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大衍円方の原

清 · 李光地 · 第86巻 / 87

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

凡方圓可為比例,唯徑七者,方周二十八,圓周二十二,即兩積相比例之率也,用其半,故若十四與十一。合二十八與二十二,共五十,是大衍之數,函方圓同徑兩周數。

大およそ正方形と円形とが比例を取らんと要するは、ただ直径七を為すとき最も斉整なり。七を以て辺と為す正方形の周長は二十八で、直径七を為す円の周長は約二十二で、この両個の数はまさに方・円の両種の面積が相互に比較するの比率である。各々その半を取れば、便ち十四比十一。二十八と二十二とを加え起こせば共に五十を得。これがすなわち「大衍之数」である。見るべし、五十のこの数の裏は、同一直径の下の方形と円形との両条の周長の総和を包含するを。

大衍勾股の原

勾三,其積九。股四,其積十六。弦五,其積二十五。合之五十,是大衍之數,函勾股弦三面積。

直角三角形の短辺「勾」は長さ三で、自乗して面積九を得。長辺「股」は長さ四で、自乗して面積十六を得。斜辺「弦」は長さ五で、自乗して面積二十五を得。三塊の正方形の面積を加えて一起にせば恰も五十で、これもまた「大衍之数」である。見るべし、五十のこの数の裏は、また勾・股・弦の三条の辺が各々方を成すの三塊の面積を包含するを。

蓍策之數,必以七為用者,蓋方圓之形,唯以徑七為率,則能得周圍之整數。勾股之形,亦唯以三四為率,則能得斜弦之整數。徑七,固七也,勾三股四之合亦七也,是故論方圓周圍之合數則五十,論勾股弦之合積亦五十,此大衍之體也。因而開方,則不盡一數。而止於四十九,此大衍之用也。開方而不盡一數,則瞢策之虛一者是已,方面之中,函八勾股,而又不盡一數,則蓍策之掛一者是已,唯老陽老陰之數,與此密合,故作圖以明之。

蓍草揲策の数は必ず七を用いて基准と作するを要するは、方円の形はただ直径七を以て率と為して、はじめて整数の周長を得出し得るがゆえに。勾股の形もまたただ勾三股四を以て率と為して、はじめて整数の斜弦を得出し得る。直径七は固より七で、勾三加股四を合わせてもまた七である。ゆえに方円の両条の周長の合数は五十と論じ、勾股弦の三塊の面積の合数もまた五十と論ず。これは「大衍」の本体である。五十より平方を開きて尽きず、一個の数を余すを要し、ただ四十九に取るに到るのみ。これは「大衍」の公用である。方を開きて一数を余して尽き得ざるは、対応するはまさに揲蓍が先に一根を虚去して用いざる(底本の「瞢策」は當に「蓍策」と作るべし)。正方形の面の裏は八個の勾股三角形を含み、中間にまた一個の数を余して尽きず。対応するはまさに揲蓍が先に一根を掛起する。ただ老陽・老陰の策数とこの套の算法とが絲絲密合するのみあるがゆえに、特に図を作りて以て説明す。

全方四十九。中含大方六六三十六,為過揲之數。小角一一如一,一六五互乘為十二,併成十三,為掛扐之數。此與前《洛書》以自乘互乘為積方之法同,但《洛書》用對數,如一與九之類足也,大衍用合數,則一與六是也。

整個の大正方形の面積は四十九で、辺長は七。裏面に一個の六乗じて六の三十六に等しい大方を含む。あれは老陽の「過揲」の策数である。角上の小方は一乗じて一の一を得、一と六とが互乗して成る所の両条の長条は共に十二を加えて、合わせ起こせばまさに十三。あれは老陽の「掛扐」の策数である(底本の「一六五互乗」は當に一と六とが互乗する者二、共に十二と作るべし)。これは前面の《洛書》が自乗・互乗を用いて方積を拼成するの算法と相同じ。ただ《洛書》の用いるは相対の数で、たとえば一と九と相対す。「大衍」の用いるは相合の数で、すなわち一と六と相合するなり。

老陰数合勾股法

全方四十九。勾三股四,其積六,四因之得二一卜四,為過揲之數。弦五,其積二十五,為掛扐之數。弦實亦函四勾股積,而多勾股較一。

整個の大正方形の面積はなお四十九。勾三股四の夾む直角三角形は、面積は六で、四に乗じて二十四を得。あれは老陰の「過揲」の策数である(底本の「二一卜四」は當に「二十四」と作るべし)。弦の長さは五で、自乗して二十五を得。あれは老陰の「掛扐」の策数である。弦の上の正方形の裏は同じく四個の勾股三角形を含み、ただあの四塊の三角形に比べて一個の「勾股較」の小方を多出す。すなわち股四が勾三を減じて余るの一である。

十數之中,除一一不變,自二二至十十,皆可成方,然唯三三則五數居其中,七七則二十五數居其中,此二者為能得天地之中數,餘則不能也。蓋三二者《洛書》之數也,七七者菁策之數也,《洛書》之數,五居其中矣,而其四方,則又成四勾股之數,而以中萬為弦之法焉。

一より十に至るこの十個の数の裏に、一乗一を除去して変化なきのほか、二乗二より十乗十に至るまでみな正方形を拼成し得べし。しかるにただ三乗三のときのみ、五のこの数がちょうど正中に居り、七乗七のとき、二十五のこの数がちょうど正中に居る。ただこの両者のみ能く天地の中数を取得し、其余はみな能わず。三乗三はまさに《洛書》の数(底本の「三二」は當に「三三」と作るべし)、七乗七はまさに蓍策の数(底本の「菁策」は當に「蓍策」と作るべし)。《洛書》の九数のうち五は中央に居り、而してその四辺はまた四個の勾股三角形を構成し、しかも中央の五を以て弦長と為す(底本の「中万」は當に「中五」と作るべし)。

蓍策之數,二十五居其中矣,而其四方、則又具四勾股之積而即以二十五為弦之實焉,是故卦數之八,合乎《河圖》之四也,為其虛五十者同一根也。蓍數之七,合乎《洛書》之三也,為其用中五者同一根也,聖人因心之作,與天地自然之文,其相為經緯者如此。

