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乙酉日・逃げた子が何方にいるかを占う

清 · 程树勋 · 第18巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

庚寅四月乙酉辛巳時,彎子街二人來占子逃看何方找尋、何日得見,元首、九丑、潤下。指南

庚寅年四月乙酉日辛巳時、弯子街の二人の人が来て、息子が逃げ去ったので、どの方向に尋ねに行けばよいか、いつの日に見えるかを占った。課体は元首・九丑・潤下である。『六壬指南』に出る。

朱蛇 六酉戌亥子貴 虎后貴勾 官 甲申 勾 勾申 丑后 巳丑子申 父 戊子 貴 龍未 寅陰 丑酉申乙 財 壬辰 常 空午巳辰卯玄 虎常

課盤は前の案と同じ:天盤は順に四位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申を承け、天将は順に六合・朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳。四課は乙の上に申(勾陳)、申の上に子(貴人)、日支の酉の上に丑(天后)、丑の上に巳(白虎)。三伝は申(官鬼、勾陳)—子(父母、貴人)—辰(妻財、太常)で、申子辰の水局を合成する。

陳公獻曰:此子逃於西南四十八里親戚之家,其家近水樓房,門前有羊二隻,柳數株,爾子與金山僧往來,尋之丙丁日可見。蓋申為金,加辰為山又水局圍繞,豈非金山乎?玄卯居亥即近水樓房,亥支居未,上下相乘,即西南四十八里;玄陰未加卯,門內有鬼柳二宿,故言門前有羊有柳。後四日,其子方自金山回,於所云處見之。

陳公献が言う:この子は西南方の四十八里外の親戚の家に逃げた。その家は水に臨み、一座の楼房で、門前に二匹の羊と数株の柳の木がある。あなたの息子は金山寺の和尚と往来がある。丙日・丁日に尋ねに行けば見ることができる。このように断じた道理は:申は金に属し、辰の上に加わり、辰は山で、また水局に囲まれている。これが「金山」でなくて何であろう。玄武は卯を乗せて亥位に居り、亥は水なので、水に臨む楼房である。亥の本支は未の上に落ち、上下が相乗し、未は西南にあり、その数は四十八に合するので、西南四十八里と言った。玄武・太陰のいる未は卯に加わり、二十八宿の中に鬼宿(羊を主る)と柳宿があるので、門前に羊と柳があると言った。四日後に、彼の息子はやっと金山から帰り、まさに言ったあの場所で彼を見つけた。

乙酉日・馮修職が家宅を占う(婢が死に連喪)

建炎戊申年五月乙酉日申將卯時馮修職己卯生(八月十八日辰時)占家宅  方本占案

建炎戊申年五月の乙酉日、申将を卯時に加え、馮修職(己卯年生まれ、八月十八日辰時に生まれる)が家宅を占った。方氏本『占案』に出る。

蛇貴 朱戌亥子丑后 青陰陰六 財 乙未 龍 六酉 寅陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾申 卯玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍未午巳辰常 空虎

天盤は地盤より順に五位進む:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉を承け、乗ずる天将は順に朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳・六合。四課は右から左へ:第一課、乙(寄宮は辰)の上に酉を見、六合を乗ずる。第二課、酉の上に寅を見、太陰を乗ずる。第三課、日支の酉の上に寅を見、太陰を乗ずる。第四課、寅の上に未を見、青竜を乗ずる。三伝は未—子—巳:初伝の未は乙を遁して妻財、青竜を乗せ、中伝の子は戊を遁して印綬(すなわち父母)、貴人を乗せ、末伝の巳は癸を遁して子孫、白虎を乗せる。

邵彥和曰:此課支來加干,名上門亂首,又用神當囚死,斗罡擊日,本課名天獄,不有大服則有大禍。支神犯日,酉為婢妾,恐婢妾死亡為累,初中兩傳,貴人六害,行年又在其上,乙日以子為父母,主先遷橫擾,次值凶喪,又防失火。

邵彦和が言う:この課は日支が日干の上に加わるのを「上門乱首」といい、用神はまた囚死の地に当たり、斗罡(辰)が日辰を衝撃し、課の名は「天獄」である。重喪でなければ大禍である。日支の神が日干を衝犯し、酉はまた婢妾を主る。おそらく婢妾の死亡によって累を受けるであろう。初伝・中伝の上は貴人とそれが六害し、行年はまたちょうどその上に落ちる。乙日は子水をもって父母とするので、まず横から来る騒擾があり、続いて凶喪に遇い、さらに火災を防がねばならない。

