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流星犯大陵 三十四

唐 · 瞿昙悉达 · 第75巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

石氏曰:“流星入大陵,有土功,事墳陵之役,若抵之,國有大喪,大人當之,期不出三年。”

《石氏星経》にいう、流星が「大陵」の星官に飞入するは、人間にまさに土木の工程を興し、しかも墳塋・陵墓の類の差役を営造せん。もし流星が径直に大陵に衝撞すれば、国中にまさに重大の喪事あり、君主あるいは位が極めて尊貴の人の身の上に応じ、応験期は三年を出ず。大陵の八星は胃宿の北に在り、もともと死喪と積尸を主る。ゆえに占辞は全て墳陵と国喪の上に落つ。

流星犯天船 三十五

《玉曆》曰:“流星入天船,天下大水,舟船用,若津道不通,有急事。”

《玉曆》にいう、流星が「天船」の星官に飞入するは、天下にまさに大水を発し、舟船はまさに用場に派せん。あるいは渡口・水道は壅塞して通ぜず、朝廷に緊急の公事ありて办らん。天船の九星は大陵の北・天河の中に横列し、もともと水道・舟楫と津渡を主る。ゆえに流星がそれを犯すは、応験は皆水患と船運の上に落つ。

流星犯巻舌 三十六

甘氏曰:“流星入捲舌,有讒言亂主者;若有口舌於君,倖臣有憂。”

《甘氏星経》にいう、流星が「巻舌」の星官に飞入するは、朝中に讒言を進め君主を迷惑する人が出現せん。あるいは人ありて君の前に是非を搬弄し他人を構陥し、寵幸を受くる近臣はこれに因って憂患を招来す。巻舌の六星は昴宿の北に在り、形状は一条の巻曲する舌頭に似て、もともと口舌と讒佞を主る。ゆえに占辞は専ら讒譖の禍を講う。

流星犯五車 三十七

《黃帝占》曰:“流星入五車,天下兵,車騎發,先起者昌;若抵之,其所主五穀貴;期二年,遠三年。”郗萌曰:“流星入五車;以甲子日中粟車,期三十日,粟貴;丙午日中麥車;期二十日,麥貴;戊寅日中豆車;期二十七日,豆貴;庚申日中蕢車;期二十日,蕢貴;壬戍日中黍車;期十日,黍貴;以月所見流星之處,則縣邑之市為貴矣。”

《黄帝占》にいう、流星が「五車」の星官に飞入するは、天下にまさに戦事あり、兵車・騎兵は紛紛として出動し、先んじて難を発する方は反って昌盛す。もし流星が五車に直撞すれば、それが主管するあの一種の穀物はまさに漲価し、近ければ二年・遠ければ三年に応験す。郗萌はいう、流星が五車に飞入するは、日辰と射中したはいずれの一輌なるかを看るべし——甲子日に粟を主るあの一輌を射中すれば、三十天の内に粟価は騰貴す。丙午日に麦を主るあの一輌を射中すれば、二十天の内に麦価は騰貴す。戊寅日に豆を主るあの一輌を射中すれば、二十七天の内に豆価は騰貴す。庚申日に蕢(麻類)を主るあの一輌を射中すれば、二十天の内に麻価は騰貴す。壬戌日に黍を主るあの一輌を射中すれば、十天の内に黍価は騰貴す。さらに当月の流星の出現した方位に按じて以て推せば、あの一方の州県の集市の上に、糧価はすなわち上揚せん。五車の五星は五帝の車舍で、各々一穀を主り、また兼ねて兵車と府庫を主る。ゆえに占辞は既に兵戎を講い、また糧価を講う。

石氏曰:“流星出五車,色白,諸侯以兵憂;色黃,受賀;色赤,寇兵車騎滿野;青黑,多死者,各以其日占。”

《石氏星経》にいう、流星が五車より射出するに、もし白色ならば、諸侯はまさに兵事のために愁えん。もし黄色ならば、すなわち人に称賀せらるる喜慶あり。もし赤色ならば、寇兵と車騎は原野に布满す。もし青黒色ならば、人の死亡多し。いずれの国・いずれの方に応ずるに至っては、各々流星の出現したあの一天の日辰の分野に按じて以て推断す。

流星犯天關 三十八

石氏曰:“流星入抵天關,天下有急兵,關道不通,若多盜賊,人民憂,期百八十日,遠一年。”

《石氏星経》にいう、流星が飞入して「天關」星に衝撞するは、天下にまさに緊急の軍情あり、関隘の道路は阻塞して通ぜず。あるいは盗賊は四起し、百姓は惶惶として安からず。近ければ百八十天・遠ければ一年の内に応験す。天關の一星は五車の南・畢宿の東に在り、関梁・辺塞の開閉を主る。ゆえに流星がそれを犯すは、占するはまさに関塞と道路の事である。

流星犯南河 三十九

巫咸曰:“流星犯南河,蠻兵起,防戍有憂;一曰流星入南河,為旱,邊兵。”《宋天文志》曰:“宋武大明八年四月,有流星大如五斗甌;赤色有光照面,尾長一丈餘,從參北出,東行,直下經東進,過南河沒。占曰:‘民飢,吳越有兵。’明年,四方賊起,王師水陸位伐義興吳陵,大戰,殺傷千計。”

