客星が天廟を犯す 其の十七
甘氏曰:“客星犯守天廟,軍道不通;一曰:有兵;又曰:馬多死。”甘氏曰:“客星中犯乘守天廟,有白衣之會。”《荊州占》曰:“客星中犯乘守天廟,祠官有憂。”
甘氏に曰く:客星が「天廟」を冲犯して留まれば、行軍の道路は通じない。一説に兵事がある。また曰く馬匹は大量に死亡する。天廟は十四星、張宿の南にあり、天子の宗廟の象である。甘氏に曰く:客星が天廟に貫入し、冲犯し、凌乗し、あるいは留まれば、白衣を着る喪事の集会がある。《荊州占》に曰く:客星が天廟に貫入し、冲犯し、凌乗し、あるいは留まれば、祭祀を掌る祠官に憂患がある。
客星が東甌を犯す 其の十八
甘氏曰:“客星入東甌,其王且操金玉來下中國。”
甘氏に曰く:客星が「東甌」に入れば、そこの君王はまさに金玉・宝貨を携えて中原に帰附しに来る。東甌は五星、翼宿の南にあり、東南方の東甌の国で、閩越の一帯に応ずるので、その占辞は外邦の入貢を多くいう。
客星が巫咸中外官を犯す 四
客星が天相を犯す 其の一
郄萌曰:“客星出入天相,天子變更其令。”
郄萌に曰く:客星が「天相」に出没すれば、天子はその政令を更改する。天相は三星、輔相の位で、天子を佐助して号令を発する。輔相の星に客星が往来すれば、朝廷の号令はこれに随って変動する。
客星が長垣を犯す 其の二
郄萌曰:“赤星入長垣,胡人大凶。”
郄萌に曰く:赤色の星が「長垣」に入れば、胡人は大凶に遭う。長垣は四星、少微の西南にあり、形は一筋の長い牆のごとく、疆界を画し外寇を屏蔽する藩籬で、もっぱら胡人に関する辺事を主る。
客星が軍門を犯す 其の三
《荊州占》曰:“客星犯軍門,軍道大通。”
《荊州占》に曰く:客星が「軍門」を犯せば、行軍の道路は大いに通暢する。軍門は二星、軍営の門戸で、出入と号令を主管する。ここの占辞は別条と異なり、かえって客星の犯を道路の開通の兆とする。
客星が陽門を犯す 其の四
郄萌曰:“有星入陽門,五兵藏。”
郄萌に曰く:星が「陽門」に入れば、五種の兵器は皆収蔵される。陽門は二星、庫楼の東北にあり、要冲を把守する門戸である。兵器が庫に入って用いられなければ、まさに干戈の止息の象である。いわゆる五兵とは、戈・殳・戟・酋矛・夷矛の類の兵刃を指す。
客星が鈎星を犯す 其の五
《荊州占》曰:“客星守鉤星,地動。”
《荊州占》に曰く:客星が「鈎星」に留まれば、大地は震動する。鈎星は形が曲鈎のごとく、鈎連して維系する象である。維系の星が客星に守られれば、地脈はその固結を失うので、地震に応ずる。
客星が天桴を犯す 其の六
《荊州占》曰:“客星守天桴,度數改,漏刻失時。”
《荊州占》に曰く:客星が「天桴」に留まれば、暦法の度数は更改し、漏壺・刻箭の計時は準を失う。天桴は四星、河鼓の東にあり、桴とは鼓を撃つ槌で、更鼓の報時を主管するので、それが一たび変異すれば、人間の時刻・節候はこれに随って錯乱する。
客星が天淵を犯す 其の七
《荊州占》曰:“客星守天淵,天下水出,地動,若海魚出;一曰:守三淵,水與城等。”
《荊州占》に曰く:客星が「天淵」に留まれば、天下は大水が泛濫し、大地は震動するか、あるいは海の中の魚が水面に浮かび出る。一説に三か所の淵星に留まれば、水勢は城牆と同じほど高くなる。天淵は十星、鼈星の東南にあり、天上の深い潭で、溝渠・灌漑を主管するので、その占はもっぱら水を主る。
客星が天壘城を犯す 其の八
郄萌曰:“客星入天壘城,北夷王且操奇馬進中國。”
郄萌に曰く:客星が「天壘城」に入れば、北方の夷族の君王はまさに異種の良馬を牽いて中原に進献しに来る。天壘城は十三星、虚宿・危宿の南にあり、丁零・匈奴の類の北方部族の城壘を象するので、その占辞は多く北狄の向背に関する。
客星が鈇鑕を犯す 其の九
《黃帝占》曰:“客星入鈇鑕,外兵擒殺其將,士卒亂傷,外國來降。”郄萌曰:“有星入鈇鑕,諸侯有來獻地者;出鈇鑕,則獻地諸侯。色青,皆以憂;赤,皆以兵;黃,皆以好。”
《黄帝占》に曰く:客星が「鈇鑕」に入れば、境外の軍隊はその将領を擒殺し、士卒は乱の中に傷亡し、外国は帰降しに来る。鈇鑕は腰斬に用いる刀と砧板で、この星はもっぱら斬戮の刑を主る。郄萌に曰く:星が鈇鑕に入れば、諸侯の中に土地を献納しに来る者がある。鈇鑕から出れば、朝廷が土地を諸侯に賜う。星色が青なら皆憂患に出づり、赤なら皆兵事による、黄なら皆修好に出づる。
