重刊『人子須知』資孝地理心学統宗 巻二上之二
江右山人徐善繼述 同著。此一卷專論龍有旁正、老嫩、長短、眞偽、貴賤諸體之殊。蓋行龍之形勢不同,至其結作之吉凶亦異。於此諸體辨別之眞,則涇渭以明,而取舍始有定也。否則,差之毫釐,謬以千里,而吉凶混淆矣,可不知所察乎?
本巻は江右山人徐善継・徐善述の兄弟が共同に撰述する。この一巻は専ら龍脈が「旁正」「老嫩」「長短」「真偽」「貴賤」のこの几組の体格上の差別を討論す。行龍の形勢は各々相同じからず、凝結して穴を成すの時に到れば、吉凶の応験もまたそれに随いて同じからず。この几組の体格を辮じ真切实れば、好壞は涇水と渭水の如く清濁分明なり、何れの条を取り何れの条を舎くべきや才かに準則の拠る可きあり。否然れば手を起す時はただ一糸一毫を差うるも、結果に落ち至れば便ち謬りて以て千里なり、吉と凶は混雑して分け難し。地理を学ぶ人は怎んぞここに於いて細加考察せざるを得んや。
龍の旁正を論ず
夫龍一也,而有旁正之分。蓋正龍者,稟受得正氣而行,而其旁受諸山皆來拱衛者也。故一祖之下必有數龍,觀龍者須審其孰為正龍受穴之山,孰為旁龍從衛之山,於此分別明白,則取舍有正見也。夫所為旁正之分者,有數說焉。
龍脈は本是れ同じ一件の事物なれども、却って「正龍」と「旁龍」の分あり。いわゆる正龍は、是れ山川の正気を禀受して行走するあの一条。それの両旁の偏気を承受する衆山は、皆来たりてそれを拱抱護衛す。だから同一座の祖山の下は必定好几条の龍を分出す。龍を看る人は必ず審清するを要す。何れの一条か正龍・是れ将来に穴を受け墳を安んずる山、何れの一条か旁龍・是れ随行護衛の山。この一層を分辮明白すれば、取舎は才かに正確の主見あり。旁と正を区分するの辦法に至っては、前人に好几種の説法あり。
《葬經》曰:“重岡疊阜,群壟眾支,當擇其特大則特小,特小則特大。”此則以大小特異者為正龍也。一行禪師云:“數龍並出孰為先?長短高低是妙玄。眾短要從長處覓,眾長須向短中扦。高下亦當依此訣,石山元在土星邊。君今但指朝山看,朝應無情定是偏。”此則以長短、高低、土石及朝應之特異者為正龍也。
『葬経』は言う。岡峦は重重・丘阜は層層、成群の大壟と衆多の小支は交錯して一緒に在る時、あの与衆不同なるを挑るを要す。衆山皆大なれば、すなわちその中の特別小なるを取る。衆山皆小なれば、すなわちその中の特別大なるを取る。此一説は是れ大小上の特異を以て正龍を定む。唐代の僧一行禅師は言う。几条の龍は一斉に発出す、何れの一条か首を為す。奥妙はすなわち長短高低の上に在り。衆龍皆短ければ、長きあの条の上に到りて找るを要す。衆龍皆長ければ、却って応に短きあの条の上に於いて下葬すべし。高低の取舎もまたこの口訣に照らす。石山の真機は原本よりすなわち土星の旁に貼す。汝はただ管く朝山を指して去りて看よ。朝山若しそれに対して无情なれば、この条の龍は一定是れ偏なり。此一説は是れ長短・高低・土石および朝山の呼応上の特異を以て正龍を定む。
吳公云:“數龍隨出孰為奇?貴賤尊卑總要知。三五七龍同發跡,正龍必定是中枝。更看星體還特異,又審穿峽有護持。若是從龍俱不應,便於此處別玄微。”此則以龍之居中而星辰特異、過峽周密者為正龍也。要之,諸說各有攸當,而吳為密。
呉公は言う。几条の龍は接続して発出す、何れの一条か最も奇。貴賤尊卑は総じて先ず分け清むるを要す。三条・五条・七条の龍は同時に歩を起こせば、正龍は必定居中のあの一枝。再びその「星体」が格外特異なるや否やを看、またそれの山峡を穿り過ぐる時に峰峦の護持あるや否やを察すを要す。倘若随従の衆龍は皆それと呼応せざれば、すなわちここに於いて別にその中の細微の玄機を辮ずるを要す。此一説は是れ居中にして星体特異・峡を過ぐる処また護衛周密なるを以て正龍と為す。総じて言えば、几家の説法は各々その合理の処あり、而して呉公の説は最も縝密なり。
蓋中即正也,旁即偏也。特小特大、特長特短、特高特低,亦須居中為正。不但三枝五枝並出而居中,但自離祖出身,行度過峽,其脈常不離中,乃為至美。或三臺九腦而中抽,或華蓋個字而中出,或玉枕御屏而中落,皆謂之中。其偏龍稟氣之偏,故凡出脈行度,自是偏斜,多為正龍從衛。
居中はすなわち正、辺に靠るはすなわち偏。前面の言う所の特別小・特別大、特別長・特別短、特別高・特別低も、また皆居中のあの一条を以て正と為す。しかもいわゆる居中は、ただ三枝五枝の同出する時の中間に排するを指すのみならず、さらにその自ら祖山を離れ身を起す以后、一路の行走・峡を過ぐるに、脈気の始終中線に偏離せざるを看るを要す。これ才かに最も上乘。或るものは「三台」「九脳」の此の類の星峰の正中より抽出し、或るものは「華蓋」「个字」の此の類の帳幕の正中より穿出し、或るものは「玉枕」「御屏」の此の類の星体の正中より落下す。皆中を走ると算う。偏龍の禀受するは是れ偏気。だから脈を出でて行走する時自然に偏斜歪側し、多半ただ正龍に随従護衛を充当するを与えんのみ。
《地理集解》云:“凡自祖山上發出五七枝龍者,須仔細辨認某枝是正龍受穴之山。”若是正龍,自出身離祖以來,自然尊重。及到過峽處,兩旁必有峰巒遮護,不令風吹水射。其行動曲折處,皆活動逶迤;其起伏頭面,皆端嚴秀麗;其手腳橈棹,皆光彩圓淨,自與眾山不同。
