Libo

併論十神

宋 · 廖中 · 第7巻 / 40

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

十干十二支

甲,是木之干節;乙,木之根;丙,火之宿者;丁,火之光;戊,石也;己,土可稼者;庚,金之質;辛,金之刃;壬,水之源;癸,水之流;亥,水之源;子,水之流;丑,土雜金土;寅,木之干節;卯,木之根;辰,土雜水木;巳,火之光;午,火之宿者;未,土雜木火;申,金之質;酉,金之刃;戌,土雜金火。(廣録)凡甲丙戊庚壬為陽干,乙丁己辛癸為陰干,子寅辰午申戌為陽支,丑卯巳未酉亥為陰支。(三命吟鈐)

十干十二支は各々取象あり――甲は樹木の軀幹と節、乙は樹木の根。丙は火中に蘊伏して未だ発せざる部分、丁は火の光焰。戊は山石、己は耕種すべき田土。庚は金の質地、辛は金の鋒刃。壬は水の源頭、癸は水の流。地支の中では、亥は水の源、子は水の流。丑は土中に金と土を夾雑す。寅は木の干節、卯は木の根。辰は土中に水と木を夾雑す。巳は火の光、午は火中に蘊伏する部分。未は土中に木と火を夾雑す。申は金の質、酉は金の刃。戌は土中に金と火を夾雑す。この条は《広録》に見る。又――甲丙戊庚壬は陽干、乙丁己辛癸は陰干。子寅辰午申戌は陽支、丑卯巳未酉亥は陰支。この条は《三命吟鈐》に見る。

天元喜び地元に禄有るを

甲己喜四季乙庚喜申酉丙辛喜亥子丁壬喜寅卯戊癸喜巳午。

天干は地支上に自己の禄気あるを喜ぶ――甲己は辰戌丑未の四季を喜び、乙庚は申酉を喜び、丙辛は亥子を喜び、丁壬は寅卯を喜び、戊癸は巳午を喜ぶ。

地元喜び天元を

子丑喜戊寅喜己卯辰喜庚巳喜辛庚午未喜甲壬申喜乙;酉戌喜丙亥喜丁;壞天元者,三十九歲之前,名利難發。壞地元者,四十歲後,福不如前。天元地元皆有者,平生福氣高崇;皆無者,平生名利無成。三命中,二命若衰,一命何安也。

地支の喜ぶ所の天干は――子丑は戊を喜び、寅は己を喜び、卯辰は庚を喜び、巳は辛と庚を喜び、午未は甲と壬を喜び、申は乙を喜び、酉戌は丙を喜び、亥は丁を喜ぶ。天元が破壊された人は、三十九歳以前は名利発達し難い。地元が破壊された人は、四十歳以後は福気が従前に如かず。天元・地元ともに具備するは、一生福気高崇である。両者ともにないは、一生名利成らず。三命の中にもし両命すでに衰え、残る一命がまたどうして独り安んぜられよう。

地元忌み天元を

子丑怕己寅怕庚卯辰怕辛巳怕甲壬午未怕乙癸申怕丙;酉戌怕丁亥怕戊。

地支の忌む所の天干は――子丑は己を怕れ、寅は庚を怕れ、卯辰は辛を怕れ、巳は甲と壬を怕れ、午未は乙と癸を怕れ、申は丙を怕れ、酉戌は丁を怕れ、亥は戊を怕れる。

天元秀気

子丑癸寅甲卯辰乙巳丙戊午未丁己申庚酉戌辛亥壬;天地之秀見時,不貴即富。珞琭子云:壬癸秋生而冬旺,亥子同途;甲乙夏死而春榮,寅卯一揆是也。(神白經)

天元の秀気の在る所は――子丑は癸に見え、寅は甲に見え、卯辰は乙に見え、巳は丙と戊に見え、午未は丁と己に見え、申は庚に見え、酉戌は辛に見え、亥は壬に見る。天地の秀気が顕現する時は、貴ならずとも富である。《珞琭子》にいう――壬癸は秋に生じて冬に旺し、亥子は同じく一途である。甲乙は夏日死するも春天に繁栄し、寅卯は同じく一理である。この条は《神白経》に見る。

生死相聚

庚辰、辛巳、庚午、辛巳甲戌、乙亥、甲子、乙亥;壬寅、癸卯、壬辰、癸卯丙申、丁酉、丙戌、丁酉;以上是陽死陰生,陰死陽生,如甘苦同受之意,所謂庚生於巳,辛死於巳,甲生於亥,乙死於亥,壬死於卯,癸生於卯,丙死於酉,丁生於酉,是不相離也。(廣信集)

「生死相聚」の組合せは――庚辰と辛巳、庚午と辛巳、甲戌と乙亥、甲子と乙亥、壬寅と癸卯、壬辰と癸卯、丙申と丁酉、丙戌と丁酉。以上は皆陽干が死して陰干が生じ、陰干が死して陽干が生ずる、甘苦同じく受くるがごとき意である。いわゆる庚は巳に長生して辛は巳に死し、甲は亥に長生して乙は亥に死し、壬は卯に死して癸は卯に長生し、丙は酉に死して丁は酉に長生し、陰陽は彼此相離れない。この条は《広信集》に見る。

三命生地足る

六乙人寅卯辰,六辛人申酉戌,水土人亥子丑,火人巳午未,餘彷此。若遇此格,不厭鬼多,多則貴,假如生地旺全,氣堅固,則不能造化,大抵五行不須太過,故使鬼多者妙。如乙亥年,庚辰月,辛卯日,庚寅時,辛未胎,然庚辛鬼氣多,緣乙木在寅卯辰木壯,更亥卯未木氣全,乙木十分氣足,雖兩庚兩辛在寅卯辰上,未及十分重氣,木盛於金則貴也。(天元變化書)