郄萌曰:“客星入鈇鑕星,鈇鑕用,以日占其國。”郄萌曰:“客星中犯棄鈇鑕,皆為兵將憂。”
郄萌に曰く:客星が鈇鑕の星に入れば、腰斬の刑具は用をなし、客星の入ったその日の干支によってどの国に応ずるかを推断する。郄萌に曰く:客星が貫入して冲犯した後にまたこれを棄てて去るは、いずれも兵を率いる将領に憂患があることを主る。
客星が天厩を犯す 其の十
《黃帝占》曰:“有大星入天廄,馬有驚。”郄萌曰:“客星入天廄,不滿三日,馬為之賤。”郄萌曰:“有星入天廄,廄車出行。”
《黄帝占》に曰く:大きな星が「天厩」に入れば、馬匹は驚く。天厩は十星、天子の車馬の厩苑を主管し、およそ馬政・車駕の事は皆ここから象を取る。郄萌に曰く:客星が天厩に入り、三日に満たず留まれば、馬の値はこれによって下がる。郄萌に曰く:星が天厩に入れば、厩の中の車馬は出行する。
郄萌曰:“客星入天廄之中,滿三日而去,有救。”《黃帝占》曰:“客星出,若守天廄,有驚戒之事。”
郄萌に曰く:客星が天厩の中に入り、三日満ちて去れば、事はなお転圜して救う余地がある。《黄帝占》に曰く:客星が天厩に現れ、あるいはそこに留まれば、人を驚かし戒めさせる事が発生する。
開元占経 巻八十五
妖星占 上
妖星の主る所 其の一
《黃帝占》曰:“妖星者,五行之氣,五星之變。如見,其方以為災殃,各以其日五色占知何國,吉凶決矣。以見無道國、失禮邦,為兵、為飢、水、旱、死亡之征也。”
《黄帝占》に曰く:いわゆる「妖星」とは、五行の気の鬱結して化する所であり、また五星の失常の生ずる変異である。それが一たび現れれば、所在のその方は災に遭い、それぞれその現れた日の干支と青・赤・黄・白・黒の五色によって、どの国に応ずるかを推知し、吉凶は断定できる。妖星はつねに無道の国・礼を失う邦に現れ、兵禍・飢饉・水災・旱災および死亡の先兆である。
《黃帝占》曰:“凡妖星所出,形狀不同,為殃如一。其出,不過一年,若三年,必有破國、屠城,其君死亡,天下大亂,兵士行,戰死於野,積尸縱橫,餘殃盡為水、旱、兵、飢、疾、疫之殃。”石氏曰:“妖星之狀不相類,其殃一也。其出,不過三月,必有破國亂君,伏死其辜,殃之不盡,當有旱、飢、暴、疾、疫矣。”
《黄帝占》に曰く:およそ妖星の現れるは、形状はそれぞれ同じでないが、齎らす禍殃は同じである。それが現れてから、一年を出ず、あるいは三年に、必ず国が攻め破られ、城が屠戮され、その君主は死亡し、天下は大いに乱れ、兵士は戦場に赴いて郊野に戦死し、屍は縦横に積まれる。残りの余殃も、所詮は水・旱・兵・飢・疾病・瘟疫のこの数種である。石氏に曰く:妖星の形状は互いに似ないが、招く禍殃は一致する。それが現れてから、三ヶ月を出ずに、必ず国が攻め破られ、君主は昏乱して、罪によって法に伏して死ぬ。災殃がもし発洩し尽くさなければ、続いて旱災・飢饉・暴乱・疾病および瘟疫がある。
甘氏曰:“凡妖星出見,長大,災深期遠;短小,災淺期近。三尺至五尺,期百日;五尺至一丈,期一年;一丈至三丈,期三年;三丈至五丈,期五年;五丈至十丈,期七年;十丈以上,期九年。審以察之,其災必應。”
甘氏に曰く:およそ妖星が現れて、形体が長く大きいは、災禍が深重で応験の日は遠い。形体が短く小さいは、災禍が軽浅で応験の日は近い。長さ三尺から五尺は期限百日、五尺から一丈は期限一年、一丈から三丈は期限三年、三丈から五丈は期限五年、五丈から十丈は期限七年、十丈以上は期限九年である。仔細に観測して審辨すれば、その災禍は必ず兑现する。
天棓占 其の二
《河圖》曰:“歲星之精,流為天棓。”甘氏曰:“天棓,一名覺星。”甘氏曰:“天棓,本類星,末銳,長四丈。”班固《天文志》曰:“歲星贏而東南。”盂康曰:“歲星見東方,行疾則不見,不見則變為妖星也。”
《河図》に曰く:歳星の精気は流散して、「天棓」と化する。棓とは棍棒で、その形状の粗く直きが杖のごときを取る。甘氏に曰く:天棓はまた「覚星」ともいう。甘氏に曰く:天棓の形状は、根部は一つの星に似て、末梢は鋭く、全長は四丈。班固《漢書・天文志》に曰く:歳星は運行が超前して東南に偏する。孟康が注を作っていう:歳星はもともと東方に現れるべきで、行度が速すぎれば見えなくなり、見えない時は、それは変じて妖星となる。