時為主簿,五月初二日占課,六月十七日婢子爭寵,因責之,遂自縊。縣尉與主簿不足,依法看驗申州,被拘在能仁寺;將近一月,母亡,遂得丁憂而去;又兩月,母之妹又歿,此乃媽之姨母,供養在家者也,未葬而廚下火發,延燒將及堂而滅。蓋支辰犯日,乃下犯上也。酉為婢,六合為人口。五月火鬼在酉,故婢橫死。酉金克乙木,故為所累。貴人六害,所以被拘。又未為眷屬,上見子為父母,即受土克又受未害,行年加之重克重害,所以母亡。五月以巳為月病符,作末傳乘虎加母之本宮歸喪於家也。大凡火鬼克人,不是一個可當,六合為棺木,卯神亦是,所以一年之內連見三人歿也。

馮修職は当時主簿を任じており、五月初二日に課を占った。六月十七日に至って、婢女が寵を争って責打され、そこで縊りて死んだ。県尉と主簿はもとより不睦で、法に依って検尸して州に申報し、馮は能仁寺に拘えられた。ほぼ一ヶ月、母が世を去り、そこで丁憂して任を離れた。また二ヶ月過ぎて、母の妹も死んだ——それは彼の母の姨母で、いつも家中に供養していた。まだ葬らないうちに、厨房が火を失い、火勢が蔓延し、まさに正堂に燒き及ばんとして熄んだ。このように断じた所以は:日支が日干を衝犯するのは、下が上を犯すことである。酉は婢女を主り、六合は人口を主る。五月の火鬼は酉の上に落ちるので、婢女が横死した。酉金が乙木を克するので、牽累を受けた。貴人とそれが六害するので、拘押された。さらに未は眷属で、未の上に子を見て父母とする。子はすでに土に克され、また未に害され、行年が加臨するのは、重克重害なので、母が亡故した。五月は巳をもって月病符とし、巳は末伝を作して白虎を乗せ、母の本宮の上に加わるので、喪事は家に帰った。およそ火鬼は人を克すれば一つのみを克さない。六合は棺木で、卯神もまた棺木の象なので、一年の内に続けて三人の人が死んだのである。

乙酉日・史某が僧を謁して見えるかを占う

五月乙酉日酉將辰時史某占謁僧見否。    方本占案

五月の乙酉日、酉将を辰時に加え、史某が一人の僧を訪ねて見えるかどうかを占った。方氏本『占案』に出る。

蛇貴 朱戌亥子丑后 青陰陰六 財 乙未 龍 六酉 寅陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾申 卯玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍未午巳辰常 空虎

課盤は前の案と同じ:天盤は順に五位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉を承け、天将は順に朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳・六合。四課は乙(寄宮は辰)の上に酉を見て六合を乗せ、酉の上に寅を見て太陰を乗せ、日支の酉の上に寅を見て太陰を乗せ、寅の上に未を見て青竜を乗せる。三伝は未(妻財、青竜)—子(印綬、貴人)—巳(子孫、白虎)。

邵彥和曰:和尚出門撞見,要回寺,又有一貴人來訪,僧設款待。吾兄不得豫也。史某至寺門相見,待欲留茶,俄有侍□來,僧便設席,史不豫宴而回。蓋發用空亡,傳入貴人,為日三合,故有貴人來。未為酒食,原為此貴設也。酉來合乙,得合,故主寺門相見。酉為酒,剋日,未為酒、龍為宴,又作空亡,雖有酒宴,我不得豫也。

邵彦和が言う:あの和尚は出門する時に撞見し、まさに寺に帰るところである。また一人の貴人が来訪し、僧は席を設けて款宴しようとするが、あなた老兄は入席に輪が来ない。後に史某は寺門に至ってちょうど僧に遇い、僧は彼を留めて茶を飲ませようとしたが、忽然と一人の侍□(底本はここで一字欠く)が到着し、僧はすなわち酒席を設えた。史某は入席できないまま帰った。このように断じた道理は:発用する未は空亡に落ち、三伝の中にまた貴人があり、日干と三合するので、貴人が来る。未は酒食を主り、もともとこの貴人のために設けるのである。酉は来て乙と相合し、すでに相合を得たので、寺門で相見えることを主る。酉は酒で日干を克し、未は酒食・青竜は宴会で、偏にまた空亡に落ちるので、酒宴はあるが、私は席に与らないのである。

乙酉日・程翔雲が雪中で感じて年成を占う

辛巳正月乙酉癸未時,程翔雲在新安,見雪寒極甚,途中凍餒甚多,因有感而占。指南

辛巳年正月乙酉日癸未時、程翔雲は新安におり、天が寒く大雪で、路上に凍餓する人が多いのを見て、これに感じて一課を起こした。『六壬指南』に出る。

蛇貴 朱戌亥子丑后 青陰陰六 財 乙未 龍 六酉 寅陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾申 卯玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍未午巳辰常 空虎

