Libo

丙辰(丙辰)日

清 · 程树勋 · 第44巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

丙辰日・丙寅の人が來意を占う(一字訣玉連環)

四月丙辰申將丑時丙寅人占。 一字訣玉連環

四月の丙辰日、「申」(傳送)を以て月将と為し、「丑」時の上に加えて課を起こす。占を求むる人は丙寅年生まれの人で、彼は問う所の何事を説かず、ただ占者に課の上より彼の來意を推し出すを請う。この案は『一字訣玉連環』から出る。

合勾龍空 子丑寅卯 玄朱陰合 兄 戊午 玄 朱亥 辰虎 午亥未子 子 丑 勾 ◎ 蛇戌 巳常 亥辰子丙 財 庚申 后 ⊙ 酉申未午 貴后陰玄

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:子は六合を乗せ、丑は勾陳を乗せ、寅は青竜を乗せ、卯は天空を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は太常を乗せ、午は玄武を乗せ、未は太陰を乗せ、申は天后を乗せ、酉は貴人を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は朱雀を乗せる――丑時は夜に属し、丙日は夜貴を用い、貴人は酉の上に落ち、天将はこれにより逆行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に子を見、子は六合を乗せる。第二課、子の上に未を見、未は太陰を乗せる。第三課、日支の辰の上に亥を見、亥は朱雀を乗せる。第四課、亥の上に午を見、午は玄武を乗せる。四課の中に辰が亥を克し亥が午を克するの兩處はみな下が上を賊するなので、例により日干の丙と同じく陽に属する午を取りて發用とす。ゆえに下文は「卦は比用を得たり」と説く。三伝:初伝の戊午は兄弟爻と為り、玄武を乗せる。中伝の丑は子孫爻と為り、勾陳を乗せ、「◎」は丙辰日が甲寅旬に属し、子丑の兩位が旬空なるを表示す。末伝の庚申は妻財爻と為り、天后を乗せ、傍らの「⊙」は原刻が別に加えた記号である。

徐次賓曰:來意主與鄰右無子婦女暗合事敗,不到官,至戊午日辰時,無事。

徐次賓が言うには:彼の來意は、隣家の一個の生育なき婦人と私下に染ある。事情はすでに敗露した。ただ官府に鬧じ到らず、戊午日の辰時に至って則ち事なし。

何知鄰右?卦得比用。何知無子婦人暗合?蓋丑時為日干三合,傳送為日干六合,帶天后主厭翳,六合為私門,又用起元武,名泆女卦,豈不是陰暗私通,申為嗣部,上得天后子水為旬空,故知無嗣婦人也。何知事敗?緣日上神后水為鬼,初傳玄武、末傳天后水,共來剋日,焉得不敗。何知終不到官,日上鬼空,又時空亡也。何知戊午日辰時無事?緣值事門與中傳大吉上得勾陳二土克水為今日救神,戊午日戊和勾陳大吉三土俱旺,至辰時水氣絕墓,觀二字加辰故知辰時無咎也。

どうして相手が鄰居なるを知るか。因りてこの課の得たるは「比用」なれば。どうして生育なき婦人と私通するを知るか。丑時は日干と三合を成し、傳送の申は日干と六合を成し、申の上にまた天后を帯び、天后は遮蔽掩藏を主る。六合はもと私門の神。發用の一位はまた玄武より起るは、これを「泆女卦」と叫ぶ。豈に暗中に私通するの象ならざらんか。申は子嗣を主る部位で、その上に天后を得、しかも天后の属する子水はまたまさに旬空に落ちるので、子嗣なき婦人と知る。どうして事情の敗露するを知るか。因りて日干の上神の天后は水に属し、丙火に於いて官鬼と為り、初伝の玄武・末伝の天后はまたみな水で、一齊に來りて日干を克すれば、どうして敗露せざらん。どうして終竟官府に鬧じ到らざるを知るか。因りて日干の上の鬼は空に落ち、占時はまた空亡に值すれば。どうして戊午日の辰時に便ち事なきを知るか。因りて值事の門と中伝の大吉の丑の上にみな勾陳を得、兩重の土が來りて水を克するは、まさに今日の救神。戊午日に至れば、戊土・勾陳・大吉の丑の三重の土が一齊に旺相し、辰時に至って水氣は絶に入り墓に入る。これ兩個の字を看て辰の上に加わるので、辰時に則ち咎害なきを知る。

丙辰日・孫興功が兩人の鄉試を占う(指南)

順治戊子八月丙辰日,餘住金陵時右方伯東省孫興功老師寫本日辰時,又寫酉時占兩人鄉試。 指南

順治戊子年八月の丙辰日。その時我(陳公献)は金陵に住み、山東の右方伯の孫興功老師が兩個の時辰を写して來り――本日の辰時、また酉時を写し――我に請いて兩位の應試の士子のために鄉試の成敗を占わしめた。この案は『六壬指南』から出る。

