附録・宋山陵議狀 朱夫子
臣熹竊惟:至尊壽皇聖帝,聖德神功,覆冒寰宇,深仁厚澤,浸潤生民。厭世上賓,率土哀慕。宜得吉土以奉衣冠之藏,垂裕後昆,永年無極。而山陵之卜,累月於茲,議論紛紜,訖無定說。
臣朱熹は私に想到す。至尊の壽皇聖帝は、聖德神功は天下を覆蓋し、深厚の仁澤は生民に浸潤す。如今人間世を厭棄し、登遐して上賓と成る。普天の下は哀思仰慕せざる無し。理應一塊の吉地を求めて、用いて衣冠の埋藏を奉安し、後代の為めに福蔭を遺し、綿延して窮盡無からしめん。然れども山陵の卜擇は好個月を拖し、議論は紛紛、今に至って定論無し。
臣嘗竊究其所以,皆緣專信臺史,而不廣求術士,必取國音坐丙相壬之穴,而不博訪名山,是以粗略苟簡,唯欲祔於紹興諸陵之旁,不惟未必得其形勝之善。若其穴中水泉之害,地面浮淺之虞,偪仄傷破之餘,驚動諸陵之慮,雖明知亦不暇顧,群臣議者,又多不習此術,所以不能堅決剖判,致煩明詔,博訪在廷,臣寔痛之,其敢無辭以對?
臣は曾て私にその中の緣由を推究せり。皆專ら太史局の意見を聽信して、廣く術士を訪求せざるが故なり。必ず「國音」に合する坐丙向壬の穴を選取せんと要して、遍く名山を訪せず。故に做ること粗略苟且にして、只だ壽皇を紹興諸陵の旁邊に祔葬せんと欲す。此の如しは不但未だ必ずしも形勢の勝を得る能わず。穴中の水泉の禍害・地面の浮淺なる隱憂・地方の逼仄傷破の弊病・諸陵を驚動する顧慮に至っては、明知しても顧るに及ばず。而して參議の群臣も又多半此の術數を熟悉せず。故に堅く剖判する能わず、以致聖上を煩勞して詔を下し、在朝の臣に向って廣く徵詢せしむ。臣は實に痛心す。怎んぞ敢えて言を以て對えざらんや。
葢臣聞之,葬之為言藏也,所以藏其祖考之遺體也。以子孫而藏其祖考之遺體,則必致其謹重誠敬之心,以為安固久遠之計。使其形體全而神靈得安,則其子孫盛而祭祀不絕,此自然之理也。是以古人之葬,必擇其地而卜筮以決之。不吉,則更擇而再卜焉。
臣は聞く。「葬」の此の字の意思は便ち「藏」なり。祖先父母の遺留する形體を藏好せんと要するなり。子孫を做るは既に祖先の遺體を藏せんと要すれば、必ずその謹愼鄭重・誠懇恭敬の心を盡し、長久安固の打算を作らん。遺體をして保全せしめて神靈をして安寧を得しめば、則ち子孫は昌盛して祭祀は斷絶せず。此れは自然の理なり。故に古人の下葬は、必ず先ず地を擇し、再び卜筮を用いて決斷す。若し卜して吉を得ざれば、便ち別に一處を擇して再び卜し、絶に將就して了事するを肯んぜず。此れは葬事の根本、亦是下文の一切の議論の依據する所の道理なり。
近世以來,卜筮之法雖廢,而擇地之說猶存。士庶稍有財力之家,欲葬其先者,無不廣招術士,博訪名山,參互比較,擇其善之尤者,然後用之。其或擇之不精,地之不吉,則必有水泉、螻蟻、地風之屬以賊其內,使其形神不安,而子孫亦有死亡絕滅之憂,甚可畏也。
近世以來、卜卜筮の法は雖も廢棄せるも、地を擇るの講究は還お保留せり。士人百姓の中の稍有財力の人家は、先人を安葬せんと要するに、廣く術士を招き、遍く名山を訪ね、反復參照比較して、その中の最好の一處を選出して然る後にこそ用うる無し。倘若擇して精ならずして地又不吉ならば、則ち必定に水泉・螻蟻・地風の類ありて其の中に在りて遺體を侵害し、形體と神靈とをして安寧を得ざらしめ、子孫も亦死亡絶滅の憂あらん。實に可怕なり。此れは虚説に非ず。凡そ舊壙を開過した人は皆親眼に見る所なり。
其或雖得吉地,而葬之不厚,藏之不深,則兵戈亂離之際,無不遭罹發拙暴露之變,此又其所當慮之大者也。至於穿鑿已多之處,地氣已洩,雖有吉地,亦有全力。而祖瑩之側,數興土工,以致驚動,亦能挻災。此維術家之說,然亦不為無理。以此而論,則今日明詔之所詢者,其得失大概已可見矣。
又或者雖も吉地を得たりと雖も、下葬は厚實たらず、埋藏は深からざれば、則ち一旦兵戈喪亂に遇うや、發掘暴露の變に遭わざる無し。此れ又最も顧慮すべき大事なり。開鑿已に多きの地方に至っては、地氣は早已外泄し、即使原は吉地なりとも、亦その力量を保全し難し。而して祖墳の旁邊に屢々土を動かし、以致先先靈を驚動するも、同じく災禍を招來する能わり。これらは雖も只だ術家の説法なれど、卻っても道理無きに非ず。これに據って論ずれば、今天の聖詔の徵詢する所の事、その中の得失は大概已に看淸すべし。
若夫臺史之說,謬妄多端。以理而言,則記有之曰:“死者北首,生者南面,皆從其朔。”又曰:“葬於北方北首”,三代之達禮也。即是古之葬者,必坐北而向南,蓋南陽而北陰,孝子之心,不忍死其親,故雖葬之於墓,猶欲其負陰而抱陽也。豈有坐南向北,反背陽而向陰之理乎?