蓍策の数の四十九の裏に、二十五は中央に居り、而してその四辺はまた四個の勾股三角形の面積を具備し、ちょうど二十五を以て弦上の正方形の実数と為す。ゆえに八卦の「八」と《河図》の「四」と相合するは、両者ともに中間の五と十とを虚去するを以て同一の根柢と為すがゆえに。蓍数の「七」と《洛書》の「三」と相合するは、両者ともに中央の五を取用するを以て同一の根柢と為すがゆえに。聖人が心中の理に本づきて制作し出したる法度と、天地が自然に呈する文理とは、すなわちこのよう彼此交織して経緯を成すなり。

大衍迎日推策法

史稱黃帝迎口椎策,所謂策者,蓋即神蓍也。推衍策數以候日月,故曰“迎日推策”。考之後代,譚卦畫者多以曆法推配,然孔子未嘗言也,唯於“大衍之數”,則曰“象四時”“象閏”,又曰“當期之日”,則蓍策之與曆法相表裡也,可見矣。

史書の上に黄帝が「迎日推策」したという(底本の「迎口椎策」は當に「迎日推策」と作るべし)。いわゆる「策」とは、大概は占筮の用いる所の神蓍であろう。策数を推演するの办法を用いて日月の運行を推候す。ゆえに「迎日推策」と呼ぶ。後世を考察すれば、卦画を講ずる人は多くは暦法を拿して比附するが、しかし孔子は並びてこのよう講ぜず。彼はただ「大衍之数」を解説するとき「象四時」「象閏」と説き過ぎ、また「当期之日」と説き過ぐ。単にこの幾句を憑れば便ち見出し得べし、蓍策の数と暦法とはもとより互いに表裏を為すを。

顧有以理言之而肖似者,有以數推之而密合者,以理言而肖似者,孔子《大傳》所陳是也。蓋四十九算,排列成方,以勾股之數求之,則零一者歸於中而為心;以開方之法求之,則零一者歸於

ただしそのうちに義理の上より説き来たりて彼此相像たるあり、また数目の上より推算して分毫密合するあり。義理の上より説き来たりて相像たるは、すなわち孔子が《繋辞大伝》の裏に陳述したあの一套である。四十九根の算筹を排列して正方形と成し、勾股の算法を用いて求め去れば、多出したあの一根は便ち中央に帰して方心と為る。開方の算法を用いて求め去れば、多出したあの一根はすなわち――に帰す、底本はここの処に下文を脱去し、接ぐは便ち別の一段の推算の文字である。

一年三百六十五日四分日之一。每日百分。凡三萬六十五百二十五分。以天數二十五除之,得一千四百六十一分,為日數。又以地數三個除日數,得四十八容七分,為月數。是為大衍用數。

一年は三百六十五また四分の一日。毎一日を折りて一百分と成し、全年は共に三万六千五百二十五分(底本の「三万六十五百二十五分」は「千」の字一個を脱す)。天数二十五を用いて除せば、一千四百六十一分を得。これは「日数」である。再び地数三十を用いてこの日数を除せば(底本の「三个」は當に「三十」と作るべし)、四十八また零七分を得。これは「月数」である(底本の「四十八容七分」は當に「四十八零七分」と作るべし)。この両個の数はすなわち大衍の用いる所の数である。

《大傳》言蓍數,而以《河圖》之數首之,故一年全數,以二十五除之得日數者。日有曉午昏夜凡四限,四分期日,為一千四百六十一也;以三十除之得月數者,月有朔望,上下弦凡四限,四分歲月,每月三十日算,為四十八零七分也,與大衍用數相應。

《繋辞大伝》に蓍策の数を講ずるに、先ず《河図》の天地之数を拿して領起す。ゆえに一年の総分数は二十五を用いて除して以て「日数」を得出すを要す。一天に早晨・正午・黄昏・夜半の四個の段落ありて、一周年の日子を四段を按じて劃分すれば、まさに一千四百六十一。三十を用いて除して以て「月数」を得出す。一個月に朔・望・上弦・下弦の四個の段落ありて、一年の月份を四段を按じて劃分し、毎月は三十日を以て計算すれば、まさに四十八また零七分。この両個の結果はみな前面のいう所の大衍の用数と相応ず。

揲策合左右共四十八,應四十八弦,每弦七日半,為期日歲月之經數,三百六十。掛策一,應氣盈之餘數,五日四分日之一。以初變為主。日法十。揲策應弦,每弦以十分為率。掛策應氣盈五日四分日之一,於日法為十分弦之七。

揲蓍するとき左右の両手の揲する所の策数は合計四十八で、一年のうちの四十八個の弦に対応す――毎月に朔・望・上弦・下弦の四限あり。毎一弦は七日半で、合わせ起こせばまさに一周年の日月運行の常経の数の三百六十。別に掛起したあの一策は、「気盈」の多出した零数に対応す。すなわち五また四分の一日。この一套の推算は第一変を以て准と為す。十分を以て一日の法と為すに:揲する所の策は各弦に対応し、毎弦は十分を以て率と為す。掛げる所の策は気盈の五また四分の一日に対応し、十分を日の法と為すを按じて折算すれば、ちょうど一弦の十分の七である。

扐策合陰陽共十二,得少則四為陽,得多則八為陰,應十二朔,每朔二十九日,九百四十分日之四百九十九,為一歲之實數,三百五十四日,九百四十分日之三百四十八。掛策一,應朔虛之餘數,十日,九百四十分日之八百二十七。亦以初變為主,月法十九。肋策應朔,每朔以十九分為率。掛策應朔虛十日九百四十分口之八百二十七,於月法為十九分朔之七。

指のあいだに夾む扐策は、陰陽合計して十二。得数の少なき四は陽と為し、得数の多き八は陰と為し、一年の十二個の朔望月に対応す。毎一朔望月は二十九日また九百四十分の四百九十九で、合し成して一年の実際の日数は、三百五十四日また九百四十分の三百四十八。掛起したあの一策は、「朔虚」の多出した零数に対応す。すなわち十日また九百四十分の八百二十七。この一套は同じく第一変を以て准と為し、十九分を以て一月の法と為すに:扐する所の策は各朔に対応し、毎朔は十九分を以て率と為す(底本の「肋策」は當に「扐策」と作るべし)。掛げる所の策は朔虚の十日また九百四十分の八百二十七に対応し(底本の「分口」は當に「分日」と作るべし)、十九分を月の法と為すを按じて折算すれば、ちょうど一朔の十九分の七である。

以初變之揲策枘策計之,揲策四十八,以應四十八弦之整數,其“掛一,’餚,以應氣盈五日四分口之一也;抽策十二,以應十二朔之實數,其,掛一者,以應朔虛十日八百二十七分也。據四分曆法,每口九百四十分,故一歲之氣盈,有五日二百三十五分。

