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易簡

清 · 惠栋 · 第51巻 / 53

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

《繫上》曰:乾以易知,坤以簡能。虞注云:陽見稱易,陰藏為簡。簡,閱也。乾息昭物,天下文明,故以易知;坤閱藏物,故以簡能矣。陽見稱易謂初九,乾息昭物謂九二。

『周易・繋辞上』に言う:乾は平易に凭りて知を主り、坤は簡約に凭りて能を成す。虞翻注解して曰く:陽は顕現し出れば則ち「易」と称し、陰は収蔵し起れば則ち「簡」と称す。「簡」は検閲・容納の意義あり。乾気は生長して万物を照明し、天下是に於て文采顕明なり、ゆえに其れを「易を以て知る」と曰う。坤は能く万物を検閲収蔵す、ゆえに其れを「簡を以て能くす」と曰う。恵棟夾注:いわゆる「陽見称易」は初九を指し、いわゆる「乾息昭物」は九二を指す。

又云:易則易知,簡則易從。虞注云:乾縣象著明,故易知;坤陰陽動闢,故易從。

『繋辞上』また言う:平易なれば容易に了解せられ、簡約なれば容易に依従せらる。虞翻注解して曰く:乾は物象を懸挂して昭然顕明なり、ゆえに容易に了解せらる。坤は陰陽に随りて動き、之に随りて開辟す、ゆえに容易に依従せらる。

又云:易簡而天下之理得矣。虞注云:易為乾息,簡為坤消,乾坤變通,窮理以盡性,故天下之理得矣。

『繋辞上』また言う:既に平易にして又た簡約なれば、天下の道理は皆掌握すに到る。虞翻注解して曰く:「易」は乾気の生長、「簡」は坤気の消退なり。乾坤は彼此変通し、事理を窮究して以て其の本性を尽くす、ゆえに天下の道理は皆掌握するに到るなり。

《繫下》曰:夫乾確然示人易矣,夫坤隤又作退。然示人簡矣。虞注云:陽在初弗用,確然無為,潛龍時也。不易世,不成名,故示人易者也。退,安;簡,閱也。坤以簡能,閱內萬物,故示人簡者也。

『繋辞下』に言う:乾は堅確にして移らず「易」を以て人に顕示し、坤は柔順にして下垂し「簡」を以て人に顕示す。恵棟夾注:「隤」の字はまた「退」と写す。虞翻注解して曰く:陽は初爻に在りて尚お施用せず、堅確にして為す所無し、正に潜竜の時なり。彼は世俗を改易せず、名声を成就することを求めず、ゆえに「易」を以て人に顕示するなり。また言う:「退」は即ち安、「簡」は即ち検閲収納なり。坤は簡約に凭りて能を成し、万物を内に検閲収納す、ゆえに「簡」を以て人に顕示するなり。

又曰:夫乾,天下之至健也,德行恆易以知險;夫坤,天下之至順也,德行恆簡以知阻。虞注云:險謂坎也。乾二五之坤成坎離,日月麗天,天險不可升,故知險者也。阻,險阻也。坤二五之乾,艮為山險,坎為水,巽高兌下,地險山川丘陵,故以知阻也。

『繋辞下』また言う:乾は天下の最も剛健なり、其の徳行は常に平易を保ち、因りて能く険難を識知す。坤は天下の最も柔順なり、其の徳行は常に簡約を保ち、因りて能く阻礙を識知す。虞翻注解して曰く:「険」は坎卦を指す。乾の二・五両爻は往きて坤位に居れば、則ち坎・離両卦に変り、日月は天上に附麗し、天の険峻は攀升すべからず、ゆえに其れを「険を知る」と曰う。「阻」は即ち険阻なり。坤の二・五両爻は往きて乾位に居る、艮は山を為し険を為し、坎は水を為し、巽は高に居り兌は下に居る、地上の険阻は正に山川丘陵なり、ゆえに其れを「阻を知る」と曰う。

《越語》,范蠡曰:節事者與地。與地,法地。唯地能包萬物以為一,其事不失。為一,不偏也。不失,不失時也。

『国語・越語』に記す、范蠡曰く:事務を節制する者は地と相応せんと要す。恵棟夾注:いわゆる「地と与」は、即ち地に取法するなり。范蠡続けて言う:只だ地のみ能く万物を包容して合して一体と為す、ゆえに其れ事を办るに従来失当せず。恵棟夾注:「一を為す」は偏私せざるを言い、「失わず」は時令を錯過せざるを言う。

坤以簡能。陰藏為簡。能包萬物以為一,所謂簡能也。

恵棟按断して曰く:『繋辞』は「坤以簡能」と講ず、陰気の収蔵するを即ち「簡」と曰う。地は能く万物を包容して合して一体と為す、これ正にいわゆる「簡能」なり。

《乾鑿度》曰:孔子曰,易者易也,變易也,不易也,管三成為道德苞鑰。易者以言其德也。《繫》曰:德行恆易。通情無門,藏神無內也。簡易無為,故天下之性莫不自得也。光明四通,簡易立節。簡易者,寂然無為之謂也。

『易緯・乾鑿度』に言う:孔子講じたり、「易」は三層の意思を含有す、一は簡易、二は変易、三は不易なり。此の三義を統管して成るは、便ち道徳の関鍵鎖鑰なり。経文に言う:「易」は其の徳性に就きて立言するなり。恵棟夾注:『繋辞』は「徳行恒易」と講ず。『乾鑿度』に言う:情意は通達して門戸無く、神明は潜蔵して内外無し。恵棟夾注:簡易にして為す所無し、ゆえに天下万物の本性は各々其の所を得ざる無し。『乾鑿度』に言う:光明は四方を照徹し、簡易にして節度を確立す。恵棟夾注:いわゆる簡易は、即ち寂然無為の意なり。

天地爛明,日月星辰佈設,八卦錯序,律曆調列,五緯順軌,四時和栗孳結,四瀆通情,優遊信潔,根著浮流,氣更相實。此皆言易道無為,故天地萬物各得以自通也。虛無感通,清淨照哲,移物致耀,至誠專密,不煩不撓,淡泊不失,此其易也。

『乾鑿度』続けて言う:天地は燦爛光明し、日月星辰は布列秩序有り、八卦は交錯して次を成し、律暦は調和排列し、五星は軌道に順りて運行し、四時は和順にして万物は孳生結実し、四瀆の水は通流して礙無く、従容不迫にして信実潔浄、土中に扎根する者と水上に漂浮する者とは各々其の所に安んじ、気機は彼此充実す。恵棟夾注:此らの言は皆『易』道の為す所無きを講じ、ゆえに天地万物各々通暢を得。『乾鑿度』最後に言う:虚廓無為にして能く感応通達し、清明寧静にして能く照察通徹し、万物を感動して之を光輝に煥発せしめ、至誠にして専一幽密、煩擾せず、撓乱せず、淡泊自守して其の常を失わず、これ即ち其の「易」なり。

鄭玄《易贊》曰。即《易序》。易之為名也,一言而函三義,簡易一也,變易二也,不易三也。故《繫辭》云:乾坤其易之蘊耶。又曰:易之門戶耶。又曰:夫乾寉然示人易矣,夫坤隤然示人簡矣,易則易知,簡則易從。此言其簡易之法則也。

鄭玄『易賛』に言う:恵棟夾注——此の篇の『易賛』は即ち『易序』なり。鄭玄曰く:「易」の此の名称は、一個の字は三層の意思を包含す。一は簡易、二は変易、三は不易なり。ゆえに『繋辞』は「乾坤は殆ど『易』の蘊蔵する所なるか」と言い、また言う「乾坤は殆ど『易』の門戸なるか」と言い、また言う「乾は堅確にして移らず易を以て人に顕示し、坤は柔順にして下垂し簡を以て人に顕示す。平易なれば容易に了解せられ、簡約なれば容易に依従せらる」と。此らの講ずる所は正に簡易の法則なり。

