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繋辞上伝 第二章 聖人設卦観象

清 · 李光地 · 第65巻 / 87

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

聖人設卦觀象,繫辭焉而明吉凶。本義 象者,物之似也,此言聖人作《易》,觀卦爻之象,而繫以辭也。集說 孔氏穎達曰:設之卦象,則有吉有凶,故下文云“吉凶者失得之象,悔吝者憂虞之象,變化者進退之象,剛柔者晝夜之象”。是施設其卦,有此諸象也。此“設卦觀象”,總為下而言,卦象爻象,有吉有凶,若不繫辭,其理未顯,故繫屬吉凶之文辭於卦爻之下,而顯明此卦爻吉凶也。案吉凶之外,猶有悔吝憂虞,舉吉凶則包之。

《繋辞》はいう:聖人は卦画を設立し物象を観察し、その下に文辞を繋いで吉凶を阐明する。朱熹《本義》はいう:象とは、事物への相似たる模擬である。これは聖人が《周易》を作るにあたり、卦爻の象を観察して、のちに文辞を繋いだことを言う。集説に孔穎達の言を引く:卦象を設立すれば、吉あり凶がある。ゆえに下文は「吉凶者失得之象、悔吝者憂虞之象、変化者進退之象、剛柔者昼夜之象」という。これはあの卦を施設すれば、すなわちこの多くの象があることを言う。ここの「設卦観象」は、下文を総じて領して言うのである。卦には卦の象があり、爻には爻の象があり、吉あり凶がある。もし文辞を繋がなければ、その理は顕れ出ない。ゆえに吉凶を断ずる文辞を卦爻の下に繋ぎ屬して、この一卦一爻の吉凶を顕示明白にするのである。孔穎達はまた按ずる:吉凶の外にさらに悔と吝・憂と虞があり、吉凶を挙げればそれらをすべて包むのである。

朱氏震曰:聖人設卦,本以觀象,自伏羲至於文王一也,聖人憂患後世,懼觀者智不足以知此,於是繫之卦辭,又繫之爻辭,以吉凶明告之。《朱子語類》云:《易》當初只是為卜筮而作,《文言》、《彖》、《象》,卻是推說作義理上去,觀乾坤二卦便可見。孔子曰:“聖人設卦觀象繫辭焉而明吉凶”,不是卜筮,如何明吉凶。

集説に朱震の言を引く:聖人が卦画を設立したのは、もともと物象を観察するためで、伏羲より文王に至るまで同一である。聖人は後世を憂え、卦を見る者の智力が足らずこれらの象を看取できないことを恐れ、ここに卦辞を繋ぎ、また爻辞を繋いで、吉凶を明白に人に告げたのである。《朱子語類》はいう:《周易》は当初ただ占卜のために作られた。《文言》《彖伝》《象伝》こそがこれを義理に推衍したもので、乾坤二卦の伝文を見れば明白である。孔子は「聖人設卦観象、繋辞焉而明吉凶」といった。もし占卜のためでなければ、何をもって吉凶を阐明し得ようか。

王氏申子曰:《易》之初也,有象而未有卦,及八卦既設而象寓焉,及八重而六十 剛柔相推而生變化。本義 言卦爻陰陽迭相推蕩,而陰或變陽,陽或化陰,聖人所以觀象而繫辭,眾人所以因蓍而求卦者也。集說 張氏振淵曰:“剛柔相推”之中或當位,或失位,而吉凶悔吝之源正起於此。聖人之所觀,觀此也,聖人之所明,明此也,蓋吉凶悔吝雖繫於辭,而其原實起於變。

集説に王申子の言を引く:《周易》の最初は、象があってまだ卦がなかった。八卦が設立されるに及んで、象は卦のうちに寄託された。八卦が相重して六十——ここに底本に脱文がある。以下は《繋辞》の原文である:剛柔は互いに推移して変化を生ずる。朱熹《本義》はいう:これは卦爻の陰陽が交替推蕩し、陰は時に変じて陽となり、陽は時に化して陰となることを言う。聖人はまさにこれに拠って物象を観察し文辞を繋ぎ、衆人もまたまさにこれに拠って蓍草を借りて卦象を求めるのである。集説に張振淵の言を引く:「剛柔相推」のうち、あるいは位に当たり、あるいは位を失い、そして吉凶悔吝の源頭はまさにここより生ずる。聖人の観察するはこのことであり、阐明せんとするもまたこのことである。吉凶悔吝は文辞に繋がれているが、その根源は実に「変」より起るのである。

是故吉凶者,失得之象也。悔吝者,憂虞之象也。本義 “吉凶”“悔吝”者,《易》之辭也;“失得”“憂虞”者,事之變也。得則吉,失則凶,憂虞雖未至凶,然已足以致悔而取羞矣。蓋“吉凶”相對,而“悔吝”居其中間,“悔”自凶而趨吉,“吝”自吉而向凶也,故聖人觀卦爻之中,或有此象,則繫之以此辭也。

《繋辞》はいう:それゆえ吉と凶は、失と得の象であり、悔と吝は、憂と虞の象である。朱熹《本義》はいう:「吉凶」「悔吝」は《周易》の断語であり、「失得」「憂虞」は人事の変化である。得れば吉であり、失えば凶である。憂と虞はまだ凶の地步に至らないが、すでに悔恨を招き羞辱を被るに足る。大要は吉と凶は両頭相い対し、悔と吝はその中間に挟まる。「悔」は凶のあちらより吉のこちらに向かい、「吝」は吉のこちらより凶のあちらに向かう。ゆえに聖人は卦爻のうちを観察して、もしこのような象があれば、このような断語を繋ぐのである。

集說 虞氏翻曰:“吉”則象“得”,“凶”則象“失”,“悔”則象“憂”,“吝”則象“虞”也。干氏寶曰:“憂虞”未至於“失得”,“悔吝”不入於“吉凶”,事有小大,故辭有緩急,各象其意也。

集説に虞翻の言を引く:「吉」は得を象徴し、「凶」は失を象徴し、「悔」は憂を象徴し、「吝」は虞を象徴する。四つの断語と四種の人事は一々相い配する。干宝はいう:憂と虞の分量は、まだ失と得のあの地步に重き至っていない。悔と吝の分量も、まだ吉と凶のあの等級に及んでいない。事はもともと小あり大あるので、断語もまた緩あり急があり、それぞれその応ずる軽重を模擬するのである。

《朱子語類》云:吉凶悔吝,四者循環,周而復始,悔了便吉,吉了便吝,吝了便凶,凶了又悔,正如生於憂患死於安樂相似,蓋憂苦患難中必悔,悔便是吉之漸,及至吉了,少間便安意肆志,必至作出不好可羞吝底事出來,吝便是凶之漸矣。及至凶矣,又卻悔,只管循環不已,正如剛柔變化,剛了化,化便是柔,柔了變,變便是剛,亦循環不已。

《朱子語類》はいう:吉・凶・悔・吝の四様は循環往復し、周してまた始まる。悔が過ぎればすなわち吉となり、吉が過ぎればすなわち吝となり、吝が過ぎればすなわち凶となり、凶が過ぎればまた悔となる。まさに《孟子》のいう憂患に生まれ安楽に死するが如しである。人は憂苦患難のうちにおいて必ず悔を生じ、悔はすなわち吉に走向する開端である。真に吉となるに及び、久しからずして心安らかになり志が肆になると、必ずまた好ましからぬ羞ずべき吝るべき事を為す。吝はすなわち凶に走向する開端である。真に凶となるに及んで、また悔を生ずる。このように循環して止まず、まさに剛柔の変と化の如しである。剛となれば化し、化すればすなわち柔となる。柔となれば変じ、変ずればすなわち剛となる。これも循環して止まず、永遠にこの圈子の外に転じ出られないのである。

又云:“悔”屬陽,“吝”屬陰,“悔”是逞快作出事來有錯失處,這便生悔,所以屬陽,“吝”是那隈隈衰衰,不分明底,所以屬陰,亦猶驕是氣盈,吝是氣歉。又云:“吉凶者失得之象,悔吝者憂虞之象,變化者進退之象,剛柔者晝夜之象”,四句皆互換往來,吉凶與悔吝相貫,悔自凶而趨吉,吝自言而趨凶,進退與晝夜相貫,進自柔而趨乎剛,退自剛而趨乎柔。

《朱子語類》はまたいう:「悔」は陽に属し、「吝」は陰に属する。「悔」は一時に痛快に事を為して、差錯が出れば、これに悔を生ずる。ゆえに陽に属する。「吝」はあの畏縮して明白ならざる様子である。ゆえに陰に属する。これもまたたとえば驕は気の太り過ぎ、吝は気の足らざるが如しである。またいう:「吉凶者失得之象、悔吝者憂虞之象、変化者進退之象、剛柔者昼夜之象」、この四句はみな彼此交換往来するものである。吉凶と悔吝は相い貫通する。悔は凶のあちらより吉に趨向し、吝は吉のこちらより凶に趨向する(底本は「吉」を「言」と誤る)。進退と昼夜は相い貫通する。進は柔より剛に趨向し、退は剛より柔に趨向する。四句は彼此相い照応し、まさに人事上の吉凶悔吝と天道上の進退昼夜とが、もとは同一の来回复の理であることを見るのである。

