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辛卯日郎孝廉が会試を占う(郭氏占案)

清 · 程树勋 · 第26巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

丁丑年二月辛卯日亥將丑時郎孝廉名燈者占會試。 郭氏占案

丁丑年二月の辛卯日、「亥」(登明)を以て月将と為し、「丑」時の上に加えて課を起した。占を求めた人は名が郎灯の挙人で、この一科の会試を占った。この案は郭氏の『占案』に出る。

合朱蛇貴 卯辰巳午 虎龍貴陰 父 己丑 龍 勾寅 未后 亥丑午申 子 丁亥 虎 龍丑 申陰 丑卯申辛 兄 乙酉 玄 子亥戌酉 空虎常玄

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:丑は青竜を乗せ、寅は勾陳を乗せ、卯は六合を乗せ、辰は朱雀を乗せ、巳は螣蛇を乗せ、午は貴人を乗せ、未は天后を乗せ、申は太陰を乗せ、酉は玄武を乗せ、戌は太常を乗せ、亥は白虎を乗せ、子は天空を乗せる——貴人が午の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の辛(寄宮は戌にあり)上に申を見、申は太陰を乗せる。第二課、申上に午を見、午は貴人を乗せる。第三課、日支の卯上に丑を見、丑は青竜を乗せる。第四課、丑上に亥を見、亥は白虎を乗せる。三伝:初伝の己丑は父母爻で青竜を乗せ、中伝の丁亥は子孫爻で白虎を乗せ、末伝の乙酉は兄弟爻で玄武を乗せる。丁丑年の太歳はまさに丑で、丑はまた辛金の墓庫で、恰好初伝の上に落つる。三伝の丑・亥・酉は位を逐って逆退し、ことごとく陰支に属すので、下文に格の名は「極陰」と言う。

郭御青曰:命上乘日祿,行年上乘幕貴,本為好處,嫌課名九丑,格名極陰。太歲作墓神為龍夾克,不美。果不中。

郭御青が言う:本命上は日干の禄神を乗せ、行年上は帘幕貴人を乗せ、もともとみな好处である。惜しいかな課の名は「九丑」と作し、格局の名は「極陰」で、太歳はまた墓神を充当して青竜に夾まれて相剋する。甚だ吉利でない。後に果たして考中しなかった。

辛卯日帰孝廉が会試を占う(郭氏占案)

丁丑年二月辛卯日亥將子時歸孝廉名起光者占會試。 郭氏占案

丁丑年二月の辛卯日、「亥」(登明)を以て月将と為し、「子」時の上に加えて課を起した。占を求めた人は名が帰起光の挙人で、この一科の会試を占った。この案は郭氏の『占案』に出る。

朱蛇貴后 辰巳午未 龍勾陰玄 父 己丑 龍 合卯 申陰 丑寅申酉 子 戊子 空 勾寅 酉玄 寅卯酉辛 子 丁亥 虎 丑子亥戌 龍空虎常

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:辰は朱雀を乗せ、巳は螣蛇を乗せ、午は貴人を乗せ、未は天后を乗せ、申は太陰を乗せ、酉は玄武を乗せ、戌は太常を乗せ、亥は白虎を乗せ、子は天空を乗せ、丑は青竜を乗せ、寅は勾陳を乗せ、卯は六合を乗せる——貴人が午の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の辛(戌に寄す)上に酉を見、酉は玄武を乗せる。第二課、酉上に申を見、申は太陰を乗せる。第三課、日支の卯上に寅を見、寅は勾陳を乗せる。第四課、寅上に丑を見、丑は青竜を乗せる。三伝:初伝の己丑は父母爻で青竜を乗せ、中伝の戊子は子孫爻で天空を乗せ、末伝の丁亥は子孫爻で白虎を乗せる。辛金の禄神は酉に在り、この刻は正に玄武に日干の頭上に圧せられている。三伝の丑・子・亥は位を逐って後退し、一路に辛金の気を盗泄する。

郭御青曰:干上祿神為玄武所奪,遁得丁馬,為辛日之害,雖簾幕在宅,與日上年命俱無干,三傳盜氣,日辰夾住,欠一戌字,而為命上神補足,命上戌臨作闕隔斷,皆非吉象,後果抱屈。

郭御青が言う:日干上の禄神は玄武に奪われ去った。遁干で一つの丁を得、丁馬と成るは、まさに辛日の害神である。帘幕貴人は宅(日支)の上に落ちたけれども、却って日干の上神・行年・本命といずれも相干らない。三伝は一路に我が気を盗泄し、また日干・日支に夾まれ、中間はただ一つの戌の字を差すのみで、恰好本命の上神に由って補い足される。そして本命上の戌の臨位は、「闕」の隔断の象と成る。これらはみな吉兆でない。後に彼は果たして屈を含んで落榜した。

辛卯日葉七秀才が終身を占う(方本占案・口鑑)

戊申年十二月辛卯日丑將寅時葉七秀才丁卯生四十二歲占終身。 方本占案、口鑑

戊申年十二月の辛卯日、「丑」(大吉)を以て月将と為し、「寅」時の上に加えて課を起した。占を求めた人の葉七秀才は丁卯年生まれ、この年四十二歳、一生の休咎を占った。この案は方本の『占案』と『口鑑』に見える。

