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周易述 巻十九・元和恵棟撰

清 · 惠栋 · 第41巻 / 53

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

為尃者,虞云:「陽在初,隱靜未出,觸坤故尃,則乾靜也。尃,延叔堅說以專為尃,大布,非也。」案:尃,古布字,故云大布。今本作旉,乾寳注云:「花之通名,鋪為花皃,謂之。」義亦通也。

象を取りて「尃」と為すは、虞翻に曰く、陽爻は初位に在り、隠伏安静にして未だ顕露せず、坤体に触動せられて然る後舒布開来す——これまさに乾の静態なり。至りて「尃」字は、延篤(字は叔堅)は「専」を「尃」と読成して大布と解すも、虞翻は対ならずと認む。恵棟の按に曰く、「尃」は古の「布」字なれば、ゆえに「大布」のこの講法あり。今本は「旉」と写作し、干宝の注解に曰く、これは花の通名にして、鋪展開来すれば則ち花の形貌なり(底本は此処に脱字あり)——この解釈もまた説き通すべし。

為大塗者,鄭云:「國中三道曰塗,上值房心,塗而大者取房有三塗焉。」案:《王制》云「道路男子由右,婦人由左,車從中央」,是道有三也。震在卯,卯上值房心,《鴻範五行傳》曰「出入不節」,鄭注云:「房有三道,出入之象。」三塗即三道也。王廙云:「大塗,萬物所出也。」

象を取りて大路と為すは、鄭玄に曰く、都城の中に三條の道路を並列するを「涂」と呼び、震の分野は上は房宿・心宿に応ず。「涂」と言い而且「大」と言う所以は、房宿は本身すでに三條の通道有るを以てなり。恵棟の按に曰く、『礼記·王制』に「道路上は男子は右辺を走り、婦人は左辺を走り、車は中央を行く」と言う。見るに一条の大路は実に三道を分かつ。震は地支卯に配し、卯位の上は正しく房宿・心宿に応ず。『洪範五行傳』に「出入は節度に合せず」と言い、鄭玄の注に曰く、房宿に三條の道ありて、出入の象なり。いわゆる「三涂」とはすなわちこの三條の道なり。王廙に曰く、大路とは万物のこれに由りて生出するの通途なり。

為長子者,虞云:「乾一索,故為長子也。」為決躁者,變至三體兌,兌為決,震外體為躁,故為決躁也。為蒼筤竹者,九家云:「蒼筤,青也。震陽在下,根長堅剛,陰爻在中,使外蒼筤也。」為萑葦者,鄭云:「竹類。」其於馬也為善鳴者,乾為馬,震得乾之初,虞云為雷,故善鳴也。

象を取りて長子と為すは、虞翻に曰く、震は乾が第一次に坤に求索して得たる所なり。ゆえに長子を為す。象を取りて決断急躁と為すは、震卦は第三爻に変到すれば則ち下体は兌を成し、兌に決断の義あり、而も震は外卦に居る時は躁動を主る。ゆえに合して「決躁」と称す。象を取りて青嫩の竹子と為すは、九家の『易』に曰く「蒼筤」とはすなわち青色にして、震の陽爻は下に在りて、竹根の長くして堅硬なるがごとく、陰爻はその上に居りて、外皮をして青翠の色を呈現せしむ。象を取りて蘆葦と為すは、鄭玄に蘆葦は竹と同類と言う。馬に就きて言えば象を取りて善く嘶鳴する馬と為すは、乾は象を取りて馬と為し、而も震の得たる所はまさに乾の初爻なり、虞翻はまた震は雷を為し雷の声は隆隆たりと言う。ゆえに善鳴の馬なり。

為馵足者,虞云:「馬白後左足為馵,震為左為足,初陽白,故為馵足。」為作足者,作,起也,震足起,故為作足。王劭云:「馬行先作弄四足也。」為的顙者,虞云:「的,白顙額也。震反生,以初為顙,初陽白,故為的顙。」

象を取りて「馵足」と為すは、虞翻に曰く、馬の後左蹄が白なるを「馵」と呼ぶ。震は象を取りて左と為しまた象を取りて足と為し、震の初爻は陽に属してその色は白なり。ゆえに馵足を為す。象を取りて「作足」と為すは、「作」はすなわち擡起にして、震の象る所の足は能く挙起す。ゆえに作足を為す。王劭に曰く、馬は起步の前に先ず四蹄を摆弄するを要す。象を取りて「的顙」と為すは、虞翻に曰く、「的」とは額上の白斑にして、震に倒生の象あり。ゆえに初爻を以て額と為し、初爻は陽に属してその色は白なり。ゆえに額上に白斑あるの馬なり。

其於稼也為反生者,宋云:「陰在上,陽在下,故為反生,謂枲豆之類,戴甲而生。」一曰震春為生,乾陽反初,故曰反生也。其究為健為蕃鮮者,虞云:「震巽相薄,變而至三則下象究,與四成乾,故其究為健為蕃鮮。巽究為躁卦,躁卦則震,震雷巽風無形,故卦特變耳。」案:變至三則成巽,故云下象究;二至四體乾,故與四成乾,乾健也;蕃鮮白也,巽為白,故云耳。

莊稼に就きて言えば象を取りて「反生」と為すは、宋衷に曰く、陰爻は上に在り陽爻は下に在る。ゆえに倒れて生長するにして、指す所は麻・豆の一類の種殻を頂いて土より出づるの作物なり。另一种の説は曰く、震は春季に当たりて発生を主り、乾の陽気は初位に返回す。ゆえに「反生」と呼ぶ。象を取りて「その究は健を為し蕃鮮を為す」と為すは、虞翻に曰く、震と巽との両卦は相互に逼近し、震は第三爻に変到すれば則ち下卦の象は窮尽して、第四爻と合して乾体を成す。ゆえに推究して極処に至れば便ち剛健・便ち繁盛鮮明なり。巽は推究して極処に至れば則ち躁卦を成し、躁卦はすなわち震なり。雷と風とはみな固定形体なく、ゆえにただこの両卦のみ特別に変化を標出す。恵棟の按に曰く、震は第三爻に変到すれば則ち巽を成す。ゆえに「下象は窮る」と言う。二爻から四爻までは互体して乾を成す。ゆえに「四と与に乾を成す」と言い、乾の性情はまさに剛健なり。「蕃鮮」は鮮白の義にして、巽は象を取りて白と為す。ゆえにこのようの講法あり。

○巽為木者,柔爻為草,剛爻為木,震為蒼筤竹為萑葦為稼,皆柔爻也;巽為木,謂剛爻也。為風者,陸云:「風,土氣也。巽,坤之所生,故為風。」亦取靜於本而動於末也。為長女者,荀云:「柔在初。」為繩直者,翟元云:「上二陽共正一陰,使不得邪辟,如繩之直也。」為工者,荀云:「以繩木故為工。」

以下は巽卦の取象を講ず。巽は象を取りて木と為すは、柔爻は象を取りて草と為し剛爻は象を取りて木と為すを以て。震は象を取りて青竹と為し蘆葦と為し莊稼と為すは取る所はみな柔爻にして、而も巽は象を取りて木と為すは取る所は剛爻なり。象を取りて風と為すは、陸績に曰く、風は土の気にして、巽は坤に由りて生ぜらるる所なり。ゆえに風を為す。もまた樹木の根本は安静にして枝梢は揺動するの意思を取る。象を取りて長女と為すは、荀爽に曰く、柔爻が初位に居るを以てなり。象を取りて繩墨の筆直と為すは、翟元に曰く、上面の両個の陽爻は共同に一個の陰爻を匡正して、それをして偏邪すること能わざらしめ、繩墨の弾出せる線のごとく直なり。象を取りて工匠と為すは、荀爽に曰く、工匠は繩墨を用いて木材に正を取る。ゆえに工を為す。

為白者,虞云:「乾陽在上,故白也。」為長為高者,虞云:「乾陽在上長故高。」為進退者,二陽為進,初陰為退。巽為木,《說文》引《易》曰「地可觀者莫可觀於木」,木於五事屬貌,容止可觀,進退可度,是其義也。為不果者,巽,兌之反也,兌為決,故巽為不果。為臭者,虞云:「臭,氣也,風至知氣,巽二入艮鼻,故為臭。」

