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靑鳥仙十不相

明 · 徐善继、徐善述 · 第27巻 / 56

作盤ガイド: 玄空飛星の作盤, 暦注(黄暦)

一不相粗頑丑石。頑石粗丑,形類凶惡者不可相也。亦有龍身及穴星,左右龍虎皆粗石,而穴間不見,且穴星純土者,則吉。如沐國公地,來龍純石,拔聳入雲。近而視之,巉巖峻峭可驚。及臨穴,左右皆石,只是當穴純土,光彩明白,所以吉也。福建興、泉諸名地,多有石。

第一、粗頑醜陋の石頭を看ず。頑石粗糙醜陋、形狀凶惡の物に類似するは、它を相る可からず。不過亦龍身及び穴星・左右龍虎全是れ粗石なる有れども、穴場の當中に看見せず、而且穴星是れ純土なるは、即ち吉なり。沐國公の那塊の地の如く、來龍純是れ石頭、地を拔きて雲中に聳入す。走近して看れば、巉巖峻峭にして人を嚇かす。等到穴の上に到れば、左右も皆是れ石、只だ正當穴處是れ純土、光彩分明、故に吉なり。福建興化・泉州一帶の許多の名地も、亦多く是れ石を帶ぶ。

二不相急水爭流。急水交劍爭流,穴前見之極凶,不可相也。三不相窮源絕境。卜氏云:“窮源僻塢,豈有眞龍?”誠以窮僻水尾,乃龍脈發身處,不可相也。有等大龍,翻身入源,奔至塢底而結穴者,不以此拘。四不相單獨龍頭。單山獨壟,孤寒無倚,不可相也。洪氏云:“獨當作露,不露不忌。”亦有大龍獨行,而至結穴處,開窩鉗,有龍虎者不忌。

第二、急水の劍を交えて流れを爭ふ處を看ず。急水が兩把の劍の交叉するが如く爭つて奔流し、穴前に見るは極凶、相る可からず。第三、窮源絕境を看ず。卜應天曰く、水源窮盡したる僻靜の山塢の裏に、焉んぞ眞龍あらんやと。的確に、窮僻の水尾は正に龍脈の起身する處、相る可からず。不過一種の大龍が翻身して回りて源頭に入り、塢底に奔りて纔に穴を結ぶは、則ち此の一條の拘束を受けず。第四、孤單の龍頭を看ず。單獨の一座の山・一條の壟、孤寒にして依る無きは、相る可からず。洪氏曰く、「獨」の字は當に「露」の字と作るべし。暴露せざれば則ち忌むに及ばず。亦大龍の獨自行走し、結穴の處に到りて窩形・鉗形を開出し、又龍虎有るは、同じく忌まず。

五不相神前佛後。卜氏云“神前佛後,忌聞鐘鼓之聲”是也。然予兄弟多見美地,不以此拘。如福建建寜楊文敏公祖地在白鶴山者,弋陽汪尚書祖地在叫巖寺者,皆切近禪室。又如廖金精扦張少保壽基,神廟先據,去其廟而立穴。若此之類,莫能殫舉。

第五、神前佛後を看ず。卜應天の曰く「神前佛後、鐘鼓の聲を聞くを忌諱す」、即ち此の一條なり。然れども我ら兄弟は少なからず美地の此の拘束を受けざるを見たり。福建建寧楊文敏公の白鶴山の祖墳・弋陽汪尚書の叫巖寺の祖墳の如く、皆禪房に緊挨す。又如廖金精が張少保の為に生基を點ずるに、那の地本來神廟に先んじて占められ、他は廟を拆して纔に穴を立てたり。此の一類の例子は擧げても盡くす能はず。

然則神前佛後,似亦不足忌與?竊謂神廟寺觀,多是孤陰寡陽、單獨龍神,或水口之山,故在不相。偶亦有結地者,則龍有臺屏帳蓋,而非單獨之比。有陰有陽,擁從侍衛,而非水口用神之屬。特其龍甚旺,故山川靈氣所鍾,未下之前,而有神靈依棲者,或餘氣發洩而為神廟寺觀者,若此之類,何神前佛後之足畏?諺云“天下名山僧占多”,其斯之謂與!

然らば神前佛後、亦忌諱するに值せざるが如しか。我れ竊かに以て、神廟寺觀は多く孤陰寡陽・龍神單獨の地に建てられ、あるいは水口の山の上に建てらる。故に「不相」に列せらる。偶爾亦地を結ぶ有るは、那は龍身に臺有り・屏有り・帳有り・蓋有りて、孤單一路と同じからず。陰有り陽有り、簇擁侍衛し、亦水口の神を用ゐる那一類に屬せず。只だ其の龍氣極めて旺にして、山川の靈氣此處に鍾聚し、人の葬り入る之前に先んじて神靈の依附し棲止する有り、あるいは餘氣發泄して神廟寺觀と成る有るを以てなり。此の一類の如きは、神前佛後又何の可怕るるあらん。諺語に曰く「天下の名山僧の占る多し」、說く所大概即ち此れか。

雖然,猶不可概以壇廟處有穴,而專慕於此。此等去處,不結穴者極多,結穴者乃偶有一二而已。若於不結穴處勉強扦葬,尤非所宜,不可不慎。誠有吉穴,務須至誠,以善求之,不可則止,付之緣份。切不可恃勢強求,以為理外之事。多見因此風水且未得,而反賈奇禍者,君子可不慎之哉!

話雖此の如し、仍ほ一概に壇廟の所在すれば即ち穴有りと認め、專門に此の類の地を羨慕しに行く可からず。此種の去處の穴を結ばざるは極めて多く、穴を結ぶは偶爾纔に一兩處有るのみ。若し穴を結ばざる地に勉強して下葬せば、尤其も不妥なり、慎まざる可からず。倘若那裏に確實に吉穴有らば、務めて至誠の心・正當の手段を以て求めよ。求め得ざれば即ち罷め、緣分に交せよ。切に勢を仗りて強奪し、它を情理之外に硬取す可き物と作す可からず。常に人の此れが為に風水還た手に到らず、卻て奇禍を招來するを見る。君子能く謹慎せざらんや。

傳疑建安楊文敏公祖達卿,好施與,以木萬株施之白鶴山僧,因得其地。先是,有望氣者言此山有異氣,欲斷之。且斷而夜復滿,遂止。楊氏葬後,文敏公榮登第,官太師。又科第數十人,至今富貴不替。

姑且此の傳聞を記す。建安楊文敏公の祖父名は達卿、施舍を喜好し、上萬株の樹木を白鶴山の僧人に施し、因りて那塊の地を得たり。此の前に、望氣を會する人の此の山に奇異の氣有りと說き、它を鑿斷せんと欲したる有り。然れども白日鑿斷せば、夜裏又長滿して初の如く、只だ罷めたり。楊家葬後、文敏公榮登科第し、官太師に至る。此外科第に考中する還た幾十人有り、到如今富貴衰えず。

按:是亦催官地也。葬此地時,文敏公十餘歲矣。公有《白鶴山房記》詳載得地之由,見《建寧志》,圖見龍法卷。又廖金精為張潛公扦壽域於德興鑄印墩,其穴為吳王芮廟基,神甚顯,不可犯。廖曰:“姑置,俟壬申歲,君家必產貴子,可令乳母襁褓中訓食為拆。

按。此れ亦一塊の「催官地」なり。下葬の那年、文敏公已經十幾歲なり。他の寫す『白鶴山房記』は、地を得るの緣由を詳細記載し、『建寧志』に見ゆ。圖は本書の龍法を論ずる那一卷に見ゆ。另外廖金精が張潛公の為に德興鑄印墩に生基を點ずるに、那の穴正に吳王吳芮廟の地基、神靈甚だ顯赫、冒犯す可からず。廖金精曰く、先ず一擱せよ。壬申年に到りて、你家必定貴子を生下せん。乳母をして他襁褓の中に在りて就きて他に「拆」這の字を念ずるを教へしむ可し。

三四歲語言明白,可負此子入廟,據案上,令乳母以果品食之,彼必言拆。預名僕伕百餘人至廟間,候童言拆,群聲應曰“領鈞旨”一時撤廟,然後扦穴可也。”果歲至壬申而誕張忠定公壽,如廖公語,撤廟扦穴。後忠定官至少保,贈潛亦少保,今稱少保墓。

等他三四歲にして話を說き清めるを得れば、即ち此の孩子を廟裏に背負ひ入れ、他を神案の上に坐せしめ、乳母に由りて果品を把りて他に喂らしめば、他必定「拆」の字を說き出さん。事先一百多名の仆役を約し廟中に等し、此の孩子一に「拆」を說けば、衆人齊聲に一句「鈞旨を領す」と應じ、當場廟を拆掉し、然る後即ち點穴す可し。後來果然壬申年に到りて張忠定公を生下し、名は壽。一切廖公の話に照らし、廟を拆し穴を點ず。此後忠定公官少保に至り、其の父張潛も獲贈少保、如今那裏即ち「少保墓」と稱作す。

六不相墓宅休囚。墓宅休囚,氣運衰敗,縱有吉穴,亦不發福,不可相也。蓋地之氣運有盛有衰。當其盛時,則小結作亦能發福;當其衰敗,則雖有上結亦不發越。故古今一洛邑也,古今一長安也,昔為富貴繁華之地,而今為草莽荊棘之場,非陵谷變遷,亦氣運使之耳。地師先須識此。

第六、墓宅休囚の地を看ず。墓地・宅地の氣運休囚衰敗するは、縱然吉穴有るも發福せず、相る可からず。地の氣運に盛有り衰有るを以てなり。當它旺盛の時、即使小小の結作も能く發福す。當它衰敗の時、縱有りて上等の結作も發し起る能はず。所以に古今同是れ一個の洛邑、同是れ一個の長安、從前是れ富貴繁華の地、如今卻て草莽荆棘の場と成れり。此れ幷びに山陵河谷形を改めたるにあらず、亦是れ氣運の使然なり。地師を作るは先ず此の一點を懂得するを要す。

七不相山岡潦亂。山勢岡壟走亂,條條無情之處,龍穴不聚,不可相也。八不相風水悲愁。風水悲愁者,山粗雄而不媚,水峻急而有聲,風交吹,如號如泣。或湖泊之間,或渺茫之坂,或山鄉之處,風水悲愁,多為戰鬥之場,每數十年,必有一次戰爭殺伐。或賊寇所過,或剿滅強梁之類,此必然之應也。

