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戊午日、宋大升が代占(『指南』)

清 · 程树勋 · 第46巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

崇正辛未年四月戊午日酉將酉時山東吏垣宋大升先生相召占課云非己占,代占。 指南

崇正辛未年四月の戊午日に、月将「酉」を酉時に加えて課を起こした。将と時が同じ位にあるので、伏吟の課である。山東の吏科に仕える宋大升先生が陳公献を招いて課を起こさせ、声明して、この課は自分のための占ではなく、他人に代わっての占であると言った。この案件は『六壬指南』から出ている。

蛇貴/朱巳午未申后 蛇蛇朱朱 父 丁巳 朱/六辰 酉陰 午午巳巳 子 庚申 後/勾卯 戌玄 午午巳戊 鬼 甲寅 龍/青寅丑子亥常/空虎

天盤の諸将は、朱雀が巳に、螣蛇が午に、貴人が未に、天后が申に、太陰が酉に、玄武が戌に、太常が亥に、白虎が子に、天空が丑に、青竜が寅に、勾陳が卯に、六合が辰に乗ずる。酉時は夜に属し、戊日の夜貴は未なので、貴人は未に臨む。貴人の臨む位は逆行の地に属するので、残りの諸将は一路逆に布せられる。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に巳を得て朱雀が乗る——第一・第二課は同じ。日支の午の上に午を得て螣蛇が乗る——第三・第四課は同じ。これが伏吟課の常態である。三伝は、初伝が巳で朱雀を乗せ、遁干は丁巳、父母となる。中伝は申で天后を乗せ、遁干は庚申、子孫となる。末伝は寅で青竜を乗せ、遁干は甲寅、官鬼となる。

陳公獻曰:在朝官占此提防臺諫而回還得好 旨歸里。蓋因傳將互克,伏吟丁馬,且太陽無光矣(月將酉臨酉地,是西墜之象也),豈能久居廊廟乎?然喜朱雀德祿生日(朱乘巳作日德日祿臨日),故得好旨歸里。後知為四明諱象坤錢相公所占。果因人言請告而去。

陳公献が言うには、朝廷の官がこの課を占えば、台諫の官の弾劾を防ぐべきだが、結局は好い旨を得て故郷に帰ることができる。なぜなら三伝と乗る天将が互いに相克し、伏吟の中にまた丁神と駅馬を帯び、動の象がすでに見えるからである。さらに太陽が光を失う(月将の酉がちょうど地盤の酉位に臨んでおり、これは太陽が西に沈み墜ちる象である)ので、このような人がどうして久しく朝廷に居られようか。幸いなことに朱雀が日徳・日禄を乗せて日干を生ずる(朱雀が巳を乗せ、巳は戊日において日徳でもあり日禄でもあり、ちょうど日干の上に臨む)ので、好い旨を得て故郷に帰ることができる。のちにこの課が四明の銭相公——名は象坤——に代わって占ったものであることが分かった。果たして彼は人の進言によって、自ら休暇を請して朝廷を去った。

戊午日、汪司戸が官職を占う(『口鑑』『方本占案』)

建炎戊申年十月初七戊午日卯將寅時汪司戶辛未生十二月二十一日午時三十八歲占官職。口鑑 方本占案

建炎戊申年十月初七は戊午日で、月将「卯」を寅時に加えて課を起こした。占者は汪司戸で、辛未年生まれ、生辰は十二月二十一日の午時、この年三十八歳であり、自分の官職を占いに来た。この案件は『口鑑』と『方本占案』の両方に収められている。

空虎/龍午未申酉常/陳巳 戌玄 虎空空龍 官 甲寅 蛇/六辰 亥陰 申未未午 父 戊午 龍/朱卯寅丑子后 未午午戊 父 戊午 龍/蛇貴

天盤の諸将は、青竜が午に、天空が未に、白虎が申に、太常が酉に、玄武が戌に、太陰が亥に、天后が子に、貴人が丑に、螣蛇が寅に、朱雀が卯に、六合が辰に、勾陳が巳に乗ずる。寅時は昼に属し、戊日の昼貴は丑なので、貴人は丑に臨む。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に午を得て青竜が乗る。午の上に未を得て天空が乗る。日支の午の上も同じく未を得て天空が乗る。未の上に申を得て白虎が乗る。三伝は、初伝が寅で螣蛇を乗せ、遁干は甲寅、寅木が戊土を克するので官鬼となる。中伝と末伝はともに午で青竜を乗せ、遁干は戊午、午火が戊土を生ずるので父母となる。官職を占うにはもともと官鬼を用神とする。この課は官鬼が発用して連なり二重の午火を生ずるので、まさに以下の断語の拠り所となる。

邵彥和曰:司戶今無正位,必主上司責罰,而別有遷改,卯寅乃今日鬼,鬼生午火,午乃日陽刃殺,且是天鬼,在於中末傳,支上未與午合,亦憂宅眷人口有死者。後果病死三人,又為米倉事發,遂罷去也。

