焦氏易林注 下
大畜。牽尾不前,逆理失臣,惠朔以奔。艮為尾、為牽,艮止故不前。坤為理、為臣,坤伏故失臣。乾為朔,互震為奔,衛惠公名朔,初譖急子於宣公,公令急子使齊,其弟壽知之,先往,盜殺之,急子至,又殺之,及朔即位,為諸公子所惡,故出奔,見《左傳桓十六年》。
《明夷》が《大畜》に変ずる。林辞に言う:尾を牽かれて前に進むを肯んぜず、常理に背いて臣属を失い、衛の惠公朔はこれにより出奔した。衆叛・親離の凶の象である。尚秉和の解説:艮は尾・牽引を主り、艮は止を主るので前進できない。坤は理・臣を主る。坤がすでに潜伏したので「失臣」である。乾は朔を主り、互震は奔走を主る。衛の惠公の名は朔で、初め彼は衛の宣公の前で讒を進めて太子の急子を陥れ、宣公は急子を斉に出使させて暗かに盗賊を埋伏させた。急子の弟の公子寿が知るや先んじて出発して、盗賊に殺害され、急子は後に続いて到着し、また殺された。朔が即位するに及んで、諸公子の憎む所となり、これにより出奔した。事は《左伝・桓公十六年》に見える。
頤。三狸捕鼠,遮遏前後。死於環城,不得脫走。詳《離》之《遯》。
《明夷》が《頤》に変ずる。林辞に言う:三匹の狸猫が囲み合わせて鼠を捕え、前後はいずれも厳実に堵えられた。鼠は環城の下に死して、逃げ出すことができない。重囲の下に路なき凶の象である。所謂「環城」とは、四面が城墻のごとく囲合して、包抄して一点の空隙もないを形容する。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《離》之《遯》の条に見える。
大過。言笑未畢,憂來暴卒。身加檻纜,囚繫縛朿。大過為棺槨,故為死卦,兌口故曰言笑。伏坤為憂、為身,艮為檻。《史記陳平傳》:"即反接噲載檻車詣長安",巽為繩,故曰纜。縲,紲也。卦為大坎,坎為囚,巽為繫縛,漢人以大過為死卦,故象如此。○畢,宋元本作卒,依汲古。三四句宋元本汲古皆作"身墨丹索,檻囚裝朿",茲依汲古《既濟》之《大過》校。
《明夷》が《大過》に変ずる。林辞に言う:言笑がまだ畢らぬうちに、憂患が突然として頭に臨んだ。身に囚籠と繩索とが加えられ、綑綁・拘繫された。横禍が身に纏う大凶の象である。尚秉和の解説:《大過》は棺椁の象があるので死卦である。兌は口を主るので「言笑」という。伏する坤は憂・身を主り、艮は囚籠を主る。《史記・陳丞相世家》は樊噲を反縛し檻車をもって長安に押送した事を記す。巽は繩を主るので「纜」といい、「縲」とは即ち繩索である。全卦は一つの大坎で、坎は囚を主る。巽は繋縛を主る。漢代の人は《大過》を死卦と看做したので、取象がこのようになる。校記:「畢」は宋刻本・元刻本が「卒」とし、ここでは汲古閣本による。第三・四の両句は宋元本と汲古閣本がともに「身墨丹索、檻囚装朿」とし、ここでは汲古閣本の《既済》之《大過》の条によって校定する。
坎。陰積不已,雲作滛雨。傷害平陸,民無室屋。坎為積、為雲、為雨,重坎故曰滛雨。艮為平陸、為室屋、為民,坎陷,故傷害而無室廬也。
《明夷》が《坎》に変ずる。林辞に言う:陰気が積聚して止まず、濃雲は連綿の大雨と化した。平地は水に沖毁され、百姓は房屋を失った。水災が民を害する凶の象である。尚秉和の解説:坎は積・雲・雨を主る。上下に坎を重ねるので「滛雨」という。即ち久雨して止まないことである。艮は平陸・室屋・民を主る。坎は陥落を主るので害を受けて房舎を没した。
離。山林麓藪,非人所處。鳥獸無禮,使我心苦。伏艮為山麓,巽為林。
《明夷》が《離》に変ずる。林辞に言う:山林と草沢・叢藪とは、もともと人の居る所ではない。そこの鳥獣は礼数を弁えず、我が心中を愁苦せしめる。荒野に流落し、ともに処る人なき凶の象である。尚秉和の解説:伏する艮は山麓を主り、巽は林木を主る——注文は前の二句の取象のみを挙出し、後の二句はさらに解釈を為していない。
咸。新作初陵,踰蹈難登。三駒推車,跌頓傷頤。艮為陵,震為踰蹈、為登,震伏,故難登,言始皇初即位,即穿治驪山為陵,其高大難登也。震為駒、為車,數三故曰三駒,兌毀折故曰跌頓。兌又為頤。○蹈。汲古作陷。頓作損。均依宋元本。
