Libo

五股・翼・九足

唐 · 瞿昙悉达 · 第116巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

《運斗樞》曰:“廢江淮山瀆之祠,則瑤光不明,股翼九足。”

《春秋運斗樞》にいう:江淮一帯の山川・河瀆の祠祀を廃棄すれば、北斗第七星の瑶光は昏暗にして明らかならず、併せて胯上に翼を生じ、九隻の脚を長したる怪獣が出現せん。

猬に冠生ず

又曰:“女舌,蝟生冠。”

《春秋運斗樞》がまたいう:婦人が口舌を搬弄して外事に干与すれば、刺猬は即ち冠を生出せん。刺猬は本より冠なきものが、忽然として冠を生ずるは、正に牝鶏の晨を司るの類の僭越の象である。

獣が地より出づ

《握鏡》曰:“凡四足獸從土中出,殃至;六足獸上無齒,主增地。”

《握鏡》にいう:凡そ四足の走獣が土中より鑽出するは、灾殃の到来を主る。六隻の脚の獣にして上顎に牙歯なきは、反って君主の疆土を増拓するを主る。

野獣が宮邑に入る

《京房易候》曰:“野獸入居室,茲謂不轉德,室不居。”京房曰:“野獸大小入邑中及王朝廷,若大道上,邑有大害,君亡地,有流血;野獸無故入邑,居朝廷門及宮府中及邑,廷且虛,家無人;野獸群鳴,邑中且空虛;野獸自經於市中,邑且大歲凶;

《京房易候》にいう:野獣が人の居室に進入するは、これを「不轉徳」と謂い、即ち徳行が推行・流転する能わざること、この間の屋は再び住む可からざるを主る。京房がいう:野獣が大小を論わず城邑の中に闖入し、王の朝廷に闖上し、或いは大道上に出現するは、城邑に大害あり、君主が土地を喪失し、流血の禍あるを主る。野獣が故なく城邑に闖進し、朝廷の門・宮府の中および城邑の裏に盤踞するは、朝廷まさに空虚となり、家中に人なからんとするを主る。野獣が成群して鳴叫するは、城邑の中まさに空虚とならんとするを主る。野獣が自ら集市の当中に吊死するは、城邑まさに大凶の年あらんとするを主る。

野獸入軍中,將軍大戰,必敗,急祭祀鬼神以救之;野獸鳴軍中,大邦小,小邦大;野獸生子邑中者,其邑大虛。”《地鏡》曰:“野獸入宮門及寺門,用事者罷;野獸入城郭,臣下迷惑,有兵;野獸上城入宮中,不出一年,主死。”

野獣が軍営の中に闖入するは、将軍が若し人と大戦せば必ず失敗し、急ぎ鬼神を祭祀して以て禳救すべきを主る。野獣が軍中に鳴叫するは、大国が小に変じ、小国が大に変ずるを主る。野獣が城邑の中に崽を生ずるは、この城邑が大いに空虚なるを主る。《地鏡》にいう:野獣が宮門と官寺の門に闖入するは、権を当て事を弁ずる人が罷黜せらるるを主る。野獣が城郭に闖進するは、臣下が迷惑・失措し、兵事あるを主る。野獣が城墻上に爬上し、宮中に進入するは、応験一年を出ず、君主が死亡す。

野獣が邑中に死す

《京房易妖占》曰:“野獸無故自死邑中門者,國且空。”《天鏡》曰:“野獸自死在市道側、邑中,兵方大起。”

《京房易妖占》にいう:野獣が故なく自ら城邑の門口に死するは、国家まさに空虚とならんとするを主る。《天鏡》にいう:野獣が自ら集市・道旁或いは城邑の中に死するは、兵禍が正に大いに起らんとするを主る。

野獣が却行す

《握鏡》曰:“野獸卻行,君當為臣。”

《握鏡》にいう:野獣が倒退して行走するは、君主が反って臣下の位に居らんとするを主る。倒れて走れば則ち前後が向きを易へ、正に上下が顛倒するの事に応ずる。

野獣が六畜・飛鳥と交りおよび闘ふ

《地鏡》曰:“野獸與飛鳥斗,兵作;野獸與家畜來鬥,他國來伐國。”《握鏡》曰:“野獸來與家六畜交,此人君淫於外國婦女,以淫為行,且失國;野獸與馬交,國淫亂。”京房曰:“有四足與飛鳥斗,有兵作,大臣去。”又曰:“野獸來與家畜斗,有鄰國來伐,國將亡。”

《地鏡》にいう:野獣と飛鳥とが相い闘うは、兵事の発作を主る。野獣が跑来して家畜と争闘するは、別の国家の前来して本国を討伐するを主る。《握鏡》にいう:野獣が跑来して家中の六畜と交配するは、君主が外国の婦女の身上に恣意に淫乱し、淫蕩を以て行事と為し、まさに国家を失去せんとするを主る。野獣と馬とが交配するは、国中の淫乱を主る。京房がいう:四足の獣有りて飛鳥と相い闘うは、兵事の発作あり、大臣が離去するを主る。又いう:野獣が跑来して家畜と争闘するは、隣国の前来して討伐し、国家まさに滅亡せんとするを主る。

野獣が子を生じて形異なり

京房曰:“野獸生子,有人形者,且易其主;野獸生子,為螽蟲,如蜂形,天下且更令;野獸生子,為彘,走入君室,邑且亡,社稷為人所攻;野獸生子,為蛇者,其邑有大事;野獸生子,其足多者,邑有憂;野獸生子,足少者,邑有喪;野獸生子,其口多者,邑有兵;

