦の卦名の下に繋がる彖辞。例如「乾、元亨利貞」、「坤、元亨、利牝馬之貞」、こういう類は皆聖人が彖辞を設立して、以て一卦の具有する材質と徳性とを概括して写し成したるものなり。
爻也者,效天下之動者也。義曰:夫六十四卦,一卦則象其一時,一爻則象其一人。然而爻有變動,位有得失,變而合於道者為得,動而乖於理者為失。人事之情偽、物理之是非,皆在六爻之中,所以象天下之動,使人效法之也。
経文に「爻也者、效天下之動者也」と説く。胡瑗解説:六十四卦の中に、一卦は一段の時勢を象徴し、一爻はこの段の時勢の裏に処る一人を象徴す。然而爻に変動有りて、爻位に得當と不得當と有り:変動して正道に合するを「得」と叫び、行動して事理に背離するを「失」と叫ぶ。人事上の真誠と虚偽・事物上の是と非とは、全都六爻の内に包含さる。故に爻は以て天下万事万物の運動変化を摹擬し、好く人をして取りて効法效仿せしむるに用いるなりと説く。
是故吉凶生而悔吝著也。義曰:夫六十四卦之爻,有得位、有失位者,有凶、有吉者,皆繫於爻之動靜也。若動得其道則吉,動失其道則凶。然動靜之間,有可追悔者,有可鄙吝者。若能慎於動靜,則凶害不生矣;若不能慎於動靜,則凶咎著焉。是吉凶悔吝著見於外,皆繫於爻之變動也,故上文所謂「吉凶悔吝生乎動」者也。
経文に「是故吉凶生而悔吝着也」と説く。胡瑗解説:六十四卦の各爻は、或るは居位得當し或るは居位失當し、或るは凶を呈し或るは吉を呈す。これは皆爻の一動一静に取决す。行動が正道に合すれば便ち吉、行動が正道に背離すれば便ち凶。而して動静の間に於いて、或る結果は人をして事後に追悔せしめ、或る結果は人をして羞愧惋惜せしむ。もし能く挙止の上に於いて謹慎ならば、凶険禍害は便ち発生せざるなり。もし能く謹慎せざれば、凶咎は便ち顕露し出るなり。見れば吉・凶・悔・吝が外に顕現するは、全都爻の変動に繋がる。故に上文は初めて「吉凶悔吝生乎動」と説く。
陽卦多陰。義曰:陽者即剛也,陰者即柔也。夫八卦之設,有純陽之卦,有純陰之卦,有一卦有二陽者,有一卦有二陰者。至如坎之一卦,上下二陰而一陽在其中矣;艮之一卦,一陽在上而二陰在其下矣;震之一卦,二陰在上而一陽在其下矣,是陽卦多陰也。
経文に「陽卦多陰」と説く。胡瑗解説:陽とはすなわち剛、陰とはすなわち柔。八卦の設立に、純陽の卦(乾)有り、純陰の卦(坤)有り、一卦の中に両個の陽爻を含む有り、一卦の中に両個の陰爻を含む有り。譬如坎卦は、上下両爻は陰にして一個の陽爻は中に居る。艮卦は、一個の陽爻は上に在りて両個の陰爻は下に在る。震卦は、両個の陰爻は上に在りて一個の陽爻は下に在る。この三卦は皆あの一個の陽爻を以て主と為し、陰爻は反って居多を占む。故に「陽卦多陰」と説く。
陰卦多陽。義曰:夫八卦之中有陰卦而多陽者,至如離之卦,二陽在外,一陰在內矣;兌之一卦,一陰在上而二陽在下矣;巽之一卦,二陽在上而一陰在下,是陰卦多陽也。其故何也。義曰:此是孔子疑問之辭也。言陽卦多陰、陰卦多陽,其故果如何多也。
経文に「陰卦多陽」と説く。胡瑗解説:八卦の中にも亦た陰に属して陽爻が反って多き有り。譬如離卦は、両個の陽爻は外に在りて一個の陰爻は内に居る。兌卦は、一個の陰爻は上に在りて両個の陽爻は下に在る。巽卦は、両個の陽爻は上に在りて一個の陰爻は下に在る。この三卦は皆あの一個の陰爻を以て主と為し、陽爻は反って居多を占む。故に「陰卦多陽」と説く。経文は接いて「其故何也」と問う。胡瑗解説:これは孔子の問を設ける話――陽卦は偏偏として陰爻多く陰卦は偏偏として陽爻多きは、究竟何の縁故なるか。
