説卦伝・第七章 八卦の性情
乾,健也;坤,順也;震,動也;巽,入也;坎,陷也;離,麗也;艮,止也;兌,說也。本義 此言八卦之性情。此第七章。集說 孔氏穎達曰:此一節說八卦名訓。乾象天,天體運轉不息,故為健;坤象地,地順承於天,故為順;震象雷,雷奮動萬物,故為動;巽象風,風行無所不入,故為入;坎象水,水處險陷,故為陷;離象火,火必著於物,故為麗;艮象山,山體靜止,故為止;兌象澤,澤潤萬物,故為說。
《説卦伝》の正文にいう:乾は剛健、坤は柔順、震は振動、巽は鑽入、坎は陥落、離は附麗、艮は静止、兌は欣悦である。朱熹《本義》にいう:ここに講ずるは八卦の性情である。以上は第七章。集説に孔穎達の言を引く:この一節は八卦名称の取義を釋する。乾は天を象り、天体は運転して已まないゆえに健を義に取る。坤は地を象り、地は天に順承するゆえに順を義に取る。震は雷を象り、雷は奮起して万物を振動するゆえに動を義に取る。巽は風を象り、風は至るところ入らざる孔なしゆえに入を義に取る。坎は水を象り、水はつねに険陷の地に処るゆえに陥を義に取る。離は火を象り、火は必ず他の物に附着するゆえに麗を義に取る。艮は山を象り、山の形体は安静にして動かざるゆえに止を義に取る。兌は沢を象り、沢は万物を潤沢し得るゆえに説を義に取る。
邵子曰:乾,奇也,陽也,健也,故天下之健莫如天;坤,偶也,陰也,順也,故天下之順莫如地,所以順天也;震,起也,一陽起也,起,動也,故天下之動莫如雷;“坎,陷也”,一陽陷於二陰,陷,下也,故天下之下莫如水:“艮,止也”,一陽於是而止也,故天下之止莫如山;“巽,入也”,一陰入二陽之下,故天下之入莫如風;“離,麗也”,一陽麗於二陽,其卦錯然成文而華麗也,天下之麗莫如火,故又為附麗之麗;“兌,說也”,一陰出於外而說於物,故天下之說莫如澤。
集説に邵雍の言を引く:乾は奇数で陽に属し、性質は剛健である。ゆえに天下の最も剛健なるは天に過ぎない。坤は偶数で陰に属し、性質は柔順である。ゆえに天下の最も柔順なるは地に過ぎない。地はまさに天に順従するものである。震は起である。一つの陽爻が初めて起こり、起とはすなわち動である。ゆえに天下の最も能く動くは雷に過ぎない。「坎陥也」とは、一つの陽爻が二つの陰爻のあいだに陥落し、陥とはすなわち下ることである。ゆえに天下の最も低下なるは水に過ぎない。「艮止也」とは、一つの陽爻がここに至って止まる。ゆえに天下の最も能く止まるは山に過ぎない。「巽入也」とは、一つの陰爻が二つの陽爻の下に鑽入する。ゆえに天下の最も能く入るは風に過ぎない。「離麗也」とは、一つの陰爻が二つの陽爻のあいだに附麗し(底本は「一陰」を「一陽」と誤る)、卦画が交錯して紋を成して華麗に顕れる。天下の最も華麗なるは火に過ぎない。ゆえにまた附麗の麗に引申する。「兌説也」とは、一つの陰爻が外に露れて万物の喜びを討つ。ゆえに天下の最も人を欣悦せしめるは沢に過ぎない。
張子曰:陽陷於陰為水,附於陰為火。又曰:一陷溺而不得出為坎,一附麗而不能去為離。《朱子語類》云:以通神明之德,以類萬物之情,盡於八卦,而震巽坎離艮兌,又總於乾坤,曰“動”曰“陷”曰“止”,皆健底意思,曰“入”曰“麗”曰“說”,皆順底意思,聖人下此八字,極狀得八卦性情盡。
集説に張載の言を引く:陽が陰のうちに陥れば水となり、陽が陰の上に附すれば火となる。張載がまたいう:一つの陽爻がそのうちに陥溺して出られなければすなわち坎、一つの陽爻がその上に附麗して離れなければすなわち離。集説にまた《朱子語類》を引いていう:神明の徳性を貫通し万物の情状を比擬するに用いるは、みな八卦のうちに尽きている。そして震・巽・坎・離・艮・兌の六卦は、また総べて乾坤両卦に帰する。「動」といい「陥」といい「止」というは、みな健の意を帯びる。「入」といい「麗」といい「説」というは、みな順の意を帯びる。聖人がこの八字を下して、八卦の性情を形容して淋漓尽致である。
項氏安世曰:健者始於動而終於止,順者始於入而終於說,陽之動,志於得所止,陰之入,志於得所說。蔡氏清曰:自震而艮者,剛之由動而靜也,自巽而兌者,陰之由靜而動也,坎離在中間,坎則自動而向於靜也,離則自靜而向於動也。
集説に項安世の言を引く:健に属する一系は、震の動より始まり艮の止に終わる。順に属する一系は、巽の入より始まり兌の悦に終わる。陽の動は、その志は安止すべきところを得るに在る。陰の入は、その志は欣悦すべきところを得るに在る。集説にまた蔡清の言を引く:震より艮に至るは、剛が動より静に轉ずるである。巽より兌に至るは、陰が静より動に轉ずるである。坎離はあいだに挟まり、坎は動より静に走り、離は静より動に走る。
案 八卦以卦畫定名義在先,取象於雷風山澤等在後,孔氏之說,固不如邵子之說矣,然邵子說三陽卦,則既得之,其說三陰卦,以巽為陰入於陽,離為陰附於陽,則似未合經義蓋陰在內。陽必入而散之,陰在中,陽必附而散之,入與麗皆陽也,特以先有 乾為馬,坤為牛,震為龍,巽為雞,坎為豕,離為雉,艮為狗,兌為羊。
李光地が按ずる:八卦はまず卦画により名義を定めてのち、はじめて雷・風・山・沢などの物象を取りてこれに配する。ゆえに孔穎達の講法は確かに邵雍の講法に及ばない。ただ邵雍が三つの陽卦を解説するはすでに正しく講じたが、三つの陰卦を解説するに、巽を陰の陽に入ると見、離を陰の陽に附すると見るは、どうやら経義に合わない。陰が内にあれば、陽は必ず入ってこれを散らさなければならず、陰が中にあれば、陽は必ず附してこれを散らさなければならないからである。これにより「入」と「麗」はいずれも陽の作為を言うものであり、ただ先に……(底本はここに脱文があり、按語は未完、以下は第八章の伝文に接続する。)《説卦伝》の正文にいう:乾は象を馬に取り、坤は象を牛に取り、震は象を龍に取り、巽は象を鶏に取り、坎は象を豚に取り、離は象を雉に取り、艮は象を狗に取り、兌は象を羊に取る。
説卦伝・第八章 遠取諸物
本義 遠取諸物如此。此第八章。集說 孔氏穎達曰:此一節略明遠取諸物也,乾象天,天行健,故為馬;坤象地,任重而順,故為牛;震動象,龍動物故為龍;巽主號令,雞能知時,故為雞;坎主水瀆,豕處汙溼,故為豕;離為文明,雉有文章,故為雉;艮為靜止,狗能善守,禁止外人,故為狗;兌說也。王廙云,羊者順之畜,故為羊也。
朱熹《本義》にいう:遠く万物の身より象を取るとは、このようである。以上は第八章。集説に孔穎達の言を引く:この一節は大畧、遠く万物より象を取るを講ずる。乾は天を象り、天の運行は剛健息まざるゆえに馬を取る。坤は地を象り、負重して柔順なり得るゆえに牛を取る。震には振動の象があり、龍は善く動く動物ゆえに龍を取る。巽は号令を主管し、鶏は能く時を報ずるゆえに鶏を取る。坎は水溝河渠を主管し、豚はつねに汚湿の地に処るゆえに豚を取る。離は文彩光明を取り、雉の身に花紋あるゆえに雉を取る。艮は安静停止を取り、狗は善く看守して外人を攔阻するゆえに狗を取る。兌は欣悦であり、王廙がいう、羊は性情柔順の牲畜ゆえに羊を取る。
項氏安世曰:健者為馬,順者為牛,善動者為龍,善伏者為雞,質躁而外汙者為豕,質野而外明者為雉,前剛而止物者為狗,內很而外說者為羊。又曰:造化權輿云,乾陽物也,馬故蹄園,坤陰物也,牛故蹄折,陽病則陰,故馬疾則臥,陰病則陽,故牛疾則立,馬陽物,故起無前足,臥先後足,牛陰物,故起先後足,臥先前足。
集説に項安世の言を引く:剛健なるは馬を取り、柔順なるは牛を取り、善く走動するは龍を取り、善く伏窩するは鶏を取り、性が躁にして外表が臓汚なるは豚を取り、本性が野にして羽毛鮮明なるは雉を取り、前身剛強にして物を攔住し得るは狗を取り、内裏は執拗にして外表和悦なるは羊を取る。項安世がまたいう:《造化権輿》に講じるに、乾は陽物ゆえに馬蹄は円く、坤は陰物ゆえに牛蹄は二瓣に分かれる。陽は病あればすなわち陰に轉ずるゆえに、馬は病すれば便ち卧倒し、陰は病あればすなわち陽に轉ずるゆえに、牛は病すればかえって立つ。馬は陽に属するゆえに、身を起こすとき先に前足を用いず、卧するとき先に後足を屈す。牛は陰に属するゆえに、身を起こすとき先に後足を用い、卧するとき先に前足を屈す。
