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五諸侯占 四十

唐 · 瞿昙悉达 · 第65巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

石氏曰:“五諸侯五星,在東井北,近北河。”(西星入井二度,去極五十七度,在黃道內二度少。)《黃帝占》曰:“五諸侯,主帝心;一曰帝師,二曰帝友,三曰三公,四曰博士,五曰太史;此五者,為帝定疑也。”巫咸曰:“五諸侯,士官。”

石氏はいう、五諸侯は全部で五つの星で、東井宿の北にあり、北河に近い。原書の小注にいう、五諸侯の最西のあの星は井宿二度に入り、北天極から五十七度、黄道以内二度少半にある。《黄帝占》にいう、五諸侯は天帝の心意を主管する。第一の星は帝師、第二は帝友、第三は三公、第四は博士、第五は太史という。この五種の人の職責は、天帝のために疑難を決断することである。巫咸はいう、五諸侯は土の官に属する。

石氏曰:“五諸侯五星,在北戍之南,東西列,東端第一星,齊也;西端一星,秦也;其餘星,皆為諸國。”《春秋緯元命包》曰:“五諸侯主刺舉,戒不虞。”《援神契》曰:“五諸侯主危傾,此皆諸侯之職也。”石氏曰:“王諸侯者,使發摘奸謀,司察陰私伏匿之事。”

石氏はいう、五諸侯の五つの星は、北戍の南にあり、東西の方向に一列に排する。東端の第一は斉国に対応し、西端の一つは秦国に対応し、残りの各星はそれぞれ他の諸侯の国に対応する。《春秋緯元命包》にいう、五諸侯は検挙・弾劾を主管し、意外の変に警戒する。《援神契》にいう、五諸侯は傾危を扶救することを主管し、これらはみな諸侯が尽くすべき職分である。石氏はいう、いわゆる君王を輔佐する諸侯とは、かれらに奸邪の図謀を掲発させ、隠秘に潜蔵する事を稽查させるのである。

《春秋緯》曰:“五諸侯,理陰陽,舉外害,察得失,九州之外使。五星之變逆出,名罰,第一曲歲,其次如位;故以上天,禍從中起。”《禮緯含文嘉》曰:“五禮修備,則五諸侯星正行,光明,不相凌侵;五禾五水,應以大豐。”

《春秋緯》にいう、五諸侯の職分は陰陽を調理し、外から来る禍害を掲挙し、政事の得失を考察し、九州の外の使臣に充当する。五星に変異が生じ逆行して外に出るのを「罰」と呼び、第一の星はその年の曲折不順に応じ、残りの各星は居る位次によって類推する。これらの変異は上は天に応じ、禍患は朝廷の内部から生起する。《礼緯含文嘉》にいう、吉・凶・軍・賓・嘉の五種の礼制が修治され完備すれば、五諸侯の諸星は運行が端正・光明で、彼此相凌犯せず、五穀と五方の水土は、大豊収をもってこれに応ずる。

《黃帝占》曰:“五諸侯星,欲均大小齊明,則王吉昌,天下太平,其臣皆忠;星若差戾,搖動不明,則輔臣不忠,王者不安,天下有憂。”《春秋緯元命包》曰:“五諸侯生角,禍在中。”《春秋緯元命包》曰:“五諸侯星流四去,外牧傷,天子避宮,公卿逃。”

《黄帝占》にいう、五諸侯の諸星は大小が均斉でいっせいに明亮するのをよしとし、そうであれば君王は吉利昌盛し、天下は太平で、臣下はみな忠を尽くす。諸星がもし参差乖違し揺動して明亮でなければ、輔佐の臣は忠ならず、君王は安寧を得ず、天下に憂患がある。《春秋緯元命包》にいう、五諸侯の星が芒角を長じれば、禍乱は朝廷の内に出る。《春秋緯元命包》にまたいう、五諸侯の星が四方に流散して去れば、外に在って一方を牧守する諸侯は損傷を受け、天子は正宮を避離することを迫られ、公卿・大臣は乱に入って出逃する。

石氏曰:“五諸侯星,明大潤澤,大小齊同者,吉;諸侯忠良,王道大興;細微者,凶。”郗萌曰:“五諸侯星當明,即天下大治,安昌;不明,若不見者,天下之貴人有謀其主者,不出三年而發。”韓揚曰:“五諸侯糾戒,見亂相屠。”《石氏贊》曰:“五諸侯星,主議疑。”

