衆鬼雖彰全不畏第十一
雖有烏合之敵眾,難當虎豹之雄師。假令壬辰日戌加未為初傳,丑加戌為中傳,辰加丑為末傳,三傳戌丑辰皆是日鬼,誠為凶也,殊不知干上先有寅木可以敵其三傳之土,制鬼賊不能為害,兼是蒿矢擇比為用,又坐空鄉,鬼力至輕也,凡占未免先值驚危,下稍北海閒人按:下稍指事情的結局無畏,但言必有人相謀害,終不能為禍也。
この一法の断語にいう。敵人がたとえ一大群の烏合の衆を聚め起しても、虎豹のごとき雄師には抵当し得ない。たとえば壬辰日、戌が未の上に加わって初伝を作し、丑が戌の上に加わって中伝を作し、辰が丑の上に加わって末伝を作す。三伝の戌・丑・辰はすべて壬水の鬼で、見れば実に凶険である。知らないのだ、干上には先ず寅木が有って、木は土を克しうるので、ちょうど三伝の土を抵ぎ止め、鬼賊を制して害を為し得ない。何况この一課は「蒿矢」に属し、比を択んで発用し、初伝はまた空亡の郷に坐するので、鬼の力量は軽いこと甚だしい。およそこの課を占えば、起初は一場の驚嚇を受けるを免れないが、後段に至れば畏れる所なしとなる(原書のここに北海閑人の按語を挾み、「下稍」とは事の結局を指すと言う)。ただ必定して人の暗中の算計有るのみで、終に禍患を做し成さない。
如用夜貴,初乘白虎,尚可畏焉。如用日貴,全無畏矣。且論寅木切不可作脫氣言之,實為救神,其寅木論如孔氏門下有子路能禦侮者也。又如壬戌日干上寅,丙子、丙申、丙辰干上丑皆是。己亥日干上申夜貴,必得貴人力。
もし夜貴を用いて布将すれば、初伝の上に白虎が乗って、なお幾分かの可怕がある。もし昼貴を用いて布将すれば、全然怕るるに足りない。さらに一層説明すべきは、干上のこの点の寅木は決して壬水の気を泄すとして講じてはならない。それは実実在在の救神である。この寅木はたとえば孔子の門下に子路が有るがごとく、師門のために外侮を抵禦し得る。またたとえば壬戌日に干上に寅を得、丙子・丙申・丙辰の三日に干上に丑を得るのは、みなこの類に属する。己亥日に干上に申を得て夜貴に値えば、必ず貴人の力量を借り得る。
家鬼取家人,如己丑日干上申,支上寅為用,三傳寅卯辰,如用夜貴,必得貴人解救,自支寅木發用,中末傳俱歸木鄉,凡值支上有鬼,引入鬼鄉者,皆如此說。如丙申日干上丑,丙寅日干上辰,從支陰發用為鬼,亦以家鬼斷,賴干上有救,有官人可,病訟凶。
鬼がもし自家の門内に出ずれば、解救もまた家里人の身の上から尋ねなければならない。たとえば己丑日に、干上に申を得、日支の上に寅を得て発用し、三伝は寅・卯・辰である。もし夜貴を用いれば、必ず貴人が来て解救し得る。この鬼は日支の寅木から発したもので、中伝・末伝もまたみな木郷に帰り入る。およそ日支の上に鬼あり、しかも一路に鬼郷に引入るものは、みなこの講法に照らす。またたとえば丙申日に干上に丑を得、丙寅日に干上に辰を得る——支陰から発用して鬼と成るものも、家鬼に按じて断ずる。好いことに干上に救神が有るので、官を為る人が占い得ればまだ可なりと算えるが、疾病を占い官司を占えば凶となる。
家人解禍格
如癸亥日辰加癸為用,三傳辰未戌皆是土神,並來傷干,兼夜天將皆是蛇勾虎,誠為凶也。殊不知支上有寅木可以敵鬼,不為凶咎,此例必得宅中之人解禍,餘仿此。
たとえば癸亥日に、辰が癸の上に加わって発用し、三伝の辰・未・戌はみな土神で、一斉に来て日干を傷克する。加えて夜に乗る天将がまた螣蛇・勾陳・白虎で、見れば実に凶険である。知らないのだ、日支の上に寅木が有って、木は土を克しうるので、ちょうどこれらの鬼を抵ぎ止め、凶は咎害を成さない。およそこの例に属するものは、必ず家宅の中の人に頼って出面してこそ禍事を解き得る。残りはこれに類推する。
引鬼為生格
謂初傳日鬼,而生其末傳來育干者是也。如丙子日並干上子為初傳,雖是鬼卻生末傳寅木,作丙火之長生,反不畏干上之子水,亦賴宅上未土為救,是丙子日是也。丙午日亦有丑土為救也,餘不為救。己丑日卯加申,甲寅、甲午日酉加寅,乃先凶後吉。
いわゆる引鬼為生とは、初伝は日干の鬼であるが、転じて来て末伝を生助し、末伝がさらに回頭して日干を養育することである。たとえば丙子日に、干上にもまた子を得るので、即ち子を以て初伝と作す。子水は丙火の鬼であるが、末伝の寅木を生起し、寅はまさに丙火の長生である。こうしてかえって干上のあの点の子水を怕れず、同時にまた宅上の未土に頼って救神を充てる。丙子日はまさにこの様子である。丙午日にもまた丑土があって救神と作りうるが、残りの各日にはこの層の救助がない。このほか己丑日に卯が申の上に加わり、甲寅・甲午日に酉が寅の上に加わるのは、みな先に凶にして後に吉の課である。
伝鬼為生格