邵彦和が言うには、汪司戸は現在正式の職位がなく、必ず上司の責罰を受け、さらに別の遷改がある。卯と寅はともに今日の官鬼であり、鬼木はまた午火を生じ、午は戊日の陽刃の殺であり、しかも「天鬼」でもあり、それが中伝・末伝に落ちている。日支の上の未はまた午と合するので、さらに宅眷・家族の中に死亡する者があることを憂うべきである。のちに果たして病死する者が三人あり、また米倉の事が露見して発覚し、ついに罷免されて去った。

蓋寅乃日鬼,生三個午,十月建亥,合寅來生宅,犯丁神以未中有丁,非旬丁也,丁主動,天空主空屋,宅亦主空,是月困患時氣遂死三人。十月間米因提學檢踏常平倉敗事露,遂致敗斥。

詳しく論ずれば、寅は今日の官鬼で、連なり三つの午火を生ずる。十月の月建は亥であり、亥は寅と合し、ともに宅位に来て生ずる。この課はまた丁神を犯している——未の中に丁が蔵されており、これは支中に蔵された丁であって旬遁の丁ではない——丁神は動揺・遷徙を主り、天空は空き家を主り、宅の上が空を得るのも房舎が空虚なことを主る。だからこの月に家が時行の疫気に困まれて、続けて三人が死んだ。十月になってから、また提学官が常平仓を検査踏勘したことで米の件が露見し、ついに斥革・罷免に至った。

戊午日、王牧夫が求財を占う(『牧夫占験』)

乾隆戊辰年十月戊午日巳將辰時占求財。 牧夫占驗

乾隆戊辰年十月の戊午日に、月将「巳」を辰時に加えて課を起こし、求財を占った。この案件は『牧夫占験』から出ている。

空虎/龍午未申酉常/陳巳 戌玄 虎空空龍 官 甲寅 蛇/六辰 亥陰 申未未午 父 戊午 龍/朱卯寅丑子后 未午午戊 父 戊午 龍/蛇貴

月将の巳を辰時に加えるのは、前の案件で卯将を寅時に加えたのと同様に天盤が順に一位ずれるだけなので、排出される課式はまったく同じである。青竜が午に、天空が未に、白虎が申に、太常が酉に、玄武が戌に、太陰が亥に、天后が子に、貴人が丑に、螣蛇が寅に、朱雀が卯に、六合が辰に、勾陳が巳に乗ずる。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に午を得て青竜が乗る。午の上に未を得て天空が乗る。日支の午の上に未を得て天空が乗る。未の上に申を得て白虎が乗る。三伝は、初伝が寅で螣蛇を乗せ、遁干は甲寅、官鬼となる。中伝・末伝はともに午で青竜を乗せ、遁干は戊午、父母となる。求財の一門は日干と日支の向背・生克を重く見る。この課は日支の神が日干の位まで歩いて来て日干を生ずるので、まさに以下の断語の鍵となる。

王牧夫曰:此數主卑就尊,二門求懇乃親戚之家,但不能如數,主得宴會酒食而還,果驗。/蓋干為尊,支為卑,支就干位而生干,乃上門求懇也。未為眷屬,故主親戚。傳不足,故不得如數。干支交合無克,故必允。午為宴會與支上未作合,故應之也。

王牧夫が言うには、この課は卑しい方が尊い方に就くことを主り、二箇所の門戸で求め懇願するのは親戚の家である。ただし求める数ほどは得られず、宴会の酒食を得て帰ることを主る。果たして験した。道理は、干を尊とし支を卑とする。支の神が干の位に就いて干を生ずるのは、まさに門を叩いて求め懇願する象である。未は眷属を主るので、親戚の家と断じた。三伝の気数が足りないので、元の数ほど得られない。干と支が交わり和合して克戦がないので、相手は必ず承諾する。午は宴会を主り、また日支の上の未と合するので、酒食を得ることに応じたのである。

戊午日、病を占う(『口鑑』)

建炎戊申年二月初四戊午日亥將戌時占病。 口鑑

建炎戊申年二月初四は戊午日で、月将「亥」を戌時に加えて課を起こし、疾病を占った——二月の中気である春分がまだ交節していないので、依然として雨水後の亥将・登明を用いる。この案件は『口鑑』から出ている。

貴後/蛇午未申酉陰/朱巳 戌玄 后貴貴蛇 鬼 甲寅 龍/六辰 亥常 申未未午 父 戊午 蛇/陳卯寅丑子虎 未午午戊 父 戊午 蛇/龍空

天盤の諸将は、螣蛇が午に、貴人が未に、天后が申に、太陰が酉に、玄武が戌に、太常が亥に、白虎が子に、天空が丑に、青竜が寅に、勾陳が卯に、六合が辰に、朱雀が巳に乗ずる。戌時は夜に属し、戊日の夜貴は未なので、貴人は未に臨み、諸将は逆に布せられる。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に午を得て螣蛇が乗る。午の上に未を得て貴人が乗る。日支の午の上に未を得て貴人が乗る。未の上に申を得て天后が乗る。三伝は、初伝が寅で青竜を乗せ、遁干は甲寅、寅木が戊土を克するので官鬼となる。中伝と末伝はともに午で螣蛇を乗せ、遁干は戊午、父母となる。病を占うには日干を病人とし、官鬼を病症とし、鬼を制し得る者を医薬とする。この課は官鬼の寅木が一路午火を生じ、午火はまた戊日の陽刃・天鬼なので、病源と病勢がすべてここにある。

