歳星犯房 四
石氏曰:“歲星犯房,太子之身,居其所避之,九十日。”郗萌曰:“歲星入房三道,為天子有子。又占曰:歲星入房,十日成鉤已者,為天子惡之,以赦解之;又曰為后夫人喪,過房東行,復還反也。又占曰:歲星入房,更令;期百二十日。”《荊州占》曰:“歲星入房,五穀豐,治太平,民無疾殃,有德令,期四月。”
房宿の四星はまた天駟と称し、これ天子の政を布くの明堂にして、四星の間に南・中・北の三条の通道あり、分野は宋に属す。石氏がいう、歳星が房宿を侵犯すれば、太子本人の身に応ず。歳星がその位に居れば、太子は当に回避すべし、期は九十日に応ず。郗萌がいう、歳星が房宿の三道の間に進入すれば、天子の子を生むを主る。別の一条の占辞にいう、歳星が房宿に進入し、十日の内に行跡が曲がりて鉤のごときは、天子の厭惡する所の天象にして、大赦をもって以て化解する可し。一説には后妃・夫人に丧あるを主り、指す所は歳星が房宿を越過して東行の後また折返して来たるなり。またいう、歳星が房宿に進入せば、政令の更改を主り、期は一百二十日に応ず。《荊州占》にいう、歳星が房宿に進入せば、五穀は豊収し、政治は太平にして、百姓は疾病・災殃なく、徳を布くの詔令あり、期は四か月に応ず。
郗萌曰:“歲星居房南,歲多旱,五穀以旱傷;居房北,多水,五穀以水傷;又曰在房北,為大水,其國舟楫相望。又占曰:歲星處房南,民多寒熱病,處房北,牛多死,其肉殺人;東,馬多死;西,飢傷。”《黃帝占》曰:“歲星舍房,玄色不明,有喪;又曰大水。”郗萌曰:“歲星與房合,兵戰滿野;又曰有白衣之會。”《荊州占》曰:“歲星中犯陵房,國君憂,色青、憂喪;色赤、憂兵,積尸成山;色黑、有將相朱;色白,有芒角,大哭。”
郗萌がいう、歳星が房宿の南に居れば、この一年は旱多く、五穀は旱に因りて受損せん。房宿の北に居れば、水多く、五穀は水に因りて受損せん。またいう、歳星が房宿の北に在れば、大水を主り、その分野の国は船只は往来して相望まん。別の一条の占辞にいう、歳星が房宿の南に停まれば、百姓は寒熱の病を患うる多からん。房宿の北に停まれば、牛は死多く、それの肉を食らえば人を毒殺せん。東辺に停まれば、馬は死多からん。西辺に停まれば、饑饉の傷あらん。《黄帝占》にいう、歳星が房宿に止舍し、色沢は深黒にして明亮ならざれば、丧事あるを主る。一説には大水を主る。郗萌がいう、歳星と房宿とが相合すれば、兵戦の遍野を主る。一説には丧事の聚會あらん。《荊州占》にいう、歳星が中間より侵犯・欺陵して房宿すれば、国君に憂いあり。星の色青なれば、憂いは丧事に在り。色赤なれば、憂いは兵事に在り、屍を積みて山と成さん。色黒なれば、将相に誅戮の禍あらん。色白にして芒角を帯びれば、挙国の大哭を主る。
《黃帝占》曰:“歲星守房,七日不出,有崩王;十五日不出,兵大起。”石氏曰:“歲星守房,有白衣會,發男也。”又占曰:“歲星守房,其國多禍殃,吏民相傷,大臣將滿道而行。”又占曰:“歲星守房,為大人憂,以赦解之。”又占曰:“歲星守房,在南,牛馬無馯縻。又占曰:歲星守房,五穀豐熟。”甘氏曰:“歲星守房,天下和平。”《海中占》曰:“歲星守房,他國有獻馬者,魚鹽十倍。”
《黄帝占》にいう、歳星が房宿を守りて七天離れざれば、君王の駕崩あらん。十五日離れざれば、兵事は大いに起こらん。石氏がいう、歳星が房宿を守れば、丧事の聚會あり、還って男丁を徴発せん。別の一条の占辞にいう、歳星が房宿を守れば、その分野の国は禍殃多く、官吏と百姓とは互相に傷害し、大臣は路に満ちて奔走せん。またいう、歳星が房宿を守れば、貴人に憂いあるを主り、大赦をもって以て化解する可し。またいう、歳星が房宿を守りて南辺に偏せば、牛馬は羈絆・籠頭を用いずとも走失せざるなり。またいう、歳星が房宿を守れば、五穀は豊熟せん。甘氏がいう、歳星が房宿を守れば、天下は和平す。《海中占》にいう、歳星が房宿を守れば、別国に前来りて馬を献ずる者あり、魚塩の価銭は十倍に漲らん。
郗萌曰:“歲星守房,天倉,倉虛空。”又占曰:“歲星守房,為人主,無下堂。”又占曰:“歲星守房,為天下諸侯相謀,慮道不通。”又占曰:“歲星守房,為邊兵發。”又占曰:“歲星守房,為大飢,人相食,死者不葬。”又占曰:“歲星守房,大赦。”(案《宋書天文志》曰:魏景元四年十月,歲星守房,占曰:將相有憂。明年正月,大尉鄧艾,司徒鍾會並誅滅。特赦益士,咸熙二年秋,又大赦。)《荊州占》曰:“歲星守房,王者心平,百姓得情。”《荊州占》曰:“歲星守房,有反臣,大人喪,天下易王。”
郗萌がいう、歳星が房宿を守れば、房宿はまた天倉を主り、倉廩の空虚を主る。別の一条の占辞にいう、歳星が房宿を守れば、人君の身に応じ、君主は殿堂を走下るに宜しからず。またいう、歳星が房宿を守れば、天下の諸侯の互相に図謀し・謀慮の通行する能わざるを主る。またいう、歳星が房宿を守れば、辺地の兵を興すを主る。またいう、歳星が房宿を守れば、大饑饉を主り、人は人を食らい、死者は埋葬する人なからん。またいう、歳星が房宿を守れば、大赦を主る(原書小注:按ずるに《宋書・天文志》の記載に、魏の景元四年十月、歳星は房宿を守り、占辞にいう将相に憂いあり、と。第二年正月、太尉・鄧艾・司徒・鍾會は一併に誅滅せられ、朝廷は特に蜀地の人を赦免し、咸熙二年の秋に到りて、また大赦を行えり、と)。《荊州占》にいう、歳星が房宿を守れば、君王は心地平和にして、百姓は実情を上達する能くす。《荊州占》またいう、歳星が房宿を守れば、反叛の臣あり、貴人に丧あり、天下は君王を更換せん。
《黃帝占》曰:“歲星行房南,若犯守之,為大旱;行房北,犯守之,為大水。”《東官候》曰:“歲星守房,去復還,色不明,成鉤已,國有喪,白衣之會。”郗萌曰:“歲星中犯乘守房右驂,若右服,其大人,死所中,將相誅。”(案司馬彪《天文志》曰:孝明永平十六年正月丁丑,歲星犯房右驂,北第一星不見,辛巳乃見,房右驂為貴臣,歲星犯之,見誅。是後司徒邵穆與阜陵王延交通逆謀,自殺。)
