Libo

第十二巻

宋 · 廖中 · 第13巻 / 40

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

論十二月節気

【寅正月】

立春正月節,雨水正月中。正月丁為天德,丙為月德,辛為月合,壬為月空。甲乙丙丁為月中秀氣,支宜亥卯未寅午戌,畏見癸庚二干,損內之德。正月火木主事,如秀在丙丁寅午戌及納音諸火,若見壬癸申子辰,及納音諸水,是損火之秀也。如秀在甲乙亥卯未,及納音諸木,若見庚辛巳酉丑與納音諸金,是損木之秀也。

立春は正月の節、雨水は正月の中気。正月裏に天干「丁」は「天徳」の寄る所、「丙」は「月徳」、「辛」は「月合」、「壬」は「月空」。この四位は皆本月の福徳の神である。甲・乙・丙・丁の四干は合して本月の「月中秀気」と称し、地支は最も亥卯未の木局と寅午戌の火局に見るを好み、最も癸・庚の両干に見るを怕る。それらが本月内蔵の徳気を損傷するが故である。正月は木・火の両気に由りて当令主事す。もし秀気が丙・丁と寅午戌、及び「納音」が火に属する干支上に落ち、卻ってまた壬・癸と申子辰及び納音が水に属する干支に見れば、あれは則ち水の来りて火の秀気を損傷するなり。もし秀気が甲・乙と亥卯未、及び納音が木に属する干支上に落ち、卻ってまた庚・辛と巳酉丑及び納音が金に属する干支に見れば、あれは則ち金の来りて木の秀気を損傷するなり。

以上火木二氣全無損傷者,主文科之命。如單逢木及水,亦主文科;如帶旺氣,及諸貴神祿馬之類,而見十大休廢兼損月中秀氣者,為武臣也。分文武格,餘月俱彷此例。(廣信集)

上面の説く所の火・木両種の気が皆完好無損の人は、命裏に文科出身の路を走るを主る。もし四柱中にただ木と水に逢うのみなれば、一様に文科功名を主る。もしすでに当令の旺気を帯び、また「貴人」「禄馬」の一類の吉神ありて、卻って同時に「十大休廃」のこれらの衰敗の神に見、併せて本月の秀気を損傷せば、あれは則ち武職の臣に転ず。文格と武格は則ちこのように区分し、残りの各月は皆この例を倣いて推し断ず。この説は《広信集》から出る。

見丁輕重以衰旺言之,丁巳丁亥日顯有不同,須引用之地。如丁亥日見壬寅時,此得之輕,卻引用重厚也。如丁巳日得己酉時,雖丁巳之火,引至酉地,乃死而無氣,不及丁亥也。

命裏に「丁」火に見るは、分量の軽重はそれが衰地に坐するか旺地に坐するかを看るを要す。丁巳日と丁亥日は顕然同じからず。関鍵はなおそれが何の地支上に「引用」せらるるに在るを要す。譬如丁亥日生にして壬寅時に遇えば、丁火本身は気を得ること甚だ軽し。しかし寅木の長生の地に引かれ到れば、かえって変じて厚重有力を成す。また丁巳日生にして己酉時に遇うがごときは、丁巳は火なりと雖も、一たび酉金の地に引かれれば則ち死火を成して、全く生気なく、かえって丁亥日に及ばず。

丁乃為德藏,壬為德合,其壬在寅午戌火位之上,是既濟作福之地。如壬子壬申,此二種水盛火滅,必疾厄而形體不足。壬辰者各持其德,墓水不能制克其火,此乃為既濟之地。

正月の「丁」は徳神の藏身する処で、「壬」と丁と相合すれば便ち「徳合」と称す。この壬がもし寅・午・戌等の火位の上に落ちれば、水火相済して、まさに福を造るの地である。しかし壬子・壬申のこの両種の干支のごときは、水勢太盛にして火を澆き滅し、命主は必然として疾病が身に纏い、形体もまた虧損あり。壬辰に至っては、水と土と各自其の徳位を守り、辰は水庫で、墓中の水は火を克制し去るの力量なし。だからそれも同じく水火既済の好配置と算え得べし。

丙亦正月秀氣,如丙午月、甲午時者,發而脫也,為正月之節,木成火生,都引於二旺之地,此火出木盡,福不能久也。如丙戌日庚寅時,正是火藏於木,木氣盛而火不繼,福漸充實而常久也。

「丙」火もまた正月の秀気である。もし丙午月が甲午時に配すれば、火気は一たび発すれば則ち散脱す。正月のこの節令は木剛に長成し火正に初生すればである。如今木火は皆午のこの火旺の地に引かれ、火は冒出して木もまた焼き尽くさる。福気は便ち久長する能わず。反って、丙戌日が庚寅時に配するは、まさに火が木中に蔵り、木気充盛にして火は急ぎて接続外泄せざる。福気は一点ずつ積み厚く、かえって能く久長し得べし。

如丙申日丙申時,或歲月俱在丙在申子辰上,為化從水,是陽極丙化為陰,如臨日時者,此伎術從道閒薄之人也,況丙火衰而在申,水生之地,不能成福。

また丙申日が丙申時に配するがごとき、あるいは年柱・月柱上の丙もまた皆申・子・辰の水局の上に落つれば、丙火は則ち化して水に従い、陽は極処に到りて反転して陰を成す。この種の組合せがもし日柱と時柱上に落つれば、命主は多くは一技の芸に頼りて生を謀り、あるいは出家学道するの清閑寡薄の人である。まして丙火は申に到りてすでに衰弱し、申はまた水の長生の地で、水旺して火熄む。自然に福を結出し得ず。

