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甲戌日・三月に某秀才が省試の得失を占う

清 · 程树勋 · 第8巻 / 50

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

三月甲戌日酉將卯時某秀才占省試回家望得失之信。方本占案

三月の甲戌日、「酉」を以て月将とし、占時は卯にあり、某位の秀才が省試に参加して後家に帰り、榜上の得失の消息を占問した。この例は『方本占案』から採った。

朱蛇貴后  亥子丑寅 合玄后青 兄 戊寅 后 ⊙ 合戌 卯陰 戌辰寅申 官  申 青 ◎ 勾酉 辰玄 辰戌申甲 兄 戊寅 后 ⊙  申未午巳  青空虎常

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。酉将を卯時に加え、天盤は地盤よりちょうど六位錯開す——「返吟」の課である。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「亥」「子」「丑」「寅」で、朱雀・螣蛇・天乙貴人・天后に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「申」「未」「午」「巳」で、青竜・天空・白虎・太常に乗る。地盤辰上の天盤「戌」は六合に乗り、地盤卯上の天盤「酉」は勾陳に乗り、地盤酉上の天盤「卯」は太陰に乗り、地盤戌上の天盤「辰」は玄武に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲(寄宮は寅)の上に「申」を見、青竜に乗る。第二課、申上に「寅」を見、天后に乗る。第三課、日支戌上に「辰」を見、玄武に乗る。第四課、辰上に「戌」を見、六合に乗る。第二課は申金が上神の寅木を克し、下が上を賊る——故に重審課に按って「寅」を取って初伝と為し、往復して再び取り、三伝を寅・申・寅と作す:初伝と末伝はともに兄弟の戊寅で天后に乗り、中伝は官鬼「申」で青竜に乗る——申はちょうど旬空に当る。

邵彥和曰:占求官、望文字,榜即至矣,恐在四十九名中式耳。果當日報至,中四十九名。蓋課傳俱馬,又乘青龍,作官星,祿又得後,故主得官。天罡加支,望事立至,用事嚴緊,故速來。吳稼云曰:三傳俱空,何以竟置之不問。愚按:三月辰建,辰土生申,又三課四課俱能生申,故雖空而亦中也,然三傳空亡,恐居官不久耳。

邵彦和が言う:官を求め榜文を盼ぐを占えば、榜は間もなく到る。ただ名次が第四十九名の上に落ちることを恐る。結果、当日に喜報が送達し、果たして第四十九名に中った。これは四課と三伝に皆駅馬「申」を見、申はまた青竜に乗り官星を作し、日禄はまた天后の照応を得——ゆえに官を得るを主す。「天罡」(辰)が日支に加臨するは、盼ぐ事が直ちに到るを主る。用事の神が緊凑厳密——ゆえに来るが速い。呉稼雲が言う:三伝は皆空亡に落ちるのに、どうして竟に擱して問わない。程樹勳按:三月の月建は辰で、辰土は申金を生じ得、第三課・第四課もまた皆申を生じ得——ゆえに申は空亡に落ちながら依然として中り得る。ただ三伝が空亡——官を為すこと久しくないことを恐れるのみ。

甲戌日・二月に走失の人を占う

二月甲戌日亥將卯時占失人。直指

二月の甲戌日、「亥」を以て月将とし、占時は卯にあり、走失した人を占問した。この例は『六壬直指』から採った。

貴后陰玄  丑寅卯辰 后虎虎合 財 甲戌 合 蛇子 巳常 寅午午戌 子 壬午 虎 朱亥 午虎 午戌戌甲 兄 戊寅 后  戌酉申未  合勾龍空

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。亥将を卯時に加え、天盤は地盤より四位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「丑」「寅」「卯」「辰」で、天乙貴人・天后・太陰・玄武に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「戌」「酉」「申」「未」で、六合・勾陳・青竜・天空に乗る。地盤辰上の天盤「子」は螣蛇に乗り、地盤卯上の天盤「亥」は朱雀に乗り、地盤酉上の天盤「巳」は太常に乗り、地盤戌上の天盤「午」は白虎に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲(寄宮は寅)の上に「戌」を見、六合に乗る。第二課、戌上に「午」を見、白虎に乗る。第三課、日支戌上に「午」を見、白虎に乗る。第四課、午上に「寅」を見、天后に乗る。第一課は甲木が上神の戌土を克し、下が上を賊る——故に「戌」を取って初伝と為し、順次に三伝戌・午・寅を得:初伝は妻財の甲戌で六合に乗り、中伝は子孫の壬午で白虎に乗り、末伝は兄弟の戊寅で天后に乗る。

邵曰:支戌刑未,未臨於亥,當於西北亥言尋獲。未八亥四,四八三十二里。亥為水,亦為樓臺,未為酒食,藏於近水酒館中。案驗。愚按:此斷不用課傳,與邵公之斷法不類,然載於直指,姑錄之以備致。

邵公が言う:日支「戌」は「未」を刑し、未はまた「亥」の上に臨む——西北方の亥位の一帯に行って尋ねるべし。未の数は八、亥の数は四——四八相乗じて三十二、すなわち三十二里。亥は水に属し、また楼台を象す。未は酒食を主る——すれば人は水に靠る酒館の裡に蔵れている。この案は後に驗証して属実であった。程樹勳按:この一段の断語は課体三伝を用いず、邵公の一貫の断法に似ない。ただそれが『六壬直指』に載るので、姑く録して参考に備える。

甲戌日・戊戌年八月に来意を占う(訟事の徒を擬す)