課盤は前の二案と同じ。天盤は地盤より順に五位進む:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子、丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午、未・申・酉を承け、乗ずる天将は順に朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳・六合。四課:乙(寄宮は辰)の上に酉を見て六合を乗せ、酉の上に寅を見て太陰を乗せ、日支の酉の上に寅を見て太陰を乗せ、寅の上に未を見て青竜を乗せる。三伝は未(妻財、青竜)—子(印綬、貴人)—巳(子孫、白虎)。

陳公獻曰:今歲天氣亢旱,風大雨少,田禾欠熟,且有疫癘死亡之患。蓋因初中風伯會箕,神后空陷,末傳虎乘遁鬼。又因未為田園,自四課發用,即田莊交界,子屬稻穀亦空,故知田禾欠熟,又天鬼支來克干,此為上門亂首,種種凶象,而況劫煞入辰,三傳遞克,全無和氣,凶荒之征也。後果如占。

陳公献が言う:今年は天気が亢旱で、風は大きく雨は少なく、庄稼の収成は良くなく、さらに瘟疫死亡の患がある。初伝・中伝の上に風伯の神と風を主る箕宿が相会し、神后(子)はまた空陥に落ち、末伝は白虎を乗せて遁により鬼爻を得るからである。さらに未は田園を主り、第四課から発用するのは、まさに田庄の交界の象である。子は稲穀に属して空亡に落ちるので、田禾が欠收であることを知る。加えて天鬼が日支から来て日干を克するのは「上門乱首」である。種種の凶象、まして劫煞が辰位に入り、三伝は層層相克して、全く和気がない。これはまさに凶年飢饉の兆である。後に果たして占の通りであった。

乙酉日・呉振纓が獄に繋がれて赦を占う

丙子二月乙酉日辛巳時,淮陽巡撫諱振纓浙湖吳公祖,因賊焚鳳靈被逮,刑部已定重闢索占,涉害、天獄,午未空、亥子落空。  指南

丙子年二月乙酉日辛巳時、淮陽巡撫・浙江湖州の人・呉振纓公が、流寇が鳳陽の皇陵を焚毁したことで逮問され、刑部はすでに死罪を定めたので、人を託して占を求めた。課体は渉害・天獄で、旬空は午・未にあり、占時の亥・子は空に落ちる。『六壬指南』に出る。

蛇貴 朱戌亥子丑后 青陰陰六 財 乙未 龍 六酉 寅陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾申 卯玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍未午巳辰常 空虎

課盤はなお前の案と同じ:天盤は順に五位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午、未、申、酉を承け、天将は順に朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳・六合。四課は乙の上に酉を見て六合を乗せ、酉の上に寅を見て太陰を乗せ、日支の酉の上に寅を見て太陰を乗せ、寅の上に未を見て青竜を乗せる。三伝は未(妻財、青竜)—子(印綬、貴人)—巳(子孫、白虎)。

陳公獻曰:目今必遇赦,在六月便有出獄之徵。蓋因皇恩臨干,天赦居支,又中傳太歲作貴人生日,罪雖至重,亦能轉凶為吉。但嫌戌臨孟位,又為本命,謫戍未能免。後曹大司禮奉命熱審,開豁謫戍。

陳公献が言う:目下必ず赦に遇い、六月に至れば出獄の兆がある。皇恩の神が日干の上に臨み、天赦の神が日支に居るからである。中伝の子はまた当年の太歳で、貴人を乗せて来て日干を生ずる。罪名は重いとしても、凶を転じて吉とすることができる。嫌われるのは戌が孟位に臨み、戌はまたちょうど彼の本命であることで、充軍戍辺のこの層は免れられない。後に曹大司礼が命を奉じて熱審を主持し、彼を開釈減等して、謫戍に改めた。

乙酉日・劉二兄が風水の吉凶を占う

庚寅五月乙酉日戊寅時,庠友劉二兄占風水吉凶,亂首涉害、不備,午未空、亥子落空。指南

庚寅年五月乙酉日戊寅時、同窓の劉二兄が墳地風水の吉凶を占った。課体は乱首・渉害・不備で、旬空は午・未にあり、占時の亥・子は空に落ちる。『六壬指南』に出る。

蛇貴 朱戌亥子丑后 青陰陰六 財 乙未 龍 六酉 寅陰 未寅寅酉 印 戊子 貴 勾申 卯玄 寅酉酉乙 子 癸巳 虎 龍未午巳辰常 空虎

課盤は前の案と同じ:天盤は順に五位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の戌・亥・子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉を承け、天将は順に朱雀・螣蛇・貴人・天后・太陰・玄武・太常・白虎・天空・青竜・勾陳・六合。四課は乙の上に酉(六合)、酉の上に寅(太陰)、日支の酉の上に寅(太陰)、寅の上に未(青竜)。三伝は未(妻財、青竜)—子(印綬、貴人)—巳(子孫、白虎)。このあと風水を断ずるのは、すなわちこの盤の神将の上に象を取るのである。