第七、山岡潦亂の地を看ず。山勢・岡壟亂走し、一條條毫も情意無き地は、龍氣と穴氣聚まらず、相る可からず。第八、風水悲愁の地を看ず。所謂風水悲愁は、山粗雄にして秀媚ならず、水陡急にして聲響有り、風は幾面より交り吹き來り、號叫の如く又啼哭の如し。あるいは湖泊の間、あるいは渺茫の坡坂の上、あるいは深山鄉野の處、凡そ風水悲愁の地方は多く戰場と成らん。每隔幾十年必ず一次の戰爭殺伐有り。あるいは賊寇の過境、あるいは官軍の剿滅強梁の類、此れ是必然の應驗なり。

九不相坐下低軟。凡主山,欲其盛旺高明。若坐下低軟,則無氣脈,多為軟弱蕩皮死氣之類,不可相也。十不相龍虎尖頭。龍虎尖頭相鬥乃凶。若尖而不射不斗,多是曜星發露,為貴地之證,又未可盡以為凶。楊公云:“或斗或射尖如針,兩邊相指穴前尋。非為子息多清貴,更須積玉與堆金。”蓋此等龍虎,若龍穴眞,乃為明曜,主貴尤顯。

第九、坐下低軟の地を看ず。凡そ主山は、皆它の旺盛高朗なるを要す。若し坐山低陷綿軟なれば、即ち氣脈無し。多く是れ軟弱・蕩皮・死氣の一類に屬し、相る可からず。第十、龍虎尖頭を看ず。龍虎尖著頭彼此相斗すのみ纔に凶と算す。若し只だ尖にして互射せず相斗はざれば、那は多く是れ「曜星」の顯露、正に貴地の憑證、一概に凶と作す能はず。楊筠松曰く、あるいは斗しあるいは射る、尖銳針の如く、兩邊互指し、穴即ち此の中間に就て尋ねよ。不但子孫多く清貴を出し、還た玉を積み金を堆せよ。見る可し此の一類の龍虎、只だ龍眞穴眞なれば、即ち「明曜」、貴を主し尤其も顯赫なり。

廖金精穴星八病:斬指摺痕項下拖,破碎石嵯峨。斷肩有水穿膊出,剖腹腦長窟。折臂原來左右低,破面浪痕垂。陷是腳頭竄入水,吐舌生尖嘴。又穴面四病:貫頂脈從腦上抽,星峰不見頭。墜足脈從□□下去,靈光內所聚。繃面橫生脈數條,生氣自潛消。飽肚粗如覆箕樣,醜惡那堪相。

廖金精の所說穴星の八種の病。「斬指」は項下に一道の折痕を拖出す。「破碎」は石頭嵯峨零亂。「斷肩」は水有りて肩膊の處より穿出す。「剖腹」は腦の上に長窟窿を生出す。「折臂」原本是れ左右兩臂低陷す。「破面」は面上に波浪般の痕迹を垂る。「陷」は脚頭水裏に竄入す。「吐舌」は尖々の嘴を生出す。另有穴面四病。「貫頂」は脈腦頂より直抽し、星峰頭を見えず。「墜足」は脈□□より往下に走り、靈光皆裏面に聚まる(此處底本二字を缺く)。「繃面」は橫生じて好幾條の脈、生氣自然潛消す。「飽肚」は粗く倒扣の簸箕の如く、醜惡にして看る法無し。

李淳風論脈有八病:如葫蘆則非乳,如魚胞則非泡。貫頂如竹不起頂,非節。透頂出脈,非硬。圓有脊,非塊。串不明,非珠。流動出脈,非轉皮。八病圖

李淳風の脈の八種の病を論ず。形狀葫蘆の如きは、即ち「乳」にあらず。魚鰾の如きは、即ち「泡」にあらず。貫頂竹竿の如くして頂を起さざるは、「節」にあらず。脈頂上より透出するは、「硬」にあらず。圓にして脊を帶ぶるは、「塊」にあらず。串連の分明ならざるは、「珠」にあらず。流動して脈を出ずるは、「轉皮」にあらず。以下題して「八病圖」と曰ふ、底本は圖題のみ存し、圖形は已に佚す。

又穴有七凶:貫頂串脈、露胎、繃面、死鱉背、斷如斬、受殺、吐殺。

此外穴場に還た七種の凶象有り。一是れ「貫頂串脈」、來脈星峰頂上より直穿して下り、結頂束氣の過程無し。二是れ「露胎」、穴心赤裸暴露し、四周遮攔包裹無し。三是れ「繃面」、穴面繃緊生硬、橫生じて幾條の直紋あり。四是れ「死鱉背」、穴形圓鈍僵硬、陰陽界線全然分かれず。五是れ「斷如斬」、脈氣此處に到りて刀に斬斷せらるるが如し。六是れ「受殺」、穴場正に尖射衝刑の處に當る。七是れ「吐殺」、穴星自身尖利の物を吐出し穴心を指向す。此の七樣只だ一樣を犯すのみ、即ち下葬す可からず。

泓師三十六絕穴

覆月:太陰星下角穴,何以謂之覆月絕哉?必孤露飽硬,無受穴之處,來龍不眞。多作水口羅星之類,誤下則絕。牛鼻:獨高而孤垂,無遮護,風交吹者是也。訣云:“雨打蛤蟆背,風吹牛鼻頭,有人扦此穴,田地不留坵。”窮源:源之窮盡處,乃龍未住,大山發足處耳,必山勢雄逼。《雪心賦》曰:“窮源僻塢,豈有眞龍?”亦有大龍翻身屈曲,結穴於源頭者,亦有似源頭寔非源頭者,又不以此拘。

「覆月」、指すは「太陰星」の下角に穴を取る。為甚麼把它覆月絕に列するか。此種の地方必定孤零裸露・飽滿僵硬、根本承受穴氣の窩面無く、來龍も不眞を以てなり。此の一類の山形多く是れ水口處の「羅星」の屬、誤り葬り下せば即ち絕嗣せん。「牛鼻」、指すは山頭獨自高起し、孤零零として垂れ下り、四周遮攔護衛無く、八面來風交り吹打す。口訣曰く、雨は蛤蟆の背上に打ち、風は牛鼻の頭上に吹く。若し人此處に穴を下せば、家裏の田地一坵も留め住めざらん。「窮源」、指すは水源窮盡の處、那裏龍還た停住せず、只だ大山起脚の處、山勢必定雄壯逼壓す。『雪心賦』曰く、窮源僻塢、那裏會眞龍あらん。不過亦大龍此處に翻身屈曲し、眞に源頭に結穴する有り、亦看似源頭其實幷び源頭にあらざる有り、則ち一概に此の一條に照らし拘殺す能はず。

牛角:尖露而出不多,是曜氣,不結穴,誤下必絕。釵股:硬露脈盡氣絶。帶刀:峻硬側斜,無立穴處。牽城:水斜牽無情,必不融結。倒城:傾瀉。三箭:水直射峻急,而來去皆凶。撞城:水直撞射穴。斷城:水沖破。四吊:四水直去無溶注。裹城:水裹頭無餘氣。訣云:“裹頭城裡莫扦墳,刦卻東西便動瘟。”

「牛角」、山脚尖利外露して伸出長からず、那是れ龍身の「曜氣」、本身幷びに穴を結ばず、誤葬必定絕嗣す。「釵股」、山脈僵硬裸露、到此脈盡き氣絕す。「帶刀」、山身陡峻僵硬にして又側身歪斜、立穴す可き地無し。「牽城」、水斜々として牽引して去り、穴に對し毫も情意無し、必定融結生氣する能はず。「倒城」、指すは堂局傾側・水一瀉して下る。「三箭」、水流直射して而且陡急、無論來水去水皆凶を主す。「撞城」、水直々として穴場を撞射す。「斷城」、指すは堂局水に衝破缺口せらる。「四吊」、四面の水皆直去し、一處も停蓄回注無し。「裹城」、水緊貼穴頭纏裹し、穴前一點の餘氣を留めず。口訣曰く、裹頭城裏墳を扦する勿れ。一旦東邊西邊の水皆來り劫奪せば、家中便ち瘟疫を鬧さん。

蛇頭:氣暴殺重,不開窩鉗,不可扦穴。若有氈者,下粘穴,又不拘此。或下王字穴,或下耳穴,皆要有自然窩泡,否則主凶。蛇尾:尖利而小且長,亦脈盡氣絕之所矣。浮牌:闊而氣散,不結穴。或龍眞者,可為陽基。遠岡:是纏護之沙,風吹水刦,無枝腳,或縱橫路遶,皆凶。犁壁:高峻而下尖,八風交吹,無藏蓄之態,主凶。

「蛇頭」、氣勢暴烈・殺氣甚だ重し、穴星又「窩」を開かず「鉗」を開かず、穴を扦する能はず。如果穴前「氈」を鋪出せば、「粘穴」を下す可く、則ち此の一條の限制を受けず。あるいは「王字穴」を下し、あるいは「耳穴」を下すも、但し皆天然の窩泡の承接有るを要し、否らざれば仍ほ凶を主す。「蛇尾」、山形尖利にして又細く又長し、亦是れ脈氣頭に到り生氣斷絕の地。「浮牌」、山面寬闊にして生氣渙散し、陰宅の穴を結ぶ能はず。若し來龍確實眞龍なれば、倒れて把它陽宅基地と做す可し。「遠岡」、那是れ纏繞護衛主龍の砂山、四面受風し又被水劫奪され、本身枝脚無し、あるいは縱橫の道路に環繞切割せらる、皆凶を主す。「犁壁」、山身高峻にして下端尖削し、八面來風交り吹打し、全く藏聚蓄氣の形態無し、凶を主す。

交劍:山之交劍者,尖利相指射。水之交劍者,兩水相交會。山交劍主殺斗軍配,水交劍是脈大盡處,主絕。死蛇:死蛇不屈曲而軟弱無氣,主絕。垂足:箕踞之狀,凶。天敗:崩陷之所,氣敗處也。誤認為窩而下之,主絕。懸針:大龍行去而垂枝腳,上大而下尖利如懸針,不結穴,主絕。鞋尖:微有起而孤露,無來脈,風吹水割。狼牙:尖露。離鄉:左右山飛走順水,無收拾。弓鞠:兩垂。弓弦:直急。鼠頭:尖縮。

