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回還格

明 · 郭载騋(校) · 第48巻 / 56

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

乃三傳在四課之中。如辛亥日干上酉、亥上戌,三傳戌酉申是也,此以不備言之。至於干支自作三合者,內多回還格,乃干支相會,不可作不備言之。如丁卯、丁亥、己卯、己亥,皆干上卯或干上亥,諸如此類,占凶凶成,占吉吉就,凡事只宜守舊,不能動作。如占病,其病難退,訟不解。如女命占得干加支,男命占得支加干,來意占婚尤驗,宜詳其生、克、空、脫、刑、沖、破、害、墓言也。

いわゆる回還格とは、三伝がいずれも四課の範囲を出ないことである。たとえば辛亥日に、干上に酉を得、亥上に戌を得て、三伝は戌・酉・申となるが、これは課体が不完備であることについて言うのである。干支それ自体が三合を結ぶものについては、その中にも多く回還格を成すが、あれは干支が彼此相會するので、もはや不備として講じることはできない。丁卯・丁亥・己卯・己亥の数日のごときは、みな干上に卯を得るか干上に亥を得る。この類は、凶事を占えば凶事が成し做され、吉事を占えば吉事が成就し、凡事にはただ旧局を守るのみ宜しく、軽挙妄動すべからず。疾病を占えば、病は退きがたい。官司を占えば、訟は了結しがたい。女子の命が干加支を占い得、男子の命が支加干を占い得るならば、来人の意図を推测し或いは婚姻を占問するにことに霊験する。断ずるときは生・克・空亡・脱泄・刑・冲・破・害・入墓の関係を一々詳しく審らかにしなければならない。

簾幕貴人高甲第第三

班超封萬里之侯。簾幕官者,如晝占乃夜貴,夜占乃晝貴。如占科目,專視此神,臨於占人年命之上,或臨日干上,試必高中矣。凡庶人占得簾幕,得林下官扶持。如有官人占得之,為休官之象。

この一法の断語は、漢の班超が筆を投じて従戎し、ついに万里侯に封ぜられた典故を借りる。いわゆる「簾幕官」とは、昼に課を占えば夜貴人を取り、夜に課を占えば昼貴人を取る——あの簾幕の後ろに退いて当値しない貴人のことである。およそ科挙功名を占うには、専らこの一位の神を見る。それが占人の年命の上に臨むか、あるいは日干の上に臨めば、試に赴いて必ず高中する。平民百姓が簾幕貴人を占い得れば、すでに林下に退隠した旧官の扶持を得られる。在職の官員がそれを占い得れば、かえって官を休め職を解かれる兆となる。

旬首作簾幕官者臨年命、日干之上尤的,惟乙己辛日有之。又辰戌作旬首臨年命、日干者必中魁元,乃甲辰、甲戌兩旬二十日有之。

旬首の神を用いて簾幕官に充て、さらに年命または日干の上に臨ませれば、応験はことに準確である。ただこれは乙・己・辛の三種の日干のみが遇える。また、辰または戌が旬首を充てて年命・日干に臨むのは、必ず頭名を考取する。これは甲辰・甲戌の両旬あわせて二十日のうちにしか現れない。

斗鬼相加格

或丑加未,或未加丑作年命日干者,亦中魁元,緣丑有斗,未中有鬼,斗鬼二字合而為魁故也。亞魁星,天盤酉臨年命日干者,占試必高中,緣酉為從魁也。以上諸說忌空亡。

あるいは丑が未の上に加わり、あるいは未が丑の上に加わって、年命・日干の所に落ちれば、やはり頭名を考中しうる。これは丑の分野に南斗があり、未の分野に鬼宿があって、「斗」「鬼」の二字を合わせるとちょうど一つの「魁」字となるからである。別に「亜魁星」の一説がある。天盤の酉が年命または日干の上に臨めば、考試を占って必ず高中する。酉の六壬における別名がまさに「従魁」と呼ばれるからである。以上の諸説はみな空亡に落ちることを最も忌み、一たび落ちればすべて数にならない。

徳入天門格

乃日德加亥為用,士人占之必高中。亥為天門,德者得也。

この格局は、日干の徳神が亥位に加臨して発用するものである。読書人がこれを占い得れば、試に赴いて必ず高中する。亥は十二支の中で天門の在所であり、「徳」の字は「得」の意を取る。徳神が天門に登るは、まさに登第して意を得る象である。

