彗孛が野鶏を犯す 其の二十六
《海中占》曰:“彗星守野雞,大將死,軍市破,諸侯相攻,有亡國,期三年。”
《海中占》に曰く:彗星が「野鶏」に停留するは、大将は戦死し、軍市は破敗し、諸侯は互いに攻伐し、国家の滅亡するがあり、三年の内に応験する。野鶏の一星は軍市の中にあり、もともとは野物が市集に闖入る象で、まさに軍中の変故に応ずる。
彗孛が狼星を犯す 其の二十七
黃帝曰:“彗星出狼星,國有急兵,名將出行,將軍有憂,若守之,必有千里之行,大戰流血,死者大半,期三年,中五年,遠七年。”《運斗樞》曰:“彗星出狼弧,主恣侵為過,外夷反。”
黄帝に曰く:彗星が「狼星」に現れるは、国家に緊急の兵事があり、名将は兵を領して出征し、将軍に憂患がある。もし彗星がその上に停留すれば、必ず千里の遠征の挙があり、大戦・流血し、死んだ者は半ばを過ぎ、三年の内に応験し、中は五年、遠いは七年。狼星の一星は東井の東南にあり、色は白くして鋒芒あり、侵掠と野心を主る。《運斗枢》に曰く:彗星が狼星と弧矢の間に現れるは、君主は侵伐を放縦して過失を鋳成し、外族の夷狄は反逆する。
彗孛が弧星を犯す 其の二十八
石氏曰:“彗星出弧星,弓矢大用,大兵起,其國亂驚,人民不寧,多盜賊。”(按司馬彪《天文志》曰:孝靈光和三年冬,彗星出狼弧,東行至於張,反去。後四年,京都發兵,擊黃巾賊。)
石氏に曰く:彗星が「弧星」に現れるは、弓箭は大量に動用され、大規模の戦事が興起し、あの国は動乱・驚擾し、百姓は安寧を得ず、盗賊は众多である。弧矢の九星は狼星の東南にあり、形状は張開する弓のごとく、箭はまさに天狼を指している。(以下は原書の小注:司馬彪《続漢書・天文志》に記す、漢の霊帝・光和三年の冬、彗星が狼星・弧矢の間に現れ、東に行きて張宿に至り、また折り返して去った。この後四年、京城は兵を発し、黄巾賊を討伐した。)
彗孛が老人星を犯す 其の二十九
巫咸曰:“彗星出老人,其色黃,王者昌,若守之,赤彗三芒,人主受殃,老者不康。”
巫咸に曰く:彗星が「老人星」に現れ、それの色が黄を発するは、王者は昌盛する。もし彗星がその上に停留し、しかも赤色で三道の鋒芒を帯ぶ彗であれば、君主はすなわち殃を受け、年老の人は安康を得ない。老人星の一星は弧矢の南面にあり、寿考・長久と国家の太平・安寧を主る。
彗孛が天稷を犯す 其の三十
《海中占》曰:“彗星出天稷,歲大飢,五穀不成,人民流亡,社稷不安。”
《海中占》に曰く:彗星が「天稷」に現れるは、この年は大いに飢饉を鬧ぎ、五穀は成熟すること能わず、百姓は流離・逃亡し、社稷は安寧を得ない。天稷の五星は七星の南面にあり、百穀の長と為り、農事と立国の根本を象徴する。
彗星が甘氏中官を犯す 其の三
彗星が天理を犯す 其の一
《春秋緯》曰:“彗星出天理,大司空斬,將逐天子。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「天理」に現れるは、大司空は斬殺され、将領は天子を駆逐する。天理の四星は北斗の魁星の中にあり、貴人の牢獄と刑理を掌管する星官なので、応験は大臣の刑戮の上に落ちる。
彗孛が策星を犯す 其の二
彗孛星近策星,王者不宜出宮,下有謀亂,不過七十日。
彗星・孛星が「策星」に靠近するは、王者は宮を離れて外出すべからず、臣下に変乱を謀画する人あり、七十日を過ぎずに応験する。策星の一星は王良のそばにあり、御者の手中の馬鞭で、もっぱら車駕の出行を主るので、彗孛がそれに逼近すれば、警戒はすなわち乗輿の上に落ちる。
彗星が造父を犯す 其の三