太史局の説法に至っては、荒謬虚妄の處甚だ多し。道理に就いて言えば、《禮記》の上に説く。「死者は頭を北に朝し、生者は面を南に朝す。皆是各々その本に依るなり」。又説く。「葬は北方に在り、頭は北に朝す」。此れは夏・商・周三代の通行の禮なり。見るべし、古人の下葬は、一定是北に坐して南に朝す。南は陽に屬して北は陰に屬するを以て、孝子の心は親人を死者と看待するに忍ばず。故に雖も墓中に葬るとも、仍然それをして陰に背靠して陽を懷抱せしめん。何ぞ南に坐して北に朝し、反って陽に背いて陰に面向するの道理あらんや。
若以術言,則凡擇地者,必先論其主勢之強弱,風氣之聚散,水土之淺深,穴道之偏正,力量之全否,然後可以較其地之美惡。政使寔有國音之說,亦必先此五者以得形勝之地,然後其術可得而推。今乃全不論此,而直信其庸妄之偏說,但以五音盡類群姓,而謂冢宅向背,各有所宜,乃不經之甚者,不惟先儒已力辨之,而近世民間亦多不用。
若し術法に就いて言えば、凡そ地を擇る人は、必定先ず主山氣勢の強弱・風氣の聚散・水土の深淺・穴位の偏正・力量の完備の可否を論じて、然る後にこそ此の地方の好壞を比較する能くせん。即使真に「國音」の此の一説ありとも、亦必ず先ず以上の五項を具備して形勝の地を得て、然る後にこそ那套の術法は推演を談ずるに足らん。如今は竟も全くこれらを講ぜずして、径直にあの種の庸妄偏頗の説法を聽信し、只だ宮・商・角・徵・羽の五音を用いて天下の姓氏を統統歸類して、便ち墳墓宅第の坐向は各々宜しき所有りと説く。此れは最も正理に合わざるなり。不但先儒は已に極力駁斥し過ぐ、近世民間も亦大多用いず。
今乃以為宗祖以來世守此法,順之則吉,逆之則凶,則姑亦不問其理之如何,且以其事質之,則其謬不攻而自破矣。蓋自永安遷奉以來,已遵用此法,而九世之間,國統再續。靖康之變,宗社為墟。高宗中興,匹馬南渡。壽皇復自旁支入繼大統。至於思陵,亦用此法,而壽皇倦勤之後,旋即升遐。太上違豫日久,以致遜位。赤山亦用此法,而莊之魏邸相繼薨謝。
如今は卻って言う。此れは宗祖以來世代遵守の法度にして、それに順えば便ち吉、それに違えば便ち凶と。則ち姑く其の道理が究竟如何なるかを問わず、只だ事實を拿って對證すれば、その荒謬は便ち攻めずして自から破る。永安に遷奉して以來已に此の法を遵用せるも、九世の間に國統は兩度中斷す。靖康の變、宗廟社稷は廢墟と化す。高宗の中興、只だ單騎南渡に落着す。壽皇も又是旁支より大統に入繼す。思陵に至っても亦此の法を用いしも、壽皇は政事に倦むの後隨りて駕崩す。太上皇は久病して愈えず、以致位を讓る。赤山も亦此の法を用いしも、莊文太子と魏王府邸とは相繼ぎて薨逝す。これら皆是本朝の親歷する事、遠く古證を引くを用いず。
若曰吉凶由人,不在於地,不有所廢,其何以興也?則國音之說,自為無用之談,從之未必為福,不從未必為禍矣,何為信之若是其篤,而守之若是其嚴哉!若曰其法果驗,不可改易,則洛越諸陵無不坐南而向北,固已合於國音矣,又何吉之少而凶之多耶?臺史之言,進退無據,類皆如此。試加詰問,使之置對,必無辭以自解矣。
若し言わば吉凶は人に取決し地に在らずとせば、則ち舊法を廢せずして怎んぞ興革を談ずるに足らんや。見るべし、「國音」の説は本是無用の空談にして、それに依從しても未だ必ずしも福を得ず、それに依從せずしても亦未だ必ずしも禍を招かず。何の為めに信じて此の如く篤く、守りて此の如く嚴なるか。若し言わば此の套の法子は確實靈驗にして更改すべからずとせば、則ち洛陽・紹興の諸陵は一座も南に坐して北に朝せざる無し。本已完全に國音に合するに、何の為めに反って吉少なく凶多きか。太史局の言論は、進めば無據・退けば無據、大都是此の如し。試しに詰問を加え、それらをして當面答對せしめば、必定に話なくして自ら解く可からず。
若以地言,則紹興諸陵,臣所未覩,不敢輕議。然趙彥逾固謂舊定神穴,土肉淺薄,開深五尺,下有水石,難以安建矣。而荊大聲者,乃謂新定東頭之穴,比之先定神穴高一尺一寸五分,開深九尺,即無水石。臣嘗詳考二人之言,反覆計度。新穴比之舊穴,只高一尺一寸五分,則是新穴開至六尺一寸五分,則與舊穴五尺之下有水石處高低齊等,如何卻可開至九尺,而其下二尺八寸五分無水石耶?
若し地形に就いて言えば、紹興諸陵は臣は親眼に見たこと無く、敢えて輕率に議論せず。然れども趙彦逾は明明に言う。舊定の神穴は土層淺薄にして、五尺深に挖き到れば、下面に水と石頭あり、安葬し難しと。而して荆大聲は卻って言う。新定の東頭の穴位は、先定の神穴より高さ一尺一寸五分、九尺深に挖き到っても水石無しと。臣は曾て詳細に兩人の話を考核し、反復計算せり。新穴は舊穴より只だ高さ一尺一寸五分なれば、則ち新穴を六尺一寸五分に挖き到れば、舊穴の五尺以下の水石あるの處と高低相齊しき。怎んぞ反って九尺に挖き到る可くして、その下の二尺八寸五分が竟も水石無からんや。此れは尺寸の上に根本講りて通ぜず。兩説の間には必ず一説は妄語なり。
且大聲既知有此無水吉穴,當時便當指定,何故卻定土肉淺薄,下有水石之處以為神穴,直至今日,前說漏露,無地可葬,然後乃言之耶?其反覆謬妄,小人常態,雖若不足深責,然其奸心,乃欲奉壽皇梓宮置之水中而略不顧忌,則其罔上迷國、大逆無道之罪,不容誅矣。
況んや荆大聲は既に此の如き一處の無水の吉穴あるを知るや、當時便ち指定して出すべかりしに、何の為めに反って土層淺薄・下に水石ある地方を神穴と定作し、一直に今日に拖し至りて、前面の説法は敗露し、葬るべき地無くして、然る後にこそ講りて出すや。彼が此の如く反復荒謬するは、本是小人の常態にして、似て深く責るに値せざるに似たり。然れども彼の奸心は竟も壽皇の梓宮を水中に奉置して毫も顧忌せざるに在り。則ち彼の君上を欺瞞し、國家を迷誤し、大逆無道の罪は、誅せざるを容れざるなり。
脫使其言別有曲折,然一坂之地,其廣幾何?而昭慈聖皇、皇后已用之矣,高宗一帝一後、徽宗一帝二後又用之矣,計其地氣,已發洩而無餘,行園、巡路、下宮之屬,又已迫狹之甚,不可移減。今但就其空處,即以為穴,東西趲那,或遠或近,初無定論。
即便彼の話は別に別の曲折ありとも、然れども一片の山坡の地は能有幾多大ぞや。昭慈聖皇太后は已に用過し、高宗一帝一后・徽宗一帝二后も又用過し。算するにその地氣は、早已發泄淨盡して再び余蘊無し。況んや行園・巡路・下宮のこれらの施設は又已に逼仄極點に至り、更に挪減する能わず。如今只だ空處に就いて随手的に穴位と當做し、東に挪り西に移し、或遠或近、根本に一定の論無し。此の做法は「定穴」の二字と全く相干せず。
蓋定穴之法,譬如針灸,自有一定之穴,而不可有毫釐之差。使醫者之施砭艾,皆如今日臺史之定宅兆,則攻一穴而偏身皆創矣,又安能得其穴道之正乎?若果此外別無可求,則亦無可奈何。而今兩浙數州,皆為近甸,三二百里,豈無一處可備選擇,而獨遷就偪仄於此數步之間耶?政使必欲求得離山坐南向北之地,亦當先泛求壯厚高平可葬之處,然後擇其合於此法者。況其謬妄不經之說,初不足信耶!