《明夷》が《咸》に変ずる。林辞に言う:新たに一座の初陵を造り起こし、翻越・攀登ともに甚だ吃力である。三匹の小馬が車を推して上り、跌倒して下巴を摔傷した。役が重くて人を傷る凶の象である。尚秉和の解説:艮は陵を主り、震は翻越・践踏・登を主る。震がすでに潜伏しているので登り難い。これは秦の始皇が剛に即位して驪山を鑿き陵墓を営造したを言う。陵は高大にして攀登し難い。震は駒・車を主り、震の数は三なので「三駒」という。兌は毁折を主るので「跌頓」といい、兌はまた頤を主る。即ち下巴である。校記:「蹈」は汲古閣本が「陷」とし、「頓」は「損」とし、ここではいずれも宋刻本・元刻本による。
恆。魂微惙惙,屬纊聽絕。擴然大通,復更生活。乾為魂,陷陰中成大過,大過死,故曰魂微惙惙。惙惙,短氣貌。巽為纊,兌為絕,震為通、為生,震在上出大過,故更生也。○屬,宋元本作行,依汲古。
《明夷》が《恒》に変ずる。林辞に言う:魂気は微弱で、息は奄々としている。新綿を口鼻の上に置いて試みるが、すでに呼吸が聞こえない。忽然として豁然と大通して、重ねて活き返った。絶処に生に逢う象である。尚秉和の解説:乾は魂を主る。乾が陰爻の中に陥れば即ち《大過》と成り、《大過》は死卦なので「魂微惙惙」という——「惙惙」は息が短促なるさまを形容する。巽は纊を主る。即ち新しい絲綿で、古人はこれを臨終の人の口鼻の処に置いて気を験した。兌は絶を主り、震は通・生を主る。震は上に在りて《大過》より脱し出たので更生し得る。校記:「属」は宋刻本・元刻本が「行」とし、ここでは汲古閣本による。
遯。欒子作殃,伯氏誅傷。州犁奔楚,去其邑鄉。通《臨》。震木故曰欒子,坤為殃、為誅傷,震為伯,故伯氏誅傷。震為犁,坤為州,震為奔、為楚,坤為邑、為鄉,《左傳成十五年》:"晉三卻殺伯宗及欒弗忌,伯宗子伯州犁奔楚"。○楚,宋元本作荊,依汲古。
《明夷》が《遯》に変ずる。林辞に言う:欒氏の子が禍殃を招き、伯氏は誅戮に遭った。伯州犁は楚国に逃げ奔り、己の城邑・郷里を離れた。族の禍で亡命する凶の象である。尚秉和の解説:《遯》は《臨》と旁通する。震は木に属するので「欒子」といい、坤は殃・誅傷を主り、震は伯を主るので「伯氏誅傷」という。震は犁を主り、坤は州を主り、震は奔・楚を主り、坤は邑・郷を主る。典故は《左伝・成公十五年》に見える。晋の三郤が伯宗と欒弗忌とを殺し、伯宗の子の伯州犁は楚国に逃げ奔った。校記:「楚」は宋刻本・元刻本が「荊」とし、ここでは汲古閣本による。
大壯。驕胡犬形,造惡作凶。無所能成,遠自滅身。通《觀》。坤為胡,艮為犬,故曰驕胡犬形。坤為凶惡、為身,兌毀故無成,坤死故滅身。
《明夷》が《大壮》に変ずる。林辞に言う:ひとつがいの驕横な胡人・悪犬のごとき形状で、専ら悪を造り凶を生ずることを能くする。何事も成すことができず、遥か遠く自ら滅亡を取る。悪を為して自ら斃れる凶の象である。尚秉和の解説:《大壮》は《観》と旁通する。坤は胡を主り、艮は犬を主るので「驕胡犬形」という。坤は凶悪・身を主り、兌は毁折を主るので成らず、坤は死を主るので身を滅す。
晉。陳詞達情,使安不傾。增榮益譽,以成功名。艮為榮譽、為名。○情,宋元本作城,蓋誠之訛,茲依汲古。
《明夷》が《晋》に変ずる。林辞に言う:言葉を陳述して明白にし、心意を表達して通達せしめ、局面を安穏にして傾覆せしめない。栄光・声誉は絶えず増益して、これにより功名を成就する。言を陳するに善く、これにより身を立つる吉の象である。尚秉和の解説:この条は注文が極めて簡で、ただ艮が栄誉・名を主るの一項を挙出するのみ。校記:「情」は宋刻本・元刻本が「城」とし、おそらく「誠」の字の訛で、ここでは汲古閣本による。
家人。三杞無棗,家無積莠。使鳩求婦,頑不我許。巽為杞,離卦數三,故曰三杞。巽為不果,故無棗。巽為茅、為莠,坎為積、為室家,莠在火上故曰家無積莠。離為鳩,巽為婦、為反,兌言反故不許。
