Libo

丁亥日・尹邦達が妻の病を占う(鬼胎と断ずる)

清 · 程树勋 · 第20巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

建炎己酉年閏八月丁亥日辰將亥時尹邦達良申生占妻病,妻同庚。 方本占案 口鑑

建炎己酉年閏八月の丁亥日、辰将を亥時に加え、尹邦達(庚申年生まれ。底本は「良申」と作し当に「庚申」の訛であろう)が妻の病を占った。妻は彼と同歳である。方氏本『占案』と『六壬口鑑』に出る。

朱六 蛇戌亥子丑陳 貴酉 寅龍 貴虎常六 兄 癸巳 常 后申 卯空 酉辰巳子 子 丙戌 蛇 陰未午巳辰虎 辰亥子丁 父 辛卯 空 玄常

天盤は前の案と同じ(地盤より順に五位進む)、天将が異なる:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯、辰、巳、午、未、申、酉を承け、乗ずる天将は順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に子を見、六合を乗ずる。第二課、子の上に巳を見、太常を乗ずる。第三課、日支の亥の上に辰を見、白虎を乗ずる。第四課、辰の上に酉を見、貴人を乗ずる。三伝は巳—戌—卯:初伝の巳は癸を遁して兄弟、太常を乗せ、中伝の戌は丙を遁して子孫、螣蛇を乗せ、末伝の卯は辛を遁して父母、天空を乗せる。

邵彥和曰:丁日會起水局(愚按:干上子,支上辰,本命申,故曰會起水局。吳稼云曰:必取此者,以非交不孕也,此邵氏至精密之處,宜詳玩之),日上子作六合,主孕,恐是鬼胎,眾人大笑曰:五十歲何能有胎?先生曰:心鏡云,受氣於秋何以決?婦在子兮夫立申。今正秋占,及時之課,故主懷孕,中償合,水局走丁日之鬼,故是鬼胎,空中必有響動。來年二月,定見鬼形矣。

邵彦和が言う:丁日にして課中に水局を会成する(程樹勲が按ずる:日干上は子、日支上は辰、本命は申で、申子辰が水局を会成する。呉稼云が言う:必ずこの点を取るのは、交合しなければ懐孕しないからで、これが邵氏の最も精密なところであり、細かく玩味すべきである)。日干上の子は六合を乗せ、懐孕を主るが、ただ鬼胎であるのを恐れる。衆人が大笑して言う:五十歳の人がどうしてまた胎に懐けよう。先生が言う:『心鏡』に「秋に気を受けて何を以て決せんか。婦は子に在りて夫は申に立つ」と講じている。今まさに秋に課を占い、ちょうど時令に合うので、懐孕を主る。中伝が相合し、水局はまた丁日の官鬼なので、鬼胎である。屋裏に必ず響動があり、明年二月に至って、必ず鬼形を見る。

尹妻數月後漸安,腹漸大,果是孕。次年二月三日生,乃鬼胎也,生後時時或瓦落或物響,更不令安寧。蓋丁火生於寅,胎在子,子又為子息,更作六合臨日,正應心鏡之論。然會起水局為鬼,故曰鬼胎。末見卯與子刑,故交件見鬼形也。若他人占行年不見鬼,不可云鬼胎。若不會起申子辰,卻是官星,必生貴子,非鬼胎也。

尹邦達の妻は数月後に病が漸々好くなったが、腹は漸々大きくなり、果たして孕があった。第二年二月初三に生産し、生んだのはまさに鬼胎であった。生後、時々瓦片が掉落したり器物が響いたりして、家の中が安寧を得なかった。これは丁火が寅に長生し子に胎養し、子はまた子息を主り、子上にさらに六合を乗せて日干に臨むのが、まさに『心鏡』の説に応じるからである。しかし会成する水局は丁日の官鬼なので、鬼胎と呼ぶ。末伝の卯は子と相刑するので、交割の時に鬼形を見た。もし別の人が占いに来て、行年上に鬼爻を見なければ、鬼胎と言うべきでない。もし申子辰の水局を会成しなければ、子水はただ官星であり、それは必ず貴子を生むのであって、鬼胎ではない。

丁亥日・丁科長が紅本を失して回奏することを占う

崇正丁丑十一月丁亥戊申時,東省戶垣諱三傑孫科長代同鄉丁科長占守科失紅本回奏。指南

崇禎丁丑年十一月丁亥日戊申時、山東籍の戸科給事中孫三傑科長が、同郷の丁科長に代わって、科に値する時に紅本を失落し疏を上げて回奏する事を占った。『六壬指南』に出る。