真朱雀格

如六己日於四季年占,用夜貴逆布,乃朱雀乘午,占春闈,其文貼上意,必得高中,緣朱雀主文書,生太歲又生日干。如真朱雀克太歲,占訟必達朝廷,罪必致死,惟申酉歲的。朱雀乘神克簾幕官,占試其文不貼主文意。朱雀乘丁馬,榜將出,忌。

たとえば六つの己日に、辰・戌・丑・未の四季の年に起課し、夜貴を用いて逆行に布将すれば、朱雀はちょうど午の上に乗る。これを以て春の會試を占えば、作る文章がちょうど主考の心意に符合し、必ず高中する。朱雀はもともと文書を主とし、午火は太歳の土を生じ、また己日の干を生ずるからである。反対に、もしこの真朱雀が太歳を克すれば、官司を占って必ず朝廷まで鬧いで、罪は死に処するほど重くなる。ただし申年・酉年にのみ准ずる。もし朱雀の乗る神が簾幕官を克すれば、考試を占って文章は主考の意に合わない。もし朱雀が丁神と駅馬に乗れば、それは榜文がまもなく張り出される象で、かえって忌諱すべきである。

晝夜貴人拱年命者,赴試必中。如丁酉日干上酉、支上亥,占人年命在申,大宜占試,緣干支上神作晝夜貴人拱年命上河魁。

昼貴人と夜貴人とが一緒に年命を中に挟拱するのは、試に赴いて必ず中る。たとえば丁酉日に、干上に酉を得、支上に亥を得て、占人の年命が申に落ちる。これは考試を占うに最も宜しい。干支の上の両神はまさに昼夜の二位の貴人で、年命の上の「河魁」(戌)を挟んで内に拱するからである。

源消根断格

如癸卯日干上卯、支上巳,年命在寅,大宜占試,不在此論,緣只取二貴拱年命也,但高中矣,恐以不攝終成勞瘵。

たとえば癸卯日に、干上に卯を得、支上に巳を得て、占人の年命が寅にある。これも考試を占うに最も宜しいが、ただ源消根断の本義に按じて論じない。ここでは単に二位の貴人が年命を挟拱する一層を取るからである。高中しうるとはいえ、節制・保养を知らないために、日が久しくなって痨瘵の疾に熬り成されることを怕れる。

簾幕貴人尤分喜畏,細具於後。甲日不喜未墓為之,庚日不喜丑墓為之。又甲寅日不喜丑空為之,庚寅日不喜未空為之,丙寅、丁卯日不喜亥空為之,己卯、乙亥日不喜申空為之,壬子、癸丑日不喜卯空為之,壬寅、癸卯日不喜巳空為之,六辛日不喜午克為之,又辛亥日不喜寅空為之,空亡尤甚,使試官置卷不視,徒勞一次。

簾幕貴人にはまた、どの情形が喜ばしくどの情形が畏るべきかを分かたなければならない。下に細かく列す。甲日は未の墓神が簾幕貴人を充てるのを喜ばず、庚日は丑の墓神が充てるのを喜ばない。また甲寅日は落空した丑が充てるのを喜ばず、庚寅日は落空した未が充てるのを喜ばず、丙寅日・丁卯日は落空した亥が充てるのを喜ばず、己卯日・乙亥日は落空した申が充てるのを喜ばず、壬子日・癸丑日は落空した卯が充てるのを喜ばず、壬寅日・癸卯日は落空した巳が充てるのを喜ばない。六つの辛日は克を受けた午が充てるのを喜ばず、辛亥日はまた落空した寅が充てるのを喜ばない。その中では空亡に落ちるのが最も悪い——一たび落ちれば、主考官が巻子を傍らに擱いて見もしないようなもので、空しく辛苦を一場するだけである。

占武舉法,以巳為弓弩,申為矢箭,申加午必箭中紅心。如申加寅、申、巳、亥為四腳花,以第幾課發用言其箭中之數。四墓脫垛。

武科挙を占う法子は、巳を以て弓弩とし、申を以て箭矢とする。申が午の上に加われば、必ず一箭で紅心を射中る。もし申が寅・申・巳・亥の四孟の位に加われば、「四脚花」と呼ばれ、箭は散じて聚まらず、発用したのが第几課かによって射中る箭数を定める。もし申が辰・戌・丑・未の四墓の上に落ちれば、それは箭が靶を脱して垛の外に落ちたのである。

