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重刊『人子須知』資孝地理心学統宗 巻二上之二

明 · 徐善继、徐善述 · 第9巻 / 56

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

江右山人徐善繼述 同著。此一卷專論龍之出身,及剝換、過峽、橈棹、護送之詳。夫觀龍之法,既明其太祖、少宗、父母之節目,又當審其出身、剝換、度峽、橈棹、護送之玄微。蓋自祖而宗,自高而下,迢遞奔走,雖奴從之龍,凶惡之山,其勢相類。苟無術以鑑之,則吉凶莫辨。故必於其出身處以原其所始,於剝換處以察其所變,於過峽處以審其所度,於橈棹、護送處以觀其貴賤美惡,則龍之眞偽吉凶情狀自判然矣。

本巻は江右山人徐善継・徐善述の兄弟が共同に撰述する。この一巻は専ら龍の出身、および剥換・過峡・橈棹・護送等の内容を詳論す。龍を看るの方法は、既に太祖・少宗・父母のこれらの節目を弄清し、さらに応にその出身・剥換・度峡・橈棹・護送の間の玄妙細微の処を審察すべし。祖山より宗山に至り、高より下りて遠く奔走すれば、たとえ奴僕随従の龍・凶悪の山なるも、気勢は看去真龍と相類す。若し鑑別するの辦法なければ、吉凶は分け清め難し。だから必ず出身の処に於いてその起始を推原し、剥換の処に於いてその変化を察看し、峡を過ぐる処に於いてその如何に渡過するを審辮し、橈棹と護送の処に於いてその貴賤美悪を観察するを要す。このようになれば、龍の真偽吉凶の情状は自然に判然分明なり。

龍の出身を論ず

龍之出身,乃祖山發脈離祖分行處也。蓋一祖之下,必分數龍,其間美惡吉凶,端倪已兆。若此出身之際特異不凡,前去必有穿落傳變,融結富貴之穴。如或此處出身不美,縱去結有形穴,亦非吉地,不必追尋。

龍の「出身」は、祖山の脈を発し祖山を離開して道を分かち行くあの一段を指す。一座の祖山の下は必定好几条の龍を分出し、それらの美悪吉凶は、ここに於いて就已に端倪を露す。若し出身の際特別不凡なれば、前に往き走れば必定穿・落・伝・変の変化あり、能く富貴の穴を結出す。倘若此処の出身すなわち好からざれば、たとえ前に往きて有模有様の穴を結出するも、また吉地に非ず。さらに去りて追尋するを必とせず。

其出身吉者,或宏開闊帳而穿心出脈,或連起數峰而聳拔不凡,或辭樓下殿而磊落,或疊雲集蟻而繽紛,或五星聚講,或七政連班,正穿正出,中起中落,夾護拱照,氣象軒昂,枝葉蕃衍,步驟活動。

出身の吉利なるは、或いは宏大地に一道の闊帳を張開して帳心より脈を穿出し、或いは接続して几座の山峰を聳起して挺拔不凡、或いは楼を辞し殿を下りて気象磊落、或いは層雲堆叠・群蟻聚集の如く紛繁衆多、或いは五星はここに於いて聚会講議し、或いは日月五星の七政は一班に連成す。脈は正正として穿出し正正として発出し、中間より起ち中間より落ち、両旁は夾護拱衛照応し、気象は軒昂、枝葉は繁茂、歩履は霊活。

《玉髓經》云:“祖宗生龍百龍共,生出來時有輕重。大龍重處在中央,其次龍行枝葉長。”吳白雲云:“尋地須先認祖宗,更於離祖察行蹤。辭樓下殿峰巒秀,預識前途異氣鍾。”董德彰云:“大凡龍脈初發處,若屈曲如生蛇之下嶺,而兩邊有蟬翼護帶者,前去必結大地。其出身之不吉者,則瘦弱萎靡,不起不伏,不活動折擺。”子微云:“龍無星曜低低去,此是賤龍出身處。”

『玉髄経』は言う。一座の祖宗山は能く上百条の龍を生出す。生出する時分量は却って軽あり重あり。分量最も重き大龍は正中央を走り、次一等の龍は走るや枝葉は特別に長し。呉白云は言う。地を尋ぬるは必ず先ず祖宗山を認め、さらに祖を離るる処に於いてその行走の蹤跡を考察するを要す。若しそれの楼を辞し殿を下り・峰峦秀麗を見れば、便ち能く前方に将に異気の凝聚あらんを預知す。董徳彰は言う。大凡龍脈の剛に発出する処は、若し屈曲すること活蛇の下山嶺の如く、両旁また蝉翼の如き薄砂の護帯あれば、前に往き走れば必定大地を結ぶ。出身の不吉なるは、則ち痩弱萎靡、起たず伏さず、また霊活の擺折を見ず。張子微は言う。龍身の上に星曜なく低低として走り過ぐるは、これがすなわち賤龍の出身の処。

大抵龍之出身,如人之出處,出身不正,必非賢良,縱有顯位,奸邪誤國,天下受其禍。出處之光明正大者,必完名全節,天下受其福。龍脈出身何以異此!然又不可拘,固有前出不美,而後復變吉者;亦有前出大吉,而後卻變凶者。

大体言えば、龍の出身は人の出身と操守に譬う。出身正しからざる人は必定賢良に非ず、たとえ官は顕位に居るも、また奸邪にして国を誤り、天下人は彼の禍害を受く。出処の光明正大の人は、必定名節を保全し、天下人は彼の福蔭を受く。龍脈の出身はこれと何の両样あらん。ただしまた一概に論ずべからず。確かに先前出身美ならずして後来また変じて吉なるあり、もまた先前出身大吉にして後来却って変じて凶なるあり。

如人之先雖凶惡,而後能改過遷善,不害其為君子;先雖正大,而後乃變節為惡,終不免為小人。凡此之類,尤當詳辨,不可忽略。此而有誤,則認凶為吉,指吉為凶,是非顛倒,禍福謬戾矣。”上列龍脈出身圖,姑以為式,理難定拘,智者觸類而長之可也。

