Libo

開元占経巻一百零六

唐 · 瞿昙悉达 · 第107巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

星図

二十八宿の星座・古今の同異

東方・青龍の七宿一

角二星,十二度,夾左角星,去極九十一度,鄭分。舊南星在赤道內一度,今測其南星正押赤道。亢四星,距西第二星,去極八十度,鄭分。舊南第二星在赤道外,今測在赤道內二度。氐四星,十五度,距西南星,去極九十四度,宋分。古今同。

角宿は二星があり、黄道十二度を占め、測量する時は左角を挟むあの一顆をもって距星(一宿の中で量度の起こる所の標準星)とし、北天極を距ること九十一度、分野は鄭に属す。旧図の載せる南面のあの星は赤道の内に一度で、如今実測すれば、この南星は正しく赤道線に押し当たる。亢宿は四星があり、西辺の第二星をもって距星とし、北天極を距ること八十度、分野は鄭に属す。旧図の載せる南面の第二星は赤道の外にあり、如今実測すれば赤道の内に二度。氐宿は四星があり、十五度を占め、西南のあの星をもって距星とし、北天極を距ること九十四度、分野は宋に属す。この宿の星象と度数は古今の載せる所が同じである。

房四星,鉤鈐二星,五度,距西南第二星,去極一百八度,宋分。古今同。心三星,古今同,五度,距前第一星,去極一百八度半,宋分。尾九星,神宮一星,十八度,距本第二星,去極一百二十四度,燕分。舊去極一百二十度,又三星入河,今去極一百二十四度,有六星入河,又距星傍有一星,舊不載,按古《經贊》云:「神宮一星,在尾第二星傍,主解衣之內室。」既有古贊,今附入其天河,審視天河曲邪、中絕,與舊不同,並依天改正。箕四星,十一度,距西北星,去極一百二十四度,燕分。舊四星,並在河內,審視天南二星出河,其天河與舊不同,今並依天改正。

房宿は四星があり、別に鈎鈐の二星を附し、五度を占め、西南の第二星をもって距星とし、北天極を距ること一百八度、分野は宋に属す。古今の載せる所が同じ。心宿は三星があり、古今の載せる所が同じく、五度を占め、最前の一星をもって距星とし、北天極を距ること一百八度半、分野は宋に属す。尾宿は九星があり、別に神宮の一星を附し、十八度を占め、本宿の第二星をもって距星とし、北天極を距ること一百二十四度、分野は燕に属す。旧図はそれを北天極を距ること一百二十度と記し、また三星が銀河の中にあると謂う。如今実測すれば極を距ること一百二十四度、河の中に六星あり。また距星の傍に別に一顆の星があり、旧図はかつて著録せず、古本の《経讚》を考するに:「神宮の一星は、尾宿の第二星の傍にあり、解衣の内室を主管す。」すでに古讚にこの一条あれば、如今便ちそれを附入す。その那一段の天河に至っては、詳細に審視すれば、その彎曲・斜行と中間の断絶する処は皆旧図と同じでなく、一概に実測の天象に依って改正する。箕宿は四星があり、十一度を占め、西北のあの星をもって距星とし、北天極を距ること一百二十四度、分野は燕に属す。旧図は四星が皆銀河の内にあると謂う。天象を審視すれば、南面の二星はすでに河の外に出で、その那一段の天河もまた旧図と同じでなく、如今併せて実測に依って改正する。

北方・玄武の七宿二

南斗六星,二十六度四分度之一,距魁南第四星,去極一百一十六度,吳分。舊柄第二星在黃道內,又魁二星出河,今測在黃道外,魁四星出河。牽牛六星,八度,距中央大星,去極一百一十度,吳分。舊南二星入南斗度,一星在奉牛度,今視天三星並在牽牛度,元不入斗。又舊去極一百六度,今測一百一十度。

南斗は六星があり、二十六度・四分度の一を占め、斗魁の南面の第四星をもって距星とし、北天極を距ること一百一十六度、分野は呉に属す。旧図は斗柄の第二星が黄道の内にあり、斗魁にまた二星が銀河の外に出ると謂う。如今実測すれば、あの星は黄道の外にあり、斗魁の河に出るは四星ある。牵牛は六星があり、八度を占め、中央のあの大星をもって距星とし、北天極を距ること一百一十度、分野は呉に属す。旧図は南面の二星がすでに南斗宿の度内に入り、別の一星は牵牛の度内にあると謂う。如今天象を仰観すれば、この三星は皆牵牛の度内にあり、元来かつて南斗の度に入らない。旧図はまたそれを北天極を距ること一百六度と記し、如今実測すれば一百一十度である。

須女四星,十二度,古今同,去極一百六度,趙分。虛二星,十度,古今同,距南星,去極一百四度,齊分。危三星,墳墓四星,古今同,十七度,距西南星,去極九十九度,齊分。營室二星,離宮六星,十六度,距南星,去極八十五度,衛分。古今同。東壁二星,九度,距南星,去極八十六度,衛分。古今同。

須女は四星があり、十二度を占め、古今の載せる所が同じく、北天極を距ること一百六度、分野は趙に属す。虚宿は二星があり、十度を占め、古今の載せる所が同じく、南面のあの星をもって距星とし、北天極を距ること一百四度、分野は斉に属す。危宿は三星があり、別に墳墓の四星を附し、古今の載せる所が同じく、十七度を占め、西南のあの星をもって距星とし、北天極を距ること九十九度、分野は斉に属す。営室は二星があり、別に離宮の六星を附し、十六度を占め、南面のあの星をもって距星とし、北天極を距ること八十五度、分野は衛に属す。古今の載せる所が同じ。東壁は二星があり、九度を占め、南面のあの星をもって距星とし、北天極を距ること八十六度、分野は衛に属す。古今の載せる所もまた同じ。

西方・白虎の七宿三

奎十六星,距西南大星,去極七十度,魯分。舊去極七十七度,今測七十度,又舊星並均,今視天即有疏有密,大小不等。婁宿,古今同,三星,十二度,距中央大星,去極八十度,魯分。昴,古今同,七星,十一度,距西南第一星,去極七十四度,趙分。畢,古今同,八星,附耳一星,十六度,距左股第一星,去極七十八度,趙分。觜,古今同,三星,二度,距西南星,去極八十四度,晉魏分。參,古今同,十星,九度,距中央西星,去極九十四度,晉魏分。

