Libo

《観月経》新故卦

明 · 郭载騋(校) · 第47巻 / 56

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

凡事知新故,得之變生死。五陽德自處,甲丙戊庚壬各以本干為德,故曰五陽德處也。五陰德改移。夫自處德婦從夫,德以陽為正。甲為己德合,庚與乙為德。丙與辛為宜,丁德配在壬。癸德配在戊,生死後篇推。

《観月経》は「新故卦」という一門を立て、専ら問う事が新しく起きたものか旧来のものかを分別するのに用いる。新旧を弁明する鍵は、用いる神が長生の地にあるか死絶の地にあるかに落ちる。五つの陽干の「徳」は自分の身の上に安められる——甲・丙・戊・庚・壬はそれぞれ本干を徳とするので、五陽の徳は「自処」だという。五つの陰干の徳は別の所へ移さねばならない。これは夫が自分で主となり、妻が夫に随っていくようなもので、徳はつねに陽干を正位とする。甲は己と合するので己の徳は甲にあり、乙の徳は庚に帰り、辛の徳は丙に配され、丁の徳は壬に配され、癸の徳は戊に配される。各干の長生の地と死絶の地については、次の段に続けて推排する。

甲生原在亥,未是死根基。丙生寅上是,死戌是分離。壬壬生傳送,天罡見死悲。庚來生太乙,大吉死無疑。生加日辰上,凡事煥為新。死加日辰上,凡事更無新。假令甲乙日登明加甲上,為新,故曰煥為新。如今日甲乙小吉加甲,為故。剛日以本干之生為新,死加日辰為故,故曰更無新。

甲木の長生はもと亥にあり、墓死の根は未に扎る。丙火は寅に長生し、戌に死ぬので、戌を見れば離散の象である。壬水は「伝送」(申)に長生し、「天罡」(辰)を見れば入死して悲しむべきである。庚金は「太乙」(巳)に長生し、「大吉」(丑)に死ぬので、確鑿として疑いない。長生の神が日干または日支に加われば、問う事は焕然として新しくなる。死絶の神が日干日支に加われば、問う事に新意はなく、ただ旧事である。例えば、甲・乙の日に「登明」(亥)が甲に加われば、亥はまさに甲の長生なので新事と断じ、これが「焕為新」である。もし甲・乙の日に「小吉」(未)が甲に加われば、未は甲の墓死の地なので旧事と断ずる。陽日はすべて本干の長生をもって新とし、本干の死地が日辰に加臨するのをもって旧とするので、「更に新無し」と言う。原文「壬壬生伝送」のところは「壬」の字が一つ衍しているが、旧本のままに録出する。

前篇論生死,後法五行中。新來推旺相,凡事旺相加日是新事也。休囚死後終。凡休囚死加日辰是舊事也。其氣兩相見,新故一半通。或曰日上旺相氣,辰上休囚死氣,其物新故相半,故名新故一半通也。傳中先見者,此法續無窮。凡四課三傳先見者知新故,便以日辰推之,故曰傳中見事續無窮。

前の段は長生・死絶から新旧を論じたが、この段の法則は五行の旺衰に落ちる。新事を断ずるには旺気と相気を推す——旺相の神が日に加臨すれば、問う事は新たに起きた事である。休・囚・死気は事がすでに尽頭に至ったことを主とする——休囚死の神が日辰に加臨すれば、問う事は旧有の事である。二種の気が同時に現れたら、新旧はそれぞれ半分を占める。ある人が解釈していうには、日の上に乗るのが旺相の気で、辰の上に乗るのが休囚死の気なら、この事物は新旧が半ばずつなので、「新故一半通」と呼ぶ。断法上は、「四課」(日干・干陰・日支・支陰の四組の上下神)と三伝の中で最初に現れた一位をもって準とし、それによって新旧を定め、さらに日辰を参照して推衍する。この法門はいつまでも用いられるので、伝の中に事を見て源源として絶えないと言うのである。

《心鏡》

新故陰陽不易分,剛柔異類辨斯文。剛日用陽及有氣,是物裝成不染塵。剛日用起陽神及有氣神加日上並主生氣,曰物乃是新物。柔日用起陰,及無氣神加日上,並主死氣物,是舊物。

《六壬心鏡》にいう。事の新旧は陰陽から分かつが、分かちにくいので、日干の剛柔と用いる神の同異によってこの文の理を弁明しなければならない。陽日(剛日)に発用するのが陽神で、しかもこの神が気を得ていれば、占う物は装造されたばかりで一点の塵もまだ付いていないような、まったく新しいものである。下の注解にいう。陽日に発用して陽神が起き、また得気の神が日に加われば、みな生気を主とするので新物と断ずる。陰日(柔日)に発用して陰神が起き、また無気の神が日に加われば、みな死気を主とするので旧物と断ずる。

柔須求德看臨日,乙德居庚土是因。大吉臨干為死舊,天罡加日是生新。假令乙日是柔,即乙德在庚,生於土,天罡加日上即生新物,大吉臨干上是死舊物也。

陰日はまず本干の「徳」を見出し、次にこの徳が日に臨む様子を見る。乙の徳は庚に寄り、庚金は土に生ぜられるものだから、「土是因」と言う。「大吉」(丑)が日干に臨むのは入墓・死絶の象で、占う物は旧に属する。「天罡」(辰)が日に加わるのは生を得る象で、占う物は新に属する。注解が例を挙げていう。乙日は柔に属し、乙の徳は庚にあり、庚は土から生ずるので、辰土が日に加われば新物と断じ、丑土が日干に臨めば旧物・死物と断ずる。

