Libo

互横朝元両相得

宋 · 廖中 · 第18巻 / 40

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

互橫者,如庚寅見甲申日時之類,朝元祿如寅人見甲日時之類,或總朝於胎中為最貴,須不駁雜,不相嫌,兼貴助之曰得。

いわゆる「互横」とは、両柱の干支が彼此交錯互換するなり。例如庚寅年が甲申日あるいは甲申時に見るのこの一類。いわゆる「朝元禄」とは、地支が去りて本干の禄を朝拱するなり。例如寅年の人が甲日・甲時に見るのこの一類(甲の禄は正に寅に在り)。もしこれらの禄気が一斉に胎元に朝向せば、あれば則ち最も貴し。ただ必ず五行が駁雑せず彼此相嫌忌せず、再び貴神の幇襯を加えて、初めて「得」と作り叫ぶべし。

朝雲夾合公国に封ず

朝元夾合者,如癸巳見戊辰戊午之類,蓋兩戊於癸合夾巳得戊祿在巳也,如辛巳人見丙辰丙午,甲午人見己巳己未之類亦是。

いわゆる「朝元夾合」とは、例如癸巳年が戊辰と戊午に見れば――両個の戊は皆癸と相合し、また巳を把りて前後より夾住し、しかして戊の禄は正好則ち巳に在り、禄は当中に夾まるるなり。また辛巳年の人が丙辰・丙午に見(丙辛相合)、甲午年の人が己巳・己未に見(甲己相合)がごときは、も皆この一類である。この格に合するは以て公に封じ国に封じ得べし。

時に禄ありて日内を朝すれば金玉堂に満ち富輩を成す

如己巳日丙時更帶滋,命金玉滿堂格主大富,祿中更有多般說,自衰自旺兼敗絕,若無吉殺加助時,定知破祖多浮劣。

比如己巳日生の人が再び丙時を得れば、時上の禄は日主を朝向し、また滋助の気を帯ぶ。これは則ち「金玉満堂」格で、大富を主る。ただ禄の裏頭にさらに多くの講究あり――それが自坐衰地か・自坐旺地か・あるいは敗地・絶地に坐するかを看るを要す。倘も吉神の来りて幇扶を加えるなければ、あれば則ち此人は祖業を敗破し多くは軽浮无成と断定せらる。

如甲寅人見戊寅日自衰,壬寅日自絕,辛人見乙酉曰自敗,乙人見乙卯曰自死,吉殺加助者,如己卯己酉甲子甲午,雖曰自敗自死,緣有四簡進神,故得吉殺助也。甲寅有秀氣,內或有貴人食神旺氣來助亦佳,不可一途而取也。

例を挙げて説けば、甲寅年の人が戊寅日に見れば、戊土は寅に於て衰を為し、自衰と作る。壬寅日に見れば、壬水は寅に於て絶を為し、自絶と作る。辛年の人が乙酉に見るは、自敗と作る。乙年の人が乙卯に見るは、自死と作る。いわゆる吉神の幇扶あるとは、己卯・己酉・甲子・甲午のこの数柱がごときを指す。自敗・自死と算うと雖も、卻ってそれらが「四簡進神」なるが為に、だからかえって吉神の助を得。甲寅本身は秀気を含有し、命裏にもし別に貴人・食神・旺気の来りて相幇すれば、一様に好し。総じてただ死の一路を認めて取断する能わざるのみ。

祿入空亡何所知,虛名虛譽足堪嗤,忽然更在衰兼病,曹無名傳處處知。

歌訣にいう――禄が空亡に落ち進むは、何を憑りて看え出すことを得んや。則ち此人に虚名虚誉のみあるを憑りて、実に可笑すべし。万一禄がさらに衰地・病地上に坐せば、あれば則ち更に不堪なり、個の到処に伝揚せらるるの难听の名号を落とさん。

祿值空亡之人,或秀氣助成,稱虛官沖,解元之屬,或空亡值衰病,亦是曹號,更駁雜,即呼不好曹號。(沉源)

