Libo

八卦の奇偶を分かつ

明 · 徐善继、徐善述 · 第45巻 / 56

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

八卦之上各生一奇一偶而為四畫者十六。邵子所謂“八分為十六”者是也。又謂兩儀之上各加八卦,又謂八卦之上各加兩儀。朱子曰:“此非某之說,乃康節之說;非康節之說,乃希夷之說;非希夷之說,乃孔子之說。但當日諸儒既失其傳,而方外之流陰相付受,以為丹灶之術。至今希夷、康節乃反之於易,而後其說始得復明於世。然與今《周易》次第行列多不同者,故聞者創見而不之信,只據見行《周易》緣文生義,穿鑿破碎,有不勝其杜撰者。此《啟蒙》之書所為作也。若能虛心遜志以求其通曉,玩之久熟,則天地變化之神,陰陽消長之妙,自將瞭然於心目之間,而有以識其奧矣。

八卦の上に、各々さらに一奇一偶を生じて、四画の卦が十六となる。これが邵雍の言う「八が分かれて十六となる」である。また両儀の上に各々一套の八卦を加えたと言うこともでき、あるいは八卦の上に各々一套の両儀を加えたと言うこともできる。朱熹が言う。これは我が朱某人の説ではなく、邵康節の説である。康節の説でもなく、陳摶(希夷先生)の説である。希夷の説でもなく、もともと孔子の説である。ただ当年儒者がすでにこの一路の伝承を失い、かえって方外の士が暗中に授受し、取って煉丹の法術と為した。希夷・康節に至ってそれを《易》に返し還して、ようやくこの説が再び世に顕れた。しかしそれは今日通行本の《周易》の次第・行列と多く異なる。だから聞く者は一見しただけで信じようとせず、ただ现行の《周易》の文句に照らして望文生義し、穿鑿零碎して杜撰の説が数え切れぬほど多い。私が《易學啓蒙》一書を作ったのは、まさにこのためである。もし虚心に退譲して一番の工夫を下し通暁を求め、玩味すること久しく熟すれば、天地変化の神妙・陰陽消長の精微は、自ずから心目の間に了了として分明となり、またその中の奥義を識ることができる。

八卦の位

以上自太極、河圖、洛書,皆可畫卦。邵子所謂“畫有易”是也。原卦序、卦畫,皆明卦理,非入用者耳。邵康節曰:乾南、坤北、離東、坎西、震東北、兌東南、巽西南、艮西北。自震至幹為順,自巽至坤為逆。後六十四卦方位仿此。

以上に講じた所は、太極から河図・洛書まで、皆もって卦を画くに拠るべきもので、すなわち邵雍の言う「画の中におのずから《易》あり」である。卦の次序と卦の画法を推原したのは、すべて卦理を講明するためで、まだ直接に取り立てて応用する部分ではない。以下は八卦の方位を講ずる。邵雍が言う。先天八卦は乾が南に、坤が北に、離が東に、坎が西にあり、震は東北に、兌は東南に、巽は西南に、艮は西北にある。震から数えて乾に至るのは順行であり、巽から数えて坤に至るのは逆行である。この後の六十四卦円図の方位も、この法に照らして配列する。

伏羲八卦図説

《說卦》曰:“天地定位,山澤通氣,雷風相薄,水火不相射,八卦相錯。數往者順,知來者逆。是故易逆數也。雷以動之,風以散之,雨以潤之,日以烜之,艮以止之,兌以說之,乾以君之,坤以藏之。”

《周易・說卦傳》は言う。天と地は上下の位置を定め、山と沢は互いに氣を通じ、雷と風は互いに激盪し、水と火は互いに害し合わず、八卦はこのように交錯して相配する。すでに過ぎ去ったを数えるのは順推で、まだ来るべきを予知するのは逆推である。だから《易》は逆さに数えるのである。雷はもって萬物を鼓動し、風はもって萬物を吹き散らし、雨はもって萬物を潤沢し、日はもって萬物を烘曬し、艮(山)はもって萬物を止息し、兌(沢)はもって萬物を欣悦せしめ、乾はもって萬物を統領し、坤はもって萬物を収蔵する。

丘公云:“《易》曰:‘天地定位,山澤通氣,雷風相薄,水火不相射,八卦相錯,數往者順,知來者逆。’此先天八卦方位也。乾坤縱則六子橫,其數幹一、兌二、離三、震四、巽五、坎六、艮七、坤八。其方則乾南、坤北、離東、坎西、震東北、巽西南,艮西北、兌東南。自震至幹為順,自巽至坤為逆。

丘延翰が言う。《周易・說卦傳》の講ずる「天地定位、山沢通氣、雷風相薄、水火不相射、八卦相錯。往くを数るは順、来るを知るは逆」は、言う所は「先天八卦」の方位である。乾坤の両卦は上下に縦に列し、その余の六つの子卦は便ち両旁に横に排す。その数は乾一・兌二・離三・震四・巽五・坎六・艮七・坤八。その方位は乾が南に、坤が北に、離が東に、坎が西にあり、震は東北に、巽は西南に、艮は西北に、兌は東南にある。震から数えて乾に至るは順行、巽から数えて坤に至るは逆行。順とは已往の事を数え、逆とは未来の機を知ることである。

蓋震始交陰而陽生,巽始消陽而陰生。兌,陽之長者也;艮,陰之長。震、兌在天之陰,艮、巽在地之陽,故震、兌上陰而下陽,艮、巽上陽而下陰。幹、坤正上下之位,坎、離列左右之門,天地之所開闢,日月之所出入,春夏秋冬、晦朔弦望、晝夜寒暑,莫不由是而推,此先天之卦所以為理氣之體也。地法因之以推二十四位生殺之炁、二十四氣運化之機。明其消息陰陽,論其時日干支、孤虛旺相,以致於用,其理極矣。

