填星犯河鼓 二十三
《海中占》曰:“填星入河鼓,大將有受賜地者,期百八十日,遠一年。”《黃帝占》曰:“填星中犯河鼓大將,若左右將,有誅;其犯守之,為誅;若有罪,以五色占之。”
《海中占》にいう、土星が「河鼓」三星に入れば、まさに大将の封を受け土地を賜らるるあらんとして応期は百八十天・遅ければ一年。《黄帝占》にいう、土星が正面より河鼓の中間の大将星を衝犯するかあるいはそれの左右の両顆の将星を衝犯せば、将帥の誅殺されるを主り、土星が侵犯してその上に停留せば、同じく誅戮を主り、至る所は究竟は処死かあるいは僅かに罪を獲るかは、須らく土星の呈する青・赤・黄・白・黒の五色に拠って分辨すべし。河鼓三星は軍鼓と主将を象徴し、ゆえに吉凶は全く将帥の身に落つ。
填星犯離珠 二十四
石氏曰:“填星犯離珠,宮中有事;若有亂宮者;若宮人有罪黜者。”
石氏はいう、土星が「離珠」星を侵犯せば、宮掖の中にまさに事の出るべく、あるいは人に宮内にて乱を作し内廷を穢乱する者あり、あるいは宮人に罪を獲って斥退・駆逐される者あり。離珠は女主の佩戴する珠飾の星で後宮の物に属し、ゆえに災応はいずれも宮闈の内に落つ。
填星犯匏瓜 二十五
《聖洽符》曰:“填星犯守匏瓜,天下有憂;若有遊兵,名果貴;一曰魚鹽貴,價十倍,不出其年。”
《聖洽符》にいう、土星が「匏瓜」星を侵犯して停留せば、天下にまさに憂患あらんとし、あるいは四処に流窜する散兵・游勇の現れ名貴の果品の価銭は騰貴し、別の一種の説には魚と塩は価を騰げて平日の十倍に騰り応験は当年を出ずとす。匏瓜は瓜果の種植を主りまた後宮と相関し、ゆえにこの象は専ら物産の貴賤に応ず。
填星犯天津 二十六
郗萌曰:“填星犯天津,關道絕不通,有兵起;若關吏有憂;若守有兵革。”《黃帝占》曰:“填星出天津中,天下大水有溢者;若天下有急。”
郗萌はいう、土星が「天津」星を侵犯せば、関隘と道路は阻斷して通ぜずまさに戦事の興起あらんとし、あるいは関を守る官吏は憂患に遭遇し、あるいは土星がその上に停留せば、兵戈の乱を主る。《黄帝占》にいう、土星が天津の九星の中間より穿ち出れば、天下にまさに大水の漫溢あらんとし、あるいは天下に緊急の事変が発生す。天津は銀河を横跨して渡口・津梁の象で、ゆえにこの象は兼ねて関津の阻絶と洪水の泛濫に応ず。
填星犯螣蛇 二十七
甘氏曰:“填星守螣蛇,天子前驅凶;若奸臣有謀,前驅為害。”
甘徳はいう、土星が「螣蛇」星の上に停留せば、天子の前を為して道を開く先鋒はまさに凶険あらんとし、あるいは奸邪の臣が暗中に謀劃して前導・護駕の人さえも反って禍害と為る。螣蛇は飛蛇・水虫の象で本より怪異を主り、ゆえにこの象は多く扈従・近衛の変故の上に応ず。
填星犯王良 二十八
石氏曰:“填星守王良,為有兵。”齊伯曰:“填星守犯王良,天下有兵,諸侯相攻,強臣謀主,期不出年。”
石氏はいう、土星が「王良」星の上に停留せば、戦事ありを主る。斉伯はいう、土星が停留して王良を侵犯せば、天下にまさに兵禍を起こさんとして諸侯は彼此に攻伐し勢力の強横なる臣子は君位を図謀して応期は当年を出ず。王良は天子の馭手の星で車馬の馳駆を主り、この星が一旦乱れれば、すなわち車騎・征戦の事に対応す。
填星犯閣道 二十九
石氏曰:“填星犯守閣道而絕漢者,為九州異政,各主其土,天下兵,期二年。”
石氏はいう、土星が「閣道」の諸星を侵犯して停留して銀河を横断して過れば、九州が各々その政を行して互いに統属せず各々一方の土地に拠って自ずから主張を作し天下はこれに因って兵を興すを主り応期は二年。閣道は紫宮より営室に通ずる復道で本より王者の出入・往来の通路、この路が土星に阻絶せられ、正しく政令が四方に貫通できぬを象徴す。
填星犯附路 三十
石氏曰:“填星守附路,大僕有罪,若誅;一曰馬多死,道無乘馬者。”
