Libo

龍の三落を論ず

明 · 徐善继、徐善述 · 第14巻 / 56

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

龍之落局,融結不一。而其大要有三:有初落,有中落,有末落。李淳風雲:“龍有旺於初者,有盛於中者,有歸於盡者。”《明山寶鑑》云:“有少龍之穴,有中龍之穴,有盡龍之穴。”二說皆言初落、中落、末落之理,無異意也。然此三落之勢,特言融結力量之大者耳。其間分擘小康之穴尤多,固不可以小康為正三落之正,亦不可拘三落之正而棄小康之地,貴在人之通變矣。

龍の局に落ちて地を結ぶの方式は一种に止まらず、大要に三あり。一は是れ「初落」、二は是れ「中落」、三は是れ「末落」。李淳風は言う。龍に旺は起初に在るあり、盛は中途に在るあり、結帰は尽頭に於いてするあり。『明山宝鑑』は言う。少龍の穴あり・中龍の穴あり・尽龍の穴あり。此の両家の説くは皆是れ初落・中落・末落の道理、意思は並びに同じからず。不过此の三落の指す所は、ただ凝結力量の大なるに就いて言う。その間の分枝擘脈に由りて結成する小康の穴は尤も多し。既に小康の穴を把りて正規の三落と当つ可からず、も三落の正格に死守して小康の地を丟去る可からず。可貴なるは是れ人の能く通権達変するなり。

初落龍

初落龍者,自祖山發下,離祖不遠即結頂,降勢過脈,起星結穴開局。朝山聳前,托山列後,或祖山作樂作障,而龍虎護衛,明堂融聚,下手重重,水口周密,四山團擁,骨肉一家,亦為眞結。但以其離祖未遠,故名初落。顧氏云:“初落由來近祖山,局勢必須完。”李氏云“龍有旺於初者”是也。

いわゆる「初落龍」は、是れ祖山より脈を発して下り来たり、祖を離るること遠からずしてすなわち頂を結び、然る後に勢を降して脈を過ぎ、星峰を起し・穴を結び・局面を開出す。前面に朝山の聳立あり、後面に托山の排列あり、或る時は干脆として祖山を以て楽山を作し・屏障を作す。龍虎の二砂は護衛し、明堂は気を聚め、下手は一重また一重、水口は周密、四面の山は団団として擁抱し、彼此は一家の骨肉の如し。これもまた真結と算う。只因それの祖山を離るるやなお遠からざる、だから初落と呼ぶ。顧氏は言う。初落は向來祖山に靠近し、局勢は必ず完備するを要す。李淳風の説く「龍に旺は起初に在るあり」、指すはすなわち此の一種。

中落龍

中落者,自祖山發下,去祖已遠,迢迢而來,大頓小伏,中間忽起高山以為少祖。自少祖下,或六七節,或十數節,再起星辰結頂,降勢過脈,落局束咽融結。其大龍猶自作勢遠去,而分行卻在少祖之前。此處特一關局,未為大盡,故名中落。

いわゆる「中落」は、是れ祖山より脈を発して下り来たり、祖を離るること已に遠く、迢迢として行き来たり、大処は頓・小処は伏、中途に於いて忽然として一座の高山を聳起して「少祖山」を作す。少祖山より往下に六七節を走り、或いは十幾節、再び星峰を起して頂を結び、勢を降して脈を過ぎ、局に落つる時は咽喉を収束して凝結して穴を成す。この時大龍の本身はなお気勢を擺りて遠去らんと要するも、枝を分かちて行くは却って少祖山の前に於いて発生せり。此処はただ特地に結出せる一個の関局、なお是れ大尽頭に非ず。だから中落と呼ぶ。

朝迎山則拜於前,護從山則障於後。其分去之山,回作我用,或為下手,為水口,為關攔,為托樂,為城郭,為關鎖。楊公云:“大地皆從腰裡落,迴轉餘枝作城郭。”廖氏云:“中落餘枝作城郭,吉氣於斯泊。”李氏云“有盛於中”是也。

此の種の局の裏は、朝迎の山は前面に於いて拜伏し、護従の山は後面に於いて屏障を作す。分出去りし山はまた回り返りて来たりて我の用に為り、或いは下手の一臂を充当し、或いは水口を充当し、或いは関攔を充当し、或いは托山楽山を充当し、或いは城郭を囲成し、或いは関鎖を作す。楊筠松は言う。大地は多半是れ龍身の腰間より落下し、回転の余枝はすなわち城郭を囲成す。廖金精は言う。中落の余枝は城郭を囲成し、吉気はすなわちここに於いて停泊す。李淳風の説く「盛は中途に在るあり」、指すはすなわち此の一種。

末落龍

末落者,自祖山發下,迢迢行度,一起一伏,奔東走西,離祖極遠。山勢將盡,前去或臨大江大河,或臨大溪大湖,或臨田坂小澗,山脈已盡,再無去處。而於將盡未盡之際,頓起高山以為少祖。自少祖而下,或數節即結頂,降勢束氣,結咽成穴。

いわゆる「末落」は、是れ祖山より脈を発して下り来たり、迢迢として行走し、一起一伏・忽東忽西、祖を離るること極めて遠し。山勢の将に走り尽さんとする時に到れば、前面は或いは大江大河に臨み、或いは大谿大湖に臨み、或いは田坂小澗に臨み、山脈は已に尽き、再び去る処なし。すなわち将に尽きんとして未だ尽きざるの際に於いて、頓起して一座の高山を以て少祖山を作す。少祖山より往下に几節を走ればすなわち頂を結び、勢を降して気脈を収束し、咽喉を結成して穴を成す。

或據江湖,或據溪澗,或下山一臂橫攔,或翻身逆張大局,而有隔水外洋朝拱。或脫落平洋,藏跡隱蹤,如蜘蛛墜樓,流星度漢,拋球閃跡,鋪氈仰掌,金盤金盆而作平地之穴矣。隔江隔河,遠山朝應。凡此皆規模宏大,局勢廣闊,三陽六建,莫不具備。廖氏云:“末落名為大盡龍,氣勢最豪雄。”李氏云“龍有歸於盡者”是也。然亦不必拘於據江臨河極窮盡處尋穴,必結穴之外有餘氣,方是大龍末落之穴也。