象を取りて白と為すは、虞翻に曰く、乾の陽爻は上に在り、陽色は明白なり。ゆえに白を為す。象を取りて長と為し高と為すは、虞翻に曰く、乾陽は上に居りて伸長す。ゆえに高を為す。象を取りて進退不定と為すは、上面の両個の陽爻は前進を主り、初位の陰爻は退縮を主るを以てなり。巽は象を取りて木と為すは、『説文』は『易』を引きて曰く「地上に於いて瞻観すべきに供するは樹木より観るに足るはなし」と。木は『洪範』の五事に「貌」に属し、儀容挙止は瞻観に供すべく、進退動静は法度を作るべし——まさにこの層の意思なり。象を取りて猶疑不決と為すは、巽は兌の反対の卦にして、兌は決断を主る。ゆえに巽は反って不果決なり。象を取りて気味と為すは、虞翻に曰く、「臭」とはすなわち気なり。風は一たび吹来すれば便ち気味を弁出することを得。巽の第二爻は互体艮の象る所の鼻に進入す。ゆえに臭を為す。

其於人也為宣髮者,鄭云:「頭髮顥落曰宣,取四月靡草死,髮在人體猶靡草在地。」虞云:「為白故宣髮。」馬君以宣為寡髮,非也。案:古宣鮮字皆讀為斯,《詩·瓠葉》云「有兔斯首」,鄭箋云:「斯,白也。」今俗斯白之字作鮮,齊魯之間聲近期。宣二年《春秋傳》云「于思于思」,賈逵曰:「頭白貌。」思斯同音,宣讀如斯,故訓為白也。

人に就きて言えば象を取りて「宣髪」と為すは、鄭玄に曰く、頭髪の花白脱落するを「宣」と呼び、四月に靡草枯死の象を取り、頭髪は人身上に長ずるは靡草の地上に長ずるがごとし。虞翻に曰く、巽は象を取りて白と為す。ゆえに白髪なり。馬融は「宣」を頭髪稀少と解す——対ならず。恵棟の按に曰く、古時の「宣」「鮮」の二字はみな「斯」と同読す。『詩経·小雅·瓠葉』に「兎の斯首あり」と言い、鄭玄の箋注に「斯はすなわち白なり」と言う。今天の俗写は「斯白」の「斯」を「鮮」と写作す——斉魯の一带はこれら几个字の読音は相近し。『左傳』の宣公二年は宋人が華元を譏笑して「于思于思」と記し、賈逵の注に曰く、これは頭髪斑白の様子を形容するなり。「思」と「斯」とは同音にして、「宣」は「斯」のごとく読む。ゆえに白と訓作す。

為廣顙者,虞云:「變至三坤為廣,四動成乾為顙,故為廣顙。」為多白眼者,虞云:「為白,離目上向則白眼見,故多白眼。」為近利市三倍者,虞云:「變至三成坤,坤為近;四動成乾,乾為利;至五成噬嗑,故稱市;乾三爻為三倍,故為近利市三倍。」其究為躁卦者,虞云:「震內體為專,外體為躁,變至五成噬嗑,動上成震,故其究為躁卦。八卦諸爻惟震巽變耳。」

象を取りて寛額と為すは、虞翻に曰く、巽は第三爻に変じて坤を成し、坤に広大の義あり。第四爻は変動して乾を成し、乾は象を取りて額と為す。ゆえに寛額なり。象を取りて眼白多と為すは、虞翻に曰く、巽は象を取りて白と為し、離の象る所の眼睛は上に向かいて翻れば則ち眼白を露出す。ゆえに多白眼なり。象を取りて「利に近きは市三倍」と為すは、虞翻に曰く、第三爻に変じて坤を成し、坤に近の意思あり。第四爻は動きて乾を成し、乾に利の意思あり。第五爻に変じて『噬嗑』を成し、『噬嗑』は象を取りて日中に市を為す。ゆえに「市」と称す。乾に三爻あり。ゆえに三倍なり——合せてすなわち就近平して利を獲得し、売買は三倍の息を得るなり。象を取りて「その究は躁卦を為す」と為すは、虞翻に曰く、震は内卦を作る時は象を取りて専一と為し、外卦を作る時は象を取りて躁動と為す。巽は第五爻に変じて『噬嗑』を成し、上爻再び動けば則ち震を成す。ゆえに推究して極処に至りて躁卦を成す。八卦の各爻の中、ただ震・巽の両卦のみこの種の「その究」の変を標出す。

○坎為水者,《說文》曰:「出,準也,北方之行,象眾水並流,中有微陽之氣也。」為溝瀆者,虞云:「以陽闢坤,水性流通,故為溝瀆也。」為隱伏者,虞云:「陽藏陰中,故為隱伏也。」為矯揉者,宋云:「使曲者更直為矯,直者更曲為揉,水流有曲直,故為矯揉也。」

以下は坎卦の取象を講ず。坎は象を取りて水と為すは、『説文解字』に曰く、水は平の標準を取るにして、北方の行に属し、字形は衆水が並流するに象り、中間の一笔は隠微の陽気を表示す(底本の「水」字は誤りて「出」と作る)。象を取りて溝渠と為すは、虞翻に曰く、陽爻は坤体を開闢し、水性は流通して阻まず。ゆえに溝渠を為す。象を取りて隠蔵潜伏と為すは、虞翻に曰く、陽爻は両陰の中に蔵す。ゆえに隠伏を為す。象を取りて「矯揉」と為すは、宋衷に曰く、弯なるを直にするを「矯」と呼び、直なるを弯にするを「揉」と呼ぶ。水流に曲あり直あり。ゆえに矯揉を為す。

為弓輪者,虞云:「可矯揉,故為弓輪。坎為月,月在庚為弓,在甲象輪,故為弓輪也。」案:虞據納甲為言。又坎在丁上弦,在丙下弦,故《參同契》曰:「上弦兌數八,下弦艮亦八。」《賈誼新書》曰:「古之為路輿,三十輻以象月」是也。

象を取りて弓と車輪と為すは、虞翻に曰く、木材は矯揉して形を成すべし。ゆえに弓輪を為す。坎は象を取りて月と為し、納甲の法に按ずれば、月は庚方に現るる時は形は弯弓のごとく、甲方に行至る時はその形は輪のごとし。ゆえに弓輪を為す。恵棟の按に曰く、虞翻は納甲の説に依りて論を立つ。このほか月は丁方に到れば上弦にして、丙方に到れば下弦なり。ゆえに『周易参同契』に「上弦の時は兌の数は八にして、下弦の時は艮の数もまた八なり」と言う。賈誼の『新書』に「古人は車を造り、車輪は三十根の輻条にして、用いて一月三十日の象を取る」と言うは、まさにこの道理なり。

其於人也為加憂者,虞云:「兩陰失心為多眚,故加憂。」案:兩陰謂三初也。為心病者,虞云:「為勞而加憂,故心病。」亦以坎二折坤為心病也。為耳痛者,坎為耳為疾,故為耳痛也。為血卦者,血陰類,坎流坤,故為血卦。為赤者,《白虎通》曰:「十一月之時,陽氣始養根株黃泉之下,萬物皆赤。」故為赤也。

人に就きて言えば象を取りて憂慮加重と為すは、虞翻に曰く、坎の両個の陰爻は中心の陽を失掉し、則ち多く灾眚あり。ゆえに憂慮は加深す。恵棟の按に曰く、いわゆる両陰とは初爻と三爻とを指す。象を取りて心病と為すは、虞翻に曰く、労苦に因りて憂慮は加重す。ゆえに心口疼痛す。もまた坎の第二爻は坤体を断裂し、坤の象る所の腹心は受損し、因りて心病と言うべし。象を取りて耳痛と為すは、坎は象を取りて耳と為しまた象を取りて疾患と為すを以て、合せてすなわち耳痛なり。象を取りて血卦と為すは、血は陰類に属し、坎の陽気は坤陰の中に流行す。ゆえに血卦を為す。象を取りて赤色と為すは、『白虎通』に曰く、十一月の時候は陽気は始めて黄泉の下に於いて草木の根株を滋養し、万物の根はみな赤色を呈す。ゆえに赤を為す。

其於馬也為美脊者,宋云:「陽在中央,美脊之象。」為極心者,荀云:「極,中也。」乾為馬,坎中爻乾也,故為極心。為下首者,乾為首,陽陷坤中,故為下首。為薄蹄者,蹄,震也;薄,迫也。陽不在初,行則迫地,故為薄蹄。為曳者,初足不正,故為曳也。

馬に就きて言えば象を取りて脊背健美と為すは、宋衷に曰く、陽爻は中に居り、まさに脊梁挺美の象なり。象を取りて「極心」と為すは、荀爽に曰く、「極」はすなわち中なり。乾は象を取りて馬と為し、坎の中爻はもと乾の陽爻なり。ゆえに心力剛強の馬なり。象を取りて頭を低くすと為すは、乾は象を取りて頭と為すを以て、如今陽爻は坤陰の中に陥り、頭は則ち低垂し去る。象を取りて蹄薄と為すは、「蹄」は震に象を取り、「薄」は迫近の意思なり。坎の陽爻は初位に在らず、馬は行走する時は蹄子は地面に緊貼す。ゆえに薄蹄なり。象を取りて腿を拖いて走ると為すは、初爻の象る所の足は位置正しからざるを以て、走起せば則ち拖沓す。