京房がいう:野獣の生み下す崽が人の形状を帯びるは、まさに君主を更換せんとするを主る。野獣の生み下す崽が螽虫にして形状は蜂に似たるは、天下まさに法令を更改せんとするを主る。野獣の生み下す崽が猪にして、且つ君主の居室に跑進するは、城邑まさに滅亡し、社稷が人に攻奪せらるるを主る。野獣の生み下す崽が蛇なるは、この城邑に大事あるを主る。野獣の生み下す崽の脚が特に多きは、城邑に憂患あるを主る。生み下す崽の脚が特に少なきは、城邑に喪事あるを主る。生み下す崽の嘴が特に多きは、城邑に兵事あるを主る。

野獸生子,其目多者,邑君憂;野獸生子,其目少者,邑有急兵;野獸生子,無目者,其邑有憂;野獸生子,無耳鼻,其邑有兵;野獸生子,耳鼻多者,其邑有行兵;野獸生子,耳鼻少者,邑有大兵起;野獸生子,無尾者,邑無後;野獸生子,其形不居其處者,皆為兵事。”

野獣の生み下す崽の眼睛が特に多きは、城邑の君に憂あるを主る。生み下す崽の眼睛が特に少なきは、城邑に緊急の兵事あるを主る。生み下す崽に眼睛なきは、この城邑に憂患あるを主る。生み下す崽に耳朵・鼻子なきは、この城邑に兵事あるを主る。生み下す崽の耳鼻が特に多きは、この城邑に出兵の事あるを主る。生み下す崽の耳鼻が特に少なきは、城邑に大兵の興起あるを主る。生み下す崽に尾巴なきは、城邑が後嗣を絶つを主る。生み下す崽の形体の各部分が皆応に有るべき位置上に長ぜざるは、これら皆兵事を主る。

開元占經 卷一百十七

牛の休征

金牛

《瑞應圖》云:“王者土地開闢,則金牛見。”注云:“案《交州記》曰:九真群居風山,有金牛時時見,光照數十里。又武昌郡,有金牛岡,岡邊石上有牛跡焉。又《羅浮山記》云:增城縣有牛潭,潭側有圓石,金牛出時,盤此石上,有周靈潛往掩擊,得金繅三尺許。牛出水時,有五色光。又吳與巴及淮南,並有金牛,皆帶金繅也。”

《瑞応図》にいう:君王が疆土を開拓すれば、金牛は出現す。注文にいう:按ずるに《交州記》の記載に、九真郡の群居風山に金牛あり、時時現身し、光は数十里を照らす。又武昌郡に金牛岡あり、岡辺の石頭上に牛の足迹を留む。又《羅浮山記》にいう:增城県に一箇の牛潭あり、潭辺に一塊の円石あり、金牛が出て来るときは即ちこの塊の石頭上に盤踞す。周霊と呼ぶ人有りて悄然として前往して襲取し、三尺来長の金繅を奪得した。金牛が水を出るとき、身上に五色の光を放つ。此の外、呉地・巴地および淮南にも、皆金牛あり、身上に皆金繅を帯びる。

牛に上齒あり

《地鏡》曰:“世主治而增地,則牛有上齒。”

《地鏡》にいう:当世の君主の治理が方有りて疆土を増拓すれば、牛は即ち上排の牙歯を生出す。牛は本より上顎に歯なきものが、忽然として上歯を生出するは反常の相なり。此処は却って前文の「六足獣の上に歯なく、地を増すを主る」と相対して、同じく疆を開き土を拓くの応験に帰入す。

牛の咎征

牛が舞ふ

《握鏡》曰:“牛忽舞戲軍中,軍罷,還鄉。”《天鏡》曰:“牛如舞,其國將亡。”

《握鏡》にいう:牛が忽然として軍中に舞動・嬉戯するは、軍隊が兵を罷め、将士が故郷に返回するを主る。《天鏡》にいう:牛が跳舞の様子を做出するは、この国家まさに滅亡せんとするを主る。

牛が悲鳴す

《潛潭巴》曰:“宮殿中有牛悲鳴,政教衰,諸侯並。牛者,兵之符也。”注云:“牛有角,兵象也。鳴,喻教令也。”京房曰:“牛無故夜皆鳴,且有暴兵;牝牛善牡鳴,及於大道上,邑有大兵。”《運斗樞》曰:“主憂下愁,陰類逆,則牛哭于田。”

《春秋潜潭巴》にいう:宮殿の中に牛の悲鳴有るは、政教の衰败し、諸侯が相互に兼併するを主る。牛は兵事の符験である。注文にいう:牛の頭上に角を生ずるは、兵器の象である。牛の鳴くは、則ち政教・号令を比喻す。京房がいう:牛が故なく夜裏に一斉に鳴叫するは、まさに突発の兵事あらんとするを主る。母牛が偏愛して雄牛の如き吼叫を発し、しかも大道上に叫ぶは、城邑に大兵あるを主る。《春秋運斗樞》にいう:君主が憂慮し下民が発愁し、陰に属する一類が皆悖逆・失常なれば、牛は即ち田里に哀哭す。

牛が能く言ふ

《呂氏春秋》曰:“亂國之妖,牛能人言。”京房曰:“牛能言,如其言,占吉凶。”《搜神記》曰:“晉太安中,江夏郡功曹張駃乘牛忽言曰:‘天下方亂,吾甚疾焉,乘我何之?’駃懼,中道而反,犬又曰:‘歸何早也?’安陸縣有善卜者,駃從人占之,曰:‘大凶,非惟一家之禍,亦天下將有兵亂也。’