すなわち或る人は先前凶悪なるといえども、後来能く過を改め善に向かい、並びに彼の君子と為るを妨げず。或る人は先前正派なるといえども、後来却って節を変じて悪と為り、終に小人に淪落するを免れず。この一類の情形は尤も応に細辮し、疏忽すべからず。ここに於いて判断錯誤せば、すなわち凶を認めて吉と作し吉を指して凶と為し、是非は顛倒し、禍福は全く弄り返す。以上に列する龍脈の出身の各図は、姑く范式と作す。その中の道理は死定し難し。聡明の人は能く触類旁通し、一を挙げて三を反ればよい。

龍の開障を論ず

《發揮》云:“大凡開幛穿心,須是旁起而肩末如弓稍,肩如人有肩,稍如弓有稍,橫鋪闊遠,始為正穿心。”故此開幛穿心極貴,闊者或十數里,或五六里,狹者一二里,或三四里之遠。大龍佈置,百里、二三百里者,不在此例也。凡此方為正穿心。三五丈間不足謂之正穿心,不過為中心正出之龍耳。

『発揮』は言う。凡そ開帳穿心は、必ず両旁の隆起して肩頭の末端は弓梢の如くあらんことを要す。肩は譬えば人に肩膀あるが如く、梢は譬えば弓に弓梢あるが如し。横鋪するや寛濶悠遠、これ才かに真正の穿心と算う。だから開帳穿心は極めて貴重。寛きは十幾里あり、或いは五六里。窄きもまた一二里あり、或いは三四里の遠。大龍の布置する場面の、動けば一百里・二三百里のに至っては、この尺度の列に在らず。上述の条件に合して才かに正穿心と算う。若しただ三五丈の寛度のみあれば、すなわち正穿心に夠わず、不过是れ中心より正出の龍のみ。

但此開幛穿心亦不多見,間見三五節,或止一二節,但要其地傳變不雜,氣脈不散漫,帳中而行,或之玄飛走,或拋梭嫋鞭,或蜂腰鶴膝,或鸞鳳飛翔,或蛇回蟬蛻,或登梯降階,不一而足。只須龍眞脈的,不必全泥穿心,此皆吉地。

ただし開帳穿心もまた常見せず、偶偶三五節を見、或いはただ一両節のみ。ただこの地の伝変は雑乱せず、気脈は散漫せず、脈は帳中に行走し、或いは「之」の字「玄」の字の如く飛走し、或いは拋梭・嫋鞭の勢を作し、或いは蜂腰鶴膝を成し、或いは鸞鳳の飛翔の如く、或いは蛇の身を回し蝉の殻を蜕ぐが如く、或いは梯を登り階を下るが如く、形態は一にして足らず。総じてただ龍真脈的なれば、必ずしも完全に穿心あるや否やに拘泥せず、これらは皆吉地。

又有一種穿心,稍頭又起圓峰,高峻豐厚者,自帶倉庫隨行也,主大富盛。又有一種,開幛之後,絲線穿出,特立秀峰者,幛內貴人也,主大尊貴。又有一種,開幛之後,兩腋特起秀峰,不與本身聯屬,兩旁高聳端正,此暗庫星也,主其家富盛,愛妾寵妃,自收典質之狀。然此等龍極為希罕,蜈蚣節已為難遇,況開幛穿心乎?至於貴人、倉庫,尤為少見矣。

別に一種の穿心あり。帳梢の頭上にまた圓峰を聳起し、高峻豊厚。あれは龍の自ら倉庫を帯びて随行するなり。大富大盛を主す。又一種あり。開帳の後に一線の細脈ありて糸線の如く穿出し、旁に特に一座の秀峰を特立す。これを「帳内貴人」と呼び、大尊大貴を主す。さらに一種あり。開帳の後に両腋は特に秀峰を聳起し、龍身本体と並びに相连せず、ただ両旁に於いて高聳端正。これを「暗庫星」と呼び、この一家の富盛・姫妾の寵を受け・自家の経営する典当質庫の景象を主す。ただし此の類の龍は極めて罕見。「蜈蚣節」すら已に遇い難し、況んや開帳穿心をや。帳内貴人・随身倉庫に至っては、さらに少なき見え。

然此開幛穿心,故為貴格,亦未可便定前是何地,又須看前後穿變應帶。有一種祖宗不好,胎息偏傷,中間或有開障穿心,或一二節氣旺者。及至穿出處,或分枝分柯散亂,或為斷絕空亡,終不融結。此為假龍作假穿心也。

然而るに開帳穿心は貴格なるといえども、またなお立刻に前方に如何なる地を結ぶを断定する能わず。仍おその前後の穿落変化と随帯の砂形を看るを須す。一種の龍は祖宗本来好からず、胎息の処は偏斜受傷し、中間は偶偶にもまた開帳穿心あり、或いは一両節の気勢甚だ旺なり。しかし穿り出でたるの後を待てば、或いは分枝分杈して散乱収らず、或いは干脆として断絶落空し、終に結作せず。これを假龍の假穿心を作すと呼ぶ。

然何以辨龍作假穿心也?蓋從祖宗以來,已覺偏斜醜陋,此可見一也;穿出之後,又復緩漫散亂,此可見二也;入穴之際,無神無氣,臃腫昂雄,輕重不等,收拾不勻,堂局破碎,朝應無情,此可見三也。三者無取,雖有穿心,蓋游龍遠出,中間偶有一二節妙合貴格,然前後無足觀,縱有開幛穿心,起肩結稍,亦何用也?