《法言·五百》曰:或問天地簡易而聖人法之,何五經之支離。曰:支離蓋其所以為簡易也。由博而約。已簡已易,焉支焉離。約則簡易。

揚雄『法言・五百』篇に言う:人有りて問う、天地既に簡易にして、聖人また天地に取法す、何の故に五経は却て彼の如く支離繁瑣なるや。揚雄回答す:彼らの支離繁瑣は、恰恰正に以て簡易を成就するを用いるなり。恵棟夾注:これは広博に由りて簡約に帰するなり。揚雄続けて言う:既に已に簡、既に已に易なれば、何処に尚お何の支、何の離か有らんや。恵棟夾注:能く簡約に帰すれば、亦た即ち簡易なり。

易

《繫上》曰:乾以易知。鄭注云:易,佼易也。今本《乾鑿度》曰:俲易立節。俲即佼也。

『周易・繋辞上』に言う:乾は平易に凭りて知を主る。鄭玄注解して曰く:「易」は即ち「佼易」にして、即ち簡易なり。恵棟夾注:今本『易緯・乾鑿度』は「俲易立節」と作る、「俲」も亦た即ち「佼」の字なり。

簡(欠)

性命

《文言》曰:乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。

恵棟題して『文言』と作る、引く所は其の実は『乾卦・彖伝』の言なり:乾道は運行変化して、万物をして各々自らの性と命とを端正せしむ。太和の気を保守して之を会合せしめ、是に於て利有りて正固なり。

《說卦》曰:窮理盡性以至於命。虞注云:乾為性。

『説卦伝』に言う:事物の理を窮究し本有の性を尽発して、一直に天命に通達す。虞翻注解して曰く:乾は「性」を取象と為す。

《詩·丞民》曰:天生烝民,有物有則,民之秉彝,好是懿德。鄭箋曰:天之生眾民,其性情有物象,謂五行,仁義禮智信也;其情有所法,謂喜怒哀樂好惡也。然而民所執持有常道,莫不好有美德之人。

『詩経・大雅・烝民』に言う:「上天は衆民を生養し、事物有れば則ち法則有り。民衆の秉持する所の常性は、即ち此の美好の徳を喜好するなり。」鄭玄箋注して曰く:上天は衆民を生養し、彼らの性情は各々相応の物象有り。恵棟夾注:これは五行を指し、即ち仁・義・礼・智・信なり。鄭箋また曰く:彼らの情は各々效法する所有り。恵棟夾注:これは喜・怒・哀・楽・好・悪を指す。鄭箋続けて曰く:然れども民衆の執守する所は自ら常道有りて、美徳有る人を喜好せざる者無し。

正義曰:因經物則異文,故箋分性情為二,性為五性,情為六情以充之。五性本於五行,六情本於六氣。《洪範》五行,水火金木土。《禮運》曰:人者,天地之心,五行之端。是人性法五行也。昭元年《左傳》曰:六氣,陰陽風雨晦明也。昭二十五年《左傳》:民有好惡喜怒哀樂,生於六氣。是六情法六氣也。

孔穎達『正義』に言う:経文の裏の「物」と「則」は用いる所の字同じからざるに因りて、ゆえに鄭箋は性と情とを分かちて両項と為し、五性を以て「性」に配し、六情を以て「情」に配して之を充実す。五性は五行に本り、六情は六気に本る。『尚書・洪範』の講ずる所の五行は、水・火・金・木・土なり。『礼記・礼運』に言う:人は天地の心にして、五行の端緒なり。見るべし人性は五行を效法す。『左伝』昭公元年に言う:六気は即ち陰・陽・風・雨・晦・明なり。『左伝』昭公二十五年に言う:民は好・悪・喜・怒・哀・楽有りて、皆六気より生出する所の者なり。見るべし六情は六気を效法す。

五行謂仁義禮智信者,鄭於《禮記》之說以為木行則仁,金行則義,火行則禮,水行則智,土行則信是也。六情有所法者,服虔《左傳》之注以為,好生於陽,惡生於陰,喜生於風,怒生於雨,哀生於晦,樂生於明是也。

『正義』続けて言う:五行を仁・義・礼・智・信と説成するは、鄭玄の『礼記』注の裏の講法に依拠し、木に属する行は便ち仁、金に属する行は便ち義、火に属する行は便ち礼、水に属する行は便ち智、土に属する行は便ち信と認む。六情各々效法する所有りと説くは、則ち服虔『左伝』注の講法に依拠し、好は陽に生じ、悪は陰に生じ、喜は風に生じ、怒は雨に生じ、哀は晦に生じ、楽は明に生ずと認む。

棟案:翼奉之說,以六情通於十二律。北方之情好也,好行貪狼,申子主之;東方之情怒也,怒行陰賊,亥卯主之,二陰並行,是以王者忌子卯也;南方之情惡也,惡行廉貞,寅午主之;西方之情喜也,喜行寬大,巳酉主之,二陽並行,是以王者吉午酉也;上方之情樂也,樂行奸邪,辰未主之;下方之情哀也,哀行公正,戌丑主之。辰未屬陰,戌丑屬陽,萬物各以其類應。

恵棟按断して曰く:翼奉の学説は、六情と十二律とを貫通するを把うなり。北方の情は「好」なり、好行は貪狼に属し、申・子両支に由りて主管す。東方の情は「怒」なり、怒行は陰賊に属し、亥・卯両支に由りて主管す、これは両陰并行なり、ゆえに王者は子日と卯日とを忌諱す。南方の情は「悪」なり、悪行は廉貞に属し、寅・午両支に由りて主管す。西方の情は「喜」なり、喜行は寛大に属し、巳・酉両支に由りて主管す、これは両陽并行なり、ゆえに王者は午日・酉日を以て吉と為す。上方の情は「楽」なり、楽行は奸邪に属し、辰・未両支に由りて主管す。下方の情は「哀」なり、哀行は公正に属し、戌・丑両支に由りて主管す。辰・未は陰に属し、戌・丑は陽に属す、万物は各々自らの類別に按りて相互感応す。

又云:詩之為學,性情而已。五性不相害,六情更興廢。觀性以歷,觀情以律。張晏曰:性謂五行也,歷謂日也。晉灼曰:翼氏五性,肝性靜,靜行仁,甲己主之;心性躁,躁行禮,丙辛主之;脾性力,力行信,戊癸主之;肺性堅,堅行義,乙庚主之;腎性智,智行敬,丁壬主之也。

翼奉また言う:『詩』の此の門の学問は、講ずる所は只だ性と情のみなり。五性は彼此相妨害せず、六情は則ち交替して興起衰廃す。性を考察するは暦を用い、情を考察するは律を用いんと要す。張晏注解して曰く:「性」は五行を指し、「暦」は日辰を指す。晋灼注解して曰く:翼奉の言う所の五性は此の如し。肝の性は静にして、静は仁に対応し、甲・己に由りて主管す。心の性は躁にして、躁は礼に対応し、丙・辛に由りて主管す。脾の性は力にして、力は信に対応し、戊・癸に由りて主管す。肺の性は堅にして、堅は義に対応し、乙・庚に由りて主管す。腎の性は智にして、智は敬に対応し、丁・壬に由りて主管す。

《大戴·本命》曰:分於道謂之命,形於一謂之性。《春秋元命包》曰:陰陽之性以一起,人副天道,故生一子。化於陰陽,象形而發謂之生。

『大戴礼記・本命』に言う:道の所より分かち得る一份を「命」と曰い、「一」の上に成形するを「性」と曰う。恵棟夾注:『春秋緯・元命包』は講ず、陰陽の性は「一」に由りて発起し、人は天道と相副す、ゆえに一胎は只だ一個の孩子を生ず。『本命』続けて言う:陰陽に由りて化育し、象を取りて形を成して発生し出ずるを、即ち「生」と曰う。

《太玄》曰:察性知命,原始見終。又曰:一生一死,性命瑩矣。瑩,明也。又曰:考終命存乎成。

揚雄『太玄』に言う:本性を審察すれば則ち能く天命を知覚し、開端を推原すれば則ち能く終局を預見す。また言う:一生一死の間に、性と命とも亦た皆明白す。恵棟夾注:「瑩」は即ち明なり。『太玄』また言う:能く天年を善終するは、関鍵は「成」の此の一環に在り。

