戊辰日に姚昌祚が任所を占う(『郭氏占案』)
山西姚君昌祚於崇正丁丑年五月戊辰日未將辰時,占任所。
山西人の姚昌祚は、明の崇禎十年丁丑(一六三七年、「崇正」は崇禎の避諱の書き方)五月の戊辰日に、未を月将とし辰時に課を起こし、自分がどこへ派されて官を為すかを占問した。
龍勾合朱 申酉戌亥 合空朱龍 財 亥 朱 ◎ 空未 子蛇 戌未亥申 官 丙寅 后 ⊙ 虎午 丑貴 未辰申戊 父 己巳 常 巳辰卯寅 常玄陰后
課盤を平らに展開すれば上の通り。天地盤は未将を辰時に加えて起こり、天盤は地盤より三位進む:地盤の巳上に申を得、午上に酉を得、未上に戌を得、申上に亥を得、酉上に子を得、戌上に丑を得、亥上に寅を得、子上に卯を得、丑上に辰を得、寅上に巳を得、卯上に午を得、辰上に未を得る。十二天将は:青竜は申に乗り、勾陳は酉に、六合は戌に、朱雀は亥に、天空は未に、白虎は午に、螣蛇は子に、貴人は丑に、太常は巳に、玄武は辰に、太陰は卯に、天后は寅に乗る。辰時は昼に属し、戊日の昼貴は丑にあり、貴人は逆行する。四課は右から左へ:第一課、日干戊の寄宮は巳にあり、巳上に申を得、申は青竜に乗る。第二課、申上に亥を得、亥は朱雀に乗る。第三課、日支の辰上に未を得、未は天空に乗る。第四課、未上に戌を得、戌は六合に乗る。三伝は初伝亥・中伝寅・末伝巳:初伝の亥は甲子旬の旬空の中に落ち、遁干がなく「◎」を標し、戊土日には妻財、朱雀に乗る。中伝の寅の遁干は丙で官鬼、天后に乗り「⊙」を標す。末伝の巳の遁干は己で父母、太常に乗る。亥が寅を生じ、寅が巳を生じ、巳がまた日干の戊土を生ず——三伝逓生である。戊辰日の駅馬はちょうど寅にあり、官鬼と同じ一位に処る。
郭御青曰:此課天上行年加申,為山西分野,豈有選本省之理。官馬加臨衛,初臨燕,余初斷非衛即燕。後選新野周分,傳課全無影響。餘後詳課情數日夜,乃得之:蓋四課暗拱地盤周地也。此斷在官祿馬行年之外。餘後占劉夢巖任所,日干上見癸亥,法從此出。課體隱現無窮,執一便謬,後遇占任所又不必盡照此法也。
郭御青が言う:この課の中で天盤上の姚君の行年は申の上に加わる。申は晋に属し、ちょうど山西の分野である。どうして本省に選授される理があろうか。官鬼を兼ね駅馬でもある寅が亥の上に加臨する——亥は衛の地に属し、寅自体はまた燕の地に属す。ゆえに私は始めは衛の地でなければ燕の地であろうと断定した。結果、彼が選んだのは新野で、周の分野に属し、三伝四課は竟に全く対応がなかった。私は事後に課情を反復推詳して数日数夜、ようやく想い通じた:もともと四課の上神が暗に拱夾して地盤上の周に属する那一位を出していたのだ。この一断法は官星・禄神・駅馬・行年のこれら常規の取象の外にある。私が後に劉夢岩の任所を占った時、日干の上に癸亥を見た——用いた法はまさにここから生じ出たものである。課体の隠顕変化は無窮で、一つの法を死守すればすなわち錯誤を出す。日後再び任所を占うに遇っても、必ずしも全てこの法に照らす必要はない。
愚按:占任所或占官職,以支上測之多驗。然取初交未將,非新乎?合之非新野乎?如此取象,難乎不難乎。
編者按:任所あるいは官职を占うには、日支上神を以て推測すれば多くは応験する。ただ郭氏はここで取ったのは剛交の未将である——剛交は「新」、未は田野を主りて「野」。合わせて岂に「新野」ならざらんや。このように字を拆して象を取れば、難いと言うに難くない。
戊辰日に来意を占う(『一字玉連環』)
十月戊辰日寅將亥時,占來意。一字玉連環。
十月の戊辰日、寅を月将とし亥時に課を起こし、来た人が何事のために来たかを占った。本条は『一字玉連環』から出る。
蛇朱合勾 申酉戌亥 合貴勾蛇 財 亥 勾 ◎ 貴未 子龍 戌未亥申 官 丙寅 虎 ⊙ 后午 丑空 未辰申戊 父 己巳 陰 巳辰卯寅 陰玄常虎
課盤を平らに展開すれば上の通り。天地盤は寅将を亥時に加えて起こり、天盤は地盤より三位進み、前の案の天地盤と完全に同じ:地盤の巳上に申を得、午上に酉、未上に戌、申上に亥、酉上に子、戌上に丑、亥上に寅、子上に卯、丑上に辰、寅上に巳、卯上に午、辰上に未を得る。天将は異なる:螣蛇は申に乗り、朱雀は酉に、六合は戌に、勾陳は亥に、貴人は未に、天后は午に、青竜は子に、天空は丑に、太陰は巳に、玄武は辰に、太常は卯に、白虎は寅に乗る。亥時は夜に属し、戊日の夜貴は未にあり、貴人は順行する。四課は右から左へ:第一課、日干戊の寄宮は巳にあり、巳上に申を得、申は螣蛇に乗る。第二課、申上に亥を得、亥は勾陳に乗る。第三課、日支の辰上に未を得、未は貴人に乗る。第四課、未上に戌を得、戌は六合に乗る。三伝は依然として亥・寅・巳:初伝の亥は旬空で「◎」を標し、妻財で勾陳に乗る。中伝の寅の遁干は丙で官鬼、白虎に乗り「⊙」を標す。末伝の巳の遁干は己で父母、太陰に乗る。亥の将名は「登明」、寅の将名は「功曹」——下の断語はまさにこの二つの将名を以て象を取ったものである。