然らば怎様に假穿心を辮認せん。第一、祖宗山より一路下り来たる就已に偏斜醜陋、これは一処の見る可き破綻。第二、穿り出でたるの後また変じて松緩散乱、これは第二処。第三、穴に入るに到りて神なく気なく、臃腫高揚、左右の軽重不均、收拾するや不勻称、堂局破碎、朝応无情、これは第三処。三処皆取る可からず。然らばたとえ穿心あるも、不过是れ一条の游荡遠行の龍、中間は偶然に一両節の碰巧貴格に合するあり、而して前後は皆看るに値せず。縱然帳を開き心を穿り肩を起し梢を結ぶも、また何の用かある。

廖氏曰:“龍開幛而出者,最為有力。金水腦為上,水星次之。要形如幛幙而角分明,有帶下垂方是。中出者為上,兩角出者次之。巨石在右為天關,在左為地障。形類龜蛇、串珠、印劍等格尤妙。得此護脈方可。如無,得障角遮護過亦可”。開帳原是龍格部,但此既論出身,則開帳亦是相連的,姑言其概。諸帳格詳見龍格部下。

廖金精は言う。龍の帳を開きて出づるは最も力あり。帳頂は金水相兼の脳を作すを以て上等と為し、純水星は次一等。形状は帳幕の如くして両角分明を求め、さらに帯子の如き砂ありて下に垂落して才かに算う。脈は帳中より出づるを以て上と為し、両角より出づるはこれに次ぐ。巨石ありて右辺に在るは「天関」と呼び、左辺に在るは「地障」と呼ぶ。石頭の形状は亀蛇・串珠・印剣等の格局の如きは尤も妙。これらありて来たりて脈を護れば才かに行く。若しなければ、帳角に靠りて脈を遮護し過ぎ去らしむるもまた可なり。開帳は本は「龍格」の一門に属す。但しここは既に出身を討論し、開帳は出身と相连す。姑く大概を講ぜん。各種の帳格は詳しくは後面の龍格一門に見ゆ。

龍の剥換を論ず

剝換者,變化也。龍之形體,自老變嫩,自粗變細,自凶變吉,皆造化之妙。楊公云:“一剝一換大生細,從大剝小眞奇異。剝換如換好衣裳,如蠶蛻殼蛾脫筐。”廖氏云:“脫卸剝換粗變細,凶星變吉氣。”卜氏云“星以剝換為貴”。是皆謂龍貴於有剝換也。

いわゆる「剥換」は、すなわち変化。龍の形体は老より嫩に変じ、粗より細に変じ、凶より吉に変ず。皆造化の妙用。楊筠松は言う。一剥一換、大より細を生出し、大より剥りて小と為す。真に奇特。剥換は一身の好衣裳を換上するが如く、また蚕の殻を蜕ぎ蛾の繭を出づるが如し。廖金精は言う。脱卸剥換、粗は細に変じ、凶星もまた変じて吉気と為る。卜応天は言う。星辰は能く剥換するを以て貴と為す。これらの話は皆講ず、龍は剥換あるを貴ぶ。

且如金星發祖,剝出水星,水星又剝木星,木生火,火生土,土生金之類,迢迢生峰,節節合格,是為富貴之地。若遇相剋,貴有救星。如金星行龍,木星作穴,金克木,本凶,左右得火星以制之,或得水星以助之,亦為吉也。以類而推,萬不失一。

譬えば金星を以て祖を発し、剥換して水星を出し、水星は再び剥換して木星を出す。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生ず。このように相生して下り、一路峰峦を生出し、節節格局に合すれば、これがすなわち富貴の地。若し途中に五行の相克に遇えば、貴ぶは救助の星あること。譬えば金星の行龍にして木星を以て穴を作すは、金は木を克して本来は凶。但し左右に若し火星ありて来たりて金を制住し、或いは水星ありて来たりて通関相助えば、すなわち転じて吉と為る。このように照らして類推すれば、万に一の失もなし。

《九星變》篇云:“凡觀一星便觀變,識得變星知近遠。遠從貪狼至破軍,換盡龍樓生寶殿。一剝一變形不同,豈可盡言顧祖宗。君如識得變星法,千里百里尋來龍。”然九星之變,只取貪、巨、武、輔、弼五者為吉,謂其體勢端正,頭面光彩,尖則清秀,圓則肥滿,方則平正,故吉。而文、廉、祿、破四者為凶。以其體勢欹斜,頭面臃腫,崚嶒竄險,惡石巉巖,故爾。此五星九星變剝吉凶之大概也。

『九星変』の篇は言う。凡そ一顆の星を看ればすなわちその変化を看るを要し、変星を認得して才かに龍の遠近を知る。遠処は貪狼より一路数えて破軍に至り、龍楼は換え尽して便ち宝殿を生出す。一剥一変して形状は各々相同じからず、怎んぞ一味にただ祖宗を回顧するを講ぜんや。汝若し変星の法を懂得せば、千里百里も皆能く来龍を尋ね到らん。九星の変化の中は、ただ貪狼・巨門・武曲・左輔・右弼のこの五星を取りて吉と為す。それらの体勢は端正・頭面は光彩あり・尖なるは清秀・圓なるは豊満・方なるは平正なるを以て、だから吉。而して文曲・廉貞・禄存・破軍のこの四星を凶と為す。それらの体勢は歪斜・頭面は臃腫・嶙峋竄険・悪石巉岩なるを以て、だから凶。これがすなわち五星九星の剥換吉凶の大概。

凡遠祖高峰是凶星發龍,卻跌斷過脈,退皮換骨,變出吉星作少祖山而結穴者,亦為美地。若後龍節節是吉星,中間一二節吉凶不明者,只小凶而已。若遠祖是吉星,而剝出凶星作少祖山結穴者,乃為凶地,不可下也。

凡そ遠祖の高峰は凶星に属して発出する龍は、若し中途に於いて跌断して脈を過ぎ、皮を脱ぎ骨を換え、変じて吉星を出して以て少祖山を充当し并びに結穴すれば、あれもまた美地。若し後龍は節節皆吉星にして、ただ当中の一両節は吉凶不明なれば、あれは不過小凶のみ。しかし若し遠祖は本是れ吉星にして、却って剥換して凶星を出して以て少祖山を充当し結穴せば、あればすなわち凶地。下葬すべからず。