禄が空亡に落つる人は、もし命裏に別に秀気の来りて彼を成就するあれば、もまた個の空頭官銜を挂け得べし、あるいは郷試解元の一類の虚栄に做到し得べし。もし空亡がまた衰・病の地に碰上せば、あれば則ちただ一個の綽号を落とすのみ(原書は「曹号」と作す)。五行再び駁雑不清なれば、得るはさらに难听の諢名なり。この説は《沈源》から出る。

一祿不足救三絕,故宣叔丙午年庚子月,戊寅日,庚申時,官至正郎,行乙巳運,除福建漕,未赴,一夕暴卒,足見禍福各不相擾,雖有重祿,奈水土絕於巳,餘彷此。(廣錄)

一個の禄は三重の絶地を救う能わず。已故の宣叔の命造は丙午年・庚子月・戊寅日・庚申時で、官は正郎に做到す。乙巳の大運に行到り、朝廷は彼を任命して福建転運使を為らしめんとすも、未だ赴任せざるに、一夜の間に則ち暴卒す。見るべくんば禍は禍・福は福にして、各々相干らず――彼の命裏は禄気重叠すと雖も、奈何せん水と土と皆巳上に絶して、運は一ただ巳に到れば則ち救なし。残りは此を照りて類推すべし。この説は《広録》に見る。

遇如不遇

甲祿在寅,如甲子人見庚寅,被庚來破甲,所謂遇如不遇,又如庚人見丙申,乙人見辛卯,辛人見丁酉,以上鬼來勊退故無力,雖有如閒,餘彷此。(三命篡局)

甲の禄は寅に在るも、甲子年の人が庚寅に見れば、庚金が来りて甲木を劈き、禄は在ると雖も卻って破壊せらる。これを則ち「遇如不遇」と作る。また庚人が丙申に見・乙人が辛卯に見・辛人が丁酉に見るがごときは、皆官鬼が禄上に坐して、禄気を把りて剋退すれば、だから力を使い上がらず。看るに禄ありても、実は閑じて用なし。残りは此を照りて類推す。この説は《三命篡局》から出る。

第十六巻・馬を論ず

駅馬位歌

且論寅午戌生人,驛馬從來會在申,申是金鄉嫌鬼勊,官職無堅退剝頻,丙午丙寅並丙戌,七月同生建丙申,丙與納音重火勊,其中金馬動災迍,又是空亡多病厄,是非空走困紅塵,生逢十二四八月,金馬忽忽向此巡,更餘別月庚辛是,納音金位亦為真,有此兩般金馬貴,即為殿閣錦衣人,丙戌生人十二月,此名背馬帶官勳,辛丑兩重金馬庫,六辛臨馬貴人親,丙寅正月壬寅九,馬居庚戌及庚寅,忽然與祿相交併,朱紫分明不妄陳,巳酉丑申年月日,玉堂深處荷皇恩。

先ず寅・午・戌年生の人を説かば、彼らの「駅馬」は歴来皆申に在るを会す。申は金郷に属し、最も火の来りて鬼を為して相克するを怕る。一ただ剋せらるれば、官職は則ち立ち穏まらず、屡屡退職剥落す。丙午・丙寅・丙戌のこの数個の年份がごときは、人また七月則ち申月に生まれて丙申の一柱を得れば、天干の丙火に納音の火を加えて、両重の火が来りて申金を剋し、金馬傷を受ければ、則ち災殃困頓を動出せん。もしこの馬位が再び空亡に落つれば、便ち多病多厄にして一身の是非を惹き、白白奔走して紅塵裏に困す。反过来说えば、十二月(丑)・四月(巳)・八月(酉)に生まるるは、巳酉丑が三合成して金局を為せば、金馬は便ち匆匆としてここに巡り到る。たとい別の月份に生まれとも、ただ干上に庚・辛を帯び納音また金に属せば、同じく真金馬なり。この両種の金馬の貴有れば、便ち殿閣の上・錦衣を身著するの人物である。丙戌年生の人が十二月に生まるるは、「背馬」と作り、もまた官勲を帯び得べし。辛丑の一柱は両重の金馬の庫で、六辛の人が馬位に臨めば、貴人と相親近す。丙寅は正月に・壬寅は九月に在り、馬は庚戌と庚寅の上に落ち、もしまた禄星と交会して併臨せば、あれば則ち朱衣紫綬は明明白白にして虚説ならず。巳・酉・丑と申とが年・月・日上に出現する人は、能く玉堂の深処に於て皇恩を承受し得べし。