戊戌年八月甲戌日辰將未時占來意。一字玉連環

戊戌年八月の甲戌日、「辰」を以て月将とし、占時は未にあり、来た人の用意を占問した。この例は『一字玉連環』から採った。

龍勾合朱  寅卯辰巳 合貴后常 官  申 后 ◎ 空丑 午蛇 辰未申亥 子 辛巳 朱 ⊙ 虎子 未貴 未戌亥甲 兄 戊寅 龍  亥戌酉申  常玄陰后

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。辰将を未時に加え、天盤は地盤より三位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「寅」「卯」「辰」「巳」で、青竜・勾陳・六合・朱雀に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「亥」「戌」「酉」「申」で、太常・玄武・太陰・天后に乗る。地盤辰上の天盤「丑」は天空に乗り、地盤卯上の天盤「子」は白虎に乗り、地盤酉上の天盤「午」は螣蛇に乗り、地盤戌上の天盤「未」は天乙貴人に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干甲(寄宮は寅)の上に「亥」を見、太常に乗る。第二課、亥上に「申」を見、天后に乗る。第三課、日支戌上に「未」を見、天乙貴人に乗る。第四課、未上に「辰」を見、六合に乗る。右側の三伝:初伝「申」は六親が官鬼で旬空に落ち、天后に乗る。中伝「巳」は六親が子孫、遁干は辛巳、朱雀に乗る。末伝「寅」は六親が兄弟、遁干は戊寅、青竜に乗る。

徐次賓曰:來意主七月中勸和公事到官,以所得財盡數搜檢,法擬斷徒罪。申上,至來年正月文字來,只得杖罪,以寄居作日月相折,無事而出。

徐次賓が言う:来た人の用意は、七月の裡に一桩のもと私に調解せんと欲した公事が官府に閙いで、彼の得た銭財を全部査抄され、法に按じて徒刑を擬判されたことである。案が上級に申報された後、来年の正月に批文が下りて、ただ杖刑を判し、また彼を羈押寄居した日を刑期に折抵し、最後に事なく釈放された。

何以知七月公事勸和到官,蓋法用傳送,為七月建,以正時為日干財,上得六合,又為日貴,又主勸和公事到官。以所取財數檢法定徒罪,而申上者何也,蓋時為日干之財,並日貴,又發用申為日鬼,上帶白虎,又為日刑;中傳太乙上得勾陳,與日為刑害;末傳得螣蛇。此課始末俱凶,主重刑,而只言擬定徒罪者,蓋值事門得天空,又發用空亡,中傳臨空亡故也。而不言解散而言擬定申上者,蓋時猶未解也,緣白虎乘秋正旺而又為刑害,故言擬定徒罪也。

どうして七月の裡に公事がもと調解しようと欲したのに官府に閙いだと知ったか。課法は「伝送」(申の別名)を取る——申はちょうど七月の月建。占時は日干の財爻で、その上にまた六合に乗り、また日の貴神——ゆえにもと私和せんと欲した公事が終に官府に入ったを主す。財物を査抄し、法に依って徒刑を擬定し、さらに上級に申報すると言うに至っては、これはどう見出したか。占時はすでに日干の財で、また日貴と併し、しかも発用の「申」は日干の官鬼で、上に白虎を帶び、また日干の刑神。中伝「太乙」(巳の別名)の上は勾陳に乗り、日干と刑害を構成す。末伝はまた螣蛇を得。――この一課は自始自終皆凶で、本は重刑を主る。ただ徒を擬判すると言う所以は、値事の門が天空を得、発用はまた空亡に落ち、中伝もまた空亡に臨む故である。當場に了結すると言わず、罪を擬して上級に申報すると言う所以は、その時案がまだ化解せざるからである。白虎は秋令に乗りてちょうど旺相に当り、また刑害を構成す——ゆえに徒を擬判すと言う。

何知至正月文字來,只得杖罪,以寄居作日月相折無爭事而出者。蓋七月白虎鬼旺,至十二月支干並無制白虎者,至來年己亥歲正月建丙寅能制虎,且白虎傳送金至寅而絕,又為旺火所制,又太乙螣蛇二火至此俱旺,共為救神,又初中申巳俱空亡,故知正月無事得出也。

またどうして正月に批文が下りて、ただ杖刑を判し、さらに羈押した日月を取って刑期に折抵し、事なく出獄すると知ったか。七月の裡は白虎官鬼がちょうど旺で、十二月に至るまで、日干日支ともに白虎を制する力がない。来年己亥年の正月に至れば、月建は丙寅——寅木は便ち白虎を制し得る。いわんや白虎の乗ずる「伝送」(申)は金に属し、金は寅位に至れば気を絶し、また当旺の火に克制される。「太乙」(巳)と螣蛇のこの二重の火気はここに至って皆当旺で、一同に救神を充当する。加うるに初伝「申」・中伝「巳」がともに空亡に落ちる——ゆえに正月の裡に平安無事に出来ると断じた。

甲戌日・癸酉年に辛卯命の人が流年を占う

癸酉年正月甲戌日亥將寅時辛卯命人四十三歲占流年。牧夫占驗

癸酉年正月の甲戌日、「亥」を以て月将とし、占時は寅にあり、一位の辛卯年生まれ・四十三歳の人が一年の流年運勢を占問した。この例は『牧夫占験』から採った。

龍勾合朱  寅卯辰巳 合貴后常 官  申 后 ◎ 空丑 午蛇 辰未申亥 子 辛巳 朱 ⊙ 虎子 未貴 未戌亥甲 兄 戊寅 龍  亥戌酉申  常玄陰后

課盤を平らに展開して行を成せば上の通りで、前の一例と同じ:亥将を寅時に加え、天盤も同じく地盤より三位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は「寅」「卯」「辰」「巳」で、青竜・勾陳・六合・朱雀に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は「亥」「戌」「酉」「申」で、太常・玄武・太陰・天后に乗る。地盤辰上「丑」は天空に乗り、地盤卯上「子」は白虎に乗り、地盤酉上「午」は螣蛇に乗り、地盤戌上「未」は天乙貴人に乗る。四課は右から左へ:日干甲(寄宮は寅)の上に「亥」を見て太常に乗り、亥上に「申」を見て天后に乗り、日支戌上に「未」を見て天乙貴人に乗り、未上に「辰」を見て六合に乗る。三伝は官鬼「申」が空に落ちて天后に乗り、子孫「巳」(辛巳)が朱雀に乗り、兄弟「寅」(戊寅)が青竜に乗る。