後陰 貴亥子丑寅玄 貴空勾陰 比 癸巳 空 蛇戌 卯常 亥巳未丑 鬼 丁亥 貴 朱酉 辰虎 巳亥丑丁 比 癸巳 空 六申未午巳空 勾龍

これは「返吟」盤で、天盤は地盤より順に六位進み、各支が両両相沖する:地盤の巳・午・未・申の上は天盤の亥・子・丑・寅、地盤の酉・戌の上は卯・辰、地盤の亥・子・丑・寅の上は巳・午・未・申、地盤の卯・辰の上は酉・戌。乗ずる天将:亥は貴人を乗せ、子は天后、丑は太陰、寅は玄武、卯は太常、辰は白虎、巳は天空、午は青竜、未は勾陳、申は六合、酉は朱雀、戌は螣蛇。四課は右から左へ:第一課、日干の丁(寄宮は未)の上に丑を見、太陰を乗ずる。第二課、丑の上に未を見、勾陳を乗ずる。第三課、日支の亥の上に巳を見、天空を乗ずる。第四課、巳の上に亥を見、貴人を乗ずる。三伝は巳—亥—巳:初伝と末伝の巳は癸を遁して比肩、天空を乗せて旬空に落ち、中伝の亥は丁を遁して官鬼、貴人を乗せる。

斷:官必降罰,職必更改。曰:目今朝廷責之,已過當矣,矧又重其責乎?曰:龍神克戰,課將返吟,居官定難滿任,況巳為驛馬,上乘皇詔,主一任未了,二任又臨。曰:比更職無疑。及以降三級回首,不准;降五級,又不准;擬降別衙門,然後依擬。

断語に言う:この官員は必ず降級の処分を受け、職務は必ず更動する。ある人が言う:目下朝廷の彼への責罰はすでに過重だが、なお加重するというのか。答えて言う:青竜の神が克を受け交戦し、課体はまた返吟なので、官を為す者は必ずこの任を満たすことが難しい。まして巳は駅馬で、上に皇詔の神を乗せ、頭一任が了わぬうちに第二任がまた来ることを主る。だから職務の更動は疑いがない。後に議處して:三級降して回話、許されず。五級降して、また許されず。改めて別の衙門への調を擬し、これにやっと擬のまま准行された。

丁亥日・王牧夫が田地の訴訟を占う

乾隆丁卯年辰月丁亥日戌將辰時占訟。  牧夫占驗

乾隆丁卯年辰月(三月)の丁亥日、戌将を辰時に加え、官司を占った。王牧夫『占験』に出る。

後陰 貴亥子丑寅玄 貴空勾陰 比 癸巳 空 蛇戌 卯常 亥巳未丑 鬼 丁亥 貴 朱酉 辰虎 巳亥丑丁 比 癸巳 空 六申未午巳空 勾龍

課盤は前の案と同じで、なお返吟である:天盤は地盤より順に六位進み、地盤各位の上の天盤の支はそれと相沖する。天将は亥に貴人、子に天后、丑に太陰、寅に玄武、卯に太常、辰に白虎、巳に天空、午に青竜、未に勾陳、申に六合、酉に朱雀、戌に螣蛇を乗せる。四課は丁(寄宮は未)上に丑を見て太陰を乗せ、丑上に未を見て勾陳を乗せ、日支の亥上に巳を見て天空を乗せ、巳上に亥を見て貴人を乗せる。三伝は巳(比肩、天空、旬空に落ちる)—亥(官鬼、貴人)—巳(比肩、天空、旬空に落ちる)。

王牧夫曰:訟田地乎?曰:然,何以知之?曰:丁動逢丑未,是以知之。以丑未為田園,故也。其訟有四年矣,以巳亥反覆,皆四數也。曰:四月其歸結之月科?始於巳而終於巳也。何以知其歸結?鬼臨旬尾,官災不起,是以知之。果結於四月。

王牧夫が問う:あなたが打っているのは田地の官司ですね。来る人が言う:その通りです、どうして知ったのですか。答えて言う:丁日が動いて丑・未の両土に逢うので知ったのです。丑・未はともに田園を主るからです。この官司はすでに四年打たれました。巳・亥が反覆して往来し、いずれも四の数に合するからです。牧夫がまた言う:四月がおよそ了結の月でしょう。この課は巳から起こり、また巳に至って終わるからです。何を以て了結できると知ったか。官鬼が旬尾の位に臨み、官災が再び興らないので、これによって知ったのです。後に果たして四月に了結した。