石氏はいう、五諸侯の諸星が明亮碩大で色沢が潤潔し、大小が整斉画一であれば、吉利で、諸侯は忠誠賢良で、王道は大いに興盛する。諸星が細小微弱であれば、凶である。郗萌はいう、五諸侯の諸星は明亮すべきで、明亮すれば天下は大いに治まり、安定昌盛する。もし明亮でなく、さらには隠没して見えなければ、天下の顕貴の中に君主に加害を図謀する人があり、三年を出ずして発作する。韓揚はいう、五諸侯は糾察・警戒の職を掌り、ひとたび星象が常を失えば、乱が起こり互いに屠戮するのを見る。《石氏賛》にいう、五諸侯の星は、疑難の事を議決することを主管する。

積水星占 四十一

石氏曰:“積水一星,在北河西星北。”(入井十三度,去極五十五度,在黃道內十二度太。)石氏曰:“積水一星,一名聚水;積聚美水,以給酒官之旗。”巫咸曰:“積水之官。”

石氏はいう、積水はただ一つの星で、北河の西のあの星の北面にある。原書の小注にいう、積水は井宿十三度に入り、北天極から五十五度、黄道以内十二度太半にある。石氏はいう、積水の一星はまた「聚水」ともいい、その職分は上好の泉水を蓄積し、酒官の旗星に供給して酒を醸造するのに用いる。巫咸はいう、これは蓄水を掌る官星である。

《黃帝占》曰:“積水一星,給酒旗積水者,甘泉也;擬於醪釀,以待賓客;其星欲明,天下安,養宴之禮行;其星不明,人主不安,五穀不登,養宴禮廢,徭役殷煩,人民憂。”石氏曰:“積水星明大,動搖,天下水河海溢流,津道不通。”《石氏贊》曰:“積水星,給酒旗。”

《黄帝占》にいう、積水の一星は、酒旗の星に用水を供給する。積むところは甘美の泉水で、醪酒を醸造し、以て賓客を款待するのに備える。この星は明亮するのをよしとし、明亮すれば天下は安定し、宴饗・養老の礼が施行される。星光が明るくなければ、君主は安寧を得ず、五穀は歉収し、宴饗の礼は廃弛し、徭役は繁重で、百姓は憂苦する。石氏はいう、積水の星が明亮碩大にしてまた揺動して定まらなければ、天下の江河・湖海はまさに氾濫漫流し、渡口・道路は阻塞されて通じない。《石氏賛》にいう、積水の一星は、職は酒旗に用水を供給するに在り。

積薪星占 四十二

石氏曰:“積薪一星,在積水東南。”(入井二十一度半,去極六十一度半,在黃道內十度太。)石氏曰:“積薪,聚薪也;聚薪以給享祀。”《黃帝占》曰:“積薪所以給庖廚,以燎熟飲食;其星欲明,明則王者安,五穀熟;其星不明,則庖廚空虛,天下旱,歲不登,人民飢,王者有憂。”

石氏はいう、積薪はただ一つの星で、積水の東南方にある。原書の小注にいう、積薪は井宿二十一度半に入り、北天極から六十一度半、黄道以内十度太半にある。石氏はいう、積薪はすなわち柴薪を堆聚することで、柴薪を聚積するのは祭祀の用に供応するためである。《黄帝占》にいう、積薪は厨房に供給するために用いられ、それに依って火を焼いて飲食を煮熟させる。この星は明亮するのをよしとし、明亮すれば君主は安泰で、五穀は成熟する。星光が明るくなければ、厨房は空っぽのごとくで、天下は干ばつし、年成は歉収し、百姓は飢餓し、君王はこれがために憂慮する。

石氏曰:“積薪與積水,相去五尺以內,天下太平,五穀成;若相去一丈以外,天下饑荒,人民流亡,去其鄉。”石氏曰:“積薪明大,則人君增庖廚。”石氏曰:“積薪星明大,禘嘗察;星不明,君臣不和,百祀不享。”《石氏贊》曰:“積薪一星,主給庖。”

石氏はいう、積薪と積水の両星の相距が五尺以内であれば、天下は太平で、五穀は豊成する。もし相距が一丈以外であれば、天下に飢荒があり、百姓は流離して処を失い、井郷を背いて離れる。石氏にまたいう、積薪が明亮碩大であれば、君主はまさに厨膳を拡充する。石氏にまたいう、積薪の星が明亮碩大であれば、禘祭と嘗祭のごとき大祭はみな潔敬明察に挙行でき、星光が明るくなければ、君臣は和睦せず、各種の祭祀はいずれも神霊に享用されない。《石氏賛》にいう、積薪の一星は、厨膳に供給する事を主管する。

水位星占 四十三

石氏曰:“水位四星,在東井東,南北列。”(南星入井十九度半,去極七十二度半,在黃道外三度太。)《黃帝占》曰:“水位,主水官也;其星微小,如其故,則陰陽和,雨澤以時,天下安;其星明大,大水橫流,溝渠溢滿,五穀死傷,民以水飢。”