王牧夫曰:此數宜出外不利家居,宅多蔽塞,不利妻妾,多主喪亡也。蓋干人支宅,干動支靜,干男支女,干外支內,此兩儀之定體也。今年乘旺而衰否,是人吉宅凶,利動不利靜,宜男不宜女,宜外不宜內,故曰宜出外不利家居也。且馬乘天后相生,動之順者也;干見太陽長生,末見青龍德祿,由動得吉者如此。

王牧夫が言う:この命数は出外するに宜しく、家に守るに宜しくない。宅第は多く閉塞不通の処あり、妻妾に対して利ならず、多く喪亡の事あるを主す。日干は人を代表し日支は宅を代表す——日干は動を主り日支は静を主り、日干は男に属し日支は女に属し、日干は外を主り日支は内を主る。これは両儀の各々定位ある通則である。いま行年は旺気に乗るが宅位は衰败閉塞――人は吉にして宅は凶、走動に利ありて安居に利なし、男に宜しくて女に宜しからず、外に宜しくて内に宜しからず――ゆえに出外に宜しく家居に利ならずと言う。いわんや駅馬は天后に乗りて彼此相生するは、発動して順遂の象。日干上に太陽が長生の位に落ちるを見、末伝にまた青竜が徳神と禄神を帶びるを見る——走動によって吉を得るはすなわちこの理である。

宅逢純土,未貴墓干,又朱戌為閉口,妻位當之,卑幼之位當之,豈不兆喪亡者乎。況年命俱逢刑,久戀於家必受其害。後出外果清吉,家中妻死子亡,口舌頻頻,妾自縊,家破人宅分離,其驗如此。愚按:未貴墓干,未戌為閉口,何致如此之凶,蓋干支全逢喪吊,而三四課純土克盡干上亥水長生也。

宅位の上に碰するは全て土で、「未」は天乙貴人に乗り、未はちょうど甲木の墓庫。朱雀はまた「戌」と相配して「閉口」の象を成す。しかもこれらは偏偏妻室の位に落ち、また子女卑幼の位の上に落ちる――これ岂に喪亡の先兆ならざらんや。いわんや行年と本命は皆刑に逢う――久しく家に恋すれば必ずその害を受ける。その後彼は出外し、果たして平安清吉であったが、家の裡は妻子が死に、兒子もまた死に、口舌是非が絶えず、小妾は縊りて自ら尽き、家破人散――人と宅とが両々分離した。応験この地步に至る。程樹勳按:単に「未」が貴人に乗りて甲木の墓を為し、未と戌とが閉口を成すのみで、どうして凶がこの地步に至るか。それは日干日支の上に喪門・弔客が倶に備わり、しかも第三課・第四課が純に土気で、日干上の「亥」水という長生の源を克し尽くして乾淨としたからである。

乙亥日

乙亥日に行人を望むを占う(『郭本占案』)

戊寅年七月乙亥日午將戌時占望行人。郭本占案

戊寅年七月の乙亥日、「午」を以て月将とし、占時は戌にあり、門を出て外に在る人が幾時か帰り得るかを占問した。この例は『郭本占案』から採った。

龍空虎常  丑寅卯辰 虎后貴勾 財 癸未 后 勾子  巳玄 卯未申子 兄 己卯 虎 合亥  午陰 未亥子乙 父 乙亥 合  戌酉申未  朱蛇貴後

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。冒頭の「龍空虎常」は干支ではなく、青竜・天空・白虎・太常の四位の天将を連排したもので、配するはまさに次の一行の丑・寅・卯・辰である。午将を戌時に加え、天盤は地盤より四位退する:地盤巳・午・未・申上に順に天盤の丑・寅・卯・辰があり、それぞれ青竜・天空・白虎・太常に乗る。地盤寅・丑・子・亥上に順に天盤の戌・酉・申・未があり、それぞれ朱雀・螣蛇・天乙貴人・天后に乗る。地盤辰上は「子」で勾陳に乗り、地盤卯上は「亥」で六合に乗り、地盤酉上は「巳」で玄武に乗り、地盤戌上は「午」で太陰に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「子」を見て勾陳に乗る。第二課、子上に「申」を見て天乙貴人に乗る。第三課、日支亥上に「未」を見て天后に乗る。第四課、未上に「卯」を見て白虎に乗る。第三課は未土が亥水を克し、第四課は卯木が未土を克す――両重の上が下を克して陰陽もまた皆日干と同じ。比用は決し得ず、そこで渉害の深浅に按って「未」を取りて発用す。右側の三伝:初伝「未」は妻財、遁干は癸未、天后に乗る。中伝「卯」は兄弟、遁干は己卯、白虎に乗る。末伝「亥」は父母、遁干は乙亥、六合に乗る。亥・卯・未は三合法して木局を成す。

郭御青曰:占行人,驛馬類神不入傳課極難琢磨,墓從宅上發用宅上發用,當於此日起身,奴僕青天空乘寅臨午,又千里看太歲所臨,當於壬午日至或者癸未日,乃發用墓神上乘太沖白虎,只此二日可望。果於壬午日離府四十里為雨阻,癸未日至,為雨阻者,涉害故也,果是乙亥日動身。