虎常 空巳午未申玄 青青勾勾 比 丁巳 勾 青辰 酉陰 辰辰巳巳 財 庚申 玄 勾卯 戌后 辰辰巳丙 父 甲寅 六 六寅丑子亥貴 朱蛇

これは辰時の一課の課體の圖。月将の辰を辰時の上に加うるに、天盤の十二支は各々本位に歸するので、「伏吟」の課である。外圈は十二支の乗ずる所の天将:巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せ、卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せる――辰時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将はこれにより順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に巳を見。第二課、巳の上は依然として巳。第三課、日支の辰の上に辰を見、辰は青竜を乗せる。第四課、辰の上は依然として辰。三伝:初伝の丁巳は比肩爻と為り、中伝の庚申は妻財爻にして玄武を乘せ、末伝の甲寅は父母爻にして六合を乘せる。巳位の天将は、外圈は天空と作し、四課と三伝の兩處は却って勾陳と標す。本書の後面の「某丁亥生が生産を占う」の一案は、課體がこれと全く同じで、そこは四課の天将がまさに「龍龍空空」と作る。ここにここの「勾」は刻誤で、巳の上は實に天空を乘ずるを證すべし。

陳公獻曰:辰時者前,列酉時者次之。蓋緣天罡為領袖之神,從魁幕貴在後(天罡乘龍為前五,從魁乘陰為後二),故云。及排辰時課,三傳巳申寅,干乘德祿,支見月將青龍(八月將在辰,乘龍臨支),又祿馬入傳(巳祿寅馬),凡士子已試後得伏吟,必中。

陳公献が言うには:辰時のこの課は前に排し、酉時のあの課はその次に列す。緣故は天罡(辰)が羣神を統領する領袖と為り、しかも從魁(酉)の上に乘ずるは帘幕貴人で、位次は後に在る――括注に説く:天罡は青竜を乘せ、貴人の前の第五位に居り、從魁は太陰を乘せ、貴人の後の第二位に居る――ゆえにこのように排定す。さらに辰時の一課を看る:三伝は巳・申・寅で、日干の上に日徳兼日禄を乘せ、日支の上に月将の青竜を見る(八月の月将は辰に在り、青竜は辰を乘じて日支に臨む)、禄神と驛馬はまたみな三伝に進む(巳は丙の禄、寅は驛馬)。およそ士子が試を考え終えた後に伏吟課を占得るは、必ず中を得る。

六勾青空 子丑寅卯 朱亥 辰虎 玄朱陰六 甲子 六 蛇戌 巳常 午亥未子 己未 陰 酉申未午 亥辰子丙 甲寅 青(似應是三傳午丑申) 貴后陰玄

これは酉時の一課の課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:子は六合を乗せ、丑は勾陳を乗せ、寅は青竜を乗せ、卯は天空を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は太常を乗せ、午は玄武を乗せ、未は太陰を乗せ、申は天后を乗せ、酉は貴人を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は朱雀を乗せる――酉時は夜に属し、丙日は夜貴を用い、貴人は酉の上に落ち、天将はこれにより逆行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙の上に子を見、子は六合を乗せる。第二課、子の上に未を見、未は太陰を乗せる。第三課、日支の辰の上に亥を見、亥は朱雀を乗せる。第四課、亥の上に午を見、午は玄武を乗せる。三伝の一欄は甲子(六合を乘ず)、己未(太陰を乘ず)、甲寅(青竜を乘ず)と写作し、初伝の子はまさに本年の太歳にしてまた旬空に落ちる。傍らの小注は「似るべし應じては三伝は午丑申」は、原刻がこの三伝の写法に疑を存する校語である。

酉時三傳子未寅也。初傳太歲空戰,墓貴又入墓庫(用夜貴酉,故亥為幕貴,臨辰為入庫),故次之。放榜時,辰時者陸可球中二十二名,酉時者常熟趙姓中副卷,此二者俱以時斷中也。

酉時のこの課の三伝は子・未・寅。初伝の子は本年の太歳なのに、却って旬空に落ちまた克戰を受け、帘幕貴人はさらに墓庫に入る――括注に説く:この課は夜貴を用いるに酉に在るので、亥は則ち帘幕貴人と成り、亥が辰の上に臨むは便ち入庫なり――ゆえにこの課は辰時の後に列す。榜を放つ時、辰時を用いて占ったあの陸可球は第二十二名に中り、酉時を用いて占った常熟の趙姓のあのはただ副榜に中った。兩人の中ると中らざるの高下は、みな写したるあの時辰に凭りて斷し出したる。

丙辰日・店を開くを占う(牧夫占験)

甲戌年十月丙辰日寅將午時占開店。 牧夫占驗

甲戌年十月の丙辰日、「寅」(功曹)を以て月将と為し、「午」時の上に加えて課を起こし、占うは店を開くの生意は如何。この案は『牧夫占験』から出る。

朱合勾龍 丑寅卯辰 玄蛇陰朱 鬼 ◎子 蛇 蛇子 巳空 申子酉丑 財 庚申 玄 貴亥 午虎 子辰丑丙 子 丙辰 龍 戌酉申未 后陰玄常

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:丑は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せ、卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せ、巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せる――午時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。第二課、丑の上に酉を見、酉は太陰を乗せる。第三課、日支の辰の上に子を見、子は螣蛇を乗せる。第四課、子の上に申を見、申は玄武を乗せる。三伝:初伝の子は官鬼爻と為り、螣蛇を乗せ、「◎」は丙辰日が甲寅旬に属し、子位の旬空なるを表示す。中伝の庚申は妻財爻と為り、玄武を乗せる。末伝の丙辰は子孫爻と為り、青竜を乗せる。申・子・辰は湊りて三合の水局を成すは、則ち下文の説く所の「潤下官鬼の局」である。