其於輿也為多眚者,虞云:「眚,敗也。坤為大,坎折坤體,故為車多眚也。」為通者,坎為大川,為溝瀆,以達於川,故為通也。為月者,虞云:「坤為夜,以坎陽光坤,故為月也。」為盜者,虞云:「水行潛竊,故為盜也。」其於木也為堅多心者,虞云:「陽剛在中,故堅多心,棘屬也。」

車に就きて言えば象を取りて屢々毛病を出すと為すは、虞翻に曰く、「眚」は敗壊なり。坤は象を取りて大車と為す(底本の「大」の下もまた「輿」字を脱す)、坎の陽爻は坤体を折断す。ゆえに車子は多く損壊あり。象を取りて通達と為すは、坎は象を取りて大河と為しまた象を取りて溝渠と為すを以て、溝渠は大河に通ず。ゆえに通を為す。象を取りて月と為すは、虞翻に曰く、坤は象を取りて夜と為し、坎の陽爻は坤夜の中に放光す。ゆえに月を為す。象を取りて盗賊と為すは、虞翻に曰く、水流は暗中に渗漏して偷行す。ゆえに盗を為す。樹木に就きて言えば象を取りて堅実にして髓心多きと為すは、虞翻に曰く、陽剛は中に居る。ゆえに堅硬にして心多く、酸棗の一類の木に属す。

○離為火者,《說文》曰:「火,毀也,南方之行,炎而上也。」為日者,荀云:「陽外光也。」為電者,鄭云:「取火明也,多明似日,暫明似電也。」為中女者,荀云:「柔在中也。」為甲冑者,虞云:「外剛故為甲。乾為首,巽繩貫甲而在首上,故為冑。」冑,兜鍪也。為戈兵者,虞云:「乾為金,離火斷乾燥而煉之,故為戈兵也。」

以下は離卦の取象を講ず。離は象を取りて火と為すは、『説文解字』に曰く、火に毀滅の義ありて、南方の行に属し、火焰は騰騰として向上す。象を取りて太陽と為すは、荀爽に曰く、陽爻は外に在りて光を放つ。象を取りて閃電と為すは、鄭玄に曰く、取る所は火の明亮なり。長久の明亮は太陽に象り、短暫の明亮は閃電に象る。象を取りて中女と為すは、荀爽に曰く、柔爻は中位に居る。象を取りて鎧甲頭盔と為すは、虞翻に曰く、離は外剛内柔なり。ゆえに甲を為す。乾は象を取りて頭と為し、巽の象る所の繩は甲片を穿連して頭上に戴く。ゆえに冑を為す。「冑」はすなわち頭盔なり。象を取りて戈矛兵器と為すは、虞翻に曰く、乾は金に属し、離火は金を截断し、焼紅して鍛錬して器を成す。ゆえに戈兵を為す。

其於人也為大腹者,虞云:「象日常滿,如妊身婦,故為大腹。」乾為大,坤為腹也。為乾卦者,虞云:「火日熯燥物,故為乾卦。」鄭云:「乾當為乾,陽在外能乾正也。」董遇作乾,《列子》曰「木葉乾殻」,張湛讀為乾。若然,乾乾同物,故讀從之。

人に就きて言えば象を取りて大肚子と為すは、虞翻に曰く、離は太陽が常に満つるを象り、懐孕の婦人に譬うがごとし。ゆえに大腹を為す。乾に大の意思あり、坤は象を取りて腹と為す——合せてまさに大腹なり。象を取りて「乾卦」と為すは、虞翻に曰く、火と太陽とは能く万物を烤乾す。ゆえに離は乾燥の卦なり。鄭玄に曰く、この字は応に乾湿の「乾」と読作すべし、陽気は外に在りて能く烘干し能く万物を正定す。董遇本もまた「乾」と写作し、『列子』に「木葉乾殻」の説法ありて、張湛はこれを乾湿の乾と読為す。このごとく照らせば、乾健の「乾」と乾湿の「乾」とはもと一字なり。ゆえにこの読法に依従す。

為鱉為蟹為蠃為蚌為龜者,虞云:「此五者皆取外剛內柔也。」鄭云:「皆骨在外。」其於木也為折上槀者,虞云:「巽木在離中體大過死,巽蟲食心則蠧,蟲食木,故上槀。或以離火燒巽,故折槀。」案:巽蟲者,巽為風,《易本命》曰:「二九十八,八主風主蟲,故蟲八日化。」王充《論衡》曰:「夫蟲,風氣所生,倉頡知之,故凡蟲為風之字取氣於風。」故云巽蟲也。

象を取りて鱉・蟹・螺・蚌・亀と為すは、虞翻に曰く、この五種の動物はみな外殻堅硬・内裏柔軟にして、まさに離の外剛内柔の象に合す。鄭玄に曰く、それらの骨はみな外面に長ず。樹木に就きて言えば象を取りて「折上槀」と為すは、虞翻に曰く、巽の象る所の木は離中に夾まり、互体して『大過』を成し、『大過』に死枯の義あり。巽はまた虫を象り、虫は樹心を蛀食すれば則ち蠹を成し、虫既に木を蛀せば、上端は便ち枯槁す。もまた離火が巽木を焼灼すと言うべし。ゆえに折断して枯焦す。恵棟の按に曰く、いわゆる「巽虫」とは、巽が象を取りて風と為すを以て、『大戴礼記·易本命』に「二乗じて九は十八を得、その中の八は風を主り虫を主る。ゆえに虫は八日を経て化生す」と言う。王充の『論衡』に曰く、虫は風気の生ずる所にして、倉頡はこの道理を懂得せり。ゆえにおよそ虫類の字はみな風に従りて気を取る。因りて巽は虫を為すと言う。

○艮為山者,《周語》曰:「山,土之聚也。」坤為土,陽止坤上,故為山。為徑路者,虞云:「山中徑路。震陽在初,則為大塗;艮陽小,故為徑路。」鄭云:「田間之道曰徑路,艮為之者,取山間鹿兔之蹊。」為小石者,陸云:「剛卦之小,故為小石也。」為門闕者,虞云:「乾為門,艮陽在門外,故為門闕。」兩小山,闕之象也。

以下は艮卦の取象を講ず。艮は象を取りて山と為すは、『国語·周語』に「山は土の聚積して成る所なり」と言う。坤は象を取りて土と為し、一個の陽爻は坤土の上に止息す。ゆえに山を為す。象を取りて小路と為すは、虞翻に曰く、これは山中の小径なり。震の陽爻は初位に在りて気勢大なり。ゆえに大路を為す。艮の陽爻は力小なり。ゆえにただ小径のみ。鄭玄に曰く、田間の道を径路と呼び、艮のこの象を取る所以は、山間の鹿兎が往来して踩出した小道を取るなり。象を取りて小石頭と為すは、陸績に曰く、艮は陽卦の中の最小なり。ゆえに小石を為す。象を取りて門楼闕台と為すは、虞翻に曰く、乾は象を取りて門と為し、艮の陽爻は門の外に在る。ゆえに門闕を為す。両座の小山は対峙して、まさに双闕の象なり。

為果蓏者,果,上也;蓏,二陰也。宋云:「木實謂之果,草實謂之蓏,梅李瓜瓞之屬皆出山谷也。」為閽寺者,宋云:「閽人主門,寺人主巷,艮為止,此職皆掌禁止者也。」為指者,虞云:「艮手多節,故為指。」為拘者,虞云:「指屈信制物,故為拘。」拘舊作狗,上已為狗,字之誤。

象を取りて果と蓏と為すは、「果」は上面の陽爻を指し、「蓏」は下面の両個の陰爻を指す。宋衷に曰く、樹上に結ぶを果と呼び、草蔓の上に結ぶを蓏と呼び、梅・李・瓜・瓞のこの一類はみな山谷の間に産す。象を取りて閽人と寺人と為すは、宋衷に曰く、閽人は宮門を掌守し、寺人は宮巷を掌管し、艮に静止の義あり——この両種の職務はみな出入を禁止するを執掌す。象を取りて手指と為すは、虞翻に曰く、艮は象を取りて手と為し手は骨節多し。ゆえに指を為す。象を取りて拘執と為すは、虞翻に曰く、手指は能く屈し能く伸びて以て外物を制取すべし。ゆえに拘を為す。「拘」字は旧本は「狗」と作るも、而も上文の「艮は狗を為す」はすでに狗を出現せり——これは字形の誤なり。