巫咸はいう、流星が「南河」を侵犯するは、南方の蛮夷はまさに兵を起こし、辺を戍る将士に憂患あり。もう一種の説法は流星が南河に飞入するは旱災を主り辺境の用兵を主るという。南河の三星は北河と井宿を挟み、南面の門戸の戍衛である。《宋書・天文志》に記す、劉宋の孝武帝の大明八年四月に、一顆の流星ありて大きさは五斗の容量の瓦盆に似て、赤色、光亮は人の面を照見し、尾の長さは一丈余、参宿の北より射出し、東に向かって飛行し、一に低垂して東進を経過し、南河を越えて隠没した。当時の占辞にいう、「百姓はまさに饑荒あり、呉越の地に兵事あり」。第二年に至って、四方の盗賊は蜂起し、朝廷の軍隊は水陸の両路に分かれて義興・呉陵を進討し、一場大戦し、殺傷は千を以て計った。

流星犯北河 四十

巫咸曰:“流星入北河,胡兵起,來入中國,若關梁不通;一曰流星入北河,為水;為飢;皆期二年。”《黃帝》曰:“流星絕兩河間,天下大難,路不通。”石氏曰:“南河北河,有流星絕兩河戍間,有客抵之,天下大亂,親戚不恤。”

巫咸はいう、流星が「北河」に飞入するは、胡人の兵馬はまさに事を起こし、中原に侵入し、あるいは関隘・橋梁は阻断して通ぜず。もう一種の説法は流星が北河に入るは水災を主り饑荒を主る、いずれも二年の内に応験す。北河の三星は北面の門戸で、南河と同じく井宿の両旁の戍衛と為す。ゆえに占辞は胡兵と関梁の上に帰す。《黄帝占》にいう、流星が南河と北河の間を横穿するは、天下に大難あり、道路は断絶す。《石氏星経》にいう、南河・北河のこの二組の戍星の間に、もし流星ありて横貫して過ぎ、また客星ありて来たりてそれに衝撞すれば、天下はまさに大いに乱れ、骨肉・至親の間に至ってももはや相い顧恤せず。

流星犯五諸侯 四十一

石氏曰:“流星出五諸侯,有大喪,以星所入日占其國。”《玉曆》曰:“流星入五諸侯,輔臣有憂,若有黜者;一曰諸侯兵有謀主,期不出年。”石氏曰:“赤流星出,諸侯有叛者;其中星散絕,諸侯坐其殃咎。”

《石氏星経》にいう、流星が「五諸侯」の星官より射出するは、人間にまさに大喪あり、いずれの国に応ずるは、流星が宿に入ったあの天の日辰に按じて推定す。五諸侯の五星は東井の北に在り、天子に替わりて疑难を辨じ過失を挙ぐるを主り、また列国の諸侯と輔政の大臣を象徴す。《玉曆》にいう、流星が五諸侯に飞入するは、輔政の臣に憂患あり、あるいは人ありて罷黜せらる。もう一種の説法は諸侯の軍中に人ありて君主を図謀し、一年の内に応験す。《石氏星経》にまたいう、赤色の流星ありて中より射出するは、諸侯の裡に反叛する人あるべし。もし五諸侯の当中の星が散乱・断絶せば、諸侯はまさにこの場の災禍のために罪を担わん。

流星犯積水 四十二

甘氏曰:“流星入抵積水,有大水,舟船用,民大飢。”

《甘氏星経》にいう、流星が飞入して「積水」星に衝撞するは、人間にまさに大水あり、舟船はまさに用場に派し、百姓は水患に因って大飢に陷入せん。積水の一星は五車の東南に在り、もともと水を蓄えると酒醴を醸造するの事を主る。ゆえに流星がそれを犯すは、占するは水患および水患に由る帯來の饑荒である。

流星犯積薪 四十三

《聖洽符》曰:“流星抵積薪,天下以薪蒿為憂,若廚官有罪者。”

《聖洽符》にいう、流星が「積薪」星に衝撞するは、天下はまさに柴薪・蒿草の匱乏のために愁えん。あるいは膳食を掌管する厨官は事に因って罪を獲る。積薪の一星は積水の東に在り、柴薪を收聚して以て庖厨の用に供するを主る。ゆえに占辞は薪炭と厨官の身の上に落つ。

流星犯水位 四十四

齊伯曰;“流星入水位,天下有水,河海溢流,五穀不成,流民大飢,期三年。”

斉伯はいう、流星が「水位」の四星に飞入するは、天下にまさに水災あり、江河・海水は泛濫して外に溢れ、五穀は成熟すること能わず、百姓は流離して所を失い大飢に陥り、三年の内に応験す。水位の四星は東井の東に在り、水衡・水官の職を主り、専ら一方の水旱を候す。

流星犯軒轅 四十五

《甄曜度》曰:“流星入軒轅,后妃有亂,女主有逆謀,天子宜防之,期三年。”郗萌曰:“流星散入軒轅間,女主宮多讒亂。”《荊州占》曰:“流星大如瓷,出東陵西下,必有積血。”

