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渙卦・大象

清 · 李光地 · 第63巻 / 87

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

風行水上,渙。先王以享于帝立廟。本義 皆所以合其散。程傳 “風行水上”,有渙散之象。先王觀是象,救天下之渙散,至於享帝立廟也,收合人心,無如宗廟,祭祀之報,出於其心,故享帝立廟,人心之所歸也。

《大象伝》にいう:風は水面上に吹行す、これ則ち《渙》卦なり。先王はこれに由りて領悟す、まさに上帝を祭享して宗廟を建立すべし。朱熹《本義》にいう:この両件の事は皆な以て渙散したるの人心を重新に聚合するに用うるなり。程頤《伊川易伝》にいう:「風行水上」は、渙散の象を帶ぶ。先王はこの象を観て、以て天下の渙散を挽救して、以て上帝を祭享して宗廟を建立するに至れり。まさに人心を收攏・聚合するは、宗廟に比ぶる更に效驗あるなし。祭祀の表達する所の本に報ゆるの情は、人心の裏より自然に生出するにして、ゆえに上帝を祭享して宗廟を建立するは、まさに人心の歸向するの在る所なり。

渙卦・大象与爻象

繫人心合離散之道,無大於此。集說 程子曰:《萃》、《渙》皆“享于帝立廟”,因其精神之聚而形於此,為其渙散,故立此以收之。呂氏大臨曰:“風行水上”,波瀾必作,振盪離散不寧之時,王者求以合其散,莫若反其本,享帝立廟,所以明天人之本也。

この一句は上文を承けて《渙》卦の《大象》の「先王以享于帝立廟」を解す:人心を維係して離散を彌合するの办法は、これより更に重大なるなし。集説に引く程頤の説:《萃》卦と《渙》卦とは皆な「享于帝立廟」を講ず――上帝を祭祀して宗廟を建立す。《萃》は人心・精神のまさに聚攏するの時に趁りて、それをこの両件の大礼の上に顯現す。《渙》は則ち人心のすでに渙散したるに因りて、ゆえに天を祭ると廟を立つるのこの両件の事を立て起こして、散掉したるの人心を收攏し回來す。呂大臨が言う、「風行水上」は、波瀾は必定に興起す。まさに動蕩・離散して人心の寧ならざるの時に當たりて、王者は渙散したるの人心を合攏せんと想えば、根本に返回するより更に好き办法なし。上帝を祭祀して宗廟を建立するは、まさに以て天と人とのこの両個の根本の在る所を彰明するなり。

初六之吉,順也。程傳 初之所以“吉”者,以其能順從剛中之才也,始渙而用拯,能順乎時也。集說 郭氏雍曰:初六難之始也,方難之始而拯之,無不濟矣,天下之事,辨之於早,則順而易舉,故《傳》曰:“初六之吉,順也。”

《象伝》にいう:初六の吉なる所以は、一個の「順」の字に在り。程頤《伊川易伝》にいう:初六の「吉」なる所以は、それが能く九二のあの種の陽剛にして中に居るの才具に順從するに因る。渙散は剛に開頭せば則ち手を動かして拯救す、これ則ち能く時機に順應するなり。集説に引く郭雍の説:初六は禍難の開頭に処りて、まさに禍難の剛に起こるに往きてそれを拯救せば、救い成らざるなし。天下の事情は、辨明すること早ければ、做し起こすこと則ち順當にして容易し、ゆえに《象伝》は言う「初六之吉、順也」と。

渙奔其機,得願也。程傳 渙散之時,以合為安,二居險中,急就於初,求安也,賴之如機而亡其悔,乃得所願也。集說 王氏宗傳曰:當渙之時,以陽剛來居二,二安靜之位也,故有奔其機之象。夫唯安靜,能後能一天下之動,五奠王居於上,而二“奔其機”於下,各得所安,此所以能合天下之渙也。

《象伝》にいう:「渙奔其机」は、是れ心願を遂ぐるを得るなり。程頤《伊川易伝》にいう:渙散の時は、能く聚合してこそ安穩と算す。九二は身に坎険の中に陷りて、急いで就近して往きて初六を依靠す、為むる所は一個の安穩を求むるなり。初六を以て凭几のごとく當てて倚靠して、因りて悔恨は消失す、これ則ち心願を遂ぐるを得るなり。集説に引く王宗傳の説:まさに渙散の時に當たりて、陽剛の爻は來りて第二位に居りて、第二位は是れ安静の位置にして、ゆえに凭几に奔向するの象あり。唯だ己が先に安静し下りて、然る後にこそ能く天下の動蕩を統一す。九五は上に於て王者の居処を安定し、九二は下に於て「奔其机」して安んずる所を得れば、上下は各々安頓を得て、これ則ち能く天下の渙散を彌合するの緣由なり。

渙其躬,志在外也。程傳 志應於上,在外也。與上相應,故其身得免於渙而無悔,“悔亡”者,本有而得亡,“無悔”者,本無也。集說 黃氏淳耀曰:“外”,指天下言,唯躬之渙,聽以能濟天下之渙,唯志在天下之渙,所以有躬之渙也。

《象伝》にいう:「渙其躬」は、心志の外に在るに因る。程頤《伊川易伝》にいう:六三の心志は上に於て上九に應ずれば、ゆえに外に在ると言う。上九と相「應与」するに因りて、ゆえに彼の自身は能く渙散を免れて而して悔恨なし。「悔亡」はもとより悔ありて而して後來に消掉したるにして、「无悔」はもとより則ち悔あること曾てなし。集説に引く黄淳耀の説:この「外」の字は天下に就きて言う。唯だ肯んじて己の一身を渙散し出去してこそ(底本「所以」は「聽以」と訛作す)、能く天下の渙散を救済す。唯だ心志を天下の渙散の上に系すれば、こそ自身の渙散あらん。

渙其群元吉,光大也。集說 來氏知德曰:凡樹私黨者,皆心之闇昧狹小者也。唯無一豪之私,則光明正大,自能“渙其群”矣,故曰“,光大也”。

《象伝》にいう:「渙其群、元吉」は、心地の光明・正大なるに因る。集説に引く來知徳の説:凡そ私党を結成する人は、皆な是れ心地の昏暗・狹小の人なり。ただ一絲・一毫の私心なければ、心地は自ずから光明・正大にして、亦た自ずから能く私党を渙散し開かしむ、ゆえに《象伝》は「光大也」と言う。