徐次賓曰:來意主西北上出入干財,有李姓人無髮鬢者暗為鬼賊,其事自解,其財不得而空,主回也。何以知西北上出入干財?先鋒與發用皆亥,亥主西北,又為日財,日為也。
徐次賓が言う:来た人の来意は、西北方向の上で出入して財を求めることに主る。李という姓で、鬢髪のない一人の人が暗中に作祟して害を為すが、この事は自ずから化解する。その筆の財は求め得ず、空であり、ただ空手で回るのみである。どうして西北方で出入して財を求めると知ったか。占の時辰と発用(初伝)がともに亥の上に落ち、亥の方位は西北に属し、またちょうど戊日の妻財である(末の三字「日為也」は、底本は似て脱讹があるようだ)。
何以知李姓人無髮鬢者為鬼賊?蓋中傳功曹為木,下臨壬水,配合為李字也。白虎主無髮鬢人,為日下之鬼,故知此人為害也。言自解者,經云鬼自受制,憂將自救。寅木為日之鬼,上得白虎金剛制之,故曰自解也。其財不得而主空回者,蓋發用登明為空亡,雖為日下之財,而進亦空亡,豈不是空回也。
どうしてあの李という姓で鬢髪のない人が作祟する鬼贼だと知ったか。中伝の寅の将名は「功曹」で、五行は木に属す。下に地盤の亥に臨み、亥はすなわち壬水。木が上にあり水が下に配されて、ちょうど一个の「李」字を凑える。白虎は鬢髪のない人を主り、寅はまた日干戊土の官鬼——ゆえにこの人が来て加害する者だと知った。事が自ずから化解すると言うのは、経文に「鬼自ら制を受け、憂は将に自ら救われん」と講じるからである:寅木は日干の鬼で、寅の上にはちょうど金に属する白虎が乗る。金剛は木を克し得——ゆえに自解と言う。財が求め得ず、ただ空手で回ると言うのは、発用の亥の将名は「登明」で、亥はちょうど旬空に落ちる。それは日幹の財爻なれど、空亡の中に陥る——豈に空手で回るならざらんや。
己巳日
乾隆丁丑年亥月己巳日日卯將辰時,占走失十二歲。
清の乾隆二十二年丁丑(一七五七年)亥月の己巳日(底本は「日」の字が一つ重出する)、卯を月将とし辰時に課を起こし、十二歳の兒童が走失した下落を占った。
勾龍空虎 辰巳午未 合勾龍空 官 丁卯 合
これは課盤を平らに展開した後に残存する前半で、末伝と下半盤の文字は本段の内にない。天地盤は卯将を辰時に加えて起こり、天盤は地盤より一位退する:地盤の辰上に卯を得、巳上に辰を得、午上に巳を得、未上に午を得、申上に未を得、酉上に申を得る。すでに列出された天将は勾陳が辰に乗り、青竜が巳に、天空が午に、白虎が未に乗るまでで、其余の天将は下半盤に見える。四課はここでは上排の四つの上神・卯・辰・巳・午とその乗ずる六合・勾陳・青竜・天空のみを見、四課の下排の一行はこの段にない。三伝は初伝の卯のみ見え、遁干は丁で、己土日には官鬼に属し、六合に乗る。地盤の下半と四課の下排は、課盤を平らに展開した後に截断された部分に属し、敢えて臆断して補全しない。
己巳日・乾隆丁丑年に走失を占う(課盤前に接ぐ)
合卯 申常 卯辰巳午 官 丙寅 朱 朱寅 酉玄 辰巳午己 兄 乙丑 蛇 丑子亥戌 蛇貴后陰
これは前の例「乾隆丁丑年亥月己巳日卯将辰時に走失を占う」課盤の後半段で、前半段はすでに上文に見えた。左欄:地盤の辰位上に天盤「卯」が落ち、「六合」に乗る。地盤の卯位上に天盤「寅」が落ち、「朱雀」に乗る。右欄:地盤の酉位上に天盤「申」が落ち、「太常」に乗る。地盤の戌位上に天盤「酉」が落ち、「玄武」に乗る。下方の二行は地盤寅・丑・子・亥の四位で、その上の天盤は順に「丑」「子」「亥」「戌」、乗ずる天将は順に「螣蛇」「天乙貴人」「天后」「太陰」。中間の二行は四課の上神と下神で、右から左へ読まなければならない:第一課は日干己(寄宮は未)の上に「午」を見、第二課は午上に「巳」を見、第三課は日支巳上に「辰」を見、第四課は辰上に「卯」を見る。右側の一列は三伝で、ここに存するのは中伝と末伝:中伝「寅」は六親が官鬼に属し、遁干に「丙寅」を得、朱雀に乗る。末伝「丑」は六親が兄弟に属し、遁干に「乙丑」を得、螣蛇に乗る。上文に記した初伝「卯」が六合に乗ると合わせて、三伝はすなわち卯・寅・丑と位を逐うて後退し——まさに下文の断語にいう「連茹」の退行の課である。
