【布素限】
行運到身旺相,支干死絕是也。若太歲小運扶助,雖入災運,十年之間,亦有五年之吉,不致凶甚,故名布素限,或分前後五年,前吉則後凶,後吉則前凶。
行運が自身の旺相の地に走り着き、しかして干支が死絶に処すれば、すなわちこの一限である。もし太歳と小運がなお扶助する能ければ、たとえ災運に踏み入るとも、この十年の中に五年は吉あり、凶にして甚だしきに至らず。ゆえに「布素限」という。粗布素衣を穿ち、清苦にして大禍なきを意味す。この一限は往々にして前後五年各々半ば:前五年吉なれば、後五年は便ち凶。後五年吉なれば、前五年は便ち凶。
【失所限】
三元俱值鬼,二運見三刑,併沖,四柱主本與行年不相承,作黃泉失所之人也。
禄・命・身の三元が一齐に鬼煞に撞上し、大運小運にまた三刑を見て相冲を併せ、四柱の中の主と本がなお流年と気を接ぐる得ざれば——このような人は便ち魂は黄泉に帰し、死して帰宿なき人と為らんとす。
【破碎限】
此非死限,只是主破資財,運氣沐浴,更逢真鬼,如甲衰而有庚之類。
この一限は死を主らず、ただ資財の破耗を主るのみ。運気まさに沐浴の地に落ち、また真の鬼煞に碰上す。たとえば甲木すでに衰えて命の中に偏偏として庚金来たりて剋するのこの類。
災位限
運到伏吟上,逢喪吊、白衣、飛廉、孤寡、歲刑剋身者,定主災厄。凡得此限,不利親戚,主有喪服。(並鬼谷遺文)
大運が伏吟の上に走り着き、また喪門・吊客・白衣・飛廉・孤辰寡宿、および太歳の刑が来たりて身を剋するに逢えば、必ず災厄を主る。およそこの一限に走り着けば、親属に対して不利、家中に喪事孝服あることを主る。以上はともに《鬼谷遺文》に見える。
凡大運到歲干祿馬同位,生馬同位,祿長生處,長生臨官旺庫,驛馬貴神,貴窠,以上十位,皆為大亨之運。運上更帶正官、正印,尤吉。若在空亡運上,則減其福力。惟祿馬生馬同位,則不減。若一位帶兩凶殺以上,亦有災,克身災重。運行到祿合命、六合,更帶六神干,亦為亨運。陽運到冠帶,陰運到衰位,皆為向亨之運。運到祿馬同位為福,亦有輕重。假如寅午戌,庚人祿馬在申,庚寅人本命雖沖著祿馬,運到尤為大亨。若生月日時重迭在寅申上,則是迭相刑沖運,有大災。若生月日時在申上,則祿馬刑破本命,運到亦當災。申子辰甲人,祿馬在寅,甲申人本命巳刑著祿馬,運到亦有小災。若更生月時在寅申上,是迭相刑沖,運到主有大災,刑又重於沖也。
およそ大運が太歳天干の禄馬と同じ位に在る処、生馬と同じ位に在る処に走り着き、あるいは禄の長生の処・長生・臨官・帝旺・墓庫、および駅馬・貴神・貴窠に走り着く——以上のこの十個の位置は、皆大いに亨通する運である。運の上にさらに正官・正印を帯びれば、更に吉。もしこの一歩が空亡運の上に落ちれば、福力は便ち折扣を打ち、ただ禄馬と生馬の同位のみ減らず。もし一つの位置に两個以上の凶煞を帯びれば、また災あるを要し、その中で身を剋する災が最も重し。行運が禄と相合し・命と相合し・六合と相応する処に走り着き、さらに六神の属する天干を帯びれば、同じく亨運である。陽運が冠帯に走り着き、陰運が衰位に走り着くは、皆亨通に趨向する運と算定す。運が禄馬同位に到るは固より福と為すが、その中にも軽重の別あり。たとえば寅午戌局の中で、庚日の人は禄馬は申にあり、庚寅年生まれの人は本命は禄馬と相冲するといえども、運が申の上に到ればかえって大いに亨通す。しかしもし生月・生日・生時がまた重迭して寅申の両支の上に圧せば、それは迭相刑冲の運で、大災あるを要す。もし生月日時が皆申の上に在れば、則ち禄馬はかえって本命を刑破し、運があそこに到ればまさに災あるべし。またたとえば申子辰局の中で、甲日の人は禄馬は寅にあり、甲申年生まれの人は本命巳が禄馬を刑しており、運が到ればまた小災あり。もし生月生時がまた寅申の上に落ち、迭相刑冲を形成せば、運が到れば便ち大災を主り、しかして刑の分量はまた冲より重し。
運到祿庫者,主不次陞進之福,若根本合貴,而未貴,中年運到庫上,則驟發,一旺十年,交入前後運,則死,為祿死在庫前,絕在庫後。若已貴之人,晚年運到庫上者,再居輔弼,或始登大位,過半運以後,便為墓使決死於庫中也。中年之人陰陽二運,經庫前後者,以災滯言,若陰祿先到絕上,逢驛馬貴人同位,即為好運,若少年到庫者,乃登第改官之運也。運到空亡庫者,少年之人亦為登第改官之運,若官祿享足,晚年遇到者,必死。若有壽而不死,必有重災。
運が禄庫の上に走り着くは、破格提拔・越級升遷の福を主る。もし根基はもとより顕貴なるべきがまだ顕貴せざれば、中年に運が庫の上に到れば便ち骤然発達し、一旺すれば十年である。しかしいったん前の一歩あるいは後の一歩の運に交入すれば、便ち死を要す。禄は庫前に死し、庫後に絶するからである。もしすでに顕貴の人が晩年に運が庫の上に到れば、あるいは再度輔弼重臣に出任し、あるいは才剛く高位に登上するが、しかしこの運の一半を過ぎた以後、庫は便ち墓と変じ、多くは庫中に決死す。中年の人の陰陽両運が庫の前後を経過するは、ただ災厄滞碍をもって論ずるのみ。もし陰禄が先に絶地に走り着き、かえって駅馬・貴人の同一位に逢えば、あれはかえって好運である。少年時に庫の上に走り着く者は、則ち登科及第・官階改換の運である。空亡の庫に走り着く者は、少年人も同じく登第改官の運であるが、しかしもし官禄すでに早く享足し、晩年に至りてはじめて遇えば、必ず死を要す。たとえ命長く死せずとも、必ず重災あり。
余嘗問行運於道士康子祥,子祥引寶元玉統經說:大運到生月生日生時六合位上,皆主不次升遷,驟登顯位。餘雖不曾見其書,合以貴人之命,使之有驗,運到貴神上,古人皆以為亨通,若甲戌庚到丑未,乙巳到子申,可為亨運,亦不可以一例斷為有福,須看凶殺、空亡定其災福也。若丙丁人運到酉亥,壬癸人運到卯巳,皆先福而後災。