三傳皆作日鬼,反生起干上之神而育干者是也。如庚午日干上辰,三傳戌午寅火局,雖全傷日干,殊不知三傳反生干上辰土而育養庚金也。又癸巳日巳加酉,用晝將皆土剋日,殊不知土將生三傳金局,三傳金局生干,乃凶返吉也。
いわゆる伝鬼為生とは、三伝がすべて日干の鬼を作すが、かえって起こりて干上の神を生じ、再び干上の神によって日干を養育せしめることである。たとえば庚午日に干上に辰を得れば、三伝の戌・午・寅は火局を結んで、火はもともと全力で庚金を傷克するものである。知らないのだ、この一片の火はかえって起こりて干上の辰土を生じ、辰土は再び回頭して庚金を生養する。またたとえば癸巳日に巳が酉の上に加わり、昼将を用いれば乗る所はみな土将で、土は来て癸水を克する。知らないのだ、土将は先ず三伝の金局を生起し、三伝の金局が再び来て日干を生ずるので、ここにおいて凶はかえって吉と成る。
貴徳臨身消除萬禍格
如如乙丑、乙巳日並酉加巳為初傳,三傳金局並來傷其乙干,如用晝貴,凶不可遏,設用夜貴反為吉,言初傳酉金上被塍蛇克,下被巳火傷,又被中傳丑土來墓,末傳巳火來克其酉金,全無力來克干,縱然干上乘申金,又為貴人、又為日之德神臨身,能伏諸煞。
たとえば乙丑・乙巳の両日は、みな酉を以て巳の上に加えて初伝を作し、三伝が金局を結んで一斉に来て乙木の日干を傷克する。もし昼貴を用いて布将すれば、凶は遏止しようもない。もし夜貴を改め用いて布将すれば、かえって吉に転ず。これは初伝の酉金が上は螣蛇に克せられ、下は巳火に傷つけられ、また中伝の丑土に収められて墓に入り、末伝の巳火が再び来てそれを克するので、酉金はすでに日干を克する余力がないからである。たとえ干上に申金が乗るとも、あの申は貴人でありまた乙日の徳神が身に臨むので、諸路の凶煞を鎮伏するに足る。原文の冒頭「如如」の二字は重出し、「塍蛇」は即ち螣蛇で、いずれも旧本に照らして録存する。
天將為救神格
如辛巳日午加辛為用,三傳火局並來傷干,誠為凶也,如觀天將,晝夜皆是貴、常、勾土神,而竊其火氣生其日干,亦宜免禍。
たとえば辛巳日に、午が辛の上に加わって発用し、三伝が火局を結んで一斉に来て辛金を傷克し、見れば確かに凶険である。しかし再び乗る所の天将を見れば、昼夜両路ともに貴人・太常・勾陳という土に属する神将で、土は火気を盗泄し、手を転じてまた辛金の日干を生助し行く。こうして禍患を免れるのである。
脱氣為救格
如壬子日未加卯為用,三傳木局並來脫干,且此例既無日鬼,豈宜處於眾鬼雖彰全不畏者之例,三傳木局切不可作脫氣言之,如用夜將,緣三傳天將皆是勾、常、貴人土神,並來傷壬干,反賴三傳木局去其土將,豈不應斯格也。餘五壬日干上卯,夜貴並如其說。壬戌、壬子、癸卯、癸亥,三傳未卯亥夜同。
たとえば壬子日に、未が卯の上に加わって発用し、三伝が木局を結んで一斉に壬水の気を泄脱する。この一課はもともと日鬼がなく、理に照らせば「衆鬼雖彰全不畏」の一門に収めるべきではない。しかし三伝の木局はここでは決してただ泄気として看てはならない。もし夜将を用いて布局すれば、三伝の乗る天将はみな勾陳・太常・貴人という土に属する神将で、土は一斉に来て壬干を傷克する。全く三伝の木局に頼ってあの数人の土将を克掉するので、木はかえって救神と成る。豈にまさしくこの格局に応ずるや。残りの五つの壬日で干上に卯を得るものも、夜貴を用いるときはみなこの説法に照らす。壬戌・壬子・癸卯・癸亥の四日で三伝が未・卯・亥となり夜将を用いるものも、情形は同じである。
雖憂狐假虎威儀第十二
夫仗他人之力,乞兒向火何倚冰山之徒。
この一法の断語にいう。およそ傍人の力量に倚仗するものは、乞食する人が他人の火辺に湊って暖を取るがごとく、また氷山に攀附する人々のごとく、一旦日頭が出て氷が化すれば、靠山もまた無くなる。借りる所の勢いは終に自分のものではなく、ただ暫く一時を安んずるのみで、長久に依恃すること能わず。
狐假虎威格
如丁未日干上子,其丁火實畏子水所克,反倚賴支屬土卻能制其子水,不敢來傷丁干也,疑丁火喻狐,未土喻虎,故名為狐假虎威儀之例也。凡占切不可動謀,如動用離其未土,其子水隨蹤而傷丁火也。又辛亥日干上亥,晝虎夜元皆乘脫氣,尤賴亥水坐於戌土之上,尚懼戌土,不至辛金全脫,尤不宜動作,稍如前例。餘五辛日亦可如此說。
たとえば丁未日に干上に子を得れば、丁火はもともと最も子水に克せられるを怕れるが、かえって日支の未土に倚仗する——土は水を制しうるので、子水は来て丁干を傷つけることを敢えてしない。ここで丁火は狐狸に比し、未土は老虎に比し、狐狸が老虎の威風を借りて敵人を嚇退するので、名を取って狐假虎威という。およそこの課を占うには決して軽挙妄動すべからず。一たび動けば即ち未土のこの靠山を離れ、子水は立刻に蹤に跟って来て丁火を傷害する。またたとえば辛亥日に干上に亥を得れば、昼に占えば白虎に乗り、夜に占えば元武に乗って、みな泄脱の気を帯びる。全く亥水が戌土の上に坐することに頼り、亥水はなお戌土を忌憚して、辛金を泄し尽くすに至らない。この一課も同じく動作に宜しくなく、道理は前の例と相仿する。残りの五つの辛日もまたみなこのように講じうる。