「交劍」は山水兩種に分かつ。山の交劍は、兩邊山脚尖利相對し彼此指射す。水の交劍は、兩道の水迎面し相匯合す。山交劍は殺傷爭斗・發配充軍を主し、水交劍は則ち龍脈大盡の處、絕嗣を主す。「死蛇」、山脈直挺不屈曲し、軟弱にして生氣無し、絕を主す。「垂足」、山形人の兩腿を張き箕踞して坐するが如し、凶。「天敗」、是れ山體崩塌陷落の處、即ち地氣敗壞の地。若し誤りて崩陷處を把りて「窩」と當て葬り下せば、絕を主す。「懸針」、大龍行走の時垂下の枝脚、上頭粗大にして下頭尖利懸る針の如し。此樣の枝脚は穴を結ばず、誤葬絕を主す。「鞋尖」、微微隆起すれども孤零裸露し、來脈相連無く、風吹き水割く。「狼牙」、山脚尖銳外露す。「離鄉」、左右兩邊の山皆水勢に順て飛走し、一處も收攢無し。「弓鞠」、兩頭皆往下に垂る。「弓弦」、山脈直挺急促す。「鼠頭」、山頭尖細にして內に向て縮む。

過宮:氣去不融結。《葬書》云:“氣以龍止,而過山不可葬也。”不蓄:陰陽不交,界合不明,生氣散漫而無收拾。謂之不蓄,言不聚蓄也。《葬書》云“不蓄之穴,腐骨之藏”是也。騰漏:左空右缺,前曠後跌,地中生氣悉為風所蕩散,不能融聚。壟之沉氣升騰於上,支之浮氣漏洩於下,葬之無益於存亡,適足以腐敗棺骨。《經》曰“騰漏之穴,敗棺之藏”是也。臥尸:壅腫直硬,如死尸臥地。龍之無逶迤不結穴者也。誤下主絕。釵頭:前言釵股,乃硬而露。此言釵頭,乃硬而尖,皆凶。

「過宮」、龍氣只だ路過して停住するを肯ぜず、故に融結成穴する能はず。郭璞『葬書』曰く、生氣は龍脈に隨て停駐して纔に聚まり得住す。因此行走中正の過路の山は下葬す可からず。「不蓄」、指すは陰陽相交媾せず・界水合襟分明ならず、生氣散漫にして收攢する處無し。故に不蓄と曰ふ、即ち聚まり住めず蓄へ成らざるの意思。『葬書』の所說「不蓄の穴、腐骨の藏」正に此種を指す。「騰漏」、左邊空く右邊缺け、前面空曠にして後面跌落し、地中生氣全く風に吹蕩散せられ、凝聚する法無し。高壟の地は沉伏の氣向上に騰散し、平支の地は浮淺の氣向下に漏泄す。此處に葬れば生者死者に對して皆好處無く、只だ棺木・屍骨を漚爛せしむるに足るのみ。『葬經』の所說「騰漏の穴、敗棺の藏」正に此種を指す。「臥屍」、山身壅腫僵直、死屍の地に橫臥するが如し。此れ是れ龍身毫も逶迤生動無く、結穴する能はざる形狀、誤葬絕を主す。「釵頭」、前面講ずる「釵股」是れ硬にして裸露、此處講ずる釵頭則ち硬にして尖し。兩者皆凶を主す。

入式十二例雜論吉凶有り

一曰破:崩破峰壟,斷岡壞塹之地,或流水沖損,霹歷所驚。二曰歹:欹歹不正,在右邊則女不正破產,在左則出奸滑人。三曰流:流走不顧,隨水而去。或左右山不收,或玄武、朱雀尖竄。四曰射:山直來,尖射向塜宅。或如拖槍,或如懸刀,或如虯尾。

第一曰く「破」。山峰・山壟崩塌破損し、岡脊斷裂・壕塹壞毀し、あるいは流水に沖刷損傷せられ、あるいは雷霆の震擊に遭過す。第二曰く「歹」。山形歪斜不正。右邊に歪けば、女子行為不正・家業破敗を主す。左邊に歪けば、奸猾の人を出すを主す。第三曰く「流」。山勢一味流走して頭を回らし穴場を照顧せず、水に隨て一直に去りぬ。あるいは左右兩邊の山收攢せらず、あるいは後面の「玄武」・前面の「朱雀」尖削竄出す。第四曰く「射」。山直々として衝來し、尖頭墳墓・宅舍を射向す。あるいは形狀拖着の長槍の如く、あるいは懸るの刀の如く、あるいは虬龍の尾巴の如し。

五曰回:峰巒環合,入來相揖,龍虎宛轉回抱,歸向不流者是也。六曰伏:其山偃伏低下,不能高聳,或如覆尸,或如臥蠶是也。七曰圓:山欲圓而不欲粗,欲小而不欲大。粗大則鈍濁,圓小則清奇。八曰巧:巧者,秀麗如描畫,聳立如卓旗。或橫如玉帶,或突如跪爐,或轉如勒馬,或盤如戲龍,或疊如垂簾,或簇如懸幕,或列如排衙,或據如案床,或如驅羊,或如飛鳳,千狀萬類,不可盡載,智者自能明之。

第五曰く「回」。四圍峰巒環抱合攢し、一齊に穴場に朝し拱揖して來り、左邊「青龍」右邊「白虎」宛轉回抱し、皆穴心に歸向して水に隨て流走せず。第六曰く「伏」。山身偃臥低伏し、起き來るも聳き高くもせず、あるいは覆る屍體の如く、あるいは蜷臥の蠶の如し。第七曰く「圓」。山形は圓潤を要して粗蠢を要せず、小巧を要して肥大を要せず。粗大は則ち鈍濁を顯し、圓小纔に清秀奇特を顯す。此の三例皆吉象に屬す。第八曰く「巧」。所謂巧は、秀麗にして描畫し出せるが如く、聳立して插起の旗幟の如し。あるいは橫陳して玉帶の如く、あるいは突起して跪る香爐の如く、あるいは回轉して繮繩を勒する馬の如く、あるいは盤曲して戲耍の龍の如く、あるいは重疊して垂下の簾幕の如く、あるいは簇擁して高懸の帷幕の如く、あるいは排列して衙門裏班に分かち站立の差役の如く、あるいは憑據して公案坐牀の如く、あるいは羊群を驅趕するが如く、あるいは翅を展し飛ぶ鳳の如し。千形萬狀、一々記載する法無し。見識有る人自ら能く辨明せん。

九曰暗:形狀不明,在陰暗之處。或模糊不清,或眾山共圍一山。十曰亂:雜亂繁多,並無條理,如亂花,如投算,四散不可紀是也。十一曰水:有山無水謂之孤,有水無山謂之寡。水欲深而不急,欲平而無聲。十里之外有秀水入明堂者,大貴之地也。十二曰石:開壙見青石者凶,紅粉者吉。獨石如鼓,丑石如崩崖,尖利頑塊,俱凶。石碎巉巖,與山無草木,及石間有溼潤者,俱凶。若有五色石,細膩如粉,並五色土者,主大富貴之地。

第九曰く「暗」。山の形狀看り分明ならず、陰暗背光の處に處す。あるいは輪廓模糊不淸、あるいは衆山一齊に一座の山を圍困す。第十曰く「亂」。山形雜亂繁多にして毫も條理無し、散落の亂花の如く、擲翻の算籌の如く、四面散開し數へて數盡さず。第十一曰く「水」。山有りて水無きを「孤」と曰ひ、水有りて山無きを「寡」と曰ふ。水は深きを要して急を要せず、平靜を要して聲響を出さず。如果十里之外秀美の水「明堂」に流れ入る有れば、那は即ち大貴の地。第十二曰く「石」。開挖壙穴の時青石を見るは凶を主し、紅色土粉を見るは吉を主す。孤零零一塊の石頭鼓の如く、醜陋の石頭崩塌の山崖の如く、及び尖利の頑石塊、皆凶を主す。石頭碎裂して山勢險峻嶙峋、あるいは滿山草木を生ぜず、あるいは石縫の間濕漉漉として水を滲す、亦皆凶を主す。如果五色の石を開き出し、細膩粉の如く、并且五色の土を伴有れば、那は即ち大富大貴の地を主す。

劉白頭十般無脈絕

山凹絶、城門絶、覆鍾絶、馬眼絶、幹流絶。如居山谷,且要藏風。此山凹而龍虎腰缺陷,風吹其穴,主絶。廖氏云:“第一莫下凹風穴,決定人丁絶。”眞龍正穴結作於內,而門戶間雖似星辰,乃不結穴,謂之城門絶。形如覆鍾,高聳而直硬峻急,可尋下吐粘穴,要龍虎護衛其覆鍾。俗取向上穴者非是。若果有穴,則開窩鉗。來龍急而玄武高昂,不受穴,孤露受風吹,水必不聚堂,一無可取,何必泥亥龍艮龍哉!橫龍有空亡窩,趕元辰幹流,而左右山皆走竄,龍去別處做穴,乃過龍也。悞下必絕人丁。

此の一節原有五幅の圖、如今只だ圖題を存す。山凹絕・城門絕・覆鍾絕・馬眼絕・幹流絕、圖形已に佚し、下面依次は五幅圖の說明。山凹絕。若し山谷の中に安居せば、首先能く風を藏むるを要す。此處山形凹陷し、左右「龍虎」砂の腰身又缺口有り、風直に穴場を吹き、絕嗣を主す。廖金精曰く、第一凹風の穴を下す勿れ、人丁必定斷絕す。城門絕。眞龍正穴は裏面に結び、水口門戶の間雖亦有りて像樣の星峰、卻て幷びに穴を結ばず。誤りて門戶を把りて穴場と作せば、即ち城門絕と曰ふ。覆鍾絕。山形倒扣の鍾の如く、高聳して僵直陡急し、只だ能く山脚吐出の處に「粘穴」を尋ね、還た龍虎砂の此の覆鍾を護衛する有るを要す。世俗鍾頂に穴を取る是れ錯り。若し果眞穴有れば、必定「窩」「鉗」を開出せん。馬眼絕。來龍急促にして後山「玄武」高々と昂起し、穴を受くるを肯ぜず、孤露して風に當り、水も必定明堂に聚まる能はず。一も取る可き無し、何必死守亥龍・艮龍の類の方位の說。幹流絕。橫行の龍身に空亡の假窩有り、緊趕て「元辰水」幹流して下り、左右の山又皆走竄し出づ。龍其實是れ別處に到りて結穴せんと要す、此れ只だ一條の過路の龍、誤葬必定人丁を斷絕せん。

犁嘴絶、鵝頭絶、幹窠絶、初龍絶、大坂絶。降勢急而尖如犁嘴,直硬帶殺,不可扦穴,誤下必絕。護送不包穴而皆尖利,本身雖逶迤,不可謂龍活,乃鵝頭鴨頸,單寒微弱,故主絕。過龍假結幹窠,橫脈不能斗虎,又無唇氈證穴,必是花假,主絕。眞是初龍結穴則吉。但非初龍,而千龍發處,扦無脈無穴之地,山粗水短,無龍無穴,主絕。大坂之中,無龍脈,無突,無來歷,一坦平洋,或經斷脈水刦,不相聯屬,葬之主絕。