石氏はいう、水位は全部で四つの星で、東井宿の東にあり、南北の方向に一列に排する。原書の小注にいう、水位の最南のあの星は井宿十九度半に入り、北天極から七十二度半、黄道以外三度太半にある。《黄帝占》にいう、水位は水を掌る官を主管する。これらの星が細小暗淡で旧観のごとくであれば、陰陽は調和し、雨水は時に応じて降り、天下は安定する。星光が明亮碩大であれば、大水が横流し、沟渠は漫溢し、五穀は水に淹れて死し、百姓は水災によって飢える。

石氏曰:“水位星,主水衡,衡平象水,澤平而後流,澤不壅塞也;星明大,則兵水興。”焦延壽曰:“水位星上近北戍,國沒為河,不乃有滔天之水,以日占國。”《石氏贊》曰:“水位四星,瀉溢流。”

石氏はいう、水位の星は水衡の職を主管する。秤の杆が平正なのはちょうど水面のようで、湖沢は注いで満ち平らかになって後に外に流れ、そうであれば水沢は壅塞しない。これらの星が明亮碩大であれば、兵禍と水患はいっしょに興起する。焦延寿はいう、水位の星が上に向かって北戍に靠近すれば、国土が沈没して河道となることがあり、そうでなくても滔天の洪水があり、発生した当日の干支の配する分野に拠ってどの国に応ずるかを判断する。《石氏賛》にいう、水位の四星は、水の宣泄と漫溢・奔流を主管する。

軒轅星占 四十四

石氏曰:“軒轅十七星,在七星北。”(大星入張太,去極七十一度,在黃道內一度少。)《詩推度災》曰:“黃龍在內,正土職也;一曰陳陵,二曰權星,主雷雨之神。”

石氏はいう、軒轅は全部で十七の星で、七星宿の北にある。原書の小注にいう、軒轅の大星は張宿太半度に入り、北天極から七十一度、黄道以内一度少半にある。《詩推度災》にいう、黄龍は内位に居り、土徳の職分を端正する象徴である。軒轅の第一の名号は「陳陵」、第二の名号は「権星」といい、雷雨の神を主管する。

石氏曰:“軒轅一名昏昌宮,而龍蛇形;凡十七星,南端明者,女主也,母也;女主北六尺,一星,夫人也,屏也,上將也;北六尺、一星,次夫人也,妃也,次將也;北六尺一星,次妃也;其次,皆次妃也;女主南三尺,星不明者,女御也;御西南丈所一星,大明也,太后宗也;御東南丈所一星,少明也,皇后宗也。”

石氏はいう、軒轅はまた「昏昌宮」ともいい、形状は竜蛇の蜿蜒のようで、全部で十七の星である。南端のあの明亮なのは女主、すなわち母后である。女主から北へ六尺の一つの星は夫人で、また屏星とも称し、また上将の位に当たる。さらに北へ六尺の一つの星は次夫人、すなわち妃で、また次将の位に当たる。さらに北へ六尺の一つの星は次妃である。これより後の各星は、すべて次妃の列に属する。女主から南へ三尺のあの明亮でない星は女御である。女御の西南一丈ほどの一つの星は、光度が比較的大きく、太后の宗族を代表する。女御の東南一丈ほどの一つの星は、光度が比較的小さく、皇后の宗族を代表する。

郗萌曰:“軒轅,女主之廷也,一名天柱。”《荊州占》曰:“軒轅前大星明,一曰天關,主陰關。”《淮南鴻烈》曰:“軒轅,帝妃之舍也。”巫咸曰:“軒轅,天子后妃之庭,主土官也。”

郗萌はいう、軒轅は女主の臨朝する殿廷で、また「天柱」ともいう。《荊州占》にいう、軒轅の前方の大星が明亮で、この星はまた「天関」ともいい、陰門の関隘の事を主管する。《淮南鴻烈》にいう、軒轅は帝王の妃嬪の居所である。巫咸はいう、軒轅は天子の后妃の宮庭で、土官の職を主管する。

《黃帝占》曰:“軒轅十七星,主后妃黃龍之體,以應主;南第一星,皇后也;次北一星,三夫人;又北一星,九嬪也;次北一星,二十七世婦;其次北一星,八十一御女;西南六尺,一星,太后宗也;東星六尺,一星,皇后宗也;后妃星南一尺,一星小者,皇子也;次南二尺,一星,女史也;其星主雷雨風霜霧露,虹霓背瓊抱珥,此軒轅之變氣,皆應主之祥。”

