飛馬共干格
太陽清氣日中看,土馬飛來要共干,只看生朝如點入,照臨方定作高官。如陳侍郎壬申年甲辰月庚辰日丁亥時,庚辰日為土馬從庚遁至午得壬,壬年與天馬同干。
歌訣に曰く、太陽の清気は正午の時分に視るべく、土馬飛来するに必ず年干と同一字なることを要す。ただ出生のその日、一点の清光の射入するに似たるや否を視るのみ、光の身に臨めばこそ高官に断ずるを得。例へば陳侍郎の命造、壬申年・甲辰月・庚辰日・丁亥時。庚辰日は土に属し、これ土馬なり。庚より五鼠遁を起して午に推して壬午を得、この壬正に年干の壬と同じく、天馬年干と一つの干を共にす。ゆゑに格に合す。
上清飛馬食禄格
丁己天元注祿星,本宮永鎮日時明,生日土龍如飛入,吉照人身玉食清。如歐陽永叔,丁未年,丁未月,丙辰日,庚寅時,且丙辰日馬在午,遁得甲午,甲祿在寅是也。(紫虛局)
歌訣に曰く、丁・己両天元に禄星注定し、本宮長く日・時の位に鎮守して光明昧まず。出生の日、もし辰の「土竜」飛入あらば、吉気身に照り、一生玉食清貴なり。例へば欧陽永叔(すなはち欧陽脩)の命造、丁未年・丁未月・丙辰日・庚寅時。丙辰日の馬は午に在り、午に遁して甲午を得、而して甲の禄は正に寅に在り、時支恰も寅にて、禄と馬と彼此照応し、すなはちこの格なり。この説は《紫虚局》に出づ。
驛馬同貴神位,閻東叟謂之貴馬同科。
駅馬と貴神と同一位置に在るを、閻東叟はこの情形を「貴馬同科」と呼べり。
寅午戌馬在申,乙己鼠猴鄉,戌為華蓋,巳上若見甲己乙庚合者,定建殊利名,名振四海,若單有乙己無合者,武侯高貴。申子辰馬在寅,六辛逢馬虎,又云:甲丙相邀入虎鄉,辰為華蓋,以上若見甲己丙辛合者,當有清華崇重之貴,若單有甲丙,而無合字者為右職清貴也。
寅午戌年の人は馬申に在り、而して乙・己両干の貴人は正に子(鼠)と申(猴)に在り、貴と馬と同じく申に落ち、戌はこの一組の「華蓋」なり。もし巳位にてさらに甲己相合・乙庚相合を見れば、必ず能く特別の功名を建て、声望四海を震動す。もしただ乙・己ありて相合の字なければ、また武侯のごとき高貴なるを得。申子辰年の人は馬寅に在り、六辛の貴人は午と寅に在り、ゆゑに「逢馬虎」と曰ふ。又一説に、甲・丙相邀ねて同じく寅の虎郷に入る、辰はこの一組の華蓋なり。もしさらに甲己相合・丙辛相合を見れば、まさに清要崇重の貴あらん。ただ甲・丙ありて合字なければ、また右職のごとき清貴の官を失はず。
巳酉丑馬在亥,丙丁豬是貴,且為華蓋,以上見丙辛丁壬合者,翰苑詞林之貴,若單有丙丁無合字者,為武官之清職矣。亥卯未馬在巳,壬癸兔蛇鄉,又云:辛到巳,未為華蓋,以上見戊癸、丙辛、丁壬合者,文資高貴,若見辛壬癸無合字者,武官重爵矣。
巳酉丑年の人は馬亥に在り、而して丙・丁の貴人は正に亥(猪)に在り、貴と馬と位を同じくし、亥また兼ねて華蓋と作る。この一組もしさらに丙辛相合・丁壬相合を見れば、これ翰林詞苑の一級の清貴なり。ただ丙・丁ありて合字なければ、便ち武官のうちの清要の職を為す。亥卯未年の人は馬巳に在り、壬・癸の貴人は卯(兔)と巳(蛇)に在り、貴馬同郷なり。又一説に、辛の貴気また巳に到る、未はこの一組の華蓋なり。もしさらに戊癸・丙辛・丁壬のこれら相合を見れば、文職高貴を主る。ただ辛・壬・癸を見て合字なければ、それすなはち爵位隆重の武官なり。