なぜなら震は陰と交わり始めて陽氣が初生したものであり、巽は陽を消し始めて陰氣が初生したものである。兌は陽中に長成した一卦で、艮は陰中に長成した一卦である。震・兌は天位上の陰に属し、艮・巽は地位上の陽に属する。だから震・兌は皆上爻を陰とし下爻を陽とし、艮・巽は皆上爻を陽とし下爻を陰とする。乾・坤は端正して上下の位を占め、坎・離は左右に分列して両扇の門戸のごとし。天地はここから闢き開き、日月はここから出入し、春夏秋冬の推移・晦朔弦望の円缺・昼夜寒暑の往復は、一つとしてここから推し出されないものはない。これがまさに先天の卦が「理氣」の本体となり得る所以の縁故である。地理の法はこれを沿い用い、もって羅盤二十四位上の生氣と殺氣を推求し、二十四節氣の運化の機括を推求し、陰陽の消長を明白にし、時日の干支および「孤」「虚」「旺」「相」の分布を論定し、ずっと応用の上に落ち着かせる。この中の道理は窮尽したと言える。

吳公云:“此伏羲先天八卦,蓋理氣之體也。天地定位,幹對坤也;山澤通氣,艮對兌也;雷風相搏,震對巽也;水火不相射,坎對離也。幹以純陽位居南,坤以純陰位居北,自乾坤交而男女生。離得坤之正性,故中虛,有日之象,日生於東,故正位乎東;坎得幹之正性,故中滿,有月之象,生於西,故正位乎西。

呉景鸞が言う。これは伏羲の「先天八卦」であり、「理氣」の本体である。いわゆる天地定位とは、乾と坤とが相対すること。山沢通氣とは、艮と兌とが相対すること。雷風相搏とは、震と巽とが相対すること。水火不相射とは、坎と離とが相対すること。乾は純陽を以て南に居り、坤は純陰を以て北に居る。乾坤が一交すれば六子の男女が生出する。離は坤の正性を得た。だから中爻は虚で、太陽の象がある。太陽は東方に生ずるから、離の正位は東にある。坎は乾の正性を得た。だから中爻は満ちて、月亮の象がある。月は西方に生ずるから、坎の正位は西にある。四正の卦は、このようにして先ず定まった。

四正既定,然後幹一變為巽,故巽居幹左;二變成艮,故艮居坎左;三變成坤。坤一變為震,故震居坤左;二變成兌,故兌居離左;三變成幹。此變化之序,自然之理也。其法自子中至午中為陽,午中至子中為陰。以六十四卦分佈為圓象,以推二十四氣之運用。

四正がすでに定まって然る後、乾は一変して巽となり、だから巽は乾の左辺に居る。再び変じて艮となり、だから艮は坎の左辺に居る。三変してすなわち坤となる。坤は一変して震となり、だから震は坤の左辺に居る。再び変じて兌となり、だから兌は離の左辺に居る。三変してすなわち乾となる。これが変化の次第で、もともと自然の理である。その用法は、子の正中から午の正中までの半圏は陽に属し、午の正中から子の正中までの半圏は陰に属する。六十四卦を分布して一つの円図と為し、もって二十四節氣の運用を推求する。

自冬至一陽生而復,周流至夏至初而為幹,故自子中至午中為天地長養萬物之氣,其數主生。故雷雨居春夏,盛茂生發繫焉。自夏至一陰生而始,流行至冬至初而為坤,故自午中至子中為天地歸藏之氣,其數主煞,故霜露居秋冬,結寔收藏繫焉。地法體之,以推四序、時日、支干、五行孤虛旺相之方,施之時事。羅經分配花甲,裝排八卦之繫,皆得理氣耳。”

冬至に一陽が初生して復卦となるより始まり、順に流れて夏至の初めに乾卦となる。だから子中から午中までのこの半圏は、天地が萬物を長養する氣で、その数は「生」を主る。こうして雷雨は春夏に属し、草木の繁盛・発生は皆この一段に係る。夏至に一陰が初生して姤卦となるより始まり、順に流れて冬至の初めに坤卦となる。だから午中から子中までのこの半圏は、天地の歸蔵の氣で、その数は「殺」を主る。こうして霜露は秋冬に属し、果実の成熟・収蔵は皆この一段に係る。地理の法はこの道理を體察し、もって四季・時日・干支および五行の「孤」「虚」「旺」「相」の在る方位を推求し、さらに具体の事務に施用する。羅経の上で六十甲子を分配し八卦を装排する系統は、要するに理氣に合せんとするだけである。

文王八卦図説

邵子曰:“此文王八卦,乃入用之位,後天之學也。”《說卦》曰:“帝出乎震,齊乎巽,相見乎離,致役乎坤,說音悅言乎兌,戰乎乾,勞乎坎,成言乎艮。”“神也者,妙萬物而為言者也。動萬物者莫疾乎雷,撓萬物者莫疾乎風,燥萬物者莫熯乎火,說萬物者莫說乎澤,潤萬物者莫潤乎水,終萬物始萬物者莫盛乎艮。故水火相逮,雷風不相悖,山澤通氣,然後能變化,既成萬物也。”

邵雍が言う。この一套の文王八卦は、直接に投入して使用できる方位で、「後天」の学に属する。《周易・說卦傳》は言う。天帝は震方より出で、巽方に至って斉しく、離方に至って相見え、坤方に至って萬物を役使し、兌方に至って萬物を欣悦せしめ(「說」は「悦」と読む)、乾方に至って交戦し、坎方に至って勞倦し、艮方に至って完成す。また言う。いわゆる「神」とは、萬物を化育する妙を形容するのに用いる。萬物を鼓動するに雷より迅疾なるはなく、萬物を摇撼するに風より迅疾なるはなく、萬物を烘干するに火より熾烈なるはなく、萬物を取悦するに沢より相宜なるはなく、萬物を滋潤するに水より充沛なるはなく、萬物を終結しまた萬物を開啓するに艮より完備なるはない。だから水と火は互いに趕り及び、雷と風は互いに違逆せず、山と沢は彼此氣を通じ、然る後こそ変化流行して萬物を成就できるのである。