後龍節節是凶星,只退換入首一二節是吉星結穴而葬者,亦得一代二代發福。駁到凶星,即主禍敗。後龍節節是吉星,只入首結穴一節是凶星,若穴情好,初代雖見退敗,至二三代剝到吉處,卻又發福久遠矣。此以剝換星體吉凶,觀前後節數,占年代、驗禍福之大概也。

後龍は節節皆凶星、ただ入首の一両節に於いて退换して吉星と為り結穴下葬するも、また能く一両代の福を発す。運数の交駁して凶星のあの一段に到るを待てば、すなわち禍敗を主す。反対に、後龍は節節皆吉星、ただ入首結穴の一節は凶星、若し穴情好ければ、第一代は退敗あるといえども、両三代の後に運数は剥換して吉の処に到り、また能く長久に発福す。これは剥換の星体の吉凶に根拠し、前後の節数を参看し、以て年代を推算し禍福を験証する大概の辦法。

若其起祖迢迢,行至入穴,全無跌斷過峽,則是無變化,必不融結。《發揮》云:“龍無傳變穿落,則無造化;不經退卸,則無秀氣。”雖有奔走之勢,擺折之形,亦為偽龍,多是奴從之山,不必尋穴。縱有形穴、龍虎、案對、明堂諸般合法,奈何龍無脫卸,無變剝,氣不全,脈不眞,徒有殺氣凶惡,乃花假之地。故凡尋龍,見無過峽剝變,決無融結造化,不必追尋矣。

若し一条龙は祖山より起ちて遠く走来り、穴に入るに至るまで完全に跌断過峡なければ、あればすなわち変化なし、必定結作せず。『発揮』は言う。龍に伝変穿落なければ、すなわち造化なし。退卸を経過せざれば、すなわち秀気なし。此の種の龍はたとえ奔走の気勢・擺折の形状あるも、また偽龍に属し、多半是れ奴僕随従の山。あそこに於いて穴を尋ぬるを必とせず。縱然形穴・青龍白虎・案山朝対・明堂は样样法に合するも、無奈龍は脱卸せず変剥せず、気は完足せず脈は真実ならず、白白と凶悪の殺気を留む。あれは虚花假地。だから凡そ龍を尋ぬるは、一たび過峡剥換なきを見れば、すなわちそれに絶対に結作造化なしと断定し、さらに追尋するを必とせず。

龍の過峡を論ず

相地之法,固妙於觀龍。觀龍之術,尤切於審峽。峽者,龍之眞情發現處也。未有龍眞而無美峽,未有峽美而不結吉地。審峽之美惡,則龍脈之吉凶、融結眞偽,皆可預知也,眞地理家不刊之秘訣也。

地を相するの方法は、固然より妙は龍を観るに在り。而して龍を観るの手段は、また尤も切要は峡を審るに在り。いわゆる「峡」は、龍の真情の流露する処。真龍にして美峡を帯びざるなく、また峡美にして吉地を結出せざるなし。ただ峡の美悪を審明すれば、龍脈の吉凶・結作の真假は、すなわち皆預めて知る可し。これは確かに地理家の更え難き秘訣。

蓋龍行延長,必須多有跌斷過峽,則氣脈方眞,脫卸方淨,力量方全。《經》云:“一斷二斷斷了斷,鶴膝蜂腰眞吉地。”又云:“十條九條亂了亂,若是眞龍斷了斷。”卜氏云:“一起一伏斷了斷,到頭定有奇蹤。”皆謂眞龍之過峽多也。

龍は走ること長遠なれば、必ず多く跌断過峡するを要して、気脈は才かに真、脱卸は才かに乾浄、力量は才かに完足。『撼龍経』は言う。一断二断、断えてまた断え、鶴膝蜂腰の形を出現せば、すなわち真吉地。又言う。十条の裏に九条は乱れてまた乱るる、若し真龍なれば必定断えてまた断つ。卜応天は言う。一起一伏・断えてまた断えれば、頭に到りて必定奇特の蹤跡あり。これらは皆説く、真龍の過峡は一定に多し。

然峽亦有吉有凶,尤當細察。過峽之脈,欲其逶迤嫩巧、活動悠揚,如梭帶絲,如針引線,如蜘蛛過水,如躍魚上灘,如馬跡渡河,如藕斷絲連,如草蛇灰線之類為美。然須有送有迎,有扛有夾,護衛周密,分水明白,不被風吹水劫為吉。

ただし峡もまた吉あり凶あり、尤も細看するを要す。峡を過ぐる脈は、最も好きは逶迤嫩巧・霊活悠扬。梭の糸を帯ぶが如く、鍼の線を引くが如く、蜘蛛の水を渡るが如く、魚の灘に躍上るが如く、馬蹄印の河を渡るが如く、藕断糸連の如く、草蛇灰線の如し。此一類は皆美と算う。同時にさらに必ず送あり迎あり、「扛」あり「夾」あり、護衛周密、両側の分水は分け清楚、風に吹かれず水に劫せられずして、才かに吉と算う。

楊氏云:“一剝一換尋斷處,斷處兩邊生擁護。”廖氏云:“蜂腰鶴膝最為奇,大忌被風吹。”范越鳳云:“度峽斷跌,切忌水劫。”祝觀物公《八段錦》云:“龍過脈,認蹤由,高低脊脈莫模糊。最要兩邊生護轉,卻愁一水過橫流。”《龍經》云“莫令四缺被風吹,切忌溜牙遭水刦”是也。蓋龍之過峽處,其氣束聚,最怕風吹水刦,故必有護峽之山,八字之水,乃以為眞護峽山。

楊筠松は言う。一剥一換は断落の処に於いて找るを要し、断落の処の両旁に擁護の山を生ず。廖金精は言う。蜂腰鶴膝は最も奇特、最も風に当たり吹かるるを忌む。范越鳳は言う。峡を過ぎ跌断の処は、切に水劫を忌む。観物先生祝泌の『八段錦』は言う。龍の脈を過ぐる処は蹤跡の来由を認清するを要し、高低の脊脈は模糊すべからず。最も緊要なるは両辺に護山を生出して回転せしめ、最も怕るるは一道の水の横流して穿り過ぐる。『撼龍経』は言う「四缺をして風に吹かるるを令せるなかれ、切に溜牙の水劫に遭うを忌め」、講ずるは皆この一点。龍は峡を過ぐる処に於いて気は収束聚拢するを以て、最も風吹水劫を怕る。だから必ず護峡の山・八字に分かれ作る水ありて、才かに真の護峡山ありと算う。