《呂覧·貴當》曰:治欲者不於欲。欲,貪慾也。於性。性者,萬物之本也,不可長,不可短,因其固然而然之,此天地之數也。

『呂氏春秋・貴当』篇に言う:欲望を治理する者は、欲望の上より下手せず。恵棟夾注:ここの「欲」は貪欲を指す。原文続けて言う:而して是れ本性の上より下手す。本性は万物の根本にして、之に添長を与うる能わず、亦た之に截短を与うる能わず、只だ其の本来の様子に順りて之を此の如くならしむるのみ、これ即ち天地の定数なり。

《春秋元命包》曰:陰陽之性以一起,人副天道,故生一子。

『春秋緯・元命包』に言う:陰陽の性は「一」に由りて発起す。人は天道と彼此相副す、ゆえに一胎は只だ一個の孩子を生ず。

性反の辨

堯舜性之也。乾元用九,一以貫之也。湯武反之也。不遠復,無祗悔元吉也。堯舜生知安行也,湯武學知利行也,及其知之,及其成功一也。孔子性之也,顏淵反之也。

恵棟に言う:尭・舜は天性に本りて自然に之を行う者なり。恵棟夾注:これ即ち乾元の九数を運用し、「一以貫之」なり。湯・武は則ち失いて而も復た返る者なり。恵棟夾注:これ即ち『復』卦の講ずる所の「遠からずして復り、大きき悔無し、元吉」なり。尭・舜は生まれて即ち知り安んじて行い、湯・武は学びて而る後に知り其の利有るに因りて行う。然れども彼らの知るに及び、彼らの成すに及べば、結果は全く一様なり。孔子は天性に本るの一類に属し、顔淵は失いて復た返るの一類に属す。

三才

《繫上》曰:六爻之動,三極之道也。陸績注云:此三才極至之道。

『周易・繋辞上』に言う:六爻の変動は、三極の道を体現するなり。陸績注解して曰く:ここに言う所は即ち天・地・人の三才極致の道なり。

案:極,中也。三極,謂天地人之中也。

恵棟按断して曰く:「極」は即ち中なり。いわゆる「三極」は、指す所は天・地・人各々の中道なり。

《繫下》曰:易之為書也,廣大悉備,有天道焉,有人道焉,有地道焉,兼三才而兩之,故六。六者非它也,三才之道也。

『周易・繋辞下』に言う:『易』の此の書は、広大にして備えざる所無し。其の中に天の道有り、人の道有り、地の道有り。兼ねて三才を取りて各々両爻を以て相配す、ゆえに六爻と為る。六爻は別の者に非ず、即ち三才の道なり。

《說卦》曰:昔者聖人之作易也,將以順性命之理,是以立天之道曰陰與陽,立地之道曰柔與剛,立人之道曰仁與義,兼三才而兩之,故易六畫而成卦。虞注云:謂參天而兩地,乾坤各三爻而成六畫之數也。

『説卦伝』に言う:従前聖人の『周易』を創作するは、是れ之を以て性と命の道理に順応せんと欲するなり。此に因りて天の道を確立するを陰と陽と曰い、地の道を確立するを柔と剛と曰い、人の道を確立するを仁と義と曰い、兼ねて三才を取りて各々両爻を以て相配す、ゆえに『易』は六画に要して乃ち一卦を成す。虞翻注解して曰く:これ即ちいわゆる「参て天両て地」にして、乾と坤とは各々三爻を出だし、合して六画の数を成す。

《繫上》曰:大衍之數五十。述曰:大衍之數五十,三才五行之數也。三才者,日十辰十星二十八合五十。日合於天統,月合於地統,星主斗合於人統,故曰三才。五行者,天地之數五十有五,土生數五,成數五。本揚子《太玄》、《月令》五行舉成數。

『周易・繋辞上』に言う:大衍の数は五十なり。恵棟『周易述』の裏に解説す:大衍の数五十は、即ち三才と五行の数なり。いわゆる三才は、十日・十辰・二十八宿合して五十と為る。恵棟原文は「辰十」と作る、数理に依れば当に十二辰と為すべく、十日・十二辰・二十八宿相加えて恰も五十なり。恵棟夾注:日は天統に配合し、月は地統に配合し、星と北斗とは人統に配合す、ゆえに三才と曰う。いわゆる五行は、天地の数は総じて五十有五にして、土の生数五と成数五とを減ずれば、正に五十を残す。恵棟夾注:これは揚子『太玄』と『月令』とに本り、五行を講ずる時は只だ成数を挙ぐるのみ。

中央土,其數五,與《太玄》合。五十有五減五,故五十,此五行之數也。《繫》曰:「參五以變。」漢人解參五皆謂三才五行。《中庸》曰:「唯天下至誠為能盡其性,能盡其性則能盡人之性,能盡人之性則能盡物之性,能盡物之性則可以贊天地之化育,可以贊天地之化育則可以與天地參矣。」

河図は五行方位を分配し、中央は土に属し、土の数目は五なり、これは揚雄『太玄』の五を以て中に居ると為すの説法と相合す。天地の数は総じて五十有五にして、中央土の此の五を減ずれば、五十を残す、正に『繋辞』の言う所の大衍の数なり——これは五行の一路より推算して出る数目なり。『繋辞』に「参五以て変ず」と言う、漢代の学者は「参」と「五」とを解釈して、皆三才と五行の此の両項を指す。『中庸』に言う:只だ天下の最も真誠の人のみ、乃ち能く自らの本性を完全に実現し出す。能く自らの本性を実現し出せば、便ち能く別人の本性をして亦た各々実現を得せしむ。能く別人の本性を各々実現せしめば、便ち能く万物の本性をして各々其の生を遂げしむ。能く万物の本性をして各々其の生を遂げしめば、便ち以て天地の万物を化育するを襄助すべし。能く天地の万物を化育するを襄助せば、亦た即ち以て天地と并列して三と為るべし——これ正に「参」の字の本義の所在なり。

《越語》范蠡曰:「夫人事必將與天地相參,然後乃可以成功。」韋昭曰:「參,三也,天地人事三合乃可以成大功。」《左傳》昭十一年「三墳」,馬融云:「三墳,三氣,陰陽始生天地人之氣也。」《左傳正義》。《易乾鑿度》曰:「易始於一。」鄭注云:「易本無體,氣變而為一,故氣從下生。」「分於二」,清濁分於兩儀;「通於三」,陰陽氣交,人生其中,故為三才。

『国語・越語』に范蠡の言を記す:人間の事は必定に天地と相配合して三と成りて、然る後に乃ち能く功業を成就す。三国韋昭注を作りて曰く:「参」は即ち三、天・地と人事の三者相合して、始めて以て大功を成就すべし。『左伝』昭公十一年に上古典籍「三墳」に提及す、東漢馬融解釈して曰く:いわゆる三墳は、三種の気を講ず、即ち陰陽初生の時の天・地・人三者の気なり——此の条は『左伝正義』の引く所に見ゆ。緯書『易乾鑿度』に言う:「易は一に始まる。」鄭玄注解して曰く:易は本より固定の形体無く、元気一変して「一」と為る、ゆえに気は自下而上に生発するなり。『乾鑿度』続けて「二に分かつ」と言う、清気と濁気との分判して両儀と為るを指す。「三に通ず」と言う、陰陽二気の交感して、人は其の中に産生す、此に因りて「三才」と曰うを指す。

劉歆《三統曆》曰:三統者,天施地化,人事之紀也。十一月乾之初九,陽氣伏於地下,始著為一,萬物萌動,鍾於太陰,故黃鍾為天統,律長九寸。九者,所以究極中和,為萬物元也。《易》曰:「立天之道曰陰與陽。」

劉歆『三統暦』に言う:いわゆる「三統」は、即ち上天の施予・大地の化育・人事の条理の此の三条の綱紀なり。十一月は乾卦初九に配し、陽気は地下に潜伏し、始めて顕露して「一」と為り、万物此に由りて萌動し、声気は太陰に聚帰す、ゆえに此の一月の律管黄鍾は「天統」に属し、律管の長さ九寸なり。「九」の此の数を取るは、九は能く中和の極を窮究し、万物の本元の所在に因るなり。『説卦』の「立天之道曰陰与陽」と言うは、正に此の一統を講ずるなり。