丘公曰:“此文王八卦,乃入用之位,後天之位也。伏羲先天八卦,幹生於子,坎終於寅,坤生於午,離終於申,以明天之道也。至文王重卦,置幹於西北,退坤於西南,長子用事,而長女代母。坎離得位,而兌艮為偶,震巽為用也,以應地之方也。蓋兌、離、巽得陽之多者也,艮、坎、震得陰之多者也,是以為天地用也。

丘延翰が言う。これは文王八卦であり、投入応用する方位、すなわち「後天」の位である。伏羲の先天八卦は、乾は子に生じ坎は寅に終わり、坤は午に生じ離は申に終わる。もって天の運行の道を闡明したのである。文王が卦を重ねるに至り、乾を西北に安置し、坤を西南に退け、長男たる震に当権して用事せしめ、長女たる巽に母に代わって主宰せしめ、坎と離は各々その正位を得、兌と艮は対を結び、震と巽は実用を担当する。もって大地の方位に対応するのである。なぜなら兌・離・巽は陽を得ること多き卦であり、艮・坎・震は陰を得ること多き卦だから、天地に取用せられ得るのである。先天は体を主り、後天は用を主る。その分別はまさにここにある。

幹極陽,坤極陰,是不用也。以方位言之,震、兌始交者也,故當朝夕之位。坎、離交之極者也,故當子午之宮。巽、艮不交而陰陽不雜也,故當中之偏也。幹、坤純陰純陽也,故為不用之位也。此後天方位所以始震而終艮也。羅經方位由是而立。其所以推測造化,察地理山川以別吉凶,蓋有至理存焉。此聖人明體致用之法也。”

乾は陽が極処に至ったもの、坤は陰が極処に至ったもの。だから不用の卦に列する。方位に就いて言えば、震と兌は陰陽がちょうど交接し始めたもので、だから朝夕に日が出て日が入る東西の位に安ずる。坎と離は交接が極点に至ったもので、だから子・午の両宮に安ずる。巽と艮は相交わらず陰陽が互いに混雑しないもので、だから四正の間の偏側たる四隅に安ずる。乾と坤は純陰純陽で、だから不用の位に定める。これが後天方位がなぜ震から始まり艮で結び終わるかの縁故である。羅経上の方位もまたこれによりて確立する。それがよく造化を推測し地理・山川を考察してもって吉凶を分別できるのは、その中に確かに至理が在るからである。これがまさに聖人がその本体を明らかにし実用を推し致す法門である。

吳公云:“此文王後天八卦方位,蓋理氣之用也。‘帝出乎震’,震東方也,震為雷,雷奮發而物生,春為陽之始,故震居之。‘說言乎兌’,兌正西也,兌為澤,有儲聚之義,故為陰之始,故兌居之。震以一陽在下,兌以一陰在上,故曰始交。

呉景鸞が言う。これは文王の後天八卦の方位であり、「理氣」の功用である。「帝は震に出ず」、震は東方にある。震は雷を為し、雷が一たび奮発すれば萬物は生長する。春は陽氣の開端だから、震は東に居る。「說言は兌にあり」、兌は正西にある。兌は沢を為し、儲蓄・聚集の意があり、陰氣の開端だから、兌は西に居る。震は一陽が下にあり、兌は一陰が上にある。だからそれらを陰陽がちょうど交わり始めた卦と言う。東西の両方は一発一斂して、ちょうど対待を成す。

‘齊乎巽’,巽東南也。巽為風,長育萬物,故居東南。‘成乎艮’,艮東北也。艮為山,山結止物。物作於春初,而止於冬末,萬物之所以成始成終者也,故艮居之。艮以一陽在上,巽以一陰在下,故云不交。

「斉しくは巽にあり」、巽は東南にある。巽は風を為し、能く萬物を長養し化育するから、東南に居る。「成るは艮にあり」、艮は東北にある。艮は山を為し、山は能く萬物を凝結し止息せしめる。萬物は初春に発動し、冬末に停止する。艮はまさに萬物が始あり終あり得る所以の処だから、艮は東北に居る。艮は一陽が上にあり、巽は一陰が下にある。だからそれらを陰陽が相交わらない卦と言う。

‘戰乎乾’,乾西北也。‘致役乎坤’,坤西南也。伏羲起乾坤於上下,取相交變化物之義。及其成功,男女用事,有父退居之義。陽以順動,故幹順退居西北。坤以逆行,故坤逆退處西南。言戰者,天地至此,肅殺之極。言役者,天地至此,肅殺之初。幹以純陽老亢,坤以純陰老極,無生成之意,故曰當不用之位。

「戰うは乾にあり」、乾は西北にある。「役を致すは坤にあり」、坤は西南にある。伏羲は乾坤を上下の両端に安じ、取ったのは天地が相交して萬物を変化する意である。功業がすでに成るに及んで、便ち六子の男女に出面して用事せしめ、父母が退居する意を含む。陽性は順行して動くから、乾は順って西北に退居する。坤性は逆行するから、坤は逆って西南に退処する。「戰」と言うのは、天地がここに至って肅殺がすでに極点に到達するからである。「役」と言うのは、天地がここに至って肅殺がちょうど始まったばかりだからである。乾は純陽にして衰老し亢極し、坤は純陰にして衰老し至極する。ともに萬物を生成する意なく、だからそれらを正しく不用の位に当たると言うのである。