六陳 朱辰巳午未龍 蛇卯 申空 后貴空虎 父 己丑 后 貴寅 酉虎 丑寅申酉 子 戊子 陰 后丑子亥戌常 寅卯酉辛 子 丁亥 武 陰玄

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:辰は朱雀を乗せ、巳は六合を乗せ、午は勾陳を乗せ、未は青竜を乗せ、申は天空を乗せ、酉は白虎を乗せ、戌は太常を乗せ、亥は玄武を乗せ、子は太陰を乗せ、丑は天后を乗せ、寅は貴人を乗せ、卯は螣蛇を乗せる——貴人が寅の上に落ち、天将は順行して排布し、前の幾課の逆布と異なる。四課は右から左へ:第一課、日干の辛(戌に寄す)上に酉を見、酉は白虎を乗せる。第二課、酉上に申を見、申は天空を乗せる。第三課、日支の卯上に寅を見、寅は貴人を乗せる。第四課、寅上に丑を見、丑は天后を乗せる。三伝:初伝の己丑は父母爻で天后を乗せ、中伝の戊子は子孫爻で太陰を乗せ、末伝の丁亥は子孫爻で玄武を乗せる(原図は「武」と作し、すなわち玄武の省称)。丑はすでに辛金の墓庫で、また父母爻でもあるので、下文で祖墳を断ずるはまさにこの一位から象を取る。

邵彥和曰:你堂上所葬,乃丑加寅,艮山地也。水便陡瀉自西北上出去,庚上有一石山,其形甚丑,必主人要錢而死。你因妻起家妻財作貴之故,不是六年是七年喪妻,自此退耗。一則男女債,二乃子不成器,三有水壞田,九年大退,十三年當患氣而卒。葉母艮山坤向丑上乘天后,故主乎母,水從脅下流去西北,庚上有一山,生來皆是怪石。壬子年妻弟來家相訪因要錢入城,中途腹痛而死。甲寅年喪妻,年內賣產嫁女,長子賭錢好色,卯年大水,溪邊田盡壞。丙辰十一月疝氣而亡。

邵彦和が言う:あなたの家の先人の葬る所の墳は、課上は丑が寅の上に加わる。あれは一塊の艮山の地である。水は墳の傍から陡直に瀉き下り、西北方に向かって流出する。庚位(正西にして偏南)の上に一座の石山があり、形状は甚だ醜悪で、必ず銭を討って死する人あるを主る。あなたは妻子に靠って家を起こした。妻財爻が正に貴人を乗せるからである。第六年でなければ第七年に妻を喪い、これに従い家道は便ち退敗して往く。一は男の婚・女の嫁に欠いた債、二は息子が器を成さぬ、三は水の発して田地を壊る。第九年に到って大いに退き、第十三年の上に気疾に患って死す。後に一一应験した:葉家の母親の墳はまさに艮山・坤向で、丑上は天后を乗せるので、母親を主る。水は山脇の下より西北に向かって流れ、庚位の上に確かに一座の山があり、天生じてことごとく怪石である。壬子年に妻の弟が家中に客と為り、銭を討って城に入り、半路に腹痛して死した。甲寅年に妻が亡故し、この一年内に産を売り女を嫁し、長子は銭を賭け色を好む。卯年に大水を発し、渓辺の田はことごとく毀れた。丙辰年十一月、葉七は疝気に因って世を去った。

蓋丑土生辛金,故為母。辛以寅為妻,故因妻起家。寅艮方,丑加之,故艮山墳地。金絕於寅,故主妻死。傳見子亥,金水相生,傳見退脫,是以退也。辛以子為子,亥為女,太陰男不明,元武女多賠耗,亥四子九,四九三十六,亥為腎,元武主疝氣,金死於子,故十三年疝氣而亡。沈曰:丑為辛墓,又是父母,是以主堂上墳。然不發用,不可亂斷。水便陡瀉,自西北上出去者,子亥逆入西北,是以言陡瀉也。

推断の根拠は:丑土は辛金を生ずるので、それを取って母親と作す。辛金は寅木を以て妻財とするので、彼が妻子に靠って家を起こすと断じた。寅は艮方に在り、丑はまた寅の上に加わるので、墳地は艮山と言う。金は寅に絶するので、妻子の亡故を主る。三伝の裏に子・亥を見るは、金水が相生して、一路は後退・脱泄の象なので、家業は退くを要す。辛金は子水を以て息子と為し、亥水を以て女児と為す。子上は太陰を乗せ、男児が顕達しないを主り、亥上は玄武を乗せ、女児が多く耗費するを主る。亥の数は四、子の数は九で、四九が相乗じて三十六を得、応期はこれに由って推算する。亥は腎を主り、玄武は疝気を主り、金はまた子に死するので、彼が第十三年の上に疝気に因って亡ぶと断じた。沈氏が言う:丑は辛金の墓で、同時にまた父母爻なので、堂上の先人の墳を主る。しかしそれは発用しないので、乱に断じてはならない。いわゆる「水が陡瀉して、西北より流出す」は、子・亥の两位が逆推して正に西北方に落つるに因るので、瀉くが陡急と言う。

辛卯日傅姓の者が六甲を占う(指南)