奎宿は十六星があり、西南のあの大星をもって距星とし、北天極を距ること七十度、分野は魯に属す。旧図はそれを極を距ること七十七度と記し、如今実測すれば七十度である。旧図はまた衆星を疎密均匀に画き、如今天象を仰観すれば、実には疎あれば密あり、星の大小・明暗も各々相等しくない。婁宿は古今の載せる所が同じく、三星あり、十二度を占め、中央のあの大星をもって距星とし、北天極を距ること八十度、分野は魯に属す。昴宿は古今の載せる所が同じく、七星あり、十一度を占め、西南の第一星をもって距星とし、北天極を距ること七十四度、分野は趙に属す。畢宿は古今の載せる所が同じく、八星あり、別に耳の一星を附し、十六度を占め、左股の第一星をもって距星とし、北天極を距ること七十八度、分野は趙に属す。觜宿は古今の載せる所が同じく、三星あり、二度を占め、西南のあの星をもって距星とし、北天極を距ること八十四度、分野は晋魏に属す。参宿は古今の載せる所が同じく、十星あり、九度を占め、中央より西に偏るあの星をもって距星とし、北天極を距ること九十四度、分野は晋魏に属す。西方の七宿は本当は胃宿を連ねて共に七位を成すべきに、ここに底本は独り胃宿の一条を欠き、当に伝写の脱漏。

南方・朱雀の七宿四

東井八星,鉞一星,三十三度,距南轅西頭,去極七十度,秦分。《星經》云:「去極七十度。」其距星,舊在黃道內一度,又八星並在河,今以儀測,在黃道外一度,又北轅二星出河。輿鬼四星,四度,距西南,去極六十八度,秦分。舊積尸、積兵帛、積金玉等四星正指四方,今積尸等並全出黃道內,又外四星斜指四隅。

東井は八星があり、別に鉞の一星を附し、三十三度を占め、南轅の西端のあの星をもって距星とし、北天極を距ること七十度、分野は秦に属す。《星経》はいう:「北天極を距ること七十度。」その距星は、旧図は黄道の内に一度と記し、また八星が全て銀河の中にあると謂う。如今渾儀をもって実測すれば、距星は黄道の外に一度、北轅にまた二星が河の外に出る。輿鬼は四星があり、四度を占め、西南のあの星をもって距星とし、北天極を距ること六十八度、分野は秦に属す。旧図は積尸・積兵帛・積金玉などの四星が正しく東西南北の四方を指すと謂う。如今見れば、積尸等の星は全て黄道の内にあり、外のあの四星は則ち東北・東南・西北・西南の四隅を斜めに指す。

柳八星,十五度,距西頭第三星,去極七十七度,周分。舊西南口頭欠一星,東頭尾後加一星,添滿八星。今視天尾後無星,其星本在口邊,今改正。星七星,七度,距中央大星,去極九十一度,周分。舊去極九十七度,距星合在赤道外六度,舊在赤道內一度,今測去極九十度,星正押赤道。

柳宿は八星があり、十五度を占め、西端の第三星をもって距星とし、北天極を距ること七十七度、分野は周に属す。旧図は西南の口頭の処に一星を画き少なくし、却って東端の尾後に一星を添え、強いて八星の数を凑足させた。如今天象を仰観すれば、尾後に星がなく、あの一顆は本から口辺にあり、現在これに拠って改正する。星宿は七星があり、七度を占め、中央のあの大星をもって距星とし、北天極を距ること九十一度、分野は周に属す。旧図はそれを極を距ること九十七度と記し、その距星は赤道の外に六度あるべきに、旧図は却って赤道の内に一度に画いた。如今実測すれば極を距ること九十度、この星は正しく赤道線に押し当たる。

張宿,古今同,六星,十八度,距前第一星,去極九十七度,周分。翼二十二星,十八度,距中央西星,去極九十九度,楚分。舊距前第一星,按《經》今距中央西星,今測正距中央西星;又星有遠近、斜曲,小異。軫四星,長沙一星,轄二星,十七度,距西北星,去極九十八度,楚分。舊距西南星,即與《經》旨乖舛,今測取西北星即得確傳度數,如中央距星,併合赤道外。

張宿は古今の載せる所が同じく、六星あり、十八度を占め、最前の一星をもって距星とし、北天極を距ること九十七度、分野は周に属す。翼宿は二十二星があり、十八度を占め、中央より西に偏るあの星をもって距星とし、北天極を距ること九十九度、分野は楚に属す。旧図は最前の一星を取って距星としたが、《星経》の謂う所に按すれば、如今応に中央より西に偏るあの星を取るべし。実測の結果は、正しく《星経》と相合し、すなわち中央より西に偏るあの星をもって距と為す。また衆星の間に遠き近きあり、あるいは斜めあるいは曲り、旧図と小なりと雖も出入あり。軫宿は四星があり、別に長沙の一星・轄の二星を附し、十七度を占め、西北のあの星をもって距星とし、北天極を距ること九十八度、分野は楚に属す。旧図は西南のあの星を取って距星とし、《星経》の本旨と相違舛す。如今実測すれば、西北のあの星を取ってこそ確実に伝わる度数を得。中央の距星に至っては、則ち皆赤道の外に合する。

開元占経巻一百零七

星図二

石氏中官の星座・古今の同異

攝提,古今同,六星,夾大角。大角,同,一星。梗河,三星,大角北,西星曲向南,今視西星亦端直。招搖,古今同,一星,梗河北。玄戈,古今同,一星,招搖北。天槍,古今同,三星,北斗柄東。天棓,古今同,五星,女床東北。女床,古今同,三星,天紀星北。七公,古今同,七星招搖東。貫索,古今同,九星,七公前。

以下に座を逐えて石申夫一家の伝えた中官(三垣の内の星官)の諸座と実測の天象の異同を覈対す。摂提は、古今の載せる所が同じく、共に六星、大角の両旁に分列す。大角もまた旧説と同じく、一星。梗河は三星、大角の北にあり。旧図は西辺のあの星を彎曲して南に向くと画き、如今天象を仰観すれば、この西星もまた端正・笔直である。招揺は古今の載せる所が同じく、一星、梗河の北にあり。玄戈は古今の載せる所が同じく、一星、招揺の北にあり。天槍は古今の載せる所が同じく、三星、北斗の斗柄の東にあり。天棓は古今の載せる所が同じく、五星、女床の東北にあり。女床は古今の載せる所が同じく、三星、天紀星の北にあり。七公は古今の載せる所が同じく、七星、招揺の東にあり。貫索は古今の載せる所が同じく、九星、七公の前にあり。

