Libo

第三巻 論干神一

宋 · 廖中 · 第3巻 / 40

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

【十干例】

甲乙木,丙丁火,戊己土,庚辛金,壬癸水。

十天干はそれぞれ五行に配属する――甲・乙は木に属し、丙・丁は火に属し、戊・己は土に属し、庚・辛は金に属し、壬・癸は水に属する。

【十干不雑】

甲乙人在寅卯,丙丁人在巳午,庚辛人在申酉,壬癸人在亥子。經云:五音不雜無淫亂之性,合居祿位也。

いわゆる十干不雑とは、甲・乙の人が寅・卯の位に生まれ、丙・丁の人が巳・午の位に生まれ、庚・辛の人が申・酉の位に生まれ、壬・癸の人が亥・子の位に生まれて、天干と地支が同一の行に属して別気を摻雑しないことをいう。経書にいう――五音が純にして雑らざる者は淫乱の性情がなく、ちょうど自己の禄位に安居する。

【栄神格】

春甲乙日時,夏丙丁日時,秋庚辛日時,冬壬癸日時,四季戊己日時。主人心明,日時金見者足壽,富貴多權。(神白經)

いわゆる栄神格とは――春季生の者は甲・乙を日干と時干とし、夏季生は丙・丁を日時の干とし、秋季生は庚・辛を、冬季生は壬・癸を、辰戌丑未の四季の月生は戊・己を、いずれも当令得時の干とする。このような人は心地が清明である。日柱・時柱にさらに金に見えれば、寿数充足し、富貴にして権柄を多く執る。この説は《神白経》から出る。

【干神一字格】

如葉邵壬辰年、壬子月、壬寅日、癸卯胎,此干神一字也。然壬寅自絕是為雜,故止於正印。

例えば葉邵という人の命――壬辰年・壬子月・壬寅日・癸卯胎で、天干はほぼ清一色の壬である。これを干神一字格という。ただ壬寅の一柱は納音の金が自ら絶地に処し、夾雑不純と算えられるから、彼の官位は「正印」一級までで止まった。

【干神二字相遇】

如甲人見乙,丙人見丁之類。

いわゆる干神二字相遇とは、甲日主の人が命中に乙に見え、丙日主の人が命中に丁に見えるという類で、同一行に属する陰陽両干が一処に碰するものである。

【干頭相類】(官にして卑し)

甲與乙、丙與丁、戊與己、庚與辛、壬與癸,皆干頭相類也,是甲人得乙,乙人得甲,位之偏祿,偏祿者多無科名,雖富而官卑。(壺中子)

甲と乙、丙と丁、戊と己、庚と辛、壬と癸は、いずれも天干同類相並に属する。甲日主の人が乙を得、乙日主の人が甲を得るようなものは、占める所は「偏禄」の位である。偏禄を帯びる者は多く科挙功名がなく、たとえ家道富足でも、官官職は極めて低微である。この説は《壺中子》から出る。

【干神二字連格】

如甲乙或丙丁兩字分四柱也,然須五行不雜,乃貴。(鬼谷遺文)

いわゆる干神二字連格とは、甲と乙、あるいは丙と丁の二字を年・月・日・時の四柱の上に分布させるものである。ただし五行が純にして雑らなければ、貴格と算える。この説は《鬼谷遺文》から出る。

【五行純陰陽格】

謂純得五形陰陽,天元之氣不雜斷者,更有福神生旺之氣助之,則至貴之命,甲丙戊庚壬為純陽,乙丁己辛癸為純陰。

いわゆる五行純陰陽格とは、命中に純粹に陰のみ、あるいは陽のみの一方の五行を得て、天干のこの層の気が摻雑せず間断もしないものをいう。もしさらに福神と生旺の気が幇扶に来れば、極貴の命である。甲・丙・戊・庚・壬の五天干は純陽に属し、乙・丁・己・辛・癸の五天干は純陰に属する。

【喜神】

蓋取十干遇生己之位也,謂甲遇壬見癸之類,水能生木,餘準此,若人遇之,主有大福祿也。(三命鈴)

いわゆる「喜神」とは、十天干が我を生ずる其の一位に遇うことを取る。例えば甲日主が壬に遇い癸に見えればこれであり、水が木を生ずるからである。残りの各干は皆この法に倣って類推する。人の命に喜神に遇えば、大福大禄があるを主る。この説は《三命鈐》から出る。

【三五連合格】

三五連合者,自上至下,陰陽相和也。兩比干在上,一干在下,謂之順挑連合;一干在上,兩比干在下,謂之倒垂連合。順挑者甲乙丙、丙丁戊、戊己庚、庚辛壬、壬癸甲是也。倒垂者癸甲乙、乙丙丁、丁戊己、己庚辛、辛壬癸是也。倒垂相連,順數為上,雜數次之,不犯他干,生旺相承,福祿相助,尤勝五行連珠格。(閻東叟書)