又喜合形像。廖氏云“兩邊遮護喜成形”是也。或如日月、旗鼓、天馬、貴人、金箱、玉印、垂纓、串珠、龜蛇、獅象、劍笏、戈矛等形者,貴格也,前去必結貴地。或如倉庫、廚櫃、穀堆、爛錢、辨錢、攤衣、質庫、銀瓶、盞筯、倒罍金罇等形者,富格也,前去必結富地。然亦不必過泥形狀,但以遮護周密、夾從有情為吉。

護峡の山はまた能く或る形象を合成するを以て好しと為す。廖金精の言う「両辺の遮護は形を成すを喜ぶ」すなわちこの意。形状は日月・旗鼓・天馬・貴人・金箱・玉印・垂纓・串珠・亀蛇・獅象・剣笏・戈矛の如きは、貴格に属し、前に往けば必定貴地を結ぶ。形状は倉庫・厨櫃・谷堆・散銭・数銭・攤晒する衣物・当鋪・銀瓶・杯箸・倒放の酒器金樽の如きは、富格に属し、前に往けば必定富地を結ぶ。ただしまた必ずしも形状に過分に拘泥せず、ただ遮護周密・夾侍随従有情あれば、すなわち吉と算う。

若是眞龍過峽度脈,自有兩邊護照之山遠來相應。《經》云“天弧天角龍欲度”者是也。其有峽不全美,而左邊不足,則穴之左亦有虧;峽之右有空缺,則穴之右亦不周。及有峽中定穴高下、左右,並向首之說,皆天造地設,自然之應也。

若し是れ真龍の峡を過ぎ脈を度すれば、自然に両旁の护照の山ありて遠処より趕え来たりて呼応す。『撼龍経』の言う「天弧天角 龍将に度らんと欲す」、指すはすなわちこれ。倘若峡は完美たらず、左辺に欠缺あれば、然らば穴の左辺もまた虧損あらん。峡の右辺に空缺あれば、穴の右辺もまた周全ならざらん。此の外さらに峡中より穴位の高低・左右および朝向を判定するの説法あり。これらは皆天造地設・自然而然の対応。

峽正出則穴亦正,左出則穴居左,右出則穴居右。又有正出而斜過者,則穴亦正出而斜倒;有側出而正過者,則穴亦側出而正倒;透頂出脈者,則穴居腳下;腳下出脈者,則穴居頂上。峽中左沙短,則穴前左沙必先到;峽中右沙短,則穴前右沙必先到。池湖過峽,前逢池住;幹墠過峽,逢幹墠住;石脈過峽,逢石曜住。旗鼓峽逢旗鼓住,龜蛇峽見龜蛇住。子午卯酉出脈,必作子午卯酉向,乾坤艮巽出脈,必作乾坤艮巽向,不離四字之中,餘皆以例推。

峡は正中より脈を出づれば、穴もまた正中に在り。左辺より出づれば、穴はすなわち左に偏す。右辺より出づれば、穴はすなわち右に偏す。さらに正中より脈を出でて却って斜に過ぎ去るあり、穴もまた正出にして斜倒。側面より脈を出でて却って端正に過ぎ去るあり、穴もまた側出にして正倒。山頂より脈を透出するは、穴はすなわち山脚に在り。山脚より脈を出づるは、穴は却って山頂に在り。峡中の左辺の砂短ければ、穴前の左辺の砂は必定先ず到る。峡中の右辺の砂短ければ、穴前の右辺の砂は必定先ず到る。池湖を以て峡を過ぐるは、前方に池湖に遇えばすなわち止住す。旱壇平地を以て峡を過ぐるは、旱壇に遇えばすなわち止住す。石脈を以て峡を過ぐるは、石曜に遇えばすなわち止住す。旗鼓峡は旗鼓に遇えば止住し、亀蛇峡は亀蛇を見れば止住す。子午卯酉の方位より脈を出づれば、必定子午卯酉の向を立つ。乾坤艮巽の方位より脈を出づれば、必定乾坤艮巽の向を立つ。皆この四个字の範囲を出でず。その余は照らして此の類に推す。

且其為格,有陽過,有陰過,有平地過,有穿田過,有池湖過,有草坪過,有半嶺過,有高山過,有正過、斜過、明過、偷過、長過、短過、硬過、直過、大過、小過、遠過、闊過。又有雙脈過、渡水石樑過,及張子微《峽訣》有所謂妝臺峽、臺星峽、幢節峽、華蓋峽、天池峽、平田穿珠峽、金箱玉印峽、雙溪峽、寶劍峽、雙龍峽、禁衛峽、圭璧峽、牛眠峽、石洞峽、驚蛇峽、亂茅峽、玄魚峽、貫魚峽、柳葉峽、重尸峽,凡二十格。

峡を過ぐるの格式はさらに多し。陽過・陰過あり、平地過・穿田過・池湖過・草坪過・半嶺過・高山過あり、正過・斜過・明過・偷過・長過・短過・硬過・直過・大過・小過・遠過・濶過あり。さらに双脉同過するあり、水中の石梁に靠りて渡過するあり。此の外張子微の『峡訣』の中に別立するは、妆台峡・台星峡・幢節峡・華蓋峡・天池峡・平田穿珠峡・金箱玉印峡・双谿峡・宝剣峡・双龍峡・禁衛峡・圭璧峡・牛眠峡・石洞峡・驚蛇峡・乱茅峡・玄魚峡・貫魚峡・柳葉峡・重尸峡あり、共に二十格。