王牧夫曰:連茹之課,當數人同行,今已退歸,不能遠去。干上午屬姤卦,姤者遇也,午陰得日支青龍,少刻即是。驗甚。近事爭遂,看天罡,天罡臨宅,加孟亦不礙,當即見也。
王牧夫が言う:これは三伝が位を逐うて後退する「連茹」の課で、走失した人は本来数人が伴を結び同行したもので、いまはすでに折り返して頭を回し、あまり遠くには走らない。日干己の上神は「午」で、午と下神とが配して『姤』卦を成す——『姤』の卦義はすなわち相遇である。「午」の陰神(すなわち天盤の午のある地盤の位の上に再び見える神)はちょうど日支「巳」で、また吉将「青竜」に乗る。ゆえに多くの時を経ずして遭遇し得る。この断は後に極めて応験した。凡そ眼前の事が争い得るか否か、順遂か否かを占うには、「天罡」(すなわち辰)がどこに落ちるかを見る:本課の天盤の「辰」はちょうど地盤の巳上に落ち、巳はすなわち日支の宅位——これを天罡が宅に臨むと為す。辰は寅・申・巳・亥という「四孟」の位に加わるが、妨げを構成しない——人は目下に尋ね見ることができる。
己巳日・邵提刑が朱科院の社壇廃址に宅を起こす吉凶を占う
六合朱科院在西南社壇廢址白站起宅第,斯人富豪權勢,竟往縣中請佃,蓋欲陰當。彼處有人妒其所為者,往邵提刑卜課,問其起宅吉凶。
六合県の朱科院は西南方の社壇の一片の廃址を見て取り、白く占め取って住宅を営造した。この人は富んでいてかつ権勢があり、竟にまた県衙に走って申請してこの地を佃し取らせようとした——その用意は暗中にこれを己の有と為さんと欲したものである。当地の人ある者が彼のこのような行事を嫉恨し、すなわち邵提刑(すなわち宋代の六壬名家邵彦和)を尋ねて課を起こし、ここに宅を造るのは吉か凶かを問うた。
空虎常玄 午未申酉 虎空玄常 子 壬申 常 龍巳 戌陰 未午酉申 子 壬申 常 勾辰 亥后 午巳申己 父 庚午 空 卯寅丑子 合朱蛇貴
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。この課は天盤が地盤より一位進む。地盤の巳・午・未・申の四位が上にあり、その上の天盤は順に「午」「未」「申」「酉」、乗ずる天将は順に「天空」「白虎」「太常」「玄武」。地盤の寅・丑・子・亥の四位が下にあり、その上の天盤は順に「卯」「寅」「丑」「子」、乗ずる天将は順に「六合」「朱雀」「螣蛇」「天乙貴人」。左欄の地盤辰上の天盤は「巳」で青竜に乗り、地盤卯上の天盤は「辰」で勾陳に乗る。右欄の地盤酉上の天盤は「戌」で太陰に乗り、地盤戌上の天盤は「亥」で天后に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ読まなければならない:第一課、日干己(寄宮は未)の上に「申」を見、太常に乗る。第二課、申上に「酉」を見、玄武に乗る。第三課、日支巳上に「午」を見、天空に乗る。第四課、午上に「未」を見、白虎に乗る。右側の一列は三伝:初伝「申」は六親が子孫、遁干に壬申を得、太常に乗る。中伝は依然として「申」で、同じく子孫・壬申・太常。末伝「午」は六親が父母、遁干に庚午を得、天空に乗る。四課上下に相克がなく、己巳はまた陰日なので、「昴星」の課式に按って用を取り、三伝を申・申・午と作す。
邵提刑曰:課得昴星,三傳申申午,犯重?金神白虎,舊址上神祗往來之處,又值火旺。本人辛亥生,火克金,犯初傳,又犯本命,又犯歲君。然西南方有佛地,亦被他害,屋宇未十分完備,不及一年傷害宅母並中子。本人因南首有火發,飛火近燎於本宅,新屋片瓦不存。本人驚後得患,半月後亦死矣。
邵提刑が言う:この一課に取ったのは「昴星」の課式で、三伝は申・申・午と作し、重々に?(ここに底本は一字缺く)金神と白虎を冲犯する。選んだ旧跡はもと社壇で、もともと地方神祇が往来して祭を受ける処である。いままたちょうど火気が旺に当る時令に碰り当たった。占主は辛亥年生まれで火に属す。火は金を克し得——すでに金に属する初伝を冲犯し、また本命を冲犯し、さらに当年の太歳を冲犯した。西南方に別に一塊の佛寺の地界があって依托し得ると言うも、同じくこの股の凶気に傷られた:房屋は完全に造り好せず、一年に満たずして先後して宅中の主婦と排行の中に居る息子を傷いた。その後宅の南面が失火し、火星が飛び越えて、近くに延焼してこの所の宅に及び、新造の房屋は一片の瓦も残さなかった。占主は驚きを受けた後病を得て、半月後にも死んだ。
一針見血。愚按:此課不載月將正時,未可執一。