郭御青が言う:外に在る人の帰期を占問するに、駅馬という一類神は三伝に入らず――このような課は本来極めて捉摸し難い。幸い乙木の墓神「未」は日支亥、すなわち「宅」の位置から発用した(原文は「宅上発用」の四字を重出す)。これに拠りてあの人がちょうど占卜のこの日に動身すべきを断じ得る。奴僕の類神は天空で、天空は「寅」に乗りて地盤の午位に臨む(「奴僕青天空」の「青」の字は疑わしく衍文)。千里の遠行を問うには、さらに太歳がどの宮に落ちるかを見ねばならない――戊寅年の太歳はちょうど寅で、またちょうど午の上に臨む。ゆえに彼は壬午日に到達すべき、あるいは癸未日に延ずべきと断じた:発用の墓神「未」のその地盤の上に「太冲」(卯)と白虎が乗るため、この両日のみ指望し得る。結果、あの人は壬午日に府城を離れること四十里の処に走到して大雨に阻まれ、癸未日にやっと到った。中途雨に遇い阻まれた所以は、この一課は渉害発用を取り、渉害はもともと牽絆留滞の義を含むからである。しかも彼の動身した日は、果たして課を占った乙亥日であった。

乙亥日に訟を占う(『中黄経』)

十一月乙亥日丑將巳時壬子命人占訟。中黃經

十一月の乙亥日、「丑」を以て月将とし、占時は巳にあり、一位の壬子年生まれの人が一場の官司を占問した。この例は『中黄経』から採った。

蛇朱合勾  丑寅卯辰 合虎常貴 財 癸未 虎 貴子  巳龍 卯未申子 兄 己卯 合 后亥  午空 未亥子乙 父 乙亥 后  戌酉申未  陰玄常

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。丑将を巳時に加え、天盤も同じく地盤より四位退する。ゆえに十二支の落つる宮位は前の一課と完全に同じで、ただ一副の天将を換えたのみ:地盤巳・午・未・申上は天盤の丑・寅・卯・辰で、順に螣蛇・朱雀・六合・勾陳に乗る。地盤辰上は「子」で天乙貴人に乗り、地盤卯上は「亥」で天后に乗り、地盤酉上は「巳」で青竜に乗り、地盤戌上は「午」で天空に乗る。地盤寅・丑・子・亥上は天盤の戌・酉・申・未で、しかも末の一行は「陰玄常」の三将のみ印した――戌は太陰に乗り、酉は玄武に乗り、申は太常に乗る。「未」の下に缺くあの一将は、天将順行の次序に按じても、また右欄の三伝の注す所に按じても、応に白虎である――底本はここに一字を脱す。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「子」を見て貴人に乗る。第二課、子上に「申」を見て太常に乗る。第三課、日支亥上に「未」を見て白虎に乗る。第四課、未上に「卯」を見て六合に乗る。右側の三伝:初伝「未」は妻財、遁干は癸未、白虎に乗る。中伝「卯」は兄弟、遁干は己卯、六合に乗る。末伝「亥」は父母、遁干は乙亥、天后に乗る。乙亥日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉の两位に落ちる。

斷曰:未乘白虎,本宜有凶,幸遁得癸水生干,自是救解,且貴人遁得丙子,來日上生日,更為救神,末傳又喜亥為長生,是以來往有喜,縱白虎初傳白虎落壬亦免責矣。

断語に言う:初伝「未」は白虎に乗る――本なら凶険あるべし。幸いそれが本旬中の遁干は癸で、癸水は日干の乙木を生じ得――凶中自ずから解救あり。さらに天乙貴人は「子」に乗り、子の遁干は丙子で、またちょうど日干の上に落ちて来て日干を生ず――さらに一重の救神。末伝「亥」は乙木の長生の地で、尤も喜ぶべし。ゆえにこの官司は来往してかえって喜事を転出す。たとえ初伝が白虎に乗るとも、白虎はまた水性の遁干の上に落ち――終に責罰を免れ得る。(原文は「白虎」の二字を重出し、「落壬」の「壬」は応に「癸」の字の訛である。)

愚按中黃經用遁干自成一家之言,?後銀河棹宗之,張星源金竹江咸用之重之注之。朱氏恆則謂斷來情當用遁干變化參論。若斷休咎不必用變求奇,此誠碓論,即如是課貴作恩星,初墓末生即無責罰不必盡因癸丙兩干也。

程樹勳按:『中黄経』は旬中の遁干を以て課を断じ、自ら一家の説を成す。これ以後『銀河棹』はこの一路数を宗奉し、張星源・金竹江もまたこれを沿用し、これを看重して注を為す(句中の「?」は底本の缺字で、原書はすでに弁識できない)。朱恒は則ち主張す:来た人の来意を推断するには遁干の変化を参用し得。もし吉凶禍福を判断するには、必ずしも遁干変化に靠って新奇を求めるに及ばない――これ確かに中肯の論である。すなわちこの一課を以て論ずれば、天乙貴人は恩星を作し、初伝は墓神で末伝は長生に坐す――本来責罰を受けるに至らず。功を全部癸・丙の二つの遁干に記するに及ばない。

乙亥日に生産を占う(『一針見血』)

乙亥日將時占生產。一針見血

乙亥日、月将と占時とが同じ一位に在り(原文はただ「将時」と写して、具体的にどの将どの時かを標出していない)、生産を占問した。この例は『一針見血』から採った。

龍空虎常  巳午未申 后后勾勾 財 庚辰 勾 勾辰  酉玄 亥亥辰辰 父 乙亥 后 合卯  戌陰 亥亥辰乙 子 辛巳 龍  寅丑子亥  朱蛇貴後

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。これは伏吟課:月将と占時が同位で、天盤の十二支は原封動かず地盤の同名の宮に圧す――地盤巳・午・未・申上は依然として巳・午・未・申で、それぞれ青竜・天空・白虎・太常に乗る。地盤寅・丑・子・亥上は依然として寅・丑・子・亥で、それぞれ朱雀・螣蛇・天乙貴人・天后に乗る。地盤辰上は「辰」で勾陳に乗り、地盤卯上は「卯」で六合に乗り、地盤酉上は「酉」で玄武に乗り、地盤戌上は「戌」で太陰に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「辰」を見て勾陳に乗る。第二課、辰上にまた「辰」を見て勾陳に乗る。第三課、日支亥上に「亥」を見て天后に乗る。第四課、亥上にまた「亥」を見て天后に乗る。伏吟課は四課に克なし。「自任」の法に按って日干上神を取りて発用す。右側の三伝:初伝「辰」は妻財、遁干は庚辰、勾陳に乗る。辰辰は自刑——転じて日支上神を取りて中伝「亥」と為し、父母で遁干は乙亥、天后に乗る。亥亥はまた自刑――再びその冲神を取りて末伝「巳」と為し、子孫で遁干は辛巳、青竜に乗る。