鬼賊當時無畏忌第十三
吳釋越而終為越滅吳。假令戊子日干上午,三傳寅卯辰皆是日鬼,如春占木旺,誠所畏也,殊不知木至春令而榮旺,既貪榮盛而無意克土,故戊土不畏木克也。此例雖春占無畏,防至夏秋其禍仍發,如有禍時,便宜斷絕,免致後患,其餘傳內全逢日鬼者,各詳四季天令而言之。三合為鬼亦如前說。
この一法の断語は春秋の旧事を借りる。呉国が越国を放過した結果、越国は終に反って呉国を滅し去った。たとえば戊子日に干上に午を得、三伝の寅・卯・辰はみな戊土の鬼である。もし春に占えば、木は正に旺に当たり、見れば実に可畏である。知らないのだ、木は春令に到って自身が栄盛し、正に己の繁茂に貪恋して、土を克する心がない。だから戊土は木克を怕れない。ただこの一例は春占に無畏のみで、夏秋に到って木気が衰に転ずれば、あの禍患は依然として発作することを提防すべきである。禍端の苗头を一見すれば、即ち早く断絶すべく、後患を留めてはならない。残りのおよそ三伝の裏に尽く日鬼なるものは、みな各々四季の当令の気に按じて分別して論断すべきである。三伝が三合を結んで鬼を作すものも、上のこの道理に照らして講ずる。
伝財太旺反財虧第十四
漢黷武而海內空虛。假令戊申日干上丑,三傳子申辰皆作日之財,兼晝夜天將皆是水中之獸,又於秋冬水生旺之月,占求財事即無財也,如取其財,切防反費己財,緣水自貪其生旺,不能與我作財,只待身旺之月,財氣稍衰之月令,方可取其財。例尤多,餘亦仿此。
この一法の断語は漢武帝が窮兵黷武して天下の財力を空虚に至らしめた旧事を借りる。たとえば戊申日に干上に丑を得、三伝の子・申・辰は水局を結んでみな戊土の財である。加えて昼夜に乗る天将がまたみな水中の獣で、また秋冬の水が正に生旺する月份に碰上る。この時に財を求めを占えば、かえって財なし。もし硬くも取りに行かば、切に自らの本銭を倒貼することを提防すべし。水は正に己の生旺の勢いに貪って、来て我に財を作すことを肯んぜざるが故なり。ただ日干が身旺・財気が稍や衰する月份を待ってこそ、始めてこの財を取り得る。この類の例はことに多く、残りはこれに類推する。
進退連茹為財格
如網江魚之諭求財,不宜坐財墓,亦忌財加鬼墓。
三伝が逐位に進行し或いは逐位に退行して牽連して串を成すのは、財を求むること大江の中に網を張って魚を捕るがごとく、一網にて一串を連得しうる。ただ两条の忌諱に留意すべし。財の墓庫の上に坐すること宜しからず、また財神が鬼の墓庫の上に加わるを忌む。されば魚は網に入るとも撈り上げること能わざるなり。
財神空亡格
求財反費己財,緣見在之財已空,求外來之財豈有得也。如辛亥日干上寅、支上卯,二財皆空。庚戌日同。
財神が空に落つる課は、財を求めに行けばかえって自らの本銭を賠う。眼前の現成の財はすでに落空したるに、再び外来の財を指し望めば、何ぞ手に到らんや。たとえば辛亥日に干上に寅を得、支上に卯を得れば、寅・卯の両處の財はみな空亡の裏に落つ。庚戌日の情形もまた同じである。
脱上逢脱防虛詐第十五
金以議和愚宋,而宋以議和自愚。謂日干生其上神,上神又生天將者,故名脫上脫,凡占盡被脫耗,多虛詐不實之象也。假令六庚日干上子,夜將上乘青龍,此乃庚干生上神,子水又生青龍木將,那更三傳皆是水局並來盜日,凡占豈不遭虛詐乎。
この一法の断語は宋金和議の旧事を借りる。金人は議和を以て宋朝を愚弄し、宋朝はまた議和を以て自ら欺き自ら誤る。いわゆる「脱上脱」とは、日干がその上の神を生じ、この上神がまた乗る所の天将を生じて、一層泄れて一層を成すことである。およそこの課を占えば、元気は尽く脱耗され、多くは虚言・詐偽にして実の處に落ちざる景象なり。たとえば六つの庚日に干上に子を得、夜将に青龍を乗せば、庚金は上神の子水を生じ、子水はまた青龍のこの木に属する天将を生ず。何况三伝はなお水局を結んで一斉に来て日干を盗泄せん。このように事を占えば、何で虚詐に遭わざるを得んや。
內有庚子日子加庚,乃支上門來脫干,三傳又來脫之,並三傳天將夜晝俱是蛇龍元,盡被脫盜,倘熟視之,其庚居天盤坐辰土之上受生,子水居申金之上受長生,終不致脫盡,不可不知。六甲日干上巳,晝占上乘太常;六乙日干上午,晝占上乘天空,六丁日干上丑,晝占上乘太陰。