この例は『一針見血』に見える。程樹勳按:この一課は用いた月将と占時を記さなかったので、一种の定式を以て死套することはできない。
己巳日・邵提刑が揚州の銭陰陽の囹圄の厄を占う
揚州錢陰陽一日與堂叔爭分家私,因毆死其叔,受陷於囹圄已及二載。一日鄰人攜其子往邵提刑占問六壬,犯罪者甲辰生。
揚州に姓が銭の陰陽先生がいて、ある日堂叔と家産を争い分け、手を動かして叔叔を打ち殺し、これによって獄に下り、すでに二年関えられた。ある日隣人が彼の息子を帶びて邵提刑を尋ねて六壬課を起こして占問した——この犯罪した人は甲辰年生まれである。
空虎常玄 午未申酉 虎空玄常 子 壬申 常 龍巳 戌陰 未午酉申 子 壬申 常 勾辰 亥后 午巳申己 父 庚午 空 卯寅丑子 合朱蛇貴
課盤を平らに展開して行を成せば上の通りで、前の一例と完全に同じ。地盤巳・午・未・申上の天盤は「午」「未」「申」「酉」で天空・白虎・太常・玄武に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は「卯」「寅」「丑」「子」で六合・朱雀・螣蛇・天乙貴人に乗る。地盤辰上の天盤「巳」は青竜に乗り、地盤卯上の天盤「辰」は勾陳に乗り、地盤酉上の天盤「戌」は太陰に乗り、地盤戌上の天盤「亥」は天后に乗る。四課は右から左へ:第一課、日干己(寄宮は未)の上に「申」を見て太常に乗る。第二課、申上に「酉」を見て玄武に乗る。第三課、日支巳上に「午」を見て天空に乗る。第四課、午上に「未」を見て白虎に乗る。三伝は初伝「申」(子孫・壬申・太常)、中伝「申」(上に同じ)、末伝「午」(父母・庚午・天空)——依然として陰日の「昴星」課である。
邵公曰:己巳日得申申午,昴星雲虎視眈眈,此課險惡。且喜天乙乘天馬,合起皇恩,天將又吉。然末傳火,反克用神之金。火生人旺於午,合寅午戌,寅上日德朱雀,末又救神值天后(愚按:此句有訛),他日朝廷必有恩赦,至期人恐被喝,而出獄無罪。半月後果有赦至,乃高宇宴駕,孝宗登極,此赦書輕重罪囚釋放得脫。
邵公が言う:己巳日に申・申・午の三伝を得たのは「昴星」課で、課経はこれを「虎視耽耽」と形容し、本は凶険の課である。幸い天乙貴人が天馬に乗り、牽合して「皇恩」の神を引動し、乗ずる天将もまた皆吉将である。ただ末伝が火に属し、かえって用神と為す申金を克制する。この人は火命の人で、火は午に旺え、また寅・午・戌と会して火局を成す。寅上は日徳で朱雀に乗り、末伝はまた救神に逢って天后に値する(程樹勳按:この句の文字に訛誤あり)。ゆえに後日朝廷は必ず恩赦を頒下し、その時人は一場の呵斥驚嚇を挨うれど、終に罪なくして出獄し得ると断じた。半月後に赦令が果たして到った——もとは高宗が宴駕し孝宗が即位し、この赦書が軽重の罪囚を一概に釈放し、この人はこれによって身を脱し得た。
一針見血。愚按:此課亦不載月將正時,然玩此斷語,當是紹興壬午年四月申將未時占。
この例は『一針見血』に見える。程樹勳按:この一課も月将と占時を記さなかったが、細かくこの断語を玩すると、応に紹興壬午年四月・申将を用い・占時は未時に占ったものである。
己巳日・正月に宅中の景象を占う
正月己巳日子將酉時占宅中景象。方本占案
正月の己巳日、「子」を以て月将とし、占時は酉にあり、家宅の中の情形を占問した。この例は『方本占案』から採った。
勾合朱蛇 申酉戌亥 蛇勾后朱 子 壬申 勾 龍未 子貴 亥申丑戌 財 亥 蛇 ◎ 空午 丑后 申巳戌己 官 丙寅 陰 ⊙ 巳辰卯寅 虎常玄陰
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。子将を酉時に加え、天盤は地盤より三位進む。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「申」「酉」「戌」「亥」で勾陳・六合・朱雀・螣蛇に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「巳」「辰」「卯」「寅」で白虎・太常・玄武・太陰に乗る。地盤辰上の天盤「未」は青竜に乗り、地盤卯上の天盤「午」は天空に乗り、地盤酉上の天盤「子」は天乙貴人に乗り、地盤戌上の天盤「丑」は天后に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干己(寄宮は未)の上に「戌」を見、朱雀に乗る。第二課、戌上に「丑」を見、天后に乗る。第三課、日支巳上に「申」を見、勾陳に乗る。第四課、申上に「亥」を見、螣蛇に乗る。右側の三伝:初伝「申」は六親が子孫、遁干は壬申、勾陳に乗る。中伝「亥」は六親が妻財、己巳日は甲子旬に属し旬空は戌亥にあり、故に亥はちょうど空亡に落ち(「◎」はすなわち空亡の標記)、螣蛇に乗る。末伝「寅」は六親が官鬼、遁干は丙寅、太陰に乗る。