催官使者赴官期第四

惟將赴任宜見。凡占上官赴任,見日鬼乘白虎加臨日干或年命之上,乃名催官使者,縱是遠缺,必催速赴任也。如催官使者空亡,又是虛信,或被遣差。

この一法の断語は、まさに走馬して任に就こうとする人のみがそれを見るに宜しいという。およそ上任・赴職を占うに、日干の鬼が白虎に乗って日干または年命の上に加臨すれば、それを「催官使者」と呼ぶ。たとえ補する所が遠地の缺分であっても、必ず催されて火速に任に到る。もしこの催官使者が空亡に落ちれば、それはただ一場の虚信か、あるいは差遣されて出でて件の差事を弁ずるにすぎない。

催官符

如官星臨日干年命者,其三傳上神生其官星是也。

いわゆる催官符とは、官星が日干または年命の上に臨み、しかも三伝の上神がみな来たってこの官星を生助することである。官星はすでに生扶を得れば、上任を催促する文書は自ら踵を接して来る。

恩主擧薦例

傳、年、日辰有父母爻者是,亦為食祿之地,如值長生作貴人亦如之。如乙日見日貴為父母,己日見夜貴為長生。外乙卯日晝貴空,己卯日夜貴空不用。

三伝・行年・日辰の中に父母爻が現れれば、それがこの例であり、同時に俸禄の食べ得る所でもある。もし長生の神が兼ねて貴人を作すものに碰上れば、作用は同じである。たとえば乙日に昼貴人を見れば、それはまさに自分の父母爻である。己日に夜貴人を見れば、それはまさに自分の長生である。このほか二種の情形を除き開く。乙卯日の昼貴人が空に落ちる、己卯日の夜貴人が空に落ちるのは、いずれも取り用いることができない。

四時返本煞

占赴任極遲。夫返本煞者,春得金局,夏得水局,秋得火局,冬得土局是也。如赴任占得返吟,多不滿任。

それに碰上れば、赴任を占って遅いこと甚だしい。いわゆる返本煞とは、春に三合金局を占い得、夏に水局を占い得、秋に火局を占い得、冬に土局を占い得ること——得る所の局がちょうど当令の気を克制するその一行で、気機が倒転するので「返本」と呼ぶ。もし赴任を占って返吟課を得れば、多くは一任を滿たさずして職を去る。

六陽數足須公用第五

隨六三,係丈夫,失小子,隨有求得,利居貞,揚兵於九天之上。

この一法は《易経・随卦》六三の爻辞を引く。年長の丈夫に係り繋げば、年幼の小子を失す。追随する所有れば求め得る所有り、安居して正を守るに宜しい。断語はまた「九天の上に兵を揚ぐ」と言い、六陽の課の陽気充盈・声勢顕揚を形容して、旌旗を九天の上に展げるがごとく、すべてが明るみに擺らかる。

六陽格

謂支干四課三傳皆居六陽之位是也,凡占皆利公干而不利私謀。假令庚子日第一課戌加庚,第二課子加戌,第三課寅加子,第四課辰加寅作初傳,其中傳午加辰,末傳申加午,卦名登三天,宜占天庭事,有動達高尊之象,如君子占之稍畏初中空亡而減力。如常人占之,賴初中空卻省力也,尤未免公干,明白事理。

いわゆる六陽格とは、日干・日支・四課・三伝がみな子・寅・辰・午・申・戌の六つの陽位に落ちることである。およそこの課を占うには、一概に公家の差事に利あって私下の図謀に利なし。たとえば庚子日、第一課は戌が庚の上に加わり、第二課は子が戌の上に加わり、第三課は寅が子の上に加わり、第四課は辰が寅の上に加わって併せて初伝を作し、中伝は午が辰の上に加わり、末伝は申が午の上に加わる。課の名は「登三天」という。このような課は朝廷官府の事を占うに宜しく、一たび動けば即ち尊貴の人に上達する気象がある。もし身分のある君子がそれを占い得れば、初伝・中伝が空に落ちて力量を減ぜられたのをやや嫌う。もし尋常の百姓がそれを占い得れば、かえって初中両伝が落空するに頼って気力を省くが、終に公家の事を弁ずるを免れず、事理は明明白白である。

悖戾格亦名倒拔蛇

如甲午日干上子,雖四課三傳皆處六陽之地,緣三傳退間,主事間阻艱難,兼被初傳戌財引入中末鬼鄉,凡占事皆艱辛,尤不免公用也。如甲戌日干上子,四課三傳亦皆處六陽位,以上是自夜傳出晝,尤明白。