私はかつて道士康子祥に行運の法を請教した。子祥は《宝元玉統経》を引いていう:大運が生月・生日・生時と相六合する位置に走り着けば、皆越級升遷・骤然顕位に登上することを主る。私はあの部の書を見たことはないが、貴人の命をもって検証すれば、かえって応験した。運が貴神の上に走り着くを、古人は皆亨通と為した。たとえば甲・戊・庚の三干の人が丑・未に走り着き、乙・巳の人が子・申に走り着くは、皆亨運と算定できる。ただし一概に福ありと断ずることもできず、さらに凶煞と空亡がいかんかを見て、はじめてその災福を定めることができる。丙・丁の人が運して酉・亥に到り、壬・癸の人が運して卯・巳に到るに至っては、あれは皆先に福を得て後に災を招く。
餘歷考丙丁貴人,少年運到酉亥者,決有喪服,或責罰之災。晚年運到而死者,十有六七,以丙丁二火,死於酉,絕於亥。丁人到亥,有暗合者,災輕,壬癸貴人,少年運到卯巳者,決有喪服,或責罰之災。晚年運到而死者,十有六七,以壬癸二水,死於卯,絕於巳,癸人到巳,有暗合者,差輕。
私は逐一に丙丁貴人を帯びる命を考察した:少年時に運が酉・亥に到った者は、必ず喪服の痛みあるいは責罰を受ける災あり。晩年に運があそこに到りて死した者は、十個の中に六七個ある。これは丙丁の両火が酉に死し亥に絶するためである。その中で丁日の人が亥に走り着くは、丁と壬が暗合するゆえ、災は軽めである。壬癸貴人を帯びる命もまた同じ:少年時に運が卯・巳に到った者は、必ず喪服あるいは責罰の災あり。晩年に運があそこに到りて死した者も、また十個の中に六七個ある。これは壬癸の両水が卯に死し巳に絶するためである。その中で癸日の人が巳に走り着くは、戊癸が暗合するゆえ、災もまた稍々軽し。
凡大運行到祿乾死絕病敗上,為大凶之運,行到伏吟、反吟、空亡、三刑、六害、凶殺驟處,及祿逢鬼,皆為凶運。(太歲行運,行到主一年凶)若病絕運上逢驛馬,或馬合者,始為福,而終為災。若到死敗及伏吟、反吟,上帶正官、正印,正天乙者,亦始為福,而終為災。餘歷觀貴人之運,死於死絕病敗者,十有六七,死於伏吟、反吟、空亡、刑害之運者,十有五六,死於三凶殺或二凶殺聚處者,十有三四也。
およそ大運が禄干の死・絶・病・敗の地に走り着くは、大凶の運である。伏吟・反吟・空亡・三刑・六害および凶煞聚集の処に走り着き、また禄神が鬼に遇うは、皆凶運に属す。原注:太歳行運がこれらの処に走り着けば、あの年の凶を主る。もし病絶の運の上に駅馬に逢着し、あるいは馬と相合すれば、あれは開頭は福を為し終了は災と成る。もし死敗および伏吟・反吟の地に走り着き、上頭に正官・正印・正天乙を帯びれば、同じく開頭は福を為し終了は災と成る。私は従来貴人の運程を観察するに:死絶病敗の運に死した者は、十個の中に六七個。伏吟・反吟・空亡・刑害の運に死した者は、十個の中に五六個。三重凶煞あるいは两重凶煞聚集の処に死した者は、十個の中に三四個ある。
此謂祿在無氣處者,如運到伏吟、反吟上,主有喪服、哭泣之災。古人云:伏吟反吟,悲哭淋淋。若大運小運相沖,或太歲壓運,或太歲小運亦到凶處,此為災發之年也,災大則父母亡,災小則陰人小口之哭。若伏吟、反吟運到祿馬建合,生庫旺相位上,於祿則利,於家則有小災。若晚年福衰祿謝,到此運,又是祿命凶位,必死也(並三命提要)
以上の説は皆禄が無気の処に落ちる情形である。運が伏吟・反吟の上に走り着くがごときは、便ち喪服哭泣の災あるを主り、古人にいう:伏吟反吟、悲哭淋淋。もしさらに大運と小運の相冲に碰上し、あるいは太歳が大運を圧し、あるいは太歳と小運もまた一齐に凶処に走り着けば、あの年は便ち災禍爆発の年である。災大なれば父母亡故し、災小さくとも婦人幼小の哭声あり。もし伏吟・反吟の運が恰好禄馬・建禄相合および生地・庫地・旺相の位の上に落ちれば、禄位に対してかえって利あり、ただ家中に小災あるのみ。もし晩年に到り福気すでに衰え禄気すでに謝し、またこのような運に走り着き、しかもまさに禄命の凶位なれば、則ち必ず死す。以上はともに《三命提要》に見える。
大凡運如或相沖交併,不犯太歲、官符、破軍、七殺、年禁三殺、本命元辰、天羅地網、三丘男未申、女丑寅五墓男丑寅、女申未、八字金書以丑為三丘,未為五墓及諸殺刑害,即不為害。大凡君子不刑不發用,值吉宿即為福也。如二運交併相沖,犯諸刑殺、空亡、死絕之類,必主憂厄。(三命纂要)
大体に言えば、行運はたとえ彼此相冲し・交併すとも、ただ太歳・官符・破軍・七殺・年禁三殺・本命元辰・天羅地網、および三丘・五墓——三丘は男は未申を取り女は丑寅を取り、五墓は男は丑寅を取り女は申未を取り、しかして《八字金書》は丑をもって三丘とし未をもって五墓とす——と其余の種種凶煞刑害を触犯しなければ、害を成すことなし。大凡品位ある君子は、刑剋を経ずしてかえって発起することができず、ただ吉星に遇えば、刑冲もまた福に転ずることができる。これに反して、もし大小二運が交併相冲し、また諸般の刑煞・空亡・死絶の類を触犯せば、則ち必ず憂愁厄難である。この説は《三命纂要》に出る。
凡根基元少金者,行運須借金土而旺,元少水者,行運借水金則旺,根基金太過者,金土運必滯,木太盛者,水木運必滯,如丙申年,丙申月,乙時日,壬午時,此命火盛,行運到寅巳午,必災滯,至火無氣處,卻喜兆,餘皆此(天元變化書)古書云:凡大運若四柱元少金者,運值金必旺,元少水者,運值水必旺,元盛而運入盛者,水必泛,木必塞,金必折,火必燥,土必滯。
およそ命の根基にもとより金を缺く人は、行運は金と土を借りてはじめて旺に転ずることができる。もとより水を缺く人は、行運は水と金を借りてはじめて旺に転ずることができる。これに反して、根基の上に金すでに太過の者は、再び金土の運を行けば必ず滞塞す。木すでに太盛の者は、再び水木の運を行くも必ず滞塞す。たとえば丙申年・丙申月・乙日・壬午時のこの一造は、命の中に火気偏盛で、行運して寅・巳・午に到れば必ず災厄滞碍あり。火気の依るところなき処に走り着くを待って、かえって好兆頭である。其余は皆この道理に照らす。この説は《天元変化書》に出る。古書の上にもいう:およそ大運を看るに、四柱にもとより金を缺く者は、運が金に値すれば便ち旺む。もとより水を缺く者は、運が水に値すれば便ち旺む。もとより已に盛んにして運がまた盛地に入る者は、水は泛濫し、木は壅塞し、金は折断し、火は燥烈し、土は板結して通ぜず。