此の類の穴は或いは江湖に拠り、或いは谿澗に拠り、或いは下山の一条の臂膀に由りて横向に攔護し、或いは身を翻して勢に逆いて一個の大局を張開す。水を隔ててさらに外洋の水ありて前来りて朝拱す。もまた平洋の裏に脱落し、蹤跡を蔵起し、形状は蜘蛛の糸を垂れて墜下するに似・流星の銀河を划过するに似・拋出の球の一閃して没するに似、或いは鋪開して毡の如く仰開して掌の如し、或いは金盤金盆の形を作し、すなわち平地の上に於いて穴を成す。江河を隔てて、遠山は遥遥として朝応す。凡そ此の種種は、皆是れ規模宏大・局勢広濶、「三陽」「六建」は样样具備す。廖金精は言う。末落はまた大尽龍と名づく、気勢は最も豪雄を為す。李淳風の説く「龍に結帰は尽頭に於いてするあり」、指すはすなわち此の一種。不过も必ずしも江に臨み河に臨むの極尽頭の処に死守して穴を尋ぬるを要せず。必ず結穴の外にさらに余気ありて、才かに大龍末落の穴と算う。

按:諸書有言初落、中落、末落者,有言少龍、中龍、盡龍者,其義皆同。惟《洩天機》復有“分落後龍擘脈去”之說,而淳風《小卷》有“龍有歸於老者”之說。二說另為一例。要之,至理則老龍當與盡龍同科,分落宜與中落互論。但老者,大盡窮絕不可取;分落數節,短小不盡同,皆非龍家之美,在人以意會之。

徐氏按ず。各家の書の裏に初落・中落・末落を講ずるあり、少龍・中龍・尽龍を講ずるあり。意思は皆一様。ただ『泄天機』は別に「分落は是れ後龍の脈を擘りて出去る」の説法あり、李淳風の『小巻』は別に「龍に老に帰する有り」の説法あり。此の両説は別に一類を立つるを要す。根を帰り底を尽くせば、至理に就いて言えば、老龍は応に尽龍と帰し同一科と為し、分落は応に中落と対照して討論すべし。ただいわゆる老は、走りて大尽頭に到りて気窮り力絶ゆるを指し、取用す可からず。いわゆる分落は、ただ几節を走り、短小にして中落と尽く同じからず。此の両類は皆是れ龍を論ずる家の称美する所に非ず。全く人の自ら意會するに靠る。

龍の形勢十二格を論ず

《洩天機》龍格曰生,曰死,曰強,曰弱,曰順,曰逆,曰進,曰退,凡八格。以生、強、順、進為四吉,死、弱、逆、退為四凶,固為攸當。而《明山寶鑑》又有生、死、枉、福、鬼、刦、應、遊、死、楫、病、絕,凡十二格。除生死二名相同,其應、揖、遊、絕、鬼、刦之龍,各亦形同名異。如應、揖即順、進之屬,遊、枉、絶即死、弱、退、逆之類。

廖金精の『泄天機』の立つる所の龍格に生・死・強・弱・順・逆・進・退の共に八格あり、生・強・順・進を把りて四種の吉格と定め、死・弱・逆・退を把りて四種の凶格と定む。このように分かつは本来すなわち甚だ恰当。而して『明山宝鑑』は別に生・死・枉・福・鬼・劫・応・游・死・揖・病・絶の共に十二格を立つ。その中の「死」の字は重出す。是れ原書の名を列するや此の如し。生・死の両個の名目は前の一家と相同じるを除き以外、其余の応・揖・游・絶・鬼・劫の几種の龍も、も皆是れ形態相同じにしてただ一個の名称を換えたるのみ。応龍・揖龍は順龍・進龍の一類に属し、游龍・枉龍・絶龍は死龍・弱龍・退龍・逆龍の一類に属す。

而福、病、刦、殺四格,猶出廖氏八格之外,亦不可遺。今合取之,共為十二格。《大全》中復有毒龍、枉龍、傷龍、蛀龍等名,無非病龍、殺龍、逆龍之類,茲不重收。下此又有所謂斗龍、衡龍、樞龍、機龍、胎息龍種種異名,則無理致,不敢取也。今將諸龍名義異同開列於下:

福・病・劫・殺の此の四格に至っては、廖金精の八格の外を超出し、もまた遺漏す可からず。現在両家を合わせて取用し、共に十二格を成す。『地理大全』の裏にさらに毒龍・枉龍・傷龍・蛀龍等の名目あり。其の実は是れ病龍・殺龍・逆龍の一類に非ざるなし。ここは再び重複して収録せず。再び往下にさらにいわゆる鬥龍・衡龍・枢龍・機龍・胎息龍の種種の異名あり。あの些は何の道理なし。敢て採取せず。現在種種の龍名の異同を開列して下に如し。

枉龍:祖山而下,侷促不舒,全無收拾,即弱龍。鬼龍:分枝擘脈,即刦龍。游龍:悠然而去,即弱龍。絕龍:孤單無力,水刦風吹,即死龍。毒龍:枝腳反序,尖利帶殺,即逆龍。枉龍:尊卑失序,大小無論,即退龍。傷龍:傷損崩破,鑿斷來脈,即病龍。蛀龍:穿鑿洩氣,空洞巖穴,即弱龍。

枉龍。祖山より下り来たりて局促して舒展せず、完全に收拾なし。すなわち是れ弱龍。鬼龍。枝を分かち脈を擘る。すなわち是れ劫龍。游龍。悠悠然として一直に走り開く。すなわち是れ弱龍。絶龍。孤单無力、水に劫せられ風に吹かる。すなわち是れ死龍。毒龍。枝脚の次序は顛倒し、尖利にして煞を帯ぶ。すなわち是れ逆龍。枉龍。尊卑は次序を失い、大小は論ぜず。すなわち是れ退龍。傷龍。山体は傷損崩破し、来脈は鑿断せらる。すなわち是れ病龍。蛀龍。穿鑿せられて気を泄し、山中に空洞岩穴あり。すなわち是れ弱龍。此処の両処の「枉龍」は名は同じにして指す所は同じからず。一は弱に属し・一は退に属す。読者は応に釈する所の義に依りて分別すべし。