陳卓曰:“彗星入造父,若守之,僕御謀弒主,有斬死者,兵盡起。”
陳卓に曰く:彗星が「造父」に入り、もしその上に停留すれば、車駕を掌る僕御の臣は君主の弑殺を図謀し、斬殺せられて死する人があり、兵禍は全面に爆発する。造父の五星は伝舎の南面にあり、周の穆王のために車を駕した造父に名を取り、もっぱら御官と車馬を主る。
彗孛が卧星を犯す 其の四
《春秋緯》曰:“彗星出臥星,尚書反。人星,一名臥星也。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「卧星」に現れるは、尚書は反逆する。人星は又名を卧星といい、両個の名称の説くは同一の星官で、車府の南面にあり、安居・静処の事を主るので、それの変異は近侍の文書の臣の身上に応ずる。
彗孛が扶筐を犯す 其の五
陳卓曰:“彗星出扶筐,將作反。”
陳卓に曰く:彗星が「扶筐」に現れるは、将作大匠は反逆する。扶筐の七星は天紀の東北にあり、桑を采み葉を盛る筐器で、蚕桑を勧課する事を主る。「将作」は将作大匠を指し、土木の営造を掌管する官である。
彗星が酒旗を犯す 其の六
《春秋緯》曰:“彗星出酒旗,主以酒過,為相所害。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「酒旗」に現れるは、君主は酒に沈湎して過失を犯し、輔相に害せらる。酒旗の三星は軒轅の右角の南面にあり、宴饗・酒食の礼を主るので、彗星がそれを犯せば、応験は酒を縦んで徳を失うの上に落ちる。
彗孛が諸王を犯す 其の七
《春秋緯》曰:“彗星出諸王星,諸侯稱王皇,以南吳楚,北燕趙,東齊宋,西秦晉。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「諸王星」に現れるは、諸侯は僭越して王を称し皇を称す。分野の対応は、南方は呉・楚に応じ、北方は燕・趙に応じ、東方は斉・宋に応じ、西方は秦・晋に応ずる。諸王の六星は五諸侯の北面にあり、分封の諸王の象徴である。
彗孛が司怪を犯す 其の八
《春秋緯》曰:“彗星出司怪,主多妖祥,僻偽起,大臣侯王代主位。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「司怪」に現れるは、君主の治下に妖異の徴兆多く、邪僻・虚偽の事は興起し、大臣あるいは侯王は君主の位を取代する。司怪の四星は井宿の鉞星のそばにあり、もっぱら天地・日月・星辰と草木・鳥獣の種種の怪異を主る。
彗星が天高を犯す 其の九
《春秋緯》曰:“彗星出天高,廟臣反,名王起,改號。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「天高」に現れるは、宗廟を掌管する臣子は反逆し、著名の王侯は事を起こし、名号を更改する。天高の四星は畢宿の東南にあり、高に登り遠くを望む台観なので、それの応験は宗廟と名号の更易に牽連する。
彗孛が天演を犯す 其の十
《春秋緯》曰:“彗星出天演,但聞之將反。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「天演」に現れるは、ただ風声・伝聞の及ぶ処に、すでに反逆せんとする人がある。天演の一星は甘氏の立てた中官に属し、それの変異はもっぱら叛謀がまず伝言の中に顕露するに応ずる。
彗孛が天街を犯す 其の十一
《運斗樞》曰:“彗星出天街,五侯並起,天子自理。”《海中占》曰:“彗星出天街,內有賊人。”