いわゆる三五連合とは、四柱の天干が上より下へ陰陽互いに調和することをいう。二つの同類の干が上にあり一つの干が下にあるを、順挑連合という。一つの干が上にあり二つの同類の干が下にあるを、倒垂連合という。順挑の組合せは甲乙丙・丙丁戊・戊己庚・庚辛壬・壬癸甲。倒垂の組合せは癸甲乙・乙丙丁・丁戊己・己庚辛・辛壬癸。倒垂相連の格局は、順次に排列するを上等とし、夾雑排列は次の等とする。他の天干に衝犯しなければ、生旺の気が前後相承し、福と禄が彼此扶助して、「五行連珠格」よりもさらに良い。この説は《閻東叟書》から出る。

干神順足亦非常,論此非常不可當,生旺相兼臨貴格,定知君側理陰陽。

口訣にいう――天干が順次相接して首尾完足するは、それ自体が尋常ならざる格局である。この非常の格を論ずれば、その力量は誰も抵当できない。もしさらに生旺の気を兼ねて貴格の上に臨めば、この人は必ず君王の側に侍立し、政事に参賛し、陰陽を調理すると断定できる。

【神蔵殺没格】

甲庚、丙壬、乙辛、丁癸,最為貴格,名曰神藏殺沒。蓋上天清氣之盛者,如年月日時胎五位中合成,更有福神相助,無死絕沖破空亡,須貴極一品。若有沖破空亡而有福神相助,亦可為兩制兩省。如日時上不犯空亡,他處犯之,亦可為兩府,然活不久。

甲と庚、丙と壬、乙と辛、丁と癸のこの数組の搭配は、最上等の貴格で、名を「神蔵殺没」といい、吉神が潜蔵し凶殺が隠没する意である。これが上天の清気最も盛んな組合せだからである。もし年・月・日・時・胎の五つの位次の中にこのような格局を湊成し、また福神の幇扶があり、死絶・衝破と「空亡」を犯さなければ、必ず一品の位まで貴くなる。もし衝破・空亡を犯しても、なお福神の幇扶があれば、両制・両省一級の高官まで為れる。日柱・時柱上で空亡を犯さず、ただ別の所で犯したのみなら、両府に位居することもできるが、ただ寿命は長くない。

如不犯空亡,只犯死絕,可作卿監,仍多難而有好差遣,若無福神為助,不過一多難員正郎而已。不犯死絕,而犯沖破空亡,無福神助之者,亦可作館職之格,或死絕空亡,更無福神為之助,即碌碌不出州縣耳。更有三刑六害,只作有名舉人,或清高僧道,與富足百姓而已。(林開五命)

もし空亡を犯さず、ただ死・絶の地に落ちるのみなら、九卿・諸監一級まで為れ、磨難は多いが差事は悪くない。もし福神の幇扶がなければ、せいぜい屡々挫折に遭う正郎にすぎない。死絶を犯さずに衝破・空亡を犯し、また福神の扶助がなければ、館閣の類の清職は為れる。もし死絶に落ちかつ空亡を犯し、さらに福神の幇扶がなければ、ただ碌碌無為で、一生州県を出られない。もしさらに「三刑」「六害」を加えれば、名ある挙人か、清高の僧人道士、さもなければ殷実な百姓にすぎない。この説は《林開五命》から出る。

閻東叟云:四時天地之氣,八荒陰陽之數,甲庚丙壬為陽干之吉會,乙辛丁癸為陰干之福源,六凶神至此而藏,〈按三曆會同云:螣蛇、朱雀、勾陳、天空、白虎、玄武,為六凶神〉四惡殺相遇而沒,〈按命書四殺或以為四劫殺,或以為辰戌丑未〉年月日時四位四干分明,不論刑害沖破,皆為吉氣,更加祿馬貴印,加倍福力。而凶神惡殺,自然藏沒也。

閻東叟がいう――四季は天地之気の運行で、八方は陰陽之数の分布である。甲・庚・丙・壬は陽干の吉慶聚会、乙・辛・丁・癸は陰干の福沢本源である。六位の凶神はここに至れば潜蔵する――原注に《三暦会同》を引いていう、螣蛇・朱雀・勾陳・天空・白虎・玄武のこの六位は凶神である。四種の悪殺はこれに碰上しても隠没して発しない――原注にいう、命書の四殺は、或る者は四劫殺とし、或る者は辰・戌・丑・未を指すという。年・月・日・時の四つの位次の上の四天干が分明であれば、たとえ刑・害・衝・破があっても計較する必要なく、一概に吉気と算える。さらに禄・馬・貴人・印綬を加えれば、福力はなお倍加する。凶神悪殺は自ずから蔵伏して見えなくなる。

三命鈐云:凡將相貴人,多生於甲庚丙壬者,以此四干有天德月德併也。若人遇之,更逢五晉旺相、及三命有氣,必居臺輔也。玉霄寶鑑云:如甲庚丙壬全,必生居孟月者,方為入格。乙辛丁癸,必生居季月者,方為入格。不然非也。此類皆為吉德君子,若居官秉政,亦寬厚也。