王牧夫曰:此開店之占,而得潤下官鬼之局,不甚旺相,雖有財,不見財。開了歇,歇了開,無利益也。問之,曰:三傳皆水有旋轉之象。此何店也?曰:豆腐店,故有象如此。三傳蛇傳龍,龍生蛇,故主開了歇,歇了開。到底是官鬼局,不成才也。

王牧夫が言うには:これは店を開くを占うに、却って潤下の官鬼水局を得、氣勢は幷ら旺相せず。財爻ありといえども、却って實在の財を見ず。この店は開きてまた歇き、歇きてまた開き、何の利益をも落さざる。ある人が彼にどう看て出したかを問えば、彼が言うには:三伝は全く水で、周りて復始し、旋轉して定まらざるの象あり。また何の店なるかを問えば、彼が言うには:豆腐店なり。ゆえにこのような象を現出す。三伝は螣蛇より青竜に傳え、青竜はまた頭を回らして螣蛇を生ずるので、開きてまた歇き歇きてまた開くを主る。歸根結底は官鬼が局を成し、終竟氣候を成し得ざる。

丙辰日・風水を占う(牧夫占験)

甲戌年十月丙辰日寅將巳時占風水。 牧夫占驗

甲戌年十月の丙辰日、「寅」(功曹)を以て月将と為し、「巳」時の上に加えて課を起こし、占うは一處の墳地の風水の好壞である。この案は『牧夫占験』から出る。

合勾龍空 寅卯辰巳 后朱貴合 鬼 癸亥 貴 朱丑 午虎 戌丑亥寅 財 庚申 玄 蛇子 未常 丑辰寅丙 兄 丁巳 空 亥戌酉申 貴后陰玄

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:寅は六合を乗せ、卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せ、巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せる――巳時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に寅を見、寅は六合を乗せる。第二課、寅の上に亥を見、亥は貴人を乗せる。第三課、日支の辰の上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。第四課、丑の上に戌を見、戌は天后を乗せる。三伝:初伝の癸亥は官鬼爻と為り、貴人を乗せる。中伝の庚申は妻財爻と為り、玄武を乗せる。末伝の丁巳は兄弟爻と為り、天空を乗せる。日支の辰の上に丑を見、丑の上にまた戌を見るは、一路みな土で、則ち下文の説く「支に純土を見る」である。

王牧夫曰:此地當有橋樑庵觀,但地形不周正耳,亦可用也。夫占風水,以支為地,干為人,干乘長生六合,支見純土,風水不礙,純土故可用。況三傳初貴末祿,夾財不見刑傷,其平穩之地可知也,但其間暗中要得財,始能成交耳。蓋丑乘朱雀,橋也;寅合亥,庵觀樓臺之象也;丑見戌相刑,主其地不周正也;暗中有人慾得財者,天空帶丁,寅亥閉口也。末傳為歸結,故言其象如此。

王牧夫が言うには:この地の上に当に橋梁と庵堂道觀あるべく、ただ地形が方正周整に足らず、ただなお用いる可し。風水を占うの通例は、日支を以てこの地を代表し、日干を以て地を用うる人を代表す。今日干の上に長生の神と六合を乘じ、日支の上に見る所はまた一色の土なれば、風水は妨礙なし。純土の象なので、用いる可しと説く。何况三伝の裏に初伝は貴人を乘じ、末伝は日禄で、中間に財爻を夾みて刑傷を見ざれば、一塊の平穏の地と知るべし。ただその間に暗裏に些かの錢財を使わんとし、やっとこの筆の交易を談じ成さん。細かく説けば:丑は朱雀を乘ずるは、橋なり。寅と亥は相合するは、庵觀樓臺の象。丑と戌は相刑するは、この地形の周正ならざるを主る。暗裏に人が錢財を索せんとすと説くは、因りて天空がまた丁神を帯び、寅と亥がまた閉口の象を成す。末伝は一課の歸結の處なので、断じ出したる形勢は此の如し。

丙辰日・邊事を占う(一針見血)

十月初一丙辰日卯將巳時占邊事。 一針見血

十月初一の丙辰日、「卯」(太冲)を以て月将と為し、「巳」時の上に加えて課を起こし、占うは邊境の軍情である。この案は『一針見血』から出る。

勾龍空虎 卯辰巳午 蛇合朱勾 子 ◎丑 朱 合寅 未常 子寅丑卯 鬼 癸亥 貴 朱丑 申玄 寅辰卯丙 財 辛酉 陰 子亥戌酉 蛇貴后陰

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せ、巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せる――巳時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に卯を見、卯は勾陳を乗せる。第二課、卯の上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。第三課、日支の辰の上に寅を見、寅は六合を乗せる。第四課、寅の上に子を見、子は螣蛇を乗せる。三伝:初伝の丑は子孫爻と為り、朱雀を乗せ、「◎」は旬空を表示す。中伝の癸亥は官鬼爻と為り、貴人を乗せる。末伝の辛酉は妻財爻と為り、太陰を乗せる。丑・亥・酉は一路に逆退するは、「退茹」の課で、三伝はまたみな陰に属するので、下文はそれを「極陰」と稱す。