その中で庚子日に子が庚の上に加わるこの一課は、日支の神が登門して来て日干を泄脱し、三伝がまた接いてこれを泄し、加えて三伝の乗る天将は昼夜を論わずみな螣蛇・青龍・元武で、元気は尽く盗まり去る。しかし細かく看れば、庚は申宮に寄りて天盤上に辰土の上に坐して正に土生を得、子水もまた申金の上に坐して正に長生である。だから終に泄し尽くして乾からがるに至らず。この一層は知らざるべからず。同類にはまた六つの甲日に干上に巳を得て昼に占うて太常に乗る、六つの乙日に干上に午を得て昼に占うて天空に乗る、六つの丁日に干上に丑を得て昼に占うて太陰に乗るがある。
無依脱耗格
惟丁未日反吟,晝占乃干生丑,丑生將,一火逢九土,如憂事不止一件,若止見一件,別項又來,必有大災。六己日干上酉,夜占上乘天后。
ただ丁未日に反吟課を起すこの一式のみ。昼に占えば、丁火は干上の丑土を生じ、丑土はまた乗る所の天将を生ず。一点の火が九重の厚土を供養せねばならず、泄らるること依傍する所なし。このようにして憂う所の事は一桩に止まらず、たとえ眼下にただ一桩を見るとも、別の一項が跟いて来て、必ず大災を出さん。このほか六つの己日に干上に酉を得、夜に占うて上に天后を乗ずるものも、この格に属する。
脱盗格
乃干上逢脫氣,天將作元武者例,亦如前說。六辛日干上亥,夜占乘元武;六壬日干上寅,晝占乘元武;六癸日干上寅,晝占上乘元武。餘有甲午日午加甲,三傳又是火局,並支來盜干,虛詐尤甚。內辛亥日干上亥尤可惡,緣支干上皆脫,初墓又坐脫方,中末空亡,晝虎夜元之將日上俱值,其凶可見。
この格は干上に泄気の神に遇い、乗る所の天将がまた元武なるをいい、講法は前と同じである。たとえば六つの辛日に干上に亥を得て夜に占うて元武に乗る、六つの壬日に干上に寅を得て昼に占うて元武に乗る、六つの癸日に干上に寅を得て昼に占うて元武に乗る。このほか甲午日に午が甲の上に加わり、三伝がまた火局を結んで、日支を連ねて一斉に日干を盗泄するは、虚詐の象ことに厳重なり。その中で辛亥日に干上に亥を得るは最も可厭なり。干上・支上ともに泄脱され、初伝の墓神はまた泄脱の方に坐し、中伝・末伝はともに空亡に落ち、昼の白虎・夜の元武の两位の凶将はまたみな日の上に値す。凶険は想い知るべし。
空上乘空事莫追第十六
陳隋基業於唐,五代收功於宋。謂上見旬空乘天空者,凡占指空話空,全無實象。如甲申日干上未,晝占上乘天空。餘占日上空亡,上乘天空,皆仿此。
この一法の断語にいう。陳朝・隋朝の苦心に経営した基業は、末は唐朝のために底子を打ちたり。五代の紛争一場の功労は、末は宋朝の手裏に帰したり——気力を費尽して果実は他人に帰す、正に一場の空なり。いわゆる空上乘空とは、上神はすでに旬空に落ち、また「天空」のこの天将に乗ることなり。およそこの課を占えば、空の處を指して空話を説き、全く一点の実象なし。たとえば甲申日に干上に未を得、昼に占うて上に天空を乗ず。残りのおよそ日の上に空亡に落ち、また天空に乗ずるものは、みなこれに類推する。
脱空格
謂干上有脫乘天空,亦名脫空神,凡占皆無中生有,盡是脫空,全無實蹤,不足取信也。如辛卯日干上子,晝占上乘天空,初傳又是遙克,中末皆空亡,凡占盡被脫空。六辛日干上子,晝占乘空;六乙日干上午,晝占乘空,餘日皆仿此。但凡遙克為用作空亡,或坐空鄉,或乘天空者,凡占皆虛無不實也。
いわゆる脱空とは、干上に泄脱の神有りてまた天空に乗るをいい、また「脱空神」と呼ぶ。およそこの課を占えば、みな無中に生有し、一味に虚脱・落空して、全く実在の踪迹なく、憑信するに足らず。たとえば辛卯日に干上に子を得、昼に占うて上に天空を乗じ、初伝はまた遥克にて発用し、中伝・末伝はともに空亡に落つ。このように事を占えば尽く脱空せらる。またたとえば六つの辛日に干上に子を得て昼に占うて天空に乗る、六つの乙日に干上に午を得て昼に占うて天空に乗る。残りの各日はこれに類推する。要するにおよそ遥克を以て発用して空亡に落つるか、或いは空郷に坐するか、或いは天空に乗ずるものは、何を占うとも虚無にして実らず。
進茹空亡宜退步第十七
坎初六:“習坎,入于坎窞,凶。”遇此課宜班師。假令壬子日干上子,三傳寅卯辰,皆是空亡,既向前值三空亡,即宜退步,抽身縮首,卻就支干上子與丑合,反有所得,庶使壬水不被傳木全脫,可以全身遠害,不利托人。如甲午日干上卯,三傳辰巳午亦皆是空亡,亦宜退步,庶乎甲木不被傳火脫盡,奈支干前後夾定脫氣在內,盡被脫空而無窮也,如遇丑為年命,始宜退步就其祿神。