丁亥日・荊庭実が会試を占う

崇正丁丑年二月十七丁亥日亥將巳時金壇荊君諱庭實占會試。 郭氏占驗

崇禎丁丑年二月十七日丁亥日、亥将を巳時に加え、金壇の荊庭実君が会試を占った。郭御青『占験』に出る。

後陰 貴亥子丑寅玄 貴空勾陰 比 癸巳 空 蛇戌 卯常 亥巳未丑 鬼 丁亥 貴 朱酉 辰虎 巳亥丑丁 比 癸巳 空 六申未午巳空 勾龍

課盤はなお前の二案と同じで、返吟盤である:天盤は順に六位進み、地盤の各支と相沖する。天将は亥に貴人、子に天后、丑に太陰、寅に玄武、卯に太常、辰に白虎、巳に天空、午に青竜、未に勾陳、申に六合、酉に朱雀、戌に螣蛇を乗せる。四課は丁上に丑(太陰)、丑上に未(勾陳)、日支の亥上に巳(天空)、巳上に亥(貴人)。三伝は巳—亥—巳で、初伝・末伝ともに旬空に落ちる。

郭御青曰:凡得返吟即主反覆。馬動而臨絕地,年上乘墓,戌作騰蛇,主有驚礙事,課傳又無簾幕,未敢許中也,果然。

郭御青が言う:およそ返吟課を得ればすなわち事が反覆することを主る。駅馬は動くけれども絶地に臨み、行年上は墓神を乗せ、戌はまた螣蛇を乗せ、驚恐阻碍の事があることを主る。課と三伝の中にも帘幕貴人がないので、敢えて彼の考中を請け合えない。後に果たして中らなかった。

丁亥日・王寺丞が馬を取りに行って帰らないのを占う

二月丁亥日戌將卯時王寺丞占兵士往饒州取馬何故未回?  方本占案

二月の丁亥日、戌将を卯時に加え、王寺丞が饒州に派遣して馬を取らせた兵士がどうしてまだ帰らないかを占った。方氏本『占案』に出る。

朱六 蛇子丑寅卯陳 貴亥 辰龍 朱虎陰六 兄 空午 虎 后戌 巳空 丑午酉寅 子 己丑 朱 陰酉申未午虎 午亥寅丁 財 甲申 玄 玄常

天盤は地盤より順に七位進む:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥を承け、乗ずる天将は順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に寅を見、六合を乗ずる。第二課、寅の上に酉を見、太陰を乗ずる。第三課、日支の亥の上に午を見、白虎を乗ずる。第四課、午の上に丑を見、朱雀を乗ずる。三伝は午—丑—申:初伝の午は旬空に落ち(「空午」と記す)、兄弟で白虎を乗せ、中伝の丑は己を遁して子孫、朱雀を乗せ、末伝の申は甲を遁して妻財、玄武を乗せる。

邵彥和曰:其馬必遭虎傷而死。蓋午為馬,乘虎加亥發用。以午自刑而加自刑,上又被亥克故也。後五日,兵士果來報曰:前日,馬上山食草,被虎所噬。

邵彦和が言う:その馬は必ず虎に咬まれ傷ついて死んだ。午は馬を主り、午が白虎を乗せて亥の上に加わり発用するからである。午はもともと自刑の支で、また同じく自刑の亥の上に加わり、上にまた亥水に克された。五日の後、兵士が果たして来て報じた:先日馬が山に上って草を食べ、虎に咬まれて死んだ。

丁亥日・産期を占う

癸酉年十月丁亥日寅將未時占產期。   郭氏占案

癸酉年十月の丁亥日、寅将を未時に加え、分娩の日期を占った。郭御青『占案』に出る。

蛇朱合勾 子丑寅卯 朱虎陰合 兄 ◎午 虎 貴亥 辰龍 丑午酉寅 子 己丑 朱 后戌 巳空 午亥寅丁 財 甲申 玄 酉申未午 陰玄常虎

課盤は前の案(王寺丞が馬を占う)と同一格局である:天盤は地盤より順に七位進み、地盤の巳から辰の上に順に天盤の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申、酉、戌、亥を承け、乗ずる天将は順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に寅を見、六合を乗ずる。第二課、寅の上に酉を見、太陰を乗ずる。第三課、日支の亥の上に午を見、白虎を乗ずる。第四課、午の上に丑を見、朱雀を乗ずる。三伝は午—丑—申:初伝の午は旬空に落ち(「◎午」と記す)、兄弟で白虎を乗せ、中伝の丑は子孫で朱雀を乗せ、末伝の申は妻財で玄武を乗せる。