『地理集解』は言う。凡そ祖山の上より五枝七枝の龍を発出するは、必ず仔細に何れの一枝か才かに正龍・是れ能く穴を受くる山なるを辮認するを要す。若し真に正龍なれば、祖を離れ身を起して以来、気象は自然に尊貴穏重。峡を過ぐるの処に到れば、両旁に一定峰峦ありて遮擋護衛し、風をして来たりて吹かしめず・水をして来たりて射せしめず。それの転折行進の処は、皆霊活曲折・綿延致あり。それの起伏の間の山頭山面は、皆端厳斉整・清秀俊麗。それの両側に伸出する「枝脚」「橈棹」は、皆光潤圓潔、周囲の衆山と一看すればすなわち同じからず。
或眾山高大此獨低小,或眾山低小此獨高大。又且兩旁山之形勢,皆顧定我身,不敢有離動別去之狀。至入穴處,其旁龍山若不是住在正龍穴後作送托、夾照之山,必是繞出穴前,堰取左右數源之水,聚在面前,為正龍穴前聚作明堂,及作護關、案山,或作捍門、水口。故正龍自是尊重,而旁龍必為正龍之用神也。
或る時は衆山皆高大、独りそれは低小。或る時は衆山皆低小、独りそれは高大。再び言えば、両旁の山峦の形勢は、皆正龍のこの一身に朝して回顧守定し、敢て離散別去の様子あらず。入首結穴の処に到れば、あの旁龍の山は若し正龍の穴後に停在して「送托」「夾照」を充当せざれば、必定穴前に遶り、左右の几条の源頭の水を攔聚し、穴の正面に匯して、正龍の穴前の為に「明堂」を聚成し替え、或いは護関・「案山」を充当し、或いは「捍門」を充当して以て水口を把守す。だから正龍は自然に尊貴、而して旁龍は必定正龍の駆使に供す可き「用神」に淪落す。
大抵正龍之於旁龍,猶麒麟之於走獸,鳳凰之於飛鳥,自然出類拔萃,繫山川正氣所鍾,故融結孕育,多為賢人君子、忠臣烈士、崇儒碩輔。而先天地間一切正人,皆正龍中出之地所能鍾孕。是亦氣相感召,自然之理也。
大体上説けば、正龍は旁龍に比するに、麒麟の走獣の中・鳳凰の飛鳥の中に在るが如く、自然に出類拔萃す。それは山川正気の鍾聚を繋ぐ。だから凝結孕育して出づるは、多是れ賢人君子・忠臣烈士・儒学を尊崇する輔弼重臣。天地の間の一切の品行端正の人物は、皆能く正龍中出の地脈に由りて鍾秀孕育せらる。これもまた気類の相互感召の道理、本は自然而然に属す。
其有雖居貴顯,而心術不正,或為奸臣,為妬後,為邪侫之流者,則是其地雖美,而非正氣所鍾,或星辰欹側之不尊,或五行克戰之不美,或沙水奔流之不純,故爾。及有父子兄弟祖孫而賢愚不一,邪正不齊者,則又當於龍之節數、年代及砂水之方位中求之。或美中有疵,醇中有醨,未能純粹,故值其吉者為吉人,值其凶者為凶人。此亦天地無全功,造化無全能耳。
もまた身は顕貴に居るといえども、心術は却って端正ならず、奸臣・妒后・邪佞の一流の人物と成るあり。あれは是れ地は看て好くとも、却って正気の鍾する所に非ざるを以て。或いは星峰は歪斜にして尊厳に夠わず、或いは五行の間は相克交戦して和美に夠わず、或いは砂水は奔流して純正に夠わず。だから此の如し。同一家の中の父子・兄弟・祖孫の賢愚同じからず・邪正一ならざるに至っては、すなわち龍の節数の多少・応験の年代の先後・および砂水の居する方位の中に到りて推求するを要す。往往是れ好中に瑕を帯び・醇厚の裏に薄酒を攙したるが如く、純粋する能わず。だから吉気を承応するあの一房は吉人を出し、凶気を承応するあの一房は凶人を出す。これもまた不过是れ天地に十全の功用なく・造化に十全の能力なきのみ。
至於旁龍,亦雖有穴如大貴人,所至之地,必有從行隨帶部屬,及卑職小官,然力量為輕,卻多與正龍共祖宗,共門戶,共堂局、羅城、案對者,尤宜詳辨,不可以旁為正,以正為旁。然一登正穴,觀正龍之規模、態度,自然氣象不侔。
旁龍に至っては、たといもまた能く穴を結ぶも、就好比は一位の大貴人の到る所、必定随行の部暑と一些の低階小官を帯ぶるが如し。ただそれの力量は軽微、しかも常に正龍と共用する一個の祖宗・共出する一個の門戸・連ねて「堂局」「羅城」と対面の「案山」も皆是れ共有。だから尤も仔細に辨別するを要し、旁龍を把りて正龍と当てるべからず、また正龍を把りて旁龍と看るべからず。不过ただ正穴に登りて、正龍の規模格局と体态神情を一看すれば、あの份の気象は自然に旁龍と比較する能わず。
蓋旁龍自有俯伏揖讓退遜之狀,及奴顏婢膝顧主之形不可掩者,雖二龍並出,亦有尊卑之殊,不難見也。其旁龍之有融結者,必須本身亦有起伏頓跌,亦有橈棹枝腳,亦有傳變穿落,特正龍尊貴證得,旁龍不尊耳。固雖優劣不同,未可謂其全無融結造化也。若是旁龍別無護從,而全身是為正龍所用,則無融結,縱有形穴不足取也。
旁龍は総じて俯身低伏・拱手退譲の姿態を帯び、あの種の奴顔婢膝・頭を回して主人を看る様子は掩飾し得住ず。たとえ两条の龍は一同に発出するも、尊卑の別はまた見出し難からず。旁龍の裏の能く穴を結び地を成すは、本身もまた必ず起伏頓跌あり、「橈棹」「枝脚」あり、伝変・穿落のこれらの変化あり。ただ正龍に種種の尊貴の証佐の験す可きあり、旁龍は尊貴に夠わざるのみ。見る可し、二者は優劣の分あるといえども、却って旁龍は全然地を結ぶ能わずと説く能わず。倘若旁龍に自己の護従なく、整条の身子は完全に正龍に用いられれば、あればすなわち凝結あらず。縱然看て個の穴形あるも、また取るに値せず。
龍の老嫩を論ず
夫龍一也,而有老嫩之殊。廖氏云:“老是大山毛骨粗,嫩是換皮膚。”其說雖發於《穴星篇》內,然論龍老嫩,亦不外是。蓋粗大者為老,巧小者為嫩;綿亙者為老,退卸者為嫩。老龍山巒蠻蠢,星體渾濁,枝腳縮短,無有脫卸剝換,徑直而不活變,粗飽而不發揚,崚嶒醜陋而無嫵媚之態。如老婦形容枯槁,顏色憔悴,無有生育之理者,故不可以求穴也。