運入天羅地網者,常以戌亥為天羅,辰巳為地網,若男行年至天羅,則有官符、訴訟、刑獄牽纏,女行年至地網,則有口舌、沉痾、縈仍疾病。假令男二十一歲歷丙戌,二十二歲歷丁亥,此名運入天羅。女年二十八歲歷乙巳,二十九歲歷甲辰,此名運入地網,餘準此。
いわゆる運が「天羅地網」に入るとは、通常は戌・亥の両支をもって天羅とし、辰・巳の両支をもって地網とす。男子は流年が天羅に行けば、官府文書・訴訟・刑獄の類の牽纏あり。女子は流年が地網に行けば、口舌是非と纏綿して癒え難き沉重の病痛あり。例を挙げて言えば、男子は二十一歳に丙戌を行き、二十二歳に丁亥を行けば、これを運の天羅に入るという。女子は二十八歳に乙巳を行き、二十九歳に甲辰を行けば、これを運の地網に入るという。其余はこれに照らして類推す。
運入大小耗者,常以太歲前五辰為大耗,六辰為小耗,諸書皆以太歲前五辰為大耗,六辰為小耗,獨三命指掌與此說同主諸事喪敗,無所成實,行年遇之亦然,假令子年生人,以巳為大耗,午為小耗,若入巳午上,為入大小耗,主諸事耗散。
いわゆる運が「大耗」「小耗」に入るとは、通常は太歳より前へ第五位を数えて大耗とし、第六位を小耗とす。各家の書は皆太歳前の五位をもって大耗とし六位をもって小耗とし、ただ《三命指掌》のみこの説法と相同じく、皆諸事喪敗・一成する所なきを主り、流年に遇上するもまた同じ。例を挙げて言えば、子年生まれの人は巳をもって大耗とし午をもって小耗とし、行運がもし巳・午の両支に踏み入れば、便ち大小耗に入ることで、諸事耗散を主る。
十不過一者,蓋取本命干被大運刑剋也,謂甲乙人忌庚辛,庚辛人忌丙丁之類,若更值祿命衰敗,財又無氣,不十過一也。假令丁亥人忌壬癸,丁壬之年,正月建壬寅,二月建癸卯,若是男逆行,不能過癸卯也。蓋以祿屬火,火到卯上敗,命屬水,身屬土,水土到卯上皆死,又丁人以金為祿財,金至卯上受胎,微有氣,不能救援,亥人以火為命財,火至卯上敗,此為大厄也。(並三命鈐)
いわゆる「十不過一」とは、本命天干が大運に刑剋されるを取って言う。甲乙の人は庚辛を忌み、庚辛の人は丙丁を忌むのこの類。もしさらに禄命衰敗・財星また無気に碰上せば、則ち十個の中に一個を過ぐる能わず。例を挙げて言えば、丁亥年生まれの人は壬癸を忌み、丁年・壬年に逢えば、正月の月建は壬寅・二月の月建は癸卯。もし男命逆行なれば、癸卯のこの一歩を過ぐることができない。その禄は火に属し、火は卯の上に到りて敗地。命は水に属し身は土に属し、水と土は卯の上に到りて皆死地。また丁日の人は金をもって禄財とし、金は卯の上に到りてただ受胎のみ、微かに一点の気あり、救援は上がらず。亥年の人は火をもって命財とし、火は卯の上に到りても敗——ゆえにこれは一場の大厄である。以上はともに《三命鈐》に見える。
凡行運到羊刄上,主財物聚散(寸珠尺壁)凡行運分上下五年,今運吉,而後運凶,則下五年福淺,今運凶,而後運吉,則下五年凶輕,若凶遇凶,吉遇吉,則吉凶皆重。
およそ行運が「羊刃」の上に走り着くは、財物の忽聚忽散を主る。この説は《寸珠尺璧》に出る。およそ一歩の大運はまた上五年と下五年に分かつ。こちらの一歩が吉であの一歩が凶なれば、則ち下五年の福気は便ち浅し。こちらの一歩が凶であの一歩が吉なれば、則ち下五年の兇険は便ち軽し。もし凶運が凶運に接し吉運が吉運に接せば、則ち吉と凶は皆加倍して深重となる。
論小運
小運者,陰陽生成之數也。陽生於子,至寅三陽成矣。故男一歲順起於丙寅,陰生於午,至申三陰成矣,故女命逆行,一歲起壬申。火至陽之氣,木少陽之氣,丙火寅木,而火生在寅,則丙寅者純陽也,故男子之運均起於丙寅。水至陰之氣,金少陰之氣,壬水申金,而水生在申,則壬申乃純陰也,故女子之運均起於壬申。(閻東叟書)
「小運」の講ずる所は陰陽生成の数である。陽気は子に始生し、寅に到れば便ち三陽斉備す。ゆえに男子は一歳に順じて丙寅より起こる。陰気は午に始生し、申に到れば便ち三陰斉備す。ゆえに女命は逆行し、一歳に壬申より起こる。火は至陽の気、木は少陽の気で、丙は火に属し寅は木に属し、しかして火はまた寅に長生す。ゆえに丙寅は純陽で、男子の小運は一律に丙寅より起こる。水は至陰の気、金は少陰の気で、壬は水に属し申は金に属し、しかして水はまた申に長生す。ゆえに壬申は純陰で、女子の小運は一律に壬申より起こる。この説は《閻東叟書》に出る。
燭神經云:小運名行年,男一歲起丙寅,女一歲起壬申,男順女逆而行,逐太歲交之。三命提要云:小運一年移一位,男子一歲起丙寅,順行依次數向前,六十一歲又自丙寅數起也。婦人一一歲起壬申,逆行依次數向後六十一歲,又自壬申數起也。
《燭神経》にいう:小運はまた「行年」と呼ばれ、男子は一歳に丙寅より起こり、女子は一歳に壬申より起こる。男は順行し女は逆行し、毎年太歳に随って一度交替す。《三命提要》にいう:小運は一年に一位を移動し、男子は一歳に丙寅より起こり、順じて依次に前へ数え、数え満つる六十に至り、六十一歳に到りてまた丙寅より重新に起数す。婦人は一歳に壬申より起こり、逆じて依次に後へ数え、同じく数え満つる六十に至り、六十一歳に到りてまた壬申より重新に起数す。
小運天左地右,陽從於寅,陰從於申,故男一歲起於寅,女一歲起於申,以建元而論,勝負助歲運而依吉凶,小運各以年遁月建五行,而分生克勝負,假令甲子年,男起丙寅,女起壬申類也。小運助大運太歲相依負而為吉凶。