庚辰年三月辛卯日戌時傅姓者占六甲。 指南

庚辰年三月の辛卯日、戌時に課を起した。占を求めた人は傅姓で、懐孕・生産の事を占った——六壬は胎産の一門を「六甲」と名づく。この案は『六壬指南』に出る。課図を看れば、天盤と地盤が完全に重合し、当時の月将もまたまさに戌で、月将と占時とが同位なので、伏吟の局と成ったと知れる。

勾青 六巳午未申空 蛇蛇常常 財 辛卯 蛇 朱辰 酉虎 卯卯戌戌 子 戊子 陰 蛇卯 戌常 卯卯戌辛 財 辛卯 蛇 貴寅丑子亥玄 后陰

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:巳は六合を乗せ、午は勾陳を乗せ、未は青竜を乗せ、申は天空を乗せ、酉は白虎を乗せ、戌は太常を乗せ、亥は玄武を乗せ、子は太陰を乗せ、丑は天后を乗せ、寅は貴人を乗せ、卯は螣蛇を乗せ、辰は朱雀を乗せる——貴人が寅の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の辛(戌に寄す)上に戌を見、戌は太常を乗せる。第二課、戌上はなお戌で、なお太常を乗せる。第三課、日支の卯上に卯を見、卯は螣蛇を乗せる。第四課、卯上はなお卯で、なお螣蛇を乗せる。天盤・地盤が全然重合するは、伏吟課である。三伝:初伝の辛卯は妻財爻で螣蛇を乗せ、中伝の戊子は子孫爻で太陰を乗せ、末伝はまた辛卯の妻財爻で螣蛇を乗せる——伏吟の陰日は日支の上神を取って発用し、さらに相刑に依って中・末の両伝を取る。卯は子を刑し、子は卯を刑するので、三伝は卯・子・卯と作す。日干上の戌は河魁で、日支上の重畳する卯は胎神で、下文で双生の男胎を断ずるは全てここより出る。

陳公獻曰:此必雙胎,皆男子也,主八月戌日辰時生,母子清吉。何以知為雙胎?以月建重疊,作胎神乘旺氣故也(此必二月建,以金胎在卯故也)。何以知為兩男?卯屬震為長男,日上河魁,乾宮所屬,亦男也。何以知八月生,酉沖卯胎,戌日辰時者,戌為養神,俟辰來沖干上戌也。占男女,以干上之支所寄之卦之陰陽斷之,非以支之陰陽為斷也。

陳公献が言う:これは必ず双生児で、しかもみな男児で、八月の戌日辰時に生れるを主り、母子は平安である。何を以て双胎と知るか。月建が重畳して出現し、また胎神を充当して旺気を乗せるからである(これは必ず二月の月建で、金の胎位はまさに卯の上に在る)。何を以て二つの男児と知るか。卯は八卦に於いて震に属し、震は長男と為る。日干上の戌は河魁で、乾宮の管轄する所に属し、乾もまた男を主る。何を以て八月に生ると知るか。酉が卯のこの胎神を冲動し得るからである。何を以て戌日辰時と知るか。戌は養神で、辰の来て日干上の戌を冲動するを待って、胎気が始めて発動する。およそ男女を占うは、日干上のあの地支の寄する卦が陰か陽かを看て断ずるを要し、単に地支の本身の陰陽を看るのではない。

壬辰日

壬辰日葉解元が病を占う(方本占案)

建火庚戌年六月壬辰日午將巳時葉解元丁丑生三十四歲占病。 方本占案

建火(当に「建炎」の訛であろう)庚戌年六月の壬辰日、「午」(勝光)を以て月将と為し、「巳」時の上に加えて課を起した。占を求めた人は解元の葉某で、丁丑年生まれ、この年三十四歳、自分の病情を占った。この案は方本の『占案』に出る。

朱六 蛇午未申酉陳 貴巳 戌龍 蛇貴常虎 鬼 己丑 常 后辰 亥空 午巳丑子 子 庚寅 玄 陰卯寅丑子虎 巳辰子壬 子 辛卯 陰 玄常

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:午は螣蛇を乗せ、未は朱雀を乗せ、申は六合を乗せ、酉は勾陳を乗せ、戌は青竜を乗せ、亥は天空を乗せ、子は白虎を乗せ、丑は太常を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太陰を乗せ、辰は天后を乗せ、巳は貴人を乗せる——貴人が巳の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(寄宮は亥にあり)上に子を見、子は白虎を乗せる。第二課、子上に丑を見、丑は太常を乗せる。第三課、日支の辰上に巳を見、巳は貴人を乗せる。第四課、巳上に午を見、午は螣蛇を乗せる。三伝:初伝の己丑は官鬼爻で太常を乗せ、中伝の庚寅は子孫爻で玄武を乗せ、末伝の辛卯は子孫爻で太陰を乗せる。壬辰日は甲申旬に属し、旬空は午・未の两位に在る。三伝の丑・寅・卯は一路に順進し、すなわち下文の言う所の「迤逦に進脱」である。

邵彥和曰:此課本身雖堅固,不合傳進迤邐脫氣,子與丑合作常,因與人相會飲酒食,而喜樂太過,遂惑風邪。今已七八分了,以行年退一步而就祿,壬水又旺,玄又同途,水既太盛,雖生木不為害,但只補元氣,其風自退。宅上見絕神,三傳丑寅卯,若非行年退卻一步,定見進脫,不可療矣。