‘相見乎離’,離正南也,夏至陽極陰生,故離居之。‘勞乎坎’,坎正北也,冬至陰極陽生,故坎居之。坎陽居中,故為交之極。此先天之卦也,乃至文王重卦而後用以有行也。地法體之,以道造化所以生殺之故,辨方正位,趨吉避凶,良有以也。”

「相見えるは離にあり」、離は正南にある。夏至の時は陽が極処に至って一陰が初生するから、離は南に居る。「勞れるは坎にあり」、坎は正北にある。冬至の時は陰が極処に至って一陽が初生するから、坎は北に居る。坎は陽爻が中に居る。だからそれを陰陽の交が極点に至ったものと言う。以上の諸卦はもともと先天に出で、文王が卦を重ねて後に至って、初めて真に取りて運用し施行する所有った。地理の法はこれを體察し、もって造化に生あり殺ある所以の縁故を説明し、これに拠って方向を辨别し坐位を端正し、吉に趨り凶を避ける。確かに根拠があるのである。

支干の原

按:天干出於河圖。天一生壬水,地六生癸水;天三生甲木,地八生乙木;天七生丙火,地二生丁火;天九生庚金,地四生辛金;天五生戊土,地十生己土。地支出於洛書。子、午、卯、酉得天陽之數,居四正。寅、申、巳、亥、辰、戌、丑、未得地陰之數,而居四隅。陽數奇,故各主其一;陰數偶,故各主其二。辰、戌、丑、未土無定位,寄居四隅。

按ずるに、十の天干は河図に出ず。天数一は壬水を生じ、地数六は癸水を生じ、天数三は甲木を生じ、地数八は乙木を生じ、天数七は丙火を生じ、地数二は丁火を生じ、天数九は庚金を生じ、地数四は辛金を生じ、天数五は戊土を生じ、地数十は己土を生ず。十二の地支は洛書に出ず。子・午・卯・酉は天に属する陽数を得た。だから東西南北の四正の位を占める。寅・申・巳・亥と辰・戌・丑・未は地に属する陰数を得た。だから四隅に分居する。陽数は奇数だから、四正の每一方はただ一つの地支が主管する。陰数は偶数だから、四隅の每一角は二つの地支が分かち管する。辰・戌・丑・未は土に属し、土はもともと固定の方位がなく、已むなく四隅の中に寄居する。

配納の原

陳希夷曰:“天干始於甲,終於癸,河圖生成之數也。地支起於子,終於亥,洛書奇偶之數也。陽自復始,六變而幹陽備;陰自姤始,六變而坤陰成。合二六之數為十二辰。夫甲、丙、戊、庚、壬,陽干也,子、寅、辰、午、申、戌,陽支也;乙、丁、己、辛、癸,陰干也,丑、卯、巳、未、酉、亥,陰支也。法以陽干配陽支,陰干配陰支。猶木之有幹有枝。

陳摶が言う。十の天干は甲より始まり癸に終わり、取るのは河図の生数と成数の道理である。十二の地支は子より始まり亥に終わり、取るのは洛書の奇数と偶数の道理である。陽氣は復卦より起こり、六回の変化を経て乾卦の純陽が完備する。陰氣は姤卦より起こり、六回の変化を経て坤卦の純陰が完成する。二つの六を合わせればすなわち十二辰である。甲・丙・戊・庚・壬は陽干、子・寅・辰・午・申・戌は陽支。乙・丁・己・辛・癸は陰干、丑・卯・巳・未・酉・亥は陰支。配法は陽干を以て陽支に配し、陰干を以て陰支に配す。たとえば樹木に主干あればまた旁枝あるがごとし。干支の相配は、従来陰陽が交錯することを許さない。

以六甲配五子,自甲子為首,次第推排,而盡於癸亥。仍以干支本數計其成數,總其成數干支若干,然後以五數除之,其餘數以先天河圖象數冠之,周其有聲者,納之以五行之音,是為六甲納音。

六つの甲(甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅)を用いて五つの子(甲子・丙子・戊子・庚子・壬子)に配し、甲子より頭に排し、順次推排して、ずっと癸亥に至るまで排する。さらに干支の本身の属する数に按じて各々の成数を算出し、一組の干支の成数を合計して、然る後五を以て除する。余る数は先天河図の象数を用いて冠名し、およそ循環して下りて声音を成し得るものは、五行の属する音を配する。これを「六甲納音」と呼ぶ。

聖人推以入用,以分金六十位定佈於二十四,以正五行為各宮之主,以六甲大五行為緯,察其分金之胎、養、衰、死之氣,定其孤、虛、旺、相之卦,內有戊己為龜甲空亡,甲乙為補接之空,以是消息陰陽,立葬乘氣,定命審音,今之大五行也。

聖人はこれを推衍して実用に投入した。六十の「分金」の位を羅盤二十四山の中に分布し、「正五行」を以て各宮の主宰と為し、六甲の「大五行」(すなわち納音五行)を以て経緯と為し、各分金の処する胎・養・衰・死の氣を考察し、それが「孤」「虚」「旺」「相」のどの類の卦に属するかを判定する。その中の戊・己の両位は「龜甲空亡」に算し、甲・乙の両位は「補接之空」に算す。これ一套を用いて陰陽を消長し、下葬する時に生氣を乘取り、人の命を定めその納音を審かにする。これが今日言う所の「大五行」である。

補義甲、己、子、午九,乙、庚、丑、未八,丙、辛、寅、申七,丁、壬、卯、酉六,戊、癸、辰、戌五,巳亥是四數。符其支干,總成其數,卻以五數除之,不滿五者作納音。如零一納音屬火,零二屬土,零三屬水,零四屬金,零五屬水。惟火、水、土、木無聲,故其數異。

