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繋辞下伝 第八章(続)

清 · 李光地 · 第73巻 / 87

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

無有者,非無師保也,人之意中,“無有師保”也。

集説のこの条は上文に接続して「師保なし」の四字を解釈す:いわゆる「なし」は、並びて天下に当に「師保」(天子を輔導し・人君を匡正する師傅と太保。ここは外在の督責管束を借指す)なきを説くにあらずして、説く所は《易》を読む人は已に《周易》の告誡を父母の如く親切の叮嚀と当成して、主観の感受の上は髣髴として「師保の旁辺に在りて盯着するなし」にして、其の実は心裏の敬畏は一刻も曽て松懈せざるなり。

初率其辭,而揆其方,既有典常,苟非其人,道不虛行。

《繋辞下伝》はいう:起初は卦爻辞の字面に順いて循求し、再びこれに拠ってそれの指向する所の義理の方向を揣度せば、便ち《周易》は変動して居らざるといえども、却って自ら一套の恒久の「典常」(常規常法)ありて在るを発見す。然るにもしこの道を体会し得るあの人なかれば、道理は終究は空に憑りて自ら世に流布する会せざるなり。

本義 方,道也。始由辭以度其理,則見其有典常矣,然神而明之,則存乎其人也。此第八章。

朱熹《本義》はいう:「方」はすなわち道理なり。一开始は卦爻辞に由りてその中の義理を揣度せば、便ち《周易》の自ら「典常」あるを看出だし得。「神にして之を明らかにす」に至っては——これらの死したる条文を融会以て貫通し・千変万化の事情の上に灵活运用する——あれは便ち全く《易》を用うるは何人なるかを看る而已。以上は《繋辞下伝》の第八章なり。

集說 虞氏翻曰:“其出入有度”,故“有典常”,“神而明之,存乎其人”,“不言而信”,謂之德自“出入以度”至“道不虛行”,言“不可遠”也,唯其屢遷,故虛而無常,“不可為典要”,唯其不可遠,故有度有方有典有常,而不可虛,方其率之也,則謂之辭,及其行之也,則謂之道,辭之所指,即道之所遷也,人能循其不可遠之理,則屢遷之道得矣。

集説に三国呉人の虞翻の言を引く:正に《周易》の講ずる所の出入進退にみな法度あるによりて、ゆえにやっと「典常あり」。而るに「神にして之を明らかにするは、其人に存す」は、能く言説を待たずして人自ら信服するを做し到れば、これを便ち徳と呼ぶ。「出入は度をもってす」より一直に「道は虚しく行われず」に到るまで、講ずる所はみな《易》道の「遠ざるべからず」(片刻も離るるを得ず)のこの層の意思なり。唯だその卦爻の義の「屢遷」(一再に遷移変換する)なるによりて、ゆえに空霊にして定准なきを顕す。これがすなわち「典要と為すべからず」(能く一成不変の固定条例と当成して死守すべからず)なり。また唯だその片刻も離るるを得ざるによりて、ゆえにまた法度あり・方向あり・典章あり・常規ありて、並びて真に一片の虚空にあらず。人はそれに循って推求するときに当たっては、「辞」と呼ばる。それに照らして実行するときに及んでは、便ち「道」と呼ばる。卦爻辞の指向する所は、正に道の遷移し到る所なり。人は能くこの片刻も離るるを得ざる道理に順って做し往かば、すなわち屢々遷移する《易》道もまた便ち手裏に掌握し到れり。

繋辞下伝 第九章

《易》之為書也,原始要終,以為質也。六爻相雜,唯其時物也。

《繋辞下伝》はいう:《周易》のこの書は、一卦の開端を推原し・一卦の結局を総括して、この首尾貫通の整体を用いて以て卦の本体を構成す。一卦の当中の六爻の錯雑相間するに至っては、すなわちただ各爻の値する所の時機・象る所の事物を看て定まる而已。

本義 質謂卦體,卦必舉其始終而後成體,爻則唯其時物而已。

朱熹《本義》はいう:「質」の指す所は一卦の本体なり。一卦は必ずその開端と結局とをみな包挙し入れて、然る後にやっと一個の完整の卦体と為り成る。爻に至っては、則ち過ぎず各自の値する所の時機・象る所の事物に随って義を立つる而已。

集說 韓氏伯曰:質,體也。卦兼始終之義也。孔氏穎達曰:物,事也。一卦之中,六爻交相雜錯,唯各會其時,各主其事。

集説に晋人の韓康伯の言を引く:「質」はすなわち本体にして、一卦は兼ねて開端と終結の両頭の意義を含む。又引く唐人の孔穎達の言に:「物」はすなわち事情なり。一卦の中に六爻は彼此交錯混雑して、各自はただ自己の値するあの時機に契合し往き、各自はただ自己の当たる所のあの件の事情を主管す。