《袖中金》

剛日用起陽及有有氣神加日,並主發物類。柔日用起陰及無氣神加日,並主死物及為舊物。旺相加日辰為生新,囚死加日辰為舊。

《袖中金》はこの法則をさらに簡明に帰納する。陽日に発用して陽神が起き、また得気の神が日に加われば、みな生発する物を主とする。陰日に発用して陰神が起き、また無気の神が日に加われば、みな死気の物、すなわち旧物を主とする。要するに、旺相の神が日辰に加臨すれば新生と断じ、囚死の神が日辰に加臨すれば陳旧と断ずる。原文「有有気神」のところは「有」の字が一つ衍しているが、旧本のままに録出する。

拘鈐卦

十雜拘鈐,支干配合色數,以四時休旺斷之。數目顏色言倍者,加一倍也。言進者一十進一百也。

「拘鈐」は前の十雑の義理を一組の定式に収攝したものである。地支と天干を配してそれぞれ顔色と数目を定め、さらに四時の休・旺によって加減して断定する。口訣に「倍」と言うのは本数を一倍に乗じること、「進」と言うのは一位を進めることで、十を進めれば百となる。失物の遠近を占い、物類の多寡を占うのは、すべてこの色数によって推す。

甲子日亥將寅時占 午蛇 卯勾 子白 蛇 陰 后 常 午 酉 申 亥 酉 子 亥 甲 青勾六朱 寅卯辰巳 空丑 午蛇 白子 未貴 亥戌酉申 常元陰后

これは模範の課式である。甲子の日、亥を月将とし、寅時に起課して、月将の亥を占時の寅に加えれば、天盤は全体が随って転じて定まる。中間の三行は「四課」で、右から左へ読む。日干の甲は寅に寄宮し、寅の上に亥を得て、亥は「太常」を乗せ、第一課とする。亥の上に申を得て、申は「天后」を乗せ、第二課とする。日支の子の上に酉を得て、酉は「太陰」を乗せ、第三課とする。酉の上に午を得て、午は「螣蛇」を乗せ、第四課とする。最上の三行は「三伝」で、第四課の午から発用して初伝とし、午の上に卯を得て中伝とし、卯の上に子を得て末伝とする。三伝の午・卯・子はそれぞれ螣蛇・勾陳・白虎を乗せる。最下の方框は天盤十二支がそれぞれ乗せる天将を列する。甲日寅時は夜貴を用い、貴人は未に乗って逆行するので、未は貴人、午は螣蛇、巳は朱雀、辰は六合、卯は勾陳、寅は青龍、丑は天空、子は白虎、亥は太常、戌は元武、酉は太陰、申は天后となる。

此午克酉為用,午是九數,酉是六數,色從赤白。春月火相數,宜加倍。甲己子午九,乙庚丑未八,丙辛寅申七,丁壬卯酉六,戊癸辰戌五,巳亥無干四。此一節論走失、遠近、物類多少,依此推之。

この課は午が酉を克するのを取って発用する。午の数目は九、酉の数目は六で、顔色は一赤一白である。春月に占うので火は「相」の位にあって気はちょうど長ずるときだから、数目は倍加すべきである。各干支に配する数目は、甲・己と子・午は九、乙・庚と丑・未は八、丙・辛と寅・申は七、丁・壬と卯・酉は六、戊・癸と辰・戌は五、巳・亥の二支には天干が寄らないので四だけを配する。この一節は、走失した物の遠近の方位と、占う物類の多少を推すのに専ら用い、すべてこの数目にしたがって推し進める。

甲己半青黃,乙庚碧綠竹,丙辛帶赤白,丁壬暗慘黑,戊癸灰黃樣,大干中洲版本作“天子”十敝居。酉白子純黑,卯青午赤逐。辰戌丑未黃,寅來緋碧服。申主白黑色,巳上斑點綠。亥來淡淡青,發用為骨肉。

配色の口訣は、甲・己の二干は半青半黄、乙・庚は竹のような碧緑、丙・辛は赤を帯びまた白を帯び、丁・壬は暗く沈んだ惨淡な黒、戊・癸は灰の中に黄を泛す様子である。末句の「大干十敝居」は、中洲刻本ではここを「天子」と作し、両本が互いに異なるので、しばらく併存させる。地支の配色は、酉は白、子は純黒、卯は青、午は赤で、四者は順次相接する。辰・戌・丑・未はすべて黄、寅は緋の中に碧を帯び、申は白黒二色を兼ね、巳は斑点のある緑、亥は淡い青である。発用の神に配された顔色は、すなわち占う物の本色であって、人の骨肉のようにぴったりと合う。

先乃窮顏色,次神言數目。正月甲子日,寅時來買卜。勝光加酉支,上下相驅逐。下神本白色,上神赤不黑。上神其數九,下神本管六。六九五十四,地裡宜數足。旺相倍加進,囚死退數目。休者五十里,囚死者,五十四里之半也。旺相五百四十里。不離反與覆。賊盜依數推,萬數悉皆卜。六十四卦中,從頭盡檢束。聖人言會者,神仙見骨肉。

推し断る次第は、まず顔色を窮め、次に神位によって数目を言う。上の一課を例に取る——正月甲子の日、ある人が寅時に占いを求めに来た。天盤の「勝光」(午)が酉に加わり、上下の二神は互いに駆逐し相克する。下の酉の本色は白、上の午の色は赤で黒くない。上神の午の数目は九、下神の酉の数目は六を管するので、九と六を乗じて五十四を得、路途の里数はこの数目に照らして算足する。旺相の気に逢えば倍加して進位し、囚死の気に逢えば数目を減退させる。休気ならば五十里と算し、注文にいう、囚死の気は五十四里の半分を取り、旺相の気は五百四十里に進める。求める物は概ね往還・反覆のあいだを離れない。賊盗を占うのもこの数目に照らして推し、万と千の数目もすべてこれによって卜できる。さらに六十四卦を参合し、頭から逐一に検核・約束すれば、法度は周備となる。聖人が言うには、この学問を会通し得る者は、神仙が人の骨肉を見るように一望で透かし見る。