天紀,九星,貫索東。舊在尾箕度,今測東三星入南斗度,近織女。織女,古今同,三星,天紀星東端。天市垣,二十二星,房心東北端。舊東垣從南門第一星至第五星並在赤道外,今測從門頭星至第三星在赤道外,餘星在赤道內;又東垣第二星、第六星在河裡,舊圖並不入市,又審視天河,一差入市。

天紀は九星、貫索の東にあり。旧図はそれを尾宿・箕宿の度内に定め、如今実測すれば、東面の三星はすでに南斗宿の度内に入り、織女に近づく。織女は古今の載せる所が同じく、三星、天紀星の東端にあり。天市垣は二十二星、房宿・心宿の東北の一端にあり。旧図は東垣が南門の第一星から第五星まで皆赤道の外にあると謂う。如今実測すれば、ただ門頭星から第三星までが赤道の外にあり、其余の各星は皆赤道の内にある。また東垣の第二星と第六星は実に銀河の中にあり、旧図は一概にそれらを市垣の中に画き入れず。更に那一段の天河の走向を審視すれば、旧図と一位を差違し、正しく市垣の内に入るに当たる。

帝座,古今同,一星,在市中。候,古今同,一星,帝座東南。宦者,古今同,四星,帝座西。斗,五星,在宦者西南。舊斗星口仰兼背斛,今視天,鬥口向下覆斛。宗正,古今同,二星,帝座東南。宗人,舊在河外,今在河內,四星,宗正東。宗星,舊兩星相去遠,今測兩星相去近,二星,宗人北。東咸,古今四星,房東北。

帝座は古今の載せる所が同じく、一星、天市垣の中にあり。候は古今の載せる所が同じく、一星、帝座の東南にあり。宦者は古今の載せる所が同じく、四星、帝座の西にあり。斗は五星、宦者の西南にあり。旧図は斗口が上に仰ぎ、斛星に背き向くと画き、如今天象を仰観すれば、斗口は下に向いて斛星の上に覆う。宗正は古今の載せる所が同じく、二星、帝座の東南にあり。宗人は旧図は銀河の外に定め、如今実に河の内にあり、共に四星、宗正の東にあり。宗星は旧図は両星の相離るること甚だ遠く画き、如今実測すれば両星の相離るること甚だ近く、共に二星、宗人の北にあり。東咸は古今ともに四星を作し、房宿の東北にあり。

西咸,舊四星,並在房星西赤道外北一度,今測在房星西北,三星在赤道內房度,一星在赤道外氐一度。四星,房西北。天江,古今同,四星,在尾北。建星,舊五星,在黃道內,兼一星,又一星在黃道外,今測六星並在黃道內,元不入河。六星,在南斗北。

西咸は、旧図は四星が皆房宿の西・赤道の外に偏りて北一度と謂う。如今実測すれば房宿の西北にあり、その中の三星は赤道の内・房宿の度に属し、一星は赤道の外・氐宿の一度に属す。共に四星、位は房宿の西北にあり。天江は古今の載せる所が同じく、四星、尾宿の北にあり。建星は、旧図は五星が黄道の内にあり、別に一星あり、また一星が黄道の外にあると謂う。如今実測すれば六星は皆黄道の内にあり、元来かつて銀河に入らない。共に六星、位は南斗の北にあり。

天弁,舊大小遠近並均,又偃勢覆向下,今測有疏密,大小不均,其偃勢仰向上,又視天河,與舊不同。九星,在建星北。河鼓,舊三星,並旗六星,併入河。又旗南四星在赤道外。今測河鼓唯北一星及旗三星入河,又旗南唯三星在赤道外,視天河正當河差。河鼓並旗,十二星,在牽牛北。

天弁は、旧図は衆星の大小・遠近を一律に均匀と画き、また俯伏して下に向くの勢に画し成した。如今実測すれば、衆星は疎あれば密あり、大小は斉一でなく、その伏勢は実には上の方に仰ぐ。また那一段の天河を見れば、また旧図と同じでない。共に九星、位は建星の北にあり。河鼓は、旧図は三星に旗の六星を連ねて皆銀河の中にあり、また旗南の四星は赤道の外にあると謂う。如今実測すれば、河鼓はただ北面の一星および旗の三星が河の中にあり、旗南もただ三星が赤道の外にあり、天河の走向を観察すれば、正しく旧図と一位を差違す。河鼓に旗を連ねて、共に十二星、位は牵牛の北にあり。

離珠,舊在須女,又在須女北橫列,今測在牽牛度,又在須女西北豎立。五星,在須女西北。匏瓜,舊並在河中,又近天津。今測在河外,又去津遠,又視天河,與舊不同。五星,在離珠北。天津,舊並在虛度,仍豎,唯二星出河。今測向西北,東南斜指,入牽牛女虛等度,及有六星出河,又視天河,有斷絕委曲不同。九星,在虛北,河中。

離珠は、旧図は須女宿の内に定め、また須女の北に横向に排列すると画した。如今実測すれば牵牛宿の度内にあり、また須女の西北に竪向に排列する。共に五星、位は須女の西北にあり。匏瓜は、旧図は全て銀河の中にあり、また天津に近いと謂う。如今実測すれば河の外にあり、天津を離るるも遠く、また那一段の天河を見れば、同様に旧図と同じでない。共に五星、位は離珠の北にあり。天津は、旧図は全て虚宿の度内にあり、なお竪列を作し、ただ二星が河の外に出ると謂う。如今実測すればそれは西北から東南へ斜めに指し、牵牛・須女・虚等の宿の度に跨り入り、河の外に出るは六星あり、また天河を見れば、断絶の処あり、曲折の処あり、皆旧図と同じでない。共に九星、位は虚宿の北、まさに銀河の中に処る。

螣蛇,舊八星出河,今視唯尾末二星出河。二十二星,在奎北,河中。閣道,舊北四星出河,今測北二星出河,六星,在王良北。附路,古今同,一星,閣道傍。天大將軍,舊星並均圓,曲向上。今測星有出入不均。十一星,在婁北。大陵,古今同,八星,在胃北。天舡,舊四星,出河,今在河內。九星,在大陵北,河中。

螣蛇は、旧図は八星が銀河の外に出ると謂い、如今天象を仰観すれば、ただ尾末の二星が河に出る。共に二十二星、位は奎宿の北、銀河の中に処る。閣道は、旧図は北面の四星が河の外に出ると謂い、如今実測すればただ北面の二星が河に出る。共に六星、位は王良の北にあり。附路は古今の載せる所が同じく、一星、閣道の傍にあり。天大将軍は、旧図は衆星を均匀・渾円に画き、屈曲して上に向く。如今実測すれば、衆星は参差不斉で、均匀でない。共に十一星、位は婁宿の北にあり。大陵は古今の載せる所が同じく、八星、胃宿の北にあり。天舡は、旧図は四星が河の外に出ると謂い、如今実に河の内にあり。共に九星、位は大陵の北、銀河の中に処る。