甲申載路空亡馬,丙申大敗馬,戊申福星伏馬,庚申建天關馬有好官,壬申大敗馬。如壬申,甲申,丙申,戊申,四馬多疾再沉再起,招是招非。以上巳酉丑申年月日時發應。

同じく申のこの馬位なりとも、天干同じからざれば吉凶もまた同じからず――甲申は載路空亡の馬、丙申は大敗の馬、戊申は福星伏馬、庚申は建天関の馬にして能く好官を得、壬申もまた大敗の馬なり。壬申・甲申・丙申・戊申のこの四種の馬がごときは、主人は多病多災にして、事業は几番か沈み去りまた几番か起り、また是非を招惹し易し。以上のこれらは、皆巳・酉・丑・申の在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

申子辰年,馬在寅,甲乙天關木氣同,只怕壬寅金勊破,空亡載路勿發逢,庚子生人正月建,戊寅伏馬卻堪中,戊祿在巳刑庚祿,祿馬相刑官印重,丙午文星天喜位,時加乙未貴人宮,又帶兩重驛馬庫,茂林長策定英雄,此命時干乙庚合,鼠猴連貴至三公,子未宮神凶吉雜,卻應難到廟堂中,但遇亥寅並卯未,此之年月自興隆。

申・子・辰年生の人は、駅馬は寅に在り。寅上に甲・乙を得れば、皆天関の木気と馬と同類にして最も好し。ただ壬寅に遇上するを怕る――納音は金に属し、かえって来りて寅木を剋破す。また空亡・載路に落ち進むを怕れ、逢着すれば則ち発し起る能わず。一個の命を挙ぐ――庚子年生の人が正月建寅に生まれ、戊寅の一柱を得るは、伏馬にしてさらに可用と算う。戊の禄は巳に在り、巳はまた庚の禄の申を刑して、禄と馬とが互相刑動し、官印の気は此に因りて加重す。もし丙午が位に在るを得れば、是れ文星・天喜の地で、時上に再び乙未のこの貴人宮を加え、また両重の駅馬の庫を帯ぶれば、あれは真に林木茂盛・長策に国を定むるの英雄である。この命は時干の乙と年干の庚と相合し、子(鼠)と申(猴)とは貴気相連なり、以て三公に做到し得べし。ただ子と未の両宮の神煞は吉凶混雑して、到底久しく廟堂の上に居ること難し。ただ一ただ亥・寅あるいは卯・未のこれらの年月に行到れば、自然になお興隆ならん。

甲寅正祿文星馬,丙寅福星馬,戊寅伏馬,庚寅破祿馬,壬寅截路馬。以上亥卯未寅年月日時發應。

寅のこの馬位上は、甲寅は正禄にして文星の馬を兼ね、丙寅は福星の馬、戊寅は伏馬、庚寅は破禄の馬、壬寅は截路の馬なり。以上のこれらは、皆亥・卯・未と寅との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

巳酉丑年馬在亥,壬癸差肩水馬公,惟忌亡神臨位上,乙庚丁亥孟冬生,申子及辰皆水位,亦為旺主國中英,忽然辛丑當三月,干帶壬辰馬庫名,馬得二重三品貴,翰宛調林學士稱,丁酉五月見丙午,納音水馬喜神臨,雖然此處居官祿,暫得科名不久榮,只緣丙午納音水,勊他丁祿遂伶仃,申子辰年並月日,不求推薦自然成。