《甄曜度》にいう、流星が「軒轅」の星官に飞入するは、后妃の間にまさに変乱を生出し、女主は叛逆の図謀を暗蔵し、天子は当に預め防備すべし、三年の内に応験す。軒轅の十七星は形は騰龍に似て、后妃と皇室の女眷の象徴である。郗萌はいう、流星が散乱して軒轅の諸星の間に飞入するは、女主の宮中に讒言と内乱多し。《荊州占》にいう、流星の大きさが瓷器に似て、東陵より射出し西に向かって低垂墜落するは、必ず血が流れて積を成すの殺伐あるべし。

流星犯少微 四十六

郗萌曰:“流星入抵少微,賢良集,道術出;一曰能人多來者。”

郗萌はいう、流星が飞入して「少微」の星官に衝撞するは、賢良の士は朝廷に聚集し、方術・道芸を懐抱する人もまた随いて出仕す。もう一種の説法は才能ある人が紛紛として前来して帰附す。少微の四星は太微垣の西に在り、処士と隠居して未だ仕えざる賢者を主る。ゆえに流星がそれを犯すは、反って賢を挙げ士を納るの好事の上に応ず。

開元占経 巻七十四

流星占 四

流星犯石氏中官

流星犯太微 一

《黃帝占》曰:“奔星入太微中,其國有亂。”《海中占》曰:“流星入太微,有兵起,外國當以兵至,及有使來者,不出其年。”郗萌曰:“使星入天官,留十日,有叛者。”《荊州占》曰:“奔星入太微宮內,有亂近西相也,近東將也。”石氏曰:“奔星入太微天庭,避之,吉;不避者,危死;所謂避者,從左來,避之右;右來,避之左。”

《黄帝占》にいう、奔星が「太微」垣の中に飞入するは、あの一国にまさに禍乱あるべし。太微垣は天上の朝廷で、垣墻は左右の執法と上相・上将らの星に由りて囲み成り、ゆえにまた天庭と称す。《海中占》にいう、流星が太微に飞入するは、まさに兵事の興起あり、外邦はまさに兵を挙げて前来し、あるいは外邦の使者の到達なるべく、此の一年を出ずに応験す。郗萌はいう、使星が天庭の官に飞入し、十天停留するは、すなわち反叛する人あるべし。《荊州占》にいう、奔星が太微宮の内に飞入するは、変乱あるを主り、西辺に靠近するは丞相の身の上に応じ、東辺に靠近するは将帥の身の上に応ず。《石氏星経》にいう、奔星が太微の天庭に射入するは、躲避すること能くするを吉と為し、躲避すること能わざるはすなわち傾危して死に至るの禍あり。いわゆる「避」とは、指すは星が左辺より来れば、すなわち右辺に向かって閃き開き、右辺より来れば、すなわち左辺に向かって閃き開く。

《黃帝》曰:“流星出太微東門,大兵起,大臣為亂,貴人多死者;若有謀,近期一年,中二年,遠三年。流星出太微,大臣有外事,以所之野命其方。”石氏曰:“奔星出太微中,有立王,若從王。流星出太微南門,其眾貴臣有死者。”《海中占》曰:“流星出太微端門,天子之使出;各以所之野命其國,期不出年。”

《黄帝占》にいう、流星が太微垣の東門より射出するは、まさに大規模の戦事あり、大臣は乱を作し、貴人の中に死亡する多し。もし人ありて不軌を図謀するは、近ければ一年・中は二年・遠ければ三年に応験す。流星が太微より射出するは、大臣が命を奉じて出外して事を办るを主り、流星の飞往する分野に按じて以ていずれの方に応ずるかを断定す。《石氏星経》にいう、奔星が太微垣の中より射出するは、新王の擁立せらるるあり、あるいは人ありて新主に帰附す。流星が太微の南門より射出するは、そこが主る衆多の貴臣の中に死亡するあるべし。《海中占》にいう、流星が太微垣の端門より射出するは、天子が使者を派遣して出行するの象徴である。各々流星の飞去する分野に按じて以ていずれの国に応ずるかを断定し、一年を出ずに応験す。

《荊州占》曰:“流星出太微天庭之門者,天子使也;以所之野命其東西南北;星來者,使復命。奔星出太微,中國失君。”《玉曆》曰:“流星出太微天庭,天下兵起,將士大出,王者有憂;期三年,災必應。”石氏曰:“流星出太微天庭,大將出。”

《荊州占》にいう、流星が太微・天庭の門の中より射出するは、天子の使者の出行を象徴す。流星の往く分野に按じて、出使の方向は東・西・南・北のいずれの一面なるかを定む。もし流星が天庭に向かって飞来するは、すなわち使者が朝に回りて命に復するを象徴す。奔星が太微より射出するは、中原はまさに君主を失わん。《玉曆》にいう、流星が太微・天庭より射出するは、天下に兵起こり、将士は大批に出征し、君王に憂患あり、三年の内に災禍は必ず応験す。《石氏星経》にいう、流星が太微・天庭より射出するは、大将が命を奉じて出師するを主る。

《荊州占》曰:“流星大而赤,數出入天宮庭,如浮船伏,有賊臣在傍,人主備,不可出遊。”《荊州占》曰:“流星縱橫經行太微中,主弱臣強,四夷不制,期三月。”石氏曰:“流星犯抵左右執法,東相西將,各以所犯,皆當誅;以其入日命其國,皆不出三年。”