補義。納音の数を取る口訣は、甲・己・子・午は皆九と算し、乙・庚・丑・未は皆八と算し、丙・辛・寅・申は皆七と算し、丁・壬・卯・酉は皆六と算し、戊・癸・辰・戌は皆五と算し、巳・亥は四と算す。推せんとするあの一組の干支をこれに按じて数を取り、総数を合計し、さらに五を以て除する。除し尽くせずして余る数を以て納音を定める。余一は火に属し、余二は土に属し、余三は水に属し、余四は金に属し、余五は水に属す(底本はこのようである)。ただ火・水・土・木は本身に声がないがゆえに、それらの配する数は常例と異なる。

此納甲取象太陰之義。法先天八卦方位而推之者也。《易》曰:“天垂象,見吉凶,聖人象之。日往則月來,月往則日來,日月相推而明生焉。”又曰:“天地盈虛,與時消息。”夫天象之可見者,莫如日月,故日月麗天而運行,寒暑陰陽循環不已。

ここに言う所の「納甲」は、太陰(月)の盈虧に象を取る意で、先天八卦の方位に依って推演して成る。《周易・繫辭》は言う。「上天は星象を垂れ示して吉凶を顯現し、聖人はこれに取法す。日が往けば月が来り、月が往けば日が来り、日月は互いに推移して光明が生ず」と。《周易・豊卦彖傳》はまた言う。「天地の盈満と空虚は、時節に随って消長す」と。天象の中に見えるものは、日月より明らかなるはない。だから日月は天に附麗して運行し、寒暑陰陽は循環して停まらない。

而盈虛消息之理,於是而見,造化變通之機,由是而推。日為陽之象,陽中含陰,離二陽在外,而一陰居中,故離為日之正體。月為陰之象,陰中含陽。坎二陰在外而一陽居中,故坎為月之正體。蓋日無遲速,而月有盈虛,卦有變化,而時有配納。

盈虚消長の道理はここより見るべく、造化変通の機括もまたここによりて推知すべし。太陽は陽の象で、陽中に陰を含む。離卦は両陽爻が外にあり一陰爻が中に居る。だから離は太陽の正体である。月は陰の象で、陰中に陽を含む。坎卦は両陰爻が外にあり一陽爻が中に居る。だから坎は月の正体である。太陽の運行には速慢の別なく、月には円缺盈虧がある。卦に変化あれば、時節に便ち相応する配納がある。納甲の法は、まさに月相のこの種の変化の上より象を取るのである。

月本無光,麗日而明。以不明之體言之,則純陰而象坤,晦朔之時也。越三日而哉生明,始資日之明而有光,因謂之朏,陽之初生也。昏見於庚,震一○之象也,故震納庚。越五日而資日之半明,因謂之上弦,陽之將半也。昏見於丁兌,二○之象也,故兌納丁。

月は本身は光を発せず、太陽の光に附着してこそ明るい。そのまだ光を受けていない本体に就いて言えば、純陰にして坤に象る。まさに每月の晦日・朔日の時である。三日を過ぎて初めて光明を生じ、ようやく日光を借り得て光あるを「朏」と言う。これは陽の初生である。黄昏時に庚位に現れるのは、正に震卦の一陽が下にある(図中に一つの空心の圏を作る)象だから、震は庚を納する。さらに五日を過ぎて、日光の半分を借り得るを「上弦」と言う。これは陽が半ばに及ばんとするもの。黄昏時に丁位に現れるのは、正に兌卦の兩陽(二つの空心の圏)の象だから、兌は丁を納する。

越十五日,與日對,資日之全明而大圓,因謂之望,言三陽具備也。昏見於甲,幹三○之象也,故幹納甲。又三日而哉生魄,與日之望偏而陰始生,因謂之魄,言陰復生也。晨見於辛,巽一●之象也,故巽納辛。又五日而生晦,半資日之明,因謂之下弦,言陰生至半也。晨見於丙,艮二●之象也,故艮納丙。

第十五日に至り、月は日と正しく相對し、日光の全部を借り得て圓滿に大明するを「望」と言う。三爻皆陽がすでに齊備したを表示する。黄昏時に甲位に現れるのは、正に乾卦の三陽(三つの空心の圏)の象だから、乾は甲を納する。また三日を過ぎて初めて「魄」を生じ、望日に比べればすでに偏側して陰氣が初起した。これを「魄」と言い、陰がまた生出したを表示する。清晨時に辛位に現れるのは、正に巽卦の一陰が下にある(一つの實心の圏)象だから、巽は辛を納する。また五日を過ぎて漸く晦に向かい、ただ日光の半分を借り得るを「下弦」と言う。陰がすでに半ばまで生じたを表示する。清晨時に丙位に現れるのは、正に艮卦の兩陰(二つの實心の圏)の象だから、艮は丙を納する。

又六日而與日交會,日之明全不相資,復晦而不明,因謂之晦。晝沒於乙,坤三●之象也,故坤納乙。此一月之消息盈虛也。地法因之,以推八卦之變,分納各幹於八卦之位,用以統十二支之方,配以五行之位,本乎坎也。

さらに六日を過ぎて、月は日と交會し、全く日光を借り得ず、再び晦暗にして明ならず、これを「晦」と言う。白天乙位に隱沒するのは、正に坤卦の三陰(三つの實心の圏)の象だから、坤は乙を納する。これが一箇月の内の消長盈虧である。地理の法はこれに依據して八卦の變化を推求し、各々の天干を分かちて八卦の方位に納入し、もって十二地支の在る方を統攝し、さらに五行の位次を配する。その根本はなお坎(月の正體)に在る。