第一変の得る所の揲策と扐策とを拿して合計すれば(底本の「枘策」は當に「扐策」と作るべし):揲策は四十八で、以て四十八弦の整数に対応するに用い、あの掛起した一策は、以て気盈の五また四分の一日に対応するに用いる。扐策は十二で(底本の「抽策」は當に「扐策」と作るべし)、以て十二個の朔望月の実数に対応するに用い、あの掛起した一策は、以て朔虚の十日また八百二十七分に対応するに用いる。四分暦の算法に依照すれば、毎日を折りて九百四十分と為す。ゆえに一年の気盈を折算すれば、五日また二百三十五分なり。

一歲之朔虛,此合氣盈總算,有十日八百二十七分,每弦七日四百七十分,如日法十分弦之七,則為五日二百三十五分矣;每朔二十九日四百九十九分,如月法十九分朔之七,則為十日八百二十七分矣。

一年の朔虚は、気盈に連ねて合わせて总算すれば、十日また八百二十七分。毎一弦は七日また四百七十分で、十分を日の法と為すを按じて一弦の十分の七を取れば、まさに五日また二百三十五分を得。毎一朔望月は二十九日また四百九十九分で、十九分を月の法と為すを按じて一朔の十九分の七を取れば、まさに十日また八百二十七分を得。両処の余る所の零分はみな「七」の上に落つる。

月每日行十二度十九分度之七,故以十,九為法,日月之法不同,而其餘分皆七。故漢儒卦氣,每卦直六口,尚餘七分,每卦直六門七分者,門以八十分為法也。

月亮は毎日十二度また十九分の七を運行す。ゆえに十九を拿して以て分母と作すを要す(底本の「十,九」は中間に逗号一個を衍す)。日と月との用いる分法は同じからざるといえども、しかしそれらの余る所の零分はみな七である。ゆえに漢代の儒者が「卦気」を講ずるに、毎一卦は六日に值して、なお七分を多出す。毎卦が六日七分に值すると説く所以は、あそこは八十分を以て一日の法と為すがゆえに(底本の両処の「口」「門」はみな「日」の字の訛り)。

蓋歲數二百六十五日四分日之一,四乘而三除之,為四百八十七,故四百八十七者,歲策也,,每卦直六日,六八四十八,得四百八個分,又餘七分,歲策之根也。積六十卦,直三百六十日,餘分之積,共四百二十分,以日法除之,為五日四分日之一。古今曆法,一章之內,有七閏月昔,法由茲起也。其在蓍數,則何以見掛一之策,為餘七之算乎?蓋亦以生菁之法而知之爾。

一年の日数は三百六十五また四分の一日で(底本の「二百六十五」は當に「三百六十五」と作るべし)、四を用いて乗じ三を用いて除せば、四百八十七を得。ゆえに四百八十七は便ち「歳策」である。毎一卦は六日に值し、六個の八十は四百八十分を得、なお七分を多出して、合わせ起こせばまさに四百八十七。これがすなわち歳策の根柢である(底本の「四百八个分」は當に「四百八十分」と作るべし)。六十卦を積満して、共に三百六十日に值し、あれらの零余の分を累積し起こせば共に四百二十分で、毎日八十分の法を用いて除せば、恰も五また四分の一日である。古今の暦法は十九年の一章の内に七個の閏月を安排するを要す。算法はすなわちここより出づ。然らば蓍数の上において、なにを憑って掛起したあの一策がすなわち余七の算を見出すか。これもまた揲蓍の生策する办法の上より推知するなり(底本の「生菁」は當に「生蓍」と作るべし)。

過揲為正策,乾策三卜六,合六爻二百一十有六。坤策二十四,合六爻百四十有四。凡三百有六個,當一期之日數。掛扐為餘策,乾策一十二,合六爻七十八,坤策二十五,合六爻百五十。凡二百二十有八,當一章之月數。正策以三十為進退之法,故其合皆六十,餘策以十九為進退之法,故其合皆三十八,三十者,日法也,十九者,朔法也。

揲し過ぎてのち手中に握るを「正策」と呼ぶ。乾の一爻は三十六策で(底本の「三卜六」は當に「三十六」と作るべし)、六爻は合して二百一十六。坤の一爻は二十四策で、六爻は合して一百四十四。両者は共に三百六十で、ちょうど一周年の日数に當たる(底本の「三百有六个」は當に「三百有六十」と作るべし)。掛起と夾扐とを「余策」と呼ぶ。乾の一爻は十三策で、六爻は合して七十八(底本の「一十二」は當に「一十三」と作るべし)。坤の一爻は二十五策で、六爻は合して一百五十。両者は共に二百二十八で、ちょうど一章の十九年のうちの月数に當たる。正策は三十を以て進退の法と為す。ゆえに乾坤の両爻の策数を相加えてみな六十。余策は十九を以て進退の法と為す。ゆえに乾坤の両爻の策数を相加えてみな三十八。三十は日法で、十九は朔法である。

“二篇之策”為全策,陽爻百九十二,得六乾九百一十二,陰爻百九十二,得四千六百零八。凡萬有一千五百二十,當閏終之總數。

《繋辞》のいうところの「二篇之策」は全部の策数である。上下経の六十四卦は共に陽爻一百九十二ありて、毎爻は三十六策で、六千九百一十二を得(底本の「六干」は當に「六千」と作るべし)。陰爻もまた一百九十二で、毎爻は二十四策で、四千六百八を得。両項を合計すれば一万一千五百二十で、ちょうど一個の閏周の終了するときの総数に當たる。

此因《大傳》之說而推備之者。歲者,正數也,太陽主之;閏者,餘數也,太陰主之。故《堯典》始而殷正四時,則曰“日中”“日永”“日短”,此以太陽為主者也,終則曰以閏月定四時成歲,此以太陰為主者也。

以上は《繋辞大伝》の説法に順いて推衍し完備したるなり。一個の「歳」は正数で、太陽に由りて主管せらる。「閏」は余数で、太陰に由りて主管せらる。ゆえに《尚書・堯典》の開頭に四時を校定して、「日中」「日永」「日短」といい、すなわち春分は昼夜均平、夏至は白昼最長、冬至は白昼最短。これは太陽を以て主と為す。末にまた閏月を用いて以て四時を定め一歳を成すという。これは太陰を以て主と為す。