龍脈は本是れ同じ一件の事物なれども、却って「老」「嫩」の区別あり。廖金精は言う。老は、是れ大山の骨相の粗糙。嫩は、是れ已に一層の皮肤を換え過ぐる。彼のこの話は『穴星篇』の裏に出づるといえども、用いて龍の老嫩を論ずるもまた同じく合适なり。大致、粗大なるは是れ老、巧小なるは是れ嫩。連綿不断なるは是れ老、一節節に退卸して細に変ずるは是れ嫩。老龍の山峦は蠢笨、星体は渾濁不清、枝脚は短縮、「脱卸剥換」に粗より細に転ずるの変化なく、一味に直く去りて霊活せず、粗飽臃腫にして舒展せず、嶙峋醜陋にして一点の秀媚の態なし。恰も一個の形容枯槁・面色憔悴の老婦、已に生育の可能なきが如し。だから此の種の龍の上に於いて穴を求む能わず。
嫩龍則有起有伏,有大有小,一高一下,一頓一跌,左棲右閃,之東走西,活變百端,奇巧萬狀,斷而復起,起而又斷。自粗變細,自凶換吉,脫卸清巧,如樹木新發枝柯,自然條暢,開花結實,生意不息。故此龍可以索穴也。然嫩龍亦自老龍變出,故曰:“老龍抽出嫩枝柯,跌斷不嫌多。”
嫩龍は則ち起あり伏あり、大あり小あり、忽ち高く忽ち低く、一頓一跌し、忽然而りて左に栖り忽然而りて右に閃き、一時東に向かい一時西に往き、霊活変化百出、奇巧姿態万千、断えてまた起ち、起ちてまた断つ。それは粗より細に変じ、凶より吉に換え、一層層に脱卸するや清爽軽巧、好比は樹木の新たに枝條を抽出し、自然に舒展通暢、能く花を開き能く果を結び、生機は停まず。だからこのような龍は才かにその上に於いて穴を尋ぬる可し。不过嫩龍もまた老龍より変じ出づ。だから説く。老龍は嫩枝條を抽出し、中間の跌断は愈々多きほど愈々嫌わず。
大抵老龍如巨家老宿,氣象厚重,容貌質樸,不事修飾。然含蓄儲峙,養育子孫,皆此人也。嫩龍如千金之子,嬌脆細膩,承師就保,衣服鮮明,容貌美好,享有厚福。娶名家女,生貴顯孫,乃此人也。故老龍多是未經脫卸,可以為祖。而嫩龍則有穿落傳變之巧,而為受穴之山也。若老龍一向不變細嫩,則為老亢,無生成之理,不必尋地。俗亦謂之老椿,以其如老枯之木,而無有枝葉之發暢也。又有一等眞龍,結穴已完,猶有餘氣山延袤而去者,亦名曰老,是又以脈盡氣絕為老。李淳風謂“龍有歸於老者”是也。此處亦不結穴,不須著眼。
大体上、老龍は好比は大戸人家の裏の老前輩、気象は厚重、容貌は朴素、修飾を講究せず。然而るに家底の藴蓄積攅・子孫の撫養教育は、全くこのような人に靠る。嫩龍は好比は富貴人家の公子、嬌嫩細致、小より老師の教導あり・保姆の照看あり、衣着は鮮亮、容貌は俊秀、厚福を享受す。将来に名門の女を娶り顕貴の孫を生ずるは、もまた正にこのような人。だから老龍は多半はなお未だ脱卸を経過せず、ただ祖山を充当する能うのみ。嫩龍は則ち穿帳・落脈・伝変の巧妙変化を具備し、才かに穴を受くる山と為る能う。假如一条の老龍は始終変じて細嫩せざれば、あればすなわち「老亢」と呼び、生発の理なし。それの身上に於いて地を尋ぬるを必とせず。民間もまたそれを「老椿」と称し、それを説いて一株の枯老の樹の如く、再び暢茂の枝葉を長出す能わずと為す。別に一種の真龍あり、結穴は已に完成し、さらに余気の山の綿延伸出して去るあり。この一段もまた老と呼ぶ。あれは是れ脈気の頭に到り生気已に絶えたるを以て説く。李淳風の講ずる「龍に老に帰する有り」、正に此の種の情形を指す。この一段は同じく穴を結ばず。それの上に於いて留意するを必とせず。
龍の長短を論ず
夫龍一也,而有長短之異。楊公云:“尋龍千里非迢遞,其次五百三百里。”張子微云:“大龍千里費推尋,一二百里作郡邑。”顏氏云:“幹龍住處分遠近,千里為大郡。二三百里可為州,過此則封侯。百里只堪為縣治,下此為鎮市。”是皆言龍之長者結作大,短者結作小,理固然矣。
龍脈は本是れ同じ一件の事物なれども、却って長短の別あり。楊筠松は言う。龍を尋ぬるは千里を以て常と為し、並びに太く遠しと算えず。次一等もまた五百里・三百里あり。張子微は言う。千里の大龍は推尋に力を費やすを要し、一二百里を行くは郡邑の地を結成す可し。顔氏は言う。干龍の止住する処は遠近を分けて看るを要す。千里に行き至るは大郡を成す可く、二三百里は一州を作す可く、この数を超過すれば便ち能く侯に封ずるの地を出す。ただ百里のみあれば不过一個の県治を作すに夠わず、再び短ければ便ちただ鎮市を成す。此の几家は皆説く、龍長ければ結作すなわち大、龍短ければ結作すなわち小、道理は本来此の如し。
但此等長龍,大者即大幹龍,小者即小幹龍。或結禁穴,或為郡邑市鎮,雖有遺穴,天珍地秘,鬼神呵護,以俟有德,不可妄意睥睨。今尋龍只須得百里,或五七十里,或三四十里,其次或一二十里,又其次或二三十節,亦可謂之長矣。《玉髓經》云:“小龍不下五十里,二十三十皆好地。”又云:“龍行五里亦有地,何必千里百里蹤?”凡求地,當辨其結穴眞偽,不必拘其龍之長短遠近也。
不过此の類の長龍は、大なるはすなわち大「干龍」、小なるはすなわち小干龍。それらは或いは帝王陵寝の禁穴を結成し、或いは郡邑市鎮の基址と為る。たとえさらに未用の穴を留遺するも、もまた是れ天地の珍藏・鬼神の守護、専ら徳ある人を待つ。是れ随に意に窺伺す可きに非ず。今天龍を尋ぬるは、ただ能く百里を得、或いは五七十里、或いは三四十里、次一等の一二十里、再次一等の二三十節を得れば、もまた以て長と算う可し。『玉髄経』は言う。小龍は五十里より少なからざれ、二十里・三十里の皆能く好地を成す。又言う。龍は五里を行くも一様に地あり。何必に千里百里の来蹤を追尋せんや。凡そ地を求むるは、応に先ずその結穴の真假を辮明し、必ずしも龍の長短遠近に死摳せず。