捲舌,舊北二星入河,今並在河外。六星,在昴北。五車,舊東北及西北星入河,今出河。又西北柱,舊雙星向上,今測向下,又車北柱,舊雙星在東北,今向西北。五車三柱,十四星。在畢東北端。天關,古今同,一星,五車南,參西北。

巻舌は、旧図は北面の二星が銀河の内にあると謂い、如今皆河の外にあり。共に六星、位は昴宿の北にあり。五車は、旧図は東北と西北の星が銀河の内にあると謂い、如今皆河の外に出る。また西北の那一柱は、旧図は双星を上に向くと画き、如今実測すれば下に向く。また車北の那一柱は、旧図は双星を東北にと画き、如今則ち西北に指向す。五車に三柱を連ねて、共に十四星、位は畢宿の東北の一端にあり。天関は古今の載せる所が同じく、一星、五車の南・参宿の西北にあり。

南河、北河,南河舊在河內,西二星入前實沉次,今測不入河亦不入前次,復在河外,又在後鶉首次。北河舊在鶉首次,今測二星入前實沉次。六星,夾東井。五諸侯,舊東頭第一星在黃道外,今測在黃道內四度。又舊東頭第二星曲向南,今乃曲向北,又與第三星相近。五星,在東井北,近北河。

南河・北河の二座:南河は旧図で銀河の内に定め、西辺の二星は前の実沈の次(十二次は古人が周天を十二段に分けた名目で、実沈と鶉首は隣接する)に入ると謂う。如今実測すれば、それは河の内にもなく、また前の実沈の次にも入らず、かえって河の外にあり、かつ後の鶉首の次に落ちる。北河は旧図で鶉首の次に定め、如今実測すれば二星が前の実沈の次に入る。両河は共に六星、東井の両旁に分列す。五諸侯は、旧図は東端の第一星が黄道の外にあると謂い、如今実測すれば黄道の内に四度。また旧図は東端の第二星を屈曲して南に向くと画いたが、如今は却って屈曲して北に向き、かつ第三星と相靠近す。共に五星、位は東井の北、北河に近し。

積水、積薪,二星,舊在鶉首次,今並在前實沉次。積水,一星,北河西北。積薪,一星,積水東南。水位,舊南二星入河,今四星並在河外。四星,東井東,南北列。軒轅,舊尾漸斜向上,其右角在黃道內,今測其尾勢迤邐向西,其左角出黃道外半度,不在內。十七星,在七星大星北。少微,同,四星,太微西,南北列。

積水・積薪の二座は各々一星で、旧図は鶉首の次に定め、如今は皆前の実沈の次にあり。積水は一星、北河の西北にあり。積薪は一星、積水の東南にあり。水位は、旧図は南面の二星が銀河の内にあると謂い、如今は四星が皆河の外にあり。共に四星、位は東井の東、南北に列を成す。軒轅は、旧図はその尾部が漸漸斜めに上に指すと画き、その右角は黄道の内にある。如今実測すれば、その尾勢は逶迤して西に向かい、その左角は黄道の外に半度出で、内にはない。共に十七星、位は星宿の大星の北にあり。少微は旧説と同じく、四星、太微垣の西、南北に列を成す。

太微,古今同,十星,在翼、軫北。黃帝座,舊四星,去黃帝座近遠並相侶,今有近有遠不等。黃帝座,一星,在太微中。四帝,四星,夾黃帝座。內屏,古今同,四星,在黃帝座南。郎位,舊取端正均配行列,今有偏,並不均。十五星,在帝座東北。郎將,古今同,一星,郎位東北。常陳,古今同,七星,如畢狀,帝座北。三臺,古今同,六星,兩兩而居,起文昌列,抵太微。

太微垣は古今の載せる所が同じく、十星、翼宿・軫宿の北にあり。黄帝座の一節:旧図は四帝の星が黄帝座を距る遠近を彼此相当と画き、如今実測すれば則ち近き遠きあり、斉一でない。黄帝座は一星、太微垣の中にあり。四帝は四星、黄帝座の両旁に分列す。内屏は古今の載せる所が同じく、四星、黄帝座の南にあり。郎位は、旧図は端正・均稱の行列を取って画き、如今見れば星位に偏斜あり、均せず。共に十五星、位は帝座の東北にあり。郎将は古今の載せる所が同じく、一星、郎位の東北にあり。常陳は古今の載せる所が同じく、七星、形は畢宿の網の如く、位は帝座の北にあり。三台は古今の載せる所が同じく、六星、両々相併びて居り、文昌から起って排列し下り、直に太微垣に抵る。

相星、太陽守二座,舊重四相當,今太陽守在相星西南。相,一星,北斗南。太陽守,一星,相星西南。天牢,舊均圓,近中臺,今其星北斗魁下兼有疏有密。文昌,古今同,六星,北斗魁前。北斗,古今同,七星輔一星,在太微北。紫微宮垣兩蕃,舊在婁、昴、畢、井、柳、張、軫等度,今測在胃、畢、井、鬼、七星、張、軫等度。十五星,東蕃八,西蕃七,北斗北。北極,古今同,五星。鉤陳,六星,皆在紫微宮中。天一、太一,舊並在軫度,今俱在翼度。天一,一星,紫微宮門外右星南。太一,一星,天一星南,相近。

相星と太陽守の二座:旧図は二者を重畳して彼此相当と画き、如今は太陽守は実に相星の西南にあり。相は一星、北斗の南にあり。太陽守は一星、相星の西南にあり。天牢は、旧図は均匀・渾円に画き、かつ中台に近づき、如今あの几颗の星は北斗の斗魁の下にあり、兼ねて疎あれば密あり。文昌は古今の載せる所が同じく、六星、北斗の斗魁の前にあり。北斗は古今の載せる所が同じく、七星に輔星一顆を加え、位は太微垣の北にあり。紫微宮の東西の両蕃(すなわち紫微垣の两道の垣墻)は、旧図は婁・昴・畢・井・柳・張・軫等の宿の度に定め、如今実測すれば胃・畢・井・鬼・星・張・軫等の宿の度にあり。共に十五星、東蕃は八星、西蕃は七星、位は北斗の北にあり。北極は古今の載せる所が同じく、五星。鈎陳は六星、北極と同在して紫微宮中にあり。天一・太一の二座は、旧図は皆軫宿の度に定め、如今は俱に翼宿の度にあり。天一は一星、紫微宮門外の右星の南にあり。太一は一星、天一星の南にあり、両星は相近い。