巳・酉・丑年生の人は、駅馬は亥に在り。亥は水に属し、天干に壬・癸を得てそれと比肩同気するは、水馬の貴なり。ただ「亡神」が馬位上に圧するを忌む。乙年・庚年の人が丁亥を得、また孟冬十月に生まれ、あるいは命裏に申・子・辰のこれらの水位斉備して、馬気旺盛なれば、もまた国中の英才を成るを主る。また辛丑年生の人が三月に生まれ、干支に壬辰を得るがごときは、辰は水庫にして正に馬庫の名で、馬は両重を得れば、便ち三品の貴あり、以て翰林院裏に於て学士を為り得べし。また丁酉年生の人が五月に生まれて丙午に見るがごときは、丙午の納音は水に属し、水馬にしてまた喜神の来臨に逢う。能く個の官位俸禄を占むると雖も、卻ってただ暫時科名を博するのみで、栄耀は久長せず――原因は則ち丙午の納音水が丁の禄気を剋して、終竟伶仃孤単なればに在り。もし申・子・辰が年上に在りてまた月日に併見せば、あれば則ち人の推薦を求むるを必とせず、功名は自然に成就せん。

乙亥天德馬,丁亥天乙貴馬,己亥旺祿馬,辛亥正祿馬,癸亥大敗馬。以上申子辰亥年月日時發應。

亥のこの馬位上は、乙亥は天徳の馬、丁亥は天乙貴人の馬、己亥は旺禄の馬、辛亥は正禄の馬、癸亥は則ち大敗の馬なり。以上のこれらは、皆申・子・辰と亥との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

亥卯未人馬在巳,丙丁火位本同居,辛卯辛未並辛亥,四月生人得英圖,癸巳兩水凌其火,伏馬無堪官印虛,亦是貴神相保護,終得空名在世途,乙亥九月建丙戌,兩重馬庫德相扶,此名背馬居官職,乙丙相生印受除,更看丙丁關寶馬,寅午戌位火光殊,遇此年月日時到,天子榮飛紫詔書。

亥・卯・未年生の人は、駅馬は巳に在り。巳は火に属し、丙・丁と同居して一気なれば、だから干上に丙丁を得るが最も相宜なり。辛卯・辛未・辛亥年生の人がごときに、また四月建巳に生まれれば、便ち能く英偉の前程を謀得し得べし。もし癸巳なれば、天干の癸と地支の蔵する所の水と両重にして巳火を欺凌し、馬は則ち伏して起たず、官印の気もまた空しく落つ。ただすでに貴神の旁に在りて保護あれば、終帰なお世上に於て個の虚名を挣得し得べし。また乙亥年生の人が九月建戌に生まるるがごときは、戌は火庫にして、両重の馬庫が徳を以て相扶く。これを「背馬」と作り、一様に以て官に居り職に任じ得べし。乙木と丙火と相生して、印綬は此に因りて升遷を得。再び丙・丁の両干の関する所の宝馬を看れば、寅・午・戌のこれらの火位上に落ちて、火光は格外明亮なり。このような年月日時が一ただ到れば、天子の紫色の詔書は則ち栄耀にして飛来せん。

乙巳正祿馬,丁巳旺氣馬,己巳九天祿庫馬,辛巳截路馬(一雲作貴人半吉),癸巳天乙伏馬(一雲作貴人吉)。以上寅午戌巳年月日時發應。

巳のこの馬位上は、乙巳は正禄の馬、丁巳は旺気の馬、己巳は九天禄庫の馬、辛巳は截路の馬(另一説は貴人と算うも、ただ半吉なり)、癸巳は天乙伏馬(另一説は貴人と算え、吉と為す)なり。以上のこれらは、皆寅・午・戌と巳との在る所の年・月・日・時上に於て応験す。

其上項馬若不值空亡敗破交退伏神者,定須榮貴,忽祿共天乙貴神同其馬位,更得諸殺相併,官秉大權,貴居廊廟,時為上貴,日為中貴,月為常廉,庫馬值少年之喜,旺馬資壯歲之榮,生馬老方得遂而官卑任遠矣。如木生亥旺卯庫未,餘彷此。