馬貴同窠之位,若不犯空亡、大敗、交退伏神,一生清貴,如有上件,神夾在月日時上者,若非守職有違,亦必因事移徙,祇如蕭昭學士壬寅六月丁未乙酉日庚辰時,其庚祿在申與乙合寅為馬在申,前云:乙己鼠猴鄉是也,其庚辰是大敗,丁未為退神,所以二遭降點經略廣東。(金書命訣)
馬と貴と一窠の位置に同処し、ただ空亡・大敗・交神・退神・伏神を犯さざれば、一生清高顕貴なり。されど上述の悪神煞もし月・日・時に夹まらば、この人は任職にて差錯を出すか、必ず事によりて遷徙を迫られん。蕭昭学士の命造のごとし、壬寅年・六月丁未・乙酉日・庚辰時——庚の禄は申に在り、また乙と相合し、寅年の馬正に申に在り、すなはち前に曰ふ「乙己鼠猴郷」なり。奈何せん庚辰は大敗、丁未は退神なるがゆゑ、彼二度貶降に遭ひ、広東を経略せしめらるに至れり。この説は《金書命訣》に出づ。
玉門關集云:驛馬為天使,長為喜事媒,欲其馬蹄發,且提貴人催。閻東叟云:歲運行年更與貴馬相合者,大亨快也。
《玉門関集》に曰く、駅馬は天の使者のごとく、従来喜事の媒介なり。馬蹄の快走せんことを欲せば、また貴人を請ひて後より催促せしめんことを要すと。閻東叟曰く、大運・流年さらに貴人・駅馬と相合すれば、それすなはち万事亨通痛快なり。
驛馬主人氣韻清峻,通變趨時,平生多聲望,此生旺者然也。死絕則為性有頭無尾,或是或非,一生少成,飄泊不定,與祿同鄉,主福力優遊,與殺相沖併,或孤神弔客喪門併者,離鄉背井之人,或為僧道,或為商賈,帶倒食祿鬼者,一生慳吝,機倖遇人,賤心塵態,與食神併者,聲譽人也。(燭神經)
命に駅馬を帯ぶる人は、気度清朗高峻にして、善く権変を通じ時勢に及び、平生頗る声望あり——これ馬の生旺に逢ふ時の様なり。もし馬死絶の地に落ちれば、性有頭無尾にして、是非一定せず、一辈子少なく成就なく、四方漂泊す。駅馬禄と同一郷に在るは、福力寛裕従容なり。凶殺と相沖相併するか、あるいは孤神・吊客・喪門と同併するは、すなはち離郷背井の人、出家して僧道を為すか、あるいは出でて経商す。「倒食」と禄鬼とを帯ぶるは、一生吝嗇にして、投機僥倖を以て人と周旋し、心地卑賤・挙止庸俗なり。食神と同併するは、こそ有声誉の人なれ。この説は《燭神経》に出づ。
驛馬者之命中,發用喜慶之神也,若人遇之,君子常居榮位,小人亦主豐瞻,大小運行年至此,主得官及遷改之喜,若小運及行年太歲與驛馬合併主遷官得祿,如甲子人驛馬在寅,小運及太歲至亥,亥與寅合之類也。(三命鈐)
駅馬の命に在るは、発動起用し、喜慶を致す一神なり。人もしこれに遇へば、君子は常に栄顕の位に居り、小人もまた家道豊足を主る。大運・小運・流年馬位に走れば、官職を得るか遷転改任の喜事を主る。もし小運・流年太歳駅馬と相合すれば、さらに升官得禄を主る。例へば甲子年生の人駅馬寅に在り、小運と太歳亥に行れば、亥は寅と相合す、すなはちこの類なり。この説は《三命鈴》に出づ。
文曲星歌
文曲天星是福神,若逢貴地最堪親,尋論納音歸去就,絕病相逢賤薄人。
歌訣に曰く、文曲のこの天星はもと福神にして、もし貴人の地に落つるを得ば、最も親しむべし。ただしまた納音を按じてその帰宿向背を推すべく、もし絶地・病地に碰上れば、ただ卑賊軽薄の人のみ。