為鼠者,虞云:「似狗而小,在坎穴中,故為鼠。」《晉》九四是也。為黔喙之屬者,馬云:「黔喙,肉食之獸,謂豺狼之屬。黔,黑也,陽元在前。」鄭云:「取其為山獸。」其於木也為多節者,虞云:「陽剛在外,故多節,松柏之屬。」

象を取りて老鼠と為すは、虞翻に曰く、形状は狗に象りて個頭は小さく、坎の象る所の洞穴の裏に蔵す。ゆえに鼠を為す。『晋卦』の九四爻辞「晋のごとき鼫鼠」はまさにこの象を取る。象を取りて黒嘴の一類の野獣と為すは、馬融に曰く、「黔喙」とは肉を吃するの獣にして、豺狼の類を指す。「黔」はすなわち黒にして、艮の陽爻は前に居り、まさに獣の嘴が黒を発するの状に象る。鄭玄に曰く、それらがみな山中の獣なるを取る。樹木に就きて言えば象を取りて節多きと為すは、虞翻に曰く、陽剛は外に在る。ゆえに枝干は節多く、松柏の一類の樹を指す。

○兌為澤者,虞云:「坎水半見,故為澤。」為少女者,虞云:「坤三索位在末,故少也。」為巫者,乾為神,兌為通,與神通氣,女故為巫。案:山澤通氣,故兌為通也。為口舌者,虞云:「兌得震聲,故為口舌。」為毀折者,虞云:「二折震足,故為毀折。」為附決者,虞云:「乾體末圜,故附決。」則果蓏之屬也。

以下は兌卦の取象を講ず。兌は象を取りて沼沢と為すは、虞翻に曰く、坎水はただ一半を显露し、積みて流れずれば則ち沢を成す。象を取りて少女と為すは、虞翻に曰く、兌は坤が第三次に求索して得たる所にして、位次は最も末なり。ゆえに最小の女児なり。象を取りて巫祝と為すは、乾は象を取りて神と為し、兌に通の意思ありて、能く神霊と気を通じ、また女子に属すを以て、ゆえに巫を為す。恵棟の按に曰く、『説卦』は「山沢は気を通ず」と講ず。ゆえに兌は象を取りて通と為す。象を取りて口舌と為すは、虞翻に曰く、兌は震の声音の象を得たり。ゆえに口舌を為す。象を取りて毀壊折断と為すは、虞翻に曰く、兌の第二爻は震の象る所の足を折断せり。ゆえに毀折を為す。象を取りて依附して後に决裂と為すは、虞翻に曰く、乾体は末端に到りてなお円にして、果実は枝に附して後に脱落す。ゆえに附決を為す。これもまた果蓏の一類の象に属す。

其於地也為剛滷者,虞云:「乾二陽在下,故剛;澤水潤下,故咸。」為妾者,虞云:「三少女位賤,故為妾。」為羔者,虞云:「羔,女使,皆取位賤,故為羔。」舊讀羔為羊,非也。鄭本作陽,云:「此陽讀為養,無家女行賃炊,今時有之,賤於妾也。」

土地に就きて言えば象を取りて堅硬の塩鹹地と為すは、虞翻に曰く、乾の両個の陽爻は下に在る。ゆえに土質は堅硬なり。沢水は浸潤して下に向かう。ゆえに味は鹹なり。象を取りて侍妾と為すは、虞翻に曰く、兌は排行第三の少女にして、地位は卑下なり。ゆえに妾を為す。象を取りて「羔」と為すは、虞翻に曰く、「羔」は供役使するの女子を指し、妾と同様に地位卑賤の義を取る。旧本は「羔」を「羊」と読作するは、対ならず。鄭玄本は「陽」と写作し、彼に曰く、この「陽」は応に「養」と読為すべし、家なく帰るなく雇われて人に替わりて飯を作るの女子を指し、当時はなおこの種の人ありて、地位は妾よりもなお低し。

○以上八卦取象,猶未備,故又取九家及虞氏以該《易》之象焉。九家所載乃《說卦》之逸象。乾六爻稱六龍,故為龍;其動也直,故為直。黃帝堯舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤,上曰衣,下曰裳,故乾為衣,坤為裳。震為言,謂乾初也。

以上の八卦に列せる象はなお完備に足らず。ゆえにまた九家の『易』と虞翻の説法を采取して、用いて『周易』の全部の象を涵括す。九家の載する所は、まさに『説卦傳』の散失して外に在るの逸象なり。乾の六爻は「六竜」と称す。ゆえに乾は象を取りて竜と為す。乾の運動は直遂にして曲らず。ゆえに象を取りて直と為す。『繫辭』に黄帝・尭・舜は衣裳を垂れて天下は大治すと言う——ほぼ乾坤両卦に象を取る。上身を衣と呼び、下身を裳と呼ぶ。ゆえに乾は象を取りて衣と為し、坤は象を取りて裳と為す。震は象を取りて言語と為すは、指す所は乾の初爻にして、陽は動きて声を出す。

陰陽之義闢諸雌雄,牝以合牡,猶坤以配乾,故坤為牝,經「利牝馬之貞」是其義也。坤先迷,故為迷。上已為枋,傳寫訛為柄,故重出方也。六四「括囊」,故為囊。天玄而地黃,故為黃。莊二十一年《春秋傳》曰:「庭實旅百,奉之以玉帛,天地之美具焉。」杜預注云:「乾為玉,坤為帛。」是為帛也。酒主陽,漿主陰,坤陰,故為漿。

陰陽の道理は雌雄を拿りて打比方すべし:雌と雄とは相配すれば、坤と乾との相配するがごとし。ゆえに坤は象を取りて雌と為す——『坤卦』の卦辞「牝馬の貞に利あり」はまさにこの層の意思なり。『坤卦』の卦辞はまた「先ず迷いて後に主を得」と言う。ゆえに坤は象を取りて迷と為す。上文の「坤は柄を為す」の「柄」はもと「枋」と作るべきを、伝抄する時に訛りて「柄」と成れり。ゆえに逸象の裏にまた重ねて一個の「方」を出す。『坤』の六四爻辞に「嚢を括る」と言う。ゆえに象を取りて口袋と為す。「天は玄にして地は黄なり」。ゆえに坤は象を取りて黄と為す。『左傳』の荘公二十一年の記載に、庭中に陳列する所の礼物は上百件ありて、また玉と帛とを奉上す——天地間の美物はみな斉備せり。杜預の注に曰く、乾は象を取りて玉と為し、坤は象を取りて帛と為す。これすなわち坤が帛を為すの来歴なり。酒は陽に属し、漿は陰に属す。坤は陰なり。ゆえに象を取りて漿と為す。

帝出乎震,今之王,古之帝,故震為王。鵠,聲之遠聞者,故為鵠。《考工記》曰:「凡冒鼓必於啟蟄之日。」鄭彼注云:「蟄蟲好聞雷聲而動,所以取象。」《太玄》云:「三八為木,為東方,為春,為鼓。」注云:「如雷聲也。」震為雷,故為鼓。《大過》體巽,九二「枯楊生梯」,巽為木,故為楊。巽為風,鸛,水鳥知風雨者,故為鸛。

『説卦』は「帝は震に出づ」と講ず——今天のいわゆる王はすなわち古代のいわゆる帝なり。ゆえに震は象を取りて王と為す。天鵝の鳴声は伝うること極めて遠く、震は雷声を主る。ゆえに象を取りて鵠と為す。『考工記』に曰く、およそ鼓皮を蒙するは、必ず驚蟄のあの日を選ぶ。鄭玄の注に曰く、蟄伏する所の虫子は雷声を聞くを喜びて振動し、鼓を蒙するはまさにこの象を取るなり。揚雄の『太玄』に曰く、三と八との数は木を為し東方を為し春を為し鼓を為す。注解に曰く、鼓声が雷に象るを以てなり。震は既に雷を為せば、ゆえに象を取りて鼓と為す。『大過卦』の下体は巽にして、九二爻辞に「枯楊は稊を生ず」と言い、巽は象を取りて木と為す。ゆえに巽は象を取りて楊樹と為す。巽はまた風を為し、鸛は能く風雨を預知するの水鳥なり。ゆえに巽は象を取りて鸛と為す。

坎十一月律中黃鍾,黃鍾為宮,為聲調之始,故坎為宮。《釋言》曰:「坎,律銓也。」樊光注云:「坎卦水,水性平,律亦平,銓亦平也。」六律為萬事根本,黃鍾又為六律之本,故為律。為可者,可,河字磨滅之餘,又石鼓文河作可,蓋古文也。坎為大川,故為河。