邵彦和が言う:この課は本身の元気はなお堅固と算えるけれども、無奈三伝は一路に前へ遞進して、日干の気を層層に脱泄して出す。子と丑とが相合して丑上は太常を乗せ、太常は宴飲を主るので、病因は人と聚会して酒食を飲み食い、歓楽が度を過ぎ、これに因って風邪を招惹した。目下は病はすでに七八分好い。行年が退後の一位に正に禄位の上に踏むに因り、壬水はまたまさに旺し、玄武もまたそれと同途に在る。水がすでに盛んすぎるので、往きて木を生じても害と成さず、ただ元気を補養すれば、風邪は自然に退去する。宅(日支)上に絶神を見、三伝はまた丑・寅・卯の一路に進行するので、もし行年がこの一歩を退いていなければ、必ず「進脱」の局と成り、それは治しえない。

大凡壬日行丑寅卯,迄邐進脫,支上又見絕神,必不可治,不問老少皆以死論。惟此課行年在後一位,引退就祿。雖然進其實就退,只不合初傳本命來與子合,太常為燕樂神,過餘遂使風邪入內,以致生病。然喜時令在秋,壬癸水秋生,得亥子相併旺相,必不至死。主今冬得子。若是來年正月節生必貴子。內有暗貴人故也。目下主服,初丑破碎作常是以主之。

大凡壬日に三伝が丑・寅・卯に走るは、層層に遞進して脱気し、日支上にまた絶神を見れば、必定救治し得ず、老少を論わずみな死に按って論ず。ただこの課は、行年が後の一位に落ち、身を引きて退き、禄の上に退く。表面上は進だが、実際は退である。ただ巧まず初伝はまた正に本命で、来て子と相合し、そして太常は宴楽の神で、歓楽が頭を過ぎ、すなわち風邪を体内に侵入せしめ、これに因って病を生じた。幸いなことに時令は秋に在り、壬癸水は秋金の相生を得、また亥・子が并列して旺相の地に処するので、必定死に至らない。今年の冬に息子を得るを主る。もし来年の正月の節後に生れば、必ず貴子で、課中に暗貴人を含むからである。目下はなお孝服の事あるを主り、初伝の丑は破碎煞を帯びまた太常を乗せるので、こう断じた。

壬辰日逃亡を占う(精蘊)

十月壬辰日寅將戌時占逃亡。 精蘊

十月裏の壬辰日、「寅」(功曹)を以て月将と為し、「戌」時の上に加えて課を起し、一つの逃亡して外にある人を占った。この案は『六壬精蘊』に出る。

勾龍空虎 酉戌亥子 虎合朱陰 鬼 ◎未 朱 合申 丑常 子申未卯 兄 丁亥 空 朱未 寅玄 申辰卯壬 子 辛卯 陰 午巳辰卯 蛇貴后陰

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:巳は貴人を乗せ、午は螣蛇を乗せ、未は朱雀を乗せ、申は六合を乗せ、酉は勾陳を乗せ、戌は青竜を乗せ、亥は天空を乗せ、子は白虎を乗せ、丑は太常を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太陰を乗せ、辰は天后を乗せる——貴人が巳の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(寄宮は亥にあり)上に卯を見、卯は太陰を乗せる。第二課、卯上に未を見、未は朱雀を乗せる。第三課、日支の辰上に申を見、申は六合を乗せる。第四課、申上に子を見、子は白虎を乗せる。三伝:初伝の未は官鬼爻で朱雀を乗せ、「◎」は旬空の記号。中伝の丁亥は兄弟爻で天空を乗せる。末伝の辛卯は子孫爻で太陰を乗せる。壬辰日は甲申旬に属し、午・未の两位は空に落ちるので、未上に空の標記を加えた。三伝の未・亥・卯は、まさに亥卯未の三合木局の逆序である。

斷曰:小吉加卯為用,主門戶動搖。將得朱雀,主為詞訟交加,文書口舌。中見登明,將得天空,必因欺詐而逃。甲申旬以午未為孤虛,逃亡終不可獲。末見太沖,得太陰,復臨日上,辰上見傳送,將得六合,為天門,冬日占,太陰臨生門,逃亡必遠去也。

断語に言う:小吉(未)は卯の上に加わりて発用し、門戸が動揺して寧ならざるを主る。その上の乗ずるは朱雀で、詞訟が交加し文書・口舌に纏まるを主る。中伝に登明(亥)を見、天空を乗せるので、この人は必ず行騙・欺詐に因って逃げ走ったと知れる。壬辰日は甲申旬に属し、午・未の两位は孤虚の地なので、この逃亡する人はついに捉い返されない。末伝に太沖(卯)を見、太陰を乗せ、また回頭して日干の上に臨む。日支の辰上に伝送(申)を見、六合を乗せ、天門の位である。また冬月に値いて占い来り、太陰は生門の上に臨むので、逃亡する人は必ず甚だ遠くに跑っている。

壬辰日王覚斯が孟津に帰るを占う(課経集)

崇正庚辰年十一月十五壬辰日申時占孟津。 課經集

崇正(すなわち崇禎)庚辰年十一月十五日、壬辰日、申時に課を起し、孟津の老家に帰る一事を占った。この案は『課経集』に出る。原文はただ占時を記して月将を標出しないが、十一月の月将は丑(大吉)で、丑を以て申時に加えて推排すれば、正に刻する所の課体と相合する。