下一組も只だ五個の圖題を存す。犁嘴絕・鵝頭絕・幹窠絕・初龍絕・大坂絕、說明依次如下。犁嘴絕。山勢下降急促にして末端犁頭の如く尖し、僵直堅硬にして殺氣を帶び、穴を扦する能はず、誤葬必定絕嗣す。鵝頭絕。護送の砂包裹穴場するを肯ぜず而且個個尖利。本身山脈雖逶迤の狀有るも、亦活龍と算作す能はず。此れ是れ鵝頭鴨頸の形狀、孤單瘦寒・氣力微弱、故に絕を主す。幹窠絕。過路の龍假裝して一個の幹窩を結出し、橫來の脈氣能く右邊「白虎」と斗合せず、穴前又唇氈無くして印證せず、必定是れ虛花假穴、絕を主す。初龍絕。如果眞に初起の龍の結穴なれば、那自ら吉。但し幷びに初龍にあらず、只だ千百條の枝龍發脈の處、無脈無穴の地に下葬し、山勢粗蠢・水流短促、既に龍無し又穴無し、絕を主す。大坂絕。大片坂田の中龍脈無く、突起無く、來歷無く、一望平坦洋の如し、あるいは曾て斷脈の水に劫奪せられ、前後相聯屬せず、葬り下せば絕を主す。

洪梧齋二十四殺穴

若星頭不明,不土不金,肢腳走閃,巖峻破碎,崩崕洪赤,倒旗惡石,肥壅腫粗,茅葉拖鎗,歹欹軟蕩,架柴曬網,破傘嵯峨,柔弱屈曲,死蛇死鱔,散花亂衣,迎送不來,順下斜飛,披頭撒掌,均陷客風,當面捲簾,土牛牽動等穴,若不避忌,悞人敗絶,宜加精辨,庶眞假得分也。

洪梧齋の所列の二十四種の殺穴是れ此樣の形狀なり。穴星の頭面分明ならず、既に「土星」を成さず「金星」を成さず。肢脚走竄躲閃す。山巖陡峻にして破碎す。崖壁崩塌し土色赤紅なり。山形倒插の旗幟の如く遍く惡石を布く。肥胖壅腫にして粗蠢なり。茅草の葉の如く・拖着の長槍の如し。歪斜軟塌搖蕩す。架起の柴堆の如く・曬開の漁網の如し。破傘の如く・嵯峨亂石の如し。柔弱にして屈曲無力。死蛇・死鱔の如し。散亂の花・凌亂の衣の如し。迎砂・送砂皆到來せず。順水直下し斜身飛走す。披頭散髮し掌を攤開す。四面塌陷して外來の風灌入す。當面卷簾して水直瀉す。土牛水に牽動せらる。此れらの穴形若し避忌を知らざれば、即ち人の性命を誤り家を敗し嗣を絕さん。當に格外精細に分辨し、眞假纔に分かれ清まるべし。

玄武垂下,頸長如繩,而且纖細。頭上成星,而入首不昂,兩邊殺水又刦,全無生氣,不吉而凶。《雪心賦》云:“穴後須防仰瓦。”蓋後宮仰瓦,則氣不融結,何得有地?惟天財穴又喜仰瓦。不生胞乳,又無氈唇,龍必不眞,不須著眼。玄武吐舌,若龍眞而左右有情,亦有截法,所謂“玄武嘴長高處截”是也。壅腫彎來似壅弦,金魚不到土牛牽。時師道是窠囊裡,枉費心機空費錢。如人扶起筲箕樣,水直金魚會不成。氣脈不藏空立穴,子孫窮苦受伶仃。

以下是れ二十四殺穴圖の圖說、原書每則一圖を配し、此處圖形已に佚し、只だ說明を存す。其一「頸長」。後山「玄武」垂落下來し、頸項長く一條の繩子の如く、而且非常に纖細なり。頭上雖星體を結成すれども、入首處昂起せず、兩邊又殺水有りて劫奪し、全く生氣無し。不但不吉、而且凶を主す。其二「仰瓦」。『雪心賦』曰く、穴後須要隄防仰瓦せよ。後宮仰瓦なれば、氣即ち融結する能はず、那裏還た地あらん。只だ「天財穴」一格反りて仰瓦を喜ぶ。其三「無胞乳」。既に胞乳を生出せず、穴前又氈脣無ければ、來龍必定不眞、眼力を費やして看るに及ばず。其四「吐舌」。玄武吐舌の形、若し來龍眞・左右砂又情有れば、亦截取の法有り。即ち所謂玄武の嘴長、高處に截り住むを要す。其五「甕弦」。山身壅腫彎來して鼓起の弦の如く、「金魚水」穴前に到らず、土牛水に牽動せらる。時下の地師只だ它を窩囊の地と當て、心機を白く費やし錢を白く費やす。其六「仰箕」。形狀人の筲箕を扶起するが如し、水直去し金魚水會合成さず。氣脈藏め住む能はざるに憑空に穴を立つ、子孫只だ能く窮苦伶仃す。

牛軛形橫無節枝,兩邊水散局順飛。硬直挺然無護揖,誤扦枉死少年兒。如人擁膝坐寒爐,健硬生來氣脈粗。左右不回山水散,田連阡陌也如無。廖公云:繃面橫生脈數條,生氣自潛消。與此稍異,要之皆為凶穴,不可下也。廖公云:墜足脈從腳下出,此謂頭細頭粗,皆一理耳,俱不可下。《葬書》云:氣以生和,而童山不可葬也。蓋童禿之山,草木不能生育,安能有生氣以蔭人哉!竹篙頭硬而帶殺,既無節又無痕,誠一死硬物耳,安可下穴?

其七「牛軛」。形牛軛の橫陳するが如く、節苞・枝脚無く、兩邊水散り堂局水に順て飛去す。山身僵硬挺直にして護衛拱揖無し、誤葬すれば少年子弟を枉死せしめん。其八「擁膝」。形狀人の膝蓋を抱き冷竈前に坐するが如く、生來強健僵硬・氣脈粗蠢なり。左右砂回抱せず、山水四散し、縱然田連阡陌も、亦等しく無きに同じ。其九「繃面」。廖金精曰く、繃面の山橫生じて幾條の直脈、生氣自然暗々に消盡す。此處所指と廖公所說と略不同有れども、總じて歸ずる所皆凶穴、下葬する能はず。其十「墜足」。廖金精曰く、墜足是れ脈山脚底下より出づ。此處講ずる是れ上頭細くして下頭反りて粗し、道理是れ一樣、皆下葬す可からず。其十一「童頭」。郭璞『葬書』曰く、生氣は草木生發に靠りて纔に調和す。故に寸草不生の童山は下葬す可からず。童禿の山は連ちて草木も養活せず、那裏還た生氣有りて後人を蔭庇せん。其十二「竹篙」。山身竹竿の如く頭硬にして殺氣を帶び、既に節苞無し又痕迹無し、實在只だ一件の死硬の物、怎麼能く上面に穴を下さんや。

穴星不成,而硬直如搖拳,孤露受風,必來龍不眞,故有此丑穴,不必顧矣。反肘無情向穴,謂之龍虎反眥,主悖逆爭鬥,不孝不義,凶莫大焉。硬面天罡帶火如弩觜,不受穴,切勿輕下,主瘟火人命,枉死少丁。禾鍬面峻硬壁立,不受穴,是龍不眞,故成此形狀,不必追尋耳。玄武不垂頭者,謂之拒尸。故但凡穴前,必須要平坦,否則不納穴,皆是拒尸。白虎入明堂,兒孫主少亡。蓋虎山高昂,謂之銜尸。又入明堂,謂之拭淚,俱大凶。若水到右,白虎宜強,不以此拘。

其十三「搖拳」。穴星結ばりて形を成さず、僵硬挺直一隻の揮出の拳頭の如く、孤露して風を受く。此れ必定是れ來龍不眞、纔に此種の醜陋の穴を生出す。理會しに行くに及ばず。其十四「反肘」。山臂手肘の反轉するが如く、毫も情意無くして穴場に對す。「龍虎反眥」と曰ふ、子孫悖逆爭斗・不孝不義を主し、凶惡極點に到る。其十五「天罡帶火」。山面僵硬、「天罡」の形又火星を帶び、弩嘴の如く尖し、根本穴を受けず。切に輕易に下葬す可からず、瘟疫・火災・人命枉死・子丁稀少を主す。其十六「禾鍬」。山面陡峻僵硬・壁立牆の如く、穴を受くる能はず。此れ是れ龍身不眞纔に此の副形狀を長成す、再び追尋するに及ばず。其十七「拒屍」。後山「玄武」頭を垂るるを肯ぜざるを、拒屍と曰ふ。故に凡そ穴前は皆必ず平坦を須とし、否らざれば棺穴を容納する能はず、皆拒屍の類に屬す。其十八「虎逼堂」。「白虎」砂闖入明堂せば、子孫早亡を主す。虎山高昂するを「銜屍」と曰ふ、再び明堂に闖入するを「拭淚」と曰ふ、皆大凶なり。但し若水左邊より流れ右邊に到れば、白虎砂本就きて強きべし、則ち此の一條の拘束を受けず。

右二十四位殺穴:頸長者,來弱也;翅短者,無包藏也;貫頂者,無主星也;繃面者,生氣殺也;若如死鱉者,陰陽不分也;墜足者,後輕前重也;童頭者,躁禿無生氣也;竹篙、搖拳者,直殺也;水現、甕弦、空窩者,無頂乳虛窩也;死塊者,頑硬也;鱉裙者,氣散也;突肚似冬瓜,與覆鍾、筲箕,皆死硬粗峻也;箕口,散也;仰箕,虛窩也;擁膝,逼迫也;仰瓦,後空也;吐舌,露胎也;玄武壁立,不納也;虎逼堂,捶胸拭淚也。大抵穴星粗頑,破碎、壁峻、醜惡、壅腫、尖利、瘦削、柔弱、脈露、硬直不悠揚,皆謂之殺穴,必來龍不眞,故作穴不美,而水城、案對、龍虎縱合矩度,亦為虛花,不可貪砂水而失龍穴之根本也。