いわゆる生地充足とは、日主が自己の長生・帝旺の一片の方位に坐することを指す――六つの乙日の人は寅・卯・辰を有し、六つの辛日の人は申・酉・戌を有し、水命と土命の人は亥・子・丑を有し、火命の人は巳・午・未を有す。残りの各干はこれに倣って類推する。命局がもしこの格に合すれば、身を剋する「鬼」の多きを怕れず、官殺はいよいよ多ければかえっていよいよ貴し。もし本気の在る所の方位が生旺斉備して気勢堅実なること極まれば、かえって変化して器を成す能わず、五行は終に太過を宜としないことが見える。まさにこの故に、官殺が多少多いが初めて妙を顕す。例を挙げれば、乙亥年・庚辰月・辛卯日・庚寅時・辛未胎は、両庚両辛の剋身の気は看るに甚だ重きがごとし。しかし乙木は寅卯辰のこの一片の木旺の地に坐し、亥卯未の三合木局が斉全するを加えて、乙木本身は気勢十足である。両庚両辛は寅卯辰の上に圧すると雖も、凝聚して十足の重気を成す能わず、木勢が金勢に勝るから、これは貴命である。この説は《天元変化書》から出る。

干支四字全

四字全者,取十干十二支合而言之,凡年月日時並胎月五位中,若有甲有乙,其生月日時遇寅卯兩位者是也。有丙有丁遇巳午戊己準此,有庚有辛遇申酉,有壬有癸遇亥子,土隨水源行,戊己有亥有子,亦主富貴,更須要諸位上支干相扶助也。(三命提要)

いわゆる四字全とは、十天干と十二地支を合して看ること――年・月・日・時にさらに胎元のこの五つの位置の裏で、天干にすでに甲ありまた乙あり、しかも生月・生日・生時の中にまた寅・卯の両位を占めれば、四字全という。天干に丙あり丁あって巳・午に遇い、戊・己の両干もまたこのごとく推算す。庚あり辛あって申・酉に遇い、壬あり癸あって亥・子に遇えば、皆数に算る。土の性は水の源頭に随って行くから、戊・己の両干がもし亥に見え・子に見えれば、同じく富貴を主る。ただしさらに各柱の干支が彼此扶助配合するを要して、この格が初めて真に応験する。この条は《三命提要》から出る。

七禄

甲乙人丁壬亥卯未,丙丁人戊癸寅午戌,戊己人甲己辰戌丑未,庚辛人乙庚巳酉丑,壬癸人丙辛申子辰。以上七祿全一氣者,更有歸宿,主及第,為人超越,無歸宿,只作門陰之人,若破敗不作福,行運到祿干得地,必發旺。

「七禄」の配法は――甲・乙日の人は丁・壬の両干を以て亥卯未の三支に配し、丙・丁日の人は戊・癸の両干を以て寅午戌に配し、戊・己日の人は甲・己の両干を以て辰戌丑未に配し、庚・辛日の人は乙・庚の両干を以て巳酉丑に配し、壬・癸日の人は丙・辛の両干を以て申子辰に配す。以上の七つの禄位がもし湊斉してまた同属一気あれば、さらに帰宿収束あって、科挙登第を主り、人と為りて抜類萃する。もし斉全するも帰宿なければ、ただ祖上の門蔭に頼って過活するのみ。もしこれらの禄位が冲破損傷せられれば、福を結出すること能わず。ただ行運が禄神の在る天干に走り至りてまた地を得る時は、なお一時発旺する。

帶三祿者,謂在月日時上,更帶本祿也。若在四貴、華蓋、驛馬上,必為貴顯之人。迭三支者,年月日時胎五支中,三支並在一位上者是也,並在四貴華蓋貴神之位,則主貴,在貴神與忌神同位則主福,雖迭在無氣處,若三支於祿干有輔助亦貴,若在死敗絕空亡上無輔助者,無福人也。(三命提要)

いわゆる三禄を帯ぶるとは、月・日・時の三柱の上に皆禄を帯び、しかも本命の正禄もまたその中に在ることを指す。この三処の禄がもし四貴・「華蓋」・「駅馬」のこれらの位置に落ちれば、主人は必ず顕貴である。いわゆる迭三支とは、年・月・日・時・胎の五つの地支の中に三つが同一の字上に重畳すること――四貴・華蓋等の貴神の位に重畳すれば貴を主る。貴神と忌神が同じく一位に処しても、なお福ありを主る。たとい三支が気勢なきの所に重畳しても、ただそれらが禄の在る天干に輔助の力あれば、一様に貴顕すべし。もし死・敗・絶・「空亡」のこれらの位置上に重畳してまた輔助する所なければ、すなわち福気なきの人である。この条は《三命提要》から出る。

天元變化書有三字格,如三丁一癸,三壬一戊,三庚一丙,三辛一丁,尤恐造化輕弱不成器用,凡見三字格,切忌建旺太過中又太過,唯土金不然,如三金得土,三土得火,或三戊,三己,三庚,三辛,建旺不礙。

《天元変化書》に三字格を立て、例えば三つの丁が一つの癸に配し、三つの壬が一つの戊に配し、三つの庚が一つの丙に配し、三つの辛が一つの丁に配する類。最も怕れるは造化の気が単薄柔弱にして、用うべき器を成さざることである。およそ三字格に遇えば、切に忌むは本気がすでに建旺太過し、さらに太過の上にまた太過を添うること。ただ土と金の両行のみこの条の制限を受けず――三重の金が土の生ずるを得、三重の土が火の生ずるを得るか、あるいは天干に三つの戊・三つの己・三つの庚・三つの辛を排出すれば、建旺するも妨礙せず。