敗龍:氣脈枯竭,不生草木,即弱龍。斗龍:枝腳反序,尖利帶殺,即逆龍。衡龍:枝腳鋪揚,氣勢雄偉,即強龍。樞龍:穴後一節高一節,即進龍。機龍:枝腳順序,即順龍。胎息龍:有起有伏,即生龍。踏確龍:穴後一節低一節,即退龍。孤龍:全無護從,即弱龍。奴龍:枝腳偏枯,即從龍。

敗龍。気脈は枯竭し、山上は草木を生ぜず。すなわち是れ弱龍。鬥龍。枝脚の次序は顛倒し、尖利にして煞を帯ぶ。すなわち是れ逆龍。衡龍。枝脚は鋪展飛揚し、気勢は雄偉。すなわち是れ強龍。枢龍。穴後は一節は一節に高く過ぐ。すなわち是れ進龍。機龍。枝脚の次序は井然。すなわち是れ順龍。胎息龍。起あり伏あり。すなわち是れ生龍。踏碓龍。穴後は一節は一節に低く過ぐ。すなわち是れ退龍。孤龍。完全に護従なし。すなわち是れ弱龍。奴龍。枝脚は偏枯。すなわち是れ随従の龍。

生龍者,星峰磊落,枝腳活弄,行度擺拽之謂也。《入式歌》曰“生是低昂多節目”,蓋其龍自出身以來,一起一伏,有低有昂,分牙布爪,左趨右閃,活動逶迤,如鸞翔鳯翥,如魚躍鳶飛,而皆有生意也。《寶鑑》云:“自祖山發足而來,大頓小伏,如生蛇之渡水,如啄木之飛空。至降勢出身,左右有腳。入穴端正,應案分明,謂之生龍。此龍最吉,必結富貴大地,主人丁生旺,弈世富貴。”

いわゆる「生龍」は、是れ星峰磊落・枝脚霊活・一路行走して擺動拖曳するの龍を指す。『入式歌』は説く「生龍は是れ忽低忽昂・節目衆多」。此の種の龍は起身以来、一起一伏・低あり昂あり、両旁に向かい牙爪を分出し、忽左忽右に趨閃し、霊活綿延、鸞鳳の飛翔するが如く、魚の躍り鳥の飛ぶが如く、処処皆生意あり。『宝鑑』は言う。祖山より歩を起して来たり、大処は頓・小処は伏、活蛇の水を過ぐるが如く、啄木鳥の空に凌りて飛行するが如し。勢を降し身を起す時に到れば、左右皆枝脚あり。穴に入るや端正、朝応と案山は分明。これをすなわち生龍と呼ぶ。此の種の龍は最も吉、必定富貴の大地を結成し、人丁興旺・世代富貴を主す。

死龍者,峰巒模糊,腳手彷彿,本體直硬之謂也。《入式歌》曰“死是無起伏”,蓋其龍自離祖以來,粗頑臃腫,無起伏,無擺折。其勢如魚失水,如木無枝,如順水隨流,如死鰍死鱔,而皆無生意也。此格最凶,不能融結。縱有形穴,必為虛偽。若誤下之,主窮苦下賤,遂以死絕。雖作神壇社廟,亦不顯靈。

いわゆる「死龍」は、是れ峰峦模糊・枝脚は依稀として辮し難く・本身は僵直硬挺するの龍を指す。『入式歌』は説く「死龍は是れ起伏なきなり」。此の種の龍は祖を離るる以来、粗頑臃腫、既に起伏なく、も擺折なし。あの気勢は魚の水を離るるが如く、樹の枝なきが如く、水に順い漂流するが如く、死泥鰍死黄鱔の如し。全く生意なし。此の一格は最も凶、凝結して穴を成す能わず。縱然個の穴形あるも、も必定是れ虚假。若し誤りて此に葬れば、子孫の窮苦下賤を主り、以て絶嗣に至らん。たとえその上に神坛社廟を建てるも、もまた顕霊せざらん。

強龍者,星峰逈異,枝腳撐拏,體格雄健之謂也。《入式歌》云“強是奔走勢力弘”。蓋其龍自離祖以來,形勢軒昂,力量盛大,擺折橫闊,行度自由,如猛虎出林,渴龍奔海,指爪攖拏,鱗甲堅立而強盛也。此格最吉。如融結成穴,主驟富驟貴,威名掀揭,一時功業強盛。

いわゆる「強龍」は、是れ星峰迥然として不凡・枝脚は撐張して力あり・体格は雄健の龍を指す。『入式歌』は説く「強龍は是れ奔走する時に気勢宏大」。此の種の龍は祖を離るる以来、形勢は軒昂、力量は盛大、擺折するや横濶開張、行走は自如、猛虎の林を出づるが如く、渇龍の大海に奔るが如し、爪指は抓攫し、鱗甲は竪立し、一派の強盛の象。此の一格は最も吉。若し凝結して穴を成せば、骤然として富貴し・威名遠揚し・一時の間に功業強盛を主す。

弱龍者,星峰骨瘦,枝腳短縮,本體攸緩之謂也。《入式歌》曰“弱是瘦崚嶒”。蓋其龍自離祖以來,飄飄散散,全無收拾。險峻嵯峨,浮筋露骨。尖小懶緩,隨斜無依。陷削而不充實,虛浮而不光彩。形如鵝頭鴨頸,敗柳殘花。勢如餓馬伏櫪,孤雁失群,而怯弱欹攛也。此龍多遭風吹水刦,不能融結。縱有形穴,亦為虛偽。若下之,主孤貧伶仃,疾苦困弱。

いわゆる「弱龍」は、是れ星峰骨痩・枝脚短縮・本身は松緩無力の龍を指す。『入式歌』は説く「弱龍は是れ痩にして嶙峋」。此の種の龍は祖を離るる以来、飄飄散散、全く收拾なし。険峻嵯峨、筋骨は浮露。尖小懈怠、処に随い歪斜にして依托なし。凹陷削痩にして充実せず、虚浮にして光彩なし。形状は鵞頭鴨頸の如く、敗柳残花の如し。気勢は餓馬の馬槽の辺に伏するが如く、孤雁の群を失えるが如し、怯弱にして歪斜して倒れんと欲す。此の種の龍は多半是れ風吹水劫に遭い、凝結して穴を成す能わず。縦に穴形あるも、も是れ虚假。若しここに葬れば、子孫の孤苦貧寒・伶仃无依・疾病困弱を主す。