定穴の方法は、針灸に比喩すべし。本是自から一箇の確定の穴位あり、毫釐の差を容れず。假使醫生の砭石艾灸を施用するが皆今天太史局の墓地を定める如く随便ならば、則ち一穴を攻めて遍身是傷と為らん、又怎んぞ穴道の正を取得する能くせんや。若し果たして此の外別に求む可き無からば、那も無可奈何なり。然れども如今兩浙の數州は皆京畿近地に屬し、方圓二三百里、豈に選擇に供する一處無からんや。偏に遷就して逼擠して此の幾步の間に在らんや。即便一定に離山に坐して南に朝する地を求得せんと要すとも、亦當に先ず廣く壯厚高平にして安葬すべき地方を尋求して、然る後に中より此の法に合するを挑出すべし。先ず地の真を求め、再び法の合を論ず。此の次第は斷に顛倒すべからず。況んや那套の荒謬不經の説法は、本來便ち信ずるに値せざるなり。
臣自南來,經由嚴州富陽縣,見其江山之勝,雄偉非常。蓋富陽乃孫氏所起之處,而嚴州乃高宗受命之邦也。說者又言臨安縣乃錢氏故鄉,山川形勝,寬平邃密,而臣未之見也。凡此數處,臣雖未敢斷其適然可用,然以臣之所已見聞者,逆推其未見未聞,安知其不更有佳處萬萬於此而灼然可用者乎?但今偏信臺史之言,固執紹興之說而不肯求耳。
臣は南方より來り、嚴州富陽縣に路過して、那里の江山の形勝の雄偉非常なるを見る。富陽は孫呉の發迹する地方、嚴州は則ち高宗の受命する邦土なり。又人言うあるは、臨安縣は錢氏の故鄕、山川の形勝は寬平にして深邃、此の一處は臣は還だ見たこと無し。以上の此の幾處は、臣は雖も敢えて斷じて便ち合用と為さざるも、然れども臣の已に見聞するを拿ってあの未見未聞を推想せば、怎んぞ別にこれらより好きこと萬倍して顯然用う可き地方あらざるを知らんや。只だ如今は偏に太史局の話を信じて、紹興の一説を固執して肯えて訪求せざる而已。臣の敢えて此の番の話を陳する所以は、正に地は求む可からずと非ざるにして、人の肯えて求むる無きなり。
若欲求之,則臣竊見近年地理之學,出於江西、福建者為尤盛。政使未必皆精,然亦豈無一人粗知梗概大略乎?穩優於一二臺史者。慾望聖明深察此理,斥去荊大聲置之於法。即日行下兩浙帥臣監司,疾速搜訪,量支路費。多差人兵轎馬,催遣赴闕,令於近甸廣行相視,得五七處,然後遣官按行,命使覆按。
若し訪求せんと要せば、臣は私に近年の地理の學を見るに、江西・福建の兩地より出ずるは最も興盛なり。即使未だ必ずしも人人精通せざるとも、豈に一箇も粗く大概を知る人無からんや。總に穩當に勝るあの一兩個の太史に。懇望するに聖明は此の理を深察し、荆大聲を斥退して、法に依って罪を治めん。即日に行文して兩浙の帥臣・監司に、火速に搜訪せしめ、酌量して路費を支給し、多く人夫兵卒・轎馬を派し、それらを催促して京に赴かしめ、それらに京畿の一帶に廣く相看せしめ、五處を七處に選出して、然る後に官員を派して按行査勘せしめ、再び使臣を命じて覆核せしめん。これら皆是當下便ち辦りて得る事なり。
不拘官品,但取通曉地理之人,參互考訂,擇一最吉之處,以奉壽皇神靈萬世之安。雖已迫近七月之期,然事大禮重,不容苟簡。其孫逢吉所謂“稍寬日月,別求吉兆為上。”此十一字者,寔為至論。惟陛下采而用之,庶幾有以稍慰天下臣子之心,為國家祈天永命之助。
官品の高低に拘泥する要せず、只だ地理を通曉する人を取り、彼此參照考訂して、一處の最吉の地方を選定して、用いて壽皇神靈の萬世の安寧を奉安せん。雖も七月の期限に離れて近しと雖も、然れども事情重大・禮制隆重、苟且に從簡するを容れず。孫逢吉の言う所の「稍く日月を寬くし、別に吉兆を求めるを上と為す」の此の十一箇字は、實に至當の論なり。惟願わくは陛下采納施行して、或は以て略々天下臣子の心を慰藉する可く、亦是國家の為めに天命の長久を祈求する一助ならん。
臣本儒生,不曉術數,非敢妄以淫巫瞽史之言眩惑聖聰,自速譏誚。蓋誠不忍以壽皇聖體之重,委之水泉沙礫之中,殘破浮淺之地,是以痛憤激切,一一為陛下言之。譬如鄉鄰親舊之間,有以此等大事商量,吾乃明知其事之利害必至於此,而不盡情以告之,人必以為不忠不信之人。而況臣子之於君父,又安忍有所顧忌而默默無言哉!惟陛下詔賜省察,斷然行之,則天下萬世不勝幸甚。謹錄奏聞,伏候勅旨。
臣は本是儒生、術數を懂らず、並びに敢えて淫巫瞽史の言語を用いて聖聽を迷惑し、自から譏議を招くに非ず。實に壽皇の此の如く貴重の聖體を、水泉沙礫の中・殘破浮淺の地に交付するに忍心ざれば、故に痛憤激切して、一一に陛下に陳説す。譬えば鄕隣親舊の間に人ありて此の等の大事を拿って商量するに、我は明に此の事の利害が必ずあの地步に到るを知りて、卻って實情をそれに告げるを肯んぜざれば、人家は一定に我を以て不忠不信の人と認めん。況んや臣子の君父に於けるは、又怎んぞ顧忌あるを得て默默として言無からんや。臣の爭する所は並びに術法の高下に非ずして、人子の送終の應盡する一片の誠心なり。若し嫌を避くるに因って緘口せば、こそ真に君父を辜負するなり。惟願わくは陛下下詔省察して、斷然施行せば、即ち天下萬世の大幸ならん。謹んで此に録奏し、伏して敕旨を候す。
按:《宋山陵議狀》,朱子蓋深惡夫當時臺史偏執姓音以拘山向,謂宋國趙姓,音屬角,必用坐丙向壬之穴為吉,遂致有宋洛、越諸陵無不坐南向北。又欲苟簡以祔壽皇於紹興祖靈之旁,並其穴中水泉之害、地面浮淺之虞、偪仄傷破之餘、驚動諸陵之慮,皆不之顧。此其迷謬已極。