且眞龍融結,分牙布爪,其長者多為纏護,為下手,為水口關攔。正穴藏縮居內,又不可一概取長者為貴。《經》云“龍無貴賤只論長,纏龍纏過前更強。君若論長不論貴,纏龍有穴反為良”者是也。況龍變化不一,固有望之似長而步之又短者。《發揮》云:“龍望之若近,尋之卻遠,此是龍勢之玄屈折,逶迤擺佈,所以若近而寔遠。此為上等之龍。若龍雖遠而行易至,此是龍徑直而無活動擺佈,非美龍也。”是故論龍遠近、長短,又當如此審究,大抵不可執一。
況んや真龍の凝結して穴を成す時、両旁に牙爪の如き支脈を分出す。その中の長きあの些は多半是れ纏繞護衛・下手の一臂を把守し・或いは水口に於いて攔関する角色を充当す。正穴は却って収斂して裏面に蔵す。見る可し、一概に長を以て貴と為す能わず。『龍経』は言う。龍を論じて若し貴賤を分かたずただ長短を比べれば、然らば遶護の纏龍は穴前よりさらに強し。汝若しただ長を論じて貴を論ぜざれば、倒に纏龍の上の穴は才かに好しと説かん。況んや龍の変化は一种に止まらず、本来より遠く望んで似て甚だ長く、実際は走り行けば却って甚だ短きあり。『発揮』は言う。或る龍は望み上ぐるや甚だ近く、走り過ぎ去りて尋ぬれば却って甚だ遠し。これは是れ龍勢の「之」の字「玄」の字を作すが如く屈曲折転し、綿延擺布するを以て、だから看て近くして其の実遠し。これは是れ上等の龍。之に反して、或る龍は看て遠く、走り過ぎ去れば却って容易に到る。あれは是れそれの一味に直く去りて霊活の擺布なき。是れ好龍に非ず。だから龍の遠近長短を論ずるは、さらにこのように細加審究するを要す。総じて一端に拘執すべからず。
譬如人之受氣於父母,有頎而長者,有縮而短者。然賢不肖非在長短。湯九尺,而曹交九尺四寸。以長固無補於智愚,何長短之拘哉!但龍節長者受氣多,福力必深遠;短者受氣淺,福力易止歇。此則有之,其於融結則無異也。
これは人の父母の気を禀受して生ずるに譬うれば、或るものは身材頎長、或るものは身量短小。しかし賢と不肖は並びに身材の長短に在らず。商湯は身の高さ九尺、曹交は身の高さ九尺四寸。個子の高きは智愚に対して並びに補益なし。然らば龍を論ずるはまた何必に長短に死摳せんや。ただ龍の節数長ければ、気を受くるや多く、福力は必定深遠。節数短ければ、気を受くるや浅く、福力は容易に中止す。この一層の差別は是れあり。能く穴を結び地を成すや否やに至っては、則ち並びに分別なし。
《靈臺明堂經》及《寶鑑》諸書乃謂貴龍有七十二骨節,釋之者又謂應七十二候,節數不足者非眞龍。其謬益甚。蓋龍自有骨節,如左仙《七星經》所謂“行度須觀骨節奇,入穴須教骨節稱”者是也。然亦特論其美惡耳,非謂拘其節數也。若必拘其七十二節,及三百六十節之說,以定龍之長短,決優劣,是執一而不通矣。子微云:“若是執一去尋龍,行遍江湖無一地。”此類是也。
『霊台明堂経』と『宝鑑』の一類の書は貴龍に七十二個の骨節ありと説き、解釈する人はまたこれは一年の七十二候に対応すると説く。節数は夠わざればすなわち真龍に非ず。これはすなわち錯えりてさらに厳害。龍は確かに骨節あり。左仙の『七星経』の説く如く。行走する時は骨節の奇特なるや否やを看るを要し、穴に入る時は骨節の勻称なるや否やを看るを要す。但しあれは不过是れその好壞を評する、並びに節数を拘定するを要せず。若し非ずんば七十二節・三百六十節の説に按じて来たりて龍の長短を判定し優劣を決定すれば、あればすなわち一端に執著して通変せず。張子微は言う。若し是れ一条の規矩に死守して去りて龍を尋ぬれば、江湖を走り遍すともまた一塊の地を找し得ず。説くはすなわち此の種の人。
龍の真假を論ず
夫龍一也,而有眞偽之辨。蓋地理之說無他,大要只在辨得眞偽明白。人子求地,上以安父母,下以保子孫,顧乃往往窀穸蟻泉砂礫中,豈其願哉!良由不能辨眞偽以致此耳。是故辨龍眞假,乃地理第一義。
龍脈は本是れ同じ一件の事物なれども、却って真偽の辨あり。地理のこの門の学問は別になし。緊要の処はただ真偽を辮じ明白にするに在るのみ。子孫を做る人は一塊の地を求め、上は是れ父母を安葬するを為し、下は是れ子孫を保全するを為す。結果は却って常に先人を蟻穴・泉眼・砂礫の中に葬り入る。これは豈に彼らの願う所ならんや。実在は是れ真偽を分辮する能わざるを因として才かにこの歩に落ち至る。だから龍の真假を辨別するは、是れ地理学の第一要義。
凡龍之眞者,祖宗迥異,出身活動。其行度間,或開帳穿心,或星峰秀麗,有橈棹枝腳,有起伏頓跌,有剝換轉變,有過峽束脈,有擺佈攸揚,有屈曲奔走可愛之勢。及其入首,穴情明白,下手有力,明堂平正,前案特達,四獸有情,水城水口,俱合法度。皆天造地設,生成自然之妙,初無一毫勉強。才有勉強,便非眞結作。惟辨得龍眞,扦得穴的,則諸般自然皆應副矣。
凡そ真龍は、祖山は衆と同じからず、起身の処は霊活生動。それは一路行走し、或いは帳幕を張開して帳心より穿出し、或いは星峰は清秀俊麗、「橈棹」「枝脚」ありて両旁に向かい伸展し、起伏頓跌の節奏あり、剥換転変の層次あり、峡を過ぐる時の脈気収束あり、擺布舒展の気勢あり、屈曲奔走の人をして喜愛せしむる姿態あり。入首の処に到れば、穴情は清楚、下手の一臂は力あり、「明堂」は平正、前面の「案山」は端然特出、青龍・白虎・朱雀・玄武の四獣は皆穴に朝して情あり、「水城」と水口は全く法度に合す。これらは皆天造地設・自然生成の妙処、起初は一糸一毫の勉强なし。ただ一点の勉强あれば、便ち真の結作に非ず。ただ龍は真なるを辮准し穴位を点准せば、其余の種種は自然に皆配合して上がらん。