石氏はいう、土星が「附路」星の上に停留せば、車駕を掌管する太僕はまさに罪を獲り甚だしきは処死に至らんとし、別の一種の説には馬匹は大量に死亡して路上に再び騎馬の人を見ざるべしとす。附路は閣道の傍の輔道の星で車駕の行止を主り、ゆえにそれの変異は馬を掌る官と車馬の本身に応ず。
填星犯天大将軍 三十一
郗萌曰:“填星入天大將軍,與軍者吉。”石氏曰:“填星犯守天大將軍,為大將困;若有死者。”
郗萌はいう、土星が「天大将軍」の星区に入れば、軍事に参与する人は反って吉利なり。石氏はいう、土星が侵犯して天大将軍の上に停留せば、大将が困境に陥るを主り甚だしきは人がこれに因って命を喪う。天大将軍は天上の兵衆を統領し、ゆえに同一の星象が軍に従う者と主将の身の上にて吉凶は各々異なり、占候のときは当に分かちて看待すべし。
填星犯大陵 三十二
石氏曰:“填星入大陵,國有喪,大臣有誅,若戮死;人民死者半,皆不出其年。”
石氏はいう、土星が「大陵」の星区に入れば、国中にまさに喪事あらんとして大臣は誅されて甚だしきは屍を陳べて衆に示す極刑を遭り、百姓の死亡は半ばを過ぎ、これらはいずれも当年の内に応験す。大陵は屍を積み葬を聚める星で本より死喪を主り、土星がその中に進入し、ゆえに災応は格外に惨重なり。
填星犯巻舌 三十四
石氏曰:“填星乘捲舌,天下可喪。”又占曰:“填星入守捲舌,國有佞臣謀其君,以口捲舌,為人主有憂。”
石氏はいう、土星が上より「巻舌」星を凌圧せば、天下にまさに喪亡の事あらんとす。また一条の占辞にいう、土星が入って巻舌の中に停留せば、国内に奸佞の臣ありてその君主を謀算し一張の巧嘴を憑って是非を翻覆し君主はこれに因って憂患に身を纏わる。巻舌は本より口舌・讒譖を主り、ゆえにこの象は言語にて構陷する禍に応ず。
填星が五車を犯す 三十五
石氏曰:“填星犯五車,大旱,若有喪;一曰犯庫星,兵起北方,若西方;犯倉星,穀貴,若有水。”《海中占》曰:“填星入五車,兵大起,車騎行,五穀不成,天下民飢,若軍絕糧。”郗萌曰:“填星守天庫,以喪起兵國中。”
石氏はいう、土星が「五車」星を犯すのは、大旱魃があるか、あるいは丧事がある兆しである。もう一説には、土星が五車の中の「庫星」を犯すのは、兵事が北方から起こるか、あるいは西方から起こる。その中の「倉星」を犯せば、穀価が騰貴するか、あるいは水災が起こる。《海中占》にいう、土星が五車に入るのは、兵禍が大いに起こり、車騎が出動し、五穀が実らず、天下の民が飢饉に陥るか、あるいは軍中で糧が絶える兆しである。郗萌はいう、土星が「天庫」に留まるのは、国の中で丧事によって兵が起こる兆しである。五車はもともと兵車と倉廩を主る星官なので、この象は軍旅と年穀の二事に兼ねて応じるのである。
又占曰:“填星舍五車中央,大旱;又多蟲,在燕、伐。”又占曰:“填星舍五車東北、六畜蕃息,繒帛大賤;一曰天下多凶;舍東南,高田收,下田不收;又萬民多疾,無死者,民反壽;舍西南,布若棺槨並貴;舍西北,天下安寧。”又占曰:“填星守昴,東行至天高,復反五車;為邊兵發,有赦令。”
別の占辞にいう、土星が五車の中央に止宿するのは、大旱魃を主る。また虫害が多く、災いの及ぶ所は燕の地と伐星が主る分野である。さらに別の占辞にいう、土星が五車の東北角に止宿するのは、六畜が蕃殖して栄え、繒帛の値が大いに下がる兆しである。もう一説には天下に凶事が多い。東南角に止宿すれば、高い所の田は収穫があり、低い所の田は一粒も取れない。また百姓に疾病が多いが、死に至らず、かえって高寿を得る。西南角に止宿すれば、布と棺椁がいっしょに値上がりする。西北角に止宿すれば、天下は安寧で事なし。さらに別の占辞にいう、土星が昴宿に留まり、東へ行って「天高」星に至り、それからまた五車へ折り返すのは、辺境で兵が発し、同時に朝廷から赦令が下る兆しである。