坎は十一月に当たり、音律は黄鐘に配す。黄鐘は宮音に属し、五声调式の開端なり。ゆえに坎は象を取りて宮と為す。『爾雅·釋言』に曰く、坎とはすなわち律にしてすなわち銓なり。樊光の注に曰く、坎卦は水に属し、水性は平を求め、律管は平を求め、秤銓もまた平を求む。六律は万事の根本にして、黄鐘はまた六律の根本なり。ゆえに坎は象を取りて律と為す。至りて象を取りて「可」と為すは、「可」は「河」字の磨損残缺して剩る所の部分にして、再び『石鼓文』の裏に「河」はまさに「可」と写作す——ほぼ古文の写法なり。坎は象を取りて大川と為す。ゆえに象を取りて河と為す。

為楝未詳,或云當為棟,《大過》「棟橈」謂坎也。案虞氏注《大過》以巽木為棟,疑不能明也。為叢棘者,坎於木為堅多心,故為叢棘。坎上六「示于叢棘」是也。坎為鬼,《說文》曰:「狐者鬼所乘。」故為狐。子夏曰:「坎為小狐。」干寶亦云為狐也。疾藜棘類,《困》六三「據于蒺藜」,虞氏亦云坎也。

象を取りて「楝」と為すは、含义は詳かならず、人ありて応に「栋」と作るべしと言い、『大过卦』の「栋橈」は講ずる所まさに坎なり。恵棟の按に曰く、虞翻が『大过』に注するは巽木を以て栋と為す——この一条は存疑にして、説き明白かならず。象を取りて叢生の荆棘と為すは、坎が樹木に就きて言えば堅実にして心多きの木なるを以て、ゆえに叢棘を為す。『坎卦』の上六爻辞「叢棘に寘く」はまさにこの象なり。坎はまた象を取りて鬼と為し、『説文』に「狐狸とは鬼の乗騎する所なり」と言う。ゆえに象を取りて狐と為す。子夏に坎は小狐を為すと言い、干宝もまた坎は狐を為すと言う。蒺藜は棘類に属し、『困卦』の六三爻辞に「蒺藜に拠る」と言い、虞翻もまたこれを坎象と言う。

《蒙》初六曰「用說桎梏」,虞注云:「坎為穿木,震足艮手,互與坎連,故為桎梏。」昭四年《春秋傳》曰:「純離為牛。」坤為牝,坤二五之乾成離,故為牝牛。艮為鼻者,管寧曰:「鼻者,艮天中之山。」裴松之案:「相書謂鼻之所在為天中,鼻有山象,故曰天中之山。」《噬嗑》六二「噬膚滅鼻」,鼻謂艮也。

『蒙卦』の初六爻辞に「用いて桎梏を説く」と言い、虞翻の注に曰く、坎は穿鑿せたる木頭を象り、震は足を象り艮は手を象り、互体は坎と相連り、足と手とはみな木具に鎖せらる。ゆえに脚鐐手銬を為す。『左傳』の昭公四年に「純離の卦は牛を為す」と言い、坤は象を取りて雌と為し、坤の第二爻と第五爻とは乾に交入して離を成す。ゆえに離は象を取りて母牛と為す。艮は象を取りて鼻と為すは、管寧に曰く、鼻子とはすなわち艮の象る所の「天中の山」なり。裴松之の按語に曰く、相書は鼻子の在る所の部位を「天中」と呼び、鼻子は隆起して山の形状あり。ゆえに天中の山と呼ぶ。『噬嗑卦』の六二爻辞「膚を噬いて鼻を滅す」、あの鼻はまさに艮象なり。

為虎者,艮無虎象,虎當為膚字之誤也,虞氏亦云艮為膚也。為狐者,《未濟》卦辭曰:「小狐訖濟。」虞注云:「否艮為狐。」僖十四年《春秋傳》曰:「其卦遇《蠱》,曰獲其雄狐。」《蠱》上體艮為狐也。坎為狐,取其形之隱也;艮為狐,取其喙之黔也。兌為常者,九家注云:「常,西方之神也。」輔頰者,兌上也,《咸》上曰「咸其輔頰舌」,故為輔頰也。以上逸象凡三十一,訛一羨一,實三十也。

象を取りて虎と為すも、而も艮は竝びに虎の象なし——「虎」は当に「膚」字の誤なるべし、虞翻もまた艮は象を取りて膚と為すと言う。象を取りて狐と為すは、『未済』の卦辞に「小狐は汔く済る」と言い、虞翻の注に『否卦』の裏の艮は象を取りて狐と為すと言う。『左傳』の僖公十四年の記載に、占い得たる卦は『蠱』にして、繇辞に「その雄狐を獲」と言う。『蠱卦』の上体は艮なり。ゆえに艮は狐を為す。坎は象を取りて狐と為すは、それが形跡隠蔽なるを取る。艮は象を取りて狐と為すは、それが嘴部が黒を発するを取る。兌は象を取りて「常」と為すは、九家の注に曰く、常は西方の神なり。象を取りて面頰と為すは、兌の上爻を指し、『咸卦』の上六爻辞「その輔頰舌を咸す」。ゆえに輔頰を為す。以上の九家逸象は合計三十一条ありて、その中の一条は訛字にして一条は重出す——実際にはただ三十条あるのみ。

○虞氏傳其家五世孟氏之學,八卦逸象十倍於九家。如乾逸象六十一:為王,為神,為人,為聖人,為賢人,為君子,為善人,為武人,為行人,為物,為敬,為威,為嚴,為道,為德,為信,為善,為良,為愛,為忿,為生,為慶,為祥,為嘉,為福,為祿,為積善,為介福,為先,為始,為知,為大,為盈,為肥,為好,為施,為利,為清,為治,為高,為宗,為甲,為舊,為久,為古,為畏,為大明,為晝,為遠,為郊,為野,為門,為大謀,為道門,為百,為歲,為朱,為頂,為圭,為蓍。

虞翻の一家は五代相伝えて孟喜一派の『易』学にして、彼の用いる所の八卦逸象は九家の『易』より十倍を多出す。単に乾の一卦の逸象にしてすでに六十一条あり:王・神・人・聖人・賢人・君子・善人・武人・出行の人・物・恭敬・威・荘厳・道・徳・誠信・善・良・愛・忿怒・生・喜慶・祥瑞・嘉美・福・禄・積善・大福・先・始・智・大・盈満・肥厚・美好・施与・利・清・治・高・宗主・甲・旧・久・古・敬畏・大明・白昼・遠・近郊・曠野・門・大の謀略・道門・百・歳・朱紅・頭頂・玉圭・蓍草。これらの条目は或るは乾の尊貴を取り、或るは乾の剛健を取り、或るは乾の光明久遠を取り、みな乾徳より推衍して出づ。九家の補う所は過ぎず四条、虞氏の家伝は却ってこのごとく繁富なり——足りて漢人の『易』を解するは処処に象を以て拠と為すを見る。

坤象八十一:為妣,為民,為刑人,為小人,為鬼,為尸,為形,為自,為我,為躬,為身,為拇,為至,為安,為康,為富,為財,為積,為重,為厚,為基,為致,為用,為包,為寡,為徐,為營,為下,為裕,為虛,為書,為永,為邇,為近,為思,為默,為惡,為禮,為義,為事,為類,為閉,為密,為恥,為欲,為過,為丑,為惡,為怨,為害,為終,為喪,為死,為殺,為亂,為喪期,為積惡,為冥,為晦,為夜,為暑,為乙,為年,為十年,為盍,為戶,為闔戶,為庶政,為大業,為土,為田,為邑,為國,為邦,為大邦,為鬼方,為器,為缶,為輻,為虎,為黃牛。

坤の逸象に八十一条あり:亡母・百姓・受刑の人・小人・鬼・尸・形体・自・我・躬・身・拇指・至・安・康・富・財・積聚・重・厚・基址・招致・施用・包容・寡少・徐緩・経営・下・寛裕・虚・文書・永・邇・近・思・沈黙・厭悪・礼・義・事・類・閉・密・羞恥・欲・過失・醜・悪・怨・害・終・喪・死・殺・乱・居喪の期・積悪・幽冥・晦暗・夜・暑・天干乙・年・十年・盍・門戸・閉戸・衆政・大業・土・田・邑・国・邦・大邦・鬼方・器・瓦缶・車輻・虎・黄牛。この一長串の条目は、或るは坤の柔順卑下を取り、或るは坤の含蔵閉斂を取り、或るは坤の幽暗と終尽とを取り、或るは坤が土を為し地を為すに因りて田邑邦国に推及す。名目は多しといえども、みな坤徳の範囲を跳出さず。