午蛇 卯勾 子虎 蛇 陰 后 常 午 酉 申 亥 酉 子 亥 甲 寅卯辰巳 丑 午 子 未 亥戌酉申

これは前の課と重出の式で、四課・三伝は前とまったく同じであり、ただ末伝の子に乗る白虎をここでは「虎」と書き、天地盤の方框にも十二支の位次だけを排して、各支に乗る天将をもはや標注しない。三伝は依然として午は螣蛇、卯は勾陳、子は白虎を乗せる。四課は依然として甲の上に亥を得て太常、亥の上に申を得て天后、日支の子の上に酉を得て太陰、酉の上に午を得て螣蛇を乗せる。方框は上から下へ、左から右へ、寅卯辰巳、丑と午、子と未、亥戌酉申を列し、まさに天盤十二支の排列である。読者は前の式に標した天将と対照して見ることができる。

《観月経》終始卦

諸卦推始終,此卦最為良。初傳為始位,末傳是終鄉。始吉兼終吉,萬事太無妨。初凶末有吉,從空喜並強。初傳囚死刑害,天空朱雀,是初傳凶。末傳見吉將三合、六合、青龍,主喜事從空而來也。

《観月経》はまた「終始卦」という一門を立てる。あらゆる課式の中で事の開端と結局を推すには、この一門が最も精当である。初伝は事の起点を代表し、末伝は事の帰宿を代表する。開端が吉で結局も吉なら、万事が平安で障りない。開端が凶で末伝が吉に転ずれば、喜事は思いがけない空のところから力を併せて来る。注解にいう。初伝が囚気・死気に落ち、また三刑六害に逢うか、「天空」「朱雀」の二虚詐好訟の天将を乗せれば、初伝は凶とする。末伝に三合・六合・青龍といった吉将吉神を見れば、喜事が忽然として虚空のところから到来することを主とする。

始吉終不善,先喜後乖張。初傳見吉將良神,末傳見三刑六害凶神者,主先吉後凶也。始吉終見破,遇克卻馨香。消息皆如此,論情道理長。克末破也。

開端が吉で結局が善くないのは、先に歓喜し後に乖違するということである。注解にいう。初伝に吉将良神を見、末伝に三刑六害の類の凶神を見れば、先吉後凶を主とする。もし開端が吉で末伝が「破」神に逢い、この破神がまた別の神に克制されるなら、かえって馨香の好結果に転じ出る。盈虚消長の理はすべてこの路数に照らして見、人情事理を推論し広めれば、その中の意味は悠長である。末句の「克末破也」は、まさに末伝の破神を克するという一層を言うのである。

《心鏡》

始終之卦再臨時,神將相傳為正義。始吉終凶終不善,先凶後吉慶相隨。善惡等分無咎舉,首末俱吉福大奇。中末克初無不利,始往克末憂害身。三傳相生萬事成,若或相剋為鬼賊。用神生旺,吉凶為方來,囚死為已往。

《六壬心鏡》にいう。終始の卦は月将を改めて占時に加えて排定し、天盤の神と乗る天将とが逐伝に相承してこそ正解である。開端が吉で結局が凶なら、ついに良しと算えない。開端が凶で結局が吉なら、喜慶は直ちに随って来る。善と悪の分量が等しい課は、わざわざ吉凶を挙断しなくても、災禍を招かない。首尾の両伝がともに吉なら、福気は大きくて出類する。中伝・末伝が回頭して初伝を克するのは、不利なことはない。初伝がかえって末伝を克すれば、自身を傷つけることを憂慮しなければならない。三伝が彼此相生すれば、万事が成りうる。彼此相克すれば、暗に祟をなす鬼賊となる。注解にいう。用神が生旺に逢えば、吉凶はいずれも将に到来せんとする事に属し、囚死に逢えば、吉凶はいずれもすでに過ぎ去った事となる。

《袖中金》

論三傳初中末,即事有創始,在成終,方為始終有全。凡初傳凶,終末吉,能解之。三傳凶,行年吉,能解之。三傳行年盡凶,則凶不可解也。

《袖中金》にいう。三伝の初・中・末を論ずるとは、一つの事に開創の起頭があり、また成し遂げる收尾があるかを見ることで、こうして首尾が完備したと言える。およそ初伝が凶で末伝が吉ならば、末伝が初伝の凶を解くことができる。三伝がともに凶で占人の行年が吉ならば、行年が三伝の凶を解くことができる。もし三伝に行年までも加えてことごとく凶ならば、その凶はもはや解く余地がない。

《曽門》

始之與終,傳自相窮。進退輕重,何喜何怒。始吉終吉,自窮於吉。始凶終凶,自窮於凶。始吉終凶,先吉後凶。始凶終吉,先凶後吉。神將俱和,是為大吉。相剋不和,名曰大凶。《定章》曰:終始即初終二傳,以見吉凶。神將俱和,如子歸母為吉。神將不和,即仇怨為凶也。

《曽門》にいう。一つの事の起頭と收梢は、ただ三伝の内で互いに推究し尽くす。進むべきか退くべきか、軽いか重いか、どこに喜ぶべきか、どこに怒るべきか、すべてこれによって分かれる。開端が吉で收梢も吉ならば、一路すべて吉に窮まる。開端が凶で收梢も凶ならば、一路すべて凶に窮まる。開端が吉で收梢が凶ならば、先吉後凶である。開端が凶で收梢が吉ならば、先凶後吉である。天盤の神と乗る天将とが彼此調和するのは、すなわち大吉である。両者が相克して和しないのは、大凶と呼ぶ。《定章》が解説していう。いわゆる終始とは、初伝と末伝の二伝を指し、それらの身の上に吉凶を見る。神と将が相和するのは、たとえば子が母の身もとに帰るようなもので吉である。神と将が和しないのは、仇家怨偶となるので凶である。