壺中子云:三干鳳凰極貴,切忌戀匹戀林,四本主中有三字本主同一字干而向下支不同者,曰三干鳳凰,三本主同一字支而向上干不同者,曰支鳳凰,三位本主同一支干者,日麟閣鳳沼,主清華之貴,唯戀匹戀林,見合則曰戀匹,見刃則曰戀林。

《壺中子》にいう――三干鳳凰は極貴の格であるが、最も「恋匹」と「恋林」を忌む。四柱の本主の中に三柱の天干が同じく一字で、底下に坐する所の地支が各々同じからざるを、三干鳳凰という。三柱の地支が同じく一字で、上面に蓋う所の天干が各々同じからざるを、支鳳凰という。三柱が干を連ね支を帯びて完全に相同じきを、麟閣鳳沼といい、清貴華顕の位を主る。提防すべき所はただ恋匹と恋林の両種の情形――命中に合神に見えれば恋匹といい、羊刃に見えれば恋林という。

【先上清而得之下濁,後下濁而升越上清】先取上之輕清而為用,次看濁氣壓下,上雖清而不秀,則取下濁有用之氣為福,而升越為上矣。(鬼谷遺文)

命を看るは当にまず上層の軽清の気を取りて以て用いる所と為し、然る後に下面に濁気が圧住するや否やを察看すべし。上面の清気がもし清にして秀ならざれば、改めて下面の濁気裏より依然として用ある一分を取出して福源と作し、それを昇騰して上位に超越せしめば、こうすればかえって上等の格局を成す。この説は《鬼谷遺文》から出る。

【以干為祿向背定其富貴;以支為命,詳順逆以循環】王氏注云:如甲祿在寅,或坐祿、向祿者,不富則貴;或破祿、背祿者,不貧則夭。甲祿在寅,命得寅以坐之,遇丑以向之,逢申以破之,見卯以背之,經云:向祿則生,背祿則死,故祿前一辰為羊刃,祿後一辰為祿庫,此所謂向背定其貧富者歟。十二支曰命,命之所司者,修短定焉。蓋得之以順者,遇五行生旺,三合六合者是也。不順者逢休囚六害四衡三刑者是也,得此者壽,失此者夭,故曰以支為命,詳逆順以循環。瑩和尚注云:背者可定其貧,曏者以言其富,然不可一途取軌,亦有逢背祿不貧者。

《珞琭子》の原文に「干を以て禄と為し、向背に其の富貴を定む。支を以て命と為し、詳しく順逆を以て循環す」とある。王廷光が注解していう――甲の「禄」は寅に在り、命中に寅の上に坐するか寅位に朝向するは、富ならずとも貴である。寅を冲破するか寅位に背離するは、貧ならずとも夭である。具体的に言えば、甲禄は寅に在り、命裏に寅を得ればすなわち坐禄、丑に遇えばすなわち向禄、申に逢えばすなわち破禄、卯に見えればすなわち背禄である。経文に「禄に向かえば生じ、禄に背けば死す」と講ずるから、禄の前の一位は「羊刃」、禄の後の一位は「禄庫」で、これが向背を以て貧富を判定する理である。十二地支を命と称し、命の主管するは寿数の長短――順当なるは、五行の生旺および三合・六合に遇うこと。順ならざるは、休囚・六害・四衡・三刑に碰上すること。その順を得る者は長寿し、その順を失う者は短命する。だから支を以て命と為し、順逆循環を詳審するを要すという。瑩和尚は則ち注して称す――背禄は貧と断じ得、向禄は富と断じ得るが、ただ一条の路数に拠って取断するべからず。背禄に逢うも併せて貧窮ならざる人もまたあり。

【天元一氣定侯伯之遷榮,支作人元運商徒而得失】天元秀氣而吉將加臨者,人得之貴也,支元純粹而四柱比和者,人得之富也,直言富貴,而不言貧賤者,反此則貧賤耳。

「天元」とは天干を指し、「人元」とは地支の蔵する所の気を指す。天干が一気清純にしてまた吉神が加臨するは、人がこれを得れば貴を主り、官は侯伯に至りて迁升を断たざるべし。地支が純粋にして四柱がまた彼此比和するは、人がこれを得れば富を主り、経商行賈して自ずから得る所有り。ここでただ正面に富貴を説きて貧賤を説かざるは、反対の情形が自ずからすなわち貧賤なれば、さらに講ずるを要せざるが故である。

【庚辛臨於甲乙,君子可以求官,此人運至南方,貨易獲其厚利】王氏注云:甲以辛為官,乙以庚為官,庚辛來臨於甲乙之人,故曰君子可以求官,小人反以為鬼也。亥子者,北方之水,巳午者南方之火也,以水至火鄉,我克之為財,所以貨易或其厚利也。或謂壬癸至巳午亦是者非也。壬癸是祿,巳午是命。如壬癸得丙丁,亦可謂之祿財,談命者當分祿命身,以干配祿,以支合命,以納音論身,之謂三命。

王廷光が「庚辛は甲乙に臨む」の一句を注解していう――甲は辛を以て正官とし、乙は庚を以て正官とし、庚・辛の両干が甲・乙日の人の身に臨めば、だから読書人はこれに藉って官職を求取すべしという。担当なきの小人に換えれば、同じ官星もただ身を害する「鬼」として看るのみである。亥・子は北方の水、巳・午は南方の火で、水が火郷に走到するは、まさに我が往きてそれを剋するなり。剋する者は財だから、経商貿易して厚利を獲得し得る。或る人は壬癸が巳午に走るもこの理というが、実は然らず――壬癸は禄に属し、巳午は命に属し、両者は一事に非ず。もし壬癸が丙丁に遇上すれば、あれこそ初めて禄上に財を得ると称し得る。命を論ずる人は当に禄・命・身の三者を分清すべし――天干を以て禄に配し、地支を以て命に合し、「納音」を以て身を論ず。これを三命という。