趙氏玉泉曰:吉即順理而得之象也,凶即逆理而失之象也,悔即既失之後,困於心,衡於慮,而為憂之象也,吝即未失之先,狃於安,溺於樂,而為虞之象也。何氏楷曰:吉凶悔吝,以卦辭言,失得憂虞,以人事言,上文所謂觀象繫辭以明吉凶者此也。

集説に趙玉泉の言を引く:吉とは、道理に順って得るところあるの象である。凶とは、道理に逆らって失うところあるの象である。悔とは、すでに失ったのちに、心が困頓し思慮が阻まれて憂を生ずるの象である。吝とは、まだ失わない先に、安逸に慣れ享楽に溺れて虞を生ずるの象である。何楷はいう:吉凶悔吝は、卦爻の断語に就いて言う。失得憂虞は、人事に就いて言う。上文のいう観象繋辞して吉凶を阐明するは、まさにこの一層を指すのである。

變化者,進退之象也。剛柔者,晝夜之象也。六爻之動,三極之道也。本義 柔變而趨於剛者,退極而進也,剛化而趨於柔者,進極而退也。既變而剛,則晝而陽矣,既化而柔,則夜而陰矣,六爻初二為地,三四為人,五上為天,“動”,即 則“吉凶”之類,“晝夜”亦“變化”之道。

《繋辞》はいう:変と化は、進と退の象である。剛と柔は、昼と夜の象である。六爻の変動は、天地人三極の道である。朱熹《本義》はいう:柔が変じて剛に趨向するは、退が極りに至ってまた進に転ずる。剛が化して柔に趨向するは、進が極りに至ってまた退に転ずる。すでに変じて剛となれば、白昼にして陽に属す。すでに化して柔となれば、夜晚にして陰に属す。六爻のうち、初爻・二爻は地、三爻・四爻は人、五爻・上爻は天である。「動」とはすなわち——ここに底本に脱文があり、下に残句を接ぐ:すなわち「吉凶」の類に属し、「昼夜」もまた「変化」の理である。

孔氏穎達曰:六爻遞相推動,而生變化,是天地人三才至極之道。蔡氏淵曰:“動”,變易也。“極”者,太極也,以其變易無常,乃太極之道也。“三極”,謂三才各具一太極也,變至六爻,則一卦之體具,而三才之道備矣。

集説に孔穎達の言を引く:六爻は次いで相い推動し、因って変化を生ずる。これがすなわち天・地・人の三才の至極の理である。蔡淵はいう:「動」とはすなわち変易であり、「極」とはすなわち太極である。まさにそれが変易して常なく、一定の形跡がないゆえに、まさに太極の道である。いわゆる「三極」は、天地人の三才がそれぞれ一つの太極を具えることを言う。六爻が備わって変じれば、一卦の形体が完成し、三才の道もまた斉うのである。

吳氏澄曰:“吉凶”“悔吝”,象人事之“失得”“憂虞”,“變化”“剛柔”,象天地陰陽之“晝夜””進退”,是六爻兼有天、地、人之道也。胡氏炳文曰:此曰“三極”,是卦爻已動之後,各具一太極,後曰“易有太極”者,則卦爻未生之先,統體一太極也。俞氏琰曰:“三極之道”,言道之體,“三才之道”,言道之用。何氏楷曰:“變化”“剛柔”,以卦畫言;“進退”“晝夜”,以造化言。“六爻之動”二句,推言變化之故,上文所謂“剛柔相推而生變化”者此也。

集説に呉澄の言を引く:「吉凶」「悔吝」が模擬するは人事上の失得と憂虞であり、「変化」「剛柔」が模擬するは天地陰陽の昼夜と進退である。一頭は人事に繋がり、一頭は天道に繋がる。よく六爻が天・地・人の三方面の理を兼ねることが見える。胡炳文はいう:ここに「三極」を言うは、卦爻がすでに変動したのち、天地人がそれぞれ一つの「太極」を具えることである。後の《繋辞》に「易有太極」と言うは、卦爻がまだ生じない以前、通体統摂してただ一つの太極であることである。一つは分けて見、一つは合わせて見るのである。兪琰はいう:「三極之道」が言うは道の本体であり、「三才之道」が言うは道の功用である。「極」と称するは至極の準則に就いて言い、「才」と称するは物を成す実能に就いて言う。何楷はいう:「変化」「剛柔」は卦画に就いて言い、「進退」「昼夜」は造化に就いて言う。「六爻之動、三極之道也」の二句は、変化の縁由を推し究めたもので、すなわち上文のいう「剛柔相推而生変化」である。

是故君子所居而安者,易之序也。所樂而玩者,爻之辭也。本義 “易之序”,謂卦爻所著事理當然之次第;“玩”者,觀之詳。集說 孔氏穎達曰:若居在《乾》之初九,而安在“勿用”;若居在《乾》之九三,而安在“乾乾”。是以所居而安者,由觀《易》位之次序也。

《繋辞》はいう:それゆえ君子の身を安んじ命を立てて心の安らかなるは、《周易》の顕示する次序であり、心の愛して反復玩味するは、各爻の文辞である。朱熹《本義》はいう:「易之序」とは、卦爻の顕示する事理当然の先後次第を指す。「玩」とは、すなわち細かく見ることである。集説に孔穎達の言を引く:たとえば身《乾》卦の初九の地位に処れば、爻辞のいう「勿用」に安んじ、身《乾》卦の九三の地位に処れば、爻辞のいう「乾乾」に安んず。居るところにして心の安んずる能くするは、《周易》の爻位の次序を看清したによることを見る。

王氏宗傳曰:所謂“易之序”者,消息盈虛之有其時是也。居之而安,則盛行不加,窮居不損,而與易為一矣。所謂“爻之辭”者,是非當否之有所命是也,樂之而玩,則“默而成之,不言而信”而與爻為一矣。

集説に王宗伝の言を引く:いわゆる「易之序」とは、消長盈虚がそれぞれその時あることである。安んじてその中に処りて心安んずれば、それはすなわち《孟子》のいう、志を得て顕達のときもこれによりて増さず、窮困独处のときもこれによりて損なわず、人はすなわち《易》と合して一体となる。いわゆる「爻之辞」とは、是非当否がそれぞれその断定あることである。これを愛して反復玩味すれば、すなわち「黙而成之、不言而信」を為し得て、人はすなわち爻と合して一体となる。

《朱子語類》:問:“所居而安者易之序”也,與“居則觀其象”之“居”不同,上“居”字是總就身之所處而言,下“居”字則靜對動而言。曰:然。問“所居而安者易之序也”。曰:“序”是次序,謂卦爻之初終,如“潛”“見”“飛”“躍”,循其序則安。又問“所樂而玩者爻之辭”。曰:橫渠謂每讀每有益,所以可樂,蓋有契於心,則自然樂。

《朱子語類》に記す:ある人が問うた。「所居而安者易之序也」の「居」と、「居則観其象」の「居」とは同じでない。上の「居」の字は総じて身の処する地位に就いて言い、下の「居」の字は動に対していう静である。朱熹は答えた。そのとおりである。またある人が「所居而安者易之序也」を問うた。朱熹は答えた。「序」とはすなわち次序で、卦爻の初より終に至る先後を指す。たとえば《乾》卦の「潜」「見」「飛」「躍」は、この次序に順って往けば安んずる。また「所楽而玩者爻之辞」を問うた。朱熹は答えた。張載は一遍読むごとに一遍の収益があるので楽しみ得るといった。大凡一処が自己の心と契合すれば、自然に楽しむのである。

俞氏琰曰:“居”以位言,“安”,謂安其分也,“樂”以心言,“玩”謂繹之而不厭也,君子觀易之序而循是理故“安”,觀爻之辭而達是理故“樂”。是故君子居則觀其象而玩其辭,動則觀其變而玩其占,是以自天祐之,吉無不利。本義 象辭變已見上,凡單言“變”者,化在其中。“占”,謂其所值吉凶之決也。此第二章,言聖人作《易》,君子學《易》之事。