邵彥和曰:天鬼午火,受寅鬼之生,犯了東嶽城隍香火神,因而疫氣入宅,遂合宅皆病。蓋春寅木正旺鬼,鬼極有氣,又干上與中末三個陽刃天鬼殺,故不止一人也,其家果病七人,後死三人,急告東嶽,禳之,餘人遂愈。蓋中末日上三個天鬼殺,所以喪三人也。青龍到此最不好,名為奪命神。/按:此句似用晝貴,其故何也?

邵彦和が言うには、午火は「天鬼」であり、さらに寅中の官鬼の生扶を受けている。これは東岳廟と城隍廟の香火の神を沖犯したもので、それによって疫気が住宅に侵入し、一家がことごとく病に倒れた。春には寅木がちょうど旺相にあって官鬼に勢いがある。日干の上と中伝・末伝を合わせると三重の陽刃・天鬼の殺があるので、病にかかるのは一人にとどまらない。この家は果たして七人が病に倒れ、のちに三人が死んだ。急いで東岳廟に告祷して禳解したところ、残りの者は徐々に全快した。中伝・末伝に日干の上を加えると、ちょうど三つの天鬼の殺があるので、三人を喪ったのである。青竜がこの地位に至るのが最もよくなく、「奪命神」と名づける。程氏の按語に言う、ここでは昼貴を用いたように見えるが、その故は何か。(課中の貴人は未を乗せ、まさに戊日の夜貴で戌時と合する。程氏の疑いはおそらく別の所を指すのであろう。)

戊午日、呉員外が油麻の価を占う(『一針見血』)

元祐二年正月初五日山陽吳員外年三十九歲與販油麻到東京未就其價,遂於僧仲褒求課。是日戊午得戌時以月將神后加戌。一針見血

元祐二年正月初五日、山陽の呉員外は三十九歳で、油麻を販運して東京汴梁に至ったが、価格がいつまでも折り合わず、ついに僧の仲褒のもとに行って課を求めた。この日は戊午日で、戌時を取り、月将の神後子を戌に加えて課を起こした——正月には中気の雨水がまだ交節していないので、依然として大寒後の子将を用いる。この案件は『一針見血』から出ている。

貴后陰玄/未申酉戌 玄后陰貴 子 庚申 後/蛇午 亥常 戌申酉未 兄 壬戌 玄/朱巳 子虎 申午未戊 財 ◎子 虎/辰卯寅丑/合勾龍空

天盤の諸将は、貴人が未に、天后が申に、太陰が酉に、玄武が戌に、太常が亥に、白虎が子に、天空が丑に、青竜が寅に、勾陳が卯に、六合が辰に、朱雀が巳に、螣蛇が午に乗ずる。戌時は夜に属し、戊日の夜貴は未なので、貴人は未に臨む。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に未を得て貴人が乗る。未の上に酉を得て太陰が乗る。日支の午の上に申を得て天后が乗る。申の上に戌を得て玄武が乗る。三伝は、初伝が申で天后を乗せ、遁干は庚申、戊土が金を生ずるので子孫となる。中伝は戌で玄武を乗せ、遁干は壬戌、兄弟となる。末伝は子で白虎を乗せる。戊午日は甲寅旬に属し、子丑が旬空なので「◎」を標して空亡を記し、子水は戊土において妻財となる。財爻は旬空に落ちるとはいえ、末伝の上で救神をなすので、以下に貨物が先には滞り後には利を得ると断ずるのは、すべてここから推し出される。

仲褒曰:君有貨物慾求售乎?右是油麻,目下則價利漸退,至清明後宜有倍利,可候至時貨矣。吳云:貨是麻油在此多日,欲隨賣售之。褒曰:若信此課,留至其時必無所誤。吳遂一半去了,一半寄頓在京,而且歸家。其年二月五日,復到京師,其麻價未增。吳乃往褒問前課。褒云:更待數日必有厚利,但守之無疑矣。自清明後,京城絕無貨之,果得倍利。吳乃重謝仲褒。