六壬大全巻十終

六壬大全巻十一 《畢法賦》上

《六壬畢法》正文

第一法:前後引從升遷吉,第二法:首尾相見始終宜。第三法:簾幕貴人高甲第,第四法:催官使者赴官期。第五法:六陽數足須公用,第六法:六陰相繼盡昏迷。第七法:旺祿臨身徒妄作,第八法:權攝不正祿臨支。第九法:避難逃生須棄舊,第十法:朽木難雕別作為。

《畢法賦》は六壬断課の百の鍵となる格局を対句に編んで記誦に便ならしめ、下文で逐条に詳しく解説する。第一法は、初伝が日干の前に居るのを「引」といい、末伝が日干の後ろに居るのを「従」といい、前に引き後に従うのは、官に昇るか居所を遷修する吉を主とする。第二法は、干の上に旬の中の末位を得、支の上に旬の中の首位を得て、首尾が相接して周而复始すれば、凡事に始めあれば終わりあり、謀ること皆成る。第三法は、「簾幕貴人」(昼の占に夜貴を用い、夜の占に昼貴を用いる)が占人の年命または日干の上に臨むのは、科挙に高中するを主とする。第四法は、日鬼が白虎に乗って日干または年命に加臨するのを「催官使者」と名づけ、赴任の日が極めて急がされるを主とする。第五法は、四課三伝がみな六つの陽位に落ちて陽数が充足するのは、公家の事を執るに宜しい。第六法は、課伝がみな六つの陰位に落ちて陰気が一路相継ぐのは、事が昏昧で明らかでない。第七法は、日禄が兼ねて日旺を作して干の上に臨み、もともと足用なのに、さらにこれを捨てて別に謀るのは妄動である。第八法は、日禄が日干に臨まず日支に臨むのは、権柄が正しくなく、ただ人の下に屈居するのみである。第九法は、三伝が我に益なく、旧を捨て生に就くべきで、難を避け生に逃れる象である。第十法は、斫輪課の中で卯木が空亡に落ち、朽木は雕琢に堪えず、行を改めて別に営生を作るべきことを講ずる。

第十一法:眾鬼雖彰全不畏,第十二法:雖憂狐假虎威儀。第十三法:鬼賊當時無畏忌,第十四法:傳財太旺反財虧。第十五法:脫上逢脫防虛詐,第十六法:空上乘空事莫追。第十七法:進茹空亡宜退步,第十八法:踏腳空亡進用宜。第十九法:胎財生氣妻懷孕,第二十法:胎財死氣損胎推。

第十一法は、三伝が日鬼に満ちていても、別に救神があって制すれば、まったく畏るるに足りない。第十二法は、自分は弱くとも、傍人の力に倚仗して我を克する神を圧すれば、狐が虎の威を借るようなもので、憂いはあれど害はない。第十三法は、鬼賊がちょうど旺季にあって、自身の栄盛に貪って我を克する心がなく、しばらく忌憚するに足りない。第十四法は、三伝に伝わる財が旺の極に達し、財は自ら旺に貪って我に帰ろうとせず、財を求めればかえって亏折する。第十五法は、日干が上神を生じ、上神がまた天将を生じて、一層一層脱泄し下がるのは、虚言詐騙を防ぐべきである。第十六法は、上神が旬空に落ちかつ「天空」に乗るのは、空を指して空を言うのであって、まったく実のあるところがなく、事はもはや追うに足りない。第十七法は、三伝が逐位に進行して尽く空亡に落ちるのは、身を抽いて退歩するに宜しい。第十八法は、三伝が逐位に退行して退く所が尽く空亡なのは、退くに退けず、かえって前進して用いるに宜しい。第十九法は、日干の胎神がまた妻財を作して、しかも当月の生気に乗るのは、妻室を占えば必ずすでに懐孕している。第二十法は、胎神が財を作して死気に乗れば、損胎・小産のほうへ推し断ずるべきことを講ずる。

第二十一法:交車相合交關利,第二十二法:上下皆合兩心齊。第二十三法:彼求我事支傳干,第二十四法:我求彼事干傳支。第二十五法:金日逢丁凶禍動,第二十六法:水日逢丁財動之。第二十七法:傳財化鬼財休覓,第二十八法:傳鬼化財錢險危。第二十九法:眷屬豐盈居狹宅,第三十法:屋宅寬廣致人衰。

第二十一法は、干上神と支上神が交錯して相合し、二つの車が交わり会うがごときで、交易を為し手を転ずるに最も利あり。第二十二法は、上下の各神が一々相合して、彼此の両心が斉同である。第二十三法は、課伝が日支から日干へ伝わるのは、相手が我に求むる有り。第二十四法は、課伝が日干から日支へ伝わるのは、我が相手に求むる有り。第二十五法は、庚辛の金日に「丁神」(旬内の丁奇で動揺を主とする)に逢うと、凶禍が動に随う。第二十六法は、壬癸の水日に丁神に逢うと、動くのはかえって財で、財物に変あるを主とする。第二十七法は、三伝の中の財が鬼に転化するのは、この財はもはや尋ね覓るに足りない。第二十八法は、三伝の中の鬼が財に転化するのは、銭は手に入れども危険を帯びる。第二十九法は、家眷人口が興旺して居る宅が逼仄なのは、人多く屋小さし。第三十法は、屋宅が過度に寛広して人丁が稀少なのは、かえって人の衰を致す。