《黄帝占》にいう、歳星が房宿の南を経行し、若しまた侵犯・守候すれば、大旱を主る。房宿の北を経行して侵犯・守候すれば、大水を主る。《東官候》にいう、歳星が房宿を守り、離れの後また返回し、星の色明ならず、行跡は曲がりて鉤のごときは、国に丧事あるを主り、丧事の聚會あらん。郗萌がいう、歳星が中間より侵犯・凌乗・守候して房宿の右驂星し、あるいは右服星(房の四星は駕車の馬のごとく、内の両星は服と為り、外の両星は驂と為る)すれば、貴人の身に応じ、犯中せられたるあの顆の星の主る人は死去し、将相は誅せられん(原書小注:按ずるに司馬彪《続漢書・天文志》の記載に、漢の明帝・永平十六年正月丁丑の日、歳星は房宿の右驂を侵犯し、北面の第一星は隠没して見えず、辛巳の日に到りて始めて重ねて出現せり。房宿の右驂は貴臣を象徴し、歳星がそれを侵犯せば、貴臣は則ち誅せられんとす。此より後司徒・邵穆は阜陵王・劉延と暗中に往来し・不軌を図謀し、事発れて自殺せり、と)。
郗萌曰:“歲星逆留犯守乘陵房左右驂,主崩,臣有陰謀,逆行乘陵中道,天子失位而亡,順行乘陵中道,天下平和。”又占曰:“歲星不入房中正道,其君不居明堂;一曰不敬明堂。”韓陽曰:“歲星犯房、鉤鈐,王者憂。”郗萌曰:“歲星犯乘鉤鈐,大臣有誤,天子不尊事天者,致火災於宗廟中,王者不宜出宮下殿,有謀匿於宗廟中者。”《海中占》曰:“歲星守鉤鈐,天下飢三年。”《荊州占》曰:“歲星守鉤鈐,去之三寸,王者失政,宮門不開,近臣起亂。”
郗萌がいう、歳星が逆行・留止・侵犯・守候・凌乗・欺陵して房宿の左右の驂星すれば、君主の駕崩を主り、臣下は陰謀を心懐く。若し逆行して中道を凌乗せば、天子は位を失いて亡ぶ。若し順行して中道を凌乗せば、天下は反りて平和せん。別の一条の占辞にいう、歳星が房宿の中間の正道を走らざれば、国君の肯んじて明堂に居らざるを説明す。一説には明堂に對して恭敬せざるなり。韓陽がいう、歳星が房宿と鉤鈐(房宿の附近の両顆の小星)とを侵犯すれば、君王に憂いあり。郗萌がいう、歳星が侵犯・凌乗して鉤鈐すれば、大臣に過失あり。天子の能く恭謹に上天に事奉せざれば、則ち宗廟の起火を招致し、君王は宮を出で殿を下るに宜しからず、人ありて宗廟の中に藏匿せんと図謀するがゆえなり。《海中占》にいう、歳星が鉤鈐を守れば、天下は饑饉すること三年ならん。《荊州占》にいう、歳星が鉤鈐を守り、随い後に三寸を離れれば、君王は政柄を失去し、宮門は開かず、近臣は禍乱を発動せん。
歳星犯心 五
石氏曰:“歲星近心,七寸以內,有暴貴者;不出百八十日。”《仰觀占》曰:“歲星犯心,所當之國,戰不勝;一曰將軍鬥死。”《海中占》曰:“歲星犯心天子星,王者絕嗣;犯太子,太子不利,犯庶子,庶子不利。”石氏曰:“歲星經心,清明烈照,天下內奉明王,帝必延年。”《黃帝占》曰:“歲星至心,正不失道,天下和平,軌道失綱,災變生。”《東宮候》曰:“歲犯,犯庶子星,庶子有憂,不出百八十日。”郗萌曰:“歲星不入明堂正道,其君不敬明堂;一曰不居明堂。”
心宿の三星:中央の一顆の大星は天王にして、則ち天子星なり、また明堂と称す。前の一顆は太子を主り、後の一顆は庶子を主る。分野は宋地に在り。石氏がいう、歳星が心宿に靠近して七寸以内に至れば、驟然顕貴する人ありて、一百八十日を出でずして応験せん。《仰観占》にいう、歳星が心宿を侵犯すれば、対応する分野の国は出戦して勝を得る能わず。一説には将軍の戦死を主る。《海中占》にいう、歳星が心宿の天子星を侵犯すれば、君王は嗣を絶たん。太子星を侵犯すれば、太子は利ならず。庶子星を侵犯すれば、庶子は利ならず。石氏がいう、歳星が心宿を経過して、清亮・明浄にして光照は強烈なれば、天下は皆心を帰し聖明の君王を奉戴し、皇帝は必ず延年を得ん。《黄帝占》にいう、歳星が心宿に行き到りて、端正にして常道を失わざれば、天下は和平す。若し軌道・綱紀を失えば、災異・変故は則ち発生せん。《東宮候》にいう、歳星が庶子星を侵犯すれば、庶子に憂いあり、一百八十日を出でず。郗萌がいう、歳星が明堂の正道を走らざれば、国君の明堂に對して恭敬せざるを説明す。一説には肯んじて明堂に居らざるなり。
郗萌曰:“歲星入心,天下諸侯有慶賞之事,期九十日。”《荊州占》曰:“歲星入角、守氐之心,滿二十日以上,期不出一年之中,且有立王;其所行者,無不利也;行疾,則治肅;行遲,則失職。”石氏曰:“歲星乘心北,其國旱,室廟有焚者;南出,行疾,有兵起。”石氏曰:“歲星乘心北,其國旱,室廟有焚者;南出,行疾,有兵起。”石氏曰:“歲星乘心,其國相死。”《海中占》曰:“歲星居心,多旱,五穀以旱傷。”又占曰:“歲星合心,玄色不明,有喪。”
郗萌がいう、歳星が心宿に進入せば、天下の諸侯に慶賀・賞賜の事あり、期は九十日に応ず。《荊州占》にいう、歳星が角宿に進入し・氐宿と心宿とを守候して、二十日以上に満てば、期は一年の中を出でずに応じ、まさに君王を冊立するの事あらん。およそこの時の行う所の事は、順利ならざるなからん。歳星の行くこと快ければ、政治は則ち整粛す。行くこと慢ければ、則ち官守の職を失うなり。石氏がいう、歳星が心宿の北を凌乗すれば、その分野の国は乾旱し、屋宇・宗廟に失火の者あらん。南辺より出でて行くこと快ければ、則ち兵事の興起あらん(この条の原書は重出すること一次す)。石氏またいう、歳星が心宿を凌乗すれば、その分野の国の宰相は死亡す。《海中占》にいう、歳星が心宿に居守すれば、旱多く、五穀は旱に因りて受損せん。別の一条の占辞にいう、歳星と心宿とが相合し、色沢は深黒にして明亮ならざれば、丧事あるを主る。
《齊伯五星占》曰:“歲星出入留舍心之上,春夏糴貴;秋冬平價,二十日不下;冬兵大起,負海大敗,六十日不下,天下有急令。”《春秋緯》曰:“歲星守心,天子有慶賜。”《援神契》曰:“歲星守心,年穀豐。”石氏曰:“歲星守心,王者得天心;陰陽和,天下大豐,五穀成熟,有慶賜,賢士用,皆有令德。”巫咸曰:“歲量守心,有火異。又占曰:歲星守心,萬物五穀不成,吳楚其齊倍。”
《斉伯五星占》にいう、歳星が出入・留宿して心宿の上に在れば、春夏の両季は粮価は上漲し、秋冬の両季は粮価は持平す。若し二十日離れざれば、冬に兵事は大いに起こり、海に瀕する国は大敗せん。六十日離れざれば、天下は緊急の詔令あらん。《春秋緯》にいう、歳星が心宿を守れば、天子に慶賀・賞賜あらん。《援神契》にいう、歳星が心宿を守れば、年成・穀物は豊収せん。石氏がいう、歳星が心宿を守れば、君王は天心に合し、陰陽は調和し、天下は大いに豊収し、五穀は成熟し、慶賀・賞賜あり、賢士は任用せられ、人人皆美徳あらん。巫咸がいう、歳星が心宿を守れば、火災の類の異変あらん。別の一条の占辞にいう、歳星が心宿を守れば、万物と五穀とは成らず、呉・楚の地の物価は平常に比べて倍に翻らん。