郭御青曰:干上寅,支上午,必戌日生。寅為干之長生,六合生兒之象,後果於戌日申時生子,就末傳之申字也。

郭御青が言う:日干上は寅、日支上は午で、寅午戌の三合は独り戌の一つを欠く。だから必ず戌日に生産する。寅は丁日の長生の地で、寅上にまた六合を乗せるのは、まさに児を生ずる象である。後に果たして戌日申時に一人の男児を生み、生む時辰は末伝の申の字に応じた。

丁亥日・宗成弢が周簡臣の会試を占う

丁丑年二月丁亥日亥將卯時宗成弢占周簡臣諱銓會試中否。  郭氏占案

丁丑年二月の丁亥日、亥将を卯時に加え、宗成弢が周簡臣(名は銓)の会試が中るかどうかを占った。郭御青『占案』に出る。

朱合勾龍 丑寅卯辰 勾常貴勾 子 ◎未 常 蛇子 巳空 卯未亥卯 父 辛卯 勾 貴亥 午虎 未亥卯丁 鬼 丁亥 貴 戌酉申未 后陰玄常

天盤は地盤より順に八位進む:地盤の巳・午・未・申、酉、戌、亥、子、丑、寅、卯、辰の上に順に天盤の丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子を承け、乗ずる天将は順に朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に卯を見、勾陳を乗ずる。第二課、卯の上に亥を見、貴人を乗ずる。第三課、日支の亥の上に未を見、太常を乗ずる。第四課、未の上に卯を見、勾陳を乗ずる。三伝は未—卯—亥:初伝の未は旬空に落ち(「◎未」と記す)、子孫で太常を乗せ、中伝の卯は辛を遁して父母、勾陳を乗せ、末伝の亥は丁を遁して官鬼、貴人を乗せる。亥・卯・未の三合で木局を成す。

郭御青曰:余初斷此課發用旬空不成木局生日,無簾幕驛馬,未敢深許。及中後,細詳課情,未臨本命可以填空(愚按:此說非也,若未是本命或可填空,今木臨本命安可填空耶),卯為月建亦可填空,會成木局,則能生日,行年乘子為丁日福星,騰蛇臨辰象龍,此中之大端也,餘於此進一識也。

郭御青が言う:私は初めこの課を断じるに、発用の未が旬空に落ち、木局を合成して日干を生ずることができず、また帘幕貴人と駅馬がないので、敢えて深く請け合わなかった。彼が考中して後、改めて課情を細かく見るに:未が本命の上に臨んで空亡を填実し得(程樹勲が按ずる:この説は当たらない。もし未がすなわち本命ならば、あるいは空を填め得よう。今は木が本命の上に臨んでいるのに、どうして空を填めえよう)、卯はまた月建で、これも空を填め得る。空が一たび填実すれば、木局を会成して日干を生ずる。行年上は子を乗せ、子は丁日の福星である。螣蛇が辰に臨んで竜の象を取る。これらはその中の大関節で、私はここにおいてまた一層の見識を長じた。

吳稼云曰:此劉上支傳課,無不相會,且成木局值時,是即會試成進士之確應也,郭君所評,甚為迂謬。愚按:此課木局生日,妙在得時,初傳空亡,妙在末傳不空,且作貴人日德、歲德,何故郭君未之言及也?此案似不應入選,因郭君直書而不諱,故登之以表其直焉。且見此等課象皆必中之兆也,若秋令得此鞏未必然。又按:年月日時及三傳四課皆會三合,更值春季卯木正旺之時,安得不中乎?

呉稼云が言う:この課は日・支と三伝が会せないものがなく、また木局を結成してその時に当たる。これがすなわち会試で進士を成す確応である。郭君の評断は甚だ迂繆である。程樹勲が按ずる:この課は木局が日を生じ、妙は時を得るにあり。初伝は空亡に落ちるけれども、妙は末伝が空でなく、しかも貴人を乗せ、また日徳と歳徳であることにある。郭君はなぜこの層を提しないのか。この案はもともと選入すべきでないが、ただ郭君が実のままに書き来って毫も諱飾しないので、収録して、彼の直率を表彰するのである。しかもこの類の課象はいずれも必中の兆であることが見える。もし秋令にこのような課を得れば、おそらく必ずしも中らないであろう(底本は「鞏」は当に「恐」と作るべき)。また按ずる:年・月・日・時ならびに三伝・四課がことごとく三合を会成し、またまさに春季卯木が旺に当たる時に逢う。どうして中らぬことがあろう。