この一法は《易経・坎卦》初六の爻辞を引く。重々の険陷の中に処してまた坎底の小穴に掉り入る、凶なり。かかる課に遇えば、正に兵を収め営に帰るべし。たとえば壬子日に干上に子を得、三伝の寅・卯・辰は尽く空亡なり。前に往けば既に三重の空亡に連遇すれば、即ち退步すべく、身を抽き首を縮め、帰りて干支の上の子と丑とが相合するに就けば、反って収穫する所有り。また壬水をして三伝の木に泄し尽くされざらしめ、以て自身を保全して禍害に遠ざかるを得しむ。ただ人に托して代弁せしむるに宜しからず。またたとえば甲午日に干上に卯を得、三伝の辰・巳・午もまた尽く空亡なり。同じく退步に宜しく、甲木をして三伝の火に泄し乾からされざらしむるを好しとす。无奈干支の前後が泄気の神を中に挟んで、泄空の勢いは窮尽することなし。もし丑が占人の年命を作すに碰上れば、これにて好く退き帰りてあの禄神に就くを得る。
如癸丑日干上寅,自是空亡,那更寅卯辰為三傳,使癸水生其脫空,雖有千金亦不周其足,如晝占乘元武在干上尤甚,占訟費而不直,占病脫而虛甚,終不能退步。
たとえば癸丑日に干上に寅を得る。この寅はそれ自体すでに空亡の裏に落ち、何况三伝はまた寅・卯・辰の一片の木なり。癸水をしてこの一串の脱空の神を生ぜしむるは、たとい千金有りともこの虧空を填め滿たさず。もし昼に占うて干上に元武を乗せば、情形はさらに糟し。官司を占えば錢財を破費してなお理直を落ち得ず、疾病を占えば泄脱の下に虚弱極まりて、終に退步の余地すらなし。
踏脚空亡進用宜第十八
四課三傳俱退連茹,丁巳日干上午,三傳卯寅丑,宜深入重地。謂退步傳全值空亡者,故名踏腳空亡,既退後遇空,宜進而不宜退也。如戊申日干上辰,三傳卯寅丑皆作日之鬼,幸遇鬼空,足可以脫災避難,惟不宜守舊,緣干上乘墓,反宜於三傳之外,向前一步,便逢祿神,此卻不利有官人占之,緣官爻空亡故也。
この一法の断語にいう。四課三伝がみな逐位に倒退して牽連して串を成す、たとえば丁巳日に干上に午を得て三伝が卯・寅・丑であるような課は、かえって重地に深く入るに宜しい。いわゆる踏脚空亡とは、退行する三伝が尽く空亡の上に落ちることである。後ろへ退くが空なれば、前進に宜しくて後退に宜しくない。たとえば戊申日に干上に辰を得て、三伝の卯・寅・丑はみな戊土の鬼である。幸いにもこれらの鬼がみな空に落ちたので、災を脱し難を避けるに足る。ただ旧局を死守するに宜しくない。干上に墓神に乗っているので、かえって三伝の外に跳び出して前へ一歩を邁せば、禄神に碰上る。ただこの一課は官を為る人に利なし。官爻がちょうど空亡の裏に落ちるからである。
尋死格
如丙午日干上辰,三傳卯寅丑,雖三傳生日,豈宜皆空,如占病,乃尋死格也。占父母病死尤急,如占子息病無畏,占訟理虧,必官人不主張,緣生我者空亡故也。如乙卯日干上卯,亦若尋死格。已上例如背後有三阱坑,豈宜退乎,如退則腳下踏空,反陷其身,凡占宜催督。
たとえば丙午日に干上に辰を得、三伝は卯・寅・丑。三伝はみな日干を生ずるが、无奈尽く空亡に落つ。これを以て病を占えば、これ即ち「尋死格」である。父母の病を占えば最も急で、多くは挽回し得ない。子女の病を占えばかえって怕れるに足らず。官司を占えば理虧して、必ず官長の主持を得られない。我を生ずるあの一路が尽く空に落ちるが故なり。またたとえば乙卯日に干上に卯を得れば、また尋死格に近い。以上のこれらの例は、背後に三つの陷坑を掘るがごときで、何でなお後ろへ退けようか。一たび退けば脚下に空を踏み、かえって自身を中に陷れ込む。およそこの課を占えば、みな催促して前に向かうに宜しく、遅疑すべからず。
踏脚空亡格
惟不宜進前者例,但占事虛聲而無成就耳。如甲子日戌加子為初傳,乃是本旬之空,申加戌為中傳,乃後旬之空,午加申為末傳,乃外後旬之空亡,故向後全無實意,盡無成就。甲申日午加申,乙卯日丑加卯,丙辰日丑加卯,丁巳日丑加卯。
この一例はかえって前に向かうに宜しくない。占う所の事は虚張の声勢あるのみで、実事を成し得ない。たとえば甲子日に、戌が子の上に加わって初伝を作し、戌は本旬の空亡である。申が戌の上に加わって中伝を作し、申は次の旬の空亡である。午が申の上に加わって末伝を作し、午はまたさらに次の旬の空亡である。三重の空亡が層層として相接するので、後ろに往くほど実意がなく、一概に成らない。同類にはまた、甲申日に午が申の上に加わる、乙卯日に丑が卯の上に加わる、丙辰日に丑が卯の上に加わる、丁巳日に丑が卯の上に加わるがある。
胎財生気妻懐孕第十九
謂日干之胎神,作日之妻財,又逢月內之生氣者,如占妻必孕也。如壬寅日干上午,七用占,午加亥為發用,壬水胎在午,又是日之妻財,及七月生氣在午,占妻必有孕而無疑。五壬日干上午,七月占皆同。六庚六辛日干上卯,四月占皆然。