斷曰:占產凶,生不下。子母俱死,蓋伏吟課陰陽各伏,其家萬物未萌,滯而不通,故生不下,且日辰相刑,刑又發用乘勾陳土,其凶可見,即龍后不能救助也。

断語に言う:この一胎は凶険で、子供は生み下せず、母子二人とも保てない。伏吟課は天盤と地盤が完全に重合し、陰陽二気は各自潜伏して動かず――この一家の上下は万物がまだ萌発せざるが如く、処処凝滞して通ぜず。ゆえに胎儿は娩出し難い。いわんや日干寄宮の辰上に辰を見、日支亥上に亥を見――日と辰は各自自刑を成し、しかも自刑の神が恰好発用し、さらに土に属する勾陳に乗る――勾陳は牢固纏繞を主り、土はまた水路を堵し得――凶象はすでに明らかに在り。たとえ三伝の裡にまだ青竜・天后のこの両位の吉将あるも、救い及ばない。

乙亥日に来意を占う(『一字玉連環』)

四月乙亥日申將未時占來意。一字玉連環

四月の乙亥日、「申」を以て月将とし、占時は未にあり、来た人の此行の用意を占問した。この例は『一字玉連環』から採った。

空虎常玄  午未申酉 蛇貴空龍 財 丁丑 蛇 龍巳  戌陰 丑子午巳 兄 戊寅 朱 勾辰  亥后 子亥巳乙 兄 己卯 合  卯寅丑子  合朱蛇貴

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。申将を未時に加え、天盤は地盤より一位進む:地盤巳・午・未・申上に順に天盤の午・未・申・酉があり、それぞれ天空・白虎・太常・玄武に乗る。地盤寅・丑・子・亥上に順に天盤の卯・寅・丑・子があり、それぞれ六合・朱雀・螣蛇・天乙貴人に乗る。地盤辰上は「巳」で青竜に乗り、地盤卯上は「辰」で勾陳に乗り、地盤酉上は「戌」で太陰に乗り、地盤戌上は「亥」で天后に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「巳」を見て青竜に乗る。第二課、巳上に「午」を見て天空に乗る。第三課、日支亥上に「子」を見て貴人に乗る。第四課、子上に「丑」を見て螣蛇に乗る。全盤に第四課の丑土が子水を克する一処の上が下を克するのみ。元首課に依って「丑」を取りて発用す。右側の三伝:初伝「丑」は妻財、遁干は丁丑、螣蛇に乗る。中伝「寅」は兄弟、遁干は戊寅、朱雀に乗る。末伝「卯」は兄弟、遁干は己卯、六合に乗る。丑・寅・卯は順次逓進す――「進茹」の課である。

徐次賓曰:來意主人外出取索舊財兩重,繫丑年交易,其錢三百二十貫,至六月得錢五十六貫,至十二月再索,此錢主口舌相爭,卻賴姓董人和勸,而得也。

徐次賓が言う:来た人の用意は、門を出て両筆の旧賬を討ちに行くことである。この両筆の賬は丑年に交易して欠いたもので、共に計って三百二十貫。六月の裡に先に五十六貫を收回し、十二月に至って再び討ちに行く――討つ時にこの筆の銭のために口角争執を起こし、後に全く一位の姓が董の人が中から勧和して、やっと銭を要して帰れた。

何以知索舊財,緣時為日干財,值事門見白虎,主道路。又發用大吉,亦為日財,大吉土無氣,故言出入取索舊財兩重。繫丑年交易者,發端門是丑也。三百二十貫者,蓋大吉財八數,螣蛇四數,相乘得三百二十貫也。六月中得財五十六貫,何也,蓋時為日干財,小吉八數,白虎七數,相乘得五十六也。緣白虎無氣,又未為六月建,故於六月中先得五十六貫也。

どうして旧賬を討ちに行くと知ったか。占時「未」は日干乙木の克する財爻で、しかも「値事門」――すなわち占時の支が天盤上に乗ずる天将――は白虎を見、白虎は道路奔走を主る。発用の「大吉」(丑の別名)もまた日干の財で、丑土は四月の裡に気がなく、旧にして衰の財――ゆえに門を出て両筆の陳年旧賬を討ちに行くと言う。この賬が丑年の交易から来たと言うのは、「発端門」――すなわち初伝――がちょうど丑だからである。共に三百二十貫と言うのは、大吉(丑)のこの重財の数は八で、螣蛇の数は四――相乗じて三十二を得、進めて三百二十貫と為す。どうして六月の裡に五十六貫を得るか。占時は日干の財で、「小吉」(未の別名)の数は八、白虎の数は七――八七相乗じて五十六を得る。白虎はここに気なく、地支の「未」はまたちょうど六月の月建――ゆえに先に六月の裡にこの五十六貫を得た。

至十二月再索有口舌相爭,得姓董人勸和,盡得之,何也。蓋發用大吉為財,為十二月建。中傳功曹為子輩,上得朱雀,主口舌爭競;末傳卯主千里,六合為草頭,配成董字;又六合為和合之象也。