六月坤之初六,陰氣受任於太陽,繼養化柔,萬物生長,楙之於六合之內,令剛柔有體也。「立地之道曰柔與剛」,「乾知大始,坤作成物」。正月乾之九二,萬物棣通,族出於寅,人奉而成之,仁以養之,義以行之,令事物各得其理。寅,木也,為仁;其聲商也,為義。故太簇為人統,律長八寸,象八卦,宓戲氏之所以順天地、通神明、類萬物之情也。「立人之道曰仁與義」。

六月は坤卦初六に配し、陰気は太陽の所より職任を承受し、接続して養育し化生柔順し、万物是に於て長成し、繁茂して天地四方の内に充満し、剛と柔とをして各々形体有らしむ。これ即ち『説卦』の言う所の「立地之道曰柔与剛」にして、即ち『繋辞』の言う所の「乾知大始、坤作成物」なり。正月は乾卦九二に配し、万物は通達舒展し、族類は寅位に萌生し、人に由りて天地の功を承接して之を玉成す。仁徳を以て之を養育し、義理を以て之を推行し、万事万物をして各々応有の条理を得せしむ。寅は五行に於て木に属し、木は仁を主る。寅位の声は商に属し、商は義を主る。ゆえに正月の律管太蔟は「人統」に属し、律管の長さ八寸、八卦に取象す、これ正に伏羲氏の以て天地に順応し神明を貫通し万物の性情を分別する憑借なり。これ即ち『説卦』の言う所の「立人之道曰仁与義」なり。

《春秋元命包》曰:「天人同度,正法相受,垂文象,人行其事謂之教。」教之為言效也,道之始也。「在天成象,在地成形」,「後以裁天地之道,輔相天地之宜以左右民」,此三律之謂矣,是為三統。其於三正也,黃鍾子為天正,林鍾未之沖丑為地正,太簇寅為人正。三正正始,是以地正適其始紐於陽,東北丑位。《易》曰:「東北喪朋,乃終有慶。」答應之道也。《論語疏》曰:「統者,本也。」謂天地人之本。

緯書『春秋元命包』に言う:天道と人事とは同一の法度、正法は上下相承して、上天は文彩星象を垂示し、人は之に依りて実行に往くを、「教」と曰う。「教」の此の字の意思は即ち效法にして、人道の開端なり。『繋辞』に「在天成象、在地成形」と言い、『泰卦』大象に人君の「天地之道を裁成し、天地之宜を輔相して、以て民を左右す」と言うは、正に黄鍾・林鍾・太蔟の此の三支の律管の象徴する所の道理を講ず、これを「三統」と曰う。「三正」の上に落とせば:黄鍾は子に配し、是天正なり。林鍾は未に配す、未の対衝は丑なり、ゆえに丑は地正と為す。太蔟は寅に配す、是人正なり。三正は皆開端を端正するに着眼す、ゆえに地正は恰好其の起点を陽気初動の処に係結す、即ち東北丑位なり。『坤』卦辞に言う:「東北は朋を喪うも、乃ち終に慶有り。」これ正に天人彼此感応回答するの道理なり。『論語疏』に言う:「統は即ち本なり。」天・地・人三者の根本を指す。

又曰:「太極元氣,函三為一。」極,中也;元,始也。孟康曰:「元氣始起於子未分之時,天地人混合為一,故子數獨一也。」又曰:「三統合於一元。」王砅《元珠密語》曰:「天地人俱生於太初。」

『漢書・律暦志』また言う:「太極元気、三を函して一を為す。」「極」は中の意、「元」は始の意にして、太極の此の一団の元気は天地人三者を其の裏面に包裹して渾然として一を為す。三国孟康注を作りて曰く:元気は最初に子位に興起し、彼の時天・地・人は尚お未だ分判せず、混合して一体と成る、ゆえに子の数は単に「一」のみ。『律暦志』また言う:「三統は一元に合す。」唐代王砅『元珠密語』も亦た言う:天・地・人は皆太初に産生す。

董子《繁露》曰:「古之造文者,三畫而連其中謂之王。三畫者,天地與人也;而連其中者,通其道也。取天地與人之中以為貫而參通之,非王者孰能當是。」《說文》曰:三者,天地人也;而參通之者,王也。孔子曰:「一貫三為王。」《字林》曰:「王者,天地人一貫三為王,天下所法也。」《法言·君子》曰:「通天地人曰儒,通天地而不通人曰伎。」

董仲舒『春秋繁露』に言う:古人の字を造るに、三横を画き再び一竪を用いて中間を貫通す、則ち「王」と曰う。三横は天・地と人とを代表す。中間を貫通するは、三者の道を打通するを言うなり。能く天・地・人三者の中心を取りて以て貫串と為し、之らを参合会通す、王者に非ざれば誰か此の字に配するを得んや。許慎『説文解字』に言う:「三」は天・地・人を代表す。能く三者を参合会通するは、即ち王なり。并せて孔子の言を引きて曰く:「一は三を貫きて王と為る。」晋代呂忱『字林』に言う:いわゆる王は、即ち天・地・人三者を一竪を以て貫通して成るにして、天下の取法する対象なり。揚雄『法言・君子』に言う:能く天・地・人を貫通するを「儒」と曰い、只だ天地に通じて而も人事に通ぜざるは、只だ一種の技藝と算するのみ。

又曰:「唯人道可以參天。」《周書·小開武》曰:「周公曰:三極,一維天九星,二維地九州島,三維人四虞。」揚子《太玄》曰:「夫玄也者,天道也,地道也,人道也,兼三道而天名之。」注云:「天地人三者俱謂之玄。玄,天也,故以天名也。」又曰:「君臣父子夫妻之道。」注云:「此三者,人倫之大綱,俱行於天也。」

『法言』また言う:只だ人道のみ能く天と并列して三と為るを得。『逸周書・小開武』に記す:周公曰く、三極は——第一維は天にして、天上の九星に配す。第二維は地にして、天下の九州に配す。第三維は人にして、山沢を掌る「四虞」の官に配す。(底本は「九州」の下に一個の「島」の字を多出す、是れ後来転写の時に窜入するなり。)揚雄『太玄』に言う:いわゆる「玄」は、即ち天道、即ち地道、即ち人道、兼ねて此の三道を包みて「天」を以て之を命名す。注文に言う:天・地・人三者は皆「玄」と曰うべし。玄は即ち天なり、ゆえに天を拿りて以て之を称呼す。『太玄』また言う:玄も亦た即ち君臣・父子・夫妻の道なり。注文に言う:此の三者は人倫の大綱にして、皆天道の中に通行す。

才

孟子論性而及才。才者,天之所降,故曰「降才」,即《說卦》之三才也:在天曰陰陽,在地曰柔剛,在人曰仁義。故孟子論為不善云「非才之罪」,因舉仁義禮智而云:「或相倍蓰而無算者,不能盡其才者也。」繼而言天之降才,繼又言存乎人者有仁義,而云牿亡之後未嘗有才,知才為天之所降明矣。

孟子は人性を討論し、同時に「才」に講じ及ぶ。いわゆる才は、上天の人に賦与する資質なり、ゆえに『孟子・告子上』に「天之降才」の説法有り。此の「才」は、即ち『説卦』の講ずる三才なり。天に在りては陰と陽と曰い、地に在りては柔と剛と曰い、人に在りては仁と義と曰う。ゆえに孟子は人の何の故に悪を為すを分析して曰く、「これは資質の罪過に非ず」と。また仁・義・礼・智の四端を挙出し、続けて言う:人の彼此相差するや一倍五倍甚至りては計算する能わざるに多き有るは、是れ天賦の資質を底まで発揮せざるの縁故なり。彼は先ず上天の資質を降下するを講じ、再び人の身上に存留する仁有り義有るを講じ、然る後に良心の梏害亡失する後は、便ち曾て資質有ること有らざるが如し——此に由りて知るべし「才」は上天の賦与する所なり、此の一層の意思は甚だ明白なり。