《明夷》が《家人》に変ずる。林辞に言う:三株の杞の樹は棗を結ばず、家中には積まれた莠草すらもない。斑鳩を遣わして親を説き婦を求めさせるが、相手は頑固に肯んじて応じない。求めて遂げられぬ凶の象である。尚秉和の解説:巽は杞を主り、離の卦数は三なので「三杞」という。巽は「不果」の象があるので棗を結ばない。巽は茅・莠を主り、坎は積・室家を主る。莠草は火の上に処るので「家无積莠」という。離は鳩を主り、巽は婦・反を主る。兌の言が反転するので肯んじて応じない。
睽。慎禍重患,顏子為友,乃能安存。牢戶繫羊,乃能受福。坎為禍患,伏艮為顏,與下兌為友。坎為牢,兌羊在坎下,故曰繫羊牢戶,坎陷故曰繫。○患,宋元本作病,福作慶,依汲古。
《明夷》が《睽》に変ずる。林辞に言う:謹んで禍を防ぎ患難を重んじ、顔回のごとき友を交えて、ようやく安然として身を存し得る。羊を牢門に繋いで犠牲を備えて、ようやく福気を承け得る。徳を慎み友を択んで福を獲る吉の象である。尚秉和の解説:坎は禍患を主り、伏する艮は顔を主り、下の兌と合わせて「友」の象を取る。坎は牢を主り、兌は羊を主りて坎の下に処るので「繋羊牢戸」といい、坎は陥を主るので「繋」という。校記:「患」は宋刻本・元刻本が「病」とし、「福」は「慶」とし、ここでは汲古閣本による。
蹇。鹿得美草,鳴呼其友。九族和睦,不憂飢乏。詳《同人》之《蹇》。
《明夷》が《蹇》に変ずる。林辞に言う:鹿が肥美の青草を見つければ、鳴いて同伴を呼び招く。九族は和睦して相い処り、飢餓・匱乏を愁えない。宗族が相い親しみ福をともに享くる大吉の象である。前の二句は《詩経・小雅・鹿鳴》の「呦呦鹿鳴、食野之蘋」の意を取り、鹿が草を得て群れを呼ぶをもって利を独り享けないに喩える。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《同人》之《蹇》の条に見える。
解。亡玉失鹿,不知所伏。利以避危,全我生福。甘雨時降,年穀有得。震為玉、為鹿,坎為隱伏故亡失。坎為甘雨,震為年、為谷。○谷,宋元本作歲,依汲古。
《明夷》が《解》に変ずる。林辞に言う:玉を失い鹿を走らせ失して、どこに蔵れているかを知らない。危険を避けて、自身と福気とを保全するに宜しい。甘霖が時に応じて降り、一年の穀物に収穫があった。小さく失して大きく得る象である。尚秉和の解説:震は玉・鹿を主る。坎は隠伏を主るので亡失の象がある。坎は甘雨を主り、震は年・穀を主る。校記:「穀」は宋刻本・元刻本が「歳」とし、ここでは汲古閣本による。
損。逢時積德,身受福慶。○積德,宋元本作得當,依汲古。
《明夷》が《損》に変ずる。林辞に言う:すでに良い時運に趕上し、また徳行を積み下げて、自身はこれにより福気と喜庆とを承ける。全条はわずか八字で、《易林》の中で最も簡短の類の吉辞で、「時」と「徳」との両者が相い成し遂げる義を取る。尚秉和はこの条に注を出さず、取象の出所を説明していない。校記:「積徳」は宋刻本・元刻本が「得当」とし、ここでは汲古閣本による。
益。鵠思其雄,欲隨鳳東。順裡羽翼,出次須日。中留北邑,復反其室。艮為鵠,坤為鳳,震為東、為隨,故欲隨鳳東。震為羽翼,艮為日,艮止,故曰須日、曰中留。坤為邑、為北,艮為室。○須日中,汲古作日中須,茲依宋元本。
《明夷》が《益》に変ずる。林辞に言う:雌の鵠はその雄の伴を思い恋い、鳳凰に随いて東に飛ぼうとする。羽翼を理め整えて、門を出て駐して時日を待つ。中途で北面の城邑に滞留し、最後にまた己の巢室に返る。遠行の志ありて終に旧処に帰る象である。尚秉和の解説:艮は鵠を主り、坤は鳳を主り、震は東・跟隨を主るので「欲随鳳東」という。震は羽翼を主り、艮は日を主る。艮は停止を主るので「須日」(時日を待つ)といい「中留」という。坤は邑を主り北に居り、艮は室を主る。校記:「須日中」は汲古閣本が「日中須」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