第三十一法:三傳遞生人舉薦,第三十二法:三傳互克眾人欺。第三十三法:有始無終難變易,第三十四法:苦去甘來樂里悲。第三十五法:人宅受脫俱招盜,第三十六法:干支皆敗事傾頹。第三十七法:末助初兮三等訟,第三十八法:閉口卦體兩般推。第三十九法:太陽照武宜擒賊,第四十法:后合占婚豈用媒。

第三十一法は、三伝が一路に遞々相生し助けるのは、人の挙薦・提携を得るを主とする。第三十二法は、三伝が彼此交々相克するのは、衆人の欺凌を受けるを主とする。第三十三法は、課体に起頭あって收尾なきは、事が変通・改易しがたい。第三十四法は、先に苦く後に甘く、しかも楽しみ極まってまた悲しみを生ず。第三十五法は、人を代表する日干と宅を代表する日支とが双々脱泄されるのは、人も宅も賊を招く。第三十六法は、干支ともに敗気の上に落ちるのは、事が終に傾覆・頽敗する。第三十七法は、末伝が初伝を助け起すのは、詞訟を占えば原告・被告・干証の三等の人が牵涉する。第三十八法は、「閉口卦」の課体に吉有り凶有りで、二つの路に分けて推し断ずべきである。第三十九法は、太陽が「元武」(盗賊を主とする)を照臨すれば、賊の形が毕露し、擒捕に宜しい。第四十法は、「天后」と「六合」の両将が同じく現れるのは、婚姻を占えば自然に成就し、どうして媒人を用いるに及ばん。

第四十一法:富貴干支逢祿馬,第四十二法:尊崇傳內遇三奇。第四十三法:害貴訟直作曲斷,第四十四法:課傳俱貴轉無依。第四十五法:晝夜貴加求兩貴,第四十六法:貴人差迭事參差。第四十七法:貴雖在獄宜臨干,第四十八法:鬼乘天乙乃神祗。第四十九法:兩貴受克難干貴,第五十法:二貴皆空虛喜期。

第四十一法は、干支の上に禄神と駅馬に遇うのは、富貴亨通を主とする。第四十二法は、三伝の内に三奇に遇うのは、地位の尊崇を主とする。第四十三法は、神有りて貴人を害するのは、官司を占えば自分に理有るも、没理に断ぜられる。第四十四法は、課と伝に処処皆貴人なるは、かえって多く得て依託する所なし。第四十五法は、昼貴・夜貴が一斉に加臨するのは、同時に二位の貴人に求託しうる。第四十六法は、貴人の次序が錯雑・顛倒するのは、事もまた参差不斉となる。第四十七法は、貴人は「獄」位に落ちるも、日干に臨んでさえすれば依然として用いうる。第四十八法は、日鬼が「天乙貴人」に乗るは、それは常の鬼にあらず、神祇の作祟である。第四十九法は、二位の貴人がともに克制を受けるのは、貴人の力に攀求しがたい。第五十法は、二位の貴人がともに空亡に落ちるのは、喜ぶべき期が終に空しく落つ。

第五十一法:魁度天門關隔定,第五十三法:罡塞鬼戶任謀為。第五十三法:兩蛇夾墓凶難免,第五十四法:虎視逢虎力難施。第五十五法:所謀多拙逢網羅,第五十六法:天網自裹己招非。第五十七法:費有餘而得不足,第五十八法:用破身心無所歸。第五十九法:華蓋覆日人昏晦,第六十法:太陽射宅屋光輝。

この一段はもともと第五十二法を誤って「第五十三法」と刻し、下の句と番号が重なっているが、今は旧本のままに録出する。第五十一法は、「河魁」(戌)が天門の亥位を渡るのは、関隘の阻隔がすでに定局となる。第五十二法は、「天罡」(辰)が鬼戸を塞ぐのは、凶気が堵せられ、謀為に任す。第五十三法は、二条の螣蛇が墓神を挟むのは、凶事が免れがたい。第五十四法は、白虎の対面にまた白虎に逢うのは、二虎が相持して各自に力を使出せない。第五十五法は、課体が「天網」の象を成すのは、謀ること多く笨拙にして成らず。第五十六法は、天網がかえって自らを裹むのは、自ら是非を招く。第五十七法は、費うところ余りあって得るところ足らざるは、得るもの失うものに償わず。第五十八法は、用神が冲破されるのは、身心に帰着する所なし。第五十九法は、「華蓋」という星煞が日干を覆圧すれば、人は昏昧・晦滞となる。第六十法は、太陽が宅第を照射すれば、房屋に輝きを生じ、家門の光顕を主とする。

第六十一法:干乘墓虎無占病,第六十二法:支乘墓虎有伏尸。第六十三法:彼此全傷防兩損,第六十四法:夫婦蕪淫各有私。第六十五法:干墓並關人宅廢,第六十六法:支墳財並旅程稽。第六十七法:受虎克神為病症,第六十八法:制鬼之位乃良醫。第六十九法:虎乘遁鬼殃非淺,第七十法:鬼臨三四訟災隨。

第六十一法は、日干が墓神に乗りまた白虎を帯びるのは、疾病を占うに最も忌む。第六十二法は、日支が墓に乗り虎を帯びるのは、宅中に旧屍未だ葬らざるあらんか。第六十三法は、双方が彼此ともに損傷を受くるは、両敗倶傷を防ぐべし。第六十四法は、夫妻が荒淫にして檢を失うは、各自に暗に私情有り。第六十五法は、日干の墓と関神とが同じく現るるは、人も宅も敗廃せんとす。第六十六法は、日支の墳墓と財神とが併臨するは、出門して外にある行程が耽擱せんとす。第六十七法は、白虎に克せられるあの一神は、まさに病症の所在なり。第六十八法は、日鬼を制し得るあの一位は、まさに病を治する良医なり。第六十九法は、白虎が遁干の化ずる鬼に乗れば、禍殃は軽からず。第七十法は、日鬼が第三課・第四課の上に臨むは、官司と災禍とが踵を接して来たる。