斷曰:此風水在西山,無真龍正穴。然不備之中亦有好處。何以論之?玄武為風水,臨卯加戌是西北山崗也。未為夾龍,雖空乘進氣。蛇為穴,加亥落空,喜乘旬丁長生,主穴活潑有情。然美中不足,亦有可取:喜貴人左旋,逆水之局。四課下寅之對沖為對案、是申,理合艮山坤向,兼丑未分金也。勾陳主明堂,陰陽二將見財官幕貴;朱雀河魁建丙臨巳,是對案山出文明富貴,利於中房也。

断語に言う:この風水は西山にあり、真竜正穴はない。ただ「不備」の中にもおのずから良いところがある。何によってこのように言うか。玄武は風水を主り、玄武は卯に臨んで戌の上に加わるのは、西北方の山岡である。未は夾竜の神で、空亡に落ちるけれども進気を乗せている。螣蛇は穴で、亥の上に加わって空に落ちるが、本旬に遁により得た丁神を乗せてまた長生に居るのが良く、穴場が活潑で情があることを主る。美中不足とはいえ、なお取るべきところがある:喜ぶべきは貴人が左旋して、逆水の局を成すことである。第四課の下神は寅、その対沖は申で、まさに艮山坤向・丑未分金を兼ねることに合う。勾陳は明堂を主り、陰神・陽神の両将の上に財爻・官爻と帘幕貴人を見る。朱雀の乗ずる河魁(戌)は丙干を遁して巳位に臨むのは、向かいの案山の上に文明富貴を出して、中房に利がある。

但嫌子爻空戰,定艱於子息。酉為日之胎神,陰見寅木生巳火子爻,辰年十一月酉日主婢妾有妊,連生兩兒。因巳為雙義故也。但玄武(卯)建辛,主墳邊小路克比肩,與兄弟宮有礙;況龍虎空戰,長季房分人財不旺。後陰為水口,蛇作羅城,喜與緊關包固,但初中兩傳財貴逢空,一二代虛利虛名。末傳子爻為支之長生學堂,陰神河魁乃文明之宿,三代中房長房子孫,必出青衿科甲之貴。又兼武權之職,存此一案,以俟後學依而斷之。

嫌われるのは子爻が空亡して克を受けることで、子嗣の上に必ず艱難がある。酉は乙日の胎神で、その陰神は寅木が巳火の子孫爻を生ずるのを見るので、辰年十一月の酉日には婢妾の懐孕を主り、続けて二人の息子を生む——巳には成双の義があるからである。ただし玄武(卯位にあり)は辛干を遁し、墳の辺に小路があって比肩を克傷し、兄弟の宮に妨げがあることを主る。まして青竜・白虎はいずれも空に落ちて克を受け、長房・幼房の人丁財帛はいずれも旺でない。天后・太陰の位は水口で、螣蛇が羅城を作し、その関拦包裹が緊固なのを喜ぶ。ただ初伝・中伝の財爻と貴神がいずれも空に逢い、頭の一二代は虚利虚名に過ぎない。末伝の子爻は日支の長生で、また学堂である。その陰神の河魁(戌)は文明を主る星宿なので、第三代の中に中房・長房の子孫は必ず秀才ならびに科甲の貴を出し、さらに武職の権柄を兼ねる。この案を留めて、後学がこれに照らして推し断するのを待つ。

丙戌日

丙戌日・陸庠友が試験を占いあわせて三事を問う

壬子五月丙戌日己丑時,予住淮安都府前,有江陰六壬袁友,為宿遷陸庠友諱奪翼者占考試。    指南

壬子年五月丙戌日己丑時、私は淮安都督府の前に住んでおり、江陰の六壬に精しい袁姓の一人の友人がいて、宿遷の陸庠友(名は奪翼)のために試験を占った。『六壬指南』に出る。