《運斗枢》に曰く:彗星が「天街」に現れるは、五方の侯伯は一斉に事を起こし、天子はただ自ら政務を処理するを得。天街の二星は畢宿と昴宿の間にあり、華夏と夷狄の分界の路である。《海中占》に曰く:彗星が天街に現れるは、内部に奸賊の人を潜蔵す。
彗孛が甘氏外官を犯す 其の四
彗孛が鈇鑕を犯す 其の一
《春秋緯》曰:“彗星出斧,淫兵多,主以妄誅,將鑕之臣反。”
《春秋緯》に曰く:彗星が斧鉞の星に現れるは、濫用の兵事は多く、君主は乱かに誅殺し、あのまさに刑砧に押上げられんとする臣子は起って反逆する。鈇鑕の五星は八穀の西北にあり、人を斬るに用うる斧と砧板なので、もっぱら刑戮の事に応ずる。
彗孛が闕丘を犯す 其の二
《春秋緯》曰:“彗星出闕丘,帝滅。”
《春秋緯》に曰く:彗星が「闕丘」に現れるは、帝王は覆滅する。闕丘の二星は南河の南面にあり、宮門の両そばの双闕の土丘で、天子の門闕を象徴するので、彗星がそれを犯せば、直ちに至尊の傾覆に応ずる。
彗孛が巫咸中外官を犯す 其の五
彗孛が長垣を犯す 其の一
甘氏曰:“彗星出長垣,大臣謀反,兵起宮中,天下有亂,亡國,人主有憂,期不出二年。”《春秋緯》曰:“彗星出長垣,邊反。”
甘氏に曰く:彗星が「長垣」に現れるは、大臣は反逆を企て、兵変は宮中に発生し、天下は動乱し、国家の滅亡するがあり、君主に憂患があり、二年を出ずに応験する。長垣の四星は少微の西面にあり、辺境を防守する垣墻の象である。《春秋緯》に曰く:彗星が長垣に現れるは、辺地は反逆する。
彗孛が天厩を犯す 其の二
陳卓曰:“彗星出天廄,守之,天下名廄有失火者,若移徙;一曰:天下廄車馬有怪。”《春秋緯》曰:“彗星出廄官,法令違,法度數起變,臣執主勢。”
陳卓に曰く:彗星が「天厩」に現れ、もし停留して去らなければ、天下の著名の馬厩に火を失うあり、あるいは遷移を要す。別の一説に、天下の馬厩の中の車馬は怪異を出現す。天厩の十星は王良の北面にあり、天子の車馬を主る。《春秋緯》に曰く:彗星が厩官に現れるは、法令は違棄され、法度は屡屡変動し、臣下は君主の権勢を把持する。
開元占経 巻九十一
風占
候風法
凡候風,必於高平暢達之地,立五丈竿,以雞羽八兩為葆,屬竿上,候風吹羽葆平直則占。亦可竿首作盤,作三足烏於盤上,兩足連上而外立,一足繫下而內轉,風來則烏轉,廻首向之,鳥口街花,花旋則占之。羽必用雞,取其屬巽而能知時;羽重八兩,以相八風;竿長五丈,以法五音;烏者,日中之精,巢居知風鳥,為其首也。
およそ候風は、必ず高く敞して平坦で四面が通暢する地方を選び、五丈の高の竿を竪立し、八両の重の鶏毛をもって「羽葆」に扎り、竿の頂に繫げ、風が羽葆を吹きて平直に成るを待ってすなわち占を起こしうる。また竿の頂に一個の円盤を安じ、盤の上に一隻の三足烏を作ることもできる。両隻の脚は上に連ねて外に向かって立定し、一隻の脚は下に繫げて内に向かって旋回しえ、風が一たび来れば烏はすなわち転動し、頭を回して風に向かう。烏鳥の口中は花を銜え、花が旋転し起ればすなわちこれに拠って推占する。羽毛は必ず鶏毛を用い、それが八卦の中に「巽」に属し時令を感知しうるを取る。羽の重は八両で、八方の風に対応するを用る。竿の高は五丈で、宮・商・角・徴・羽の五音に取法するを用る。烏においては、太陽の中の精気の化する所で、また巢居して風信を預知しうる鳥なので、それを竿の首に安ずる。