斷曰:主家中有婦人損了牙齒,近又新修廚灶,地上用新磚鋪砌。蓋申加巳作勾發用,巳為雙女,申為骨牙,乘勾陳主損折,且又傳破也。巳為爐灶,乘旺相主新修。果其人有乃妹缺口齒,而灶新修。
断語に言う:家の中に婦人が歯牙を損壊し、近頃また新たに厨房の鍋竈を修造し、地面は新磚で重ねて鋪き換えたことを主す。これは「申」が「巳」の上に加わり、勾陳に乗って発用を成すからである:巳は双女の象に属して女子を主り、申は骨格歯牙を主る。勾陳に乗るは折損を主り、しかも三伝の間にまた冲破がある。「巳」は同時にまた炉竈の象で、旺相の気に乗りて、新近の修造を主る。その後果たしてこの人の妹が門牙を缺き、家中の鍋竈もまた新たに修ったものであった。
己巳日・六月に来意を占う
六月己巳日午將酉時占來意。指歸靈文論
六月の己巳日、「午」を以て月将とし、占時は酉にあり、来た人の此行の用意を占問した。この例は『指帰靈文論』から採った。
朱合勾龍 寅卯辰巳 后朱蛇勾 官 丙寅 朱 蛇丑 午空 亥寅丑辰 財 亥 后 ◎ 貴子 未虎 寅巳辰己 子 壬申 常 ⊙ 亥戌酉申 后陰玄常
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。午将を酉時に加え、天盤は地盤より三位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「寅」「卯」「辰」「巳」で朱雀・六合・勾陳・青竜に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「亥」「戌」「酉」「申」で天后・太陰・玄武・太常に乗る。地盤辰上の天盤「丑」は螣蛇に乗り、地盤卯上の天盤「子」は天乙貴人に乗り、地盤酉上の天盤「午」は天空に乗り、地盤戌上の天盤「未」は白虎に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干己(寄宮は未)の上に「辰」を見、勾陳に乗る。第二課、辰上に「丑」を見、螣蛇に乗る。第三課、日支巳上に「寅」を見、朱雀に乗る。第四課、寅上に「亥」を見、天后に乗る。右側の三伝:初伝「寅」は六親が官鬼、遁干は丙寅、朱雀に乗る。中伝「亥」は六親が妻財でちょうど旬空に落ち、天后に乗る。末伝「申」は六親が子孫、遁干は壬申、太常に乗る。
斷曰:發用在天乙前,中末在天乙後,此名傳陽入陰。申主道路,又為足神,末傳為足,發用朱雀,主先見外來遠信,遠處官員遣人送書至,亦主官員罷職之信至也。
断語に言う:発用(初伝)が天乙貴人の前に落ち、中伝・末伝が天乙貴人の後に落ちる——これを「伝陽入陰」と呼ぶ。「申」は道路を主り、また足を主る神であり、末伝はもともと脚足を主る位置である。発用は朱雀に乗り、外地から送られた遠方の書信を先に見ることを主す——遠くの官員が人を派して信を送って来ることがあり、同時にまた某官員が罷職されたという消息を伝えることを主る。
己巳日・康熙乙巳年に王周士が代わりに友人を占う
康熙乙巳年二月十二己巳日戌將申時高郵王周士都司不說某事代占友人壬子生四十四歲。捷錄
康熙乙巳年二月十二日・己巳日、「戌」を以て月将とし、占時は申にあった。高郵の都司・王周士は問う所の事を明かそうとせず、朋友に代わって代占した。この朋友は壬子年生まれで四十四歳。この例は『捷録』から採った。
龍勾合朱 未申酉戌 合龍蛇合 財 亥 蛇 ◎ 空午 亥蛇 酉未亥酉 兄 乙丑 后 ⊙ 虎巳 子貴 未巳酉己 官 丁卯 玄 辰卯寅丑 常玄陰后
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。戌将を申時に加え、天盤は地盤より二位進む。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「未」「申」「酉」「戌」で、青竜・勾陳・六合・朱雀に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「辰」「卯」「寅」「丑」で、太常・玄武・太陰・天后に乗る。地盤辰上の天盤「午」は天空に乗り、地盤卯上の天盤「巳」は白虎に乗り、地盤酉上の天盤「亥」は螣蛇に乗り、地盤戌上の天盤「子」は天乙貴人に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干己(寄宮は未)の上に「酉」を見、六合に乗る。第二課、酉上に「亥」を見、螣蛇に乗る。第三課、日支巳上に「未」を見、青竜に乗る。第四課、未上に「酉」を見、六合に乗る。右側の三伝:初伝「亥」は六親が妻財で、ちょうど旬空に落ち、しかも乙巳年の太歳は巳にあり亥は恰も歳破、螣蛇に乗る。中伝「丑」は六親が兄弟、遁干は乙丑、天后に乗る。末伝「卯」は六親が官鬼、遁干は丁卯、玄武に乗る。