王居無咎,正位也。程傳 “王居”,謂正位,人君之尊位也。能如五之為,則居尊位為稱而“無咎”也。集說 熊氏良輔曰:天下渙散之時,須人君發號施令,正位乎上。使人心知所歸向而天下一矣,故曰“王居無咎”。而《象》曰“正位也”。此與“萃有位”之義同。《本義》以“渙王居”為“渙其居”積,然當渙散之時,必有為渙之主者,所當從《小象》“正位”之說。

《象伝》にいう:「王居无咎」は、君位を端正したるに因る。程頤《伊川易伝》にいう:「王居」は則ち正位にして、君主の尊位を指す。能く九五のあのごとく作為せば、則ち尊位の上に坐するは相称して、因りて「无咎」。集説に引く熊良輔の説:天下の渙散するの時は、必ず君主に由りて号令を發號・施令して、端正に上位に居して、人心をして歸向する所を知らしめて、天下は亦た就ち統一せり、ゆえに爻辞は「王居无咎」と言い、而して《小象》は「正位也」と解作す。これは《萃》卦九五の「萃有位」と意思相同じ。朱熹《本義》は「渙王居」を以て「渙其居」と講じ成す(底本はこの下に一の「積」の字を衍す)。然而まさに渙散の時に當たりて、必定に一個の渙散の局を主持する人あるを須す、ゆえにまさに《小象》の「正位」の説法に依從すべし。

渙其血,遠害也。程傳 若如《象》文為“渙其血”,乃與“屯其膏”同也,義則不然:蓋“血”字下脫“去”字。“血去惕出”,謂能遠害則“無咎”也。集說 項氏安世曰:上九爻辭,“血”與“出”韻葉,皆三字成句,不以“血”連“去”字也。《小畜》之“血去惕出”,與此不同,此血已散,不假更去,義“惕”與“逖”文義自殊,據《小象》言。“遠害也”,則“逖”義甚明,不容作“惕”矣,卦中唯上九一爻,去險最遠,故其辭如此。

《象伝》にいう:「渙其血」は、まさに禍害を遠離するを要するなり。程頤《伊川易伝》にいう:もし《象伝》の文字に照らして「渙其血」と讀み作れば、句式は則ち《屯》卦九五の「屯其膏」と相同じならん、可是意思は并びにこのごとくに非ず。應に是れ「血」の字の下面に一個の「去」の字を脱漏したるならん。「血去惕出」は、能く禍害を遠離すれば則ち「无咎」を言う。集説に引く項安世の説:上九の爻辞の裏に「血」と「出」とは押韻して、皆な是れ三字の一句にして、まさに「血」を「去」の字に連ねて讀むべからず。《小畜》卦の「血去惕出」はここと同じからず。ここの血はすでに散掉せり、必ずしも更に一個の「去」の字を言うを要せず。而且「惕」と「逖」との両字の文義はもとより則ち一樣ならず。《小象》の言う所の「遠害也」に根據すれば、則ち「逖」――遠離――の意思は十分に清楚にして、「惕」と寫成することを容許せず。全卦にただ上九のこの一爻のみ坎険より離るること最も遠し、ゆえに爻辞はこそこのごとく寫れり。

又曰:散其汗以去滯鬱,散其血以遠傷害。陳氏友文曰:坎為血卦。“逖”,遠也,《小象》“遠害”,正是以“遠”釋“逖”字,上雖與三應,然超處渙上,故渙散其血,舍之遠去。去坎險之害而得“無咎”也。

項安世がまた言う:身上の汗を散去するは、以て郁滞を去掉する為なり。身上の血を散去するは、以て傷害を遠離する為なり。集説に引く陳友文の説:《説卦》は坎を血卦と講ず。「逖」は則ち遠にして、《小象》の「遠害」と言うは、まさに「遠」の字を拿りて以て「逖」の字を訓釋す。上九は雖も六三と相「應与」すと雖も、可是それは超然として渙散の上に高踞して、ゆえに己の血を渙散し掉して、六三を撇き下りて遠く離去す。坎険の禍害を離開して、因りて「无咎」を得到せり。

節卦・大象与爻象

澤上有水,節。君子以制數度,議德行。程傳 澤之容水有限,過則盈溢,是有節,故為《節》也。君子觀《節》之象,以制立“數度”,凡物之大小輕重高下文質,皆有“數度”,所以為節也。“數”,多寡;“度”,法制。“議德行”者,存諸中為德,發於外為行,人之德行,當“議”則中節。“議”,謂商度求中節也。

《大象伝》にいう:沢の上に水あり、これ則ち《節》なり。君子はこれに由りて領悟す、名物・度数を制定して徳行を品評す。程頤《伊川易伝》にいう:沢の能く容納する所の水は是れ有限にして、超過すれば則ちまさに満溢せん、これ則ち節制あるなり、ゆえに《節》と謂う。君子は《節》卦の象を観て、因りて「數度」を制立す。凡そ事物の大小・軽重・高下・文質は、皆なそれの「數度」ありて、これまさに節制の办法なり。「數」は多少を指し、「度」は法度・規制を指す。いわゆる「議徳行」は、心の裏に存在するを徳と謂い、外面に表現するを行と謂うを言う。人の徳行は、一番の斟酌・品評を經れば則ち能く節度に合せん。「議」は、則ち反覆・商量・斟酌して、務めて恰かに節度に合せんを求むるなり。

集說 侯氏行果曰:澤上有水,以提防為節。張氏浚曰:“數度”之制因乎人,“德行”之議自於己,記曰:君子議道自己,而置法以民,蓋己之所不能行,與其所不可行,而強於人,誰其從之!一言盡節之道,中而已。中必自身始也。朱氏震曰:澤之容水,固有限量,虛則納之,滿則洩之,水以澤為節也。

