Libo

壬占汇选 · 第1巻

清 · 程树勋 · 第1巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

七月甲子日午将申時に来意を占う(『一字玉連環』)

大六壬典籍

まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。

壬占匯選

巻之一・甲子日

七月甲子日午将申時に来意を占う(『一字玉連環』)

七月甲子日午將申時占來意。《一字玉連環》

七月甲子日、午将を取り申時に加えて課を起こし、「来意」を占う——来人は何事を聞きに来たのか言わず、占者は課象だけをもってその心中の問いを推しはかる。この例は『一字玉連環』から採った。

朱合勾龍  卯辰巳午 虎玄玄后 財  戌 玄 ◎ 螣寅 未空 申戌戌子 官 壬申 虎 ⊙ 貴丑 申虎 戌子子甲 子 庚午 龍  子亥戌酉  后陰玄常

これは数行に圧縮された六壬課盤で、全部で三つの部分からなる。外囲いの四角い枠が「天地盤」:地盤十二支の位置は固定して動かず、上段は左から右へ巳・午・未・申、右側は上から下へ酉・戌、下段は左から右へ寅・丑・子・亥、左側は上から下へ辰・卯。枠内に書かれているのは地盤の上に重なる天盤の支で、枠外に書かれているのはそれぞれが乗ずる天将である。本課は午将を申時に加えるため、天盤は地盤より二位退する——卯が巳に加わり、辰が午に、巳が未に、午が申に、未が酉に、申が戌に、酉が亥に、戌が子に、亥が丑に、子が寅に、丑が卯に、寅が辰に加わる。十二天将は「貴人」が丑に乗るところ(丑はこの時地盤の卯位に臨む)から順行する:螣蛇は寅に乗り、朱雀は卯に、六合は辰に、勾陳は巳に、青竜は午に、天空は未に、白虎は申に、太常は酉に、玄武は戌に、太陰は亥に、天后は子に乗る。中間の三行は「四課」で、右から左へ読む:第一課、日干の甲は寄宮が寅にあり、寅の上に子を見、天后が乗る。第二課、子の上に戌を見、玄武が乗る。第三課、日支の子の上に戌を見、玄武が乗る。第四課、戌の上に申を見、白虎が乗る。右側の三行は「三伝」:初伝は戌で、日干甲にとって財爻、玄武が乗り、戌は甲子旬中で空亡するため遁干の欄は空きで「◎」が標される。中伝は申で、甲の官鬼、遁干は壬を得、白虎が乗り、そばの「⊙」は原書のもう一種の圈記である。末伝は午で、甲の子孫、遁干は庚を得、青竜が乗る。

徐次賓曰:來意因西南上,緊速追捕一盜,墜馬折傷右足,感風七日而殞。蓋時為日刑是破,與日馬並,主外動。發用天魁,為日干之財,上得元武為盜賊,故知西南上緊追一盜也。先鋒門傳送為白虎,作中傳,帶日馬克日,又與刑殺並,故主墜馬也。愚按:《管子神書》,馬加辰戌為跌撲殺。戌為足,在日辰之右,是傷右足也。白虎為風神,七月申為風殺,故感風也。甲木秋死而被旺金所克,申數七,至第七日庚午,又並起白虎,故知七日殞也。末傳勝光不論救神者,蓋秋火休囚也。

徐次賓が断じて言う:来人の心事は西南の方にあり、急いで一名の盗賊を追捕しており、途中で馬から落ちて右足を折り、また風邪を感じ、七日後に死んだ。彼はこのように推した:占時の申は、日干甲の刑破の神であり、また日馬と相並ぶので、外に動作があることを主す。発用(初伝)は「天魁」、すなわち河魁の戌で、日干甲にとって財爻であり、その上に「玄武」が乗る。玄武はまさに盗賊の神なので、西南の方で一名の盗賊を緊追していると断じたのである。先鋒門の「伝送」申は白虎に乗り、中伝に落ち、日馬を帯びて日干を克し、また刑殺と相並ぶので、墜馬を主す。程樹勳按:『管子神書』に、天馬が辰・戌に加臨するのは「跌扑殺」であるという。戌は人の身では足に応じ、また日辰の右側に居るので、傷は右足にある。白虎は風の神で、七月の申金はまた風殺に値するので、風邪を感じた。甲木は秋に至り死地に処し、また当令の旺金に克される。申の数は七で、第七日の庚午日に至ってまた白虎を並起するので、七日で亡くなると知ったのである。末伝「勝光」の午火は本来救神となり得たが、ここで救神として論じないのは、秋に火気が休囚し、回救する力がないからである。

正月甲子日子将寅時に来意を占う(『玉連環』)