蔡西山《峽訣》有所謂雙魚峽、垂珠峽、蓮花心峽、迎送峽、井欄峽、方勝峽、飛絲峽、三臺飛電峽、金魚佩峽、流星峽、釵股峽、玉帶峽、方城峽、玉池峽。除刪正外,凡五十九格。又有陽星九峽、陰星八峽,及三十六峽、七十二峽、陰陽臺伏之說,高齊雲、低印水等像,不可盡舉。

蔡元定(西山)の『峡訣』は則ち双魚峡・垂珠峡・蓮花心峡・迎送峡・井欄峡・方勝峡・飛糸峡・三台飛電峡・金魚佩峡・流星峡・釵股峡・玉帯峡・方城峡・玉池峡等を列す。刪削訂正するを除去するの外、共に五十九格。此の外さらに陽星九峡・陰星八峡、および三十六峡・七十二峡・陰陽台伏の一類の説法あり。また高きこと雲と斉しく、低きこと水中に映入る等の種種の形象あり。多くして挙げ勝ぐる能わず。

大抵龍之過峽,惟欲其脈之中出,勢之飛揚,形之活動,星之秀異,護從周密,分水伶俐,迎送均勻,扛夾照應,高過而不悍硬,低過而無傷殘,長過而不受風吹,短過而脈不粗腫,闊過而不懶散,直過而不死硬,遠過而有包藏,穿田而無水刦,渡水而有石樑,斯為美矣。若或奇巧異常,有池湖、靈泉、怪石之類,尤貴。

大体言えば、龍の峡を過ぐるはただ脈の正中より出で・気勢飛揚・形態霊活・星体秀異・護従周密・分水利落・迎送均勻・扛山夾山の彼此照応を求む。高処を過ぎて粗悍生硬ならず、低処を過ぎて傷損を受けず、長距離を過ぎて風吹を受けず、短距離を過ぎて脈は粗腫せず、寛濶の処を過ぎて懶散せず、筆直の処を過ぎて死硬せず、遠く過ぎ去りて遮蔽包蔵あり、田を穿りて水劫に遭わず、水を渡りて石梁あり。こうしてすなわち美と算う。若しさらに奇巧異常の処あれば、譬えば池湖・霊泉・怪石の類を帯ぶるが如き、あればさらに貴重。

其或龍雖可觀,而過峽不美,或空缺凹風,懶散死直,偏旁過脈,水刦傷殘,太長而無鶴膝蜂腰,太闊而無草蛇灰線,渡水而無石樑,穿田而無正脈,過阪而無珠絲馬跡,及其兩旁無迎送,無扛夾,或雖有護而低不及脈,有夾而低不及峽,前去必無融結,多有偽穴,切不可下。

倘若龍は看て不錯なるも、而して峡を過ぐるは却って美ならず。或いは両旁空缺・凹処は風を灌ぎ、或いは懶散筆直呆板、或いは脈は偏旁より過ぎ、或いは水に冲劫せられ傷残す。太く長きに鶴膝蜂腰の収束なく、太く寛濶に草蛇灰線の微脊なく、水を渡りて石梁なく、田を穿りて正脈なく、坡坂を過ぎて珠糸馬跡の痕印なく。両旁また迎送なく扛夾なく、或いは護山あるも低くして脈に夠わず、夾山あるも低くして峡に夠わず。このようになれば前に往きて必定結作なし、多半是れ假穴。千万不可下葬すべからず。

又有一等凶龍,迢迢而來,更不跌斷,全無過峽,直至穴場,雖極屈曲奔走之勢,然無峽則無脫卸,殺氣未除,不知者貪其氣勢之雄,星峰之美,而誤下之,必主凶禍惡逆。若抽脈落下平地,脫盡殺氣,變換而作穴者,不以此論。然平地亦有平地峽,與山峽無異,只看水分為凖。若平洋無峽,亦非眞龍也。

別に一類の凶龍あり、遠く走来りて始終跌断せず、完全に峡を過ぐることなく、一直に冲りて穴場に至る。それは極めて屈曲奔走の気勢あるといえども、しかし峡なければすなわち脱卸なく、殺気は未だ除かれず。明白せざる人はその気勢の雄壮・星峰の秀美を貪愛してあそこに誤葬すれば、必定凶禍と忤逆の事を招来す。若しそれは脈を抽出して平地に落ち、殺気を脱尽し、変換した後に再び穴を作せば、すなわちこの一条に照らして論ずべからず。ただし平地にもまた平地の峡あり、山峡と並びに両样なし。ただ両側の分水を以て準と為す。假如平洋の地は峡すらなければ、あれもまた真龍に非ず。

故審峽之訣,為地學關鍵,尋龍快捷方式。知此則龍亦易辨,穴亦易求,美惡吉凶,胚胎在此。此而得訣,則相地之能事畢矣。予嘗謂:尋龍妙訣不難知,但向峽中究隱微。師若肯傳峽裡訣,傾囊倒篋洩天機。

だから峡を審るの訣竅は地理の学の関鍵、また龍を尋ぬるの捷径。この一層を懂せば、龍は便ち辮じ易く、穴もまた找し易し。美悪吉凶の胚胎は全くここに在り。この上頭に於いて訣を得れば、地を相するの本事もまた大功告成す。我かつて言えり。龍を尋ぬるの妙訣は知り難からず。ただ峡の中に到りてあの隠微の処を探究すればよい。老師若し肯んじて峡裏の口訣を伝授せば、あれは便ち箱嚢を傾尽し天机を泄漏するなり。

諸峡の図式は下に具す

此為陽峽,凹中出脈,或凹腦坦中出脈。此為陰峽,其脈自頂有脊而出,或起突。此為曲峽,其脈屈曲活動,如生蛇渡水,至貴。小者尤佳。過峽之脈要曲,不宜直。直為死脈,不吉。中間有泡者,雖直亦吉。此為長峽,太長則易受風,宜遮護周密。又忌直長。若長而直,則為死脈,不吉。