どうして十二月に至って再び討要すれば口角を起こし、最後に一位の姓が董の人に頼って勧和してやっと全数を收回したと言うか。発用の大吉(丑)はすでに財爻で、丑はまたちょうど十二月の月建である。中伝「功曹」(寅の別名)は子侄の輩の人を代表し、その上に朱雀が乗る――朱雀は口舌争競を主る。末伝「卯」は千里を主り、「千里」の二字は合して「重」を成し、六合はまた草字頭――草頭に重を加えれば、ちょうど一つの「董」字に配成する。しかも六合自体はまた和合調解の象――ゆえに姓が董の人が出面して説和したと断じた。

乙亥日に為す所有りて占う(『郭氏占案』)

戊寅年七月乙亥日巳將辰時有所為而占。郭氏占案

戊寅年七月の乙亥日、「巳」を以て月将とし、占時は辰にあり、心中に一件の弁ずべき事があって課を起こして占問した。この例は『郭氏占案』から採った。

空虎常玄  午未申酉 蛇貴空龍 財 丁丑 蛇 龍巳  戌陰 丑子午巳 兄 戊寅 朱 勾辰  亥后 子亥巳乙 兄 己卯 合  卯寅丑子  合朱蛇貴

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。巳将を辰時に加え、天盤もまた地盤より一位進む。ゆえに盤面全体は前の一課と完全に同じ:地盤巳・午・未・申上は天盤の午・未・申・酉で、天空・白虎・太常・玄武に乗る。地盤寅・丑・子・亥上は天盤の卯・寅・丑・子で、六合・朱雀・螣蛇・天乙貴人に乗る。地盤辰上は「巳」で青竜に乗り、地盤卯上は「辰」で勾陳に乗り、地盤酉上は「戌」で太陰に乗り、地盤戌上は「亥」で天后に乗る。四課は右から左へ:日干乙(寄宮は辰)の上に「巳」を見て青竜に乗り、巳上に「午」を見て天空に乗り、日支亥上に「子」を見て貴人に乗り、子上に「丑」を見て螣蛇に乗る。三伝は依然として妻財「丑」(丁丑)が螣蛇に乗り、兄弟「寅」(戊寅)が朱雀に乗り、兄弟「卯」(己卯)が六合に乗る――丑寅卯は連茹して進む。この行の天将「空虎常玄」の前に、底本は別の処のようには一格空けていない。

郭御青曰:進茹主事尚不了,末傳歸祿作六合,將吉丑乘螣蛇,因舊年事驚疑進,而寅卯比日更奇者,夾定虛一所欠者財,然行年在辰為補欠,奇妙奇妙。

郭御青が言う:三伝の丑・寅・卯は進茹の象――問う所の事が眼下まだ了結しないを主す。末伝「卯」は乙木の禄神で「帰禄」、また六合に乗る――終に帰して成あるを主す。初伝の大吉(丑)は螣蛇に乗る(原文は「将吉」と作る――応に「大吉」の訛)。丑は戊寅年の前一年の年支で、螣蛇は驚懼疑慮を主る――此事が旧年の一桩の事のために心に疑懼を存し、これを推し動かして起きたと見える。さらに奇なるは、中・末の両伝の寅・卯がともに乙日と同類で比劫助身を為すこと。しかも丑寅卯は連茹して卯に到れば止まり、次の一位「辰」は空いて到らない――虚缺するこの一位「辰」は、恰恰乙木の財で、またちょうど欠いたあの筆の銭である。偏偏占者の行年がちょうど辰の上に落ち、この缺口を補い斉えた――真に奇妙である。

乙亥日に朝廷の文字を占う(『方本占案』)

戊戌年六月乙亥日未將巳時汀州府戴公諱儀占風聞朝廷有文字的否。方本占案 一針見血

戊戌年六月の乙亥日、「未」を以て月将とし、占時は巳にあり、汀州府の戴公・名は儀、外間に朝廷が将に公文を下さんとすと風伝することの真偽を占問した。この例は『方本占案』から採った。『一針見血』にも載る。

青勾合朱  未申酉戌 玄后勾空 官  申 勾 ◎ 空午  亥蛇 卯丑申午 財 甲戌 朱 ⊙ 虎巳  子貴 丑亥午乙 父 丙子 貴  辰卯寅丑  常玄陰后

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。未将を巳時に加え、天盤は地盤より二位進む:地盤巳・午・未・申上に順に天盤の未・申・酉・戌があり、それぞれ青竜・勾陳・六合・朱雀に乗る。地盤寅・丑・子・亥上に順に天盤の辰・卯・寅・丑があり、それぞれ太常・玄武・太陰・天后に乗る。地盤辰上は「午」で天空に乗り、地盤卯上は「巳」で白虎に乗り、地盤酉上は「亥」で螣蛇に乗り、地盤戌上は「子」で天乙貴人に乗る。占時の巳は昼に属し、乙日の昼貴人は子にあり、貴人は地盤の戌位に落ちる――故に十二天将は逆行に排布する。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「午」を見て天空に乗る。第二課、午上に「申」を見て勾陳に乗る。第三課、日支亥上に「丑」を見て天后に乗る。第四課、丑上に「卯」を見て玄武に乗る。右側の三伝:初伝「申」は官鬼で勾陳に乗り、旁に「◎」を注す――乙亥日は甲戌旬に属し、旬空はちょうど申・酉にあり、ゆえに申の下に遁干を列せず空亡を標出す。中伝「戌」は妻財、遁干は甲戌、朱雀に乗る。末伝「子」は父母、遁干は丙子、天乙貴人に乗る。中伝の旁に別に一つの「⊙」記号あり――原書はその含義を交代していないので、ここには臆断を作さない。

邵彥和曰:七月內必有朝廷文章來,被蒿惱不意而動。蓋初傳見勾陳乘歲馬作鬼,中傳雀乘太歲,末傳貴人,月建前一辰為用,故應七月,申為傳送,又為道路,帶鬼剋日,故來速也。果於七月癸巳日文字來,充替河州。