開元占経巻一百零八

星図三

石氏中官の星座・古今の同異(続)

庫樓,古今同,十星。五柱,十五星,沖四星,凡二十九星,在角南。北落師門,古今同,一星,羽林西南。土司空,舊在奎度,天溷東南,視天在東壁度。一星,奎南。土司空,新《圖》溷西南。南門,古今同,二星,庫樓南。平星,古今同,二星,庫樓北。

庫楼は古今の載せる所が同じく、十星。別に五柱の十五星・衝の四星あり、合計二十九星、位は角宿の南にあり。北落師門は古今の載せる所が同じく、一星、羽林の西南にあり。土司空は、旧図は奎宿の度・天溷の東南に定め、天象を仰観すれば却って東壁宿の度にあり。一星、位は奎宿の南にあり。土司空の一座は、新《星図》はそれを天溷の西南に画く。南門は古今の載せる所が同じく、二星、庫楼の南にあり。平星は古今の載せる所が同じく、二星、庫楼の北にあり。

天倉,舊二星在奎度,三星在婁度。今五星在奎度,一星在婁度。六星,在婁南。騎官,舊三三又列並均,今其星有疏密,有橫堅,亦有斜不均。二十七星,在氐南。天囷,古今同,十三星,在胃南。天廩,舊四星並在赤道內,西北東南列。今三星在赤道外,又西南東北列。四星,在昴南。

天倉は、旧図は二星が奎宿の度・三星が婁宿の度にあると謂い、如今実測すれば五星が奎宿の度にあり、ただ一星が婁宿の度にあり。共に六星、位は婁宿の南にあり。騎官は、旧図は三顆三顆に成列し、一律に均匀と画き、如今あの星々は疎あれば密あり、横列するもあれば竪立するもあり、また斜めに出ずるもあり、斉整でない。共に二十七星、位は氐宿の南にあり。天囷は古今の載せる所が同じく、十三星、胃宿の南にあり。天廩は、旧図は四星が皆赤道の内にあり、西北から東南に排列すると謂い、如今実測すれば三星が赤道の外にあり、かつ西南から東北に排列す。共に四星、位は昴宿の南にあり。

積卒,古今同,十二星,房心南。龜星,舊四星入河,一星出河。審視天,唯一星入河,四星出河,又天河曲直,與舊不同。五星,在尾南。天苑,古今同,十六星,昴畢南。傅說,古今同,一星,在尾後。魚星,舊在傅說東南,今測在傅說東北,其天河斷絕曲斜,與舊不同。一星,在尾,河中。

積卒は古今の載せる所が同じく、十二星、房宿・心宿の南にあり。亀星は、旧図は四星が銀河の内・一星が河の外に出ると謂い、天象を審視すれば、ただ一星が河の内にあり、四星は皆河の外に出で、また那一段の天河の曲直の走向もまた旧図と同じでない。共に五星、位は尾宿の南にあり。天苑は古今の載せる所が同じく、十六星、昴宿・畢宿の南にあり。傅説は古今の載せる所が同じく、一星、尾宿の後にあり。魚星は、旧図は傅説の東南に定め、如今実測すれば傅説の東北にあり。那一段の天河はあるいは断絶し、あるいは曲折・斜行し、旧図と同じでない。一星、位は尾宿、銀河の中に処る。

杵星,古今同,三星,在箕南。參旗,古今同,九星,在參西。一名天弓。玉井,古今同,玉井,四星,在參左足下。天屏,古今同,二星,玉井南。鱉星,舊在南斗度,又在斗魁東南。今測在箕度,又在斗魁西,唯東一星入南斗度。十四星,南斗南。廁星,古今同,四星,在屏東。天矢,古今同,一星,在廁南。

杵星は古今の載せる所が同じく、三星、箕宿の南にあり。参旗は古今の載せる所が同じく、九星、参宿の西にあり、一名を天弓と謂う。玉井は古今の載せる所が同じく、玉井のこの一座は共に四星、参宿の左足の下にあり。天屏は古今の載せる所が同じく、二星、玉井の南にあり。鼈星は、旧図は南斗宿の度に定め、また斗魁の東南にあると謂い、如今実測すれば箕宿の度にあり、また斗魁の西にあり、ただ東辺の一星が南斗の度に入る。共に十四星、位は南斗の南にあり。厠星は古今の載せる所が同じく、四星、天屏の東にあり。天矢は古今の載せる所が同じく、一星、厠星の南にあり。

軍市,舊在廁正東,又星並均圖。今測在東北,其星有相近,亦有疏闊。十三星,參東南。九坎,舊在斗牛女度,今在斗牛度,不至女宿。九星,牽牛南。狼星,古今同,一星,參東南。敗臼,舊在須女危度,今測唯在虛度。四星,虛危南。弧星,舊全座並在河外,今測東頭一星入河,並疏密、大小不依象。九星,東南。

軍市は、旧図は厠星の正東に定め、また衆星を一律に均匀と画き、如今実測すれば厠星の東北にあり、あの星々は彼此相靠近するもあり、また相隔たること疏闊なるもあり。共に十三星、位は参宿の東南にあり。九坎は、旧図は南斗・牵牛・須女の三宿の度に跨り、如今はただ南斗・牵牛の二宿の度にあり、須女宿には至らない。共に九星、位は牵牛の南にあり。狼星は古今の載せる所が同じく、一星、参宿の東南にあり。敗臼は、旧図は須女・危の二宿の度に定め、如今実測すればただ虚宿の度にあり。共に四星、位は虚宿・危宿の南にあり。弧星は、旧図は整座が皆銀河の外にあると謂い、如今実測すれば東端の一星はすでに河の中に入り、しかも衆星の疎密・大小は皆旧図の画く形象に依らない。共に九星、位は東南にあり。

壘壁陳,東頭第一星入東壁度,又西頭五星入危度。今測不入東壁度,又西頭六星入危度。其羽林,舊八星,絡東壁距道,入壁度。三三又對,南北分為五行,西一星入危度。審視,不絡東壁度,西九星入危度,南北只有四行,亦有不相入者。羽林四十五星,壘壁十二星,凡五十七星,室壁南。老人,古今同,一星,在弧南。稷星,古今同,五星,七星南。