上面のこれらの馬は、ただ空亡・大敗・破・交・退・伏神のこれらの壊神煞に碰上せざれば、一定に栄顕貴達を主る。仮に禄神と天乙貴人とがまた馬と同じく一位に在り、再び各類の吉殺の会合あれば、あれば則ち大権を手握りて、身は廟堂の上に居る。位次に就きて言えば、馬が時柱に在るは上等の貴、日柱に在るは中等の貴、月柱に在るはただ尋常の廉吏と算う。馬の処する所の段階に就きて言えば、庫に坐する馬は少年の得意を主り、旺に坐する馬は壮年の栄達を助人し、長生に坐する馬は老年に到って初めて遂心を得て、しかも官卑く任遠し。譬如木は亥を以て長生と為し卯を以て旺と為し未を以て庫と為す。残りは此を照りて類推す。

珞琭子云:坐馬未必有馬,背祿未必有祿,看其旺庫,不問背生,妙在消息盈虛也。

《珞琭子》にいう――命中に馬位に坐するも、未だ必ずしも真に馬の用あらず。看るに禄を背けたがごとくても、また必ずしも禄なきにあらず。関鍵はそれが旺地・庫地に処するや否やを看るを要して、必ずしも背なるや生なるやに拘泥するを要せず。妙処は全く気の盈虧消長を揣摩するに在り。

天関駅馬位歌

驛馬天關在四維,四維重柱與君知,其中水馬逢壬癸,金指庚辛自有期,甲乙木林花競秀,丙丁漁火彩光輝,如斯十公干頭上,官職隨人命裡歸。(金書命訣)

歌訣にいう――駅馬の天関は寅・申・巳・亥のこの「四維」の上に落つ。四維がもし几柱裏に重叠して出現せば、当にその中の分別を告げるべし。水馬は壬・癸に逢うを要し、金馬は庚・辛を指望し、各々其の応期あり。甲・乙は木にして、林木の花开き争い秀发するがごとし。丙・丁は火にして、漁火の水を照らし光彩輝映するがごとし。このように十天干は各自馬頭上に安じ、官職は便ち各人の命理の帰属に随りて定まる。この説は《金書命訣》から出る。

所謂驛馬者,乃五行有為待用之氣,強名也,陰陽倚伏,氣令循環,猶會置之郵傳,命逆來送往,無氣如驛,氣動如馬耳。

いわゆる駅馬とは、実は五行の中のあの有所作為・調用せらるるを待つの気で、「駅馬」は不過則ち勉めてそれに取るの名字のみ罷り。陰と陽と互相依伏して、気は時令と循環已まず。譬えば朝廷の駅站郵伝を設置して、人を命じて迎え来り送り往かしむるがごとし――気が静止して動かざる時は駅站のごとく、気が一たび発動すれば則ち奔馬のごとし。

寅午戌火屬也,水藏其中矣,遇申生主水以發越之,然後陽中陰動而化。申子辰水屬也,火藏其中矣,遇寅位生火以圖融之,然後陰中陽動而生。亥卯未木屬也,金藏其中矣,遇巳位生金以櫜龠之,然後動者靜而斂者散。巳酉丑金屬也,木藏其中矣,遇亥位生木以敷榮之,然後飲者散,而屈者伸。

寅午戌は火局を合成し、火中に卻って水を蔵し、申に遇えば――水の長生の地――水を把りて引発出し、於是陽中の陰は発動して変化を起す。申子辰は水局を合成し、水中に卻って火を蔵し、寅に遇えば――火の長生の地――火を把りて生起して之を交融せしめ、於是陰中の陽は発動して生機を顕現す。亥卯未は木局を合成し、木中に卻って金を蔵し、巳に遇えば――金の長生の地――金を把りて生出して、風箱鼓橐の一開一合するがごとく、於是好動するは安静に帰し・収斂するは転じて発散す。巳酉丑は金局を合成し、金中に卻って木を蔵し、亥に遇えば――木の長生の地――木を把りて生出して之を敷布繁栄せしめ、於是鬱積するは散開し・屈縮するは伸展す。これは則ち四組の三合が各々対冲の支を以て馬と為すの道理である。