祝泌奏曰:此課得退,名極陰,以此占邊,旄頭大煞在初傳,其占頌曰:丑卯求吉,吉凶便臨。則主邊疆平定之旨。今日再來游都,貴人在日後已隔三辰,虜已退,但上下游都皆入傳課,恐無厭再來,期在十二月。三傳一確定性無凶,宜不至大害,而不可忽也。

祝泌が上奏して言うには:この課の得たるは退茹で、名を「極陰」と曰う。それを以て邊事を占うに:旄頭の大煞は初伝に落ち、占頌に説く「丑卯に吉を求めれば、吉凶は便ち臨まん」、ならば主旨は邊疆は平定し可べし。今日游都の神が又一回来臨し、貴人は日辰の後にすでに三位を隔え、胡虜のすでに退去したを見る可し。ただ上游都・下游都がみな三伝と四課に進むは、彼らが貪得に厭きなくして還って再び來らんことを恐る。期限は十二月に在る。三伝は總的に看れば幷ら凶象なし(此の句の原文は「三伝一確定性無凶」と作し、「確定性」の三字は文義が通ぜず、当に訛脱あるべし)、大害を釀すに至らざるべしと應ず。但しまた輕忽する可からず。

丙辰日・郭御青が凌九弟のために生産を占う(郭氏占案)

丙子年十一月丙辰日寅將奪及時雨占生產。 郭氏占案

丙子年十一月の丙辰日、「寅」(功曹)を以て月将と為して課を起こし、占うは生産の事である。占時の一欄の原文は「奪及時雨」と作し、本書はおよそ「奪某時」と稱するはみな奪う所の時を取りて課を起こすなので、ここは時辰の字に訛脱あり、確かに指し難し。課體を以て反推すれば、用う所は当に辰時なり。この案は郭氏『占案』から出る。

勾龍空虎 卯辰巳午 蛇合朱勾 子 ◎丑 朱 合寅 未常 子寅丑卯 鬼 癸亥 貴 朱丑 申玄 寅辰卯丙 財 辛酉 陰 子亥戌酉 蛇貴后陰

刻する所の課體は前の一案(邊事を占う)と完全に相同じ。外圈:卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せ、巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せる。四課は右より左へ:日干の丙の上に卯を見、卯は勾陳を乗せる。卯の上に丑を見、丑は朱雀を乗せる。日支の辰の上に寅を見、寅は六合を乗せる。寅の上に子を見、子は螣蛇を乗せる。三伝:初伝の丑は子孫爻にして朱雀を乘せしかも旬空に落ち、中伝の癸亥は官鬼爻にして貴人を乘せ、末伝の辛酉は妻財爻にして太陰を乘せる。下文がこの胎の男女と産期を断ずるは、著眼處はまさに日干の上の卯・日支の上の寅が六合を乘ずる、および初伝の丑が腹神と為りしかもまた空に落ちるのこの幾層に在る。

郭御青曰:餘為凌九弟占生產據常法,干上不比,三傳俱陰,似女。豈知太陽照宅,上乘六合,小兒之象。又干上卯,初傳丑夾月將於中,下臨本辰。丑為腹神,空,速產之象。若非本日必戊日。何也?天上丙寄申,下臨戊戌,丙火生戌土,乃真父子相見,果於本日丙辰戊戌時生男。

郭御青が言うには:我は凌九弟のために生産を代って占うに、通常の法則に照らして看れば、日干の上神は日干と相比和せず、三伝はまたみな陰支なので、女を生ずるに似る。どこに思い及ばんや月将の太陽がまさに宅の上に照し、宅の上の寅は還って六合を乘じ、六合はまさに小兒の象。さらに日干の上は卯・初伝は丑を看れば、月将の寅を當中に夾み、しかも寅の下にまた本日の日支の辰に臨む。丑は腹神で、偏偏旬空に落ちるは、まさに生産せんとするの象。もし本日に生まざれば、必ず戊日に生ず。何故。天盤の上に丙は申に寄り、申の下に戊戌に臨み、丙火は戌土を生ずるは、まさに父子が真個に相見る。その後果たして本日の丙辰の戊戌時に男孩を生んだ。

丙辰日・某丁亥生の人が生産を占う

某丁亥生占生產七月丙辰日午將午時。

某位の丁亥年生まれの人が來りて生産を占う。時間は七月の丙辰日、「午」(勝光)を以て月将と為し、「午」時の上に加えて課を起こす。月将と占時は同位なので、得たるは伏吟課である。