今按古書云:立三丈五尺竿,以雞羽五兩繫其端,羽平則占。然則長短輕重,惟其適宜,不在過泥,但須出眾中不被隱蔽,有風即動,直而不激,便可占候。羽毛必須五兩以上,八兩以下,蓋羽重則難舉,輕則易平,時常占候,必須用鳥,行車權設,取便用羽。作葆之法,取雞羽,中破之,取其毛多處,以細繩緊縛,內中灸之,長三四尺許,屬竿上,其觸鹿扶搖,四轉五復之風,各以形狀占之。
いま古書の説を考察するに:三丈五尺の竿を竪立し、五両の鶏毛を竿の端に繫げ、羽毛が吹き平らげられればすなわち占を起こす。これで見れば竿の長短・羽の軽重は、ただ適宜であればよく、過分に拘泥するを要せず、ただ周囲より高く出で遮蔽せられず、風あればすなわち動き、吹き直らげられてしかも劇しく翻騰するに至らなければ、もって候風に用いうる。羽毛は必ず五両以上・八両以下とせねばならない。あまりに重ければ吹き起し難く、あまりに軽ければまた吹き平らげ易くして準を失うがゆえに。平日に長く候風するは、必ず三足烏のあの一套の装置を用いねばならない。行軍の車上に臨時に設けるは、すなわち羽葆を用るを便とする。羽葆を制作する方法は、鶏毛を取り、中間から剖開し、毛の多い部分を選び、細縄をもって緊かに扎縛し、裏面に火をもって烤炙して形を定め、長さ三四尺ほどと為し、竿に繫げる。あの地に貼って掠め、盤旋して直上し、四面に回転・反復する風においては、各々それらの形状に按って分けて推占する。
風の名状
《爾雅》曰:“風而雨土曰霾,陰而風曰噎,日出而風為暴,迴風為飄,焚輪謂之頹,扶搖謂之焱。”
《爾雅》に曰く:風を刮らしつつ塵土を降らすを、「霾」という。天色が陰晦しつつ風を起こすを、「噎」という。太陽が出た後に忽然と風を刮らすを、「暴」という。旋子を打つ風を、「飄」という。上から下に向かって輪状に巻成る旋風を、「頹」という。下から上に向かって盤旋して直上する旋風を、「焱」という。これは歴代の風占が各種の風に立てた正名である。
李淳風曰:“按占風之家,多雲發石、折木、揚沙、走石等語,若每占中俱著此語,其文至繁,今輒以一家例之。古云發屋、折木、揚沙、走石,今謂之怒風,多為不吉之象。一日之內三轉移方,古云四轉五復,今謂之亂風,亂風者,狂亂不定之象。無雲睛爽,忽起大風,不經刻而止絕,絕復忽起,古云暴風卒起,乍有乍無,今謂之暴風,暴風主有卒暴事。
李淳風に曰く:占風の各家を考察するに、多く「発石」「折木」「揚沙」「走石」の類の字眼を用う。もし毎条の占辞の裏に皆この話を写せば、文字はあまりに繁瑣なので、いま一律に一家の説に按って名目を統一する。古書の謂う屋根を掀翻し、樹木を折断し、沙土を揚起し、石塊を吹走らすは、いま統して「怒風」と称し、多くは不吉の象である。一日の内に三回方向を改換するは、古書は「四転五復」と呼び、いま「乱風」と称す。いわゆる乱風は、すなわち狂乱して定ならざる象である。天上に雲なく晴朗・清爽にして、忽然と大風を刮り起こし、一刻を経ずして断絶し、断絶した後にまた忽然と刮り起こすは、古書は「暴風卒起、乍有乍無」と呼び、いま「暴風」と称す。暴風は突発・急暴の事を主る。
鳴條擺樹,蕭蕭有聲,今謂之飄風,善惡依經旨。迅風觸塵蓬勃,古云觸塵蓬勃,今謂之勃風。迴旋羊角,古云扶搖羊角,今謂之迴風,迴風者,旋風也,迴風卒起而圓轉扶搖,有如羊角,向上轉輪,有自上而下者,有自下而上者,或平條長,或磨地而起,總謂之迴風,亦專有占。古云清涼溫和,塵埃不起,今謂之和風。古云闇冥昏濁寒克者,今謂之霾噎。