小運の運行は天道左旋・地道右転である。陽は寅の上より起こり、陰は申の上より起こる。ゆえに男子は一歳に寅に起き、女子は一歳に申に起きる。月建元気をもってその勝負を論じ、さらに太歳と大運に配合して吉凶を定出しなければならない。小運は各々年干より起遁して得た月建五行に依り、生と剋・勝と負を分出す。たとえば甲子年は、男命は丙寅に起き女命は壬申に起きるは、すなわちこの類である。小運は大運と太歳を輔助するもので、三者は互いに依倚し勝負し、従って吉凶を定出す。
返、破、刑、孤,凶中有凶,寅申二命,小運不專反吟、沖破、刑孤之位,雖是凶運,其中亦有吉者,寅申二命,伏吟、反吟,不以小運專在太歲之上也。(並鬼谷遺文)
口訣にいう:反吟・冲破・三刑・孤辰は、凶の上に凶を加える。ただし寅・申の両種の本命は、小運は専ら反吟・冲破と刑孤の位を主らず。注の解釈:これらは凶運に属するといえども、その中にも吉に転ずる者あり。寅・申の両種の本命は伏吟・反吟に遇上しても、単に小運を太歳の頭上に圧して一概に論断することはできない。以上はともに《鬼谷遺文》に見える。
第卅四巻
論二運
凡二運見貴人,主少災無撓,主有人引接,進職加官。貴人多,主見君登封。常人生子得財,婦人夫子之喜,僧道利見大人。二運見祿,貴人加冠遷祿。常人得財。二運見驛馬,官員帶職差遣,或宣力四方。常人榮干得財。婦人生男,夫位有喜。僧道征行吉也。二運見華蓋、夾貴,文官遷職清華,武官罷職,常人破財停權,但主無禍。僧道披剃,百事大吉。二運到正印,官人建大功名。常人聚財得權。婦人骨肉之憂,僧道章服、住持。二運見金輿,不以貴賤,主婚姻慶賀,骨肉之喜。婦人百事大吉,僧道干陰貴人。
大運と小運を合わせて「二運」と称す。二運が「貴人」、すなわち天乙貴人の所在する位置に走り着けば、一年の中に災病稀少・阻撓なきを主り、人中より引薦提携する者有り、官を為す者は職を升り官を加えることができる。命の中に貴人の多き者は、さらに君王に面見し封賞に参与するを主る。平民百姓はこの一年に子を生じ丁を添え、財物を得、婦人は則ち丈夫兒女の方面の喜事あり、僧人道士は権貴を拝謁するに宜しい。二運が「禄」位に走り着けば、官を為す者は官を加え爵を晋め俸禄昇遷し、平民は財を得る。二運が「駅馬」位に走り着けば、官員は職を帯びて外派し命を奉じて四方に奔走し、平民は外出経営により財を得、婦人は男子を生み丈夫の一方に喜慶あり、僧道の遠行も吉利である。二運が「華蓋」「夾貴」に走り着けば、文官は清要顕貴の職位に遷升し、武官はかえって免職され、平民は財を破り主事の権を失うが、大禍に至らず。僧道は則ちこの時に剃度受戒するに適し、諸事大吉。二運が「正印」に走り着けば、官を為す者は大功名を建立することができ、平民は財を聚め権を得、婦人はかえって骨肉親人の憂患あり、僧道は紫衣袈裟の賜与あるいは住持に出任を得る。二運が「金輿」に走り着けば、貴賤を論じず、皆婚姻慶賀・骨肉团聚の喜を主り、婦人は諸事大吉、僧道は則ち女性貴人の暗中相助を得ることができる。
凡二運見伏吟、返吟,不以貴賤,主人疾病、破財、離鄉、哭泣之事。惟僧道披剃吉利。二運見喪門、弔客,主死喪哭泣不祥之事,不以貴賤論之。惟僧道大吉,章服權握之喜。二運見劫殺,武官非橫遷職,文官胥吏起訟或致黜責。常人橫事失權散財,婦人損胎,僧道公事不利上人。二運見官符,官人僚友辯舌,上官窘涉督責,常人闘訟,婦人骨肉不和,僧道官事發覺不詳也。
二運が「伏吟」に遇上し、すなわち歳運干支が本命と相同じく、あるいは「返吟」に遇上し、すなわち歳運干支が本命と相冲するは、貴賤を論じず、皆本人が生病・破財・離郷・哭泣の類の事を主る。ただ僧人道士のみこの一年に剃度出家すればかえって吉利。二運が「喪門」「吊客」のこの両個の喪事の神に遇上すれば、死喪哭泣の不祥の事あることを主り、同じく貴賤を分けず一概にこのごとし。ただ僧道が遇上すれば大吉で、法衣の賜贈・寺観権柄の掌握の喜事あり。二運が「劫殺」に遇上すれば、武官は意外変故により職務を調遷され、文官と衙門胥吏は訴訟を招惹し甚だしきは貶責され、平民は横禍に遭い権柄を失い銭財を散じ、婦人は容易に小産し、僧道は則ち公事により上級に得罪す。二運が「官符」に遇上すれば、官を為す者は同僚と口舌争執を発生し、上司もまた来たり責問督察し、平民は官司を打ち、婦人は家中骨肉不和し、僧道は則ち案発の事あり、甚だ吉利ならず。
二運見大耗,官人上司問難,闇昧讒侫難伸。常人破家失財。婦人憂夫泣子,疾病驚恐,甚者死也。僧道還俗罷權。二運見咸池,官人贓濫發覺,不測闇昧,連累。常人酒色,婦人亦然,及損血氣陰撓。僧道疾病還俗,不寧之兆。二運見空亡,官人罷祿,被逐。常人官事破財鈍悶。婦人憂夫子。僧道平和慰快之年。(凡太歲到以上諸殺位,亦依此論之)
二運が「大耗」に遇上すれば、官を為す者は上司に責難され、また暗中の讒言中傷に遭い冤あって申し難し。平民は家を破り業を敗し銭財を損失す。婦人は丈夫のために憂愁し兒女のために哭泣し、併せて疾病惊恐あり、甚だしきは甚だして喪命する。僧道は則ち還俗し執事の権を失う。二運が「咸池」に遇上し、すなわち俗称の桃花殺は、官を為す者は貪贓枉法の事が敗露し、あるいは説明し難き暗昧案件に牽連し、平民は酒色に沉溺し、婦人もまた同じく、さらに血気を損傷し暗に折磨を受く。僧道は則ち生病して還俗し、心神不寧の徴兆である。二運が「空亡」に遇上し、すなわち一旬の中に配すべき天干なきあの両個の地支は、官を為す者は官を丟げ俸を罷められ逐出局にされ、平民は官司を喫し財を破り心情郁悶す。婦人は丈夫兒女のために憂心す。僧道は倒れて平安順遂・称心快意の一年である。およそ流年太歳が上面のこれら凶殺の所在する位置に行き到るも、またこの办法に照らして推断す。
二運到無禮刑,官人民吏起訟,上官誥責,僚屬相侮,不利見君。常人上下不睦,陰小多災。婦人有淫訛發覺。僧道爭權。二運至無恩刑,官人不利薦擧,屬官家宅陰小死亡。常人恩中生害,六親失義。婦人損胎。僧道俗家骨肉服。二運至恃勢刑,官人同僚不和。常人爭打,是非紛冗。婦人不和,僧道平常。凡運至勾絞者,主勾連連累遠方之事。運至二八門者,主動搖猶豫。二八門者,卯酉是也。運至陰陽二路者,子午是也,主多迍蹇,諸事隔絕。運至當生胎月上者,主有祖宗舊事動搖也。(並燭神經)