吳氏澄曰:質謂卦之體質,文王原卦義之始,要卦義之終,以為卦之體質,各名其卦而繫彖辭也,爻之為言交也,周公觀六位之交錯,唯其六爻之時,各因其義而繫爻辭也,此章言六爻,而六爻統於彖,故先言彖,乃說六爻也。谷氏家傑曰:此章雖兼卦爻,實以卦引起爻,專重在爻上。

集説に元人の呉澄の言を引く:「質」は一卦の体質を指す。文王は一卦の卦義の開端を推原し・一卦の卦義の結局を総括して、もってこの一卦の体質を構成して、ここに分別に各卦に命名して彖辞を繫げ与う。「爻」のこの字の意思はすなわち交にして、周公は六個の爻位の彼此交錯する情形を観察して、ただ六爻の各自の値する所の時機に就きて、各自の義理に依って爻辞を繫ぐ。本章は本来六爻を講ずるなれども、六爻は彖辞に統摂せらる。ゆえにまず彖を説きて、再び六爻を説く。又引く明人の谷家傑の言に:本章は卦と爻を兼説するといえども、其の実は卦を借りて爻を引出すにして、分量は専ら爻の上に落つ。

何氏楷曰:此章統論爻畫,而歸重於彖辭,說《易》之法,莫備於此,《易》之為書綱紀在卦,卦必合爻之全而後成卦,一畫不似,便成他局,聖人之繫卦為之推原其始,要約其終,彌綸全卦之理,如物之有體質,至於繫爻,則唯相其六位之時而導之宜,因其陰陽之物而立之像,然其大指,要不過推演彖辭之意。

集説に明人の何楷の言を引く:本章は爻画を総論して、而るに分量を彖辞の上に帰す。《周易》を講解する方法は、ここより完備なるはなし。《周易》の一書の綱紀は卦に在りて、卦は必ず六爻の全を合せてやっと卦を成す。その中の一画合せざれば、便ち別の一個の局面と変ず。聖人は卦に辞を繫ぐるは、それの為に開端を推原し・結局を総括して、全卦の道理を弥縫統貫して、たとえば一件の東西にその体質あるが如し。爻に辞を繫ぐるに至っては、すなわちただ六個の爻位の各自の値する所の時機を審視してそれの宜しき所に導いて、それの陰陽の性質に依ってそれの為に象を立つる而已。然るに爻辞の大旨は、帰根到底は過ぎず彖辞の意思を推演するに在り。

其初難知,其上易知,本末也。初辭擬之,卒成之終。本義 此言初上二爻。

《繋辞下伝》はいう:一卦の初爻は看り清らかにし難く、上爻は看り清らかにし易し。一は根本にして一は末梢なるによりてなり。初爻の爻辞はただ事情の開端を揣擬するのみにして、上爻に到っては、事情はやっと最終に完成して結局を有す。朱熹《本義》はいう:この両句の講ずる所は初・上の両爻なり。

集說 干氏寶曰:初擬議之故難知,卒終成之,故易知,本來勢然也。孔氏穎達曰:“初辭擬之”者,復釋“其韌難知”也,以初時擬議其始,故“難知”也,“卒成之終”者,復釋“其上易知”也,言“上”是事之卒了,而成就終競,故“易 吳氏澄曰:“初”與“終”為對,“擬之”與“卒成之”為對,兩句文法,顛倒相互。

集説に晋人の干宝の言を引く:初爻はただ揣擬商議するのみ。ゆえに知り難し。上爻は最終に完成す。ゆえに知り易し。事情の本来の勢いは便ちかくの如し。又引く孔穎達の言に:「初め辞を拟す」の一句は、「其の初は知り難し」を再び解釈す。初のときはただ事情の開端を揣擬商議するのみなるがゆえに、「知り難し」なり。「卒して之を終る」の一句は、「其の上は知り易し」を再び解釈す。「上」は事情の弁じ畢りて・終局の已に成就せるなり。ゆえに「易」——ここに底本に脱文ありて、下面は直截に呉澄の言に接続す。呉澄はいう:「初」と「終」とは相対し、「之を拟す」と「之を卒成す」とは相対して、この両句の話の文法は顛倒交互して説くなり。

案 講家以難知易知屬學《易》者,“擬之”“卒成”屬作《易》者,然聖人作易六爻之條理,揮成於心,豈有難易哉,故“初辭擬之”“卒成之終”兩句,是申上兩句,皆當屬學《易》者說。