【金祿窮於正首,庚重辛輕;木人困於金鄉,寅深卯淺】王氏注云:庚辛金也,庚陽而辛陰,甲乙木也,甲陽而乙陰,庚辛之金,至寅俱絕,必曰庚重辛輕者何?寅為陽宮,庚乃陽金,以陽遇陽曰傷,寅中有甲,甲庚相惡,故曰庚重辛輕,辛為陰金,至寅陽宮,甲以辛為官,兼六辛逢馬虎,天乙貴人,故謂辛輕,寅卯之木,至申而絕,必曰寅深卯淺者何?寅為陽辰,至申宮兩陽相競,寅申相沖,為絕之深也,及卯居申合乙庚,陰陽合氣,故為絕之淺也。

王廷光が「金禄は正首に窮す」の一句を注解していう――庚・辛は皆金に属し、庚は陽金にして辛は陰金。甲・乙は皆木に属し、甲は陽木にして乙は陰木。庚辛の金が寅位に走到すれば皆絶地に属するが、なぜ偏に庚の受傷重く辛の受傷軽しというのか。寅は陽宮で、庚はまた陽金だから、陽が陽に遇うを相傷といい、しかも寅中に甲木を蔵し、甲と庚が彼此憎悪するから、庚は重し。辛は陰金で、寅のこの陽宮に入れば、甲はかえって辛を以て官星とし、加うるに六つの辛日が寅に逢うはまさに「天乙貴人」の在所で、俗に馬虎貴人と称するから、辛は軽し。寅卯の木が申位に走到して絶と為るに至っては、なぜ寅は絶する深く卯は絶する浅しというのか。寅は陽支だから、申宮に至れば両陽の相争で、寅申はまた正しく相冲するから、絶する深し。卯が申位に至れば乙庚の相合あり、陰陽気を合するから、絶する浅し。

【壬癸秋生而冬旺,亥子同途;甲乙夏死而春榮,寅卯一揆】王氏注云:壬癸亥子一類水也,水生於申,而旺於子,甲乙寅卯一類木也,木旺於卯,而死於午,故曰壬癸秋生而冬旺,甲乙夏死而春榮。(珞琭子)

王廷光が注解していう――壬・癸と亥・子は同じく水のこの類に属し、水は申月に長生を得、子月に至りて最も旺す。甲・乙と寅・卯は同じく木のこの類に属し、木は卯月に最も旺し、午月に至れば即ち死す。だから《珞琭子》に壬癸の水は秋に生まれ冬に旺しく、亥と子は同じ一条の路上にあり、甲乙の木は夏に死し春に栄え、寅と卯は同一の道理に遵循す、という。

【甲己丙辛申子辰,丁壬亥卯未中尋,乙庚從格局為真,戊癸炎上亦須陳,得局卻嫌逢脫局,財局縈心鬼局惡,甲乙曲直亦同詳,歸認干頭莫教錯】如丁壬亥卯未本局之類,且如丙辛見巳酉丑相生局也。脫局者乙庚遇申子辰,金生水為脫局也。財局如乙庚的亥卯未鬼局,如乙庚得寅午戌也或貧賤夭壽,甲乙乃木也,亥卯未為本局,亦嫌脫也。(沉芝源髓)

この歌訣は天干と三合局の配搭を講ず――甲己・丙辛の両組は申子辰の上に看るを要し、丁壬の一組は亥卯未の中に尋ねるを要し、乙庚の一組は本局に順従するを以て真と為し、戊癸の一組は則ち炎上火局を併せて鋪陳するを要す。すでに局を得る人は卻ってさらに「脱局」に逢うを怕れ、財局を得れば心神を牽累し、鬼局を得ればさらに凶悪で、甲乙の木の曲直格もまたこのごとく詳推す。要するに天干の帰属を認準して、弄錯すべからず。注文に例を挙ぐ――丁壬が亥卯未を得ればすなわち本局の一類。丙辛が巳酉丑に見えれば、相生の局である。いわゆる脱局とは、乙庚が申子辰に遇上し、金が去りて水を生じ、本気が泄せられて脱する。いわゆる財局とは、乙庚が亥卯未を得るがごとき。鬼局とは乙庚が寅午戌を得るがごときで、遇上すれば或いは貧賤短寿を主る。甲乙は木に属し、亥卯未は本局とはいえ、同じく泄脱を怕れる。この説は《沈芝源髄》から出る。

【戊己加臨丘壑,信若尾生;壬癸遁入江湖,廉如鮑叔】戊己屬土,丘壑亦屬土,辰戌丑未乃丘壑之地,壬癸屬水,江湖亦屬水,亥子乃江湖之鄉,戊己人得丘壑之地生者,足於信,蓋土主於信,壬癸得江湖之地生者,其人廉。

「戊己は丘壑に加臨し、信は尾生のごとし」とは――戊・己は土に属し、丘壑もまた土に属し、辰・戌・丑・未はすなわち丘壑の地である。戊己日の人がこの数支の上に生まれれば、信義十足して、春秋時に橋柱を抱きて約を守りて死したる尾生のごとく信を守る。土は五常の中で信を主るからである。「壬癸は江湖に遁入し、廉は鮑叔のごとし」とは――壬・癸は水に属し、江湖もまた水に属し、亥・子はすなわち江湖の郷である。壬癸日の人がこの両支の上に生まれれば、人と為りて清廉にして、斉国の管仲に賢を譲りしあの鮑叔牙のごとし。