二運が「無礼刑」、すなわち子卯相刑に走り着けば、官を為す者は百姓小吏に告発され訟を興され、上級は文を下し申斥し、僚属もまた来たり欺侮す。君王に進見するに宜しからず。平民は則ち上下和睦せず、婦女幼儿は多く災あり。婦人は淫乱醜聞の敗露あり。僧道の間は権位を争奪す。二運が「無恩刑」、すなわち寅巳申の三支相刑に走り着けば、官を為す者は人に挙薦されるに利あらず、下屬と家中の婦孺に死亡あり。平民は恩を受けた処にかえって禍害を生じ、六亲の間は情義を失う。婦人は小産す。僧道は則ち俗家親属のために喪服を服さねばならない。二運が「恃勢刑」、すなわち丑戌未の三支相刑に走り着けば、官を為す者は同僚と不和し、平民は争闘打架し是非紛擾し、婦人は家中不和し、僧道は則ち平平常常である。およそ運が「勾絞」に走り着けば、遠方の事端に牽連され入るを主る。運が「二八門」に走り着けば、心思動揺・猶豫不決を主る。いわゆる二八門とは、すなわち卯・酉の両支である。運が「陰陽二路」、すなわち子・午の両支に走り着けば、諸多の困頓・事事阻隔不通を主る。運が本人の受胎したあの月の月建の上に走り着けば、祖上遺留の旧事の重新翻動を主る。以上は皆《燭神経》に出る。
三命鈐云:運到二八門者,大吏主遷擢,小吏多譴責,庶人不寧其居。運入陰陽二路者,主多遁悶厄塞,諸事隔絕,未泰之象。予甞得之隱者曰:凡命以日時為根本,大運為扶持,小運為發用。豈非以生日生時遇兩吉位則貴,遇兩凶位則賤也。古人云:年不如月,月不如日,日不如時,合貴者,須由大運扶持而至貴也。(三命提要)
《三命鈐》にいう:運が「二八門」すなわち卯酉の位に行き到れば、大官は昇遷擢用を主り、小吏は則ち多く責備を受け、平民百姓は住むこと安寧ならず。運が「陰陽二路」すなわち子午の位に進入すれば、諸多の逃避苦悶・厄難阻塞を主り、事事は隔絶して通ぜず、尚未だ通泰の景象である。私はかつて一位の隠士よりこのような説法を聴き得た:およそ命を看るに、出生の日柱・時柱をもって根本とし、大運は輔助扶持し、小運は臨時発動の用神である。これはまさに、生日と生時がもし両個の吉位に遇えば富貴、両個の凶位に遇えば貧賤と言うのではないか。古人は「年は月に如かず、月は日に如かず、日は時に如かず」と言い、八字の裏に貴神を配得する人も、なお大運の扶持に頼ってはじめて真に顕貴となることができる。この説は《三命提要》に出る。
大小二運為喜會者:(一)謂大運至祿旺,小運至驛馬,假令癸丑人,大運至子,小運至亥,是也。(二)謂大運至驛馬,小運至建祿,假令癸丑生人,大運至亥,小運至子,是也。(三)謂大運至驛馬,小運至馬合,假令癸丑生人,大運至亥,小運至寅,是也。(四)謂大運至驛馬合,小運至驛馬,假令癸丑生人,大運至寅,小運至亥,是也。(五)謂大運至祿庫,小運至祿庫合,假令癸丑生人,大運至辰,小運至酉,是也。
大運と小運が相配して吉慶聚会と成るは、あわせて九種の情形あり。第一種、大運が「禄」の旺地に行き着き、小運が「駅馬」に行き着く。たとえば癸丑年生まれの人は、癸の禄は子にあり、大運が子に走り着き、小運が駅馬の所在する亥に走り着けば、すなわちこの一種である。第二種、大運が駅馬に行き着き、小運が「建禄」に行き着く。なお癸丑生人をもって例とすれば、大運が亥に走り着き、小運が子に走り着く。第三種、大運が駅馬に行き着き、小運が駅馬と相合する地支に行き着く。癸丑生人は大運が亥に到り、小運が亥と相合する寅に到る。第四種はこれに反し、大運が駅馬の合神に行き着き、小運が駅馬そのものに行き着く。癸丑生人は大運が寅に到り、小運が亥に到る。第五種、大運が「禄庫」に行き着き、小運が禄庫の合神に行き着く。癸丑生人は大運が辰に到り、小運が辰と相合する酉に到る。
(六)謂大運至祿財長生,或命財長生,小運至合。假令癸丑生人,寅為祿財長生,寅與亥合,申為命財長生,巳與申合,是也。(七)謂大運至祿長生,小運至建祿,假令癸巳生人,大運至申,小運至子,是也。(八)謂大運至身旺,小運與本命合,假令癸丑生人,大運至卯,小運至子,是也。(九)謂大運小運至祿命旺相之鄉,假令癸丑生人,至亥子是也。
第六種、大運が「禄財」の長生の地に行き着き、あるいは「命財」の長生の地に行き着き、しかして小運が恰好それと相合する地支に行き着く。たとえば癸丑生人は、寅は禄財の長生位で寅と亥は相合し、申は命財の長生位で巳と申は相合し、皆この類に属す。第七種、大運が禄の長生の地に行き着き、小運が建禄に行き着く。たとえば癸巳年生まれの人は、大運が申に走り着き、小運が子に走り着く。第八種、大運が日主身旺の地に行き着き、小運がまた本命年支と相合す。癸丑生人は大運が卯に走り着き、小運が丑と相合する子に走り着く。第九種、大運と小運が同時に禄と本命の皆旺相得気の地方に進入す。癸丑生人が亥・子の両位に走り着くは便ちこれである。以上九種は、皆大小二運の吉会に属す。
大小二運為厄會者:(一)謂大運至祿命絕,小運至敗,假令癸丑生人,大運至巳,小運至酉,是也。(二)謂大小二運併在祿命無氣之鄉,假令癸丑生人,巳為絕,酉為敗,丑為衰,寅為病,卯為死,辰為墓,是也。(三)謂大運小運相沖,假令癸丑生人,大運至卯,小運至酉,或大運至酉,小運至卯,又卯酉為死敗之鄉,是也。(四)謂大運在本命,小運又沖破,假令癸丑生人,大運至丑,小運至未,是也。(五)謂大運至生月,小運至胎月,假令癸丑三月生,大運至辰,小運至未,是也。