集説に兪琰の言を引く:「居」は地位に就いて言い、「安」は自己の本分に安んずることである。「楽」は心に就いて言い、「玩」は反復抽繹して厭かないことである。君子は《周易》の次序を看清してこの理に依循するゆえに安であり、爻の文辞を看清してこの理に通達するゆえに楽である。《繋辞》はいう:それゆえ君子は平居すればすなわち卦爻の象を観てその文辞を玩味し、行動すればすなわち爻の変動を観てその占断を玩味する。それによりて天これを保祐し、吉利にして宜しからざるなし。朱熹《本義》はいう:象・辞・変の三様は上文ですでに言った。およそ単に一つの「変」の字を言うは、「化」がその内に包まれている。「占」とは、遇うところのあの吉凶の断語を指す。以上は第二章で、聖人の《周易》を制作し君子の《周易》を学習するという二つの事を言ったのである。

集說 虞氏翻曰:“以動者尚其變”,占事知來,故“玩其占”也。《朱子語類》:問:“居則觀其象玩其辭,動則觀其變玩其占”,如何?曰:若是理 蔡氏淵曰:觀象玩辭,學《易》也;觀變玩占,用《易》也。學《易》則無所不盡其理,用《易》則唯盡乎一爻之時,居既盡乎天之理,動必合乎天之道,故曰“自天枯之,吉無不利也”。

集説に虞翻の言を引く:《繋辞》に「以動者尚其変」と言うは、事を占問して未来を予知するゆえに「玩其占」というのである。《朱子語類》に記す:ある人が問うた。「居則観其象玩其辞、動則観其変玩其占」とはどう言うか。朱熹は答えた。もし理——ここに底本に脱文がある。蔡淵はいう:観象玩辞は、《易》を学ぶことである。観変玩占は、《易》を用いることである。《易》を学ぶには道理を処処に窮め、《易》を用いるにはただ当下この一爻の時機を窮める。平居のときすでに天理を窮め尽くせば、行動のとき必ず天道に合う。ゆえに「自天祐之、吉无不利」という(底本は「祐」を「枯」と誤る)。

王氏申子曰:平居無事,觀卦爻之象而玩其辭,則可以察吉凶悔吝之故,及動而應事,觀卦之變而玩其占,則可以決吉凶悔吝之幾,故有不動,動無不吉也。胡氏炳文曰:天地間剛柔變化,無一時間,人在大化中,吉凶悔吝,無一息停,吉一而已,凶悔吝三焉,上文示人以吉凶悔吝者,作《易》之事,此獨吉而無凶悔吝者,學《易》之功也。

集説に王申子の言を引く:平常閑居して事なく、卦爻の象を観てその文辞を玩味すれば、すなわち吉凶悔吝の縁由を察知し得る。行動あるに及んで事に応じ、卦の変動を観てその占断を玩味すれば、すなわち吉凶悔吝の苗头を決断し得る。ゆえに君子はあるいは動かず、一たび動けば吉ならざるなし。胡炳文はいう:天地の間の剛柔変化は、一刻の間断もない。人はこの大化流行の中において、吉凶悔吝もまた一息の停歇もない。四様のうち吉はただ一様を占め、凶・悔・吝は三様を占める。上文は吉凶悔吝を人に指示した。あれは《周易》制作の事である。ここにはただ吉があって凶悔吝がない。あれは《周易》学習の功效である。

俞氏琰曰:觀象玩辭,如蔡墨雲在《乾》之《姤》,如莊子云在《師》之《臨》,謂之在者是也,觀變玩占,如陳侯遇《觀》之《否》,晉侯遇《大有》之《睽》,謂之遇者是也。

集説に兪琰の言を引く:観象玩辞は、たとえば《左伝》に蔡墨のいう「在《乾》之《姤》」、荘子のいう「在《師》之《臨》」の如く、およそ一つの「在」の字を用いるはみなこの類に属す。観変玩占は、たとえば陳侯が占して《観》之《否》を得、晋侯が占して《大有》之《睽》を得た如く、およそ一つの「遇」の字を用いるはみなあの類に属す。

總論 孔氏穎達曰:前章言天地“成象”“成形”“簡易”之德,明乾坤之大旨,此章明“聖人設卦觀象”,爻辭占凶悔吝之細別。程子曰:聖人既設卦、觀卦之象而繫以辭,明其吉凶之理;以剛柔相推,而知變化之道。吉凶之生,由失得也;悔吝者,可憂虞也,進退消長,所以成變化也;剛柔相易而成晝夜,觀晝夜則知剛柔之道矣,“三極”,上中下也。極,中也,皆其時中也。“三才”以物言也,“三極”以位言也,六爻之動,以位為義,乃其序也,得其序則安矣,辭以明義,玩其辭義,則知其可樂也,觀象玩辭而通其意,觀變玩占而順其時,動不違於天矣。

総論。孔穎達はいう:前の一章は天地の「成象」「成形」および「簡易」の徳性を言い、乾坤の大旨を阐明した。この一章は「聖人設卦観象」および爻辞のうちの吉凶悔吝の細緻なる分別を阐明する。程頤はいう:聖人はすでに卦を設立し、卦の象を観て文辞を繋ぎ、その中の吉凶の理を阐明する。剛柔の互いの推移によりて、変化の理を知る。吉凶の生ずるは、失あり得あるに由る。悔と吝は、憂え戒惧するに値するものである。進退消長は、まさに変化の形成し得る縁由である。剛柔は互いに交替して昼夜を形成し、昼夜を看清せばすなわち剛柔の理を明白にする。「三極」とはすなわち上・中・下である。極とはすなわち中で、みなそれぞれあの時の中である。「三才」は物に就いて言い、「三極」は位に就いて言う。六爻の変動は、爻位をもって義を取る。それがすなわちその次序である。この次序を得れば、心は安んずる。文辞は義理を阐明するに用い、その辞義を玩味すれば、その中に楽しむべきところあるを知る。観象玩辞してその用意に通暁し、観変玩占してその時機に順応すれば、一挙一動みな天に背かないのである。

何氏楷曰:上章言造化自然之易,為作《易》之本,此章乃言作《易》之旨。案 上章雖言作《易》之源本,然實以明在造化者,無非自然之《易》書,故先儒以為畫前之《易》者此也。此章乃備言作《易》學《易》之事,蓋承上章言之,而為後諸章之綱也。“設卦觀象”,先天之聖人也;“繫辭”而“明吉凶”,後天之聖人也;“剛柔相推而生變化”,申言設卦觀象之事。

何楷はいう:上の一章は造化の自ら然而る《易》を言い、あれは《周易》制作の根本である。この一章はやっと《周易》制作の宗旨を言う。李光地の按:上の一章は《周易》制作の源頭根本を言ったが、その実は造化の中に存するは、一部の自ら然而る《易》書にほかならないことを阐明せんと欲したのである。ゆえに先儒は「画前之易」ありというが、このことを指す。この一章は詳備に《周易》制作と《周易》学習の二つの事を言い、上の一章を承けて言い下し、後の各章の綱領と為すのである。「設卦観象」は、先天の聖人を言う。「繋辞」して「明吉凶」は、後天の聖人を言う。「剛柔相推而生変化」は、設卦観象のこの事を重ねて申すのである。

所象者或為人事之“失得”“憂虞”,或為天道之“進退”“晝夜”,極而至於天地人之至理,莫不包涵統具於其中,此辭所由繫而占所由生也;“居而安”者,以身驗之;“樂而玩”者,以心體之,在平時則為觀象玩辭之功,在臨事則為觀變玩占之用,此所謂奉明命以周旋,述天理而時措者也。“自天祐之,吉無不利”,學《易》之效,至於如此。

李光地は続けていう:その模擬する対象は、あるいは人事上の失得と憂虞、あるいは天道上の進退と昼夜である。極処に推せば、天・地・人の三者の至理で、包摂統摂されないものは一つもない。これが文辞の繋がるべき所以、占断の生ずる所以の縁故である。「居而安」は、自身をもってそれを印証することであり、「楽而玩」は、心をもってそれを體會することである。平常のときにおいては観象玩辞の功夫であり、事に臨むときにおいては観変玩占の運用である。これがいわゆる上天の明命を奉じて周旋応対し、天理を遵循して時に随って安排するのである。「自天祐之、吉无不利」、《易》を学ぶ功效は、ついにこの地步に至ったのである。

繋辞上伝 第三章 彖者言乎象

彖者,言乎象者也。爻者,言乎變者也。本義 “彖”,謂卦辭,文王所作者。“爻”,謂爻辭,周公所作者。“象”,指全體而言,“變”,指一節而言。集說 虞氏翻曰:“八卦以象告”,故言乎象也,爻有六畫,九六變化,故言乎變者也。項氏安世曰:彖辭所言之象,即下文所謂“卦”也,爻辭所言之變,即下文所謂“位” 吉凶者,言乎其失得也。悔吝者,言乎其小疵也。無咎者,善補過也。