夬。環堵倚鉏,升斗屬口。貧賤所處,心寒悲苦。此用《明夷》象。坤為堵,震為鉏、為升斗、為口,坤為貧賤。坎為心、為寒、為悲苦。○升斗,宋元本作升升,悲作昨,依汲古。堵,汲古作緒,依宋元本。
《明夷》が《夬》に変ずる。林辞に言う:一囲いの土墻の下に一把の鋤頭を倚せ、一升・一斗に頼ってやっと糊口をする。身は貧賤の中に処り、心中は凄寒・悲苦である。窮困・潦倒の凶の象である。尚秉和の解説:この条は《明夷》の象を用いる。坤は堵を主る。即ち土墻である。震は鋤・升斗・口を主り、坤は貧賤を主る。坎は心・寒・悲苦を主る。校記:「升斗」は宋刻本・元刻本が「升升」とし、「悲」は「昨」とし、ここでは汲古閣本による。「堵」は汲古閣本が「緒」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
姤。孤獨特處,莫依為輔,心勞志苦。巽為寡,故曰孤獨。伏坤為心志、為勞苦。
《明夷》が《姤》に変ずる。林辞に言う:孤零零として独り処り、倚り頼み扶助し得る人がなく、心力は交瘁し、志意は愁苦である。援なくして自ら困る凶の象である。句中の「莫」は「无」の意で、倚り傍う所なしを言う。尚秉和の解説:巽は寡を主るので「孤独」といい、伏する坤は心志・労苦を主る。
萃。稷為堯使,西見王母。拜請百福,賜我喜子,長樂富有。此用《明夷》象。互震為稷,又為帝、為堯。坎為西,震為王,坤為母,故曰王母。震為百、為福、為富有,又為喜子,喜子,蠨蛸也。劉向《新論》"野人晝見蟢子者,以為有喜樂之瑞"。
《明夷》が《萃》に変ずる。林辞に言う:后稷は帝尭の命を奉じて使いし、西に往って西王母を謁見した。叩拜して百様の福気を祈請し、我に喜子を賜りて、長く歓楽と富足とを享ける。福を求めて応じ得る大吉の象である。尚秉和の解説:この条は《明夷》の象を用いる。互震は稷を主り、また帝・尭を主る。坎は西方に在り、震は王を主り、坤は母を主るので「王母」という。震は百・福・富有を主り、また「喜子」を主る——喜子とは即ち蟏蛸で、一種の長脚の小蜘蛛である。劉向の《新論》は、郷野の人が昼に蟢子を見れば、喜楽あるの祥瑞と為すと言う。
升。鳴條之災,北奔犬胡。左袵為長,國號匈奴。主君旄頭,立為單于。詳《屯》之《無妄》。災,宋元本作郊,為作尊,依汲古。
《明夷》が《升》に変ずる。林辞に言う:鳴条の一戦の禍敗の後、北に奔って犬戎の胡地に至った。左衽を俗として推されて首領と為り、国号は匈奴と称された。君主となり、号を旄頭といい、立てられて単于となった。これは敗亡の族が転じて別に一国を立てた故事である。伝える所によれば、夏の桀が鳴条に敗れた後に遺族は北に遷り、《史記・匈奴列伝》は匈奴の先祖は夏后氏の苗裔だと言う。林辞が用いるのはまさにこの説である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《屯》之《无妄》の条に見える。校記:「灾」は宋刻本・元刻本が「郊」とし、「為」は「尊」とし、ここでは汲古閣本による。
困。絕而復通,雖危不窮。終得其願,姬姜相從。兌為絕,坎為通,故絕而復通。坎為危,巽為姜,伏震為姬。○危,宋元本作達,依汲古。
《明夷》が《困》に変ずる。林辞に言う:断絶して後に重ねて接通し、危険はあるが途窮には至らない。ついに願いのごとく償い得られ、姫姓と姜姓とが姻好を結んだ。危を転じて安とし、婚姻が成る吉の象である。「姫」は周の国姓で、「姜」は斉の国姓で、古人は「姫姜」をもって門第が相い当たる婚配を代指した。尚秉和の解説:兌は絶を主り、坎は通を主るので「絶而復通」という。坎は危を主り、巽は姜を主り、伏する震は姫を主る。校記:「危」は宋刻本・元刻本が「達」とし、ここでは汲古閣本による。
井。陽並悖狂,拔劍自傷,為身生殃。並,依宋本、汲古,元本作氏。生,宋元本作坐,依汲古。翟云升云:《內經》:陰不勝其陽,則脈流薄疾並乃狂,注:盛,實也。