仲褒が言うには、あなたは貨物を持って売ろうとしているのですね。右は油麻である。目下は価格と利益がだんだん下がっているが、清明の後まで待てば倍の利があるはずだ。その時まで待ってから売るとよい。呉員外が言うには、この麻油はここに運んで来てからもう多くの日が経ち、相場に随って売りたかった。仲褒が言うには、この課を信じるなら、あの時まで留めておけば必ず誤りはない。呉員外はついに半分を売り、半分を京城に預けて、そして家に帰った。その年の二月初五日、彼は再び京师に来たが、麻の価格はまだ上がっていなかった。呉員外は仲褒のもとに行って前の課を問うた。仲褒が言うには、さらに数日待てば必ず厚い利がある。ただ守っていて疑うな。清明の後、京城ではこの貨が全く品切れとなり、果たして倍の利を得た。呉員外は仲褒に厚く謝した。

議曰:戊土克水為財,水生於申是初不見財神,只發財生之位,故主貨物也。油麻者,申之所主也。今加午上,法以午為市,正月申金囚死,雖貨物入市,緣市未動,故未有價。清明後土旺乃申金相氣,法以相氣為財也,雖被火剋制,卻得末傳子水為救,而免其損傷。行年上神是今日支神帶騰蛇來臨,兼所得之時與物同類,與今日干神相生,課值日辰,支干無損,目下不中,後有倍息也。應驗若此。

評議に言う。戊土が水を克するので、水が戊日の妻財である。水は申で長生するので、初伝に財神そのものは見えず、ただ財を生ずる位を発するのみである。だから貨物と主する。油麻はちょうど申の主する物である。いま申が午の上に加わるが、法では午を市とする。正月に申金は囚死の気にあたり、貨物はすでに市に入ったものの、市がまだ動いていないので、値がつかない。清明の後は土が旺となり、申金は相気に転ずる。法では相気をもって財とする。申金は火に克されるとはいえ、末伝の子水を得て救いとなり、損傷を免れる。行年の上の神は、ちょうど今日の日支の神が螣蛇を帯びて臨むところであり、さらに取り得た時と販る物が同じ類に属し、今日の日干の神と相生する。課はまた日辰に値し、支と干に損傷がない。だから目下は時宜に合わず、後に倍の利息がある。後の応験は果たしてこの通りであった。

戊午日、蝗を占う(『一針見血』)

六月初一戊午日未將辰時占蝗。 一針見血

六月初一は戊午日で、月将「未」を辰時に加えて課を起こし、蝗災を占った——六月の中気である大暑がまだ交節していないので、依然として夏至後の未将を用いる。この案件は『一針見血』から出ている。

龍勾合朱/申酉戌亥 蛇勾朱龍 子 辛酉 勾/空未 子蛇 子酉亥申 財 ◎子 蛇/虎午 丑貴 酉午申戊 鬼 乙卯 陰/巳辰卯寅/常玄陰后

天盤の諸将は、青竜が申に、勾陳が酉に、六合が戌に、朱雀が亥に、螣蛇が子に、貴人が丑に、天后が寅に、太陰が卯に、玄武が辰に、太常が巳に、白虎が午に、天空が未に乗ずる。辰時は昼に属し、戊日の昼貴は丑なので、貴人は丑に臨む。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に申を得て青竜が乗る。申の上に亥を得て朱雀が乗る。日支の午の上に酉を得て勾陳が乗る。酉の上に子を得て螣蛇が乗る。三伝は、初伝が酉で勾陳を乗せ、遁干は辛酉、戊土が金を生ずるので子孫となる。中伝は子で螣蛇を乗せる。戊午日は甲寅旬に属し、子は旬空にあたるので「◎」を標し、子水は妻財となる。末伝は卯で太陰を乗せ、遁干は乙卯、卯木が戊土を克するので官鬼となる。酉・子・卯の三位が順に加わり臨んでいるのが、以下に言う「三交課」である。

祝泌奏曰:謹按此課,三傳酉子卯為三交課。夫課象中主事之神,固以蛇為飛蝗,而初傳酉亦是飛蝗之象。何以言之?蝗乃敗辛之魂所亦,乃勾陳發用,所乘之酉金死於午,即勾陳所立辛位,而死於午者也。又酉為亦而死之物,是飛蝗之象也,今初傳次傳皆有飛蝗之證,則飛騰而眾多,將捕之而不可勝捕矣。然三交課多主伏匿凶丑,又中子末卯乘太陰為翳蔽之象,要課之終而論之,酉加於午,子加酉,卯加子皆居敗暴之地,而終之以翳蔽,則亦可滅不致猖熾也。