震象四十九:為帝,為主,為諸侯,為人,為行人,為士,為兄,為夫,為元夫,為行,為徵,為出,為逐,為作,為興,為奔,為奔走,為驚衛,為百,為言,為講,為議,為問,為語,為告,為響,為音,為應,為交,為懲,為後,為世,為從,為守,為左,為生,為緩,為寛仁,為樂,為笑,為大笑,為陵,為祭,為鬯,為草莽,為百榖,為麋鹿,為筐,為趾。

震の逸象に四十九条あり:帝・主・諸侯・人・出行の人・士・兄・丈夫・元夫・行走・征伐・外出・追逐・興作・興起・奔・奔走・驚動護衛・百・言語・講・議・発問・告語・回响・声音・応和・交・懲戒・后・世・随从・守・左・生・和緩・寛仁・快楽・笑・大笑・丘陵・祭祀・鬯酒・草莽・百穀・麋鹿・竹筐・脚趾。これらの条目は大抵震の三层の性情より推して来たる:雷は動きて外出を主る。ゆえに行・征・奔の一類あり。雷声は口より出づ。ゆえに言・音・笑の一類あり。震は春季に当たりて発生を主る。ゆえに草莽・百穀の一類あり。

坎象四十七:為雲,為元云,為大川,為志,為謀,為惕,為疑,為恤,為逖,為悔,為涕洟,為疾,為災,為破,為罪,為悖,為欲,為淫,為獄,為暴,為毒,為虛,為瀆,為孚,為平,為則,為經,為法,為藂,為聚,為習,為美,為後,為入,為納,為臀,為腰,為膏,為陰夜,為歲,為三歲,為酒,為鬼,為校,為穿木,為弧,為弓彈。

坎の逸象に四十七条あり:雲・大雲・大川・心志・謀慮・警惕・疑慮・憂恤・疏遠・悔・涕涙・疾病・灾禍・破敗・罪・悖乱・欲・淫・牢獄・凶暴・毒・虚・溝瀆・誠信・平・準則・経常・法度・叢・聚・習・美・后・入・納・臀・腰・脂膏・陰夜・歳・三年・酒・鬼・枷械・穿鑿の木・弧・弓弾。その中の憂・疑・疾・灾・獄・罪の一類は坎の険陥を取り、孚・平・則・経・法の一類は水性の均平を取り、雲・大川・酒・膏の一類は則ち水の本象を取る。

艮象三十七:為弟,為小子,為賢人,為童,為童僕,為官,為友,為道,為時,為小狐,為狼,為碩,為碩果,為慎,為順,為待,為執,為厚,為求,為篤實,為穴居,為城,為宮,為庭,為廬,為牖,為居,為舍,為宗廟,為社稷,為星,為斗,為沫,為肱,為背,為尾,為皮。

艮の逸象に三十七条あり:弟・小子・賢人・童子・童僕・官・朋友・道路・時・小狐・狼・碩大・碩果・謹慎・順・等待・執持・厚・求取・篤実・穴居・城・宮室・庭院・廬舍・窓牖・居・舍・宗廟・社稷・星・北斗・沫・臂肱・脊背・尾・皮。その中の弟・小子・童僕は艮が少男なるを取り、慎・待・執・篤実は艮の静止を取り、城・宮・庭・廬・宗廟は則ち艮が門闕を為し山止なるの象を取る。

巽象二十:為命,為誥,為號,為隨,為處,為利,為商,為同,為歸,為交,為白茅,為草莽,為草木,為薪,為帛,為墉,為床,為桑,為虵,為魚。離象十九:為黃,為見,為飛,為明,為光,為甲,為孕,為戎,為刀,為斧,為資斧,為矢,為黃矢,為罔,為鸖,為鳥,為飛鳥,為甕,為瓶。兌象九:為友,為朋,為刑,為刑人,為小,為密,為見,為右,為少知。以上逸象共三百二十三,義備疏中,不復訓也。

巽の逸象に二十条あり:命令・誥命・号令・随・処・利・商賈・同・帰・交・白茅・草莽・草木・柴薪・帛・城墻・床・桑樹・蛇・魚。前の一半は巽が風を為し風行して号令は随いて出づるを取り、後の一半は巽が木を為し繩を為し入を為すを取る。離の逸象に十九条あり:黄・見・飛・明・光・甲・懐孕・兵戎・刀・斧・資斧・箭矢・黄矢・羅網・鶴・鳥・飛鳥・瓮・瓶——大抵は離の光明および外剛内柔を取る。兌の逸象に九条あり:友・朋・刑・受刑の人・小・密・見・右・少知——大抵は兌が少女を為し口舌を為し毀折を為すを取る。以上の虞翻の用いたる逸象は合計三百二十三条にして、各条の義理は前面の疏文の裏にすでに皆具われり。ここに再び一一に訓釋せず。

周易述 巻二十・元和恵棟撰

易微言 上

元

《易·上經》曰:「乾,元亨利貞。」述曰:元,始也,乾初為道本,故曰元。六爻發揮,旁通於坤,故亨。利貞者,六爻皆正,成既濟定也。《彖傳》曰:「大哉乾元,萬物資始,乃統天。」述云:資,取;統,本也。大衍之數五十,其用四十有九,其一元也,故六十四卦萬一千五百二十筴皆取始於乾元。筴取始於乾,猶萬物之生本乎天。

『周易』の上経の『乾卦』の卦辞に曰く「乾は元亨利貞なり」と。恵棟の自述に曰く、「元」とはすなわち開始にして、乾卦の初爻は全部の道理の根本なり。ゆえに「元」と呼ぶ。六爻は依次に作用を発揮し、坤卦と旁通交感す。ゆえに能く「亨」なり。いわゆる「利貞」とは、六爻が各々正位に帰して『既済』の定局を成就するなり。『乾卦·彖傳』に曰く「偉大なるかな乾の元、万物はみなそれを靠りて開始し、それは整個の天道を統攝す」と。恵棟の自述に曰く、「資」は取用にして、「統」は根本なり。大衍の数は五十にして、実際には四十九根を使用し、多出するあの一根はすなわち「元」なり。ゆえに六十四卦の合計一万一千五百二十策はみな乾元より開端を取得す。蓍策が乾を以て始と為すは、まさに万物の生長が天を以て本と為すがごとし。

又曰:「至哉坤元,萬物資生,乃順承天。」述云:乾坤相併俱生,合於一元,故萬一千五百二十筴皆受始於乾,由坤而生也。天地既分,陽升陰降,坤為順,故順承天。

『坤卦·彖傳』はまた曰く「極致なるかな坤の元、万物はみなそれを靠りて生養し、それは順応して上天を承奉す」と。恵棟の自述に曰く、乾と坤とは並列して同時に産生し、共同に一個の「元」に帰合す。ゆえに一万一千五百二十策はみな乾より開始し、再び坤に由りて生養して出づ。天地分判の後、陽気は上昇し陰気は下降し、坤の徳性は順従なり。ゆえにそれが順にて上天を承ると言う。

《文言》曰:「元者善之長也。」述云:始息於子,故曰善之長。外傳曰:「震雷長也,故曰元。」《尚書·召誥》曰:「其維王位在德元。」

『乾卦·文言』に曰く「元は衆善の首なり」と。恵棟の自述に曰く、陽気は子月より生長を開始す。ゆえにこれを「善の長」と称す。『国語』に曰く、震は雷を為し、雷は万物の首長なり。ゆえに「元」と呼ぶ。『尚書·召誥』に曰く「ただ王の地位は徳の首位に処るのみ」と。

《公羊》:「元年春王正月。」「元年者何?君之始年也。」何休注云:「變一為元。元者氣也,無形以起,有形以分,造起天地,天地之始也。」疏云:《春秋說》云:「元者,端也,氣泉。」注云:「元為氣之始,如水之有泉。泉,流之原。無形以起,有形以分,窺之不見,聽之不聞。」宋氏云:「無形以起,在天成象;有形以分,在地成形也。」疏又云:《春秋說》云:「王不上奉天文以立號則道術無原,故先陳春後言王;天不深正其元則不能成其化,故先起元然後陳春矣。是以推元在春上,春在王上矣。」《文選》注引《元命苞》曰:「元年者何?元宜為一,謂之元何?曰君之始年也。」