按:此の篇の《宋山陵議狀》は、朱子は實に當時の太史局の「姓音」を偏執して以て山向を拘限するを深惡す。それらの説くは宋國の國姓は趙、音は角に屬す。必定に坐丙向壬の穴を用いてこそ吉なりと。ここに於て宋代の洛陽・紹興諸陵は一座も南に坐して北に朝せざるを造成せざる無し。それらは又想して苟簡に壽皇を紹興の祖陵の旁邊に祔葬せんと欲す。穴中の水泉の禍害・地面浮淺の隱憂・地方逼仄傷破の弊病・諸陵を驚動する顧慮に至っては、一概に理會を加えず。此の迷謬は已に極點に到る。
文公目擊其非,故直陳辨議,以救臺史之失,剴切如此。後世不察所言本旨,概以羅經方向為非,藉口朱子所辟妄世葬法,俾洛河陰陽之源,理氣乘生之妙,晦塞無傳,徒泥形勢粗跡一偏,以誤人子。茲故附錄議狀,俾知所察雲。
朱文公は親眼に此の錯誤を見たれば、故に直に辨議を陳述して、以て太史局の過失を補救せん。言辭の懇切なる此の地步に至る。後世の人は彼の立言の本旨を體察せず、一概に以て羅經の方向は皆是錯と為し、借口して朱子は曾て世俗妄傳の葬法を闢斥せりとせば、遂に河圖洛書陰陽の本源・理氣乘生の妙用をして晦塞して傳えざらしめ、只だ形勢の粗迹の一偏の見を死摳して、因而人子を貽誤す。故に此處に彼の議狀を附録して、好く讀者をして如何に體察すべきかを知らしめん。
補義或問:據朱子議狀,則凡風水向北者卒不可用乎?曰:非此之謂也。朱子特辨拘姓音坐向之謬,故言此以解其惑耳。其寔風水之法,只要結穴眞,初不拘於向南向北也。餘兄弟歷覽四方名地,向北者不可枚舉。姑就是編收圖可證者,如鉛山費狀元祖地,坐丙向壬;華容劉尚書祖地,坐丁向癸;永康徐侍郎祖地,坐巳向亥;徐國公始祖地,坐午向子。
補義:人問う有り。朱子の議狀に依れば、則ち凡そ風水の北に朝するは一概に用う可からざるか。答う。此の意思に非ず。朱子は只だ姓音に拘泥して坐向を定めるの荒謬を辨明して、故に此の番の話を説いて以て人の惑を解く而已。其實風水の法は、只だ結穴が真ならば、本來並びに南に朝するか北に朝するかに拘向せず。我ら兄弟は四方の名地を遍覽するに、北に朝するは多く數えて盡さず。便ち本書の圖形を收めて印證すべきを拿って言えば、鉛山費狀元の祖地は坐丙向壬、華容劉尚書の祖地は坐丁向癸、永康徐侍郎の祖地は坐巳向亥、徐國公の始祖地は坐午向子。これら皆是名ありて稽え、圖ありて對すべし。
及晉江蔡虛齋、杭州茅狀元、江山趙中丞,及運城袁氏、台州侯氏諸祖,皆名地而向北,足為征也。大約龍穴眞,雖向北不害其吉;龍穴如假,雖向南無不為凶。若謂朱子必執向南為拘,其與拘姓音者何異?又烏足為朱子!
此の外に像るに晉江蔡虚齋・杭州茅狀元・江山趙中丞、および運城袁氏・台州侯氏の諸家の祖墳は、皆是名地にして坐向は北に朝し、足りて證と為すべし。大體に言えば、龍と穴と真ならば、北に向かうも亦その吉を妨害せず。龍と穴と假ならば、南に向かうも亦凶ならざる無し。若し言わば朱子は一定に南に向かうを執定して拘泥と為すとせば、那は姓音に拘泥する人と何ぞ兩樣あらんや。那は又怎んぞ朱子の本意と稱するに配せんや。
重刊人子須知資孝地理心學統宗卷七下之三
江右山人徐善繼述同著。此後陰陽妙用,凡五卷。
本卷の題署は「江右山人徐善繼・徐善述同着」。江右は即ち江西、二徐は明代の江西德興の人で、兄弟合撰して此の書を成したり。此處に全書の體例を交代す。此の卷より往下共に五卷は、專ら「陰陽妙用」を講ず。即ち龍・穴・砂・水の形勢の已に辨明せるの後、如何にして羅盤二十四位の干支陰陽を用いて吉凶を判定し、坐向を定め、砂を消し水を納するかの一整套の法度なり。
二十四龍の主る所の吉凶
壬龍陰權主之,主驟富貴,一二代而止。主僧道、技藝,有浮靡,少溫良,乏人丁,多水厄,福力微,運祚促。子龍陽光主之,主富貴有武略。主賊將悍卒,多驕惰,無忠節,子嗣寡,運祚促。癸龍陰光主之,主驟富貴,一二代而止。主榮顯饒財,少忠貞,多詭詐,人丁寡,運祚促。
羅盤を用いて入首の一節の來龍がどの一箇の字の上に落ちるかを格定すれば、便ち此の一房の日後の大勢を推斷す。 「壬」の字の上に落ちる龍は、天星の「陰權」に主管され、葬後は往往にして驟然に富貴を發すれども、只だ一兩代を旺して便ち停住す。此の一路は多く僧人道士と手藝を靠って飯を喰う人とを出し、家風は浮華にして、温厚良善の輩少く、人丁繁えず、又常に水患に遭い、福力は單薄、氣運は短促なり。「子」の字の上に落ちる龍は、「陽光」星に主管され、富貴にして武略を帶ぶを主るも、亦悍將凶卒を出し易く、子弟は驕縱懶惰にして、忠義氣節を缺き、子嗣は稀少、運數は長からず。「癸」の字の上に落ちる龍は、「陰光」星に主管され、同じく驟發の富貴にして一兩代を過ぎずして便ち止む。家中は雖も顯榮多財なれど、忠貞少なく詭詐多く、人丁單薄、氣運促迫す。
丑龍牛金主之,主左道、財祿、大富大禍,少忠良,多奸詭,有邪淫,有孤寡,遭惡死,乏人丁。艮龍陽樞主之,主極貴、鉅富、高壽、文武將相、聰明俊雅、豐厚魁偉、美髯髭、忠良正直。下格亦主旺人饒財,小貴。
入首して「丑」の字の上に落ちる龍は、「牛金」星に主管され、旁門左道を走って財祿を得易し。大富と大禍と幷存の一路にして、家中は忠良少なく奸詐多く、邪淫の事あり、孤兒寡婦あり、横死の人を出すを會し、人丁旺ならず。入首して「艮」の字の上に落ちる龍は、「陽樞」星に主管され、二十四龍の中最も上等の一格なり。極貴・巨富・高壽を主り、文武將相を出し、人物は聰明俊秀・體格豐厚魁偉・須髯美好・忠良正直なり。即使龍格高からずして下等格局に屬するも、仍ほ人丁を旺し、財貨多くして、小貴を得る。