祝泌が奏上して言うには、謹んでこの課を按ずるに、三伝の酉・子・卯が順に加わり臨んで「三交課」である。課象の中で事を主る神は、もとより螣蛇をもって飛蝗とするが、初伝の酉もまた飛蝗の象である。何をもってそう言うのか。蝗はもと敗れた辛金の魂の化するものである(源文のこの句の「所亦」の二字には訛りがあり、語意を確かに指すことができないので、姑くその旧に従う)。いま勾陳が発用であり、勾陳の乗ずる酉金は午で死する。これは勾陳の立つ辛位にして午で死するものである。酉はまた飛ぶことができて終に死に帰る物類なので、飛蝗の象である。いま初伝・次伝ともに飛蝗の証拠があるので、蝗が飛び騰って群をなし、数が甚だ多く、捕えようにも捕えきれないであろう。ただし三交課は多く伏匿する凶悪な醜類を主り、また中伝の子・末伝の卯には太陰が乗り、太陰はちょうど遮蔽・掩藏の象である。要は一課の収束について断ずれば、酉が午に加わり、子が酉に加わり、卯が子に加わり、いずれも敗絶・暴露の地に居り、終に遮蔽に帰結するので、蝗災も終には撲滅でき、猖獗して大害となるに至らない。

戊午日、灯下で射覆(『牧夫占験』)

甲戌年亥月戊午日寅將戌時友人於燈下射覆。 牧夫占驗

甲戌年亥月の戊午日に、月将「寅」を戌時に加えて課を起こし、友人たちが灯下で射覆の戯れをして、覆われているものが何かを当てようとした。この案件は『牧夫占験』から出ている。

朱合勾龍/酉戌亥子 虎合空朱 鬼 甲寅 虎/蛇申 丑空 寅戌丑酉 父 戊午 後/貴未 寅虎 戌午酉戊 兄 壬戌 合/午巳辰卯/後陰玄常

天盤の諸将は、朱雀が酉に、六合が戌に、勾陳が亥に、青竜が子に、天空が丑に、白虎が寅に、太常が卯に、玄武が辰に、太陰が巳に、天后が午に、貴人が未に、螣蛇が申に乗ずる。戌時は夜に属し、戊日の夜貴は未なので、貴人は未に臨む。四課は右から左へ、日干の戊は巳に寄宮し、巳の上に酉を得て朱雀が乗る。酉の上に丑を得て天空が乗る。日支の午の上に戌を得て六合が乗る。戌の上に寅を得て白虎が乗る。三伝は、初伝が寅で白虎を乗せ、遁干は甲寅、官鬼となる。中伝は午で天后を乗せ、遁干は戊午、父母となる。末伝は戌で六合を乗せ、遁干は壬戌、兄弟となる。寅・午・戌はちょうど火局を合する。火の性は炎上なので、以下はこれを「炎上の課」と称する。

王牧夫曰:炎上之課,主外明而內虛。三傳帶後六,淫泆火旺,主氣當有芳香。干上酉乘朱與初傳寅合,參形為圖。午酉又當可食,其味辛苦,其色青黃。酉屬秋,成實於秋也。出之乃香櫞耳。

王牧夫が言うには、これは炎上の課で、覆われた物が外は明るく内は虚しいことを主る。三伝の上に天后と六合を帯び、いずれも淫泆の神であり、火気がまた盛んなので、この物件には当に芳香があるはずである。日干の上の酉は朱雀を乗せ、また初伝の寅と合し、両方を参合すればちょうど丸く整った形を成す。午と酉はまた口に入れられる物を主り、味は辛くて苦を帯び、色は青に黄を帯びる。酉は秋令に属し、実を秋に結ぶものと分かる。取り出して見れば、もとは香橼であった。

己未日

己未日、宋太斗が功名を占う(『指南』)

崇正辛未年四月己未日酉將辰時東省吏科宋太斗先生占功名。 指南

崇正辛未年四月の己未日に、月将「酉」を辰時に加えて課を起こし、山東の吏科に仕える宋太斗先生が功名を占った。この案件は『六壬指南』から出ている。

蛇貴/朱戌亥子丑后 白貴虎貴 父 丁巳 虎/六酉 寅陰 巳子巳子 兄 壬戌 朱/勾申 卯玄 子未子己 鬼 乙卯 玄/龍未午巳辰常/空虎

天盤の諸将は、朱雀が戌に、螣蛇が亥に、貴人が子に、天后が丑に、太陰が寅に、玄武が卯に、太常が辰に、白虎が巳に、天空が午に、青竜が未に、勾陳が申に、六合が酉に乗ずる。辰時は昼に属し、己日の昼貴は子なので、貴人は子に臨む。四課は右から左へ、日干の己は未に寄宮し、未の上に子を得て貴人が乗る。子の上に巳を得て白虎が乗る。日支の���の上も同じく子を得て貴人が乗る。子の上に巳を得て白虎が乗る——四課が標す「白」はすなわち白虎である。三伝は、初伝が巳で白虎を乗せ、遁干は丁巳、巳火が己土を生ずるので父母となる。中伝は戌で朱雀を乗せ、遁干は壬戌、兄弟となる。末伝は卯で玄武を乗せ、遁干は乙卯、卯木が己土を克するので官鬼となる。