《三命鈐》にいう――およそ将相一級の貴人は、多く甲・庚・丙・壬の四つの天干の上に生まれる。この四干は兼ねて「天徳」「月徳」が並び臨むからである。人がこれに遇い、さらに五行進気旺相・年月日の三命に気あれば、必ず宰輔に官居する。《玉霄宝鑑》にいう――甲・庚・丙・壬の四干が斉全の者は、必ず寅・申・巳・亥の四孟の月に生まれて、初めて格に入ると算える。乙・辛・丁・癸の四干が斉全の者は、必ず辰・戌・丑・未の四季の月に生まれて、初めて格に入ると算える。この条件に合わなければそうではない。この一類の人は皆吉徳ある君子で、たとえ做官して権を執っても、為政は寛厚である。

鬼谷要訣云:甲庚丙壬相逐來,支神次第又相該;更兼祿馬居生旺,為官必是到三臺。又云:乙辛丁癸順挑連,五行生旺祿兼全,更秉旺氣臨官上,宰相公侯在此遷。

《鬼谷要訣》に歌訣があっていう――甲・庚・丙・壬の四干が連なり来て、地支もまた順に相配相合すれば、もし「禄神」と「駅馬」がまた皆生旺の地に坐せば、做官すれば必ず三公台輔の位置に昇れる。また一首にいう――乙・辛・丁・癸が順に連なり下り、五行生旺・禄気倶に全ければ、さらに旺気に乗って官星の上に臨み、宰相公侯の爵位はここから昇遷して行く。

又鬼谷遺文云:罡中是乙,魁裡伏辛,鬼神得癸,小吉隱丁。〈注云:辰中是乙,戊中是辛,丑為貴神,未為小吉,丑中有貴,未中有丁。〉

《鬼谷遺文》にまたいう――天罡の辰位中に乙を蔵し、河魁の戌位裏に辛を伏せ、鬼神の居る丑位に癸を得、小吉の未位裏に丁を隠す。原注にいう――辰中に乙を蔵し、戌中に辛を蔵し、丑は貴神の位、未は小吉の位で、丑中に貴人を蔵し、未中に丁を蔵す。

四端迎中央之福,謂陽干甲庚丙壬全,陰干乙辛丁癸全,陽干胎月得癸而迎戊,陰干胎月得甲而迎己,中央二土,迎在歲運上,則陽能兆陰,陰能兆陽也。(閻東叟書)

いわゆる「四端迎中央之福」とは、陽干甲・庚・丙・壬の四位が斉全するか、あるいは陰干乙・辛・丁・癸の四位が斉全することをいう。陽干の命が胎月の上で癸を得れば、戊を迎来する。陰干の命が胎月の上で甲を得れば、己を迎来する。戊・己の中央二土が、もし流年大運の上に迎えられれば、陽は陰を感召でき、陰も陽を感召できる。この説は《閻東叟書》から出る。

【連珠粹美格】

甲丙辛己、甲丙戊庚、甲己辛癸、甲辛庚丙、甲辛癸丙;乙庚壬甲、乙庚丁己、乙癸丁壬、乙庚丁辛、乙戊甲癸〈一癸作庚〉;丙戊癸辛、丙辛癸乙、丙戊庚壬、丙癸壬戊、丙乙丁辛;丁己辛壬、丁癸壬己、丁己癸乙、丁乙己戊、丁壬己辛;戊癸丁乙、戊庚壬甲、戊庚乙癸、己辛甲癸、己甲丙戊。

連珠粹美格とは、四つの天干を固定の次序で一列に連ねた貴格で、以下に起首の干によって分列する。甲で起頭するのに五組ある――甲丙辛己・甲丙戊庚・甲己辛癸・甲辛庚丙・甲辛癸丙。乙で起頭するのに五組ある――乙庚壬甲・乙庚丁己・乙癸丁壬・乙庚丁辛・乙戊甲癸――最後の一組の癸は、別本では庚とする。丙で起頭するのに五組ある――丙戊癸辛・丙辛癸乙・丙戊庚壬・丙癸壬戊・丙乙丁辛。丁で起頭するのに五組ある――丁己辛壬・丁癸壬己・丁己癸乙・丁乙己戊・丁壬己辛。戊で起頭するのに三組ある――戊癸丁乙・戊庚壬甲・戊庚乙癸。続いて己で起頭するのに己辛甲癸・己甲丙戊の二組がある。

己甲丁壬、己甲丁辛、己辛癸乙、庚乙丁己、庚壬甲丙;庚丁丙壬、辛癸乙丙、辛丙庚戊、辛壬丙甲、辛癸乙丁;辛丙丁癸、壬甲丙戊、壬己戊甲、壬丁己辛、癸戊庚壬;癸乙丁己、癸戊己乙〈己作丙〉。以上年月日時,一句喚就者為貴,更有吉殺,定為卿相。(廣信集)