たとえば甲午日に干上に子を得れば、四課三伝はみな六陽の位に落ちるが、三伝は位を隔てて倒退して行くので、事が中途に阻まれて弁じがたいを主とする。しかも初伝の戌財に一路引き入れられて中伝・末伝の鬼郷に至るので、およそ占えば皆費力・辛苦し、しかも照樣に公家の差使を脱け出せない。またたとえば甲戌日に干上に子を得れば、四課三伝もみな六陽位に在る。以上の諸課はいずれも夜の一辺から昼の一辺へ伝わるので、事は格外に顕豁で分明である。

五陽格

課傳居五陽之上者,或占人年命填之,亦名六陽,事主公用明白,利公不利私也。此例極多,不暇細具。

四課三伝が五つの陽位しか占めないのは、もし再び占人の年命によって空缺のその一位を補えば、同じく六陽と呼ぶ。この種の課が主とするのもやはり公家の事務で、情形は明白で、公に利あって私に利なし。この類の例は極めて多く、一々列挙するに及ばない。

六陰相繼盡昏迷第六

隨六二,係小子,失丈夫。伏兵於九地之下。

この一法は《易経・随卦》六二の爻辞を引く。年幼の小子に係り繋げば、年長の丈夫を失す。断語はまた「九地の下に兵を伏す」と言い、六陰の課の陰気重畳・一味隠伏を形容して、兵馬を九地の下に蔵するがごとく、事はすべて暗処で進行する。

六陰格

謂課傳皆居六陰之位是也,凡占利陰謀私干,不利公聞,尤盡昏迷也,或自晝傳夜昏迷愈甚。如己卯日第一課酉加巳,第二課亥加酉作初傳,第三課巳加卯,第四課未加巳,中傳丑加亥,末傳卯加丑,課名溟濛,凡占事必是陰謀奸私之象,兼天將天后、螣蛇、六合、元武,支干上皆乘盜氣,又是彈射發用坐於空鄉,至費力而不可言也,占病必死,求望皆為脫耗。又己亥日干上巳同。

いわゆる六陰格とは、四課三伝がみな丑・卯・巳・未・酉・亥の六つの陰位に落ちることである。およそこの課を占うには、暗中の図謀・私下の干求に利あって、公開・張揚に利なし。事は一味に昏昧不明で、課がまた昼の一辺から夜の一辺へ伝わるならば、昏迷の象はいっそう重い。たとえば己卯日、第一課は酉が巳の上に加わり、第二課は亥が酉の上に加わって併せて初伝を作し、第三課は巳が卯の上に加わり、第四課は未が巳の上に加わり、中伝は丑が亥の上に加わり、末伝は卯が丑の上に加わる。課の名は「溟蒙」という。およそこの課を占えば、問う所は必ず陰謀・奸私の事である。加えて乗る天将が天后・螣蛇・六合・元武で、干支の上にみな盗泄の気を帯び、また彈射の課に属して発用して空亡の郷に坐するので、費力のところは形容しようもない。疾病を占えば必ず死し、求望の事は一概に脱空・耗損する。また己亥日に干上に巳を得れば、情形はこれと同じである。

五陰格

課傳止五陰者,占人年命填之,凡占利私不利公,利小人不利君子。

四課三伝が五つの陰位しか占めないのは、占人の年命によって空缺のその一位を補足すれば、また六陰として見る。およそこの課を占うには、私下行事に利あって公開の弁事に利なし。小人に利あって君子に利なし。

源消根断格

如癸卯、癸未、癸巳,干上卯,課傳俱在五陰之位,又是下生上神,迤邐而脫去,占病緣不攝而致病,豈不危絕乎?凡占皆脫耗,其法如神,切宜秘之。又如辛卯日干上子,自干至支及初中末,迤邐下生上神,盡被脫盜,雖不繫五陰位全,其理其理一同。以上例除占病外,諸占未免脫耗,日漸消鑠也。