いわゆる胎財生気とは、日干の胎神が同時にまた日干の妻財を充て、しかも当月の生気に乗ることである。かかる課に遇えば、妻子を占って必ずすでに懐孕している。たとえば壬寅日に干上に午を得、七月に起課すれば、午は亥の上に加わって発用する。壬水の胎位は正に午に在り、午はまた壬水の妻財であり、七月の生気もまたちょうど午に在る。妻室を占えば必ず孕有り、疑う所なし。五つの壬日に干上に午を得て七月に占うものは、情形みな同じ。六つの庚日・六つの辛日に干上に卯を得て四月に占うものも、またこのごとし。
六戊六己日干上子,正月占亦主孕喜,何故言?戊己土神胎亦在子,或有用午為胎神者,不可不知,未免略具,擬土神歌於後。歌云“戊己當絕在亥懷,明知子上是胞胎。”云云。
六つの戊日・六つの己日に干上に子を得、正月に占ってもまた懐孕の喜を主とする。何でこのように講ずるか。戊己土神の胎位も同じく子に落ちるが故なり。ただある人は午を取って土の胎神とする。この一層は知らざるべからず。だからここに略して交代し、土神の歌訣を後に附す。歌にいう、戊己の二土の絶地は亥に在り、そこは正に気を受け胎を懐くる起處なり。続く子位は便ち明明白白たる胞胎の所在なり、と。以下の言葉は再び抄録しない。
支之胎神作月內生氣,占妻有胎孕亦確,不必作干之財,惟此胎神臨妻之年命尤好,或臨支上亦同。妻財作生氣,縱不作胎神亦可用。
もし日支の胎神がちょうどまた当月の生気ならば、妻子の孕を占って同じく準確で、必ずしもそれが同時に日干の財を充てるを要しない。この胎神がもし妻子の年命の上に臨めば、それは最も好い。日支の上に臨んでも、効験は相同じ。反対に言えば、妻財はただ生気に乗りさえすれば、たとい兼ねて胎神を作さずとも、同じく取り用いうる。
損胎格
如壬辰日干上午為發用,又七月占,雖妻財作胎神乘生氣,必後有損孕,緣午作空亡故也。餘仿此。
たとえば壬辰日に干上に午を得て発用し、また七月に起課する。妻財は兼ねて胎神を作しまた生気に乗るが、見れば前の格と两样なし。しかし日後に必ず小産して胎を損ず。この午が恰恰として空亡の上に落ちるが故なり。残りはこれに類推する。
胎財生気妻懐孕第十九(続)
妾孕格:如辛癸巳日,胎神為生氣,乃妻妾之妹有孕尤驗。如丙丁日胎神在子,如正月占非妻有孕,即是偏房也。私孕格:如辛癸日乘元有私。外有甲乙日胎神在酉,十月占;丙丁日胎神在子,正月占,非妻有孕,必是偏室婢妾有胎孕也。如作空乘死氣,必是鬼胎也。
「妾孕格」——「胎神」とは日干によって推し出された孕育の気の寄る地支であり、「生気」とは当月に生発を主る月神である。辛日・癸日に課を占い、胎神がまたちょうど本月の生気なれば、妻妾の一房ないし妻家の姉妹に孕有るを主とし、最も応験する。丙日・丁日は胎神が子に在り、正月に来て占えば、孕有るは正妻にあらずして偏房である。「私孕格」——辛日・癸日に胎神の上に「元武」のこの暗昧私隠を主る天将が乗れば、即ち私通・暗孕の事有り。また別に甲日・乙日は胎神が酉に在りて十月に占い、丙日・丁日は胎神が子に在りて正月に占えば、胎を懐くるも正妻にあらず、必ず側室・婢妾である。もし胎神が「空亡」に落ちまた当月の「死気」に乗れば、即ち真の胎にあらず、ただ虚假の鬼胎のみ。
互胎格:如戊寅日干上酉,乃支之胎神,支上午乃干之胎神,又作夫妻之行年本命,必然妻懷孕喜,不必尋生氣及財神也。乙丑、己未、癸未,干上子;己未、癸丑、己丑、辛未、丁丑,干上午;甲申干上卯,庚寅干上酉,已上並是干上得支之胎神,支上得干之胎神也。
「互胎格」——「四課」の中で、日干の上に臨む神を干上神と称し、日支の上に臨む神を支上神と称す。戊寅日に課を占えば、干上は酉で、酉は正に日支の寅の胎神である。支上は午で、午は正に日干の戊の胎神である。両下が互いに胎神を為す。この二位がもしまたちょうど夫妻二人の「行年」(歳数に按じて年々推移する流年の位)または「本命」(属する生年の地支)なれば、即ち妻子に必ず孕喜有ると断定しうる。更に生気と財爻を尋ねるに及ばず。同じくこの格に属するにはまた、乙丑日・己未日・癸未日の干上に子を見る、己未日・癸丑日・己丑日・辛未日・丁丑日の干上に午を見る、甲申日の干上に卯を見る、庚寅日の干上に酉を見るがある。以上の各日はみな干上に日支の胎神を得、支上に日干の胎神を得るので、互胎と呼ぶ。
憂子格:論孕產,乃六合三月占加申、四月占加酉,乃月之死氣克六合,至產則憂子凶,此二例乃天后、六合為子母之類也。憂母格:如十一月占天后乘辰,五月占天后乘戌,八月占天后乘丑,二月占天后乘未,已上者乃月內死氣克天后也,如至產期必憂母凶。