龍空虎常 戌亥子丑 玄勾勾后 子 庚寅 玄 勾酉 寅玄 寅酉酉辰 鬼 ◎未 朱 合申 卯陰 酉辰辰壬 兄 戊子 虎 未午巳辰 朱蛇貴後

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:巳は貴人を乗せ、午は螣蛇を乗せ、未は朱雀を乗せ、申は六合を乗せ、酉は勾陳を乗せ、戌は青竜を乗せ、亥は天空を乗せ、子は白虎を乗せ、丑は太常を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太陰を乗せ、辰は天后を乗せる——貴人が巳の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(亥に寄す)上に辰を見、辰は天后を乗せる。第二課、辰上に酉を見、酉は勾陳を乗せる。第三課、日支の辰上に酉を見、酉は勾陳を乗せる。第四課、酉上に寅を見、寅は玄武を乗せる。日支の辰は直に日干の頭上に加わり、辰土は壬水を克し、辰はまた正に壬水の墓庫である。これがすなわち下文の言う所の「支が干に加わり、干を克し、干に墓す」である。三伝:初伝の庚寅は子孫爻で玄武を乗せ、中伝の未は官鬼爻で朱雀を乗せて旬空に値い、末伝の戊子は兄弟爻で白虎を乗せる。

郭御青曰:揆臺王公覺斯,北都至懷慶,擬次日渡河。回原籍孟津。餘占得此課,支加干,克干,墓干,卑凌尊,下犯上,為上門亂首,大凶之象,餘痛止之。王公云:二人在堂,急欲往省。餘勸以迎至河北,王公尚猶豫。次早,夫馬駢集署門,餘授書又止之,公始聽餘言不行,迎其椿萱至覃懷,不十數日,而遭內艱,又春正念一日,賊陷洛陽,危哉,設王公至家,即遇太夫人之變,將奈何也?

郭御青が言う:内閣の王覚斯先生(王鐸、孟津の人)は北京より懐慶に到り、第二天に黄河を渡って孟津の原籍に帰らんと打算した。私は彼のためにこの一課を占い得た:日支が日干の上に加わり、すでに日干を克し、また日干の墓でもある。これは卑なる者が尊なる者に凌駕し、下位が上位を冒犯するで、「上門乱首」と名づけ、大凶の象に属す。私は力を極めて彼を勧阻した。王公が言う:父母の二老はみな堂上に在り、急いで帰って省視せんと欲す。私は彼に二老を黄河の以北に接して来るを勧め、王公はなお猶予していた。第二天の早朝、車馬・僕従はすでに官署の門口に聚集し、私はまた一封の信を遞して再三勧止し、王公は初めて私の話を聴きて出発せず、父母を覃懐(懐慶)に接して来た。十数日に満たずして、彼は母丧に遭った。春正月二十一日に至り、流寇がまた洛陽を攻め陥れた。まことに危険である。たとい王公があの日に家に帰って到れば、正に老夫人の過世に撞上り、それはどうすべきか。

壬辰日陳殿元が謫官を占う(方本占案・一針見血)

甲申年秋壬辰日巳將子時陳殿元占謫官衢州。 方本占案、一針見血

甲申年秋天の壬辰日、「巳」(太乙)を以て月将と為し、「子」時の上に加えて課を起した。占を求めた人は殿元の陳某で、衢州に貶して官を為すこの事を占った。この案は方本の『占案』と『一針見血』に見える。

陳六 龍戌亥子丑朱 空酉 寅蛇 蛇空空后 子 庚寅 蛇 虎申 卯貴 寅酉酉辰 鬼 空未 常 常未午巳辰后 酉辰辰壬 兄 戊子 六 玄陰

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:卯は貴人を乗せ、寅は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、子は六合を乗せ、亥は勾陳を乗せ、戌は青竜を乗せ、酉は天空を乗せ、申は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、午は玄武を乗せ、巳は太陰を乗せ、辰は天后を乗せる——貴人が卯の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(亥に寄す)上に辰を見、辰は天后を乗せる。第二課、辰上に酉を見、酉は天空を乗せる。第三課、日支の辰上に酉を見、酉は天空を乗せる。第四課、酉上に寅を見、寅は螣蛇を乗せる。四課の支神は前の一案と同じで、ただ乗ずる天将が異なるのみ。三伝:初伝の庚寅は子孫爻で螣蛇を乗せ、中伝の未は官鬼爻で太常を乗せて旬空に値い、末伝の戊子は兄弟爻で六合を乗せる。

邵彥和曰:寅作蛇加酉為用,蛇入雞穴而破腸,未加寅為中傳,是鬼宿入鬼門,子加未作末傳乘六合,是勢害也。那又辰加壬作天后,刑勝德,此課三不吉。內有天后乘喜為恩神,雖帶恩動而過多,加官不起,後謫官編官柳州而死。經曰:魁罡若向日辰遊,貶出天涯地角頭,此之謂也。陳殿元后果編官柳州而死。