由是木火水金,錯綜往來,因時動靜,內外相感,互為利用,進則與時皆行,退則與時偕極,然則帶之強名驛馬者,皆此例也,是特舉其一隅而已,苟能以三隅反,則理歸一揆,不必執於寅午戌申,申子辰寅,然後為馬,凡水中火騰,火中水降,陰陽交泰,陰陽變通,皆為馬類也。(雲霄寶鑑)

此に由りて見るべくんば、木・火・水・金は錯綜往来して、時令に随い或いは動き或いは静かにして、内外互相感応し・彼此用と為す――進むの時は時と倶に行き、退くの時は時と倶に尽く。あれば則ち勉めて駅馬と称せらるるは、皆この一類の情形で、上面は不過一個の角落を挙げて例と作したのみ。もし此に由りて残りの三面を推知する能くせば、道理は原より一貫にして、必ずしも「寅午戌は申に見・申子辰は寅に見」を死守して初めて馬と算えるを要せず。およそ水中有りて火騰起し・火中有りて水降下し・陰陽交感通泰し・変化流通するは、皆馬のこの一類に属す。この説は《雲霄宝鑑》から出る。

古人謂當五行更易變動奔沖往來之際為驛馬,然火局在申,水局在寅,金局在亥,木局在巳,何也,蓋無行之氣,當共相反處,乃始沖擊,故火馬必在水長生處,水馬必在火長生處,木金亦然。(希尹書)

古人は五行の更替変動し・奔走冲蕩往来するあの一刻を把りて駅馬と作す。しかし火局の馬は何の故に申に在り・水局の馬は寅に在り・金局の馬は亥に在り・木局の馬は巳に在るや。原因是五行の気は必ず彼此相反の地方に於て、初めて冲击発動を開始するを以て、だから火の馬は一定水の長生の地に落ち・水の馬は一定火の長生の地に落ち・木と金もまた同様の道理なり。この説は《希尹書》から出る。

生成馬

寅午戌見庚申,申子辰見甲寅,巳酉丑見癸亥,亥卯未見丁巳。

いわゆる「生成馬」とは、馬位の地支上に同気の天干を配するの現成一柱である――寅午戌年の人は庚申に見、申子辰年の人は甲寅に見、巳酉丑年の人は癸亥に見、亥卯未年の人は丁巳に見る。

名位馬

凡馬上帶食神者是,如甲寅,甲午,甲戌,見丙申,謂之名位馬,為貴格,餘彷此。(林開無命)

およそ駅馬の上に食神の坐するは、則ちこの一の格なり。譬如甲寅・甲午・甲戌年生の人は、馬は申に在りて丙申に見れば――丙は正に甲の食神なれば――これを則ち「名位馬」と作り、貴格に属す。残りは此を照りて類推す。この説は《林開五命》から出る(原書は「林開無命」と作す)。

馬聚天庭格

馬天庭者寅午戌人在巳酉,巳酉丑人在申子,申子辰人在亥卯,亥卯未人在寅午,取五虎元遁至馬上所得之者,再見本祿在馬天庭上者是也,假令六壬人生居寅午戌之位者,馬在申於申上遁得戊干,戊之祿在巳,巳繫天庭,復見巳,故名馬聚天庭,入此格者,早年在王庭也。(玉霄寶鑑)

いわゆる「馬天庭」とは、寅午戌年の人は巳と酉に在り、巳酉丑年の人は申と子に在り、申子辰年の人は亥と卯に在り、亥卯未年の人は寅と午に在る。取法は五虎遁を用いて馬位上に推して、何の天干を遁出するを看え出し、再びこの天干の本禄が馬天庭の上に落つるや否やを看る。例を挙げて説けば――六壬年生の人がもし寅午戌の局に生まれれば、馬は申に在り、五虎遁を用いて申上に戊を遁得。戊の禄は巳に在り、しかして巳は正に天庭に属し、命裏にまた巳を重見すれば、だから「馬聚天庭」と作る。この格に合する人は、早年に能く朝廷に立身し得べし。この説は《玉霄宝鑑》から出る。