填星が天関を守る 三十六
石氏曰:“填星行天關中,每至柳楊,當去不去,徘徊亂行,光色盛怒,見其妖祥,中國隔絕,道路不通。”郗萌曰:“填星守天關,貴人多死。”巫咸曰:“填星守天關,王者壅蔽,信使不達,若關梁不通。”郗萌曰:“填星行不從天關,不出其年,有兵。”
石氏はいう、土星が「天関」星の中を運行し、柳・楊あたりの位置に行き至るたびに、去るべきなのに去らず、往復徘徊して行度が乱れ、光色が盛烈に怒るがごとく、このような妖異の徴象を現すならば、中原と四方は隔絶し、道路は通じなくなる。郗萌はいう、土星が天関に留まるのは、貴人に死亡が多い兆しである。巫咸はいう、土星が天関に留まるのは、君王が壅蔽され、使者の音信が入ってこられないか、あるいは関隘・橋梁が阻まれて通じない兆しである。郗萌はまたいう、土星の運行が天関を循って過ぎないのは、応験はその年を出ず、戦事がある。天関は日月五星が出入りする門戸であり、この門にひとたび滞碍があれば、その応じる所はすべて隔絶・壅塞の事に尽きるのである。
填星が南北河を犯す 三十七
《黃帝占》曰:“填星乘南河戍,若出南河南,為中國。”石氏曰:“填星守南河,蠻夷兵起,邊城有憂;若旱災,人民飢。”《黃帝占》曰:“填星行南河戍中,若留止守之,為有喪。”《黃帝占》曰:“填星行南河戍中,若留止守之,為旱;一曰為有疾在民。”郗萌曰:“填星行南河戍中,若留止守之,為有喪。”
《黄帝占》にいう、土星が上から「南河戍」を凌圧するか、あるいは南河の南から穿ち出るのは、その応験は中原の国に落ちる。石氏はいう、土星が南河に留まるのは、四方の蛮夷が兵を起こし、辺境の城邑が憂患に遭うか、あるいは旱災が起こり百姓が飢饉する兆しである。《黄帝占》にいう、土星が南河戍の中を運行するか、あるいは滞留してその上を守候するのは、丧事を主る。《黄帝占》はまたいう、土星が南河戍の中を運行するか、あるいは滞留してその上を守候するのは、旱魃を主る。もう一説には百姓の中に疾病が流行する。郗萌はいう、土星が南河戍の中を運行するか、あるいは滞留してその上を守候するのは、丧事を主る。南河・北河は井宿の両側に並び立ち、さながら南北二つの関戍のごとく、華夏と夷狄の分界なので、この星官の占辞は多く中原と四夷とに分けて言うのである。
《黃帝占》曰:“填星出北河戍北,若乘之,為王死。”郗萌曰:“填星出河戍北,若乘之,為有女喪。”又占曰:“填星守北河戍西,五穀無實。”又占曰:“填星失度,守陰門若陽門,皆為諸侯奸。”《玄冥占》曰:“北主死,天下大水,人民飢,期不出二年之內。”
《黄帝占》にいう、土星が「北河戍」の北から穿ち出るか、あるいは上からこれを凌圧するのは、君王の死亡を主る。郗萌はいう、土星が河戍の北から穿ち出るか、あるいは上からこれを凌圧するのは、女眷の喪を主る。別の占辞にいう、土星が北河戍の西に留まるのは、五穀が実らない兆しである。また別の占辞にいう、土星の運行が常度を失い、陰門または陽門に留まるのは、いずれも諸侯が奸謀を抱く兆しである。《玄冥占》にいう、北方の主が死亡し、天下に大水が発し、百姓が飢え、応期は二年を出ない。北河は陰門と称し、南河は陽門と称し、天上の南北二つの関口なので、この象は君主と諸侯の存亡に落ちるのである。
郗萌曰:“填星經南河戍之南,刑法峻暴,誅伐不當;經北河戍之北,以女子、金錢、貪色、奢侈,失治道,期三年。”又占曰:“填星守南北河戍,賜爵祿,不出六十日,有赦;一曰有土功事。”《黃帝占》曰:“填星出北河戍間,若留守北戍;若居南河戍間,若守南戍;為天下有難起,道路不通。”