陽卦竒,陰卦偶。義曰:此是孔子復陳陽卦多陰、陰卦多陽各有本末也。言陽卦所以多陰者,葢陽卦純一,故多竒也;陰卦多陽者,蓋陰卦純二,故多偶也。是故聖人因其竒偶之數,所以如此也。其徳行何也。義曰:此孔子又發問之辭,言陽卦所以多竒、陰卦所以多偶,其於徳行果如何哉。
経文に「陽卦竒、陰卦偶」と説く。胡瑗解説:これは孔子が再一次陽卦の多陰・陰卦の多陽は各々その本末縁由有るを申説す。陽卦の陰爻多き所以は、陽卦は一個の陽爻を以て主と為し、その数は純に一にして、一は奇数なれば、故に「竒」と称す。陰卦の陽爻多き所以は、陰卦の主とする所の陽爻は成双にして、その数は二にして、二は偶数なれば、故に「偶」と称す。聖人はまさに奇数と偶数の分別に依って、初めてこうして安排したるなり。経文は又「其徳行何也」と問う。胡瑗解説:これは孔子が再次発問す――陽卦は奇を取り陰卦は偶を取るは、徳行の上に落れば又応に怎で講ずべきか。
陽一君而二民,君子之道也。義曰:此是孔子又自釋陽卦竒、陰卦偶之所由也。言陽之卦是君,陰之卦是民。一陽在上則眾陰歸之,一君在上則二民歸之,猶天下一統,眾歸於一主,則成邦國之道,是至治之本,此是君子之道者也。
経文に「陽一君而二民、君子之道也」と説く。胡瑗解説:これは孔子が又自行に陽卦の奇為・陰卦の偶為の縁由を解釈す。陽爻は君主を象徴し、陰爻は臣民を象徴す。一個の陽爻は上に居りて、衆多の陰爻は皆それに帰附す。一位の君主は上に在りて、両個の百姓は皆彼に帰附す。好比天下は一尊に統一し、万衆は一位の君主に帰向すれば、これは便ち邦国の正道を成全して、天下大治の根本なり。故にこれを君子の道と説く。
陰二君而一民,小人之道也。義曰:言陰者是小人之象也。夫二陰在上而一陽歸之,是由二君在上而在下之人無所的従。在下之人既無所的従,則天下不能統一。如此則乖邦國之道,是致亂之本,此是小人之道也。
経文に「陰二君而一民、小人之道也」と説く。胡瑗解説:陰は小人の象徴である。両個の陰爻は上に居りてただ一個の陽爻のみ来りて帰附すれば、これは便ち両位の君主が併立して上に在りて、底下の人は究竟誰に帰向すべきかを知らざるに如同じ。底下の人は既に適従する所なければ、天下は便ち統一する能わず。こう一来れば便ち邦国の正道に違背して、禍乱を招致する根源なり。故にこれを小人の道と説く。
繋辞下・憧憧往来章(易曰憧憧往来朋従爾思)
易曰:「憧憧往來,朋従爾思。」義曰:自此已下至「徳之盛也」為一段。「憧憧往來,朋従爾思」者,此是咸卦九四之爻辭。凡易卦中有義理深逺、卦爻之內未能盡其義者,孔子特引於此而明之。言天地之道、生成之理,不能感於物,蓋物自然而咸感之;聖人之道亦不求感於人,蓋但任仁義之道以行於世,則天下之人自然而歸之。今九四以陽居陰位,是不正也。當咸感之時,以不正之身,不能任以仁義之道以感於人,反自思慮其朋以求所感,故所感之道不廣,但其憧憧然朋従爾思之,惟是己之朋黨者則感之也。
《周易》に「憧憧往来、朋従爾思」と説く。胡瑗解説:ここより往下は「徳之盛也」の一句に至るまで、合して一段と為す。「憧憧往来、朋従爾思」は《咸》卦九四の爻辞である。およそ《易》卦の中に於いて義理深遠にして、本卦本爻の裏に於いて還って能く意思を講き透かし得ざるは、孔子は皆特意に此処に引き来りて以て闡明を加う。これは言う:天地の大道・万物を化生する道理は、併せて刻意に去って万物を感動せざるに、万物は却って自然而然にそれに感通を受く。