枝条を吹きて響き作らしめ樹木を揺せ、蕭蕭として声ありは、いま「飄風」と称し、それの吉凶は経文の本旨に依って判断する。疾風が塵土を巻動し塵埃が蓬勃して起るは、古書は「触塵蓬勃」と呼び、いま「勃風」と称す。盤旋して羊角に似たるは、古書は「扶揺羊角」と呼び、いま「回風」と称す。回風はすなわち旋風で、それは驟然として起こり、円転・盤旋し、形状は羊角に似て上に向かって輪形に旋り、あるは上から下に、あるは下から上に、あるは平かに引きて長条を成し、あるは地面に貼って巻き起こる。総じて「回風」と名づけ、また別に専門の占法がある。古書の謂う清凉・温和にして塵埃を起こさざる風は、いま「和風」と称す。古書の謂う昏暗・渾濁にして寒気の人を逼る風は、いま「霾噎」と称す。
凡風,和暢清悅,溫涼適時,埃塵不起,人情恬淡,是謂祥風;天色晦暝,雲氣昏濁,風聲寒慘,埃壒蓬勃,是謂災風;風勢紛雜,交亂乍起乍止,深藏莫測,其聲聒耳,是謂小人魅惑風;風勢暴起,南北不定,離合氛埃,是謂上下不寧風;風勢冥冥,白日陰慘,黃霧四合,是謂政化未明風;風勢慼慼,南北雜亂,高下蓬勃,是謂大兵將至風;風勢凜烈,人懷戰悚,是謂刑罰怪刻風;風聲啾唧惶切,令人悲慘,為大喪風;風聲欻欻,如火奔馳,乍起乍息,為旱火風;連風冥晦,四日五日,人皆悲傷,為大水殺人風。
およそ風は、和暢・清爽にして人をして愉悦せしめ、温涼は時令に合い、塵埃は起らず、人心は恬静・淡泊なるを、「祥風」と謂う。天色は晦冥し、雲気は昏濁し、風声は寒冷・凄惨し、塵土は蓬勃して飛揚するを、「災風」と謂う。風勢は紛雑し、交し、交錯・錯乱し、忽ち起こり忽ち止み、深蔵して測り難く、声は聒噪して耳に剌しむるを、「小人魅惑風」と謂う。風勢は驟然として起こり、忽ち南し忽ち北して飄忽して定ならず、塵霧は時に聚り時に散ずるを、「上下不寧風」と謂う。風勢は昏昏・沈沈として、大白天も陰暗・凄惨にして、黄霧は四面を合囲するを、「政化未明風」と謂う。風勢は急促・緊迫し、南北は雑乱し、高処・低処も皆塵土は飛揚するを、「大兵将至風」と謂う。風勢は凛冽・猛烈にして、人は心に戦慄を懐くを、「刑罰怪刻風」と謂う。風声は啾唧として安んぜず急切・惶恐にして、人をして心情の悲惨ならしむるを、「大喪風」と為す。風声は欻欻として響き、火焰の奔馳するがごとく、忽ち起こり忽ち息むを、「旱火風」と為す。連日風を刮らし天色は晦暗にして、一連して四五日、人は皆心に悲傷すを、「大水殺人風」と為す。
凡吉祥之風,日色清明,風勢和緩,從歲月日時德上來,或乘王相而來,去地稍高,不揚塵沙,人心喜悅,是謂祥風,人君德令下施之應。凡凶災之風,日色白濁,天氣昏寒,風聲叫怒,飛沙卷塵,乘刑殺而至,當詳五音,定八方,觀其起止,占之。
およそ吉祥の風は、日色は清朗・明浄にして、風勢は和緩し、年・月・日・時の「徳」の位から吹き来り、あるいは五行の旺相の気に乗じて来て、地を離れて稍高く、塵沙を揚起せず、人心は歓喜・愉悦する。これを祥風と謂い、人君が徳政を施行し恩令を下達する感応である。およそ凶災の風は、日色は白を発して渾濁し、天気は昏暗・寒冷し、風声は呼嘯して怒吼するがごとく、飛沙・塵を巻き、刑殺の位に乗じて来る。この種の風に遇えば、まさに宮・商・角・徴・羽の五音を細審し、八方の所属を定準し、それが何時に起り何時に止るかを観察し、これに拠って推占すべきである。
今略諸家寒克白濁為例:諸稱寒克白濁,今謂之災氣;諸稱清明溫和,謂之和風;諸稱大風寒冥冥,日無光,沉沒霧氣,今雲昏氣。
いま各家の謂う「寒克白濁」の一類の説を帰幷して通例と成す:およそ寒克白濁と称するを、いま統して「災気」と称す。およそ清明・温和と称するを、「和風」と称す。およそ大風・寒冷にして天色は昏暗し、太陽は光なく、霧気に呑没せらると称するを、いま「昏気」と称す。