郗萌はいう、土星が南河戍の南を経過するのは、刑法が厳酷・暴虐で、誅殺・征伐が当を失する兆しである。北河戍の北を経過するのは、君王が姫妾・財貨・女色と奢侈に溺れ、それによって治国の道を失う兆しで、応期は三年である。別の占辞にいう、土星が南河戍・北河戍に留まるのは、朝廷が爵位・俸禄を頒賜し、六十日を出ずして赦令がある兆しである。もう一説には土木の工役を興すことになる。《黄帝占》にいう、土星が北河戍の間から穿ち出るか、あるいは滞留して北戍を守候するか、あるいは南河戍の間に入るか、あるいは留まって南戍を守候する――これらはいずれも天下に禍難が興起し、道路が通じない兆しである。
填星が五諸侯を犯す 三十八
石氏曰:“填星犯五諸侯,若守之,兵大起,將士出,諸侯有死者。”巫咸曰:“填星入五諸侯,伺其出日而數之,二十日,兵發;伺其入處之率,一日期十日,軍罷。”石氏曰:“填星中犯乘守五諸侯,兵死,期三年。”郗萌曰:“填星中犯乘守五諸侯,為所中乘守者,諸侯有殃;期三年,兵發。”
石氏はいう、土星が「五諸侯」を犯すか、あるいはその上に留まるのは、兵禍が大いに起こり、将士が出征し、諸侯の中に死亡する者がある兆しである。巫咸はいう、土星が五諸侯に入ったら、その出て行く日を睨んでその日から数え、二十日後に兵を発する。またその滞留した所の进度に照らして推算し、土星がその中に一日留まれば、十日を期とし、期が至れば軍隊は解散する。石氏はいう、土星が正面から冲犯・凌圧して五諸侯に留まるのは、士卒が戦陣に死ぬ兆しで、応期は三年である。郗萌はいう、土星が正面から冲犯・凌圧して五諸侯に留まるのは、冲され圧されたその一つが主る諸侯に災殃がある。応期は三年で、期が至れば兵事が発動する。
填星が積水を犯す 三十九
巫咸曰:“填星犯守積水,其國有水災,萬物不成,魚鹽貴,一曰以水為敗,糴大貴,人民飢,期二年。”
巫咸はいう、土星が「積水」星を犯してその上に留まるのは、その分野の国に水災があり、万物が成熟せず、魚と塩が値上がりする兆しである。もう一つの説には、水患によって敗亡に至り、糧を買う値が暴騰し、百姓が飢え、応期は二年である。積水星は水を蓄え漿を貯えることを主るので、この象の応じる所はすべて水患と糧価にある。
填星が積薪を犯す 四十
甘氏曰:“填星守積薪,天下旱,五穀不登,人民飢亡。”
甘徳はいう、土星が「積薪」星に留まるのは、天下に大旱魃があり、五穀が歉収し、百姓が飢えて死ぬ兆しである。積薪は柴薪を積み重ねた象で、火の用に属する。土星が久しくその上に踞るので、旱魃の虐げと年成の不登に応じるのである。
填星が水位を犯す 四十一
石氏曰:“填星守犯水位,天下水為害,津關不通;一曰大水入城郭,傷人民,不出二年。”
石氏はいう、土星が「水位」星に留まりかつ犯すのは、天下に水患が災いを成し、渡口と関卡が阻まれて通じない兆しである。もう一つの説には、大水が城郭に灌ぎ込み、百姓を淹れ傷つけ、応験は二年を出ない。水位の四星は輿鬼・柳宿の北に列なり、水衡の官と水量の漲落を主る。この星が犯を受けるので、洪澇にそのまま応じるのである。
填星が軒轅を犯す 四十二
《黃帝占》曰:“填星行軒轅中,犯女主,女主失勢;(失勢者,憂喪也。)列大夫有放逐者;五官有治者。色悴,為憂,為疾;其所中犯乘守者誅;若有罪。”石氏曰:“填星在軒轅中,有以女子謀人君者。”又占曰:“填星守軒轅,天下大赦。”
《黄帝占》にいう、土星が「軒轅」星群の中を運行し、その中の女主星を犯すのは、女主が権勢を失う兆しである(原書小注:いわゆる失勢とは、憂患と喪亡に遭うことである)。朝列の大夫には放逐される者があり、五官の職には追及されて罪に問われる者がある。もし土星の光色が枯暗ならば、憂愁を主り、疾病を主る。およそそれに正面から冲犯され、凌圧され、留守されたその星が主る人は、皆誅されるか、あるいは罪を得る。石氏はいう、土星が軒轅の中に留まるのは、女子を借りて君主を計る者がある兆しである。別の占辞にいう、土星が軒轅に留まるのは、天下に大赦が行われる兆しである。