《繋辞》はいう:彖辞は卦象を言い、爻辞は変動を言う。朱熹《本義》はいう:「彖」は卦辞を指し、文王の作である。「爻」は爻辞を指し、周公の作である。「象」は一卦の全体に就いて言い、「変」はその中の一節に就いて言う。集説に虞翻の言を引く:《繋辞》に「八卦以象告」というゆえに、彖辞は象を言うという。爻に六画あり、用九用六はそれぞれ変化あるゆえに、爻辞は変を言うという。項安世はいう:彖辞の言う象は、すなわち下文のいう「卦」である。爻辞の言う変は、すなわち下文のいう「位」である——ここに底本に脱文がある。以下は《繋辞》の原文である:吉と凶は、事の失と得を言う。悔と吝は、事の小疵を言う。无咎は、善く過を補うを言う。

本義 此卦爻辭之通例。集說 崔氏憬曰:《繫辭》著悔吝之言,則異凶咎,若疾病之與小疵。楊氏萬里曰:言動之間,盡善之謂得,不盡善之謂失,小不善之謂疵,不明乎善而誤入乎不善之謂過,覺其小不善,非不欲改,而已無及,於是乎有悔,不覺其小不善,猶及於改,而不能改,或不肯改,於是乎有吝,吾身之過,猶吾衣之破也,衣有破,補之斯全,身有過,補之斯還,還者何,復之於善也,補不善而復之於善,何咎之有。

朱熹《本義》はいう:これは卦辞爻辞の通例である。集説に崔憬の言を引く:《繋辞》が悔と吝の二字を書き下したは、凶と咎とは異なる。たとえば重病と小毛病の分別の如しである。楊万里はいう:言語行動の間において、十分に完善を成し遂げるを得と呼び、完善を成し得ぬを失と呼び、稍やかに不善あるを疵と呼び、何が善なるかを弄清せずして誤って不善に入るを過と呼ぶ。自己のあの不善を察覚し、改めんと欲しないにあらざれども、すでに及ばず、ここに悔がある。あの不善を察覚せず、もともと改めるに及ぶべくもあれど、改め得ず、あるいは改めるを肯ぜず、ここに吝がある。我が身の過失は、たとえば我が衣裳の破洞の如しである。衣裳が破れれば、補えばすなわち完整となる。身に過あれば、補えばすなわち戻る。何れのところに戻るか。善の上に戻るのである。不善を補い止めて善の上に戻れば、なお何の過咎あらん。

蔡氏淵曰:“吉凶”“悔吝”“無咎”,即卦與爻之斷辭也。“失得”者,事之已成著者也。“小疵”者,事之得失未分,而能致得失者也。“善補過者”,先本有咎,修之則可免咎也。胡氏炳文曰:前章言卦爻中“吉凶”“悔吝”之辭,未嘗及無咎之辭,此章方及之,大抵不貴無過而貴改過,“無咎者,善補過也”,聖人許人自新之意切矣。張氏振淵曰:“失得”指時有消息,位有當否說,“小疵”兼兩意,向於得而未得,尚有“小疵”則悔,向於失而未失,已有“小疵”則吝。

集説に蔡淵の言を引く:「吉凶」「悔吝」「无咎」は、みな卦と爻の断語である。「失得」とは、事がすでに成形顕露したるを指す。「小疵」とは、事の得失がまだ分暁せざるも、得失を招き致すに足るあの一点の苗头を指す。「善補過」とは、もとより本より咎ありて、修治を加えれば過咎を免れ得ることである。胡炳文はいう:前の一章は卦爻の中の吉凶悔吝の断語を言い、「无咎」のこの断語に言及せず。この一章に至ってやっとそれを言う。大体、過失なきをもって貴しとせずして、能く過を改むるをもって貴しとする。「无咎者、善補過也」、聖人の人に自新を許す用心は、何と懇切なることか。張振淵はいう:「失得」は、時機に消あり長あり、爻位に当あり不当あることに就いて言う。「小疵」は両層の意思を兼ねる。得に偏向していまだ得ざるにして、なお一点の小毛病を存するは、すなわち悔である。失に偏向していまだ失わざるにして、すでに一点の小毛病を有するは、すなわち吝である。

是故列貴賤者存乎位,齊小大者存乎卦,辨吉凶者存乎辭。本義 “位”,謂六爻之位。“齊”,猶定也。“小”謂陰,“大”謂陽。集說 王氏肅曰:“齊”,猶正也。陽卦大,陰卦小,卦列則“小大”分,故曰“齊小大者,存乎卦”也。張氏浚曰:卦之所設,本乎陰陽,陰小陽大,體固不同,而各以所遇之時為正,陽得位則陽用事,陰得位則陰用事,“小大”之理,至卦而齊。

《繋辞》はいう:それゆえ貴賤を排列するは爻位に在り、小大を判定するは卦に在り、吉凶を分辨するは文辞に在る。朱熹《本義》はいう:「位」は六爻の位次を指す。「斉」は定に等しい。「小」は陰を指し、「大」は陽を指す。集説に王粛の言を引く:「斉」は正に等しい。陽卦を大と為し、陰卦を小と為す。卦が一たび排列し出されれば、孰が小なるか孰が大なるかが分清する。ゆえに「斉小大者存乎卦」という。張浚はいう:卦の設立は、根本を陰陽とする。陰小陽大にして、両者の体質はもともと同じからざるも、各々その遇うところの時機をもって正と為す。陽が位を得れば陽によりて事に当たり、陰が位を得れば陰によりて事に当たる。小と大の理は、一たび卦に至れば判定斉整し、必ずしも更にその本身の大小を問わざるなり。

《朱子語類》:問:上下貴賤之位何也。曰:二四則四貴而二賤,五三則五貴而三賤,上初則上貴而初賤,上雖無位,然本是貴重,所謂“貴而無位,高而無民”,在人君則為天子父,為天子師,在他人則清高而在物外不與事者,此。所以為貴也。

《朱子語類》に記す:ある人が問うた。上下貴賤の位次はどのように分かれるか。朱熹は答えた。二と四とを比すれば、四は貴にして二は賤である。五と三とを比すれば、五は貴にして三は賤である。上と初とを比すれば、上は貴にして初は賤である。上爻は職位なきも、その本身は貴重なり。すなわち《乾》卦《文言》のいう「貴而无位、高而无民」である。このような人は、君主の家においては天子の父・天子の師であり、他人においては清高自守して事外に身を置き世事に干与せざる人である。ゆえに貴と算作するのである。

王氏申子曰:“列”,分也。陽貴陰賤,上貴下賤,亦有貴而無位,有位而在下者,故曰“列貴賤者,存乎位。 ”“位”者,六爻之位也。“齊”,均也。陽大陰小,陽卦多陰,則陽為之主,陰卦多陽,則陰為之主,雖“小大”不齊,而得時為主則均也,故曰“齊小大者存乎卦”。“卦”者,全卦之體也。“辨”,明也。辨一卦一爻之吉凶者,“辭”也,故曰“辨吉凶者存乎辭”。

集説に王申子の言を引く:「列」とはすなわち分である。陽貴陰賤、上貴下賤である。身分は貴重にして職位なき者あり、職位ありても下に処る者あり。ゆえに「列貴賤者存乎位」という——「位」とはすなわち六爻の位次である。「斉」とはすなわち均である。陽大陰小である。陽卦のうちに陰爻多きは、震・坎・艮の如くみな一陽二陰にして、すなわちあの一陽によりて主を為す。陰卦のうちに陽爻多きは、巽・離・兌の如くみな一陰二陽にして、すなわちあの一陰によりて主を為す。小と大は参差不斉なれども、ただ時機を得て主を為せば、すなわち同じなり。ゆえに「斉小大者存乎卦」という——「卦」とは、全卦の形体である。「辨」とはすなわち明である。一卦一爻の吉凶を辨明するは、文辞に頼る。ゆえに「辨吉凶者存乎辞」という。

憂悔吝者存乎介,震無咎者存乎悔。本義 “介”,謂辨別之端,蓋善惡已動而未形之時也,於此憂之,則不至於“悔吝”矣。震,動也,知悔,則有以動其補過之心,而可以無咎矣。韓氏伯曰:“介”,纖介也。王弼曰:“憂悔吝”之時,其介不可慢也,即“悔吝者,言乎小疵也”。

《繋辞》はいう:悔と吝を憂えるは、あの一点の極細微の端倪に着落する。震動して无咎を求むるは、一つの悔の字に着落する。朱熹《本義》はいう:「介」とは、善悪を分辨するあの開端を指し、すなわち善悪がすでに萌動していまだ成形せざるときである。このときにおいて先んじてそれを憂えれば、悔と吝に落るに至らない。「震」は動である。悔を知れば、すなわち自己の過を補う心を鼓動起こし得て、因って无咎たり得る。集説に韓康伯の言を引く:「介」は纎細微小である。王弼はいう:まさに悔吝を憂うべきとき、あの一点の細微の苗头は軽忽すべからず。すなわち「悔吝者、言乎小疵也」の意である。