石氏曰:“見彗星。”甘氏曰:“不出三月,乃生彗,本類星,末類彗,長二丈,盈而東北。”
石氏に曰く:この時彗星を見る。甘氏に曰く:三ヶ月を出ずに、彗状の芒尾を生じ、根部は一つの星に似て、末梢は彗帚に似て、全長は二丈、運行は超前して東北に偏する。
石氏曰:“見覺星。”甘氏曰:“不出三月,乃生天棓,本類星,末銳,長四丈也。”《春秋緯》曰:“天棓主滅兵。”《春秋潛潭巴》曰:“天棓主奮爭。”(《河圖》曰:分爭。)甘氏曰:“天棓出,其國凶,不可舉事、用兵。又曰:期三月,必有破軍、拔城。”《潛潭巴》曰:“棓槍出仲孟,芒交,若相棓,宰將伐主,天下大亂。”甘氏曰:“天棓出,期三月,必有破軍、拔城,人君伏,死其罪。”甘氏曰:“客天棓見,女主用事,其本者,為主人。”
石申に曰く:まず「覚星」と呼ばれる予兆の気を見る。甘徳に曰く:このような気を見てから、三ヶ月を出ずに「天棓」という妖星を生じ、その根部は一つの尋常の星に似て、末梢は鋭く、通り長は四丈である。《春秋緯》に曰く:天棓の主る所は兵禍を消滅することである。《春秋潜潭巴》に曰く:天棓の主る所は激烈な争闘である。(原書の小注:《河図》はここを「分争」と作る。)甘徳に曰く:天棓が一たび現れれば、それの対応するその国に凶険があり、大事を興すことも、兵を出して戦うこともしてはならない。彼はまた曰く、三ヶ月を期限として、必ず軍隊が撃破され、城池が陥落する事が現れる。《潜潭巴》に曰く:天棓と天槍が仲月・孟月に現れ、両星の鋒鋩は交錯し、あたかも互いに棓杖をもって相撃つがごときは、宰輔・大将が君主を討伐せんとすることを予示し、天下はまさに大いに乱れる。甘徳に曰く:天棓が現れ、三ヶ月を期として、必ず軍隊は潰敗し、城邑は陥り、君主もまた首を垂れて罪を認めて死ぬ。甘徳はまた曰く、もし見えるのが外来の「客天棓」なら、女主が臨朝して権を掌ることを主る。もし見えるのが本位のあの一顆なら、本国の君主が自ら権を当ることを主る。
天槍 其の三
《河圖》曰:“歲星之精,流為天槍。”《春秋合誠圖》曰:“天槍主捕制。”《春秋緯》曰:“歲星退而西南,三月生天槍,陽沈變萌,戰亂兵行,諸侯大橫,所見國無用兵。”班固《天文志》曰:“歲星縮而西南。”孟康曰:“歲星當伏西方,行遲早沒,變為妖星也。”
《河図》に曰く:木星(古は「歳星」と称す)の精気は外に泄れて流散し、「天槍」という妖星と化する。《春秋合誠図》に曰く:天槍は緝捕と制裁の事を主管する。《春秋緯》に曰く:歳星が運行退縮して西南に偏し、三ヶ月を過ぎて天槍を生ずる。この時陽気は沈み、変異の象は萌発し、戦乱が興り兵馬が出動し、諸侯は大いに横行し、およそ天槍の照見する国は皆兵を用いるべきでない。班固《漢書・天文志》に曰く:これはすなわち「歳星縮して西南」で、歳星の行度が足らず西南に偏することである。孟康が解説していう:歳星はもともと西方に潜伏して見えないはずで、いまそれの行きが遅く、早く沈没して、変じて妖星となった。
石氏曰:“見攙雲如牛。”甘氏曰:“不出三月,乃生天槍,左右銳長數丈,縮西北。”石氏曰:“見槍雲如馬。”甘氏曰:“不出三月,乃生天槍,本類星,末銳,長丈。”《河圖》曰:“天槍主改修。”甘氏曰:“天槍在西北,本類星,末銳,一丈。”甘氏曰:“天槍見,則女主有用事者,其本為主人。”巫咸曰:“天槍出,國有功。”
石申に曰く:まず形状が牛に似た「攙雲」を見る。甘徳に曰く:このような雲気を見てから三ヶ月を出ずに天槍を生じ、それは左右の両端が皆鋭く、長さは数丈、西北の方に縮まる。石申はまた曰く:まず形状が馬に似た「槍雲」を見る。甘徳に曰く:見てから三ヶ月を出ずに天槍を生じ、その根部は一つの星に似て、末梢は鋭く、長さ約一丈。《河図》に曰く:天槍は更改と修治の事を主管する。甘徳に曰く:天槍は西北方に現れ、根部は星に似て、末梢は鋭く、長さ一丈。甘徳はまた曰く:天槍が一たび現れれば、女主が臨朝して権を当ることを主る。もし見えるのが本位のあの一顆なら、本国の君主が自ら権を当ることを主る。巫咸に曰く:天槍が現れれば、国家に成す功業がある。
班固《天文志》曰:“孝文後二年正月壬寅,天槍夕出西南。占曰:為兵、喪、亂。其六年十一月,匈奴入上郡雲中,漢起三軍,以衛京師。”(按劉向《洪範》曰:文帝崩,吳楚七國反者也。)郄萌曰:“歲星與日月同宿,八十日(闕)天槍出婺女,至胃,為天槍。”