郗萌曰:“歲星守天司空,貴人多病死。又占曰:歲星守天司空,土功起。又占曰:歲星守心東,馬多死,其肉殺人;守心西,萬物不成,多飢傷;守心南,多寒熱病;守心北,牛多死,其肉殺人。”《荊州占》曰:“歲星守心,七日以上至七十二日,名曰母覆其子;陰陽和平,王者得天心,忠士皆用,四夷服,天下安。”《黃帝占》曰:“歲星逆行守心,環繞成鉤已,為大人忌之,期六月,故赦以解之。”甘氏曰:“歲星犯守心,內禮臣欲謀主,若旱,有土功;春夏糴貴,秋冬糴賤,若守之六十日不下,有急令。”
郗萌がいう、歳星が天司空の星を守れば、貴人は病死多からん。別の一条の占辞にいう、歳星が天司空を守れば、まさに土木の功を興さん。またいう、歳星が心宿の東に守れば、馬は死多く、それの肉を食らえば人を毒殺せん。心宿の西に守れば、万物は成らず、饑饉の傷多からん。心宿の南に守れば、寒熱の病多からん。心宿の北に守れば、牛は死多く、それの肉を食らえば人を毒殺せん。《荊州占》にいう、歳星が心宿を守ること七天以上より七十二日に至るを、これを「母その子を覆う」と謂い、陰陽の和平・君王の天心に合し・忠貞の士の皆任用せられ・四方の夷族の帰服し・天下の安定を主る。《黄帝占》にいう、歳星が逆行して心宿を守り、環繞・盤旋して行跡は曲がりて鉤のごときは、貴人の忌諱する所の天象にして、期は六か月に応ず、故に大赦をもって以て化解するを要す。甘氏がいう、歳星が侵犯・守候して心宿すれば、宮内の礼を掌る臣の君主を図謀せんとするを主る。あるいは旱情を主り、土木の工程あり。春夏は粮価貴く、秋冬は粮価賤し。若し守候して六十日離れざれば、緊急の詔令あらん。
石氏曰:“歲星犯乘守心,大凶。”郗萌曰:“歲星犯乘守心明堂,為大人憂,近期十月,遠期三年。”又占曰:“歲星犯乘守心明堂,為內亂,臣欲殺主,有亡國,近期一年、二年、三年,遠期二十八年。”又占曰:“歲星犯乘守太子星者,太子憂,不死則去。”又占曰:“歲星犯乘守太子星,女主勢行。”石氏曰:“歲星中犯乘太子位,太子憂;犯少子位,少子憂。”又占曰:“歲星中犯乘守心明堂,在陽為燕,在陰為外。”巫咸曰:“歲星中犯乘守心明堂,為大戰,不勝,將軍鬥死。”郗萌曰:“歲星中犯乘守心明堂,為萬民備火,近期一年,中期三年,遠期九年;一曰天下旱。”又占曰:“歲星犯乘心明堂,大臣當之。”《海中占》曰:“歲星留逆犯守乘陵心者,王宮內賊亂,臣下有謀易主者;天子權在宗家,得勢大臣。”
石氏がいう、歳星が侵犯・凌乗・守候して心宿するは、大凶なり。郗萌がいう、歳星が侵犯・凌乗・守候して心宿の明堂の大星すれば、貴人に憂いあるを主り、近きは期十か月に応じ、遠きは三年なり。別の一条の占辞にいう、歳星が侵犯・凌乗・守候して心宿の明堂すれば、内乱を主り、臣子は君主を殺さんとし、亡国の禍あり、近きは期一年・二年・三年に応じ、遠きは二十八年なり。またいう、歳星が侵犯・凌乗・守候して太子星すれば、太子に憂いあり、死せずともまた廃黜・出外せられん。またいう、歳星が侵犯・凌乗・守候して太子星すれば、女主の権勢は通行せん。石氏がいう、歳星が中間より侵犯・凌乗して太子の位すれば、太子に憂いあり。少子の位を侵犯せば、少子に憂いあり。またいう、歳星が中間より侵犯・凌乗・守候して心宿の明堂し、星が陽位に在れば燕地に応じ、陰位に在れば外邦に応ず。巫咸がいう、歳星が中間より侵犯・凌乗・守候して心宿の明堂すれば、大戦ありて勝を得る能わざるを主り、将軍は戦死せん。郗萌がいう、歳星が中間より侵犯・凌乗・守候して心宿の明堂すれば、万民は火災に防備するを要し、近きは期一年に応じ、中は三年、遠きは九年なり。一説には天下の大旱を主る。またいう、歳星が侵犯・凌乗して心宿の明堂すれば、大臣の身に応ず。《海中占》にいう、歳星が留止・逆行・侵犯・守候・凌乗・欺陵して心宿すれば、王宮の内に奸賊ありて乱を作すを主り、臣下に君主を更換せんと図謀する者あり。天子の権柄は宗室の家と勢を得たる大臣との手裏に落つるを主る。
歳星犯尾 六
石氏曰:“歲星入尾,天下諸侯有慶賀之事,期九十日。”巫咸曰:“歲星入尾,王者賜後宮,立太子;若后族有升顯者,不出百八十日。”《東官侯》曰:“歲星入尾,妄為嫡臣,專政賣權,災為起。”郗萌曰:“歲星逆行而宿尾,天子淫佚。”又占曰:“歲星處尾旁,旱、水。”又占曰:“歲星舍尾處,其東冬龍馬多死;處其北,牛多死,肉殺人;處其西,傷谷,處其南,民多寒熱,政急。”
尾宿の九星は蒼龍の尾にして、後宮の嬪妃を主り、分野は燕地に在り。石氏がいう、歳星が尾宿に進入せば、天下の諸侯に慶賀の事あり、期は九十日に応ず。巫咸がいう、歳星が尾宿に進入せば、君王は後宮を賞賜し、太子を冊立せん。あるいは后妃の族人の中に昇遷・顕貴ある者ありて、一百八十日を出でざらん。《東官侯》にいう、歳星が尾宿に進入せば、僭妄にして自ら嫡子の位に居る臣子ありて、朝政を專擅し・権柄を出賣し、災禍は此より起こらん。郗萌がいう、歳星が逆行して尾宿に止宿すれば、天子の淫逸・放縦を主る。別の一条の占辞にいう、歳星が尾宿の近旁に停まれば、旱を主りあるいは水を主る。またいう、歳星が尾宿に止舍してその東辺に停まれば、冬に龍馬は死多からん。その北辺に停まれば、牛は死多く、肉を食らえば人を毒殺せん。その西辺に停まれば、穀物は受損せん。その南辺に停まれば、百姓は寒熱を患うる多く、政令は急迫せん。
《海中占》曰:“歲星出入留舍尾,五十日不下,天下一國有大臣亡者。”《齊伯五星占》曰:“歲星出入留舍尾,尾者,燕之星也;其國則以義致天下,三十日不下,大亂。”《河圖》曰:“歲星守尾三十日,有反逆殺上者,兵起車馳。”甘氏曰:“歲星守尾,人民為變,大臣作亂,有反逆,從大將家起;若中有讒諛臣,期二十日,若卿當之。”又占曰:“歲星守尾,谷大貴,人民歸食。”又占曰:“歲星守尾三十日,王者立貴后夫人,若生太子,欲封寵后族。”