大運と小運が相配して災厄聚会と成るも、また九種の情形あり。第一種、大運が禄と本命の絶地に行き着き、小運が沐浴敗地に行き着く。たとえば癸丑年生まれの人は、大運が巳に走り着き、小運が酉に走り着く。第二種、大小二運が一齐に禄命の毫も生気なき処に落ちる。癸丑生人に対して、巳は絶、酉は敗、丑は衰、寅は病、卯は死、辰は墓で、皆無気の郷に属す。第三種、大運と小運が彼此相冲す。癸丑生人は大運が卯に到り小運が酉に到るか、あるいは大運が酉に到り小運が卯に到る。何况卯酉はもとより死地と敗地である。第四種、大運がまさに本命年支の上に圧し、小運がまた来たりてそれを冲破す。癸丑生人は大運が丑に到り、小運が丑と相冲する未に到る。第五種、大運が出生の月建に行き着き、小運が受胎の月份に行き着く。たとえば癸丑年三月生まれの人は、大運が辰に走り着き、小運が未に走り着くは、皆災厄交会の象に属す。
(六)謂大小二運併在三刑、六害、元辰之位。假令癸丑生人,六害、元辰在午,三刑在未,是也。(七)謂大小二運至災劫二殺之位,假令癸丑生人,劫殺在寅,災殺在卯,是也。(八)謂大小二運落空亡,假令癸丑人,是甲辰旬中寅卯為空亡,是也。(九)謂大小二運至男女正天羅地網,假令戌生男,遇亥,亥生女,遇戌,為正天羅。辰生男,遇巳,巳生女,遇辰,為正地網是也。
第六種、大小二運が一齐に「三刑」「六害」「元辰」の所在する位置に落ちる。たとえば癸丑年生まれの人は、六害と元辰は皆午に在り、三刑は未に在り。第七種、大小二運が「災殺」「劫殺」の両個の凶神の位置に走り着く。癸丑生人の劫殺は寅に在り、災殺は卯に在り。第八種、大小二運が「空亡」に落ち入る。癸丑は甲辰のこの一旬に属し、旬中は寅・卯の二支を缺き、寅卯は便ちその空亡である。第九種、大小二運が男女各々の正「天羅」・正「地網」に走り着く。戌年生まれの男子が亥に遇い、亥年生まれの女子が戌に遇うを、正天羅という。辰年生まれの男子が巳に遇い、巳年生まれの女子が辰に遇うを、正地網という。以上九種は、皆大小二運の厄会に属す。
凡支干納音俱在死、墓、絕處。又值災劫惡殺臨之,即死。若大小運上支干納音俱比和,或相生無刑者,即主重病,不至於死。若干在厄處,主去官失祿,或被誣讒,或損失父母財產,若支在厄處,則主疾病散財,若納音在厄處,主瘦損肢體或疾病,小人遭刑責也。
およそ地支・天干と「納音」、すなわち六十甲子の各々配属する五行が、同時に死・墓・絶のこれら衰竭の地に落ち、また災殺・劫殺の類の悪神の圧臨に碰上せば、則ち性命の憂あり。倘若大小運の上の干・支・納音が彼此比和相同じく、あるいは相生して刑剋なければ、則ちただ一場の重病で、死に至らず。もし天干のみ厄地に処すれば、官を丟げ俸を失い、あるいは人に誣告され讒を進められ、あるいは父母遺留の産業を損失することを主る。もし地支のみ厄地に処すれば、生病破財を主る。もし納音のみ厄地に処すれば、身体消瘦・四肢受損あるいは生病を主り、地位卑微の人はさらに刑罰責罰を遭受す。
諸凶神者,若大小運臨其上,或居衰、敗、空亡之鄉,則主其年有亡官失祿、疾病死喪之事。大忌劫殺、墓殺、三刑、六害、元辰、厄會相加。及到支干刑破之位,或臨墓絕之中,則眾凶相會,當有災厄,於是歲修德慎靜則吉。(並三命鈐)
命の中の各種の凶神は、もし大運小運がまさにそれらの上に圧し、あるいは恰好衰・敗・空亡の類の地方に処せば、則ちこの一年に官を丟げ俸を失い・疾病死喪の事あるを主る。最も怕るるは劫殺・墓殺・三刑・六害・元辰と前面の説の厄会の幾様が叠加し一起すること。さらに天干地支の彼此刑破の位置に走り着き、あるいは墓庫・絶地の中に落ち入るに赶上せば、則ち衆凶汇聚し、必ず災厄あり。このような年份に遇えば、ただ徳行を修養し謹慎安静するのみ、はじめて危を轉じて吉と為すことができる。以上は皆《三命鈐》に出る。
凡大小運併,不問納音,如併不在本生年一路者,名曰併不及身,如四季生人併在四孟上,主四孟骨肉災。四仲生人併在四季上,主四季骨肉災。如無此等骨肉,此月分自有災。又在寅申巳亥運上死者,名曰重喪運,主三年骨肉再死一人,大小二運同。(廣信集)欲明榮悴,重加真氣以參祥,更攷興衰,當以殺神而斷失。凡大小二運所歷之處,須兼見生神殺,推其災福也。又加真氣以別其吉凶可也。(壺中子)
およそ大運と小運が同一支の上に重叠するは、さらに納音を論ずるに及ばず。もし重叠の位置が本人出生年の所属するあの一路に在らざれば、これを「併不及身」という。たとえば辰戌丑未の四季月生まれの人は、二運が寅申巳亥の四孟の位に重叠すれば、四孟月出生の骨肉に災あるを主る。子午卯酉の四仲生まれの人は、二運が四季の位に重叠すれば、四季月出生の骨肉に災あるを主る。假如家中に併なきこのような親属なければ、則ちこの月份に本人自己が便ち災ある。また寅申巳亥の運の上に去世する者は、これを「重喪運」といい、三年の内に骨肉親人さらに一個死することを主り、大運小運は皆これに照らして論ず。この説は《広信集》に出る。一生の栄枯を弄清せんと欲すれば、さらに「真気」を加看して参詳しなければならない。興衰起落を考察するには、則ちまさに凶殺の神を憑じて得失を判断すべし。およそ大小二運の経過する処は、皆「生神」と「殺神」を併せて一併に看て、はじめて災禍と福気を推出することができる。さらに真気に配合して吉凶を分辨すれば、便ち周全である。この説は《壺中子》に出る。
二運如逢旺庫年,必須登第更遷官;干神印綬併天乙,祿合臨官喜慶全。兩般運氣看行年,旺庫逢時主峻遷,若是白衣須及第,職官加秩亦欣然。(並金書命訣)
歌訣にいう:大小二運がもし旺地あるいは庫地の年份に碰上せば、読書人は必ず登科及第し、官を為す者はさらに一級を升る。天干の上にまた「印綬」を帯び併せて「天乙貴人」に会合し、加えて禄神と臨官の位の相合あれば、則ち喜慶斉全である。また一首にいう:大運小運のこの两重の運気を看るに、さらに当年の流年を合看せよ。旺地庫地が適逢其時なれば、昇遷迅猛を主る。もし尚未だ入仕の白衣書生ならば、この一年に進士に考中すべし。すでに任職の官員も、また官を加え秩を進めて心満意足する。両首の歌訣は皆《金書命訣》に出る。