奈何天地間凡物有眞便有偽,有正即有邪。而假偽之龍亂眞眩正者,亦有祖宗,亦有開帳,亦有秀麗星峰,亦有手腳橈棹,亦有起伏頓跌,亦有剝換轉變,亦有過峽束脈,亦有擺佈攸揚,亦有屈曲奔走可愛之勢。入首之際,亦有下手,亦有明堂,亦有龍虎,亦有朝對,奇峰羅列,逞異獻秀,登局快目。昧者不察而葬之,往往求福得禍。起而視之,非螻蟻囓其棺,則黃泉浸其骨,其故何哉?蓋不識龍有眞偽,不能辨認,為庸師所誤耳。
無奈天地の間の凡物は真あればすなわち假あり、正あればすなわち邪あり。あの假を以て真を乱り邪を以て正を眩ます假龍は、同じく祖山あり、同じく帳を開く能く、同じく秀麗の星峰あり、同じく枝脚橈棹あり、同じく起伏頓跌あり、同じく剥換転変あり、同じく峡を過ぎ脈を束むあり、同じく擺布舒展あり、同じく屈曲奔走の可爱の姿態あり。入首の処に到れば、同じく下手の臂あり、明堂あり、龍虎の二砂あり、朝山対案あり、奇峰は羅列し、奇を争い秀を献じ、局中に登りて看去甚だ悦目。糊塗の人は察辮を加えずしてすなわち葬り下す。往往福を求めて却って禍を得。後来棺を起して一看すれば、螻蟻の棺木を咬壊するに非ざれば、すなわち地下水の骸骨を浸泡せるなり。これは何の緑故ぞ。すなわち龍に真あり假あるを懂得せず、辮認する能わず、平庸の地師に誤られたればなり。
《玉髓經》云“亦有龍勢,侵天如登,落地如墜,起星甚秀,行地如宛,而不結地”是也。噫!天下事正而勝者常少,不正而勝者常多。故紫常以奪乎朱,鄭聲常亂乎雅樂,樲棘有類乎美檟,而稊稗有似乎良苗。苟非胸中有一定之見以勘破之,鮮不以是為非,以非為是,以眞為偽,以偽為眞者矣。然眞眞與眞偽皆易識,惟似是而非,似眞而偽者,眩人心目,最難察識。凡物皆然,不特地也。
『玉髄経』は言う。もまた一種の龍あり、上に向かい天際に聳入して攀登の如く、下に向かい大地に墜落して下墜の如く、起す星峰は十分に秀麗、地に行走するも曲折宛転なれども、却って終に地を結ばず。可歎なるかな。天下の事は、正の一方の取勝する時は常に少なく、不正の一方の取勝する時は常に多し。だから間色の紫は総じて正色の朱を奪去する能く、鄭国の靡靡の音は総じて雅正の楽を擾乱する能く、酸棗樹は看て美好の楸木の如く、稗草は看て好苗の如し。若し胸中に一定の見識ありて去りてそれを勘破せざれば、对を以て錯と当て錯を以て对と当て、真を以て假と当て假を以て真と当てざるは尠し。真正の真と明顕の假はさほど辮認し易し。独りあの似是而非・貌似真にして其の実假なるは、最も能く人の眼目を迷惑し、最も察識し難し。万物は皆此の如し。ただ地理のみならず。
但此等假偽之龍,縱然可觀,終覺勉強。姑揭其概而論之:假龍雖有祖宗,而出脈不美,或強硬突露無逶迤,或崚嶒帶殺無秀媚,雖有開帳而脈不穿心,或有穿心而無迎送。雖有秀麗星峰而孤削無枝葉,或偏斜帶石無蓋從。雖有枝腳橈棹而兩臂不均,或反逆帶殺而尖利,或臃腫粗惡而醜陋,或拖拽太重而不顧本身。
不过此の類の假龍は、縱然看て可観なるも、終に勉强を顕す。ここは姑くその大概を挙げて来たりて説く。假龍は祖山あるといえども、脈を出づるは却って美ならず。或いは強硬突露にして綿延屈曲を缺少し、或いは嶙峋にして煞を帯びて秀媚を缺少す。開帳あるといえども、脈は却って帳心より穿出せず、或いは帳心より穿出するも、両旁は却って迎送の砂なし。秀麗の星峰あるといえども、却って孤削にして枝葉の相輔なく、或いは偏斜して石を帯びて蓋送の山の跟随なし。枝脚橈棹あるといえども、両臂は却って不均勻、或いは反背して逆去り・煞を帯びて尖利、或いは臃腫粗悪にして醜陋、或いは外に向かい拖拽太重にして本身を顧み及ばず。
雖有起伏而過脈無線,或懶緩不明。雖有過峽而無遮護,水劫風吹,或長腰硬直,或斜出偏落。雖有剝變而愈剝愈粗,或先吉而剝後反凶,或先強而剝後反弱。雖有擺佈攸揚,而軟弱委靡,雖有屈曲奔走可愛之勢而護從不周。
起伏あるといえども、脈を過ぐるの処は却って一線の細脈を牽出せず、或いは懈怠遅緩・脈路不明。過峡あるといえども、両旁は却って遮護なく、水劫風吹に任憑し、或いは峡身の腰段は太く長くして僵直し、或いは斜に伸出し偏に落下す。剥換変化あるといえども、却って愈々剥るほど愈々粗く、或いは先前は吉利にして剥換の後は却って凶、或いは先前は強健にして剥換の後は却って弱。擺布舒展の姿態あるといえども、却って軟弱委靡。屈曲奔走の可爱の勢あるといえども、護従の山は却って周全ならず。
及其入首之際,多是穴情模糊,或無穴可下,或有乳而直硬臃腫,或有鉗而開闊直長,或有窟而深曠空亡,或有突而孤露懶散。雖有星體而飽硬峻急,粗大雄頑,或欹頭破面。雖有下手而直懶無情,或凶惡高壓,或低遠無力。
入首の時に到れば、多半は穴情模糊、或いは根本に穴なくて下す可からず。或いは「乳」ありて僵直硬挺・臃腫不清、或いは「鉗」ありて口を開くや過濶・直長収なく、或いは「窩」ありて深曠空虚、或いは「突」ありて孤露懶散。星体あるといえども、却って飽満僵硬・陡急にして親しみ難く、粗大雄頑、或いは頭部歪斜・山面破損。下手の一臂あるといえども、却って直去懶散にして无情、或いは凶悪高圧して穴を逼り、或いは低伏遠離して無力。
雖有明堂,或傾側破瀉,或直牽捲簾。雖有水城,或牽鼻割腳,或反跳翻弓,或沖射穿箭。雖然有龍虎,或反走無情,或曲腰折臂。雖有朝山,頭或尖圓而可愛,腳則走攛而可嫌。蓋大本已失,龍既不眞,則融結花假,自然件件不美。所謂一事假,其餘皆假,縱使龍虎、對案、堂局、砂水一一合法,文筆插天,秀水特朝,亦無甚益,況背戾者哉!