邵彦和が言う:寅は螣蛇を乗せて酉の上に加わりて発用するは、これは「蛇が鶏穴に入りて腸を破る」。未は寅の上に加わりて中伝を作すは、鬼宿が鬼門に進んだ。子は未の上に加わりて末伝を作して六合を乗せるは、「勢害」の象である。加えるに辰は壬の上に加わりて天后を乗せるは、刑が徳を圧し過ぎた——この課に三処の不吉あり。その中には天后が喜神を乗せて恩神を充作するありけれども、恩はあるけれども動きが過ぎるので、官は加えて成らない。後に彼は果たして官を貶せられ、編管して柳州に到りて死した。経書の上に言う:魁罡はもし日辰に向かって游走すれば、すなわち天涯・地角に貶される。言う所はまさにこの種の情形である。陳殿元は後に果たして柳州に編管されて死した。

壬辰日徐通判が赴任・前程を占う(方本占案)

戊申年十一月壬辰日寅將未時徐通判戊午生(生於二月初二日未時)五十一歲占赴任及前程。 方本占案 口鑑作丑將午時錯

戊申年十一月の壬辰日、「寅」(功曹)を以て月将と為し、「未」時の上に加えて課を起した。占を求めた人は徐通判で、戊午年生まれ(二月初二日未時の生人)、この年五十一歳、赴任と将来の前程を占った。この案は方本の『占案』に出る。『口鑑』に丑将の午時と記すは誤りである。

陳六 龍子丑寅卯朱 空亥 辰蛇 后空陳後 財 空午 后 虎戌 巳貴 午亥丑午 鬼 己丑 陳 常酉申未午后 亥辰午壬 父 甲申 玄 玄陰

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:巳は貴人を乗せ、辰は螣蛇を乗せ、卯は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せ、丑は勾陳を乗せ、子は青竜を乗せ、亥は天空を乗せ、戌は白虎を乗せ、酉は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、未は太陰を乗せ、午は天后を乗せる——貴人が巳の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(亥に寄す)上に午を見、午は天后を乗せる。第二課、午上に丑を見、丑は勾陳を乗せる。第三課、日支の辰上に亥を見、亥は天空を乗せる。第四課、亥上に午を見、午は天后を乗せる。三伝:初伝の午は妻財爻で天后を乗せて旬空に値い、中伝の己丑は官鬼爻で勾陳を乗せ、末伝の甲申は父母爻で玄武を乗せる。壬辰日は甲申旬に属し、午・未は空に落ちるので、午上に一つの「空」を標す。下文で僕人が主を害すと断ずるは、正に天空が宅に臨み、天后が淫乱を主り、丑鬼が午財の上に加わるのこの幾処を取る。

邵彥和曰:課名亂首,日後因到官中取財,為僕所持,妻被僕姦淫,本身則死於僕手。其父墓玄武不垂頭,拒尸之故。若速移此墳,可保佑性命,否則戊午年必見凶也。

邵彦和が言う:この課の名は「乱首」。日后あなたは任上に在りて財物を收受したに因り、僕人に把柄を抓住せられ、妻子は僕人に姦污せられ、あなたの本人はすなわち僕人の手裏に死す。禍根は令尊の墳上で玄武の臨むあの一段が垂頭するを肯んぜずして、「拒尸」の象と成ったに在る。もし急いでこの座の墳を遷して去ることができれば、なお性命を保ち得る。さもなければ戊午年に到って必ず凶を見ん。

徐辛亥赴任,權州事,有一婦人打死一婢,徐得二千貫,從輕發落,後新知州怪其用度過多,遂與不足,而徐有僕童吉,常持二十千以挾其主,遂奸其妻,夫知竟不敢明責。乙卯升池州,不帶此僕去,僕每恨之,戊午僕來池州,僕持刃刺徐於門。

後の事実は:徐は辛亥年に赴任し、州中の政務を代理した。一人の婦人が一名の婢女を打ち殺し、徐は二千貫の銭を収め、案を軽くして発落した。後に新任の知州は彼の用度が太過るを嫌い、すなわちさらに足額の開銷を給さなかった。徐家に童吉と名づく一人の僕人がおり、常にあの两万銭の事を持って主人を要挾し、進んで彼の妻子を姦污した。徐は知ったが竟に敢えて公開に責問せず。乙卯年に徐は池州に遷升し、この僕人を連れて同に往かなかったので、僕人は一向に恨みを懐いていた。戊午年に僕人は池州に追い到り、刀を持って門口で徐を刺し殺した。

蓋其父墓坎山,元武七十餘丈,葬在六十丈,前面又有十餘丈,果不垂頭。亥加辰,乃自取亂首。天空僕犯主也。午為財,丑為鬼,丑鬼加午財上,故在任受財,午到亥,六陰終始,僕*其妻,壬乘午之故也。天后在上,主淫亂,壬以申為父,加丑是父墓,玄武長生而不垂頭為拒尸。午亥俱自刑,故僕傷,下犯上,亂首也。

推断の根拠は:彼の父親の墳は坎山で、玄武のあの一段は七十余丈の長さがあり、墳は却って六十丈の処に葬って、前にはなお十余丈残る。果たして「垂頭せず」である。亥は辰の上に加わるは、自ら乱首を取る。天空が位に臨むは、僕人が家主を冒犯するを主る。午は妻財で、丑は官鬼で、丑鬼は午財の上に加わる。だから任上に在りて財物を收受するに因って事を出す。午より数って亥に至れば、六つの陰位が首尾相接する。僕人が彼の妻子を玷污したは(原文此の処に一字を欠き、符号を以て代えとす)、壬水が午を乗せる所以に因る。天后は上位に居るは、淫乱を主る。壬は申金を以て父母と為し、申は丑の上に加わり、丑は正に父母の墓庫である。玄武は長生の地に処して垂頭するを肯んぜざるは、すなわち「拒尸」である。午と午、亥と亥はみな自刑なので、僕人に傷せられるを主る。下位が上位を冒犯するは、まさに乱首の象である。