班固《漢書・天文志》に記す:漢の文帝・後元二年正月壬寅の日、天槍は夕方に西南方に現れた。占辞にこれは兵禍・喪事・動乱を主るという。後元六年十一月に至り、匈奴は上郡と雲中郡に侵入し、漢は三つの大軍を調動してもって京城を保衛した。(原書の小注:按するに劉向《洪範五行伝》に曰く、この後文帝は崩じ、呉楚の七国はまた兵を起こして反逆した。)郄萌に曰く:歳星が太陽・月と同じ一宿に処り、八十日(ここは底本に闕文あり)、天槍は婺女宿から現れて胃宿にまで延び、これを天槍と称す。
天猾 其の四
《河圖》曰:“歲星之精,流為天猾。”《河圖》曰:“”《春秋緯》曰:“天猾主招亂者。”《春秋緯》曰:“人主自恣,不備古王,逆天暴物,則天猾起,如眾馬,斗於邦,地躍瓊,曰反光。”
《河図》に曰く:歳星の精気は流散して「天猾」という妖星と化する。《河図》に別の一つの引文あり(ここは底本に脱文があり、引書の名だけが残り、占辞はすでに亡んだ)。《春秋緯》に曰く:天猾は乱を起こす人を招くことを主管する。《春秋緯》はまた曰く:君主が恣睢に放縦し、古代の聖王に法らず、天道に逆らい万物を暴虐すれば、天猾は起こる。その形状は成群の馬匹のごとく、国土の上空で相斗い、地面上には玉の光が跳ね、こうした光景を「反光」と称す。
天冲 其の五
《河圖》曰:“天沖,歲星之精,流為之。”劉向《洪範》曰:“天沖,其狀如人,蒼衣赤首,不動,其名曰天沖。”《春秋潛潭巴》曰:“天沖主滅位。”《春秋運斗樞》曰:“沖星出,臣謀主,武卒廢,天子亡。”《運斗樞》曰:“天沖抱極泣帝前,血濁霧下天下憲。”(宋均曰:抱,猶向也;極,北辰也;泣,言有淚眾也;帝,大帝,即北辰也。血濁如霧,霧濁如血。)
《河図》に曰く:天冲は歳星の精気の流散して化成したものである。劉向《洪範五行伝》に曰く:天冲の形状は一人のごとく、青色の衣裳を着て紅色の頭を頂き、天上に停まって動かず、その名を天冲という。《春秋潜潭巴》に曰く:天冲は君位を覆滅せしめることを主管する。《春秋運斗枢》に曰く:天冲星が一たび現れれば、君主を企てる臣子があり、武士兵卒は廃棄して用いられず、天子はこれによって敗亡する。《運斗枢》はまた曰く:天冲は北極に向き、天帝座の前で哭泣し、混濁した血は霧と化して降り、天下はまさに厳刑・峻法を行わんとす。(原書の小注:宋均が解説していう、「抱」はすなわち向く義、「極」は北辰を指し、「泣」は涙が多いことをいい、「帝」は大帝すなわち北辰を指す。いわゆる血の濁るが霧のごとく、霧の濁るが血のごときとは、血と霧が混ざり一色と成して、互いを分かちえないことをいう。)
国皇 其の六
《河圖》曰:“歲星之精,流為國皇。”《春秋運斗樞》曰:“機星散為國皇。”巫咸曰:“國皇之星,大而赤,類南極老人星也。”《春秋緯》曰:“國皇主滅奸。”《春秋合誠圖》曰:“國皇主內冠,一曰主內難。”《春秋考異郵》曰:“國皇星見則兵起,天下急。”
《河図》に曰く:歳星の精気は流散して「国皇」という妖星と化する。《春秋運斗枢》に曰く:北斗第三星・天璣(「機星」)の精気が散じて、も国皇と化する。巫咸に曰く:国皇という星は大きくして紅く、見たところたいそう南方の低空のあの明るい南極老人星に似ている。《春秋緯》に曰く:国皇は奸邪を剷除することを主管する。《春秋合誠図》に曰く:国皇は内部の寇乱を主り、別の一説は内部の禍難を主るという。《春秋考異郵》に曰く:国皇星が一たび現れれば、兵事はまさに起こり、天下の形勢は危急となる。
司馬彪《天文志》曰:“孝靈光和中,國皇星見東南角,去地一二丈,如炬火狀,十餘日,不見。占曰:國皇為內亂,外內有兵喪。其後黃巾賊張角燒州郡,朝廷遣將討平,斬首十餘萬級。中平年,宮車晏駕,大將軍何進令司隸校尉袁紹私募兵千餘人,陰射洛陽城外,竊呼幷州牧董卓,使將兵至京都,共誅中官,對戰南北,宮及闕下,死者數千人,燔燒宮室,遷都西京。及司徒王允與將軍呂布誅卓,卓部曲將郭汜、李催提兵攻長安,公卿百官吏民戰死者亦且萬人,天下之亂,皆自內發。”