以下の諸峡は今ただ図題と説明を存し、図形は已に佚す。第一式は「陽峡」。脈は凹処より出づ、或いは凹頂の平坦の処より出づ。第二式は「陰峡」。脈は山頂より脊背を帯びて出づ、或いは微微に突を起す。第三式は「曲峡」。脈は屈曲霊活、活蛇の水を渡るが如く、極めて貴重。形体小さきは尤も好し。第四式は峡を過ぐる脈は曲なるを要し、直を宜しとせずを説明す。直なるは死脈、不吉。ただし中間若し一個の泡状の凸起あれば、直なるもまた吉。第五式は「長峡」。太く長ければ易く風を受け、応に遮護周密すべし。また忌むは直くして長き、若し既に長く且つ直なれば便ち死脈、不吉。

此為短峽,峽短雖不受風,亦要斷跌明白,若模糊則非峽矣。闊峽氣散不聚,要中間有草蛇灰線、微高之脊則美。兩邊名氈褥,亦謂之霞帔峽,主大富貴。高峽者,山大而斷處未至平地也,多是人行之嶺。凡高過之峽,要護山周密。大龍峽亦有數十里坦過者,或數里塌過,亦曰遠峽。要兩邊迎送護應。此龍去甚遠,小龍無此峽。穿田峽,要兩邊皆低,中央過脈之田獨高,則分水明白。廖氏謂之青苗中過骨,此峽最吉。

第六式は「短峡」。峡短ければ風を受けざるといえども、また跌断するや清楚分明を要す。若し模模糊糊なればすなわち峡と算えず。第七式は「濶峡」。気は散じて聚まらず、中間に草蛇灰線の如き微高の脊線ありて才かに美を要す。両旁の平鋪の地は「毡褥」と呼び、此の種の峡もまた「霞帔峡」と称し、大富大貴を主す。第八式は「高峡」。山体は大にして断落の処はなお未だ平地に降り至らず、多半是れ行人往来の山嶺。凡そ高処を過ぐる峡は、護山の周密を求む。第九式は大龍の峡もまた平坦の地を過ぎ去ること幾十里のあり、或いは塌落して几里過ぎ去るを説く。また「遠峡」と呼び、両辺に迎あり送あり・護衛呼応するを要す。此の種の龍は走ること甚だ遠し。小龍にはこのような峡あらざらん。第十式は「穿田峡」。両旁の田は皆低く、中央の脈を過ぐるあの一条の田は独々高起するを要す。こうして両側の分水は才かに清楚。廖金精はこれを「青苗の中に骨を過ぐ」と称す。此の種の峡は最も吉。

渡水峽,要水中有石樑,謂之崩洪脈。《葬書》云“脈界水即止”。此謂渡水何也?蓋水不界石脈,而界土脈。邵子曰:“水即人身之血,石即人身之骨,土即人身之肉。”故血行於肉,不行於骨。血以資肉,肉以養骨以成身。惟氣則無往而不通者也。

「渡水峡」は水中に石梁あるを求め、「崩洪脈」と呼ぶ。『葬書』は言う「脈は水の界断に遇えばすなわち止住す」。然らば何の故にここはなお水を渡る能うや。水はただ土脈を界断する能く、石脈を界断する能わざるを以てなり。邵雍は言う。水は譬えば人身の血、石は譬えば人身の骨、土は譬えば人身の肉。血は肉の中に運行し、骨の中に運行せず。血は肉を滋養し、肉はまた骨を養う。合して一身を成就す。気に至っては、則ち通ぜざる処なし。

上峽圖九格,皆以脈言之也。而其脈又須有蜂腰鶴膝之形為美。末一格石脈,則有術家所謂崩洪十格,俱具圖於後。蜂腰鶴膝圖。凡龍脈束聚而成蜂腰鶴膝之形,其處氣旺,結穴必近,楊筠松云“蜂腰鶴膝龍欲成”是也。故凡見此形,則知龍將結作,可以求索穴場矣。

以上の峡図九格は、皆脈本身に就いて説く。而してこの条の脈はまた必ず蜂腰鶴膝の形状を帯びて才かに美を要す。最後の一格の講ずる石脈は、別に術家のいわゆる「崩洪十格」あり、皆後面に図を附す。以下は「蜂腰鶴膝図」。図形は已に佚し、ただ説明を存す。凡そ龍脈は収束凝聚して蜂腰鶴膝の形状を形成すれば、あそこは気最も旺、結穴は一定にすなわち附近に在り。楊筠松は言う「蜂腰鶴膝 龍将に成らんと欲す」、正にこの意。だから一たび此の種の形状を見れば、すなわち龍の将に結作せんとするを知り、あの一帯に於いて穴場を尋找す可し。

十大崩洪脈の図

石樑散亂,如手摸捉,在於水面者是也。石樑相牽相連,如瓜瓠在於水中是也。石樑如馬足跡在於水中是也。石樑如螺蚌之形在水是也。石樑生來如交角之形是也。石樑屈曲,如之玄字在水是也。石樑回抱如也字形是也。石樑三條如川字形是也。石樑縱橫如十字是也。石樑斷而復續是也。

以下の十格は今ただ図題を存し、図形は已に佚す。第一格:水中の石梁は散乱、一只の手の摸索抓取するが如く、水面上に露出す。第二格:石梁は彼此牽連相接し、瓜瓠の一串の水中に横たわるが如し。第三格:石梁の形は馬蹄印の如く、一個個水中に排す。第四格:石梁の形は螺蚌の如く、水裏に散布す。第五格:石梁は天生にして交角の形状を成す。第六格:石梁は屈曲し、「之」の字「玄」の字の水中に横たわるが如し。第七格:石梁は回環抱転し、「也」の字の形状の如し。第八格:石梁は三条並列し、「川」の字の如し。第九格:石梁は縦横交錯し、「十」の字の如し。第十格:石梁は断えてまた接続して下る。

上十大崩洪,乃石樑渡脈過水,其形有此十格。然亦難以此盡其形,舉此為式,觸類而長可也。蓋崩洪者,朋山共水之義也。廖氏云“朋山共水難尋脈,石上留眞跡。喚作崩洪有十名,官貴此中生”是也。其說出於楊筠松。《三十六脈歌》云:“崩洪之脈幾多般,朋山共水寔堪安。氣逢水界誰能別,眞龍偏向此中蟠。有人會得崩洪脈,腰懸金印入朝端。”