情

孟子曰:「乃若其情則可以為善矣。」又云:「若夫為不善,非才之罪也。」繼又云:「人見其禽獸也,而以為未嘗有才焉者,是豈人之情也哉。」孟子言性而及情,情猶性也,故《文言》曰:「利貞者,性情也。」俗本云「利貞者,性情也」,王弼注,遂有性情之語,是性善而情惡,非孟子之義也。《彖傳》曰屢言天地之情,情猶性也。《中庸》曰:「喜怒哀樂之未發謂之中,發而皆中節謂之和。」情和而性中,故「利貞者,性情也」。利貞故中和,六爻不皆中,故云貞。

孟子曰く:「人の本情に就きて言えば、善を為すを得るなり。」また曰く:「人有りて不善の事を做出するに至りては、并せて資質の罪過に非ず。」続けてまた曰く:「別人の彼を看るに禽獣の如し、則ち以為す彼は曾て善の資質有らざるなりと、これ豈に人の本情ならんや。」孟子は性を講じて連帯して情に講じ及ぶ、情と性とは本より一個の事なり。ゆえに『乾・文言』に曰く:「利貞する者は、性情なり。」通行本も亦た「利貞者、性情也」と作る、然れども王弼注を作りて、是に於て性と情とを分かちて対説するの講法有り、成りて性善にして情悪と為す——これは孟子の本意に非ず。『彖伝』の裏は屢々「天地之情」に講じ及ぶ、彼の情も同じく即ち性なり。『中庸』に言う:「喜怒哀楽の未だ発動せざるを中と曰い、発し出して皆節度に合するを和と曰う。」情は「和」に合し、性は其の「中」を守る、ゆえに「利貞者、性情也」と曰う。能く利し能く貞にして、乃ち中和を談ずるを得。而して六爻は并せて皆中位に居るに非ず、ゆえに只だ一個の「貞」の字を提す。

積

《易》《中庸》皆言積,荀子亦言積。《學記》「比年入學」一段,乃學之積也。《記》「蛾子時術之」,鄭氏以為「其功乃復成大垤」,此積之效也。《易》乾初九上經「潛龍勿用」,干寶注曰:「初九甲子,天正之位,而乾元所始也。」《文言》曰:「元者善之長也。」坤初六「履霜堅冰至」,《象》曰:「履霜堅冰,陰始凝也。馴致其道,至堅冰也。」

『周易』と『中庸』とは皆「積」を講じ、荀子も亦た「積」を講ず。『礼記・学記』の裏の「比年入学」の彼の一段は、講ずる所は正に学問の積累なり。『学記』は古『記』を引きて「蛾子は時に之を術う」と言い、鄭玄解釈して為す:小螞蟻は断えず大蟻の土を啣えるを效法し、日子久しければ竟に能く大蟻封を堆成す——これ即ち積累の功効なり。上経乾卦初九爻辞「潜竜勿用」に、晋人干宝注を作りて曰く:初九は干支甲子に配し、天正の位にして、亦た乾元発端の処なり。『乾・文言』に言う:「元は衆善の首なり。」坤卦初六爻辞「履霜堅氷至」に、『小象伝』に言う:霜に履めば則ち堅氣の将至るを知る、これは陰気の凝結を始むるなり。此の路に順りて一歩々々走下りて往けば、終竟に堅氷の歩に走到せん。

《文言》曰:「積善之家必有餘慶。」虞注云:謂初乾為積善,以坤牝陽滅出復震為餘慶,謂「東北喪朋,乃終有慶」也。「積不善之家必有餘殃」,坤積不善以臣弒君,以乾通坤,極姤生巽為餘殃。

『坤・文言』に言う:「善を積むの家は必ず余慶有り。」虞翻注解して曰く:ここの「積善」は初爻の本より乾陽に属するを指し、陽は即ち善なり。陽は坤の此の牝陰に掩滅せられて潜蔵し、復卦初九の震陽の重新に出現するに到りて、便ち「余慶」なり、即ち『坤』卦辞の言う所の「東北喪朋、乃終有慶」なり。下の一句「不善を積むの家は必ず余殃有り」は、坤陰の不善を積累し、以て臣下の君主を弑殺するに致るを言う。乾坤両卦の旁通より看れば、陽は盛んに極処に到れば便ち転じて陰を生じ、姤卦初六は巽体を生出し、陰は自ら此より起る、これ即ちいわゆる「余殃」なり。

「臣弒其君,子弒其父」,坤消至二,艮子弒父;至三成否,坤臣弒君。「非一朝一夕之故,其所由來者漸矣」,剛爻為朝,柔爻為夕。「由辨之不早辨也」,鄭云:「辨,別也。」《述》云:復小而辨於物,則辨之早矣。《易》曰「履霜堅冰至」,蓋言順也。《穀梁》僖十七年傳曰:「君子惡惡疾其始。」

『文言』続けて「臣は其の君を弑し、子は其の父を弑す」と言う:卦変の上より看れば、坤陰は乾陽を銷蝕して第二爻に到り、艮体を成す、艮は少男を為し、児子の父を弑するを象徴す。第三爻に銷蝕して否卦を成し、下体は坤を為し、坤は臣を為し、臣下の君を弑するを象徴す。「一朝一夕の故に非ず、其の由りて来る所の者は漸なり」の一句は、剛爻は早晨を象徴し、柔爻は夜晚を象徴し、一剛一柔は正に「一朝一夕」に合す。「辨るに早く辨ぜざるに由る」に、鄭玄解釈して曰く:「辨」は即ち分別なり。恵棟『周易述』に言う:復卦一陽は微小なりと雖も、却て已に能く万物の中に善端を分辨す、これ即ち辨るの早きなり。ゆえに『文言』は「『易』に曰く、霜に履めば堅氷至る」と引く、是れ陰気の次第に順りて一歩々々累積するを言うなり。『穀梁伝』僖公十七年に言う:君子は邪悪を憎悪するは、其の剛に萌芽するの時より之を痛恨するなり。

《繫上》曰:「鳴鶴在陰,其子和之。」子曰:君子居其室,出其言善,則千里之外應之,況其邇者乎;居其室,出其言不善,則千里之外違之,況其邇者乎。言出乎身,加乎民;行發乎邇,見乎遠。言行,君子之樞機,樞機之發,榮辱之主也。言行,君子之所以動天地也,可不慎乎。

『繋辞上伝』に中孚九二爻辞を引く:「鳴鶴は陰に在りて、其の子は之に和す。」孔子解釈して曰く:君子は自らの屋裏に安処して、説き出す言は善なれば、千里之外の人は皆響応す、況んや身辺近処の人をや。自らの屋裏に安処して、説き出す言は不善なれば、千里之外の人は皆背離す、況んや身辺近処の人をや。言は自身より説き出でて、影響は便ち百姓の身上に加わる。行為は近処より発動して、効験は却て遠方に顕現す。言と行とは君子の門軸と弩機なり、門軸弩機は一たび発動すれば、栄と辱とは便ち之に由りて主を為す。言と行とは、君子の以て天地を感動する憑借なり、豈に謹慎せざるを得んや。

甲子卦氣起中孚,互艮為居,巽陽隱室,故「居其室」。震為出、為言,善謂復初,震巽同聲相應,故「千里之外應之」。邇謂坤,不善謂姤復,「差以豪釐,繆以千里」,故「千里之外違之」。坤為身、為民、為邇,震為行,乾為遠。樞主闔闢,機主發動,乾陽為榮,坤陰為辱,故「樞機之發,榮辱之主」。中孚二變成益,巽風動天,震雷動地,故云「言行,君子之所以動天地也」。艮為慎,故「可不慎乎」。