《吕氏春秋》にいう:乱国の妖異の中に、「牛が人の話を説き得る」の一項あり。京房がいう:牛が能く口を開きて説話するは、即ちその説く所の内容に按じて吉凶を占断す。干宝《搜神記》に記す:晋の太安年間、江夏郡の功曹張駃の騎る所の牛が忽然として口を開いていう:「天下正に大いに乱れんとす、我は甚だこの世道を厭悪す、汝は我に騎りて何の処に到らんとするか。」張駃は害怕し、半路上に即ち折返して家に帰った。家裏の狗がまた口を開いていう:「怎様に回来するこの早きぞ。」安陸県に卜筮を擅む人有りて、張駃は人を托して彼に向いて占を求め、その人がいう:「大凶なり。これは只だ汝の一家の禍事のみならず、亦天下にまさに兵乱あらんとするを預示す。」

後一郡皆破亡。駃還,牛又人立行,百姓聚觀者眾,其秋,張昌亂一郡,殘傷者大半,駃家族滅。”

これは上一条の占例の結末である:後に全郡が皆破败を遭い、百姓は流亡した。駃が家中に帰ると、あの頭の牛はまた人に似て直立して行走し、聚拢して囲観する百姓は甚だ多かった。当年の秋に至り、張昌がこの郡に起兵して乱を作し、郡中の百姓の殺傷せられたるは一半を過ぎ、駃の一家・宗族もまた誅滅を遭った。占家は「牛が人を作して立ちて行く」を牛禍の先兆と視なし、随後の兵乱・滅族と一々相応した。

牛が地中より出づ 牡牛が子を生む

《天鏡》曰:“牛從土中出者,不出千日,有兵,民流亡。”京房曰:“牛自地中出,邑中有兵,小民破亡,君有喪,不出三年。”《天鏡》曰:“牛從地中出,不出二年,有大殃。”京房曰:“牡牛有子,其君無後。”

《天鏡》は一箇の専ら物類・灾異・占候を記する書にして、それがいう:土裏より鑽出する牛は、一千日を超えずして、即ち兵事あり、百姓が流散・逃亡す。西漢の易学家京房がいう:牛が地下より冒出するは、城邑の中にまさに兵事あらんとし、小民が家を破りて逃亡し、国君が喪事に遭遇し、これらは皆三年を出ず。《天鏡》がまたいう:牛が地裏より出るは、二年を出ずして、大いなる灾殃あるあらん。京房がいう:公牛が竟も小牛を産下するは、この君主がまさに後嗣を断絶せんとするを預示す——雄性が子を生ずるは陰陽顛倒の象なれば、故に「無后」の上に応ずる。

牛が子を生じて形異なり

《運斗樞》曰:“人君七政錯壅,下懵暗,上不明,則牛五頭,不能行。(宋均注云:五頭,喻五方不肯趁上命也。)”京房曰:“牛生子一首二身,其邑分;牛生子二頭,天下分,胡氏之象也。”《天鏡》曰:“牛兩頭,軍分為兩。”

緯書《春秋運斗樞》にいう:君主が「七政」(日月五星の主ずる各項の政務)を処理するに錯乱・壅塞し、下に在る臣民は昏昧にして、上に在る君主は明察ならざれば、即ち五箇の頭にして行走する能わざる怪牛が出現す。原書小注に東漢の宋均の解釈を引く:五箇の頭とは、五方の諸侯が朝廷の号令を遵奉するを肯ぜざるを比喻す。京房がいう:母牛が一箇の頭両箇の身子の犢子を生下するは、この城邑まさに分裂せんとす。両箇の頭の犢子を生下するは、天下まさに分裂せんとし、これは「胡氏」の類の外族が坐りて大なるの象徴である。《天鏡》にいう:牛に両箇の頭を長ずるは、軍隊が両支に分裂するあらん。

《搜神記》曰:“元帝大興中,割晉陵郡封少子以嗣太傅東海王,俄而世子母石婕好疾病,使郭璞筮之,遇明夷之既濟,曰:‘世子不宜裂土分國,以致患悔,母子並貴之咎也。法,所封內當有牛生一子兩頭者,見此物則疾瘳矣。’其七月,曲河縣陳門,牛生子兩頭,郡縣圖其形而上之,元帝以示石氏,石氏見而有間,或問其故:‘晉陵土,上所以受命之邦也。凡物莫能兩大,使世子並其方,其氣莫以取之,故致兩頭之妖,以為警也。’”

干宝《搜神記》に記す:東晋の元帝の大興年間、朝廷は晋陵郡を画り出して小さい児子を分封し、彼をして太傅・東海王の封国を承継せしめた。没だ久しからずしてこの世子の生母石婕妤が病を生じ、元帝は郭璞を請じて占筮せしめ、《明夷》卦を得て《既済》卦と変ず。郭璞がいう:世子は土を裂きて別に封国を立つべからず、因りて憂患・悔吝を招来す。これは母子が同時に顕貴なるの帯ぶる所の咎征である。占法に按ずれば、封ぜられたる境内に応に母牛の一頭両箇の脳袋の犢子を生下する有るべく、こやつを見れば病は即ち好し。当年七月、曲河県の陳門に果して牛有りて両頭の犢子を生下せり。郡県はその形状を画きて上報し、元帝は把りて石婕妤に看せしむるに、彼女は一見すれば病は即ち軽減した。人有りてこれは何の故ぞと問うに、回答していう:晋陵のこの土地は、皇上が天命を承受する根本の邦なり。凡そ物に両者同時に壮大すること能ふ有るなし。今世子をしてこの一方を兼有せしむれば、彼の処の地気は承受する処なく、故に両頭の怪牛の妖異を招致して、用いて警を示すなり。

《河圖說徵示》曰:“人主失國無民,見牛四角二足。”京房曰:“牛生八足,上有三首,邑增地;君任邪佞,則牛兩頭八足二尾。”又曰:“牛生子三角,其邑且有兵;牛生三目以上,邑有賊臣;臣多口,則牛四目在背;牛生子三鼻,其邑有兵;牛生子,鼻一孔,邑作事不成;君臣不聽事,則牛一耳;牛生子三耳以上,邑大亂;