以上二十四種の殺穴、各其の病根有り。「頸長」是れ來脈衰弱。「翅短」是れ包藏遮護無し。「貫頂」是れ主星結頂無し。「繃面」是れ生氣變じて殺氣と成る。形「死鱉」の如き是れ陰陽分かれず。「墜足」是れ後輕前重。「童頭」是れ乾燥禿裸・生氣無し。「竹篙」「搖拳」是れ直硬にして殺を帶ぶ。「水現」「甕弦」「空窩」是れ頂乳無くして只だ虛窩有り。「死塊」是れ頑鈍僵硬。「鱉裙」是れ氣散り聚まらず。「突肚」冬瓜の如く、「覆鍾」「筲箕」と一樣、皆是れ死硬粗峻。「箕口」是れ散漫。「仰箕」是れ虛窩。「擁膝」是れ逼迫局促。「仰瓦」是れ後頭空缺。「吐舌」是れ穴胎裸露。「玄武壁立」是れ棺穴を容納する能はず。「虎逼堂」則ち胸を捶き淚を拭ふの狀の如し。大體說き來れば、穴星粗蠢頑鈍、あるいは破碎、あるいは壁立陡峻、あるいは醜惡、あるいは壅腫、あるいは尖利、あるいは瘦削、あるいは柔弱、あるいは脈氣裸露、あるいは僵直にして悠揚起伏の勢無し、此れら皆殺穴と曰ふ。它ら必定是れ來龍不眞、故に結び出せる穴不美なり。此の時縱然「水城」・案山朝對・左右龍虎皆規矩尺度に合すも、也只だ是れ虛花假象。切に砂水の好看を貪戀して、龍と穴此の根本を丟掉す可からず。

紫瓊張眞人穴法三十六怕

穴怕斗煞直扦。穴怕臃腫頑堅。穴怕孤露單寒。穴怕惡石巉巖。穴怕坐下低軟。穴怕卑溼瀝泉。穴怕懶坦平洋。穴怕崩破鑿傷。穴怕前高後低。穴怕四山壓欺。穴怕左空右缺。穴怕明堂傾跌。穴怕鎗頭鼠尾。穴怕鵝頭鴨嘴。穴怕高山峻嶺。穴怕面牆坐井。穴怕水走沙飛。穴怕燒窯築陂。

紫瓊張眞人の所列の三十六忌、先ず前十八條を說く。穴忌む斗煞相衝の處に直硬に下扦す。忌む山身臃腫にして頑鈍堅硬。忌む孤零裸露・單薄寒瘦。忌む四圍惡石嶙峋。忌む坐山の下低陷軟塌。忌む地勢低濕・終年泉水を滲出す。忌む一片懶散平坦平洋の如く起伏無し。忌む山體崩塌破損あるいは人に開鑿損傷せらる。忌む前面高くして後面低し。忌む四面の山壓迫欺凌す。忌む左邊空虛にして右邊缺口。忌む明堂傾側跌落す。忌む砂形槍頭の如く・鼠尾の如し。忌む鵝頭の如く・鴨嘴の如し。忌む高山峻嶺の頂。忌む面前牆壁の如く遮堵し身井底に在るが如し。忌む水走り砂飛び四散無收。忌む近旁燒窯築壩の類の人工破壞有り。

穴怕捲簾水現。穴怕刦砂當面。穴怕凹風吹射。穴怕元辰直瀉。穴怕堂氣不收。穴怕箭水直流。穴怕界水淋頭。穴怕牽動土牛。穴怕明堂空曠。穴怕界水塞暗。穴怕八風交吹。穴怕劍水沖摧。穴怕全無餘氣。穴怕路行穿臂。穴前怕見深坑。穴前怕見反城。穴後怕是仰瓦。穴後怕是高掛。

後十八條是れ此の如し。穴忌む穴前層層跌落卷簾の如く・堂水一覽無遺。忌む劫砂當面直衝す。忌む凹風灌進來て穴場を吹射す。忌む「元辰水」穴前より直瀉して出づ。忌む明堂の氣收攢し住めず。忌む箭の如き直水流出す。忌む界水穴頂より淋頭して下る。忌む水「土牛」を牽動し沖垮す。忌む明堂空曠にして關攔無し。忌む界水壅塞せられ暗滯通ぜず。忌む八面來風交り吹打す。忌む劍の如き水沖刷摧折す。忌む穴後全く餘氣承接無し。忌む道路有りて龍虎兩臂を橫穿す。穴前忌む深坑陷落を見、忌む反弓無情の水城を見る。穴後忌む是れ仰瓦の形、忌む高々と懸掛して依托無し。

紫淸眞人白玉蟾四喻

龍雖好而無穴,謂之有若無;穴雖好而無龍,謂之寔若虛;地雖吉而葬不得法,謂之有官而無祿;地雖吉而年月失利,謂之有舟無楫。傳疑玉蟾仙翁為臨川吳氏扦新畲陽基,在縣北百里,鱔魚形。吳氏舊基乏人。翁曰:“扦此大旺人丁,但年月未利。”吳氏欲速,不暇筮期。仙翁曰:“亥卯水流乾戌合,年月不利貴來遲。”吳氏果大旺人丁。自宋迄今,三百年後始出中江公璁,登嘉靖乙未進士,官籤憲。曰方、曰慧、曰宗漢諸君,連登科第方亨。

龍脈雖好、卻て眞穴を結び出さず、此れを「有若無」と曰ふ。看る是れ有るも、其實等しく無きに同じ。穴形雖好、背後卻て眞龍の接續無し、此れを「實若虛」と曰ふ。看る是れ實在も、其實是れ空なり。地氣雖吉、下葬卻て法度に合せず、此れを「有官而無祿」と曰ふ。名分是れ有るも、實惠卻て拿るに到らず。地氣雖吉、選定の年月卻て時利を失ふ、此れを「有舟無楫」と曰ふ。船是れ有るも、卻て划動す可き楫無し。白玉蟾此の四個の比喻は、要點明する龍・穴・葬法・年月四者一も缺く可からず。下面此の段は傳聞存疑の說に屬す。白玉蟾仙翁曾て臨川吳氏の為に新畬の陽宅基地を點定し、位置縣城以北一百里、形鱔魚の如し。吳家原來の舊基人丁凋零す。仙翁曰く、此處に遷れば人丁大旺せん、只だ是れ年月還た不吉利なり。吳家急ぎて動工せんと要し、卜擇日期に及ばず。仙翁便ち課語を留下して曰く、亥卯の水幹戌と相合し、年月既然不利なれば、貴氣就きて遲く來らんと要す。後來吳家果然人丁大旺し、宋代より直到今天、三百年を過て纔に中江公吳璁を出し、嘉靖乙未科進士に考中し、僉都御史を做到す。此後吳方・吳慧・吳宗漢等人接連登科し、家道此れ纔に亨通して起來り。

辨穴眞假

附:凡定穴,有天然的定之所,一步不可移易者,方為眞穴。如人灼艾用針,自有一定之穴,不可差毫釐。若移左一步放棺亦似是,移右一步放棺亦似,移上亦正,移下亦正,無的然之所者,則非眞穴。術家謂之菩薩面,面面皆好,決非眞穴。無蹤跡個字,無燕尾三叉,無唇氈證佐。有個字,有唇氈,有三叉。龍分兩片穴三叉,證佐分明始是眞。平正尖圓隨步有,也應此地小榮華。

附論一則。凡是點定穴位、必定有一處天然確定の位置、挪動一步都不行、此れ纔算真穴。就像醫家用艾灸・用針刺、人身上自有一定の穴道、差一絲一毫都不成。如果向左挪一步放棺看著也像、向右挪一步放棺看著也像、往上移也端正、往下移也端正、找不出那個非此不可の定點、那就不是真穴。術家把此種情形叫做「菩薩面」。四面八方看去處處都好、恰恰說明它決不是真穴。此處原有真假兩穴對照之圖、圖形已佚、只留下兩則圖說。假穴一圖說的是。穴上看不出「個」字形の分水蹤跡、沒有燕尾一般の「三叉」合水、也沒有唇氈可作憑證。真穴一圖說的是。有「個」字分水、有唇氈承托、有三叉合水。龍脈到穴頂分成兩片流下、穴前有三叉水交會、此れ些憑證淸淸楚楚、纔算得上真穴。至于穴形是平是正・是尖是圓、隨著步位高低各有不同、只要證佐分明、縱然格局不大、也能應出一份小小の榮華。

傷龍傷穴說

附:傷龍傷穴有兩說,一是點穴太高為傷龍,穴點太低為傷穴;一是順來順下,氣沖於腦,謂傷龍;斜插太過,氣不貫耳,謂傷穴。二說俱是。以氣言,高則氣太急,低則脫氣,順來順下,鬥氣沖腦,饒減太過,脈注不著。故云“高低饒減咫尺間,得失吉凶從此定。”不可不慎。傷龍主禍速,傷穴主禍遲。古人謂“寧可傷穴,不可傷龍。”以取禍之遲速言耳。其實二者均不可傷。一說掘鑿太廣傷龍,開井太深傷穴,皆當慎之。

附論一則。傷龍・傷穴有兩種講法。一種是穴點得太高叫傷龍、穴點得太低叫傷穴。另一種是脈氣順來而又順著直下、氣直衝穴腦、叫傷龍。下扦時斜插過了頭、氣貫不到穴耳、叫傷穴。此兩種講法都對。從氣上說、點得太高則氣來得太急、點得太低則脫開了氣。順來順下、斗氣直衝腦門。「饒減」讓得過了頭、脈氣就注不到穴心。故に說、高低饒減不過在咫尺之間、一穴の得失吉凶就由此定了、不能不謹慎。傷龍の禍來得快、傷穴の禍來得慢。古人說寧可傷穴、不可傷龍、只是就取禍の遲速而言、其實兩者都傷不得。還有一種說法。開挖の面積太大是傷龍、金井掘得太深是傷穴、都應當小心。

重刊人子須知資孝地理心學統宗卷四下之二

江右山人徐善繼述 同著。此冊專論怪穴。夫怪穴者,異常之穴也。眞龍藏幸,穴多異常,人難測識,故曰怪穴。寔乃造化隱機,以俟有德。故凡大地,多是怪穴。但常穴易安穩,怪穴多僥險;常穴雖時師猶可知,怪穴非法眼不可辨。若識怪不眞,為害不淺。本欲置之不談,尙恐庸師嗜利者,籍口奇怪,黎首飲鴆。又愳自認聰明者,索隱好奇,置身險地。是以將言復輟,欲罷不能。謂如隱秘而不談,孰若直陳而破惑?敢將師訣,參以己知,立歌補註,用述其概云。