壬辰日某が闘毆して死を致し官に解くを占う(方本占案)

十二月壬辰日子將巳時某占因二人力打死一人,解官。 方本占案

十二月裏の壬辰日、「子」(神后)を以て月将と為し、「巳」時の上に加えて課を起した。某人が二人が合力して一人を打ち殺し、すでに官府に解送されたこの事を占った。この案は方本の『占案』に出る。

陳六 龍子丑寅卯朱 空亥 辰蛇 后空陳後 財 空午 后 虎戌 巳貴 午亥丑午 鬼 己丑 陳 常酉申未午后 亥辰午壬 父 甲申 玄 玄陰

刻する所の課体は前の一案と全く同じ:寅将の未時と子将の巳時とは、天盤が同じく地盤より順に七位進むので、四課・三伝は一模一様である。外圈:巳は貴人を乗せ、辰は螣蛇を乗せ、卯は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せ、丑は勾陳を乗せ、子は青竜を乗せ、亥は天空を乗せ、戌は白虎を乗せ、酉は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、未は太陰を乗せ、午は天后を乗せる。四課は右から左へ:日干の壬(亥に寄す)上に午を見て天后を乗せ、午上に丑を見て勾陳を乗せ、日支の辰上に亥を見て天空を乗せ、亥上に午を見て天后を乗せる。三伝:初伝の午は妻財爻で天后を乗せて旬空し、中伝の己丑は官鬼爻で勾陳を乗せ、末伝の甲申は父母爻で玄武を乗せる。天空は宅位上に加わるは、下文で家中有る寡母を断ずる根拠である。午は眼目を主るも亥に克せられるは、一女が目を損ずるを断ずる根拠である。

邵彥和曰:此課凶,然今次卻免難。六年後俱惡死矣。宅上有寡母,乃天空加宅也。又須有一女損目,午為目,被亥克也。天后為用,後遇恩赦免矣。果蒙恩赦而免死編管。六年上二人復打死人,一人自縊,一人刑死,蓋申金入墓也。

邵彦和が言う:この課は凶であるけれども、この回は却って難を免れ得る。六年の後に両人ともに非命に死せん。彼の家宅上に一人の寡を守る母が在る。天空が宅位上に加わるに因る。家中にまた当に一人の娘が眼を損傷したを有るべし。午は眼目を主り、正に亥水に克せられるに因る。天后が発用するは、後に皇恩の大赦に碰上って獲免せん。結果果たして恩赦して死罪を免れ、改めて編管に判せられた。第六年の上に到り、この両人はまた人を打ち殺し、一人は首を吊して自盡し、一人は処死せられた——まさに申金が墓に入るの応験である。

壬辰日二人を殺傷して赦に遇い得るかを占う(方本占案)

三月壬辰日酉將寅時占殺傷二人能遇赦否。 方本占案

三月裏の壬辰日、「酉」(従魁)を以て月将と為し、「寅」時の上に加えて課を起し、二人を打ち殺し打ち傷して後に赦免に碰上り得るかを占った。この案は方本の『占案』に出る。

合朱蛇貴 子丑寅卯 玄勾朱玄 財 ◎午 玄 勾亥 辰后 午亥丑午 鬼 己丑 朱 龍戌 巳陰 亥辰午壬 父 甲申 虎 酉申未午 空虎常玄

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:卯は貴人を乗せ、寅は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、子は六合を乗せ、亥は勾陳を乗せ、戌は青竜を乗せ、酉は天空を乗せ、申は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、午は玄武を乗せ、巳は太陰を乗せ、辰は天后を乗せる——貴人が卯の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(亥に寄す)上に午を見、午は玄武を乗せる。第二課、午上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。第三課、日支の辰上に亥を見、亥は勾陳を乗せる。第四課、亥上に午を見、午は玄武を乗せる。三伝:初伝の午は妻財爻で玄武を乗せ、「◎」はそれが旬空に落つるを表す。中伝の己丑は官鬼爻で朱雀を乗せ、末伝の甲申は父母爻で白虎を乗せる。日支の辰はすなわち天罡で、また壬水の墓庫である。末伝の申金はもともと壬水の長生の地であるのに、却って白虎を乗せて墓に入る。凶象はみなここより見出す。

邵彥和曰:此課大凶,蓋自取亂首也。日加辰作勾,上下交克。午作玄武為用,亦是交克,日辰上皆是自刑。宅上勾陳即是天罡。天罡是鬼,既是死奇又是日墓。末傳申是長生,又作虎入墓,其凶不可言,安能遇赦也?後果取決。

邵彦和が言う:この課は大凶で、自ら取って乱首の局である。日干(壬は寄宮が亥にあり)は日支の辰上に加わりて勾陳を乗せ、上下は交々相克伐する。午は玄武を乗せて発用するも、また交克である。日干・日支の両処の上神はまたともに自刑である。宅上に勾陳の臨むはまさに天罡の辰で、天罡は壬の官鬼で、すでに死奇に属し、また日干の墓庫である。末伝の申はもともと壬水の長生であるのに、却って白虎を乗せて墓に入る。凶なること言い難く、いずこに赦免に遇い得よう。後に果たして処決された。