瑩和尚注云:古之善歌者,有繞粱之音,善歌者命宮商之曲,今易以呻吟愁嘆,嘆為薤露輓歌,則喪吊臨門,宅墓受殺也。命前五辰為宅,命後五辰為墓,命前二辰為喪門,命後二辰為弔客,其或太歲凶殺臨並大小運限,刑沖,必致凶災,切宜預避。宅墓同處,恐少樂而多憂。王氏注云:命前五辰為陽宅,命後五辰為陰墓,何以為之同處也,如癸亥生人,前五辰見戊辰,乃水之墓也,行年歲運若帶殺來同處其中,故曰宅墓同處,恐少樂而多憂也。
瑩和尚の注の解釈:古代に歌を善くする人は、歌声に梁を繞る三日の余韻あり、唱したるは宮商音律に合する曲子であった。如今かえって呻吟愁歎に換えられ、歎き出すは《薤露》の一類の送葬挽歌で、これはすなわち喪門・吊客が家門に臨み、宅神と墓神が皆凶殺に傷られたを意味す。いわゆる「宅」は、本命年支より前へ第五位を数え、いわゆる「墓」は、後へ第五位を数え、いわゆる「喪門」は本命より前へ第二位に在り、いわゆる「吊客」は本命より後へ第二位に在る。倘若流年太歳と凶殺が一同に大小運限の上に圧し到り、また刑あるいは冲を形成せば、必ず凶災を招来し、務めて事先に法を設けて避くべし。《珞琭子》原文に「宅墓同処、恐少楽而多憂」といえる。王氏の注の解釈:本命より前へ五位は陽の住宅、後へ五位は陰の墳墓で、二者はどうして同一処に在ることができようか。たとえば癸亥年生まれの人は、前へ五位に戊辰に遇い、辰はまさに水の墓庫で、宅と墓は便ち重合した。この時もし流年大運がさらに凶殺を帯びて一起に擠り入れば、ゆえに「宅墓同処」といい、おそらく歓楽は少なく憂愁は多し。
狂橫起於勾絞,禍敗發於元亡。王氏注云:行年歲運遇勾絞,則多因狂橫而起災。元亡者,元辰也,遇之則所為多致傷敗。(並珞琭子)是故人之壽夭,莫不由於見生,禍福窮通,亦復憑於運限,比合則吉,戰克則凶。
《珞琭子》にいう:「狂横は勾絞より起こり、禍敗は元亡より発す。」王氏の注の解釈:流年と大運が「勾絞」のこの凶神に碰上すれば、多くは狂妄横暴の行為により災禍を惹出す。「元亡」はすなわち「元辰」で、それに遇上すれば、為す所の事は多く損傷失敗をもって収場す。以上は皆《珞琭子》に出る。ゆえに人の長寿と夭折は、所遇が生気を得るか否かに取決せざるはなく、禍福と窮通も、同じく運限に憑依して定まる。五行比和相生すれば則ち吉、交戦相克すれば則ち凶。
凡行年二運至相生比合之鄉,則吉,至相剋不比合之鄉,則凶。行年二運生我命者吉深。我命生行年五行者吉淺。行年二運之五行克我者凶多,我命克行年二運之五行者凶少。又須當每以至福者,運之三合處為有吉之月。至禍者,運之四沖處為有凶之月。若逢破宅,必有修營。設遇會神,焉無嫁娶。破宅常居命前五辰,會神常居命前後各四辰,若流年二運遇破宅,必有修營蓋屋之事,其中又見喪門弔客,乃有凶禍至矣。若流年二運遇會神,必有婚娶宴樂之事,重併主疾病,會神是三合處也。
およそ流年と大小二運が本命と相生・比和相合する処に走り着けば、便ち吉利。相克してしかも比和すること能わざる処に走り着けば、便ち兇険。流年二運の五行が来たりて我が本命を生ずるは、吉利最も深厚。これに反して我が本命が流年五行を生じに行くは、吉利は便ち淡薄。流年二運の五行が来たりて我を剋するは、凶多し。我が流年二運の五行を剋しに行くは、凶少し。これ以外にさらに記住すべし:福ある運に走り着けば、則ち当該運の三合の位置をもって一年中吉利の月份と為す。禍ある運に走り着けば、則ち当該運の四冲の位置をもって一年中兇険の月份と為す。《壺中子》にいう:「若逢破宅、必有修営。設遇会神、焉無嫁娶。」「破宅」は常に本命より前へ第五位に在り、「会神」は常に本命前後の各々第四位に在る。流年と二運がもし破宅に碰上せば、必ず修繕蓋房の事あり。その中にもしさらに喪門・吊客を見れば、則ち凶禍の降臨あり。流年と二運がもし会神に碰上せば、必ず嫁娶宴飲の楽あり。ただし重叠相併せば、かえって疾病を主る。会神の指す所は、すなわち三合の位置である。
最不律者勾絞,動作不成,極為災者浴盆,公私易行。行年二運見勾絞,主動作不成,沐浴住處見水,則化為浴盆殺,行年二運見之,男主公私文書聒撓,女主破產傷胎。併在返吟之上,分興三尺任優遊;沖於刑害之鄉,決定一年遭迍蹇。大小二運及本命行年沖,而又併者死。返吟詠謂對沖,雖於是年見災病,而不致夭壽,刑害謂不併也。
《壺中子》にまたいう:最も法度を守らざるは「勾絞」で、それに遇えば事を為して総じて為し成さず。最も災を招き易きは「浴盆」で、公事私事ともに岔子を出し易し。流年と二運が勾絞を見れば、為す所の事の成功せざるを主る。沐浴の位の所在する処にもしまた水を見れば、便ち「浴盆殺」に化成す。流年二運がそれに遇えば、男子は公私文書の纏身聒擾を主り、女子は破財損産・傷胎小産を主る。原文は続いていう:「併在返吟之上、分興三尺任優游。冲於刑害之郷、決定一年遭迍蹇。」大小二運と本命・流年が互相冲し、しかして彼此重叠する者は、死を主る。いわゆる「返吟」とは正对冲を指し、当年は災病を見るといえども、寿命を折損するに至らず。いわゆる「刑害」とは、刑害ありて併未だ重叠せざる情形を指す。
值病仍須憂病,脫底忌於羅網,適生依舊得生,特且遠其喪吊。行年大小二運值病處,仍須疾病,值生處,仍須生產,雖疾病之年,而不見辰戌二字者,不妨,見辰戌字者,尢不吉也。蓋辰戌乃天羅地網,故脫底忌之。遇生產之年,而不見喪門弔客者,不妨,見之者不吉矣。蓋喪門弔客,乃黃幡豹尾,故特宜遠之。(並壺中子)
原文にいう:「値病仍須憂病、脱底忌於羅網。適生依旧得生、特且遠其喪吊。」流年と大小二運が十二運の「病」位に走り着けば、本年はなお疾病のために憂愁す。もし「生」位に走り着けば、本年はなお生育の事あり。疾病の年といえども、ただ辰・戌の二字を見ざれば、便ち事に妨げず。いったん辰戌を見れば、則ち格外不吉である。辰は天羅・戌は地網であるから、ゆえに根本上よりそれらを忌諱す。生産の年に遇えば、ただ喪門・吊客を見ざれば、また事に妨げず。見れば便ち不吉利である。喪門・吊客はまさに「黄幡」「豹尾」の両個の凶神の化する所なるがゆえに、殊にまさに遠離すべし。以上は皆《壺中子》に出る。