蓍策之正數三百有六十,當一期之日,蓋日周大而為一期,故為太陽所主也。其餘數二百一二十有八,當一章之月,蓋氣朔分齊而為一章,故為太陰所主也,其全數萬有一千五百二十,當閏終之總數,蓋三卜二月而閏一月,其辰萬有一千五百二十;三十二年而閏一年,其日萬有一千五百二十。此則日月正餘會終,蓍卦齊同之數也。

蓍策の正数三百六十は、ちょうど一周年の日数に當たる。太陽は一周を繞行して一期と為す。ゆえに太陽に由りて主管せらる。それの余数二百二十八は、ちょうど一章の内の月数に當たる(底本の「二百一二十有八」は當に「二百二十有八」と作るべし)。節気と朔望とが重新して斉同して一章と為す。ゆえに太陰に由りて主管せらる。それの全数一万一千五百二十は、ちょうど閏周の終了するの総数に當たる。三十二個月に一閏月を置けば、そのあいだの時辰数は一万一千五百二十(底本の「三卜二月」は當に「三十二月」と作るべし)。三十二年に一閏年を置けば、そのあいだの日数もまた一万一千五百二十。これがすなわち日と月、正数と余数とが会合して頭に至り、蓍数と卦数とが彼此斉同するの処である。

歷代之歷,歲分消長不同,故有五日四分日之一而有餘者,亦有五日四分日之一而不足者,然舉其中者以演其變者,則四分為常法,故顓頊曆《周髀經》皆用之,而司馬遷曆書述焉,蓋古法也。

歴代の行う所の暦法は、一年の分数に消あり長ありて、各々相同じからず。ゆえに算し下るに或るは五また四分の一日より多く、或るは五また四分の一日より少なし。ただ一個の折中の数を取りて以て各種の変化を推演するに、なお「四分」を以て通常の法と為す。ゆえに顓頊暦と《周髀算経》とはみなそれを采用し、司馬遷が《史記・暦書》を作るもまたこの一法を照録す。これはもとより古来相伝するの算法である。

乾策坤策図

以地平線分周天之度為二,各一百八十度,日出入朦景昏旦各十八度,共二十六度, 《大傳》曰:“乾坤之策,凡三百有六十,當期之日”,故各一百八十者,寒暑晝夜並行之體數也。

この幅の図は地平線を用いて周天の度数を一を二に分かち、上下各々一百八十度。日出と日没との前後の曙暮蒙影は、早晚各々十八度を占め、両頭合計して三十六度(底本の「二十六度」は當に「三十六度」と作るべし)。《繋辞大伝》にいう:「乾坤之策、凡三百有六十、当期之日。」ゆえに上下各々一百八十度は、まさに寒暑と昼夜とが並行して運転するの体数である。

然陽生而陰殺,陽明而陰暗,故陽饒而陰乏,陽盈而陰虛。今以晝夜平分推之,其自然之數如此,若一歲寒暑之候,則若邵子之說,開物於寅末,是亦先十八日也,閉物於戌初,是亦後十八日也,以故萬物之數,萬有一千五百二十,其從陽者六千九百一十二,其從陰者四千六百八,生氣常盛,則為豐年,善類常多,則為治世,其消息盈虛之理,亦若是而已矣。

しかるに陽は生育を主り、陰は粛殺を主り、陽は明亮に属し、陰は幽暗に属す。ゆえに陽は総じて寛饒にして陰は総じて匱乏し、陽は総じて盈満にして陰は総じて空虚なり。如今昼夜平分を按じて推算すれば、天然の数はすなわちこの様子である。一年の寒暑の節候に至っては、すなわち邵雍のいうがごとし:万物は寅時の末に開啓す。すなわち十八日を提前す。万物は戌時の初に閉蔵す。すなわち十八日を延後す。まさにこのゆえに、万物の数一万一千五百二十のうち、陽に随從するは六千九百一十二あり、陰に随從するはただ四千六百八のみ。生長の気はつねに旺盛なれば、便ち豊年と為る。善良の輩はつねに多く居れば、便ち治世と為る。天地間の消長盈虚の道理も、またただこのようのみに過ぎず。

加倍変法図

此圖用加一倍法,如第二層兩一,生第三層中位之二,並左右兩一成四,是倍二為四也,第三層一二各生第四層中位之三,並左右兩一成八,是倍四為八也,下放此,出於數學中,謂之開方求廉率,其法以左一為方,右一為隅,而中間之數,則其廉法也。第三層為平方,第四層為立方,第五層六層七層,為三乘四乘五乘方,於成卦之理,亦相肖合、伺則?

この幅の図の用いるは「加一倍法」である。たとえば第二層の両個の一は、第三層の中間の二を生出し、左右の両個の一と合わせて共に四。これは二を加倍して四と成す。第三層の一と二とはまた各々第四層の中間の三を生出し、左右の両個の一と合わせて共に八。これは四を加倍して八と成す。以下はこれに依りて類推す(底本の「下放此」は當に「下仿此」と作るべし)。この套の算法は数学に出で、「廉率」を求めて方を開くと呼ぶ。左辺の一を以て「方」と為し、右辺の一を以て「隅」と為し、中間のあれらの数は便ち「廉法」である。第三層は平方に相當し、第四層は立方に相當し、第五・六・七層は三乗方・四乗方・五乗方に相當す。それと成卦の道理ともまた彼此相似契合す。これはなんを為すか(底本の「伺則」は當に「何則」と作るべし)?

陽大陰小,陽如方,陰如隅,分居兩端,陰陽合則生小問之兩象。如平:廳之方隅合而生兩廉,其長如方,其廣如隅也。又乘則生中間之六卦,如立方之方隅合而生六廉,三平廉根於方,而其厚如隅,二長廉根於隅,而其長如方也。

陽大にして陰小、陽は「方」に比べるがごとく、陰は「隅」に比べるがごとく、分かちて両端に居る。陰陽一たび相合すれば、便ち中間の両個の象を生出す(底本の「小問」は當に「中間」と作るべし)。これはちょうど平方の数の裏に方と隅と相合して両条の「廉」を生出すに似て、廉の長さは方と同じく、寛度は隅と同じ(底本の「平:庁」は當に「平方」と作るべし)。再び一たび乗ずれば、便ち中間の六個の卦を生出す。ちょうど立方の数の裏に方と隅と相合して六条の廉を生出すに似る。三条の平廉は方を以て根と為し、厚度は隅と同じ。両条の長廉は隅を以て根と為し、長度は方と同じ。