壬辰日成合の事を占う(牧夫占験)

乾隆甲戌年七月壬辰日巳時申時占成合事。 牧夫占驗

乾隆甲戌年七月の壬辰日に課を起し、一棟の撮合の事が談じ成り得るかを占った。原文は「巳時申時」と作するが、刻する所の課体に按って推排すれば、当に「巳」(太乙)を以て月将と為して申時の上に加えたのであろう。この案は王牧夫の『占験』に出る。

蛇貴后陰 寅卯辰巳 龍朱陰虎 財 癸巳 陰 朱丑 午玄 戌丑巳申 子 庚寅 蛇 合子 未常 丑辰申壬 兄 丁亥 勾 亥戌酉申 勾龍空虎

展けて平らにした課体図。外圈の十二支の乗ずる天将:卯は貴人を乗せ、辰は天后を乗せ、巳は太陰を乗せ、午は玄武を乗せ、未は太常を乗せ、申は白虎を乗せ、酉は天空を乗せ、戌は青竜を乗せ、亥は勾陳を乗せ、子は六合を乗せ、丑は朱雀を乗せ、寅は螣蛇を乗せる——貴人が卯の上に落ち、天将は逆行して排布す。四課は右から左へ:第一課、日干の壬(寄宮は亥にあり)上に申を見、申は白虎を乗せる。第二課、申上に巳を見、巳は太陰を乗せる。第三課、日支の辰上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。第四課、丑上に戌を見、戌は青竜を乗せる。三伝:初伝の癸巳は妻財爻で太陰を乗せ、中伝の庚寅は子孫爻で螣蛇を乗せ、末伝の丁亥は兄弟爻で勾陳を乗せる。三伝の巳・寅・亥は位を逐って後退す。妻財の巳はまた三刑の中に坐し、下文の言う所の「閉口」はまさにこの一位を指す。

王牧夫曰:占成合事,而財作閉口為用,雖三傳遞生,有人推薦,奈不能明言,況支辰純土,閉塞不通,多有阻隔,事無益矣。據餘看此數,今年宅中,尊長與妻宮,暨卑幼,皆有災咎,何也?干上長生,父母也。帶白虎凶殺,而支上又值歲刑,巳妻財又坐三刑中為閉口,閉口主凶兆。蛇為小兒,亦在刑內,支上為卑幼。種種不吉見於體用。況太歲在支陰刑沖而日支為墓鬼,家運如此,年境如此,豈能望事成合乎?尤防口舌爭競也。丑乘朱雀,為歲刑剋干,故主口舌,是年果見口舌死亡也。

王牧夫が言う:撮合成事を占うに、財爻は却って「閉口」を作して発用する。三伝は層層に遞生するは、人の中より推荐するありを表すけれども、無奈彼は話を講明し得ない。まして日支の一辺は純ら土で、閉塞して通ぜず、多く阻隔あり。この事は指望がない。私が看るにこの一年の命数:今年は家裏の尊長・妻室以至卑幼まで、みな災咎あり。何の故に。日干上は長生の神で、父母を代表するけれども、白虎の凶煞を帯びる。日支上はまた正に歳刑に値う。巳は妻財で、また三刑の中に坐して閉口を成す。閉口は本身すなわち凶兆を主る。螣蛇は小児を代表し、また刑の中に落ち、日支の一辺はもともと卑幼を主る。種種の不吉はみな課体と発用の上に顕現する。加えるに太歳は支の陰神の処で刑冲せられ、そして日支はまた日干の墓鬼である。家運はこのよう、流年はこのようで、いずこに事が談じ成るを指望できよう。ことさら口舌の争競を提防すべし。丑は朱雀を乗せ、すでに歳刑でまた来て日干を克するので、口舌を主る。この年は果たして口舌に因って人命を鬧い出した。

此課之凶,在於鬼臨三四,且並歲刑太歲也。夫太歲為家長,既遭丑刑,自是不利。若曰:長生帶白虎,主父母不利。彼指掌賦曰:時雖惡,生我則其喜終至。注云:虎勾生我,其力尤雄。此又何以稱耶?況諸家壬癸日,晝貴成用巳,獨牧夫先生晝貴則用卯。若依諸家用巳貴,則申又不乘白虎凶神矣。

この課の凶なる処は、官鬼が第三・第四の両課の上に臨み、しかも歳刑と太歳とに并ぐに在る。太歳は一家の長を代表し、すでに丑の来て刑するに遭えば、自然に利ならず。いわゆる「長生に白虎を帯び、父母に利ならざるを主る」——『指掌賦』は却って講じる:時神は兇悪なるといえども、それが我を生ずれば、喜慶はついに到る。注文はまた言う:白虎・勾陳が来て我を生ずるは、力量はことさら雄厚と。それではここはまたどう講じよう。まして各家の用法は、壬癸日の昼貴は巳を取るが、独り牧夫先生の昼貴は却って卯を取る。たとい各家に依って巳を以て貴人と為さば、すなわち申上にもまた白虎のこの凶神を乗せないであろう。

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