寅龍天棓主之,主不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,亦發小福,多痼疾,短運祚。甲龍陰機主之,主不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,主一二代富貴,多痼疾、瘋跛,後嗣微,運祚促。卯龍陽衡主之,主威武膽略,忠勇剛毅,主富貴將相之識。多修長魁偉之士。下格亦主豪霸,旺人饒財。
入首して「寅」の字の上に落ちる龍は、「天棓」星に主管され、本身は不吉を主る。只だ龍格の貴重・穴場の端正・下葬の又吉日良時を選得するの情况に在りて、こそ一点の小福を發する能くするも、家中は仍ほ久治不愈の痼疾多く、氣運長からず。入首して「甲」の字の上に落ちる龍は、「陰機」星に主管され、亦不吉を主る。若し龍格貴く穴位吉し、葬期又合宜ならば、富貴を一兩代する能くするも、痼疾と瘸腿殘疾の人と多く、後代は稀少、氣運促迫す。入首して「卯」の字の上に落ちる龍は、「陽衡」星に主管され、威武にして膽略あるを主り、人と為りて忠勇剛毅、富貴將相一流の見識器局を出す能くし、子弟は多く身材修長魁偉なり。即使龍格下に偏するも、亦一方の豪強を主り、人丁興旺・財貨豐足なり。
乙龍天官主之,主不祥。若格貴穴吉,亦主一發,多庶子、螟蛉、贅婿。辰龍天罡主之,主大不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,局完水吉,亦主一二代富貴,一敗如灰。多兇狠、夭亡、孤寡、惡死、癆瘵、兵火、軍賊、絕滅、抄拈。巽龍陽璇主之,主榮貴聰明,科甲文章。中格亦旺人饒財,女貴。
入首して「乙」の字の上に落ちる龍は、「天官」星に主管され、不吉を主る。縱使龍格貴く穴場吉するも、不過一度發するに過ぎず、且つ家を傳えて多く庶出の子・抱養の義子あるいは入贅の女婿に靠る。入首して「辰」の字の上に落ちる龍は、「天罡」星に主管され、大不吉を主る。即便龍格貴く・穴位吉し・葬期合宜・明堂完固・來去水又合法なりとも、亦只能富貴を一兩代し、一旦敗落すれば便ち灰燼の如く徹底す。家中は凶狠の徒・夭折早亡・孤兒寡婦・横死・癆病多く、還お兵火・軍賊・滅門・抄沒の禍に遭う。入首して「巽」の字の上に落ちる龍は、「陽璇」星に主管され、榮顯尊貴・天資聰明を主り、科擧に中り文章を擅すること能くし。就算只だ中等格局なるも、亦人丁を旺し、財貨多くして、且つ女眷の貴顯を主る。
巳龍天屏主之,主中富,小貴,旺人,多淫佚浮靡。丙龍陰樞主之,主貴祿榮顯,富貴忠良。下格亦主旺人饒財,多田產貲貨,良善文雅。午龍陽權主之,若格貴穴吉,葬善時宜,主文武兼備,大富極貴,易發易敗。多離鄉客死,有回祿橫亡,善浮靡,寡檏直,後祚微,氣運促。
入首して「巳」の字の上に落ちる龍は、「天屛」星に主管され、中等の家資・小小の官貴を主り、人丁は興旺すれども、子弟は多く貪淫逸樂・習氣浮華なり。入首して「丙」の字の上に落ちる龍は、「陰樞」星に主管され、官爵俸祿・榮耀顯達を主り、富貴にして兼ねて忠良なり。即使下等格局に屬するも、亦人丁を旺し、財貨多く、田産資財は豐厚、家風は善良文雅なり。入首して「午」の字の上に落ちる龍は、「陽權」星に主管され、若し龍格貴重・穴場端吉・葬期合宜ならば、文武兼備・大富極貴する能くするも、發ること快ければ敗るるも亦快く、家人は多く他郷に客死し、火災と横死の事あり、習氣浮華にして、質朴正直の人少なく、後代の福分は單薄、氣運短促なり。
丁龍南極主之,主高壽,富貴榮顯,神仙龜鶴之姿,文章清高之士。下格亦旺人豐財。未龍鬼金主之,主大不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,亦主有福有禍,左道榮貴,神佛靈顯,名僧符法,有邪侫之資,少忠貞之氣,多孤寡、淫賤、惡死。
入首して「丁」の字の上に落ちる龍は、「南極」星に主管され、南極は即ち南極老人星、壽を主る。故に此の一路は高壽を主り、兼ねて富貴榮顯を得、人物は神仙龜鶴のごとき淸奇の氣象あり、文章淸高の士を出す能くし。就算格局下に偏するも、亦人丁を旺し、財貨豐厚なり。入首して「未」の字の上に落ちる龍は、「鬼金」星に主管され、大不吉を主る。縱然龍格貴く・穴場吉し・葬期合宜なりとも、亦是福禍相兼して、多く旁門左道より富貴を得、あるいは神佛の靈驗・名僧符籙の事に相關し、人物は奸邪諂佞の質あり、忠貞の氣を缺き、家中は孤寡・淫賤と横死と多し。
坤龍天鉞主之,主不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,水朝山秀,亦主驟發富貴,女柄男權,多柔靡,無忠貞,有孤寡,有邪淫。作龍湫寺院則吉。申龍天闢主之,局穴吉,僅可免禍。庚龍天潢主之,主威權勇猛,文武之資,專征伐,多榮爵,延壽考。下格亦主旺人豐財,武斷鄉曲。
入首して「坤」の字の上に落ちる龍は、「天鉞」星に主管され、不吉を主る。若し龍格貴く・穴場吉し・葬期合宜にして、又水の來朝し山の秀麗あらば、亦能驟發の富貴するも、然れども婦人の男子の權柄を執掌するを出現し、家風は柔弱靡麗にして、忠貞を缺き、孤寡あり、邪淫あり。此の種の龍を用いて龍潭の神祠あるいは寺院を建るは反って吉と為す。入首して「申」の字の上に落ちる龍は、「天辟」星に主管され、只だ明堂格局と穴場と皆吉なるの前提下に在りて、こそ勉强に災禍を免るる可く、福を發するを談じ得ず。入首して「庚」の字の上に落ちる龍は、「天潢」星に主管され、威權勇猛を主り、文武の才を具し、兵を領して征伐するに宜しく、多く榮銜爵位を得、且つ延年高壽する能くし。即使格局下に偏するも、亦人丁を旺し、財貨豐厚なり。只是鄕里の間に恃強專斷の人と成り易し。