集説に引く侯行果の説:沢の上に水あるは、堤防を拿りて以て節制と爲すなり。張浚が言う、「數度」の制定は衆人を對象としたるものにして、「徳行」の品評は却って己より做し始めんを要す。《礼記・表記》にいう:君子は道理を議論するに己の身上より則を取りて、而して法度を設立すれば則ち民衆の能く到るの程度を照顧す。凡そ己も亦た到ること能わず己も亦た肯んじて做さざるの事を、却って硬に别人に做さしめんと要せば、誰の肯んじて服從せんや。一句の話に節制の道を言い盡くすは、不過一個の「中」の字にして、而して「中」は必ず自身より開始するを須す。朱震が言う、沢は水を容納するにもとより一定の限量ありて、空うすれば則ち納れ進めて、満ちれば則ち洩し出去す、水は是れ沢に靠りて以て節制せらるるなり。

郭氏雍曰:澤無水則為不足。澤上有水則為有餘,不足則為《困》,有餘則當《節》,理之常也。在人之節,則“制數度”所以節於外,“議德行”所以節於內也。為國為家至於一身,其內外制節皆一也。案 “議德行”,諸儒皆謂一身之德行,獨孔氏謂在人之德行,於“議”字尤切,且得愛爵祿,慎名器之意。

集説に引く郭雍の説:沢の裏に水なければ則ち不足にして、沢の上に水あれば則ち有余なり。不足なれば則ち《困》卦と成りて、有余なれば則ちまさに《節》卦たるべし、これは常理なり。人の身上に落り来れるの節制は、「制數度」は外面より節制して、「議徳行」は裏面より節制す。國を治め家を治めて身を修るに一直に到るまで、内外の両面の節制は皆な是れ一個の道理なり。李光地按す:「議徳行」は、諸家の儒者は皆な己の一身の徳行を品評すると言うに、独り孔穎達は別人の徳行を品評すると言う。このごとく解釋すれば則ち「議」の字に對して尤其に贴切にして、而且爵禄を珍惜し名器を愼重するの用意に合す。

不出戶庭,知通塞也。程傳 爻辭於《節》之初,戒之謹守,故云“不出戶庭”則“無咎”也,《象》恐人之泥於言也,故復明之云,雖當謹守“不出戶庭”,又必知時之通塞也。通則行,塞則止。義當出則出矣,尾生之信,水至不去,不知通塞也,故君子貞而不諒。《繫辭》所解獨以“言”者,在人所節唯“言”與“行”,節於“言”則“行”可知,“言”當在先也。

《象伝》にいう:「不出戸庭」は、まさに時勢の通と塞とを懂得するを要するなり。程頤《伊川易伝》にいう:爻辞は《節》卦の初爻に於て彼に告誡して謹慎に自守せしめば、ゆえに「不出戸庭」と言いて則ち「无咎」。《象伝》は人の字面に拘泥するを怕れて、ゆえにまた一句を補いて説明す。雖もまさに謹慎に自守して門庭を出でざるべしと雖も、却って亦た必ず時勢の通塞を懂得するを須す。通なれば則ち走り出去し、塞なれば則ち停まり下る。道義の上のまさに出去すべきの時には還まさに出去すべし。尾生は信を守りて、橋の柱を抱き著して人を待ちて、大水は來りても亦た肯んじて離開せず、これ則ち通塞を懂得せざるなり、ゆえに孔子は君子の正を守りて而して小信に拘執せざるを言う。《系辞》はこの一爻を解釋するの時に單に一個の「言」の字を言うは、人のまさに節制すべきはただ「言」と「行」との両樣あるのみなるが故なり。能く言語の上に於て節制すれば、行事の上の如何は亦た就ち以て推知すべく、而して言語はまさに前頭に擺すべし。

集說 王氏申子曰:時有通塞,通則行,塞則止,當止即止,其知通塞之君子乎!《繫辭》專以慎密言語說之,兌體故也。吳氏曰慎曰《節》兼“通塞”言,猶《艮》之兼“行止”言也。初九“不出戶庭知塞也”,而兼言知“通”者,見其非一於止者也。二失時極,則但知“塞”而不知“通”矣。

集説に引く王申子の説:時勢に通あり塞ありて、通なれば則ち走り、塞なれば則ち停まり、まさに停まり下るべければ則ち停まり下る――これは大概則ち通塞を懂得するの君子ならん。《系辞》は專に愼重・厳密に説話するを拿りて以てこの一爻を解釋するは、《節》卦の上體の兌と爲して兌は口舌を主とするの緣故なり。呉曰愼が言う、《節》卦は兼ねて「通」「塞」を言うは、好比として《艮》卦の兼ねて「行」「止」を言うがごとし。初九はもとより是れ「不出戸庭」にして、ただ一個の「塞」の字を見るのみに、《象伝》は却って「通」の字を一幷に説き出だすは、以て彼の并びに一味地に停まり住みて動かざるに非ざるを顕明するなり。九二の時を失うこと極点に到るに到れば、あれは則ちただ「塞」を知りて而して「通」を知らざるなり。

不出門庭凶,失時極也。程傳 不能上從九五剛中正之道,成節之功,乃繫於私暱之陰柔,是“失時”之至極,所以凶也,“失時”,失其所宜也。集說 蘇氏軾曰:水之始至,澤當塞而不當通,既至當通而不當塞,故初九以“不出戶庭”為“無咎”,言當“塞”也,九二以“不出門庭”為凶,言當“通”也,至是而不通,則“失時”而至於極。

《象伝》にいう:「不出門庭凶」は、時機を錯失すること極点に到れるに因る。程頤《伊川易伝》にいう:九二は能く上に向かいて九五の剛健・中正の道に追随して、往きて節制の功業を成就せずして、反って私に相親昵するの陰柔の爻の上に牽系せり、これは時機を錯失すること極点に到れり、ゆえに凶。「失時」は、則ち合宜の時候を失掉したるなり。集説に引く蘇軾の説:水は剛にまさに來らんとするの時には、沢はまさに堵住して而して放通すべからざるなり。水はすでに來れば、則ちまさに放通して而して堵住すべからず。ゆえに初九は「不出戸庭」を以て「无咎」と當てるは、講ずる所はまさに堵ぐべきの時なり。九二は「不出門庭」を以て凶と當てるは、講ずる所はまさに通ずべきの時なり。まさに通ずべきの時に到りて還通通ぜざれば、あれは則ち時機を錯失して而して極点に到れるなり。

郭氏雍曰:切為不當有事之地,而二以剛中居有為之位,其道不可同也。故初以“不出產庭”為知“塞”,而二以“不出門庭”為不知“通”,知“塞”故“無咎”,不知“通”則有“失時”之凶矣。