丁亥日・傅清欽が外に出て貴人を謁するを占う

己酉年八月丁亥日辰將未時傅清欽乙亥生三十五歲占出外謁貴。  一針見血

己酉年八月の丁亥日、辰将を未時に加え、傅清欽(乙亥年生まれ、三十五歳)が門を出て貴人を拝謁することを占った。『六壬一針見血』に出る。

勾青 六寅卯辰巳空 空玄朱龍 比 癸巳 空 朱丑 午虎 巳申丑辰 父 庚寅 六 蛇子 未常 申亥辰丁 鬼 丁亥 貴 貴亥戌酉申玄 后陰

天盤は地盤より順に九位進む:地盤の巳・午・未・申、酉、戌、亥、子、丑、寅、卯、辰の上に順に天盤の寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑を承け、乗ずる天将は順に六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に辰を見、青竜を乗ずる。第二課、辰の上に丑を見、朱雀を乗ずる。第三課、日支の亥の上に申を見、玄武を乗ずる。第四課、申の上に巳を見、天空を乗ずる。三伝は巳—寅—亥:初伝の巳は癸を遁して比肩、天空を乗せて旬空に落ち、中伝の寅は庚を遁して父母、六合を乗せ、末伝の亥は丁を遁して官鬼、貴人を乗せる。

邵彥和曰:天罡作青龍,真斬關卦,必至出行。但求遠在近,求久在邇,徒然千里之外,只在目睫之間。傅云:我往道州見太守,乃姑丈。曰:爾即往見彼,而思人在近側耳。求遠得近,但看造物何如耳?傅往道州,姑丈卻與一書,薦在本州汪通判處就館。得二百貫錢。蓋天罡青龍,千里無蹤,故主遠出。時上發用,傳歸父母,卻在近宅,末又歸在父母,皆歸本鄉也。

邵彦和が言う:天罡(辰)の上は青竜を乗せ、真の「斬關」課で、必ず門を出て遠行する。ただ求める遠き事はかえって近きところに応じ、求める久遠の事もまた眼前にある。もともと千里之外に奔ろうと思うも、実はただ目睫の間にあり。傅清欽が言う:私は道州に行って太守に見えたい。あれは私の姑丈である。邵が言う:存分に彼に見えよ。ただあのあなたを成全する人が近傍にいると思え。遠きを求めてかえって近きを得。造化がいかに按排するかを見よう。後に傅清欽は道州に到り、姑丈はかえって彼に一封の書を与え、彼を本州の汪通判の家に薦めて坐館させ、二百貫銭を得た。このように断じた所以は:天罡が青竜を乗せ、千里に蹤なし、だから遠出を主る。占時から発用し、三伝は父母爻に帰るも、近宅にあり、末伝はまた父母に帰る。いずれも本郷に帰る意である。

丁亥日・丙午命の人が功名を占う(銭大鶴)

崇正十五年九月丁亥日丁未時,予住埂子街,一僧人偕十餘人相顧,丙午命人索占。 指南

崇禎十五年九月丁亥日丁未時、私は埂子街に住んでおり、一人の僧が十数人を連れて私に見えに来た。その中に一人の丙午本命の人が占いを求めた。『六壬指南』に出る。

勾青 六寅卯辰巳空 空玄朱龍 比 癸巳 空 朱丑 午虎 巳申丑辰 父 庚寅 六 蛇子 未常 申亥辰丁 鬼 丁亥 貴 貴亥戌酉申玄 后陰

課盤は前の案と同じ:天盤は順に九位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の寅・卯・辰・巳・午・未・申、酉、戌、亥、子、丑を承け、乗ずる天将は順に六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀。四課は丁(寄宮は未)上に辰を見て青竜を乗せ、辰上に丑を見て朱雀を乗せ、日支の亥上に申を見て玄武を乗せ、申上に巳を見て天空を乗せる。三伝は巳(比肩、天空、旬空に落ちる)—寅(父母、六合)—亥(官鬼、貴人)。

陳公獻曰:來意必為功名,公乃未年甲榜。曰然。蓋因貴德官星臨年,月將青龍居丁,且羊角相加,故應未年高第。曰:該做京官做外官。曰:歲居干後,日生青龍,理宜先京城而後外任;嫌身祿不得地。此去身不安而祿不養,況歲君臨嗔怒之所,此番當為國家起見耳。後知為吳門錢大鶴先生也。李賊破京遂歸。