空虎常玄 巳午未申 龍龍空空 兄 丁巳 空 龍辰 酉陰 辰辰巳巳 財 庚申 玄 勾卯 戌后 辰辰巳丙 父 甲寅 合 寅丑子亥 合朱蛇貴

展平したる課體の圖。天盤の十二支は各々本位に歸するは、「伏吟」の課。外圈は十二支の乗ずる所の天将:巳は天空を乗せ、午は白虎を乗せ、未は太常を乗せ、申は玄武を乗せ、酉は太陰を乗せ、戌は天后を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は螣蛇を乗せ、丑は朱雀を乗せ、寅は六合を乗せ、卯は勾陳を乗せ、辰は青竜を乗せる――午時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将は順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に巳を見、巳は天空を乗せる。第二課、巳の上は依然として巳。第三課、日支の辰の上に辰を見、辰は青竜を乗せる。第四課、辰の上は依然として辰。三伝:初伝の丁巳は兄弟爻と為り、天空を乗せる。中伝の庚申は妻財爻と為り、玄武を乗せる。末伝の甲寅は父母爻と為り、六合を乗せる。この課の課體は前面の順治戊子八月の丙辰日の辰時のあの一課と完全に相同じで、互いに參看し可べし。

邵彥和曰:產必生男了,母無事。丙以巳為日德,又秋令以辰為天喜作青龍,各加干支,故也。中傳申為支之長生,末傳寅為干之長生,是厚德載物矣,故母子無事。

邵彦和が言うには:この胎は必ず男を生じ、母親たるもまた平安無事。丙は巳を以て日徳と為し、秋令はまた辰を以て天喜と為して青竜を乘ずる。これ兩位はまさに分かれて日干と日支の上に加臨するので、此の断あり。中伝の申は日支の辰の長生の地で、末伝の寅は日干の丙の長生の地で、まさに厚徳の物を載する氣象なので、母子ともに恙なし。

丙辰日・伊伯一秀才が家宅を占う(一針見血)

己酉年九月丙辰日奪卯時伊伯一秀才壬申生三十八歲占家宅。 一針見血

己酉年九月の丙辰日、奪う所の卯時を取りて課を起こす。占を求むる人は伊家の伯一秀才で、壬申年生まれ、この年三十八歳、自家の宅子を占問した。この案は『一針見血』から出る。

龍勾合朱 午未申酉 龍空勾龍 鬼 癸亥 貴 空巳 戌蛇 午巳未午 兄 戊午 龍 虎辰 亥貴 巳辰午丙 兄 戊午 龍 卯寅丑子 常玄陰后

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:午は青竜を乗せ、未は勾陳を乗せ、申は六合を乗せ、酉は朱雀を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は天后を乗せ、丑は太陰を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太常を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は天空を乗せる――卯時は昼に属し、丙日は昼貴を用い、貴人は亥の上に落ち、天将はこれにより逆行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に午を見、午は青竜を乗せる。第二課、午の上に未を見、未は勾陳を乗せる。第三課、日支の辰の上に巳を見、巳は天空を乗せる。第四課、巳の上に午を見、午は青竜を乗せる。第一課と第四課は重出し、四課はただ三課を成ずるのみで、「別責」の課である。陽日は日干の合神(丙は辛に合い、辛は戌に寄る)の上神の亥を取りて發用とし、中末の兩伝はともに日干の上神の午を用う。三伝:初伝の癸亥は官鬼爻と為り、貴人を乗せる。中伝・末伝はともに戊午で、兄弟爻と為り、青竜を乗せる。

邵彥和曰:此課別責昴星,自亥至午,午至亥皆是老陰、少陰並不行陽道。喜得今年來年行年尚陽位,後年災生必有殃咎。將後老陰長壽,少陰可保,難為六十以下三十以上人。日上午上陽刃,午與未合又臨午上,眷屬亦難保。除是外者,可以居此。中年男女皆難保,除是更改,卻不見如此也。

邵彦和が言うには:この課は別責で(原文は兼ねて「昴星」の名を擧ぐ)、亥より午に數えて、再び午より亥に數えるは、走るは全く老陰・少陰の位置で、一点も陽道を行かざる。所幸は今年・明年に彼の行年はなお陽位の上に在り、後年に至って災禍が一たび起れば、必ず殃咎あるべし。往後に家中の老陰の人は長壽し得、少陰の人もまた保ち得、最も保ち難きは六十歳以下・三十歳以上の人。日干の上の午は陽刃で、午はまた未と相合して午の上に臨むは、眷属もまた保全し難し。外姓の人たるに非ざれば、やっとこの宅子に住む可し。中年の男女はみな保ち難く、居處を改換するに非ざれば、やっとこの地步に落ちず。

壬子年一秀才,弟兄三人,有祖母及母在堂,父五十一歲,已喪,遂驚懼而移居。丙辰年,伯一秀才之妻又死,丁巳年方盡行遷移,祖母方死。先生謂三十以上,六十以下難保,果如是也。課中只有亥為老陰,午為少陰,惟老少可存,若中年人皆不上,課盡為昴星,虎視所食,自移居後卻有外嫁姊妹來居此屋無事。

後來の應驗は:壬子年に、この家の秀才は弟兄三人で、祖母と母親はみな堂に在り、父親は五十一歳の上にすでに過世し、一家人はこれにより驚懼して家を搬した。丙辰年に、伯一秀才の妻子はまた死した。丁巳年に至ってやっと全部を遷り終え、祖母はこの時にやっと去世した。邵先生が三十以上・六十以下の人は保ち難しと説くは、果たして此の如し。課の中にただ亥が老陰で午が少陰なので、ただ老者・少者のみ能く存す。中年人に至っては、課の上に一處も照應するに到らざる。全課は昴星の象で、白虎が吞食せんとする獵物を盯住するが如し。搬り去って以來、却ってすでに出た姉妹がありて來りてこの屋子に住み、平安無事。