《明夷》が《井》に変ずる。林辞に言う:陽気が併盛して狂悖に至り、剣を抜き出して自ら己を傷つけ、自身に禍殃を招く。失控して自ら戕う凶の象である。この条は尚秉和が象数の注を出さず、ただ校記と旧説とを録す。校記:「并」の字は宋刻本・汲古閣本による。元刻本は「氏」とする。「生」は宋刻本・元刻本が「坐」とし、ここでは汲古閣本による。翟雲升は《黄帝内経》を引いて言う。陰が陽に勝つ能わざれば、脉流は迫促・急疾して、陽が併して狂を発すと。旧注は「盛」とは即ち実だと言う。これは医理をもって「陽并悖狂」の四字を解釈するのである。
革。方圓不同,剛柔異鄉。掘井得石,勞而無功。互乾為圓,伏坤為方。乾剛坤柔故曰異鄉。兌為井,乾為石,互巽亦為石。伏坎為勞,掘井得石,不能再掘,故勞而無功。
《明夷》が《革》に変ずる。林辞に言う:方と円とはもともと同じでなく、剛と柔とは各々一方に在る。井を掘るのに偏に石頭に撞き当たり、力を徒らに費やして一つの成す所もない。求むる所が合わず徒労にして獲なき凶の象である。尚秉和の解説:互体の乾は円を主り、伏する坤は方を主る。乾は剛で坤は柔なので「異郷」という。即ち各々一方に処る。兌は井を主り、乾は石を主り、互巽もまた石を主る。伏する坎は労を主る。井を掘って石に遇えばさらに掘り下げられないので、労して功がない。
鼎。乘風駕雨,與鳴鳥俱。動舉千里,見我愛母。通《屯》。震為乘,坤為風,故曰乘風。坎為雨,故曰駕雨。震為鳴,艮為鳥,坤為千里、為母。○駕雨,宋元本作雨會,鳴作飛,均依汲古。
《明夷》が《鼎》に変ずる。林辞に言う:風に乗り雨に駕して、鳴く飛鳥とともに行く。一たび動身すれば即ち千里で、我が思い恋う母に見えた。遠行が速かに達し、母子が再び逢う吉の象である。尚秉和の解説:《鼎》は《屯》と旁通する。震は乗を主り、坤は風を主るので「乗風」といい、坎は雨を主るので「駕雨」という。震は鳴を主り、艮は鳥を主り、坤は千里・母を主る。校記:「駕雨」は宋刻本・元刻本が「雨会」とし、「鳴」は「飛」とし、ここではいずれも汲古閣本による。この条は《大壮》之《剥》の「乗風駕雨、与飛鳥倶」と文意が同じく、前のあの条の校勘はまさにこれにより互いに証し合った。
震。三塗五獄,陽城太室。神明所扶,獨無丘革。詳《需》之《蒙》。
《明夷》が《震》に変ずる。林辞に言う:三涂山と五岳と、陽城と太室山とは、いずれも神明の扶助があるが、ただ丘陵が変遷するごとき禍変のみない。神の庇佑を得て安固にして揺らがぬ吉の象である。三涂は古代の名山で、太室は即ち嵩山の主峰、陽城は嵩山の下に在り、いずれも古人の奉ずる聖地である。「五獄」とは即ち五岳である。尚秉和の解説:この条の詳しい講解は《需》之《蒙》の条に見える。
艮。鴟鴞娶婦,深目身。折要不媚,與伯相背。艮為鴟鴞,震為娶,伏兌為艮婦,互大離故曰深目。艮為身,坎隱,故曰身。坎為腰、為折,兌為媚,兌伏,故曰不媚。互震為伯、為反艮,故曰相背。○元本作鴞鴟,從宋本、汲古。背,汲古作悖,依宋元本。
《明夷》が《艮》に変ずる。林辞に言う:鴟鴞が妻を娶るが、眼窩は深く陥り、身形は(ここは底本に脱文あり、四言に足らず)。腰身は折れ損じ、容子は人に喜ばれず、伯氏と互いに背き離れた。醜陋・乖離の凶の象である。尚秉和の解説:艮は鴟鴞を主り、震は娶を主り、伏する兌は艮の婦と作す。二爻より五爻まで互い一つの大離を成すので「深目」という。艮は身を主り、坎は隠没するので「身」という——注文のこの句も林辞と同じく脱字があり、底本はすでに復元し難い。坎は腰・折を主り、兌は媚を主る。兌はすでに潜伏したので「不媚」である。互震は伯を主り、また反艮なので「相背」という。校記:「鴟鴞」は元刻本が「鴞鴟」とし、ここでは宋刻本・汲古閣本に従う。「背」は汲古閣本が「悖」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
漸。轉行軌軌,行近不遠。旦夕入門,與君笑言。伏震為旦,坎為夕,艮為門,巽入。震為君、為笑言。