朱六 蛇子丑寅卯勾 蛇空常蛇 鬼 戊子 蛇 貴亥 辰龍 子巳未子 兄 乙未 常 后戌 巳空 巳戌子丙 父 庚寅 六 陰酉申未午虎 玄常

天盤は地盤より順に七位進む:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥を承け、乗ずる天将は順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人。四課は右から左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳)の上に子を見、螣蛇を乗ずる。第二課、子の上に未を見、太常を乗ずる。第三課、日支の戌の上に巳を見、天空を乗ずる。第四課、巳の上に子を見、螣蛇を乗ずる。三伝は子—未—寅:初伝の子は戊を遁して官鬼、螣蛇を乗せ、中伝の未は太常を乗せ、底本の六親は「兄」と標すが、按ずるに丙日は未土をもって子孫とし、しかも未は甲申旬の中にもともと旬空に属し、遁干「乙」も出るところがない。末伝の寅は庚を遁して父母、六合を乗せる。

斷曰:院試必取,科舉省試未能遂志。問曰:史撫臺已升鳳督去否?余曰:必不能去。蓋因驛馬坐墓(寅為馬臨未),干神歸支(不惟歸支,且為支所墓,為在家不動之象),靜象也。

断語に言う:院試は必ず録取される。郷試・会試のこの層に至ってはまだ心に称わない。その人はまた問うた:史撫台はすでに鳳陽総督に昇任して行ったか。私は言った:必ず行けない。駅馬が墓の上に坐しているからである(寅は駅馬だが、未の上に臨んでいる)。日干の神はまた日支に帰る(支に帰るだけでなく、日支に墓せられ、まさに家に居て動かない象)。これは安静で移らない象である。

又問女病,余曰:胎鬼發用,血忌加支(血忌者,正月丑二未三寅四申五卯六酉,五月應在卯;血支者正月自丑順行,五月在巳,此血忌乃血支之誤也。),又四課不備,病主脈息虛弱,心胸不利,以致失血,必因胎產所致,冬月不保。

また一人の女子の病を問うた。私は言った:胎神と官鬼がいっしょに発用し、血忌の神が日支の上に加わる(原注:血忌は、正月は丑・二月は未・三月は寅・四月は申・五月は卯・六月は酉にあり、五月は当に卯にあるべき。血支はすなわち正月から丑に起り順行し、五月は巳にある。ここで言う血忌は実は血支の誤りである)。加えて四課不備で、病象は脈息が虚弱で心胸が暢やかでなく、ついには失血し、必ず懐孕生産によって引き起こされたもので、冬月に至っては保たない。

又問:宿遷邊合戰,安堵否?余曰:賊符加干支,冬月必有兵警,然日之陰陽自戰,中傳制初,來兵敗怯而退。干神生支,居守保固,無破城之患(此又不以日祿臨支徒妄作論)。後四事皆驗。

また問うた:宿遷一帯に兵が交わり、地方は安寧であることができるか。私は言った:賊符が日干・日支の上に加わり、冬月に必ず兵警がある。ただ日干の陰神・陽神がおのずから相交戦し、中伝はまた初伝を制伏するので、来犯の兵は畏怯して敗退する。日干の神は日支を生じ、拠守が穏固で城破の患はないことを主る(ここでもまた日禄が支に臨むというだけで妄りに断語を下さない)。後にこの四つの事はいずれも応験した。

丙戌日・姚昌祚の叔姪が会試を占う

崇正丁丑年二月十六再三日亥將辰時臨晉姚君昌祚暨□姪在朝占會試。郭氏占案

崇禎丁丑年二月十六日(底本は「二月十六再三日」と作し、文に訛脱がある)、亥将を辰時に加え、臨晋の姚昌祚君と彼の甥(底本はここで一字欠く。姪の名は「在朝」)がともに会試を占った。郭御青『占案』に出る。

朱六 蛇子丑寅卯勾 蛇空常蛇 鬼 戊子 蛇 貴亥 辰龍 子巳未子 兄 乙未 常 后戌 巳空 巳戌子丙 父 庚寅 六 陰酉申未午虎 玄常

課盤は前の案と同じ:天盤は順に七位進み、地盤の巳から辰までに順に天盤の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未、申、酉、戌、亥を承け、天将は順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人。四課は丙(寄宮は巳)の上に子を見て螣蛇を乗せ、子の上に未を見て太常を乗せ、日支の戌の上に巳を見て天空を乗せ、巳の上に子を見て螣蛇を乗せる。三伝は子(官鬼、螣蛇)—未(底本は「兄」と標すが、按ずるに丙日は実に子孫で、太常を乗せ、しかも旬空に落ちる)—寅(父母、六合)。

郭御青曰:此課兩人占,中末空為兩空矣。末克中,中克初,初克干又乘騰蛇,課名殃咎。大姚君命上乘貴人,入墓克雀不美。行年乘白虎作刃。小姚君命在未,但學堂入墓,皆不敢許。放榜果不中。