司馬彪《続漢書・天文志》に記す:漢の霊帝・光和年間、国皇星は東南方の天角に現れ、地面から一二丈ほどしか高くなく、形状は一本の火炬のごとく、十数日後にようやく隠没して見えなくなった。占辞に国皇は内乱を主り、朝廷の内外は皆兵禍と喪事があるという。後に黄巾軍の首領・張角は州郡の官府を焼き、朝廷は将領を派遣して討伐して平定し、斬首は十余万人。中平年間に至り、霊帝は崩じ、大将軍・何進は司隸校尉・袁紹に命じて千余人の兵士を私に招募し、密かに洛陽城外に屯駐させ、また私に并州牧・董卓を召して、彼に兵を率いて京に入らせ、ともに宦官を誅殺させた。双方は南宫・北宮の間で交戦し、皇宮と宮門の下に死者は数千人、宮室は焚毀され、ついに西京・長安に遷都した。司徒・王允と将軍・呂布が董卓を殺すに及んで、董卓の部将・郭汜・李傕はまた兵を率いて長安を攻め、公卿・百官と吏民の戦死する者もまたほぼ一万人。こうした天下の大乱は、全て朝廷の内部から引き起こされたのである。
巫咸曰:“國皇星所指,其下起兵,兵強;或曰:其沖不利。”石氏曰:“國皇星入天庫,兵起亡地。”《荊州占》曰:“國皇入紫宮,國有大變,兵起。又曰:人主有憂。”《荊州占》曰:“國皇星入紫宮,兵起,得地。”
巫咸に曰く:国皇星の芒尖の指す方向、その下の分野はまさに兵を興し、しかも兵力は強盛である。別の一説に、それと相冲するその方は己に不利である。石申に曰く:国皇星が天庫の星区に侵入すれば、兵事が起こってしかも土地を喪失する。《荊州占》に曰く:国皇が紫微宮に入れば、国家に大きな変故があり、兵事が起こる。又曰く、これは君主に憂患があることを主る。《荊州占》に別の一条曰く、国皇星が紫微宮に入れば、兵事が起こるが、土地を奪い得る。
反登 其の七
《河圖》曰:“歲星之精,流為反登。”《春秋緯》曰:“反登主夷分。”《春秋緯》曰:“皆少陽之精,司徒之類,青龍七宿之域,有謀反,若恣虐為害,主失春政者,以出時沖為期,皆主君征也。”
《河図》に曰く:歳星の精気は流散して「反登」という妖星と化する。《春秋緯》に曰く:反登は夷滅と分裂を主管する。《春秋緯》はまた曰く:以上のこの一組の妖星は皆少陽の気の精華の化する所で、司徒の類の職守に属し、東方の青龍七宿の管轄する天区に対応する。およそ叛乱を企てる人があり、あるいは暴虐を放縦し生民を危害し、あるいは君主が春季に施行すべき政令を荒廃すれば、この類の星象が現れる。応験の期限は、それの現れた時に冲する方位と時節によって推算し、皆君主が兵を出して討伐することを主る。
析旦 其の八
《河圖》曰:“熒惑之精,流為析旦。”(或曰:招旦。)《春秋緯》曰:“析旦主弱符。”《春秋緯》曰:“析旦橫出,濁百尺,為相誅滅。”
《河図》に曰く:火星(古は「熒惑」と称す)の精気は流散して「析旦」という妖星と化する。(原書の小注:一説に「招旦」と作る。)《春秋緯》に曰く:析旦は符命を削弱することを主管し、すなわち君主の天に受命する根基を動揺させる。《春秋緯》はまた曰く:析旦は横に天上に現れ、混濁した光気の長さは百尺に達し、これは宰相の級の大臣が誅殺・剷除されることを主る。
蚩尤旗 其の九
《河圖》曰:“熒惑之精,流為蚩尤旗。”(按《皇覽塚墓記》曰:蚩尤塚在東郡壽張縣闕鄉城中,高七丈。民常十月祠之,有赤氣出,如絳帛,民名為蚩尤旗。《述徵記》曰:須昌縣闕鄉有蚩尤冢,或云:上代民以十月旦祠之,輒有赤氣,如一疋絳,謂蚩尤旗也。《漢書》:武帝建元六年、元狩四年,並有長星見。班固《五行志》曰:為蚩尤之旗也。)
《河図》に曰く:熒惑の精気は流散して「蚩尤旗」という妖星と化する。(原書の小注:按するに《皇覧・塚墓記》に曰く、蚩尤の墳塚は東郡寿張県闕郷城中にあり、高さ七丈。百姓はつねに十月に彼を祭祀し、祭祀の時に紅色の雲気が冒出し、一幅の深紅の綢帛のごとく、百姓はこれを蚩尤旗と称した。《述征記》に曰く、須昌県闕郷に蚩尤塚があり、ある人は上代の百姓は十月初一に祭祀し、毎回赤気が升起して一匹の絳色の布のごとく、それを蚩尤旗という、と語る。《漢書》に記す、漢の武帝・建元六年と元狩四年には、いずれも長星の現れるがあった。班固《漢書・五行志》に曰く、それはまさに蚩尤の旗である。)
《春秋運斗樞》曰:“旋星散為蚩尤旗。”《說苑》曰:“蚩尤旗,五星盈縮之所生也。”巫咸曰:“蚩尤之旗,類彗而後曲象旗。”夏氏曰:“四望無雲,獨見赤雲,蚩尤旗也。”《荊州占》曰:“蚩尤星如箕,可長二丈,末有星。”《呂氏春秋》曰:“亂國之主,象邪並積,有雲若桓藿,以長,黃上白下,其名曰蚩尤旗。”《春秋緯》曰:“蚩尤旗,誅逆國。”《春秋緯合誠圖》曰:“蚩尤之旗出,平四野。”《河圖提》曰:“帝將怒,則蚩尤旗出。”《論語摘輔象》曰:“虐王反度,則蚩尤旗出。”《洛書》曰:“旗刺旋,主備臣邊,雄侯之賢,主過出,兵馬驚。”