明堂あるといえども、却って傾斜破漏して気を泄し、或いは一直に牽拽して下りて巻起の帘子の如し。水城あるといえども、却って穴前に貼いて鼻を牽きて去り・脚を割りて流れ、或いは反跳して外に向かい翻転の弓の如く、或いは直冲斜射して穿り来たる箭の如し。龍虎の二砂あるといえども、却って反背して走り開きて无情、或いは腰身彎曲・臂膀折断。朝山あるといえども、山頭は或いは尖圓可爱なるも、山脚は却って竄逃して出でて人をして生厭せしむ。根本は一たび失われば、龍は既に真ならず、凝結して出づるは便ち虚花假穴。自然に样样美ならず。いわゆる一処假なれば、其余は処処皆假。縱使龍虎・対案・堂局・砂水は一一法度に合し、文筆峰は高く雲天に插立し、秀水は特地に来たりて朝すとも、またなお多大の益処なし。況んやあの背離乖戾のをや。
然此假偽之龍,多是為大龍作應護於數十里之外,或為正龍作關峽於數里之間,或孕育蛟龍而有潭窟靈湫,或結為巖岡而有奇怪仙宮,或發洩精氣而有硃砂礦石,或迸露英華而為湯泉醴井,此其形體甚美,而星峰甚秀者耳。
不过これらの假龍は、多半是れ幾十里の外に於いて大龍に替わりて呼応護衛を充当し、或いは数里の間に於いて正龍に替わりて関峡を把守す。或るものは蛟龍を孕育して深潭洞窟霊湫を生出し、或るものは凝結して岩岡を成して奇異の仙宮道観を出現し、或るものは精気を泄露して朱砂礦石を生出し、或るものは英華を迸発して温泉甜井を湧出す。これらは皆是れ形体甚だ美・星峰甚だ秀のあの一類の假龍。
其次者,但為結穴眞龍作侍衛、朝案、羅城、水口、關攔、纏托、照樂及諸般用神而已。以眞龍力量大,故其從衛之龍亦長遠,逆水奔走赴局以供服役。而其行度假冒,似亦可觀。只是入首結穴,必無足取。故今辨龍眞偽要訣,只入首近穴數節內察之。遠龍雖尋常,入穴數節合格者,決為眞;遠龍雖美,入穴數節內不吉者,決為假。又須以穴辨之。假龍必無穴,眞龍必有穴。此又至緊要的切法也。蔡西山云:“假龍誤人甚多,其擺佈精神,起人眼目,與眞龍無異,只是到頭結果無取。故世俗之人止謂其氣秀特,而時師又以眞龍丑穴之說文之,鮮有不為所惑者。”誠確論也。
再次一等のは、すなわちただ結穴の真龍に替わりて侍衛・朝山案山・羅城・水口・関攔・纏繞托送・照応と楽山のこれらの「用神」を充当するのみ。真龍の力量大なるを以て、だからそれに随いて護衛する龍もまた走ること長遠、水勢に逆いて局中に奔赴しその役使に供す。此の類の龍は一路行き来たりて真龍を假冒し、看て似乎るもまた可観。ただ入首結穴の処に到れば、必定取る可きの処なし。だから今天龍の真偽を辨別するの要訣は、ただ入首の穴場に靠近するあの几節の上に於いて察看するに在り。遠処の龍は平常なるといえども、ただ穴に入る几節は合格せば、一定是れ真。遠処の龍は美なるといえども、ただ穴に入る几節の内は不吉なれば、一定是れ假。別にさらに穴を用いて以て験証するを要す。假龍は必定穴なく、真龍は必定穴あり。これまた是れ最も緊要・最も貼切の辦法。蔡西山は言う。假龍は人を誤ること甚だ多し。それの擺布して出すあの副の精神は、人の注目を惹き、真龍と両样なし。ただ頭に到り果てるや結果は取る可きなし。世俗の人はただそれの気象秀異を説き、而して当時の地師はまた「真龍醜穴」の説法を用いてそれに替わりて文飾す。人の迷惑せられざるは尠し。これは確かに要害に切中する議論。
龍の貴賤を論ず
夫龍一也,而有貴賤之別。是故觀龍貴賤之法,當先察其祖宗父母。如人之祖考繫貴人賢士,其子孫亦多肖其先世。《龍經》云:“生子生孫巧相似。”又云“蓋由種類生出來。”卜則巍云:“祖宗聳拔者,子孫必貴。”《玉髓經》云:“貴龍胎息已非常,生出兒孫踵祖光。巧妙多傳愈精細,愈遠愈清貴巨量。”亦此意也。
龍脈は本是れ同じ一件の事物なれども、却って貴賤の別あり。だから龍の貴賤を看るは、応に先ずその祖山と父母山を察すべし。恰も人の祖輩父輩は若し是れ貴人賢士なれば、子孫もまた多半是れ彼の先世に象るが如し。『龍経』は言う。生出の子孫は巧妙に祖先と相似す。又言う。これは是れ種類の裏より生出する。卜則巍は言う。祖山の聳拔なるは、子孫は必定顕貴。『玉髄経』は言う。貴龍は胎息の時に於いて就已に尋常に同じからず、生出の児孫は祖上の光彩を承継す。巧妙の格局は伝えること愈々多きほど愈々精細、走ること愈々遠きほど愈々清貴・気量愈々大。説くは皆この意思。
故凡貴龍,其祖山必秀麗巍峨,軒昂俊偉。或寶殿龍樓,或御屏負扆,或金鑾綺閣,必侵雲之高,延袤之廣。及其離祖出身,辭樓下殿,精神卓絕,氣象尊嚴。行度之間,重重開帳。《經》云:“貴龍多是穿心出。”又云:“帳中過脈中央行,不出中央不入相。”又云:“穿心中出是眞龍,龍不穿心力量細。”楊公云:“龍不穿心,官不入相。”