諸例
《黃帝占》曰:“凡風之動,皆不安之象也。若在山川、海濱、空穴之間,風所出處,皆不可占之,以為常式;若在宮宅、城營之內、戰陣之所,風勢異常,楊沙走石,日光昏濁,則必占之。凡人君理順四時,則春無悽風,夏無苦雨。先王之治,以天下為家,兆民為子,風起異常,用意察之,若紛錯、交橫、離合,氛埃相注,此風之應,必在人主。”
《黄帝占》に曰く:およそ風の動くは、皆安寧を得ざる徴象である。もし山川・海辺・洞穴の間に発生すれば、あれはもともと風の生発する処なので、皆もって推占すること能わず、もって常規の占例と為すこと能わない。もし宮室・住宅・城池・営塁の内および交戦・布陣の地方に発生し、風勢は尋常に異にして、沙を揚げ石を走らし、日光は昏暗・渾濁すれば、すなわち必ず推占せねばならない。およそ人君が国家を治理して四時に順応しえれば、春天は凄厲の寒風なく、夏天は為害の苦雨ない。先王は天下を治め、天下をもって自家と為し、万民をもって自分の子女と為した。風の起るが反常であれば、すなわち心を用いて体察せねばならない。もし風が紛乱・交錯し、縦横に往来し、忽ち合し忽ち散じ、塵霧は一路相随って灌注すれば、この種の風の応験は必ず君主の身上に落ちる。
李淳風曰:“巽為風,風占災異最驗。凡候風,須築高二十四尺,於上設竿,令其四達無隱,則遠近皆知,斯剋不爽矣。凡鳴條以上,怒風起止,皆詳其五音,與歲月日時,刑德、合沖、墓殺,五刑生克,王相囚死,以言吉凶,仍以六情推之,萬不失一。凡年月日時,四殺五墓,風從上來,白濁昏寒,皆為凶風,其日三刑最急,坐不及起,有賊來,暴至若行,即防伏兵,平時無兵,防人謀害;
李淳風に曰く:巽卦は八卦の中に風を主り、風をもって災異を占断するは最も霊験である。およそ候風は、まず二十四尺の高の台を築起し、台上に竿を立て、それをして四面通達にして遮蔽を受けず、遠近も皆見えるを得さしめ、こうすれば推断は差錯を出さない。およそ「鳴条」以上に達する風は、怒風の興起と停止に至るまで、皆それの属する五音を細審し、年・月・日・時の刑と徳・合と衝・墓と殺、および五刑の生克・王相囚死の旺衰に配合し、これに拠って吉凶を論断し、さらに「六情」をもって推演すれば、すなわち万に一を失わない。およそ年・月・日・時の四殺・五墓の所在するに、風があの方位から吹き来り、日色は白を発して渾濁し、天気は昏暗・寒冷すれば、皆凶風に属す。その中当日に三刑に逢うは最も急迫で、坐して起つに及ばずして禍事は到る。まさに賊寇の襲来せんとするがあり。もし行軍の途中に驟然と遇えば、すなわち伏兵を防備せねばならない。平時に兵事なくとも、また人の加害を図謀するを防がねばならない。
凡年月日時,刑殺五墓,風起,日色白濁,日氣昏寒,興兵動栗,逢之急整武備。凡兩軍相當,以分主客,以日辰所得納音為客,以時下十二時辰與風所來方為主。若日辰納音能克時辰及方,為客勝;時下支神及風來方能克納音,則客敗,主人勝。尋常家居,亦以此分內外。凡惡風、黑風、三刑、沖破、墓殺風,當日有大雨及三日內有大雨,其災皆散。一曰:宮日風,當日雨;徵風,三日雨;羽風,五日雨;商風,七日雨;角風,九日雨;但依日數得雨,皆解。凡風自沖來,為殃、為喪、為火、為兵、為大人死,以占何國,若當時有大雨,即不占。凡風滾雨及風後降雨,皆雨氣也,不占。