江右山人徐善繼・徐善述兄弟合著。此の一冊專門討論怪穴。所謂怪穴、就是不合常格の穴。真龍善於隱藏躲閃、所結之穴多半異乎尋常、人不容易看破、故に稱為怪穴。它實在是造化有意藏起來の機關、專等有德之人。因此凡是大地、多半是怪穴。只是常穴容易安穩、怪穴多帶僥倖凶險。常穴連一般時師也還看得出、怪穴不是具眼の行家分辨不來。倘若認怪認得不真、害處不淺。本來打算擱下不談、又怕貪利の庸師借「奇怪」二字作幌子、讓人白白服毒送命。又怕自作聰明の人搜奇好異、把自己置於險地。因此話到嘴邊又停住、想罷手卻罷不了。與其隱祕不說、不如直說出來替人破除疑惑。于是把師傳口訣連同自己の心得、編成歌訣並補上註解、把大略講一講。

怪穴破惑歌

眞龍藏幸穴奇怪,俗眼何曾愛?天珍地秘鬼神司,指點待明師。注:藏者,晦而隱也。幸者,譎而險也。蓋眞龍融結,福量非常,故其為穴,亦殊常格。潛蹤閃跡,韜光斂華,而為詭異形穴,若有閉藏之狀,不使時俗易識,故曰藏幸。厲伯韶云:“天機好處從來秘,不教俗眼識其奇。”

歌訣說。真龍善於藏幸、結出の穴奇特古怪、世俗の眼光哪裏會喜歡它。此れ是上天珍藏・大地祕惜・鬼神看管著の東西、要等明師來指點。註解。所謂「藏」、是晦暗而隱蔽。所謂「幸」、是詭譎而險峻。真龍融結之處福分非同尋常、故に它結の穴也異於常格。把蹤跡潛藏起來・把鋒芒收斂起來、做成詭異の形狀、像是有意閉藏、不讓世俗輕易認出、故に叫「藏幸」。厲伯韶說。天機最好の地方從來都是祕密の、不讓俗人の眼睛看出它の奇處。

然大地吉穴,人不易識。若天地之有呵護以待厚德,不輕與人者。苟非明師深契奧妙,何以發天地之隱,洩鬼神之機哉!陳氏名策,號靈泉,銀邑人云“地出生成捉穴易,不須師管郭。地逢怪異穴難扦,遂要遇神仙”是也。但怪穴雖待明師而後扦,名師亦必積德而可致。故積德為圖地之本,良有以也。苟使穴皆不怪,人皆可扦,則為惡之家亦可以得吉地,豈造化福善禍淫之微意哉!

然而大地吉穴、人不容易認得出來。那情形就像天地在旁邊呵護著它、專等厚德之人、不肯輕易給誰。若不是明師深深契合其中の奧妙、怎麼揭得開天地の隱祕・泄得出鬼神の機關。陳策。號靈泉、銀邑人。說過。地若生成得現現成成、捉穴就容易、用不着請管輅・郭璞那樣の高手。地若長成怪異模樣、穴就難扦、非得遇上神仙不可。不過怪穴雖然要等明師纔扦得下、明師本身也要靠積德纔請得到。故に說積德是求地の根本、此話很有道理。假使天下の穴都不怪、人人都能扦、那麼作惡之家也照樣能得吉地、哪裏還談得上造化「福善禍淫」の深意呢。

明師堪破玄機訣,秘密不敢說。恐君緣福或輕微,指出反驚疑。注:天造地設,或好地丑形,或好形丑病。如杜後無齒,侍周王則生;鉤弋手拳,遇漢武則伸。俟其人耳。明師之識怪穴,怪穴之待明師,豈偶然哉!

歌訣說。明師看破了其中の玄機口訣、卻祕而不宣、不敢說出來。只怕你の福緣太薄、指點出來反而惹得你驚疑不信。註解。天造地設の東西、有の是好地卻生就醜形、有の是形狀好卻帶著醜病。就像後周太祖の杜太后天生無齒、侍奉周王之後牙齒纔長出來。漢武帝の鉤弋夫人兩手蜷曲不能伸、遇上漢武帝手纔張開。都是在等那個對の人罷了。明師能識怪穴、怪穴在等明師、哪裏是偶然の事。

但此等大地,明師雖能識之,奈何形穴怪異,隱晦殊常,苟非陰功重厚,福人慶門,雖有曾楊之能,周孔之地,獻之必不受,告之必不信,反致掩口胡盧,或驚駭疑怖,甚至訕謗詆譭而咎之。若吳國師景鸞獻中乾地,而反遭禁錮者,世豈少哉!

只是此の一類大地、明師雖然認得出、無奈它形狀怪異・隱晦異常。求地の人如果沒有深厚の陰德・不是有福有慶の人家、那麼縱使地師有曾文辿・楊筠松の本事、指點の是周公孔子那樣の吉壤、獻給他他也一定不肯要、告訴他他也一定不肯信、反而會掩著嘴偷笑、或者驚駭疑懼、甚至譏諷毀謗、把過錯都推到地師身上。像吳景鸞國師進獻中幹龍の吉地、反倒因此遭到囚禁、此樣の例子世上難道還少嗎。

何也,誠以此等大地,非淺福薄德所宜受用。苟不度德而妄獻輕指,則天地鬼神加怒,而地師反遭禍害。故明師雖遇此眞龍大地怪異之穴,必須珍重,毋得輕洩,以取禍愆。賴氏云:“世降風移人少淳,大地相逢勿輕許。”廖氏云:“世人將信又將疑,枉自洩天機。”

為甚麼會此樣。實在是因為此の一類大地、本來就不是福淺德薄の人所能消受の。倘若不衡量對方の德行就胡亂進獻・輕易指點、天地鬼神就會發怒、地師自己反而要遭禍害。故に明師即便遇上此種真龍大地上の怪異之穴、也必須鄭重珍惜、不可輕易泄露、免得招來罪愆。賴布衣說。世道日下・風氣轉移、人心少有淳厚の、遇上大地不要輕易許人。廖金精說。世人聽了半信半疑、白白把天機泄露了。

地有奇巧有丑拙,總名為怪穴。巧是穴形美且奇,地位使人疑。拙是穴形媸且丑,狐疑難下手。高人造化蘊胸中,巧拙盡玄通。注:眞龍之融結,有處於非常之地者,謂之巧。有結為詭丑之形者,謂之拙。總名曰怪穴,惟高術之士能明之。

歌訣說。地有奇巧の一路、也有醜拙の一路、總名都叫怪穴。所謂巧、是穴形既美又奇、只是所處の位置讓人生疑。所謂拙、是穴形又醜又難看、叫人狐疑不敢動手。高明の人胸中蘊著造化之理、巧也好拙也好、都能一一看通。註解。真龍の融結、有の落在極不尋常の位置上、此れ叫做巧。有の結成詭異醜陋の形狀、此れ叫做拙。兩者合起來總稱怪穴、只有術業高深の人纔明白。

大凡怪穴有蹺蹊,龍要十分奇。認得龍神的的眞,怪穴始堪針。注:怪奇以龍為取舍,故必有十分美龍,方可下之。不然則多謬戾,禍不旋踵。《經》云:“龍若眞兮穴便眞,龍不眞兮少眞穴。”又云“恐君疑穴難取裁,好向後龍身上推。龍上生峰是根核,前頭形穴是花開。根荄若眞穴不假,蓋從種類生出來”是也。

歌訣說。凡是怪穴總有蹊蹺之處、來龍必須十分奇秀。認定龍神確確實實是真の、怪穴纔可以下針點定。註解。判斷奇怪之穴、取舍全看來龍、故に必須有十分美好の龍、纔可以下葬。不然多半要出差錯、災禍轉眼就到。『葬經』說。龍若是真の、穴自然就真。龍若不真、就少有真穴。又說。怕你對穴形拿不定主意、最好回到後面の來龍身上去推求。龍身上生出の星峰是根、前頭の形穴是花。根若是真の、花就不會假、因為花本來就是從此の根上長出來の。

巧穴巧穴何巧穴,仔細與君說。或然高在萬山巔,天巧穴堪扦。注:地有結於萬仞山巔而為天巧之穴者,子微云:“第一天巧最高穴,常人懼怕輕棄撇。只言高處穴難安,不知巧穴有眞訣。天巧山頂分龍虎,峻地平夷有門戶。人到穴中有半天,四望百里堪摘取。此地神童及狀元,子子孫孫皆過府。”

歌訣說。巧穴啊巧穴、究竟甚麼算巧穴。讓我細細講給你聽。有の高高地結在萬山之頂、那就是可以下扦の「天巧穴」。註解。確實有結在萬仞山巔而成為天巧之穴の。張子微說。第一等の天巧穴位置最高、常人望而生畏、輕易就把它捨棄了、只說高處安不下穴、不知道巧穴自有真訣。天巧之穴在山頂上分出「龍虎」二砂、陡峻之地上偏有一塊平夷之處、還帶著門戶。人站到穴中像懸在半空、四面望出去百里山川都可摘取。此樣の地出神童・出狀元、子子孫孫都做官過府。

釋之者曰:“穴不在天而名曰天巧,以其高出雲霄,如在天上,故曰天巧。每見龍穴湫窟、仙祠佛宇,多在崇岡疊嶺之上。登山或數十里,或二三十里,多至五六十里,方見窟穴宮室。所在莫不別有天地境界。觀其龍穴,其為龍宮,其為仙廟,其為佛剎,各隨其宜,不可更革。蓋天造地設,逞奇顯異,山上出泉,冬夏不竭。峰巔有田,多至萬傾。未經開荒,則長林茂木、惡蜂、毒蛇、鬼神占護。及其緣會遇合,則風霆開霹,鬼神剪除,長徑屈蟠,廣途平坦。此造化之玄也。天巧之穴,無以異此。”信哉,言也!