《荊州占》にいう、流星がまた大きくまた紅く、屢々天庭に出入りし、形状は浮船の水面に伏するに似るは、これは賊臣ありて君主の身辺に潜伏するの征兆で、君主は厳かに戒備を加え、外出して游幸すべからず。《荊州占》にまたいう、流星が縦横に交錯して太微垣の中を穿行するは、君弱く臣強きを主り、四方の夷狄は管束を受けず、三箇月の内に応験す。《石氏星経》にいう、流星が左執法・右執法を侵犯・衝撞するは、東辺は丞相を主り西辺は将帥を主り、各々犯した所のいずれの一顆なるかを看て、あの一位は皆当に誅戮を遭うべし。流星が垣に入ったあの天の日辰に按じていずれの国に応ずるかを断定し、いずれも三年を出ず。

流星犯黄帝座 二

石氏曰:“流星入太微,犯黃帝座,大人易,其東西犯者皆死亡。”《黃帝》曰:“流星入太微,抵於帝座,天下亂,臣弒主,國易政,期不出三年。”

《石氏星経》にいう、流星が太微垣に飞入し、「黄帝座」を侵犯するは、君主の位はまさに更換し、流星に由りて東西両側より犯され到ったあの幾顆の星の主る臣僚は皆まさに死亡せん。黄帝座の一星は太微垣の正中に居り、すなわち天子の位である。《黄帝占》にいう、流星が太微に飞入し、帝座に直抵するは、天下はまさに乱れ、臣子は君主を弑殺し、国家は朝を改め政を換え、三年を出ずに応験す。

流星犯四帝座 三

巫咸曰:“流星入太微,犯四帝座,輔臣有誅,執法者憂,貴人多死,期二年。”

巫咸はいう、流星が太微垣に飞入し、「四帝座」を侵犯するは、輔政の大臣はまさに誅戮を遭い、刑法を掌管する執法の官は憂患に陥り、貴人の死亡多く、二年の内に応験す。四帝座は黄帝座の四面に環列する四つの星で、分かちて四方の帝を主り、輔臣・執法の職と相応ず。

流星犯屏星 四

《玄冥占》曰:“流星抵屏星,尚書有憂,若有死者,期百八十日,遠一年。”

《玄冥占》にいう、流星が「屏星」に衝撞するは、文書・政令を掌管する尚書の官に憂患あり、あるいはその中に人ありて死亡す、近ければ百八十天・遠ければ一年の内に応験す。屏星は太微垣の内に在り、帝座を遮蔽する屏障で、機要・近侍の職と相応ず。

流星犯郎位 五

巫咸曰:“流星入抵郎位,守衛之臣有誅;若左右為亂,若戮有死者,期一年,遠二年。”

巫咸はいう、流星が飞入して「郎位」の星官に衝撞するは、宿衛を担任する郎官はまさに誅戮を遭わん。あるいは君主の左右の近臣は乱を作し、あるいは人ありて殺されて死す、近ければ一年・遠ければ二年に応験す。郎位の十五星は太微垣の帝座の東北に在り、宿衛・侍従の官の班位である。

流星犯郎将 六

齊伯曰:“流星抵郎將,則將有誅;若大臣為亂,王者戒慎左右,不出其年。”

斉伯はいう、流星が「郎将」星に衝撞するは、郎官を統領する将領はすなわちまさに誅戮を遭わん。あるいは大臣は乱を作し、君王は当に身辺の近侍に対して格外に戒備・謹慎すべく、此の一年を出ずにすなわち応験せん。郎将の一星は郎位の北に在り、宿衛を統率する武官を主る。

流星犯常陳 七

《甄曜度》曰:“流星入守常陳,衛人有罪者誅,人主憂,期百八十日,遠一年。”

《甄曜度》にいう、流星が飞入して「常陳」の星官に留守するは、宿衛の士の中に罪ある人はまさに処死せられ、君主はこれがために憂慮し、近ければ百八十天・遠ければ一年の内に応験す。常陳の七星は帝座の北に在り、形は天子の護衛・儀仗に似て、武賁の衛士を主る。

流星犯三台 八

《海中占》曰:“流星入上臺,司命大臣有罪,若有死;流星出之,近臣有出者,期二年。”《玄冥占》曰:“流星入中臺,司中奸臣來近主者;流星出中臺,奸臣有出者。”甘氏曰:“流星入下臺,司祿大臣有賜爵封者;流星出之,臣有罪出走,色黑死;皆期二年。”《黃帝》曰:“流星走三臺者,大將出。”《辯終備》曰:“奔星入三能,天下感,兵禍聚隅,感動也。”

《海中占》にいう、流星が「上台」の二星に飞入するは、司命を主る大臣に罪あり、あるいは人ありて死亡す。流星が上台より射出するは、すなわち近臣の中に人ありて外調して朝を出る、二年の内に応験す。《玄冥占》にいう、流星が「中台」に飞入するは、司中の職を主る奸臣はまさに君主に向かって靠拢せんとす。流星が中台より射出するは、すなわち奸臣の中に人ありて逐い出せらる。《甘氏星経》にいう、流星が「下台」に飞入するは、司禄を主る大臣はまさに封爵の賞賜を得せん。流星が下台より射出するは、すなわち臣子ありて罪を獲て出逃す。もし星色が黒に発せばすなわち死亡の象である。これらは皆二年の内に応験す。三台の六星は両両に並び列し、上より下にして上台・中台・下台と為り、また三能と呼び、分かちて司命・司中・司禄を主る。《黄帝占》にいう、流星が三台の間に奔走するは、大将の出師を主る。《弁終備》にいう、奔星が三能に飞入するは、天下は震動して安からず、兵禍は一隅に聚集す。「感」とはすなわち震動の意である。