説卦伝・第九章 近取諸身
乾為首,坤為腹,震為足,巽為股,坎為耳,離為目,艮為手,兌為口。本義 近取諸身如此。此第九章。集說 孔氏穎達曰:此一節略明近取諸身也,乾尊而在上,故為“首”。坤能包藏含容,故為“腹”。足能動用,故“震為足”也。股隨於足,則巽顧之謂,故“巽為股”也。坎北方之卦主聽,故“為耳”也。離南方之卦主視,故“為目”也。艮既為止,手亦能止持其物,故“為手”也。兌主言語,故“為口”也。
《説卦伝》の正文にいう:乾は象を首に取り、坤は象を腹に取り、震は象を足に取り、巽は象を股に取り、坎は象を耳に取り、離は象を目に取り、艮は象を手に取り、兌は象を口に取る。朱熹《本義》にいう:近く人の身より象を取るとは、このようである。以上は第九章。集説に孔穎達の言を引く:この一節は大畧、近く人身より象を取るを講ずる。乾は尊貴にして上に居るゆえに「首」を取る。坤は能く包裹含容するゆえに「腹」を取る。足は能く活動使用するゆえに「震為足」。大腿は足に随って走り、まさに巽の順随の意に合すゆえに「巽為股」。坎は北方の卦で聴覚を主管するゆえに「耳」を取る。離は南方の卦で視覚を主管するゆえに「目」を取る。艮はすでに止を義に取り、手もまた物を止め握定し得るゆえに「手」を取る。兌は言語を主管するゆえに「口」を取る。
龔氏原曰:其外園,諸陽之所聚者,首也,其中寬,眾陰之所藏者,腹也,足則在下而善動,股則從上而善隨,耳則內陽而聰,目則外陰而明,在上而止者乎也,在外而說者口也。餘氏芑舒曰:首以君之,腹以藏之,足履於下為動,手持於上為止,股下歧而伏,口上竅而見,耳外虛,目內虛,各以反對也。案 諸儒說股義,唯餘氏得之,蓋股者陰所伏也。
集説に龔原の言を引く:外形が円渾にして衆陽の聚まるは首、中間が寛大にして衆陰の蔵するは腹、足は下に在りて善く走動し、大腿は上に随い善く順従し、耳のうちは陽にしてゆえに聴くこと聡く、目の外は陰にしてゆえに視ること明らかに、上に在って物を止め得るは手(底本は「手」を「乎」と誤る)、外に在って和悦を顕すは口である。集説にまた余芑舒の言を引く:首は一身に君臨するに用い、腹は一身を蔵納するに用いる。足は下に踏むゆえに動に属し、手は上に持つゆえに止に属する。大腿は下に分岔して隠伏し、口は上に孔を開いて顕露する。耳は外虚、目は内虚にして、みな両々相反して相対す。李光地が按ずる:諸儒が「巽為股」の道理を釋するに、ただ余芑舒のみが正しく講じた。大腿はまさに陰の隠伏する所だからである。
説卦伝・第十章 乾は父と称し、坤は母と称す
乾,天也,故稱乎父。坤,地也,故稱乎母。震一索而得男,故謂之長男;巽一索而得女,故謂之長女。坎再索而得男,故謂之加中男;離再索而得女,故謂之中女。艮三索而得男,故謂之少男。兌三索而得女,故謂之少女。者,以其畫之次序言也。
《説卦伝》の正文にいう:乾はすなわち天である。ゆえにこれを父と称す。坤はすなわち地である。ゆえにこれを母と称す。震は一度索めて男を得る。ゆえに長男と呼ぶ。巽は一度索めて女を得る。ゆえに長女と呼ぶ。坎は二度索めて男を得る。ゆえに中男と呼ぶ(底本は「中男」の上に「加」の一字を衍す)。離は二度索めて女を得る。ゆえに中女と呼ぶ。艮は三度索めて男を得る。ゆえに少男と呼ぶ。兌は三度索めて女を得る。ゆえに少女と呼ぶ。……これは卦画の下より上への次序に就いて言ったものである。(底本はこの句の上截が脱けて下半のみが残る。)
又云:一索再索之說,初間畫卦時也不恁地,只是畫成八卦後,便見有此象耳。項氏安世曰:乾坤“六子”,初為氣,末為形,中為精,雷風氣也,山澤形也,水火精也。
《朱子語類》にまたいう:いわゆる一索・再索・三索の講法は、当初卦を画くとき、実はあのように一步步に求取したのではなく、ただ八卦が画成したのちに、はじめてこの一層の象があることを見出したに過ぎない。集説に項安世の言を引く:乾坤の生ずる「六子」において、初爻は気を主とし、上爻は形を主とし、中爻は精を主とする。雷と風は気に属し、山と沢は形に属し、水と火は精に属する。
吳氏澄曰:萬物資始於天,猶子之氣始於父也,資生於地,猶子之形生於母也,故“乾稱父,坤稱母”。索,求而取之也。坤交於乾,求取乾之初畫中畫上畫,而得長中少三男,乾交於坤,求取坤之初畫中畫上畫,而得長中少三女。“一索”,謂交初。“再索”,謂交中。“三索”,謂交上。以索之先後,為長中少之次也。
集説に呉澄の言を引く:万物は天に憑って始まり、児女の気禀が父に始まるがごとく、地に憑って生成し、児女の形体が母に生ずるがごとし。ゆえに「乾称父、坤称母」という。「索」とは求取の意である。坤が往きて乾と交合し、乾の初爻・中爻・上爻を求取すれば、長男・中男・少男を得る。乾が往きて坤と交合し、坤の初爻・中爻・上爻を求取すれば、長女・中女・少女を得る。「一索」は初爻に交わること、「再索」は中爻に交わること、「三索」は上爻に交わることである。求索の先後に按って、長・中・少の次第を定める。
胡氏炳文曰:此章本義,乃朱子未改正之筆,當以語錄說為正,若專言揲蓍求卦,則無復此卦序矣。俞氏琰曰:“一索”、“再索”、“三索”,蓋以三畫自下而上之次序言。稱者,尊之之辭。謂者,卑之之辭。
集説に胡炳文の言を引く:この章の《本義》は、朱熹がいまだ改定せざる筆墨であり、まさに《朱子語類》に記された説をもって準とすべきである。もし専ら「索」を揲蓍求卦と講じれば、もはやこのような卦序を排することができない。集説にまた俞琰の言を引く:「一索」「再索」「三索」とは、大抵三画の下より上への次序に就いて言う。乾坤に対して「称」の字を用いるは尊崇の口気であり、六子に対して「謂」の字を用いるは卑降の口気である。
案 以上四章,皆言八卦之德之象,而健順動入陷麗止說諸德,則名卦之義,易理之根也,不言雷風山澤諸象者,為前圖位中已具。乾求坤坤求乾之說,當從吳氏,《朱子語類》記錄偶誤。
李光地が按ずる:以上の四章が講ずるはすべて八卦の徳性と物象であり、健・順・動・入・陥・麗・止・説のこれらの徳性は、まさに卦を命名する拠据であり、また《易》理の根柢である。ここに再び雷・風・山・沢の物象を列挙しないのは、前に卦位を講じた両図のうちにすでに備えられているからである。乾が坤に求め坤が乾に求めるという説に至っては、呉澄に依るべきであり、《朱子語類》に記されたこの一条は偶々誤っている。
説卦伝・第十一章 広八卦之象
乾為天,為環,為君,為父,為玉,為金,為寒,為冰,為大赤,為良馬,為老馬,為瘠馬,為駁馬,為木果。本義 《荀九家》此下有為龍,為直,為衣,為言。
《説卦伝》の正文にいう:乾は象を天に取り、圜に取り(底本は「圜」を「環」と誤る)、君に取り、父に取り、玉に取り、金に取り、寒に取り、氷に取り、大赤色に取り、良馬に取り、老馬に取り、瘠馬に取り、駮馬に取り、木の果実に取る。朱熹《本義》にいう:荀爽の輯した《九家易》はこの一串の下にさらに「為龍、為直、為衣、為言」の四項がある。
集說 孔氏穎達曰:此一節廣明乾象。乾既為人,大動運轉,故為“環”,“為君為父”,取其尊道而為萬物之始也;“為玉為金”,取其剛之清明也;“為寒為冰”,取其西北寒冰之地也;“為大赤”,取其盛陽之色也;“為良馬”取其行健之善也;“老馬”,取其行健之久也;“瘠馬”,取具行健之其;瘠馬,骨多也;“駁馬”有牙如鋸,能食虎豹,取其至健也;“為木果”,取其果實著木,有似星之著天也。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は乾の取象を推し広げたものである。乾はすでに天を象り(底本は「天」を「人」と誤る)、天体は広大にして運転息まずゆえに「圜」を取る。「為君為父」はその地位の尊貴にしてまた万物の開端なるを取る。「為玉為金」はその剛硬にして清明なるを取る。「為寒為氷」はその西北の寒冷にして氷結する所に居るを取る。「為大赤」は陽気の極盛なるときの色を取る。「為良馬」はその運行剛健にして善く走るを取る。「老馬」はその運行剛健にして持久するを取る。「瘠馬」はその運行剛健の甚だしきを取り(底本はこの句に訛字あり)、瘠馬はまさに骨の突出した馬である。「駮馬」は歯が鋸のごとくにして虎豹を食らい得る。これは剛健の極に至るを取る。「為木果」は果実が木に結び、星辰が天に綴るがごときを取る。