集説に引く郭雍の説:初九はまさに作為あるべからざるの地位に処し(底本「初」は「切」と訛作す)、而して九二は陽剛を以て中に居りて、まさに作為あるべきの位置の上に処す、両爻の道理は能く等同に論ずべからず。ゆえに初九は「不出戸庭」を用いて(底本「戸」は「產」と訛作す)以て能くまさに「塞」すべきを懂得するを表示し、九二は「不出門庭」を用いて以てまさに「通」すべきを懂得せざるを表示す。能く塞すべきを懂得すれば、ゆえに「无咎」。能く通すべきを懂得せざれば、則ち時機を錯失するの凶險あるなり。

不節之嗟,又誰咎也。本義 此無咎與諸爻異,言無所歸咎也。程傳 節則可以免過,而不能自節以致可嗟,將誰咎乎。集說 沈氏一貫曰:王介甫程沙隨謂能嗟怨自治亦無咎,“嗟”與“戚嗟若”之“嗟”同,“又誰咎”與“出門同人”之象同。何氏楷曰:諸卦爻辭言,“無咎”者九十有九,多補過之辭,《解》三爻《傳》“又誰咎”,語雖與此同,然爻辭未嘗有“無咎”字。

《象伝》にいう:「不節之嗟」は、また誰を怪むること得んや。朱熹《本義》にいう:この一処の「无咎」は其他の各爻と同じからずして、是れ咎を帰するの処なくして別人を怪むべからざるを言う。程頤《伊川易伝》にいう:能く節制すれば則ち以て過失を免るるべく、己は能く節制せずして以て嗟嘆すべきの地步に落到するに致るに、還誰を怪むること得んや。集説に引く沈一貫の説:王安石と程迥とは以て、能く嗟嘆・怨悔して而して自己より己を整治せば、則ち亦た過錯なしと爲す。この「嗟」は《離》卦九三の「戚嗟若」の「嗟」と相同じにして、「又誰咎」は《同人》初九の「出門同人」の取象と相同じ。何楷が言う、各卦の爻辞の裏の「无咎」を講ずるは共有九十九処にして、多半は是れ過失を補救するの話なり。《解》卦六三の《象伝》も亦た「又誰咎」を講ずるに、語句は雖もここと相同じと雖も、可是あの條の爻辞の裏には并びに「无咎」の両個の字なし。

妄節之亨,承上道也。程傳 四能安節之義非一,《象》獨舉其重者,上承九五剛中正之道以為節,足以 集說 錢氏一本曰:中正之通在五,四以近承,不以徒止為功,更以通行為道,故曰“承上道也”。案 節曰亨,為九五中正以通也,而亨於四言之者,五者水之源也,四者水之流也,水之通在流,承上之源而布之者也。

《象伝》にいう:「安節之亨」(底本「安」は「妄」と訛作す)は、上面の道を承接したるに因る。程頤《伊川易伝》にいう:六四は能く節制に安んずるの緣由は一端に止まらず、《象伝》はただその中の最も要緊の一條を挙出す。上に向かいて九五の剛健・中正の道を承接して以て節制を行えば、以て――ここに底本は脱文あり。集説に引く銭一本の説:中正にして能く通ずるは九五にして、六四は切近の位置を以てそれを承接す。六四は一味地に停まり住むを以て功勞と當てずして、而して通行・阻なきなしを以て正道と當つ、ゆえに「承上道也」と言う。李光地按す:《節》卦の「亨」を講ずるは、もとより因るに九五の中正にして能く通ずるが故なり。可是「亨」の字は却って六四の身上に安んじて言うは、あれは因るに九五は水の源頭にして、六四は水の流るるの処なるが故なり。水の通暢は流に在りて、六四はまさに上面の源頭を承接して而して水を布散し出去するのあの一段なり。

甘節之吉,居位中也。程傳既居尊位,又得中道,所以吉而有功。節以中為貴,得中則正矣,正不能盡中也。集說 俞氏琰曰:節貴乎中,當節而不節,則六三有“不節”之“嗟”。過於節,則上六有“苦節”之凶,唯九五“甘節”而吉者,蓋居位之中,當位以節,無過無不及也。

《象伝》にいう:「甘節之吉」は、位に居りて中を得るに因る。程頤《伊川易伝》にいう:九五はすでに尊位の上に坐して、また中道を得れば、ゆえに吉にして功あり。節制は「中」を以て可貴と爲して、中を得れば則ち自ずから正にして、ただ正は却って未だ必ずしも能く中を窮盡せず。集説に引く俞琰の説:節制は中を得るを貴ぶ。まさに節制すべきに而して節制せざれば、則ち六三の「不節」の嗟嘆あるがごとし。節制すること頭を過ぐれば、則ち上六の「苦節」の凶險あるがごとし。独り九五の「甘節」にして吉なるは、彼が位に居りて中を得て、恰當の位置を以て來りて節制を行えば、過ぐるも亦た及ばざるなし。

苦節貞凶,其道窮也。程傳 節既苦而貞固守之,則凶。蓋節之道至於窮極矣。集說 吳氏曰慎曰:爻言“苦節貞凶”。《彖》言“苦節不可貞”,唯其“貞凶”,是以“不可貞”也,故《彖》、《象》傳,皆以“其道窮也”釋之。

《象伝》にいう:「苦節貞凶」は、それの路のすでに盡頭に走り到れるに因る。程頤《伊川易伝》にいう:節制はすでに苦しみて忍受するに堪えざるに、還固執して守りて放さざれば、則ちあれは凶にして、これは節制の道の窮極に走り到れるなり。集説に引く呉曰愼の説:爻辞の講ずる「苦節貞凶」、《彖伝》の講ずる「苦節不可貞」。まさに守り固くして下去せばまさに凶なるに因りて、ゆえに「不可貞」と言い、因此《彖伝》と《象伝》とは皆な「其道窮也」を拿りて以てそれを解釋す。

中孚卦・大象与爻象

澤上有風,中孚。君子以議獄緩死。本義 風感水受,《中孚》之象,“議獄緩死”,中孚之意。程傳 “澤上有風”,感於澤中,水體虛故風能入之,人心虛,故物能感之。風之動乎澤,猶物之感於中,故為《中孚》之象。君子觀其象以“議獄”與“緩死”,君子之於“議獄”,盡其忠而已,於決死,極於惻而已,故誠意常求於緩。“緩”,寬也,於天下之事,無所不盡其忠,而“議獄緩死”,最其大者也。