緯書《河図説征示》にいう:君主まさに国家を失い百姓を失わんとすれば、即ち四隻の角両隻の脚の怪牛が出現す。京房がいう:牛が八隻の脚・頭上に三箇の脳袋を生下するは、この城邑まさに土地を増広せんとす。君主が邪僻・奸佞の人を任用すれば、即ち両頭・八足・両尾の怪牛が出現す。又いう:牛の生む犢子が三隻の角を長ずるは、この城邑にまさに兵事あらんとす。犢子が三隻以上の眼睛を長ずるは、城邑の裏に人を害する奸臣あり。臣下が口舌・是非多ければ、即ち四隻の眼睛が背上に長ずる牛が出現す。犢子が三箇の鼻子を長ずるは、この城邑にまさに兵事あらんとす。犢子の鼻子が一箇の孔のみなるは、城邑が事を弁じ成らざる。君臣ともに政事を理せざれば、即ち一隻の耳朵のみの牛が出現す。犢子が三隻以上の耳朵を長ずるは、城邑まさに大乱せんとす。

人君眾惡同志,至德潛隱,興徭役,奪民時,則牛生五蹄;民人徭三月,邑有賊臣,則牛二尾;牛生子,三陰已上,君多子;牛生子,目在腹下及旁,邑且有事;牛生子,口在腹下及在頭上,邑有大事;牛生子,口在四肢,邑君亡;牛生子,口在背,其邑臣口舌;牛生子,耳在腹下,民大飢;牛生子,耳鼻在腹及背,其君相謀傷;牛生子,鼻在四肢上,邑有大賊;

君主が一群の悪人と同心・同志にして、徳行最高の賢人を隠没して用いず、徭役を大興して百姓の農時を侵奪すれば、即ち牛有りて五隻の蹄子を生出せん。百姓の服役が三箇月に長く、城邑の裏に人を害する奸臣あれば、即ち牛有りて両条の尾巴を生出せん。牛の生む犢子に三箇以上の生殖器有るは、君主の子嗣衆多を主る。犢子の眼睛が腹下或いは身体の両旁に長ずるは、城邑にまさに事変あらんとす。犢子の嘴が腹下或いは頭頂上に長ずるは、城邑に大事あり。嘴が四肢上に長ずるは、邑君まさに死亡せんとす。嘴が背上に長ずるは、この城邑の臣下に口舌・争訟多し。犢子の耳朵が腹下に長ずるは、百姓大いに飢荒を鬧す。耳朵・鼻子が腹部と背上に長ずるは、この国君と輔相とがまさに相い謀害せんとす。犢子の鼻子が四肢上に長ずるは、城邑に大盗賊あり。

牛生子,足在腹,邑徙;牛生子,尾在腹,邑大徭;牛生子,尾在四肢,邑君易;牛生子,無首,邑無令,君不吉;牛生子無鼻,民太息;牛生子,無尾,民貧士弱;牛生子,無毛有羽,邑君亡;牛生子無陰,其君無子;君無子,則牛無陰;牛生子無足,其邑谷不成;牛生子,足在背,邑且有大兵;兵行徭役,奪民時,厥妖牛生五足;牛生子三足,其邑君有久疾。”

犢子の脚が腹部に長ずるは、城邑まさに遷徙せんとす。尾巴が腹部に長ずるは、城邑の徭役が繁重なり。尾巴が四肢上に長ずるは、邑君まさに更換せんとす。犢子に頭なきは、城邑の政令が行われず、国君は吉ならず。犢子に鼻子なきは、百姓が愁苦・嘆息す。犢子に尾巴なきは、百姓が貧困にして士人が衰弱す。犢子が毛を長ぜずして羽毛を長ずるは、邑君まさに死せんとす。犢子に生殖器なきは、この君主に児子なし——君主に子なきは、亦牛の陰なき上に応ずるなり。犢子に脚なきは、この城邑は五穀が熟せず。脚が背上に長ずるは、城邑にまさに大いなる兵事あらんとす。兵を用い且つ徭役を徴発して百姓の農時を侵奪すれば、その妖異は即ち牛が五隻の脚を生出するなり。犢子が三隻の脚のみなるは、この邑君に久しく治らざる疾病あるあらん。

《災異圖》曰:“王、公侯、刺史不祗上命,克暴百姓,則牛八足。”《漢書五行志》曰:“秦文公五年,遊朐衍,有獻五足牛者,劉向以為近牛禍也。先是文惠王初都咸陽,廣大宮室。足者,止也,戒秦建,止奢泰也。”又曰:“景帝中元六年,梁孝王田北山,有獻牛,足生背上者,劉向以為近牛禍。先是孝王驕奢,起苑方三百里,宮館閣道相連,欲求為漢嗣。足出於背,下奸上之象也。”

《灾異図》にいう:諸侯王・公侯・州刺史が朝廷の号令を敬奉せず、百姓に対して苛刻・残暴せば、即ち八隻の脚の牛が出現す。《漢書・五行志》に記す:秦の文公五年、文公が朐衍一帯に出游したとき、人有りて一頭の五隻脚の牛を献上せり。劉向はこれを「牛禍」に近しと認めた。この前、秦の恵文王が剛に咸陽に都を定め、宮室を広建せり(此処の底本の紀年は前後倒置し、恵文王は実は文公の後に在り、姑くその旧を存す)。「足」には「止」の義あり、秦国の営建は応に奢侈・過度を停止すべきを告誡するなり。又記す:漢の景帝の中元六年、梁の孝王が北山に田猟したとき、人有りて一頭の脚が背上に長ずる牛を献上せり。劉向はこれを牛禍に近しと認めた。この前、梁の孝王は驕横・奢侈にして、方円三百里の苑囿を修起し、宮室・楼館と閣道と相連じ、還りて漢朝の皇位の継承人と為るを謀求せんと欲した。脚が背上に長ずるは、正に下に在る者が上に在る者を干犯するの象徴である。