程子曰:以悔吝為防,則存意於微小,震懼而得無咎者以此。《朱子語類》:問:“憂悔吝者存乎介”,悔吝未至於吉凶,是乃初萌動,可以向吉凶之微處,介又是悔吝之微處,“介”字如界至界限之界,是善惡初分界處,於此憂之,則不至於悔吝矣。曰:然。

集説に程頤の言を引く:悔と吝をもって防ぐべきものと為せば、心思を極微小の処に用いる。震懼警惕によりて无咎を得るは、まさにこれに憑る。《朱子語類》に記す:ある人が問うた。「憂悔吝者存乎介」——悔と吝はまだ吉凶の地步に至らず、ただ剛に萌動するのみで、吉に走向することも可なれば凶に走向することも可なるあの微処である。そして「介」はまた悔と吝の更に微細なるあの一点である。「介」の字は界至・界限の界の如く、善悪の剛に分かれたるあの一道の界線である。ここにおいて先んじてそれを憂えれば、悔と吝に落るに至らない。朱熹は答えた。そのとおりである。

邱氏富國曰:此章就吉凶悔吝上,添入“無咎”說,既欲人於悔吝上著力,尤欲人於介上用功,蓋人知悔,則以善補過而“無咎”,雖未至吉,亦不至凶也。若又於悔吝之介憂之,則但有吉而已,所謂“幾者動之微,而吉之先見者也”,並悔吝亦皆無矣。

集説に邱富国の言を引く:この一章は吉凶悔吝の外に、また「无咎」の一層を添えて言う。人をして悔吝の上に着力せしめんと欲し、更に人をしてあの一点の端倪の上に用功せしめんと欲す。人はただ悔を知れば、すなわち善をもって過を補いて「无咎」たり得、まだ吉に至らざるも、凶に落るに至らざるなり。もしまた悔吝の剛に起るあの一点の端倪の上に先んじて憂え得れば、すなわち吉のみ残るなり。これがすなわち《繋辞下伝》のいう「幾者動之微、吉之先見者也」で、悔と吝をも一倂せずして無くなるのである。

吳氏澄曰:“列貴賤者存乎位”,覆說“爻者言乎變”。“齊小大者存乎卦”,覆說“彖者言乎象”。分辨吉凶,存乎彖爻之辭,覆說“言乎其失得也”。悔吝介乎吉凶之間,憂其介,則趨於吉不趨於凶矣。覆說言乎其小疵也。震者,動心戒懼之謂,有咎而能戒懼,則能改悔所為,而可以無咎,覆說“善補過也”。

集説に呉澄の言を引く:「列貴賤者存乎位」は、回頭して「爻者言乎変」を申説する。「斉小大者存乎卦」は、回頭して「彖者言乎象」を申説する。吉凶を分辨して彖辞爻辞に落着するは、回頭して「言乎其失得也」を申説する。悔と吝は吉と凶の中間に挟まり、能くあの一点の端倪の上に先んじて憂えれば、吉に趨向して凶に趨向せず。これは回頭して「言乎其小疵也」を申説する。「震」は心の震動して戒慎恐懼の意である。過咎ありて能く戒慎恐懼すれば、すなわち自己の作為を改悔し得て、因って无咎たり得る。これは回頭して「善補過也」を申説する。

繋辞上伝 第三章(続)

趙氏玉泉曰:“介”在事前,“悔”在事後。汪氏砥之曰:《易》凡言“悔”“吝”,即寓“介”之意,言“無咎”,即寓“悔”之意,“憂”“盱”“豫”之悔,存乎遲速之“介”也,憂“即鹿”之“吝”,存乎“往舍”之介也,震“甘臨”之“無咎”,存乎“憂”而“悔”也,震“頻復”之“無咎”,存乎“厲”而“悔”也。

「集説」に趙玉泉の言を引く:「介」は事の発生する前に用い、幾微を辨明して分寸を守るものである。「悔」は事の做し誤りたる後に用い、回頭して追改するものである。「集説」にまた汪砥之の言を引く:《周易》およそ「悔」「吝」を言う処は、内に「介」の意を寄寓する。およそ「无咎」を言う処は、内に「悔」の意を寄寓する。《豫》卦の六三「盱豫」の生ずる悔は、関鍵を動作の遅速の間のあの一点の「介」に在り——分辨の早きはすなわち事なく、張望遅疑すればすなわち悔を生ず。《屯》卦の六三「即鹿无虞」の「吝」を憂えるは、関鍵もまた「往」と「舎」との間のあの一点の「介」に在り。《臨》卦の六三「甘臨」が心存震懼によりて「无咎」を得るは、先んじて「憂」えて後に「悔」いるに頼る。《復》卦の六三「頻復」が心存震懼によりて「无咎」を得るは、自ら処境の危「厲」を知りて「悔」を生ずるに頼る。

是故卦有小大,辭有險易,辭也者,各指其所之。本義 “小”險“大”易,各隨所向。此第三章,釋卦爻辭之通例。集說 《朱子語類》云:“卦有小大”,看來只是好底卦便是大,不好底卦便是小。如《復》如《泰》,如《大有》如《夬》之類,盡是好底卦;如《睽》如《困》如《小過》之類,盡是不好底。所以謂“卦有小大,辭有險易”,大卦辭易,小卦辭險,即此可見。

《繋辞》はいう:それゆえ卦に小卦大卦の分別あり、辞に険辞易辞の分別あり。いわゆる「辞」は、各々この一卦一爻の趨向する去処を指示する。朱熹《本義》はいう:「小」の一辺は辞多く険にして、「大」の一辺は辞多く易なり。各々その趨向する方向に随いて定まる。これは第三章で、卦辞爻辞の通例を解釈する。「集説」に《朱子語類》に記す朱熹の言を引く:いわゆる「卦有小大」は、見ればただ好き卦をもって「大」と算し、好ましからざる卦をもって「小」と算するのみ。《復》《泰》《大有》《夬》の類は、みな好き卦である。《睽》《困》《小過》の類は、みな好ましからざる卦である。ゆえに「卦有小大、辞有険易」という——大卦の辞は平易にして、小卦の辞は険峻なり。ここより看取し得る。

項氏安世曰:貴賤以位言,小大以材言,卦各有主,主各有材,聖人隨其材之大小,時之難易,而命之辭,使人之知所適從也。潘氏夢旂曰:卦有小有大,隨其消長而分,辭有險有易,因其安危而別。辭者各指其所向,凶則指其可避之方,吉則指其可趨之所,以示乎人也。

「集説」に項安世の言を引く:前文に「貴賤」を言うは、爻位の高下に就いて言う。ここに「小大」を言うは、卦体の材質に就いて言う。毎一卦にみな主を為す爻あり、毎一の卦主にまた各々その材質あり。聖人は材質の大小・時勢の難易に依ってそれに辞を繋ぎ、人をして何れのところに往くべきかを知らしむ。「集説」に潘夢旂の言を引く:卦を小卦大卦に分かつは、陰陽の消退生長に随いて画分する。辞を険辞易辞に分かつは、処境の安危に按じて区別する。いわゆる「辞」は、各々その趨向する方向を指出する。凶に遇えばすなわち避くべき路を指明し、吉に遇えばすなわち赴くべき地を指明し、これをもって世人に昭示する。

吳氏澄曰:上文有“貴賤”“小大”,此獨再提“卦有小大”,蓋卦彖為諸辭之總也。蔡氏清曰:據本章通例看,此條卦字辭字,皆兼爻說。

「集説」に呉澄の言を引く:上文にすでに「貴賤」「小大」を提げたるに、ここに却って単々再び一句「卦有小大」を提ぐるは、それは一卦の「彖辞」が全卦の各条の辞の総綱たるによる。ゆえに専門に標挙するを要す。「集説」に蔡清の言を引く:本章に通例を言う口気に按ずれば、この一条のうちの「卦」の字と「辞」の字は、みな爻に連ねて一倂に言うもので、ならずして専ら卦を指すにあらず。

案 此章申第二章“吉凶者失得之象也”一節之義,首言彖爻者,吉凶悔吝之辭,彖爻皆有之也,吉凶則已著,故直言其失得而已,悔吝則猶微,故必推言其“小疵”也,

李光地の按:この一章は第二章の「吉凶者失得之象也」のあの一節の意を申説する。冒頭に「彖」と「爻」を言うは、吉・凶・悔・吝のこの幾種の断語が、「彖辞」と「爻辞」のうちにみなあるを言う。吉凶の両項はすでに顕露成形せるゆえに、ただ直截にそれらを「失」なるか「得」なるかを言い出す。悔吝の両項はなお細微の階段に処るゆえに、必ず深処に推して言い、それらがただ「小疵」——小さな毛病に過ぎざるを点出するを要す。ここに底本に脱文あり、按語は説き終えず。