理愚歌云:馬聚天庭月九遷。

《理愚歌》にいう――馬聚天庭の人は、一個月裏に能く九次升遷し、仕途の快さは人を驚かす。

馬天庭

在驛馬前一辰也,主官職超達。(三命鈴)

「馬天庭」は則ち駅馬の前面に挨着するあの一辰で、主人の官職は超群顕達を主る。この説は《三命鈴》から出る。

馬九天

在驛馬後一辰也,主官祿超盛,封崇不絕。

「馬九天」は駅馬の後面に挨着するあの一辰で、主人の官位俸禄は格外興盛し、封賞尊崇不断なるを主る。

馬九地

在驛馬後二辰,主職進王庭,常格亦為令長。(三神指掌)

「馬九地」は駅馬の後面の第二辰で、主人は能く朝廷に於て任職す。たとい命局平常なるも、もまた県令・県長の一類の地方長官に做到し得べし。この説は《三神指掌》から出る。

干支合馬格

如申子辰馬在寅,甲寅與己亥合,丙寅與辛亥合,餘彷此,凡值此合主官職崇重,富貴之命。(八字金書)

比如申子辰年の人の馬は寅に在り――命中に甲寅と己亥と相遇して、甲己相合・寅亥相合す。丙寅と辛亥と相遇して、丙辛相合・寅亥相合す。残りは此を照りて類推す。およそこの種の干支双合の馬に碰上するは、官職崇高隆重を主り、富貴の命なり。この説は《八字金書》から出る。

有馬有駅

寅午戌人見庚申,申子辰人見甲寅,巳酉丑人見癸亥,亥卯未人見丁巳。乾為馬,支為驛,如甲木臨官在寅,是有馬有驛也,餘倣此,主及第陞擢,使承門蔭,亦作當道之貴。

ここでは天干を「馬」とし、地支を「駅」とし、二つ揃ってこそ全きものとなる。寅午戌年の人は庚申に、申子辰年の人は甲寅に、巳酉丑年の人は癸亥に、亥卯未年の人は丁巳に遇ふは、皆干支同気の一柱なり。例へば甲木の臨官は正に寅にあり、干と支と一気を成せば、これを「有馬有駅」と曰ふ。余は皆これに準ず。かかる命の主は科第に及第し、屡々陞擢を受け、たとへ祖上の門蔭によりて仕ふる者も、また当道の貴官となるを得る。

有馬無駅・有駅無馬

寅午戌見庚無申,見申無庚。申子辰見甲無寅,見寅無甲。

寅午戌年の人は庚を見て申なく、あるいは申を見て庚なし。申子辰年の人は甲を見て寅なく、あるいは寅を見て甲なし——干支同時に揃はざれば、すなはち有馬無駅、あるいは有駅無馬なり。

巳酉丑見癸無亥,見亥無癸。亥卯未見丁無巳,見巳無丁。以上多作監司巡按之職,庶人聰明奔馳尤甚。

巳酉丑年の人は癸を見て亥なく、あるいは亥を見て癸なし。亥卯未年の人は丁を見て巳なく、あるいは巳を見て丁なし。かかる諸般の人は、多くは監司・巡按のごとき四方を巡行する職に就き、もし平常の百姓ならば、同じく聡明伶俐なるも、ただ奔波労碌いよいよ甚し。

一木双馬を繫ぐ

寅午戌多見丙申,申子辰多見庚寅,巳酉丑多見己亥,亥卯未多見癸巳。馬中干剋支也,主為性易驚易疑,多驚險,若遇四馬驟於時上或年上曰驍騎驟軍中,主爵封。(廣信集)

寅午戌年の人命に多く丙申を見、申子辰年の人多く庚寅を見、巳酉丑年の人多く己亥を見、亥卯未年の人多く癸巳を見——これらは皆、馬の一柱にて天干地支を剋するものなり。主の性情は驚き易く疑ひ易く、一生多く険危を歴る。もし四馬一斉に時柱または年柱に奔集すれば、これを「驍騎軍中に驟る」と曰ひ、かへつて爵を受け封を受くるを主る。この説は《広信集》に出づ。