洪悟齋理曰:“支干納卦法者,坎離得乾坤之中爻,中名土之位,故納戊巳。戊己者,天干之中。戊陽土也,納於坎,己陰土也,納於離,從其類也。幹之六位,三甲三壬。坤之六位,三乙三癸納之。此四干係於乾坤之內外。乾坤,諸卦之父母,奇偶變化,萬物終始皆在焉,故始甲乙,終壬癸,以包六卦。

洪悟齋(名は理)が言う。干支を卦に納する法はこのようである。坎と離とは乾坤の中爻を得た。中央は土の位置だから、戊・己の兩干を納する。戊・己は天干の中間の兩位で、戊は陽土、坎に納し、己は陰土、離に納す。各々その類に從う。乾の六爻の位は三つの甲と三つの壬を納し、坤の六爻の位は三つの乙と三つの癸を納す。この四つの天干は乾坤の内卦と外卦に係屬す。乾坤は衆卦の父母で、奇偶の變化・萬物の終始は皆その中に在る。だから甲・乙より起こり、壬・癸にて收まり、その余の六卦を包めて中に收める。

所納之幹,括始終也。地理論二十四卦無戊己者,除居中央五,天地之元根。離外陽,故陽外壬配之;坎外陰,故坤外癸配之。其地支之寅、戌、巳、丑、亥、未、卯、辰各從其類納合焉。

納するこれらの天干は、まさに始と終とを包擧して遺す所なし。地理が二十四路の卦を講じて戊・己を用いないのは、居中の五の数を除き開いたからである。それは天地の元始の根本である。離の外卦は陽に屬す。だから乾の外爻壬を用いて相配す。坎の外卦は陰に屬す。だから坤の外爻癸を用いて相配す。地支中の寅・戌・巳・丑・亥・未・卯・辰に至っては、また各々同類に按じて分かちてこれと相合する卦に納入す。

坎正北為水,申子辰三合水局也,故隸於坎;離正南為火,寅午戌三合火局也,故隸於離;震正東為木,亥卯未三合木局也,故隸於震;兌正西為金,巳酉丑三合金局也,故隸於兌。離、坎、震、兌四正也,故納乾而配支。幹、坤、艮、巽四隅也,故納乾而已。此支各統於卦之義矣。”

坎は正北にあって水に屬し、申・子・辰は三合して水局を成す。だからこの三支は坎に隸屬す。離は正南にあって火に屬し、寅・午・戌は三合して火局を成す。だからこの三支は離に隸屬す。震は正東にあって木に屬し、亥・卯・未は三合して木局を成す。だからこの三支は震に隸屬す。兌は正西にあって金に屬し、巳・酉・丑は三合して金局を成す。だからこの三支は兌に隸屬す。離・坎・震・兌は四正の卦だから、既に天干を納しまた地支を配す。乾・坤・艮・巽は四隅の卦だから、ただ天干を納して地支を配さない。これが地支が各々卦に統屬する道理である。

此以後天八卦輔以支干而定其方位之次也。按《青囊經》曰:“聖人因八卦以推天時,用地支以配天干,制為土圭,別理地宜,以立人極。”陳希夷釋之曰:“八卦為象數之始,天干所以附八卦,而地支所以佐天干也。故至人因卦以推時,用支以配幹,而定其方位之次,制為土圭之器,以消息天地孤虛之氣,蓋自上古伏羲命大撓氏始立八卦之方,而先未有支干也。

これは後天八卦を用い、さらに天干地支を輔けて二十四方位の次第を確定する法である。按ずるに《青囊經》は言う。「聖人は八卦に依りて天時を推求し、地支を用いて天干に配し、土圭を制成し、各地の土宜を分辨し、以て人道の準則を確立す」と。陳摶は釋して言う。八卦は象と數の起點であり、天干は八卦に依附して設けられ、地支はまた天干を輔佐するものである。だから至人は卦に依りて時令を推求し、支を用いて干に配し、從りて方位の次第を排定す。また土圭という器具を制成し、もって天地間の「孤」「虚」の氣を消長す。すなわち、卦は天時の節候を定め、支干は地面の方向を定め、兩者が相輔してこそ羅盤の一圈の次第が排し出せるのである。溯れば、上古伏羲は大撓氏を命じて最も先に八卦の方位を立定し、あの時はまだ天干地支がなかった。

至堯命羲和考中星,始用十二辰位。周公作指南車,有其形而無方。至玄女授赤松子,始用卦氣支干分配而成二十四位,以為神器。法以天數二十有五,扐一以為體,而二十四氣備。地數三十,去六以為用,而二十四氣全。

帝堯が羲氏・和氏に命じて中星を考定するに至って、初めて十二辰位を使用した。周公は指南車を造ったが、指向の形制があるのみでまだ方位を分出していなかった。九天玄女が赤松子に傳授するに至って、初めて卦氣と干支とを相配して二十四位を湊成し、以て堪輿の神器と為した。その數を取る法は、天數は合計二十五、一數を抽出して本體に留め、その余の二十四は正しく二十四節氣に合す。地數は合計三十、六數を減じて運用に留め、その余の二十四もまた正しく二十四節氣に合す。羅盤一圈の二十四位は、このようにして來たのである。

五行生成,二氣對待,北一南二,東三西四,中五沖氣,奠居中處。明河圖五行生成之氣,推洛書九宮推移之跡。制以水北火南,木東金西,土中生成,化育有定序矣。天以一生水,坎者水之位也,故子正北。癸得地六之陰,水之柔也,故癸次於子。水不止則流蕩而忘反,必土以止之,則能生物。丑者土之柔也,故丑次於癸。