聖人の道も亦た刻意に去って人を感動せずして、ただ一味に仁義の道を秉持して世に推行するのみにして、天下の人は自然に便ち帰附す。如今九四は陽爻を以て陰位に居るは、不当位なり。まさに天下相感の時に當りて、彼は不当位の身を以て、能く仁義の道を秉持して去って衆人を感動する能わずして、反って心心念念に自己のあの一伙の人を盤算して、其中より感応を求め得んを指望す。故に彼の感通する範囲は極めて狭窄にして――ただ心神不定に往来奔忙し、念々として朋党を忘れず、もまたただ自己のこの一小撮の同党のみが初めて彼に響応する而已なり。
子曰:「天下何思何慮?天下同歸而殊塗。」義曰:此孔子自釋九四之辭。言天下之大、萬宇之廣,為感之道,聖人未嘗思之,但任其仁義之道以感於天下,則天下雖廣而人自感悅而隨之,故云同歸而殊塗。一致而百慮。義曰:言人之百慮雖然煩多,及其歸也,終歸於一致也。天下何思何慮。義曰:此重言之者,言聖人凡有天下之眾,為感之道不在思慮以感於人,如是則所感之道至廣也。
孔子曰く:「天下何思何慮。天下同帰而殊涂。」胡瑗解説:これは孔子が自己に九四の爻辞を解釈す。天下は此の如く大にして、宇内は此の如く広し。感通の道に講じ到れば、聖人は従来心機を用いて去って籌画せずして、ただ仁義の道を秉持して去って天下を感化するのみ。天下は虽広しとも、人々は自ら会して心説誠服して彼に随従せん。故に人々の走る所の道路は各々相同じからざるも、最終には却って同一個の地方に帰ると説く。経文に又「一致而百慮」と説く。胡瑗解説:人の思慮は虽紛繁衆多なるも、帰結し起るに等到れば、終究同一個の道理に帰す。経文は再び「天下何思何慮」と説く。胡瑗解説:この句は一遍重複す。聖人が天下の衆を統領して人心を感化するは併せて心思を費尽して去って經営するに靠らざるを言う。まさに刻意せざるに因って、感通する所の範囲は初めて最も広大なり。
日往則月來,月往則日來,日月相推而明生焉。義曰:此已下又明天地之道、陰陽之端、人事之理、萬物之情亦自然而然也。言日往則月來,月往則日來,日月之道互相推蕩於天地之間,而晝夜之道自然明矣。然則日月之道不求照耀於人,而天下之人物自然感日月之照臨也。
経文に「日往則月来、月往則日来、日月相推而明生焉」と説く。胡瑗解説:ここより往下は、又天地の規律・陰陽の端緒・人事の條理・万物の情状も、亦た皆自然而然にして造作を須みざるを説明す。太陽は西に沉めば月亮は便ち升起し、月亮は西に沉めば太陽は便ち升起す。日月の運行は天地の間に於いて彼此推移激蕩して、昼夜光明の道理は自然而然に便ち顕現し出る。見れば日月は併せて刻意に誰を照耀せんと要せざるに、而して天下の人と物とは却って自然に日月の照臨を承受す。
寒往則暑來,暑往則寒來,寒暑相推而歲成焉。義曰:夫天地之道,晝則為陽,夜則為陰,以陰陽之道互相推蕩而成寒暑,寒暑之道互相推蕩而成歲功。然則寒暑之道非自求成其歲功,葢歲功自然而隨於寒暑也。
経文に「寒往則暑来、暑往則寒来、寒暑相推而歳成焉」と説く。胡瑗解説:天地運行の規律は、白昼は陽に属し、夜晚は陰に属し、陰と陽とは彼此推移激蕩して以て寒来暑往を形成し、寒と暑とは彼此推移激蕩して以て一年の収成を成就す。見れば寒暑は併せて自己が去って一年の農功を成就せんとするに非ずして、一年の農功は自然に寒暑の更替に随って以て完成するなり。
往者屈也,來者信也,屈信相感而利生焉。義曰:此一節又明萬事之理亦皆本於自然而然也。屈者,去也;信者,進也。往者既去,來者求進,屈信之間而利害生焉,是利害自然而生於屈信也。