正月甲子日子將寅時占來意。《玉連環》

正月甲子日、子将を取り寅時に加えて課を起こし、「来意」を占い、来人の心中の問いを推しはかる。この例は『玉連環』から採った。

朱合勾龍  卯辰巳午 虎玄玄后 財  戌 玄 ◎ 螣寅 未空 申戌戌子 官 壬申 虎 ⊙ 貴丑 申虎 戌子子甲 子 庚午 龍  子亥戌酉  后陰玄常

課盤は前の例とまったく同じである:正月子将を寅時に加え、天盤は同じく地盤より二位退するので、布局は変わらない。外囲いの天地盤では、天盤の卯が地盤の巳に加わり、辰が午に、巳が未に、午が申に、未が酉に、申が戌に、酉が亥に、戌が子に、亥が丑に、子が寅に、丑が卯に、寅が辰に加わる。十二天将は貴人が丑に乗るところから順行し、順に螣蛇は寅に乗り、朱雀は卯に、六合は辰に、勾陳は巳に、青竜は午に、天空は未に、白虎は申に、太常は酉に、玄武は戌に、太陰は亥に、天后は子に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課は甲(寄宮寅)の上に子を見て天后が乗り、第二課は子の上に戌を見て玄武が乗り、第三課は日支の子の上に戌を見て玄武が乗り、第四課は戌の上に申を見て白虎が乗る。右側の三行は三伝:初伝は戌で財爻、玄武が乗り、戌は旬空に値するので「◎」が標される。中伝は申で官鬼、遁干は壬、白虎が乗る。末伝は午で子孫、遁干は庚、青竜が乗る。

徐次賓曰:來意因失陷官錢,勾喚入官,而得驚恐,以致患脾虛下臟之疾。見祟持刃相驚,可移病人於南方,設緋幕,至第九日,南方有屬馬巫醫,艾薩克火為姓名,下赤藥、艾灸、書朱符,其祟自除也。

徐次賓が断じて言う:来人の心事は、官府の銭款を亏空して勾牒で官に呼び出され、驚吓を受け、そのために脾虚・下焦臓腑の病に罹ったことであった。彼はまた邪祟が刀を持って相吓するのを見たため、病人を南方に移して住ませ、大紅の帷幕を掛けるよう勧めた。第九日に至ると、南方から馬に属する巫医が来る——姓名は「火」に関わる(「艾薩克火為姓名」の一句は底本の文字が訛誤して通じ難く、大意は火を姓名に取る人ということ)——その人が赤色の薬を下し、艾灸を施し、朱砂の符を書けば、作祟するものは自ずから消退する。

何以知失陷官錢而驚恐?蓋發用天魁為財,上得元武,為失財之象。時為日德日祿,主動,官上見螣蛇主驚恐。何以知脾虛下臟之疾?蓋發用天魁,主脾,春土無氣,又為甲木所克,故主脾虛;上得元武水與天魁內戰,故知下臟病。又言有祟者,《經》云:“傳見天魁為有祟”。又中傳申金為鬼,上得白虎,為刀兵,故言見祟持刃相驚。

どうして官銭を亏空して驚を受けたと分かるのか。発用の「天魁」戌は日干の財爻で、その上に玄武が乗る——まさに失財の象である。占時はまた日干の徳神・禄神で、動作があることを主す。官鬼の上に螣蛇を見る——螣蛇は惊恐を主す。どうして脾虚・下焦臓腑の病と分かるのか。発用の天魁戌は土に属し、人の身では脾を主す。春は土気が力なく、また甲木に克されるので、脾虚を主す。戌の上に乗る玄武は水に属し、水土が同じ位で内戦するので、病が下焦にあると知ったのである。邪祟があるというのは、『経』に「三伝中に天魁を見れば祟あり」と説くからである。中伝の申金は日干の鬼で、その上に白虎が乗り、白虎は刀兵を主すので、邪祟が刀を持って相吓すると言ったのである。

移於南方設緋幕者,南方及緋幕,皆火象,火能制金祟矣。末傳勝光為救神,勝光九數。故云九日。勝光為馬、為灸、為赤、為巫,故云巫醫也。《經》云:土丸,木散,水湯,火灸,金針,今申金為鬼,若針則病加,灸則病減也。金為日鬼,火為救神,故宜書朱符以鎮之。春月木旺火相,金無氣矣,救神秉相氣,病當瘥也。

病人を南方に移し紅い帷幕を掛けさせるのは、南方と紅色がともに火象に属し、火はその作祟する金気を制し得るからである。末伝「勝光」の午火は本課の救神で、勝光の数は九なので、第九日に効を見ると言った。勝光は類神の上で馬を主り、艾灸を主り、赤色を主り、巫者を主るので、馬に属する巫医に遇うと言ったのである。『経』に説く:土は丸薬を主り、木は散剤を主り、水は湯薬を主り、火は艾灸を主り、金は針刺を主る。此の課の申金はまさに害を為す鬼であり、もし針刺を用いれば病はかえって重くなり、艾灸を用いれば病は軽減し得る。金は日干の鬼で、火は救神なので、朱砂の符を書いてそれを鎮圧するのが宜しい。春は木気がまさに旺し、火気は相を得、金気は力なく、救神はまた相気を秉るので、病は必ず癒える。

七月甲子日巳将未時に来意を占う(『指帰靈文論』)