如干不遇,更以納音言之。如甲戌之火,在正月亦為秀氣,甲木逢旺,陰火藏生,帶五行印庫為德亦非薄矣。如甲戌日丙寅時生,奇福之人也,丙寅引用合造化之性也。如甲戌日庚午時,為火出木死,乃柴薪也,因物得氣不能久,亦不能顯達也。

もし天干上にこれらの秀気に碰り得ざれば、則ち再び「納音」を用いて推す。譬如甲戌の納音は火に属し、正月に在りて同じく秀気と算える――甲木は正に旺相に当たり、陰火はその中に蔵して生じ、また五行の印庫を帯びて以て徳と為す。福分は併せて薄しと算えず。甲戌日生にして丙寅時を得るがごときは、便ち奇特有福の人である。丙寅のこの引用の地が恰好造化生生の性に合すればである。ただ甲戌日生にして庚午時を得れば、火は冒出して木は卻って焼き死し、柴薪の一たび焼けば則ち尽くるがごとく、外物に頼りて初めて気勢を得るも、終竟能く久長する能わず、また顕達も難し。

戊子之火寒薄,發而得濟,五行窮極而變,如冬至之氣,水極化火,陰極為陽,類乎乃戊子之火也。正月三陽之氣,木大成而能育其火,如辛巳日戊子時生者,自薄而厚也。辛與丙合,須是辛巳,為巳上有丙,既見辛,故能正和,辛得戊子,是陰金不死,隨火之功,遇此必自孤寡而獲厚福也。

戊子の納音は火に属す。この団の火は寒冷単薄にして、外来の接済に頼りて初めて発し起り得べし。これはまさに五行が尽頭に窮すれば便ち転変するを要するの道理である――冬至のあの一刻に比すべし。水は極点に到りてかえって火を生出し、陰は極点に到りて陽に転成す。戊子の火は則ちこの一類に属す。正月はすでに三陽開泰の気で、木は長成して、以てこの点の微火を哺育するに足る。だから辛巳日生にして戊子時を得る人は、命は単薄より厚実に転向するなり。辛は丙と相合するを要し、必ず辛巳ならざるべからず。巳中にもとより丙火を蔵すれば、すでに辛金に見えまた丙火あれば、配して初めて端正調和す。辛が再び戊子の火を得れば、陰金は則ち死絶に至らず、かえって火の功用に藉りて器を成す。この種の格局に遇上する人は、往々にして先に孤苦無依を経て、後に厚福を獲得す。

如丙寅日戊子時生者為破甲敗族,終身蹇塞之人,為丙寅之火,自乘生胚之氣,卻於旺水滅壞其德,故不能用戊子,須以巧拙言之。如一丙之火,更須太歲支干分其輕重,如庚寅人得之,鬼化為官,鬼氣不絕,盛而生福,辛人得之為官,癸人得之為財也。更須分其輕重,詳其所歷之地,行年太歲扶合推之。(神但經)

しかし丙寅日生にして戊子時に配する人は、卻って門戸を敗落し宗族を断送して、一輩子困頓不通を要す。原因は丙寅の火は本来初生胚胎の気に乗ずるに、如今子中の旺水に澆き滅され、徳気受損せば、だから戊子に配すべからず。ここに必ず配合の巧と拙を分清するを要す。同じく一個の丙火なりと雖も、さらに太歳の天干地支を看て以てその軽重を定むるを要す。譬如庚寅年生の人がそれに遇到すれば、我を剋するの「鬼」は「官」に転化し、鬼気は絶えずしてかえって愈々旺し愈々福を生ず。辛年生の人がそれに遇到するは官を得たと算え、癸年生の人がそれに遇到するは財星を得たと算うべし。総じて依然として軽重を分辨し、細くその経歴する所の地支を看、再び流年太歳の扶助と合会とを結合して一併に推し断ずるを要す。この説は《神白経》から出る。原書は「神但経」と刻す。

【卯二月】

驚蟄二月節,春分二月中。二月坤為天德,甲為月德,己為月合,庚為月空,甲乙丙丁為月中秀氣,支宜寅午戌亥卯未,畏見壬辛二干,申酉二位,損時之德。二月秀在甲乙亥卯未,及納音木;丙丁寅午戌及納音火。

驚蟄は二月の節、春分は二月の中気。二月裏に坤位を「天徳」と為し、天干「甲」を「月徳」と為し、「己」を「月合」と為し、「庚」を「月空」と為す。甲・乙・丙・丁の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌の火局と亥卯未の木局に見るを好み、最も壬・辛の両干と申・酉の両位に見るを怕る。それらが生時の徳気を損傷するが故である。二月の秀気は首先甲・乙と亥卯未、及び「納音」が木に属する干支上に落ち、其次は丙・丁と寅午戌、及び納音が火に属する干支である。

二月卯木正旺,若逢申金,木絕其氣,酉又破卯,有此者,不惟無貴,尤破祖業,多為貧下之人。凡稟月中秀氣,卻有損壞時日者,最緊切,蓋日為引,時為用也。又須看中氣,如中氣後五日,即使將來者進,功成者退,此說十二月中氣極要審詳之。