假令甲辰人見丙寅,是為食神見長生馬,若見戊寅則為財庫之馬,若見甲寅火被水所剋,作遇如不遇之論也。(珞琭貴賤格)指迷賦云:拜命無啕蓋生逢於鬼馬。
例を挙げれば、甲辰年生の人丙寅を見れば、丙は甲の食神にして、寅また馬の長生の地なり。ゆゑに食神が長生馬を見ると曰ふ。もし戊寅を見れば、戊は甲の財にして、寅上に財庫あり、すなはち財庫の馬なり。もし甲寅を見れば、甲寅の納音は水に属し、火を克住すれば、それただ「遇りて遇らざるがごとし」を以て論ずべし。この説は《珞琭貴賤格》に出づ。《指迷賦》にも曰く、朝廷の任命を得ざる人は、多くは生来鬼馬に逢へばなり(馬官鬼に克され)。
諸馬を論ず
如亥生人以巳為馬,看如何馬,但用長生處推,便見,若癸亥至巳,亦自無氣,水絕故也,然今人但知此正馬,而不知有從馬,癸亥亦巳為馬,是以火為馬,凡遇火辰,亦是從馬,命中有之,亦濟事,若癸亥人遇戌亦是,蓋戌火庫也,更看得何干,若得水乾則減力也,餘彷此。(李靈中書)
例へば亥年生の人巳を以て馬と為す、究竟是何の馬ぞや、ただ長生の位置を按じて推れば明らかなり。癸亥年の人の巳に行くがごとき、馬の身もまた気なし、水は巳に絶つがゆゑに。ただし今人はただこの正馬を知るのみ、また「従馬」あるを知らず。癸亥年の人巳を以て馬と為すも、巳は火に属すれば、すなはち凡そ火に属する辰位に遇ふは、皆従馬と算し、命中これあれば同じく用あり。癸亥年の人戌に遇ふもまたしかり、戌は火庫なればなり。この外またこの一柱の得る天干の何なるを視べし。もし得るところ水干なれば、馬の力量減弱すべし。余はこれに準ず。この説は《李虚中書》に出づ(原書は「李霊中書」と作る)。
凡驛馬下生者,若月日時支干及衡策全並勊身者,定貴,馬前一辰為沖,後一辰為策,假令甲子金命正月辛丑日卯時生必貴,以甲子人馬在寅,又逢祿,又本命子與生日丑在馬後為策,又卯時在馬前一辰為沖,又馬是丙寅火,能勊甲子金必貴也。
凡そ駅馬の下に生まるる人、もし月・日・時の干支「沖」と「策」と連ねて皆備はり、而して馬能く身を剋すれば、必ず顕貴なり。馬の前一辰を「沖」と曰ひ、馬の後一辰を「策」と曰ふ。例を挙げれば、甲子年生・納音金に属する人、正月辛丑日卯時に生まれれば、必ず貴し。甲子年の人馬は寅に在り、寅また甲の禄なればなり。本命の子と生日の丑とは皆馬の後に在り、正にこれ策。卯時は馬の前一辰、正にこれ沖。而してこの馬は丙寅・納音火に属し、火能く甲子の金を剋す。馬来たりて身を剋すゆゑ、必ず貴し。
有驛有馬者,主位至公候,乾為馬,支為驛,如戊戌人,驛馬在庚申,庚申支干屬金,金到申上臨官,戊戌支干俱屬土,到申上長生,本命及驛馬,支干皆為有氣,是有驛有馬也,
駅ありかつ馬ある人は、官位公侯に至るを得。ここに天干を以て馬と為し、地支を以て駅と為す。例へば戊戌年生の人、駅馬は庚申に落つ。庚申干支皆金に属し、金申に行きて正に臨官の地。戊戌干支皆土に属し、土申に行きて正に長生の地。本命と駅馬の干支全く気ある、これを「有駅有馬」と曰ふ。
又如壬午人驛馬在戊申,戊土與本命壬水到申長生,以午火到申為衰鄉,本命干旺支衰,是有馬無驛也,又如丁丑人驛馬在辛亥,金臨亥為病鄉,本命丁火到亥為絕鄉,以丑土到亥為臨官,本命干衰支旺,驛馬乾亦衰,是有驛無馬也,大小二運行年並準此推之,