だから凡そ貴龍は、それの祖山は必定秀麗巍峨・軒昂俊偉。或いは「宝殿」「龍楼」の形を呈し、或いは「御屏」「負扆」の状を作し、或いは金鑾綺閣の如し。一定是れ高きこと雲中に插入し・広きこと綿延数十百里。それの祖を離れ身を起し・楼殿を辞別して下るを待てば、精神は卓絶、気象は尊厳。一路行走し、層層に帳幕を張開す。『龍経』は言う。貴龍は多半是れ帳幕の中心より穿り出づる。又言う。帳中は脈を過ぐるは正中を走るを要し、正中より出でざればすなわち宰輔に位列する能わず。又言う。心を穿りて中出するは才かに真龍、心を穿らざる龍は力量はすなわち細弱。楊筠松は言う。龍は心を穿らざれば、官を做るもすなわち相位に入る能わず。
大抵貴龍雖千變萬化,若不可以一律拘之,然未嘗離乎中也。如行度之間,自出身至入首結穴處,或起或落,凡有走弄屈曲,過峽度脈,頓跌飛舞,之東走西,棲閃萬態,而皆不離於中。子微云:“三臺出龍三公位,華蓋出龍並高貴。”亦必以中出為美。故龍格中凡玉枕、御屏、飛蛾、個字、帳幕,種種貴格,必是脈從中出,方是貴龍。若或偏落旁出,縱有貴格,亦不足取。
大体上説けば、貴龍は千変万化するといえども、好像は一条の規矩を用いて去りて框定する能わざるが如し。しかしそれは始終一個の「中」の字を離開せず。それの一路行走し、起身より入首結穴に至り、或いは起或いは落、凡そ曲折游走・峡を過ぎ脈を度し・頓跌飛舞・忽東忽西・栖閃して千姿百态を出すの処、脈気は皆中線を離れず。張子微は言う。「三台」星峰より出づる龍は三公の位を主り、「華蓋」星峰より出づる龍は同じく高貴。これもまた中出を以て美と為す。だから龍の格局の裏に於いて、凡そ「玉枕」「御屏」「飛蛾」「个字」「帳幕」種種の貴格は、必ず脈の正中より出でて、才かに貴龍と算う。若し一辺に偏落し旁側より出づれば、縱然貴格を擺くとも、また取るに値せず。
又須星辰秀媚,護從迎托重疊。一行禪師云:“青山一樣並頭行,貴賤須分兩等名。貴者星辰多秀麗,更看纏護別眞情。”又云“賤龍亦自有中穿,腳似蜈蚣不盡偏。惟乏迎送不開帳,縱饒有穴不端然”是也。
此の外さらに星峰の秀麗嫵媚・前迎後托の護従の山の重重叠叠するを要す。一行禅師は言う。几条の青山は一様に並排して前行すといえども、貴賤は却って両等に分かちて称呼するを要す。貴のあの条の星峰は多半是れ秀麗、さらに纏繞護衛の山を看て才かに真情を辮出す能う。彼はまた言う。賤龍は自己もまた中間に穿り出づる脈あらん、枝脚は蜈蚣の脚の如くして並びに全偏せず。ただ迎送の砂を缺少し・また帳幕を開かず、縱然個の穴あるもまた端正ならず。説くは正にこの層の道理。
至於龍有天池者,有侍衛、養蔭者,尤貴。《經》云:“高山頂上有池水,此是眞龍樓上氣。”又云:“池平兩水夾又清,此處名為天漢星。天漢天潢入閣道,此星入相居中庭。”且貴龍自然迥異,如鶴立雞群,如沙中金礫。《經》云:“十山九水雖同聚,貴龍居中必異常。”
龍身の上に「天池」ある、侍衛の砂あり・養蔭の山あるに至っては、尤も貴重。『龍経』は言う。高山の頂上に池水あり、これは是れ真龍楼台の上の霊気。又言う。池面は平静・両側は水夾にして清澈、この個の処は「天漢星」と呼ぶ。天漢・天潢は閣道の象に連なる。此の種の星格は人の位は宰輔に列し身は朝廷中庭に居るを主す。しかも貴龍は自然に衆と同じからず。好比は鶴の鶏群の裏に立ち、好比は沙裏の金粒。『龍経』は言う。十座の山九条の水は一処に聚まるといえども、居中のあの条の貴龍は必定尋常に異ならん。
及至入穴之際,前迎後擁,左侍右衛。或秀水潮入明堂,奇峰列於天表;或龜蛇禽曜之發露,印劍旗鼓之羅列。所謂“三千粉黛、八百煙花”,莫不有之。《葬書》云:“若懷萬寶而宴息,若具萬膳而潔齊。”其氣象規模鬧熱如此,此貴龍出身行度結穴之大規模矣。
入首結穴の時に到るを待てば、前に迎接あり・後に擁護あり、左に侍従あり・右に衛護あり。或いは秀麗の水流は「明堂」に涌入し、奇峰は天辺に羅列す。或いは「亀」「蛇」「禽」「曜」等の砂形は顕露して出で、印・剣・旗・鼓等の貴器の形は四周に排布す。いわゆる「三千の粉黛・八百の煙花」の熱鬧景象は、样样皆あり。『葬書』は言う。万件の珍宝を懐抱してあそこに安歇するが如く、万種の佳肴を備下してあそこに斎戒するが如し。気象規模は熱鬧してこの地步に到れば、これがすなわち貴龍の起身・行走より結穴に至るの整体の格局。
至於賤龍,自出身以來,星峰不見,起伏不明,頭面破碎而醜惡,過脈偏斜而受風,巒頭帶石而巉巖,枝腳尖利而反逆。或左空右曠,或邊生邊死。其起者,或臃腫粗頑,或崚嶒瘦削。其伏者,或散漫無收,或長腰直硬。
賤龍に至っては、起身以来すなわち様になる星峰を見ず、起伏もまた分明ならず。山頭山面は破碎醜悪、脈を過ぐるの処は偏斜にして風吹を受け、峦頭は石を帯びて険峻嶙峋、枝脚は尖利にして反背逆去す。或る時は左辺空し右辺曠し、或る時は一辺に生気あり一辺は死板。それの隆起する処は、或いは臃腫粗頑、或いは嶙峋痩削。それの伏し下る処は、或いは散漫にして收拾し得住ず、或いは腰段は拖りてまた長くまた僵直。
其過峽之際,出脈偏斜,無迎無送。或長闊散撒而不明,或風吹水劫而多害。其行度之間,無穿落傳變之諸體,無臺屏蓋帳之諸格。護從不隨其身,托送不衛其主。或如死鰍死鱔之直長,或如餓馬瘦牛之委靡,或粗雄而無脫卸,或分擘而成鬼劫。