甘氏曰:“填星守軒轅,天下大亂,後宮破散,改政易王;人主以赦除咎,期三年。”《黃帝占》曰:“填星守犯女主,女主當之;中犯女,主女主憂。”巫咸曰:“填星行犯守軒轅,女主失政,若失賊;一曰大臣當之,若出黜者,期二年。”(《宋書天文志》曰:晉穆帝昇平二年十二月辛卯,填星犯軒轅大星,三年十月,豫州刺史謝萬入朝,眾潰而歸,除名為民,十一月,司徒會稽王以二鎮敗,求自貶三等也。)
甘徳はいう、土星が軒轅に留まるのは、天下が大いに乱れ、後宮が離散して壊れ、政令が更改し君王が易位する兆しである。君主は赦免を頒行して灾咎を消解し、応期は三年である。《黄帝占》にいう、土星が女主星に留まりかつ犯すのは、灾いは女主が当たる。正面から女主星を冲犯すれば、女主の憂愁を主る。巫咸はいう、土星が運行して軒轅を犯し留まるのは、女主が主政の権を失うか、あるいは乱賊に遭う兆しである。もう一説には灾いは大臣が当たり、あるいは貶斥・罷黜される者があり、応期は二年である。(原書小注が《宋書・天文志》を引いていう、晋の穆帝升平二年十二月辛卯の日、土星が軒轅大星を犯した。升平三年十月、豫州刺史の謝万が入朝し、率いる部曲は潰散して帰り、名籍を除かれて平民に貶められた。十一月、司徒会稽王は二か所の軍鎮の敗績によって、自ら請うて三等を降級した。)
石氏曰:“填星中犯乘守軒轅大民星,大飢大流,太后宗有誅者,若有罪;中犯乘守少民星,小飢小流,皇后宗有誅者,若有罪。”石氏曰:“填星入軒轅中,犯乘守之,有逆賊,若火災。”
石氏はいう、土星が正面から冲犯・凌圧して軒轅の「大民」星に留まるのは、大飢饉・大々的な流亡を主り、太后の一族に誅される者があるか、あるいは罪を得る。正面から冲犯・凌圧して「少民」星に留まるのは、小飢饉・小規模の流亡を主り、皇后の一族に誅される者があるか、あるいは罪を得る。石氏はまたいう、土星が軒轅の中に入り、犯し、凌圧し、その上に留まるのは、叛逆の賊があるか、あるいは火災が発生する兆しである。軒轅は后妃と黄龍の体を象徴するので、この象の応じる所はすべて宮闈と宗戚に尽きる。
填星が少微を犯す 四十三
石氏曰:“填星入少微,君當求賢佐;不求賢佐,則失威奪勢矣。”石氏曰:“填星犯守少微,名士有憂;王者任用小人,忠臣被害,有死者。”《黃帝占》曰:“填星入中犯乘守少微,為宰相易;又曰為女主有憂。”石氏曰:“填星入中犯乘守少微,為五官亂,宰相有憂。”
石氏はいう、土星が「少微」星区に入るのは、君主は賢能の輔佐を訪求すべきである。もし賢佐を求めなければ、威信が失われ権勢を奪われる。石氏はまたいう、土星が少微を犯してその上に留まるのは、名望ある士人が憂患に遭う兆しである。君王が小人を任用すれば、忠臣が陥れられ、さらにはこれによって身が死する者さえある。《黄帝占》にいう、土星がその中に入り、冲犯・凌圧して少微に留まるのは、宰相が更換される兆しである。またいう、女主に憂患がある。石氏はいう、土星がその中に入り、冲犯・凌圧して少微に留まるのは、五官の職守が混乱し、宰相に憂いがある。少微の四星は処士と隠逸の賢を主るので、この象はもっぱら用人の得失に応じる。
填星が太微を犯す 四十四
陳卓曰:“填星犯太微,女主持政,大夫執綱。”《荊州占》曰:“填星入太軌道,吉;輕道者,入西門,出東門;若左右掖門,行不留也;不執道者,謂有所犯守也。”石氏曰:“填星出東掖門,為相受命,東南出德事也;出西掖門,為將受命,西南出刑事也。期以春夏。”
陳卓はいう、土星が「太微」垣を犯すのは、女主が朝政を執り、大夫が綱紀を把持する兆しである。《荊州占》にいう、土星が太微に入って正軌に循って運行するのは吉である。いわゆる「軽道」とは、それが西門から入り東門から出るか、あるいは左右掖門を経由し、一路行きて滞留しないことをいう。いわゆる「不執道」とは、それが垣中の諸星に対して侵犯・停留することをいう。石氏はいう、土星が東掖門から出て行くのは、宰相が命を受け、東南方から出発して施恩・布徳の事を行う。西掖門から出て行くのは、将帥が命を受け、西南方から出発して刑戮・征伐の事を行う。応期は春夏の二季にある。