七月甲子日巳將未時占來意。《指歸靈文論》

七月甲子日、巳将を取り未時に加えて課を起こし、「来意」を占う。この例は『指帰靈文論』から採った。

朱合勾龍  卯辰巳午 虎玄玄后 財  戌 玄 ◎ 螣寅 未空 申戌戌子 官 壬申 虎 ⊙ 貴丑 申虎 戌子子甲 子 庚午 龍  子亥戌酉  后陰玄常

巳将を未時に加えると、天盤は同じく地盤より二位退するので、課盤は前二例と同じである。外囲いの天地盤:天盤の卯が地盤の巳を圧し、辰が午を圧し、巳が未を、午が申を、未が酉を、申が戌を、酉が亥を、戌が子を、亥が丑を、子が寅を、丑が卯を、寅が辰を圧す。天将は貴人が丑に乗るところから順行し、螣蛇は寅に乗り、朱雀は卯に、六合は辰に、勾陳は巳に、青竜は午に、天空は未に、白虎は申に、太常は酉に、玄武は戌に、太陰は亥に、天后は子に乗る。中間は四課で、右から左へ:甲(寄宮寅)の上は子に天后が乗り、子の上は戌に玄武、日支の子の上は戌に玄武、戌の上は申に白虎が乗る。右側は三伝:初伝は戌で財爻、玄武が乗り旬空。中伝は申で官鬼、遁干は壬、白虎が乗る。末伝は午で子孫、遁干は庚、青竜が乗る。貴人の丑は天乙の位置にあり、下文の断語に言う「初伝は天乙の後、末伝は天乙の前」とは、初伝の戌と末伝の午の貴人丑に対する前後関係を指す。

斷曰:來意主奴僕奸謀道路出行之狀。又主一外任武官不滿任而回者。何以知之?戌為用,主奴僕,元武主奸謀。初傳在天乙後,末傳在天乙前,名傳陰出陽,主在家者遠出,況申與白虎俱是道路之神,而午又為天馬也。又申並白虎為武官,以申主刀兵,且為日之官星也,奈末傳勝光克之,故云不滿任而回也。余按:四課不全亦為不滿任也。

断語に言う:来人が問うたのは奴僕の奸謀と道路出行の類の事である。また外地で任職している武官が、任期が満たぬうちに帰ってくることも主す。どうして分かるのか。初伝の戌が発用し、戌は奴僕を主り、その上に玄武が乗り、玄武は奸謀を主る。初伝は天乙貴人の後にあり、末伝は天乙貴人の前にある——これを「伝陰出陽」と言い、家に居る人が遠行することを主す。いわんや申と白虎はともに道路の神で、午はまた天馬である。さらに申が白虎に並ぶのは武官の象で、申は刀兵を主り、しかも日干甲の官星である。ただ末伝「勝光」の午火が申金を克制するので、任期が満たぬうちに帰ると言ったのである。私(占者)がさらに按ずるに:四課が全からず(本課は三課しか成らない)も、また任期不満の象である。

六月甲子日午将申時に病を占う(『張本占案』)

六月甲子日午將申時占病,《張本占案》。此課出於《通神集》,然非邵案。

六月甲子日、午将を取り申時に加えて課を起こし、疾病を占う。この例は『張本占案』に見える。編者が注記する:この課は『通神集』から出たもので、邵彦和の占案ではない。

朱合勾龍  卯辰巳午 虎玄玄后 財  戌 玄 ◎ 螣寅 未空 申戌戌子 官 壬申 虎 ⊙ 貴丑 申虎 戌子子甲 子 庚午 龍  子亥戌酉  后陰玄常

やはり午将を申時に加えたあの盤である。外囲いの天地盤では天盤が地盤より二位退する:卯が巳に加わり、辰が午に、巳が未に、午が申に、未が酉に、申が戌に、酉が亥に、戌が子に、亥が丑に、子が寅に、丑が卯に、寅が辰に加わる。十二天将は貴人が丑に乗るところから順行して天后が子に乗るに至る。中間の四課は右から左へ順に:日干甲(寄宮寅)の上に子を見て天后が乗り、子の上に戌を見て玄武が乗り、日支の子の上に戌を見て玄武が乗り、戌の上に申を見て白虎が乗る——四課のうち二課が重複し、三課しか成らないので、下文に「四課不足」と言う。右側の三伝:初伝は戌で財爻、玄武が乗り旬空。中伝は申で官鬼、遁干は壬、白虎が乗る。末伝は午で子孫、遁干は庚、青竜が乗る。病を占うときは、官鬼がすなわち病神、子孫がすなわち解救の神である。

邵彥和曰:四課不足,脈息短小。發用戌土,祟元武,主脾病瀉痢;中傳申鬼並白虎,主沉重。然得末傳午火作青龍,剋制虎鬼,久而自安。藥宜辛溫及?陽耳。

邵彦和が断じて言う:四課が全からざるは、人の身に映じて脉息が短小で力がないことを表す。発用の戌土の上に玄武が乗るのは邪祟あるの象で、脾臓の病・瀉痢の類を主す。中伝の申金は日干の鬼で、また白虎に並び、病情が沈重であることを主す。幸い末伝の午火が青竜に乗り、白虎の乗ずる申金の鬼を克制し得るので、病は長引くが、終には自ずから平复する。薬を用いるには辛味で温性の薬、および陽気を扶助する品を取るのが宜しい(「及?陽」の「?」は底本の缺字で、臆して補うことを敢てしない)。

三月甲子日酉将酉時に范蠡が呉王の病を占う(『直指』が『呉越春秋』を引く)

三月甲子日酉將酉時,范蠡占吳王病。《直指》引《吳越春秋》。

三月甲子日、酉将を取り酉時に加えて課を起こす——月将と占時が同じで、これは「伏吟」の課である。范蠡が呉王のために病を占ったもの。この例は『六壬直指』が『呉越春秋』から引いたものである。