続いて己で起頭するのにさらに己甲丁壬・己甲丁辛・己辛癸乙の三組がある。庚で起頭するのに庚乙丁己・庚壬甲丙・庚丁丙壬の三組がある。辛で起頭するのに辛癸乙丙・辛丙庚戊・辛壬丙甲・辛癸乙丁・辛丙丁癸の五組がある。壬で起頭するのに壬甲丙戊・壬己戊甲・壬丁己辛の三組がある。癸で起頭するのに癸戊庚壬・癸乙丁己・癸戊己乙の三組がある――最後の一組の己は、別本では丙とする。以上のこれらの組合せで、およそ年・月・日・時の四柱天干がちょうどその中の一句を湊成すれば貴を主る。もしさらに吉神吉殺を帯びれば、必ず公卿宰相に位至する。この説は《広信集》から出る。

【官卿】

甲隨丙戊官卿泰,乙見丁己祿還生,丙會戊庚年稱遂,丁到己辛事皆成,戊入庚壬門有慶,己逢辛癸職遷榮,庚遷壬甲財豐足,辛逢癸乙命先升,壬逢甲丙無不喜,癸入乙丁命高亨,若遇行年生處有,此為有福運相迎。(八字金書)

歌訣にいう――甲干が丙・戊に随って来れば、官運通達して公卿に至れる。乙干が丁・己に見えれば、禄気は再び生発する。丙干が戊・庚を会合すれば、年歳の中に事事称心する。丁干が己・辛に遇えば、謀る所の事は皆成し得られる。戊干が庚・壬の門に入れば、家門に自ずから喜慶がある。己干が辛・癸に逢上すれば、職位は昇遷栄顕する。庚干が壬・甲に移れば、財貨豊足して余りがある。辛干が癸・乙に逢上すれば、命運は率先して高昇する。壬干が甲・丙に逢上すれば、一つとして称心しないものがない。癸干が乙・丁に入れば、命運高遠亨通する。もし流年の行く所にもこのような搭配があれば、それは福気の運が前来して迎えるのである。この説は《八字金書》から出る。

【福会】

福會者,取十干所生及所剋是也,謂如甲木生丙火,剋之戊土之類,如甲壬見丙戊是也。〈他準此並與官卿同〉若人胎月日時遇之,主衣食豐足,官爵崇高,大小運行年至此,亦有遷官進財之喜。(三命指掌)

いわゆる「福会」とは、十天干の中の我の生ずると我の剋するの两位を取る。例えば甲は木に属し、木は丙火を生じ、木はまた戊土を剋するから、甲・壬の命が丙と戊に見えれば福会である――原注にいう、残りの各干は皆これに倣って類推し、用法は前の官卿格と同じ。人の胎・月・日・時上に福会に遇えば、衣食豊足・官爵崇高を主る。大運・小運と流年がここに走り至っても、升官進財の喜事がある。この説は《三命指掌》から出る。

【禄庫】

甲乙庫未丙丁戌,戊己壬癸辰中立;庚辛若向丑中行,一生衣食終須吉。凡人生值此庫,若年月日時皆有者,主兩府臺輔之貴,或落空亡亦吉。(八字金書)

歌訶にいう――甲・乙の庫は未にあり、丙・丁の庫は戌にあり、戊・己と壬・癸の庫は皆辰の上に立ち、庚・辛がもし丑中に走り至れば、一生の衣食は終帰して吉利する。およそ人の生辰がまさに自己の禄庫に当たり、年・月・日・時の四柱の上に皆あれば、両府台輔の貴顕に位居するを主る。たとえ「空亡」に落入しても、依然として吉である。この説は《八字金書》から出る。

【禄庫空虚、嚢貧職重】

歲干之墓謂之祿庫,祿庫中又帶地財或納音為財者,乃祿庫中有財,不惟貴,而又主富,設祿庫之內無財,則職雖顯而家貧矣。(壺中子)

年干の入る墓地を「禄庫」という。禄庫の中にもしまた地支の蔵する財を帯びるか、あるいは納音がちょうど我の財ならば、それは庫裏に財あるもので、このような命は貴いのみならず、また富む。もし禄庫の内に財がなければ、官職は顕赫でも、家は依然として貧寒である。この説は《壺中子》から出る。

【正官正禄偏官偏禄】

如甲人用己為正祿,即有科名,戊為偏祿,以辛為正官,庚為偏官,於倣此。若得正官全者,併為正官祿,有科名,其偏官無出身。(金書名訣)

例えば甲日主の人は、己を「正禄」とし、命中にそれがあれば科名を取得できる。戊を「偏禄」とし、辛を「正官」とし、庚を「偏官」とする。残りの各干は皆この法に倣って推す。正官が斉備し、正禄と並び見えれば、正官禄といい、科挙功名があるを主る。偏官のみを帯びる者は、正途の出身がない。この説は《金書名訣》から出る。

三命提要云:偏官亦主大福,若到晚年福謝祿衰,卻為災,若見二鬼剋祿干,雖有官蹇滯,亦須有停降之災。指迷賦云:偏官出於雜流。

《三命提要》にいう――偏官も大福を主り得るが、ただ晚年に至れば福尽き禄衰え、かえって災いとなる。もし二重の剋我の「鬼」が禄干を剋しに来るのに見えれば、官職があっても困頓不順で、停職降級の災いを免れない。《指迷賦》にいう――偏官を帯びる人は多く雑途流品から出身する。