それの峡を過ぐる時は、脈を出づるは偏斜、前に迎砂なく後に送砂なし。或いは峡身はまた長くまた濶く・散乱不清、或いは風吹水劫を受けて妨害多し。それの一路行走し、既に穿帳・落脈・伝変のこれらの形体なく、また台・屏・蓋・帳のこれらの格局なし。護従の山はそれの身子に跟い走らず、托送の山はそれのこの主を護衛せず。看去或いは死泥鰍死黄鱔の如く僵直細長、或いは餓馬痩牛の如く委靡不振、或いは粗大雄頑にして未曾だ脱卸せず、或いは分枝して脈を擘りて「鬼」「劫」と成れり。
及至入首,或懶坦無收,或散亂無序,四勢不交,八風相射。或如灰囊,或如投算,此皆不入相之龍,不受穴之山也。登局之間,砂飛水走,明堂傾瀉,下手無力,水口空曠,決無融結,不足觀也。
入首の処に到るを待てば、或いは懈怠平坦にして毫も収束なく、或いは散乱無序、四面の山勢は交會せず、八方より来たる風は互相冲射す。或るものは一只の灰を装える口袋の如く、或るものは随手に拋下の算籌の如し。これらは皆位列宰輔する能わざる龍、穴を受くる能わざる山。局中に登りて看去れば、砂頭は飛散・水流は奔走、明堂は傾斜泄漏、下手の一臂は無力、水口は空曠にして関せず。絶対に凝結あらず。看るに値せず。
然此等之龍,本體既賤,或為貴龍作傳送,或為貴龍作朝迎,或作護衛關峽,或作門戶水口。如奴僕隸卒,奔走供役於貴人而無所取裁矣。子微云:“貴龍自祖宗父母而次,胎息渾厚。及子孫脫胎出世,便如貴家子弟,未嘗單獨出入。其出入,必有儀從車騎呵殿,先驅行者辟易,觀者環堵。
此一類の龍は本身は既に低賤なれば、すなわちただ貴龍に替わりて伝送を充当し、或いは貴龍に替わりて朝迎を充当し、或いは護衛と関峡を充当し、或いは門戸と水口を充当する能うのみ。好比は奴僕差役の奔走して貴人に服侍する、本身は何の取裁す可きもなし。張子微は言う。貴龍は祖山・父母山より依次に伝下し、胎息は渾厚。子孫の脱胎して世に出るを待てば、便ち富貴人家の子弟の如く、従来単独の出入せず。彼は一たび出で一たび入れば、必定儀仗随従・車馬の前呼後擁あり、路を開く先駆の一到れば、行人は紛紛として讓避し、囲観の人は一堵の墻を挤成す。
或有時微行,則其侍衛必在前後觀瞻伺候,不敢相遠。一聞號召,趨奔翕合。有時過關度險,如孟嘗脫厄於秦關,狗盜雞鳴,爭先效力;高祖解圍於白登,獻奇書策,兢為釋憂。一旦出關,千駟馬騎,兵衛愈壯。
或る時彼は微服出行するも、侍衛もまた必定前後に於いて瞻望伺候し、敢て遠く離れず、一たび召喚を聴けばすなわち立刻に聚拢して奔来す。或る時関口を過ぎ険境を経るを要すれば、すなわち孟嘗君の秦国の函谷関に於いて険を脱するが如く、能く狗盗を作し能く鶏鳴を学ぶ門客に靠りて先を争い力を出す。また漢高祖の白登に於いて匈奴に围困せられ、謀士の献上する奇計密策に靠り、人人争い彼に替わりて憂を解くが如し。一旦関を出でれば、千乗の車馬・成群の騎士は随行し、兵衛の陣容は却ってさらに壮盛。
又如見羽鴻門,劍盾交進,而沛公已在九霄之外。渡兵滹沱,千騎俱脫,蕭然僅有一騎之遺。一旦脫離患難,奄六合,統八荒,萬國貢珍,八蠻款塞,此貴龍之氣象如此。其賤龍,祖宗父母,如寒戶老翁,終日兀坐,無人侍奉。指望兒孫逐日經紀求趁供菽米。
また劉邦の鴻門に於いて項羽に会見するが如く、剣と盾は交錯して逼進するも、而して沛公は早已に脱身して九霄の外。また光武帝の滹沱河を渡りて兵を用うるが如く、千騎は走散し、孤单にしてただ一騎の相随を剩すのみ。しかし一旦患難を脱離すれば、便ち能く六合を囊括し八荒を統摂し、万国は珍宝を進貢し、四方の蛮夷は関を叩きて帰附す。貴龍の気象はすなわち此の如し。賤龍に至っては、それの祖山父母山は貧寒人家の老翁の如く、整天として呆坐し、人の侍奉なく、ただ児孫の毎日出でて去りて点小買賣を做り・一点の米豆を掙回して度日するを指望す。
子孫初生,胎養之時,母心憂愁,營衛乖戾。及胎成形,狀貌瘦瘠,骨相迷邅,皮膚焦粗,氣宇愁戚,日出趁食,亂走散行,初無委曲詳緩之勢;問米求財,定非寬和靜定之容。如包胥乞師,倚牆孤泣,范睢脫難,出廁尸行。又如僕隸隨人,看他飲食,亦似吏卒從官,供應唯喏。此賤龍之態度如此矣。”愚按:子微此論貴賤龍神之祖宗、父母、行度、關節,形容殆盡,無復餘蘊。精詳玩索而體認之,斯得其妙矣。
このような人家の子孫は剛に出生し・なお胎養の時に在れば、母親は心裏に憂愁し、気血営衛は失調。胎児の形を成すを待てば、形貌は痩弱、骨相は坎坷、皮肤は焦枯粗糙、神気は愁苦。天は一たび明ければすなわち門を出でて生活を討し、乱走散走し、全く从容曲折の気度なし。口を開きて人に向かい米を討い財を求むるも、また決して寛和安定の神色あらざらん。恰も申包胥の秦国に到りて救兵を求め、ただ墻に靠りて独自哭泣する能うのみの如く。范雎の禍難を逃出し・廁所の裏より爬り出で来たる時は形同僵尸の如し。また僕役の人に跟いて走り・主人の臉色を看て飯を喫するが如く。小吏の長官に跟い・ただ唯唯諾諾に応承する能うのみの如し。賤龍の姿態はすなわち此の如し。徐氏按ず。張子微の此の一段の貴龍賤龍の祖宗・父母・行走と関節を論ずるは、形容するや淋漓尽致、再び剩義なし。仔細に玩味体会せば、便ち能くその中の妙処を得ん。