陳公献が言う:あなたの来意は必ず功名のためで、あなたは未年に進士を考中したのでしょう。その人が言う:その通りです。このように断じたのは、貴人・徳神と官星がいずれも本命年の上に臨み、月将はまた青竜を乗せて丁の寄宮に居り、加えて「羊角相加」の象があるので、未年の高中に応ずべきとしたのである。その人がまた問うた:京官を為すべきか、それとも外任か。答えて言う:太歳は日干の後に居り、日干はまた青竜を生ずる。理を按ずれば当に先ず京城に在りて後に外任すべき。嫌われるのは身と禄がともに地を得ないことで、この行きは身が安んぜず禄が養わない。まして太歳が嗔怒の位に臨むので、このたびは当に国家の大事のために行くべき。後に彼がすなわち呉門の銭大鶴先生であることを知った。李自成が京城を攻め破ると、彼は郷に帰った。

來意占功名者,以時起三傳,陰神辰為月將青龍,干生龍,主人追求官階。羊角相加者,辰未相加也,《類纂》云“辰未加臨解首逢”,以羊角合為解字故也。未年上見月將青龍,《指掌賦》曰“月將青龍,片言入相”,陰神又見朱雀,文學之象,故主未年高第。凡占功名,干支空大為不利。今丁寄宮未空。又不宜祿空,今午祿又空。故曰“嫌身祿不得地”以空,兼之午虎祿臨酉死地,日未臨戌入地網,此皆不利之徵。

彼の来意が功名を占うと断じた根拠は:この課は占時から三伝を起こし、陰神の辰は月将でまた青竜を乗せ、日干が青竜を生ずる。人が官階を追求することを主る。いわゆる「羊角相加」とは、すなわち辰と未が相加することで、『類纂』に「辰未加臨して解首に逢う」と言う。「羊」「角」の二字が合して一つの「解」の字を成すからである(解元・解首の解)。未年の上に月将の青竜を見るのは、『指掌賦』に「月将青竜、片言入相」と言い、陰神の上にまた朱雀を見るのは文学の象で、だから未年の高中を主る。およそ功名を占うに、日干・日支が空に落ちるが最も不利である。今、丁の寄宮の未がまさに空亡に落ちる。また禄神が空に落ちるを宜しくしないが、今、午禄もまた空である。だから「嫌う身禄地を得ず」と言うのは、まさにこの空の字のためである。加えて午上に白虎を乗せ、禄が酉のこの死地に臨み、日干の寄宮の未がまた戌に臨んで地網に入る。これらはいずれも不利の兆である。

丁亥日・張公亮が会試を占う(七馬聚会)

崇正丁丑年二月十七丁亥日亥將寅時金壇張君公亮占會試。  郭氏占案

崇禎丁丑年二月十七日丁亥日、亥将を寅時に加え、金壇の張公亮君が会試を占った。郭御青『占案』に出る。

勾青 六寅卯辰巳空 空玄朱龍 比 癸巳 空 朱丑 午虎 巳申丑辰 父 庚寅 六 蛇子 未常 申亥辰丁 鬼 丁亥 貴 貴亥戌酉申玄 后陰

課盤は前の二案と同じ(天盤は地盤より順に九位進む):地盤の巳から辰までに順に天盤の寅・卯・辰・巳・午、未、申、酉、戌、亥、子、丑を承け、天将は順に六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀。四課は丁上に辰を見て青竜を乗せ、辰上に丑を見て朱雀を乗せ、日支の亥上に申を見て玄武を乗せ、申上に巳を見て天空を乗せる。三伝は巳(比肩、天空を乗せ、旬空に落ちる)—寅(父母、六合)—亥(官鬼、貴人)。

郭御青曰:初傳巳,為本日、行年、月建三馬。中傳寅為命馬,支上申為時馬、天馬,末傳亥為贈馬。真七馬聚會,又三傳自下遞生,干上青龍,末傳上貴人,初天空旺相,天空見貴人為奏書之神,但無簾幕,即斷為十名以外之魁,定在瀛洲之內。餘占東南名公數十人,獨許張君高列,已而果然。

郭御青が言う:初伝の巳は本日の馬・行年の馬・月建の馬で、一身に三馬である。中伝の寅は本命の馬。日支上の申は占時の馬・天馬。末伝の亥は贈馬——まさに七馬の聚会である。三伝はまた下から上へ節々に相生し、日干上は青竜を乗せ、末伝上は貴人を乗せ、初伝の天空は旺相の気に当たる。天空が貴人に遇うは「奏書」の神である。ただ帘幕貴人がないので、彼の名次は前十名の外にありて一榜の魁となると断じ、総じて瀛洲の内に穏かに在る(必ず進士に登る)。私は東南の数十位の名士に会試を占って、ただ張君の名を高等に列することを許し、後に果たしてそのようになった。