酉龍陽闓主之,主富貴,文武全才,公相英雄,弘霸之資,貴壽清高之士。下格亦主旺人財。辛龍陰璇主之,主榮貴、爵祿、文章、聰明才辯、饒財多能。中格亦主多技藝、文雅、豐富、高壽、旺人。戌龍天魁主之,主大不祥。縱局完穴吉,雖有富貴,亦易歇滅。多夭札、瘵疾、惡死、獄訟、孤寡。
入首して「酉」の字の上に落ちる龍は、「陽闓」星に主管され、富貴を主り、文武全才を出し、公卿宰相一級の英雄氣魄と霸業を開創する資質あり、亦貴顯長壽・品格淸高の人を出す。格局の下に偏するも、亦人丁と財帛と兩旺を主る。入首して「辛」の字の上に落ちる龍は、「陰璇」星に主管され、榮顯尊貴・爵位俸祿・文章の名を主り、人物は聰明善辯、財貨豐足にして才能多し。中等格局に屬するも、亦技藝多く、性情文雅、家資豐厚、高壽を享け、人丁興旺なり。入首して「戌」の字の上に落ちる龍は、「天魁」星に主管され、大不吉を主る。縱使明堂完固・穴場端吉なるも、雖も富貴を一時する能くするも、亦中途に斷絶し易く、家中は夭折・癆瘵の疾・横死・牢獄詞訟と孤兒寡婦と多し。
幹龍陽機主之,主大不祥。若格貴穴吉,葬善時宜,主暴富,軍伍武職,有膽勇,二代後則主歇滅、鰥寡、殘疾、毒虐。主人好利少義,有勇急燥之性,多乖戾之氣,中傷、惡死、絕滅。作神壇社廟則吉。邵武府福善王廟基,繫八十里幹龍兩河夾送,因名大干,神甚顯應。亥龍天皇主之,主極貴鉅富,榮顯、高壽、公相、人品極偉,美髭髯,豐厚、忠義、良善,五福全,運祚長,福力大。下格亦主饒財旺人。
入首して「干」の字の上に落ちる龍は、「陽機」星に主管され、大不吉を主る。若し龍格貴く・穴場吉し・葬期合宜ならば、暴發して大財する能くし、あるいは行伍武職より起家し、人は膽量勇力あるも、然れども兩代の後は便ち家道斷絶を主り、鳏夫寡婦・殘疾の人と狠毒暴虐の事とを出す。此の一路の人は利を好みて義寡く、性情は勇急暴躁、戾氣重くして、人に中傷され易く、横死に遭いて以至絶嗣す。此の龍を用いて神壇社廟を立てば則ち反って吉と為す。原注に例を擧ぐ。福建邵武府の福善王廟の基址は、便ち一條の八十里長きの干龍、兩側に河ありて夾送して來る。故に之を「大干」と稱す。那里の神靈は極めて靈驗なり。入首して「亥」の字の上に落ちる龍は、「天皇」星に主管され、極貴巨富・榮耀顯達・高壽を主り、公卿宰相を出す能くし、人品は極めて偉岸、須髯は秀美、氣度は豐厚、忠義良善、壽富康寧の諸福は齊全、氣運は綿長、福力は宏大なり。即使格局下に偏するも、亦財貨豐足・人丁興旺を主る。
雙脈の吉凶を論ず
乾亥雙行:左落幹多亥少凶,右落亥多幹少可下,中抽平分可作行龍,不可下穴。壬亥雙行:左落亥多壬少可下,右落壬多亥少凶,中抽平分可作行龍,不可下穴。丑艮雙行:左落丑多艮少不吉,右落艮多丑少主貴。寅艮雙行:左落艮多寅少可下,右落寅多艮少凶,中抽平分可作行龍。
來龍の入首の一節が兩箇の字の間に騎して、兼ねて兩氣を跨ぐを、「雙脈」と叫ぶ。判法は先ずそれが左邊に偏落するか右邊かを看て、再び兩字の占する分數の誰れが多く誰れが少きかを看る。干・亥の兩字の雙行は、左に偏落して干多く亥少きは凶、右に偏落して亥多く干少きは、點穴す可し、中間より抽出して兩邊平分するは、只だ過路の行龍と當做すべく、此に穴を下す可からず。壬・亥の雙行は、左に偏落して亥多く壬少きは、穴を下す可し、右に偏落して壬多く亥少きは凶、中抽して平分するは仍ほ只だ行龍と作し、穴を下す可からず。丑・艮の雙行は、左に偏落して丑多く艮少きは不吉、右に偏落して艮多く丑少きは貴を主る。寅・艮の雙行は、左に偏落して艮多く寅少きは穴を下す可し、右に偏落して寅多く艮少きは凶、中抽して平分するは行龍と作す可し。
甲卯雙行:左落甲多卯少不吉,右落卯多甲少可下,平分半吉,皆主瘋跛痼疾。卯乙雙行:左落卯多乙少可下,右落乙多卯少不可下,平分半吉,皆主招贅過房,庶出、義子發。辰巽雙行:左落巽少辰多凶,右落巽多辰少半吉,平分凶,不可下。丙午雙行:左落丙多午少半吉,右落午多丙少凶,平分半吉,皆主回祿之災。
甲・卯の雙行は、左に偏落して甲多く卯少きは不吉、右に偏落して卯多く甲少きは穴を下す可し、兩邊平分するは半吉と算す。然れども無論どの一種なるも、皆瘸腿と久病不愈の毛病とを帶出す。卯・乙の雙行は、左に偏落して卯多く乙少きは穴を下す可し、右に偏落して乙多く卯少きは穴を下す可からず、平分するは半吉と算す。此の一路は皆女婿を招いて入贅し・過繼して承嗣するに靠り、あるいは庶出の子・義子より發家することを主る。辰・巽の雙行は、左に偏落して巽少なく辰多きは凶、右に偏落して巽多く辰少きは半吉、兩邊平分するは凶、穴を下す可からず。丙・午の雙行は、左に偏落して丙多く午少きは半吉、右に偏落して午多く丙少きは凶、平分するは半吉。此の幾種は皆火災の厄あるを主る。
午丁雙行:左落午多丁少不吉,右落丁多午少半吉可下,平分亦不吉。丁未雙行:左落丁多未少半吉,右落未多丁少凶,平分亦凶。申庚雙行:左落申多庚少凶,右落庚多申少半吉可下,平分可作行龍。辛戌雙行:左落辛多戌少半吉,右落戌多辛少凶,不可下。平分可作行龍。
午・丁の雙行は、左に偏落して午多く丁少きは不吉、右に偏落して丁多く午少きは半吉と算し、穴を下す可し、兩邊平分するも亦不吉。丁・未の雙行は、左に偏落して丁多く未少きは半吉、右に偏落して未多く丁少きは凶、平分するも亦凶。申・庚の雙行は、左に偏落して申多く庚少きは凶、右に偏落して庚多く申少きは半吉、穴を下す可し、平分するは只だ行龍と作すのみ。辛・戌の雙行は、左に偏落して辛多く戌少きは半吉、右に偏落して戌多く辛少きは凶、穴を下す可からず、平分するは以て過路の行龍と當做す可し。綜觀するに以上の諸條は、凡そ雙脈の中に吉星の占分多く凶星の占分少きをこそ用い可し、凶星の占分多きは一概に舍去し、平分すれば則ち多半只だ行龍と作して點穴せず。