「憂子格」——懐孕・生産を論ずるには、「六合」のこの天将を以て子女を代表とする。三月に課を占って六合が申の上に加臨し、四月に課を占って六合が酉の上に加臨すれば、申・酉は正にこの両月の死気で、死気が反って来て六合を克伐する。臨産に到れば即ち子供のために担憂し、凶を主とする——この両例の依拠する所は、正に「天后」を以て母と為し六合を以て子と為す取象である。「憂母格」——十一月に課を占って天后が辰に乗り、五月に課を占って天后が戌に乗り、八月に課を占って天后が丑に乗り、二月に課を占って天后が未に乗れば、以上はみな当月の死気が天后を克傷する。産期に到れば必ず産婦のために担憂し、凶を主とする。
子戀母腹格:如干加支、支加干而互相生者,乃名子戀母腹,利占孕則保育,不利占產,如至產期占之,遲生則吉。外有支加干而克干者,主產速,或無克亦產,支為母俯首已見其子也。
「子恋母腹格」——日干の神が日支の上に加わり、日支の神が日干の上に加わり、両下がまた互相生助するのを、名づけて子が母腹に恋するという。この課は懐孕を占うに宜しく、胎気が安穩にして保ち得るを主とす。分娩を占うに宜しくない。胎児が母に恋して出で来ることを肯んぜざるが故なり。もし産期に到って才だ占えば、生産の遅緩を主とし、遅く生るるはかえって吉なり。また別に日支の神が日干に加わりてまた反って日干を克するは、分娩の迅速を主とす。たとい克なきとも、照樣に生まれ得る。日支は母を為し、支が干に加わるは正に母親が身を俯せ頭を低うして、すでに己の子を見たるがごときが故なり。
損孕格:如壬辰日午加亥,癸巳日午加丑,庚戌日卯加申,辛亥日卯加戌,戊午日子加巳,己未日子加未,甲戌、乙亥日酉加巳午,丙辰、丁巳日子加辰戌丑未,已上例緣胎神作空受克,占產當日便生,占孕必損。
「損孕格」——壬辰日に午が亥の上に加わり、癸巳日に午が丑の上に加わり、庚戌日に卯が申の上に加わり、辛亥日に卯が戌の上に加わり、戊午日に子が巳の上に加わり、己未日に子が未の上に加わり、甲戌日と乙亥日に酉が巳または午の上に加わり、丙辰日と丁巳日に子が辰・戌・丑・未の上に加わる。以上の各例は、みな日干の胎神がすでに空亡に落ち、また克制を受けるものである。このような課はもし分娩を占えば、当日に生み下すを主とす。もし懐孕を占えば、胎気は必ず損傷を受けて保全しがたい。
月厭煞:如三月占,不宜申加母年命上,九月占,不宜寅加母年命上,緣死氣作月厭,占產必凶。六月占,巳加母年命,十二月占,亥加母年命上,緣生氣作月厭,占產必速生。養神二血法:如丙丁、戊己日,胎神在子,養神在丑,如在正月占,言血支血忌皆在丑,並養神而克胎神,如占產生速,如或占孕有損無疑。如在十二月占,言血支血忌皆在子作胎神,如占產亦生速,如占孕亦防損。已上血忌作空亡或坐空鄉,占孕占產亦無妨也。
「月厭」は逐月に輪値する凶煞で、「年命」は産婦の行年と本命を指す。三月に課を占うては、申が母親の年命の上に落つるを忌む。九月に課を占うては、寅が母親の年命の上に落つるを忌む——この両處の申と寅は、既に当月の死気にしてまた月厭を充つれば、分娩を占えば必ず凶。反って、六月に課を占うて巳が母親の年命に落ち、十二月に課を占うて亥が母親の年命に落つるは、これは生気が月厭を充てるので、分娩を占えば速く生み下すを主とす。「養神二血法」——丙丁日・戊己日は胎神が子に在り、「養神」(五行十二運の中で養位の所在)は便ち丑に在り。もし正月に来て占えば、「血支」「血忌」のこの産血に関わる二凶神はみな丑に落ち、養神と同處して反って胎神を克す。分娩を占えば生るること速きを主とし、懐孕を占えば必ず損傷有りて疑いなし。もし十二月に来て占えば、血支・血忌はみな子に落ちて胎神と同位と為り、分娩を占えばまた速く生るるを主とし、懐孕を占えば同じく損胎を防ぐべし。以上の諸例は、ただ血忌それ自体が空亡に落つるか、或いは坐する處が空地なるかすれば、孕を占い産を占うともに妨げなし。
三元胎格:如寅加亥為生元胎,懷孕之時漸有生意,生下男女,必興旺家門也。如寅加巳為病元胎,如值此懷孕之時,母常有病,生下男女多病不甚長進。寅加辰為衰元胎卦,惟乙未日亥加丑昴星一課是也,懷孕之時,家道日漸衰替,生下男女身軀衰弱,全無生意。
「三元胎格」——寅が亥の上に加わるを生元胎と呼び、懐孕の期間に家中に漸く生発の気象有り、生む所の男女は日後に必ず門戸を興旺し得べし。寅が巳の上に加わるを病元胎と呼び、この一課に遇えば、母親は胎を懐くる時に常に病痛を鬧し、生み下す子供もまた多病にして、大いに長進あらず。寅が辰の上に加わるを衰元胎と呼び、ただ乙未日に亥が丑の上に加わる所成の「昴星」課(四課の上下に克なく、別に酉位を取って伝を起す一種の課式)のみがこの例に属す。懐孕の期間に家道は一天天に衰落し、生み下す男女は体質虚弱にして、全く生機なし。