順龍者,星峰順出,枝腳順布,行度團聚之謂也。《入式歌》云“順是開掙向前往”。蓋其龍自離祖以來,尊卑有次,送從趨前,上下照應,左右環抱,有瞻戀之情,有照顧之意。如星拱北,如水朝東,而眷戀不忘也。此龍最貴,如融結成穴,主富貴綿遠,百子千孫,孝順和睦,多福多壽。

いわゆる「順龍」は、是れ星峰は方向に順いて出で・枝脚は次序に順いて布き・一路行走して団聚して散ぜざるの龍を指す。『入式歌』は説く「順龍は是れ開張して挣起し・一路向前」。此の種の龍は祖を離るる以来、尊卑に次序あり、送行随従の山は皆前方に趨り、上下は互相照応し、左右は彼此環抱し、瞻望依恋の情・彼此照顧の意を帯ぶ。衆星の北極に拱向するが如く、江河の東海に朝向するが如く、眷戀して離棄するを肯んぜず。此の種の龍は最も貴。若し凝結して穴を成せば、富貴は綿長久遠・子孫は百千・孝順和睦・多福多寿を主す。

逆龍者,星峰側立,枝腳逆趨,行度乖戾之謂也。《入式歌》曰“逆自望後去”,蓋其龍自離祖以來,高下不倫,忘前忽後,行度處橈棹不隨,入穴處龍虎不衛,如水之逆行,如鷁之退飛,而肆散背戾也。此穴最凶,縱有形穴,亦為不吉,主兇暴忤逆,盜寇軍配。亦有邊順邊逆者,子微云“一種半逆半順行,多為反戟禍不輕。長幼吉凶分左右,悖逆爺孃身受刑”是也。故逆龍切不可下。

いわゆる「逆龍」は、是れ星峰は側りて立ち・枝脚は方向に逆いて走り・一路行進して乖張背戾するの龍を指す。『入式歌』は説く「逆龍は是れ頭を回して後を望みて走る」。此の種の龍は祖を離るる以来、高低は倫次を成さず、前を顧みて後を忘る。行走する時は橈棹の砂はそれに随い走らず、穴に入る時は龍虎の二砂は来たりて護衛せず。水の倒流するが如く、鷁鳥の倒退して飛ぶが如し、一味に放散背離す。此の種の穴は最も凶。縦に穴形あるもまた不吉。子孫の凶暴忤逆・或いは盗寇を作し・或いは発配して軍に充てらるるを主す。もまた一辺順一辺逆のあり。張子微は言う。一種の半逆半順にして行くの龍あり、多半是れ反過りの戟の如し、禍を招くこと軽からず。長房幼房の吉凶は左右に按じて分かれ、父母に悖逆する人は自身は刑を受くるを要す。だから逆龍は千万不可葬すべからず。

進龍者,星辰迭次,枝腳均勻,行度有序之謂也。《入式歌》云“進是龍身節節高”。蓋其龍自離祖以來,辭樓下殿,精神俊異,起伏低昂,倫序不紊。自粗剝細,由老出嫩,如鳳覽德輝而下,如鴻戲水而飛,而進趨有漸也。此格最吉,如融結成穴,主文華弈世,富貴雙全,蟄蟄螽斯,滿門朱紫,發福悠長,進益不替。

いわゆる「進龍」は、是れ星峰は依次に迭起し・枝脚は均勻・一路行走して井然有序の龍を指す。『入式歌』は説く「進龍は是れ龍身の一節は一節に高く過ぐ」。此の種の龍は祖を離るる以来、楼殿を辞別して下り、精神は俊逸不凡、起伏高低は皆倫次ありて紊乱せず。粗より剥換して細に至り、老より転出して嫩を為す。鳳凰の徳ある光輝を見て飛下るが如く、鴻雁の水に戯れて飛起するが如し、一歩一歩漸次に前進す。此の一格は最も吉。若し凝結して穴を成せば、文采は世代相承・富と貴は兼備・子孫は衆多して螽斯の繁衍の如く・満門皆是れ朱衣紫綬の顕貴・発福悠久・日進して衰えずを主す。

退龍者,星辰失次,枝腳不倫,而行度退後之謂也。《入式歌》曰“退時漸消條”。蓋其龍自離祖以來,本無正氣,勉強行度,始小終大,龍低穴高,如人之踏碓,如船之上灘,而高下失等也。此格最凶,縱有形穴,亦為不吉,主一發即退,無多力量。

いわゆる「退龍」は、是れ星峰は次序を失い・枝脚は倫次を成さず・一路行走して却って節節に退後するの龍を指す。『入式歌』は説く「退龍は是れ愈々走るほど愈々消瘦細弱」。此の種の龍は祖を離るる以来、本来すなわち正気なく、ただ勉强して行進す。頭を起すは小・後来に到りて却って大、龍身は低くして穴位は高く、人の碓を踩む時の一頭起ち一頭落つるが如く、船の灘に逆いて上に拖るが如し。高低は応有の等次を失えり。此の一格は最も凶。縦に穴形あるもまた不吉。子孫の一たび発せばすなわち退き、多少の力量なきを主す。

福龍者,祖宗貴而從衛多也。其龍自離祖以來,護從稠密,前後相應。枝腳雖不大揚,而有倉有庫;星峰雖不卓拔,而不惡不粗。但無大擺布爾。如有福之人,上得前人之蔭,下得奴僕之供,而坐享安樂也。主發福悠遠,富貴康寧和義。

いわゆる「福龍」は、是れ祖山尊貴にして随従護衛の衆多なる龍。此の種の龍は祖を離るる以来、護従は稠密、前後は互相呼応す。枝脚は十分に張揚せざるといえども、却って倉砂庫砂あり。星峰は特別に高聳せざるといえども、却って粗悪ならず。ただ大開大合の擺布を缺少するのみ。それは好比は一個の福気ある人、上に祖先の蔭庇あり、下に奴僕の供養あり、安坐して清福を享く。発福悠遠・富貴の外にさらに康寧と和順を兼ぬるを主す。