斷曰:日上乘官符,支上亦是官符,是占此人之訟也。訟因奸詭蔽匿,事干朝廷,鬼乘元武,巳入宅也。當破家蕩產,死中復生。蓋四下生上,為源消根斷,且破敗臨身,歲破發用,支神死氣,用起返魂也。訟累多官,三傳初中遁乙,末又鬼也,必須坐獄。
断語に言う:日干の上に「官符」を乗せ、日支の上にも「官符」がある——占ったのはまさにこの人の官司だと知れる。この訟事は奸詐隠匿の情から起こり、事が朝廷に牽連する。官鬼は玄武に乗り、「巳」はすでに宅位に入っている。ゆえに彼が家を破り産を蕩すが、必死の中に重新して活き転じることを断じた。これは四課が皆下が上を生ず、いわゆる「源消根断」。加うるに「破敗」の神が身に臨み、歳破の「亥」が発用を作り、日支上の神がまた死気の地に居る——用神は一たび起こればすなわち「返魂」の象となる。この官司は多くの衙門に牽連する。三伝の中で初伝・中伝は乙木を遁得し、末伝はまた官鬼——ゆえに彼は必ず牢に坐する。
法司械?。初旬空,中關神,命又乘寅鬼,奸吏為禍,故李撫臣起訟端。然始凶終救,必是恩赦,宥死發配,蓋酉加巳為配,且日上年上乘皇恩,命上見月德也。後方知賈象因李撫臣詐贓事,因盜窩以致朝廷罪譴。況午加辰為朱雀入勾陳,午加病符是舊事復發。
官府の刑具はすでに身に加えられたか?(ここに底本は一字缺く)。初伝は旬空に落ち、中伝は関隔の神、本命上にはまた「寅」という官鬼が乗る——奸猾な胥吏が風を興し浪を作すことを主す。ゆえに李撫臣がこの訟端を挑み起こしたのであろう。ただしこの課は起頭は凶険なれど末後に救いあり、必ず恩赦に碰上して、死罪を減じて発配と為す——なぜなら「酉」が「巳」の上に加わるはまさに発配の象で、しかも日干上・行年上に「皇恩」が乗り、本命上にまた「月徳」を見るからである。後に知って、賈象は李撫臣が賊銭を詐取した一案に、また賊を窝蔵したことに牽扯し、これによって朝廷の問罪を招いたことが分かった。いわんや「午」が「辰」の上に加わるは、ちょうど朱雀が勾陳の位置に落ちる象。「午」はまた「病符」を加えて、旧事が重ねて翻発する象である。
庚午日
庚午日・孫履安が姉に代わり休咎を占う
孫履安代姐占休咎。姐癸亥生,六十五歲。乾隆庚午年二月庚午日亥將卯時。
孫履安が姉に代わって吉凶禍福を占問した。姉は癸亥年生まれで六十五歳。時は乾隆庚午年二月の庚午日、「亥」を以て月将とし、占時は卯にあった。
貴后陰玄 丑寅卯辰 合後蛇玄 子 甲子 蛇 蛇子 巳常 戌寅子辰 兄 壬申 龍 朱亥 午虎 寅午辰庚 父 戊辰 玄 戌酉申未 合勾龍空
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。亥将を卯時に加え、天盤は地盤より四位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「丑」「寅」「卯」「辰」で、天乙貴人・天后・太陰・玄武に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「戌」「酉」「申」「未」で、六合・勾陳・青竜・天空に乗る。地盤辰上の天盤「子」は螣蛇に乗り、地盤卯上の天盤「亥」は朱雀に乗り、地盤酉上の天盤「巳」は太常に乗り、地盤戌上の天盤「午」は白虎に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干庚(寄宮は申)の上に「辰」を見、玄武に乗る。第二課、辰上に「子」を見、螣蛇に乗る。第三課、日支午上に「寅」を見、天后に乗る。第四課、寅上に「戌」を見、六合に乗る。右側の三伝:初伝「子」は六親が子孫、遁干は甲子、螣蛇に乗る。中伝「申」は六親が兄弟、遁干は壬申、青竜に乗る。末伝「辰」は六親が父母、遁干は戊辰、玄武に乗る。三伝の申・子・辰は会して水局を成す。