《海中占》にいう、歳星が出入・留宿して尾宿に在り、五十日離れざれば、天下に一個の国家の大臣ありてまさに死亡せんとす。《斉伯五星占》にいう、歳星が出入・留宿して尾宿に在れば——尾宿は燕地の分野の星なり——その国は能く道義をもって天下を帰附せしめん。若し三十日離れざれば、則ち大乱あらん。《河図》にいう、歳星が尾宿を守ること三十日なれば、反叛・上を弑する人あり、兵事は興起し、兵車は奔馳せん。甘氏がいう、歳星が尾宿を守れば、百姓は変を生じ、大臣は乱を作し、反叛の事ありて大将の家より発起せん。若し朝中に讒を進み諂諛する臣子あれば、期は二十日に応じ、あるいは公卿の身に応ず。別の一条の占辞にいう、歳星が尾宿を守れば、穀価は大いに漲り、百姓は他処に奔投して食を求めん。またいう、歳星が尾宿を守ること三十日なれば、君王は尊貴の后妃・夫人を冊立し、あるいは太子を生み下ろし、后妃の族人を封賞・寵幸せんと欲せん。
郗萌曰:“歲星守尾,為用事者當之,天下牢開,大赦。”巫咸曰:“歲星守尾,旱。”郗萌曰:“歲星守尾,成鉤已,夫人女君死亡。”《玄冥占》曰:“歲星守尾,王者賜後宮,立太子。”甘氏曰:“歲星入尾而守之,人主以嬪為後,政在臣下,期四十日。”郗萌曰:“歲星犯守尾,為女主,夫人、妃后惡之。”又占曰:“歲星留逆犯守乘陵尾,皇后有珠玉簪珥惑天子者,誣讒大起;后相貴臣誅,宮人出走,兵起宮門。”
郗萌がいう、歳星が尾宿を守れば、権を当て事を用うる人の身に応じ、天下の牢獄は開釋し、大赦を実行せん。巫咸がいう、歳星が尾宿を守れば、旱を主る。郗萌がいう、歳星が尾宿を守りて行跡が曲がりて鉤のごときは、夫人・女君の死亡を主る。《玄冥占》にいう、歳星が尾宿を守れば、君王は後宮を賞賜し、太子を冊立せん。甘氏がいう、歳星が尾宿に進入して併せて守候して去らざれば、人君は嬪妃を立てて皇后と為し、政柄は臣下の手中に落ち、期は四十日に応ず。郗萌がいう、歳星が侵犯・守候して尾宿すれば、女主の身に応じ、夫人・妃后は皆この種の天象を厭惡せん。別の一条の占辞にいう、歳星が留止・逆行・侵犯・守候・凌乗・欺陵して尾宿すれば、皇后の珠玉・簪珥の飾をもって天子を迷惑し・誣告・讒言の大いに起こるを主る。此より後宰相と貴臣とは誅せられ、宮人は出逃し、兵禍は宮門の内に発生せん。
歳星犯箕 七
《春秋緯》曰:“歲星犯箕中,天下大亂,兵大起。”郗萌曰:“歲星犯箕,女主宮人有憂。”郗萌曰:“歲星犯箕,為天下大赦。”石氏曰:“歲星入箕,天下大成,其中有一星,民莫處其室養者,星在箕南,旱;在北,有水;箕踵者,歲熟。”巫咸曰:“歲星入箕中,伺其出日而數之,皆如期二十日,兵發,伺始入處數之,率一日,期十日,軍罷。”
箕宿の四星は形は簸箕のごとく、風を主り、また口舌を主り、分野は燕地に在り。《春秋緯》にいう、歳星が箕宿の中を侵犯すれば、天下は大乱し、兵事は大いに起こらん。郗萌がいう、歳星が箕宿を侵犯すれば、女主と宮人とに憂いあらん。郗萌またいう、歳星が箕宿を侵犯すれば、天下の大赦を主る。石氏がいう、歳星が箕宿に進入せば、天下は大いに収成あらん。箕宿の中に別に一星あり、百姓の人も安居して室に在るなく・以て生を養う無きを主る。星が箕宿の南に在れば、旱を主る。箕宿の北に在れば、水を主る。箕踵(箕口の後跟の処)に在れば、年成の豊熟を主る。巫咸がいう、歳星が箕宿の中に進入し、それの出づる日を守候して計数すれば、皆二十日を期と為し、兵事は発動せん。再びそれの最初の進入の処より起算して、大約して一日にして、十日を期と為せば、軍隊は解散せん。
郗萌曰:“歲星入箕,糴價三倍。”又占曰:“歲星入箕,中行病,宮中有口舌相讒事,期五十日,若百二十日。”《荊州占》曰:“歲星入箕,盜大起,多鬥死者,歲不熟。”石氏曰:“歲星出箕,谷大貴,天下大旱,飢死過半。”郗萌曰:“歲星逆行,入箕中,其君淫佚。”《春秋圖》曰:“歲星之箕,年多風。”郗萌曰:“歲星出入留舍箕,箕者,燕之星也,歲星守之,其國以武致天下;六十日不下,其燕且有為致天下也。又曰:歲星居箕,多旱。”
郗萌がいう、歳星が箕宿に進入せば、粮価は三倍に漲らん。別の一条の占辞にいう、歳星が箕宿に進入し、宿中に行き到れば疾病を主り、宮中に口舌・相讒の事あり、期は五十日に応じ、あるいは一百二十日なり。《荊州占》にいう、歳星が箕宿に進入せば、盗賊は大いに起こり、闘毆して致死する人多く、年成は好からざらん。石氏がいう、歳星が箕宿より出づれば、穀価は大いに漲り、天下は大いに旱し、餓死する人は半を超えん。郗萌がいう、歳星が逆行して箕宿の中に進入せば、その国の君は淫逸・放縦せん。《春秋図》にいう、歳星が箕宿に行き到れば、この一年は風多からん。郗萌がいう、歳星が出入・留宿して箕宿に在れば——箕宿は燕地の分野の星なり——歳星がそれを守候せば、その国は能く武力をもって天下を帰附せしめん。若し六十日離れざれば、燕地はまさに作為ありて天下を取得せんとす。またいう、歳星が箕宿に居守せば、旱多からん。
《春秋緯》曰:“歲星守天司空,歲水。”甘氏曰:“歲星守箕,多惡風,有旱災,其國大飢,人相食。”郗萌曰:“歲星守箕東,歲熟;南,小穰熟;北,大穰;西,飢。”郗萌曰:“歲星守箕,貴人多死病。”又占曰:“歲星守箕,為其歲水。”又占曰:“歲星守箕,則多土功。”又占曰:“歲星守司空,大臣衛守。”《東官候》曰:“負星留守箕七日以上,去之七尺以內,貴女有尊進者。”
《春秋緯》にいう、歳星が天司空の星を守れば、この一年に水患あらん。甘氏がいう、歳星が箕宿を守れば、悪風多く、また旱災あり、その分野の国は大いに饑饉し、人は人を食らわん。郗萌がいう、歳星が箕宿の東に守れば、年成は豊熟す。南辺に守れば、略しく豊収あり。北辺に守れば、大いに豊収す。西辺に守れば、則ち饑饉せん。郗萌またいう、歳星が箕宿を守れば、貴人は病に因りて死する多からん。別の一条の占辞にいう、歳星が箕宿を守れば、この一年に水患あらん。またいう、歳星が箕宿を守れば、土木の工程多からん。またいう、歳星が天司空の星を守れば、大臣はまさに宿衛・守護の職を担任せんとす。《東官候》にいう、歳星(原文は「負星」と作る)が箕宿に留守して七天以上にして、離れる時に七尺以内なれば、貴族の女子の尊崇・進用を得るあるを主る。
開元占經 卷二十五
歳星占 三
歳星犯北方七宿
歳星犯南斗 一