漢人の卦気の説に依れば、甲子の此の一年の卦気は中孚より起算す。中孚二至四の爻は互体して艮を成し、艮は門闕を為し止息を為し、「居処」の義を取る。巽は潜伏を為し、陽爻は屋室の中に隠蔵す、ゆえに爻辞は「其の室に居る」と言う。震は出を為し言語を為し、「善」は復卦初九の彼の一陽を指し、震と巽とは声気相同じく彼此感応す、ゆえに「千里之外之に応ず」と曰う。「邇」は坤を指し、「不善」は姤卦初陰と復卦初陽との分際を指す、毫厘を差えば則ち千里に謬る、ゆえに「千里之外之に違う」と曰う。坤は身を為し民を為し近を為し、震は行動を為し、乾は遠を為す。門枢は開合を主管し、弩機は発射を主管す。乾陽は栄顕を象徴し、坤陰は耻辱を象徴す、ゆえに「枢機の発は、荣辱の主」と曰う。中孚第二爻は変動すれば則ち益卦と成り、益卦は上巽下震にして、巽風は天に鼓動し、震雷は地に震動す、ゆえに「言行は、君子の天地を動かす所以なり」と曰う。艮は止の義有りて、引申して謹慎と為す、ゆえに「慎まざるべからずか」と曰う。

《繫下》曰:「善不積不足以成名。」虞注云:「乾為積善,陽稱名。」「惡不積不足以滅身」,坤為積惡、為身,以乾滅坤,故「滅身」者也。「小人以小善為無益而弗為也」,小善謂復初;「以小惡為無傷而弗去也」,小惡謂姤初。

『繋辞下伝』に言う:「善積まざれば以て名を成すに足らず。」虞翻注解して曰く:乾は積善を為し、陽爻は「名」と称するを得。下の句「悪積まざれば以て身を滅するに足らず」は、坤は積悪を為し、又た身体を為す、乾陽を用いて坤陰を消滅するに往けば、ゆえに「滅身」と曰う。「小人は小善を以て益無しと為して而も為さず」は、ここの小善は復卦初九の彼の一点の微陽を指す。「小悪を以て傷無しと為して而も去らず」は、ここの小悪は姤卦初六の彼の一点の微陰を指す。

「故惡積而不可弇」,謂陰息姤至遯,子弒其父,故「惡積而不可弇」;「罪大而不可解」,陰息遯成否,以臣弒君,故「罪大而不可解」。《易》曰:「何校滅耳,凶。」《呂覧·別類》曰:「義小為之則小有福,大為之則大有福。於禍則不然,小有之不若其亡也。」高注云:「禍雖微小,積小成大,故不若亡。」

『繋辞下』に「ゆえに悪積みて而も弇ぐべからず」と言う、虞翻解釈す:陰気は姤卦より遯卦に滋長し、遯の下体は艮を為し、艮は少男を為し、児子の父を弑するを象徴す、ゆえに悪は積累して掩い盖うべからざるに到ると曰う。下の句「罪大にして而も解くべからず」は、陰気は遯卦より再び否卦に長成し、否の下体は坤を為し、坤は臣を為し、臣下の君を弑するを象徴す、ゆえに罪は大にして解免するに法無しと曰う。此に因りて『噬嗑』上九爻辞に「何校耳を滅す、凶」と言う:重枷は耳朵を圧住す、是れ凶険の象なり。『呂氏春秋・別類』に言う:義に合する事は、小さく為れば則ち小さく福を得、大きく為れば則ち大きく福を得。禍に至りては則ち此の様に非ず、禍は即ち一点に沾るのみと雖も、亦た根本に無きに如かず。高誘注を作りて曰く:禍患は細微なりと雖も、小を積みて以て大を成すべし、ゆえに之を压根に存在せしめざるに如かず。

揚子《太玄》曰:「君子在玄則正,在福則沖,在禍則反;小人在玄則邪,在福則驕,在禍則窮。」案:「在玄則正」,慎獨也,在《易》為乾初九;「在玄則邪」,閒居為不善也,在《易》為坤初六。賈子《新書·修政語》曰:「顓頊曰:功莫美於去惡而為善,罪莫大於去善而為惡。故非吾善善而已也,善緣善也;非吾惡惡而已也,惡緣惡也。吾日慎一日,其此已也。」

揚雄『太玄』に言う:君子は幽玄未顕の時に処りて能く正を守り、福の中に処りて能く虚にして盈たず、禍の中に処りて能く身を反りて自ら求む。小人は幽玄未顕の時に処れば則ち已に邪僻し、福の中に処れば則ち驕縦し、禍の中に処れば則ち困窮す。恵棟按す:「玄に在れば則ち正」は、即ち『中庸』の講ずる所の慎独にして、『周易』の裏に於ては乾卦初九の潜竜に相当す。「玄に在れば則ち邪」は、即ち『大学』の言う所の小人の独居する時不善の事を作すにして、『周易』の裏に於ては坤卦初六の履霜に相当す。賈誼『新書・修政語』に言う:顓頊かつて講じたり、功業は悪を去りて善を行うより美しきは無く、罪過は善を丢開して悪を作すより大なるは無し。ゆえに我は并せて只だ善行本身を嘉許するに非ず、是れ善の能く善を引来するに因るなり。亦た并せて只だ悪行本身を憎悪するに非ず、是れ悪の悪を招来する会あるに因るなり。我は一日比一日更加に謹慎す、道理は便ち此処に在り。

《大戴禮·保傅》曰:「《易》曰:正其本,萬物理。」本謂初。《范升傳》:「正其本,萬物理。」劉向《說苑》:「建其本而萬物理。」「失之毫釐」,初尙微,故云毫釐。《詩》云:「德輶如毛。」「差之千里,積善餘慶,積惡餘殃」,故「差之千里」。「故君子慎始也」,辨之早。棟案:此語本諸日法。後漢太史令虞恭曰:「日法所該,通遠無已,損益毫釐,差以千里」是也。

『大戴礼記・保傅』に言う:『易』に言有り、「其の根本を端正せば、万物は条理有り」。ここの「本」は初爻を指す。『後漢書・范升伝』も亦た「其の本を正せば、万物理せん」と引きて作る、劉向『説苑』は則ち「其の本を建てて万物理す」と作る。いわゆる「毫厘を失う」は、初爻の尚お極めて微小なるに因る、ゆえに毫厘を以て形容す。『詩経・大雅・烝民』に「徳は輶きこと毛の如し」と言う、徳は軽きこと一根の羽毛の如し。下面続けて「千里を差え、善を積めば余慶、悪を積めば余殃」と講ず、正に積累に余慶余殃の分別有るに因りて、ゆえに千里を差うと曰う。「ゆえに君子は始を慎む」は、即ち辨別するの早きを要するなり。恵棟按す:此の幾句の言は暦法の上の「日法」に本る。東漢太史令虞恭かつて言いたり:日法の包挙する所の推算は、久遠に通じて窮尽無く、一毫一厘を増減すれば、遠処に推して千里を差出す——正に此の意なり。

《禮記·經解》曰:禮之教化也微,其止邪也於未形,使人日徙善遠罪而不自知也。《易》曰:「君子慎始,差以毫釐,繆以千里」,此之謂也。鄭注云:「始謂其微時也。」《正義》曰:「此《易·繫辭》文也。」愚謂此《繫辭》逸文。

『礼記・経解』に言う:礼の教化は潜移默化の者にして、其れは邪悪を阻止すること邪悪の未だ成形せざるの時に発生せしめず、人をして一日々々善良に遷り罪過に遠離せしめて而も自ら察覚せず。『易』に「君子は始を慎む、毫厘を以て差え、千里を以て謬る」と言うは、講ずる所は即ち此の道理なり。鄭玄注を作りて曰く:いわゆる「始」は、事の尚お極めて細微なるの時を指す。孔穎達『正義』に言う:これは『周易・繋辞』の裏の文句なり。恵棟自ら謂う:今本『繋辞』は并せて此の幾句無し、当に『繋辞』の散失して外に在る逸文と為すべし。

《史記》太史公曰:「敘曰:《春秋》弒君三十六,亡國五十二,察其所以,皆失其本矣。」謂不早辨。故《易》曰:「差以毫釐,繆以千里。」故曰:「臣弒君,子弒父,非一朝一夕之故,其漸久矣。」《周易述疏》云:古文《周易》太史公猶見其全,而大小戴《禮察》《保傅》《經解》及《易緯·卦驗》亦引之,或遂以為緯書之文,非也。