【頭戴腳踏,罕遇甲年寅時】頭謂八字之首,踏謂八字之末,甲乙天中之木也。寅卯地下之木也,八字之首得甲,而八字之末得寅者,戴其天中之木,而踏其地下之木也。八字之首得乙,而八字之末得卯者,戴其天中之木,而踏其地下之木也。餘十干皆彷此。

「頭戴脚蹈」の頭とは八字の開頭すなわち年干を指し、蹈とは八字の末尾すなわち時支を指す。甲・乙は天上の木、寅・卯は地下の木である。八字の開頭が甲にして末尾が寅なれば、頭上に天上の木を戴き脚下に地下の木を蹈むに等しい。開頭が乙にして末尾が卯なれば、同じく頭に天木を戴き脚に地木を蹈む。残りの各天干は皆この法に倣って類推する。この種の上下同気の配合は十分に得難く、だから甲年寅時に碰上すること稀なりという。

【丁得戊而最佳,酉見丁而可畏】戊人見丁者,在字為成,酉人得丁或丁人得酉為丁入目。

これは一条の拆字取象の説法である――戊日の人が丁に見えれば、戊字に一笔を添えてすなわち「成」字を成すから、最もよし。酉日の人が丁を得るか、或いは丁日の人が酉を得るに至っては、字形上まさに一枚の釘が眼目に扎进するがごとく、「丁入目」といい、眼睛に傷有るを主るから、畏るべし。

【八字純粹,少處嚴廊,二氣偏枯,老為俗物】八字乃年月日時枝幹也,二氣乃陰陽也,八字得之渾然純粹者,必早有嚴廊之望。二氣得之交迭,偏枯者無貴,則至老終為俗物,黃帝謂一陰一陽之謂道,偏陰偏陽之謂疾。

ここに言う所の八字とは、すなわち年・月・日・時四柱の天干と地支。言う所の二気とは、すなわち陰と陽である。八字の配して渾然純粋なる人は、年紀軽くして朝廷殿廊に躋身する指望あり。陰陽二気の交錯重畳して偏枯不匀なる人は、則ち貴気を得ず、老いるまでも平庸の俗人に過ぎず。黄帝に言あり――一陰一陽が交替して運行するを道といい、陰に偏するか陽に偏するかを疾という。

【天干不斷若血脈之調榮,地支相連類珠璣之貫穿】天干不斷,在格曰連珠,地支相連,在格曰連茹,得連珠則貴,得連茹則富,有所畏者隔斷也,蓋十干不要斷,若甲字斷之,如血脈之不通榮銜也,反為夭折。十二支不要斷,若子字斷之,則如珠璣之不相穿貫也,反為災害,十干若不斷甲字,而斷他九字,化為虛一待用格。十二支若不斷子,而斷餘十一字,名為歇滅殺,女子尤忌之。

天干が接続して断えざるは、格局上に「連珠」といい、地支が彼此相連なるを「連茹」という。連珠を得れば貴を主り、連茹を得れば富を主る。怕れる所はただ中間に隔断せらるること。十天干は最も断えざるを要し、もし甲字の上に断えれば、血脈が暢通栄養し得ざるに譬え、かえって夭折を主る。十二地支もまた断えざるを要し、もし子字の上に断えれば、珠玉が串を成さざるに譬え、かえって災害を主る。十天干がもし甲字を断たずして残りの九字を断てば、「虚一待用格」に変る。十二地支がもし子字を断たずして残りの十一字を断てば、「歇滅殺」と作る。女命は殊に忌憚す。

天元變化書云:天干連珠中間有轉達之氣,並貴旺相者為上,無此未必便佳。支神連珠太歲在前者為上,如亥人見申酉戌亥,緊向本歲,謂之從歲,仍看天干納音如何。

《天元変化書》にいう――天干が連珠の勢いを成す時は、中間にさらに転輸伝達し得る気あるを要し、併せて貴神を帯び旺相の地に居りて、初めて上等と算る。これらの条件なければ、光る連珠は未だ必ずしも好からず。地支が連珠を成す時は、太歳の最前に排するを以て上と為す。例えば亥年生の人が申・酉・戌・亥に見え、一路緊く本命太歳に挨り、これを「従歳」という。すなわちこのごとしとも、なお天干と「納音」の配する所如何を看て初めて定論すべし。

虛其一,待其用,得之者,穩步青雲;忽頭重,忽尾輕,遇之者早歸泉世。四柱本干相連,即跳一字,號為虛一待用。四柱本支相連,而重一字者號為頭重尾輕,虛一待用為青雲得路之人,頭重尾輕乃泉壤夭折之子。(壺中子)

《壺中子》に両句の歌あり――空して一位を出して留めて備用するは、これを得れば青雲を穏歩すべし。忽ち頭重く忽ち尾軽きは、遇えばすなわち早く黄泉に帰するを要す。注解にいう――四柱の天干は本来相連なりて、中間に卻って一字を跳過す、これを「虚一待用」という。四柱の地支は本来相連なりて、其中に卻って一字を重复す、これを「頭重尾軽」という。虚一待用の人は青雲得路の才で、頭重尾軽の人は則ち黄泉に早夭する短命の子である。

【連珠入局尤為榮】如甲乙丙丁子丑寅卯之類,干支順者,謂之入局,若相刑剋者不入局。(理愚歌)

連珠がさらに入局し得れば、格外に栄顕する。天干に甲・乙・丙・丁を排出し、地支に子・丑・寅・卯を排出するこの類のごとく、干支ともに順次相接するを、入局という。もし彼此の間に刑あり剋あれば、それは入局と算えられない。この条は《理愚歌》から出る。