丁亥日・王解元が終身を占う(家財を争う)

戊申年正月丁亥日,子將寅時,王解元辛丑生(生於九月二十作日辰時),六十八歲,占終身。方本占案。

戊申年正月の丁亥日、子将を寅時に加え、王解元(辛丑年生まれ、九月二十某日辰時生まれ。底本は「二十作日」と作し当に訛字あろう。六十八歳)が終身を占った。方氏本『占案』に出る。

虎常 空卯辰巳午玄 龍寅 未陰 陰貴空常 財 乙酉 貴 陳丑 申后 未酉卯巳 子 空未 陰 六子亥戌酉貴 酉亥巳丁 兄 癸巳 常 朱蛇

天盤は地盤より順に十位進む:地盤の巳・午・未・申、酉、戌、亥、子、丑、寅、卯、辰の上に順に天盤の卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅を承け、乗ずる天将は順に天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜。四課は右から左へ:第一課、丁(寄宮は未)の上に巳を見、太常を乗ずる。第二課、巳の上に卯を見、天空を乗ずる。第三課、日支の亥の上に酉を見、貴人を乗ずる。第四課、酉の上に未を見、太陰を乗ずる。三伝は酉—未—巳:初伝の酉は乙を遁して妻財、貴人を乗せ、中伝の未は旬空に落ち(「空未」と記す)、子孫で太陰を乗せ、末伝の巳は癸を遁して兄弟、太常を乗せる。

邵彥和曰:主外人有服者,來爭家財,我終被他所擾,而入不明之地,且受太陰之抑。蓋酉作貴登天門,乃夜貴用事,是不明也。酉即太陰,太了酉互相掩蔽,終於失理,行年上太陰門戶亦主分破,況身宅三傳行年皆在陰上,正是不利之年,七十歲必死矣。

邵彦和が言う:外姓にしてまさに服喪中の人が来て家財を争うことを主る。我が方はついに彼に攪扰され、曖昧不明の境地に落ち、さらに太陰の圧抑を受ける。酉は貴人が天門に登るので、夜貴が事に当たり、だから晦暗で明らかでない。酉自身はまた太陰に属し、太陰と酉(底本は「太了」と作し、当に「太陰」の訛であろう)とが互いに遮掩し、ついに理を失う。行年上は太陰門戸で、また門戸の分割破損を主る。まして自身・宅舍・三伝・行年がいずれも陰位の上に落ちる。まさに不利の年で、七十歳に至って必ず死す。

何以見外人有服者入宅爭財?蓋巳作太常乘馬加干故也。太常巳未土入本家,乃家人也。丁,我也。丁被巳乘馬逼身而來,丁遂加酉上托於今日陰貴人用事,誰知陰貴人入宅卻是破碎,宅反為他所破。且太陰乘未加酉,未即丁身,是我為他所蔽,陰翳不明。陰貴加陽貴上,陽貴為今日之鬼,又是不明,又自陽貴上發傳,終歷陰貴而末傳仍歸我身上,依舊作支破(沖支為破)。當主爐灶敗壞。巳之本家,又見卯作天空,必至門戶分破也。

どうして外姓で孝服のある人が宅に進んで財を争うと見たか。巳が太常を乗せまた駅馬を乗せて日干に加臨するからである。太常は土に属し、巳・未もまた土で、本家に進入するのは、もともと家裏人の象である。丁はすなわち我自身である。丁は巳の乗ずる馬に逼られて身上に至り、丁はここにおいて酉の上に加わり、今日事に当たる陰貴人に托庇する。誰が知ろう、陰貴人が宅に進んで却って破碎の煞を帯び、宅はかえって彼に破られる。さらに太陰が未を乗せて酉の上に加わり、未はすなわち丁の自身で、我が彼に遮蔽されて陰翳不明となる。陰貴が陽貴の上に加わり、陽貴はまた今日の官鬼で、これも不明である。また陽貴の上から伝を発し、中間に陰貴を経過し、末伝はなお旧に帰って我が自身に至り、依然として日支の破を作す(日支を冲すればすなわち破)。だから竈の敗壊を主る。巳の本家位の上にまた卯が天空を乗ずるのを見るので、必ず門戸の分割破損に弄り至る。