胎生旺庫為四貴,死絕病敗為四忌,餘為四平,以太歲干為主配於五行,取四貴、四平、四忌之位,而分貴賤,遇貴多則貴,不遇則賤。四貴主貴,亦有上下生旺,庫為上,胎為次。四忌主賤,亦有輕重,死敗絕為重,病為輕,若胎月日時遇三貴上,皆有輔者,〈祿有四輔正財正官正印含神福也〉三公之命也。

胎・長生・帝旺・墓庫の四つの位次を「四貴」といい、死・絶・病・敗の四つの位次を「四忌」といい、残りは「四平」と算える。年干を主として、五行の十二運に配して、それが四貴・四平・四忌のどこに落ちるかを見て、以て貴賤を分別する。四貴に多く遇う者は貴く、一つも遇わない者は賤しい。四貴の中で主貴の程度にも高下があり、墓庫を上とし、胎位を次とする。四忌の中で主賤の程度にも軽重があり、死・敗・絶を重とし、病を軽とする。もし胎・月・日・時の中に三つの貴位を占め、しかも一処ごとに輔佐があれば――原注にいう、禄には四種の輔佐があり、正財・正官・正印と含神之福である――それは三公に位至する命である。

若三貴上帶正天乙〈如丑未生人月日時得甲戊庚之類是也〉、本家祿〈如寅生人,月日時帶甲之類是也。詩云:甲遇寅為常,寅遇甲為強,餘倣此〉、福會或天乙貴神合四三重者,亦三公之命也,三貴上帶上下合,或一官一印,即一正天乙或一位本家祿,三兩位天乙貴人合者,宰輔之命也。

もしこの三つの貴位の上にさらに正天乙貴人を帯びれば――原注にいう、例えば丑・未年生の人は、月・日・時上に甲・戊・庚を得ればこれ――また本家の禄を帯びれば――原注にいう、例えば寅年生の人は、月・日・時上に甲を帯びればこれ。詩にいう、甲が寅に遇うは平常と算え、寅が甲に遇って初めて強しとす、残りはこれに倣って類推――さらに福会を加えるか、あるいは天乙貴神相合が三四重に達すれば、同じく三公の命である。三つの貴位の上に上下相合を帯び、あるいは一つの官星・一つの印綬、すなわち一位の正天乙あるいは一位の本家禄、さらに二三か所の天乙貴人相合があれば、宰輔の命である。

或日時上遇兩貴,而帶上件者,亦然。以上若一位上遇災殺亡神劫殺地殺羊刃者,兼主兵權,樞府節鉞之貴,若胎月生月與日時上遇兩貴或只時上遇胎庫一貴,卻帶正天乙上下合,天乙貴神合,本家祿正官正印本祿餘位,但有氣,或貴人上亦帶前件祿干者,亦宰輔兩府之命也。

あるいはただ日柱・時柱の上で二つの貴位に遇い、また上述のこれらの条件を帯びる者は、断法も同じである。以上のこれらの命は、もし一つの位次の上で災殺・「亡神」・「劫殺」・地殺あるいは羊刃に遇えば、さらに兵権を兼掌し、枢密府・節度使のように節と鉞を持つ貴顕がある。もし胎月・生月と日・時上に二つの貴位に遇うか、あるいはただ時柱の上で胎・庫の中の一つの貴位に遇いながら、正天乙上下相合・天乙貴神相合、および本家禄・正官・正印・本禄のこれらの位次を帯びて、それらに気があるか、あるいは貴人のある所もまた前に言ったそれらの禄干を帯びれば、同じく宰輔・両府の命である。

若月在忌神,而日遇貴,或日在忌神而時遇貴,不害,為清華侍從之格,若月日俱在貴而時遇忌神者,皆常調選人也。(三命提要)

もし月柱が忌神の上に落ちて日柱が貴位に遇うか、あるいは日柱が忌神の上に落ちて時柱が貴位に遇うかは、いずれも妨害と算えず、清要侍従の類の格局に属する。もし月・日の両柱がいずれも貴位にあり、偏に時柱が忌神に遇えば、それはただ常規に従って銓選調任される普通の官員にすぎない。この説は《三命提要》から出る。

凡命年月日時有甲與己,乙與庚,丙與辛,丁與壬,戊與癸,十干合者為上,遇甲庚丙壬乙辛丁癸為奇干,甲乙丙,丙丁戊,戊己庚,庚辛壬,壬癸甲,謂以順連合,癸甲乙,乙丙丁,丁戊己,己庚辛,辛壬癸,謂之逆連合。