たとえば癸卯・癸未・癸巳の三日は、干上にみな卯を得て、四課三伝が全て五つの陰位に落ち、しかもみな下神が上神を生じて、一層一層に本身の気を泄し出す。疾病を占えば、まさに節制・保养を知らずして病を致すに応じ、豈危殆の極でなからんか。およそこの課を占えば一概に脱耗の象で、この断法は神のごとく霊験し、最も秘して宣せざるべきである。またたとえば辛卯日に干上に子を得れば、日干から日支へ、さらに初・中・末の三伝へと、一路すべて下神が上神を生じて、気は尽く脱盗される。五陰位を占め尽くしたわけではないが、道理はまったく同じである。原文のここで「其理」の二字は重出するが、旧本に照らして録存する。以上の諸例は、病を占うを除き、残りの各占も脱耗を免れず、日が久しくなれば漸々に消磨して尽きる。

旺禄臨身徒妄作第七

不戰而屈人之兵。謂日之祿神,又作日之旺神,臨於干上者,切不可舍此而別謀動作。如乙卯日干上卯,幸得乘日之旺祿,何不守此,乃舍而就初傳之財、中末之生,殊不知皆是旬內空亡,既逢干空,不免囉嚦,再歸干上就祿就旺,誠所謂“到處去來,不如在此。”之語也。

この一法の断語は《孫子》の「戦わずして人の兵を屈する」に意を立てる。いわゆる旺禄臨身とは、日干の禄神が同時にまた日干の旺神であって、ちょうど干の上に臨むことである。この格局に遇えば、決してそれを丟開して別に図謀を作してはならない。たとえば乙卯日に干上に卯を得れば、ちょうど本日の旺禄に乗っているのだから、何で守らないことがあろうか。あえてそれを捨てて初伝の財・中末両伝の生に就くが、知らないのだ、あの数ヶ所はみな本旬の空亡の中に落ちていることを。すでに干上の落空に逢えば、嘮叨・糾纏の一場を免れず、末にはやはり干上に帰ってこの禄・この旺に就かなければならない。これはまさにあの古い言葉に応ずる。到る處奔走して來去するより、ここに在るに如かずと。

又乙酉、乙亥日干上卯,癸巳、癸丑日干上子,辛卯、辛丑、辛酉日干上酉,己亥、己酉、己巳日干上午,雖不繫己土旺神,亦可用也。以上皆在鈐內。又如辛巳日,雖干上酉為日之旺祿,奈是旬空,既旺祿空亡,必所得不償所費,反不宜坐用,未免棄祿而就三傳之財,及別謀改業,遂致亨旺,切不可如前論之。

このほか、乙酉・乙亥日に干上に卯を得、癸巳・癸丑日に干上に子を得、辛卯・辛丑・辛酉日に干上に酉を得、己亥・己酉・己巳日に干上に午を得る——最後の数日の午は己土の旺神と算えないけれども、同じく取り用いうる。以上の各例はみな「鈐」という定式表に収められている。またたとえば辛巳日に、干上の酉は本日の旺禄であるが、无奈旬空の中に落ちる。旺禄が一空すれば、必ず得る所が費う所に敵わず、かえって安坐してそれを守るに宜しくなく、ただ禄神を捨てて三伝の中の財に就くか、あるいは別に別業を謀りて改行するほかなく、かえって亨通・興旺しうる。この一層は決して前の禄を守る説に照らして断じてはならない。

又如癸亥日,干上雖乘子為日之旺祿,亦是旬空,未免棄祿而就初傳之戌,乃值日鬼乘白虎,又不免向前投中傳酉,又值敗氣,又坐鬼鄉酉加戌為鬼鄉也,迤邐至於末傳申,始逢日之長生,凡值此課,未免舍空祿而就艱難中,更進一步,始得如意,此意法奇妙。丁亥日干上午,乙巳日干上卯同。

またたとえば癸亥日に、干上には子を乗せて本日の旺禄とするが、惜しいことにやはり旬空に落ちるので、ただ禄神を捨てて初伝の戌に就くほかない。偏偏として戌は日鬼でまた白虎に乗るので、たださらに前へ中伝の酉に投ずれば、酉はまた敗気に逢い、しかも酉が戌の上に加わるのはまさに鬼郷の中に坐する。こうして一路輾転して末伝の申に至って、ようやく本日の長生に碰上る。およそこのような課に遇えば、空禄を捨てて艱難の中でさらに前へ一歩を挪して、それからようやく称心を得るを免れない。この一層の意は法度と極めて奇妙である。丁亥日に干上に午を得、乙巳日に干上に卯を得れば、情形はこれと同じである。

外有乙未日干上卯,緣是閉口之祿而不可守,遂投初傳,奈是昴星不入之財,不免中傳再歸干上受其旺祿,又不能守,致於末傳,棄祿而歸於末傳宅上,受其干墓之鄉,以此占之,乃見食於人,把心不定,終處於家中受困厄而已。