《春秋運斗枢》に曰く:北斗第二星・天璇(「旋星」)の精気が散じて蚩尤旗と化する。《説苑》に曰く:蚩尤旗は五大行星の運行の超前あるいは後れの生じた変異の気である。巫咸に曰く:蚩尤の旗の様子は彗星に似るが、尾部は彎曲して、形状は一面の旗子に似る。夏氏に曰く:四方を望んで皆雲がないのに、ただ一片の紅雲を見れば、それは蚩尤旗である。《荊州占》に曰く:蚩尤星は形状が簸箕に似て、長さ約二丈、末端にはまた一つの星を帯ぶ。《呂氏春秋》に曰く:国を治めること昏乱の君主が位にあれば、各種の邪悪の徴象は一斉に積聚し、天上に一種の雲が現れて、形は高い豆の葉のごとく、たいそう長く引き、上面は黄色を呈し下面は白色を呈し、その名を蚩尤旗という。《春秋緯》に曰く:蚩尤旗は叛逆の国を誅討することを主る。《春秋緯・合誠図》に曰く:蚩尤の旗が現れれば、四方の原野を蕩平する。《河図提》に曰く:天帝がまさに怒らんとすれば、蚩尤旗は現れる。《論語摘輔象》に曰く:暴虐の君王が法度に違反すれば、蚩尤旗は現れる。《洛書》に曰く:旗星の芒刺は回旋して定まらず、臣子の辺地で事を生ずるに備えることを主る。雄傑の士の中に賢能の者が顕露し、君主の過失は暴露し、兵馬は驚擾して安らかでない。
《黃帝占》曰:“蚩尤旗,本類星而後委曲,其象旗幡,長可二三丈,見則王者鼓旗,大行征伐,四方兵大起,不然國有大喪,王者亡,期三年,中五年,遠七年。”
《黄帝占》に曰く:蚩尤旗の根部は一つの星に似て、後ろに彎曲する一段を拖え、全体の形状は一面の旗幡に似て、長さ約二三丈。それが一たび現れれば、帝王は鼓を撃ち旗を挙げて大挙して征伐し、四方の兵事は紛紛として興ることを主る。もしそうでなければ、国家に大喪があり、帝王はまさに死なんとする。応験の期限は、近くは三年、中は五年、遠くは七年である。
(按《洪範五行傳》曰:武帝建元六年八月,長星出東方,長竟天。占曰:是蚩尤旗,見則王者征伐四方。自是之後,兵討四夷,連二十年。元狩四年四月,長星復出西北,是時擊胡狄。司馬彪《天文志》曰:孝獻初平三年九月,蚩尤旗長十餘丈,色白,出角亢之南,其後丞相曹公征伐天下且三十年。《魏志》曰:高貴卿公正元元年十一月,有白氣出南斗側,廣數丈,長竟天。景王問王肅,肅對曰:蚩尤之旗也,東南其有亂乎。二年正月,毋丘儉等據淮南以叛,大將軍司馬師討平之,自後征淮南,西平巴蜀。是歲吳主孫亮五鳳元年,太平三年,孫琳盛兵圍宮,廢亮為會稽王,孫琳主淮南、江東,同揚州地。故於時變見吳楚之分,則魏之淮南多與吳同災,是以毋丘儉以為已應,遂起兵而敗。三年,即魏甘露二年,諸葛誕又反淮南,吳遣朱異救之,及城陷,誕眾誅滅。《魏氏春秋》曰:正始元年十一月,蚩尤旗見於箕,東吳兵死沒各數萬人,車騎將軍黃權死之兆也。)
(原書の小注:按するに《洪範五行伝》に曰く、漢の武帝・建元六年八月、長星が東方に現れ、長さは全天を横貫した。占辞にこれはすなわち蚩尤旗で、一たび現れれば帝王が四方を征伐することを主るという。あれから後、漢は兵を出して四方の夷狄を討伐し、連続して二十年戦った。元狩四年四月、長星はまた西北方に現れ、この時ちょうど匈奴と北狄を攻めていた。司馬彪《続漢書・天文志》に曰く、漢の献帝・初平三年九月、蚩尤旗の長さは十余丈、色は白を発し、角宿・亢宿の南面に現れた。後に丞相・曹操は天下を征伐することほぼ三十年。《魏志》に曰く、高貴郷公・正元元年十一月、白色の雲気が南斗星のそばから升り、幅数丈、長さは全天を横貫した。景王・司馬師が王粛に問うと、王粛は答えていう、これは蚩尤の旗で、東南方はおそらく変乱があるであろう。第二年正月、毋丘倹らは淮南に拠って反逆し、大将軍・司馬師は兵を出して討平した。この後魏はまた淮南を征討し、西に巴蜀を平げた。この年は呉主・孫亮の五鳳元年。太平三年に至り、孫綝は重兵を出動して皇宮を包囲し、孫亮を廃して会稽王とした。孫綝の控制した淮南・江東は魏の淮南と同じ揚州の分野に属するので、この時の天象の変異は呉・楚の分野に顕れ、魏の淮南もまた呉と同じく災に遭うことが多かった。このため毋丘倹はこの天象は己に応ずると認めて、兵を起こしてついに敗れたのである。太平三年はすなわち魏の甘露二年で、諸葛誕はまた淮南で反逆し、呉は朱異を派遣して救援させた。城池が陥落するに及んで、諸葛誕の一味は全て誅滅した。《魏氏春秋》に曰く、正始元年十一月、蚩尤旗が箕宿に現れ、この後魏・呉の双方はそれぞれ数万の兵士が戦陣して亡んだが、これもまた車騎将軍・黄権の死の予兆であった。)