丙辰日・邵彦和が自ら動靜を占う(方本占案・口鑑)

戊申年十月丙辰日卯將子時自占動靜。本命乙巳年十月十八是亥時生,六十四歲。 方本占案、口鑑

戊申年十月の丙辰日、「卯」(太冲)を以て月将と為し、「子」時の上に加えて課を起こすは、邵彦和が自ら己が動靜を占う――走るべきか留るべきか。彼の本命は乙巳年十月十八日の亥時生まれで、この年六十四歳。この案は方本『占案』と『口鑑』に見ゆ。

朱蛇 六申酉戌亥貴 陳未 子后 蛇陳貴六 財 庚申 六 龍午 丑陰 戌未亥申 官 癸亥 貴 空巳辰卯寅玄 未辰申丙 父 甲寅 玄 虎常

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:申は六合を乗せ、酉は朱雀を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は天后を乗せ、丑は太陰を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太常を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は天空を乗せ、午は青竜を乗せ、未は勾陳を乗せる――貴人は亥の上に落ちるは、則ち丙日の昼貴で、天将はこれにより逆行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に申を見、申は六合を乗せる。第二課、申の上に亥を見、亥は貴人を乗せる。第三課、日支の辰の上に未を見、未は勾陳を乗せる。第四課、未の上に戌を見、戌は螣蛇を乗せる。三伝:初伝の庚申は妻財爻と為り、六合を乗せる。中伝の癸亥は官鬼爻と為り、貴人を乗せる。末伝の甲寅は父母爻と為り、玄武を乗せる。申・亥・寅の三位にさらに日干の寄宮の巳を連ねれば、恰も一圈の互いに長生と為るを成す(金は巳に長生し、水は申に長生し、木は亥に長生し、火は寅に長生す)。下文の断語はまさにこの一層より説き起る。

邵彥和曰:我自占動靜,今申生於巳,亥生於申,寅生於亥,巳生於寅,宅上又是勾陳入廟,至辛亥年十月方得身動。日往當往東北,近二百里。又轉西北晚處,終於東北之上,年六十九矣。果辛亥十月十七辛巳起行,過婺州,自鄉里行一百八十里,壬子年過嚴州,自鄉中從東北過西北,癸丑又到婺州,終於衙中。

邵彦和が言うには:我は自ら己が動靜を占う。今金は巳に長生し、水は申に長生し、木は亥に長生し、火は寅に長生し、申・亥・寅と日干の寄宮の巳とが首尾相生して、轉じて一圈を成す。宅の上はまた勾陳が廟に入り、牢牢として守るので、辛亥年十月に至ってやっと身を動かし得。身を動かした後は当に東北に往くべく、將近に二百里。再び西北に轉じ、暮年に腳を落し、最後は依然として東北方向に終老す。その年六十九歳。その後果たして:辛亥年十月十七の辛巳日に程を起ち、婺州を路過し、家郷より一百八十里を走る。壬子年に嚴州を過ぎ、東北より西北に轉じて往く。癸丑年にまた婺州に到り、最後は衙署の中に死した。

蓋丙以申為妻,巳與申合,又作六合,更未作勾陳,在本家所以戀家,卒難脫解。至辛亥年巳亥相沖,而寅申又沖,十月又是亥月,三個亥沖巳,又寅馬加亥,得沖而動,所以能行動於東北者,乃寅馬合亥,雖脫得沖則行也。癸丑死者,老人五行投生方也。一曰,未加辰宅,辰加丑上,辰為歲之墓也。直指引右鑑云:將為將為身,時為命。卯將子時乃卯六子九之數。

その故を細説すれば:丙は申を以て妻財と為し、巳と申は相合し、申の上にまた六合を乘じ、さらに未が勾陳を乘じて本家に守るを加うれば、彼は家に戀して、終竟身を脫し難し。辛亥年に至れば、巳と亥は相冲し、寅と申は相冲し、十月はまたまさに亥月で、三個の亥が來りて巳を冲し、寅の上の驛馬はまた亥の上に加わり、冲激を得てこれをもってやっと身を動かす。先ず東北に走る所以は、因りて寅馬が亥と相合するがため、身を脫せんと欲するも、冲を得れば便ち行く。癸丑年に死すると説くは、老人の五行が方位に投生するの緣故。もう一説:未は日支の辰のこの宅位の上に加わり、辰はまた丑の上に加わり、辰は太歳の墓庫なり。『六壬直指』が『右鑑』を引いて説く:月将は身と為り、占時は命と為る。卯将を子時に加うれば、則ち卯の數は六、子の數は九で、合成して六十九と為り、まさに彼の終年の歳數に應ず。

愚按:邵公占動靜何故斷及六十九而終?老人五行投生方之句殊屬不祥,古鑑之言更無謂之極矣。辰為歲墓加丑亦似是而非。總之,是後人推測之語勉強附會也。

程樹勳が按ずるに:邵彦和の占う所はもと動と靜なのに、どうして六十九歳に終老するに断じ到るか。「老人の五行が方に投生す」の一句は甚だ不吉利なり。『古鑑』の講ずる所はさらに毫も道理なきの極み。「辰は太歳の墓にして丑の上に加わる」に至っても、また是に似て非なる。總じて言えば、これらはみな後人の推測の詞で、勉强して附會し上げたる。