流星犯相星 九

《文曜鉤》曰:“流星抵相星,大兵起,大將出,輔相有變。”

《文曜鈎》にいう、流星が「相星」に衝撞するは、まさに大規模の戦事あり、大将は命を奉じて出征し、輔政・丞相の位置に変故が発生す。相星の一星は北斗の南に在り、百官を総領し君王を輔佐するを主る。ゆえに流星がそれを犯せばすなわち宰輔の身の上に応ず。

流星犯太陽守 十

巫咸曰:“流星抵太陽守,有兵起,將軍出,期三年。”

巫咸はいう、流星が「太陽守」星に衝撞するは、まさに兵事の発動あり、将軍は兵を領して出征し、三年の内に応験す。太陽守の一星は相星の西に在り、大臣と大将の守御の任を主る。ゆえに占辞は兵戎・征伐の上に帰す。

流星犯天牢 十一

《黃帝占》曰:“流星入天牢,貴人有繫者,其多下獄;人民多有罪,期不出年。”《黃帝》曰:“常以丑未日,候流星入天牢者,有赦。”《荊州占》曰:“流星出紫宮,奔走入天牢,天子以赦解之。”《黃帝》曰:“天牢中有一使星出者,小赦;二星出,赦在關內;三星出,赦天下。”《荊州占》曰:“流星入貴人之天牢,太僕名臣有繫者;其色黃白,無故;青憂;黑凶;赤以金煞之日出赦,獄中繫者出。”

《黄帝占》にいう、流星が「天牢」の星官に飞入するは、貴人の中に拘押せらるるあり、しかも多半はまさに獄に下らん。百姓の中にもまた獲罪の人多く、一年を出ずに応験す。天牢の六星は北斗の魁の下に在り、貴人を関押する牢獄である。《黄帝占》にまたいう、通常は丑日・未日に守候し、もし流星が天牢に飞入するを見れば、朝廷にまさに赦令あるべしを主る。《荊州占》にいう、流星が紫宮より射出し、一路に天牢に奔入するは、天子は大赦を用いて以てこの一天象を消解せん。《黄帝占》にいう、天牢の中より一顆の使星が射出するは、小赦である。二顆射出するは、赦免の範囲は関内に限る。三顆射出するは、すなわち天下を大赦す。《荊州占》にいう、流星がこの貴人を関押する天牢に飞入するは、太僕の類の名臣の中に人ありて拘押せらる。流星の色が黄白ならば、すなわち事なし。色青は、憂あり。色黒は、凶と為る。色赤は、すなわち金気の粛殺の日に赦令を頒下し、獄中の囚繫の人は放出を得る。

流星犯文昌 十二

《黃帝占》曰:“流星若奔星入文昌宮,其國有亂。”石氏曰:“流星入文昌,其國失政,宮庭有兵;若內亂,期二年。奔星出文昌,宮內亂。”《荊州占》曰:“奔星出文昌宮,國去其君;一曰國失君。”

《黄帝占》にいう、流星あるいは奔星が「文昌」宮に飞入するは、あの一国にまさに禍乱あるべし。文昌の六星は北斗の魁の前に横列し、天子の六府で、分かちて上将・次将・貴相らの文武の要職を主る。《石氏星経》にいう、流星が文昌に飞入するは、あの一国の政令は序を失い、宮廷の中に刀兵を動かす。もし外患に非ざれば、すなわち内乱で、二年の内に応験す。奔星が文昌より射出するは、宮廷の内部に乱を生ず。《荊州占》にいう、奔星が文昌宮より射出するは、国家はまさにその君主を失わん。もう一種の説法は国中に君なく依るべきなし。

班固《天文志》曰:“孝成帝建始元年九月戊子,有流星出文昌,白色,光燭地,長可四丈,大一圍,動搖如龍蛇形,有頃,長可五六丈,四圍,所屈折委曲,貫索宮西北、斗西北、子亥間,後屈如環,北方不合,留一刻所。占曰:文昌為上將、貴相。是時,帝舅王鳳為大將軍,其後宣帝舅子王商為丞相,皆貴臣任政,鳳妒商譖而罷之,商自殺,屬親皆廢黜。”

班固《漢書・天文志》に記す、漢の成帝の建始元年九月戊子の日に、流星ありて文昌より射出し、白色、光亮は地面に映照し、長さ約四丈、粗さ約一囲、揺擺・晃动して龍蛇の形状に似た。しばらく過ぎて、長さは五六丈に長くなり、粗さは四囲に至り、屈折・盤曲し、貫索宮の西北・北斗の西北および子位と亥位の間を穿過し、末端は彎曲して環形を成し、北面は合攏せず、一刻ほど停留した。当時の占辞にいう、文昌は上将と貴相を主る。あの時、成帝の舅父の王鳳は大将軍を任じ、その後宣帝の舅家の児の王商は丞相を做し、いずれも貴戚・重臣が朝政を掌理した。王鳳は王商を忌恨し、讒言を進めて彼を罷免し、王商は自殺し、彼の親属もまた全て廃黜せられた。