《黃帝占》曰:“蚩尤旗出北斗,長二三丈,本有星,其上委曲,見則天下亂,大兵起,天子自將兵,旗鼓用,不然國有大喪,期百八十日,中一年,遠三年。”《春秋緯》曰:“蚩尤之旗見,則山崩。”《春秋緯》曰:“蚩尤之旗,五精離芒,天運大兵,垂其彗,後曲而前長,四方並亂,天下滅兵,群猾動,帝坐於堂。見則五寇行,主不正暴,必有反兵,期五年,天子憂,不以亡,則九年凶。加於斗宿,天子囂囂,出於列位,勉正四方。”
《黄帝占》に曰く:蚩尤旗は北斗の一帯から現れ、長さ二三丈、根部には一つの星があり、上端は彎曲する。それが一たび現れれば、天下はまさに動乱し、大規模の戦事が興り、天子は自ら兵を統べ、旗鼓は斉しく用をなす。もしそうでなければ、国家に大喪がある。応験の期限は、近くは百八十日、中は一年、遠くは三年である。《春秋緯》に曰く:蚩尤の旗が現れれば、山崩がある。《春秋緯》はまた曰く:蚩尤の旗は五星の精気の離散して吐き出す鋒芒で、天は一場の大戦を運作せんとする。それは彗尾を垂れ、後段は彎曲して前段は修長である。それが一たび現れれば、四方は一斉に動乱し、天下は兵刃をもって相滅し、奸猾の徒は紛紛として事を起こし、天子はなお殿堂に安坐する。この象はすでに見えれば、五方の寇盗は横行し、君主は端正でなくして暴虐で、必ず叛軍の興ることがあり、期限は五年。天子に憂患があり、亡国に至らなくても、第九年に至ってなお凶険がある。もしこの星象が斗宿に加臨すれば、天子は恐々として安んじず、朝班に列する者は四方を匡正することに奮い立たなければならない。
《春秋緯》曰:“蚩尤伐矜、誅逆、滅患。蚩尤起,天下之兵,合禍紛紛。”《春秋緯潛潭巴》曰:“蚩尤之旗,主伐叛。又曰:主惑亂。”《春秋運斗樞》曰:“蚩尤之旗見,則山崩,后族擅權。”《春秋運斗樞》曰:“蚩尤旗干太微,法式滅,帝死於野。”《春秋緯考異郵》曰:“蚩尤旗見,則王者伐枉逆。”《鉤命決》曰:“旗刺滯,咄咀出,匿謀合。”(旗,蚩尤旗也。)夏氏曰:“蚩尤旗,所見之方,其下有兵,四方盡有,天下有兵。”郄萌曰:“蚩尤旗守軫,赤,哭禮。”《荊州占》曰:“蚩尤旗見,則兵大起,不然有喪。”
《春秋緯》に曰く:蚩尤旗は驕矜を討伐し、叛逆を誅除し、禍患を消滅することを主る。蚩尤旗が一たび起これば、天下の兵禍は汇合し、災殃は紛紛として来る。《春秋緯・潜潭巴》に曰く:蚩尤の旗は叛乱を討伐することを主る。又曰く、それは迷惑と禍乱を主る。《春秋運斗枢》に曰く:蚩尤の旗が現れれば、山崩があり、外戚・后族は大権を専擅する。《春秋運斗枢》はまた曰く:蚩尤旗が太微垣を冲犯すれば、国家の法度・制度はまさに廃滅し、帝王は荒野に死ぬ。《春秋緯・考異郵》に曰く:蚩尤旗が現れれば、帝王が邪枉・叛逆の人を討伐することを主る。《鈎命決》に曰く:旗星の芒刺は凝滞して散ぜず、怨怒・咒罵の声が出現し、暗中の陰謀はまさに結託している。(原書の小注:ここの「旗」は蚩尤旗を指す。)夏氏に曰く:蚩尤旗がどの方に現れるか、その方の地面に兵禍があり、もし四方に皆現れれば、それは天下に皆兵禍がある。《荊州占》に曰く:蚩尤旗が現れれば、大規模の戦事があるか、そうでなければ喪事がある。
昭明 其の十
《河圖》曰:“熒惑之精,流為昭明。”(《荊州占》曰:填星之變,為昭明也。)《黃帝占》曰:“昭明者,五星之變,出於西方,名曰昭明,金之氣也。”《春秋合誠圖》曰:“赤彗分為昭明。昭明,滅光也。(宋均曰:滅主之光明也。)象如太白吐芒,故以為起霸之徵,期七年。”《春秋運斗樞》曰:“機星散為昭明。”
《河図》に曰く:熒惑の精気は流散して「昭明」という妖星と化する。(原書の小注:《荊州占》に曰く、昭明は土星「填星」の変異の生ずる所である。)《黄帝占》に曰く:昭明は五星の変異の気の成す所で、西方に現れ、名は昭明といい、金の気に属する。《春秋合誠図》に曰く:紅色の彗気は分化して昭明を出す。「昭明」の含義は光を滅ぼすことである。(原書の小注:宋均に曰く、君主の光明を滅ぼすことをいう。)その形状は金星(太白)が鋒芒を吐くに似るので、これを霸主の興起の兆とし、応験期は七年である。《春秋運斗枢》に曰く:北斗第三星・天璣(「機星」)の精気が散じて、も昭明と化する。