邵彦和が言う:七月の内に必ず朝廷の公文が下りて来て、それに搅扰されて心が煩い、意料の外に出でて動身することになる。初伝「申」は勾陳に乗り、勾陳は糾纏煩扰を主り、しかも申はちょうど戊戌年の歳の駅馬、申金はまた乙木を克して官鬼を為す。中伝は朱雀に乗り、朱雀はもともと文書を主り、乗ずる「戌」はまたちょうど本年の太歳。末伝は天乙貴人に乗り、事が朝廷に出ずるを主す。発用の神は六月月建「未」の前の一位――ゆえに七月に応ずる。申の別名は「伝送」、また道路奔走を主り、それが官鬼を帶びて来て日干を克す――ゆえに公文の来るが甚だ速い。結果、七月癸巳日に公文は果たして送達し、彼を調して河州の職任を頂替せしめた。

乙亥日に平生の養息を占う(『口鑑』)

宣和癸卯年三月乙亥日戌將午時林子成丙辰生四十八歲占平生養息。口鑑 捷要 青錢秘訣

宣和癸卯年三月の乙亥日、「戌」を以て月将とし、占時は午にあり、林子成――丙辰年生まれ、時年四十八歳――が自分の一生は何に靠って営生し家を養い日を度るべきかを占問した。この例は『口鑑』から採った。『捷要』『青銭秘訣』にも載る。

合朱蛇貴  酉戌亥子 青玄貴勾 財 癸未 青 勾申  丑后 未卯子申 父 乙亥 蛇 青未  寅陰 卯亥申乙 兄 己卯 玄  午巳辰卯  空虎常玄

課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。戌将を午時に加え、天盤は地盤より四位進む:地盤巳・午・未・申上に順に天盤の酉・戌・亥・子があり、それぞれ六合・朱雀・螣蛇・天乙貴人に乗る。地盤寅・丑・子・亥上に順に天盤の午・巳・辰・卯があり、それぞれ天空・白虎・太常・玄武に乗る。地盤辰上は「申」で勾陳に乗り、地盤卯上は「未」で青竜に乗り、地盤酉上は「丑」で天后に乗り、地盤戌上は「寅」で太陰に乗る。占時の午は昼に属し、乙日の昼貴人は子にあり、貴人は地盤の申位に落ちる――ゆえに十二天将は逆行に排列する。中間の三行は四課で、右から左へ読む:第一課、日干乙(寄宮は辰)の上に「申」を見て勾陳に乗る。第二課、申上に「子」を見て貴人に乗る。第三課、日支亥上に「卯」を見て玄武に乗る。第四課、卯上に「未」を見て青竜に乗る。第四課は卯木が未土を克し、下が上を賊る――重審課に依って「未」を取りて発用す。右側の三伝:初伝「未」は妻財、遁干は癸未、青竜に乗る。中伝「亥」は父母、遁干は乙亥、螣蛇に乗る。末伝「卯」は兄弟、遁干は己卯、玄武に乗る。亥・卯・未は三合して曲直木局を成す。乙亥日は甲戌旬に属し、旬空は申・酉にあり、第一課の干上の「申」はちょうど空亡に落ちる。

邵彥和曰:凡占課見傳送空亡剋日,不可者四:一者養鵝不得,二者不得為醫,三者不得買碓,四者不宜為道士。

邵彦和が言う:凡そ課を起こして「伝送」(申の別名)が空亡に落ちてまた来て日干を克するを見れば、四様の営生は為し得ない:一には鵝を養うも養い活かさず、二には医を行うこと能わず、三には水碓を買うべからず、四には道士を為すに宜しくない。この四様は皆申金の一類の物象である。原書は逐条に取象の由来を説明していない。

林曰:我自二十七歲亡父,二十九歲買得一水碓及磨坊,日與人爭訟,今十七年矣,累得累失,是我命不招乎?先生曰:汝命不得碓磨力,莫妄用心。支上幸有卯在長生上,一為驢騾,二為竹木,三為術士沙門,三者皆汝前程,必遂所得也。林遂棄碓磨養孳畜,多種竹木,有牝驢二頭,七年生五驢,竹木又盛茂。先生過其門,林再三拜謝。

林子成が言う:私は二十七歳の上に父が死に、二十九歳で一座の水碓と磨坊を買い下し、天天それのために人と官司を打ち、いまに至ってすでに十七年――屡々得る所有りまた屡々失う所有り。岂に我が命の裡にこの份の家業を招来しないや。先生が言う:あなたの命は碓磨の利を得ない――さあ白く心思を費やすな。幸い日支の上に一つの「卯」があり長生の位に落ちる。卯の物象は三つあり:一には驢騾、二には竹木、三には術士と出家の人――この三条は皆あなたの前程の在る所で、行けば必ず願の如くなる。林子成はそこで碓磨を丢開し、改めて牲畜を養い竹木を広く種えた。家に両頭の母驢があり、七年の間に五頭の小驢を生み、竹木もまた甚だ茂盛に長った。その後先生が彼の家の門口を過ぎた時、林子成は再三下拜して謝を稱えた。

邵公占驗多係門弟所編,故稱先生。先生又謂之曰:卯可舟車,何不興販?林又從之,數年大發,鄉人叩問曰:曏者指彼數事,全皆大遂,可見吾丈神術有準。先生曰:大不然,是此人造化所該耳。蓋乙日木局,全旺在卯,卯生於亥,故卯全有氣也。元武入廟,又就本家生旺,此所以大全美也。且曲直木局,生於亥,旺於卯,末傳逢祿逢旺,諸事遂意,盡在末也。