邵子曰:木結實而種之,又成是木而結是實,木非舊木也,此木之神不二也,此實生生之理也。郭氏雍曰:“果”者“木”之始也,“木”以“果”為始,猶物以乾為始也。程氏迥曰:“為環”,天之體也;“為君”居上而覆下也;“為玉”,德粹也;“為金”,堅剛也;“為寒”,位西北也;“為冰”,寒之凝也;“為木果”,以實承實也。《朱子語類》云;卦象指文王卦言,所以乾言為寒為冰。
集説に邵雍の言を引く:樹木が果実を結び、果実を種えればまた同じ樹に長じて同じ果を結ぶ。この樹はすでにもとの一棵ではないが、この樹の神理は終始如一である。これがまさに果実の生生して已まざる道理である。集説にまた郭雍の言を引く:「果」は「木」の起点であり、樹が果実をもって開端とするは、万物が乾をもって開端とするに同じ。集説にまた程迥の言を引く:「為圜」は天体の渾円を取る。「為君」はその上に居って下面を覆うを取る。「為玉」はその徳性の純粋を取る。「為金」はその堅硬剛強を取る。「為寒」はその方位が西北にあるを取る。「為氷」は寒気の凝結を取る。「為木果」は果実が一代一代と承続するを取る。集説にまた《朱子語類》を引いていう:これらの卦象は文王の後天卦位に就いて言うもので、ゆえに乾に「為寒」「為氷」の取象があるのである。
坤為地,為母,為布,為釜,為吝嗇,為均,為子母牛,為大輿,為文,為眾,為柄,其於地也為黑。集說 孔氏穎達曰:此一節,廣明坤象。坤既為地,地受任生育,故“為毋也”;“為布”,取其廣載也;“為釜”,取其化生成熟也:“為吝牆”,取其生物不轉移也;“為均”,地道平均也;“為子母牛”,取其多蕃育而順之也;“為大輿”,取其載萬物也;“為文”,取其萬物之色雜也;“為眾”,取其載物非一也;“為柄”,取其生物之本也;“為黑”,取其極陰之色也。
《説卦伝》の正文にいう:坤は象を地に取り、母に取り、布に取り、釜に取り、吝嗇に取り、均平に取り、子牛を帯びる母牛に取り、大車に取り、文彩に取り、衆多に取り、器物の把柄に取り、土地に就いては黒色に取る。集説に孔穎達の言を引く:この一節は坤の取象を推し広げたものである。坤はすでに地を象り、大地は生養の職責を担うゆえに「母」を取る。「為布」はその広博に一切を承載するを取る。「為釜」はその万物を化生して成熟せしめ得るを取る。「為吝嗇」はその万物を生養して本位を安守して遷移せざるを取る。「為均」は地道の平正均一を取る。「為子母牛」はその繁育衆多にしてまた柔順なるを取る。「為大輿」はその万物を載運し得るを取る。「為文」は万物の顔色が錯雑して紋を成すを取る。「為衆」はその載する物が一種に止まらざるを取る。「為柄」はそれが万物を生養する根本なるを取る。「為黒」は陰気の極に至る色を取る。
崔氏憬曰:遍佈萬物於致養,故“坤為布”,地生萬物,不擇美惡,故“為均”也,萬物依之為本,故“為柄”。項氏安世曰:“吝嗇”其靜之翕,均其動之闢也,乾質故坤文,乾一故坤眾。
集説に崔憬の言を引く:大地は万物を遍布して養育するゆえに「坤為布」。大地は万物を生養して美きも醜きも揀択せざるゆえに「為均」。万物はみなそれを憑って根本となすゆえに「為柄」。集説にまた項安世の言を引く:「吝嗇」は坤の静時の収斂閉合であり、「均」は坤の動時の舒張開闢である。乾は質朴無華ゆえに坤ははじめて文彩を顕し、乾は浑然として一ゆえに坤ははじめて衆多を顕す。
震為雷,為龍,為玄黃,為旉,為大塗,為長子,為決躁,為蒼筤竹,為萑葦,其於馬也,為善鳴,為馵足,為作足,為的顙,其於稼也,為反生,其究為健,為蕃鮮。本義 《荀九家》有為玉、為鵠、為鼓。集說 虞氏翻曰:“天玄地黃”,震天地之雜,故為“玄黃”。
《説卦伝》の正文にいう:震は象を雷に取り、龍に取り、青黄相雑の色に取り、花朵の初放に取り、大路に取り、長子に取り、決断急躁に取り、青嫩の竹に取り、荻と蘆葦に取る。馬に就いては、善く嘶鳴する馬、後足に白毛ある馬、四足を併せ挙げて奔走する馬、額に白点ある馬に象を取る。庄稼に就いては、殻を頂いて倒生する芽に象を取る。それを推極めればすなわち剛健となり、また草木の繁盛鮮明に象を取る。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為玉、為鵠、為鼓」の三項がある。集説に虞翻の言を引く:《坤・文言》に「天玄而地黄」という。震は天地の気が交雑して成るゆえに「玄黄」に象を取る。
孔氏穎達曰:此一節廣明震象。“為玄黃”,取其相雜而成蒼色也;“為敷”,取其春時氣至;草木皆吐,敷布而生也;“為大塗”,取其萬物之所生也;“為長子”,震為長子也;“為決躁”,取其剛動也;“為蒼筤竹”,竹初生色蒼也;“為萑葦”,竹之類也;“其於馬也”,為善明,取雷聲之遠聞也;“為馵足”,馬後足自為馵,取其動而見也;“為作足”,取其動而行健也;“為的顙”,白額為的顙,亦取動而見也;“其於稼也,為反生”,取其始生戴甲而出也。“其究為健”,極於震動則為健也;“為蕃鮮”,取其春時草木蕃育而鮮明。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は震の取象を推し広げたものである。「為玄黄」は天玄地黄の両色が相雑じて青色を成すを取る。「為敷」は春の節気が一至れば草木がみな芽を吐き、鋪展して生長するを取る。「為大塗」はそれが万物の生発して出る通路なるを取る。「為長子」は震はもとより長男である。「為決躁」はその剛強にして動を好むを取る。「為蒼筤竹」は竹の初生のとき色が青いを取る。「為萑葦」は蘆荻が竹と同類である。「其于馬也為善鳴」(底本は「鳴」を「明」と誤る)は雷の声が遥かに伝わるを取る。「為馵足」は馬の後足に白色あるを馵と呼び、一動すれば顕眼なるを取る。「為作足」は足を挙げて行くこと剛健有力なるを取る。「為的顙」は額に白点あるを的顙と呼び、これもまた一動すれば顕眼なるを取る。「其于稼也為反生」は種子が剛に生ずるとき殻を頂いて鑽り出るを取る。「其究為健」は震動が極処に至れば剛健に轉ずるをいう。「為蕃鮮」は春に草木が繁茂して生長し鮮亮なるを取る。
俞氏琰曰:陽長而不已,則其窮為乾之健,三爻俱變則為巽,故“為蕃鮮”。蔡氏清曰:凡嫁之始生,皆為“反生”,蓋以其初間生意實從種子中出,而下著地以為根,然後種中萌芽乃自舉。
集説に俞琰の言を引く:陽気が増長して止まらず、推し尽くせばすなわち乾の剛健となる。震卦の三爻が全変すればすなわち巽となる。ゆえにまた「蕃鮮」に象を取る。集説にまた蔡清の言を引く:およそ庄稼が剛に萌生するときはみな「反生」と呼ぶ(底本は「稼」を「嫁」と誤る)。最初のあの生意は実は種子のうちより冒し出て、まず下に泥に扎り込んで根を作り、しかるのち種子中の芽が自ら頂き起こるからである。
巽為木,為風,為長女,為繩直,為工,為白,為長,為高,為進退,為不果,為臭,其於人也,為寡髮,為廣顙,為多白眼,為近利市三倍,其究為躁卦。本義 《荀九家》有為楊為鸛。集說 翟氏玄曰:“為繩直”,上二陽其正一陰,使不得邪僻,如繩之直也。
《説卦伝》の正文にいう:巽は象を木に取り、風に取り、長女に取り、墨縄の直に取り、工匠に取り、白色に取り、長に取り、高に取り、進退不定に取り、猶豫不決に取り、気味に取る。人に就いては、頭髪稀少、額頭寛闊、眼白偏多に象を取る。または商売を為して三倍の利を得る。それを推極めればすなわち躁動の卦となる。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為楊、為鸛」の二項がある。集説に翟玄の言を引く:「為縄直」とは、上の二つの陽爻が下のあの陰爻を端正して偏らせず、墨縄のごとく筆直である。