二月の卯木は正に旺相に当たる。もし申金に碰上すれば、木は申に於て便ち気絶し、酉金はまた来りて卯木を冲破す。命裏にこの種の組合せある人は、ただ貴顕を求め得ざるのみならず、さらに祖上の産業を敗尽して、多くは貧寒下等の人に淪為せん。およそ本月の秀気を禀受し、偏に日柱・時柱にまた損壊あるは、この一点は最も緊要なり。日柱は「引」にして時柱は「用」なればである。この外にさらに中気を看るを須とす。中気を過ぎて五天以後は、則ち「将来する者は進み、功成る者は退く」に拠りて推すを要し、正に生発する一方は気を進め、すでに功成せる一方は気を退く。十二個月の中気は皆極めて仔細審辨するを須とす。

二月甲寅甲辰己亥己卯乙亥乙卯乙未俱為秀氣,宜審酌用之。(廣信集)遇甲乙居寅辰未亥之上尤美也。如己在亥卯未上,亦為秀氣,何也?如妻在夫家隨夫之姓也。

二月裏に甲寅・甲辰・己亥・己卯・乙亥・乙卯・乙未のこの数組の干支は皆秀気と算え、斟酌して取用すべし。この説は《広信集》に見る。その中に甲・乙が寅・辰・未・亥のこれらの地支の上に落つるは殊に美好なり。至于「己」土が亥卯未の木局上に落つるは、何を以てかまた秀気と算えるや。これは妻子が夫家に嫁入れば便ち夫姓に随うに比す――己土と甲木と相合し、甲木はすでに旺せば、己土もまた則ちこれに随いて勢を得。

若遇辛酉癸酉為破家之厄,緣金木之氣,忌全金沖剋,若時日遇之,遭刑不賤,從有其德,終身不立。若遇丙丁,為和氣通明之時,在木為花,輕盈而容,不能久也。如丙寅日,辛卯時,此從木之性,其氣實而華,必為明達身容之士;如甲午日丁卯時,此木弱火虛,遇時而不通,乃伎術工巧近貴之人,福不能久也。

もし辛酉・癸酉に碰上すれば、あれは家業を破敗するの災厄で、二月はまさに金木相争の気で、最も純金の前に来りて卯木を冲剋するを忌むればである。日柱・時柱上にそれに遇到せば、たとい刑罰に遭わずとも卑下を免れ難く、縦に本身に徳気を帯ぶるも、一輩子もまた立ち起る能わず。もし丙・丁火に遇到せば、あれは気候調和・木火通明の時で、木に在りては便ち開花するがごとく、軽盈好看なるも卻って果を結成せず、風光は能く持久せず。譬如丙寅日が辛卯時に配するは、これは木の本性に順って走るで、気はすでに充実してまた文釆あり。必定通達明理・儀表出衆の士ならん。また甲午日が丁卯時に配するがごときは、木弱にして火虚、時辰に碰上するも卻って気を通じ得ず。則ちただ一技巧芸に頼りて生を謀り、能く貴人に親近する人で、福気は久長ならざらん。

若遇壬癸沖注其木,兆能生養,常有不安,二月之候,死水浸活木故也。遇之安閒漸亨,不及富貴之地。若更其中藏土,必為疾厄之人。如水在甲申之納音,壬辰之干,猶有位之人也。

もし壬・癸の水が木上に冲注するに遇上せば、木を生養するの跡象あると雖も、卻って総じて人をして安穏を得せず。二月のこの時令は、一潭の死水を拿りて一株の活木を浸泡するに等しければである。この種の組合せに遇到する人は、日子安閑にして漸漸亨通するも、卻って大富大貴に及ばず。要是水中にさらに土を夾蔵せば、あれは必定多病多災の人である。ただ若しこの水が甲申の「納音」の水か、あるいは天干壬辰の水なれば、倒れてなお官位あるの人を為り得べし。

二月己酉日癸酉時,此水土俱遇死敗之上,乃水土渾濁,如癸酉之金,損時之德,不惟下賤,更多殘疾也。壬辰之水秀氣不濁,甲申之水,隱金木交會,藏於陰而寄於甲,故不得為死水推之,遇此之時,巧拙須詳引用言其輕重也。(神白經)

二月生にして己酉日が癸酉時に配するを得れば、水と土は皆死敗の地に落ちて、水土渾濁の象を成す。さらに癸酉の納音が金に属するを加えて、生時の徳気を損傷す。この種の人はただ地位卑下なるのみならず、また多く残疾あり。相比之下べし、壬辰の水は秀麗にして渾濁せず。甲申の水は暗に金木交会の機を含み、陰中に蔵して甲木に寄托す。だからそれを死水と作して推すべからず。この数種の情形に遇到するは、配合の巧か拙か、必ず「引用」の地支を細看して初めて軽重を定出し得べし。この説は《神白経》から出る。

【辰三月】

清明三月節,穀雨三月中。三月壬為天德,又為月德,丁為月合,丙為月空,壬戊為月中秀氣,支宜寅午戌辰丑未,畏見辛申二干。三月水土主事,秀在壬癸申子辰戊己辰戌丑未,大畏甲木損時之德,此月見甲己則凶,丁壬則吉。(廣信集)