第七十一法:病符克宅全家患,第七十二法:喪吊全逢掛縞衣。第七十三法:前後逼迫難進退,第七十四法:空空如也事休追。第七十五法:賓主不投刑在上,第七十六法:彼此猜忌害相隨。第七十七法:互生俱生凡事益,第七十八法:互旺皆旺坐謀宜。第七十九法:干支值絕凡謀決,第八十法:人宅皆死各衰羸。

第七十一法は、「病符」という神煞が日支の宅を克傷すれば、全家みな病に染む。第七十二法は、「喪門」「弔客」の二煞が斉しく現れれば、家裏に麻を披き孝を掛くべし。第七十三法は、前後ともに逼せられて、進むも能わず退くも得ず。第七十四法は、課体が空空蕩蕩として一も実の所なく、事はもはや追うべからず。第七十五法は、賓主の両下が投契せず、また刑神が上に壓す。第七十六法は、彼此心に猜忌を存すれば、害神これに随いて来る。第七十七法は、干支が交々相生して上下ともに生気を得れば、凡事に益有り。第七十八法は、干支が交々に旺を得て処処旺相ならば、安坐して図謀すれば即ち事を成すべし。第七十九法は、干支ともに絶地に落ちれば、凡そ謀劃有れば皆断じて了結すべし。第八十法は、人も宅もともに死気の上に在れば、双方各々に衰弱・羸瘦せんとす。

第八十一法:傳墓入墓分憎愛,第八十二法:不行傳者考初時。第八十三法:萬事喜忻三六合,第八十四法:合中犯殺蜜中砒。第八十五法:初遭夾克不由己,第八十六法:將逢內戰所謀危。第八十七法:人宅坐墓甘招晦,第八十八法:干支乘墓各昏迷。第八十九法:任信丁馬須言動,第九十法:來去俱空豈動宜。

第八十一法は、三伝が墓の中に伝入するは、墓する所が可憎の物か可愛の物かを分かつべし。第八十二法は、課が伝を発せざる(伏吟して動かざる)ものは、回頭して初伝と占時とを考究すべし。第八十三法は、課伝が三合・六合を結ぶは、万事歓欣せんとす。第八十四法は、合の中にかえって凶殺を夾帯するは、蜜の中に砒霜を摻るがごとし。第八十五法は、初伝が上下に夾克を受くるは、事は自ら作主するに由らず。第八十六法は、天将と乗る所の神とが自相攻戦するは、謀る所危殆なり。第八十七法は、人も宅も墓の上に坐するは、ただ甘心して晦気を招くのみ。第八十八法は、干上・支上に各々墓神に乗るは、両辺ともに昏昧にして清からず。第八十九法は、凡そ「丁神」と「駅馬」に遇えば、皆身を動かし走り歩くの上に説くべし。第九十法は、来路・去路ともに空亡に落つるは、何ぞ動作に宜しからんや。

第九十一法:虎臨干鬼凶速速,第九十二法:龍加生氣吉遲遲。第九十三法:妄用三傳災福異,第九十四法:喜懼空亡乃妙機。第九十五法:六爻現卦防其克,第九十六法:旬內空亡逐類推。第九十七法:所筮不入仍憑類,第九十八法:非占現類勿言之。第九十九法:常問不應逢吉象,第一百法:已災凶逃返無疑。

第九十一法は、白虎が日干の鬼の上に臨むは、凶事の来たる極めて速し。第九十二法は、青龍が生気の上に加わるは、吉事はかえって来たること遅緩なり。第九十三法は、法度に按じず乱に三伝を取れば、断出する災と福とが全然走様せん。第九十四法は、喜ぶべきの落空すれば惜しく、懼るべきの落空すれば幸あるべし——空亡の一項はまさに断課の妙機なり。第九十五法は、課中に六爻顕現するは、それが反って我を克することを防ぐべし。第九十六法は、一旬の内の空亡は、各々事類に按じて逐一に推し去るべし。第九十七法は、占する事が課伝に入らざるものは、依然としてその類神に憑って断ずべし。第九十八法は、課上に現出する類神が占する事と関わらざるものは、牽強して説くことなかれ。第九十九法は、平常に事を問い久しく応験せざるが、忽然として吉象に遇う。第百法は、災禍すでに発生して凶神また出逃し反り去るは、必ず疑慮なし。

《畢法》正文終

前後引従升遷吉第一

引干宜進職,引支宜遷宅。夫前引後從格者有二等,如遇初傳居干前為引,末傳居干後為從,值此格者,必升擢官職;又如遇初傳居支前引,末傳居支後為從,值此格者,必遷修家宅,二事皆吉。

この一法の断語は、日干の上に引き在れば昇職に宜しく、日支の上に引き在れば宅を遷すに宜しいという。いわゆる「前引後従」の格局は二つの等に分かれる。一等は、初伝が日干の前の一位に落ちて「引」を作し、末伝が日干の後の一位に落ちて「従」を作すもので、この格局に遇えば必ず官に昇遷・擢用される。もう一等は、初伝が日支の前の一位に落ちて引を作し、末伝が日支の後の一位に落ちて従を作すもので、この格局に遇えば必ず居を遷すか房屋を修造する。二つの事とも吉兆に属する。