石氏曰:“歲星犯南斗,為赦。”《北官候》曰:“歲星逆行,犯南斗,其君賞賜非其人。”《海中占》曰:“歲星入南斗中,死者甚眾。”郗萌曰:“歲星入志南斗,天下受爵祿,近期六十日,遠期百二十日。”《荊州占》曰:“歲星入南斗中,水不可當。”陳卓曰:“歲星入南斗魁中,有殃。一曰歲旱,一曰斗為宰相,歲星入斗二十日以上,卿相有憂,太后惡之。又曰:逆行入斗中,必有亡國死王。”
南斗の六星は北方の玄武七宿の首にして、爵禄を主り、また宰相を主り、分野は呉越に在り。石氏がいう、歳星が南斗を侵犯せば、赦免を主る。《北官候》にいう、歳星が逆行して南斗を侵犯せば、その君主は賞賜すべからざる人を賞賜せり。《海中占》にいう、歳星が南斗の中に進入せば、死する人は甚だ多からん。郗萌がいう、歳星が南斗に進入せば、天下に人ありて爵位・俸禄を接受し、近きは期六十日に応じ、遠きは一百二十日なり。《荊州占》にいう、歳星が南斗の中に進入せば、水勢は大にして抵当する能わざらん。陳卓がいう、歳星が南斗の魁星の中に進入せば、災殃あらん。一説にはこの一年の乾旱を主る。一説には南斗は宰相を象徴し、歳星が斗に入ること二十日以上なれば、公卿・宰相に憂いあり、太后はこの種の天象を厭惡せん。またいう、歳星が逆行して斗中に進入せば、必ず国家の滅亡・君王の身死あらん。
《北官候》曰:“歲入南斗,必有受祿增爵者。”石氏曰:“歲星經南斗,吳國稻梁大熟。”《春秋緯》曰:“歲星入南斗,五穀絲麻價平。”《海中占》曰:“歲星居南斗,五穀以旱傷。”郗萌曰:“歲星居南斗,河戍間道不通。又曰:歲星處南斗北,不利兒子;處斗西,歲多飢傷,民多死;處斗南,多病寒熱。
《北官候》にいう、歳星が南斗に進入せば、必ず人ありて俸禄を得・爵位を増加せん。石氏がいう、歳星が南斗を経過せば、呉地の稲と粱とは大いに豊収せん。《春秋緯》にいう、歳星が南斗に進入せば、五穀と絲麻との価銭は平穏ならん。《海中占》にいう、歳星が南斗に居守せば、五穀は旱に因りて受損せん。郗萌がいう、歳星が南斗に居守せば、河戍(南斗の附近の星、河梁・関隘を主る)の間の道路は通ぜざらん。またいう、歳星が南斗の北に停まれば、子嗣に利あらざらん。南斗の西に停まれば、この一年は饑饉・損傷多く、百姓は死多からん。南斗の南に停まれば、寒熱の疾多からん。
又曰:歲星處南斗北,歲早水、晚旱。”《北官候》曰:“歲星處南斗西,虎狼入國;一曰民多死;處南斗南,多亡狗。”郗萌曰:“歲星年南斗,旗不用,眾有天下。”《荊州占》曰:“曰:“歲星入南斗二十日以上,至二百四十日,主者用德,忠臣升位。”
またいう、歳星が南斗の北辺に停まれば、この一年は前期は水多く・後期は旱に転ぜん。《北官候》にいう、歳星が南斗の西辺に停まれば、虎狼は国境に闖入せんとす。別の一説には百姓の死亡の甚だ多きなり。南斗の南辺に停まれば、走失する狗多からん。郗萌がいう、歳星が南斗に臨めば(「年」は当に「在」の形訛ならん)、軍旗は動かすを用いず、人心を得る一方は天下を擁有する可し。《荊州占》にいう、歳星が南斗に進入すること二十日以上、一直して二百四十日に至れば、執政する人は徳政を施行し、忠臣は提拔を得ん。南斗の六星は天官の中にて爵禄・寿数と宰輔の位とを主り、分野は呉越に属す、故にこの一宿の占語は多く朝廷の用人と年景の水旱とに囲繞して謂う。
郗萌曰:“歲星舍南斗,處其北,牛多死,其肉殺人;處其東,馬多死。又曰:歲星出入留舍南斗,六十日不下,天下大流亡;退而守之,其國有兵,客大破。”《考異郵》曰:“歲星守南斗,君臣乖倍。”石氏曰:“歲星守南斗魁,失道者死。又曰:歲星守南斗,天下大飢,人相食。”《荊州占》曰:“歲星守財斗,君臣俱明,天下更年,五禮更興。”
郗萌がいう、歳星が南斗に入宿して斗宿の北側に偏せば、牛は大批に死亡し、牛肉は還って人を毒殺する能し。斗宿の東側に偏せば、馬は大批に死亡せん。またいう、歳星が南斗の一帯に出没・停留・入宿して、六十日も還って離れざれば、天下は大批の流亡を出現せんとす。若しそれが退行して南斗を「守」れば、あの分野の国家に戦事あり、来犯の客軍は打たれて大敗せん。《考異郵》にいう、歳星が南斗を守れば、君臣の間は乖違・背離せん。石氏がいう、歳星が斗魁を守住すれば、則ち南斗の前のあの幾顆の斗形を構成する星にして、正道に背离する人は命を送らんとす。またいう、歳星が南斗を守れば、天下は大いに饑饉し、人は人を食らうに至らん。《荊州占》にいう、歳星が南斗を守れば(原文は「財斗」と作る、「財」は「南」の訛字なり)、君と臣とは皆清明にして、天下は元を改め紀を易え、吉・凶・軍・賓・嘉の五种の礼制は重ねて振興せん。
《感精符》曰:“歲星逆行入南斗,守魁中,大臣國相逆,天下叛離,不同心,君臣不和;順行而守南斗,既去而復還,居之不久,易其色,常光明,天下同心,君臣和義。”《北官候》曰:“歲星逆行,守南斗,其國且有兵;一曰有軍來者;一曰客軍大敗。”郗萌曰:“歲星舍木,退而守南斗,其國且有兵,客軍大敗。”(牽牛為木星也。)巫咸曰:“歲星入南斗者,留守斗所守之國,當誅。”《春秋圖》曰:“歲星犯南斗而守之,大臣逆謀,其國有兵,年大飢,人相食,歲大惡。”郗萌曰:“歲星犯南斗,百日兵用,大臣死。”陳卓曰:“歲星犯守南斗,有赦。”
《感精符》にいう、歳星が逆行して南斗に進入し、斗魁の中に守れば、大臣と国相とは悖逆の心を懐き、天下は離叛し、人心は斉ならず、君臣は和を失わん。若是れ順行して南斗を守り、離れの以後また折り返り来りて、停留すること久しからず、星の色は変換して常に光明を保てば、則ちそれは天下の同心・君臣の和睦・義を守るの徴象なり。《北官候》にいう、歳星が逆行して南斗を守れば、あの国家はまさに戦事あらん。別の一説には軍隊の開来するあり。還って一説には来犯の客軍の大敗するなり。郗萌がいう、歳星が木に属する星位に入宿し、退行して南斗を守れば、あの国家はまさに戦事あり、客軍は大敗せん。原書小注にいう、牽牛は則ち木星の属する位次なり。巫咸がいう、歳星が南斗に進入し、停留・守候せば、斗宿の主るあの国家は当に誅を受くべし。《春秋図》にいう、歳星が南斗を侵犯して併せてそれを守住せば、大臣は叛逆を図謀し、あの国家に戦事あり、当年は大いに饑饉し、人は人を食らい、年景は極めて壞れん。郗萌がいう、歳星が南斗を犯せば、一百日の内に兵革を動用し、大臣は死亡せん。陳卓がいう、歳星が侵犯して併せて南斗を守住せば、赦令あらん。
歳星犯牽牛 二