朱蛇貴后 巳午未申 虎虎龍龍 兄 丙寅 龍 合辰酉陰 子子寅寅 子 己巳 朱 勾卯戌玄 子子寅甲 官 壬申 后 寅丑子亥 青空虎常

課盤。月将の酉が占時の酉に加わり、天盤と地盤は完全に重なり合い、十二支はそれぞれ本位に帰る——これが「伏吟」である。ゆえに枠内の巳午未申・辰・卯・寅丑子亥・酉・戌は地盤と一々同じである。十二天将は貴人が未に乗るところ(未はこの時地盤の未位にあり、巳から戌までの陰位に属す)から逆行する:螣蛇は午に乗り、朱雀は巳に、六合は辰に、勾陳は卯に、青竜は寅に、天空は丑に、白虎は子に、太常は亥に、玄武は戌に、太陰は酉に、天后は申に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲の寄宮は寅にあり、寅の上に依然として寅を見、青竜が乗る。第二課、寅の上に寅を見、青竜が乗る。第三課、日支の子の上に子を見、白虎が乗る。第四課、子の上に子を見、白虎が乗る。右側の三行は三伝:初伝は寅で、甲にとって兄弟爻、遁干は丙、青竜が乗る。中伝は巳で子孫、遁干は己、朱雀が乗る。末伝は申で官鬼、遁干は壬、天后が乗る。伏吟課は四課が二二相同じなので、刑冲を取って発用し、ゆえに三伝は寅・巳・申となる。

范蠡曰:德祿在寅,病在巳,絕在申。春木旺,金囚無傷也。己巳日有瘳,壬申日痊癒。愚按:白虎生日,主病癒。子屬水,故斷壬也。然查《吳越春秋》,無日時,不知《直指》何所據。

范蠡が断じて言う:初伝の寅は日干甲の徳神と禄神、中伝の巳は十二長生の上で甲の病位、末伝の申は甲の絶位——病・絶は凶なれど、春は木気がまさに旺しく金気は囚廃し、甲木を傷つけることができない。ゆえに己巳日に至れば病は軽減し、壬申日に至れば痊愈する。程樹勳按:本課は白虎が子水に乗り、子水は甲木の日干を生じ得るので、病が癒えることを主す。子は水に属し、水は天干では壬なので、壬の日に痊愈すると断じたのである。ただし『呉越春秋』の原書を査するに、今回の占問の日と時を記載しておらず、『六壬直指』の引くところが何に拠るのか分からない。

建炎己酉年九月甲子日に謝省元が赴省試を占う(『口鑑』・『方本占案』)

建炎己酉年九月甲子日卯將寅時,謝省元乙丑生四十五歲占赴省試。《口鑑》《方本占案》。

南宋建炎己酉年九月甲子日、卯将を取り寅時に加えて課を起こす。占を求めたのは謝省元で、乙丑年の生まれ、四十五歳、今回省城に赴き応試する結果を問うた。この例は『口鑑』と『方本占案』に見える。

蛇貴后陰  午未申酉 青空合勾 財 戊辰 合 朱巳 戌玄 寅丑辰卯 子 己巳 朱 合辰 亥常 丑子卯甲 子 庚午 蛇  卯寅丑子  勾青空虎

課盤。九月の卯将を寅時に加えると、天盤は地盤より一位進む:午が地盤の巳に加わり、未が午に、申が未に、酉が申に、戌が酉に、亥が戌に、子が亥に、丑が子に、寅が丑に、卯が寅に、辰が卯に、巳が辰に加わる。十二天将は貴人が未に乗るところ(未は地盤の午位に臨み、陰に属すので逆行)から起こる:螣蛇は午に乗り、朱雀は巳に、六合は辰に、勾陳は卯に、青竜は寅に、天空は丑に、白虎は子に、太常は亥に、玄武は戌に、太陰は酉に、天后は申に乗る。中間の四課は右から左へ:第一課、日干甲の寄宮は寅で、寅の上に卯を見、勾陳が乗る。第二課、卯の上に辰を見、六合が乗る。第三課、日支の子の上に丑を見、天空が乗る。第四課、丑の上に寅を見、青竜が乗る。右側の三伝:初伝は辰で、甲にとって財爻、遁干は戊、六合が乗る。中伝は巳で子孫、遁干は己、朱雀が乗る。末伝は午で、これも子孫、遁干は庚、螣蛇が乗る。三伝は辰・巳・午と順次に進み、一路生じ去って再び回顧しない——これが下文に言う「迤邐生去、更不回顧」である。

邵彥和曰:謝省元三次到場屋,今次定不得,更五次不遂,不免受文學中心病而死。蓋甲日迤邐生去,更不回顧,以此言之,無文學尚可,有則不利。行年上亥加戌,亥乃甲之長生學堂,惜乎空而加空,而宅上日貴又作天空,不過虛名文學耳。中末傳巳午脫干,午火心病見蛇必死。謝果省試不中,後為文學不遂,遂納賄,又是五甲,大不如意,回家遂成心病,辛酉年十一月卒。蓋甲木生巳午蛇雀諸火,木隨火而上炎,木向南奔,本主便死。因背後有行年見亥,亥為甲木長生學堂,故尚有虛名而未死耳。造化前定,所以不由人也。