清明は三月の節、穀雨は三月の中気。三月裏に天干「壬」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「丁」を「月合」と為し、「丙」を「月空」と為す。壬・戊の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌と辰・丑・未に見るを好み、最も辛と申に見るを怕る。三月は水・土に由りて当令主事し、秀気は壬・癸と申子辰の水局、及び戊・己と辰戌丑未の土位の上に落つ。最も甲木の前に来りて生時の徳気を損傷するを怕る。だからこの月は甲・己に見れば則ち凶、丁・壬のこの一対の徳と徳合に見れば則ち吉。この説は《広信集》から出る。

壬重癸輕,中藏陽土,戊己無地,而散於四時,陽從妻墓,陰從夫墓,而旺更在專位之上,更為高崇顯達之士也,戊午得之者輕,戊子大貴,詳其巧拙,守魁罡有將相之權,臨傳送得詞館之顯。

三月の水は壬を以て重と為し癸を以て軽と為し、辰中にまた陽土を蔵す。戊・己の二土はもとより固定の方位なく、併せて四季の末に散布す。陽土は妻星に跟いて墓に入り、陰土は夫星に跟いて墓に入る。もしそれらがまた自己の専位の上に旺せば、あれは則ち地位崇高・顕達の士である。同じく戊土なりと雖も、戊午がこれを得るは分量なお軽く、戊子がこれを得れば便ち大貴を主る。その間の巧と拙は細辨するを要す。辰戌「魁罡」の位を守るは、能く将相の権を握り得べし。申のこの「伝送」の位に臨むは、翰苑詞臣の清顕を得べし。

如壬子之水,並聚非清,雖有福祿,定虧於壽,緣物太過即不能久,壬申之水,如井中之泉,汲而旋生,壬辰之水,所歸有地,皆為月中精當,癸亥癸酉,亦作其福,禍福輕重,不可不詳引用。

譬如壬子のこの種の水は、水勢併聚して清澈ならず。福あり禄あると雖も、寿数は卻って必定虧損す。任何な物も太過なれば則ち能く久長せざればである。壬申の水は井中の泉のごとく、一瓢を汲み去れば立刻にまた一瓢を生ず。壬辰の水は帰宿して地あり。この両種は皆本月裏の最も精当の配置と算える。癸亥・癸酉もまた一様に福を造出し得べし。至于禍福の軽重は、依然として「引用」の地支を細察せざるべからず。

三月之氣,土水濟會,如戊遇甲,為損德之甚,如戊午日甲寅時,此土輕木重,卻為少立而多失,如戊戌日甲寅時,此為土氣稍重,得失多,終略有其福也。

三月の気は土と水と交会相済する。この時戊土がもし甲木に碰上せば、則ち徳気を損傷する最も厲害の情形である。戊午日が甲寅時に配するがごときは、土軽くして木重し。この種の人は年軽い時に能く業を立つるも、卻って屡々得て復た失う。戊戌日が甲寅時に配するがごときは、土気稍微重し。この種の人は得失反复すると雖も、終竟なお幾分の福気を留得す。

三月壬戌同行,各持其德,水土衰旺,亦常同行,更不以克傷言之,如己酉及己卯日癸酉時,此雖水土清而加於休敗之地,必不能進達,衣食雖足,而多艱辛也。

三月裏に壬水と戌土と同行併進し、各自其の徳位を守る。水と土の衰旺もまた常に同步消長す。だから相克相傷に拠りて論ずるを要せず。己酉日あるいは己卯日が癸酉時に配するがごときは、水土は清純なりと雖も、卻って皆休囚敗絶の地に落つ。この種の人は必定能く上進顕達せず、衣食は縦に缺けずとも、一生もまた多く艱辛なり。

如壬申日戊申時,此福安厚也,其中遇戊申土濁水之氣,常憂疾厄纏身,如戊寅日,甲寅時,土氣虛浮,遇木剋制,戊寅之土,乃火土也,甲木刑而陰水漂之,然甲寅乃火之木也,非能損戊,卻為相助起,自艱辛有權柄,居顯位也。如己未日戊辰時,乃顯達貴人,為造化之功多也。(神白經)

壬申日が戊申時に配するがごときは、福気安穩厚実。ただその中の戊申の一柱は土を以て水を攪濁するの気を帯び、命主は常に疾病が身に纏うを愁うるを要す。また戊寅日が甲寅時に配するがごときは、土気虚浮にして、また木の来りて克制するに遇う――戊寅のこの土はもとより火を帯ぶの土で、甲木に刑せられまた陰水に冲漂せらる。しかし甲寅はすなわち能く火を生ずるの木で、併せて真に戊土を損傷する能わず、かえって相助の力を成す。だからこの種の人は艱辛の中より家を起すと雖も、卻って権柄を握得して顕要の位に居る。また己未日が戊辰時に配するがごときは、あれは則ち顕達の貴人で、造化の助力を得ること最も多し。この説は《神白経》に見る。

【巳四月】

立夏四月節,小滿四月中。四月辛為天德,庚為月德,乙為月合,甲為月空,丙丁戊癸為月中秀氣,支宜巳酉丑寅午戌,畏見甲壬二干。又云:四月秀在丙丁戊癸庚辛三氣。(廣信集)

立夏は四月の節、小満は四月の中気。四月裏に天干「辛」を「天徳」と為し、「庚」を「月徳」と為し、「乙」を「月合」と為し、「甲」を「月空」と為す。丙・丁・戊・癸の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と寅午戌の火局に見るを好み、最も甲・壬の両干に見るを怕る。また一説あり――四月の秀気は丙丁の火・戊癸相合して化する所の火・庚辛の金のこの三種の気上に在り。この説は《広信集》から出る。