およそ命を看るに、年・月・日・時の四柱天干の中に甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸のように対を成すものがあれば、十干相合で、上等とする。甲・庚・丙・壬あるいは乙・辛・丁・癸のこの数組に遇えば、「奇干」という。甲乙丙・丙丁戊・戊己庚・庚辛壬・壬癸甲のこの数串を、順連合という。癸甲乙・乙丙丁・丁戊己・己庚辛・辛壬癸のこの数串を、逆連合という。

上合者清貴,奇干次之,順逆合又次之。此之謂入局。凡一命而兼此三者,更得五行相順,其貴不待言也。若五行不相順,乃為僧道術士清閒之人,餘輕重皆倣此。(林開五命)

十干相合は最も清貴で、奇干は次の等、順連合と逆連合はさらに次の等で、この数種を皆「入局」という。一つの命にもし三者が兼備し、さらに五行流転が相順ずれば、その貴顕は言うまでもない。もし五行が彼此順わなければ、ただ僧人・道士・術士の類の清閑の人である。残りの情形の軽重は皆この標準で衡量する。この説は《林開五命》から出る。

【十干発用定数】

不拘十干為頭,〈但是十干皆為一數〉二損三食四雜求,〈二損氣,三食神,四雜神〉見五便為財神用,六合吉慶有來由〈六干合〉遇七鬼名多厄滯,八呼官印六陰收,〈陽干八位官印,陰官八位官印〉見九倒食無嘉會,十為生氣福千秋〈陰干第八,陽干第十〉。

どの天干から起頭しても数えられる――原注にいう、どの天干でも、起頭のこの一位を第一数と算える。第二位に数えれば損気、第三位は食神、第四位は雑神――原注はこのように分説する。第五位に数えれば財神として用とし、第六位は天干相合で、吉慶は自ずから来由がある――原注にいう、六位はまさに干合の所である。第七位に遇えば我を剋する鬼で、多災多難・事事遅滞を主る。第八位は官印といい、陰干は別行に收取する――原注にいう、陽干は第八位に官印に見え、陰干も第八位に官印に見える。第九位に数えれば倒食で、美好の聚会がない。第十位は我を生ずる気で、福沢綿長千秋――原注にいう、陰干は第八位を取り、陽干は第十位を取る。

【論発用】

凡看命,先詳月干好弱,既有好乾,即令日干貢助,既日干好,即令時干貢助,更不出此發用,若月干不好,急令日干剋去,月干者為上,蓋吉者要升,凶者要除,詩曰:月為第一氣神行,吉數還教吉數生,吉氣莫令凶氣戰,不離兩子有遷升。

およそ命を看るに、まず月干の強弱好悪を審察する。月干がもし好干なら、日干をして貢献幇扶せしめ、日干もまた好ければ、さらに時干をして貢献幇扶せしめる。発用の法はこの範囲を出ない。もし月干が好くなければ、急いで日干をしてそれを剋去せしめ、総じて月干を首要とする。吉はそれを上昇させ、凶はそれを除去するからである。詩にいう――月干は第一位の気機の在る所で、吉数はさらに吉数をして生扶せしむ。吉気と凶気を交戦させず、ただこの両か所の関鍵を離れなければ、自ずから昇遷がある。

假令辛酉、丙申、乙未、己卯、己助乙勢,乙生丙旺,丙與辛合為貴,如丁巳見癸丑,不用癸丑,使己日干剋去癸水為妙,如辛酉甲午癸亥壬午,雖天干連珠,壬癸生甲,雜神貧困之命。又如丁巳戊申乙卯己卯,戊為損神,被乙助戊,己助乙,從下喜至戊,既戊得勢,轉損丁之力不好,餘準此推之。

例を挙げよう――辛酉年・丙申月・乙未日・己卯時。己が来て乙の気勢を幇扶し、乙が丙を生じて丙を旺せしめ、丙がまた辛と相合して貴格を成す。また丁巳が癸丑に遇えば、癸丑を取って用とせず、己日干をして癸水を剋掉せしめるが最良である。また辛酉・甲午・癸亥・壬午のこの一造は、天干は連珠相接してはいるが、壬・癸が皆甲を生じに行き、雑神当道の貧困の命となる。また丁巳・戊申・乙卯・己卯。戊は損神であるが、乙が来て戊を助け、己がまた来て乙を助け、下より上へ一路の喜気が皆戊の身に帰する。戊が一旦勢を得れば、かえって丁の力量を損耗する。これは良くない。残りは皆この法に倣って推求する。

【五行昼夜気象】

六甲日生木,夜生化土,故六戊人得甲,取日生為鬼,夜生為官。用六乙日生使金,夜生使木,故六己人見之,日生為官,夜生為鬼。六丙人日生使火,夜生使水,故六庚人見日生為鬼,夜生為官。六丁人日生木,夜生火,故六辛人得之,日生為官,夜生為鬼。六戊人日生為土,夜生為火,故六壬人見之,日生為鬼,夜生為官。六己人六庚人不變。六辛人日生為水,夜生為金,故六乙人得之,日生為官,夜生為鬼。六壬日生使水,夜生為木,六丙人得之,日生為鬼,夜生為官。六癸向晝火盛,夜生水盛,故六丁人得之,晝生不使鬼,只用火氣。