繋辞上伝 第四章

《易》與天地準,故能彌綸天地之道。本義 《易》書卦爻,具有天地之道,與之齊準。“彌”,如彌縫之彌,有終竟聯合之意。“綸”,有選擇條理之意。集說 韓氏伯曰:作《易》以準天地。孔氏穎達曰:言聖人作《易》,與天地相準,謂準擬天地,則乾健以法天,坤順以法地之類是也。

《繋辞》はいう:《周易》は天地と相斉ぎ相い准ずるゆえに、能く「弥綸」天地の道を為す。朱熹《本義》はいう:《周易》のこの書の卦爻は、天地の道を完整に具備し、天地と斉平に相准ずる。「弥」は「弥縫」の弥の如く、頭より尾に至るまで聯結縫合して缺口を留めざるの意あり。「綸」は条分縷析して頭緒を揀択出だすの意あり。「集説」に韓康伯の言を引く:《周易》を作るは、まさにこれをもって天地と相准ぜんとするなり。「集説」に孔穎達の言を引く:これは聖人の《周易》を作るに、天地と互いに斉准するを言う。すなわち天地に比擬する——たとえば「乾」は剛健を取りて天を効法し、「坤」は柔順を取りて地を効法する如く、みなこの類に属す。

蘇氏軾曰:“準”,符合也。“彌”,周浹也。“綸”,經緯也。所以與“天地準”者,以能“知幽明之故”,”死生之說”,“鬼神之情狀”也。王氏宗傳曰:天地之道,即下文所謂“一陰一陽”是也。是道也,其在天地,則為“幽明”,寓於始終,則為“生死”,見於物變,則為“鬼神”。

「集説」に蘇軾の言を引く:「准」は符合であり、「弥」は周遍浸潤であり、「綸」は織布するが如くに経緯交織するなり。《周易》の能く天地と相准ずる所以は、すなわち能く「知幽明之故」・「死生之説」・「鬼神之情状」を知るに在り。「集説」に王宗伝の言を引く:いわゆる天地の道とは、すなわち下文のいう「一陰一陽」である。この道は、天地に顕現して「幽」と「明」と成り、事物の開端と終結に寄託して「生」と「死」と成り、万物の変化に表れて「鬼」と「神」と成る。

《朱子語類》云:凡天地間之物,無非天地之道,故《易》能“彌綸天地之道”。“彌”如卦彌之彌,糊合使無縫罅。“綸”如綸絲之綸,自有條理,言雖是彌得外面無縫罅,而中則事事物物,各有條理,“彌”而非“綸”,而空疏無物,“綸”而非“彌”,則判然不相干。此二字,見得聖人下字甚密也。

「集説」に《朱子語類》に記す朱熹の言を引く:およそ天地の間の物は、天地の道ならざるものは一様もない。ゆえに《周易》は能く「弥綸天地之道」を為す。「弥」はたとえば裱糊のときの弥補の如く、縫隙を糊合して、外面に一絲の裂口をもなからしむ。「綸」はたとえば理糸のときの抽繹の如く、自然にその条理あるなり。これは言う:弥をもって外面に縫隙なからしめども、内面の毎一の事・毎一の物はまた各々その条理あるなり。ただ「弥」にして「綸」なからば、空空蕩蕩にして内に内容なからん。ただ「綸」にして「弥」なからば、一條一條彼此隔絶して互相干せざらん。この二字の上より、聖人の字を下すや何と厳密なるかを看取し得る。

胡氏炳文曰:此“易”字,指《易》書而言,書之中具有天地之道,本自與天地相等,故於天地之道,“彌”之則是合萬為一,渾然無欠,“綸”之則一實萬分,粲然有倫。

「集説」に胡炳文の言を引く:ここの「易」の字は《周易》のこの書を指す。書のうちに天地の道を完整に具備して、もともと天地と相等し。ゆえに天地の道に対して、「弥」に之を為せば、すなわち千頭万緒を合成して一個の整体と為し、渾然一片にして欠缺なし。「綸」に之を為せば、すなわち一個の実理を分成して千万の條目と為し、條條分明にして各々次序あるなり。

案 此下三節,朱子分為“窮理”“盡性”“至命”者極確,然須知非有《易》以後,聖人方用《易》以窮之盡之至之,《易》是聖人窮理盡性至命之書,聖人全體易理,故言易窮理盡性至命,即是言聖人也。 “《易》與天地準”,“與天地相似”,“範圍天地之化而不過”,此三句當為三節冠首,第二第三節不言《易》者,蒙第一節文義。

李光地の按:底下のこの三節は、朱熹はそれぞれ「窮理」「尽性」「至于命」に配分し、分ること極めて准確なり。ただ知るべきは、《周易》のこの書を先に有せしにあらずして、聖人やっとこれをもって窮理・尽性・至命に往かしめたのにあらず。《周易》はもともと聖人の窮理尽性至命の産物にして、聖人の整个の身心はすなわち易理の體現なり。ゆえに《易》の能く窮理尽性至命するを言うは、すなわち聖人その身を言うに等しい。「《易》与天地准」「与天地相似」「範囲天地之化而不過」の三句は、当に分かれて三節の冒頭と為すべし。第二节・第三节に再び「易」の字を出さざるは、第一节の文義を承けて省略したるなり。

仰以觀於天文,俯以察於地理,是故知幽明之故。原始反終,故知死生之說。精氣為物,游魂為變,是故知鬼神之情狀。本義 此窮理之事。“以”者,聖人以《易》之書也。“易”者,陰陽而已,“幽明”“死生”“鬼神”,皆陰陽之變,天地之道也。“天文”則有晝夜上下,“地理”則有南北高深,“原”者,推之於前。“反”者,要之於後,陰精陽氣,聚而成物,“神”之伸也,魂遊魄降,散而為變,“鬼”之歸也。

《繋辞》はいう:頭を擡げて天上の文象を観察し、頭を低れて地上の文理を審視し、因って幽と明の緣故を知る。万物の開端を推し究め、回頭してその終結に収束し、因って死と生の道理を知る。精と気と聚合して物と成り、魂は体を離れ游散して変化を生じ、因って鬼神の情状を知る。朱熹《本義》はいう:この一節は「窮理」の事を言う。「以」の字は、聖人が《周易》のこの書を用いて観・察に往くを言う。いわゆる「易」は、陰陽の二字に過ぎず。「幽明」「死生」「鬼神」は、みな陰陽の変化にして、すなわち天地の道なり。「天文」のうちには昼夜の更替・上下の高低あり、「地理」のうちには南北の方位・高深の形勢あり。「原」は往前してその起点を推求し、「反」は回頭してその終点に収束するなり。陰の精と陽の気と聚合して一物と成るは、「神」の伸展なり。魂は飛散して魄は下降し、散開して変化を生ずるは、「鬼」の帰返なり。

集說 韓氏伯曰:“幽明”者,有形無形之象,“死生”者,始終之數也。蘇氏軾曰:“鬼”常與體魄俱,故謂之“物”,“神”無適而不可,故謂之“變”,精氣為魄,魄為鬼,志氣為魂,魂為神。

「集説」に韓康伯の言を引く:いわゆる「幽明」とは、すなわち无形と有形のこの二種の象なり。いわゆる「死生」とは、すなわち開端と終結のこの両頭の定数なり。「集説」に蘇軾の言を引く:「鬼」は総じて形体魂魄と倶に在るゆえに、これを「物」と称す。「神」は往かずして到らざるなきゆえに、これを「変」と称す。精と気と結成して魄と為り、魄はすなわち鬼なり。志と気と結成して魂と為り、魂はすなわち神なり。

《朱子語類》:問:“原始反終故知死生之說”。曰:人未死,如何知得死之說,只是原其始之理,將後面折轉來看,便見得,以此之有,知彼之無。又云:魄為鬼,魂為神,《禮記》有孔子答宰我問,正說此理甚詳。宰我曰:吾聞鬼神之名,不知其所謂。子曰:氣也者,神之盛也。魄也者,鬼之盛也。合鬼與神,教之至也,注,氣,謂噓吸出入者也,耳目之聰明為魄。《雜書》云:魂,人陽神也。魄,人陰神也。亦可取。

「集説」に《朱子語類》を引く:ある人が問うた。「原始反終故知死生之説」はどう言うか。朱熹は答えた。人はまだ死なざるに、どうして死はどんな様子かを知らん。ただ「生」の起点はどんな道理かを推し究め、再把びこの道理を倒転して後面を見れば、すなわち明白——この一頭の「有」より、あの一頭の「無」を推知する。朱熹はまたいう:魄は鬼にして、魂は神なり。《礼記・祭義》に孔子の宰我に答えたる一段、この道理を言うこと最も詳細なり。宰我はいう:我は鬼神のこの名目を聞きたれども、それが何を指すかを解せず。孔子はいう:気とは、神の旺盛の状態なり。魄とは、鬼の旺盛の状態なり。鬼と神とを合わせて言うは、教化の極致なり。鄭玄の注はいう:気とは呼吸出入のあの一口の気を指し、耳聡目明のあの種の知覚はすなわち魄なり。《雑書》にいう:魂は人の身上の陽神にして、魄は人の身上の陰神なり。この説法もまた採用すべし。