昴星格:剛日生女,或柔日虎視生男,取俯仰而生故也。胎受克絕格:胎神臨本日及臨絕受克。六壬日午加亥,六庚日卯加申,乃胎臨本日,占產可言當日便生且安好。或六癸日午加亥,六辛日卯加申,乃胎神臨絕受克,占孕占產俱畏。六戊日子加巳,同六甲日亦如前說,且占產稍不畏矣。
「昴星格」——昴星課は剛日・柔日の両路に分かれて取用す。剛日は即ち陽干の日で、これを得れば女を生ずるを主とす。柔日にして「虎視」の一路を走れば、即ち男を生ずるを主とす。一俯一仰にして俯仰同じからずして男女を分かつ意を取る。「胎受克絶格」——胎神が本日の日干の上に落つるか、或いは絶地に落ちてまた克を受くるをいう。およそ壬日に午が亥の上に加わり、庚日に卯が申の上に加わるは、胎神が本日に臨むなり。分娩を占えば当日に生るると断じうるも、母子ともに安好なり。もし癸日に午が亥の上に加わり、辛日に卯が申の上に加われば、即ち胎神が絶地に臨みてまた克を受くる。孕を占うとも産を占うとも畏るべし。戊日に子が巳の上に加わると甲日の情形は前に説く所と同じく、ただ分娩を占う時は可怕の程度が稍や軽きのみ。
小產法:如母之年命上神沖剋胎神者,縱作生氣,必是小產,此法極驗。胎神坐長生格:如丙丁、戊己日子加申,庚辛日卯加亥,壬癸日午加寅,甲乙日酉加巳,大宜占孕,惟不利占產,占得此者反凶。
「小産法」——産婦の年命の上に臨む神がもし胎神を冲克せば、たとい胎神が同時に当月の生気を充つとも、また小産と断ず。この法は極めて応験す。「胎神坐長生格」——丙丁日・戊己日に子が申の上に加わり、庚辛日に卯が亥の上に加わり、壬癸日に午が寅の上に加わり、甲乙日に酉が巳の上に加わるは、みな胎神が自己の「長生」の位に坐するにして、即ち五行十二運の中で気機の初生する地なり。この種の課は懐孕を占うに大いに宜しく、胎気の日長するを主とす。しかし分娩を占うに利あらず、産を占いてこれを得れば反って凶。胎児が長生の地に安坐して出で来るを肯んぜざるが故なり。
腹胎格:腹加胎神,丑為腹也。如甲乙日丑加酉,丙丁、戊己日丑加子,庚辛日丑加卯,戊己壬癸日丑加午,如值此,來意妻必有孕,緣胎在腹內,丑為腹之類加臨胎神故也。腹空格:如天盤之丑作空或落空,如占產則生速,緣腹空而必已誕其右子,占孕必損孕。
「腹胎格」——丑を以て腹と為し、丑が胎神の上に加われば即ち腹胎と呼ぶ。甲乙日に丑が酉の上に加わり、丙丁日・戊己日に丑が子の上に加わり、庚辛日に丑が卯の上に加わり、戊己日と壬癸日に丑が午の上に加わる。この類の課に遇えば、来人の本意は多くは妻子すでに懐孕せるなり。胎児はもともと腹の中に在り、今腹を代表する丑が正に胎神の上に圧するに恰好す。象と事と合す。「腹空格」——「天盤」(月将に随って転動する上層の十二神盤)の上の丑がもし自身空亡に値するか、或いは落つる所の處が空地なれば、分娩を占えば生るること速きを主とす。腹はすでに空なれば、子供は想うにすでに産み下されり。しかし懐孕を占えば胎は必ず損有るを主とす。
全傷格:支干全傷,子母俱凶,獨支受傷害母,獨干受傷害子。如產期以本月之內破胎之日生,或害胎之日生,或刑胎之日生,或月內生氣之日生,或以子息爻中長生之日生,或以五行養處生,如甲乙日以戌為養神,或以逐季之天喜神所臨之日生妙矣,夫天喜者,乃逐季之養神也。以上不利占孕,反有損。
「全傷格」——日干と日支とがともに傷克を受ければ、母子ともに凶。ただ日支が傷を受ければ、傷は母親に在り。ただ日干が傷を受ければ、傷は子供に在り。産期を推算するに至っては、本月の内に胎神と相破する日・相害する日・相刑する日を取るべく、また当月の生気の値する日を取るべく、或いは子息爻の長生の日、或いは五行の「養」位の所在の日を取るべし——甲乙日は戌を以て養神と為すがごとし。もし毎季の「天喜」神の臨む日を取り得れば、即ち最も妙なり。いわゆる天喜とは、即ち逐季に輪値する養神なり。以上のこれらの日子は産期を推すに用いれば好しと雖も、懐孕を占うに用いれば利あらず。反って胎に損傷有るを主とす。
納音法,又妻本命納音之胎神,沖破之日生產尤驗。夾定三傳格:如干支夾定三傳,或初末六合,如占產,子母俱不可保,緣氣塞於中故也,如約母之年命透出支干之外,可免母之凶也。
さらに「納音法」有り——妻子の本命に属する納音五行を取って胎神を推し出し、再びこれと相冲・相破する日を看て、以て産期を定むるにことに応験す。「夾定三伝格」——「三伝」は即ち一課の中の初伝・中伝・末伝の三步の推演なり。もし日干と日支とが一前一後に三伝を中に挟むか、或いは初伝と末伝とが両下に六合を作せば、分娩を占うて母子ともに保全しがたし。気が中に堵せられて透り出づる能わざるが故なり。倘も母親の年命が恰好として干支の挟む所の範囲の外に透り出ずれば、便ち母親の凶険を免るを得べし。