病龍者,本體雖美,而有瑕疵者也。其龍自離祖以來,稟氣偏駁,美中不純。出身行度,起伏頓跌,變動活走,雖皆可觀,而枝腳邊有邊無,邊生邊死,邊美邊惡。或一畔周密,一畔陷缺;或一節活動,一節死硬;或一邊圓凈,一邊破碎;或星峰美惡不一;或四山送從不周。凡此之類,皆謂病也。雖有結作,而禍福相半,好中不足,美事不周。

いわゆる「病龍」は、是れ本身は美なるも却って瑕疵を帯ぶるの龍。此の種の龍は祖を離るる以来、禀受の気は偏雑不純、美中は総じて夾雑あり。それは起身行走し、起伏頓跌・変化霊動、看て样样可観。可なりしも枝脚は却って一辺あり一辺なし、一辺に生気あり一辺は死板、一辺は美一辺は悪。或いは一側は周密・一側は陷缺、或いは一節は霊活・一節は僵硬、或いは一辺は圓潤潔净・一辺は破碎、或いは星峰は美あり醜あり、或いは四面の送従の山は周全ならず。凡そ此の一類に属するは皆病と呼ぶ。それは能く地を結ぶといえども、却って禍福は各半、好の裏に不足あり、美事は総じて円満ならず。

又有一等病龍,離祖以來,星峰秀麗,過峽周密,枝腳橈棹,蓋送纏護,件件合法。只是龍身當緊要處,或經鑿斷,或以崩頹,或蛟龍沖壞,或取土取石,或開窟井,或當穴踏路成坑,破損穴相。或穴頂開造寨廟,傷損星頭。或前葬已多,而鑿損眞穴。或誤開陽基而掘墾破壞。凡此之類,皆傷氣脈,故曰病龍,亦曰傷龍、蛀龍、殘龍。如人斷腰折頸,破面損頭,無能再續之理。縱有諸般美處,皆為無益。若誤下之,主凶敗廢疾,少亡孤寡。

さらに一種の病龍あり、祖を離るる以来星峰は秀麗、峡を過ぐるは周密、枝脚橈棹・蓋送纏護は件件法に合す。ただ龍身は緊要の処に於いて損傷を受けたり。或いは人に鑿断せられ、或いは自行して崩塌し、或いは山洪蛟龍に冲壊せられ、或いは人に土を取り石を取られ、或いは窟井を開かれ、或いは穴前は人に路を踩み出されて坑と陷成り、穴の形相を破壊せり。或いは穴頂の上に寨堡廟宇を蓋い、星峰の頭を傷えり。或いは前人は已に葬ること太く多く、真穴を鑿損せり。或いは誤りて此地に於いて陽宅基址を開き、掘墾破壊せり。此一類は皆気脈を傷う。だから病龍と呼び、また傷龍・蛀龍・残龍とも呼ぶ。恰も人の腰を断ち・頸を折り・面を破り・頭を損じ、再接続するの道理なきが如し。縦に種種の美処あるもも皆益なし。若し誤りて此に葬れば、凶敗残疾・少年夭亡・孤児寡婦を主す。

刦龍者,龍身分擘多也。自離祖以來,無有正條,東牽西拽,左分右擘,嫡庻不明,旁正莫辨,眞氣分散,龍脈不聚,全無收拾。《明山論》云:“分枝擘脈,或反或走,或離或析,或欹或側,或尖或石,或高而枯槁,低而薄弱,皆名鬼刦。”凡龍以分擘多者為刦,少者為鬼,在前者主官事,在後者主疾患是也。此格最凶,縱有形穴,必不可下。主盜賊侵刦,疾病官災。若刦去而復回,作我用者,不以此格拘。

いわゆる「劫龍」は、是れ龍身の枝を分かち脈を劈くこと太く多きの龍。それは祖を離るる以来一条の正脈なく、東に牽き西に扯り、左に分かち右に劈き、嫡出庶出は分け清めず、旁龍正龍は辮明せず。真気は分散せられ、龍脈は聚まり攏まらず、全く収束なし。『明山論』は言う。枝を分かち脈を劈くの山は、或るものは反背し、或るものは走り開き、或るものは離散し、或るものは裂析し、或るものは歪斜し、或るものは側傾し、或るものは尖利し、或るものは石を帯び、或るものは高くして枯槁し、或るものは低くして薄弱。これらは皆「鬼劫」と呼ぶ。凡そ龍の分劈するや多きは劫と呼び、分劈するや少なきは鬼と呼ぶ。穴前に在るは官司詞訟を主り、穴後に在るは疾病を主す。此の一格は最も凶。縦に穴形あるもまた決して葬る可からず。盗賊劫掠・疾病官災に遭うを主す。若し是れ劫して去りし後また回転して来たりて我の用に為るは、すなわち此の一格の限制を受けず。

殺龍者,龍身帶殺而未經脫卸者也。自離祖以來,巉巖險壁,醜惡粗雄,露骨帶石,枝腳尖利,破碎欹斜,臃腫硬直。或全無跌斷過峽,或雖經脫卸,而惡形不改,觀之而毛骨悚,步之而心神驚。凡此之類,皆謂殺氣凶露,名曰殺龍,最為凶惡。若誤下之,主兇狠強梁,為嗜殺誅夷慘滅之應。

いわゆる「殺龍」は、是れ龍身は煞を帯びて而して脱卸を経過せざるの龍。それは祖を離るる以来、処処険岩峭壁・醜悪粗雄、骨石は外露し、枝脚は尖利、破碎歪斜・臃腫僵直。或いは一路完全に跌断過峡せず、或いは脱卸を経るも凶悪の形は依旧として改めず。看て人をして毛骨悚然たらしめ、走り上れば人をして心惊せしむ。凡そ此の一類に属するは、皆是れ煞気の凶露、名づけて殺龍と曰い、最も凶悪を為す。若し誤りて此に葬れば、子孫の凶狠強横を主り、嗜殺して誅せられ・家族は惨たり滅絶せられんの報応を招く。