《大象伝》にいう:沢の上に風あり、これ則ち《中孚》なり。君子はこれに由りて領悟す、訟案を審議して死刑を寛緩すべし。朱熹《本義》にいう:風は往きて感動して、水は來りて承受す、これは《中孚》の物象なり。「議獄緩死」は、則ち是れ《中孚》の用意なり。程頤《伊川易伝》にいう:「沢上有風」は、風は沢中の水を感動す。水の形體は是れ虚にして、ゆえに風は能く吹き進む。人の心は是れ虚にして、ゆえに外物は能くそれを感動す。風は沢の上に於て吹動するは、好比として外物の人の内心を感動するがごとく、ゆえに《中孚》の象と成れり。君子はこの象を観て、因りて訟案を審議して死刑を寛緩す。君子は訟案を審議するに對しては、ただ己の忠心を盡くすのみ。死刑を判處するに對しては、ただ惻隱の心を極処に用い盡くすのみ、ゆえに一片の誠意は総に一個の寛緩を求む。「緩」は則ち寛なり。天下の事情は、君子は一件も忠を盡くさざるなく、而して訟案を審議して死刑を寛緩するは、是れその中の最大の一件なり。

集說 楊氏萬里曰:風無形而能鼓幽潛,誠無象而能感人物。《中孚》之感,莫大於好生不殺,“議獄”者,求其入中之出,“緩死”者,求其死中之生也。項氏安世曰:獄之將決則議之,其既決則又緩之,然後盡於人心,王聽之,司寇聽之,三公聽之,“議獄”也。旬而職聽,二旬而職聽,三月而上之,“緩死”也,故獄成而孚,輸而孚,在我者盡,故在人者無憾也。

集説に引く楊萬里の説:風は形體なくして、却って能く幽深・潜蔵の東西を鼓動す。誠は形象なくして、却って能く人と万物とを感動す。《中孚》の講ずる所の感通は、生命を愛惜して軽易に人を殺さざるに比ぶる更に大なるなし。「議獄」は、すでに罪を定めたるの案子の裏に於て彼に替りて罪を脱するの余地を尋出するなり。「緩死」は、必死の判決の裏に於て彼に替りて一線の生機を尋出するなり。項安世が言う、案子はまさに判決せんとするの時に先に審議を加えて、判決の後にまた暫緩して執行するは、このごとくにしてこそ人心を盡くしたると算す。《周礼》の載する所の君王は親聽し、司寇は審聽し、三公は參聴するは、これ則ち「議獄」なり。一旬の内は本職の官吏に由りて聴審して、二旬に再び聴して、三個月の後にこそ上報す、これ則ち「緩死」なり。ゆえに案子は定まり下るの時に人人は信服して、上に移送するの時に人人は信服す。我がこの辺のまさに做すべきは皆な做し盡ければ、ゆえに對方のあの辺に於ても亦た遺憾なし。

徐氏幾曰:《象》言“刑獄”五卦:《噬嗑》、《豐》以其有離之明,震之威也。《賁》次《噬嗑》,《旅》次《豐》,離明不易,震皆反為良矣,蓋明貴無時不然。威則有時當止,至於《中孚》,則全體似離,互體有震艮,而又兌以議之,巽以緩之,聖人即象垂教,其忠厚惻怛之意,見於謹刑如此。

集説に引く徐幾の説:《大象伝》の刑獄に講じ到るは一共に五卦あり。《噬嗑》と《豐》とは、それが離の明察・震の威厳あるを取るに因る。《賁》は《噬嗑》に緊接し、《旅》は《豐》に緊接して、その中の離の明察は變わるなく、震は却って皆な艮に換えたり(底本「艮」は「良」と訛作す)――因るに明察は時に明ならざるなきを貴ぶに、威厳は却って時にまさに停まり下るべきときあるが故なり。至って《中孚》は、全卦の形體は一個の離のごとくにして、互體はまた震と艮とを含みて、再び兌は口舌を主として以て「議」すべく、巽は性は柔順にして以て「緩」すべしを加う。聖人は卦象に就きて教訓を垂示して、あの分の忠厚・惻隱の用心は、刑罰を愼用するのこの件の事の上に於てこのごとく分明に表現せらる。

案 風之人物也,不獨平地草木,為之披拂,巖谷竅穴,為之吹籲,即積水重陰之下,亦因之而凍解冰釋焉!此所以為至誠無所不入之象也。民之有獄,猶地之有重陰也,王者體察天下之情隱,至於“議獄緩死”,然後其至誠無所不入矣。

李光地按す:風は万物に吹き入るに(底本「入」は「人」と訛作す)、ただ平地上の草木のそれに吹かれて披拂・搖動するのみならず、山岩・溝谷の孔竅はそれに吹かれて嗚嗚として響き作るも、連同積水の深処・重重の陰翳の下に於ても、亦たそれに因りて氷凍は消解す。これまさに至誠の入らざるの処なきの物象なり。百姓の官司を打つは、好比として大地のあの層層の陰翳あるがごとし。王者は天下の隱微・難明の実情を體察して、一直に訟案を審議して死刑を寛緩するに到り做して、然る後に彼の至誠はこそ入らざるの処なからんと算す。

程傳 當信之始,志未有所存,而虞度所信,則得其正,是以吉也。蓋其志未有變動,志有所從,則是變動,虞之不得其正矣,在初言求所信之道也。案 “志未變”,言其實心不失也,志變則有它矣。

以下は初九の《象伝》の「初九虞吉、志未變也」を解す、この句の伝文は底本は未だ收めず。程頤《伊川易伝》にいう:まさに誠信の剛に開始するの時に當たりて、心志はいまだ誰れに専門に系著せずして、先にまさに誰れを信ずべきを揣度し清楚すれば、則ち能くその正を得、ゆえに吉。因るにこの時は心志はいまだ變動せざるが故なり。一たび心志はすでに追随する所有れば、則ちあれは變動して、再び往きて揣度するも亦たあの正を得ざらん。初爻に於ては、講ずる所はまさにまさに信任すべきの人を尋求するの办法なり。李光地按す:いわゆる「志未變」は、彼のあの一片の実心の丢掉せざるを言う。心志は一たび變ずれば、則ち別に別の牽挂あるなり。