丙辰日・萊陽の遲公が京に在りて偶々占う(指南)

崇正辛未年四月丙辰日酉將午時萊陽遲公在京考選相會時偶占。 指南

崇正(即ち崇禎、本書は避諱して改稱す)辛未年四月の丙辰日、「酉」(從魁)を以て月将と為し、「午」時の上に加えて課を起こす。山東萊陽の遲公は京城に在りて考選を等候し、人と相會する時に手を隨って起したる一課。この案は『六壬指南』から出る。

朱蛇 六申酉戌亥貴 陳未 子后 蛇陳貴六 財 庚申 六 龍午 丑陰 戌未亥申 官 癸亥 貴 空巳辰卯寅玄 未辰申丙 父 甲寅 玄 虎常

刻する所の課體は前の一案と完全に相同じ――酉将を午時に加うるは、卯将を子時に加うるに推し出すは同一個の天地盤である。外圈:申は六合を乗せ、酉は朱雀を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は天后を乗せ、丑は太陰を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太常を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は天空を乗せ、午は青竜を乗せ、未は勾陳を乗せる。四課は右より左へ:日干の丙の上に申を見、申は六合を乗せる。申の上に亥を見、亥は貴人を乗せる。日支の辰の上に未を見、未は勾陳を乗せる。未の上に戌を見、戌は螣蛇を乗せる。三伝:初伝の庚申の妻財爻は六合を乘せ、中伝の癸亥の官鬼爻は貴人を乘せ、末伝の甲寅の父母爻は玄武を乘せる。財・官・驛馬が依次に伝に入る(申は財と為り、亥は官と為り、寅は丙日の驛馬)は、まさに下文の断語の立足する處である。

陳公獻曰:傳將財官驛馬(初傳申財,中傳亥官,末傳寅馬),城吏遞互相生,大吉。芝翁曰:曰:此公已攖重戮,付刑部獄,生全即出望外,矧敢非乎?曰:月德發傳,中傳貴絕,末見長生,此為絕處逢生,支上皇恩化戌,斗罡居命,指日出獄,難免謫戍,然後來仕途顯遠。思宗因旱祈雨,壬戌日赦文武大臣七人,此公在赦內。後知為張逢玄先生也。十二年後,果歷仕途顯要,今為少冢宰,尋轉大司空。

陳公献が言うには:三伝の帯ぶる所はまさに財・官・驛馬(初伝の申は財と為り、中伝の亥は官と為り、末伝の寅は驛馬)で、城神と吏神はまた遞相に化生す。これは大吉の課である。芝翁が言うには:この位はすでに身が重罪を犯し、刑部の大獄の裏に關えられ、性命を保ち得るはすでに人の意外を出る。どうしてなお敢えてほかを指望せん。陳公献が答えるには:月徳は初伝に於いて發用し、中伝の貴人は雖も絶地に臨むも、末伝に却って長生を見るは、これを絶處に生に逢うと叫ぶ。日支の上に皇恩の神が戌位に化入し、斗罡はまた本命に居る。日を経ざれば便ち獄を出る可し。ただ謫戍して邊地に往くを免かれ難きのみ。此の後の仕途は反って顯達高遠。その後思宗(崇禎帝)は大旱により雨を祈り、壬戌日に文武の大臣七人を赦免し、この位はまさに赦免の列に在った。事後にやっと彼が則ち張逢玄先生なるを知った。十二年の後、彼は果たして顯要を歷任し、今吏部侍郎(少冢宰)に至るまで做り、久しからずしてまた工部尚書(大司空)に轉任した。

丙辰日・江永の蘭翁が風潮を占う(牧夫占験)

乾隆辛巳年七月丙辰日午將卯時江永蘭翁有鹽在場因連日風大恐有風潮托占之。 牧夫占驗

乾隆辛巳年七月の丙辰日、「午」(勝光)を以て月将と為し、「卯」時の上に加えて課を起こす。江永の蘭翁は一批の鹽を鹽場の上に堆み、連日の大の大風により、風潮が起こって鹽を冲すを怕れ、人に託して來りて占わしめた。この案は『牧夫占験』から出る。

朱蛇 六申酉戌亥貴 陳未 子后 蛇陳貴六 財 庚申 六 龍午 丑陰 戌未亥申 官 癸亥 貴 空巳辰卯寅玄 未辰申丙 父 甲寅 玄 虎常

刻する所の課體は前の兩案と相同じ――午将を卯時に加うるに、天盤は依然として地盤より三位を進んだ。外圈:申は六合を乗せ、酉は朱雀を乗せ、戌は螣蛇を乗せ、亥は貴人を乗せ、子は天后を乗せ、丑は太陰を乗せ、寅は玄武を乗せ、卯は太常を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は天空を乗せ、午は青竜を乗せ、未は勾陳を乗せる。四課は右より左へ:日干の丙の上に申を見て六合を乘せ、申の上に亥を見て貴人を乘せ、日支の辰の上に未を見て勾陳を乘せ、未の上に戌を見て螣蛇を乘せる。三伝:初伝の庚申の妻財爻は六合を乘せ、中伝の癸亥の官鬼爻は貴人を乘せ、末伝の甲寅の父母爻は玄武を乘せる。風潮を占うに看る所は、日支の辰・上神の未・再上の戌の一路の純土が能く水を制し、亥は海水と為りしかも上に寅木を乘じてそれと相合し、および丑と戌が相刑してまたみな旬空に落ちるのこの幾處である。