解釋此の一格の人說。穴並不真在天上、卻叫做天巧、是因為它高出雲霄、彷彿懸在天上、故に稱天巧。常見龍潭深窟・神仙祠宇・佛家寺院、多半坐落在高岡疊嶺之上。上山有の要走幾十里、有の二三十里、多の到五六十里、纔見得到那處洞窟宮室、而所在之處無不別有一番天地境界。看那裏の龍穴、該做龍宮の做龍宮、該做仙廟の做仙廟、該做佛剎の做佛剎、各自適得其宜、誰也改動不了。此れ都是天造地設、故意逞奇顯異。山頂上冒出泉水、冬夏不竭。峰巔上有田、多到萬頃。未曾開墾時、那裏是高林密木・惡蜂毒蛇、還有鬼神占守。等到機緣湊合、便風雷劈開・鬼神讓路、長長の小徑盤繞而上、寬闊の大道平坦好走。此れ就是造化の玄妙。天巧之穴の道理、和此れ沒有兩樣。此番話說得實在中肯。

是故凡天巧之穴,雖在高山,及登其所,豁然開闊,局勢寬平,如在平地,不知為萬仞山巔。但見四面八方,獻奇列秀,如三千粉黛、八百煙花,次第羅列。城郭周完,朝案重疊,明堂團緊,左右環抱,三陽具備,諸吉拱護,水不傾瀉,穴不孤寒,乃為眞結,力量極大。上格貴龍,乃為禁穴,或出聖賢;中格龍亦能出將入相、皇妃國戚、神童狀元、滿門朱紫;下格龍無此融結也。

故に凡是真正の天巧之穴、雖然位在高山、等你登上去一看、眼前豁然開闊、局勢寬平、就像站在平地上一樣、根本覺不出是在萬仞山巔。只見四面八方群峰獻奇羅秀、好比三千粉黛・八百煙花依次排列。「羅城」周正完整、朝山案山重重疊疊、「明堂」團聚緊湊、左右環抱有情、「三陽」齊備、各樣吉砂拱衛護持、水不傾瀉而去、穴場不孤零寒冷。此樣纔算是真結、力量極大。上等格局の貴龍結此穴、屬於「禁穴」、甚至能出聖賢。中等格局の龍也能出將入相・出皇妃國戚・出神童狀元、滿門顯貴。下等格局の龍則根本結不出此種穴來。

予兄弟所見者,如漢高祖祖地在寕都縣靈雲山牙鼓峒見朝州府郡《志》及《一統志》、舊名虔州府虔化縣,朱夫子祖地在婺源縣官坑嶺金斗形樑上穴,笵文正公祖地,在蘇州大湖格名萬笏朝天,及吾邑廖公下張氏白牛坦祖地出一文一武一神仙:張忠定公燾為叅知政事,文也;甲公忠利侯,武也;紫瓊眞人張君範,仙也,泉州曾丞相公亮祖地番天馬蹄形,皆其格也。

我們兄弟親眼見過の天巧之穴、例如漢高祖の祖地、在寧都縣靈雲山牙鼓峒、此地見於州府志書和『大明一統志』、寧都舊名虔州府虔化縣。朱熹先生の祖地、在婺源縣官坑嶺、金斗形の梁上穴。范仲淹の祖地、在蘇州太湖、格名叫「萬笏朝天」。以及我們本縣廖金精為張氏點の白牛坦祖地。此の一地出了一文一武一神仙。張忠定公張燾官至參知政事、是文。張甲受封忠利侯、是武。紫瓊真人張君範、是仙。還有泉州曾丞相曾公亮の祖地、形名「番天馬蹄」。此れ些都屬於天巧一格。

大抵此等地,要穴場極暖,雖在高山,不知其高則善。否則,據高挹秀,未免風寒,又多結為神仙窟宅。如太和山之玄帝宮、九華山之地藏殿、匡廬天池寺、雁蕩羅漢巖,與夫武夷天遊、西華仙掌、太華三仙、黃梅四祖等處,皆天巧穴也。

大體說來、此の一類地要緊の是穴場極其溫暖、雖然身在高山、卻感覺不出它高、此れ纔算好。否則只是占著高處採納遠秀、難免風寒侵襲、那樣の地方多半結成神仙洞府・僧道居所。像武當山の玄帝宮・九華山の地藏殿・廬山の天池寺・雁蕩山の羅漢巖、以及武夷山の天游峰・西嶽華山の仙人掌・太華の三仙・黃梅の四祖寺等處、都屬於天巧之穴。

凡修佛,亦須擇取名山,然後以成道。蓋亦收山川之靈秀耳。人嘗謂“修仙先要選名山如許眞君煉丹洞,郭景純選酉山金氏宅而後成道,切忌孤峰四望寒。請君古來成道處,洞天福地不尋常古云“天下名山僧占多”不其然乎。”

凡是修佛の人、也一定要挑選名山、然後纔能成道、無非是要收攝山川の靈秀之氣罷了。有人說過。修仙先要選名山。像許真君の煉丹洞・郭璞選定酉山金氏の宅地、都是先得名山而後成道の。最忌孤零一座山峰・四面望去一片寒涼。請看自古以來成道の地方、那些洞天福地哪一處是尋常之地。古語說「天下名山僧占多」、不正是此の道理嗎。

或然低在深山裡,沒泥穴可取。注:地有結於平田汙下之處者。廖氏曰“藏龜閃跡在田中”是也。張子微謂之天平穴。中原平洋之地,龍行地中而不可見,間露毛脊,為石骨,為墩阜。及結穴處,亦要高下分明,此亦名為沒泥龍蛇,藏蟄於泥,時有毛脊露出泥外,取其不見龍身,間露一二,知其為蛇龍之蟄藏耳。此格全在觀水勢以尋穴。故楊公云“平地龍神因水勢”,又云“凡到平洋莫問蹤,只觀水遶是眞龍。”但龍平田散亂難見,而又雜以溝洫,諸水縱橫,未易檢點,必心目聰巧,而後可識。不然,亦水邊日耳。

歌訣說。有の卻低低地藏在深山裏、泥水之中反倒有穴可取。註解。確實有結在平田低窪汙濕之處の地。廖金精所說「藏龜閃跡在田中」、指の就是它。張子微把它叫做「天平穴」。中原一帶の平洋之地、龍在地中潛行而看不見、只是間或露出一線微脊、或成石骨、或成小墩阜。到了結穴の地方、也還是要高低分明。此の一格又叫「沒泥龍蛇」。龍蛇蟄伏在泥中、時時有一線脊背露出泥外。取の正是看不見整條龍身・只偶爾露出一兩處、由此知道它是龍蛇潛蟄。此の一格全靠觀察水勢來尋穴、故に楊筠松說。平地の龍神要憑水勢去認。又說。凡到平洋不必問它の蹤跡、只看水繞之處便是真龍。只是龍在平田裏散亂難辨、又夾雜著溝渠、諸水縱橫交錯、不容易一一檢點、必須心思眼力都極靈巧、纔認得出來。不然、也只是在水邊空耗時日罷了。

或然孤露八風吹,登穴自隈聚。注:廖氏云:“坐空轉面去當朝,不怕八風搖。”然亦不可穴上受風,登穴隈聚則善也。張子微天風穴云:“八風可至之地,望之若寒,即之則溫;望之似露,登之則藏。”《發揮》云:“山峻穴高,蓋於峻中求平;山露穴出,蓋以兩肩有蔽。”似於孤露受風,其實則藏風聚氣,此所以吉。俗眼不識,嫌其露也。或然直出兩水射,臨穴有憑藉。注:楊公云“亦曾見穴直如鎗,兩水射脅似難當”是也。然兩水射脅之穴,必要當水射處,或有石曜沖出,或有山頭夾照,穴間不見水來,故曰“臨穴有憑藉”。

歌訣說。有の穴看去孤零裸露・八面來風、等你登上穴場、卻自有一處隈藏聚氣之地。註解。廖金精說。坐後空虛而轉身去朝對來水、就不怕八風搖撼。不過穴場本身仍舊不能受風、要登上去果然有隈藏聚氣之感纔好。張子微講「天風穴」說。八面來風都能吹到の地方、遠望像很寒冷、走近了反而溫暖。遠望像很裸露、登上去反而藏得住。『發揮』說。山陡峻而穴位高、要在陡峻中找一塊平地。山裸露而穴位突出、要靠兩肩有所遮蔽。此種穴看起來像是孤露受風、實際上卻能藏風聚氣、故に為吉。俗人の眼力認不出來、只嫌它裸露。歌訣說。有の穴直挺挺地伸出去、兩邊有水直射它の脅側、可是到了穴上自有依憑遮擋。註解。楊筠松說、也曾見過穴形直得像一杆槍、兩道水射著它の兩脅、看似難以承當。然而此種兩水射脅の穴、必定要在水所射到の位置上、或者有「石曜」衝出來擋住、或者有山頭夾在旁邊照護、站在穴中根本看不見水射過來、故に說「臨穴有憑藉」。

或然結在水中央,四畔水汪洋。注:楊公云:“也有穴在深潭裡。”卜氏云:“水底穴,必須道眼。”謝子期釋之曰:“水底之穴,甚難尋究,必是來脈精奇,蹤跡怪異,自然超拔,與眾不同。脈跡奇異而來,臨於深淵大澤,忽然隱脈,必其穴生水底,惟道眼者知之。”張子微亦云:“要知水巧在何處,行水中間龍脈繫。或見或隱或夾流,尋得龍來穴無地。居然卻在水中央,百個山人無一喜。正緣見脈不分明,巧在水中難指耳。”

歌訣說。有の穴結在水の中央、四面一片汪洋。註解。楊筠松說、也有穴在深潭裏の。卜應天說、水底之穴、必須有得道の眼力纔看得出。謝子期解釋道。水底之穴極難尋究、那必定是來脈精妙奇特・蹤跡怪異、自然超拔而與衆不同。脈跡奇異地行來、臨近深淵大澤時忽然隱沒、那麼穴必定生在水底、只有具道眼の人纔知道。張子微也說。要知道「水巧」在甚麼地方、行水の中間正繫著龍脈。它或現或隱或夾在水流之間、尋著龍來了、卻看不到落穴之地。竟然是在水中央、一百個地師沒有一個歡喜の。正因為看不淸脈絡、巧就巧在藏於水中而難以指認。

誠如諸公所說,則安穴水裡。以愚庸見,則為不然。嘗究廖氏《怪穴破惑歌》云:“捉月雖云在水中,還要土來封。”正恐人以水中安穴,而不能用土封耳,故指出。穴在水中,四畔皆水,乃是水中突出山阜,于山阜上結穴,而四面迴環周帀,皆汪洋巨浸,即是穴在水中,為水巧之穴。不可悞作穴安水底,方為水中怪穴。且天地間安有水中作穴扦葬之理?苟或有之,亦行險僥倖,仁人孝子豈忍以親體置之水中,而自取悖逆之罪,以希圖富貴哉!