龍の脈を出づる三格を論ず

凡龍之穿落纏變,皆有出脈,其格有三:曰中出、左出、右出。其融結力量大小輕重,皆於此決之。廖氏云:“穴後落脈要中出,中出方為吉。左出為輕右更輕,輕重此中生。”是眞偽美惡,禍福吉凶,皆胚胎於此,寔地學之關鍵,不可不察也。

凡そ龍の穿帳・落脈・纏護・伝変は、皆脈を出づる有るを要し、脈を出づるの格局は三種あり。中出・左出・右出。それの凝結して穴を成す時の力量の大小軽重は、全くここに由りて決定す。廖金精は言う。穴後の落脈は中間より出づるを要し、中出は才かに吉と算う。左出の力量はすなわち軽く、右出はさらに軽し。軽重はすなわちここより分かれ出づ。見る可し、真と偽・美と悪・禍と福・吉と凶は、皆ここに於いて孕育して形を成す。実在は是れ地理学の関鍵、細察せざる可からず。

以此為例,凡兩畔山形均勻者皆是,不論起頂降勢,或高或下。中出脈者,受穴之龍自離祖、出身、落脈及過峽、落穴等處,脈從中出,左右均勻,蟬翼仙帶,夾護齊整。或開帳貫中出脈,謂之穿心;或列屏臺蓋星,而脈從中落;或左右擺佈均勻,而脈從中發,皆謂之中出脈。若護山周密,不被風吹,則其融結必眞,力量必大,主鉅富顯貴。凡賢人君子,一切光明正大之士,皆中出脈所孕毓也。

これを以て例と為す。凡そ両側の山形の均勻なるは皆此一類に属す。それは頂を起すか勢を降すかを論ぜず、も高低を論ぜず。いわゆる「中出脈」は、是れ穴を受くる龍は祖を離れ・身を起し・脈を落しより峡を過ぎ・穴に落つるの各处に到るまで、脈は皆正中より出で、左右は均勻、「蝉翼」「仙帯」等の夾護の砂は斉斉整整。或るものは帳幕を開出して脈は帳心を貫穿して出づ。之を「穿心」と呼ぶ。或るものは屏・台・蓋等の星体を排出して脈は正中より落下す。或るものは左右は擺布均勻にして脈は正中より発出す。これらは皆中出脈と呼ぶ。若し護衛の山は周密・風吹を受けざれば、然らばそれの凝結は必定真実、力量は必定大、巨富顕貴を主す。凡そ賢人君子・一切の光明正大の人物は、皆是れ中出脈の孕育して出づる所。

左出脈者,龍之出身、發脈,及行度、過峽、入穴等處,脈從左畔而出。山之形勢,左少右多,兩畔不均。只是蟬翼、仙帶及外從皆照應周密,故前去亦有結作。若偏旁出脈,而從山不周,則無融結,不必追尋矣。

いわゆる「左出脈」は、是れ龍は起身・発脈および行走・過峡・入穴の各处に於いて、脈は皆左辺より出づ。山の形勢は是れ左辺少く右辺多く、両側は均からず。只因蝉翼・仙帯と外圍の随従の山は皆照応周密、だから前に往きてもまた能く地を結ぶ。若し是れ偏出の脈にして随従の山はまた周全ならざれば、あればすなわち凝結せざらん。去りて追尋するを必とせず。

右出脈者,龍之出身、發脈,及行度、過峽、入穴等處,脈從右落。山之形勢,右少左多,兩畔不均。只是蟬翼、仙帶及外從皆照應周密,故前去亦有結作。若偏旁出脈,而從山不周,則無融結,不必追尋矣。

いわゆる「右出脈」は、是れ龍は起身・発脈および行走・過峡・入穴の各处に於いて、脈は皆右辺より落下す。山の形勢は是れ右辺少く左辺多く、両側は均からず。只因蝉翼・仙帯と外圍の随従の山は皆照応周密、だから前に往きてもまた能く地を結ぶ。若し是れ偏出の脈にして随従の山はまた周全ならざれば、あればすなわち凝結せず、同じく去りて追尋するを必とせず。

凡脈之左右微有形跡,護脈出身者,名蟬翼,亦曰蟬翅。而旁送脈之砂高大而長,名曰仙帶,欲其均勻。以上出脈三格,中出為上,左出次之,右出又次之,左右全偏則無足取。但山龍變態不常,固有前中出而後偏者,亦有前偏出而後中者,又有交互中偏者,又有似偏而寔中者,必須詳辨,庶得其情性之眞。圖具下。

凡そ脈の左右に微微として些かの痕跡ありて・脈を護りて一同に起身するの砂は、之を「蝉翼」と呼び、また「蝉翅」とも呼ぶ。而して旁边に於いて脈を送り・また高大また長きの砂は、之を「仙帯」と呼ぶ。最も好しは左右均勻。以上の脈を出づる三格は、中出は上を為し、左出は之に次ぎ、右出はまた之に次ぐ。若し完全に左辺或いは右辺に偏在せば、すなわち取用するに値せず。不过山龍の変化は無常、本来すなわち前段は中出にして後段は偏出のあり、も前段は偏出にして後段は中出のあり、さらに中と偏の交替して出現するあり、さらに看て偏出の似る而して実は中出のあり。必ず仔細に分辮して、才かに能くその情性の真相を得ん。原書の此処に図を配すも、今ただ図題を存す。

此全是中出,至貴,主文章勲業榮顯,王侯極品。此先中出而後偏者,不吉。縱有形穴,小康而已。此先偏出而後中者,亦作次格,主小貴鉅富。此交互中出,亦主富貴,而心術不甚正矣。

以下に各図の図題を照録す。此一図は全く中出に属し、最も貴を為す。文章と勲業と皆栄耀顕達し、王侯の極品に致る可きを主す。此一図は是れ先ず中出して而して後に偏出する、不吉。縱然穴形あるも、不过是れ小康の家のみ。此一図は是れ先ず偏出して而して後に中出する、以て次一等の格局と算う可し。略有の官貴にして家資は巨富を主す。此一図は是れ中と偏の交互して出づる、もまた富貴を主す。ただ心術は太く端正ならず。