司馬彪《天文志》曰:“孝靈二年四月,有流星,出文昌,入紫宮,蛇行,有尾無目,赤色有光,炤垣牆;占曰:文昌主上將、貴相。後六年,司徒劉邵為中常侍曹節所譖,下獄死。”

司馬彪《続漢書・天文志》に記す、漢の霊帝の在位の第二年四月に、流星ありて文昌より射出し、紫宮に飞入し、蜿蜒として蛇行のごとく、尾ありて头目なし、赤色にして光を帯び、墻垣をも照亮した。当時の占辞にいう、文昌は上将と貴相を主る。此の後の第六年に、司徒の劉邵は中常侍の曹節に讒を進め構陥せられ、獄に下りて死した。

流星犯北斗 十三

《黃帝占》曰:“大流星入北斗,天下亂,大發兵,將軍出;期六月,若一年。”(案司馬彪《天文志》曰:光武建武十年三月癸卯,流星如月,從太微出,入北斗魁第六星,色白,傍有小星射者千餘枚,滅則有聲如雷,食頃止。是時,光武帝使吳漢發卒三萬人擊蜀。成帝公孫述十二年二一月,護軍高午刺述洞胸,死。屠蜀城,滅述妻子宗族。孝靈光和元年四月癸丑,流星犯軒轅第二星,東北行入北斗魁中,至中平元年黃巾賊起,上遣中郎將皇甫蒿等征之,斬首千餘萬級。)

《黄帝占》にいう、大流星が「北斗」に飞入するは、天下はまさに乱れ、朝廷は大挙して兵を発し、将軍は兵を領して出征し、半年あるいは一年の内に応験す。北斗の七星は天帝の乗ずる車駕で、中央に居りて四方に臨制す。ゆえに流星がそれを犯すは、直ちに天下の治乱と兵権の上に応ず。以下は原書の小注:司馬彪《続漢書・天文志》の記載に按るに、光武帝の建武十年三月癸卯の日に、流星ありて大きさは月亮に似て、太微より射出し、北斗の魁の第六の星に飞入し、白色、旁に上千枚の小星の迸射あり、熄滅する時に雷のごとき声響を発し、約一頓の飯の工夫ほどにしてこそ止んだ。当時、光武帝は呉漢を派して三万の士卒を征発して蜀の地を攻打せしめた。成家の皇帝の公孫述の十二年十一月に到りて、護軍の高午は一槍にして公孫述の胸膛を刺穿し、公孫述は即座に身死し、漢軍は蜀城を屠滅し、公孫述の妻子・児女と宗族は尽く誅滅せられた。漢の霊帝の光和元年四月癸丑の日に、流星は軒轅の第二星を侵犯し、東北に向かって北斗の魁の中に飞入した。中平元年に到って黄巾の賊は事を起こし、皇帝は中郎将の皇甫嵩らを派して征討せしめ、斬首は千万を以て計った。

石氏曰:“流星入北斗魁中,失名人。流星夜有光,入北斗,大臣有繫者,以五色占之。”郗萌曰:“大流星色青,入北斗魁中,大臣有繫者,有憂也。大流星入北斗魁中失明者;繫者斬死。”

《石氏星経》にいう、流星が北斗の魁の中に飞入するは、国家はまさに名望ある人物を失わん。流星が夜に光芒を帯びて北斗に飞入するは、大臣の中に拘押せらるるあり、具体の吉凶は流星の五色に按じて推断す。郗萌はいう、大流星が青色を呈し北斗の魁の中に飞入するは、大臣の中に拘押せらるるあり、しかも憂患を帯ぶ。大流星が北斗の魁の中に飞入してかえって光芒を消失するは、あの拘押せられた人はまさに斬殺せられん。

(案班固《天文志》曰:成帝綏和元年正月辛未,有流星從東南入北斗,長數十丈,二刻所止。其年十一月庚子,定陵侯淳于長坐執左遒下獄死。郗萌曰:“奔星入北斗中,中國使匈奴。”案班固《天文志》曰:“成帝陽朔四年閏月庚午,飛星大如缶,西南入北斗下。明年,鴻嘉元年正月,匈奴單于離陶莫畢死,五月甲午,遣中郎將楊興使吊。)

以下は原書の小注:班固《漢書・天文志》の記載に按るに、漢の成帝の綏和元年正月辛未の日に、流星ありて東南方より北斗に飞入し、長さ数十丈、約二刻の工夫にしてこそ停止した。当年の十一月庚子の日に、定陵侯の淳于長は罪に因って拘執せられ獄に下りて死した。郗萌はいう、奔星が北斗の中に飞入するは、中原がまさに使者を派して匈奴に前往せんを主る。また班固《漢書・天文志》の記載に按るに、成帝の陽朔四年閏月庚午の日に、飞星ありて大きさは瓦缶に似て、西南方より北斗の下に飞到した。第二年、すなわち鴻嘉元年正月に、匈奴の単于の離陶莫皋は死去し、五月甲午の日に、漢朝は中郎将の楊興を派して出使して喪を弔わしめた。

《荊州占》曰:“大流星入北斗魁中,大臣背叛,流星使星入北斗魁中,臣有繫者;星出,繫者出。大流星入北斗魁中,貴人囚;青黑、憂;赤黑、死;赤、兵死。”郗萌曰:“流星入應星中,天下有赦。”石氏曰:“流星出北斗,人主使人與諸侯;色黃白,有賀事;青黑、有憂事;赤,有兵;期二年。”