郭御青が言う:この課は二人が合わせて占ったので、中伝・末伝がいずれも空に落ち、すなわち両重の空となる。末伝は中伝を克し、中伝は初伝を克し、初伝はまた日干を克して螣蛇を乗せる。課の名は「殃咎」である。大姚君の本命の上は貴人を乗せるが、墓に入りまた朱雀を克し、好い象ではない。行年の上は白虎を乗せて羊刃を作る。小姚君の本命は未にあり、学堂はまた墓に入る。二人とも敢えて中ると請け合えなかった。放榜の後、果たしていずれも考中しなかった。

丙戌日・王四官が差遣を占う

建炎己酉年閏八月丙戌日辰將酉時王四官戊寅年生三十歲占差遣。  一針見血

建炎己酉年閏八月の丙戌日、辰将を酉時に加え、王四官(戊寅年生まれ、三十歳)が差遣を求め謀ることを占った。『六壬一針見血』に出る。

合勾龍空 子丑寅卯 合常陰合 鬼 戊子 合 朱亥 辰虎 子巳未子 子 ◎未 陰 蛇戌 巳常 巳戌子丙 父 庚寅 龍 酉申未午 貴后陰玄

天盤は地盤より順に七位進み、天盤は前の二案と同じで、ただ天将が異なる:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の子・丑・寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥を承け、乗ずる天将は順に六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀。四課は右から左へ:第一課、丙(寄宮は巳)の上に子を見、六合を乗ずる。第二課、子の上に未を見、太陰を乗ずる。第三課、日支の戌の上に巳を見、太常を乗ずる。第四課、巳の上に子を見、六合を乗ずる。三伝は子—未—寅:初伝の子は戊を遁して官鬼、六合を乗せ、中伝の未は甲申旬の中で空に落ちるので「◎未」と記し、子孫で太陰を乗せ、末伝の寅は庚を遁して父母、青竜を乗せる。

邵彥和曰:日來加辰,人向入宅,豈能快利?但日上子作六合,主得子之喜。中傳又有六害,喜而又害,是虛喜也。此課緣無頭不下在,遂有阻滯。祿隨身入宅,且宜食祿。中末入空亡,乃父母入空,父母者,恩人□主也。食祿之地更空亡,其事休矣。如要功名需再修學。尚有高中之理。王丈只欲甚時討差遣。先生只以可得子,不可望差遣之說告之。王丈笑而不信。

邵彦和が言う:日干の神が日支の上に加わると、人は宅の里に走り、どうして順利であろうか。ただ日干の上の子は六合を乗せ、子を得る喜びがあることを主る。中伝にまた六害があり、喜びの中に害を帯び、空しく喜ぶこととなる。この課は「無頭不下」なので、阻滯がある。禄神は身に随って宅中に入るので、ただ現成の俸禄を安享するのがよい。中伝・末伝がいずれも空亡に落ちれば、すなわち父母爻が空に落ちる——父母は、まさに自分を提携する恩人□(底本は一字欠く)の主である。食禄の地はまた空亡に落ち、この事はこれで終わりである。もし功名を求めようとすれば、さらに読書進学しなければならず、なお高中の道理がある。王丈はただいつ差遣を討てるかを知りたいだけで、先生はただ「子を得ることはできても、差遣は望めない」という言葉を彼に告げ、王丈は笑って信じなかった。

及到行在,元文字並寄書鋪處,並無片紙可驗,方始大驚。既無出生文字,如何參部?遂氣憤歸家,用功讀書。壬子年運司請□。癸卯年及第,授得棘主簿,去任不祿。蓋日來加辰為支所墓,勢不能脫出又本家有子水剋制,退又不得。中空亡不進,末空亡更不得進,既兩傳不進,只得守株待兔耳。官星作合在日,如再求官,可矣。守現再進者不可也。

彼が行在に到ってから、元来の文書も書鋪に寄存した物も、一紙として査験できるものがなく、これに始めて大いに驚いた。すでに出身の文凭がないのでは、どうして吏部に参選に行けよう。そこで気に腐して家に帰り、発憤して読書した。壬子年に運司が来て彼を招聘した□(底本は一字欠く)。癸卯年に考中し、棘寺の主簿を授かったが、任に到らないうちに死んだ。このように断じた所以は:日干が日支の上に加わり、日支に墓せられるので、勢い脱け出すことができない。本家にまた子水があって克制するので、退こうとしても退くことができない。中伝が空亡で進むことができず、末伝が空亡でさらに進むことができない。両伝とも進まなければ、守株して兎を待つほかない。官星が日上にあってそれと相合するので、もし改めて官を求めに行けば、なおできる。現成の位置を守ってさらに進取を図るのは、できないのである。