郗萌曰:“歲星入牽牛,為天下牛車有行。”又曰:“歲星入牽牛,諸侯有失期者。”《荊州占》曰:“歲星入牽牛,歲多水,虎狼害人,民人凍死,臣謀其主,民飢;貴人多死,小兒多死。”石氏曰:“歲星行牽牛,越貢獻金銀。”郗萌曰:“歲星逆行牽牛,其君不愛親戚。”《春秋圖》曰:“歲星之牽牛、筋、皮,革大貴。”《玉曆》曰:“歲星之牽牛,歲水,民飢,有自賣者。”
郗萌がいう、歳星が牽牛に進入せば、天下の牛車は皆奔走・出行せん。またいう、歳星が牽牛に進入せば、諸侯の裏に人ありて朝會の期限を誤らん。《荊州占》にいう、歳星が牽牛に進入せば、この一年は水患多く、虎狼は人を傷つけ、百姓は凍死せられ、臣下は君主を図謀し、民衆は餓に挨がん。顕貴の人は死多く、小孩子は死多からん。石氏がいう、歳星が牽牛を経行せば、越地は朝廷に金銀を進貢せん。郗萌がいう、歳星が牽牛にて逆行せば、あの君主は親族を愛護せざるなり。《春秋図》にいう、歳星が牽牛に到れば、筋・皮・革の一類の貨物の価格は暴漲せん。《玉暦》にいう、歳星が牽牛に到れば、この一年は水を発し、百姓は饑饉し、人ありて身を賣りて活を求めん。牽牛の一宿は天官の中にて関卡・橋梁・犠牲・祭品と牛馬の牲畜とを主り、分野は呉越に属す、故に占語は多く牛車・皮革・水旱と関梁の事とを謂う。
郗萌曰:“歲星乘牽牛,為天下有大水。”郗萌曰:“歲星乘牽牛,為人相棄於道。”又占曰:“歲星居牽牛,多旱;一曰居牽牛南三尺,旱。”《海中占》曰:“歲星舍牽牛,殺虎、狼入國,一曰守牛西,虎狼多入邑中者。”
郗萌がいう、歳星が牽牛を凌乗せば、天下はまさに大水を発せんとす。郗萌またいう、歳星が牽牛を凌乗せば、親人の道路に相棄てるの惨状を出現せん。別の一条の占語にいう、歳星が牽牛に居止せば、旱多からん。別の一説には牽牛以南の三尺の処に居るは、旱を主る。《海中占》にいう、歳星が牽牛に入宿せば、粛殺の気は虎狼に随いて国境に進入せん。別の一説には牛宿の西側に守るは、虎狼は大量に城邑の中に竄入せん。「乗」は自ら上より凌壓し、「居」はその位に停駐し、「舍」はその中に入宿す、三者は軽重に別あり、故に応験も各々相同じからず。
郗萌曰:“歲星出入留舍牽牛,三十日不下,天下大臣且有死者,致天斧鉞之中;九十日不下,大將出,客兵來,期不出三年。”《孝經章句》曰:“歲星守天關,在其北,民流死;在西,民以風災死,若虎狼入國;在其南,狗多狂、亡;在其東,不利嬰兒。”
郗萌がいう、歳星が牽牛に出没・停留・入宿して、三十日も還って離れざれば、天下の大臣はまさに死亡するあらん、刑戮・斧鉞の下に落ちん。九十日も還って離れざれば、大将は出征し、客軍は来犯し、期は三年を出でずに応ず。《孝経章句》にいう、歳星が天関を守れば——牽牛はまた天関と謂い、関卡・橋梁を主る——その北側に偏せば、百姓は流離して死せん。西側に偏せば、百姓は風災に因りて死し、あるいは虎狼は国境に闖入せん。その南側に偏せば、狗は発狂多く・走失多からん。その東側に偏せば、嬰児に利あらざるなり。
石氏曰:“歲星守牽牛,三十日至九十日,天下和平,道德明,四夷朝中國。”又曰:“歲星守牽牛,農人死於野,陰陽不和。”巫咸曰:“歲星守牽牛,馬、五穀多傷。”《海中占》曰:“歲星守牽牛,臣謀君,糴貴,三月乃復。”郗萌曰:“歲量守牽牛,為穀貴。”又曰:“歲星守牽牛東,春牛大癘;一曰居南,夏牛大癘。”
石氏がいう、歳星が牽牛を守ること三十日より九十日に至れば、天下は太平し、道徳は昌明し、四方の夷狄は皆来りて中国を朝拜せん。またいう、歳星が牽牛を守れば、農夫は田野に倒斃し、陰陽の二気は失調せん。巫咸がいう、歳星が牽牛を守れば、馬匹と五穀とは受損多からん。《海中占》にいう、歳星が牽牛を守れば、臣下は君主を図謀し、粮を買うの価銭は上漲し、三か月の後に始めて回復せん。郗萌がいう、歳星(原文は「歳量」と作る、「量」は「星」の訛字なり)が牽牛を守れば、穀価は昂貴せん。またいう、歳星が牛宿の東側に守れば、春に牛群は大疫す。別の一説には南側に居るは、夏に牛群は大疫す。
陳卓曰:“歲星守牽牛南,五穀以水傷;守牛東,萬物不成,饑民流亡,六畜若牛多死病,大臣有謀事;守牛北,民寒凍死;守牛西,地氣發洩,歲多水。”《文曜鉤》曰:“歲星犯守牽牛,大臣謀其主,大人有戮死者,火犯眾火宮,火大起,道路不通。”甘氏曰:“歲星犯牽牛,留守之,為破軍殺將。”陳卓曰:“歲星犯牽牛,貴人多喪,諸侯失明。”
陳卓がいう、歳星が牛宿の南側に守れば、五穀は水に淹壊せられん。牛宿の東側に守れば、万物は長成せず、饑民は流亡し、六畜は特に牛は大量に病死し、大臣に陰謀の事あらん。牛宿の北側に守れば、百姓は寒を受け凍死せん。牛宿の西側に守れば、地気は外泄し、この一年は水多からん。《文曜鈎》にいう、歳星が侵犯して併せて牽牛を守住せば、大臣は君主を図謀し、権貴は殺戮せらるる者あらん。若し火星がさらに衆火の宮を侵犯せば、則ち大いに火災を起こし、道路は阻断して通ぜざらん。甘氏がいう、歳星が牽牛を侵犯して又々停留・守候せば、軍隊の撃破せられ・将領の斬殺せらるるを主る。陳卓がいう、歳星が牽牛を犯せば、貴人は丧事多く、諸侯は明察の能を失去せん。
歳星犯須女 三
甘氏曰:“歲星入須女,有進美女者,大人有慶;若有女喜,立后,拜太子,期三十日;若九十日,宮人有受賜者。”《北官候》曰:“歲星入須女,諸侯有賀天子以美女,期三十日,若九十日。”石氏曰:“歲星須女,越貢獻金銀。”郗萌曰:“歲星居須女,宮中有水災,一日五穀有水傷。”《玄冥占》曰:“歲星居須女,歲多水。”《荊州占》曰:“歲星留須女二十日,布帛大貴,期四十日。”巫咸曰:“歲星宿須女而逆行,其君不務農桑令。”
甘氏がいう、歳星が須女に進入せば、人ありて美女を進献し、尊貴の人に喜慶あらん。あるいは女子の方面の喜事ありて、皇后を冊立し・太子を冊封し、期は三十日に応ず。若し九十日に到れば、宮人の中に賞賜を受くる者あらん。《北官候》にいう、歳星が須女に進入せば、諸侯は美女を用いて天子に道賀し、期は三十日に応じ、あるいは九十日なり。石氏がいう、歳星が須女に到れば、越地は金銀を進貢せん。郗萌がいう、歳星が須女に居止せば、宮中は水災を発生し、別の一説には五穀は水に淹壊せらるるなり。《玄冥占》にいう、歳星が須女に居止せば、この一年は水多からん。《荊州占》にいう、歳星が須女にて停留すること二十日なれば、布帛の価格は暴漲し、期は四十日に応ず。巫咸がいう、歳星が須女に入宿して又々逆行せば、あの君主は肯んじて力を尽くして農を勧め桑を勧むの政令を推行せざるなり。須女は則ち女宿にして、布帛の裁制・嫁娶・婚配と織作の事とを主り、故にこの一宿の占辞は多く后妃・女工と布帛の貴賤とを講ず。