連珠貴格

甲午乙未丙申丁酉戊戌己亥,餘皆彷此。(三命纂局)八字金書云:若甲子生下有乙丑,此為連珠福神,能押眾殺,更加祿馬十分之命。詩云:命中生處得連珠,足食豐衣與眾殊;若有殺神居位內,自然為福與消除。

連珠貴格の様子は、甲午・乙未・丙申・丁酉・戊戌・己亥のごとく順次相接し、残りはこれに倣って類推す。この例は《三命纂局》から出る。《八字金書》にいう――もし甲子の下に乙丑が接すれば、これは連珠福神で、衆多の凶殺を鎮圧し得住す。さらに「禄」「馬」斉備を加えれば、十足の好命である。書中に詩ありていう――命裏生処にもし連珠を得れば、衣食豊足にして常人と同じからず。たとい凶殺が命位の内に盤踞あっても、連珠は自ずから凶を化して福と為し、それを消解し去る。

連珠進退

凡見同氣連珠,如丙寅見丁卯,損氣,是名退氣連珠,丁卯見丙寅退一辰,卻是進,名貢氣連珠,如丙辰土入見丁巳不佳,丁巳見丙辰最上。(天元變化書)

およそ同一気の連珠はさらに進退を分かつを要す――丙寅が丁卯に接するは、気勢が下に向かい損耗す、これを「退気連珠」という。反って丁卯が丙寅に接するは、表面上は一位退くも、実際は卻って進で、「貢気連珠」と作る。また丙辰の土が前に在りて丁巳が後に在れば好からず、丁巳が前に在りて丙辰が後に在ればこそ最上等である。この説は《天元変化書》から出る。

論干支諸字雑犯

【凡甲丙丁壬辰字平頭】若見三四字帶空亡者,定為僧道。【甲癸未申酉屬破字】甲癸酉必損眼,未申患心腹疾,更看時入害鄉,干神受制者,必不虛矣。【甲辛卯午申屬懸針】五行無氣,不值德神,定是軍人。三命纂局云:懸針三四字,號懸針眼疾,還多險厄臨,被刑帶殺須徙配,怎不為軍刺面人。

甲・丙・丁・壬・辰のこの数字は字形の頭部が平斉で、「平頭」という。命裏に三四個の平頭字に見えまた「空亡」を帯ぶれば、一定に出家して僧道を為す。甲・癸・未・申・酉のこの数字は「破字」に属す。甲癸が酉に配すれば必ず眼睛を傷損し、未・申に見えれば心腹の疾を患い易し。さらに生時が害郷に落入するや否やを看、もし天干の神がまた制伏せられれば、応験し来りて決して落空しない。甲・辛・卯・午・申のこの数字は「懸針」に属す。もし五行気なく、また徳神に遇って解するがなければ、多くは兵を為る人である。《三命纂局》に歌ありていう――懸針字が三四個を占めれば、懸針眼疾という、一生険厄頻々。さらに刑冲を被りて殺を帯びれば、流放遷徙するを要し、どうして面上に字を刺す軍漢と為らざらんや。

【戊庚戍屬杖刑鋒刃】若帶羊刃蝕神,定犯徙流。【乙己丑巳屬闕字】(曲腳殺附)犯多者必有闕唇,穿耳,肢體不全,若無德合,五行無氣,*(ps*讀音:gu(谷)我的字庫沒這個字)帛不充,寄食他門。李九萬云:凡巳酉丑三合全,天干帶己字者,主唇齒不全之疾,一生招人唇吻。八字金書云:四柱中乙己巳者名曲腳殺,帶多主他養為子,不然養他人子,主兩姓故也。

戊・庚・戍のこの一類の字は「杖刑鋒刃」に属す。命裏にこれらの字を帯びまた「羊刃」と蝕神を帯ぶれば、必ず徒刑流放を犯上するを要す。乙・己・丑・巳のこの一類の字は「闕字」に属し、「曲脚殺」もまたこの一門に附す。犯すこと多き人は必ず唇裂・穿耳・肢体不全の一類の残缺あり。もしさらに徳神の相合なく五行また全く気勢なければ、谷米布帛すら充足せず、ただ他人の門下に寄食するのみ(原刻ここに一字を缺く、旧注は読音「谷」と同じと標明す)。李九万がいう――およそ巳酉丑の三合斉全にして天干がまた己字を帯ぶれば、唇歯に残缺の疾あるを主り、一生は口舌是非を招惹する。《八字金書》にいう――四柱中に乙・己・巳が出現するを曲脚殺といい、帯ぶること多ければ他人に收养せらるるを主り、さもなければすなわち他人の子を收养する。要するに両姓の縁故を沾るを要す。

【丙壬寅酉為聾啞字】若犯多者,及胎中受害,時食於日,必患聾啞,又酉日戍時生者主聾啞,及頭害惡瘡,此是時破日者也。歌曰:平頭必是為僧道,破字終須失眼明,殺看懸針須刺面,徙流多見杖刑並,飢貧不幸逢空闕,相貌兼知不十成,惟是相遭聾啞字,空亡無氣定來精。(金書命訣)

丙・壬・寅・酉のこの数字は「聾啞字」に属す。犯すこと多く、また胎元上に傷を受け、加うるに生時が反転して生日を吞食するは、必ず聾啞の症を患う。この外に酉日戍時生の人もまた聾啞を主り、また頭上に悪瘡を生じ易し。これは生時が生日を冲破する所致である。《金書命訣》に歌あって総括していう――命に平頭字を帯ぶるは多くは出家して僧道を為し、破字を帯ぶるは終に眼目を損傷するを要し、懸針殺を帯ぶるは面上の刺字を防ぐを要し、杖刑字を帯ぶるは多く流放徙辺と相連なる。不幸空亡と闕字に遇上すれば、一生飢寒貧困、相貌もまた十全を得難し。ただ聾啞字に碰上し、さらに空亡無気を加えれば、応験し来りて最も精準である。