秀在庚辛,氣雄丙丁之火,通明壬癸之津,甲乙傷殘,勾陳失地,更詳所落匹配之情。如辛巳遇壬癸之上,秀氣殊麗,皆得其地,主文學多智,官崇漸貴,火金各持其勢,發跡迅而或在邊疆。如辛巳日,丁酉時,皆金火持爭;丁巳日,乙巳時,遇貴而成器也。

四月の秀気は庚・辛の金に在り、気勢雄壮なるは丙・丁の火で、能く人をして通達明澈せしむるは壬・癸の水津である。甲・乙の木はここに到りてすでに傷残し、「勾陳」の戊土もまた立足の地を失う。さらにこれらの干支の落つる所の彼此匹配の情形を細看するを須とす。譬如辛巳が壬・癸の上に坐せば、秀気格外華美にして、各自皆其の位を得、命主は文才出衆・見識多智にして、官位漸漸崇高顕貴す。もし火と金と各自其の勢いを撑起せば、発跡は快しと雖も、成就は卻って往々にして辺疆の地に在り。辛巳日が丁酉時に配するがごときは、まさに金と火と相持争闘す。丁巳日が乙巳時に配するがごときは、則ち貴人の提携に遇上して終に大器を成すなり。

如壬戌日辛亥時,隨水之氣,辛金不顯,然有引用不為精當,此雖有富貴之福,不實而虛也。癸巳日丁巳時,及丙辰時,從火之性,雖無引用,卻為精當之福,引用之理,該詳主客所宜也。

壬戌日が辛亥時に配するがごときは、辛金は水気に随いて走り、自身は顕出し得ず。所謂「引用」あると説くと雖も、配するは卻って精当ならず。この種の人は縦に富貴の福あるも、また虚にして実ならず。再び癸巳日が丁巳時あるいは丙辰時に配するがごときは、火の本性に順って走り、看るに引用を談ずるに及ばざるに似て、卻ってまさに精当の福である。以て見るべし、引用の道理は、総じて主(日柱)と客(時柱)と彼此相宜するや否やを看るを要す。

乙亥之木,初生氣嫩,從火得亨,不可獨用,如乙亥月丙戌時,及丁亥時者,火雖衰,得乙亥木能育也。如乙亥日乙酉時,不惟木落無氣之地,更日月之節,金生之時,遇此之人,平生蹇塞,四肢見疾也。

乙亥のこの木は剛えて萌生し、気はなお甚だ嫩し。必ず火に跟いて初めて亨通を得べし。単独に取用するべからず。譬如乙亥月が丙戌時あるいは丁亥時に配すれば、火は衰弱するも、乙亥の木を得れば便ち養育され起り得べし。ただ乙亥日が乙酉時に配せば、木はただ酉のこの全く生気なき処に落つるのみならず、加うるに四月のこの節令はまさに金が始めて長生するの時で、こうした組合せに遇上する人は一生困頓閉塞し、四肢もまた疾病あらん。

丙午之火,剛而損德,先須得進,後必遭重厄也。庚寅辛卯之木,不為衰弱,庚辛金德旺之時,下有火木初生之金,未能害也。已成之物,不能相剋,分輕重矣。(神白經)

丙午のこの団の火は過剛烈にして、かえって徳気を損傷し、命主は起初は能く進取するも、後来は必定大難に遭遇せん。庚寅・辛卯の納音は木に属し、四月に在りて併せて衰弱と算えず。庚・辛の金徳は正に旺時に当たり、その下にまた火中初生の金あれば、なおそれを傷害するに及ばざればである。およそすでに形を成したる物は、彼此便ち簡単に相克を按じて論ずべからず。ただ軽重を分かつのみ。この説は《神白経》から出る。

【午五月】

芒種五月節,夏至五月中。五月亥為天德,丙為月德,辛為月合,壬為月空,丙丁為月中秀氣,支宜寅午戌辰丑未,畏見庚壬。神白經作壬癸二干,甲亦不見也。又云:五月秀在乙丙丁。(廣信集)

芒種は五月の節、夏至は五月の中気。五月裏に亥位を「天徳」と為し、天干「丙」を「月徳」と為し、「辛」を「月合」と為し、「壬」を「月空」と為す。丙・丁の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も寅午戌の火局と辰・丑・未に見るを好み、最も庚と壬に見るを怕る。《神白経》は則ち壬・癸の両干に見るを怕ると作し、併せて甲木もまた出現すべからずと説く。また一説あり――五月の秀気は乙・丙・丁の三干に在りと認む。この説は《広信集》から出る。

火氣太盛,金囚木死,壬癸胎生之時,此月甲木死,乙木生,庚囚辛旺,乃辛與丙為濟合隨夫而旺,庚辛金剛,厄於火,甲木死,乙木生,中藏天庭之氣,兄死之後,隨子而亨,乙能生而丙得其時,木厄在午,利在納音水,壬癸遇之,損時之德,納音藏之,陽極漸通也。