王牧夫曰:弟占姐,用起支上,得相氣之財,又居支,天后臨於其上,其家必富厚也。但嫌本合空亡,官星入墓,主早年守寡,然女利幽貞,不宜火局旺相。干支交互相剋,家庭中必主官非口舌,皆由無和氣而參商耳。末傳見天后,卻得好歸結。
王牧夫が言う:弟が姉に代わって占う——発用は日支の上から起こり、得たのは当令の相気の財神で、財はまた日支の上に坐り、天后がまたその頭上に臨む——この一家が必ず富足殷実であると知れる。嫌う所は本命の合神が空亡に落ち、官星(女命は官鬼を以て夫と為す)がまた墓庫に入る——彼女が早年に寡を守ることを主す。ただ女子は本来幽静に貞を守るを利と為すので、火局の当旺を見るは宜しくない。日干と日支が交々相克する——家中に必ず官司口舌があり、皆家人の和睦せざるによる。参星と商星のように此れ出で彼れ没して彼此相容れざる所致である。幸い末伝に天后を見る——終に好い収場を得られる。
庚午日・某が訟事を占う
某占訟事。庚午日午將未時。
某が訴訟の事を占問した。庚午日、「午」を以て月将とし、占時は未にあった。
合勾龍空 辰巳午未 合勾龍空 官 庚午 龍 朱卯 申虎 辰巳午未 官 己巳 勾 蛇寅 酉常 巳午未庚 父 戊辰 合 丑子亥戌 貴后陰玄
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。午将を未時に加え、天盤は地盤より一位退する。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「辰」「巳」「午」「未」で、六合・勾陳・青竜・天空に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「丑」「子」「亥」「戌」で、天乙貴人・天后・太陰・玄武に乗る。地盤辰上の天盤「卯」は朱雀に乗り、地盤卯上の天盤「寅」は螣蛇に乗り、地盤酉上の天盤「申」は白虎に乗り、地盤戌上の天盤「酉」は太常に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干庚(寄宮は申)の上に「未」を見、天空に乗る。第二課、未上に「午」を見、青竜に乗る。第三課、日支午上に「巳」を見、勾陳に乗る。第四課、巳上に「辰」を見、六合に乗る。右側の三伝:初伝「午」は六親が官鬼、遁干は庚午、青竜に乗る。中伝「巳」は六親が官鬼、遁干は己巳、勾陳に乗る。末伝「辰」は六親が父母、遁干は戊辰、六合に乗る。三伝の午・巳・辰は位を逐うて後退し、退茹の象である。
斷曰:午作青龍,吉合在合,奈午是今日支辰,又是今日之刑,而德神遭刑之克。中傳巳加午又刑申,下又見午刑也。末傳辰加巳,又刑也。此之謂助刑伐德,事難小而必大,三者來攻。天上德又臨在酉,作白虎,以此占訟深為不利,即家國平安亦防寇盜也。
断語に言う:初伝「午」は青竜に乗り、吉将がまた六合と相配する——本はよい。あいにく「午」はちょうど今日の日支で、同時にまた今日の犯す刑神である——ここに至り日徳の神はかえって刑克を遭う。中伝「巳」は「午」の上に加わり、巳はまた日干寄宮「申」を刑し、しかも下にまた「午」の自刑を見る。末伝「辰」は「巳」の上に加わり、辰辰はまた自刑。これを「助刑伐徳」と呼ぶ——刑の力が一路に助長され、徳の力が一路に砍伐される。事は本は大きくないが、必ず大きくなって騒ぐ——初・中・末の三伝が一斉に来て攻めるからである。天盤の日徳はまた「酉」の上に落ちて白虎に乗る。このような課を以て官司を占うは実に大いに不利で、たとえ家国が太平無事でも、盗賊を提防すべきである。
庚午日・某が失銀を占う
某占失銀,庚午日子將丑時。
某が失くした銀子を占問した。時は庚午日、「子」を以て月将とし、占時は丑にあった。
合朱蛇貴 辰巳午未 合朱蛇貴 官 庚午 蛇 勾卯 申后 辰巳午未 官 己巳 朱 青寅 酉陰 巳午未庚 父 戊辰 合 丑子亥戌 空虎常玄
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。子将を丑時に加え、天盤は地盤より一位退し、天地盤の排布は前の一例と同じ、ただ乗ずる天将が異なるのみ。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「辰」「巳」「午」「未」で、六合・朱雀・螣蛇・天乙貴人に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「丑」「子」「亥」「戌」で、天空・白虎・太常・玄武に乗る。地盤辰上の天盤「卯」は勾陳に乗り、地盤卯上の天盤「寅」は青竜に乗り、地盤酉上の天盤「申」は天后に乗り、地盤戌上の天盤「酉」は太陰に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干庚(寄宮は申)の上に「未」を見、天乙貴人に乗る。第二課、未上に「午」を見、螣蛇に乗る。第三課、日支午上に「巳」を見、朱雀に乗る。第四課、巳上に「辰」を見、六合に乗る。右側の三伝:初伝「午」は官鬼、遁干は庚午、螣蛇に乗る。中伝「巳」は官鬼、遁干は己巳、朱雀に乗る。末伝「辰」は父母、遁干は戊辰、六合に乗る。