陳公獻曰:四月內定轉長垣,居官難以久任。蓋因月建虎馬發用,其力更見雄矣。又鑄印乘軒定應遷轉。但嫌貴臨空害,故難久任耳。果隨轉吏長垣,後因提武場事,降大行。

陳公献が言うには、四月の内に必ず長垣に転任するが、この官は長く任にいられない。当月の月建が白虎と駅馬を帯びて発用するので、その力はさらに雄大である。課体はまた「鋳印乘軒」に属し、鋳印は授職を主り、乘軒は昇遷を主るので、必ず遷転に応ずる。ただ嫌なのは貴人が旬空に臨んでさらに刑害を受けることで、だから任上で長く居られない。彼は果たしてすぐに長垣に転じて吏職につき、その後、武場の試験を司った事で、大行の職に降任した。

己未日、孫興功の父が功名を占う(『指南』)

崇正辛巳年十月己未日癸酉時,東省莘縣孫興功父師仕揚刻文時占功名。 指南

崇正辛巳年十月の己未日癸酉時に、山東莘県の孫興功の父である師仕揚(源文は「孫興功父師仕揚」と作り、その父の名が仕揚を指すかもしれないが、姑く原のままに留める)が、文稿を刻印しようとする時に功名を占った。この案件は『六壬指南』から出ている。

蛇貴/朱戌亥子丑后 虎貴虎貴 父 丁巳 虎/六酉 寅陰 巳子巳子 兄 壬戌 朱/勾申 卯玄 子未子己 鬼 乙卯 陰/龍未午巳辰常/空虎

この案件に附された課式は前の案件と同じである。朱雀が戌に、螣蛇が亥に、貴人が子に、天后が丑に、太陰が寅に、玄武が卯に、太常が辰に、白虎が巳に、天空が午に、青竜が未に、勾陳が申に、六合が酉に乗ずる。四課は右から左へ、日干の己は未に寄宮し、未の上に子を得て貴人が乗る。子の上に巳を得て白虎が乗る。日支の未の上に子を得て貴人が乗る。子の上に巳を得て白虎が乗る。三伝は、初伝が巳で白虎を乗せ、遁干は丁巳、父母となる。中伝は戌で朱雀を乗せ、遁干は壬戌、兄弟となる。末伝は卯で、遁干は乙卯、卯木が己土を克するので官鬼となる。末伝に乗る天将はここでは太陰と標され、前の案件で玄武としたのと異なる。また癸酉時に占ったのに、例では己日の夜貴である申を用いるべきところ、図では依然として昼貴が子に臨んでいる。源文がこうなっているので、改動はしない。

陳公獻曰:仲冬月令必有起官之徵。曰:何以見之?干上貴人雖空,幸乘進氣,交仲冬子水司令,填實旬空矣。且喜虎馬丁神發用,作歲君生日,又四墓覆生,已廢復興之象。起官何疑?後果然。凡有官君子得此,定主遷官轉職,面君奏事。次年冬,推補兵部車駕司。

陳公献が言うには、仲冬十一月の月令に至れば、必ず官に起きる徴がある。ある人が言うには、どこからそれを見たのか。答えるには、日干の上の貴人は旬空に落ちているが、幸いにも進気に乗っている。仲冬に交われば子水が司令となり、旬空が填実される。さらに喜ばしいのは白虎・駅馬・丁神がともに発用し、太歳の神をなして日干を生ずることである。さらに四墓が反覆して相生するのは、すでに廃して再び興る気象である。官に起きることに何の疑いがあろう。のちに果たしてその通りであった。およそ官のある君子がこの課を得れば、必ず遷官・転職を主り、君に面して事を奏することができる。翌年の冬、彼は兵部車駕司の職に推補された。

己未日、張維枢が来意を占わせる(『指南』)

崇正己巳年正月己未日午時閩中張少司空維樞索占來意。 指南/愚按:正月己未是正月初三日,何故仍用丑將?年月必定有一錯。

崇正己巳年正月の己未日午時に、福建の少司空である張維枢が陳公献に課を起こさせ、自分が此に来た意図を先に言わせた。この案件は『六壬指南』から出ている。程樹勲の按語に言う、この年の正月の己未はちょうど正月初三日なのに、なぜ依然として丑将を用いたのか。年と月の二箇所の内、必ず一箇所が間違っている。

後陰/貴子丑寅卯玄 六陰六陰 子 辛酉 六/蛇亥 辰常 酉寅酉寅 兄 丙辰 常/朱戌 巳虎 寅未寅己 財 癸亥 蛇/六酉申未午空/勾龍

天盤の諸将は、貴人が子に、天后が丑に、太陰が寅に、玄武が卯に、太常が辰に、白虎が巳に、天空が午に、青竜が未に、勾陳が申に、六合が酉に、朱雀が戌に、螣蛇が亥に乗ずる。午時は昼に属し、己日の昼貴は子なので、貴人は子に臨む。四課は右から左へ、日干の己は未に寄宮し、未の上に寅を得て太陰が乗る。寅の上に酉を得て六合が乗る。日支の未の上に寅を得て太陰が乗る。寅の上に酉を得て六合が乗る。三伝は、初伝が酉で六合を乗せ、遁干は辛酉、己土が金を生ずるので子孫となる。中伝は辰で太常を乗せ、遁干は丙辰、兄弟となる。末伝は亥で螣蛇を乗せ、遁干は癸亥、己土が水を克するので妻財となる。