故開方之法,雖相乘至於無窮,莫不依方隅以立算,成卦之法,雖相加至於無窮,莫不根陰陽以定體。成卦之始,一陰一陽,每每相加而已,及卦成而分析觀之,則自一畫至六畫,唯純陰純陽者常不動,其餘則方其為四象也;中間一陰一陽者二,方其為八卦也;中間一陰二陽者三,一陽二陰者三,方其為四畫也;

ゆえに方を開くの算法は、縦い無窮多次に相乗するとも、依りて「方」と「隅」とを以て算を立てざるなし。卦を成すの办法も、縦い無窮多層に相加するとも、また陰陽を以て根柢と為して以てその体を定めざるなし。卦を成すの初めは、過ぎず一陰一陽が層層相加するに過ぎず。卦すでに画成するに及んで、分かち開きて看れば、一画より六画に至るまで、ただ純陰・純陽の両端のみ始終動かず。其余の中間の各項はすなわち層に随いて逓増す。それが四象と為るときは、中間の一陰一陽のは二あり。それが八卦と為るときは、中間の一陰二陽のは三あり、一陽二陰のもまた三あり。それが四画の卦と為るときは、

中間一陰三陽者四,一陽三陰者四,二陰二陽者六,方其為五畫也;中間一陰四陽者五,一陽四陰者五,二陰三陽者十,二陽三陰者十,及其六畫之既成也;中間一陰五陽者六,一陽五陰者六,二陰四陽者十五,二陽四陰者十五,三陰三陽者二十。朱子卦變之圖,以此而定也,蓋其倍法同於畫卦,而其多寡錯綜之數,則卦變用之。

中間の一陰三陽のは四あり、一陽三陰のは四あり、二陰二陽のは六あり。それが五画の卦と為るときは、中間の一陰四陽のは五あり、一陽四陰のは五あり、二陰三陽のは十あり、二陽三陰のは十あり。六画の卦の画成するに及んで、中間の一陰五陽のは六あり、一陽五陰のは六あり、二陰四陽のは十五あり、二陽四陰のは十五あり、三陰三陽のは二十あり。朱熹の作る所の卦変図は、すなわちこれらの数目に依りて定め下したるなり。それの加倍の法は卦を画くと相同じく、而して各類の卦爻の多寡錯綜の数目は、すなわちちょうど卦変の用に供す。六画の一層の各項を純陰純陽の両端に連ねて合計すれば、ちょうど六十四卦の数である。

《序卦》、《雑卦》明義

卦之序也,雜也,皆出於文王也,其所以序之雜之必有深意,亦必有略例。至夫子為之傳,乃因其次第,而發明陰陽相生相對之義,以見易道之無窮,蓋文王之立法至精,而夫子之見理至大,二者皆不可以不知也。

六十四卦の排序と《雑卦》の錯雑の排列とは、みな文王の手より出づ。彼のこのよう排序し、このよう錯雑せしむるは、必ず深意ありて、また必ず大致の条例の循る可きあり。孔子がそれらの為に伝を作るに及んで、便ち原有の次第に順い、陰陽相生相対の義理を闡発して、以て易道の無窮無尽を顕示す。文王の立法は極めて精密にして、孔子の見理は極めて宏大なり。この両方面はみな知らざるべからず。

韓孔諸儒,疑卦序若如夫子所言,則不應卦皆反對,故《程傳》於卦下既述夫子之意,又為上下篇義以繹其未盡之指,至歐陽修諸人,直斥《序卦》為非孔子之書者,妄也。若《雜卦》則乾坤之後,繼以《比》、《師》,其次敘又與《序卦》無一同者,是豈無義存焉?而諸儒皆莫之及,唯元儒胡氏於篇終微發其端,未竟其緒也,今因程胡之說而詳推二篇之所以類序錯綜者,目曰明義以附焉。

韓康伯・孔穎達らは怀疑す:卦序もし真に孔子の《序卦伝》のいう所のがごときならば、便ち毎両卦ともに彼此反対倒転するは当ならず。ゆえに程頤が《易伝》を作るに、各卦の下においてすでに孔子の意思を転述し、また別に《上下篇義》を作りて以て《序卦》の未尽の旨趣を申説す。欧陽修のあの一批の人に至っては、径直に《序卦》は孔子の書に非ずと断言す。すなわち荒謬なり。《雑卦》に至っては、乾坤の後に緊接するは《比》《師》で、それの次第は《序卦》と一処として相同じるなし。なんぞそのうちに義理の尋ね得べきなからんや。前代の諸儒はみなかつて講じ至らず。ただ元代の儒者胡氏のみ篇末において略々端倪を透露したるも、しかし線索を理し完さず。如今程氏・胡氏の説法に順い、《序卦》《雑卦》の両篇が分類排序し錯綜して文を成す所以の道理を詳細に推求し、「明義」と題して以てここに附す。

《序卦》

程子有上下篇義,今祖其意而詳推之。上篇,陽也,天道也,故凡天道之正,陽卦陽爻之盛,及陰陽長少先後有序者,皆上篇之卦也。下篇,陰也,人事也,故凡人事之交,陰卦陰爻之盛,及陰陽交感雜亂,長少先後無序者,皆下篇之卦也。故以八卦而論,乾坤,陰陽之純也,坎離,陰陽之中也,皆正中之正,放為陽。震巽,陰陽始交也,艮兌,交之極也,皆正中之交,故為陰。

程頤は《上下篇義》を作れり。如今彼の意思を承襲して詳しく推衍を加う。上経は陽に属し、講ずるは天道である。ゆえにおよそ天道の正、陽卦陽爻の盛多、および陰陽の長幼先後が井然有序たるは、みな上経に帰入す。下経は陰に属し、講ずるは人事である。ゆえにおよそ人事の交接、陰卦陰爻の盛多、および陰陽交感の雑乱、長幼先後の失序するは、みな下経に帰入す。八卦に就いて言えば:乾・坤は陰陽の純体、坎・離は陰陽の中体で、みな正中の正に属す。ゆえに陽と算す(底本の「放為陽」は當に「故為陽」と作るべし)。震・巽は陰陽が相交を始むるで、艮・兌は相交が極処に到るで、みな正中の交に属す。ゆえに陰と算す。いわゆる「正中」とは、乾・坤・坎・離が先天図の四正の位を占住するを指す。

以八卦之交而論,唯《否》、《泰》天地之交,交中之正也,故為陽,《咸》、《恆》、《損》、《益》,《既濟》、《未濟》六子之交,交中之交也,故為陰。又乾交陽卦。凡六,《需》、《訟》、《無妄》,《大畜》皆為陽盛,唯以爻畫參之,則《大壯》為陽過中,《遯》為陰浸長,故雖陽卦而居陰也。坤交陰卦凡六,《晉》、《明夷》、《萃》、《升》皆為陰盛,唯《臨》則陽浸長,《觀》則陰過中,故雖陰卦而居陽也。