邵彥和曰:其物在南方,爐灶近水邊,溼泥土中藏之,或落水缸畔中,有楊樹枝及有水果處尋之。蓋南方爐灶者,發用午巳蛇雀也;近水溼泥者,乃午未上遁得壬癸也。類神酉臨火墓作太陰,是以銀不出去也。吳稼云曰:午發用南方也,傳入巳故在灶下也,末見辰作六合,乃水缸也。方本占案
邵彦和が言う:この件の物は南の辺にあり、炉竈に近く水辺に挨り、潮湿した泥土の中に蔵されているか、あるいは水缸の辺に掉落している。楊樹の枝条と果物を置く所へ行って尋ねよ。南方炉竈と断ずる所以は、発用が「午」で中伝が「巳」——いずれも火に属して位は南方に居り、また螣蛇・朱雀の二つの火将に乗るからである。水に挨りて泥が湿ると断ずる所以は、午・未の二位の上に壬・癸という二つの水干を遁出したからである。銀子の類神「酉」はちょうど火の墓庫の上に落ちて太陰に乗る——太陰は隠蔵を主るので、銀子は門の外へ持ち出されてはいない。呉稼雲が言う:「午」が発用するので南方と断じ、伝して「巳」に入るので竈の下に在ると断じ、末伝に「辰」が六合に乗るを見ればそれは水缸である。この例は『方本占案』から採った。
庚午日・銀を尋ねて見えず再占
某尋銀未見再占。庚午日子將酉時。
某があの一錠の銀子を尋ねて見つからず、そこで再び一課を占った。時は庚午日、「子」を以て月将とし、占時は酉にあった。
龍勾合朱 申酉戌亥 蛇勾后朱 兄 癸酉 勾 空未 子蛇 子酉寅亥 子 甲子 蛇 虎午 丑貴 酉午亥庚 財 丁卯 陰 巳辰卯寅 常玄陰后
課盤を平らに展開して行を成せば上の通り。子将を酉時に加え、天盤は地盤より三位進む。地盤巳・午・未・申上の天盤は順に「申」「酉」「戌」「亥」で、青竜・勾陳・六合・朱雀に乗る。地盤寅・丑・子・亥上の天盤は順に「巳」「辰」「卯」「寅」で、太常・玄武・太陰・天后に乗る。地盤辰上の天盤「未」は天空に乗り、地盤卯上の天盤「午」は白虎に乗り、地盤酉上の天盤「子」は螣蛇に乗り、地盤戌上の天盤「丑」は天乙貴人に乗る。中間の三行は四課で、右から左へ:第一課、日干庚(寄宮は申)の上に「亥」を見、朱雀に乗る。第二課、亥上に「寅」を見、天后に乗る。第三課、日支午上に「酉」を見、勾陳に乗る。第四課、酉上に「子」を見、螣蛇に乗る。右側の三伝:初伝「酉」は六親が兄弟、遁干は癸酉、勾陳に乗る。中伝「子」は六親が子孫、遁干は甲子、螣蛇に乗る。末伝「卯」は六親が妻財、遁干は丁卯、太陰に乗る。
邵彥和曰:銀在南方爐灶前水溼處尋之,乃自家人盜耳。蓋辰作元武,當主僕輩;酉作類神,作勾加午;末傳更見太陰臨水,太陰亦類神也,故主在水溼處尋之。果然。
邵彦和が言う:銀子は南辺の炉竈の前、潮湿して水のある処に行って尋ねよ——しかも自家の裡の人が偸んだのである。これは「辰」が玄武に乗り、玄武は盗竊を主り、辰はまた奴僕の輩に当る。「酉」は銀両の類神で、勾陳に乗りて「午」の上に加わる——午は南方の炉竈に属す。末伝にまた太陰が水位に臨むを見る——太陰もまた銀両の類神。ゆえに潮湿して水のある処に尋ねよと断じた。その後果たしてその通りであった。
凡占失物須看類神,類神在傳或加日辰?見傳日不出日,傳時不出時,宜秘之。方本。吳稼云曰:大抵類神並見者,則合而斷之,此秘訣也,今乃悟之矣。愚按:類神未見,則以初傳為方向類神;已見,則以類神所臨處為方向。
凡そ失物を占うには必ず類神を見なければならない。類神がもし三伝の中に落ちるか、あるいは日辰に加臨するか?(ここに底本は一字缺く)——伝中に日辰を見れば、物は当日を出でずして尋ね見ることができる。伝中に占時を見れば、当時を出でずして尋ね見ることができる。この訣竅はまさに秘すべきである。以上は『方本占案』に見える。呉稼雲が言う:大体類神が同時に幾つも出現すれば、それらを併せて一起に断ず——これが秘訣で、私は今日に至ってやっと領悟した。程樹勳按:類神がもし出現しなければ、初伝を取って方向を定める類神と為す。類神がもしすでに出現すれば、類神の臨む処を取って方向を定める。