塁壁陳は、旧説は東端の第一星が東壁宿の度に入り、西端の五星は危宿の度に入ると謂い、如今実測すれば併せて東壁の度に入らず、西端の危宿の度に入るは六星である。羽林の一座に至っては、旧説は八星が東壁の距道の上に連絡し、東壁の度に入り、三顆三顆にして両々相対し、南北に分れて五行を作し、西面の一星は危宿の度に入ると謂う。審視すれば、それは東壁の度に連絡せず、西面の危宿の度に入るは九星で、南北はただ四行あり、その中にまた彼此に相銜接せざるもあり。羽林は四十五星、塁壁は十二星、合計五十七星、位は営室・東壁の二宿の南にあり。老人は古今の載せる所が同じく、一星、弧星の南にあり。稷星は古今の載せる所が同じく、五星、星宿の南にあり。

開元占経巻一百零九

星図四

甘氏中官・古今の同異

天皇大帝,古今同,一星,鉤陳口中。四輔,古今同,四星,抱北極樞。華蓋,古今同,七星,杠九星,凡十六星,大帝上。周鼎,古今同,三星,攝提西。帝席,古今同,三星,在角南。平道,古今同,二星,左右角間。五帝內座,古今同,五星,華蓋上。六甲,古今同,六星,華蓋傍。天柱,古今同,五星,紫微宮中,近東垣。

以下に座を逐えて甘徳一家の伝えた中官の諸座と実測の天象の異同を覈対す。天皇大帝は古今の載せる所が同じく、一星、鈎陳の開いた口の中にあり。四輔は古今の載せる所が同じく、四星、北極の枢心を環抱す。華蓋は古今の載せる所が同じく、七星、別に杠の九星あり、合計十六星、位は天皇大帝の上にあり。周鼎は古今の載せる所が同じく、三星、摂提の西にあり。帝席は古今の載せる所が同じく、三星、角宿の南にあり。平道は古今の載せる所が同じく、二星、左角・右角の間にあり。五帝内座は古今の載せる所が同じく、五星、華蓋の上にあり。六甲は古今の載せる所が同じく、六星、華蓋の傍にあり。天柱は古今の載せる所が同じく、五星、紫微宮中にあり、東垣に近づく。

進賢,古今同,一星,平道西。謁者,古今同,一星,左執法東北。三公內座,古今同,三星,謁者東北。九卿內座,古今同,三星,三公北。柱下史,舊《經》雲在北極東南斗度,審視在北極東北牽牛度。一星,北極東北。女史,舊《圖》在南斗度,今測在須女度,當柱下史北,與紫宮東垣南第六星相近。一星,柱下史北,近紫微東垣第六星內。

進賢は古今の載せる所が同じく、一星、平道の西にあり。謁者は古今の載せる所が同じく、一星、左執法の東北にあり。三公内座は古今の載せる所が同じく、三星、謁者の東北にあり。九卿内座は古今の載せる所が同じく、三星、三公内座の北にあり。柱下史は、旧《星経》はそれを北極の東南・南斗宿の度に在りと謂い、天象を審視すれば却って北極の東北・牵牛宿の度にあり。一星、位は北極の東北にあり。女史は、旧《星図》は南斗宿の度に定め、如今実測すれば須女宿の度にあり、正しく柱下史の北に当たり、紫微宮の東垣の南面の第六星と相靠近す。一星、位は柱下史の北にあり、紫微の東垣の第六星の内に逼近す。

五諸侯,古今同,五星,九卿西。太子,古今同,一星,黃帝座東北。從官,古今同,一星,太子西北。倖臣,古今同,一星,太子東北。尚書,古今同,五星,紫微宮門內。東維、陰德,古今同,二星,尚書西。天床,舊《圖》普闊促均齊,視天,乃狹長,兼有明暗。六星,紫宮門外。天理,古今同,四星,北斗魁中。內廚,古今同,二星,紫微宮西南角外。明堂,古今同,三星,太微西南角外。

五諸侯は古今の載せる所が同じく、五星、九卿内座の西にあり。太子は古今の載せる所が同じく、一星、黄帝座の東北にあり。従官は古今の載せる所が同じく、一星、太子の西北にあり。幸臣は古今の載せる所が同じく、一星、太子の東北にあり。尚書は古今の載せる所が同じく、五星、紫微宮門の内にあり。東維・陰徳の二座は古今の載せる所が同じく、各々二星、尚書の西にあり。天床は、旧《星図》はこの一座を寛狭・疎密を一律に均斉と画き、天象を仰観すれば、その形は却って狭長で、衆星はまた明あれば暗あり。共に六星、位は紫微宮門の外にあり。天理は古今の載せる所が同じく、四星、北斗の斗魁の中にあり。内厨は古今の載せる所が同じく、二星、紫微宮の西南角の外にあり。明堂は古今の載せる所が同じく、三星、太微垣の西南角の外にあり。

靈臺,古今同,三星,明堂西。勢星,古今同,四星,太陽守西北。內平,舊雲在中臺南,舊《圖》在軒轅腹,又在柳七星度,今測在中臺南,張七度,復與《星經》同。四星,中臺南。耀星,舊《圖》在軒轅腹內,今測在軒轅尾南,近柳北四星。內階,《經》雲在文昌北,舊《圖》安星在八穀北,畢、觜、東井等度,其星又闊促。今測在文昌北,東井柳度,又狹長,兩相近,亦與《星經》本文同。六星,文昌北。

霊台は古今の載せる所が同じく、三星、明堂の西にあり。勢星は古今の載せる所が同じく、四星、太陽守の西北にあり。内平は、旧説は中台の南に在りと謂い、旧《星図》は却ってそれを軒轅の腹部に画き、また柳宿・星宿の度に定め、如今実測すれば中台の南・張宿の七度にあり、かえって《星経》の謂う所と相合す。共に四星、位は中台の南にあり。耀星は、旧《星図》は軒轅の腹内に画き、如今実測すれば軒轅の尾部の南にあり、柳宿の北の四星に近づく。内階は、《星経》は文昌の北に在りと謂い、旧《星図》は却って星位を八谷の北・畢宿・觜宿・東井等の度に安んじ、衆星をまた寛窄不匀に画いた。如今実測すれば文昌の北・東井と柳宿の度にあり、その形は狭長にして両々相近く、また《星経》の本文と相合す。共に六星、位は文昌の北にあり。

天廚,舊在虛危度,並闊促均齊。今測在南斗、牽牛、須女、虛等度,又狹長,明暗不等。酒旗,古今同,三星,軒轅右角南。天尊,古今同,三星,東井北。諸王,古今同,六星,五車南。司怪,舊《圖》端列,南第一星出河,審視天,並在河內,又向西曲。四星,在鉞星前。座旗,舊《經》在司怪西北,舊《圖》及視天並司怪東北。九星。