八卦の相交するに就いて言えば:ただ《否》《泰》のみ天と地と相交わるで、交中の正に属す。ゆえに陽と算す。《咸》《恒》《損》《益》《既済》《未済》は六子の卦の相交わるで、交中の交に属す。ゆえに陰と算す――《咸》《損》は艮兌に由りて相配し、《恒》《益》は震巽に由りて相配し、《既済》《未済》はすなわち坎離に由りて相配す。また乾と陽卦と相交わるに共に六卦あり。そのうち《需》《訟》《无妄》《大畜》はみな陽盛と算す。ただ爻画を参照して看れば、《大壮》は陽がすでに中を過ぎ、《遯》は陰が漸漸生長す。ゆえに陽卦に属するといえども下経の陰位に編す。坤と陰卦と相交わるもまた六卦あり。そのうち《晋》《明夷》《萃》《升》はみな陰盛と算す。ただ《臨》は陽が漸漸生長し、《観》は陰がすでに中を過ぐ。ゆえに陰卦に属するといえども上経の陽位に編す。見るべし、篇を分かつは単に卦体を看るのみならず、なお爻画の消長を参合するを要するを。

又乾交陰卦凡六,《小畜》、之履》、《同人》。《大有》皆五陽而一陰,陽之盛也,唯以爻畫參之,則《夬》為陽已亢,《姤》為陰始生,故不得為陽而為陰也。坤交陽卦凡六,《師》、《比》、《謙》、《豫》、《剝》、《復》皆五陰而一陽,凡陽有主陰之義,陰雖多,不為盛而為役,陽雖少,不為衰而為主,故皆不為陰而為陽也。

また乾と陰卦と相交わるに共に六卦あり。《小畜》《履》《同人》《大有》はみな五陽一陰で、陽の盛に属す(底本の「之履》」は當に「《履》」と作るべし)。ただ爻画を参照して看れば、《夬》は五陽が一陰を決去して陽すでに亢極し、《姤》は一陰がはじめて五陽に遇いて陰剛剛生ず。まさに盛極して将に反せんとするの際に當たる。ゆえにこの両卦は陽と算せずして陰と算す。坤と陽卦と相交わるもまた六卦あり。《師》《比》《謙》《豫》《剥》《復》はみな五陰一陽である。大およそ一陽に衆陰を統主するの意義あれば、陰は多しといえども、興盛と算せずしてただ役使を受くと算す。陽は少なしといえども、衰弱と算せずしてまさに主宰たり。ゆえにこの六卦はみな陰と算せずして陽と算す。

又陽卦相交凡六,《屯》、《蒙》、《頤》長少先後以序者也,故為陽:《蹇》、《解》、《小過》失序者也,故為陰。又陰卦相交凡六,獨《大過》為《頤》之對,又得其序,故亦為陽;《家人》、《睽》、《革》、《鼎》、《中孚》皆陰也,《革》、《鼎》得序,故猶為陰中之陽也。

また陽卦が彼此相交わるに共に六卦あり。《屯》《蒙》《頤》の三卦は、長男・中男・少男の先後が各々その序を得。ゆえに陽と算す。《蹇》《解》《小過》の三卦は長幼が序を失す。ゆえに陰と算す――いわゆる失序とは、少男あるいは中男がかえって長男の前に排せられるをいう。また陰卦が彼此相交わるもまた六卦あり。ただ《大過》と《頤》とが両々相対し、またその次序を得る能わす。ゆえにまた陽と算す。《家人》《睽》《革》《鼎》《中孚》はみな陰に帰す。そのうち《革》《鼎》は長幼有序ゆえに、なお陰中の陽と算し得上るなり。

又陰陽相交之卦凡十有二,其得序者六,《隨》、《蠱》、《噬嗑》、《賁》為陽中之陰,《井》田為陰中之陽;其失序者六,《漸》、《歸妹》、《豐》、《旅》、《渙》、《節》陰小之陰也。二篇之分既定,其逐節逐卦次第先後,則以陰陽盛衰消長之義次之,如後論。

また陰陽が彼此相交わるの卦は共に十二個あり。そのうち序を得る六個は、《随》《蛊》《噬嗑》《賁》は陽中の陰に属し、《困》《井》は陰中の陽に属す(底本の「《井》田」は當に「《困》《井》」と作るべし)。失序の六個は、《漸》《帰妹》《豊》《旅》《渙》《節》で、陰中の陰に属す(底本の「陰小之陰」は當に「陰中之陰」と作るべし)。上下両篇の分法はすでに定め下せり。各節各卦の孰れが先孰れが後かは、すなわち陰陽盛衰消長の義理に依りて排列す。詳しくは下文の論列に見る。

《乾》,《坤》、《屯》、《蒙》、《需》、《訟》、《師》、《比》、《小畜》、《履》右(上)陽卦第一節。《泰》、《否》、《同人》;《大有》、《謙》、《豫》《隨》、《蠱》、《臨》、《觀》、《噬嗑》、《賁》、《剝》、《復》右(上)陽卦第三節。

上に列する《乾》《坤》《屯》《蒙》《需》《訟》《師》《比》《小畜》《履》の十卦は、上経の陽卦の第一節である。下面の《泰》《否》《同人》《大有》《謙》《豫》の六卦はもと陽卦第二節に属し、《随》《蛊》《臨》《観》《噬嗑》《賁》《剥》《復》の八卦こそ陽卦第三節なる。底本はここにおいて「陽卦第二節」の一行の標目を漏掉し、両節の卦名は連排して一処に在り、ただ「陽卦第三節」の一個の標題のみ余る。原書のこの類の標目はみな「右某卦第几節」と写し作す。竪排のとき「右」はすなわち上文の列する所の一串の卦名を指す。

《無妄》、《大畜》、《頤》、《大過》、《坎》、《離》右(上)陽卦第四節。《咸》、《恆》《遯》、《大壯》、《晉》、《明夷》、《家人》、《睽》、《蹇》、《解》右(上)陰卦第一節。

上に列する《无妄》《大畜》《頤》《大過》《坎》《離》の六卦は、上経の陽卦の第四節である。前面の三節に連ねて、上経の三十卦はここに至りて排し完る。下面の《咸》《恒》《遯》《大壮》《晋》《明夷》《家人》《睽》《蹇》《解》の十卦は、下経の陰卦の第一節である。下経は夫婦の道を以て開端と為す。ゆえに《咸》《恒》に由りて領起す。