《黃帝占》曰:“歲星出入留舍須女,而守犯至三十日不下,小有有慶;五十日不下,更立侯王;六十日不下,兵起於野,冬入在春也。”郗萌曰:“歲星出入留舍須女,不出二年,天下用兵。”《黃帝占》曰:“歲星守須女,糴石三百,民有自賣者。”《春秋圖》曰:“歲星守須女,絲麻大貴。”石氏曰:“歲星守須女,國邑飢;一曰有喪,一曰大水,且主有女喪。”
《黄帝占》にいう、歳星が須女に出没・停留・入宿して、侵犯・守候して三十日に到りて還って離れざれば、小さく喜慶あり。五十日も還って離れざれば、別に侯王を立てん。六十日も還って離れざれば、郊野は戦事を興起せん——若是れ冬に進入したるは、応験は則ち来年の春に落つ。郗萌がいう、歳星が須女に出没・停留・入宿せば、二年を出でずして、天下は兵を動かさん。《黄帝占》にいう、歳星が須女を守れば、米価は一石三百銭に漲り、百姓に身を賣りて活を求むる者あらん。《春秋図》にいう、歳星が須女を守れば、絲と麻とは価格暴漲せん。石氏がいう、歳星が須女を守れば、国都・城邑は饑饉を鬧かさん。別の一説には丧事あり、還って一説には大水を発し、而且して君主はまさに女眷の丧に遭遇せんとす。
郗萌曰:“歲星舍須女東,不利兒子;舍其南,多亡狗,狗多嗥;舍其西,虎狼入邑,民多風雷死;舍其北,多寒凍死;一曰多鼠。”巫咸曰:“歲星守須女,三日以上至二十日,去之一尺(《荊州占》曰:“去之三尺。”)以外,王者欲發財寶;若發女工伎,不出七十日。”
郗萌がいう、歳星が女宿の東側に入宿せば、子女に利あらず。南側に入宿せば、走失する狗多く、狗は常に夜嗥せん。西側に入宿せば、虎狼は城邑に竄入し、百姓は風雷に打ち死せらるる多からん。北側に入宿せば、寒を受けて凍死する多からん。別の一説には老鼠の災と為るなり。巫咸がいう、歳星が須女を守ること三天以上より二十日に至り、女宿と相距ること一尺(原書小注に《荊州占》を引いて「相距ること三尺」と作る)以外なれば、帝王はまさに庫蔵の財宝を開発せんとす。あるいはまさに女紅の技芸に擅長する人を徴調せんとし、七十日を出でずして則ち応験せん。
巫咸曰:“歲星守須女,為萬物不成。又曰:歲星守須女,寡婦多死;一曰大人有慶。”《海中占》曰:“歲星守須女,有嫁娶布帛之事。”郗萌曰:“歲星守須女,為后夫人有變;一曰妾為主。”又曰:“歲星守須女,谷不成熟。”《玄冥占》曰:“歲星守須女,國大飢。”陳卓曰:“歲星逆行,留犯守陵女,天子及大臣有疾,女有奇政令。”
巫咸がいう、歳星が須女を守れば、万物は長成せざらん。またいう、歳星が須女を守れば、寡婦は死亡多からん。別の一説には尊貴の人に喜慶あるなり。《海中占》にいう、歳星が須女を守れば、嫁娶と布帛との方面の事あらん。郗萌がいう、歳星が須女を守れば、皇后・夫人の地位はまさに変故を生ぜんとす。別の一説には姫妾が正室の位を奪うなり。またいう、歳星が須女を守れば、穀物は成熟する能わざらん。《玄冥占》にいう、歳星が須女を守れば、国中は大いに饑饉せん。陳卓がいう、歳星が逆行し、停留・侵犯して併せて須女(原文は「陵女」と作る、これ「須女」の訛字なり)を守住せば、天子と大臣とは病あり、女子のあの一辺は反常の政令を出さんとす。
歳星犯虚 四
甘氏曰:“歲星入虛,天下大虛。”巫咸曰:“歲星入虛中,伺其出日而數之,二十日皆為兵發,伺始入處之率,一曰期十日,軍罷。”郗萌曰:“歲星入虛,為天下大亂,政急,大人憂,有德令。”《荊州占》曰:“歲星入虛,百二十日以上,有功臣封立侯國,邑其犯乘,守其東西南北,宰相有重誅者,必有德令。”
甘氏がいう、歳星が虚宿に進入せば、天下は空虚・匱乏せん。巫咸がいう、歳星が虚宿の中に進入し、それの出づるあの日より起算して、二十日の上は皆兵を興すを主る。再びそれの当初の進入の位置に照らして推せば、別の一説には期十日に応じて軍隊は解散す。郗萌がいう、歳星が虚宿に進入せば、天下は大乱し、政令は苛急にして、尊貴の人に憂患あり、随い後に恩を施すの徳令を頒下せん。《荊州占》にいう、歳星が虚宿に進入すること一百二十日以上なれば、功ある臣は侯を封じ国を建て・食邑を賜うの賞賜を得ん。若しそれが侵犯・凌乗し、あるいは虚宿の東西南北のいずれかの一側に守れば、宰相の中に重刑・誅戮に遭う者あり、続いて必ず徳令を頒下せん。虚宿は天官の中にて宗廟の祭祀・哭泣・丧事と虚耗とを主り、分野は斉地に属す、故にこの一宿の占語は多く丧服・宗廟と饑饉とを謂う。
郗萌曰:“歲星逆行虛,其君簡祭祀。”石氏曰:“歲星經虛,齊國多美女。”《春秋圖》曰:“歲星之虛,五穀大熟。”郗萌曰:“歲星居虛,歲多水,五穀以水傷。又曰:歲星出入舍虛,一歲乃下,更元年。”《齊伯五星占》曰:“歲星出入留舍虛,十日不下天下苦。”
郗萌がいう、歳星が虚宿にて逆行せば、あの君主は祭祀に對して怠慢・簡略なり。石氏がいう、歳星が虚宿を経行せば、斉地は美女を多出す——虚宿の分野は正しく斉国なり。《春秋図》にいう、歳星が虚宿に到れば、五穀は大いに熟せん。郗萌がいう、歳星が虚宿に居止せば、この一年は水多く、五穀は水に淹壊せられん。またいう、歳星が虚宿に出没・入宿して、整整と一年を過ぎて始めて離れば、元を改め年号を換えんとす。《斉伯五星占》にいう、歳星が虚宿に出没・停留・入宿して、十日も還って離れざれば、天下は苦しみを受けん。
《孝經章句》曰:“歲星守虛,在東,民多暴死;守其北,不占;在其西,其歲少雨;在其南,王者宮中有憂;宰相之家坐,棄市。”石氏曰:“歲星守虛,七日以上,盡三十日,王者起宗廟,修陵,家有白衣之會,不出九十日。”甘氏曰:“歲星失色守虛,天子改服,不出六十日。”