《黃帝占》曰:“西方有星,望之,去地可丈,而白有光,其類太白,數動,察之,中赤,是謂西方之野星,名曰昭明,出兵大起,其出也,下有喪;出南,則西方邦失地。”《黃帝占》曰:“昭明星出入畢中,有屠國。”《河圖》曰:“昭明茀心,天子三公,殺主必成。”《洛書兵鈐勢》曰:“昭明見,霸者生。”《春秋運斗樞》曰:“昭明有角,亡征也。”《春秋緯》曰:“昭明改德。”《春秋緯合誠圖》曰:“昭明所起,期七年,天子奪於,州牧去,所出下發。”
《黄帝占》に曰く:西方の天上に一つの星があり、望み上げると地を去ること約一丈、色は白にして光があり、たいそう太白金星に似て、閃動は頻繁で、細かく見ればその中心は紅い。これはすなわち西方の原野の星で、名は昭明という。それが一たび現れれば、兵事は大規模に興る。それの出た方位の下に喪事がある。もし南方に偏して現れれば、西方の邦国は土地を喪失する。《黄帝占》はまた曰く:昭明星が畢宿の中を出入すれば、一国を屠滅する事がある。《河図》に曰く:昭明の彗芒が心宿を掃い犯せば、天子と三公の間に変を生じ、君主を弑殺する企ては必ず得る。《洛書兵鈐勢》に曰く:昭明が現れれば、覇を唱う人が世に出る。《春秋運斗枢》に曰く:昭明に角芒が生ずれば、それは亡国の兆である。《春秋緯》に曰く:昭明は徳教を更改することを主る。《春秋緯・合誠図》に曰く:昭明の興る所、応験期は七年で、天子の権柄は人に奪われ、州牧は撤換され、星の出た方位の下に変事が発生する。
《春秋緯考異郵》曰:“昭明星見,則國滅,賢主立。”《春秋緯考異郵》曰:“昭明如太白,不行。”《春秋緯潛潭巴》曰:“昭明起有德。”巫咸曰:“昭明所起,國起兵,多變。”巫咸曰:“西方有星,大而白,有角目下視,名曰昭明,金之精,出則兵大起;若守房星,國有大喪,必有屠城;昭明下,則為天狗,所下者大戰流血;星出非其方,有兵,沖則不利,期不出三年。”
《春秋緯・考異郵》に曰く:昭明星が現れれば、旧の邦国は滅亡し、賢明の君主は興立する。《考異郵》はまた曰く:昭明の様子は太白金星に似るが、もとの所に停まって移動しない。《春秋緯・潜潭巴》に曰く:昭明が興るは徳ある人のまさに出づることをいう。巫咸に曰く:昭明の興るところ、その国はまさに兵を起こし、しかも変故は頻仍である。巫咸はまた曰く:西方に一つの星があり、大きくして白く、角芒を生じ、眼のごとく下を俯視し、名は昭明といい、金の精気である。それが一たび現れれば、兵事は大規模に興る。もしそれが房宿に滞留すれば、国家に大喪があり、必ず城を屠る禍が発生する。昭明が落下して来れば、「天狗」と変じ、天狗の落ちる所には大戦があり血は河を流す。この星がもしその在るべき方位に現れなければ、兵事を主り、それと相冲する方は不利である。応験の期限は三年を過ぎない。
郄萌曰:“昭明星見,大人凶。”郄萌曰:“昭明出,兵大起。”郄萌曰:“昭明星守心,大有喪。”郄萌曰:“昭明星見虛中,天下無兵兵起,有兵兵罷,大臣為謀。”《天官書》曰:“昭明大而白,無角,乍上乍下,(孟康曰:形如三足幾,上有九彗上向也。)所出國起兵,多變。”《荊州占》曰:“昭明星出營室中,大臣為亂,無兵兵起,有兵兵罷。”
郄萌に曰く:昭明星が現れれば、尊位に居る大人物に不利である。郄萌はまた曰く:昭明が一たび出れば、兵事は大規模に興る。郄萌はまた曰く:昭明星が心宿に滞留すれば、大きな喪事がある。郄萌はまた曰く:昭明星が虚宿の中に現れれば、天下にもともと戦事のなければ兵を起こし、もともと戦事のあるはかえって兵を罢め、同時に大臣は密かに企てる。《史記・天官書》に曰く:昭明は大きくして白く、角芒を帯びず、上がったり下がったりして移動する。(原書の小注:孟康に曰く、その形状は一張の三足の小几に似て、上には九道の彗芒が上を向いている。)それがどの国に現れるか、その国はまさに兵を起こし、しかも変故は多い。《荊州占》に曰く:昭明星が営室宿の中に現れれば、大臣は乱を起こす。もともと兵事のなければ兵を起こし、もともと兵事のあるはかえって兵を罢める。