其子和之,中心願也。程傳 “中心願”,謂誠意所願也,故通而相應。集說 朱氏震曰:荀子所謂“同焉者合,類焉者應”也。程氏敬承曰:鶴之鳴,由中而發,子之和,亦根心而應,故曰“中心願”,願出於中,乃孚之至也。

《象伝》にいう:「其子和之」は、内心より發するの願望なり。程頤《伊川易伝》にいう:いわゆる「中心願」は、誠意に出づるの願望を言い、ゆえに彼此に相通して而して呼應す。集説に引く朱震の説:これ則ち《荀子》の講ずる所の「同焉者合、類焉者應」――同類するは則ち相合し、同氣するは則ち相應す。程敬承が言う、老鶴の鳴叫は、心の裏より發し出で來れるにして、小鶴の應和も亦た心の裏より生出するにして、ゆえに「中心願」と言う。願望は内心より出で来るは、これこそ誠信の極致なり。

或鼓或罷,位不當也。程傳 居不當位,故無所主,唯所信是從,所處得正,則所信有方矣。集說 俞氏琰曰:六三居不當位,心無所主,故“或鼓或罷”而不定,若初九則不如是也。

《象伝》にいう:「或鼓或罷」は、「位不當」に因る。程頤《伊川易伝》にいう:六三の居する所の爻位は當らず、ゆえに心の裏に主宰なくして、ただ己の信ずる所の人に跟いて走るを知るのみ。もし処する所は正を得ば、則ち信ずる所の人は亦た一定の方向あるなり。集説に引く俞琰の説:六三の居する所の位置は當らずして、心の裏に主宰なくして、ゆえに一會児は鼓を撃ち一會児は罷休して、搖擺・不定なり。初九に換作れば則ちこの樣子に非ず。

馬匹亡,絕類上也。程傳絕其類而上從五也。“類”,謂應也。集說 胡氏炳文曰:《坤》以“喪朋”為“有慶”,《中孚》之四,以“絕類”為“無咎”。趙氏玉泉曰:“馬匹亡”者,四有柔正之德,故能絕初之黨類,而上以信於五也。

《象伝》にいう:「馬匹亡」は、同類を斷絶して而して上に向かいて追随するなり。程頤《伊川易伝》にいう:己の同類を斷絶して而して上に向かいて九五に追随す。ここの「類」は、相「應与」するのあの一爻を指す。集説に引く胡炳文の説:《坤》卦は「喪朋」――朋類を失掉する――を以て「有慶」と當て、《中孚》の六四は同類を斷絶するを以て「无咎」と當つ。趙玉泉が言う、いわゆる「馬匹亡」は、六四が柔順・正を守るの徳を具備するを言い、ゆえに能く初九との党類の関係を斷絶して、而して上に向かいて誠信を九五に交すなり。

案 三與四,皆卦所謂中虛者也。其居內以成中虛之象同,其得應而有匹敵者亦同。然三心繫於敵,而四志絕乎匹者,三不正而四正也,又六四承九五者多吉,六三應上九者多凶,《易》例如此。

李光地按す:六三と六四とは、皆な是れ《中孚》卦の言う所の「中虚」のあの両爻なり。彼らは同じく卦の中間に処して、中間の空虚なるの象を構成し、同じく各々相「應与」するの爻ありて以て對手と作す。然而六三の心は對手の身上に牽系して、六四の志は却って己の配偶を斷絶す、緣故は六三の不當位にして六四の當位なるに在り。再び言う、六四の上に九五を承うるは多半は吉にして、六三の上に上九に應ずるは多半は凶にして、《周易》の通例は則ちこのごとくなり。

有孚攣如,位正當也。程傳 五居君位之尊,由中正之道,能使天下信之,如拘攣之固,乃稱其位。人君之道,當如是也。集說 孔氏穎達曰:以其正當尊位,故戒以繫信,乃得“無咎”。

《象伝》にいう:「有孚攣如」は、居する所の位の恰かに相當するに因る。程頤《伊川易伝》にいう:九五は君主の尊位の上に坐して、中正の道に依循して、能く天下人をして彼を信服せしむること牢固なること拴き緊めたるがごとくして、これこそ彼の位置に配得上す。君主たるの道理は、まさにこのごとくすべし。集説に引く孔穎達の説:まさに彼が端端正正に尊位を占著するに因りて、ゆえに彼に告誡してまさに天下人の信任を牢牢に系住するを要して、このごとくにしてこそ能く過錯なからん。

翰音登于天,何可長也。程傳 守孚至於窮極而不知變,豈可長久也,固守而不通,如是則凶也。集說 孔氏穎達曰:虛聲無實,何可久長。侯氏行果曰:窮上失位,信不由中,有聲無實,虛華外揚,是翰音登天也,虛音登天,何可久也。胡氏瑗曰:上九徒以虛聲外飾,無純誠篤實之行,以此而往,愈久愈凶。故聖人戒之曰:“何可長”如此,蓋欲人改過反誠,以信實為本也。

《象伝》にいう:「翰音登于天」は、怎んぞ能く長久せんや。程頤《伊川易伝》にいう:誠信を守りて一直に窮極に守り到るに還變通を知らざれば、何処にか能く長久せんや。死守して而して通達せざれば、このごとくにして則ち凶。集説に引く孔穎達の説:空に声名ありて而して實質なければ、怎んぞ能く長久せんや。侯行果が言う、上九は全卦の窮極の地に処して而してまた位に當らずして、講ずる所の信は心の裏より出で來るに非ずして、声音ありて而して實質なくして、虚浮の華彩は外に向かいて張揚す、これ則ち「翰音登天」――鶏の叫ぶの声の天に飛び上がるなり。虚声は天に飛び上がれば、怎んぞ能く長久せんや。胡瑗が言う、上九はただ虚名を拿りて外面に於て装點して、純厚・篤實の行為なくして、この樣に照らして走り下去せば、愈々久しく愈々凶ならん。ゆえに聖人は告誡して「何可長」と言うは、人をして過ちを改めて而して誠に回帰して、信實を以て根本と當てしめんと想うなり。