天厨は、旧図は虚宿・危宿の度に定め、星位を寛窄一律に均斉と画き、如今実測すれば南斗・牵牛・須女・虚等の宿の度に跨り、その形は狭長にして衆星の明暗も相等しくない。酒旗は古今の載せる所が同じく、三星、軒轅の右角の南にあり。天尊は古今の載せる所が同じく、三星、東井の北にあり。諸王は古今の載せる所が同じく、六星、五車の南にあり。司怪は、旧《星図》は端正に一列を作し、南面の第一星は銀河の外に出ると画いた。天象を審視すれば、衆星は皆河の内にあり、しかも西に向かって彎曲す。共に四星、位は鉞星の前にあり。座旗は、旧《星経》は司怪の西北に在りと謂い、旧《星図》の画く所および仰観して見る所は、皆司怪の東北にあり。共に九星。

天高,古今同,四星,參旗西,近畢。策星,舊《圖》在河外,今在河內。一星,王良前。傳舍,舊《圖》在奎、婁度,今測在東壁、奎、婁、胃等度,九星。華蓋上,近河傍。造父,古今同,五星,鉤星南,河中。礪石,古今同,四星,五車南。八穀,古今同,八星,五車北。天讒,古今同,一星,捲舌中。積水,古今同,一星,天船中。積尸,古今同,一星,大陵中。車府,古今同,七星,天津東,近河傍。

天高は古今の載せる所が同じく、四星、参旗の西にあり、畢宿に近づく。策星は、旧《星図》は銀河の外に画き、如今実に河の内にあり。一星、位は王良の前にあり。伝舎は、旧《星図》は奎宿・婁宿の度に定め、如今実測すれば東壁・奎・婁・胃等の宿の度に跨り、共に九星、位は華蓋の上にあり、銀河の傍に緊靠す。造父は古今の載せる所が同じく、五星、鈎星の南にあり、銀河の中に処る。礪石は古今の載せる所が同じく、四星、五車の南にあり。八谷は古今の載せる所が同じく、八星、五車の北にあり。天讒は古今の載せる所が同じく、一星、巻舌の中にあり。積水は古今の載せる所が同じく、一星、天船の中にあり。積尸は古今の載せる所が同じく、一星、大陵の中にあり。車府は古今の載せる所が同じく、七星、天津の東にあり、銀河の傍に緊靠す。

人星,古今同,五星,車府東南。臼杵,古今同,三星,人星傍。臼星,古今同,四星,人星東南。左更,古今同,五星,在婁東。右更,古今同,五星,在婁西。軍南門,舊在天將大軍西,近奎北。以儀測,在天將軍南,如奎正東。一星,天將軍西南。天潢,舊四星東西列,一星在北。審視天,四星南北列,一星在西,五星在五車中。

人星は古今の載せる所が同じく、五星、車府の東南にあり。臼杵は古今の載せる所が同じく、三星、人星の傍にあり。臼星は古今の載せる所が同じく、四星、人星の東南にあり。左更是古今の載せる所が同じく、五星、婁宿の東にあり。右更是古今の載せる所が同じく、五星、婁宿の西にあり。軍南門は、旧図は天大将軍の西・奎宿の北に近づくと定め、渾儀をもって実測すれば、却って天大将軍の南にあり、正しく奎宿の正東に当たる。一星、位は天大将軍の西南にあり。天潢は、旧図は四星を東西に成列し・一星は北にと画き、天象を審視すれば、四星は南北に成列し・一星は西にあり。共に五星、皆五車の中にあり。

扶匡,舊在須女度,東北西南行列,又在子規外。審視天,在南斗度,東南北行列,又在子規內,唯一星在規外。司命,古今同,二星,在虛北。司祿,古今同,二星,司命北。司危,古今同,二星,司祿北。司非,古今同,二星,司危北。敗瓜,舊四星入河,一星出河,又橫。審視天,並在河外,又豎。五星,匏瓜傍。

扶匡は、旧図は須女宿の度に定め、東北・西南向に排列を作し、また子規(北極の周囲の常に顕れて隠れないあの一圈)の外にあると謂い、天象を審視すれば、実に南斗宿の度にあり、東・南北向に排列を作し、しかも子規の内にあり、ただ一星が圈の外に落ちる。司命は古今の載せる所が同じく、二星、虚宿の北にあり。司禄は古今の載せる所が同じく、二星、司命の北にあり。司危は古今の載せる所が同じく、二星、司禄の北にあり。司非は古今の載せる所が同じく、二星、司危の北にあり。敗瓜は、旧図は四星が銀河の内・一星が河の外に出ると謂い、また横列を作した。天象を審視すれば、五星は皆河の外にあり、しかも竪立す。共に五星、位は匏瓜の傍にあり。

咸池,舊《圖》在五車中,近東,今測近西,附金柱。三星,天潢西北。月星,古今同,一星,在昴東。天沖,舊《圖》絡黃道,今在黃道北。二星,昴、畢間,近月星東。天河,古今同,一星,在昴西。河鼓左旗,舊九星併入河,今測三星出河。九星,河鼓左傍。天雞,古今同,二星,狗國北。羅堰,古今同,三星,牽牛東。

咸池は、旧《星図》は五車の中に偏りて東の一側に画き、如今実測すれば西に偏り、金柱に緊附す。共に三星、位は天潢の西北にあり。月星は古今の載せる所が同じく、一星、昴宿の東にあり。天衝は、旧《星図》はそれが黄道に跨絡すると画き、如今実に黄道の北にあり。共に二星、位は昴宿と畢宿の間、月星の東に近づく。天河は古今の載せる所が同じく、一星、昴宿の西にあり。河鼓の左旗は、旧図は九星が皆銀河の内にあると謂い、如今実測すれば三星が河の外に出る。共に九星、位は河鼓の左側にあり。天鶏は古今の載せる所が同じく、二星、狗国の北にあり。羅堰は古今の載せる所が同じく、三星、牵牛の東にあり。

市樓,舊在赤道外,今測在赤道內。六星,在市中,臨箕上。斛星,古今同,四星,在市中,斗南。日星,古今同,一星,房中道前。天乳,古今同,一星,在氐北。亢池,古今同,六星,在亢北。漸臺,古今同,四星,屬織女東足。輦道,舊星並均,南斗度,又在河外。今其星有遠有近,南二星入牽牛度,又入河。五星,屬織女西足。三公,古今同,三星,在北斗西南。