李光地の按:《易》を講ずる人は「知り難し」「知り易し」を学《易》の人の身上に帰し、「之を拟す」「卒成」を《易》を作る聖人の身上に帰す。然るに聖人の《易》を作るとき、六爻の条理は早已に胸中に揮灑して成れるに、何ぞなお難と易の分別あらんや。ゆえに「初め辞を拟す」「卒して之を終る」のこの両句は、上面の両句を承接して以て申説を加えて、みな応当に学《易》の人の一辺に帰して講ずべし。

若夾雜物撰德,辯是與非,則非其中爻不備。本義 此謂卦中四爻。

《繋辞下伝》はいう:各爻の象る所の事物を錯綜参合し・各爻の具える徳性を体察して、従ってその中の是と非を分辨せんと要せば、すなわち中間の几爻に靠らざれば完備し得ず。朱熹《本義》はいう:ここの論ずる所は、一卦の当中の二・三・四・五のこの四爻なり。

案 “雜”字“撰”字“辨”字,亦當屬學《易》者。說“雜”者,參錯其貴賤上下之位也。撰者,體察其則柔健顆之德也,德位分而是非判矣。辨者,剖別之於象,以考驗之於辭也。

李光地の按:「雑」の字・「撰」の字・「辨」の字も、またみな応当に学《易》の人の一辺に帰して講ずべし。いわゆる「雑」は、各爻の貴賤上下の位次を交錯して参看するなり。いわゆる「撰」は、各爻の剛柔健順の徳性を体察するなり(底本のここは「則柔健顆」と作る。字に訛誤あり)。徳性と爻位とは一分辨し清楚せば、是非もまた便ち判然として見るべし。いわゆる「辨」は、まず卦象の上に剖分辨別して、再び卦爻辞を拿来して以て印証考核を加うるなり。

噫!亦要存亡吉凶,則居可知矣。知者觀其彖辭,則思過半矣:本義 彖統論一卦六爻之體。

《繋辞下伝》はいう:噫。一卦の存亡吉凶の大要を総括せんと欲せば、すなわち家中に安坐してもまた以て推知すべし。見識ある人はただ一卦の彖辞を看れば、全卦の義理に対して便ち已に一多半を領会せり。朱熹《本義》はいう:彖辞は一卦の六爻の整体を総論するなり。

集說 蘇氏軾曰:彖者,常論其用事之爻,故觀其彖,則其餘皆彖爻之所用者也。吳氏澄曰:章首第一句言彖,第二句總言六爻,此一節又總言六爻而歸重於彖,蓋為結語與章首起語相始終。

集説に宋人の蘇軾の言を引く:彖辞は通常是れ一卦の中に当権用事するあの一爻に就いて論を立つ。ゆえに彖辞を看れば、其余の各爻はみな過ぎずこの当権の爻の役使する対象而已。又引く呉澄の言に:本章の開頭の第一句は彖を講じ、第二句は六爻を総講す。この一節は又だ六爻を総講して分量を彖の上に帰す。正に結語をして開頭の起語と首尾相呼応せしめんと要するなり。

案 彖辭之繫,文王蓋統觀六爻以立義者,如《屯》則以初為侯,《蒙》則以二為師,《師》則以二為將,《比》則以五為君,其義皆先定於彖,爻辭不過因之而隨爻細別耳,其爻之合於卦義者吉,不合於卦義者凶,故彖辭為綱領,而爻其目也,彖辭為權衡,而爻其物也,總之於綱,則目之先後可知,審之於權衡,則物之輕重可見,夫子彖傳,既參錯六爻之義以釋辭,示人卦爻之不相離矣,於此又特指其要而切言之,讀《易》之法,莫先於此。

李光地の按:彖辞の繋属は、文王の六爻を通観したる後にやっとその義を立定せるなり。たとえば《屯》卦は初九をもって諸侯と為し、《蒙》卦は九二をもって師長と為し、《師》卦は九二をもって主将と為し、《比》卦は九五をもって君主と為すが如く、これらの義例はみな先に彖辞の裏に定まり下りて、爻辞は過ぎずこの定義を因襲して再び各爻に随って細く分別を加うる而已。およそ爻義の卦義に合するは便ち吉にして、卦義に合せざるは便ち凶なり。ゆえに彖辞は綱領にして、各爻はその条目なり。彖辞は権衡秤具にして、各爻は称量せらるる物件なり。大綱に総提すれば、条目の先後は便ち清楚なり。秤衡に於て之を審れば、物件の軽重は便ち顕現す。孔子は《彖伝》を作るに、已に六爻の義を参合錯綜して以て彖辞を解釈して、卦と爻とは分離すべからざるを人に昭示せり。ここにまた特にその中の要領を拈出して懇切に説き出だす。《易》を読む方法は、この一条より最も前頭に摆くべきはなし。