《荊州占》にいう、大流星が北斗の魁の中に飞入するは、大臣はまさに背叛せん。もし使星が魁の中に飞入するは、すなわち臣子の中に拘押せらるるあり、星が魁の中より射出するは、拘押せられた人はすなわち釈放を得る。大流星が北斗の魁の中に飞入するは、貴人はまさに獄に下らん。星色が青黒は憂患を主り、赤黒は死亡を主り、純赤はすなわち兵禍に死す。郗萌はいう、流星が応星の中に飞入するは、天下にまさに赦令あるべし。《石氏星経》にいう、流星が北斗より射出するは、君主が人を派して諸侯国に前往するを主る。星色が黄白は、称賀の喜事あり。青黒は、憂患の事あり。赤色は、兵事あり。二年の内に応験す。

石氏曰:“流星出北斗魁中,人主左右有繫死者;流星出北斗魁中,若東西不出,期年兵起;流星出北斗魁中,大將軍出;以星日占知所之。”郗萌曰:“大流星出北斗後,尾長數丈,將出。流星黃白,出北斗魁中,有赦令。”

《石氏星経》にいう、流星が北斗の魁の中より射出するは、君主の身辺の近臣に拘押せられて死に至るあり。流星が北斗の魁の中より射出して、もし東にも向かわず西にも飞去せざれば、一年の内に兵事あるべし。流星が北斗の魁の中より射出するは、大将軍の出師を主る。兵鋒の向かう所はいずれの方なるかに至っては、流星の出現した日辰と飛行の方向に按じて推断す。郗萌はいう、大流星が北斗の後より射出し、尾の長さ幾丈は、将帥の出征を主る。流星が黄白色を呈して北斗の魁の中より射出するは、朝廷にまさに赦令あるべし。

《荊州占》曰:“大流星出北斗魁中,不出其年,兵起,占星所之者,使星出北斗東行,齊趙負兵;(《玉曆》云:齊、魯、鄭。)出北斗南行,荊魏負兵;(《玉曆》云:為荊州、楚、韓。)出北斗西行,秦鄭負兵;(《玉曆》云:秦、晉、魏。)出北斗北行,楚趙負兵。”(《玉曆》云:燕、趙、皆不出三年。)

《荊州占》にいう、大流星が北斗の魁の中より射出するは、此の一年を出ずにすなわち兵事あり。流星の飞去する方向を看て以てどこに応ずるかを断定すべし:使星が北斗より射出して東に向かって飛ぶは、斉・趙の地が兵禍を承受す(原書の小注:《玉曆》は斉・魯・鄭と作る)。北斗より射出して南に向かって飛ぶは、荊・魏の地が兵禍を承受す(原書の小注:《玉曆》は荊州・楚・韓と作る)。北斗より射出して西に向かって飛ぶは、秦・鄭の地が兵禍を承受す(原書の小注:《玉曆》は秦・晋・魏と作る)。北斗より射出して北に向かって飛ぶは、楚・趙の地が兵禍を承受す(原書の小注:《玉曆》は燕・趙と作り、ならびにいずれも三年を出ずして応験すと講う)。

《玄冥》曰:“流星出部星,天子伐諸侯,天下將太平,期二年。”京房曰:“流星於北斗傍,明如炬火,長六七丈,(一本云:六七尺。)如繒布,賊臣專制天下,期三年。”郗萌曰:“流星從南斗至北斗者,赦令;期正月、二月。”《荊州占》曰:“使星守北斗,天下亂。”

《玄冥占》にいう、流星が「部星」より射出するは、天子はまさに兵を出して諸侯を討伐し、此の後天下は太平に趨き、二年の内に応験す。北斗の七星は各々専名あり、第七星の揺光はすなわち部星である。京房はいう、流星が北斗の旁に出現し、明るさは火炬に似て、長さ六七丈(原書の小注:一本は六七尺と作る)、形状は一匹の繒布に似るは、これは賊臣が天下の権を専擅するの征兆で、三年の内に応験す。郗萌はいう、流星が南斗より一に北斗に飞到するは、朝廷が赦令を頒下するを主り、正月・二月に応ず。《荊州占》にいう、使星が北斗に停留して去るを肯ぜざるは、天下はまさに乱れん。

郗萌曰:“大流星拂北斗廡,不出其年,有戮死臣,期三年。奔星以冬至前後十日之內繫北斗柄,天下當之,期六十日。”郗萌曰:“大流星抵北斗柄,破之,大臣有憂,期六月。流星抵北斗,天下大發兵。使星抵北斗,東行;不出其年,臣有戮死者。”《荊州占》曰:“流星不入北斗魁中,居其傍,貴人有避宮者。”