また別に乙未日に干上に卯を得る一課がある。この禄は「閉口」の禄で、守り得ないので、転じて初伝に投ずれば、无奈初伝は昴星課の中の手の届かない財である。ただ中伝によって再び干上に帰ってこの旺禄を受けるほかないが、やはり守り牢めず、末に末伝に至って、ただ禄を棄てて末伝の主とする宅に帰り、日干の墓郷に落ち込むほかない。このように占断すれば、人の鼻息を仰ぎ他人の飯を喰らい、心の中に主意が定まらず、最終にただ家中に困守して多少の窘迫を受けるにすぎない。

禄被元奪格

如辛卯日,干上酉為日旺祿,緣晝乘元而夜乘虎,遂不可守,未免投初傳丑,又是日墓,中傳子又是脫氣,末傳又是丁亥乘虎而遙傷日干,自末傳至干,雖欠一位,終不能復投其旺祿也。此例尚有,皆在鈐內,甚詳。又辛未日干上酉,夜乘虎,支上午火,初巳、中歸巳鄉,末丁卯。

たとえば辛卯日に、干上の酉は本日の旺禄であるが、昼に占えば元武に乗り、夜に占えば白虎に乗って、凶将に占住されれば守り成さないので、ただ転じて初伝の丑に投ずるほかない。丑は偏にまた本日の墓神である。さらに中伝の子に至れば、子は泄気の神である。末伝は丁亥で、白虎に乗って遠くから日干を傷克する。末伝から日干へ数え返ればただ一位を差すだけだが、終に再びあの旺禄の上へは帰り得ない。この類の例はまだ少なくなく、みな「鈐」に詳載されている。またたとえば辛未日に干上に酉を得、夜に占えば白虎に乗り、支上は午火で、初伝は巳、中伝はやはり巳郷に帰り、末伝は丁卯で、やはり同じ路数である。

權攝不正禄臨支第八

不為鄰國之遊士,亦作幕府之客臣。謂日干祿神加臨支辰上者,凡占不自尊大,受屈折於他人。如占差遣,主權攝不正,或遙授職祿,或正宜食宅上之祿;或將本身之職祿替於兒男者,斯占尤的。且此例每日有一課,可逐類而言之。假令甲子日寅加子,乙丑日卯加丑之類,不暇細具,皆仿此。

この一法の断語にいう。たとえ別国の延請する遊士とは成り得なくとも、なお幕府の中の客卿たるを得る。いわゆる禄臨支とは、日干の禄神が日支の上に加臨することである。およそこの課を占えば、自分は身分を抬げられず、到る處人に屈抑される。差遣の職務を占えば、代理・署事で名分が正しくないか、あるいはただ遥かに虚銜を掛けて俸禄の一份を領するか、あるいはもともと住処のこの一份の禄を食むべきかを主とする。自分の職位・俸禄を息子に讓って承襲せしめる人もあり、この課を用いて占えばことに準確である。この例は毎日みな一課あって対応し、類に按じて逐一に講じうる。たとえば甲子日に寅が子の上に加わり、乙丑日に卯が丑の上に加わる、この類は一々細列するに及ばず、みなこの路数に照らして見る。

禄被支墓克脱

外有日干之祿加支上,被支辰墓其祿,或被支克其祿神者,必因起蓋房宅而失其祿。或被支辰脫其祿神者,必因起蓋房宅而以祿償債。假令辛丑日,酉加丑,乃祿神受墓。又乙酉日卯加酉,乃祿神受宅克。乙巳日卯加巳,乃祿神受脫。此例極多,不暇細具,餘仿此。

また別に一種の情形がある。日干の禄神が日支の上に加わるが、日支に墓庫の中に収められるか、あるいは日支に反って克傷されるならば、必ず房屋を興造するために俸禄を丟うことになる。日支に禄神を泄脱されれば、必ず家を蓋えるために俸禄を以て債に抵当することになる。たとえば辛丑日に酉が丑の上に加われば、酉金は丑墓に入るので禄神が墓を受ける。乙酉日に卯が酉の上に加われば、酉金が卯木を克するので禄神が住宅に克される。乙巳日に卯が巳の上に加われば、卯木が巳火を生ずるので禄神が泄脱される。この類の例は極めて多く細列するに及ばず、残りはこれに類推する。