《異苑》曰:“晉永嘉中,曲阿陳文家牛生兩頭犢。建武中,曲阿牛生犢,一軀兩頭。永昌元年,江北郭洗牛生兩頭八足。咸和元年,護軍營牛生兩頭六足。太元中,蜀人獻動角牛,奮頭則角耳搖。石虎時,牸牛水道在腹下。宋元嘉中,倉穀王石豐家,牛生尾在額上。元嘉十四年十月,東陽留元子家,牛生兩頭,犢墮地,便剿健善走,元子射之,乃死,以呈郡守,荀伯子餘親睹焉。”《廣漢戴道》:“周元嘉中,牛生犢有腳而無脊骨也。”

劉敬叔《異苑》に記す:西晋の永嘉年間、曲阿の陳文の家の牛が両箇の頭の犢子を生下せり。東晋の建武年間、曲阿にまた牛有りて犢を生み、一箇の身子両箇の頭なりき。永昌元年、江北の郭洗の家の牛が両頭八足の犢子を生下せり。咸和元年、護軍営の牛が両頭六足の犢子を生下せり。太元年間、蜀地の人が一頭の「動角牛」を進献し、それが一たび頭を搖れば、角と耳朵は皆跟随して晃动した。後趙の石虎が位に在りしとき、母牛有りて尿道が腹下に長ぜり。劉宋の元嘉年間、倉谷王石豊の家の牛が生下したる犢子は、尾巴が額頭上に長ぜり。元嘉十四年十月、東陽の留元子の家の牛が両箇の頭の犢子を生下し、小牛は一たび落地すれば即ち矫健にして善く走り、留元子はそれを射死せしめ、郡守に送呈し、荀伯子と我とは皆親しく見て過ごしたり。《廣漢戴道》にいう:周の元嘉年間、牛有りて生下したる犢子は、腿脚有るも脊骨なかりき。

牛が人を生む

京房曰:“牛生人,民流亡;牛生人,一身二首,其邑昌;牛生人,一身三首,其邑有兵;牛生人,一身二首,無口三鼻,一鼻在項,一鼻在頰,其邑有兵不遠;牛生人,一身一首,無目一耳,相臣有兵;牛生人,一身二首,無目三耳,一耳在項,一耳在頰,其邑有兵;牛生人,一身三首,一鼻在項,一鼻在頰,女人治其政;

京房がいう:牛が人形の怪胎を生下するは、百姓が流散・逃亡す。生下したる人形が一箇の身子両箇の頭なるは、この城邑は反って昌盛す。一箇の身子三箇の頭なるは、城邑に兵事あり。一箇の身子両箇の頭にして嘴なく三箇の鼻子を長じ、一箇の鼻子が頸項に長じ、一箇が面頰に長ずるは、城邑に兵事あり、期は遠からず。一箇の身子一箇の頭にして眼睛なく一隻の耳朵のみなるは、輔相・大臣にまさに兵禍を遭わんとす。一箇の身子両箇の頭にして眼睛なく三隻の耳朵あり、一隻は頸項に在り、一隻は面頰に在るは、城邑に兵事あり。一箇の身子三箇の頭にして、一箇の鼻子が頸項に在り、一箇が面頰に在るは、女人に由りて政事を主持せらるるに由るべし。

牛生人,一身二首,無耳三口,一口在頰,民飢;牛生人,一身二首,無耳,三口以上,一口居頂,一口居頰,人民飢;牛生人,一身三首,二口無耳,一口在頂,民驚兵,君亂亡;牛生人,一身二首,無耳三口,一口在頰,一口在股上,民且大驚,其邑有亂,亡;牛生人,一身三首,三耳無目,一耳居頂,一耳居頰,其邑有兵,民多流亡;

牛の生ずる人形が一箇の身子両箇の頭にして耳朵なく三張の嘴あり、一張の嘴が面頰上に長ずるは、百姓が飢饉す。一箇の身子両箇の頭にして耳朵なく三張以上の嘴あり、一張は頭頂に在り、一張は面頰に在るは、百姓が飢饉す。一箇の身子三箇の頭・両張の嘴にして耳朵なく、一張の嘴は頭頂に在るは、百姓が兵事に驚擾せられ、国君は昏乱・敗亡す。一箇の身子両箇の頭にして耳朵なく三張の嘴あり、一張は面頰に在り、一張は大腿上に在るは、百姓まさに大いに驚恐を受け、この城邑に変乱の発生して覆亡に至らん。一箇の身子三箇の頭・三隻の耳朵にして眼睛なく、一隻の耳朵は頭頂に在り、一隻は面頰に在るは、この城邑に兵事あり、百姓に流散・逃亡多し。

牛生人,三頭三面,有軍行;牛生人,一首四面,其君亡地;牛生人,一首二口,其邑大飢;牛生人,一首一鼻,邑民貧;牛生人,一首,三目以上,天下有爭者;牛生人,一首,三耳以上,邑治且亂;牛生人,一首一面,天下有爭者;牛生人,一身,項以上無,其邑有兵;牛生人,二首以上,其臣有反者,又云:邑有大疾。牛生人,三足以上,民多相讒;牛生人,三臂以上,其邑兵行;牛生人,三陰以上,其國有謀臣;