孔氏穎達曰:此一節廣明巽象。巽為木,木可以輮曲直,巽順之謂也;“為繩直”,取其號令齊物也;“為工”,亦取繩直之類;“為白”,取其潔也:“為長”,取其風行之遠也;“為高”,取其木生而上也;“為進退”,取其風性前卻;“為不果”,亦進遲之義也;“為臭”,取其風所發也;“為寡髮”,風落樹之華葉,則在樹者稀疏,如人之少發;“為廣顙”,額闊發寡少之義;“為多白眼”,取躁人之眼,其色多白也;“為近利”,取躁人 其風之勢極於躁急也。項氏安世曰:繩直其齊,白其潔也。案 “寡髮”、“廣顙”、“多白眼”,皆取潔義,今人之額闊少寒毛而眸子清明者,皆潔者也。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は巽の取象を推し広げたものである。巽は木を為す。木頭は揉み曲げることも引き直すこともでき、まさに巽の順従の意に合する。「為縄直」はその号令を発して万物を斉整し得るを取る。「為工」もまた墨縄より直を取るの類いより引申したものである。「為白」はその潔浄を取る。「為長」は風の吹き行くこと遠きを取る。「為高」は樹木の向上して生長するを取る。「為進退」は風の性の忽ち進み忽ち退くを取る。「為不果」もまた前進が遅疑する意である。「為臭」は気味が風により散発するを取る。「為寡髪」は風が樹上の花葉を吹き落とせば樹上に留まるが稀疎となり、人の頭髪の少なきに譬える。「為広顙」はすなわち額が寛くして頭髪少なきの意である。「為多白眼」は性の躁急なる人の眼中に白多きを取る。「為近利」は性の躁急なる人が財利を貪求するを取る。(底本はこの下に脱文あり。)「其究為躁卦」は風勢が極処に至ればすなわち躁急となるをいう。集説にまた項安世の言を引く:縄直はその斉整を取り、白はその潔浄を取る。李光地が按ずる:「寡髪」「広顙」「多白眼」は、取るところみな潔浄の義である。今、額頭が寛闊にして汗毛稀少にして眼珠清明なる人を見れば、みな潔浄の類いに属する。
坎為水,為溝瀆,為隱伏,為矯輮,為弓輪,其於人也為加憂,為心病,為耳痛,為血卦,為赤,其於馬也為美脊,為亟心,為下首,為薄蹄,為曳,其於輿也為多眚,為通,為月,為盜,其於木也,為堅多心。本義 《荀九家》有為宮,為律,為可,為棟,為叢棘,為狐,為蒺藜,為桎梏。
《説卦伝》の正文にいう:坎は象を水に取り、溝渠に取り、隠藏潜伏に取り、矯直と揉曲に取り、弓と車輪に取る。人に就いては、憂慮加重、心病、耳痛、出血の卦、紅色に象を取る。馬に就いては、脊背の美しき馬、性の急なる馬、頭を垂れたる馬、蹄の薄き馬、腿を拖いて走る馬に象を取る。車に就いては、つねに毛病を出す、通行、月、盗賊に象を取る。樹木に就いては、質地堅硬にして髄心多きに象を取る。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為宮、為律、為可、為棟、為叢棘、為狐、為蒺藜、為桎梏」の八項がある。
集說 宋氏衷曰:曲者更直為矯,直者更曲為輮,水流有曲直,故為“矯輮”,“為美脊”,陽在中央,馬脊之象也。孔氏穎達曰:此一節廣明坎象。“坎為水”,取其北方之行也;“為溝瀆”,取其水行無所不通也;“為隱伏”,取其水藏地中也;“為輮矯,使曲者直為矯,使直者曲為輮,水流曲直,故為“矯輮”也;“為弓輪”,弓者激矢如水激射也,輪者運行如水行也;“為加憂”,取其憂險難也;“為心病”,憂險難故心病也;“為耳痛”,坎為勞卦,聽勞則耳痛也;“為血卦”,人之有血,猶地有水也;“為赤”,亦取血之色;
集説に宋衷の言を引く:曲がったを直くするを矯と呼び、直きを曲げるを揉と呼ぶ。水流は曲あり直ありゆえに「矯輮」に象を取る。「為美脊」とは、陽爻が中に居り、馬背の脊梁の形象のごとし。集説にまた孔穎達の言を引く:この一節は坎の取象を推し広げたものである。「坎為水」は水が北方の五行に属するを取る。「為溝瀆」は水流に通ぜざる所なきを取る。「為隠伏」は水が地下に潜蔵するを取る。「為矯輮」は曲がったを直くするを矯と呼び、直きを曲げるを揉と呼び、水流に曲直あるゆえに「矯輮」を取る。「為弓輪」は弓は能く箭を激射して水の激射のごとく、車輪は轉動運行して水の流行のごとし。「為加憂」はその憂慮険難を取る。「為心病」は憂慮険難により心病を生ず。「為耳痛」は坎は労倦の卦で、聴きて労累すれば耳便ち疼く。「為血卦」は人の身に血あるは大地に水あるがごとし。「為赤」もまた血の色を取る。
“其於馬也,為美脊”,取其陽在中也;“為亟心”,亟,急也,取其中堅內動也;“為下首”,取其水流向下也;“為薄蹄”,取水流迫地而行也;“為曳”,取水磨地而行也;“其於輿也,為多眚”,取其表裡有陰,力弱不能重載也;“為通”,取行有孔穴也;“為月”,月是水之精也;“為盜”,取水行潛竊也;“其於木也,為堅多心”,取剛在內也。
「其于馬也為美脊」は陽爻が中に居りて脊骨のごときを取る。「為亟心」は亟はすなわち急であり、その中爻の剛実にして内裏躁動するを取る。「為下首」は水がつねに下に向かって流るるを取る。「為薄蹄」は水が地面に貼りて奔流するを取る。「為曳」は水が地面を擦りて拖行するを取る。「其于輿也為多眚」は車の表裏がみな陰爻で、力弱くして重物を載せ得ず、ゆえに常に毛病を出すを取る。「為通」は水流に必ず孔穴あって通ずるを取る。「為月」は月は水の精華である。「為盗」は水が暗に潜行して偷窃のごときを取る。「其于木也為堅多心」は陽剛が内に在り、ゆえに木質が堅硬にして髄心多きを取る。
鄭氏正夫曰:血在形,如水在天地間,故為“血卦。”蔡氏清曰:日火外影也,金水內影也,月是金水之精,何獨外影,曰,月體亦內影,坎象也,得日之光以為光,故兼外影耳,凡金與水得日之光,亦光輝外射也。
集説に鄭正夫の言を引く:血は人の形体のうちに在り、水が天地のあいだに在るがごとし。ゆえに坎は「為血卦」。集説にまた蔡清の言を引く:太陽と火は外に向かって光を発し、金と水は内に向かって光を含む。月は金水の精華で、なぜ偏に外に向かって光を発するのか。答えていう:月の本体もまた内に向かって光を含むに属し、これがまさに坎の象である。それが日光を借りてはじめて光あるゆえに、兼ねて外に向かって光を発するに過ぎない。およそ金と水は日光の照射を受ければ、同じく光輝四射する。
案 坎以習險取“勞”義,故“加憂”、“心病”、“耳痛”者,人之勞也。“亟心”、“下首”、“薄蹄”、“曳”者,馬之勞也。多眚者,車之勞也。凡馬勞極,則心亟而屢下其首,蹄薄而足曳,皆歷險之甚所致也。
李光地が按ずる:坎は反復して険難を経歴するにより「労」の意を取る。ゆえに「加憂」「心病」「耳痛」は人の労倦を言い、「亟心」「下首」「薄蹄」「曳」は馬の労倦を言い、「多眚」は車の労損を言う。およそ馬が疲労して極まれば、心は急に跳ねて頭を垂れて已まず、蹄は磨薄して両腿を拖いて走る。これらはみな険を歴ること過度なるが為すところである。
離為火,為日,為電,為中女,為甲冑,為戈兵,其於人也,為大腹,為乾卦,為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜,其於木也,為科上搞。本義 《荀九家》有:為牝牛。
《説卦伝》の正文にいう:離は象を火に取り、太陽に取り、閃電に取り、中女に取り、鎧甲頭盔に取り、戈矛兵器に取る。人に就いては、大きな腹に象を取る。また乾燥の卦と為り、鼈、蟹、螺、蚌、亀に象を取る。樹木に就いては、中間が空にして上端が枯槁するに象を取る(底本は「槁」を「搞」と誤る)。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為牝牛」の一項がある。