邵彦和が断じて言う:謝省元はすでに三度試場に入っており、今回もきっと及第せず、のちに五度試してもなお遂げず、最後は読書功名上の失意によって心病を得て死ぬであろう。なぜか。甲木の日干は三伝の中で一路生じ出ていき(辰が巳を生じ、巳が午を生ず)、生じてしまえば回頭しない。この象に照らせば、この人に文才がないならまだしも、文才があればかえって不利である。彼の行年の上は亥が戌に加わり、亥は甲木の長生の地で学堂功名を主るが、惜しいことに亥自体が空亡し、また同じく空亡する戌の上に加わっている。宅位の上の日貴もまた天空に乗られ、功名はただ虚名に過ぎないことが見える。中伝の巳・末伝の午はいずれも日干の気を泄脱しており、午は火に属して心を主り、また螣蛇を見るので、心病で必ず死ぬことを主す。その後謝省元は果たして省試に落第し、以後功名の上でずっと順調でなく、賄賂を行うにまで至ったが、なお五度登甲せず、大いに望を失い、家に帰ってすぐ心病を得て、辛酉年十一月に世を去った。これは甲木が巳・午を生じ、また螣蛇・朱雀などの火神に逢い、木が火勢に随って上炎し、ひたすら南へ奔泄するので、本来なら即座に死すべきところ、ただ背後の行年に亥を見、亥は甲木の長生学堂なので、一つの虚名を留めて驟亡を免れたのである。造化は早くから定まっており、人力で改められるものではない。

大観己丑年十二月甲子日に建寧の李大夫が憂銀網の事を占う(『方本占案』・『一針見血』)

大觀己丑年十二月甲子日子將戌時,建寧李大夫占憂銀網事,鞏罷官。《方本占案》《一針見血》。

北宋大観己丑年十二月甲子日、子将を取り戌時に加えて課を起こす。建寧の李大夫は「銀網」の一件を憂え、これによって罷官されることを恐れ、ゆえに占いに来た。この例は『方本占案』と『一針見血』に見える。

貴后陰玄  未申酉戌 合青蛇合 財 戊辰 合 蛇午 亥常 辰寅午辰 子 庚午 蛇 朱巳 子虎 寅子辰甲 官 壬申 后  辰卯寅丑  合勾青空

課盤。子将を戌時に加えると、天盤は地盤より二位進む:未が地盤の巳に加わり、申が午に、酉が未に、戌が申に、亥が酉に、子が戌に、丑が亥に、寅が子に、卯が丑に、辰が寅に、巳が卯に、午が辰に加わる。十二天将は貴人が未に乗るところ(未は地盤の巳位に臨み、陰に属すので逆行)から起こる:螣蛇は午に乗り、朱雀は巳に、六合は辰に、勾陳は卯に、青竜は寅に、天空は丑に、白虎は子に、太常は亥に、玄武は戌に、太陰は酉に、天后は申に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲の寄宮は寅で、寅の上に辰を見、六合が乗る。第二課、辰の上に午を見、螣蛇が乗る。第三課、日支の子の上に寅を見、青竜が乗る。第四課、寅の上に辰を見、六合が乗る。右側の三行は三伝:初伝は辰で、甲にとって財爻、遁干は戊、六合が乗る。中伝は午で子孫、遁干は庚、螣蛇が乗る。末伝は申で官鬼、遁干は壬、天后が乗る。三伝は辰・午・申と三陽が递進する——これが「登三天」の課である。

邵彥和曰:登三天主有撓,中午作螣蛇,五月末沖替可知。末申作後,六月初有赦。寅作龍入宅,明年三月必轉官。果然庚寅年正月朝廷差兩浙提刑,三月轉大夫,五月沖替,六月赦。蓋明年者,歲上發用也。五月替者,蛇入中傳也。六月赦者,申加午作天后恩澤之神也。寅天吏作龍入宅,故必遷轉。

邵彦和が断じて言う:登三天課は事に紛擾あることを主す。中伝の午の上に螣蛇が乗るので、五月末に人に冲替されると知れる。末伝の申の上に天后が乗るので、六月初めに赦令があるべきである。宅上の寅は青竜に乗るので、明年三月に必ず官职が升転する。その後果たして:庚寅年正月に朝廷は彼を両浙提刑に派し、三月に大夫に升り、五月に冲替され、六月に赦に遇った。「明年」と言うのは、発用がまさに太歳の上の神だからである。五月に替わると言うのは、螣蛇が中伝に落ちるからである。六月に赦に遇うと言うのは、申が午の上に加わりまた天后に乗り、天后は恩沢を主る神だからである。宅上の寅は天吏の神で青竜に乗るので、必ず遷転を得るのである。

嘉祐七年三月甲子日に苗公達が仁宗のために射覆を占う(『苗公達断経』)

嘉佑七年,太歲壬寅,三月十七日甲子日,上宣苗公達賜當日午時占課,問射覆。《苗公達斷經》。射覆當作來意。

北宋嘉祐七年、太歳は壬寅、三月十七日甲子日、皇帝は苗公達を宣召して入内させ、当日の午時に就いて課を起こさせ、「射覆」——すなわち隠された物を当てることを問わせた。この例は『苗公達断経』から出る。編者附注:ここでの「射覆」は「来意」と作るべきで、すなわち皇帝の心中の問いを推しはかることである。