『春秋公羊傳』:経文は「元年春王正月」と作り、伝文は問う「元年とは何ぞ」、答う「是れ国君即位の頭一年なり」と。何休は注を作して曰く、「一」を改めて「元」と称す。元はすなわち気にして、それは無形にして万物を生起し、有形にして万物を分判し、天地を創造す——天地の起点なり。徐彦の『疏』に曰く、『春秋説』は「元はすなわち端緒にして、すなわち気の泉源なり」と講じ、その注に曰く、元は気の開端にして、水に泉源あるがごとく、泉は水流の源頭なり。無形の時はそれはすでに生起し、有形の後はそれはこそ分判し、それを看れば見えず、それを聴けば聞こえず。宋均に曰く、「無形を以て起こる」は天上に於いて星象と成り、「有形を以て分かつ」は地上に於いて形体と成る。『疏』はまた曰く、『春秋説』に講ず、王は若し上は天文を奉承して名号を建立せざれば、治道に本原なし。ゆえに経文は先ず「春」を写して後に「王」を写す。天は若しその元を深く正さざれば、化育を成就する能わず。ゆえに先ず「元」を提げて然る後こそ「春」を提ぐ。因りて排列の次序は元は春の上に在り、春は王の上に在る。『文選』の注は『春秋元命苞』を引きて曰く「元年とは何ぞ。元は本当に一と写作すべきを、何を為めてこれを元と称するや。答えて曰く、これは国君即位の頭一年なり」と。

「公何以不言即位?」何休注云:「即位者,一國之始,政莫大於正始,故《春秋》以元之氣正天之端,《春秋》以下皆《元命苞》文。以天之端正王之政,以王之政正諸侯之即位,以諸侯之即位正竟內之治。諸侯不上奉王之政則不得即位,故先言正月而後言即位。政不由王出則不得為政,故先言王而後言正月也。王者不承天以制號令則無法,故先言春而後言王。天不深正其元則不能成其化,故先言元而後言春。五者同日並見,相須成體,乃天人之大本,萬物之所繫,不可不察也。」疏云:元年春者天之本,王正月公即位者人之本,故曰天人之大本也。

『公羊傳』は問う「隠公は何を為めて即位を写さざる」、何休の注に曰く、即位は一国の開端にして、為政は開端を端正するより重大なるはなし。ゆえに『春秋』は元気を用いて上天の端緒を端正し——「『春秋』は元の気を以てす」以下はみな『春秋元命苞』の原文なり——再び上天の端緒を用いて王の政令を端正し、王の政令を用いて諸侯の即位を端正し、諸侯の即位を用いて境内の治理を端正す。諸侯は上は王の政令を奉承せざれば即位する能わず。ゆえに経文は先ず「正月」を写して後に「即位」を写す。政令は王に由りて発せられざれば政と成らず。ゆえに先ず「王」を写して後に「正月」を写す。王者は天意を承奉して号令を制定せざれば法度なし。ゆえに先ず「春」を写して後に「王」を写す。天はその元を深く正さざれば化育を成就する能わず。ゆえに先ず「元」を写して後に「春」を写す。この五者は同時に一行の経文に並見して、彼此相待してこそ一個の整体を成す——まさに天人の大根本・万物の繋る所の処にして、細察せざるべからず。徐彦の『疏』に曰く「元年春」は天の根本にして、「王正月公即位」は人の根本なり。ゆえにこれを天人の大本と呼ぶ。

《呂氏春秋·名類》曰:黃帝曰:「芒芒昧昧,因天之威,一作道。與元同氣。」芒芒昧昧,廣大之貌。天之威,無不敬也。非同氣不協,故曰「同氣賢於同義,同義賢於同力,同力賢於同居,同居賢於同名」。帝者同氣,同元氣也;王者同義,同仁義也;霸者同力,同武力也;勤者同居則薄矣,同居於世;亡者同名,同名則觕矣,同名不仁不義。觕,惡也。「其智彌觕者其所同彌觕,其智彌精者其所同彌精。」精,微妙也。「故凡用意不可不精。夫精,五帝三王之所以成也。」

『呂氏春秋·名類』は黄帝の話を記して曰く「広大幽遠なるかな、上天の威霊を憑依して、元気とその気を同じくす」(「威」字は一本は「道」と作る)。「芒芒昧昧」は広大無辺を形容す。「天之威」とは上天に対して敬畏せざるなきを言う。同気に非ざれば協合する能わず。ゆえに曰く、同気は同義に勝り、同義は同力に勝り、同力は同居に勝り、同居は同名に勝る。帝の層次は同気にして、すなわち元気と相同じ。王の層次は同義にして、すなわち仁義と相同じ。霸の層次は同力にして、すなわち武力と相同じ。勤苦の君はただ一世に同居するを為すのみ、則ち浅薄なり。亡国の君はただ同名を剩るのみ、則ち粗劣なり——いわゆる同名とはすなわち仁ならずまた義ならずなり。「觕」は粗悪の意思なり。原文は引き続き曰く、智慮は粗なるほど、同ずる所もまた粗なり。智慮は精なるほど、同ずる所もまた精なり。「精」はすなわち微妙なり。ゆえにおよそ心を用うるは精ならざるべからず。この「精」字はまさに五帝三王の成功する所以の関鍵なり。

又《名類》曰:「元者吉之始也。」案:此與「幾者動之微,吉之先見者也」同義。《易通卦驗》曰:「天皇之先與乾曜合元。」

『呂氏春秋·名類』はまた曰く「元は吉の開端なり」と。恵棟の按に曰く、これは『繫辭』の言う所の「幾は動の幽微の処にして、吉の先行して显露するの征兆なり」と意思相同じ。『易緯通卦験』に曰く、天皇氏以前の時代は乾卦の主る所の日曜と同じく一元に合せり。

《莊子·大宗師》曰:「伏戲得之,以襲氣母。」司馬彪云:「襲,入也。氣母,元氣之母也。」崔譔云:「取元氣之本。」《通典》:魏侍中繆襲議曰:「元者一也,首也,氣之初也。是以周文演《易》以冠四德,仲尼作《春秋》以統三正。」

『荘子·大宗師』に曰く「伏羲は道を得て、用いて元気の母に契入せり」と。司馬彪の注に曰く「襲」は進入にして、「気母」はすなわち元気の本源なり。崔譔の注に曰く、これは元気の根本を取る。『通典』は魏国の侍中の繆襲の奏議を載せて曰く、元はすなわち一にして、すなわち首にして、すなわち気の最初なり。ゆえに周文王は『周易』を推演して「元」を元亨利貞の四徳の首に列せ、孔子は『春秋』を作して「元」を用いて夏商周の三正を統攝せり。

《春秋命曆序》曰:「元氣正則天地八卦孳也。」《文選》注一。《元命包》曰:「水者五行始焉,元氣之所湊液也。」同上。《說題辭》曰:「元清氣以為天,渾沌無形體。」宋均注云:「言元氣之初如此也,渾沌未分也。」言氣在《易》為元,在《老》為道,義不殊也。《文選》注卅四。

『春秋命暦序』に曰く、元気は端正して、天地と八卦とは便ち随いて滋生す(『文選』の注の巻一に見る)。『春秋元命苞』に曰く、水は五行の起首にして、元気の聚合凝結して成るの液体なり(同じく上)。『春秋説題辞』に曰く、元気の清明の部分は上昇して天と成り、一片混沌にして形体なし。宋均の注に曰く、これは元気の最初の状態を講じ、混沌は未だ分判せず。見るに同様に「気」を講じて、『周易』の裏に「元」と呼び、『老子』の裏に「道」と呼ぶも、意思は竝びに両様ならず(『文選』の注の巻三十四に見る)。

《說文》「無」字下云:「奇字無通於元者。」案:奇字,衛宏所撰古文奇字也。《老子·道經》曰:「道可道,非常道。」河上公注云:「夫道者,一元之至理。有經術政教之道,有自然長生之道。常道當以無為養神,無事安民,含光藏曜,滅跡匿端,不可稱道。」

『説文解字』は「无」字の下に曰く、奇字の写する所の「无」は「元」と相通ず。恵棟の按に曰く、いわゆる奇字とはすなわち衛宏の編する所の古文奇字なり。『老子·道経』に曰く「道は道くべきも、常道に非ず」と。河上公の注に曰く、いわゆる道とは一元の最高義理なり。世上に経術政教を講ずるの道あり、もまた自然長生を講ずるの道あり。恒常の道は当に無為を以て精神を涵養し、無事を以て百姓を安定し、光華を含蓄し光耀を隠蔵し、形跡を泯滅し端倪を蔵起す——言語を以て称説すること能わざるの法なり。

董子《繁露》曰:「惟聖人能屬萬物於一而繫之元也,故不及本所從來而承之,不能遂其功。是以《春秋》變一謂之元。元猶原也,其義以隨天地終始也。」《繫上》曰:「原始反終。」「故人惟有終始也,而生死必應四時之變。原始反終,故知死生之說。」說,舍也。「故元者為萬物之本而人之元在焉。」