《孝経章句》にいう、歳星が虚宿を守りて東側に偏せば、百姓は暴死多からん。北側に守れば、占断を作さず。西側に偏せば、この一年は雨水は稀少なり。南側に偏せば、帝王の宮中に憂患あり、宰相の家は罪を獲て、処死せられ屍を棄てて市に在らん。石氏がいう、歳星が虚宿を守ること七天以上より三十日に至れば、帝王はまさに宗廟を興建し・陵墓を修治し、家に丧服を穿くの聚會あり、九十日を出でずして応験せん。甘氏がいう、歳星が正常の光色を失いて虚宿を守れば、天子はまさに丧服を改換せんとし、六十日を出でずして応験せん。
郗萌曰:“歲星守虛,天下兵大起。又曰:歲星守虛,君將離散,其卒多死亡。”又曰:“歲星守虛,食貴,民自賣。”又曰:“歲星守虛,三月以上,有裂土受爵者。”巫咸曰:“歲星入虛,留守之二十日不下,有立諸侯;六十日不下,國有死亡;百日不下,改年號,大臣戮死,期二年。”
郗萌がいう、歳星が虚宿を守れば、天下は大挙して兵を興さん。またいう、歳星が虚宿を守れば、君主と将帥とは心を離れ徳を離れ、士卒は大量に死亡せん。またいう、歳星が虚宿を守れば、粮食は昂貴し、百姓は身を賣りて活を求めん。またいう、歳星が虚宿を守ること三か月以上なれば、地を割き爵を受くる人あらん。巫咸がいう、歳星が虚宿に進入し、停留・守候して二十日も還って離れざれば、諸侯を冊立せんとす。六十日も還って離れざれば、国中に死丧あらん。一百日も還って離れざれば、年号を改換し、大臣は殺され、期は两年に応ず。いわゆる「裂土受爵」は、郡県の地を分割して功臣を封賞するを謂う。虚宿はもと虚耗と丧哭とを主り、故に歳星の守ること愈々久しければ、応験は則ち冊封より死丧と改元とに転向し、日数は愈々長ければ、災変は愈々重し。
《海中占》曰:“歲星犯虛而守之,王者以凶改服,有白衣之會,不出六十日,天下飢;又民流千里,君臣離散。”(《宋書天文志》曰:惡惠帝永寧元年七月,歲星守虛、危,二年十二月,成都河間長沙王乂討齊王冏,交戰攻焚宮闕,冏兵敗夷滅,乂殺其兄上將軍蹇以下二十餘人,大安二年,成都改長沙,於是公私飢困,百姓力屈。)
《海中占》にいう、歳星が虚宿を侵犯して併せてそれを守住せば、帝王は凶事に因りて丧服を改換し、丧服を穿くの聚會あり、六十日を出でずして、天下は饑饉を鬧かさん。還って百姓の千里に流亡し・君臣の離散するの局面を出現せん。原書小注に《宋書・天文志》を引いていう、晋の恵帝・永寧元年七月、歳星は虚・危の二宿を守れり。二年十二月、成都王・河間王と長沙王・司馬乂とは斉王・司馬冏を討伐し、交戦の中に宮闕を焚燒し、司馬冏は兵敗れて族を滅せられ、司馬乂はその兄・上将軍・司馬蹇以下二十余人を殺せり。太安二年、成都王はまた転じて長沙王を攻打し、ここにおいて公家・私家は皆飢困に陷入し、百姓は力尽き財竭せり、と。
歳星犯危 五
郗萌曰:“歲星入危,政在臣下,期在四十日中。”《荊州占》曰:“歲星入危,三月以上,有受爵土者。又曰:歲星入危,天下大亂,若賊臣起。”《春秋圖》曰:“歲星之危,民不寧處。”石氏曰:“歲星舍色南,雨血膏王室。”郗萌曰:“歲星出入留舍危,六十日不下,國君死之。”
郗萌がいう、歳星が危宿に進入せば、政柄は臣下の手裏に落ち、期は四十日の内に在りて応ず。《荊州占》にいう、歳星が危宿に進入すること三か月以上なれば、人ありて爵位と土地とを封ぜられん。またいう、歳星が危宿に進入せば、天下は大乱し、あるいは乱臣ありて乱を作さん。《春秋図》にいう、歳星が危宿に到れば、百姓は安居を得ざらん。石氏がいう、歳星が危宿の南側に入宿せば(原文「色」は「危」の訛字なり)、天上は血雨を落下し、王室を沾汚せん。郗萌がいう、歳星が危宿に出没・停留・入宿して、六十日も還って離れざれば、国君はまさに此に因りて死せんとす。危宿は天官の中にて屋宇・宮室と土木の営造とを主り、また墳墓・哭泣を主り、分野は斉地に属す、故にこの一宿の占辞は多く土功と丧哭とを講ず。
石氏曰:“歲星守危,三月;若二十日,諸侯兵起。”甘氏曰:“歲星守危,立諸侯,天子更宮室,民多土功,若有哭泣事。”又曰:“歲星守危,民不寧。”巫咸曰:“歲星守危,徭役煩,賦斂眾,下屈竭,莫能俱不,惡其上,強凌弱,兵起。”又曰:“歲星守危,為多盜賊,人民相惡。”
石氏がいう、歳星が危宿を守ること三か月、あるいはただ二十日なれば、諸侯は皆兵を興さん。甘氏がいう、歳星が危宿を守れば、まさに諸侯を冊立し、天子は宮室を改建し、百姓は大いに土木の工程を興し、あるいは哭丧の事あらん。またいう、歳星が危宿を守れば、百姓は安寧を得ざらん。巫咸がいう、歳星が危宿を守れば、徭役は煩重にして、賦税は繁多し、下面の民力は枯竭し、一樣も應付して来る能わず、ここにおいて上位に在る人を怨恨し、強者は弱者を欺凌し、戦事はこれに随いて起こらん。またいう、歳星が危宿を守れば、盗賊は衆多にして、百姓は彼此に仇恨せん。
《海中占》曰:“歲星守危,國有兵憂;一曰兵並起。”郗萌曰:“歲星守危,多雨,為來歲損。”又曰:“歲星守危,為大人蓋屋事。”郗萌曰:“歲星守危,處其東,民多飢死。”《玉曆》曰:“歲星守危,七日以上,去之四尺外,財王者治宗廟,高宮闕,不出四十日。”
《海中占》にいう、歳星が危宿を守れば、国中に兵事の憂いあり。別の一説には各処が同時に兵を起こすなり。郗萌がいう、歳星が危宿を守れば、雨水は過多にして、来年の収成に損及せんとす。またいう、歳星が危宿を守れば、貴人の屋舍を営造するの事を主る。郗萌がいう、歳星が危宿を守りてその東側に偏せば、百姓は餓死する多からん。《玉暦》にいう、歳星が危宿を守ること七天以上、危宿と相距ること四尺以外なれば、帝王は随いて宗廟を修治し・宮闕を加高し(「財」はここに「才」に通じ、随うの義なり)、四十日を出でずして応験せん。
郗萌曰:“歲星守危,其君簡祭祀。”《玄冥占》曰:“歲星入危,守之百日不下,穀貴。”《玄冥占》曰:“歲星入危,守之三十日不下,諸侯兵起;六十日不下,其國亡;百日不下,穀貴,客軍將死。”郗萌曰:“歲星守墳墓,為人主有哭泣之聲。”
郗萌がいう、歳星が危宿を守れば、あの君主は祭祀に對して怠慢・簡略なり。《玄冥占》にいう、歳星が危宿に進入し、守候して一百日も還って離れざれば、穀価は昂貴せん。《玄冥占》またいう、歳星が危宿に進入し、守候して三十日も還って離れざれば、諸侯は兵を興さん。六十日も還って離れざれば、あの国家は滅亡せん。一百日も還って離れざれば、穀価は昂貴し、来犯の客軍の主将は戦死せん。郗萌がいう、歳星が墳墓の星を守れば——危宿の下に墳墓の四星あり——君主の家に哭泣の声あらん。