集說 孔氏穎達曰:此一節廣明離象。“離為火”,取南方之行也;“為日”,日是火精也;“為電”,火之類也;“為中女”,離為中女:“為甲冑”,取其剛在外也:“為戈兵”,取其以剛自捍也;“其於人也,為大腹”,取其懷陰氣也; ”為乾卦”,取其日所烜也;“為鱉,為蟹,為蠃,為蚌,為龜”皆取剛在外也;“其於木也,為科上槁”。科,空也。陰在內為空,木既空中,上必枯槁也。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は離の取象を推し広げたものである。「離為火」は火が南方の五行に属するを取る。「為日」は太陽が火の精華である。「為電」は閃電が火と同類である。「為中女」は離はもとより中女である。「為甲胄」は陽剛が外に包むを取る。「為戈兵」は剛硬の兵器を用いて己を保衛するを取る。「其于人也為大腹」はその中爻が陰にして、腹中に陰気を懐いて鼓起するがごときを取る。「為乾卦」は太陽に晒されて乾燥するを取る。「為鼈、為蟹、為蠃、為蚌、為亀」は、みな甲殻の剛硬にして外に包むを取る。「其于木也為科上槁」――科とはすなわち空であり、陰爻が中間に在ればすなわち空、樹木がすでに中間空なれば上端は必ず枯槁する。
艮為山,為徑路,為小石,為門闕,為果藤,為閽寺,為指,為狗,為鼠,為黔喙之屬,其於木也,為堅多節。本義 《荀九家》有為鼻,為虎,為狐。集說 宋氏衷曰:閽人主門,寺人主巷,艮為止,此職皆掌禁止者也。虞氏翻曰:“為山”,故為徑路也。艮手,故“為指”。陽剛在上,故“堅多節”。
《説卦伝》の正文にいう:艮は象を山に取り、小路に取り、小石に取り、門闕に取り、草木の果実に取り(底本は「蓏」を「藤」と誤る)、門を守る閽人と内廷の寺人に取り、手指に取り、狗に取り、鼠に取り、喙嘴の黒き禽獣の類いに取る。樹木に就いては、質地堅硬にして節疤多きに象を取る。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為鼻、為虎、為狐」の三項がある。集説に宋衷の言を引く:閽人は宮門を掌管し、寺人は内巷を掌管す。艮の意は止であり、この二種の職務はみな出入の禁止を執掌する。集説にまた虞翻の言を引く:艮はすでに「為山」ゆえにまた山中の小路を取る。艮は手を象るゆえに手指を取る。陽剛が上位に居るゆえに「堅多節」を取る。
孔氏穎達曰:此一節廣明艮象。“艮為山”,取陰在下為止,陽在上為高,故艮象山也;“為徑路”,取其山路有澗道也;“為小石”,取其艮為山,義為陽卦之小者也;“為門闕”,取其崇高也;“為果蓏”,木實為果,草實為蓏,取其出於山谷之中也,“為閽寺”,取其禁止人也;“為指”,取其執止物也;“為狗”,“為鼠”,取其皆止人家也;“為黔喙之屬”,取其山居之獸也;“其於木也,為堅多節”,取其堅凝故多節也。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は艮の取象を推し広げたものである。「艮為山」は二つの陰爻が下に在りて静止を表し、一つの陽爻が上に在りて高聳を表すを取る。ゆえに艮は山を象る。「為径路」は山中の小路に澗谷の通道多きを取る。「為小石」は艮はすでに山を為し、陽卦のうちにまた最小の一つに属するを取る。「為門闕」は門闕の高大を取る。「為果蓏」は樹上に結ぶを果と呼び、草上に結ぶを蓏と呼び、それらが山谷のうちに生ずるを取る。「為閽寺」は閽人・寺人が人の出入の禁止を司るを取る。「為指」は手指が物を握住して動かざらしめ得るを取る。「為狗」「為鼠」はそれらがみな人の家に止息するを取る。「為黔喙之属」は山裏に住む走獣を取る。「其于木也為堅多節」は木質が堅硬凝結するゆえに節疤多きを取る。
項氏安世曰:“震為敷為蕃鮮”,草木之始也,“艮為果蓏”、草木之終也,果蓏能終而又能始,故於艮之象為切。俞氏瑣曰:《周官閽人》掌王宮中門之禁,止物之不應入者。寺人掌王之內人,及女官之戒令,止物之不得出者,坎之剛在內,故為木之“堅多心”,艮之剛在外,故為木之“堅多節”。
集説に項安世の言を引く:「震為敷、為蕃鮮」は草木の開端を講じ、「艮為果蓏」は草木の終結を講ずる。果実は一輪を結束しまた一輪を開啓し得るゆえに、取りて艮の象に配するが最も貼切である。集説にまた俞琰の言を引く:《周礼》に記するに、閽人は王宮中門の禁令を掌管し、入るべからざるを攔住し、寺人は王の内宮の人員および女官の戒令を掌管し、出るべからざるを攔住す。坎の陽剛は内に在るゆえに樹木の「堅多心」を取り、艮の陽剛は外に在るゆえに樹木の「堅多節」を取る。
兌為澤,為少女,為巫,為口舌,為毀折,為附決。其於地也,為剛滷,為妾,為羊。本義 《荀九家》有為常,為輔頰。此第十一章。廣八卦之象,其間多不可曉者,求之於經,亦不盡合也。
《説卦伝》の正文にいう:兌は象を沢に取り、少女に取り、巫祝に取り、口舌に取り、毀壊折断に取り、附着してのち剥落に取る。土地に就いては、堅硬の鹽鹹地に象を取る。また妾に取り、羊に取る。朱熹《本義》にいう:《九家易》に別に「為常、為輔頬」の二項がある。以上は第十一章。この章は八卦の取象を推し広げ、そのうち講じ明かし得ざる条が少なからずあり、経文のうちに持ちて印証しても一々相合すること能わず。
集說 孔氏穎達曰:此一節廣明兌象。“兌為澤”,取其陰卦之小,地類卑也:”為少女”,兌為少女也;“為巫”,取其口舌之官也;“為門舌”,取西方於五事而言也;“為毀折”,“為附決”,兌西方之卦,取秋物成熟,稿稈之屬,則“毀折”也;果砧之屬,則“附決”也;“其於地也,為剛滷”,取水澤所停,剛咸鹵也;“為妾”,取少女從姊為娣也。
集説に孔穎達の言を引く:この一節は兌の取象を推し広げたものである。「兌為沢」はそれが陰卦のうちに最小にして、沢は地類に属して地位卑下なるを取る。「為少女」は兌はもとより少女である。「為巫」は巫祝が口舌を憑って供職するを取る。「為口舌」(底本は「口」を「門」と誤る)は西方が五事のうちの「言」に対応するに就いて言う。「為毀折」「為附決」は、兌は西方の卦で、秋に万物成熟し、稲麦禾稈の類いは割断せられんことを要す。すなわち「毀折」である。瓜果の類いは熟透して枝より脱落す。すなわち「附決」である。「其于地也為剛鹵」は水沢の積存する処、地土が堅硬にして鹹鹵を帯ぶを取る。「為妾」は少女が姉に随って嫁ぎ陪嫁の媵妾となるを取る。
總論 項氏安世曰:此章推廣象類,使之明備,以資占者之決也。胡氏炳文曰:此章廣八卦之象,幾百十有二,其中有相對取象者,如乾為天坤為地之類是也,上文“乾為馬”;此則“為良馬”、“老馬”、“瘠馬”、“駁馬”,上文“坤為牛”,此則“為子母牛”,“乾為木果”,結於上而園,“坤為大輿”,載於下而方,“震為決躁”,“巽為進退為不果”,剛柔之性也,震巽獨以其究言,剛柔之始也,坎內陽外陰,水與月剛內明外暗,離內陰外陽,火與日則內暗外明,坎中實,故於人“為加憂”“為心病”“為耳痛”。
総論に項安世の言を引く:この章は八卦の象徴する物類を推し広げ、これを明白詳備にして、占う人に判断の憑借を作る。総論にまた胡炳文の言を引く:この章の八卦の取象を推し広げたるは、ほぼ百十二条に近い。そのうち両々相対して取象するものあり、たとえば乾為天・坤為地の類い。上文に「乾為馬」といえば、ここに分かれて「為良馬」「老馬」「瘠馬」「駮馬」となり、上文に「坤為牛」といえば、ここに「為子母牛」となる。「乾為木果」は上頭に結びて形状渾円、「坤為大輿」は下に載せて形状方正。「震為決躁」と「巽為進退、為不果」は、剛と柔と各々の性情を講じ、而して震巽の両卦は独り「其究」に言及する。これは剛柔の開端を講ずる。坎は内陽外陰で、水と月はいずれも内裏明亮にして外表昏暗。離は内陰外陽で、火と太陽はいずれも内裏昏暗にして外表明亮。坎の中爻は実なるゆえに、人身において「為加憂」「為心病」「為耳痛」を取る。