丙戌日・任太公が家宅を占う

戊申年正月丙戌日子將辰時任太公甲午生七十五歲占家宅。 方本占案 一針見血 口鑑

戊申年正月の丙戌日、子将を辰時に加え、任太公(甲午年生まれ、七十五歳)が家宅を占った。方氏本『占案』『六壬一針見血』『六壬口鑑』に出る。

六陳 朱丑寅卯辰龍 蛇子 巳空 六虎陰朱 財 乙酉 陰 貴亥 午虎 寅午酉丑 兄 癸巳 空 后戌酉申未常 午戌丑丙 子 己丑 朱 陰玄

天盤は地盤より順に八位進む:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の丑・寅・卯・辰・巳・午・未、申、酉、戌、亥、子を承け、乗ずる天将は順に朱雀・六合・勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇。四課は右から左へ:第一課、丙(寄宮は巳)の上に丑を見、朱雀を乗ずる。第二課、丑の上に酉を見、太陰を乗ずる。第三課、日支の戌の上に午を見、白虎を乗ずる。第四課、午の上に寅を見、六合を乗ずる。三伝は酉—巳—丑:初伝の酉は乙を遁して妻財、太陰を乗せ、中伝の巳は癸を遁して兄弟、天空を乗せ、末伝の丑は己を遁して子孫、朱雀を乗せる。

邵彥和曰:此課干支六害,一主牛馬自傷。戌以丑作刑神,作朱雀,是害牛也。何不言田而言牛?春丙火相氣,相主處息,牛乃生息之物也。(愚按:正月丑為天牛煞。一云,朱雀丙午火與丑午六害,是以丑作雀乃害牛也,不細參此,何以見雀便害牛也?)午為屋為馬,言馬不言屋者,因午空亡用不定之物。且正月天馬在午,故也。入墓乘虎是害馬也。

邵彦和が言う:この課は日干と日支が六害し、第一件は牛馬が自ら傷つくことを主る。日支の戌は丑をもって刑神とし、丑の上にまた朱雀を乗せ、これがすなわち牛を害することである。なぜ田と言わずに牛と言うか。春に丙火は相気に処り、相気は生息を主り、牛はまさに生息の物だからである。(程樹勲が按ずる:正月に丑は天牛煞である。もう一説に、朱雀は丙午火に属し、丑と午丑の六害を成すので、丑が朱雀を乗せればすなわち牛を害することである。この層を細かく参ずればこそ、どうして朱雀を一見すれば牛を害すると言えようか。)午はすでに房屋を主りまた馬を主るが、ここでは馬と言って屋と言わないのは、午が空亡に落ち、不定の物を取るからであり、しかも正月に天馬がまさに午の上にあるからである。午は墓に入りまた白虎を乗せるので、馬を害することとなる。

二主婦人失明。蓋午為婦人,午乃離為目,自入墓是失明也。三主自身有淫婢而僕從淫僭。蓋以巳加酉,巳即日干,為本身。以身為妻,晬酉為婢,巳加酉是寵婢也。天空為媽,從而加之,是僕從僭亂,有奸也。四主老婦血疾癆。蓋初傳太陰,與酉一體,太陰為老婦,酉為血,加丑上為墓所埋,是血不行也。丑帶破碎而成癆,從革又主癆也。

第二件は婦人の失明を主る。午は婦人を主り、午は八卦において離で、離は目である。午は自ら墓に入るので、眼の失明である。第三件は本人が婢女を寵幸し、しかも僕従もつづいて淫乱僭越することを主る。巳が酉の上に加わり、巳はすなわち日干の丙の寄宮で、本身を代表する。本身から妻室について言えば、酉は婢女で、巳が酉に加わるのはまさに婢女を寵愛する象である。天空の一将は奴僕を主り、つづいて加臨すれば、すなわち僕従が僭乱して私通の事がある。第四件は老年婦人が血病・癆病を患うことを主る。初伝は太陰を乗せ、酉ともともと一体である。太陰は老婦で、酉は血で、酉が丑の上に加わって墓に埋まるのは、血脉が行わないことである。丑はまた破碎の煞を帯びて癆を成し、酉金の従革の性もまた癆疾を主る。

五主山地有爭,乃末傳丑是也。春占巳上見丑是相氣。火生丑土,丑遇生氣,本牛也。然至末傳是秋冬,非丙火之旺可以生丑土,言也。故曰山地。朱雀主爭,子主池塘,行年上見子加辰又乘騰蛇,主爭必失理也。