六つの甲日は昼に生まれた者は木性を顕し、夜に生まれた者は土に化す。だから六つの戊日の人が甲を得れば、昼生は甲をもって剋我の鬼とし、夜生はかえって甲をもって官とする。六つの乙日は昼生は金を用い、夜生は木を用いる。だから六つの己日の人が乙に見えれば、昼生は乙をもって官とし、夜生は乙をもって鬼とする。六つの丙日は昼生は火を用い、夜生は水を用いる。だから六つの庚日の人が丙に見えれば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの丁日は昼生は木に属し、夜生は火に属する。だから六つの辛日の人が丁を得れば、昼生は官とし、夜生は鬼とする。六つの戊日は昼生は土に属し、夜生は火に属する。だから六つの壬日の人が戊に見えれば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの己日と六つの庚日は昼夜変わらない。六つの辛日は昼生は水に属し、夜生は金に属する。だから六つの乙日の人が辛を得れば、昼生は官とし、夜生は鬼とする。六つの壬日は昼生は水を用い、夜生は木に属し、六つの丙日の人が壬を得れば、昼生は鬼とし、夜生は官とする。六つの癸日は白昼は火気が盛んで、夜は水気が盛んで、だから六つの丁日の人が癸を得れば、昼生は鬼とせず、ただその火気を取って用とする。

又云:六般陽命,男犯祿鬼、倒食,須取夜生,反凶作吉,呼鬼為官,倒食為喜神,女人反此。六般陰命,男犯祿鬼倒食,須取日生反凶作吉,餘並同前。六陽命,男無祿鬼倒食,只當取日生者為順;六陰命,男無祿鬼倒食,只當取夜生者為順,女人皆反此求之,此晝夜氣象是陰陽配合剛柔體用也。(天元變化書)

またいう――六種の陽干の命で、男子がもし禄鬼と倒食を犯せば、夜生を取るべきである。こうすれば凶を反して吉とし、鬼を官と見做し、倒食を喜神として用とする。女子は逆に推す。六種の陰干の命で、男子がもし禄鬼・倒食を犯せば、昼生を取るべきで、同じく凶を反して吉とし、残りの断法は前と同じである。六種の陽干の命で、男子がもともと禄鬼・倒食がなければ、昼生を以て順とすべきである。六種の陰干の命で、男子が禄鬼・倒食がなければ、夜生を以て順とすべきである。女子は一律に逆に求める。この昼夜気象の説は、まさに陰陽相配・剛柔互いに体用の理を講ずる。この説は《天元変化書》から出る。

且以甲言之,則辛為官印,己為天財,丁為破官,庚為畏神,若不消息五行,推究剋制,則神殺錯雜,尊卑溷殽,善惡不分,災福必不驗矣。(閻東叟書)

甲干を取って言えば――辛はその官印、己はその天財、丁はその官を破ることができ、庚はその畏れる神である。もし五行の消長を斟酌せず、彼此の剋制関係を推究しなければ、吉神凶殺が混雑して一片となり、尊卑は転倒混淆し、善悪は分辨明らかでなく、災福を推断しても必ず験しない。この説は《閻東叟書》から出る。

凡命君須子細推,天元先去測天機,助生清秀榮應辨,吞竊傷殘賤可知。且祿之元或先傷殘吞啗,雖逢吉殺,豈可便以吉言之,或先多滋助,雖犯凶神豈可便以凶論之。(沉芝源髓)

歌訣にいう――およそ人命を看るに、あなたは必ず仔細に推詳し、まず天干のこの層から天機を測度せよ。生助あって気象清秀の者は、栄顕かどうか自ずから分辨できる。吞噬竊奪され傷残不全の者は、貧賤もまた想い知れる。まして禄の本元が先にすでに傷残吞食されていれば、たとえ吉神吉殺に遇っても、どうして吉と断できよう。逆に、本元が先にすでに厚く滋養扶助を得ていれば、たとえ凶神を犯しても、またどうして凶と断できよう。この説は《沈芝源髄》から出る。

不仁不義庚辛與甲乙交差;或是或非,壬癸與丙丁相畏。王氏注云:甲乙為東方之木,庚辛為西方之金,彼其自有仁義之理存焉。丙丁為南方之火,壬癸為北方之水,彼其自有是非之義存焉,凡陽庚合乎陰乙,陰辛合於陽甲,則木榮金生,仁義兼濟,剛柔相乘,陰陽沖和。庚辛甲乙木不能相交差也,甲見庚,乙見辛,木辱金化,純陽不生,純陽不長,陰陽不和,甲乙木不能保仁,庚辛金不能崇義,所謂不仁不義,庚辛與甲乙交差也。