牛の生ずる人形に三箇の頭三張の臉有るは、まさに軍隊の出動あらんとす。一箇の頭四張の臉なるは、この君主まさに土地を喪失せんとす。一箇の頭両張の嘴なるは、この城邑大いに飢ゆ。一箇の頭一箇の鼻子なるは、城邑の百姓が貧困す。一箇の頭にして三隻以上の眼睛有るは、天下に争奪の事あり。一箇の頭にして三隻以上の耳朵有るは、城邑の治理がまさに混乱に陥入せんとす。一箇の頭一張の臉なるは、天下に争奪の事あり。只だ身子有りて頸項以上は空として所有なきは、この城邑に兵事あり。両箇以上の頭有るは、臣下の中に人有りて反叛し、別の一説は城邑に大いなる疫病あるをいう。牛の生ずる人形に三隻以上の脚有るは、百姓に多く相い讒毀す。三条以上の手臂有るは、この城邑まさに兵を出さんとす。三箇以上の生殖器有るは、この国家に心に図謀を懐ける臣子あり。

牛生人,目在腋下,其君且凶;牛生人,目在腹,天下諸侯雜居;目在背,其邑有大臣反;牛生人,目在足下,此謂不親,其邑有大謀;牛生人,鼻在腋下,主令不行;牛生人,鼻在足,民哭;牛生人,鼻在腹,其邑谷不成;牛生人,鼻在背,其民多;牛生人,口在腹下,邑有火;牛生人,口在背,邑得利,臣有凶事;牛生人,腹在脛,邑有飢;牛生人,陰在背腹,其君有大事;

牛の生ずる人形は、眼睛が腋下に長ずるは、この君主まさに凶険あらんとす。眼睛が腹部に長ずるは、天下の諸侯が雑処・錯居す。眼睛が背上に長ずるは、この城邑に大臣有りて謀反す。眼睛が脚底に長ずるは、これを「不親」と呼び、城邑の中に大いなる陰謀あり。鼻子が腋下に長ずるは、君主の号令が推行する能わざるなり。鼻子が脚上に長ずるは、百姓まさに哭泣せんとす。鼻子が腹部に長ずるは、この城邑は五穀が熟せず。鼻子が背上に長ずるは、あの処に人口衆多なり。嘴が腹下に長ずるは、城邑に火災あり。嘴が背上に長ずるは、城邑は利を獲るも、臣下に却って凶事あり。肚腹が小腿上に長ずるは、城邑に飢荒あり。生殖器が背上或いは腹上に長ずるは、この君主まさに大事の発生あらんとす。

牛生人,無鼻,邑有喪;牛生人,無耳,有鬼驚人者,相主走;牛生人,無足,其邑不種;牛生人,無臂,其邑疾;牛生人,無體,其邑有事;牛生人,無腹,其邑飢;牛生人,人身而六畜面者,此則不吉,臣下不受命;牛生人,人身而鳥頭面者,邑有兵;牛生人,人面而六畜身者,此謂不祥,其邑有兵;牛生人,人面而犬身,其邑苦;牛生人,人面而野獸身者,邑有亡地;牛生人,人面魚身,邑有水;牛生人,人身而蟲蛇面者,其邑亡地;牛生人,人面而蟲蛇身者,此邑皆空。”

牛の生ずる人形に鼻子なきは、城邑に喪事あり。耳朵なきは、鬼怪有りて人を驚擾し、輔相と君主ともに奔逃して出でん。脚なきは、この城邑に耕種する人なし。手臂なきは、この城邑に疾疫の流行あり。軀体なきは、この城邑に事変あり。肚腹なきは、この城邑に飢荒を鬧す。人の身子にして六畜の面孔を長ずるは、これは吉利ならず、臣下が君命を接受するを肯肯ぜざるなり。人の身子にして鳥の頭臉を長ずるは、城邑に兵事あり。人の面孔にして六畜の身子を長ずるは、これを不祥と呼び、この城邑に兵事あり。人の面孔にして狗の身子なるは、この城邑が困苦す。人の面孔にして野獣の身子なるは、城邑まさに土地を喪失せんとす。人の面孔にして魚の身子なるは、城邑に水災あり。人の身子にして虫蛇の面孔なるは、この城邑まさに土地を喪失せんとす。人の面孔にして虫蛇の身子なるは、この城邑まさに空虚にして人なからんとす。

牛が六畜を生む

《天鏡》曰:“牛生六畜,兵且作,其君不安。”京房曰:“邑更主,則牛生六畜;牛生六畜,其邑女子為主;君不安宅,則牛生馬;牛生馬,兵將作,人零落,不安宅;牛生六畜人形者,其邑更主;牛生六畜,一身一首,其君亡;牛生六畜,二鼻以上,其君有兵;牛生六畜,二口以上,邑有兵;牛生六畜,三耳三口以上,邑亡地;牛生六畜,無目,其邑令不行;牛生六畜,無四肢,主不治。”

《天鏡》にいう:牛が別の六畜を生下するは、兵事まさに起らんとし、この君主は安寧を得ざるべし。京房がいう:城邑まさに主人を更換せんとすれば、即ち牛が六畜を生むを出現す。牛が六畜を生むは、この城邑まさに女子に由りて政を当らしめらるべし。君主が安宅に住らざれば、即ち牛が馬を生むを出現す。牛が馬を生むは、兵事まさに起らんとし、人口が凋零し、居処に安からざるなり。牛の生ずる六畜に人形を帯びるは、この城邑まさに主人を換えんとす。牛の生ずる六畜が一箇の身子一箇の頭なるは、この君主まさに死亡せんとす。両箇以上の鼻子有るは、この君主に兵事あり。両張以上の嘴有るは、城邑に兵事あり。三隻の耳朵・三張の嘴以上有るは、城邑まさに土地を喪失せんとす。眼睛なきは、この城邑は政令が行われず。四肢なきは、君主は国家を治理する能わず。