蔡西山先生詳節天表六十龍吉凶分金八卦坐向綱目
坎宮名六十龍分度。甲子大凶金,危,初七分壬;丙子半吉火,虛,正壬;戊子大凶水,虛,五分壬;庚子大吉金,女,正坎;壬子次吉火,女,七分子;乙丑半吉土、牛,七分癸;丁丑大吉水,斗,三分癸;己丑大凶金,牛,五分癸。艮宮:辛丑半吉水,斗,正丑;癸丑大凶土,牛、箕,七分丑;丙寅次吉火,箕,七分艮;戌寅大吉火,尾,正艮;庚寅大吉水,尾一,五分艮;壬寅大凶水,尾,正寅;甲寅大凶土,心,三分甲。
以下は宋儒蔡元定(號は西山)が「天表」の中より節録して出したる六十龍分金の綱目なり。言う所の「六十龍」は、羅盤の一周三百六十度を六十甲子に配して、每龍は約六度を占めて、二十四山の下に壓す。每條の記録は先ず甲子名と吉凶とを標し、再びそれが値する二十八宿の宿度を標し、最後にそれがどの一山の幾分の上に偏するかを標して、向を立つる時はこれに據って凶を避け吉に就く。坎宮の一段:甲子は大凶、納音は金に屬し、危宿に値り、壬字の初七分の上に在り。丙子は半吉、火に屬し、虚宿に値り、正當壬字。戊子は大凶、水に屬し、虚宿に値り、壬字の五分に在り。庚子は大吉、金に屬し、女宿に値り、正當坎位。壬子は次吉、火に屬し、女宿に値り、子字の七分に在り。乙丑は半吉、土に屬し、牛宿に値り、癸字の七分に在り。丁丑は大吉、水に屬し、斗宿に値り、癸字の三分に在り。己丑は大凶、金に屬し、牛宿に値り、癸字の五分に在り。艮宮の一段:辛丑は半吉、水に屬し、斗宿に値り、正當丑字。癸丑は大凶、土に屬し、牛・箕の間に値り、丑字の七分に在り。丙寅は次吉、火に屬し、箕宿に値り、艮字の七分に在り。戌寅は大吉、火に屬し、尾宿に値り、正當艮位(底本の「戌寅」は當に「戊寅」なるべし、仍ほ照録して改めず)。庚寅は大吉、水に屬し、尾宿の第一度に値り、艮字の五分に在り。壬寅は大凶、水に屬し、尾宿に値り、正當寅字。甲寅は大凶、土に屬し、心宿に値り、甲字の三分に在り。
震宮:丁卯半吉木,房,七分申;乙卯半吉水,角,正申;辛卯次吉土,軫,五分甲;癸卯半吉木,房,正卯;乙卯大吉金,氐,三分乙;戊辰半吉水,氏,七分乙;庚辰大凶土,氐,正乙;壬辰大凶水,亢,五分辰。巽宮:甲辰大吉木,軫,正辰;丙辰大凶火,軫,三分巽;已巳大凶金,翼,七分巽;辛乙大吉木,翼,正巽;癸巳大凶土,翼、張,五分巳;乙巳半吉火,張,正巳;丁巳半吉土,奎、張,三分丙。
震宮の一段:丁卯は半吉、納音は木に屬し、房宿に値り、申字の七分に在り(此の條と下の一條の「申」の字は、例に依って當に「甲」と作るべし、底本此の如し、敢えて臆改せず)。乙卯は半吉、水に屬し、角宿に値り、正當申字。辛卯は次吉、土に屬し、軫宿に値り、甲字の五分に在り。癸卯は半吉、木に屬し、房宿に値り、正當卯字。乙卯は大吉、金に屬し、氐宿に値り、乙字の三分に在り(同一の「乙卯」の兩見は、底本の重出なり)。戊辰は半吉、水に屬し、氐宿に値り、乙字の七分に在り。庚辰は大凶、土に屬し、氐宿に値り、正當乙字。壬辰は大凶、水に屬し、亢宿に値り、辰字の五分に在り。巽宮の一段:甲辰は大吉、木に屬し、軫宿に値り、正當辰字。丙辰は大凶、火に屬し、軫宿に値り、巽字の三分に在り。已巳は大凶、金に屬し、翼宿に値り、巽字の七分に在り(「已巳」は即ち「己巳」なり)。辛乙は大吉、木に屬し、翼宿に値り、正當巽位(「辛乙」は當に「辛巳」の訛たるべし、照録す)。癸巳は大凶、土に屬し、翼・張の間に値り、巳字の五分に在り。乙巳は半吉、火に屬し、張宿に値り、正當巳字。丁巳は半吉、土に屬し、奎・張の間に値り、丙字の三分に在り。
離宮:庚午大凶水,張,七分丙;壬午大吉土,星,正丙;甲午大凶土,昴;丙午大吉火,柳,正午;戊午大凶水,柳,三分丁;辛未大凶金,鬼,七分丁;癸未半吉土,井,正丁。坤宮:乙未大凶水,井,五分未;丁未大吉水,井,正未;己未大凶金,井,三分坤;壬申大吉火,參,七分坤;甲申大吉火,參,正坤;丙申大凶水,觜,五分申;戊申大吉火,胄,正申;庚申大凶水,畢,三分庚。
離宮の一段:庚午は大凶、納音は水に屬し、張宿に値り、丙字の七分に在り。壬午は大吉、土に屬し、星宿に値り、正當丙字。甲午は大凶、土に屬し、昴宿に値る(底本は此の條は分數を記さず)。丙午は大吉、火に屬し、柳宿に値り、正當午字。戊午は大凶、水に屬し、柳宿に値り、丁字の三分に在り。辛未は大凶、金に屬し、鬼宿に値り、丁字の七分に在り。癸未は半吉、土に屬し、井宿に値り、正當丁字。坤宮の一段:乙未は大凶、水に屬し、井宿に値り、未字の五分に在り。丁未は大吉、水に屬し、井宿に値り、正當未字。己未は大凶、金に屬し、井宿に値り、坤字の三分に在り。壬申は大吉、火に屬し、參宿に値り、坤字の七分に在り。甲申は大吉、火に屬し、參宿に値り、正當坤位。丙申は大凶、水に屬し、觜宿に値り、申字の五分に在り。戊申は大吉、火に屬し、胄宿に値り、正當申字。庚申は大凶、水に屬し、畢宿に値り、庚字の三分に在り。用うる時は先ず羅盤の縫針を以て入首の脈を格準し、それがどの一龍の上に落ちるかを看て、凡そ大凶の龍に遇えば即ち須らく分金を挪動して避くべし。