郗萌はいう、大流星が北斗の廊廡を擦過する——すなわち斗魁の外側の輔弼が相い挟むあの一帯——は、此の一年を出ずにすなわち大臣の殺せらるるあり、三年の内に応験す。奔星が冬至の前後十天の内に北斗の斗柄に牽連するは、天下は皆この場の災殃を承受し、六十天の内に応験す。斗柄は号令を発し征伐するを主り、冬至はまた一歳の気機が初めて動く時である。ゆえにこの二処が相い犯するは、占辞は断じて格外に急迫なり。郗萌はまたいう、大流星が斗柄を衝撞してならびにそれを冲破するは、大臣に憂患あり、六箇月の内に応験す。流星が北斗を衝撞するは、天下は大挙して兵を発す。使星が北斗を衝撞してまた東に向かって飞去するは、此の一年を出ずに臣子の中に殺せらるるあるべし。《荊州占》にいう、流星はならびに北斗の魁の中に飞進せず、ただその旁に停止するは、貴人の中に宮禁を避出するあり。魁に入らざればすなわち禍は身に及ばず。ゆえにただ宮を避くるを講いて誅戮を講わず。

《黃帝》曰:“流星抵正星,大人遇賊憂;流星出正星,執政者易,期一年。”甘氏曰:“大流星抵法星左右,其有光者,男君疾;無光者,女主疾;若出法星,兵起,若有變事,期一年,遠二年。”《荊州占》曰:“流星抵法星,法星色青,三日有兵,期不出四月;色青白,九月有兵;期不出十月;而起期以春也,不出月,大變,變易國名。”

《黄帝占》にいう、流星が「正星」——すなわち北斗の第一星の天枢——に衝撞するは、君主はまさに賊害の憂いに遭遇せん。流星が正星より射出するは、執政の大臣はまさに更替し、一年の内に応験す。《甘氏星経》にいう、大流星が「法星」——すなわち北斗の第二星——に衝撞し、その左右にもし流星の光を帯ぶるあれば、男主は病あり。もし光を帯びざれば、女主は病あり。もしこれが法星より射出するは、すなわち兵事の発動あり、あるいは変故の発生あり、近ければ一年・遠ければ二年に応験す。《荊州占》にいう、流星が法星に衝撞し、法星が青色を現出するは、三天の内に兵事あり、最も遅くも四箇月を出ず。青白色を現出するは、九箇月後に兵事あり、最も遅くも十箇月を出ず、しかして難を発する期は春天に在り。もし一箇月を出ざれば、すなわち大変故あり、国号に至っても皆更更改せん。

《聖洽符》曰:“流星抵令星,有兵起,天下不安;若出令星,王者使諸侯,行令四方。”齊伯曰:“流星抵伐星,蠻夷以水兵來入國;若出伐星,天子出使於蠻夷,蠻夷和;若抵破伐星,人多死,期一年,遠二年。”石氏曰:“流星抵殺星,無光五日,君疾;有光十日,女主死。”

《聖洽符》にいう、流星が「令星」——すなわち北斗の第三星——に衝撞するは、まさに兵事の興起あり、天下は安寧を得ず。もしこれが令星より射出するは、すなわち君王はまさに使者を派して諸侯国に往かしめ、四方に向かって政令を頒行せん。斉伯はいう、流星が「伐星」——すなわち北斗の第四星——に衝撞するは、蛮夷はまさに水軍を帯びて国境に侵入せん。もしこれが伐星より射出するは、すなわち天子は使を遣わして蛮夷に前往し、蛮夷はこれに因って和を講じ順に帰す。もし流星が伐星を撞破せば、人の死亡多く、近ければ一年・遠ければ二年に応験す。《石氏星経》にいう、流星が「殺星」——すなわち北斗の第五星——に衝撞し、流星の光なきは、五天の内に君主は生病す。流星の光あるは、十天の内に女主は死亡す。

甘氏曰:“流星抵危星,五穀不成,人君有憂;若出危星,天子出行令。”《荊州占》曰:“流星多抵危星,其色赤,有兵,期一歲;黃有土功事;白,有喪,期一歲;黑,有分國。危星不明,流星數抵之,五穀不成;國相去,君有憂。”

《甘氏星経》にいう、流星が「危星」——すなわち北斗の第六星——に衝撞するは、五穀は成熟すること能わず、君主に憂患あり。もしこれが危星より射出するは、すなわち天子はまさに政令を頒行せん。《荊州占》にいう、流星が屢々危星に衝撞し、星色が赤は、兵事あり、一年の内に応験す。色黄は、土木の工程あり。色白は、喪事あり、亦た一年の内に在り。色黒は、すなわち国土の分裂の事あり。危星は本身は暗淡にして明ならず、また流星に屢々衝撞せられ、五穀は成らず。国中の丞相は位を離れて出走し、君主はこれがために憂愁す。

郗萌曰:“大流星數抵部星,王者忌之。”《荊州占》曰:“流星抵部星,色赤,有大憂;有士封爵,列侯有令,若兵器有怪,黃有喜。”石氏曰:“流星入輔星,相官不洽,天子制之,星出輔星;相免,若死。”

郗萌はいう、大流星が屢々「部星」——すなわち北斗の第七星の揺光——に衝撞するは、君王は当にこの種の天象を忌諱すべし。《荊州占》にいう、流星が部星に衝撞し、星色が赤は、大憂患あり、亦た士人ありて爵位を封ぜらるる・列侯が詔令を接するを主り、あるいは兵器の上に怪異が出現す。もし星色が黄ならば、すなわち喜慶の事あり。《石氏星経》にいう、流星が「輔星」に飞入するは、丞相と百官は協調すること能わず、天子は出面して裁抑す。もし流星が輔星より射出するは、丞相は免職せらるるに非ざればすなわち身死す。

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