五行に生あり成あり、陰陽二氣は兩兩對待す。北方一・南方二・東方三・西方四、中央五は沖和の氣と為して正中に安居す。これは河圖五行生成の氣を顯明し、洛書九宮推移の迹を推演せんとするものである。ここに定めて水を北に、火を南に、木を東に、金を西に、土を中にすれば、生成化育に一定の次序あり。天は一を以て水を生じ、坎は水の本位だから、子は正北に居る。癸は地數六の陰を得て、水中の柔の一面だから、癸は子の次に排す。水若し止まらざれば流蕩して回頭を知らず、必ず土にてこれを止めてこそ、萬物を生養し得る。丑は土中の柔の一面だから、丑は癸の次に排す。

艮為山,土之剛也,故艮次子、丑而居東北,所以代震之施化也。土合而化氣,將以生木。寅為稚木,故寅次於艮。甲得天三之陽,木之剛也,故甲次於寅。震者木之旺也,故卯居正東。乙得地八之陰,木之柔也,故乙次於卯。木非土無以盛,辰者土之正氣,故辰次於乙木者,陽之穉也。

艮は山を為し、土中の剛の一面だから、艮は子・丑の後に排して東北に居り、もって震に代わりて化育の功を施行す。土は凝合して氣を化し、將に木を生ぜんとす。寅は幼稚の木だから、寅は艮の次に排す。甲は天數三の陽を得て、木中の剛の一面だから、甲は寅の次に排す。震は木の最も旺なる所だから、卯は正東に居る。乙は地數八の陰を得て、木中の柔の一面だから、乙は卯の次に排す。木は土なくして茂盛し得ず、辰は土の正氣だから、辰は乙の次に排す。木はこの時猶ほ幼稚の陽に過ぎない。

木非旺不能生火,故巽為旺木而次於辰。旺極必齊生,所生火也。巳為火之初氣,故巳次於巽。丙得天七之火,陽之剛也,故丙次於巳。離者火之位也,故午居正南。丁得地二之陰,火之柔也,故丁次於午。火旺必有止,將以生土也,故未次於丁。坤者地之體,土之正氣也,故坤次於未。

木は旺盛に至らざれば火を生ずる能わず。だから巽を旺木と為して辰の次に排す。旺極まれば必ず一齊に生發し、生ずる所は即ち火である。巳は火の初氣だから、巳は巽の次に排す。丙は天數七の火を得て、陽中の剛の一面だから、丙は巳の次に排す。離は火の本位だから、午は正南に居る。丁は地數二の陰を得て、火中の柔の一面だから、丁は午の次に排す。火は旺した後は必ず止まる所有り、將に土を生ぜんとす。だから未は丁の次に排す。坤は大地の本體・土の正氣だから、坤は未の次に排す。

土旺必生金,申者金之初氣也,故申次於坤。庚得天九之陽,金之剛也,故庚次於申。兌者金之位也,故酉居正西。辛得地四之陰,金之柔也,故辛次於酉。金非土無以成,戊者土之正氣也,故戊次於辛。金者陰之稚也,金不盛不能化,故幹為旺金而次於戊。旺極而化成,所以生水也。亥為水之初氣,故亥次於幹。壬得天乙之陽,水之剛也,故壬次於亥。於是二十四位有定方矣。

土は旺した後は必ず金を生ず。申は金の初氣だから、申は坤の次に排す。庚は天數九の陽を得て、金中の剛の一面だから、庚は申の次に排す。兌は金の本位だから、酉は正西に居る。辛は地數四の陰を得て、金中の柔の一面だから、辛は酉の次に排す。金は土なくして成就せず、戌は土の正氣だから、戌は辛の次に排す(底本は「戊」と作るが、「戌」と當るべし)。金は陰中の幼稚なる者、金は盛ならざれば變化し得ず。だから乾を旺金と為して戌の次に排す。旺極まりて化成し、ここに水を生ず。亥は水の初氣だから、亥は乾の次に排す。壬は天一の陽を得る(底本は「天乙」と作す)、水中の剛の一面だから、壬は亥の次に排す。ここに至って、羅盤二十四位は皆固定の方向を有するに至った。

戊己得大地之中,天五地十之氣,故中處以為金母。金伏天干之戊土,而制於地支之午火,藏於地支之子水,本居子之中也,故土圭之器,其休以木,其用以金,而化成於水火。子水丙火寄跡於土中,其子午之正中既定,則天地之正氣從可知矣。神哉!

戊・己が得るは大地中央・天五地十の氣。だから中に居りて以て金の母と為す。金は天干の戊土の中に潛伏し、地支の午火に受制し、地支の子水に收藏され、本來子の正中に位す。だから土圭という器具は、その柄身は木を用い、その針は金を用い、而もその功用は則ち水火の間に於て化成す。子中の水・丙中の火は皆土の中に寄迹す。子・午の正中一旦定準すれば、天地の正氣もまた推知すべし。眞に神妙なるかな!

重刊人子須知資孝地理心學統宗 卷七之下

陰陽二十四位の陰陽に屬するを原う

江右山人徐善繼述 同著。先天卦配洛書,值陽數者為浄陽,值陰數者為浄陰。其支干各統於卦。此浄陰浄陽之定位也,法以先天卦乾南坤北、離東坎西四正之卦,配洛書戴九履一,左三右七之陽數,而為浄陽;先天艮、震、巽、兌四隅之卦,配洛書二四為肩,六八為足之陰數,而為浄陰。其支干亦各統於卦。為陰陽,然不曰陰陽,而必曰凈陰凈陽者,欲其不相駁雜也。地法因之。故陽龍必須陽向,陽水來去則吉,而雜陰則凶;陰龍必須陰向,陰水來去則吉,而雜陽則凶,本乎此也。