龍勾合朱  申酉戌亥 虎陰龍常 官 壬申 龍 空未 子螣 午卯申巳 父  亥 朱 ◎ 虎午 丑貴 卯子巳甲 兄 丙寅 后 ⊙  巳辰卯寅  常玄陰后

課盤。三月の月将は酉で、占時の午の上に加わり、天盤は地盤より三位進む:申が地盤の巳に加わり、酉が午に、戌が未に、亥が申に、子が酉に、丑が戌に、寅が亥に、卯が子に、辰が丑に、巳が寅に、午が卯に、未が辰に加わる。十二天将は貴人が丑に乗るところから起こる——丑はこの刻に地盤の戌位に臨み、陰位に属すので逆行する:螣蛇は子に乗り、朱雀は亥に、六合は戌に、勾陳は酉に、青竜は申に、天空は未に、白虎は午に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲の寄宮は寅で、寅の上に巳を見、太常が乗る。第二課、巳の上に申を見、青竜が乗る。第三課、日支の子の上に卯を見、太陰が乗る。第四課、卯の上に午を見、白虎が乗る。右側の三行は三伝:初伝は申で日干甲の官鬼、遁干は壬、青竜が乗る。中伝は亥で父母爻、朱雀が乗り、亥は甲子旬中で空亡するので遁干は空缺し「◎」を標す。末伝は寅で兄弟爻、遁干は丙、天后が乗る。

苗公達奏曰:“臣聞古經云,凡傳課,剛日先看日上神,柔日先看辰上神,次分天乙順逆,及看三傳,並太歲行年,只取勝者為事類。據來意,主貴人將婦人使用銅鐵尖長之物,欲傷小蟲之命;其蟲必生於穢雜不潔之處,人所不喜;今蟲卻未傷死而飛去,而銅鐵尖長之物,反在木上傷折,不堪用矣。”

苗公達が上奏して言う:臣は古経に、凡そ課を断ずるには、陽日はまず日干の上の神を見、陰日はまず日支の上の神を見、次に天乙貴人が順行か逆行かを弁じ、次に三伝を見、太歳と行年を参合し、その中で気勢の最も盛んな一項を取って事類に定める、と聞いている。この法に照らして来人の心事を推すと:一人の貴人が婦人に銅鉄の質で尖って長い物を持たせ、一匹の小さな虫の性命を傷つけようとした。この虫は必ず汚穢不潔で人の厭う所に生まれたもの。いま虫は打ち殺されず、かえって飛び去り、あの銅鉄の尖長の物は木の上で折れ、再び用いることができない。

上宣問曰:“何以知之?”公達奏曰:“上巳作太常,卦名重審,亦名天網天乙逆行,故取故取太歲是寅,並天后勝事言也。故云:‘主有貴人慾有害心也’;將婦人銅鐵尖長之物者,為發用得申金,春占又是甲日,申金囚死,更加巳上受克,故為銅鐵尖長之物也;婦人使用者,初傳沖末傳,見天后寅木,此乃旺相,又在所生之處也。在木上傷折者,為木受生旺,金受囚死,又在巳火之上,所謂重重無氣也。

皇帝が問うた:なぜ分かるのか。苗公達が回奏した:日干の上の巳は太常に乗り、課名は「重審」で、また「天網」とも言い、天乙貴人は逆行する。ゆえに太歳の寅を取り、天后と配合して最も勢を得た一項として事を言う。それで「貴人が加害の心を懐く」と言った。婦人に銅鉄の尖長の物を持たせたと言うのは、発用が申金を得、春に占いまた甲日に逢い、申金は囚死の地に処し、また巳火の上に加わり克を受ける——まさに銅鉄の尖長の器の象だからである。婦人が手を動かしたと言うのは、初伝と末伝が相冲し、末伝の寅木の上に天后を見(天后は婦人を主る)、寅木はこの時旺相で、また我を生ずる所に落ちるからである。その物が木の上で折れたと言うのは、木はまさに生旺に当たるのに金は囚死し、また巳火の上に圧され、層々気なしと言うべきだからである。

小飛蟲生於穢雜不潔之處者,為發用是月厭,為汙穢,將得青龍,中傳將得朱雀,皆有飛象;金為蟲,雖然無氣,又申亥相害,然末傳見生氣加亥,其生氣春以日旺,又在生鄉,故主欲害飛蟲,究竟未傷死而飛去也。臣出於短拙,有犯聖皇,合當萬死。”上曰:“為適來有蠅子,在殿柱之上,朕戲以針刺之,而蠅飛去,其針在柱上傷折,故應課也。”

小さな飛虫が汚穢雑乱の所に生まれたと言うのは、発用の神がまさに月厭に当たり、月厭は汚穢を主るからである。発用の上に青竜が乗り、中伝の上に朱雀が乗る——竜と雀はともに飛騰の象がある。金は類神の上で虫となり得、気なしとはいえ、また亥と相害する。しかし末伝の生気が亥の上に加わり、春の生気は日に随って旺しく、また長生の郷に落ちるので、飛虫を傷つけようとしたが、虫は打ち殺されず飛び去ったと断じたのである。臣は才識短浅にして聖上を冒犯し、罪万死に当たる。皇帝が言った:さきほど一匹の蠅が殿柱に止まり、朕が戯れに針をもってそれを刺したところ、蠅は飛び去り、針は柱の上で折れた——まさに汝のこの一課に応えた。

正月甲子日亥将申時に来意を占う(『指帰靈文論』)