上面の幾位が說く所に照らせば、即ち穴を水の裏に安ずると成る。我ら淺陋の見に依れば、事情幷びに此の如しにあらず。曾て細かに廖金精の『怪穴破惑歌』を窮究すれば、裏面に說く、捉月の穴雖說きて水中に在るも、還た是れ土を用ゐて封ずるを要す。此れ正に人の水中に穴を安ずるの說を聽信して土を用ゐて封ぜざるを怕る、故に特意點明す。所謂穴水中に在り・四面皆水は、其實是れ水中に一座の山阜を突出し、山阜の上に結穴し、四圍環繞する皆汪洋の巨浸なり。此れ纔に穴水中に在ると曰ふ、是れ「水巧」の穴なり。誤解して棺穴を水底に安ずると成す能はず。那樣纔に水中の怪穴と算す。何况天地の間那に水裏に穴を做して下葬するの道理あらんや。就算眞に有るも、亦是れ險を行ひ僥倖するなり。仁心有る孝子、怎麼忍心して父母の遺體を水中に放進し、替りて自己に悖逆の罪を招來し、去りて甚麼の富貴を指望せんや。

蔡西山亦嘗有云:“水巧之穴,尤其難見,亦且難信。宇宙之間,水中融結固不多見。扦於水中,尤屬罕聞。或者舍山而就水,舍高而就低,理則有之,亦須龍穴眞的無疑方可。不然,反成絕穴。況扦於水中乎?非審詧地理精熟透徹,何敢以前人體魄嘗試險穴?”誠確論也。

蔡元定も亦曾て說きて曰く、水巧の穴尤其も見ること難し、而且取信し難し。天地の間、水中の融結本來多く見ること無し、穴を水裏に扦するは更是れ罕有聞くことなり。あるいは山を舍てて水に就き、高處を舍てて低處に就くは、道理の上に講じて通ず。但しも必ず龍眞穴的・毫も疑義無くして纔に可なり。不然なれば反りて絕穴と成らん。何况是れ水中に扦するをや。若し是れ地理を審察して精熟透徹の地步に到るにあらざれば、誰敢へて先人の遺骨を把りて此種の險穴を試みんや。此の話說きて實在確當なり。

或然結在頑石裡,鑿逢土脈取。注:子微云:“也有石山石片漫,皆無寸土穴難安。不合龍眞難舍去,尋趂十日無足觀。此名天完混沌氣,龍皮粗厚頭面幹。時人莫道無草木,不知童山是兩般。童山土色細雜碎,可栽木植生長難。天完之地無縫路,蕩蕩光滑如削刓。卻須迴環四獸地,自有土潤草木山。只有相當作穴處,頭面漫漫皆石盤。石必有縫可鐫鑿,石板之下有土山。若得土時穴須淺,不必深鑿入其間。”是謂穴結石裡也。但頑石漫漫,不易測識。苟非高術法眼相度,安知頑石之下,可以鑿縫土而安柩哉!故卜氏云“石間穴貴得明師。”

歌訣曰く、あるいは穴頑石の裏面に結び、石を鑿開き土脈に遇はば纔に取用す可し。註解。張子微曰く、亦整座の石山・石片一片鋪開き、寸土全く無く、穴安ず可き處無し有り。只だ因るに來龍確實眞實、舍てて放棄するに忍びず、一連找して十天に上るも名堂を看出せず。此の一種を「天完混沌氣」と曰ふ。龍の表皮粗厚、頭面乾枯す。當時の人不要一見草木無ければ即ち斷定して不好とせよ。須知童山と天完是れ兩回事なり。童山の土色細碎雜亂、樹木を栽下すも長活し難し。天完の地則ち通體縫路無く、光溜溜として被削平打磨せらるが如し。此種の地方只だ四獸回環合抱すれば、自然另有土潤草茂の處。只だ正に穴を作す那一塊、頭面上の一片皆是れ石盤なり。石頭上必定縫有りて鐫鑿す可く、石板底下即ち土山なり。鑿りて土に到るの時、穴は淺葬を要し、不必深裏に向て鑿進せよ。此れ說く即ち穴石頭の裏面に結ぶを謂ふ。只是頑石漫漫一片、容易に測識せず。若し是れ術業高深・法眼を具備する人の相度にあらざれば、誰知道頑石の下還た石縫を鑿開き土を見て靈柩を安放するを得るをや。所以卜應天曰く、石間の穴、貴んで能く明師を請得するに在り。

或然有穴瞰泉竅,葬後泉乾燥。注:眞龍氣旺,故結穴完而其氣又有餘盛,從而漏為靈泉。子微所謂“龍氣之旺,迸裂不禁者”是也。亦謂之“龍漏穴”,本是眞龍漏天地之秘,示人以自然之穴。但造物玄機,以泉惑人,故未易測。然其泉亦必甘美異常,又非冷泉險潰之比。

歌訣曰く、あるいは穴泉眼を俯臨し、葬り下すの後泉水反りて乾涸す。註解。眞龍氣勢旺盛、結穴し完るの後氣仍ほ餘有り、即ち旁より漏出して靈泉と成る。張子微の所說「龍氣太旺、迸裂して止住する能はず」、指す即ち此種なり。此れも亦「龍漏穴」と曰ふ。本是れ眞龍天地の祕密を漏泄し、天然の穴を指點して人に看るなり。只是造物の玄機偏に泉水を用ゐて人を迷惑す、故に容易に測度せず。不過此種の泉水必定甘美異常、那種陰冷險惡・動輒潰流する泉と一類にあらず。

西山云:“泉有數種,惟冷漿泉不可灌溉,不堪盥俯,不入炊飲,滋滋浸漬,清不能澄,濁不能混。此無用之泉也。紅泉之地,不可取用,恐有銀脈。腥泉之地,不宜留意,恐有鐵礦。溫泉、醴泉則旺氣已鍾於泉,不復成地。若泉清,可椈,可澣,可灌,澄之愈清,混之難濁,春夏不盈,秋冬不涸,皆泉水之美者也。

蔡元定曰く、泉水有好幾種有り。只だ冷漿泉は既に田を灌ぐ能はず、亦手を洗ひ臉を洗ふ能はず、更不能く飯を煮り飲用に用ゐ、只だ滋滋として浸潤滲漏す。它を澄まさんと欲するも清まる能はず、它を攪かんと欲するも濁らす能はず。此れ是れ無用の泉なり。泉水紅を發する地方は取用す可からず、恐怕地下に銀礦脈有らん。泉水腥を發する地方は留意するに及ばず、恐怕地下に鐵礦有らん。溫泉と甜美の醴泉は、則ち旺氣已經全く泉の上に鍾聚し、再び地を結成せんと說明す。如果泉水淸澈、掬飲す可く、洗滌す可く、灌溉す可く、越て澄めば越て清く、攪くも攪れ渾らず、春夏漲滿を見ず、秋冬枯竭を見ず、此れら皆是れ泉水中の上品なり。

穴適值此,則為佳脈。瞰泉竅上弦以治穴納棺,此泉必縮為生氣,不復流注。若夫得雨則盈,雨霽則涸,望之似可揚塵,踐之或可沒脛,此不瀦之地,地脈疏漏,最為無用。或春夏有泉,秋冬乾涸;或雨則泉迸,晴則泉幹,皆不足用。故穴逢龍漏,又須論泉而後論地,泉吉而穴吉是也。然亦不必拘於葬後泉幹,亦有不幹而吉者,但要泉美為凖耳。

穴場恰好此樣の泉に碰上すれば、即ち好脈なり。泉眼上方の弦邊に壙穴を整治し棺木を安放せば、此の道の泉必定收縮して回去り生氣と化し、再び流淌せず。至于那種一下雨すれば即ち滿ち、雨一停まれば即ち乾く、遠く看れば揚起塵土す可きが如く、踩上去すれば卻て小腿に陷る、屬する是れ水を蓄え住めざる地、地脈疏松漏氣、最是れ沒用。還有春夏泉有り秋冬乾涸す、あるいは下雨すれば泉即ち迸出し、天晴すれば泉即ち干掉する、皆堪へ取用す可からず。所以穴若し「龍漏」に遇へば、必ず先ず泉の好坏を論じ、再び地の好坏を論じ、泉吉にして穴纔に吉なり。不過亦不必「葬後泉乾」の一條を死守す。亦泉乾せずして照樣吉の有り、只だ泉水美好を以て準と為すのみ。

或然有穴逼水邊,葬後水城遷。注:龍眞穴正,不幸而逼近水涯,或水沖割,此亦造化留心待人主耳,故葬後水徙而吉。卜氏云“水有陵遷谷變”是也。《史記》:“晉郭璞葬母於暨陽,去水百步,人以為言。璞曰:‘當即為陸矣!’其後沙漲,皆為桑田。”

歌訣曰く、あるいは穴緊逼水邊に在り、葬り下すの後水城反りて道を改め遷走す。註解。龍眞穴正、不巧卻て水涯に逼近す、あるいは水の沖刷切割を受く。此れも是れ造化有意に留下し主人を待つなり。故に葬後水會遷移して轉吉す。卜應天の曰く「水有陵遷谷變」、正に此の意なり。『史記』記載す。晉人郭璞は母親を暨陽に葬る。水を離るる只だ一百步、衆人皆此の事を議論す。郭璞曰く「此處馬上即ち陸地と變成せん」。後來泥沙淤漲し、那一帶全く桑田と變成れり。

或然有穴居龍脊,騎龍貴無敵。注:廖氏曰“騎龍須要居龍脊,龍住應無敵”是也。蓋騎龍穴力量最大,乃龍氣旺盛,故結穴後猶有餘氣之山。以其穴不居盡處,故曰騎龍。舊說前去山皆不結穴。予兄弟見仙蹟騎龍穴結後,再去山多有結作,但力量有大小,受穴有正副不同耳。

歌訣曰く、あるいは穴就て龍脊の上に坐す。此種の「騎龍穴」貴にして當る可からず。註解。廖金精曰く、騎龍の穴必ず龍の脊背の上に坐するを要す。龍一停住せば、應驗即ち人能く敵する無し。騎龍穴の力量最大、那是れ因るに龍氣太旺、結穴し完るの後前面還た餘氣の山を剩下す。穴既然龍の盡頭に在らず、故に騎龍と曰ふ。舊說以て穴前に繼續行去の山皆再び穴を結ばずと認む。我ら兄弟看過古仙留下の騎龍穴、結穴の後再び前に往て行く山、多く仍ほ結作有り、只是力量大小有り・所受の穴正副有るのみ。

如吾邑吳國師為十院張氏下一騎龍穴,在新營河南五里,土名烏石源,出張忠定公燾,為宰執。甲公封忠利侯,進士五十餘人。其龍結穴後,復起大山,去土名桃芝源,又結董德彰下金鵝抱卵形地,出尚書省齋公張憲。

譬如本縣吳景鸞國師が十院張氏の為に點ずる一處の騎龍穴、新營河以南五里、地名烏石源。此の一穴出ずる張忠定公張燾、官宰執に至り、又張甲を出して忠利侯を受封し、還た五十多名の進士を出す。此の條の龍結穴の後、前面又重ねて大山を聳起し、行きて地名桃芝源の地方に到り、董德彰が那裏に一處の「金鵝抱卵」形の地を點じ、尚書省齋公張憲を出せり。

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