二與四,同功而異位,其善不同。二多譽,四多懼,近也。柔之為道,不利遠者。其要無咎,其用柔中也。本義 此以下論中爻,同功,謂皆陰位。異位,謂遠近不同,四近君,故“多懼”,柔不利遠,而“二多譽”者,以其“柔中”也。

《繋辞下伝》はいう:第二爻と第四爻とは功用相同にして爻位不同なり。因ってそれらの好処もまた一様ならず。二爻は多く称誉を得、四爻は多く戒惧あり。四爻の君位に逼近する縁故なり。柔順の道は、本来尊位より離るること遠きに利せず。二爻は却って能く差錯を出ださざるに帰す。それは柔を用いるも中を得る道なるによりてなり。朱熹《本義》はいう:ここより以下はみな中間の几爻を論ず。「同功」は二・四の同じく陰位に属するを指し、「異位」は二の遠・四の近の別あるを指す。四爻は君位に貼近す。ゆえに「惧多し」。柔は本来遠に居るに利せざるに、而るに二爻は反って「誉多し」。正にそれは「柔中」なるによりてなり。

集說 崔氏憬曰:此重釋中四爻功位所宜也,二四皆陰位,陰之為道,近比承陽,故“不利遠”矣,二遠陽雖則不利,其要或有無咎者,以柔居中,異於四也。蘇氏軾曰:近於五也,有善之名,而近於君則懼矣,故二之善宜著,四之善宜隱。

集説に唐人の崔憬の言を引く:この一段は中間の四爻の各々その功用と位次の宜しきに就いて言うを再び解釈す。二・四はみな陰位にして、陰の常道は近くに就きて陽爻に比附承奉するなり。ゆえに「遠きに利せず」という。二爻は陽爻より遠離するは説くは利せざるといえども、然るにそれの帰宿は却って或いは能く差錯を出ださず。それは柔をもって中に居りて、四爻と同じからざればなり。又引く蘇軾の言に:四爻は九五に貼近して、本来善を為すの名ありて、可も君位に靠近せば便ち戒惧を免れず。ゆえに二爻の善は顕露するに宜しく、四爻の善は隠蔵するに宜し。

程氏迥曰:《易》以六居五,以九居二,為卦十有六,雖為時不同,其十有五皆吉,謂人君柔中虛己,而任剛德之臣,其臣亦以剛中應之也。

集説に宋人の程迥の言を引く:《周易》の裏に六をもって五に居り・九をもって二に居る卦は、一共に十六個あり。この十六卦の処する時勢は各々相同ならざるといえども、その中の十五個はみな吉なり。これは人君の柔中の徳をもって虚懐にて下に待して、剛徳の臣を任用して、而るにこの臣子もまた剛中の徳をもって彼に回応するを説明す。

吳氏澄曰:二與四同是陰位,若皆以柔居之,則六二六四,同是以柔居陰,故曰“同功”。然其位則有遠近之異,五者一卦之尊位,故遠近皆自五而言,二與五應為遠,四與五比為近,以位之遠近有異,而其善亦不同,遠者意氣舒展而多譽,近者勢分逼迫而多懼,多者,謂不盡然而若此者眾爾,“近也”二字,釋“四多懼”,謂四之所以懼,不 何氏楷曰:月遠日則光滿,近則光微,此“多譽”、“多懼”之說也。

集説に呉澄の言を引く:二と四とは同じく陰位にして、もしみな陰柔を用いて居れば、便ち六二と六四と成る。同じく柔をもって陰に居る。ゆえに「同功」と呼ぶ。ただそれらの位次は却って遠近の別あり。五は一卦の尊位なり。ゆえに遠近はみな五のここより算え起す。二は五と相応じて遠と算し、四は五と相比して近と算す。位次に遠近の異あるに因りて、得る所の好処もまた便ち同じからず。離るること遠きは意気舒展なり。ゆえに多く称誉を得。離るること近きは形勢逼迫なり。ゆえに多く戒惧あり。いわゆる「多」とは、並びて全てかくの如しを説くにあらずして、ただこの様の多きに居るのみ。「近なり」の両字は「四は惧多し」を解釈して、四爻の戒惧する所以を説く——ここに底本に脱文ありて、下面は直截に何楷の言に接続す。何楷はいう:月亮は太陽より離るること遠きときは光華円満にして、離るること近きときは光は反って微弱なり。これがすなわち「誉多し」「惧多し」の道理なり。

案 吳氏說亦詳密,但以二之譽,四之懼,專為以柔居柔者,三之凶,五之功,專為以剛居剛者,則於經意猶偏,蓋聖人之言舉其一隅,則可以三隅反,“多譽”“多懼”,以二四之位言,不論剛柔居之,皆“多譽”“多懼”也,多凶多功,以三五之位言,亦不論剛柔居之,皆多凶多功也。