禄絶命絶

祿絕者,如甲乙生人在申,主仕官不久,職位難進,資財不豐,門閥不盛。人命絕者,如亥子人在巳,主孤獨少子,又壽不長,中年多困。(三命吟)

いわゆる禄絶とは、例えば甲・乙日の人が申位に生まれれば、申はまさに甲乙の禄の絶地で、做官長久せず、職位昇遷し難く、銭財豊厚ならず、家門もまた興盛せざるを主る。いわゆる命絶とは、例えば亥・子年命の人が巳位に碰上すれば、孤独にして子女少なく、寿数長からず、中年に多く困頓するを主る。この条は《三命吟》から出る。

同類破

如己未見甲辰,甲辰見己丑,己丑見甲戍,甲戍見己未,凡在四沖之地,納音同類,逐兩位逆數之是也,寅申巳亥子午卯酉,亦以此取之,主人平生多不足,不成器道。經云:井欄互破,無藥可醫,遇空亡則庶幾,行年行運亦忌之。凡命帶重支迭干者,主心懷不佳,計較機謀,狡獪短行,歲運添之,因而有失,亦主思慮過當,有心力藏懷之人也。

同類破の様子は、己未が甲辰に見え、甲辰が己丑に見え、己丑が甲戍に見え、甲戍が己未に見るがごとし。およそ辰戌丑未のこの四つの相冲の地に在り、両柱の「納音」がまた同一類に属し、两位を隔てて逆数せばこれである。寅申巳亥・子午卯酉の両組もまたこの法に倣って取る。これを犯す人は一生に缺憾ありて、大器を成さず。経書上に「井欄互いに破れば、医すべき薬なし」といい、ただ「空亡」に碰上して初めて略しく転圜あり、流年大運が走り至るも同じく忌憚す。およそ命裏に地支重出・天干重畳する人は、心懐多く坦蕩ならず、算計を好み機謀を耍し、狡獪にして行事厚道ならず。歳運がさらに一重を添えれば、これに因って失手する、また思慮過度を主り、心事を深蔵して露さざる人である。

凡四柱不可犯丙戊二干,若在寅辰上,名仇讎晦氣,主招謗怨,多與人競,如韓球都大命,戊辰年,甲寅月,甲寅日,丙寅時,又*(ps:*為足和束這個字怎麼都查不到)山如老庚辰年,戊寅月,戊寅日,丙辰時是也,古詩云:丙戊忌見莫同群,逢之災咎及其身,若遇仇讎龍與虎,非時刑禍不堪論。

およそ四柱の中に同時に丙・戊の両干を犯着するを宜とせず。もしこの両干がまた寅・辰の上に坐すれば、「仇讐晦気」といい、毀謗怨恨を招惹し、動もすれば人と争競するを主る。例えば都大官韓球の命――戊辰年・甲寅月・甲寅日・丙寅時。また別の一り、名字の首字が残缺し後の两字が「山如」と作る老者――庚辰年・戊寅月・戊寅日・丙辰時。皆この一類である。古詩にいう――丙と戊は最も同一群に処するを忌み、碰上すれば災咎は即ち自身に落ちる。もしさらに辰龍寅虎のこの一対の仇讐に遇上せば、時宜に合わざる刑傷禍患は簡直に言い尽くし難し。

凡命帶乙己癸三干全者,不是四肢眼目破傷,則中年後犯刑,甲乙庚三干全者主失明,十有九中,或小年斑瘡損眼,帶辰午酉全,中年定失明,乙癸二干不可同見丑字,主富貴少壽,丁辛二干不可同見巳字,主傷父母,經曰:乙癸同牛寸陰難保;丁辛見巳,父母多傷。

およそ命裏に乙・己・癸の三干斉全する人は、四肢あるいは眼目の傷を受けるならずば、すなわち中年以後に刑法を触犯す。甲・乙・庚の三干斉全するは失明を主り、十中八九は応験する。ある者は小時に斑瘡を出して眼睛を傷つる。もしさらに辰・午・酉の三支を帯斉すれば、中年に必ず失明す。乙・癸の両干は同時に丑字に見るべからず、見れば富貴ありといえども寿数長からざるを主る。丁・辛の両干は同時に巳字に見るべからず、見れば父母を刑傷するを主る。経書上にいう――乙癸が一同に丑牛の上に落ちれば、片刻の光陰すら保ち難し。丁辛が巳字に見えれば、父母多く損傷あり。

丙辛二干不可見卯,己丁壬三干,不可見午申,名曰類應,主平生歇滅,乙辛二干不可同位,乙未辛未是也。庚壬二干不可同位,庚戍壬戍是也,名曰反傷,主富貴人夭壽,小人刑戳之災,經曰:乙辛逢未是天牢,四位同宮禍患遭,庚壬遇戍須徙配,災咎來時不可逃。(廣信集)

丙・辛の両干は卯字に見るべからず、己・丁・壬の三干は午・申に見るべからず。これを「類応」といい、一生沈滞消歇を主る。乙・辛の両干は同じく一位に処すべからず、乙未が辛未に配するがごとき。庚・壬の両干もまた同じく一位に処すべからず、庚戍が壬戍に配するがごとき。これを「反傷」という――富貴の家の人が遇上すれば短寿を主り、尋常の百姓が遇上すれば則ち刑戮の災あり。経書上にいう――乙辛が一同に未に逢えば身が天牢に陥るがごとく、四柱が同宮すれば必ず禍患に遭う。庚壬が一同に戍に遇えば流放して辺に配するを要し、災咎の来る時は躲くも躲れ難し。この条は《広信集》から出る。