第五件は山地のために争執が起きることを主り、末伝の丑の上に応ずる。春に課を占い、巳の上に丑を見、丑は相気に処る。火は丑土を生じ、丑は生気を得るので、もともと牛の象を取った。しかし末伝に至ってはすでに秋冬に属し、もはや丙火が旺相で丑土を生ずる時ではないので、山地の象に改めて取る。朱雀は争訟を主り、子は池塘を主る。行年の上に子が辰の上に加わりまた螣蛇を乗ずるのを見るのは、この争執が必ず理屈することを主る。

丙戌日・徐次賓が癸酉命の人の来意を断ずる

五月丙戌日未將亥時癸酉命人占來意。  一字訣玉連環

五月の丙戌日、未将を亥時に加え、一人の癸酉本命の人が来て占い、占者に先ず彼の来意を言わせよと求めた。『一字訣玉連環』に出る。

龍空 勾丑寅卯辰虎 龍玄貴勾 財 乙酉 貴 合子 巳常 寅午酉丑 兄 癸巳 常 朱亥 午玄 午戌丑丙 子 己丑 勾 蛇戌酉申未陰 貴後

天盤は地盤より順に八位進み、天盤は前の案と同じで天将が異なる:地盤の巳・午・未・申・酉・戌・亥・子・丑・寅・卯・辰の上に順に天盤の丑・寅・卯・辰・巳・午・未、申、酉、戌、亥、子を承け、乗ずる天将は順に勾陳・青竜・天空・白虎・太常・玄武・太陰・天后・貴人・螣蛇・朱雀・六合。四課は右から左へ:第一課、丙(寄宮は巳)の上に丑を見、勾陳を乗ずる。第二課、丑の上に酉を見、貴人を乗ずる。第三課、日支の戌の上に午を見、玄武を乗ずる。第四課、午の上に寅を見、青竜を乗ずる。三伝は酉—巳—丑:初伝の酉は乙を遁して妻財、貴人を乗せ、中伝の巳は癸を遁して兄弟、太常を乗せ、末伝の丑は己を遁して子孫、勾陳を乗せる。

徐次賓曰:來意事主西北上遠行理會,自己差遣文字,並無難阻,得差遣必是近任,八月內丁酉日還家,當月得俸。本州太守決是一剛毅正直之人,以劉為姓,主太守美愛而有聚財之慶。何知西北遠行?蓋時為日下之驛馬,與天馬並,登明為西北下為遠行。登明為日貴,上乘朱雀,主文字貴人,乘馬有文字之象,豈不是自己差遣文字也?

徐次賓が言う:あなたの来意は、西北方への遠行の事で打ち点し、自分の差遣文書のために奔走することである。この行には阻難はなく、求得る差遣は必ず近いところの職任で、八月内の丁酉日に家に帰り、当月に俸禄を領く。本州の太守は必ず剛毅正直の人で、姓は劉である。太守があなたを賞識愛護し、かつ聚財の喜びがあることを主る。どうして西北への遠行と知ったか。占時の支はまさに日下の駅馬で、また天馬と並び臨む。登明(亥)は西北方にあり、下に加臨すればすなわち遠行を主る。登明はまた本日の貴神で、上に朱雀を乗せ、文書貴人を主る。駅馬が文書の象を乗せれば、これが自分の差遣文書のために奔走するのでなくて何であろう。

何知一路並無難阻?式中無關格故也。何知近任?命上見天恩,日上見官爵,又用傳俱是三合,故知近任。何知八月丁酉日還家?從起從魁,末傳大吉為歸計門,下臨酉,上丁字,故知丁酉日也。眾魁為日之財,故主八月得俸。

どうして一路に阻難がないと知ったか。課式の中に関格の神がないからである。どうして近いところの職任と知ったか。本命の上に天恩を見、日干の上に官爵を見、用神と三伝はまたいずれも三合を成すので、近任と断じる。どうして八月の丁酉日に家に帰ると知ったか。この課は「従魁」(酉)から伝を起こし、末伝の大吉(丑)は帰計の門で、下は酉位に臨み、上は丁の字を遁るので、丁酉日と定めた。従魁(酉)はまた日干の財爻なので、八月里に俸禄を領くことを主る。

何知太守為剛毅正人?緣癸酉太乙乘酉屬金,主義,故知剛正,酉為金刀,故姓劉。何知太守美受?蓋天乙與日三合。何知有聚財之慶?謂卦體屬金,為日之財也。

どうして太守が剛毅正直の人と知ったか。来る人は癸酉本命で、太乙貴神が酉を乗せ、酉は金に属し、金は義を主るので、彼が剛正だと断じた。酉はまた金刀で、刀が傍にあって「劉」の字を成すので、姓は劉である。どうして太守が賞識愛重すると知ったか。天乙貴人が日干と三合するからである。どうして聚財の喜びがあると知ったか。卦体が金に属し、金はまさに丙日の財爻だからである。

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