『史記・太史公自序』に言う:『春秋』の裏に記載する君主を弑殺するは三十六起有り、滅亡する国家は五十二個有り、其の縁由を考察すれば、皆是れ根本を喪失す。いわゆる根本を喪失するとは、即ち早く及びて辨察せざるなり。ゆえに『易』に曰く:「毫厘を以て差え、千里を以て謬る。」ゆえにまた曰く:臣下の君を弑し児子の父を弑するは、皆一朝一夕の造成に非ずして、是れ逐漸に積累して甚だ久しきなり。恵棟『周易述』の疏文に言う:古文『周易』は、司馬遷当時は尚お完整の本子を見るを得、而して大戴『礼記』の『礼察』『保傅』、小戴『礼記』の『経解』及び『易緯・卦験』も皆此の幾句を引きたり。人有りて此に因りて彼らを緯書の文字と断定す、これは対ならざるなり。

《韓非子·外儲說》曰:「患之可除,在子夏之說《春秋》。子夏曰:《春秋》之記,臣弒君、子弒父者以十數矣,皆非一日之積也,有漸而至矣。凡奸者行久而成積,積成而力多,力多而能殺,故明主蚤絶之。」又曰:「子夏曰:善持勢者蚤絶奸之萌。」《管子·權修》曰:「欲民之正則微邪,不可不禁也。微邪者,大邪之所生也。微邪不禁而求大邪之無傷國,不可得矣。」

『韓非子・外储説』に言う:禍患の消除するを得る所以は、関鍵は子夏の『春秋』を解説する彼の番の言に在り。子夏曰く:『春秋』の記する所の臣下の君を弑し児子の父を弑する事は、数え出して几十起有り、皆一日の内に積成するに非ずして、而して逐漸に彼の歩に発展するなり。凡そ奸邪の人は、行事日に久しければ便ち気候を積成し、気候を積成せば力量便ち大なり、力量一たび大なれば便ち能く弑を行う、ゆえに英明の君主は早く及びて之を断絶せんと要す。『外储説』また記す:子夏かつて言いたり、権勢を掌握するに善き者は、総じて奸邪の剛に萌芽する時に於て之を断絶す。『管子・権修』に言う:百姓を端正せんと欲せば、則ち細小の邪僻は禁止せざるべからず。細小の邪僻は、正に大奸大悪の産生する根源なり。細小の邪僻を禁止せずして、却て大の邪悪の国家を危害せざるを指望するは、是れ辦り到る能わざるなり。

《尚書大傳》曰:「《書》曰:三歲考績,三考黜陟幽明。」其訓曰:「一至三以至九年,天數窮矣,羊德終矣。積不善至於幽,六極以類降,故黜之;積善至於明,五福以類升,故陟之。皆所自取,聖無容心也。」揚子《太玄》曰:陽推五福以類升,陰幽六極以類降,升降相關,大貞乃通。蓋畫卦與衍疇,其類一也。

『尚書大伝』に言う:『尚書・舜典』は「三年一回政績を考核し、三回考核の後は則ち昏庸を貶黜し賢明を升進す」と講ず。其の解説は:一年より三年に数え、再び九年に数えて、天数は便ち窮尽し、此の一輪の徳も亦た走完す(「羊」の字は当に「陽」の訛と為すべし)。不善を積累して昏暗の一類に落入する人は、六種の極凶の事は類に按りて彼の身上に降臨す、ゆえに彼を貶黜す。善行を積累して明察の一類に達する人は、五種の福は類に按りて彼の身上に升集す、ゆえに彼を升進す。此らは皆各人自ら招来する所にして、聖人は并せて何の私意を其の中に存せざるなり。揚雄『太玄』に言う:陽気は五福を類に按りて推升し上げ、陰気は六極を類に按りて降落下せしむ、升と降とは彼此相関連し、大正の道を守住して乃ち能く通達す。見るべし伏羲の卦を画くと『洪範』の九疇を推衍するとは、其の中の類例は本より同一個の道理なり。

《淮南·繆稱》曰:「《易》曰:剝之不可遂盡也,故受之以復。積薄為厚,積卑為高,故君子日孳孳以成輝,小人日快快以至辱。其消息也,離朱弗能見也。」消息微,故離朱弗能見。《徐乾中論·修本》曰:「先民有言:明出乎幽,著生於微。故宋井之霜以基升正之寒,黃蘆之萌以兆大中之暑,事亦如之。故君子修德,始乎笄丱,終乎鮐背;創乎夷原,成乎喬嶽。《易》曰:升,元亨,用見大人勿恤,南征吉。」積小致大之謂也。

『淮南子・繆称』に言う:『易』は剥卦の能く一直に剥して尽頭に到ること能わざるを講ず、ゆえに続くは復卦なり。薄の積み起れば則ち厚と為り、低の積み起れば則ち高と為る、ゆえに君子は一日々々勤勉不懈して終に光輝を成し、小人は一日々々苟且放縦して終に耻辱を致す。此の一消一長の過程は極めて隠微にして、視力最も好き離朱も亦た看出す能わず。恵棟曰く:消息の機は太だ細微なり、ゆえに離朱も亦た見るを得ず。徐幹『中論・修本』に言う:古人言有り、光明は幽暗より出で、顕著は細微より生ず。ゆえに宋国井中の結する一層の薄霜は、已に升正時節の厳寒の為に根基を奠下し、黄芦の剛に吐き出す一点の嫩芽は、已に大暑時節の酷熱を預兆す、人事も亦た此の如し。ゆえに君子は德行を修養するに、束髪挿笄の少年より始まり、背に鮐紋を生ずるの老年に至りて止む。起頭は只だ一片の平地にして、最終は高山と為りて成就す。『升』卦辞に言う:升は、大いに亨通し、大人に進見するに宜しく、憂慮を必とせず、南に向かって進発すれば吉利なり。講ずる所は正に小を積みて大を成すの道理なり。

《韓非子·喻老》曰:「扁鵲見蔡桓公,立有間,扁鵲曰:君有疾在腠理,不治將恐深。故良醫之治病也,攻之於腠理,此皆爭之於小者也。夫事之禍福亦有腠理之地,故曰聖人早從事焉。」

『韓非子・喻老』に言う:扁鵲は蔡桓公に進見し、一會児立ちて、扁鵲曰く:君は病有りて皮肤紋理の間に在り、医治せざれば恐らく深処に向かって発展せんと要す。ゆえに高明の医師の病を治するは、総じて病の尚お腠理に停留する時に於て下手して攻治す、此らは皆細小の処に於て勝負を争うなり。人事の禍と福とは、同じく其の「腠理」の如き初起の階段有り、ゆえに聖人は総じて早く及びて着手して処置すと曰う。

《漢書》仲舒對策曰:冊曰:「上嘉唐虞,下悼桀紂,寖微寖滅寖明寖昌之道,虛心以改。」臣聞眾少成多,積小至巨,故聖人莫不以晻,暗,致明,以微致顯。是以堯發於諸侯,舜興乎深山,非一日而顯也,蓋有漸以致之矣。言出於己,舜察邇言,不可塞也;行發於身,不可揜也。言行,治之大者,君子之所以動天地也。

『漢書・董仲舒伝』の載する所の対策に言う:策問の裏に講ず、上は唐尭虞舜を称美し、下は夏桀商紂を痛惜し、彼の種の逐漸に衰微して以て滅亡・逐漸に清明して以て昌盛するの道理に対し、願わくは虚心に聴取して以て改進を求めんと。臣聞く、少量の物は聚まり多ければ便ち大量と成り、細小の物は積み起れば便ち巨大と成る、ゆえに聖人は暗昧より光明に走向し細微より顕著に走向せざるの者無し(「晻」は即ち暗の字なり)。此に因りて唐尭は最初は不過一個の諸侯、虞舜は起初は深山に隠居し、皆一日の間に顕達するに非ずして、皆逐漸に積累して乃ち彼の歩に到る。言は自ら一人の口より出づると雖も、虞舜の如く浅近の言も亦た留心考察すれば、則ち堵塞し住むる能わず。行為は自ら一身より発すると雖も、亦た遮掩する能わず。言と行とは政治の中の大事にして、君子の以て天地を感動する憑借なり。