李光地の按:呉澄の説法もまた詳密と算すべきといえども、ただ彼は二爻の称誉・四爻の戒惧を専属して柔をもって柔に居る情形と為し、三爻の凶多し・五爻の功多しを専属して剛をもって剛に居る情形と為せば、経文の本意に対して便ちなお偏あり。聖人は話を説くに往往ただ一個の角を挙出するのみ。読者は応当にこれに由りて其余の三個の角を推知すべし。「誉多し」「惧多し」は二・四のこの両個の位次に就いて説きて、其の位に居るは剛なるか柔なるかを論ぜずして、みな一様に「誉多し」「惧多し」なり。「凶多し」「功多し」は三・五のこの両個の位次に就いて説きて、も其の位に居るは剛なるか柔なるかを論ぜずして、みな一様に凶多し功多しなり。

下文言“柔之為道不利遠者”,則可見二雖多譽,而九二尤善於六二,四既多懼,而九四尤甚於六四也,又言“其柔危其剛勝邪”,則可見三雖多凶,而九三猶善於六三,五雖多功,而六五猶讓於九五也,柔之為道,不利遠者,為六二言,而九二在其中,並六四、九四皆在其中,其柔危,為六三言,而九三在其中,並六五、九五亦在其中,此聖言之所以妙。

下文は「柔の道と為るや、遠きに利せざる者」と説き及ぶに到れば、見るべし、二爻は誉多きといえども、而るに九二は六二に比べて更に好し。四爻はすでに惧多ければ、而るに九四は又だ六四に比べて更に甚し。下文はまた「其の柔は危く、其の剛は勝たんか」と説けば、見るべし、三爻は凶多きといえども、而るに九三は六三に比べてなお算して好し。五爻は功多きといえども、而るに六五は九五に比べてなお一歩を譲るを得。「柔の道と為るや、遠きに利せざる者」は本来六二の為に発したるに、九二もまたその中に含まれ、六四・九四もまたみなその中に含まれり。「其の柔は危く」は本来六三の為に発したるに、九三もまたその中に含まれ、六五・九五もまたみなその中に含まれり。聖人の言語の精妙なる所以は、正にここに在るなり。

三與五,同功而異位。三多凶,五多功,貴賤之等也。其柔危,其剛勝邪。本義 三五同陽位,而貴賤不同,然以柔居之則危,唯剛則能勝之。此第九章。

《繋辞下伝》はいう:第三爻と第五爻とは功用相同にして爻位不同なり。三爻は多く凶険あり、五爻は多く功業あり。これは尊卑貴賤の等級の造成する所なり。もし陰柔を用いて居れば便ち危殆にして、大概ただ陽剛のみ能く担当し起り得べきか。朱熹《本義》はいう:三・五は同じく陽位に属するも、可も貴賤同じからず。陰柔を用いて居れば便ち危殆にして、ただ陽剛のみ能くその事を勝任す。以上は《繋辞下伝》の第九章なり。

集說 侯氏行果曰:三五陽位,陰柔處之,則多凶危,則正居之,則勝其任,言“邪”者不定之辭也,或有柔居而吉者,得其時也。崔氏憬曰:三處下卦之極,居上卦之下,而上承天子,若無含章之美,則必致凶,五既居中不偏,貴乘天位,以道濟物,廣被寰中,故“多功”也。

集説に唐人の侯行果の言を引く:三・五はみな陽位にして、陰柔を用いて処れば、便ち多く凶険あり。剛正を用いて居れば、便ち能くその職を勝任す。経文は一個の「邪」の字を用うるは、断語を下さざる語気にして、柔をもって之に居りて吉を得るもまた有ればなり。あれは恰好に合適の時機に趕上せるなり。又引く崔憬の言に:三爻は下卦の頂端に処して、また上卦の下面に居りて、上に向かい天子に承奉す。もし文采を含蔵し・鋒芒を露さざるの美徳なからば、必然に凶険を招致せん。五爻はすでに中に居りて偏らずして、また尊貴に天位に乗拠して、正道を用いて万物を済助して、恩沢は寰宇の内に広被す。ゆえに「功多し」。

吳氏澄曰:三與五同是陽位,若皆以剛居之,則九三九五,同是以剛後陽,故曰“同功”,然其位則有貴賤之異,賤者,剛居剛為太過而多凶;貴者,剛居剛為適宜而多功。

集説に呉澄の言を引く:三と五とは同じく陽位にして、もしみな陽剛を用いて居れば、便ち九三と九五と成る。同じく剛をもって陽に居る。ゆえに「同功」と呼ぶ。ただそれらの位次は却って貴賤の別あり。位の卑なる一方は、剛をもって剛に居れば便ち太過と成りて、因って凶多し。位の尊なる一方は、剛をもって剛に居れば正にその宜に合して、因って功多し。