《損》、《益》、《央》、《舶》、《萃》、《升》右(上)陰卦第二節。《困》、《井》、《革》、《鼎》、《震》、《艮》、《漸》、《歸妹》,《豐》、《旅》、《巽》、《兌》右(上)陰卦第三節。《渙》、《節》、《中孚》,《小過》、《既濟》、《未濟》右(上)陰卦第四節。

上に列する《損》《益》《夬》《姤》《萃》《升》の六卦は、陰卦の第二節である(底本の「《央》」は「《夬》」の訛り、「《舶》」は「《姤》」の訛り)。下面の《困》《井》《革》《鼎》《震》《艮》《漸》《帰妹》《豊》《旅》《巽》《兌》の十二卦は、陰卦の第三節である。再び下面の《渙》《節》《中孚》《小過》《既済》《未済》の六卦は、陰卦の第四節である。下経の三十四卦はここに至りて排し完る。全経の六十四卦は、すなわちこのよう分かちて上下両篇と為し、毎篇各々四節と為す。

陽卦第一節《乾》、《坤》者,眾卦之宗,故居篇首。先儒謂《周易》首《乾》,則此是文王所定,不可易也。《乾》、《坤》之外,三男為尊。《屯》、《蒙》者,二男之卦也,而皆長少先後不失其序,得陽道之正,故次《乾》、《坤》焉。《需》、《訟》上下皆陽卦,二五皆陽爻,陽之盛之,故次《屯》、《蒙》焉,《師》、《比》皆以一陽為眾陰主,而居二五中位,亦陽之盛也,故次《需》、《訟》焉。《小畜》、《履》五陽一陰,陽既極多,而二陰又退居三四之偏位,皆陽盛之卦也,故次《師》、《比》焉。

先ず陽卦第一節を説く。《乾》《坤》は衆卦の宗主ゆえに、全篇の首に居るを以てす。前代の儒者が《周易》は《乾》を以て開頭と為すと説くは、これは文王の定むる所で、更易すべからず。《乾》《坤》のほかに、震・坎・艮の三個の男卦を以て尊と為す。《屯》《蒙》はみな両個の男卦が相重ねて成るに由り、しかも長幼先後が次序を失わず、陽道の正を得。ゆえに《乾》《坤》の後に排す。《需》《訟》は上下の両体ともに陽卦で、二爻五爻またみな陽爻で、陽の盛に属す。ゆえに《屯》《蒙》の後に排す。《師》《比》はみな一個の陽爻を以て衆陰の主宰を做し、しかもあの一陽はまさに二・五の中位に居る。これもまた陽の盛なり。ゆえに《需》《訟》の後に排す。《小畜》《履》は五陽一陰で、陽すでに極めて多く、両卦のあの一陰はまた退きて三・四の偏位に処る――《小畜》の一陰は四に在り、《履》の一陰は三に在りて、みな中位に當たらず――ゆえに同じく陽盛の卦に属して、《師》《比》の後に排す。上経はすでに天道を以て主と為すれば、開端のこの十卦は便ち一路に陽の多寡と居る所の正偏とに依りて先後を定む。

陽卦第二節《泰》、《否》者,《乾》、《坤》之合體,義同《乾》、《坤》者也,然以其僦》、《坤》之交,故亞於《乾》、《坤》,《同人》、《大有》義反《師》。《比》。然以其剛多極盛,故同《小畜》、《履》而亞於《師》、《比》,《謙》、《豫》義反《小畜》、《履》,然陽為卦主,故同《師》、《比》而亞於《小畜》、《履》,此六者併為陽盛之次也。

再び陽卦第二節を説く。《泰》《否》は《乾》《坤》の両体に由りて合成し、取義は《乾》《坤》と相同じ。ただそれらはすでに乾坤相交の卦たれば(底本の「僦》」は「《乾》」の訛り)、ゆえに《乾》《坤》に次ぐ。《同人》《大有》の取義は《師》《比》と相反す――あそこは一陽が衆陰の主と為るで、ここは一陰が衆陰の帰する所と為る。ただ陽剛は衆多にして極めて興盛なれば、ゆえに《小畜》《履》と同類にして《師》《比》に次ぐ。《謙》《豫》の取義は《小畜》《履》と相反す。ただ卦中のあの一陽はまさに卦主たれば、ゆえに《師》《比》と同類にして《小畜》《履》に次ぐ。この六卦は並列して陽盛の第二等の次序と為す。

陽卦第三節以上二節,除《屯》、《蒙》為三男純卦,餘則皆有《乾》、《坤》為主,未嘗有男女之交也,故曰陽盛。至《隨》、《蠱》、《噬嗑》,《賁》然後有男女之交,是陰始生也,然而長少先後皆不失序,故猶為陽中之陰,《隨》、《蠱》之後,繼以《臨》、《觀》、《噬嗑》,《賁》之後,繼以《剝》、《復》,則陽又盛矣。

再び陽卦第三節を説く。以上の両節の卦は、《屯》《蒙》が三個の男卦の自相に重畳するを除いてのほか、其余はみな《乾》《坤》を以て主と為し、なおかつて男女交合の象あらず。ゆえに陽盛と称す。《随》《蛊》《噬嗑》《賁》に到りて、はじめて男女交合が出現す。これは陰気が生じ始むるなり。ただそれらは長幼先後ともに次序を失わず。ゆえに仍お陽中の陰と算す。《随》《蛊》の後に接ぐは《臨》《観》《噬嗑》で、《賁》の後に接ぐは《剥》《復》。《臨》は二陽が方に長ずるで、《観》はなお二陽が上に存すを尚し、《剥》《復》はみな一個の陽爻を以て主と為す。ゆえに陽気は便ちまた轉じて盛んなりという。

陽卦第四節《無妄》、《大畜》,《乾》與陽卦合體,義同《需》、《訟》,然二五不皆陽爻,故亞於《需》、《訟》。《頤》、《大過》男女類,分長少先後,義同《屯》、《蒙》。然二卦不皆陰卦第一節下篇主人事之交,故以夫婦之道始。男女之合,少則情專,老則誼篤,故《咸》為首,《恆》次之,《遯》、《大壯》陰長陽過,陰之盛也,故次《咸》、《恆》。《晉》、《明夷》上下皆陰卦,二五皆陰爻,義反陽之《需》、《訟》。《家人》、《睽》三陰之卦也,而又長少失序,陰道也,義反陽之《屯》、《蒙》,故四卦次《遯》、《大壯》。《蹇》、《解》本三陽之卦,而亦長少失序,義反《屯》、《蒙》,故從《家人》、《睽》焉。