避難逃生須棄舊第九

四面受敵,亦有無敵之處。

この一法の断語にいう。四方八面にみな敵が圍んでいるが、その中に総じて一處の敵なき空隙が留められている。課体は處處制を受けるけれども、ただあの一處の生路を認め定め、旧を捨て新に就けば、人は脱身して出て来られる。

避難逃生格

如甲子日戌加子作初傳,雖曰日財,乃是旬空,中傳申金又是日鬼,末傳午火作日之脫氣,且三傳既無所益,不免只就干上子水而受生,乃應避難而逃生之語。丁卯日干上亥,乙亥日干上酉,戊寅日干上申,庚戌日干上午,辛未日干上丑,戊午日干上辰,己巳日干上酉,辛酉日干上亥,壬申日干上寅,庚辰日干上子。

たとえば甲子日に、戌が子の上に加わって初伝を作す。戌は甲木の財であるが、旬空の中に落ちる。中伝の申金はまた甲木の鬼であり、末伝の午火は甲木の気を泄する。三伝がすでに一處も助けにならないので、ただ干上に帰って子水に就いて生を受けるほかない。これはまさに「避難逃生」の言葉に応ずる。同類にはまた、丁卯日の干上に亥を得る、乙亥日の干上に酉を得る、戊寅日の干上に申を得る、庚戌日の干上に午を得る、辛未日の干上に丑を得る、戊午日の干上に辰を得る、己巳日の干上に酉を得る、辛酉日の干上に亥を得る、壬申日の干上に寅を得る、庚辰日の干上に子を得る——みな三伝を捨てて干上の生気に就く様子である。

避難逃生,如甲子日辰加寅為初傳,雖曰日財,奈晝夜天將皆是六合,其財受上下夾克,終不可得,中傳午火乃日之脫氣,末傳申金又是日鬼,三傳既無所益,不免日干就子支上而受生,亦謂之避難而逃生。

さらに一例を挙げる。同じく避難逃生の一門に帰する。甲子日に辰が寅の上に加わって初伝を作す。辰は甲木の財であるが、无奈昼夜両路の天将がみな六合で、六合はもともと木に属し、上には木将が来て克し、下にはまた寅木に臨む。この財は上下に挟まれて傷つき、終に手に到らない。中伝の午火は甲木の気を泄し、末伝の申金はまた甲木の鬼である。三伝がすでに一處も補益にならないので、日干はただ回頭して日支の子水に就いて生を受けるほかない。これも避難して逃生するに算える。

又如庚子日子加申,此乃支神上門而脫干,兼三傳水局皆作脫氣,及晝夜天將蛇龍武皆是水中之獸也,愈擊其水而蝕庚金,誠所謂脫耗迍邅,而不可逃;熟視之,天盤申金坐於辰土之上就生,子水坐於申金之上長生,豈能蝕天上之申金?亦為避難逃生也。

またたとえば庚子日に子が申の上に加わる。これは日支の神が登門して日干を泄脱するので、加えて三伝が水局を結んで一斉に庚金の気を泄する。昼夜に乗る螣蛇・青龍・元武はまたみな水中の獣で、ますます水勢を助長して庚金を銷蝕する。真に脱耗・困頓して逃げる所なしと言い得る。しかし細かく見れば、天盤の申金は辰土の上に坐して正に土生を得ており、子水は申金の上に坐して正に長生である。子水はすでに申金に生ぜられるのだから、どうして反って天上の申金を蝕み得ようか。だからこの一課は依然として避難逃生と算える。

占人本命作丁神,動搖不安,而坐長生之上,亦為避難逃生。避難逃生而終不能逃生者,例如丁亥日干上戌,夜占昴星,三傳午戌寅,緣始棄干上之墓,遂投初傳之祿,奈是旬空,不免棄空祿而再歸干上中傳戌墓,終不可受,其久困又投未之長生,奈值白虎,未免止居宅中,受驚危之長生爾。

占人の本命の支がちょうど「丁神」を充てて動揺して安からず、しかも長生の上に坐すれば、これも避難逃生と算える。別に逃げようとして終に逃げ得ない一種がある。たとえば丁亥日に干上に戌を得、夜に占って昴星課を得、三伝は午・戌・寅である。はじめ干上の戌墓を丟開して初伝の午禄に転じ投ずるが、无奈午は旬空に落ちる。ただこの空禄を捨ててまた干上に帰るが、中伝は依然として戌墓で終に受け得ない。困ること久しくして再び未の上の長生に投ずれば、偏偏として未の上に白虎が乗る。到頭ただ自家の宅中に停まって、一つ分の提心吊膽の長生を享けるのみである。