此交互偏出,一左一右,卻相承應,亦作吉格。此似偏出而實中者,不可誤作偏斜,主文章榮顯。此格似中出而實偏,然節節相稱,而脊脈屈曲均勻,亦作次吉。此亦中出之格,最為閃巧,然而亦作吉,主貴而不至極品。此則全偏,不能結地,只作奴僕砂。

此一図は是れ交互に偏出し、一左一右なれども却って前後は承接呼応し、もまた吉格と算う。此一図は看て偏出の似る而して其の実は中出。誤りて偏斜と当てる可からず。文章の栄顕を主す。此の一格は看て中出の似る而して其の実は偏出。但し節節相称、脊上の脈は屈曲均勻、もまた次一等の吉格と算う。此一図もまた中出の格に属し、最も閃巧霊動を為し、同じく吉と算う。顕貴を主すも却って極品に到らず。此一図は則ち完全に一辺に偏し、地を結ぶ能わず。ただ奴僕の砂を作す能うのみ。

龍の穴を受くる三等を論ず

凡龍之受穴,初落、中落、末落之外,又分三等。其力量輕重,亦有不同。所謂三等者,曰正受,曰分受,曰旁受也。正受之穴,力量極大,發福悠久;分受次之,旁受為下耳。此以力量大小品其優劣。但結作眞實,三者皆吉,不可以旁受力量之小而專一圖其正受之地。

凡そ龍の穴を受くるは、前面に講じ過ぎし初落・中落・末落の三種の落局を除くの外、さらに再び三等に分かつを要し、各等の力量軽重もまた相同じからず。いわゆる三等は、すなわち「正受」「分受」「旁受」。正受の穴は力量極大、発福は悠久。分受は次一等。旁受は則ち末に居す。これは単に力量大小に按じて以てそれらの優劣を評定する。しかしただ結作真実せば、此の三者は皆是れ吉地。旁受の力量小なるを因として、すなわち一味にただあの正受の大地を謀取せんと欲し、其余を一概に軽看する能わず。

明師下地,如大匠用木,大者為椽,細者為桷,槫櫨椳闑居楔,各當其宜,豈可以其為小材而棄之?卜氏云“大富大貴而大者受用,小福小吉而小者宜當”是也。大以成大,小以成小,良師豈可無善裁之術乎?

明師の地を点ずるは、好比は高明の木匠の木料を用うるが如し。粗大のは椽を做り、細小のは桷を做り、棟梁・斗栱・門臼・門橛・門枕・門楔は、各自は恰当の処に於いて用う。怎んぞそれは小材なるを以てすなわち棄丟せんや。卜応天の説く「大富大貴の地は大材に由りて去りて受用し、小福小吉の地は小材に由りて去りて承当す」、正にこの意。大なるは大なるを成就し、小なるは小なるを成就す。好の地師は怎んぞ善く裁度取用するの本事なからんや。

正受穴

正受者,龍勢迢迢,雖分牙布爪,萬嶺千山,皆為我用,千里百里,盡鍾於此。而特結正受之穴,其力量最大,其發富最久。《至寶經》云:“正龍專受,富貴長久。”

いわゆる「正受」は、是れ龍勢は迢迢として来たり、一路は牙爪の如き支脈を分出するといえども、千山万嶺は却って皆我の用に為る。千里百里の気脈は、全都此の一処に鍾聚す。ここに於いて特地に正受の穴を結出す。此の種の穴は力量最も大、発福は最も久し。『至宝経』は言う。正龍は専一に穴を受く。富貴は長久。

分受穴

分受穴者,正龍身上分出一枝,起星辰,有枝腳,過峽傳變,皆有護衛。自立門戶,自開堂局,以結形穴,不為他人作用神也。但非正枝,乃分落之龍融結者,故曰分受穴。力量隨龍長短,亦能發福,但不如正受之長遠耳。《至寶經》云:“掛龍分受,富貴難久。”

いわゆる「分受穴」は、是れ正龍の身上より分かれ出づるの一枝。それは自己に星峰を起し、自己に枝脚あり、峡を過ぎと伝変の処もまた皆山ありて来たりて護衛す。それは自ら門戸を立て・自ら堂局を開き、穴形を結出し、並びに去りて別人に替わりて「用神」を充当せず。只因それは是れあの条の正枝に非ず、而して是れ分落して下りし龍の凝結する所。だから分受穴と呼ぶ。それの力量は此の一枝の龍の長短に随いて定まる。同じく能く発福す。ただ正受の穴の如く長遠ならざるのみ。『至宝経』は言う。挂け出去る一枝の龍の如く分受して一個の穴、富貴はすなわち持久し難し。

旁受穴

旁受者,多是正龍旺盛,或於過峽處,或於枝腳橈棹間,或於纏送護托從龍之上,或龍虎餘氣、官鬼之所,帶有小穴。傍城借勢,或別立門戶,隨其大小,結為形穴。穴情明白,四面登對,亦能發越,但易成易敗,力量全輕。

いわゆる「旁受」は、多半是れ正龍の気勢旺盛、ここに於いて峡を過ぐるの処に於いて、或いは枝脚橈棹の間に於いて、或いは纏送護托の従龍の身上に於いて、或いは龍虎二砂の余気および「官」「鬼」の処に於いて、附帯して些小の穴を結出す。それらは大局に靠りて勢を借る。或るものは別に門戸を立て、各自の大小に随いて穴形を結成す。此の類の穴は穴情清楚、四面もまた対応あり、同じく能く発達す。ただ容易に成りまた容易に敗れ、力量は全然軽微。

子微《玉髓》云:“也有一龍生數穴,或輕或重故有訣。”楊公云:“千里來龍只一穴,正者為優旁者劣。”蔡西山云:“大凡一龍,不專一穴,本身隨帶,必有小穴。如大官宦必有從官,大衙府必有曹屬。第輕重大小不同耳。”此旁受穴之謂也。然此等小穴,發福極速。但正穴下後,奪其龍氣,必敗。訣云:“正龍未下旁龍發,下了正龍旁龍歇。”《捉脈賦》云:“眞穴未葬,雖邊傍而可發;正穴既下,盡氣脈以兼收。”此之謂也。