牛が野獣・飛鳥を生む 牛が魚を生む

牛生野獸,天下不通;牛生野獸似人形,其邑有兵;兵大作,則牛生鼠;國有兵、水,則牛生飛鳥;牛生飛鳥鳴者,有他變,且為兵、水。京房曰:“天下虛,則牛生魚。”

牛が野獣を生下するは、天下の道路が阻隔して通ぜず。牛の生ずる野獣の形が人身に似たるは、この城邑に兵事あり。兵事が大いに起れば、即ち牛が老鼠を生むを出現す。国家に兵禍と水災あれば、即ち牛が飛鳥を生むを出現す。牛の生下したる飛鳥が還りて鳴叫し得るは、別に別の変故有り、且つ兵禍と水災の発生せんとするなり。京房がいう:天下が空虚・凋敝なれば、即ち牛が魚を生むを出現す。

牛が五穀・屎中の金鉄石木草土布帛を生む 牛疫

京房曰:“牛生五穀,其邑昌,且大穰;牛生土及屎土,邑地大昌;牛生金鐵,其邑有兵;兵強主武,則牛生石;牛屎生草木,其君死;牛屎布帛,其君有令。”《握鏡》曰:“牛大疫,觔革動,主用兵雜城郭,不出三年,有大殃。”

京房がいう:牛が五穀を生出するは、この城邑が昌盛にして、且つ五穀が大豊収す。牛が泥土を生出するか屎の中に土を帯びるは、城邑の土地が大いに興旺す。牛が金鉄を生出するは、この城邑に兵事あり。兵力が強盛にして君主が武を尚べば、即ち牛が石頭を生むを出現す。牛屎の裏に草木を生出するは、この君主まさに死せんとす。牛屎の裏に布帛が出現するは、この君主まさに政令の頒布あらんとす。《握鏡》にいう:牛が大批に瘟疫を発生するは、弓弩・甲胄を制作する筋革が之に随い調動し、君主が兵を用い、戦事が城郭に波及し、三年を出ずして、大いなる灾殃あるあらんを主る。

開元占經 卷一百十八

馬の休征

神馬

《援神契》曰:“王者德至山陵,則澤出神馬。”(宋均注云:神馬巡守四方。《典略》曰:神馬者,河之精也。)《晉中興書徵祥說》曰:“孝武帝大元十四年六月,寧朔州刺史賈統上言:晉寧須池縣,此月辛亥,有馬二匹出於河上,一白一烏,盤戲相逐河水上,從卯至巳,乃沒。”

緯書《孝経援神契》にいう:君王の徳沢が山陵に施及すれば、水沢の中に即ち神馬を現出す。原書小注に東漢の宋均の話を引いていう:神馬は巡行して四方を守護す。又《典略》を引いていう:神馬は黄河の精気の化する所である。《晋中興書・征祥説》に記す:晋の孝武帝の太元十四年六月、寧朔州刺史の賈統が上奏していう:晋寧郡の須池県に、本月辛亥のこの日、両匹の馬有りて河上に出現し、一匹は白色、一匹は黒色にして、水面上に盤旋・嬉戯し、互相追逐し、卯時より巳時まで一直に鬧し、始めて水中に没入して見えず。

龍馬

《尚書中候》曰:“堯勵德匪懈,萬民和欣,龍馬銜甲,赤文綠色,龜背袤廣九尺,五色,頦下有赤文似字。”注云:“龍形象馬,赤熛怒之使,甲所以藏圖,王者有仁德,則龍馬見也。其文赤色而綠地也。”《瑞應圖》曰:“龍馬者,仁馬也,河水之精。高八尺,長頭,身有鱗甲,骼上有翼,旁有垂毛,鳴聲嚘咿,蹈水不沒,有明王則見。”又曰:“王者不儲秣馬,則龍馬、乘黃、澤馬、白馬朱髦並集矣。”

緯書《尚書中候》にいう:唐堯が徳を修むるに勉力して毫も懈怠せず、万民が和洽・歡欣せば、於是龍馬有りて口に甲匣を銜えて出で、甲上は赤色の花紋に緑色の底子を配せり。又有りて神龜は、背甲の長さ・寛さ九尺にして、五色繽斑し、下頦の下に文字の如き紅色の紋路あり。原注が解釈していう:龍の形体は馬に似て、それは南方の赤帝「赤熛怒」の使者である。甲匣は用いて河図を收藏するものである。君王に仁徳あれば、龍馬は出現し、その紋は紅色にして、底子は緑色である。《瑞応図》にいう:龍馬は仁厚の馬にして、黄河水の精気の化する所、高さ八尺、頭は長く、身上に鱗甲あり、肩胛上に翅膀を生じ、両旁に長毛を垂れ、叫べば声は「嚘咿」の如く、水を踏んで行って沈まず、聖明の君王有りて始めて現身す。又いう:君王が良馬の為に精飼料を屯積せず、名馬を以て玩好と為さざれば、龍馬・乗黄・沢馬・白馬朱鬣は便ち一斉に聚り来る。

騰黄 飛兎 腰褭 沢馬 玉馬 駮馬

《瑞應圖》曰:“騰黃者,神馬也,其色黃,王者德被四方,則至。一名吉光,乘之壽三千歲,以馬無死時。”又曰:“飛兔者,馬名也,日行三萬里。禹治水有功,勤勞歷年,救民之害,天眷其德而至。”又曰:“腰褭者,神馬也,與赤兔同應。”應劭注《漢書》云:“腰褭,古駮馬,赤喙玄身,日行一萬五千里。”