五月は火気太盛にして、金は囚せられ木はすでに死絶す。まさに壬癸の水が胎を受け初生するの時節である。この月は甲木は死して乙木は生じ、庚金は囚せられて辛金は旺す。辛と丙と相合して水火既済を成し、妻が夫貴に随いて旺し起るがごとけばである。庚・辛の金は本性剛硬なるも、卻って火に困せらる。甲木は死するも乙木はなお生じ、その中に暗に天庭の生気を蔵す――兄長の甲木が先に亡く、弟弟の乙木は便ち自己の生ずる所の子息たる丙火に依靠して亨通を得るがごときなり。乙木は能く生じ、丙火はまた正に其の時に当たる。木は午位に困せられ、利あるは「納音」が水に属する干支で、壬・癸がもし天干上に明露すれば、かえって生時の徳気を損傷し、ただ納音の中に蔵して初めて好し。これは陽気が極点に到りてまた漸々通転するの故である。

五月遇丙午丙寅日壬辰時,此水火既濟,陰陽配合也,遇之則聰明位顯。如辛亥乙亥為陰陽道合發生之理,遇此之人,多作門中之瑞。丙戌丁巳丙寅,皆為奇特之辰,引用之法,不可不詳,立官之妙,消息其有用無用,或在壬子癸亥則凶矣。(神白經)

五月生の人がもし丙午日あるいは丙寅日が壬辰時に配するを得れば、これは水火既済・陰陽相配の格局で、それに遇上する人は聡明人に過ぎ・地位顕達す。辛亥・乙亥のごとき搭配は、陰陽交泰・万物を生発するの理に合して、遇う人は多く一門の中の祥瑞を為す。丙戌・丁巳・丙寅もまた皆奇特の干支である。至于「引用」の法は、細加推詳せざるべからず。官を立て格を成すの妙処は、全くそれが究竟有用か无用かを斟酌するに在り。もし壬子・癸亥のこの類の水盛の地に落ちれば、あれは則ち凶に転ず。この説は《神白経》から出る。

【未六月】

小暑六月節,大暑六月中。六月甲為天德,又為月德,己為月合,庚為月空,戊己甲乙為月中秀氣,支宜亥卯未辰戌丑,畏見丙癸二干,此月土木用事。又云:六月秀在甲乙己。(廣信集)

小暑は六月の節、大暑は六月の中気。六月裏に天干「甲」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「己」を「月合」と為し、「庚」を「月空」と為す。戊・己・甲・乙の四干は本月の「月中秀気」で、地支は最も亥卯未の木局と辰・戌・丑に見るを好み、最も丙・癸の両干に見るを怕る。この月は土と木に由りて当権用事すればである。また一説あり――六月の秀気は甲・乙・己の三干に在りと認む。《広信集》から出る。

甲己為秀,乙亦輔之,丙火弱滅丁火未衰,如丁未日甲辰時,為有福之人也。乙獨遊亥卯未上者,為因貴人用之漸亨,若見己,不可見乙,損其德,必福不能久也。如乙不得地者,輕而如己之福也。如己在亥卯未上,更旁見甲者為奇顯之命。

六月は甲・己を以て秀気と為し、乙木は旁より輔助す。丙火はすでに衰弱して将に滅せんとすも、丁火は卻ってなお退勢せず。だから丁未日が甲辰時に配するがごときは、便ち福ある人である。乙木が単独に亥卯未の木局上に游走するは、貴人の扶持に頼りて漸漸亨通す。ただもしすでに己土に見れば、則ち再び乙木に見るに宜からず。乙木が己土を剋傷して其の徳気を損し、福気は必定能く久長せざればである。仮に乙木が地を得ず分量軽微なれば、あれは則ち己土が単独に福を成すと差不多なり。至于己土が亥卯未の上に落ち、旁にまた甲木の来りて合するを見るは、あれは奇特顕達の命である。

如六月見金木相剋,而金勝者,為損德招刑;如木土之氣遇之,供乘衰敗之氣者,亦主平生厄滯不立也。丙申日庚寅時者,火衰藏木,從木之性,引用在火長生之地,庚金窮絕,為丙火之制,惟只有木也,遇此者亦為有福之人也。

もし六月裏に金木相克して金の一方が勝を得るが出現せば、あれは則ち徳気を損傷し刑傷を招惹す。もし木と土の気と相遇するも、卻ってまた皆衰敗の気に乗ずれば、同じく一生困頓滞塞・立ち起る能わざるを主る。至于丙申日が庚寅時に配するは、火はすでに衰弱して木中に蔵り、木の本性に順って走り、「引用」はまた寅のこの火の長生の地に落つ。庚金は寅上に到りてすでに窮絶し、さらに丙火に克制せられ、用い得るは木のみを余す。だからこうした組合せに遇上する人もまた福ある人と算える。

如庚寅日甲申時者,雖然庚金而生日祿,卻木有氣,引用無氣之上,然見一甲及納音木,皆不為精當,遇此之人不能大成,雖有其福必失,乃遇如不遇也。(神白經)

また庚寅日が甲申時に配するがごときは、庚金は申上に於て日禄を得ると雖も、木もまた自ら気勢あり、しかして「引用」は偏に無気の処に落つ。このようにたとい一個の甲木あるいは納音が木に属する干支に見るとも、配するもまた精当と算えず。こうした組合せに遇上する人は大器を成さず、縦に福ありても必定失う。遇上するも遇上せざると一様に等し。この説は《神白経》から出る。