また壬午年生の人のごとき、駅馬は戊申に在り。戊土と本命の壬水と申に行きて皆長生なれども、本命の午火申に到れば却つて衰地なり。ここにおいて天干旺にして地支衰ゆ、これを「有馬無駅」と曰ふ。また丁丑年生の人のごとき、駅馬は辛亥に在り。辛金亥に到れば病地、本命丁火亥に到れば絶地、而して丑土亥に到れば却つて臨官なり。ここにおいて天干衰へて地支旺わり、駅馬の天干もまた衰ゆ。これを「有駅無馬」と曰ふ。大運・小運・流年、皆この法を以て推算す。
馬勊身者,取驛馬之辰能制生月也,如寅午戌人,馬在申,申屬金,能制寅卯月木也,假令甲子人在辰戌丑未月生是也,主官祿易求,仕宦無滯,常人遇之主小富。(三命鈴)
いはゆる「馬剋身」は、駅馬のその一辰能く生月の気を制伏するを取るなり。例へば寅午戌年の人馬申に在り、申は金に属し、能く寅月・卯月の木を制す。また甲子年の人辰・戌・丑・未のこれら土月に生まるれば、馬また来たりて身を剋す。かかる命は官を求め易く、仕途に阻滞なし。平常人これに遇ふも、また小富を主る。この説は《三命鈴》に出づ。
英霊貫馬格
音動而使星明五行真氣之長生處曰英靈氣,下遇驛馬者,乃是英靈貫馬格,凡人遇之必為持節按部之使。(壺中子)
納音一たび動けば、使星顕明なり。五行真気の長生の処を「英霊気」と曰ふ。この気の下、また駅馬に遇へば、すなはち「英霊貫馬格」なり。凡人この格に遇へば、必ず能く節を持して一方を巡按する使臣を為すべし。この説は《壺中子》に出づ。
凡命時坐年馬日馬,皆主清貴,然少年主孤又主跋涉,多作監司往來之位,難久君側也。(廣信集)
凡そ時柱に年支の馬または日支の馬を坐するは、皆清高顕貴を主る。ただし少年の時免れず孤単なり、また四方に跋涉奔走し、多くは監司のごとき来往巡查の差使を担ひ、君王の身辺に長く留まること難し。この説は《広信集》に出づ。
駅馬の清濁
甲子得丙寅為祿馬同鄉,為食神乘長生馬,丁丑人得丁亥為天乙天官乘旺官馬,又巳酉丑馬在亥,則丁亥土,癸亥水皆為臨官馬,己亥木長生馬。辛亥金,病馬,乙亥火,絕馬,
甲子年の人丙寅を得れば、禄と馬と一郷に同じく在り、丙また甲の食神なるがゆゑ、これ食神の長生の馬に騎るなり。丁丑年の人丁亥を得れば、亥上に天乙貴人・天官あり、これ旺気を乘する官馬なり。さらに説く、巳酉丑年の人馬亥に在り、丁亥は納音土に属し、癸亥は納音水に属し、亥に到りて皆臨官なるがゆゑ、これ臨官の馬なり。己亥は納音木に属し、木は亥に長生す、これ長生の馬なり。辛亥は納音金に属し、金は亥に到りて病と為る、これ病馬なり。乙亥は納音火に属し、火は亥に到りて絶と為る、これ絶馬なり。
若乘長生臨官馬或帶祿食貴氣,則遇一當百,馬勊身則少年亨快,為官清顯,若乘病絕空亡者,更值破敗交退伏神,則遇如不遇,縱為官則粗濁卑賤,非清要之職,又申子辰馬在寅干得甲,乙支得亥卯未,納音得木,雖無寅皆馬氣也,五命中時為上,日為中,月為下,三命中庫為上,旺為中,生為下。(閻東叟書)