小過卦・大象与爻象

山上有雷,小過。君子以行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉。本義 “山上有雷”,其聲小過,三者之過,皆小者之過,可過於小而不可過於大。可以小過而不可甚過,《彖》所謂“可小事而宜下”者也。程傳 雷震於山上,其聲過常,故為《小過》。天下之事,有時當過,而不可過甚,故為《小過》,君子觀《小過》之象,事之宜過者則勉之,“行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉”,是也,當過而過,乃其宜也,不當討而過則過矣。

《大象伝》にいう:山上に雷あり、これ則ち《小過》なり。君子はこれに由りて領悟す、行事の上に於て恭敬すること一點に過ぎ、居喪の上に於て悲哀すること一點に過ぎ、用度の上に於て倹省すること一點に過ぐべし。朱熹《本義》にいう:「山上有雷」は、あの声は略微に頭を過ぐる一些にして、恭・哀・倹のこの三樣の過は、皆な是れ小処の過にして、以て小処に於て一點過ぐべくして、以て大処に於て過ぐべからず。以て稍稍に一點過ぐべくして、以て過ぐること厲害なるべからず、これ則ち《彖伝》の言う所の「可小事而宜下」なり。程頤《伊川易伝》にいう:雷は山上に於て震響して、声は平常を超過す、ゆえに《小過》と謂う。天下の事情は、時にまさに做し過ぐる一點に做すべきときありて、但し以て過ぐること太厲害なるべからず、ゆえに《小過》と謂う。君子は《小過》の象を観て、まさに一點過ぐべきの事に遇上すれば則ち勉力に往きて做し、「行過乎恭、喪過乎哀、用過乎倹」はまさにこのごとくなり。まさに過ぐべきに而して過ぐれば、まさにその宜に合す。まさに過ぐべからざるに而して過ぐれば(底本「當過」の「過」は「討」と訛作す)、あれは則ち真に過失と成れり。

集說 孔氏穎達曰:小人過差失在慢易奢侈,故君子矯之以“行過乎恭,喪過乎哀,用過乎儉”也。張子曰:過恭哀儉,皆宜下之義。晁氏說之曰:時有舉趾,高之莫敖,故正考父矯之以循牆,時有短喪之宰子,故高柴矯之以泣血,時有三歸反玷之管仲,故晏子矯之以敝裘,雖非中行,亦足以矯時厲俗。

集説に引く孔穎達の説:小人の過失・差錯は、輕慢・簡忽・奢侈・無度に出づるにして、ゆえに君子は「行過乎恭、喪過乎哀、用過乎倹」を拿りて以てそれを矯正す。張載が言う、恭敬・悲哀・倹省のこの三樣の一點に過ぐるは、皆な「宜下」に合す――卑下に自守するに宜しきの意思なり。晁説之が言う、當時に走るに脚を抬げること甚だ高く氣焰・囂張たるの楚國の莫敖ありて、ゆえに正考父は牆根に沿いて走るを拿りて以てそれを矯正せり。當時に三年の喪を縮短せんを主張するの宰我ありて、ゆえに高柴は三年に泣血して喪を守るを拿りて以てそれを矯正せり。當時に三処の豪宅・反坫の礼を僭するの管仲ありて、ゆえに晏嬰は一件の破皮襖を穿きて到底とするを拿りて以てそれを矯正せり。これらは雖も中道を以て行うに非ずと雖も、亦た以て時弊を矯正して風俗を砥礪するに足る。

趙氏彥肅曰:“恭”“哀”“儉”多不及,過之而後中。楊氏啟新曰:過“恭”過“哀”過“儉”,此豈不為高世絕俗之行而過乎人,但其所過者。以收斂卑下為過,故但可言小過,而不可言大過也。案 雷出地,則聲方發達而大,及至山上,則聲漸收斂而微,故有平地風雷大作,而高山之上不覺者,此《小過》之義也。

集説に引く趙彦粛の説:恭敬・悲哀・倹省のこの三樣は、人は多半に做すこと足らざれば、稍稍に一點過ぐるは反って恰好に中に合す。楊啓新が言う、恭敬の頭を過ぐる・悲哀の頭を過ぐる・倹省の頭を過ぐるは、これは豈に流俗に高出して世人を超絶するの行為に非ず、常人に比ぶるに一頭を過ぎたるか。ただ彼の過ぎたるのあの一頭は、收斂・卑下の方向に向かいて過ぐるにして、ゆえにただ小過と謂うべくして、大過と謂うこと能わず。李光地按す:雷は地下より發出するの時は、声はまさに發揚して洪大なり。山の頂上に升到するを待てば、声は則ち漸々に收斂して微弱なれり。ゆえに平地の上に風雷は大いに作すも高山の上は却って察覺し到らざるの情形ありて、これ則ち《小過》の意思なり。

飛鳥以凶,不可如何也。程傳 其過之疾,如飛鳥之迅,豈容救止也,凶其宜矣,“不可如何”,無所用其力也。集說 何氏楷曰:以凶者自納於凶也,孽由己作,可如何哉。

《象伝》にいう:「飛鳥以凶」は、誰も亦た办法なし。程頤《伊川易伝》にいう:初六は頭を過ぐることあのごとく急速にして、飛鳥のごとく迅疾にして、何処にか人に容れて往きてそれを救阻せんや、凶は是れ應然なり。「不可如何」は、力を使い上ぐるの地方なきを言う。集説に引く何楷の説:いわゆる「以凶」は、己より己を凶險の裏に送り進めるを言う。禍端は自己に由りて造成せられれば、還それを拿りて怎樣にか辦せんや。

不及其君,臣不可過也。本義 所以不及君而還遇臣者,以“臣不可過”故也。程傳 過之時,事無不過其常,故於上進,則戒及其君,臣不可過,臣之分也。集說 胡氏炳文曰:小者有時而可過,臣之於君,不可過也。

《象伝》にいう:「不及其君」は、臣子たるは以て君主を越過すべからざるに因る。朱熹《本義》にいう:六二の能く君主に及ばざるに而して回り返り頭を來りて臣に遇う所以は、まさに「臣不可過」に因る。程頤《伊川易伝》にいう:まさに過越の時に當たりて、事事は皆な常度を超出すれば、ゆえに上に向かいて進取するのこの件の事の上に於て特意に彼に告誡して君主を越過する勿からしむ――臣子たるは以て過越すべからず、これは臣子の本分なり。集説に引く胡炳文の説:小処は時に以て一點過ぐべきも、可是臣子は君主に對しては、是れ過越すべからざるなり。