“二多譽”“四多懼”之上,有“其善不同”一句,而“三多凶五多功”之上無之者,譽懼雖不同,而皆可謂之善,凶則不可謂善矣,故不言也。“貴賤之等也”五字,釋“三多凶”,謂三之所以凶,不能如五之功者,蓋貴賤有等,賤者不與貴者同故也。“其柔危”以下,釋“五多功”,五為尊位,以柔居之,則不勝其任而危,惟剛居之,則能勝其任而有功也。

呉澄は続けていう:「二は誉多し」「四は惧多し」の上面に「其の善同じからず」の一句ありて、「三は凶多し、五は功多し」の上面に却ってこの一句なし。称誉と戒惧とは同じからざるといえども、却ってみななお善と称すべきなるによりてなり。凶は便ち善と呼ぶ能わず。ゆえに再びこの字を提げず。「貴賤の等なり」の五個の字は「三は凶多し」を解釈して、三爻の凶なる所以・五爻の如く功ある能わざる所以は、貴賤は本来等級ありて、位の卑なるは位の尊なると同じくする能わざるを説く。「其の柔は危く」以下は「五は功多し」を解釈す:五は尊位にして、陰柔を用いて居れば便ちこの副の担子を担い起る能わずして危殆にして、ただ陽剛の来りて居るのみやっと担い起り得て功業を建立す。

胡氏炳文曰:其柔危,其剛勝,專為三言也。蔡氏清曰:或遠或近,或貴或賤,此所謂“爻有等,故曰物者”,是為雜物,或柔中,或不中,或多譽,或多懼,或多凶,或多功,又或柔危而剛勝,此所謂撰德也。而“辨是與非”,舉具其中矣。

集説に元人の胡炳文の言を引く:「其の柔は危く、其の剛は勝つ」の両句は、専ら三爻の為に説くなり。又引く明人の蔡清の言に:或いは遠・或いは近・或いは貴・或いは賤なり。これがすなわち前文のいわゆる「爻に等あり、故に物と曰う」にして、もすなわち「物を雑にす」なり。或いは柔にして中を得・或いは中を得ず・或いは誉多し・或いは惧多し・或いは凶多し・或いは功多し、又だ或いは柔なれば則ち危く剛なれば能く勝任す。これがすなわちいわゆる「徳を撰す」なり。「是と非を辨ず」に至っては、も全てこの裏面に包挿せられたり。

案 柔危剛勝,吳氏以為指五,胡氏以為指三,侯氏兼之,須分別融會,乃得經意。

李光地の按:「其の柔は危く、其の剛は勝つ」のこの一句は、呉澄は五爻を指すと認め、胡炳文は三爻を指すと認め、侯行果は則ち三・五を兼指す。読者は須くこの几家の説法を分別して開きて再び融会以て貫通して、やっと経文の本意を得るべし。

總論 何氏楷曰:章末復舉中爻,所以略初上不言者,蓋初上非用事之地,故所重在時位,中四爻用事之地,故唯重在德行也。若夫卦主在初上者,則不可以此例論,此章為《易》之凡例,求卦爻之義者,執此以求之而已,然僅曰要曰多曰過半,則雖聖人

総論に何楷の言を引く:本章の末尾は重新して中間の几爻を挙出して、初・上の両爻を略去して談ぜざる所以は、初・上は当権用事の地位にあらざれば、ゆえにかの処に於て看重する所は時と位なり。中間の四爻は当権用事の地位なれば、ゆえにここに於て看重する所はただ徳行而已。卦主の恰好に初爻或いは上爻に落つる卦に至っては、便ちこの通例に按じて論ずる能わず。この一章は《周易》の凡例にして、およそ卦義爻義を探求せんと欲する人は、この一章を執定して推求し往けばも足れり。過ぎず経文はただ「要」のみを説き・ただ「多」のみを説き・ただ「過半」のみを説く。見るべし、たとえ聖人なるも——此の下に底本に脱文あり。

案 此上二章,中爻之動乎內,而吉凶見乎外也,道屢遷者,於“周流六虛”見之,無常相易,所謂“周流”者也,“唯變所適”,所謂“屢遷”者也,此則爻之動乎內者,及繫辭而吉凶見,則使人於日用出入之間,各循乎法度而知懼,蓋凜乎師保之嚴矣,再觀其開示人以憂患,與其所以至憂患之故,不啻父母之謀其子孫者,又使人無有師保之嚴,但如臨父母之親而已,夫是以由其辭而揆之,則不可為典要者,未嘗不有典常,而欲體其道而行之,則所謂不可遠者,又存乎其人之不遠於道也,