【申七月】

立秋七月節,處署七月中。七月癸為天德,壬為月德,丁為月合,丙為月空,壬庚為月中秀氣,支宜巳酉丑申子辰,納音金水土三氣,畏見甲丙二干。又云:七月秀在壬癸庚辛,及納音金水。(廣信集)

立秋は七月の節、処暑は七月の中気。七月裏に天干「癸」を「天徳」と為し、「壬」を「月徳」と為し、「丁」を「月合」と為し、「丙」を「月空」と為す。壬・庚の両干は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と申子辰の水局に見るを好み、「納音」は則ち金・水・土の三気を以て宜と為し、最も甲・丙の両干に見るを怕る。また一説あり――七月の秀気は壬・癸・庚・辛の四干、及び納音が金に属し水に属する干支に在り。この説は《広信集》から出る。

壬癸秀氣,金氣剛利,火厄木弱,陰土隨時而亨,如壬子日然,清而極不為厚福也。壬辰壬申,其氣至秀,更得中藏金氣,方為出格,壬辰日辛亥時,引用主客,皆得其道,合必位顯崇也。辛巳日癸巳時者,從金言之,絕水之德,此伎術近貴,九流僧道,無權之人也。

七月は壬・癸を以て秀気と為し、金気は剛鋭鋒利にして、火は困厄を受け木もまた衰弱し、陰土は則ち時令に順いて亨通す。譬如壬子日は便ち此のごとく、水清して極点に到り、かえって厚福と算え得ず。壬辰・壬申の両組の気は最も清秀で、もしその中にさらに金気を暗蔵せば、初めて格を出るの好命と算うべし。壬辰日が辛亥時に配するは、主(日柱)客(時柱)の「引用」が皆道理に合し、相配の下に必定地位顕赫崇高す。至于辛巳日が癸巳時に配するは、金の一面より看れば、則ち水の徳気を断絶するなり。この種の人はただ技芸に憑りて権貴に親近し、九流方術・僧道の一類の実権なき人に属す。

如丙子甲申,從水言之。七月木絕火厄,不得其水,隨旺之性言也。如丙午日丙申時,丙子日丙申時者皆從水之用,丙子壬子日甲申時生,引用於長生之地也。如甲申日乙亥時,此甲申之水,引於亥上,而申合其旺,皆又福貴。丙子日癸巳時,引在丙火旺處不為有福之人,只作近貴閒人,雖能引用日碌,不能合主客造化也。(神白經)

また丙子・甲申がごときは、則ち水の一面より看るを要す。七月は木すでに絶え火は困を受け、もし水の接済を得ざれば、則ちただ当令得旺の一方に順いて去りて論ずるのみ。丙午日が丙申時に配し・丙子日が丙申時に配するがごときは、皆水を取りて用と為す。丙子日あるいは壬子日生にして甲申時に配するは、則ち「引用」を申のこの水の長生の地に放くなり。また甲申日が乙亥時に配するがごときは、甲申の納音の水が亥上に引かれ、申はまた亥と相合して其の旺勢を助く。これらは皆福あり貴ありを主る。至于丙子日が癸巳時に配するは、引用が丙火の旺地に落ちて、かえって福ある人と算え上がらず、ただ権貴に親近するの閑散の輩を為るのみ。縦に日柱が禄を引出し得るも、また主客の間の造化に配し合わず。この説は《神白経》から出る。

【酉八月】

白露八月節,秋分八月中。八月寅為天德,庚為月德,乙為月合,甲為月空,壬癸寅辛為月中秀氣,支宜巳酉丑申子辰,及納音金水,畏見丙己二干。(廣信集)

白露は八月の節、秋分は八月の中気。八月裏に寅位を「天徳」と為し、天干「庚」を「月徳」と為し、「乙」を「月合」と為し、「甲」を「月空」と為す。壬・癸・寅・辛は本月の「月中秀気」で、地支は最も巳酉丑の金局と申子辰の水局、及び「納音」が金に属し水に属する干支に見るを好み、最も丙・己の両干に見るを怕る。この説は《広信集》から出る。

秀在庚辛壬癸,乃通明之氣,木殘水死,土濁水清,八月庚辛金木交平,俱藏秀氣,己丑秀墓之金,遇之皆顯達之人也。辛巳辛丑若癸巳時,從金得貴,壬辰時秀麗通仙,名冠世間,才清容廣也,若丙午戊午之辰,如犯之,遭刑殘疾,下賤之命,吉凶貴賤不可一見而言之,更分主客,引用巧拙而言也。

八月の秀気は庚・辛・壬・癸の四干に在り。これは清澈通明の気である。この時木はすでに残敗し水は死絶に近く、土は渾濁を顕し水は清純を顕す。八月裏に庚辛の金は木の勢力と相当して、両辺とも秀気を蔵す。己丑のこの一柱は秀気が金庫に帰入するの金で、それに遇上するは皆顕達の人である。辛巳日・辛丑日がもし癸巳時に配すれば、金に順いて推せば便ち貴を得べし。もし壬辰時に配すれば、則ち秀麗脱俗して通仙の人のごとくあり、名声は当世に冠絶し、才思清越・気度寛宏ならん。ただ要是丙午・戊午のこの類の干支に碰上せば、一たび犯着すれば則ち刑傷残疾に遭い、下賤の命を成す。吉凶貴賤はただ一処を看るのみで断語を下すべからず。さらに主と客を分清し、「引用」の配するが巧か拙かの上より論ずるを要す。