経文に「往者屈也、来者信也、屈信相感而利生焉」と説く。胡瑗解説:この一節は又世間万事の道理も、亦た皆自然而然に本ずるを説明す。「屈」とはすなわち退去、「信」とはすなわち伸展前進。過去したは既に退去し、将来のは正要に伸進せんとす。一屈一伸の間に、利と害とは便ち産生す。見れば利害は自然而然に屈伸交替の中より生出するなり。
尺蠖之屈,以求信也;龍蛇之蟄,以存身也。義曰:夫尺蠖之屈,雖一本於天賦,然而凡於動靜之間,非自樂也,蓋所以求其信也。龍蛇之蟄,潛其所處,蓋所以求其安身也。
経文に「尺蠖之屈、以求信也。龍蛇之蟄、以存身也」と説く。胡瑗解説:尺蠖この種の虫子は爬行する時に身子を把って拱起収縮す。虽天生の本能に出ずるも、しかしそれが一屈一伸の際に於いては、併せて蜷曲を以て楽しみと為すに非ずして、下一步に能く伸展し出去らんがためなり。龍蛇は冬天に到れば蟄伏し起て、幽深の処に潜蔵するも、もまた以て性命を保全し安穩を求得せんがためなり。
精義入神,以致用也。義曰:夫人得天性之自然,稟五常之至正,然而有服君子之事者,有服小人之事者,何也?蓋曰操心積慮,學而致諸善,不學而致諸不善也。惟是聖人得天地之全性,凡所動作,精思逺慮,以合於義,以通神妙,及發於外也,可以措天下之用,興天下之利也。至如網罟取諸離、書契取諸夬、宮室取諸大壯,凡百所為之事有利用於民者,皆由聖人精義入神然後能也。
経文に「精義入神、以致用也」と説く。胡瑗解説:人は皆自然の天性を禀受して、仁・義・礼・智・信この「五常」の純正の質を具備す。然而或る人は君子の事を為し或る人は小人の事を為すは、これは何を為すか。關鍵は用心と積累とに在り:肯んじて学ぶは便ち善に趨向し、肯んじて学ばざるは便ち不善に流る。唯だ聖人のみが天地の完備の本性を得て、およそ挙動有れば、皆能く精細に思索し深遠に考慮して、それをして義理に合せしめ、神妙の境に通達せしむ。外に発するに等到れば、便ち能く天下の用い得べき制度に落実し成りて、天下の公利を興起す。譬如網罟は《離》に取法し・書契は《夬》に取法し・宮室は《大壮》に取法する、およそ種種民生日用に利有る作為は、皆聖人の「精義入神」――義理を把って研究して精微に到りて神妙に入る――然る後に初めて做り出し得たるものなり。
利用安身,以崇徳也。義曰:言聖人既能精義入神以致天下之用,又能宴樂以安其神,飲食以養其體,居富貴而不自充詘,在貧賤而不自隕穫,如此則安於身而崇大其徳業也。過此以往,未之或知也。義曰:言聖人舍其精義入神以致用、利用安身以崇徳,舍此二道而往,則雖聖人亦不能知之也。窮神知化,徳之盛也。義曰:言聖人既能精義入神、利用安身,如是則可以窮極鬼神之情狀,通曉變化之終始,此是徳之至盛者也。
経文に「利用安身、以崇徳也」と説く。胡瑗解説:聖人は既能く義理を研精して神に入る地步に到りて以て天下の実用を成就し、又能く安閑自楽を以て精神を安頓し、飲食調養を以て身体を保养し、富貴に身を処して自満自驕せず、貧賤に身を処して自暴自棄せず。こうすれば便ち身心安泰にして、而して徳業は日益に崇高広大なり。経文に又「過此以往、未之或知也」と説く。胡瑗解説:聖人は「精義入神以致用」と「利用安身以崇徳」とのこの両条の路を除きて、再び外に向かって推求せば、たとい聖人なるも亦た知暁する従なし。経文は再び「窮神知化、徳之盛也」と説く。胡瑗解説:聖人は既能く義理を精研して神妙に入り、又能く万物を利用して自身を安頓せば、此の如くすれば便ち能く鬼神幽微の情状を窮尽し、万物変化の始終を通暁す。これがすなわち徳行が極盛の境界に達するなり。