木,亥上為祿長生,卯上為祿旺之類。凡欲知人得官早晚,但以驛馬建祿,祿財祿官到合處,即主白身得祿。居官者,有陞擢之慶,小人亦主財物驟至。假令巳酉丑人驛馬在亥,寅年驛馬旺,又與驛馬合,亥年為驛馬建,又癸丑人建祿在子,丑年為祿合,又祿官是土,子年祿官旺,命財是水,子年命在旺。凡大小運並太歲至此,皆為祿官喜,又祿官庫命財庫在辰,辰與酉合,驛馬在亥,亥與寅合,宜於辰寅酉亥方守官。
いわゆる禄の長生と禄旺とは、たとえば木に属する人は、亥位はその禄の長生の地、卯位はその禄の旺地で、其余の五行はこれに依りて類推す。およそ一人の人がいつ官を得るかを知らんと欲すれば、ただ「駅馬」「建禄」、および「禄財」「禄官」が相合する位置に行き到るか否かを看よ。行き到れば則ち白身平民も官禄を得るを主り、すでに官を為す者は昇遷の喜あり、普通人もまた銭財の骤然に至るを主る。例を挙げて言えば、巳酉丑年生まれの人は駅馬は亥に在り、寅年は駅馬の旺地で、寅はまた亥と相合す。亥年は則ち駅馬の本位である。またたとえば癸丑生人は、建禄は子に在り、丑年は子と相合して禄合と為す。癸の禄官は土に属し、子年はまさに禄官の旺を得る時で、癸の命財は水に属し、子年は命財もまた旺地に在り。およそ大運・小運と流年太歳を連ねてこれらの位置に走り着けば、皆禄官相喜の好時候に属す。さらに、禄官庫と命財庫は皆辰に在り、辰は酉と相合し、駅馬は亥に在り、亥は寅と相合す。ゆえに辰・寅・酉・亥のこれら数個の方位に於いて官を任じ職を守るに宜しい。
凡本命支干與大小運及太歲支干合,併為吉會,假令癸丑人大小運行年至戊午,為干合,至壬子為支合,餘準此。凡貴命,刑沖則發,必得時日歲運撃揚然後動。陰陽二命,並命前五辰為宅,若遇太歲臨之,主其年多災,或因官事失財物,凡所施為,皆當蹇躓,若有福神救之,其災則輕。假令甲子生人,以命前五辰,己巳為宅,若遇己巳即為太歲入宅,餘準此。(並三命鈐)
およそ本命の天干地支が大小運および流年太歳の干支と相合するは、皆吉利の聚会と算定す。たとえば癸丑年生まれの人は、大小運と流年が戊午に走り着き、戊は癸と相合し、是れ天干の合。壬子に走り着き、子は丑と相合し、是れ地支の合。其余はこれに照らして類推す。およそ貴格の命は、往々にして刑冲を経てはじめて発動し、必ず時辰・日辰と流年大運の撞击激揚を得て、然る後に動き起こるを得る。男命女命を論じず、皆本命年支より前へ第五位をもって「宅」と為す。もし流年太歳がまさにこの一位の上に圧せば、則ちこの一年に災禍較多く、あるいは官司により財物を損失し、およそ作為あるごとに阻礙に遇う。もし福神来たり解救あれば、災禍は便ち軽め。たとえば甲子年生まれの人は、前へ第五位は己巳で、己巳は便ち彼の宅。己巳年に遇えば、則ちこれを「太歳入宅」といい、其余はこれに照らして類推す。以上は皆《三命鈐》に出る。
宅神沖破定移居。如戊子見癸巳是宅,太歲沖破,但移動改更。
歌訣に「宅神冲破定移居」とある——宅神がいったん冲破されれば、必ず家を搬さねばならない。たとえば戊子年生まれの人は、前へ第五位の癸巳が便ち彼の宅で、流年太歳が来たりてこの癸巳を冲破せば、あの年に便ち遷徙搬移・居所改換の事あり。
凡行年有五箇太歲逢著真者,名曰撞命殺,如丙寅日生,遇丙寅太歲是也。大忌日上逢之。若官員在富貴權要之地逢之,多死。縱不死,則撞破福氣,一生閒慢也。閒居遇之,主己身與妻有災,庶人逢之,喪妻之年也。大抵日上逢之,未有無事者。時上見之,有子哭子,無子生子,有生時同者,五十後犯之,主自死。
一人の八字の裏には、年・月・日・時に胎元を加えてあわせて五処の干支あり、流年太歳がもしその中の某一処と完全相同なれば、則ちこれを「撞命殺」という。たとえば丙寅日生まれの人が丙寅年に遇上するは便ちこれ。最も忌諱するは日柱の上に撞くこと。官を為す人はまさに富貴権要の位置に在ってそれに撞けば、多くは死を要す。たとえ死せずとも、福気を撞破し、従此一生閑散して志を得ず。閑居在家の人がそれに遇えば、自己と妻子に災あるを主る。平民百姓がそれに遇えば、往々にして妻を喪う年份である。大体に言えば、日柱の上に撞く者は、平安無事なる能う者なし。時柱の上に撞く者は、兒子ある者は兒子を哭し、兒子なき者はかえって兒子を生ず。もし八字の生時と流年干支が相同じく、五十歳以後に再び犯せば、自身の死亡を主る。
有一卿監,丙寅年,庚寅月,丙辰日,己丑時,丙辰年知饒州,言罷,二十餘年不起。一侍從壬申年,丁未月,丁卯日,辛亥時,丁卯年撞死。一兩制,乙亥年,己丑月,辛未日,丙申時,辛未年閒居喪妻,壬申年起,復即死。一員郎戊辰年,乙卯月,己丑日,壬申時,壬申年撞死。珞錄子云:與生地之相逢,宜退身而避位者也。又云:災福在歲年之位內,覺發由時日之撃揚。(並廣信集)
書中に幾個の実例を挙ぐ。ある卿監あり、八字は丙寅年・庚寅月・丙辰日・己丑時で、丙辰年に到り饒州知州に出任し、人に弾劾され罷職した以後、二十余年再び起用されず。ある侍従官あり、八字は壬申年・丁未月・丁卯日・辛亥時で、丁卯年に到り日柱に撞上して死す。ある両制に任ずる詞臣あり、八字は乙亥年・己丑月・辛未日・丙申時で、辛未年にまさに閑居在家して妻を喪し、壬申年に重新起用され、随いて去世す。ある員外郎あり、八字は戊辰年・乙卯月・己丑日・壬申時で、壬申年に時柱に撞上して死す。《珞琭子》に「与生地之相逢、宜退身而避位者也」といい、流年が本命の居する地に撞上すれば、まさに早めに退身して位を避くべきを意味す。また「灾福在歳年之位内、覚発由時日之撃揚」といい、一年の災と福は皆流年太歳の位置の裏に蔵し、しかしてそれが発作するか否かは、日柱時柱が激動されるか否かを看る。以上は皆《広信集》に出る。