兌宮:癸酉凶土,昴,七分庚;乙酉半吉水,胃,昴正庚;丁酉凶火,胃,五分酉;己酉大吉水,胃,五分兌;辛酉半吉土,婁,三分辛;甲戌大吉金,婁三分酉,七分辛;丙戌半吉火,奎,正辛。乾宮:戊戌大凶水,奎,五分辛;庚戌大吉金,奎,正戌;壬戌大吉火,奎,二分幹;乙亥凶水,室,三分戌;丁亥大吉火,室,正幹;己亥凶土,三分亥;辛亥大吉水,正亥;癸亥吉水,三分壬。
兌宮の一段:癸酉は凶と為り、納音は土に屬し、昴宿に値り、庚字の七分に在り。乙酉は半吉、水に屬し、胃宿と昴宿の交に値り、正當庚字。丁酉は凶と為り、火に屬し、胃宿に値り、酉字の五分に在り。己酉は大吉、水に屬し、胃宿に値り、兌位の五分に在り。辛酉は半吉、土に屬し、婁宿に値り、辛字の三分に在り。甲戌は大吉、金に屬し、婁宿に値り、酉字の三分・辛字の七分に跨る。丙戌は半吉、火に屬し、奎宿に値り、正當辛字。干宮の一段:戊戌は大凶、水に屬し、奎宿に値り、辛字の五分に在り。庚戌は大吉、金に屬し、奎宿に値り、正當戌字。壬戌は大吉、火に屬し、奎宿に値り、干字の二分に在り。乙亥は凶と為り、水に屬し、室宿に値り、戌字の三分に在り。丁亥は大吉、火に屬し、室宿に値り、正當干位。己亥は凶と為り、土に屬し、亥字の三分に在り(底本は宿名を記さず)。辛亥は大吉、水に屬し、正當亥字(底本も亦宿名を記さず)。癸亥は吉と為り、水に屬し、壬字の三分に在り。全表の六十龍の中、標して「大吉」「次吉」のは以て氣を乘りて向を立つ可し、標して「半吉」のは須らく兼ねて龍穴砂水の周備せるか否かを看、標して「凶」「大凶」のは一概に當中の坐向と為す可からず。
重刊人子須知資孝地理心學統宗卷八之上
德興山人徐善繼述同著。
本卷の題署は「德興山人徐善繼・徐善述同着」。德興は江西饒州府の屬縣、即ち二徐の故里。前卷は「江右山人」と題し、此卷は「德興山人」と題す。同じく兄弟二人の合撰なり。此の一卷は上卷の二十四龍吉凶に承接して、專ら每一條の來龍が各々宜しくどの幾種の坐山朝向に配すべきかを講ず。辨龍の結論を立穴定向の上に落とす實用の條目なり。
二十四龍の諸吉穴
壬龍,凡三穴:子山午向、艮山坤向、辛山乙向。子龍,凡一穴:艮山坤向。癸龍,凡二穴:艮山坤向、子山午向。丑龍,凡一穴:壬山丙向。艮龍,凡八穴:癸山丁向、壬山丙向、甲山庚向、乙山辛向、卯山酉向、乾山巽向、亥山巳向、丑山未向。寅龍,凡二穴:艮山坤向、寅山申向。
下面に先ず一張の綱目を列して、二十四條の來龍が各自配する能う坐向を逐一に開出す。看る時は先ず入首の一節がどの字に屬するかを認定して、再び此處よりそれが幾種の合法の坐山朝向あるかを査す。「壬」龍は共有三種の穴:坐子向午・坐艮向坤・坐辛向乙。「子」龍は只だ一種:坐艮向坤。「癸」龍は兩種:坐艮向坤・坐子向午。「丑」龍は只だ一種:坐壬向丙。「艮」龍は最多く、共に八種:坐癸向丁・坐壬向丙・坐甲向庚・坐乙向辛・坐卯向酉・坐干向巽・坐亥向巳・坐丑向未。此れも亦上卷の艮龍を極貴の格と為すを印證す。「寅」龍は兩種:坐艮向坤・坐寅向申。
甲龍,凡二穴:艮山坤向、巽山乾向。卯龍,凡四穴:甲山庚向、乙山辛向、癸山丁向、巳山亥向。乙龍,凡一穴:艮山坤向。辰龍,凡二穴:巽山乾向、艮山坤向。巽龍,凡三穴:乙山辛向、巳山亥向、坤山艮向。巳龍,凡一穴:巳山亥向。
「甲」龍は兩種の穴:坐艮向坤・坐巽向干。「卯」龍は四種:坐甲向庚・坐乙向辛・坐癸向丁・坐巳向亥。「乙」龍は只だ一種:坐艮向坤。「辰」龍は兩種:坐巽向干・坐艮向坤。辰は本是天罡の凶位、用うる能う坐向は自然少し。「巽」龍は三種:坐乙向辛・坐巳向亥・坐坤向艮。「巳」龍は只だ一種:坐巳向亥。即ち直來直受して、別に偏側せず。凡そ綱目の中に未だ列出せざる坐向は、便ち此の條の龍の用うるに宜しからざるなり。自ら推衍する可からず。
丙龍,凡四穴:巳山亥向、甲山庚向、乙山辛向、坤山艮向。午龍,凡二穴:丙山壬向、丁山癸向。丁龍,凡二穴:坤山艮向、巳山亥向。未龍,凡一穴:坤山艮向。坤龍,凡一穴:丁山癸向。申龍,凡二穴:丁山癸向、庚山甲向。
「丙」龍は四種の穴:坐巳向亥・坐甲向庚・坐乙向辛・坐坤向艮。「午」龍は兩種:坐丙向壬・坐丁向癸。皆午山子向を取らず。午は陽權の火位、正坐すれば則ち太剛なるを以てなり。「丁」龍は兩種:坐坤向艮・坐巳向亥。「未」龍は只だ一種:坐坤向艮。「坤」龍も亦只だ一種:坐丁向癸。「申」龍は兩種:坐丁向癸・坐庚向甲。凡そ只だ一穴を列するは、此の條の龍氣の偏雜を説明して、此の一向を除きて別に取る可き無く、一分を改動すれば即ち凶位に入る。
庚龍,凡二穴:酉山卯向、坤山艮向。酉龍,凡三穴:坤山艮向、乾山巽向、亥山巳向。辛龍,凡三穴:乾山巽向、酉山卯向、坤山艮向。戌龍,凡一穴:辛山乙向。幹龍,凡二凡:辛山乙向、戌山辰向。亥龍,凡五穴:壬山丙向、乾山巽向、癸山丁向、丑山未向、酉山卯向。以上二十四龍諸穴,以耳受氣者為上,腰受氣者次之,詳具於下。
「庚」龍は兩種の穴:坐酉向卯・坐坤向艮。「酉」龍は三種:坐坤向艮・坐干向巽・坐亥向巳。「辛」龍も亦三種:坐干向巽・坐酉向卯・坐坤向艮。「戌」龍は只だ一種:坐辛向乙。「干」龍は兩種:坐辛向乙・坐戌向辰(底本の「凡二凡」は當に「凡二穴」と作るべし、仍ほ照録す)。「亥」龍は五種:坐壬向丙・坐干向巽・坐癸向丁・坐丑向未・坐酉向卯。以上の二十四龍の各箇の穴位は、凡そ龍氣の穴の左耳あるいは右耳より注入するを上等と為し、左腰あるいは右腰より注入するを次の一等と為す。此れは耳位は腦に近くして氣を承ること最も親切にして、腰位は稍遠くして力量は便ち減るを以てなり。詳細の情形は分列して下に見ゆ。