陳公獻曰:正時勝光,值事天空,此為章奏占。曰:吉凶若何?余曰:四課克下,名為無祿,況貴乘旬空,龍神克下,主在上者不足,輕則降罰,重則削權。又財官祿馬俱入墓絕之鄉,急流勇退為佳,否則必有意外之虞。曰:上書旨意如何?余曰:朱雀乘天喜,陰神見天馬,還得好旨歸里,後唯冠帶閒住,回家未久仙遊矣。

陳公献が言うには、正時は午であり、午は「勝光」と名づけ、当値するのは天空の神なので、これは章奏のための占であることが分かる。張公が問うには、吉凶はどうか。私が言うには、四課はみな上神が下神を克しており、「无禄」と名づく。さらに貴人は旬空を乗せ、青龍の神がまた下を克するので、上位にある者の力が足りないと主る。軽ければ降罰を受け、重ければ権柄を削られる。さらに妻財・官星・禄神・駅馬がすべて墓絶の郷に落ちているので、急流の中で勇み退くのが善い。さもなくば必ず意外の虞がある。彼がまた問うには、上書した後の旨意はどうなるか。私が言うには、朱雀が天喜を乗せ、陰神の上に天馬が見えるので、やはり好い旨を得て故郷に帰ることができる。のちに彼は冠帯を掛けて閑居するだけとなり、故郷に帰って間もなく亡くなった。

己未日、郭建済が楊大慶の来意を占う(『指南』)

崇正丁丑年六月己未日午將戌時浣中劉允平太史占會推浣撫成否,日後結局如何。指南

崇正丁丑年七月の己未日巳時に、宜兴の周首仲先生が宜兴のユウクン(㞢クン)先生を伴って陳公献のもとを訪ねた。この先生の乗ずる馬は色が黄く、白い馬を引く者が左右にあって従い、「三年に一挙」と書かれた扇子を手にしていた。中に一人の來者は、名前は楊大慶、外官で、臨沂の出身である。彼らは先に占をしてみようと言い、占が吉なら交わり、凶なら直ちに去るとした。この案件は『六壬指南』から出ている。

朱六/蛇丑寅卯辰勾 后六后六 鬼 乙卯 六/貴子 巳龍 亥卯亥卯 財 癸亥 後/後亥 午空 卯未卯己 比 己未 虎/陰戌酉申未虎/玄常

天盤の諸将は、天后が辰に、太陰が巳に、玄武が午に、太常が未に、白虎が申に、天空が酉に、青竜が戌に、勾陳が亥に、六合が子に、朱雀が丑に、螣蛇が寅に、貴人が卯に乗ずる。巳時は昼に属し、己日の昼貴は子なので、昼貴は子に臨むべきだが、図の諸将は卯貴に従って逆に布せられ、己日の夜貴の格を取っている——源文がこうなっているので、そのまま留めて改めない。四課は右から左へ、日干の己は未に寄宮し、未の上に辰を得て天后が乗る。辰の上に酉を得て天空が乗る。日支の未の上に辰を得て天后が乗る。辰の上に酉を得て天空が乗る。三伝は、初伝が辰で天后を乗せ、遁干は戊辰、辰土が比和するので兄弟となる。中伝は酉で天空を乗せ、遁干は癸酉、子孫となる。末伝は寅で螣蛇を乗せ、遁干は甲寅、寅木が己土を克するので官鬼となる。

陳公獻曰:目今會推必遂,但結局不佳耳。蓋因用合干支,傳成官局,推升必矣。但干支死傷喪吊全逢,又貴履天羅,斗繫日本,且行年酉金沖破官局,未受大有不如意事,若出兵擊賊,必有被圍失利也。其後流賊犯界,統副將程龍、潘可大敵之,全軍覆沒。己卯歲撫軍丁艱而歸。

陳公献が言うには、来意は必ず婚姻のためである。話が叶えば進行してもよいが、後に必ず夫妻を離れる——というのは、末伝が初伝を克するからである。馬を去って官位の象もある——支陰・干陰に「皇恩」と「戦轡」の両馬を帯びており(干陰の酉はちょうど七月の皇恩、酉はまた「戦轡」の馬を主る)、証拠があってこれを官に慮ることができる。ただし支上の辰が壬神を帯びるのを嫌う(辰は遁干に壬を蔵する)ので、男の懐妊が母を害することを主る。私は先生たちの面前で「身を退く月に進む月の象がある」と断言したが、のちに果たしてその通りであった——彼は果たして妻室を喪い、のちに京師で黄道周先生の門に入り、功名を得た。

庚申日

崇正辛巳年十二月己未日丑將巳時為繡衣馬公惕中占陳留縣城。 郭氏占案

庚申日、朱貞二が父の病を占う(『指南』)