再び陽卦第四節を説く。《无妄》《大畜》は乾体と陽卦の震・艮と相合するで、取義は《需》《訟》に同じ。ただ二爻・五爻は並びてみな陽爻に非ず。ゆえに《需》《訟》に次ぐ。《頤》《大過》は分かちて男女の両類に属し、各々長幼先後の別ありて、取義は《屯》《蒙》に同じ。しかるにこの両卦は並びてみな――底本のこの句はいまだ完さずして便ち中断し、接ぎ下るは便ち下経の陰卦第一節の文字である。陰卦第一節。下経は人事の交接を以て主と為す。ゆえに夫婦の道より開端す。男女結合すれば、年少のは情意専一にして、年老のは恩義篤厚なり。ゆえに《咸》(少男少女の相感)を首に居らしめ、《恒》(長男長女の偕老)を次と為す。《遯》《大壮》は陰が漸に生長して陽はすでに中を過ぐるで、陰の盛に属す。ゆえに《咸》《恒》の後に排す。《晋》《明夷》は上下の両体ともに陰卦で、二爻五爻またみな陰爻で、取義はまさに陽卦のうちの《需》《訟》と相反す。《家人》《睽》は三個の女卦が相重ねて成るに由り、しかも長幼が序を失し、まさに陰道に合す。取義は陽卦のうちの《屯》《蒙》と相反す。ゆえにこの四卦は《遯》《大壮》の後に排す。《蹇》《解》はもと三男の卦が相重ねて成るに由るが、しかし同じく長幼が序を失し、取義は《屯》《蒙》と相反す。ゆえに《家人》《睽》に跟隨す。

陰卦第二節《損》、《益》二少二長之交,義同《咸》、《恆》,《夬》、《姤》陽極陰生,義同《遯》、《大壯》,《萃》、《升》、《坤》與陰卦交,義同《晉》、《明夷》,故六卦相繼,陰盛之次也。

陰卦第二節。《損》は艮の少男と兌の少女と相交わり、《益》は震の長男と巽の長女と相交わる。みな少と少、長と長との配合に属し、取義は《咸》《恒》に同じ。《夬》《姤》は陽すでに極まりて陰また生ずるで、取義は《遯》《大壮》に同じ。《萃》《升》は坤体と兌・巽の両個の陰卦と相交わるで、取義は《晋》《明夷》に同じ。ゆえにこの六卦は一路相承して、陰盛の第二等の次序を構成す。

陰卦第三節《困》、《井》男女交而以序,義同陽之《隨》、《蠱》,《噬嗑》、《賁》,陰中之陽也,《革》、《鼎》三陰之卦,同《家人》、《睽》,然長少以序,故從《困》、《井》,猶《大過》之從《頤》也。《震》、《艮》雖下經之主,然本陽卦也,故此六卦併為陰小之陽,《漸》、《歸妹》、《豐》、《旅》男女交而失序,與《困》、《井》、《革》、《鼎》反,《巽》、《兌》陰卦,與《震》、《艮》反,此六卦則又自陽而向乎陰矣。

陰卦第三節。《困》《井》は男女相交わりて次序乱れず――《困》は坎の中男を以て下に在らしめ兌の少女を上に在らしめ、《井》は巽の長女を以て下に在らしめ坎の中男を上に在らしめて、配合ともに次第を越えず――取義は陽卦のうちの《随》《蛊》《噬嗑》《賁》に同じく、陰中の陽に属す。《革》《鼎》は三個の女卦が相重ねて成るに由り、もと《家人》《睽》に同じ。しかし長幼有序ゆえに、《困》《井》に跟從す。ちょうど《大過》が《頤》に跟從するがごとし。《震》《艮》は下経の主たりといえども、本身はしかし陽卦である。ゆえにこの六卦は並列して陰中の陽と為す。《漸》《帰妹》《豊》《旅》は男女相交わりてその次序を失し、あるいは少男を以て長女に配し、あるいは少女・中女を以て長男に配す。ちょうど《困》《井》《革》《鼎》と相反す。《巽》《兌》は陰卦で、ちょうど《震》《艮》と相反す。この後の六卦は便ち陽の一路より陰に轉向せり。

陰卦第四節《漸》、《歸妹》、《豐》、《旅》、《渙》、《節》六卦,男女交而失序,相類也。然《漸》、《歸妹》兩卦,長男長女皆在焉,《豐》、《旅》有長男在焉,《渙》、《節》唯長女在焉,則《渙》、《節》者變之窮,陰道之極也。《中孚》、《小過》與上篇《頤》、《大過》相對,《大過》雖陰卦,以得其序而從《頤》,故《小過》雖陽卦,以失其序而從《中孚》,其義與《蹇》、《解》之從《家人》、《睽》者同,併為陰復盛之卦也。《既濟》、《未濟》終篇,所重在《未濟》,蓋三陽失位,男之窮也,陰盛之極也,然物不可窮也,故受之以《未濟》終焉。

陰卦第四節。《漸》《帰妹》《豊》《旅》《渙》《節》のこの六卦は、みな男女相交わりてその次序を失し、彼此同類なり。ただ《漸》《帰妹》の両卦は長男長女ともに在り、《豊》《旅》はただ長男のみ内に在り、《渙》《節》はすなわちただ長女のみ内に在る。見るべし、《渙》《節》は変じて尽頭に到り、陰道は極処に到れるを。《中孚》《小過》は上経の《頤》《大過》と両々相対す。《大過》は陰卦たりといえども、その次序を得るに因りて《頤》に跟從す。ゆえに《小過》は陽卦たりといえども、またその次序を失するに因りて《中孚》に跟從す。この道理は《蹇》《解》が《家人》《睽》に跟從するに同じ。それらは並列して陰気重ねてまた轉盛の卦と為す。《既済》《未済》は全篇を収束し、分量の重きは《未済》に在り。《未済》の九二・九四・上九の三個の陽爻はみな偶位に処りて當位せず、男子困窮の象で、また陰盛の極点に到れるなり。しかるに事物は能く一味に窮尽すべからず。ゆえに《序卦》に「物不可窮也」といい、《未済》を用いて《既済》を承接して以て全経を終結す。この一節の六卦は、ちょうど上経の第四節と遥相に対応す。

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