もし騎るところ長生馬・臨官馬にして、また禄気・食神・貴気を帯ぶれば、それ一つ以て百に当たる。馬さらに能く身を剋せば、少年にて順遂快意、官を為して清高顕達なり。これに反し、もし騎るところ病馬・絶馬あるいは空亡に落ち、また破敗・交神・退神・伏神に碰上れば、それ遇ふも遇らざるに等し。たとへ官を為すも粗濁卑下にして、清要の職にあらず。また申子辰年の人馬寅に在り、ただ天干に甲・乙を得、地支に亥卯未を得、納音また木に属せば、たとへ命中寅字なくとも、これら皆馬気と算す。五つの位次に就きて言へば、馬は時柱に在るを最上とし、日柱に中、月柱に最下とす。三命に就きて言へば、馬は庫に坐するを最上とし、旺に坐するを中、長生に坐するを最下とす。この説は《閻東叟書》に出づ。
世之言命者多矣,至於驛馬,皆以月胎日時帶馬則為貴,無馬則為賤,是不知得一分三之說,蓋天有五行,馬有五種:曰水,曰火,曰木,曰金,曰土,馬若來勊命者,早年榮達,命去勊馬者,順則得,逆則否,卯生馬,巳運逆行則為無馬也。
世の命を講ずる者多し。駅馬を説くに、一概に月・胎・日・時に馬を帯ぶれば貴しとし、帯びざれば賤しと為すは、これ「一分を得て三と為す」の道理を解せざるなり。天に五行あれば、馬もまた五種あり。水馬・火馬・木馬・金馬・土馬。馬もし来たりて命主を剋せば、早年の栄顕発達を主る。これに反して命主馬を剋するに行かば、すなはち運の順逆を視べし——順行すれば則ち得る能く、逆行すれば得る能はず。例へば卯年生の人馬巳に在り、もし大運逆行して巳を離れ去らば、馬なきに等し。
馬有十二:一曰欵假。巳酉丑人得壬,亥卯未人得丙,申子辰人得甲,寅午戌人得庚。二曰蹶蹄。謂四柱雖帶驛馬,而生日值空亡亡神者是也,一生多主失而復起。
駅馬また細かに十二種に分かつ。第一を「款假」と曰ふ、すなはち馬気虚假にして実ならざるなり。巳酉丑年の人ただ壬を得て(亥の本気)亥を見ず、亥卯未年の人ただ丙を得て巳を見ず、申子辰年の人ただ甲を得て寅を見ず、寅午戌年の人ただ庚を得て申を見ず、その干ありてその支なければ、馬すなはち假なり。第二を「蹶蹄」と曰ふ、四柱駅馬を帯ぶといへども、生日正に空亡・亡神に落つるを指し、馬の前蹄を失ふがごとき、一生多くは先に失ひて後に起つ。
三曰折足。胎月日時帶驛馬,而月日時中帶沐浴者是也,遇此者用不得發也。四日無糧。生日值馬,馬食太歲,如甲子人得人寅日,而時更落空在空亡者是也。
第三を「折足」と曰ふ、胎・月・日・時に駅馬を帯び、而して月・日・時のうちまた沐浴の地を帯ぶを指し、馬の腿折れたるがごとき、かかる情形に遇へば、たとへ才具あるも施展すること能はず。第四を「無糧」と曰ふ、生日正に駅馬に坐し、而して馬かへつて年柱を耗食するを指す——例へば甲子年の人丙寅日を得(原書の「人寅」は「丙寅」に作るべし)、時辰また空亡に落ち入れば、馬草糧食ふべきものなし。
五曰不出廳廄。胎月帶馬不見貴,及不見祿堂,及入空亡者是也,得此者不歷任所。六曰嘶風。寅申人得己亥,己亥人得寅申者是也,一生只有虛名。
第五を「不出庁厩」と曰ふ、胎月に馬を帯ぶといへども、貴人を見ず、また禄堂を見ず、なほ空亡に落ち入り、馬は厩に関しめられて出づる能はず。これを得る者一辈子真に任に到り事を視ることなし。第六を「嘶風」と曰ふ、寅・申年の人巳亥を得、巳・亥年の人寅申を得るを指す(原書の「己」は「巳」に作るべし)、馬ただ風に対して長く嘶き、一生徒らに虚名あり。
七曰趨途。謂驛馬雖有,祿在空亡,不見驛也,何謂驛,甲丙庚壬為四陽驛也,寅申巳亥為四陰馬也,得此者謾勞求祿也。