張子微の『玉髄経』は言う。もまた一条の龍は好几个の穴を生出するあり。軽重の別は自ら口訣ありて辮ず可し。楊筠松は言う。千里の来龍はただ一個の正穴を結ぶ。正のは優を為し、旁のは劣を為す。蔡西山は言う。大凡そ一条の龍は一個の穴のみならざらん。それの本身の随帯するは必定さらに小穴あり。好比は大官は必ず随従の属官あり、大衙門は必ず属曹あり。ただ軽重大小の同じからざるのみ。これらの講ずるは皆是れ旁受の穴。不过此の類の小穴は発福極めて快し。しかし一旦正穴葬り下されば、龍気を奪去し、それは必定敗落す。口訣は説く。正龍はなお未だ葬らざるは、旁龍は先に発す。正龍は一たび葬れば、旁龍はすなわち歇む。『捉脈賦』は言う。真穴はなお未だ安葬せざる時、たとい旁辺の穴なるもまた能く発す。正穴は一旦葬り下されば、気脈はすなわちそれに全部収去らる。説くは正にこの道理。

龍の入首五格を論ず

龍之入首,其格有五:曰橫,曰直,曰回,曰飛,曰潛是也。廖氏云:“直龍原是撞背來,中出貴徘徊;橫龍原是從側落,逆轉須磅礴;回龍原是曲翻身,顧祖要逡巡。飛龍原是結上聚,昂首眞奇異;潛龍原是落平洋,蔽脈自悠揚。”然此五格,特舉其入首一節言之。故直龍不必拘其後之屈曲,橫龍不必拘其後之不橫,學者毋以辭害意可也。

龍の入首の方式は五種の格局あり。横・直・回・飛・潜。廖金精は言う。直龍は本是れ背後より直撞して来たり、脈は正中より出づるは最も可貴。横龍は本是れ側面より落下し、勢に逆いて回転して気魄磅礴を顕するを要す。回龍は本是れ身を屈して翻転し、祖山を回顧する時は从容徘徊するを要す。飛龍は本是れ高処に於いて気を聚め穴を結び、頭を昂めて真正の奇异を顕す。潜龍は本是れ平洋に落ち、脈は隠蔽して見えずして気は自ら舒揚す。不过此の五格はただ入首のあの一節に就いて説く。だから直龍はそれの後面の龍身は屈曲するや否やを計較するを必とせず、横龍もまたそれの後面は横ならずや否やを計較するを必とせず。学ぶ者は字面に拘泥して本意を誤解する勿れ。

直龍者,乃撞背入首,頂對來脈而結穴者也。此等撞背龍結穴,發福極快,或稍逐元辰亦不為害。以其撞背直來,氣勢雄大,必有餘氣為氈為褥耳。橫龍者,乃橫脈入首而結穴者也。或從右來,或從左來,須要穴後有樂有鬼。廖氏云“橫龍穴後必要鬼,樂星宜後峙”是也。此穴不宜元辰直長。

いわゆる「直龍」は、是れ背後より直撞して入首し・穴頂は正しく来脈に対して穴を結ぶ。此の種の撞背龍の結ぶ穴は発福極めて快く、たとい穴前の元辰水は稍稍順流して去るもまた害を為さず。それは背を撞き直来し・気勢雄大を以て、穴前は必定余気ありて「毡」「褥」を鋪成して承接す。いわゆる「横龍」は、是れ脈は横にして入首して穴を結ぶ。或いは右辺より来たり、或いは左辺より来たり。必ず穴後に楽山あり・鬼砂あるを要す。廖金精の説く「横龍は穴後に必ず鬼砂あるを要し、楽星は応に後面に於いて峙立すべし」、正にこの意。此の種の穴は元辰水のまた直くまた長きに宜しからず。

飛龍者,乃上聚仰高而結穴者也。以其勢高而昂,故曰飛龍。須四應皆高,立聳上聚,仰勢受穴,方為眞結。此穴力量最大,貴重富輕,以其水多不聚故也。必交牙關鎖為吉。潛龍者,龍氣撒落平地而結穴者也。即所謂平受之脈,高一寸為山,低一寸為水。須要平地有凹,或開鉗口,水勢環繞,方為眞結也。

いわゆる「飛龍」は、是れ気は高処に聚まり・頭を仰ぎて上に向かいて穴を結ぶ。それの気勢高昂なるを以て、だから飛龍と呼ぶ。必ず四面呼応の山は皆高く、一斉に聳立して上に向かい気を聚め、穴は仰勢を取りて承受して、才かに真結と算う。此の種の穴は力量最も大、貴気は重くして富気は軽し。水は多半是れ聚攏する能わざるを以て。必ず水口に山ありて犬牙の如く交錯して関鎖して才かに吉。いわゆる「潜龍」は、是れ龍気は平地に撒落して穴を結ぶ。すなわち前面の説く「平受」の脈。高きこと一寸あればすなわち山と算え、低きこと一寸下ればすなわち水と算う。必ず平地の上に凹陷あり、或いは鉗口を開出し、水勢は環繞して、才かに真結と算う。

回龍者,乃翻身顧祖而結穴者也。《經》云“宛轉回龍似掛鉤,未作穴時先作朝。朝山皆是宗與祖,不拘十里遠迢迢”是也。然亦有大回龍、小回龍及盤龍穴等格,皆是也。以上入首五格,出《洩天機》,固為精當。但龍有藏蹤隱跡,入首閃側而出於五格之外者,今增閃龍入首一格,庶極其微妙雲。

いわゆる「回龍」は、是れ身子を翻転して祖山を回顧して穴を結ぶ。『龍経』は言う。宛転の回龍は一只の挂钩の如く、未だ穴を作さざる以前に先ず朝を做成せり。朝山は原来すなわち自家の祖宗の山。相隔すること十里とも更に遠しとを管せず。説くは正に此の種。此の外さらに大回龍・小回龍および盤龍穴等の格あり、皆回龍の一類に属す。以上の入首五格は『泄天機』より出づ。本来已に甚だ精当。ただ龍もまた蹤跡を蔵起し・入首の時に側閃して出去りて此の五格の外を超出するあり。だから現在増補して一格の「閃龍入首」、好んでその中の微妙を講じ尽さんとす。

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