王有一弟,少年與人為子,己酉年其父死,弟乘服未滿歸宗,六月入狀,爭分家財。王托鄉紳徐通判料理,竟為徐所騙用,仍舊分給與弟,將中門拆斷作兩處。廚灶皆壞。此事戊申年何故不發?至己酉年四月方發耶。蓋戊申陽年雖六陰全而不能舉,己酉年故發也。己酉年十月分定,仍是徐通判調停,酉貴作破碎加亥故也。

王解元に一人の弟がいて、少年の時に他人に過継がれて子と為った。己酉年に彼らの父が去世し、弟は服喪が満たないのに乗じて宗に帰り、六月裏に状子を出し、家産を分け争おうとした。王解元は郷紳の徐通判に托して料理させたが、かえって徐通判に騙され使用され、家財はなお旧に弟に分けられ、中門を拆断して二ヶ所に隔て、厨房の鍋竈もみな毀壊された。この事はなぜ戊申年に発作せず、己酉年四月に至って発したか。戊申は陽年で、六陰が俱に具わっても発動しえず、己酉年に至って発したのである。己酉年十月に家産が分け定まったが、なお旧に徐通判が中から調停したのは、酉上の貴人が破碎の煞を帯びて亥の上に加わるからである。

丁亥日・邵氏が家宅を占う(王解元と同時同盤)

同年月日時,邵氏丁巳生,五十二歲,占家宅,同得此課。(口鑑)

なお前の例の王解元が終身を占ったあの戊申年正月丁亥日子将寅時——年・月・日・時辰が少しも変わらない。こんど占いに来たのは邵氏で、丁巳年生まれ、五十二歳、問うたのは家宅である。課を起して得たのはまさに同一副の課盤であった。人が換わり、問う事も換われば、取用の神もこれに随って改まるので、同一副の盤から断り出す言葉は前の例と全然異なる。前の例で断じたのは外姓の服ある人が来て家財を争うことで、こんどの例で断じたのは却って婦人の疾病・門戸・婢妾と口舌である。本例は『口鑑』に出る。

虎常 空卯辰巳午玄 龍寅 未陰 陰貴空常 財乙酉貴 陳丑 申后 未酉卯巳 子空未陰 六子亥戌酉貴 酉亥巳丁 兄癸巳常 朱蛇

この盤は子月将を寅時の上に加えて起出し、天盤は地盤より二位退く。天盤十二支の乗ずる天将は順に:子は六合を乗せ、丑は勾陳(盤中は「陳」と書く)、寅は青竜、卯は天空、辰は白虎、巳は太常、午は玄武、未は太陰、申は天后、酉は貴人、戌は螣蛇、亥は朱雀。四課は右から左へ排す:第一課、日干の丁は寄宮が未にあり、未上に巳を得、巳は太常を乗せる。第二課、巳上に卯を得、卯は天空を乗せる。第三課、日支の亥上に酉を得、酉は貴人を乗せる。第四課、酉上に未を得、未は太陰を乗せる。三伝は初伝の酉で、遁干は乙酉、貴人を乗せ、丁火の日干において妻財である。中伝は未で、まさに甲申旬の旬空に当たり、太陰を乗せ、子孫である。末伝は巳で、遁干は癸巳、太常を乗せ、兄弟である。三伝の酉・未・巳は位を逐って後退し各々一支を隔て、間伝の中の退行の格に属する。

邵彥和曰:此課名彈射,一主婦人患血氣,二主門戶不寧,三主婢妾出走,四主家主患口齒之疾,此課可改門戶,不然則口舌立至矣。至五月十五日,己丑皆應。

邵彦和が言う:この課の課体の名は「弾射」という。これに拠って四つの事を断じ得る。第一に、家中の婦人が血気の疾を患う。第二に、門戸が安寧を得ない。第三に、婢女・侍妾が出走する。第四に、家主が口歯の病に害される。補救の法は門戸を改動することで、さもなければ口舌の是非がすぐに訪れて来る。五月十五日己丑の日に至り、四条がことごとく応験した。盤面に就いてその然る所以を推すに:卯はもともと門戸の神だが、今は天空を乗せ、天空は虚耗を主るので、門戸が寧まらない。太陰は一向に婢妾を主り、今は未を乗せて未はまた旬空に落ち、人が空に落ちれば去るので、婢妾の出走と断じた。朱雀は口舌・文書を主り、ちょうど日支の亥を乗ずるので、口歯の患と口舌の争いがある。いわゆる門戸を改めるとは、天空の臨む卯の位を避けて別に門を開くことである。

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