第七を「趨途」と曰ふ、駅馬ありといへども、禄は空亡のうちに落ち、馬ありて歇息すべき駅舎なきに等し。何をか駅と曰ふ。甲・丙・庚・壬の四つの陽干は四陽駅、寅・申・巳・亥の四支は四陰馬なり。これを得る者一路奔走し、徒らに気力を費して禄を求む。
八曰馱尸。十二驛馬中惟馱尸馬為最凶,見祿即死,甲子旬中,巳酉丑生人馬在亥,乙丑人丁亥,己巳人乙亥,癸酉人癸亥,乙丑人得亥馬,忌寅月日時金絕故也,己巳人得亥馬,忌申月日時,癸酉人得亥馬,亦忌寅月日時,有一在此,名曰馱尸,亦如亥卯未是甲午旬中者乙未己亥癸卯,乙未人得巳馬,忌寅月日時,己亥人得巳馬忌申月日時,癸卯人得巳馬,亦忌寅月日時,皆馱尸也,餘皆準此。
第八を「駄屍」と曰ふ、これ十二種の駅馬のうち最も凶なる一種にして、一たび禄を見れば命を送らん。甲子のこの一旬を以て言へば、巳酉丑年生の人馬亥に在り、乙丑年の人丁亥に配し、己巳年の人乙亥に配し、癸酉年の人癸亥に配す。乙丑年の人亥馬を得れば、最も寅月・寅日・寅時を忌む、金は寅に絶つがゆゑに。己巳年の人亥馬を得れば、申月・日・時を忌む。癸酉年の人亥馬を得れば、また寅月・日・時を忌む。ただそのうちの一様を犯せば、便ち駄屍と曰ふ。また亥卯未の甲午のこの一旬に在る乙未・己亥・癸卯のごとき、乙未年の人巳馬を得れば寅月・日・時を忌み、己亥年の人巳馬を得れば申月・日・時を忌み、癸卯年の人巳馬を得ればまた寅月・日・時を忌む——皆駄屍に属す。余はこれに準ず。
九曰食蒭。謂驛馬勊其時者是也,假令驛馬屬金,生時得木,此類謂之食,得此者朝宦以上命也。十曰乘軒。謂胎月生日帶祿馬,名曰乘軒,宰相命也,假令甲申人得庚寅甲寅時,及庚寅胎月也。
第九を「食芻」と曰ふ、駅馬能く生時を克制するを指す。例へば駅馬金に属し、生時木に属せば、金の木を剋するは馬の草料を食らふに等し。これを得る者は朝官以上の命なり。第十を「乘軒」と曰ふ、胎・月・生日の上に皆禄と馬とを帯ぶを指し、大夫の車駕に坐上せしに等し、これ宰相の命なり。例へば甲申年の人庚寅日・甲寅時を得、胎月また庚寅なり。
十一月乘貂。有天地得合,見太歲生月日時見貴人驛馬,假令丁亥生人,四月壬寅日己酉時,月生馬,酉繫貴人也。十二曰無轡。
第十一を「乘貂」と曰ふ、天干地支皆能く相合し、年・月・日・時の上また貴人と駅馬を見るを指す。例へば丁亥年生の人、四月・壬寅日・己酉時、月上馬を生出し、而して酉は正に丁の貴人、頭上便ち貂飾を戴けるがごとし。第十二を「無轡」と曰ふ、すなはち馬ありて控ふべき韁繩なきなり。
以上十二驛馬,當以意消息,災福自見,驛馬款假,則平生坎坷,只作選人。無糧,不食天俸。不出廄,則不歷任所。折足則永失蹶蹄則有失復起,無轡則一生孤貧。食芻則官可六品,嘶風徒有虛聲,趨途則謾勞求祿。乘貂則帶職,乘軒則三公。馱尸則得官即亡。(神白經)
以上十二種の駅馬は、人の自ら揣摩推詳するを要し、災と福とは自然分明なり。馬もし款假なれば、一生坎坷にして、ただ候補待選の人を為すのみ。無糧なれば、朝廷の俸禄を食らふ能はず。厩を出でざれば、任所に到る能はず。折足は永く機会を失ひ、蹶蹄は失ひて復た得。無轡は一生孤单貧寒。食芻は六品官に至るを得。嘶風はただ虚名を落とす。趨途は徒らに気力を費やして禄を求む。乘貂は職名を帯ぶるを得。乘軒は位三公に至るべし。駄屍は最も惨なり、官職を得るや随ひて身亡ぶ。この説は《神白経》に出づ。