《荊州占》曰:“填星入太微宮,皆為天子大驚;一曰有兵;又曰入天庭,不安。”《黃帝占》曰:“填星入天庭,色白潤澤,為期百八十日,有赦。”《荊州占》曰:“填星道西番,入留止南門者,皆為大臣有憂。”石氏曰:“填星入太微中華東西門,若左右掖門,而南出端門者,為有大臣叛。”郗萌曰:“填星入太微,有德令。”
《荊州占》にいう、土星が太微宮に入るのは、いずれも天子が大いに驚擾される兆しである。もう一説には兵事がある。またいう、土星が天庭に入るのは、朝廷が安寧を得ない兆しである。《黄帝占》にいう、土星が天庭に入り、光色が白く潤沢ならば、百八十日を期として赦令が頒行される。《荊州占》にいう、土星が西藩に沿って一路来て、入った後に南門に滞留するのは、いずれも大臣に憂患がある兆しである。石氏はいう、土星が太微の中華東門・中華西門から、あるいは左右掖門から入り、南面の端門から出るのは、大臣の叛変がある兆しである。郗萌はいう、土星が太微に入るのは、恩を施す徳政の号令がある兆しである。
石氏曰:“填星入西門,出東門,皆為人君不安,欲求賢佐;入中華西門,出中華門間,為臣出令;入太陰西門,出太陰東門,皆為天下大亂;有喪,若大水。”《春秋緯合誠圖》曰:“填星入中華闕門者,為臣殺主之候。”
石氏はいう、土星が西門から入り東門から出るのは、いずれも君主が心中安らかでなく、賢能の輔佐を訪求しようとする兆しである。中華西門から入り、二つの中華門の間から出るのは、号令が臣下から発せられる兆しである。太陰西門から入り太陰東門から出るのは、いずれも天下が大いに乱れる兆しである。丧事があるか、あるいは大水が発する。《春秋緯・合誠図》にいう、土星が中華闕門に入るのは、臣子が君主を弑殺する先の兆しである。
《黃帝占》曰:“填星東行入太微廷,出東門,天下有兵,急;若守將、相丞、御史、大臣有死者;若入端門守廷,大禍至;入南門,出東門,國大旱;若入南門,南行出西門,國有大水;逆行入東門,出西門,大國破亡;若順入西蕃,而留不去,楚國凶殃。”
《黄帝占》にいう、土星が東へ運行して太微朝廷に入り、再び東門から出るのは、天下に兵があり、形勢が危急である兆しである。あるいは辺を守る将領・丞相・御史と朝中の大臣に死亡する者がある。もしそれが端門から入って朝廷の内に滞留するならば、大禍が臨頭する。南門から入り東門から出るのは、国の中に大旱魃がある。もし南門から入って南へ行き西門から出るならば、国の中に大水が発する。逆行して東門から入り西門から出るのは、大国が破敗・滅亡する。もし順行して西藩に入り滞留して去らないならば、楚の地に凶殃がある。
郗萌曰:“填星入西門,犯天庭,出端門,皆為大臣伐主;入西門,西折出右掖門,皆為大臣假主之威,而不從主命。”石氏曰:“填星逆行太微之中,及出門左右掖門者,有逆謀;天子有命將征伐之事;一曰大赦可以解其患也。”郗萌曰:“填星當左右執法,為受事;守太微門三日以下,為受制;三日以上,為兵、為賊、為亂、為飢。”
郗萌はいう、土星が西門から入り、天庭を犯し、再び端門から出るのは、いずれも大臣が君主を討伐する兆しである。西門から入り、西へ一折して右掖門から出るのは、いずれも大臣が君主の威権を借りて事を行いながら、君主の命令に聴き従わない兆しである。石氏はいう、土星が太微の中で逆行し、および垣門または左右掖門から出るのは、叛逆の図謀がある兆しである。天子に将帥を任命して兵を出し征討する事がある。もう一説には大赦を頒行すればこの禍患を化解できる。郗萌はいう、土星がちょうど左執法・右執法の位に当たるのは、政事を受理する兆しである。太微門に留まること三日に満たなければ、詔命を奉受する兆しである。三日を超えれば、兵を主り、賊を主り、乱を主り、飢を主る。