拱貴格

引從天干格內,如庚辰日寅加酉為初傳,子加未為末傳,此乃初末引從庚干在內,干上丑為晝貴人,兼三傳下賊上,豈不應升擢官職也?夜占乃墓神覆日亦無畏,緣中傳未作天乙沖破丑墓,乃為吉課也。

これは引従天干格の中の一種である。たとえば庚辰日に、寅が酉の上に加わって初伝を作し、子が未の上に加わって末伝を作す。庚の寄宮は申にあり、初伝の寅と末伝の子とが一前一後に庚干を中に挟むので、まさに初末引従の象である。干上に丑を得て、丑はまさに庚日の昼貴人であり、さらに三伝がみな下神が上神を賊克するので、かかる格局がどうして官に昇り擢用されるに応じないことがあろうか。もし夜に占うなら、丑は庚の墓神となって日干を覆圧する。見ると畏るべきようだが、実は必ずしも怕れるに足りない。中伝の未はまさに夜貴天乙の在所で、未は丑墓を冲し破りうるので、依然として一課の吉課と算えるのである。

両貴引従天干格

如壬子日初傳巳加子為晝貴,末傳卯加戌為夜貴,亦是墓神覆日,賴中傳之戌沖辰,不畏墓也。凡值此例,必得上人提攜,或兩處貴人引薦成事,如辰為月將尤妙也。

たとえば壬子日に、初伝の巳が子の上に加わり、巳は壬日の昼貴人である。末伝の卯が戌の上に加わり、卯は壬日の夜貴人である。二位の貴人が一前一後に日干を引従する。この一課も同じく墓神が日干を覆圧するが、全く中伝の戌に頼って辰墓を冲き開くので、入墓を怕れるに足りない。およそこの例に遇えば、必ず上級の提拔を得るか、あるいは二ヶ所の貴人が分頭に引薦して事を成す。もしこの日にちょうど辰を月将とすれば、さらに美妙である。

初末引従地支格

如己亥日初傳巳加子,末傳卯加戌,亦係引從地支格,雖初末加其干墓覆支,賴中傳之戌沖辰亦無畏,宜遷修家宅則吉。又如丁亥日初傳巳加子,末傳卯加戌,亦初末引從地支格,奈晝夜天將皆是白虎居於支上,豈宜遷修宅舍乎?殊不知亦賴中傳戌蛇沖辰虎,不為害也。如用辰為月將尤為妙也,或占人行年本命又居巳位,以巳上二戌沖辰,眾凶皆散矣。

たとえば己亥日に、初伝の巳が子の上に加わり、末伝の卯が戌の上に加わる。これも引従地支の格局に属する。初末の両伝が日干の墓神を日支の上に覆圧するが、中伝の戌に頼って辰墓を冲き開くので、同じく懼るに足らず、遷居・修宅を占うに用いれば即ち吉である。またたとえば丁亥日に、初伝の巳が子に加わり、末伝の卯が戌に加わる。これも初末引従地支格である。无奈、昼・夜両路の天将がともに白虎で日支の上に盤踞している。これでなお遷居・修屋に宜しいだろうか。実は依然として妨げない。中伝の戌の上に螣蛇が乗っており、辰位の白虎を冲き開きうるので、凶は害を成さない。もしこの日に正しく辰を月将に用いれば、さらに美妙である。あるいは占人の行年・本命がまた巳位に落ちるならば、巳の上の二重の戌を用いて辰を冲せば、衆凶は自ら涣散する。

昼夜貴人干支上に臨み其の年命を内に拱する者

宜告貴用事,必得兩貴人成就。如丁酉日酉加丁,亥加酉,占人年命在申;丁巳日亥加丁,酉加巳,占人年命在午;癸亥日巳加癸,卯加亥,占人年命在子。

この種の格局に遇えば、貴人に稟告し貴人の力を借りて事を弁ずるに宜しく、必ず二位の貴人が力を合わせて促成する。たとえば丁酉日に、酉が丁の上に加わり、亥が酉の上に加わる。占人の行年・本命がちょうど申にあって、まさに酉と亥とに中に挟まれる。丁巳日に、亥が丁の上に加わり、酉が巳の上に加わる。占人の年命がちょうど午にある。癸亥日に、巳が癸の上に加わり、卯が亥の上に加わる。占人の年命がちょうど子にある。この数例はいずれも二位の貴人が年命を挟んで拱する様子である。

凡干支夾拱在下層,惟甲子、甲辰、癸亥、癸卯。在上層惟庚午、庚戌、丁巳、丁酉。易無思注:此處可不必分上下層。甲寄寅宮,與子或辰;癸寄丑宮,與亥或卯;庚寄申宮,與午或戌;丁寄未宮,與巳或酉。以上皆形成夾拱。甲子日及庚午日伏吟課,天盤上可見干支拱貴;丁巳日及癸亥日伏吟課,天盤上可見干支拱日祿;丁巳日、癸亥日亥加未,丁酉、癸卯日酉加未,在天盤上可見兩貴臨干支拱年命。

およそ干支が彼此に挟拱するのは、下層の地盤に落ちるものは甲子・甲辰・癸亥・癸卯の四日だけあり、上層の天盤に落ちるものは庚午・庚戌・丁巳・丁酉の四日だけある。後人の易無思はここに注を加えていう。実は上下二層を分かつ必要はない。甲の寄宮は寅にあり、寅は子と或いは辰と相配する。癸の寄宮は丑にあり、丑は亥と或いは卯と相配する。庚の寄宮は申にあり、申は午と或いは戌と相配する。丁の寄宮は未にあり、未は巳と或いは酉と相配する。以上はみな挟拱を構成しうる。甲子日と庚午日は伏吟課を起し、天盤上に干支が貴人を挟拱するのを見ることができる。丁巳日と癸亥日は伏吟課を起し、天盤上に干支が日禄を挟拱するのを見ることができる。丁巳日・癸亥日に亥が未の上に加わり、丁酉日・癸卯日に酉が未の上に加われば、天盤上に二位の貴人が干支に臨んで年命を挟拱するのを見ることができる。