およそ年・月・日・時の刑殺と五墓の位に起る風は、日色は白を発して渾濁し、日気は昏暗・寒冷すれば、兵を興し衆を動かし人心は戦慄するを主り、遇えばすなわち急いで武装を整備せねばならない。およそ両軍が対塁するは、まず主と客を分清せねばならない。日辰の配得する納音をもって「客」と為し、当下の十二時辰と風の来る方位をもって「主」と為す。もし日辰の納音が時辰と風来の方を克制しえれば、すなわち客方の取勝である。もし当下の地支の神と風来の方が納音を克制しえれば、すなわち客方は敗れ主人は勝つ。平常の家居もまたこの方法をもって内外を分かつ。およそ悪風・黒風、および三刑・衝破・墓殺の風は、当天に大雨を下るあるいは三日の内に大雨を下れば、災禍は皆消散する。別の一説に、宮日の風は、当天に雨を下ればすなわち解する。徴日の風は、三日の内に雨を下る。羽日の風は、五日の内に雨を下る。商日の風は、七日の内に雨を下る。角日の風は、九日の内に雨を下る。ただこの日数の内に雨を得れば、皆解消しうる。およそ風が衝位から吹き来るは、災殃を主り喪事を主り火災を主り兵禍を主り大人物の死亡を主り、これに拠って何れの国に応ずるを推占しうる。もし当時に大雨を下れば、すなわち推占を要しない。およそ風が雨を裹みて来るあるいは風の後に随いて雨を降らすは、皆雨気の致す所で、占断を作さない。
凡風從太歲上來,鳴條擺樹而天色清爽,日光明盛,著體清涼溫和者,祥風也,天子有德,令法不私,大臣畏慎,國昌民安之象;若風勢蓬勃,揚塵蔽天,著人寒慘,日白無光,兼刑帶殺,則為國有暴令,月建為大臣,日為令長,時來為民;凡風溼熱,逼人著地,走石吹沙,鳴條落葉,為囚風,以日辰占,何國饑荒人不安;風勢和緩,不揚塵土,氣色清溫,日光皎潔,以日辰占,何國歲美人安;凡風起歲月日時德上,鳴條落葉,及宮日、宮時、天門、乾上發風,皆吉風;五音之日,風起歲月日時刑上,黑色勃勃然,經刻冥冥,不見人形,是謂妖風,宮日為君,以下四日,為大臣死其分,下不熟,民災,以日占國。
およそ風が太歳の所在する方位から吹き来り、枝条を吹きて響き作らしめ樹木を揺せて、しかも天色は清爽にして、日光は明亮し、身に吹き着て清凉・温和なるは、これは祥風で、天子に徳あり法令は公正・無私にして、大臣は敬畏・謹慎し国家は昌盛し百姓は安寧するを象徴する。もし風勢が蓬勃し、塵土を揚げて天を蔽い日を遮り、人に吹き着いて寒冷・凄惨にして、太陽は白を発して光なく、また刑殺の気を兼帯すれば、すなわちあれは国家がまさに暴虐の政令を有らんとす。月建の位は大臣に応じ、日辰の位は県令・長官に応じ、時辰の吹き来るは百姓に応ずる。およそ風がまた湿りまた熱して、地面に貼って人を逼り、石を走らし沙を吹き、枝条を吹きて響き作らしめ樹葉を飄落せしむるを、「囚風」と謂い、日辰をもって何れの国が飢饉し人心が安んぜざるを推占する。風勢は和緩し、塵土を揚げず、気色は清朗・温潤にして、日光は皎潔すれば、すなわち日辰をもって何れの国が年成豊美にして人民は安楽するを推占する。およそ風が年・月・日・時の徳位に起り、枝条を吹きて響き作らしめ樹葉を飄落せしめ、および宮日・宮時・天門・乾位の上に発する風は、皆吉風である。五音の日に逢い、風が年・月・日・時の刑位に起り、色は黒くして勃勃然として翻巻し、一刻を経てもなお昏暗にして、人形も見清むこと能わざるを、「妖風」と謂う。宮日は君主に応じ、あと四日は順に類推し、大臣は所属の分野に死し、下は五穀は熟せず、百姓は災を遭うを主る。依然として日辰をもって何れの国に応ずるを推占する。
干徳
甲丙戌庚壬為陽,陽德自處;甲德在甲,丙德在丙,戌德在戍,壬德在壬,此謂自處。乙丁己辛癸為陰,陰德在陽;乙德在庚,丁德在壬,己德在甲,辛德在丙,癸德在戊,此謂在陽,取合為德也。