以上の十大崩洪は、石梁に靠りて脈を把り水を渡り去るを講ず。形状は約この十種の格式あり。ただしまたこれを以てその変化を窮尽し難し。挙出するはただ范例と作す。読者は能く触類旁通すればよい。いわゆる「崩洪」は、「朋山共水」(両山一水を夾む)の意思を取る。廖金精は言う。両山共に一水を夾むの処は最も脈を尋ね難く、石頭の上には却って真痕跡を留む。この種の格局は崩洪と呼び、共に十個の名目あり。官貴はすなわちここより出づ。此一説は楊筠松に源自す。『三十六脈歌』は言う。崩洪の脈は多少の種あるや。朋山共水は実に墳を安んず可し。気は水の界断に遇う、誰か分辮し出さん。真龍は偏偏としてすなわちこの中間に盤踞す。人若し崩洪脈を領会せば、便ち能く金印を腰に懸け朝班に位列せん。

其本旨則謂石脈之過水耳,後來因“眞龍偏向此中蟠”之句,遂誤謂脈中有穴,殊為可笑。矧此崩洪名目,以吾儒循名求義論之,亦當在擯斥之例,何也?山傾曰崩,水潰曰洪,乃惡名也。而術家乃為龍脈之美稱,何其背戾之甚。故張子微謂此乃術家以此暗藏機幸,闢之而不道。予於此收之,亦姑從俗借名,以證龍脈之渡水云耳。按:十大崩洪,李淳風《小卷》無十字、斷續二名,而有筋血、交劍,與楊公小異。以上所論過峽之脈,復有護峽之山圖具於後。

此一説の本意はただ石脈の水を渡るを講ずるのみ。後来「真龍は偏に此の中に蟠るを向く」の这一句を因とし、便ち誤解して石梁の当中に穴ありと為せり。実に可笑なり。況んや「崩洪」のこの名目は、我ら儒者の名に循い実を責むるの道理に按じて看れば、本来応に擯棄の列に在るべし。何を以てせん。山の塌陷は「崩」と呼び、水の潰決は「洪」と呼ぶ。皆悪名。術家は却ってそれを拿りて龍脈の美称と為す。実に太く常理に違背す。だから張子微はこれを術家のそれを借りて以て僥幸取巧の心思を暗藏するなりと認め、干脆として排斥して談ぜず。我がここに旧に収録するも、不过是れ姑く俗に随いてこの名称を借用し、以て龍脈の水を渡るこの事を説明するのみ。我が按ずるに、十大崩洪は李淳風の『小巻』の裏には「十字」「断続」の両個の名目なく、却って別に「筋血」「交剣」の両格あり、楊筠松の伝うる所と略微同じからず。以上の討論するは峡を過ぐるの脈。此の外さらに峡を護るの山あり。図は後面に列す。

護峡の山格

迎送凡脈離山而出,兩臂有護從之山,謂之送脈出身,亦曰送峽。脈起頂而上,兩臂有迴轉之山,謂之迎脈過峽,亦曰迎峽。此單迎單送也。迎送多者曰雙。此雙迎雙送,愈多愈好。大龍過峽,迎送有至數十重者,故以多為貴也。此有送無迎也。

先ず「迎送」を説く。凡そ脈は山体を離れて出づるに、両旁に護従の山ありて跟うれば、すなわち「脈を送りて出身す」と呼び、また「送峡」とも呼ぶ。脈は頂を起ちて上に向かい、両旁に回転して来たる山あれば、すなわち「脈を迎えて峡を過ぐ」と呼び、また「迎峡」とも呼ぶ。以下の几図は今ただ説明を存す。此一式は単迎単送。迎送の対を成すは「双」と呼び、此一式は双迎双送、愈々多きほど愈々好し。大龍の峡を過ぐるは、迎送の山の多きこと幾十重に至る皆あり。だから多きを以て貴と為す。此一式は送ありて迎なし。

此有迎無送也。凡有迎無送,有送無迎,若周密護得峽過,不受風吹,亦貴。此交互迎送也,也有吉有凶。此亦交互迎送也,力量差勝。上迎送峽,其迎龍之枝雖是逆轉迎峽,然不可認為逆龍。蓋逆龍枝腳一一望後,而正身前去,挺然獨出,故曰逆龍。此則惟是枝腳逆轉一二山顧峽,其正龍則自向前順去,隨身枝腳尤多且長也。胡直云“一種逆龍是迎接,反手雙雙開兩脅。接取龍來好處傳,此是龍生好枝葉。逆龍雖逆亦無害,一種交加是護峽。此等皆為富貴龍,左右均平龍在中”是也。

此一式は迎ありて送なし。凡そ迎ありて送なき・送ありて迎なきは、ただ護衛周密・峡を護送して過ぎ去りて風吹を受けざれば、また貴格と算う。此一式は交互迎送、吉もあり凶もあり。此一式もまた交互迎送、力量は略々一籌を勝る。以上は迎送峡を講ず。その中の龍を迎えるあの一枝は逆向に転じ来たりて峡口を迎接すといえども、それを以て「逆龍」と為すべからず。真正の逆龍は枝脚は一根根皆後に向かい指し、而して正身は旧に前に向かい挺然独出す。だから逆龍と呼ぶ。ここは不过是れ枝脚の中に一両座の山ありて逆転して峡口を照顧するのみ、正龍は仍旧として勢に順い前に走り去り、随身の枝脚は却ってさらに多くさらに長し。胡直は言う。一種の逆龍ありて是れ来たりて迎接する、反手の如く双双として両脅を張開し、龍を接住して好処に送り至る。これは正に龍の生出した好枝葉。逆龍は逆なるもまた妨害なし。別の一種の交錯相加するはすなわち峡を護る山。これらは皆富貴の龍に属す。ただ左右均平なれば、龍はすなわち正中を走る。

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