劣馬格
寅午戌人見壬申,申子辰人見丙寅,巳酉丑人見乙亥,亥卯未人見己巳,馬中支生干也,主平生奔走不定,財帛歇滅,汩沒無成,徒自聰明耳。(廣信集)
寅午戌年の人壬申を見、申子辰年の人丙寅を見、巳酉丑年の人乙亥を見、亥卯未年の人己巳を見——これらは皆馬の一柱にて地支かへつて天干を生ず、気力外に泄るるなり。主人一生奔走定まらず、銭財時に聚り時に散じ、埋もれて出頭を得ず、徒らに聡明を落とすのみ。この説は《広信集》に出づ。
また劣馬格
寅午戌人見丙寅,申子辰人見壬申,巳酉丑人見丁巳,亥卯未人見癸亥,馬對沖一辰是也,若時遇之有日祿德貴同行支干旺相,可作有福斷之,五行衰敗,乃常人也。(鬼谷命訣)
寅午戌年の人丙寅を見、申子辰年の人壬申を見、巳酉丑年の人丁巳を見、亥卯未年の人癸亥を見——これらは皆駅馬と正相沖のその一辰なり。もし時柱の上にこれに遇ひ、而して日禄・天徳・貴人同行あり、干支皆旺相の地に処れば、なほ福あると断ずべし。もし五行の身衰敗せば、則ちただ平常人のみ。この説は《鬼谷命訣》に出づ。
至若人疲馬劣,尤托財旺之鄉,或乃財旺祿衰,建馬何邂。瑩和尚注云:人疲馬劣者,如戊午火命,驛馬在申,申中金旺火衰,故曰人疲馬劣,尤托財旺之鄉,財旺祿衰者,其甲戌火命,月建壬申,甲祿既絕,馬主財鄉,故云財旺祿衰,建馬何邂,馬是扶身之本,運財而獲富。
《珞琭子》に曰く、人疲れ馬劣る命に至りては、全く財旺の郷に仰ぎて托せらるるを要す。あるは財旺にして禄衰ふ、然らば建馬また何の指望かあらん。瑩和尚注して曰く、いはゆる人疲馬劣とは、例へば戊午年生・納音火に属する人、駅馬申に在り、申中金気正に旺わり火気衰弱して、人と馬と皆勁を提げず。ゆゑに財旺の地を頼りて支撑せんことを要す。いはゆる財旺禄衰とは、例へば甲戌年生・納音火に属する人、月建は壬申、甲の禄は申に絶ち、而して馬また財郷に落つ。ゆゑに財旺禄衰・建馬期し難しと曰ふ。ただし馬はもと命身を扶助する根本にして、能く財貨を運転して富を獲るなり。
王氏注云:本命支曰人元兼驛馬,皆在五行衰財無氣之地,則曰人疲馬劣,其所以不為災者,以財旺,故曰尤托財旺之鄉,祿在驛馬,兼得之則富貴兩全,偏得之,則又次焉,或天祿雖衷,則身財尤旺,兼遇驛馬來乘,又何邂之有。
王氏注して曰く、本命地支の蔵する人元と駅馬と連ねて、もし皆五行衰弱・財気無力の処に処れば、これを人疲馬劣と曰ふ。かくのごときも災を致さざるは、財旺なるを以てなり。ゆゑに財旺の郷に仰ぎて托するを要すと曰ふ。禄と駅馬と両様兼ね得るは、富貴双全。ただそのうちの一様を得るは、すなはち一等を次ぐ。ある時天禄衰微すといへども、ただ命身と財と格外に旺わり、また駅馬来たりて乘載するに逢はば、また何の憂ふるかあらん。
馬劣財微,遇之則流而不返。瑩和尚注云:驛馬微劣,財命休囚,則辛勤無成,飄蕩無歸。(珞錄子)
《珞琭子》また曰く、馬既に劣り財また微なれば、かかる命に遇ひて、人は水のごとく流れ出でて帰らず。瑩和尚注して曰く、駅馬微弱低劣にして、財と命と皆休囚の地に処れば、則ち一辈子辛苦にして成就なく、四方飄蕩して帰宿なし。
馬中無限玄微事,切須一一心中記,四專名位旺兼生,值病移去多失意。