離中虛,故於人為“大腹”,艮為“閽寺”“為指”,艮之止也,“兌為巫”“為口舌”,陰之說也;有相反取象者,“震為大塗”,反而艮則“為徑路”,“巽為長為高”,反而兌則“為毀折”;有相因取象者,“乾為馬”,震得乾初之陽,故於馬“為善鳴”、“馵 案 此章雖廣八卦之象,然有前文所取,而此反不備者,則非廣也,意前為歷代相傳,而此則《周易》義例與。
離の中爻は虚なるゆえに、人身において「為大腹」を取る。艮が「為閽寺」「為指」を取るは、あれは艮の止である。兌が「為巫」「為口舌」を取るは、あれは陰爻が外に在る悦である。さらに両々相反して取象するものあり:「震為大塗」は反して艮はすなわち「為径路」、「巽為長、為高」は反して兌はすなわち「為毀折」。さらに前後相承して取象するものあり:「乾為馬」、震は乾の初爻の陽を得て、ゆえに馬において「為善鳴」「為馵足」を取る……(底本はここに脱文があり、胡炳文の説は未完である。)李光地が按ずる:この章は八卦の取象を推し広げるというけれども、前文にすでに取られてここにかえって列し尽くされざるもある。それならば「広」と称し得ない。思うに前のそれらは歴代相伝の旧説であり、ここに載せるは《周易》自身の義例であろう。
序卦伝
集說 孔氏穎達曰:韓康伯云,《序卦》之所明,非《易》之蘊也,蓋因卦之次,托象以明義,今驗六十四卦,二二相偶,非覆即變。覆者,表裡視之,遂成兩卦,《屯》、《蒙》、《需》、《訟》、《師》、《比》之類是也。變者反覆惟成一卦,則變以對之,《乾》、《坤》、《坎》、《離》、《大過》、《頤》、《中孚》、《小過》之類是也,且聖人本定先後,若元用孔子序卦之意,則不應非覆即變,然則康伯所云,因卦之次,托象以明義,蓋不虛矣。
集説に孔穎達の言を引く:韓康伯が講じるに、《序卦伝》の闡明する所は、《周易》の最も深き底蕴ではなく、それはただ卦の先後次序に順い、卦象を借りて義理を説明するに過ぎない。今、六十四卦を験看すれば、みな両々配されて一対を成し、「覆」ならざれば「変」である。いわゆる「覆」とは、一つの卦を正反両頭より見れば、すなわち二つの卦となる。《屯》と《蒙》、《需》と《訟》、《師》と《比》の類いがそれである。いわゆる「変」とは、一つの卦が翻りてなお元のようのままであるゆえに、ただ六爻が全変するあの卦を取りて対頭に配する。《乾》と《坤》、《坎》と《離》、《大過》と《頤》、《中孚》と《小過》の類いがそれである。しかも聖人はもとより先後を排定した。もし当初まことに孔子の《序卦伝》の講ずる義理に照らして排したならば、斉整にして覆ならざれば変なるに至るべからざる。こう見れば、韓康伯のいう「卦の次序に順い、卦象を借りて義理を説明する」は、確かに空言ではない。
張子曰:《序卦》相受,聖人作《易》,須有次序。《朱子語類》:問:《序卦》或以為非聖人之書,信乎?曰:此沙隨程氏之說也,先儒以為非聖人之蘊,某以為非聖人之精則可,謂非《易》之蘊則不可,周子分“精”與“蘊”字甚分明,《序卦》卻正足《易》之蘊,事事夾雜,都有在裡面。問如何謂《易》之精?曰:如“《易》有太極,足生兩儀,兩儀生四象,四象生八卦”,這是《易》之精。
集説に張載の言を引く:《序卦伝》は一卦一卦の相承を講じ、聖人が《周易》を制作するに、もとより一つの次序あるべきである。集説にまた《朱子語類》を引く:ある人が問うた、《序卦伝》は聖人の作に非ずとする人があるが、信ずべきか。朱熹は答えた:これは沙隨程迥の講法である。先儒はそれを聖人の底蕴に非ずとしたが、我が見るに、それを聖人の精微に非ずというは可なり、それを《周易》の底蕴に非ずといえば不可である。周敦頤は「精」と「蘊」の二字を分かつこと甚だ明らかにし、《序卦伝》はちょうど《周易》の底蕴を補足し、各様の事情が交雑してすべてそのうちに含まれる。また問う:なんぞを《周易》の精微とするか。答えて曰く:「易有太極、是生両儀、両儀生四象、四象生八卦」(底本は「是」を「足」と誤る)のごとき、これが《周易》の精微である。
問如《序卦》中亦見消長進退之義,喚作不是精不得。曰:此正是事事夾雜有在裡面,正是蘊,須是自一個生出來以至於無窮,便是精。、問《易》上經三十卦,下經三十四卦,多寡不均,何也?曰:卦有正對,有反對,《乾》、《坤》、《坎》、《離》、《頤》、《大過》、《中孚》、《小過》八卦,正對也,正對不變,故反覆觀之,止成八卦,其餘五十六卦,反對也,反對者皆變,故反覆觀之,共二十八卦,以正對卦合反對卦觀之,總而為三十六卦,其在上經,不變卦凡六,《乾》、《坤》、《坎》、《離》、《頤》、《大過》是也,自《屯》、《蒙》而下二十四卦,反之則為卜二,以十二而加六,則十八也。
また問う:《序卦伝》のうちにも消長進退の道理が見出し得る。それを精微に非ずとは到底言い得ない。答えて曰く:これはまさに各様の事情がそのうちに交雑するが、まさに「蘊」に属する。必ず一つの根源より生出して、推衍して無窮に至る、それをはじめて「精」と呼ぶ。また問う:《周易》の上経は三十卦、下経は三十四卦で、多少均しからず、これはなぜか。答えて曰く:卦には「正対」あり、「反対」あり。《乾》《坤》《坎》《離》《頤》《大過》《中孚》《小過》の八卦は正対に属す。正対の卦は翻しても形を変えず、ゆえに反覆して見ればなお八卦を成すのみ。其余の五十六卦は反対に属す。反対の卦は翻せばみな形を変ずるゆえに、反覆して見ればただ二十八卦を合成する。正対の八卦と反対の二十八卦とを合わせて見れば、総計三十六卦である。上経に就いて論ずれば、翻して変わらざる卦は全部で六つあり、すなわち《乾》《坤》《坎》《離》《頤》《大過》。《屯》《蒙》以下の二十四卦は、翻せば十二卦を合成し(底本は「十」を「卜」と誤る)、十二に六を加えて、まさに十八である。
其在下經,不變卦凡二,《中孚》、《小過》是也, 緘》、《恆》而下三十二卦,反之則為十六,以十六加二,亦十八也,其多寡之數,則未嘗不均也。問《序卦》中有一,二不可曉處,如六十四卦,獨不占《咸》卦,何也?曰:夫婦之道即咸也。問恐亦如上經不言乾坤,但言天地則乾坤可見否。曰:然。項氏安世曰:《易》之稱上下經者,未有考也,以《序卦》觀之,二篇之分,斷可知矣。
下経に就いて論ずれば、翻して変わらざる卦はただ二つあり、すなわち《中孚》と《小過》。《咸》《恒》以下の三十二卦は(底本は「咸」を「緘」と残誤す)、翻せば十六卦を合成し、十六に二を加えて、これもまた十八である。見るべし、上下経の卦数の多寡は、実はかつて不均ではなかったのである。また問う:《序卦伝》のうちに一、二か所講じ明かし得ざる所あり、たとえば六十四卦のうちに、偏に《咸》卦を挙げないのはなぜか。答えて曰く:そこに講ずる「夫婦之道」がすなわち《咸》である。また問う:これはおそらく上経が乾坤を直に言わず、ただ天地を言い、而して乾坤自ずからそのうちに在るがごときであろうか。答えて曰く:まさにそのとおりである。集説に項安世の言を引く:《周易》が上経・下経と分かれて称されるのは、来歴すでに査考する術なし。されど《序卦伝》より見れば、全書が两篇に分かるは断じて知り得る。
案 卦之所以序者,必自有故,而孔予以義次之,就其所次,亦足以見天道之盈虛消長,人事之得失存亡,國家之興衰理亂,如孔氏朱子之言皆是也,然須知若別為之序,則其理亦未嘗不相貫,如蓍筮之法,一卦可變為六十四卦,隨其所遇而其貞與悔皆可以相生,然後有以周義理而極事變,故曰天下之能事畢也,孔子蓋因《序卦》之次以明例,所謂舉其一隅焉爾,神而明之,則知《易》道之周流而趨時無定,且知筮法之變通而觸類可長,此義蓋《易》之旁通至極處也。