《荊州占》曰:“填星中犯左右執法,執法者誅,若有罪。”《荊州占》曰:“填星入太微,從右入七日以上,皆為人主憂。”巫咸曰:“填星逆行,入太微天庭中,為大臣有誅;若諸侯戮死;期二年。”石氏曰:“填星入太微廷,所中犯乘守者,皆為天子所誅,若有罪。”石氏曰:“填星守太微宮,必有破國、易世、改王。”
《荊州占》にいう、土星が正面から左執法・右執法を冲犯するのは、執法の官が誅されるか、あるいは罪を得る兆しである。《荊州占》はまたいう、土星が太微に入り、右から入って七日以上留まるのは、いずれも君主に憂いがある兆しである。巫咸はいう、土星が逆行して太微天庭の中に入るのは、大臣が誅されるか、あるいは諸侯が処刑される兆しで、応期は二年である。石氏はいう、土星が太微朝廷に入り、およそそれに正面から冲犯され、凌圧され、留守されたその星が主る人は、皆天子に誅殺されるか、あるいは罪を得る。石氏はまたいう、土星が太微宮に留まるのは、必ず国破・易代・君王更換の事が発生する。
(案《宋書天文志》曰:晉安帝義熙十四年八月癸酉,填星太微中。犯右執法,因留太微,積二百餘日乃去,是年高祖受宋公,恭帝元年七月,受宋王二年三月庚午。填星犯太微,六月晉帝遜位,高祖入宮。)《荊州占》曰:“填星有留太微廷中,皆為天下大憂;中央留十日以上,皆為天下有亡徒為兵者。”《黃帝占》曰:“填星干太微,留守三十日以上,必為有革,天下大赦。”
(原書小注:《宋書・天文志》の記載を調べるに、晋の安帝義熙十四年八月癸酉の日、土星が太微の中を行き、右執法を犯し、このまま太微に滞留し、累計二百余日にして去った。この年、宋の高祖劉裕は宋公に封ぜられ、恭帝元年七月、また宋王に封ぜられた。二年三月庚午の日、土星が再び太微を犯し、六月、晋帝は位を退き国を譲り、高祖は宮中に入り居した。)《荊州占》にいう、土星が太微朝廷の中に滞留するのは、いずれも天下に大憂患がある兆しである。正中に十日以上滞留するのは、いずれも天下に流亡の徒が聚まって兵となる兆しである。《黄帝占》にいう、土星が太微を冲犯し、滞留・守候すること三十日以上ならば、必ず変革の事があり、天下に大赦が行われる。
郗萌曰:“填星逆行,入左掖門,皆為臣劫其主;又入東門,至黃帝座,出西門,皆為臣欲弒主,不成。”陳卓曰:“填星逆行執法四輔,若還繞守之,所守者有憂;若死亡,近期一年,遠期五年。”
郗萌はいう、土星が逆行し、左掖門から入るのは、いずれも臣下がその君主を劫持する兆しである。また東門から入り、行って黄帝座に至り、再び西門から出るのは、いずれも臣下に弑君の意があるが、ただ得逞しない兆しである。陳卓はいう、土星が逆行して執法と四輔の諸星に至るか、あるいは回環して繞行しその間に留まるのは、それに守候されたその星が主る人に憂患があり、さらにはこれによって死亡し、近ければ一年、遠ければ五年で応験する。
填星が黄帝を犯す 四十五
石氏曰:“填星犯黃帝座,改政易王,天下亂,存亡半;期三年。”石氏曰:“填星入太微,干黃帝座,其女主執政,用威勢。”《荊州占》曰:“填星入黃帝座,其色白者,為有赦。”又占曰:“填星觸黃帝座星,賊死。”《黃帝占》曰:“填星守黃帝座,為人主憂。”
石氏はいう、土星が「黄帝座」を犯すのは、政令が更改し君王が易位し、天下が大いに乱れ、存する者と亡ぶ者が半々となる兆しで、応期は三年である。石氏はまたいう、土星が太微に入り黄帝座を冲犯するのは、女主が朝政を執り、威権・勢力を濫用する兆しである。《荊州占》にいう、土星が黄帝座に入り、光色が白く発するのは、赦令がある兆しである。別の占辞にいう、土星が黄帝座星に触れるのは、乱賊が身を死する兆しである。《黄帝占》にいう、土星が黄帝座に留まるのは、君主に憂いがある兆しである。黄帝座は太微垣の中枢で、天子の位を象徴するので、それが犯を受ければそのまま人君の安危に応じる。