正月甲子日亥將申時占來意。《指歸靈文論》

正月甲子日、亥将を取り申時に加えて課を起こし、「来意」を占う。この例は『指帰靈文論』から採った。

龍勾合朱  申酉戌亥 虎陰龍常 官 壬申 龍 空未 子螣 午卯申巳 父  亥 朱 ◎ 虎午 丑貴 卯子巳甲 兄 丙寅 后 ⊙  巳辰卯寅  常玄陰后

亥将を申時に加えると、天盤は同じく地盤より三位進むので、課盤は前の例と同じ:申が地盤の巳に加わり、酉が午に、戌が未に、亥が申に、子が酉に、丑が戌に、寅が亥に、卯が子に、辰が丑に、巳が寅に、午が卯に、未が辰に加わる。天将は貴人が丑に乗るところ(地盤の戌位に臨む)から逆行する:螣蛇は子に乗り、朱雀は亥に、六合は戌に、勾陳は酉に、青竜は申に、天空は未に、白虎は午に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乗る。四課は右から左へ:甲(寄宮寅)の上は巳に太常が乗り、巳の上は申に青竜、日支の子の上は卯に太陰、卯の上は午に白虎。三伝:初伝は申で官鬼、遁干は壬、青竜が乗る。中伝は亥で父母、旬空、朱雀が乗る。末伝は寅で兄弟、遁干は丙、天后が乗る。初伝の申は貴人の丑の前にあり、末伝の寅は貴人の丑の後にあるので、下文はこれを「伝陽入陰」と称する。

斷曰:來意主望道路行人,其人路遇奸賊,欲相謀害,幸而奸賊自受其難,謀害不成,但主道路上遲延,終平安而歸也。又主有文字,兩重一明一暗,藏在樓閣中,其樓柱繫用物墊著。何以知之?蓋初傳在天乙前,末傳在天乙後,名傳陽入陰,主在家不出,遠人歸家,外來之信立至。況申主道路,又主行人,奈為日鬼,又在巳上被刑害,故遇奸賊。申鬼受旺火克,故云賊人受難,干為占者上得巳火為救,故謀害不成,但主遲歸耳。朱雀乘亥主明文字,天后乘寅主暗文字,寅加於亥上,故藏在樓閣,亥是旬空,其柱必有損而用物墊之也。

断語に言う:来人が問うたのは路上の行人を待ち望むことであった。その人は途中で奸賊に遇い、賊は彼に加害しようとしたが、幸い奸賊自身がかえってその殃を受け、謀害は遂げられず、ただ路上で耽搁遅延しただけで、最終的に平安に帰ってくる。また文書二件、一つは明に一つは暗に、楼閣の中に藏されていることを主す。その楼の柱は物で墊げられている。どうして分かるか。初伝は天乙貴人の前にあり、末伝は天乙貴人の後にある——これを「伝陽入陰」と言い、家に居る人は外出せず、遠行の人は家に帰り、外来の音信はすぐに届くことを主す。いわんや申は道路を主りまた行人を主るが、あいにく日間の鬼であり、また巳の上に加わり刑害を受けるので、途中で奸賊に遇った。申の鬼は当旺の火に克されるので、賊人が自ら難を受けると言ったのである。日干は占問する人を代表し、その上に巳火を得て救神となるので、謀害は成らず、ただ帰期が遅れるだけである。朱雀が亥に乗るのは明処の文書を主り、天后が寅に乗るのは暗処の文書を主り、寅はまた亥の上に加わるので、文書が楼閣に藏されていると言った。亥がちょうど旬空に値するので、その柱は必ず損壊があり、物で墊げられていると見える。

十月甲子日に乙卯生まれの人が子命の行人を占う(『行人類証』)

十月甲子日卯將子時,乙卯人占子命行人。《行人類證》

十月甲子日、卯将を取り子時に加えて課を起こす。乙卯年生まれの人が、本命が子に属する息子のために行人(旅に出ている人がいつ帰るか)を占った。この例は『行人類証』から採った。

蛇朱合勾  申酉戌亥 后常蛇陰 官 壬申 蛇 貴未 子龍 午卯申巳 父  亥 勾 ◎ 后午 丑空 卯子巳甲 兄 丙寅 虎 ⊙  巳辰卯寅  陰玄常虎

課盤。卯将を子時に加えると、天盤は地盤より三位進み、天地盤の排布は前二例と同じ:申が地盤の巳に加わり、酉が午に、戌が未に、亥が申に、子が酉に、丑が戌に、寅が亥に、卯が子に、辰が丑に、巳が寅に、午が卯に、未が辰に加わる。異なるのはこの課が夜貴を用いることで、天将は貴人が未に乗るところから起こる(未は地盤の辰位に臨み、陽位に属すので順行):螣蛇は申に乗り、朱雀は酉に、六合は戌に、勾陳は亥に、青竜は子に、天空は丑に、白虎は寅に、太常は卯に、玄武は辰に、太陰は巳に、天后は午に乗る。四課は右から左へ:第一課は甲(寄宮寅)の上に巳を見、太陰が乗る。第二課は巳の上に申を見、螣蛇が乗る。第三課は日支の子の上に卯を見、太常が乗る。第四課は卯の上に午を見、天后が乗る。三伝:初伝は申で官鬼、遁干は壬、螣蛇が乗る。中伝は亥で父母、旬空、勾陳が乗る。末伝は寅で兄弟、遁干は丙、白虎が乗る。行人を占うには玄武と末伝を見る。この課では玄武がちょうど辰に乗り丑の上に加わる。

雪心曰:占行人責元武及末傳,今元武在辰加丑。末傳寅為馬,當主來,果於十一月十四癸巳日大雪歸。

雪心が断じて言う:行人を占うには、玄武と末伝の二ヶ所に責成して見るべきである。この課は玄武が辰に乗り丑の上に加わり、末伝の寅はちょうど駅馬なので、行人は帰るべきと断じた。その後果たして十一月十四日癸巳の大雪の日に家に着いた。