李光地が按ずる:六十四卦がこの次序に排せられた所以は、必ず別に縁故があり、孔子は義理を按じてこれらを連綴したのである。彼の連綴したる次序に就いて見れば、また足りて天道の盈虚消長、人事の得失存亡、国家の興衰治乱を見出し得る。孔穎達と朱熹の言はみなこの意である。ただしさらに知るべし、たとい別の排法に換えても、そのうちの道理は同じく貫通して碍なきを。ちょうど蓍草が卦を起こす法のごとく、一つの卦が六十四卦を変出し得て、遇うところの変爻に随い、内卦の「貞」と外卦の「悔」とが彼此相生し得る。このようになればこそ義理を講じ周くし、事変を窮究し尽くし得る。ゆえに《繋辞伝》に「天下之能事畢矣」という。孔子はただ《序卦》の次序を借りて体例を示範したに過ぎず、すなわちいわゆる一角を挙げて人に其余を自ら推知せしめるにすぎない。心領神会し得れば、すなわち《易》道が周流して居らず、時に随って変じて定準なきを解し、また筮法が通変無窮にして、類に触れて引申し得るを解す。この一層の意はおそらく《周易》が旁通して極処に至る所であろう。
集說 項氏安世曰:“屯”不訓盈也,當屯之時,剛柔始交,天地絪縕,雷雨動盪,見其氣之充塞也,是以謂之盈爾,故謂之盈者其氣也,謂之物之始生者其時也,謂之難者其事也,若屯之訓,紛紜盤錯之義云爾。
集説に項安世の言を引く:「屯」の字はもとより「盈」と訓するではない。屯のときに当たり、剛柔が剛に交合し、天地の気が絪縕交融し、雷雨が鼓蕩震動して、あの気が天地に充塞するが見出される。ここにおいてかそれを「盈」という。ゆえにそれを「盈」というは気を指し、それを「物之始生」というは時を指し、それを「難」というは事を指す。「屯」の字それ自体の訓釈に至っては、紛紜として盤結し、糾纏して解き難きの意に過ぎない。
屯者,物之始生也。物生必蒙,故受之以《蒙》。蒙者,蒙也,物之稚也。物稚不可不養也,故受之以《需》。需者,飲食之道也。飲食必有訟,故受之以《訟》。集說 孔氏穎達曰:上言“屯者盈也”,釋《屯》次乾坤,其言已畢,更言“屯者物之始生者”,開說下“物生必蒙”,直取始生之意,非重釋《屯》之名也。
《序卦伝》の正文にいう:屯は、万物が剛に萌生するときである。万物の初生は必ず蒙昧ゆえに、後に受くるは《蒙》卦。蒙はすなわち蒙昧、万物の幼稚を指す。幼稚なれば養育を加えざるを得ず、ゆえに後に受くるは《需》卦。需は飲食の道を講ずる。飲食あれば必ず争訟を生ず。ゆえに後に受くるは《訟》卦。(底本の《序卦伝》開篇は「有天地、然后万物生焉」より「屯者、盈也」の一段まで脱して録せず。)集説に孔穎達の言を引く:上文に「屯者盈也」というは、《屯》がなぜ乾坤の後に排せられたかを解釈し、あの句はすでに言い終えた。ここにさらに「屯者、物之始生也」というは、下面の「物生必蒙」を引き出さんが為であり、ただ初生のこの一層の意を取るのであって、《屯》のこの卦名を改めて解釈するのではない。
朱氏震曰:蒙,冥昧也,物生者必始於冥昧,勾萌胎卵是也,故次之以《蒙》。蒙,童蒙也,物如此稚也。又曰:“飲食必有訟”,乾餱以愆,豕酒生禍,有血氣者,必有爭心,故次之以《訟》。
集説に朱震の言を引く:蒙はすなわち昏暗不明である。万物が生まれ出づれば必ず昏昧より始まる。草木の芽苞、鳥獣の胎卵がすなわちこのようである。ゆえに《蒙》は《屯》の後に接ぐ。蒙はまた童子の蒙昧を指し、万物がまさに幼稚の段階に当たるをいう。朱震がまたいう:「飲食必有訟」、《詩経》は乾粮の分かち均しからざれば怨咎を招くを講じ、古人もまた猪肉美酒が禍端を惹き出すと言う。およそ血気あるものは、必ず争奪の心あり。ゆえに《訟》は《需》の後に接ぐ。
訟必有眾起,故受之以《師》。師者,眾也。眾必有所比,故受之以《比》。比者,比也。集說 韓氏伯曰:眾起而不比,則爭無由息,必相親比,而後得寧。項氏安世曰:《師》、《比》二卦相反,師取伍兩卒旅師軍之名,比取比閭族黨州鄉之名,師以眾正為義,比以相親為主。
《序卦伝》の正文にいう:争訟が一たび起これば、必ず衆人が聚集して武を動かす。ゆえに後に受くるは《師》卦。師はすなわち衆多である。衆人が聚まれば必ず親附する所有る。ゆえに後に受くるは《比》卦。比はすなわち親近依附である。集説に韓康伯の言を引く:衆人が起きて親附を肯ぜざれば、争闘は平息すること能わず。必ず彼此親近依附して、しかるのちに安寧を得る。集説にまた項安世の言を引く:《師》《比》の両卦はまさに相反す。師が取るは伍・両・卒・旅・師・軍のごとき軍制の名目、比が取るは比・閭・族・党・州・郷のごとき郷里編制の名目。師は衆を率いて正を守るを義とし、比は彼此相親むを主とす。
比必有所畜,故受之以《小畜》。物畜然後有禮,故受之以《履》。履而泰,然後安,故受之以《泰》。本義 晁氏云,鄭無“而泰”二字。集說 姚氏信曰:安上治民,莫善於禮,有禮然後泰,泰然後安也。
《序卦伝》の正文にいう:彼此親附すれば必ず積聚する所有る。ゆえに後に受くるは《小畜》卦。事物に積聚あって、しかるのちに礼节を談ずるに足る。ゆえに後に受くるは《履》卦。礼に循って行い、通泰して阻まず、しかるのちに安定し得る。ゆえに後に受くるは《泰》卦。朱熹《本義》にいう:晁説之が講じるに、鄭玄本に「而泰」の二字なし。集説に姚信の言を引く:君上を安んじ百姓を治めるに、礼より良きはなし。礼あってしかるのちに通泰し、通泰してしかるのちに安定す。
項氏安世曰:“履”不訓禮,人所履,未有外於禮者,外於禮,則非所當履,故以履為有禮也,上天下澤,亦有禮之名分焉。胡氏一桂曰:《乾》、《坤》至《履》十變,陰陽之氣一周矣。
集説に項安世の言を引く:「履」の字はもとより「礼」と訓するではない。ただ人の践行する所は、礼の外に出づる能うものなし。一旦礼の範囲を出づれば、すなわち践行すべきに非ず。ゆえに「履」を講じて礼ありとす。さらに《履》卦は上天下沢で、また礼の講ずる名分等級を含む。集説にまた胡一桂の言を引く:《乾》《坤》より数えて《履》に至り、全部で十次の変換を経て、陰陽の二気はちょうど一つの周期を走り終えた。
泰者,通也。物不可以終通,故受之以《否》。物不可以終否,故受之以《同人》。與人同者物必歸焉,故受之以《大有》。有大者不可以盈,故受之以《謙》。有大而能謙必豫,故受之以《豫》。本義 郭氏雍曰;以謙有大,則絕盈滿之累,故優遊不迫而暇豫也。
《序卦伝》の正文にいう:泰はすなわち通達である。事物はつねに通達し続ける能わず。ゆえに後に受くるは《否》卦。またつねに閉塞し続ける能わず。ゆえに後に受くるは《同人》卦。人と心を同じくし得る者には、万物必ず彼に帰附す。ゆえに後に受くるは《大有》卦。衆多を擁する人は自満すべからず。ゆえに後に受くるは《謙》卦。富みてまた能く謙退すれば、必ず安楽す。ゆえに後に受くるは《豫》卦。朱熹《本義》に郭雍の言を引く:謙退の態度をもって富有を守れば、すなわち盈満招損の牽累を断絶す。ゆえに能く従容不迫にして閑適安楽たり得る。
豫必有隨,故受之以《隨》。以喜隨人者必有事,故受之以《蠱》。蠱者,事也。有事而後可大,故受之以《臨》。臨者,大也。事者,其肯隨乎。項氏安世曰:“蠱”不訓事,物壞則萬事生矣,事因壞而起,故以蠱為事之先。又曰:“臨”不訓大,大者以上臨下,以大臨小。凡稱“臨”者,皆大者之事,故以“大”釋之,若豐者大也,則真訓大矣。吳氏澄曰:因蠱之有事,而後有臨之盛大也。
《序卦伝》の正文にいう:安楽すれば必ず来りて跟随する人有り。ゆえに後に受くるは《随》卦。喜悅を以て人に跟随するは、必ず事端を生出す。ゆえに後に受くるは《蠱》卦。蠱はすなわち事である。事情あってしかるのちに做大を為し得る。ゆえに後に受くるは《臨》卦。臨はすなわち大である。……もし為すべき事あらざれば、誰か肯えて来りて跟随せんや。(底本はここに脱文あり、ただ下半句のみ余る。)集説に項安世の言を引く:「蠱」の字はもとより「事」と訓するではない。事物が敗壊すれば、万般の事情が生まれ出づ。事情は敗壊により興起す。ゆえに蠱を以て事情の前一歩と視る。項安世がまたいう:「臨」の字はもとより「大」と訓するではない。いわゆる大とは、上を以て下に臨み、大を以て小に臨む。およそ「臨」と称するはみな大位に居る者の事である。ゆえに「大」を用いてそれを解釈す。《豊卦》に「豊者大也」というに至っては、あれははじめて真に大と訓する。集説にまた呉澄の言を引く:まさに《蠱》に為すべき事ありて、しかるのちに《臨》の盛大あるなり。