陳氏淳曰:人生天地間,得天地之氣以為體,得天地之理以為性。原其始而知所以生,則要其終而知所以死,古人謂得正而斃,謂“朝聞道夕死可矣”,只緣受得許多道理,須知得盡得便自無愧,到死時亦只是這二五之氣,聽其自消化而已,所謂安死順生,與天地同其變化,這個便是與造化為徒。

「集説」に陳淳の言を引く:人は天地の間に生まれ、天地の気を禀受して形体と成り、天地の理を禀受して本性と成る。開端を推し究めて、自己はどのように生まれたるかを明白にすれば、また終結に収束して、自己はどのように死すべきかを明白にし得るなり。古人は《礼記》に曾子の「得正而斃」を言い、《論語》に孔子の「朝聞道夕死可矣」を言う。まさに人がこの許多の道理を身に受けたるによりて、必ず透るまで知り尽くるまで為して、やっと心に愧なく問い得るなり。死のときに至れば、もって陰陽二気と五行の気の散開するに過ぎず、それに聴任して自然に消融するのみなり。これがいわゆる安然として死に対待し、理に順って生に対待し、天地と倶に変化するは、すなわち造化と同伴と結ぶなり。

又曰:陰陽二氣會在吾身之中為鬼神,以寤寐言,則寤屬陽,寐屬陰,以語默言,則語屬陽,默屬陰,及動靜進退行止等,分屬皆有陰陽,凡屬陽者皆為魂為神,凡屬陰者皆為魄為鬼。真氏德秀曰:人之生,精與氣合,精屬陰,氣屬陽,精則魄也,目之所以明,耳之所之聰。氣亢乎體,凡人心之能思慮知識,身之能舉動勇決,此之謂魂,神指魂而言,鬼指魄而言。

「集説」にまた陳淳の言を引く:陰陽二気は人の身の中に会聚するは、すなわち鬼神なり。醒と睡に就いて言えば、醒は陽に属し、睡は陰に属す。説話と沈黙に就いて言えば、説話は陽に属し、沈黙は陰に属す。動と静・進と退・行と止などに至りて、分けて配するも、また各々陰陽あるなり。およそ陽に属する一辺はみな魂と算し神と算し、およそ陰に属する一辺はみな魄と算し鬼と算す。「集説」に真徳秀の言を引く:人の出生は、精と気の結合にして、精は陰に属し、気は陽に属す。精はすなわち魄にして、眼の能く明らかに見、耳の能く聡く聴くは、それに頼るなり。気は形体の中に充満し、およそ心の能く思慮辨識し身の能く挙動果決するは、これを魂と呼ぶ。いわゆる「神」は、魂に就いて言う。いわゆる「鬼」は、魄に就いて言う。

胡氏炳文曰:《易》不曰陽陰而曰陰陽,此所謂“幽明”“死生”“鬼神”,即陰陽之謂也,即天地而“知幽明之故”,即始終而“知死生之說”,即散聚而“知鬼神之情狀”,皆“窮理”之事也。林氏希元曰:“幽明之故”,“死生之說”,“鬼神之情狀”,其理皆在於《易》。故聖人用《易》以窮之也,然亦要見得為聖人窮理盡性之書爾,非聖人真個即《易》而後“窮理盡性”也。鄭氏維嶽曰:原人之所以始,全而生之,即反其所以終,全而歸之。

「集説」に胡炳文の言を引く:《周易》は「陽陰」と言わずして「陰陽」と言う。ここに言う「幽明」「死生」「鬼神」は、言うところはまさに陰陽なり。天地に就いて「知幽明之故」、始終に就いて「知死生之説」、聚散に就いて「知鬼神之情状」、これらはみな「窮理」の工夫に属す。「集説」に林希元の言を引く:「幽明之故」「死生之説」「鬼神之情状」、それらの道理はみな《周易》のうちに在るゆえに、聖人は《周易》を用いてそれらを窮究したると言う。ただしまた看清すべきは、これはただ《周易》が聖人の窮理尽性の書なるを言うのみで、聖人が真に先ず一部の《周易》を擺上して、のちにやっと「窮理尽性」し得るにあらず。「集説」に鄭維嶽の言を引く:人の開始ある所以を推し究めれば、すなわち完完整整にこの条の命を生じ来らせる。すなわち回頭して人の終結ある所以を見れば、すなわち完完整整にそれを交還し去るなり。

與天地相似,故不違。知周乎萬物而道濟天下,故不過。旁行而不流,樂天知命,故不憂。安土敦乎仁,故能愛。本義 此聖人盡性之事也,天地之道,知仁而已,知周萬物者,天也。道濟天下者,地也。“知”且“仁”,則知而不過矣。“旁行”者,行權之知也。“不流”者,守正之仁也。既樂天理,而又知天命,故能無憂而其知益深,隨處皆安而無一息之不仁,故能不忘其濟物之心,而仁益篤。蓋仁者愛之理,愛者仁之用,故其相為表裡如此。

《繋辞》はいう:天地と相似るゆえに天地に違わず。智慧は万物に周遍して道は天下を救済するに足るゆえに、過失あることなし。旁通四達にして苟且に流れず、天理を楽しみてまた天命に通暁するゆえに、憂懼なし。処るところの境地に安んじて仁に篤厚なるゆえに、人を愛し物を愛する能くす。朱熹《本義》はいう:この一節は聖人の「尽性」の事を言う。天地の道は、「知」と「仁」の二字に過ぎず。智慧が万物に周遍するは、あれは天の一面なり。道が天下を救済し得るは、あれは地の一面なり。すでに「知」ありてまた「仁」あれば、すなわち知るところは偏差なからん。「旁行」は権変を懂る智慧にして、「不流」は正道を守定する仁なり。すでに天理を楽しみて、また天命に通暁するゆえに、能く憂懼なからしめて、智慧はいよいよ深透なり。随所にてみな安頓して一刻も仁のうちに在らざるなきゆえに、万物を救済する心を忘掉せずして、仁はいよいよ篤実なり。仁は愛の道理にして、愛は仁の発用なり。ゆえに両者は互いに表裏と為すことこの地步なり。

集說 韓氏伯曰:德合天地,故曰相似。《朱子語類》云:“與天地相似故不違”,下數句是說與“天地相似”之事。胡氏炳文曰:上文言“易與天地準”,此言“與天地相似”。“似”即”準”也,知似天,仁似地,有周物之知,而實諸濟物之仁,則其知不過,有行權之知,而本諸守正之仁,則其知不流,至於“樂天知命”,而知之跡已泯,安土敦仁,而仁之心益著。此其知仁所以“與天地相似而不違”,盡性之事也。

「集説」に韓康伯の言を引く:徳行が天地に合すゆえに、これを「相似」と呼ぶ。「集説」に《朱子語類》に記す朱熹の言を引く:「与天地相似故不違」は総冒の一句にして、下面の幾句はみな「天地相似」の具体内容を言う。「集説」に胡炳文の言を引く:上文に「易与天地准」と言い、ここに「与天地相似」と言う。「似」とはすなわち「准」なり。智慧は天に象り、仁徳は地に象る。万物に周遍する智慧ありて、また万物を救済する仁を用いてそれを実処に落着せしめれば、すなわちこの智慧は過差なからん。権変を懂る智慧ありて、また正を守る仁をもって根本と為せば、すなわちこの智慧は流蕩なからん。「楽天知命」の地步に至れば、智を用うる痕跡はすでに消融したり。「安土敦仁」の地步に至れば、仁を行う心はいよいよ顕明なり。これがすなわち聖人の知と仁の能く「与天地相似而不違」たる所以、まさに「尽性」の工夫なり。

俞氏琰曰:與天地相似者,《易》似天地,天地似《易》,彼此相似也。案 知周萬物,義之精也,然所知者皆濟天下之道而不過,義合於仁也。旁行泛應,仁之熟也,然所行者皆合中正之則而不流,仁合於義也,樂玩天理,故所知者益深。達乎命而不憂,安於所處,故所行者益篤。根於性而能愛,所謂樂天之志,憂世之誠,並行不悖者,乃仁義合德之至也,若以旁行為知亦可,但恐於行字稍礙:

「集説」に兪琰の言を引く:いわゆる「与天地相似」とは、《周易》が天地に象り、天地もまた《周易》に象り、彼此互いに肖似するなり。李光地の按:智慧が万物に周遍するは、「義」の精細なること家に到ったなり。しかし知るところはまたみな天下を救済する道理にして過ぎず、これはすなわち義と仁と相合なり。旁通四達して広く応接するは、「仁」の純熟なること家に到ったなり。しかし行うところはまたみな中正の法則に合して流蕩せず、これはすなわち仁と義と相合なり。天理を楽しく玩味するゆえに、知るところはいよいよ深く。天命に通達して憂懼せず、自己の処する地位に安んずるゆえに、行うところはいよいよ篤実なり。本性に根植する因りて能く人を愛し物を愛するなり。いわゆる楽天の志向と憂世の誠心と並行して相い衝突せずは、まさに仁義徳に合する極致なり。もし「旁行」をも智の一面と算すれば、言い通るも、ただ「行」の字の上に稍やかに窒礙あるを恐る。ここに底本の按語は下文の経文と相連なり、語気は収束に及ばず。

範圍天地之化而不過,曲成萬物而不遺,通乎晝夜之道而知,故神無方而易無體。本義 此聖人至命之事也。“範”,如鑄金之有模範。“圍”,匡郭也。天地之化無窮,而聖人為之“範圍”,不使過於中道,所謂“裁成”者也。“通”,猶兼也。“晝夜”,即幽明死生鬼神之謂,如此然後可見至神之妙,無有方所,《易》之變化,無有形體也。此第四章,言《易》道之大,聖人用之如此。

《繋辞》はいう:天地の造化を範囲して中道を逾越せしめず、曲折周到に万物を成就して一様も遺漏せず、昼夜交替の理を通暁して知らざるなきゆえに、「神」に固定の方所なく、「易」に固定の形体なし。朱熹《本義》はいう:この一節は聖人の「至于命」の事を言う。「範」はたとえば金器を鋳造するに模子を要するが如く、「囲」は外の框廓なり。天地の造化は無窮無尽にして、聖人はそれに一つの範囲を立て、中道を超出せしめず。すなわち《泰》卦の「彖辞」のいう「裁成」なり。「通」は兼に等しく、「昼夜」とはすなわち前面の幽明・死生・鬼神の総称なり。この一歩を為すに至りて、やっと至神の微妙に一定の処所なく、《周易》の変化に一定の形体なきを看見し得るなり。これは第四章で、《周易》の道の広大、および聖人のかくのごとくそれを運用するを言う。

集說 韓氏伯曰:“方”“體”者,皆繫於形器者也,神則“陰陽不測”,易則“惟變所適”,不可以一方一體明。孔氏穎達曰;“範”,謂模範。“圍”,謂周圍。言聖人所為所作,模範周圍天地之化。義曰:凡無方無體,各有二義,一者神則不見其處所云為,是“無方”也;二則周遊運動,不常在一處,亦是“無方”也。“無體”者,一是自然而變,而不知變之所由,是無形體也;二則隨變而往,無定在一體,亦是“無體”也。

「集説」に韓康伯の言を引く:「方」と「体」はみな有形の器物に拴り付けられたものである。「神」は陰陽変化の測度すべからざるものであり、「易」はただ変化の適うところに随所に往けるもので、いずれもある一つの方位・ある一つの形体をもってそれを説明することはできない。「集説」に孔穎達の言を引く:「範」は模子、「囲」は外囲であり、聖人の所作所為が天地の造化に模子を立て境界を囲うことを言う。孔穎達は《周易正義》にまたいう:およそ「無方」「無体」を言うは、各々二層の意あり。「無方」の第一層は、神にその処所と作為を見ることなし。第二層は、それが周流運行して常に一処に停まらざるなり。「無体」の第一層は、それが自ら然而りて変ずるも、変は何れより来るかを看取し得ず、ゆえに形体なし。第二層は、それが変化に随って往き、ある一つの形体に固定せず、これもまた「無体」なり。

邵子曰:“神”者,《易》之主也,所以“無方”。“易”者,神之用也,所以“無體”。《朱子語類》云:“通乎晝夜之道而知”,“通”字,只是兼乎晝夜之道而知其所以然。又云:“神無方而《易》無體”,“神”便是在陰底又忽然在陽,在陽底又忽然在陰,“易”便是或為陽,或為陰,交錯代換,而不可以形體拘也。

「集説」に邵雍の言を引く:「神」は《易》の主宰なるゆえに「無方」であり、「易」は神の発用なるゆえに「無体」なり。「集説」に《朱子語類》に記す朱熹の言を引く:「通乎昼夜之道而知」のこの「通」の字は、ただ昼夜の両辺の道理を兼摂して、それが然る所以を明白にするのみ。朱熹はまたいう:いわゆる「神無方而《易》無体」——「神」は剛に陰の一辺に在りて、忽然としてまた陽の一辺に到り、剛に陽の一辺に在りて、忽然としてまた陰の一辺に到る。「易」は時に陽と成り、時に陰と成り、交錯替換して、一つの形体をもってそれを框ることができない。

蔡氏清曰:“神無方,易無體”,獨繫之至命一條,至命從窮理盡性上來,乃窮理盡性之極致,非窮理盡性之外,它有所謂至命也,故獨繫之至命,而自足以該乎“窮理盡性”。林氏希元曰:“通乎晝夜之道而知”,只是通知晝夜之道,蓋幽朋死生鬼神,其理相為循環,晝夜之道也,聖人通知晝夜,亦只是上文知“幽明之故”,“知死生之說”,“知 又曰:天地之化,萬物之生,晝夜之循環,皆有個神易,“易”則模寫乎此理者也,故在易亦有神易。

「集説」に蔡清の言を引く:「神無方、易無体」のこの二句は、単々「至于命」のこの一条の下に挂かる。「至命」は窮理尽性より上り来たるもので、窮理尽性の極致であって、窮理尽性の外に別にいわゆる「至命」あるにあらず。ゆえに単々「至命」の下に挂かれば、自然に「窮理尽性」をすべて包み込むなり。「集説」に林希元の言を引く:「通乎昼夜之道而知」は、ただ昼夜の道理を通暁するのみなり。幽明・死生・鬼神は、それらの道理が互いに循環するは、すなわち昼夜の道なり。聖人は昼夜に通暁するも、ただ上文のいう「幽明之故」を知り、「死生之説」を知り、——ここに底本に脱文あり、林希元のこの段は説き終えず。彼はまたいう:天地の造化・万物の生長・昼夜の循環のうちには、みな一つの神・一つの易あるなり。《周易》のこの書はすなわちこの道理を模写し下したるものなり。ゆえに《易》の書のうちにも同じく神あり易あるなり。

姜氏寶曰:“晝夜之道”,乃幽明死生鬼神之所以然,聖人通知之而有以深徹乎其蘊,又不但知有其故,知有其說,知有其情狀而已也。江氏盈科曰:上說道濟天下敦仁能愛,此則萬物盡屬其曲成,一上說知幽明死生鬼神,此則晝夜盡屬其通知。

「集説」に姜宝の言を引く:いわゆる「昼夜之道」とは、すなわち幽明・死生・鬼神の然る所以の根由なり。聖人はそれに通暁して、かつその中の藴蔵を深透に看穿して、ただかの緣故あり・かの説法あり・かの情状あるを知るのみならず。「集説」に江盈科の言を引く:上文に「道済天下」「敦乎仁」「能愛」を言い、ここにすなわち万物はみな聖人の「曲成」の内に在るを言う。上文に幽明を知り・死生を知り・鬼神を知るを言い、ここにすなわち昼夜はみな聖人の「通知」の内に在るを言う。

案 準是準則之,相似是與之合德,“範圍”則造化在其規模之內,蓋一節深一節也,“萬物”者天地之化之跡也。“曲成”者,能盡其性,而物我聯為一體也;“晝夜”者,天地之化之機也;“通”“知”者,洞見原本,而隱顯貫為一條也。“易”者化之運用,“神”者化之主宰。天地之化,其主宰不可以方所求,其運用不可以形體拘,易之道能“範圍”之,則所謂窮神知化者也,而神化在易矣。

李光地の按:「准」は天地を準則と為して比照するに取るなり、「相似」は天地と徳性に相合するなり、「範囲」はすなわち造化がみな《易》の規模の内に落るなり。一層より一層深し。「万物」は天地造化の留めたる形跡にして、「曲成」は能く万物の本性をみな成全するゆえに、物と我と連成して一体と為るなり。「昼夜」は天地造化運転の枢機にして、「通」と「知」は根本に洞察するゆえに、隠と顕と貫串して一条と為るなり。「易」は造化の運用にして、「神」は造化の主宰なり。天地の造化は、その主宰はある方位に按じて尋ね得ず、その運用はある形体をもって拘限し得ず。《易》の道は能くそれを「範囲」す。これがすなわち《説卦伝》のいう神妙を窮究し造化に通暁するにして、ここに神と化とみな《易》のうちに在るなり。

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