《明夷》が《漸》に変ずる。林辞に言う:車輪は輾転して前に行き、轍の跡は相接して、路程は近く遠くない。朝にも夕にも門に入り得て、君侯と談笑して相い対する。往来が便利で、親しく歓を得る吉の象である。尚秉和の解説:伏する震は旦を主り、坎は夕を主り、艮は門を主り、巽は入を主る。震は君・笑言を主る。
歸妹。求利離國,逃去我北。復歸其城,不為吾賊。伏艮為求、為國、為城,巽為利,在外故曰離國、曰逃去。坎為北、為賊,巽亦為賊,茲曰不為吾賊。似用伏巽。○離,從汲古,宋元本作難。
《明夷》が《帰妹》に変ずる。林辞に言う:利を求めて本国を離れ、北に向かって逃げ去った。後にまたあの城に帰り、ついに我が禍害とはならなかった。先に離散して終に咎なき象である。尚秉和の解説:伏する艮は求・国・城を主り、巽は利を主る。巽は外卦に在るので「離国」「逃去」という。坎は北に居り賊を主り、巽もまた賊を主る。ここではかえって「不為吾賊」というのは、伏巽の象を用いたようである。校記:「離」は汲古閣本に従い、宋刻本・元刻本は「難」とする。
豐。日月之塗,所行必到。無凶無咎,安寧不殆。離日兌月,伏震為大塗、為行,伏艮為安寧。
《明夷》が《豊》に変ずる。林辞に言う:歩む所は日月の運行する大道で、往かんとする所は必ず到達する。凶険もなく過錯もなく、安寧にして危殆でない。全条いずれも吉の辞で、本巻の《明夷》之《屯》の「日月之涂、所行必到」と同じ機杼で、吉語はさらに足る。尚秉和の解説:離は日を主り、兌は月を主る。伏する震は大道・行走を主り、伏する艮は安寧を主る。
旅。管仲遇桓,得其願歡。膠目啟牢,振冠無憂。笑喜不莊,空言妄行。通《節》。震為管,坎為仲,震為桓,桓,木表也,故曰管仲遇桓。震為歡,兌為澤、為膠,上離故曰膠目,坎為牢,互震故曰啟牢。艮為冠、為手,故曰振冠。坎憂震解,故曰不憂。《呂氏春秋》:"魯送管仲於齊,鞹其拳,膠其目"。○啟牢,汲古、丁本作殺糾,局本作膠口,依宋元本。
《明夷》が《旅》に変ずる。林辞に言う:管仲が斉の桓公に遇い、心願を遂げて歓喜した。さきは胶に目を封じられ牢中に囚われていたが、今や牢門は開き、帽子を掻い払えば、もはや憂患がない。ただ笑いが随意にして荘重に足らず、言う所は空話で、行う所は妄挙である。前は吉で後に戒むべき所がある。尚秉和の解説:《旅》は《節》と旁通する。震は管を主り、坎は仲を主り、震はまた桓を主る——「桓」はもと立木をもって表となすを指すので「管仲遇桓」という。震は歓を主る。兌は沢・胶を主り、上は離なので「胶目」という。坎は牢を主り、互震は動を主るので「啓牢」という。艮は冠・手を主るので「振冠」という。坎は憂を主り震は解を主るので「不憂」という。典故は《呂氏春秋》に見える。魯は管仲を斉に押送し、皮革をもって彼の手を縛り、胶をもって彼の目を粘ぎ封じた。校記:「啓牢」は汲古閣本と丁本が「殺糾」とし、局本は「胶口」とし、ここでは宋刻本・元刻本による。
巽。出入蹈踐,動順天時。俯仰有節,禍災不來。
《明夷》が《巽》に変ずる。林辞に言う:門を出て門に入り、歩を挙げ脚を落とすことみな踏む所が実で、一挙一動は天時に順う。俯仰・進退はいずれも節度に合して、災禍は自ら門に上がらない。時に循い節を守りて、虞なしを保ち得る吉の象である。この条の尚秉和の注文は次の段に承接し、本段は林辞の四句のみ存す。
巽入震出,伏艮為天、為時,巽順,離為禍災。
上の条の《明夷》が《巽》に変ずるの注文に承接する。尚秉和は続けて林辞の取象の来路を指摘する。巽の本義は入で、震の本義は出で、一卦の中に巽・震が併見するので、林辞は口を開けば「出入」という。この卦の伏する艮は天・時の両層の取象を兼ねる——所謂「伏象」とは、本卦の六爻の陰陽を逐爻翻転して得たあの卦で、また卦中に潜蔵して顕露しない象をも指す。尚秉和が《易林》を解くに最も重んずるのはこの法門である——「動順天時」の「天時」の二字に落ち着きがついた。巽の徳性はまさに柔順で、「動順」と相合する。離は《易林》の取象の中で火患・災禍を主り、末句の「禍災不来」の「禍災」の二字は即ち離象より出づる。