物大然後可觀,故受之以《觀》。可觀而後有所合,故受之以《噬嗑》。嗑者,合也。物不可以苟合而已,故受之以《賁》。賁者,飾也。致飾然後亨則盡矣,故受之以《剝》。剝者,剝也。集說 崔氏憬曰:言德業大者,可以觀於人也。
《序卦伝》の正文にいう:事物が盛大なるのち、はじめて瞻仰に値す。ゆえに後に受くるは《観》卦。瞻仰すべきあって、しかるのちに来りて会合する人有り。ゆえに後に受くるは《噬嗑》卦。嗑はすなわち合である。事物は苟且に凑合して了事とすべからず。ゆえに後に受くるは《賁》卦。賁はすなわち文飾である。文飾が極処に至れば、亨通の路もまた尽頭に走り至る。ゆえに後に受くるは《剥》卦。剥はすなわち剥落である。集説に崔憬の言を引く:これは徳行事業が盛大なる人をいい、はじめて別人に瞻仰せしめ得る。
蘇氏軾曰:君臣父子夫婦朋友之際,所謂合也,直情而行謂之苟,禮以飾情謂之賁,苟則易合,易則相瀆,相瀆則易以離,賁則難合,難合則相敬,相敬則能久,飾極則文勝而實衰,故《剝》。張氏栻曰:賁飾則貴於文,文之太過,則又滅其質而有所不通,故致飾則亨有所盡。
集説に蘇軾の言を引く:君臣、父子、夫婦、朋友のあいだの往来は、すなわちいわゆる「合」である。性情に任せて直来直去するを苟且と呼び、礼节を用いて情感を修飾するを文飾と呼ぶ。苟且なれば合拢し易く、合拢し易ければ互相に軽慢し、互相に軽慢すれば分離し易し。文飾あれば合拢し難く、合拢し難ければ彼此敬重し、彼此敬重してはじめて長久たり得る。しかるに文飾が極処に至れば、虚文が実質に圧過し、実質便ち衰敗す。ゆえに接ぐは《剥》。集説にまた張栻の言を引く:賁は文飾で、重んずるは文采である。文采が太も過ぎれば、かえって本質を埋没して窒碍して通ぜざる所有り。ゆえに文飾が極処に至れば、亨通もまた頭に到るなり。
物不可以終盡,剝窮上反下,故受之以《復》。復則不妄矣,故受之以《無妄》。有無妄然後可畜,故受之以《大畜》。集說 崔氏憬曰:物復其本,則為誠實,故言《復》則《無妄》矣。周子曰:不善之動,妄也。妄復則無妄矣,無妄則誠矣,故《無妄》次《復》。
《序卦伝》の正文にいう:事物は剥落して尽頭に至るまで続く能わず。剥が上に至って走投無路となれば、返回して下に至りて重新開始す。ゆえに後に受くるは《復》卦。本性に回復すれば虚妄ならず。ゆえに後に受くるは《无妄》卦。无妄あってしかるのちに蓄養し得る。ゆえに後に受くるは《大畜》卦。集説に崔憬の言を引く:万物がその本根に回復するは、すなわち真実にして偽なし。ゆえに一たび《復》に言及すれば、《无妄》便ち随って至る。集説にまた周敦頤の言を引く:不善の念が一たび動けば、すなわち妄である。妄念が回頭すれば、すなわち无妄である。无妄はすなわち誠である。ゆえに《无妄》は《復》の後に緊接す。
郭氏忠孝曰:健為天德,大畜止健,畜天德也,故曰“剛健篤實輝光,日新其德”,不能畜天德,則見於有為者,不能無妄,故天德止於大畜,而動於無妄也。閻氏彥升曰:“無妄然後可畜”,所畜者在德,故曰大。
集説に郭忠孝の言を引く:剛健は天の徳性で、《大畜》卦は艮を用いて乾健を止める。蓄うる所はまさにこの天徳である。ゆえに《大畜・彖伝》に「剛健篤実輝光、日新其徳」という。天徳を蓄え得ざれば、行事に表れて虚妄を免れざる。ゆえに天徳は《大畜》のうちにて止められ蓄養せられ、《无妄》のうちにて発動して出づる。集説にまた閻彦升の言を引く:「有无妄然后可畜」とは、蓄養する所は徳なり。ゆえにそれを「大」と称す。
餘氏芑舒曰:自有事而大。大而可觀,可觀而合,合而飾,所謂忠信之薄而偽之始也,故一變而為剝,《剝》而《復》,則真實獨存而不妄矣。何氏楷曰:不妄與無妄當辨,由不以妄然後能無妄也。
集説に余芑舒の言を引く:為すべき事ありて盛大となり、盛大にして瞻仰に値し、瞻仰に値して来りて会合する人有り、会合してまた文飾を加う――これがまさに《老子》のいう忠信が澆薄にして虚偽の開端となる処である。ゆえに一変してすなわち《剥》となる。《剥》よりして《復》、虚飾剥落して浄尽し、ただ真実のみ存留して、便ち虚妄ならず。集説にまた何楷の言を引く:「不妄」と「无妄」とは分辨すべし。まず為さざる妄を致して、しかるのちに无妄の境地に到達し得る。
物畜然後可養,故受之以《頤》。頤者,養也。不養則不可動,故受之以《大過》。物不可以終過,故受之以《坎》。坎者,陷也。陷必有所麗,故受之以《離》。離者,麗也。集說 蘇氏軾曰:養而不用,其極必動,動而不已,其極必過。
《序卦伝》の正文にいう:万物に蓄積あってしかるのちに養育し得る。ゆえに後に受くるは《頤》卦。頤はすなわち養である。先に養い足らざれば行動する所有る能わず。ゆえに後に受くるは《大過》卦。事物はつねに過分し続ける能わず。ゆえに後に受くるは《坎》卦。坎はすなわち陥落である。陥落すれば必ず依附する所有る。ゆえに後に受くるは《離》卦。離はすなわち附麗である。集説に蘇軾の言を引く:養いて用いざれば、養い極処に至りて必ず動く。動きて停まらざれば、動き極処に至りて必ず過分す。
閻氏彥升曰:養者君子所以成已,動者君子所以應物,然君子處則中立,動則中立,豈求勝物哉,及其應變,則有時或過,故受之以《大過》。林氏希元曰:不專一則不能直遂,不翕聚則不能發散,故必有養然後能動,不養則不可以動。孟子曰:人有不為也,而後可以有為,即此理也,或受之以《大過》,大過 姜氏寶曰:無所養則其體不立,不可舉動以應大事,惟養充而動,動必有大過人者矣。
集説に閻彦升の言を引く:養育は君子が自己を成就するに用い、行動は君子が外物に応接するに用いる。しかれども君子は静処のとき中を守りて立ち、行動のときもまた中を守りて立つ。なんぞ他人を圧倒せんと欲するあらんや。ただ変故に応付するのときに至れば、難なく過分の処あるを免れず。ゆえに後に受くるは《大過》卦。集説にまた林希元の言を引く:心志が専一ならざれば直往して貫徹すること能わず、気が先に収斂聚攏せざれば発散し出ずること能わず。ゆえに必ず先に養育あってしかるのちに行動し得る。養わざれば動くべからず。孟子が「人有所不為、然后可以有為」というは、まさにこの道理である。(底本はここに脱文あり。)集説にまた姜宝の言を引く:蓄養なくんば、本体は立つこと能わず、また大事に応付するに挙動すること能わず。ただ養い足りてはじめて動き、一動すれば必ず遥かに人を過ぐる処あり。
有天地,然後有萬物。有萬物,然後有男女。有男女,然後有夫婦。有夫婦,然後有父子。有父子,然後有君臣。有君臣,然後有上下。有上下,然後禮義有所錯。夫婦之道,不可以不久也,故受之以《恆》。恆者,久也。
《序卦伝》の正文にいう:先に天地ありて、しかるのちに万物あり。万物ありて、しかるのちに男女あり。男女ありて、しかるのちに夫妻あり。夫妻ありて、しかるのちに父子あり。父子ありて、しかるのちに君臣あり。君臣ありて、しかるのちに上下の等級あり。上下の等級ありて、しかるのちに礼義に安放施行する処あり。夫妻の道は長久ならざるべからず。ゆえに後に受くるは《恒》卦。恒はすなわち長久である。
集說 干氏寶曰:此詳言人道三綱六紀有自來也,人有男女陰陽之性,則自然有夫婦配合之道,陰陽化生,血體相傳,則自然有父子之親,以父立君,以子資臣,則必有君臣之位,有君臣之位,故有上下之序,有上下之位,則必禮以定其體,義以制其宜,明先王制作,蓋取之於情者也。
集説に干宝の言を引く:この一段は詳細に人倫中の三綱六紀の来歴を講じ明かす。人に男女陰陽の天性あれば、自然に夫妻配合の道理あり。陰陽が交感して化生し、血脈形体が一代代相伝すれば、自然に父子の親情あり。父の地位を推衍して君主と為し、子の身份を推衍して臣属と為せば、必ず君臣の名位あり。君臣の名位あれば、上下の次序あり。上下の名位あれば、必ず礼を用いてその体統を定め、義を用いてその分寸を裁断すべし。これは先王が礼を制し楽を作したるが、もとより人情に就いて取法したを説明す。