甲・丙・戊・庚・壬は陽干に属し、陽干の「徳」はすなわち自身に落ちる。甲の徳は甲に在り、丙の徳は丙に在り、戊の徳は戊に在り、壬の徳は壬に在り。これを「自処」と謂う。乙・丁・己・辛・癸は陰干に属し、陰干の徳は陽干の上に寄托する。乙の徳は庚に在り、丁の徳は壬に在り、己の徳は甲に在り、辛の徳は丙に在り、癸の徳は戊に在り。これを「在陽」と謂い、それと相合するあの天干を取って徳位と為す。底本のここの「戌」「戍」の二字は、皆「戊」の形近の訛りで、いま依然として原様に照らして文を録す。
支徳
歲月日時在巳,德在子;在壬,德在午;在寅,德在未;在卯,德在甲;在辰,德在酉;在巳,德在戌;在午,德在亥;在未,德在子;在申,德在壬;在酉,德在寅;在戌,德在卯;在亥,德在辰;以次順行前五辰是也。
年・月・日・時の地支が巳に在れば、徳位は子に在る。丑に在れば、徳位は午に在る。寅に在れば、徳位は未に在る。卯に在れば、徳位は申に在る。辰に在れば、徳位は酉に在る。巳に在れば、徳位は戌に在る。午に在れば、徳位は亥に在る。未に在れば、徳位は子に在る。申に在れば、徳位は丑に在る。酉に在れば、徳位は寅に在る。戌に在れば、徳位は卯に在る。亥に在れば、徳位は辰に在る。総の規律は、本支から算起し、順に前に向かって順数して第五個の辰位に至れば、すなわちそれの支徳の所在である。底本の中に「壬」「甲」と作る処は、順行五辰の法に拠れば「丑」「申」と為すべきで、いま依然として原文を存す。
月干徳
寅午戌,月德在丙;亥卯未,月德在甲;申子辰,月德在壬;巳酉丑,月德在庚。
月份が寅・午・戌に逢えば、月徳は丙に在る。亥・卯・未に逢えば、月徳は甲に在る。申・子・辰に逢えば、月徳は壬に在る。巳・酉・丑に逢えば、月徳は庚に在る。これは三合の結成する火・木・水・金の四局に按り、各々本局の所属する陽干を取って月徳の所在と為す。
三合
申子辰,亥卯未,寅午戌,巳酉丑。
三合は共に四組あり:申・子・辰は合して水局と成り、亥・卯・未は合して木局と成り、寅・午・戌は合して火局と成り、巳・酉・丑は合して金局と成る。風を占う時にそれをもって地支の間の会合・聚力する関係を判断する。
六合
寅亥,子丑,卯戌,辰酉,巳申,午未。
六合は六対の相合する地支で、寅と亥は合し、子と丑は合し、卯と戌は合し、辰と酉は合し、巳と申は合し、午と未は合す。およそ風の来る方位が日辰と六合を構成するは、互いに和順・相亲するを主る。
徳干合
甲己,乙庚,丙辛,丁壬,戊癸。
天干の相合は共に五対:甲と己は合し、乙と庚は合し、丙と辛は合し、丁と壬は合し、戊と癸は合す。上文に陰干の徳は「合」を取って徳と為すと説くは、すなわちこの五組の配合を指す。
歳月日時殺
寅午戌,殺在丑;巳酉壬,殺在辰;申子辰,殺在未;亥卯未,殺在戌。
年・月・日・時が寅・午・戌に逢えば、殺は丑に在る。巳・酉・丑に逢えば、殺は辰に在る。申・子・辰に逢えば、殺は未に在る。亥・卯・未に逢えば、殺は戌に在る。四組の殺位は皆辰・戌・丑・未のこの四個の墓庫の辰の上に落ち、各々本局の墓庫より順に推して得る。風が殺位から吹き来れば、すなわち凶を主る。底本の「巳酉壬」の「壬」はまさに「丑」字の訛りと為すべし。
吟呻殺
四孟月,在酉;四仲月,在巳;四季月,在丑。
「吟呻殺」の定位は、正月・四月・七月・十月のこの四個の孟月は、殺は酉に在る。二月・五月・八月・十一月のこの四個の仲月は、殺は巳に在る。三月・六月・九月・十二月のこの四個の季月は、殺は丑に在る。風が吟呻殺の所在する方位から吹き来るは、呻吟・愁苦の事を主る。