天馬貴神

太歲本支不見正驛馬,而取五虎元遁至馬上看得何干,其干見天乙貴人,而天乙貴神所坐之干,卻復見貴於馬上者是也,假令亥卯未馬在巳,係六丁人遁至巳上見乙,乙貴在申子,而得壬子,壬申者是也,蓋壬貴在巳故也,如入格貴不下三品,常格則減落言之。(玉霄寶鑑)

もし年支に正駅馬を見ずんば、すなはち五虎遁を用ひて馬位に推し、遁出する天干の何れなるを視る。この天干もし天乙貴人を見るを得、しかも貴人の坐するその天干が、かへつて馬位にて貴を得ば、すなはち「天馬貴神」なり。例を挙げれば、亥卯未年の人の馬は巳に在り、もし六丁年生の人ならば、五虎遁を用ひて巳に推して乙を得、乙の貴人は申と子に在り、命中壬子または壬申を得、しかして壬の貴人は恰恰巳に在りて、貴気また馬位に帰る。この格に合するは、貴三品を下らず。ただ平常の格局なれば、等を減じて論ずべし。この説は《玉霄宝鑑》に出づ。

貴馬例

寅午戌人日時乙未癸末,巳酉丑人日時壬戌丙戌,申子辰人日時癸丑己丑,亥卯未人日時甲辰庚辰。

貴人と駅馬と配合する例は、寅午戌年の人は日・時に乙未・癸未を得(原書の「末」は「未」に作るべし)、巳酉丑年の人は壬戌・丙戌を得、申子辰年の人は癸丑・己丑を得、亥卯未年の人は甲辰・庚辰を得。これら四組の地支は、皆正しく各自の駅馬の前一辰に落ち、天干また貴気を帯ぶゆゑ、貴馬と称す。

馬財庫

蓋取驛馬所尅之辰入墓也,如馬在申,申屬金,金剋木,木至未為庫墓,若人遇之,主平生遊歷四方,廣得資財。(三命鈐)

「馬財庫」とは、駅馬の剋するその一行の墓に入る地を取るなり。例へば馬申に在れば、申は金に属し、金は能く木を剋し、木剋されればすなはち馬の財となり、而して木は未に至りて庫墓と為るゆゑ、未すなはちこの馬の財庫なり。人もしこれに遇へば、主として一生四方を遊歴し、至るところ皆資財を獲るを得。この説は《三命鈴》に出づ。

南方離明馬

議者多謂未馬在巳,丑馬在亥,辰馬在寅,戌馬在申,曾不知辰戌丑未四位係土之位,以生處為馬,故東方朔雲;辰戌丑未人飛在午,為南方離明之馬,遇此者,大愛子午相沖,為飛馬見鞭策,不論福神輕重,皆主入格有官。(馬子才命格)

命を講ずる者の多くは曰ふ、未年の馬は巳に在り、丑年の馬は亥に在り、辰年の馬は寅に在り、戌年の馬は申に在りと。彼らは知らず、辰・戌・丑・未の四支は皆土位に属し、土は自らの長生の処を以て馬と為すべきを。ゆゑに東方朔曰く、辰戌丑未年生の人は馬午上に飛び、これを「南方離明の馬」と曰ふ。この馬に遇ふ人は、最も子午相沖を喜び、沖動すればすなはち飛馬の鞭を蒙るに等し。この時福神の軽重を論ぜず、皆入格に官あると算す。この説は《馬子才命格》に出づ。

飛馬

寅午日申時,申子日寅時,己酉日亥時,辛卯日己時,四季日午時。天干得用不相剋者顯達。(神白經)

いはゆる「飛馬」は、日支より時支に飛ぶなり。寅日・午日は申時を得、申日・子日は寅時を得、巳日・酉日は亥時を得(原書の「己」は「巳」に作るべし)、亥日・卯日は巳時を得(原書の「辛卯」「己時」は「亥卯」「巳時」に作るべし)、辰戌丑未の四季の日は午時を得。天干ただ用を得て互に剋せざれば、すなはち顕達を主る。この説は《神白経》に出づ。

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