二貴拱年命格

如癸未日初傳巳加子,未傳卯加戌,占人行年本命在亥,宜告貴成事,名末助初財初德,亦貴人助貴人也。

たとえば癸未日に、初伝の巳が子の上に加わり、末伝の卯が戌の上に加わる。占人の行年・本命が亥に落ち、ちょうど両伝に挟まれる。こうして貴人に稟告して事を成すに宜しく、「末助初」と名づく——末伝は初伝に対して財でありかつ徳であり、一位の貴人がさらにもう一位の貴人を幇襯するに等しい。原文の「未伝」の二字は、文義に依って「末伝」と作すべきである。

干支拱定日禄格

惟伏吟卦為的,如丁巳、己巳、癸亥皆伏吟,宜占食祿事。癸亥為嫌祿空。

この格局は伏吟課のみ准ずることができる。たとえば丁巳日・己巳日・癸亥日に伏吟課を起出すれば、日干と日支がちょうど本日の禄神を中に挟むので、俸禄・食用の類の事を占うに宜しい。その中で癸亥日は一層の嫌いがある——その禄神がちょうど空亡の上に落ちて、見れば有るようで実際は得られない。

干支拱夜貴昼貴格

惟伏吟為的,如庚午、己酉支干拱夜貴,甲子支干拱晝貴,皆伏吟卦,宜告貴人求事。

この格局も同じく伏吟課のみ准ずることができる。たとえば庚午日・己酉日は、干支がちょうど夜貴人を中に挟む。甲子日は、干支がちょうど昼貴人を中に挟む。みな伏吟の課に属する。かかる課に遇えば、貴人に稟告しに行き、貴人に事を托すに宜しい。

初中拱地盤貴人格

如庚午日干上戌,支上申,乃支干並初中拱夜貴也;又庚午日干上酉、支上未,又庚午日干上午、支上辰,乃支干初中皆拱地盤之夜貴,皆宜告貴而成合事。餘皆仿此。

たとえば庚午日に、干上に戌を得、支上に申を得て、干支が初伝・中伝とともに夜貴人を挟んで内に拱する。またたとえば庚午日に干上に酉を得て支上に未を得るか、あるいは干上に午を得て支上に辰を得るのも、いずれも干支と初中の両伝が共に地盤上の夜貴人を挟み拱するものである。およそこの種は、みな貴人に稟告して、撮合すべき事を促し成すに宜しい。残りの各日もこれに類推する。

首尾相見終始宜第二

攻必取,戰必勝。謂干上有旬尾,支上有旬首,名周而復始格,亦名一旬周遍格,凡值此者,占事不脫,所謀皆成。占赴試,宜代工;占訟宜換司易局;占交加用事,去而復來。惟不宜占釋散事,如有憂疑,其事盡在未能決斷。

この一法の断語は、攻めれば必ず勝ち、戦えば必ず全功を獲るという。いわゆる首尾相見とは、日干の上に本旬の末の一位を得て、日支の上に本旬の頭の一位を得ることで、名づけて「周而复始格」といい、「一旬周遍格」とも呼ぶ。およそこの課に遇えば、占う事は空しく落ちず、謀劃するものはみな成せる。赴考を占うには人に代作を請うに宜しく、官司を占うには承弁の衙門を換え局面を改易するに宜しく、交易往還を占うには去ってまた再来する。ただ消散・散伙の類の事を占うには宜しくない——もし心中にもとより憂疑あれば、この事はいつまでも懸って、決断し下せない。

干上有旬尾,支上有旬首,惟乙未卯加辰、辛丑卯加戌、丙申卯加巳、壬寅卯加亥、戊申丑加巳五日有之。干支隔四位方有。前四日俱甲午旬,惟戊申乃甲辰旬。干上有旬首,支上有旬尾,惟乙丑子加辰、辛未子加戌、丙寅丑加巳、戊寅戌加巳、壬申子加亥五日有之,諸占亦照前斷。惟戊寅乃甲戌旬,其餘四日俱甲子旬。

干上に旬尾を得、支上に旬首を得るのは、五つの日だけある。乙未日の卯が辰に加わる、辛丑日の卯が戌に加わる、丙申日の卯が巳に加わる、壬寅日の卯が亥に加わる、戊申日の丑が巳に加わる。必ず干と支とが四位相隔たってこそ、この格を奏す。前の四日はみな甲午旬に属し、ただ戊申日だけが甲辰旬に属する。反対に、干上に旬首を得、支上に旬尾を得るのも、やはり五つの日だけある。乙丑日の子が辰に加わる、辛未日の子が戌に加わる、丙寅日の丑が巳に加わる、戊寅日の戌が巳に加わる、壬申日の子が亥に加わる。種々の占問も前と同じように断ずる。その中でただ戊寅日だけが甲戌旬に属し、残りの四日はみな甲子旬に属する。

天心格

乃年月日時皆在四課之內,凡占乃非常之事,即日而成,或干天庭之事,定然成就。如占陰私、常用鄙俚之事,反成咎也。

いわゆる天心格とは、太歳・月建・日辰・占時の四者がみな四課の内に現れることである。およそこの課に遇えば、問う所は必ず並の大事ではなく、当日のうちに弁成できる。朝廷・官府に干求する事ならば、かならず成就する。反対に、もしこれを以て私下の暧昧・日常の瑣屑鄙俗な事を占えば、格局が重すぎて事が軽すぎ、かえって過咎を招くことになる。

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