江西山人徐善繼・徐善述の兄弟が合著した。先天八卦に洛書の数を配し、およそ陽数に値するものを「淨陽」、陰数に値するものを「淨陰」と算し、各路の干支もまた分かれて所在の卦に統属する。これが淨陰淨陽の定位法である。先天卦の乾南・坤北・離東・坎西という四つの正位の卦を取り、洛書の「九を戴き一を履み、左に三右に七」の陽数に配して淨陽と定め、先天卦の艮・震・巽・兌という四つの隅位の卦を取り、洛書の「二四を肩とし六八を足とす」の陰数に配して淨陰と定め、各路の干支もまた一緒に所在の卦に帰属させる。本来はただ陰陽なのに、直ちに陰陽と言わずして必ず「淨陰」「淨陽」と言うのは、それらを純一にして交じり合わないものにしようとするためである。地理の法はこの法を踏襲する。だから陽龍には必ず陽向を配し、陽水の来去こそ吉で、陰を混ぜれば凶となる。陰龍には必ず陰向を配し、陰水の来去こそ吉で、陽を混ぜれば凶となる。根拠はまさにここにある。

按:羅經方位,以十二位為陽,以十二位為陰。幹、甲、乙、坎、癸、申、辰、離、壬、寅、戌陽位,艮、丙、巽、辛、兌、丁、巳、丑、震、庚、亥、未陰位。葢法先天方位,而配以洛書象數而推明者也。

案ずるに、羅経の二十四方位は、十二位が陽に属し、十二位が陰に属する。陽位は乾・甲・乙・坎・癸・申・辰・離・壬・寅・戌である(底本は十一位のみを列するが、淨陽の例に照らせば別に「坤」があるはずである。ここは底本に脱文がある。今はそのまま写して補わない)。陰位は艮・丙・巽・辛・兌・丁・巳・丑・震・庚・亥・未である。この系統は先天八卦の方位を取法し、さらに洛書の象数を配して推演して明白にしたものである。

先天卦位幹、坤、坎、離居四正之位,陽位也;洛書象數一、九、三、七居四陽之位,奇數也。故幹、坎、坤、離以居陽位而為陽,甲、乙、壬、癸以配陽卦而為陽,寅、戌以陽支而配離從火,申、辰以陽支而配坎從水,故十二位為陽也。

先天卦位の中で、乾・坤・坎・離は四正の位に居り、これは陽位である。洛書象数の中で、一・九・三・七は四つの陽方に居り、これは奇数である。だから乾・坎・坤・離の四卦は陽位に居るがゆえに陽と算する。甲は乾に納し、乙は坤に納し、壬は離に納し、癸は坎に納する。この四干は配する所が陽卦であるがゆえに、それに随ってまた陽と算する。寅・戌はもともと陽支で、また離に三合して火に従う。同じく陽と算する。申・辰はもともと陽支で、また坎に三合して水に従う。同じく陽と算する。四卦・四干・四支を合わせれば、ちょうど陽に属する十二位となる。

先天卦位震、巽、兌、艮居四隅之位,陰位也。洛書象數以二、四、六、八居四陰之位,隅數也。故震、巽、兌、艮居陰位而為陰,酉、丁、庚、辛以配陰卦而為陰。亥、未以陰支而配震從木,巳、丑以陰支而配兌從金,故十二位陰也。

先天卦位の中で、震・巽・兌・艮は四隅の位に居り、これは陰位である。洛書象数の中で、二・四・六・八は四つの陰方に居り、これは隅数である。だから震・巽・兌・艮の四卦は陰位に居るがゆえに陰と算する。酉・丁・庚・辛は配する所が陰卦であるがゆえに、それに随ってまた陰と算する。亥・未はもともと陰支で、また震に三合して木に従う。同じく陰と算する。巳・丑はもともと陰支で、また兌に三合して金に従う。同じく陰と算する。四卦・四干・四支を合わせれば、ちょうど陰に属する十二位となる。

是陰陽各有十二路,而地理家從陰位者,陰為天地之始,萬物之母。陰有生生之意,而陽無焉,故貴陰而賤陽。凡行龍行水,將從並朝,各得其位而不雜,則陰陽和,造化備矣。以其位陰陽言之,則純陽純陰,似若無生意者。

このように陰陽は各々十二条の路がある。地理家が偏って陰位を取るのは、陰は天地の開端・萬物の母であるからである。陰は生生して已まない意を含んでいるが陽にはそれがない。だから陰を貴び陽を賤しむ。およそ行龍・行水、および随従・朝拱の諸砂が、各々皆あるべき位に居って交雑しなければ、すなわち陰陽は調和し、造化はすなわち完備する。もし単に方位の陰陽に就いて言えば、純陽純陰はかえって生意がないように見える。

以卦氣干支之陰陽言之,則陽中有陰焉,陰中有陽焉。何則?幹、坎以陽卦從陽,宜也,而坤、離為陰;甲、壬以陽干從陽,宜也,而乙、癸為陰;巽、兌以陰卦從陰,宜也,而艮、震為陽;丁、辛以陰干從陰,宜也,而丙、庚為陽。於是陰陽和而奇偶備,此堪興家所以本先天理氣,而用後天方位也。

しかし卦氣と干支の陰陽に就いて言えば、陽中に陰があり陰中に陽があることが見出される。どうしてか。乾・坎は陽卦で陽に従う、本来当然であるが、坤・離はかえって陰と算される。甲・壬は陽干で陽に従う、本来当然であるが、乙・癸はかえって陰と算される。巽・兌は陰卦で陰に従う、本来当然であるが、艮・震はかえって陽と算される。丁・辛は陰干で陰に従う、本来当然であるが、丙・庚はかえって陽と算される。こうして陰陽は調和して奇偶が斉備する。これがまさに堪輿家が先天の理氣を本とし、而も後天の方位を使用する所以の縁故である。陰陽は互いに蔵し合うので、表面の一路だけを見てはならない。

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