王牧夫曰:海潮無礙,惟淮徐之地,恐有沖決。蓋支辰純土能制四維之水,三傳遞生箕星雖克支,支上未乃木墓,又土多不易剋制,故主漲潮無患也。亥為海水,上乘寅木作合,尚有和氣,亦不至是。淮徐之地恐有沖決者,傳生風伯,又是閉口,主風大傷人。丑戌相刑,又逢旬空,此處空虛,故風得搖盪。丑戌者,徐揚之分野也。次日,邵伯鎮倒口,果驗。

王牧夫が言うには:海潮は事を礙げず、ただ淮・徐の一帯に、恐らく堤防を冲決するの事あらん。緣故は:日支の辰は一色の土で、能く四維の水を制住す。三伝は雖も遞相に化生して風を主る箕星を生起し、箕星がまた來りて日支を克すも、しかも日支の上の未は木の墓庫で、土氣はまた多きを以て、容易に克動せられざる。ゆえに潮の漲るに患なし。亥は海水で、その上に寅木を乘じてそれと相合す。なお一團の和氣ありて、また災を成すに至らざる。淮・徐の一帯に冲決あるを恐ると説くは、因りて三伝が風伯の神を生起し、また閉口に逢い、大風が人を傷することを主る。丑と戌は相刑して、兩位はまたみな旬空に落ち、あの一帯はまさに空虚の處に當り、風は便ちそこに於いて搖蕩を得。丑・戌の兩位は、まさに徐州・揚州の分野。その後邵伯鎮は果たして口を決し、應驗した。

丙辰日・祝泌が旨を奉じて再び占う(一針見血)

淳祐七年八月初一丙辰日奉旨再占前月十二戊戌日事具奏,巳將子時。 一針見血

宋理宗淳祐七年八月初一日、丙辰日、祝泌は皇帝の旨意を奉じ、上月十二日の戊戌のあの天に占った事を就きて再び一たび占い、しかも本を具して上奏した。「巳」(太乙)を以て月将と為し、「子」時の上に加えて課を起こす。この案は『一針見血』から出る。

蛇朱合勾 戌亥子丑 龍貴空蛇 父 甲寅 龍 貴酉 寅龍 寅酉卯戌 子 己未 陰 后申 卯空 酉辰戌丙 鬼 ◎子 合 未午巳辰 陰玄常虎

展平したる課體の圖。外圈は十二支の乗ずる所の天将:戌は螣蛇を乗せ、亥は朱雀を乗せ、子は六合を乗せ、丑は勾陳を乗せ、寅は青竜を乗せ、卯は天空を乗せ、辰は白虎を乗せ、巳は太常を乗せ、午は玄武を乗せ、未は太陰を乗せ、申は天后を乗せ、酉は貴人を乗せる――子時は夜に属し、丙日は夜貴を用い、貴人は酉の上に落ち、天将はこれにより順行して排布す。四課は右より左へ:第一課、日干の丙(寄宮は巳に在る)の上に戌を見、戌は螣蛇を乗せる。第二課、戌の上に卯を見、卯は天空を乗せる。第三課、日支の辰の上に酉を見、酉は貴人を乗せる。第四課、酉の上に寅を見、寅は青竜を乗せる。三伝:初伝の甲寅は父母爻と為り、青竜を乗せる。中伝の己未は子孫爻と為り、太陰を乗せる。末伝の子は官鬼爻と為り、六合を乗せ、「◎」は子が甲寅旬の中にまさに旬空に落ちるを表示す。子はまさに丙日の胎神で、六合はまた小兒を主る。これは下文が「國本胚胎」と断ずるの根據である。

祝泌奏曰:子為今日六丙之胎,六合主小兒為陽生之胎,此在行年之上,若不入課猶未為奇,今在末傳,此課之收藏也,主國本胚胎。況發用青龍主喜慶,尋常寅加酉亦有喜事,又值月建之位仰,惟陛下親自卜筮,其課得此是誠為宗社之福。

祝泌が上奏して言うには:子は今日の丙火の胎神で、六合はまた小兒を主る。まさに陽氣の初生する胎なり。この一位はまた行年の上に落ちる。それはもし四課三伝に入らざれば、なお奇と算するに足らざる。今偏に末伝に落ち、末伝は一課の收藏歸結する地方で、國家の根本がまさに孕育の中に在るを主る。何况發用の一位は青竜を乘じ、喜慶を主る。平常に寅が酉の上に加わるもまた喜事あるを主る。この一位はまたまさに月建の臨む所の處に當る。ただ願わくは陛下が自ら卜問して、このような一課を得んことを。實に宗廟社稷の福分なり。

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