董仲舒の『春秋繁露』に曰く、ただ聖人のみ能く万物を「一」に統属してこれを「元」に繋げり。ゆえに万物の由来の本原に遡りてこれを承接せざれば、その功用を成就する能わず。因りて『春秋』は「一年」の「一」を改めて「元」と称す。「元」はすなわち「原」に譬え、取る所は天地に随いて終わりて始まるの意思なり。恵棟はここに『繫辭上』の「原を始めて終に反る」の一語を插引して以て印証を為す。『繁露』は引き続き曰く、ゆえに人はただ終あり始あれば、生死は必ず四時の変化と相応す。開端を推原し終結を反求し、因りて生死の道理を懂得す。「説」はここに当に「舎」と講ずべし。『繁露』はまた曰く、ゆえに「元」は万物の根本にして、而も人の「元」もまたその中に在るなりと。

《禮統》曰:「天地者,元氣之所生,萬物之祖。」後漢書班固傳注及莊子釋文。元即太極,太極生兩儀,故云天地者元氣之所生。《三統曆》曰:「太極元氣,函三為一。」極,中也;元,始也。又曰:「陰陽合德,氣鍾於子,化生萬物者也。」又曰:「元典曆始曰元。」傳曰:「元,善之長也。」「共養三德為善。」孟康注云:「謂三統之微氣也,當施育萬物,故謂之德。」又曰:「元,體之長也,合三體而為之原,故曰元。於春三月,每月書王,元之三統也。三統合於一元,故因元而九,三之以為法。」又曰:「經元一以統始,易太極之首也。」

『礼統』に曰く、天地は元気の生ずる所にして、万物の始祖なり(『後漢書·班固傳』の注および『荘子釋文』に見る)。恵棟の按に曰く、元はすなわち太極にして、太極は両儀を生ず。ゆえに天地は元気の生ずる所と言う。『漢書·律暦志』の載する所の『三統暦』に曰く「太極元気は、三を包含して一を為す」と。「極」は中にして、「元」は始なり。又曰く、陰陽は徳性会合して、気は子位に凝聚し、因りて万物を化生す。又曰く、元典暦は「元」を以て起首と為す。伝文に曰く、元は衆善の首なり。共同に三徳を養成するはすなわち善なり。孟康の注に曰く、これは三統の隠微の気を指し、それは当に万物を施与化育すべし。ゆえに徳と称す。又曰く、元は形体の首端にして、三体を合して以てそれらの本原と為す。ゆえにこれを元と称す。一年の春季三個月は、毎月みな「王」と書す——これすなわち元の統ぶる所の三統なり。三統は一元に合す。ゆえに元に依りて九を得、再び三を以てこれに乗じて以て推歩の法と為す。又曰く、元一を奉持して以て開端を統攝す——これまさに『周易』が太極を以て万物の首と為すの意思なり。

何休《公羊》成八年注云:「王者,號也。德合元者稱皇。」孔子曰:「皇象元,逍遙術,無文字,德明諡。」「德合天者稱帝,河洛受瑞可放。仁義合者稱王,符瑞應,天下歸往。」疏云:謂元氣是總三氣之名,三氣謂天地人。《三統曆》曰:「太極,元氣,函三為一。」三氣謂酉戌亥。是故其德與之相合者謂之皇。皇者,美大之名。「孔子曰」至「明諡」,皆《春秋說》文。

何休が『公羊傳』の成公八年に注して曰く「王」とは一種の名号にして、徳と元と相合するを「皇」と称す。孔子に曰く、皇は元に取象して、その道は逍遥自運にして、文字の教なく、徳行顕明なるは則ち拠りて以て諡と為す。徳と天と相合するを「帝」と称し、河図洛書は祥瑞を降下して、依りて行うべし。仁義に合するを「王」と称し、符瑞感応して天下は帰附す。徐彦の『疏』に曰く、いわゆる元気とは三気を総括するの名称にして、三気は天・地・人を指す。『三統暦』に「太極元気は三を包含して一を為す」と言い、この三気はまた酉・戌・亥に配す。ゆえに徳と元気と相合するを「皇」と呼び、「皇」は美大の名号なり。「孔子曰」より「明諡」に至るのこれら几句はみな『春秋説』の原文なり。

宋氏云:宋均注。言皇之德象合元矣。逍遙猶勤動行其德術,未有文字之教,其德盛明者為其諡矣。天者,二儀分散以後之稱,子仲,故其德與之相合者謂之帝。帝者,諦也,言審諦如天矣。當爾之時,河出圖,洛出書,可以受而行之,則施於天下,故曰「河洛受瑞可放」耳。二儀既分,人乃生焉。人之行也,正直為本,正直即中行。行合於仁義者謂之王,行合人道者,符瑞應之而為天下所歸往耳。是以王字通於三才,得為歸往之義。

宋氏(すなわち宋均の注)に曰く、これは皇の徳性が元に取象して元と相合するを講ず。いわゆる「逍遥」とは猶お勤勉不息にその徳術を推行するがごとし。あの時は未だ文字教化なく、徳行盛明なるは則ちそれを用いて諡号を作す。いわゆる「天」とは天地二儀が分開した後の称呼なり(此処の「子仲」の二字は底本に疑いに脱訛あり)。ゆえに徳と天と相合するを「帝」と呼ぶ。「帝」はすなわち「諦」にして、言う所は彼が審察詳明して上天のごとし。あの時候に到れば、黄河は図を出し洛水は書を出して、承受して奉行すべく、これを天下に施す。ゆえに「河洛は瑞を受けて放つべし」と言う。二儀すでに分判して人こそ産生す。人の行為は正直を以て根本と為し、正直はすなわち中行なり。行為が仁義に合するを「王」と呼ぶ。行為が人道に合乎るは、符瑞は来たりて感応し、天下もまた彼に帰附す。ゆえに「王」字は天地人の三才を貫通して、こそ「帰往」の含义を有することを得。

《白虎通》曰:「皇,君也,美也,大也,天之總美大稱也。時質故總之也。號之為皇者煌煌,人莫違也。煩一夫、擾一士以勞天下,不為皇也;不擾匹夫匹婦,故為皇。虛無寥廓,與天地通靈也。」

『白虎通』に曰く「皇」の意思は君にして、美にして、大にして、それは上天の種種の美大の徳の総称なり。上古の風気は質朴なれば、ゆえに一個の総名を用いて称呼す。これを「皇」と称するは、煌煌たる光明にして人ありて敢えて違背するなきの義を取る。若し一個の百姓を労煩し一個の士人を擾動して天下を受累せしめば、「皇」のこの称号に当たらず。まさに任何の一対の普通夫婦をも驚擾せざるを以て、こそ「皇」と称するに配す。彼は虚静空闊にして、天地の霊気と相通ず。

又曰:「德合天地者稱帝,仁義合者稱王,別優劣也。」《禮記諡法》曰:「德象天地稱帝,仁義所生稱王。」帝者天號,王者五行之稱也。《淮南·泰族》曰:黃帝曰:「芒芒昧昧,因天之威,與元同氣。」故「同氣者帝,同義者王,同力者霸,無一焉者亡」。

『白虎通』はまた曰く、徳と天地と相合するを「帝」と称し、仁義に合するを「王」と称するは、これは用いて高下を区別するなり。『礼記』の載する所の諡法に曰く、徳行が天地を取象するを「帝」と称し、仁義に由りて生ずる所を「王」と称す。「帝」は上天の名号にして、「王」は五行運転の称谓なり。『淮南子·泰族訓』は黄帝の話を引きて曰く「広大幽遠なるかな、上天の威霊を憑依して、元気とその気を同じくす」と。ゆえに曰く、元気と相同じきは帝と成り、仁義と相同じきは王と成り、武力と相同じきは霸と成る。三者は一様にみな占めざれば則ち滅亡するを要す。

《易乾鑿度》曰:「易一元以為元紀。」鄭注云:「天地之元,萬物所紀。」《河圖》曰:「元氣闓陽為天。」《後漢·方術傳》序云:「其流又有風角、遁甲、七政、元氣。」注:元氣謂開闢陰陽之書也。

『易緯乾鑿度』に曰く、『易』は一元を以て万象の綱紀と為す。鄭玄の注に曰く、天地の元はまさに万物の依循する所の綱紀なり。『河図』に曰く、元気は陽気を開啓して天と成る。『後漢書·方術傳』の序に曰く、あの一流の術数にさらに風角・遁甲・七政・元気等の門類あり。李賢の注に曰く、いわゆる元気とは天地の開闢・陰陽の変化を講ずるの書なり。

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