如乙木不衰,從庚之德,在巳酉丑上,乙化為金,乃從其庚性,與庚同行此不衰也。丁火不死,古法云:陽死之氣陰生,又乃金中火氣不絕,而藏於金,丁火是也。若居巳酉丑之位,亦為小通也。(神白經)

また乙木は八月に在りて併せて衰と算えず。それが庚金の徳気に跟従して、巳酉丑の金局の上に落つる時、乙は便ち化して金と為り、庚の性情に随い、庚と同行す。だからそれを衰ならずと説く。丁火は八月に在りてもまた死と算えず。古法に「陽死の気に陰生ず」と講じ、まして金中の火気はもとより絶えず、ただ金裏に蔵すのみ。丁火はまさにこのごときなり。それがもし巳酉丑の位置に落つれば、また小なる亨通ありと算うべし。この説は《神白経》から出る。

【戌九月】

寒露九月節,霜降九月中。九月丙為天德,又為月德,辛為月合,壬為月空,戊癸丁壬為月中秀氣,支宜申子辰寅午戌,畏見甲乙二干。又云:九月秀在丙辛丁,丙辛化水,故宜金水火三氣,為得其地也。(廣信集)

寒露は九月の節、霜降は九月の中気。九月裏に天干「丙」はすなわち「天徳」にしてまた「月徳」、「辛」を「月合」と為し、「壬」を「月空」と為す。戊・癸・丁・壬は本月の「月中秀気」で、地支は最も申子辰の水局と寅午戌の火局に見るを好み、最も甲・乙の両干に見るを怕る。また一説あり――九月の秀気は丙・辛・丁の三干に在り。丙辛相合して水に化するを以て、だから金・水・火の三種の気は皆地を得たと算うべし。この説は《広信集》から出る。

秀在丙辛、丁亦輔之,丙居寅午戌,辛在己酉丑位之上遇金者,乃貴顯之人,九月辛酉辛丑辛巳日皆位德金,若居癸巳時引用在金長生之地,為人中之奇,福壽之人也。如壬辰時,遇與不遇,壬辰水與時不和,制時之德金水,然秀不為貴顯,乃閒慢之祿,或九流近貴之人也。若生甲申日及引用在壬申時者,為疾苦殘失,多不立之人也。

九月の秀気は丙と辛に在り、丁火は旁より輔助す。丙が寅午戌の火局・辛が巳酉丑の金局の上に落ちてまた金に逢うは、貴顕の人である。九月の辛酉日・辛丑日・辛巳日は、皆徳位に居るの金に属し、もし再び癸巳時に配すれば、「引用」は正に巳のこの金の長生の地に落ち、便ち人中の奇才・福あり寿ありならん。ただもし配する所が壬辰時なれば、則ち遇上するも遇上せざると等しきに等す。壬辰の水はこの時令と相協調せず、かえって生時の金水の徳を圧制し住ましめ、秀気あると雖もまた貴顕を成さず、ただ個の清閑散淡の俸禄を落とすか、あるいは九流の中の権貴に親近する人を為るのみ。もし甲申日に生まれ、あるいは引用を壬申時に落とせば、便ち疾病が身に纏い残缺失意して、多くは立ち起らざる人ならん。

如戊午日,丙辰時,世之厚福人也,戊午之火旺而藏,在九月火墓藏,明為德之時,丙辰時得造化之秀氣多,乃顯達之士也。如丁巳時者然,建日祿,不及丙辰時,此火輕土弱,又不帶印,乃富貴而不顯達也。

また戊午日が丙辰時に配するがごときは、あれは世上に厚福ある人である。戊午の納音は火に属し、火はすでに旺にしてまた能く収蔵す。九月はまさに火が墓庫に入り徳気顕明の時で、丙辰時はまた多く造化の秀気を得。だから顕達の士である。もし丁巳時に換えれば、巳上に日禄を建起すると雖も、卻って丙辰時に及ばず。此なれば火軽く土弱く、また印綬を帯びざれば、ただ富貴し得るも顕達する能わざればである。

如己未己丑甲戌甲辰,此四者皆納音火也,其中甲戌己未勝,如辰丑二位,戌為火地,未為火盛藏火在其中,德福重矣,生丙寅時者顯達之人也。如己巳日庚午時,然引用在臨官旺地,卻虛而不實,然近貴,頗有其福,終不能久也。居丁卯時者,引用在虛敗處,主福祿慢而近貴,九流聰明而不實,福終不久也。(神白經)

また己未・己丑・甲戌・甲辰のこの四組は、納音は皆火に属し、その中に甲戌・己未は己丑・甲辰に勝る。辰・丑の両位に比ぶれば、戌はもとより火の墓地で、未はまた火勢正盛の処で、火は則ちその中に蔵り、徳と福と皆厚重なり。こうした人がもし再び丙寅時に生まれれば、便ち顕達の人である。至于己巳日が庚午時に配するは、「引用」は臨官帝旺の地に落つると雖も、卻って虚にして実ならず、ただ権貴に親近し得るのみで、頗る幾分の福気あるも、終竟能く久長せず。もし丁卯時に落ちれば、引用は便ち虚耗敗絶の処に落ちて、福禄の来ること遅緩にしてただ権貴に依附するを主り、人は聡明なりと雖も末技に流れて踏実せず、福気は終帰久しからざらん。この説は《神白経》から出る。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.