邵公の占験は多くは門下の弟子の編録したもので、ゆえに書中は彼を「先生」と称す。先生はまた林子成に対して言う:「卯」はさらに舟船車両を作り得――あなたはどうして販運の売買を去做しないのか。林子成はまたそれに依って行い、数年下来りて大いに財を発した。郷里の人が門に上って追問した:「先前先生が彼に指したあの幾件の事は、件件皆大いに順遂した。見ればあなた老の神術は真に準頭がある」。先生が言う:「完全にそんなことではない。これはただこの人の命の裡に応にある造化に過ぎない」。もとは乙日の三伝が合して木局を成し、木気は全く卯に旺え、卯はまた亥に長生す――ゆえに卯が最も気ある。末伝は玄武に乗り、玄武は水に属し、地を得て入廟を為し、加わる「亥」はまたちょうど水の本家・木の長生――水木ともに生旺の地に就く。これこそ十全の十美の故である。いわんや曲直木局は長生は亥にあり帝旺は卯にあり、末伝はすでに日禄に逢いまた帝旺に逢う――諸事心に称い、好処は全て末伝の上に落ちる。

初限未八卯六,相乘得四十八,折半得二十四。又加卯木三數,共二十七年,正在父母庇廕之下享福,十六娶妻財又大盛,至二十六歲限足,二十七歲交中限,父母便死,何以知其父先死,因中傳亥加未上,亥屬干,干為父,亥又為乙木之父,下被未克,上見螣蛇凶將,所以先喪父也。

初限の算法は:未の数は八、卯の数は六、八六相乗じて四十八を得、折半して二十四――さらに卯木の三数を加えて、共に二十七年。この二十七年はちょうど父母の庇廕の下に福を享くる日で、十六歳に妻を娶り、財運はまた大いに興盛し、二十六歳に至って初限は期満し、二十七歳に中限に交入す――父母は便ち去世した。どうして父が先に死んだと知ったか。中伝「亥」が「未」の上に加わるからである:亥は方位上は乾宮に属し、『周易・説卦』は乾を以て父と為す。亥水はまた乙木の父母爻。それは下に未土に克され、上にまた螣蛇という凶将に乗る――ゆえに先に父を喪う。

二十九歲買水碓磨坊,爭訟十七年猶不已者,是申加辰,申七辰五,五七三十五,空亡減半,得十七年。申空加日上,是平生所不利,故因碓磨而費十七年之財。若申不是鬼,猶不至於訟。

二十九歳の上に水碓磨坊を買い下し、官司を十七年打ってまだ完せないのは、「申」が「辰」の上に加わるからである:申の数は七、辰の数は五――五七三十五。申はすでに空亡に落ち、数は半分に減ず――ちょうど十七年を得る。申が空亡に落ちまた日干寄宮の辰の上に加わるは、これが彼の一生中の最も不利なる一処。ゆえに碓磨のために白く十七年の銭財を耗掉した。もし申が日干の官鬼でなければ、まだ官司を打つ地步に閙ぐに至らない。

予相見時,林年已四十八歲,遂令息爭改業,而向驢騾船隻竹木營生,今己酉年已五十四歲,現在末限,末傳卯加亥,卯六亥四,相乘得二十四,折半為一十二,加亥地盤四數,共十六數,五十六歲交末限,尚有十六年財利。此限亥與元武水,併力生卯祿旺,是以諸事如意。

私が彼に見た時、林子成はすでに四十八歳で、そこで彼に訟を息め行を改め、転じて驢騾・船只と竹木を経営するよう勧めた。今年己酉年に至り彼はすでに五十四歳――ちょうど末限の裡を走っている。末伝「卯」は「亥」の上に加わる:卯の数は六、亥の数は四――相乗じて二十四を得、折半して十二、さらに地盤亥の四数を加えて、共に十六。五十六歳に末限に交入し、往後さらに十六年の財利がある。この一限の中、地盤の亥水と末伝の乗ずる玄武の水とが力を合わせて卯木を生ず――卯はすでに乙木の禄神でありまた帝旺に当る。ゆえに諸事意の如くである。

三傳三限也,大凡日上所見者生我即利,脫我即為彼所苦。我克者為財,克我者,文武職人則為官,常人則為鬼。同類加干則是兄弟,助我也。

三伝はすなわち人の一生の三つの大限である。大凡そ日干の上に見る神は、我を生ずれば便ち利あり、我を泄し我を耗すれば便ちそれに苦められる。我の克するは財。我を克するは、占者が文武の職ある人なれば官星を作し、平常の百姓なれば鬼祟を作す。我と同類にして日干の上に加わるは、すなわち兄弟――来て我を幇扶する者である。

或又問曰:中限父亡之後,累累官司何也。先生曰:是蛇相擾,又申亥六害,害者害我也。或又問曰:初傳未亦可以養羊賣酒,中傳亥亦可以養豬,何獨取卯乎。先生曰:曲直全在卯,乙祿到卯,長生於亥,故取其全盛之地營之。且未加卯,亥加未,皆受下克,故受生為利,受克為害也。愚按此課及丁巳日干上亥課斷語最為詳細,宜熟玩之。

また人あるが問う:中限の裡に父が亡故した後、官司が接続して絶えないのは、これは何の故か。先生が言う:中伝が螣蛇に乗りて来て搅扰し、加うるに申と亥とが相六害す――いわゆる害は、すなわち来て我を害するである。また人あるが問う:初伝の「未」はまた羊を養い酒を売ることができ、中伝の「亥」はまた猪を養うことができる――どうして偏偏ただ「卯」を取るか。先生が言う:曲直木局の精華は全く卯の上にあり、乙木の禄は卯に到り、木の長生は亥にあり――ゆえにこの最も全盛の処を挑んで経営する。いわんや天盤の「未」は地盤の卯上に加わり、天盤の「亥」は地盤の未上に加わる――いずれも下の地盤の神に克される。生を受けるはすなわち利あり、克を受けるは便ち害を成す。程樹勳按:この一課および丁巳日の干上に亥を見るあの一課は、断語が最も詳尽――応に反復して玩味すべし。

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