李光地の按:以上のこの両章の講ずる所は、爻の内裏に発動して吉凶は外に顕現するなり。いわゆる「道は屢遷す」は、「六虚を周流す」より看出だし得べし:変化は常なく・彼此は更替す。すなわち「周流」なり。「唯だ変の適く所」は、すなわち「屢遷」なり——義理は変化の到る所に随って転移す。これらはみな爻の内裏に於て発動するなり。卦爻辞を繫げて吉凶の顕現し出だすに及んで、便ち人をして日常の出入行止の間に於て、各各に法度を遵循して心に畏惧を存して、凛然として「師保」(天子を教導し・人君を匡正する師傅と太保)の旁辺に在りて厳かに督責するが一般ならしむ。再び《周易》の人に向かい憂患および憂患を招致する縁由を揭示するを看れば、あの種の懇切は直ちに父母の子孫の為に謀劃するに亜ならず。ここに又だ人をして「師保」のあの種の厳厲を感を感ぜざらしめて、ただ父母の親愛に面するが如からしむ。正にこの然るによりて、卦爻辞に順いて揣度すれば、あの「典要と為すべからず」の《易》道は、未だ嘗て自らその「典常」あらざらず。而るにこの道を体会して以てそれを実行せんと欲せば、則ちいわゆる「遠ざるべからず」の道理は、又だ全くあの人の自己の肯じて道より遠ざからざるや否やを看るなり。

下文遂以辭之典常言之,大約初上雖無位,而為事之始終,自二至五,則居中而正,為用事之位,玩辭者,擬其初,竟其終,參合其物理,以辨其是非而求其備,此學《易》之法也,然彖者括始終以立體,而爻則其趨時之物而已,故知者觀彖辭而爻義已大半得,此又學《易》之要也,又舉中四爻而申之,以見凡當位用事,則有譽有懼,有凶有功,非初上無位而或在功過之外者比也,聖人所謂明憂患與故者,於此尤諄諄焉。

下文は便ち卦爻辞の含む所の「典常」に就いて説く。大致に言えば、初爻と上爻とは職位なきといえども、却って一件事の開頭と結尾なり。二爻より五爻に到るまでは、中に居りて位に当たりて、当権用事の位次なり。卦爻辞を玩味する人は、その開端を揣擬し・その結局を窮究し・各爻の象る所の事理を参合して、従ってその中の是非を分辨してその完備を求む。これがすなわち《易》を学ぶ方法なり。然るに彖辞は始終を概括して以て卦体を確立するにして、各爻は過ぎず時に随い変に趨く具体の事物而已。ゆえに見識ある人はただ彖辞を看れば、爻義は便ち已に一大半を領会せり。これは又だ《易》を学ぶ要領なり。文中はまた中間の四爻を挙出して以て申説し、以て見出ださんとす:およそ位に当たり事を用うるは、便ち称誉あり戒惧あり・凶険あり功業ありて、初・上の両爻の職位なきに如かず、時にはなお功過の外に置身し得べし。聖人の説く所の憂患および憂患を招致する縁由を昭明するは、ここに於て叮嚀すること尤も懇切なり。

繋辞下伝 第十章

《易》之為書也,廣大悉備。有天道焉,有人道焉,有地道焉,兼三才而兩之,故六,六者非它也,三才之道也。本義 三畫已具三才,重之故六,而以上二爻為天,中二爻為人,下二爻為地。

《繋辞下伝》はいう:《周易》のこの書は、広大にして備わらざるなし:裏面に天の道理あり・人の道理あり・また地の道理あり。それは天・地・人の「三才」を兼取して各々両爻をもって相配す。ゆえに一卦は六画なり。この六画は別のものにあらず。正に三才の道なり。朱熹《本義》はいう:三画の経卦は已に三才を具備して、それを重畳し起せばゆえに六画と成る。六画の中に、上面の両爻は天と為り、中間の両爻は人と為り、下面の両爻は地と為る。

集說 項氏安世曰:言聖人所以兼三才而兩之者,非以私意傅會三才之道,自各有兩,不得而不六也。

集説に宋人の項安世の言を引く:この几の句は聖人の兼ねて三才を取りて各々両爻を配する所以は、並びて私意に憑りて牽強附会するにあらずを説く。三才の道の本身は各自にみな両端を含む。これに因りて六画と成らざる能わざるなり。

道有變動,故曰爻。爻有等,故曰物。物相雜,故曰文。文不當,故吉凶生焉。本義 道有變動,謂卦之一體。等,謂遠近貴賤之差。相雜,謂剛柔之位相間,不當,謂爻不當位。此第十章。