《荊州占》曰:“填星逆行入太微天廷中者,為諸侯將有弒主者,至黃帝座而成;不至黃帝座而還,有謀不成;以其入日占國。”《洛書摘亡闢》曰:“填星逆行黃帝座,亡君之戒。”
《荊州占》にいう、土星が逆行して太微天庭の中に入るのは、諸侯の中に君を弑する人が現れる兆しである。土星がずっと行って黄帝座に至れば、弑逆の事が成就する。もし黄帝座に及ばず折り返せば、それは陰謀が得逞しなかったのである。どの国に応じるかは、それが天庭に入った日の値する分野を見て推断する。《洛書摘亡辟》にいう、土星が逆行して黄帝座に至るのは、君主が亡びようとしている警戒の兆しである。
填星が四帝座を犯す 四十六
石氏曰:“填星犯守四帝座,臣謀主;去之一尺,事不成。又占曰:填星中犯乘守四帝座,闢憂。”甘氏曰:“填星中犯乘守四帝座,天下亡。”
石氏はいう、土星が「四帝座」を犯しその上に留まるのは、臣下が君主を図謀する兆しである。もし土星がそれを離れてすでに一尺の遠さがあれば、謀事は成就できない。別の占辞にいう、土星が正面から冲犯・凌圧して四帝座に留まるのは、君主に憂いがある兆しである。甘徳はいう、土星が正面から冲犯・凌圧して四帝座に留まるのは、天下に亡国の禍がある兆しである。四帝座は黄帝座の四つ傍らに列なり、四方の帝を分かち主るので、この象はそのまま君権の安危に応じる。
填星が屏星を犯す 四十七
甘氏曰:“填星犯守屏星,君臣失禮,謀上;一曰大臣有戮死者。”石氏曰:“填星中犯乘守屏星,為君臣失禮,而輔臣有誅者;若免罷去。”
甘徳はいう、土星が「屏星」を犯しその上に留まるのは、君臣の間で礼節を失い、臣下が君上を図謀する兆しである。もう一つの説には、大臣の中に処刑される者がある。石氏はいう、土星が正面から冲犯・凌圧して屏星に留まるのは、君臣が礼を失い、輔政の臣に誅される者があるか、あるいは免職・罷黜されて去る。屏星は内外を遮蔽する障屏の象で、屏障がひとたび失守すれば、君臣の名分もまた乱れるのである。
填星が郎位を犯す 四十八
甘氏曰:“填星犯守郎位,輔臣有謀,左右宿衛者為亂,王者宜備之。”
甘徳はいう、土星が「郎位」の諸星を犯しその上に留まるのは、輔政の臣が暗に謀を抱き、君主の左右で宿衛する人が乱を作そうとしている兆しで、君王はあらかじめ防備すべきである。郎位は宿衛・侍従の官星で、帝座の側に環列する。この星に変があれば、禍患は肘腋の間に出るのである。
填星が郎将を犯す 四十九
巫咸曰:“填星犯守郎將者,命曰凌,凌則將有誅,若將憂;一曰大臣為亂,戒慎左右。”《荊州占》曰:“填星中犯乘守即將,必有不還之使。”
巫咸はいう、土星が「郎将」星を犯しその上に留まるのは、この情形を「凌」と称する。ひとたび凌を成せば、将帥が誅されるか、あるいは将帥が憂患に遭う兆しである。もう一つの説には、大臣が乱を作し、君主は身辺の人に対して格別に警惕・謹慎すべきである。《荊州占》にいう、土星が正面から冲犯・凌圧してこの将星に留まるのは、必ず外に出使して一たび去って返らない使臣がある。
填星が常陳を犯す 五十
甘氏曰:“填星犯守常陳,守衛有謀;近起宮中,天子自出行,誅,期百八十日,遠一年。”
甘徳はいう、土星が「常陳」星を犯しその上に留まるのは、宿衛の士が暗に謀を抱く兆しである。禍乱は近く宮禁の内から発し、天子は自ら宮を出て巡行し、手を下して誅除せざるを得ず、応期は百八十日、遅ければ一年である。常陳の七星は天子の護衛武士の象で、この星が犯を受けるので、変故は禁軍の中に生じるのである。