《易》卦氣起中孚,始著為一,初九是也。初九體震,與姤旁通,震為言、為行,震雷動地,巽風動天,故動天地。乾為積善,初尚微小,故「盡小者大,慎微者著」。《詩》云:「惟此文王,小心翼翼。」故堯兢兢日行其道,而舜業業日致其孝,積善而名顯,得彰而身尊,此其寖明寖昌之道也。積善在身,猶長日加益而人不知也;積惡在身,猶火之銷膏而人不見也,非明乎性情、察乎流俗者孰能知之。又云:夫暴逆不仁者,非一日而亡也,亦以漸至,故桀紂雖亡道,然猶享國十餘年,此寖微寖滅之道也。

恵棟易理を用いて此の一段を疏通す:卦気は中孚より起算し、始めて顕露して「一」と為る、指す所は即ち乾卦の初九なり。初九は震体に処り、姤卦と旁通し、震は言語を為し行動を為す。震雷は大地を震動し、巽風は上天を鼓蕩す、ゆえに能く天地を感動すと曰う。乾は積善を為し、初爻は尚お極めて微小なり、ゆえに『荀子』は「小処を尽くす者は其の大を成し、細微の処に謹慎する者は顕著を得」と言う。『詩経・大明』に言う:「即ち此の位の文王は、小心謹慎なり。」ゆえに唐尭は戦戦兢兢として一日々々其の正道を推行し、虞舜は勤勉不懈にして一日々々其の孝道を尽くす。善は積み多ければ名声便ち顕揚し、名声顕揚すれば自身も亦た之に随りて尊貴す、これ即ち逐漸清明・逐漸昌盛の路径なり。善は身上に積まるは、譬えば白昼の一日々々変長するが如く、人は察覚するを得ず。悪は身上に積まるは、譬えば灯火の灯油を消耗するが如く、人は看出す能わず。能く性情を洞明し流俗を明察する者に非ざれば、誰か其の中の消長を知らんや。対策また言う:凡そ暴虐悖逆不仁の人は、亦た一日の内に敗亡するに非ずして、同じく逐漸に彼の歩に走到す、ゆえに桀紂は正道を荒廃すと雖も、却て尚お国家を占有して十几年なり、これ即ち逐漸衰微・逐漸滅亡の路径なり。

《漢書》枚乘書曰:「福生有基,禍生有胎,納其基,絕其胎,禍何自來。」納猶藏也。「泰山之溜穿石,單極之斷乾。」孟康曰:「西方人名屋樑為極,單,一也,一梁謂井鹿盧也,言鹿盧為梗索久鍥斷井乾也。」「水非石之鑽,索非木之鋸,漸靡使之然也。」靡,盡也。「我有好爵,我與爾糜之」,與此靡同。

『漢書・枚乗伝』の載する所の上書に言う:福の産生は其の根基有り、禍の産生は其の胚胎有り。福の根基を接納し、禍の胚胎を断絶せば、禍は尚お何処より来らんや。「納」は即ち収蔵の意なり。上書また言う:泰山の上の滴り下る水は能く石頭を穿透し、井上の一根の横木は能く繩索に磨断せらる。孟康注を作りて曰く:西方人は屋梁を「極」と曰い、「単」は即ち一根にして、一根の梁は井上の轆轤架を指す。是れ轆轤の繩索の支点と為るを言い、繩子は長年刻磨して、便ち井上の彼の根の横木を鋸断す。上書続けて言う:水は并せて石頭を鑽るの鑽子に非ず、繩索も亦た木頭を鋸るの鋸子に非ず、是れ逐漸に磨蝕して乃ち其れを此の様に変成せしむるなり。「靡」は磨尽の意なり。中孚九二は「我有好爵、我与爾糜之」と言う、彼の「糜」の字はここの「靡」と一個の事なり。

「夫十圍之木始生如櫱,足可搔而絕,手可擢而拔,據其未生,先其未形也。磨礱底厲,不見其損,有時而盡。」底,柔石也;厲,皂石也。「種樹畜養,不見其益,有時而大;積德累行,不知其善,有時而用;棄義背理,不知其惡,有時而亡。」此當有成文傳自聖人之徒。

上書また言う:十囲の粗さの大樹は、剛に長じ出ずる時は只だ一根の小芽にして、脚を以て一蹭すれば則ち弄断するを得、手を以て一提すれば則ち抜去するを得、これは其の未だ長成せざるを趁り、其の未だ成形せざるの時に赶いで動手するなり。磨刀石は日日磨用して、其れに何の損耗有るを看出さず、然れども総じて磨尽するの一天有り。「底」は質地細柔の磨石、「厲」は質地粗黒の磨石なり。上書続けて言う:樹を種し牲口を畜養するに、其の一日々々增益するを看出さず、然れども総じて長大するの時有り。徳行善挙を積累するに、自ら何の好処有るを覚えず、然れども総じて用い得るの時有り。道義を抛弃し事理に背違するに、自ら何の害処有るを覚えず、然れども総じて敗亡するの時有り。恵棟按す:此の幾句は当に本より成文有るべく、是れ孔門弟子の一系より伝え下る所の者なり。

《法言·修身》曰:「君子微慎厥德,悔吝不至,何元憞之有。」注云:「微,纖也。悔吝,小疵也。元憞,大惡也。」賈誼《新書·審微》曰:「善不可謂小而無益,不善不可謂小而無傷。非以善為一足以利天下,小不善為一足以亂國家也。當夫輕始而傲微,其流而令於大亂,是故子民者謹焉。」

揚雄『法言・修身』に言う:君子は細微の処に於て自らの德行を謹慎守護せば、悔恨と羞吝とは便ち門に上り来さず、何処に尚お何の大悪か有るを談ずらんや。注文に言う:「微」は即ち繊細、「悔吝」は小毛病、「元憝」は大罪悪なり。賈誼『新書・審微』に言う:善の小なるを以て其れ益無しと言うべからず、亦た不善の小なるを以て其れ妨害無しと言うべからず。これは并せて一件の善事を為すを以て便ち天下を利益するに足ると言い、一樁の小小の不善を為すを以て便ち国家を擾乱するに足ると言うに非ず。而して是れ一たび開端を軽忽し細微を怠慢すれば、其れ流衍し下りて便ち大乱を醸成せんと言うなり、ゆえに百姓を牧養する者は此に対し格外に謹慎す。

「夫事有逐奸,勢有召禍。老耼曰:為之於未有,治之於未亂。管仲曰:備患於未形,上也。語曰:弗滅,炎炎奈何;萌芽不伐,且折斧柯。智禁於微,次也。事之適亂,如地形之惑人也,機漸而往,俄而東西易面,人不自知也。故墨子見衢路而哭之,悲一跬而繆千里。」

『審微』続けて言う:事情は本身会に奸邪を招引し、形勢は本身会に禍患を召来す。老聃曰く:事の未だ発生せざるの時に於て動手し、禍乱の未だ形成せざるの時に於て整治せよ。管仲曰く:禍患の未だ成形せざるの時に於て防備するは、これ上策なり。古語曰く:小火は撲滅せざれば、烈焰騰騰に到るを待ちて又た如何せん。嫩芽は砍除せざれば、将来は則ち斧柄を折断して乃ち砍り動くを得るを須らん。智慧に凭りて細微の処に於て之を禁絶するは、これ次一等の弁法なり。事の禍乱に走向するは、恰も地形の人を迷惑するが如し。一点々々の偏差に順りて前に走りて往けば、不知不覚の間に東西方向は便ち颠倒し、人は自ら尚お察覚せず。ゆえに墨子は岔路口を見れば則ち之に対して痛哭す、痛惜する所は起步の時の半步の差にして、到頭来は千里に謬出せんとするなり。

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