兌。內崩中傷,上亂無常。雖有美粟,我不得食。互離為亂,兌毀故曰內崩中傷。兌為常,亂故無常。互巽為粟,兌為食。○中傷,宋元本作傷中,常作恆,依汲古。美,汲古作米,依宋元本。
《明夷》が《兌》に変ずる。林辞に言う:内は崩塌し中は受傷し、上は動乱して常軌を失った。たとい良い糧食を囤えていても、私は口に食いつけない——外に物はあるが実には享用し得ない凶の象である。尚秉和の解説:兌卦は二爻より四爻までが「互体」して離を成す(互体とは六爻の中の連なった三爻を取り別に一卦を組む)、離は《易林》で紛乱を主るので「上乱」という。兌の本性は毁折なので、内崩といい中傷という。兌はもともと常度の象を兼ねるが、今や乱の象に奪われたので「无常」という。三爻より五爻まで互体して巽を成し、巽は草木・五穀を主り、「粟」の字はここより来る。兌は口を主り飲食を主るが、兌は同時にまた毁折を主るので、粟あるも食うに及ばない。校記:「中傷」の二字は宋刻本・元刻本が「傷中」とし、「常」の字は「恒」とし、ここでは汲古閣本による。「美」の字は汲古閣本が「米」とし、ここでは宋・元刻本による。
渙。逐禍除患,道德神仙。遏惡萬里,福常在前,身樂以安。坎為患,震為逐,艮為壽,故曰仙。震為神、為道德、為福、為樂,艮為身。○遏,汲古作過,依宋元本。
《明夷》が《渙》に変ずる。林辞に言う:禍事を駆り去り憂患を除き去り、修する所は道徳で、成する所は神仙である。悪気は万里の外に挡えられ、福分は長く眼前に在り、一身は安楽である。大吉。尚秉和の解説:渙は坎下・巽上で、坎は患難を主り、「患」の字はここより出づる。二爻より四爻まで互体して震を成し、震は駆逐・奔走を主るので「逐」という。震を倒転した「覆象」はまさに艮で(覆象とは即ち一卦を上下顛倒して別に一象を取る)、艮は長久・高寿を主り、寿にして老いなければ即ち仙で、「神仙」の二字はここより来る。震は《易林》でまた神霊・道徳・福慶と歓楽とを兼主り、艮はまた身体を主る。末の二句「福常在前、身楽以安」はいずれもこの両卦より取象する。校記:「遏」の字は汲古閣本が「過」とし、ここでは宋・元刻本による。
節。牛驚馬走,上下渾擾。鼓音不絕,頃公奔敗。艮為牛,震為馬,正反艮震故曰牛驚馬走,上下渾擾。震為鼓、為音、為公,兌毀折故敗。○頃,汲古及各本訛項,依宋元本。齊頃公與郄克戰,敗。見《左傳成十三年》。
《明夷》が《節》に変ずる。林辞に言う:牛は驚き馬は逃げ奔り、上上下下はいちめんの混乱である。戦鼓の音響は絶えずして、斉の頃公はついに敗陣して走った。凶。尚秉和の解説:節は兌下・坎上で、卦中の艮は牛を主り、震は馬を主る。この卦は正艮と反艮・正震と反震とを兼ね含む——「反」とは即ち卦体を倒転して見る覆象である——牛馬は各々相反の方向に奔突するので、牛驚・馬走・上下混乱という。震はまた戦鼓・声音を主り、また公侯を主り、「鼓音不絶」と「頃公」とはいずれも震象より来る。兌は毁折を主り、敗績の象である。校記:「頃」の字は汲古閣本およびその余の各本がともに誤って「項」とし、ここでは宋・元刻本による。尚氏は併せて、これは斉の頃公が晋の郤克と交戦して大敗した故事だと注明する。《左伝》に出る——この役は即ち鞌の戦いで、《左伝》は成公二年に繫するが、尚氏はここに成公十三年と記す。
中孚。西上九阪,往來流連。止須時日,虛與有得。兌西,震為阪,數九,故曰西上九阪,正覆艮震,故曰往來流連。艮為時日,艮止故曰須。○阪,宋本、汲古皆作陂,依元本。止,汲古作心虛、作靈,依宋元本。