朱六/蛇丑寅卯辰勾 后六后六 鬼 乙卯 六/貴子 巳龍 亥卯亥卯 財 癸亥 後/後亥 午空 卯未卯己 比 己未 虎/陰戌酉申未虎/玄常

崇正甲申年二月の庚申日に、月将「亥」を巳時に加えて課を起こし、大同府の知府である朱貞二が父の病を占った——朱貞二は己卯年生まれである。この案件は『六壬指南』から出ている。

郭御青曰:此課木局克身又支干皆逢死氣與許州課同(見壬辰日干上辰),卯為喪門又為死神,引中傳天后入墓,主妻財受驚,大凶之課。為馬公屢言之勿令渡河,公不聽,抵家即遇賊至,家口遂多喪失,較之王公肯聽餘言,吉凶天壤,始信,人生禍福,一定者也。

天盤の諸将は、朱雀が辰に、螣蛇が巳に、貴人が午に、天后が未に、太陰が申に、玄武が酉に、太常が戌に、白虎が亥に、天空が子に、青竜が丑に、勾陳が寅に、六合が卯に乗ずる。巳時は昼に属し、庚日の昼貴は丑なので、昼貴は丑に臨むべきだが、図は夜貴の午を用いて逆に布している——源文がこうなっているので、そのまま留めて改めない。四課は右から左へ、日干の庚は申に寄宮し、申の上に申を得て太陰が乗る——第一・第二課は同じ。日支の申の上に申を得て太陰が乗る——第三・第四課は同じ。これが伏吟課の定式である。三伝は、初伝が申で太陰を乗せ、遁干は甲申、兄弟となる。中伝は寅で勾陳を乗せ、遁干は戊寅、寅木は庚金の妻財である。末伝は巳で螣蛇を乗せ、遁干は辛巳、巳火が庚金を克するので官鬼となる。

陳公献が言うには、あなたの尊父は必ず脾土に病を抱えているが、他の病ではない。課の中で日干はあなたの尊父であり、日支はあなた自身である。伏吟の課なので、干支はともに同じ申金の上に居り、申は庚金の禄であり徳でもあり、お互いに損傷を加え得る者がなく、日と支が比和する——だから病患があっても、まず父子親戚の自分の病であることを保証できる。さらに申金は伏吟の位でその地を離れず、支が太陰を乗せて日支の「自児の神」にあたり、病は脾経にあることが分かる。彼は今まさに何事にも少なく関わるべきで、体を静かに保って、およそ初夏には回復する。巳月はちょうど庚金の長生の位なので、本気が伸びて復する。のちに果然として未月に無事で、その年の秋、彼が果たして京堂の官に転じた——四課が自従の課の格を具えており、日・支が刑に遭ってもまた禄徳に逢えば、名が改まり位が転ずるのである。

八月己未日辰將午時卦名八專,占來意。 一字訣玉連環

庚申日、楊太史が母の病を占う(『指南』)

合勾龍空/卯辰巳午 合龍合龍 兄 ◎丑 蛇/朱寅 未虎 卯巳卯巳 父 丁巳 龍/蛇丑 申常 巳未巳己 父 丁巳 龍/子亥戌酉/貴后陰玄

崇正壬午年九月の庚申日に、月将「辰」を寅時に加えて課を起こし、三原の楊太史が母の病を占った——太史は尊士の諱であり、乙未年生まれである。この案件は『六壬指南』から出ている。

徐次賓曰:來意主與南面屬馬婦人來往事敗露,內有一姓孫人,嚇詐驚恐,壞錢十一貫文,至庚申日即無事也。午時為日干六合,卦名八專,主淫亂。午屬馬,為南方也。何知事敗露?緣日上見太乙,得青龍木將上日為鬼故也。發用大吉主姓孫,上乘騰蛇主驚恐。何知壞錢十一貫?緣日上青龍主財帛七數,太乙為四數,共十一數也。庚申日無事者,蓋青龍木鬼死絕於申,又為庚金所克,又申上得天空,故知庚申無事也。

天盤の諸将は、勾陳が寅に、六合が卯に、朱雀が辰に、螣蛇が巳に、貴人が午に、天后が未に、太陰が申に、玄武が酉に、太常が戌に、白虎が亥に、天空が子に、青竜が丑に乗ずる。寅時は夜に属し、庚日の夜貴は午なので、貴人は午に臨み、諸将は逆に布せられる。四課は右から左へ、日干の庚は申に寄宮し、申の上に辰を得て朱雀が乗る。辰の上に戌を得て太常が乗る。日支の申の上も辰を得て朱雀が乗る。辰の上に戌を得て太常が乗る。三伝は、初伝が辰で朱雀を乗せ、遁干は庚辰、兄弟となる。中伝は戌で太常を乗せ、遁干は甲戌、父母となる。末伝は寅で勾陳を乗せ、遁干は丙寅、寅木は庚金の妻財である。

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