避難逃生得財格

如壬午日,辰加亥作初傳,乃是墓神覆日為用,三傳辰酉寅,不免棄墓而投中傳酉金之生,又是旬空,遂再投末傳寅木,又是脫氣,然後棄其三傳,而壬干加午而取財也。如丙寅日寅加丙,申財加亥乘元,三傳亥申巳,緣申見在之財落空,又焉能求外來之財也。

たとえば壬午日に、辰が亥の上に加わって初伝を作す。これは墓神が日干を覆圧して取って発用とするものである。三伝は辰・酉・寅。ただ辰墓を捨てて中伝の酉金の生助に投ずれば、酉はまた旬空に落ちる。再び末伝の寅木に投ずれば、寅木はかえって壬水の気を泄する。三伝は統統として頼りにならず、最後にただ壬干を日支の午の上に臨ませてあの財を取るほかない。またたとえば丙寅日に寅が丙の上に加わる。財を作す申が亥の上に加わってまた元武に乗り、三伝は亥・申・巳である。眼前の現成の申財はすでに落空しているのに、どうして外来の財を求め得ることを指し望めようか。

捨益就損格

亦名不受福德,賁初九:“賁其趾,舍車而徒”。如壬寅日不就干上之申金為長生,願以壬干加寅木而受脫。

この格局はまた「不受福徳」と呼ばれ、《易経・賁卦》初九の爻辞を取る。自分の足趾を装飾して、むしろ車を捨てて歩行する。たとえば壬寅日に、干上に明らかに申金があって壬水の長生と作りうるのに、偏偏としてそれに就かず、甘んじて壬干を日支の寅木の上に臨ませて泄を受ける。まさに好处を放いて取らずして自ら損耗を取るのである。

捨就皆不可格

如乙酉日干上亥,辛丑日干上未,唯有庚子日干上辰乃空亡,庚午日干上戌乃空亡。

たとえば乙酉日に干上に亥を得、辛丑日に干上に未を得れば、捨てるも是ならず就くも是ならず、両頭ともに着落がない。その中で庚子日に干上に辰を得るのは、この辰がちょうど空亡であり、庚午日に干上に戌を得るのは、この戌もまた空亡で、ますます依託する處がない。

墓作太陽格

謂墓神覆日,卻作太陽,處難中得上人提攜,共有五等:一、就干上之生,二、就支上之生,三、日干坐地盤之生,四、本命乘丁坐地盤長生,五、日干下臨財鄉。

いわゆる墓作太陽とは、墓神は日干を覆圧するけれども、この墓神が同時にまた太陽の所在であるので、困難の中に身を処してかえって上位者の提携を得られる。この格はあわせて五等ある。第一等は干上の神に就いて生を得ること、第二等は支上の神に就いて生を得ること、第三等は日干の坐する地盤がまさにその長生であること、第四等は本命が丁神に乗って地盤の長生の上に坐すること、第五等は日干が下に臨む所がまさに財郷であること。

朽木難雕別作為第十

謂斫輪課中,卯為空亡者,故名朽木不可雕也。凡值此例,宜改科易業而別作營生。如庚戌日卯加申,辛亥日卯加辛,此二者尤的,餘有癸丑日卯加申發用。

いわゆる朽木難雕とは、「斫輪課」の中で木料を充てる卯が空亡に落ちることである。木はすでに朽ちれば雕琢して器を成さないので、この名目を取る。およそこの例に遇えば、行業を改換して別に生計を謀るに宜しい。たとえば庚戌日に卯が申の上に加わり、辛亥日に卯が辛の上に加わる。この二課はことに応験する。このほか癸丑日に卯が申の上に加わって発用するものも、この類に属する。

斧斤不利格

如丁丑日卯加申為發用,乃申酉空亡,卯木加空地,非朽木難雕之例也,凡謀不遂。

たとえば丁丑日に卯が申の上に加わって発用する。この旬の中で空亡に落ちるのは申と酉で、卯木は空地の上に加わる——空なのは卯木それ自体ではなく、それが踏むその地である。だからこの一課は朽木難雕の例に算えず、斧斤が力を著ける處なく、およそ謀劃有ればみな称心しがたい。

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