《珞琭子》にいう――庚辛と甲乙が錯位相遇すれば、不仁不義となる。壬癸と丙丁が互いに畏れれば、或る是あるいは非の別がある。王氏の注にいう――甲・乙は東方の木、庚・辛は西方の金で、両者は本身に仁と義の理を含む。丙・丁は南方の火、壬・癸は北方の水で、両者は本身に是と非の分際を含む。およそ陽干の庚が陰干の乙と相合し、陰干の辛が陽干の甲と相合すれば、木は栄茂を得金は生成を得て、仁と義が兼顧並済し、剛柔が相互に承接し、陰陽が沖和して偏らない。こうすれば庚辛と甲乙の木は錯位相遇と算えない。しかし甲が庚に見え乙が辛に見えれば、木は金に折辱され化して、純陽の気は生ずることも長ずることもできず、陰陽は和せず、甲乙の木は仁を保てず、庚辛の金も義を崇められない。これがいわゆる不仁不義、庚辛と甲乙の錯位相遇である。

或是或非者,陽丙是畏於陽壬,而非畏於陰癸,陰丁是畏於陰癸,而非畏於陽壬,丙見壬,丁見癸,謂之祿鬼,是相畏及,丙見癸,丁見壬,謂之祿官,非相畏也。蓋陰見陰,二女同居,其志不同,陽見陽,兩男並處,其性不和,故謂之相畏也。及男女同居,其志通也,又何畏之有,故有是畏非畏之說。(珞琭子)

いわゆる或是或非とは、陽干の丙は確かに陽干の壬を畏れるが、陰干の癸は畏れない。陰干の丁は確かに陰干の癸を畏れるが、陽干の壬は畏れない。丙が壬に見え丁が癸に見えるを「禄鬼」といい、あれは真正の相畏である。丙が癸に見え丁が壬に見えるを「禄官」といい、これは相畏ではない。これは陰と陰の相見が、譬えば二人の女子が一処に同住するようなもので、心志が各々同じくないからである。陽と陽の相見が、譬えば二人の男子が一室に並び処するようなもので、性情が彼此合わないから、相畏という。男女同居して心志が相通ずれば、何の畏れるべきことがあろうか。だから「是畏」と「非畏」の分別がある。この説は《珞琭子》から出る。

丙丁然惡於壬癸,壬癸多旺而秋生,甲乙雖喜於庚庚辛,庚辛春囚而多辱。丙丁火也,壬癸水也,丙丁惡壬癸者,壬癸為丙丁之鬼,生於秋多,則壬癸旺相之時丙丁胞絕之時,號為鬼旺身衰,其阻障得尤切,若生於春夏,則壬癸胞絕,丙丁旺相,號為身旺鬼衰,其阻障不得。

丙・丁はもとより壬・癸を悪むが、殊に壬癸が衆多でかつ秋に生まれて当旺の時を怕れる。甲・乙は庚・辛を喜ぶが、庚辛が春に囚地に処して、かえって屈辱を多く受ける。これは丙丁が火に属し壬癸が水に属するからである。丙丁が壬癸を悪むのは、壬癸が丙丁の剋我の鬼だからである。秋に生まれて壬癸がまた多ければ、それはまさに壬癸旺相・丙丁胎絶の時で、鬼旺身衰といい、阻碍が格外に切身に来る。もし春夏に生まれれば、壬癸は胎絶に処し、丙丁はまさに旺相で、身旺鬼衰といい、それは我を阻碍できない。

甲乙木也,庚辛金也,甲乙喜庚辛者,庚辛為甲乙之官,生於春多,則庚辛胞絕,號為身衰官旺,其主爵祿增崇,或曰丙丁見壬癸,甲乙庚辛,皆為官鬼,人格,貴命從官論,不入格,俗命從鬼論。(壺中子)

甲乙は木に属し、庚辛は金に属する。甲乙が庚辛を喜ぶ所以は、庚辛が甲乙の官星だからである。春に生まれて甲乙が衆多で、庚辛がまさに胎絶に処すれば、これを身衰官旺といい、爵位俸禄が歩歩増高するを主る。また或る者はいう、丙丁が壬癸に見え、甲乙が庚辛に見えるは、いずれも官星としても鬼としても作れる。格局に入る貴命は官星として論じ、格局に入らない凡俗の命は鬼として論ずる。この説は《壺中子》から出る。

金傷木祿,丙丁先見無危;火傷於金,遇壬癸不能損貴。戊己愁逢甲乙,干頭須用庚辛;壬癸惡土以相傷,甲乙見之無畏。壬來克丙,惟怕戊以當頭,癸去傷丁,切忌己以相對。(陷迷賦)

金が来て木の禄を傷つける時、先に丙丁の火が出現していれば、危険を構成しない。火が金を制するからである。火が来て金を傷つける時、壬癸の水に遇えば、その貴気を損ない得ない。戊己は甲乙が剋し来るに碰上するを最も怕れ、この時天干の上に必ず庚辛をもって木を制しなければならない。壬癸は土が傷つけに来るのを悪み、甲乙が出現すれば畏れる所がない。壬が丙を剋するのに、最も怕れるのは戊土が当頭に攔截すること。癸が丁を傷つけに行くのに、切忌なのは己土が正面相対すること。この説は《指迷賦》から出る。

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