天聖戊辰年正月甲子日に七十四歳の老人が逃亡を占う(『一針見血』)

天聖戊辰年正月甲子日,亥將未時,七十四歲老人占逃亡。《一針見血》

北宋天聖戊辰年正月甲子日、亥将を取り未時に加えて課を起こす。一人の七十四歳の老人が家の逃走した人を占問した。この例は『一針見血』から採った。

愚按:甲木克元武辰土,干上午火,克元武陰神申金,故易獲。

程樹勳按:日干の甲木は玄武の乗ずる辰土を克し得、日干上の午火はまた玄武の陰神の申金を克し得る——逃亡の神が両頭で制されるので、捉え易い。

勾合朱蛇  酉戌亥子 龍玄合虎 財 戊辰 玄 龍申 丑貴 申辰戌午 官 壬申 龍 空未 寅后 辰子午甲 父 甲子 蛇  午巳辰卯  虎常玄陰

課盤。亥将を未時に加えると、天盤は地盤より四位進む:酉が地盤の巳に加わり、戌が午に、亥が未に、子が申に、丑が酉に、寅が戌に、卯が亥に、辰が子に、巳が丑に、午が寅に、未が卯に、申が辰に加わる。十二天将は貴人が丑に乗るところから起こる——丑は地盤の酉位に臨み、陰に属すので逆行する:螣蛇は子に乗り、朱雀は亥に、六合は戌に、勾陳は酉に、青竜は申に、天空は未に、白虎は午に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乗る。中間の四課は右から左へ:第一課、日干甲の寄宮は寅で、寅の上に午を見、白虎が乗る。第二課、午の上に戌を見、六合が乗る。第三課、日支の子の上に辰を見、玄武が乗る。第四課、辰の上に申を見、青竜が乗る。右側の三伝:初伝は辰で、甲にとって財爻、遁干は戊、玄武が乗る。中伝は申で官鬼、遁干は壬、青竜が乗る。末伝は子で父母爻、遁干は甲、螣蛇が乗る。逃亡を占うには玄武に専ら責める。この課は玄武がちょうど辰に乗り日支の子の上に加わるので、支上から発用した。

苗公達曰:主昨夜三更門戶不閉,婢逃失財,網羅水際辰為羅網,往正北所至人家藏匿。其錢藏水中,速尋可得。愚按:“門戶不閉”句,似從斬關課取義也;失財者,元武臨財也。

苗公達が断じて言う:この一課は昨夜三更の時分に門戸が閉じられず、婢女が逃走して銭財を持ち去ったことを主す。網羅は水に近い所に設けられ(辰は類神の上で羅網)、彼女は正北の方へ行き、人の家に身を寄せて藏れた。持ち去った銭は水の中に藏され、急いで探せばまだ見つかる。程樹勳按:「門戸不閉」の一句は、「斬関」課から義を取ったようである。失財と言うのは、玄武がちょうど財爻に乗っているからである。

《精華摘錦》云:元陰見青龍乘申為損鱗,故主失財。果於當日申時獲之。論曰:貴人臨酉,門戶驚恐。天罡加子將得元武,子為三更,在支上發用,是急應之兆。行年立卯上,天空乘未,屬陰為婢,被旺木所制,故逃竄。元武陰上見申金,金生水,故錢藏水中。

『精華摘錦』に言う:玄武の陰神の上に青竜が申に乗るのを見るのは「損鱗」の象で、失財を主す。その後果たして当日の申時に人を捕まえた。書中に論じて言う:貴人が酉位に臨むのは門戸の間に惊恐あることを主す。天罡の辰が子の上に加わり玄武に乗り、子はちょうど三更に当たり、また日支の上から発用するのは、応験が甚だ速い兆である。行年は卯の上に落ち、天空は未に乗り、未は陰に属し類神の上で婢女であり、当旺の木気に制されるので、彼女は逃げ出した。玄武の陰神の上に申金を見、金は水を生じ得るので、銭は水の中に藏された。

言逃往北者,謂陽作元武,婢走求陽也。法以初覺逃時只就元武立處求之,今在子,逃亡未經旬,只看元武立處。愚按:元武從不臨東南,豈逃亡未經旬者,從不往東南方乎?故云正北。本人行年在卯,卯刑子,是元武遭刑可獲。當日申時者,甲日屬木,克元武所乘辰土,又末傳臨申,是元武三傳之終也。

彼女が北へ逃げたと言うのは、陽神の上に玄武が乗り、婢女の出走は男子に身を寄せに行くものだからである。捕逃の法則:人が逃げたと発覚したばかりの時は、玄武の立つ位置に就いてのみ尋ねる。いま玄武は子位に立ち、逃走はまだ十天に満たないので、玄武の立つ所だけを見ればよい。程樹勳按:玄武はいまだかつて東南の方に臨んだことがないが、逃走十天に満たない人は皆東南へ行かないとでも言うのか(この説は疑わしい)。書中はそれゆえ正北のみを言った。失主本人の行年は卯にあり、卯は子を刑し、玄武は刑を遭うので、人は捉えられる。当日の申時に断ったのは、甲日が木に属し、玄武の乗ずる辰土を克し得、また末伝が申に臨み、申はちょうど玄武の三伝中の終点だからである。

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