《瑞応図》にいう:騰黄は神馬にして、毛色は黄、君王の徳沢が四方を覆えば、それは来たる。それはまた「吉光」と名づき、人がそれに乗れば三千歳を活くべし、この種の馬の本身に死する時なきが故なり。又いう:飛兎もまた馬の名にして、一日に三万里を奔るべし。大禹が水を治めて功有り、年を連ねて労苦し、百姓の水患を解除したれば、上天はその徳行を眷念し、飛兎は便ち来た。又いう:腰褭は神馬にして、赤兎と一同に瑞に応じて至る。東漢の応劭が《漢書》を注していう:腰褭は即ち古代の説く所の駮馬にして、紅嘴・黒身、一日に一万五千里を跑るべし。

又曰:“王者愛人而賤馬,則澤馬來。”又曰:“王者勞,來百姓,則至。”隨巢子曰:“夏后之興,方澤出馬。”《瑞應圖》曰:“王者精明尊賢,則玉馬至。”又曰:“師曠時,玉馬出。”又曰:“世治則西王母獻岱駮馬。”《禮斗威儀》曰:“君乘火而王,其政和平,則南河輸駮馬。”(注曰:駮馬者,黃赤色馬也。)《天鏡》曰:“王者不傷禽獸。則駮馬見。”

《瑞応図》がまたいう:君王が百姓を愛惜して良馬を看重せざれば、沢馬は来たる。又いう:君王が百姓を慰労し招徠すれば、それは来たる。《随巣子》にいう:夏后氏の興起するとき、四方の水沢の裏に神馬が出現した。《瑞応図》にいう:君王が明察にして賢人を尊崇すれば、玉馬は来たる。又いう:晋国の楽師・師曠が世に在りしとき、玉馬は曽て出現した。又いう:世道が太平なれば、西王母は即ち岱山の駮馬を進献す。《礼斗威儀》にいう:君主が火徳を以て王と称し、政事が和平なれば、南河は駮馬を送り来る。原書小注:駮馬は黄の中に赤を帯びた馬である。《天鏡》にいう:君王が禽獣を傷害せざれば、駮馬は現身す。

白馬朱鬣 青馬白鬣

《瑞應圖》曰:“明王在上,則白馬朱鬣至。”又曰:“王者乘服有度,則白馬朱鬣。”又曰:“白馬朱鬣者,任用賢良則出。”《禮記威儀》曰:“周王白馬朱鬣。”《天鏡》曰:“王者資服有制,則青馬白鬣來。”

《瑞応図》にいう:聖明の君王が上に在れば、白身・紅鬣の馬は来たる。又いう:君王の車馬・服御に節度あれば、即ち白馬朱鬣を出現す。又いう:白馬朱鬣という瑞馬は、君王が賢良の士を任用して始めて出現する。《礼記威儀》にいう:周王は曽て白馬朱鬣を獲得した。《天鏡》にいう:君王の財用・服飾に制度あれば、青身・白鬣の馬は来たる。

馬の咎征

馬が牛・狐に化しおよび地中より出づ

京房曰:“馬化為牛,君且無強兵也。”《紀年》曰:“周宣王三十三年,有馬化為狐。”《京房易傳》曰:“馬出地中,國有兵,民散亡。又曰:軍喪,不出三年。”

京房がいう:馬が変化して牛と為るは、この君主まさに強大の軍隊なからんとす。《竹書紀年》に記す:周の宣王三十三年、馬有りて狐狸と変成せり。《京房易傳》にいう:馬が地下より鑽出するは、国家に兵事あり、百姓が离散・逃亡す。又いう、軍隊にまさに喪敗あらんとし、皆三年を出ず。

馬が毛を変ず

京房曰:“馬一夜改毛,易政。”又曰:“馬一夜變毛,名曰易衣,君且小憂,有馬之家家長死。”又曰:“馬一夜變易毛色,南鄉更為北鄉,東鄉更為西鄉,政且有變。”《握鏡》曰:“馬忽易色,君憂。一曰馬忽變易赤色,主有大喪。”

京房がいう:馬が一夜の間に毛色を改換するは、政局の更替を主る。又いう:馬が一夜の間に毛を変ずるは、これを「易衣」と呼び、君主にまさに小さい憂患あらんとし、この匹の馬を養う人家の家長は死せん。又いう:馬が一夜の間に毛色を改変し、朝南の変じて朝北と為り、朝東の変じて朝西と為るは、政事にまさに変動あらんとす。《握鏡》にいう:馬が忽然として毛色を改換するは、君主に憂患あり。一説に馬が忽然として赤色と変ずるは、国家に大喪あるを主る。

馬が悲鳴す 馬が能く言ふ

《潛潭巴》曰:“天子馬行而鳴,天號無聲,故馬應之而鳴。”《天鏡》曰:“馬鳴,踏地不食,必遠行千里,若國君所乘馬,主伐他國;主乘馬夜悲鳴,國有外賊。”京房曰:“馬無故一夜皆鳴,且有大兵來者。”又曰:“馬能言,如其言吉,則吉;言凶,則凶。”《呂氏春秋》曰:“亂國之妖,馬乃言。”

緯書《春秋潜潭巴》にいう:天子の馬が辺り行走し辺り嘶鳴するは、上天の号令の本身に声なきに因り、故に馬に由りて応和して声を発せしむるなり。《天鏡》にいう:馬が嘶鳴し、地を蹬んで肯んじて草を食わざるは、必ず千里を遠行せん。若し是れ国君の乗ずる所の馬が此の如くなれば、まさに別の国を征伐せんとするを主る。君主の乗騎が夜裏に悲鳴するは、国家に外来の敵寇あり。京房がいう:馬が故なく一夜の間に斉声に嘶鳴するは、まさに大軍の開来あらんとす。又いう:馬が能く口を開きて人の話を説くは、それの説くが若し吉利の話なれば、応験は即ち吉、説くが凶の話なれば、応験は即ち凶なり。《吕氏春秋》にいう:乱国に出現する妖異は、即ち馬が口を開きて説話するのこの一類あり。

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