第七巻

論五行一

五行者往來乎天地之間,而不窮者也,是故謂之行,北方陰極而生寒,寒生水。南方陽極而生熱,熱生火。東方陽散而而生風,風生木,西方陰止以收而生燥,燥生金,中央陰陽交而生溫,溫生土,其相生也,所以相繼,其相剋也,所以相治,此這謂有偏。(五行要論)

五行は天地の間に往来運行して永く窮尽せざる物だから、これを「行」と称する。北方は陰気が極に至りて寒を生じ、寒は水を生ず。南方は陽気が極に至りて熱を生じ、熱は火を生ず。東方は陽気が発散して風を生じ、風は木を生ず。西方は陰気が収斂静止して燥を生じ、燥は金を生ず。中央は陰陽が交會して温を生じ、温は土を生ず。五行相生するは、彼此接続して絶えざらんが為である。五行相克するは、彼此制約治理せんが為である。この説は《五行要論》から出る。

論金

春忌見木,不能克伐。夏忌見火,金嫌鬼盛。秋忌見金太剛則闕,旺則害物。冬忌見水,水流則金化,(金成則火煉器就,是金成則欲得火,金未成則不欲火也。又云:秋金得火方為良金,到已(ps:懷疑實為巳)酉丑亦可謂之成也。)

金は春に木に見るを忌む。春木は正に旺しく、金はかえって剋伐し動かさざるが故である。夏に火に見るを忌む。火は金の鬼殺で、夏火太盛なれば金は受け堪えざるが故である。秋に金に見るを忌む。同類相畳して剛硬に過ぎれば損缺するを要し、旺して極に至ればかえって他物を傷害するが故である。冬に水に見るを忌む。水が一たび流瀉すれば、金気はこれに随って消融するが故である。小注にいう――金すでに成形し、火の煅錬を得れば器を成すべし。だから成形の金は火に見るを希望し、未だ成形せざる金は則ち火に見るを希望せず。またいう――秋の金は火を得て初めて良金と算え、巳・酉・丑の地に行き到るもまた器を成すと算え得べし(原刻は「巳」を誤りて「已」と作る)。

又云:金不煉不成器,聚金無火,難成脫樸之名,金重火輕,執事繁難。金不利死衰之火,器象難完,金極火盛,為格最精,金輕火重,鍛鍊消亡,大火鍊金,幸功成而退速,純金湊水遇富顯以贏餘。

またいう――金は煅錬を経ざれば器物を成さず、一堆の金を聚めて火なければ、粗朴を脱却して器成の名を得ること難し。金が太重にして火が太軽なれば、事を弾ずるは必ず繁難である。金がもしすでに衰死の火に碰上すれば、器形もまた完整し難し。金が極に至りて火また旺盛なれば、これは最も精粹の格局である。反って金軽く火重ければ、一味に煅錬し続けて、金はかえって銷熔して尽くさん。大火が金を煉るは、僥倖して成功し得るといえども、功成の後も退くこと速し。純粹の金にさらに水を湊えば、則ち富貴顕達にして財用余餘あるを主る。

李九萬云:金成則火來,故金未成欲得見火,金已成器,不欲見火也。又云:金無水則乾枯,土重則埋沒不顯,水重則沉沒,不作福。悟玄子云:火滅金須成大器,金輕火重命難全。孫子才云:金見子午寅亥,終始蹇塞之人,或成則破。

李九万がいう――金が器を成すは全く火の来るに頼る。だから未だ器を成さざる金は火に見るを希望し、すでに器を成せる金は則ち再び火に見るを希望せず。またいう――金に水なければ乾枯し、土が太重なれば埋没せられて顕達し得ず、水が太重なれば則ち沉溺して其中し、福を結出し得ず。悟玄子がいう――火熄の後に金は初めて大器を成し得、金軽くして火重きの命は保全し難し。孫子才がいう――金が子・午・寅・亥の四支に見えれば、一生始終蹇滞閉塞し、たとい器を成してもなお再び破るを要す。

希尹云:五行中其他長生皆在母氣臨官位,如木臨在寅,即為火長生之地,獨金長生在巳,土氣至巳已絕,又是火臨官之位,遇剋我者,而反為長生,豈非金氣,雖以至陰為體,然中含至陽之精,乃能堅剛,獨異眾物,若獨陰而不堅,則冰雪是也。遇陽則消矣。六金中惟庚戌尤喜巳,蓋火庫中金也。若見乙巳,雖納音屬火,而乙與庚合,化為真金亦無礙。

希尹がいう――五行の中、他の各行の長生位は皆我を生ずる母の臨官の地に落つ。例えば木が寅に臨官し、寅は正好に火の長生の地である。ただ金の長生は巳に在りて、土気は巳に到ればすでに断絶し、巳はまた正しく火の臨官の位である。我を剋する火に碰上し、かえって自己の長生を成す。これはまさに金気が至陰を以て形体と為すと雖も、中間に至陽の精華を含むが故に、初めて堅硬剛強にして万物と同じからざるを得るを証明するに非ずや。もし純陰のみにして堅ならざれば、すなわち氷雪を成し、一たび陽気に遇えば消融する。六つの金命の中、ただ庚戌のみ最も巳を喜ぶ。それは火庫裏の金なればである。もし乙巳に見えれば、乙巳の「納音」は火に属すと雖も、乙と庚が相合して真金に化成するから、妨げなし。

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