市楼は、旧図は赤道の外に定め、如今実測すれば赤道の内にあり。共に六星、位は天市垣の中にあり、箕宿の上に臨む。斛星は古今の載せる所が同じく、四星、天市垣の中・斗星の南にあり。日星は古今の載せる所が同じく、一星、房宿の中道の前にあり。天乳は古今の載せる所が同じく、一星、氐宿の北にあり。亢池は古今の載せる所が同じく、六星、亢宿の北にあり。漸台は古今の載せる所が同じく、四星、織女の東足に連属す。輦道は、旧図は衆星を一律に均稱と画き、南斗宿の度に定め、また銀河の外にあると謂う。如今あの星々は遠き近きあり、南面の二星はすでに牵牛宿の度に入り、かつ河の中に進入す。共に五星、織女の西足に連属す。三公は古今の載せる所が同じく、三星、北斗の西南にあり。

開元占経巻一百一

星図

二十八宿

甘氏外官一

青丘,古今同,七星,在軫東南。折威,古今同,七星,在亢南。陣車,古今同,三星,在氐南。騎陣將軍,古今同,一星,騎官中東端。糠星,古今同,一星,箕舌前。車騎,古今同,三星,騎官南。農丈人,舊在狗星西南,今在狗星西。一星,南斗西南。狗星,古今同,二星,南斗魁前。狗國,古今同,四星,建星東南。

以下に甘徳一家の伝えた外官(三垣の外・二十八宿の南の諸座)と実測の天象の異同を覈対す。青丘は古今の載せる所が同じく、七星、軫宿の東南にあり。折威は古今の載せる所が同じく、七星、亢宿の南にあり。陣車は古今の載せる所が同じく、三星、氐宿の南にあり。騎陣将軍は古今の載せる所が同じく、一星、騎官の一列の東端にあり。糠星は古今の載せる所が同じく、一星、箕舌の前にあり。車騎は古今の載せる所が同じく、三星、騎官の南にあり。農丈人は、旧図は狗星の西南に定め、如今実に狗星の正西にあり。一星、位は南斗の西南にあり。狗星は古今の載せる所が同じく、二星、南斗の斗魁の前にあり。狗国は古今の載せる所が同じく、四星、建星の東南にあり。

天田,古今同,九星,牽牛南。哭星,古今同,三星,在虛南。泣星,古今同,二星,在哭東。蓋屋,二星,在危南。八魁,舊三星在營室度,六星在危度,今並在營室度。九星。北落東南。雷電,古今同,營室西南。雲雨,古今同,四星,霹靂西南。霹靂,古今同,五星,土公西南。土公,古今同,二星,東壁南。土公吏,古今同,二星,營室西南。

天田は古今の載せる所が同じく、九星、牵牛の南にあり。哭星は古今の載せる所が同じく、三星、虚宿の南にあり。泣星は古今の載せる所が同じく、二星、哭星の東にあり。蓋屋は二星、危宿の南にあり。八魁は、旧図は三星が営室宿の度・六星が危宿の度にあると謂い、如今は皆営室宿の度にあり。共に九星、位は北落師門の東南にあり。雷電は古今の載せる所が同じく、位は営室の西南にあり。雲雨は古今の載せる所が同じく、四星、霹靂の西南にあり。霹靂は古今の載せる所が同じく、五星、土公の西南にあり。土公は古今の載せる所が同じく、二星、東壁の南にあり。土公吏は古今の載せる所が同じく、二星、営室の西南にあり。

鈇鑕,古今同,五星,天蒼西南。天溷,古今同,七星,外屏南。外屏,古今同,七星,在奎南。天庾,古今同,三星,天倉東南。芻藁,古今同,六星,天苑西。天園,古今同,十三星,天苑南。九州殊口,古今同,九星,天節下。天節,古今同,八星,畢、附耳下星南。九游,古今同,玉井西南。軍井,《經》雲玉井東南,舊在屏南,今在屏東。四星。

鈇鑕は古今の載せる所が同じく、五星、天蒼の西南にあり。天溷は古今の載せる所が同じく、七星、外屏の南にあり。外屏は古今の載せる所が同じく、七星、奎宿の南にあり。天庾は古今の載せる所が同じく、三星、天倉の東南にあり。芻藁は古今の載せる所が同じく、六星、天苑の西にあり。天園は古今の載せる所が同じく、十三星、天苑の南にあり。九州殊口は古今の載せる所が同じく、九星、天節の下にあり。天節は古今の載せる所が同じく、八星、畢宿と附耳の下星の南にあり。九游は古今の載せる所が同じく、位は玉井の西南にあり。軍井は、《星経》は玉井の東南に在りと謂い、旧図は天屏の南に定め、如今実に天屏の東にあり。共に四星。

水府,舊在東井南河外,今在河內。四星,東井南。四瀆,一星入河,三星出河,今三星入河,一星出河。四星,東井南轅東。闕丘,舊在南河東南赤道外,今在南河南赤道內。二星,南河南。天狗,古今同,七星,狼東北。三坐,舊並在西北斜列,今並在東北斜列。丈人,二星,軍井西南。子,二星,丈人東。孫,二星,在子東。天社,古今同,六星,在弧南。天記,古今同,一星,外廚南。外廚,舊近河,又東西俠,今去河遠,臨赤道,又東西潤。六星,柳南。天廟,舊並引行正直,今有曲直。十四星,在張南。東甌,古今同,五星,在翼南。

水府は、旧図は東井の南・銀河の外に定め、如今実に河の内にあり。共に四星、位は東井の南にあり。四瀆は、旧図は一星が銀河の内・三星が河の外に出ると謂い、如今は三星が河の内・一星が河の外に出る。共に四星、位は東井の南轅の東にあり。闕丘は、旧図は南河の東南・赤道の外に定め、如今実に南河の南・赤道の内にあり。共に二星、位は南河の南にあり。天狗は古今の載せる所が同じく、七星、狼星の東北にあり。丈人・子・孫の三座は、旧図は皆西北向に斜列を作し、如今は皆東北向に斜列を作す。丈人は二星、軍井の西南にあり。子は二星、丈人の東にあり。孫は二星、子座の東にあり。天社は古今の載せる所が同じく、六星、弧星の南にあり。天記は古今の載せる所が同じく、一星、外厨の南にあり。外厨は、旧図はそれを銀河に近づき、東西の方向もまた狭窄と画き、如今は銀河を離るることすでに遠く、赤道に臨み、東西の方向は則ち寛闊と見ゆ。共に六星、位は柳宿の南にあり。天廟は、旧図は衆星を一概に端直の一行を成すと画き、如今は則ち曲あれば直あり。共に十四星、位は張宿の南にあり。東甌は古今の載せる所が同じく、五星、翼宿の南にあり。

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