《明夷》が《中孚》に変ずる。林辞に言う:西に向かって九重の坡岸を攀上して、来たり去ったり徘徊して前せない。停まるもさらに多少の時日を待たねばならず、見た目は落空のようだが、実はついに得る所がある——先に滞り後に通ず。尚秉和の解説:中孚は兌下・巽上で、兌は西方に居るので「西」といい、震は坡阪を主り、数は九を取り、合して「九阪」を成す(《易林》が数を取るは一格に拘らず、あるいは先天の卦数を用い、あるいは後天の九宮の数を用い、あるいは蓍法の老陽の九・老陰の六の数を用い、尚氏は文に随いて取る)。卦中の正震と覆震・正艮と覆艮とが交錯して併見し、一往一来なので「往来流連」という。艮はまた時日を主り、艮の本義は止なので「須」といい、須とは即ち等待である。校記:「阪」の字は宋刻本と汲古閣本がともに「陂」とし、ここでは元刻本による。「止」の字は汲古閣本が「心」とし、「虚」の字は「霊」とし、ここでは宋・元刻本による。
小過。虎怒捕羊,蝟不能攘。艮虎兌羊,卦是坎形,故曰蝟。蝟能伏虎,見《龜策傳》注。
《明夷》が《小過》に変ずる。林辞に言う:老虎が怒って羊に撲し、刺蝟すらもそれを挡えられない——弱者は自ら保ち難き凶の象である。尚秉和の解説:小過の卦中は艮が虎を主り、兌が羊を主る。全卦は二陽が中に居り四陰が上下に分列して、まさに一つの放大した坎の形で、中は実にして四囲は虚、渾身に刺を帯びて、あたかも刺蝟に似るので、林辞は「蝟」という。刺蝟が老虎を制伏し得ると言う説は、《史記・亀策列伝》の注文に見える。ここでは偏に蝟もまた「不能攘」——攘とは即ち抵御——と言う。反対にその意を用いて、ますます虎勢の凶を見せる。
既濟。湧泉涓涓,南流不絕。卒為江海,壞敗邑里。家無所處,將師襲戰,獲其丑虜。重坎,故泉流不絕,故為江海。離為南。○湧,元本作踴,依宋本、汲古。四五兩句依宋元本增,汲古無。
《明夷》が《既済》に変ずる。林辞に言う:泉水は汩々と湧出して、細々と南に向かって流れて絶えない。ついに江海に匯り、村邑を沖し壊し、人家に安身の処がない。将帥は勢いに乗じて掩襲して戦い、群れを成す俘虜を掳獲した。水患の後に兵禍が続く。尚秉和の解説:既済は離下・坎上で、上体は坎で、二爻より四爻まで互体してまた坎を成し、両坎が相い重なって水源が竭きないので、泉流は断えずしてついに江海を成す。離は南方に居り、「南流」の方位はここにより定まる。校記:「涌」の字は元刻本が「踊」とし、ここでは宋刻本と汲古閣本による。第四・第五の両句「壊敗邑里、家无所処」は宋・元刻本により増補し、汲古閣本にはこの二句がない。
未濟。桃弓葦戟,除殘去惡,敵人執服。此用遇卦明夷象。震為桃葦,坎為弓,離為戟。丁雲《左傳昭四年》:"桃弧棘矢以除其災",又《太平御覽》引《禮稽命徵》曰"桃孤葦矢以除疾殃"。
《明夷》が《未済》に変ずる。林辞に言う:桃木をもって弓を作り、葦をもって戟を作って、用いて凶残を駆除し邪悪を掃蕩すれば、敵は手を束ねて帰服するほかない。吉。尚秉和の解説:この条は「遇卦」《明夷》の卦象を取る——遇卦とは即ち占い得た本卦で、変じ出た「之卦」と相い対す。《易林》は一卦の下に六十四条の林辞を繫ぐが、条の首に標し出た卦名は即ち之卦である。《明夷》は離下・坤上で、卦中の震は桃木と葦とを主り、坎は弓を主り、離は戈戟を主る。清儒の丁晏は《左伝》昭公四年に「桃弧棘矢、以除其災」の語ありと指出し、《太平御覧》の引く緯書《礼稽命徴》もまた「桃弧葦矢、以除疾殃」と言う(源文は「弧」を「孤」と写す。形近により誤った)。桃弓・葦矢をもって灾殃を駆除するは漢人の習い見る古礼だと見え、林辞はまさにこの事を取る。
焦氏易林注 巻十
行唐尚秉和節之注
これは巻十の署銜である。「行唐」とは尚秉和の籍貫で、即ち直隷の行唐県(今は河北に属す)。「節之」は彼の字である。全句は本巻の《易林》の注解が行唐人尚秉和の手に出るを表明し、「節之注」とは即ち節之の作る所の注である。
受業蒲城仵道益、豐潤董維城堃校刊
署銜の後に接するのは校刊者の題名である。受業弟子の蒲城人の仵道益・豊潤人の董維城堃が、ともに校勘を担当し刻版を主催した。蒲城は今の陝西に在り、豊潤は今の河北に在る。古の刻書の題名の中で、「受業」とは門生が師長に対する自称で、「校刊」は文字の校訂と付梓・開彫とを兼ね指す。「董維城堃」は姓は董・名は堃・字は維城であろう。古人の題名は往々にして字を名の前に連ねて書く。