歌訣に曰く、駅馬のうちには説き尽くすべからざる精微の道理あり、必ず一々心に記すべし。四専・名位を分かち、また旺と生との区別あり。一旦馬病地に碰上りて他に挪移すれば、多く事事失意す。
四專者如申子辰馬在寅,逢甲寅,申遇庚申,巳遇丁巳,亥遇癸亥也,名位者乃馬中逢食神也,自生者辛巳甲申己亥丙寅也,或值空亡駁雜,皆不達之士也,病馬者,乃自死自絕,日時犯多,則主離祖失業,道途失意人也。
いはゆる「四専」は、干支同気にして専一なるなり。例へば申子辰年の人馬寅に在りて甲寅に逢ひ、寅午戌年の人馬申に在りて庚申に逢ひ、亥卯未年の人馬巳に在りて丁巳に逢ひ、巳酉丑年の人馬亥に在りて癸亥に逢ふ。いはゆる「名位」は、馬上に食神に遇ふなり。いはゆる「自生」は、辛巳・甲申・己亥・丙寅のこれらの柱、天干地支の上に長生を得るなり。これらもし空亡あるいは五行駁雑に碰上れば、皆顕達する能はざる人なり。いはゆる「病馬」は、天干馬支の上に自死自絶するなり。日・時に犯すこと多ければ、主人家の祖業を離れ家産を失ひ、一生道路に奔波失意す。
馳宝多く門商業を広ぐ
馳寶馬者,乃納音克馬為財,加食神之類,如甲寅人見丙申日時,又如甲申見丙寅,亦富商多產業,餘彷此。
いはゆる「馳宝馬」は、納音去りて駅馬を剋し、馬を化作して財と為し、さらに食神のごとき吉神を加ふるなり。例へば甲寅年の人丙申日あるいは丙申時を見、また甲申年の人丙寅を見るがごとき、皆富商と成り産業衆多を主る。余はこれに準ず。
銜花は偏に是れ女奔人
銜花馬者,乃納音臨官遇馬也,如庚申壬子戊辰,納音皆木,遇寅馬木人桃花也,更值庚寅尤重,或乙亥見乙巳,丁卯見丁巳,己未見己巳之類,男多淫蕩,女多私惑娼妓命,如丁卯見乙巳尤重,不徙則配,餘皆彷此。
いはゆる「銜花馬」は、納音馬位の上に正に臨官に逢ふなり。例へば庚申・壬子・戊辰のこれらの柱納音皆木に属し、寅馬に遇へば、寅は正に木人の桃花なり。もしさらに庚寅ならばさらに重し。また乙亥の乙巳を見、丁卯の丁巳を見、己未の己巳を見るがごときの類、男子多く淫蕩、女子多く私情迷惑あり、甚だしきは娼妓の命なり。丁卯の乙巳を見るがごときはいよいよ厳重にして、流徙せざるもまた発配せられん。余はこれに準ず。
遇中の遇は同じく前のごとく断ず
亦看生旺怕干神倒食也。
この一条もまた馬の生旺の地に在るや否を視べし。最も畏るるは天干の上に倒食の神来たりて食を奪ふなり。
鞭策発する時は互換を視る
如辰人馬在寅,或太歲在申,沖動寅即是,太歲為鞭策,小運在申,即小運如鞭策,多主動,如申與寅須看互換如何,兩皆和乃吉,凡遇互換之年,如庚申遇甲寅,庚申木之類,寅則臨官,甲寅水之類,申則長生皆吉,如兩互換無氣則空動,或失意,有氣即主再動,皆彷此。
例へば辰年の人馬寅に在り、流年太歳申に走れば、申来たりて寅を沖動し、太歳すなはち馬身に抽く鞭子と成る。もし小運申に在れば、それ小運すなはち鞭子なり。鞭子を蒙りし馬は多く変動を主る。申と寅のこの一対、また彼此交換し来たりて如何を視べし。両辺気皆和順なればこそ吉なり。凡そ互換の年に遇ふ、例へば庚申甲寅に遇へば、庚申納音木に属し、木は寅に臨官す。甲寅納音水に属し、水は申に長生す。両辺皆気あれば皆吉なり。もし互換の後両辺皆気なければ、則ちそれ徒らに一場を動くか、あるいは動きて失意す。もし気あれば、則ちさらに再び動くを主る。皆これに準じて推すべし。