從或戕之,凶如何也。程傳 陰過之時,必害於陽,小人道盛,必害君子,當過為之防,防之不至,則為其所戕矣,故曰“凶如何也”,言其甚也。

《象伝》にいう:「從或戕之」は、あの凶險のまさに如何ばかり厲害なるべき。程頤《伊川易伝》にいう:陰氣は盛んに過ぐるの時には、必ず陽を傷害せんと要す。小人の勢頭は一たび盛んなれば、必ず君子を傷害せんと要す。この時はまさに格外に意を加えて防備すべく、防備は位に到らざれば、則ちまさに彼らに殺傷せられん、ゆえに「凶如何也」と言う、是れそれの厲害なること極点に到れるを形容す。

弗過遇之,位不當也。往厲必戒,終不可長也。本義 爻義未明,此亦當闕。程傳 “位不當”,謂處柔,九四當過之時,不過剛而反居柔,乃得其宜,故曰“遇 集說 錢氏一本曰:“三”“四”皆失位,故特明其“位不當”。三“防”“四“遇”,亦皆宜下,三“從或戕”,四“往必戒”,亦皆不宜上。案 “位不當”,即所謂剛失位而不中者,唯剛失位而不中,故戒以當過遇之,不然則有危矣,豈可長執此而不知變乎。

《象伝》にいう:「弗過遇之」は、「位不當」に因る。「往厲必戒」は、終に以て長久すべからざるに因る。朱熹《本義》にいう:この一爻の義理はいまだ弄明白せざれば、ここに於て亦たまさに暫時に空き置くべし。程頤《伊川易伝》にいう:いわゆる「位不當」は、九四の柔位の上に処するを指す。九四はまさに過越の時に當たりて、剛を用いて頭を過ぐることなく、反って柔位に居れば、これこそその宜を得たるにして、ゆえに「遇」と言う――ここに底本は脱文あり。集説に引く銭一本の説:九三と九四とは皆な位に當らず、ゆえに《象伝》は特意に彼らの「位不當」を點明す。九三は「防」を講じ、九四は「遇」を講ず、皆な是れ卑下に自処するに宜し。九三は「從或戕之」を講じ、九四は「往厲必戒」を講ず、皆な是れ上に向かいて進取するに宜しからず。李光地按す:いわゆる「位不當」は、則ち《彖伝》の講ずる剛爻の位を失いて而して中に居らざるなり。まさに陽剛は位を失いまた中に居らざるに因りて、ゆえに彼に告誡してまさに過越すべきの時には「遇」の办法を用いるを要して、然らざれば則ち危險あり。また豈に能く長久にこのに執著して而して變通を知らざるべけんや。

密雲不雨,已上也。本義 “已上”,太高也。程傳 陽降陰升,合則和而成雨,陰已在上,雲雖密豈能成雨乎,陰過不能成大之義也。集說 龔氏煥曰:密雲不雨,《小畜》謂其“尚往”者,陰不足以畜陽而陽尚往也,《小過》謂其“已上”者,陰過乎陽,而陰已上也,一為陽之過,一為陰之過,皆陰陽不和之象,所以不能為雨也。

《象伝》にいう:「密雲不雨」は、陰氣のすでに上面に跑り去りたるに因る。朱熹《本義》にいう:「已上」は則ち高く太り。程頤《伊川易伝》にいう:陽氣は下降して陰氣は上升して、両下に交合・調和してこそ能く雨を成る。如今は陰氣はすでに上面に在りて、雲は雖も濃密なれど、何処にか還能く雨を成さんや。これは陰氣の頭を過ぎて而して能く大事を成就せざるの意思なり。集説に引く龔煥の説:同じく「密雲不雨」にして、《小畜》はそれを「尚往」と言うは、陰の以て陽を畜住するに足らずして而して陽は還前に往き走るに因る。《小過》はそれを「已上」と言うは、陰の陽を超過して而して陰はすでに上面に跑り去りたるに因る。一個は陽の過にして、一個は陰の過にして、皆な是れ陰陽の調和せざるの象にして、ゆえに雨は下り成らず。

案 兩卦“密雲不雨”,龔氏謂皆陰陽不和之象是已,然《小畜》所謂“尚往”者,亦是陰氣上行,與此爻“已上”同,非兩義也。但《小畜》卦義喻在下者,則尚往者當積厚而自雨,此爻之義,喻在上者,則“已上”者,當下交而乃雨,意義不同爾。

李光地按す:両卦は皆な「密雲不雨」を講ず、龔煥は皆な陰陽の調和せざるの象と言い、この話は不錯なり。不過《小畜》の言う所の「尚往」は、亦た是れ陰氣の上に向かいて走るを指して、ここの一爻の「已上」と相同じて、并びに両個の意思に非ず。ただ是れ《小畜》の一卦の取義は下位に処するの人を比喻するにして、則ち還上に向かいて走る者は、まさに深厚に蓄積して而して自ずから雨を成すべく。この一爻の取義は上位に処するの人を比喻するにして、則ちすでに上面に跑り去りたる者は、まさに下に向かいて人と交わりて然る後にこそ能く雨を成すべし。両処の用意は同じからざるのみ。

弗遇過之,已亢也。程傳 居過之終,弗遇於理而過之,過已亢極,其凶宜也。集說 孔氏穎達曰:釋所以“弗遇過之”,以其已在亢極之地故也。趙氏汝楳曰:“已上”未為極,“已亢”則極矣。俞氏琰曰:六五曰“已上”,謂其已過也。上六又過甚,故曰“已亢”。

《象伝》にいう:「弗遇過之」は、すでに亢極したるに因る。程頤《伊川易伝》にいう:上六は過越の卦の終点に処りて、肯んじて事理と相遇合せずして一味地に過越して、過ぐること亢極の地步に到れり、凶は是れ應然なり。集説に引く孔穎達の説:これは彼が何故に「弗遇過之」するを解釋する――彼がすでに亢極の位置の上に站り立てるに因る。趙汝楳が言う、「已上」は還極と算すに足らずして、「已亢」は則ち極なり。俞琰が言う、六五の言う「已上」は、それがすでに頭を過ぎたるを言う。上六はまた過ぐること更に厲害にして、ゆえに「已亢」と言う。

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