《繋辞下伝》はいう:道は変化移動あるがゆえに、これを「爻」と呼ぶ。爻は等級次第あるがゆえに、これを「物」と呼ぶ。物は彼此錯雑するがゆえに、これを「文」と呼ぶ。文は相当ならざる処あるによりて、ここに吉凶は便ち生出す。朱熹《本義》はいう:「道は変動あり」は、一卦の整体を説く。「等」は遠近貴賤の差別を指し、「相雑」は剛爻柔爻の位次の彼此交錯するを指し、「不当」は爻と位と相称せざるを指す。以上は《繋辞下伝》の第十章なり。

集說 陸氏績曰:天道有晝夜日月之變,地道有剛柔燥溼之變,人道有行止動靜吉凶善惡之變,聖人設爻以效三才之變動,故謂之爻者也。

集説に三国呉人の陸績の言を引く:天道は昼夜日月の変化あり、地道は剛柔燥湿の変化あり、人道は行止動静・吉凶善悪の変化あり。聖人は爻画を設立して三才の変動を仿效す。ゆえにそれを爻と呼ぶ。

孔氏穎達曰:三才之道,既有變化移動,故重畫以象之,而曰爻也。物者,物類也。爻有陰陽貴賤等級,以象萬物之類,故謂之物也。若相與聚居,間雜成文,不相妨害,則吉凶不生,由文之不當相與聚居,不當於理,故吉凶生也。

集説に孔穎達の言を引く:三才の道はすでに変化移動あれば、ゆえに三画を重畳して以て象を取りて、それを爻と称す。「物」はすなわち物の種類なり。爻は陰陽貴賤の等級ありて、もって万物の種類を象徴す。ゆえに物と呼ぶ。仮使各爻は一処に聚居して交錯して文と成りて彼此相妨害せざれば、吉凶は便ち生出せざらん。正に文采の交錯聚居に相当ならざる処ありて理に合せざれば、ゆえに吉凶は便ち生出せり。

張子曰:故曰爻,爻者交雜之義。項氏安世曰:“爻有等”者,初二三四五上也。‘物相雜”者,初三五與二四上,陰陽相同也。“文不當”者,九居陰位,六居陽位也。

集説に宋人の張載の言を引く:経文は「故に爻と曰う」と説く。「爻」はすなわち交錯混雑の意思なり。又引く項安世の言に:「爻に等あり」は、初・二・三・四・五・上のこの六個の等次を指す。「物相雑」は、初・三・五の諸位と二・四・上の諸位との陰陽の彼此相間ずるを指す。「文不当」は、九のこの陽爻の陰位に居る・六のこの陰爻の陽位に居るを指す。

李氏筒曰:一則無變無動,兼而兩之,故三才之道,皆有變動,以其道有變動,故名其畫口爻。爻者,效也,言六畫能效天下之動也。爻有貴賤上下之等,故曰物。物有九六雜居剛柔之位,則成文,交錯之際,有當不當,吉凶由是生焉。

集説に宋人の李簡の言を引く(底本の「筒」は応に「簡」と当作す):ただ一画のみあれば便ち変動を謂うなし。兼ねて配して両画と成れば、ゆえに三才の道はみな変動あり。道は変動あるに因りて、ゆえにこれらの画を爻と呼ぶ(底本の「口」は応に「曰」と当作す)。「爻」はすなわち仿效にして、六画は能く天下万事の動を仿效するを説く。爻は貴賤上下の等次あれば、ゆえに物と呼ぶ。物の中に九と六とが錯雑に剛位柔位を占拠して、便ち文と成る。交錯の際に相当なるあり・相当ならざるありて、吉凶は便ちこれに由りて生出す。

汪氏咸池曰:文既相雜,豈能皆當,故有以剛居柔,以柔居剛,而位不當者,亦有 何氏楷曰:不當者非專指陽居陰位,陰居陽位也,卦情若淑,或以不當為吉,卦情若慝,反以當位為凶,要在隨時變易得其當而已。吳氏曰慎曰:以時義之得為當,時義之失為不當,不以位論。

集説に明人の汪咸池の言を引く:文采はすでに彼此錯雑すれば、何ぞ能く様様にみな相当ならんや。ゆえに剛爻をもって柔位に居り・柔爻をもって剛位に居りて爻位の当たらざるあり、また——ここに底本に脱文ありて、下面は直截に何楷の言に接続す。何楷はいう:いわゆる「不当」は、並びて専ら陽爻の陰位に居る・陰爻の陽位に居るを指すにあらず。一卦の情勢はもし善ならば、時には反って位に当たらざるをもって吉と為し、一卦の情勢はもし悪ならば、反って位に当たるをもって凶と為す。要緊はただ時勢に随って変易して各々その宜を得るに在る而已。又引く清人の呉曰慎の言に:時義に合乎るをもって「当」と為し、時義に失乎るをもって「不当」と為して、単に爻位の上より論ぜず。

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