《黄帝占》にいう、軒轅の十七星は后妃の事を主管し、形体は黄龍の状をなし、以て君主に応合する。南端の第一の星は皇后で、北へ一つの星は三夫人で、さらに北へ一つの星は九嬪で、さらに北へ一つの星は二十七世婦で、さらに北へ一つの星は八十一御女である。西南六尺のところの一つの星は太后の宗族を代表し、東の六尺のところの一つの星は皇后の宗族を代表する。后妃の星から南へ一尺のところのあの比較的小さい星は皇子で、さらに南へ二尺の一つの星は女史である。これらの星は雷・雨・風・霜・霧・露、および虹霓と日のそばの背気・璚気・抱気・珥気を主管し、およそこれらはみな軒轅の顕す変異の気で、すべて君主の身に応ずる吉凶の兆である。

石氏曰:“軒轅星,王后以下所居宮也,一曰帝南宮,中央土神,女主之象也;女主之位,黃帝之舍也。”《禮緯含文嘉》曰:“諸舅有儀,則軒轅東西角大張。”《孝經(闕)契》曰:“軒轅列明,後女爭譽。”石氏曰:“軒轅屏星去,無君臣之義。”

石氏はいう、軒轅の星は王后以下の衆多の妃嬪の居る宮室で、また「帝南宮」ともいい、中央土徳の神に属し、女主の象徴である。女主の居る位次は、すなわち黄帝の居所である。《礼緯含文嘉》にいう、外戚の諸舅の挙止が儀礼に合すれば、軒轅の東西両端の角は大幅に張り開く。《孝経(闕)契》にいう、軒轅の諸星がいっせいに明亮すれば、后妃の間は争って声誉を博する。石氏はいう、軒轅の屏星が位を離れて去れば、君臣の間は応有の名分・道義を失う。

石氏曰:“軒轅星如其故,色黃而潤澤,則天下和,年大豐。”石氏曰:“軒轅移外,民流亡,從胡人;移其內,民人大飢,胡人來。”焦延壽曰:“軒轅星動有搖,若相就;皆為后夫人之宗,有死喪,若卑伐尊者。”

石氏はいう、軒轅の諸星が旧観のごとくで、色が黄く潤沢であれば、天下は和睦し、年成は大いに豊かである。石氏にまたいう、軒轅が外に向かって移位すれば、百姓は流離逃亡し、胡人に投奔し、内に向かって移位すれば、百姓は大いに飢饉を鬧かし、胡人は来て侵擾する。焦延寿はいう、軒轅の諸星が揺動して定まらないか、あるいは彼此靠近して相就けば、いずれも后妃・夫人の宗族に喪亡の事があることを主るか、あるいは卑をもって尊に犯し、下をもって上に伐つ事情の発生がある。

又占曰:“女御星去后星遠,有賤星迫近之,有賞賜事;其東西至大民、少民;王者娶,不以次;淫佚不用道理,以下賤為正也。”郗萌曰:“軒轅角振,后族敗,振動也。”《荊州占》曰:“軒轅欲小,小黃明也;消小不見,皇貴妃不安;黑色,大凶。”石氏曰:“軒轅星合,為百二十妃大小相次,後宮多子孫;不明,有暴憂。”《石氏贊》曰:“軒轅龍體,主后妃。”

また一条の占辞にいう、女御の星が皇后の星からとても遠いのに、卑賤の小星がそれに迫近すれば、賞賜の事がある。この象が東西両側に大民・少民の二星にまで延び及べば、君王の妻を娶るが次序に従わず、荒淫放縦で道理に循わず、出身の低賤な人を正室に立てることを主る。郗萌はいう、軒轅の角が振動すれば、后族はまさに敗落する。いわゆる「振」とはすなわち揺動である。《荊州占》にいう、軒轅の諸星は細小なのをよしとし、細小にして色が黄く明浄なのが最良である。もし縮小して隠没して見えないに至れば、皇貴妃は安寧を得ず、星色が黒に発すれば、大いに凶である。石氏はいう、軒轅の諸星が聚合するのは、百二十人の妃嬪が尊卑・大小によって順次排列することを象徴し、後宮は多くの子孫を得る。星光が明るくなければ、突如其来の憂患がある。《石氏賛》にいう、軒轅は形は竜体のようで、后妃の事を主管する。

少微星占 四十五

石氏曰:“少微四星,在太微西,南北列。”(南星入張十度半,去極七十度半,在黃道內三度半弱。)韓楊曰:“天官圖簿,少微四星,謂第一處士;第二博士;第三義士;第四大夫也。”

石氏はいう、少微は全部で四つの星で、太微垣の西にあり、南北の方向に一列に排する。原書の小注にいう、少微の最南のあの星は張宿十度半に入り、北天極から七十度半、黄道以内三度半弱にある。韓楊はいう、天官の星図簿録の記載に拠れば、少微の四星は、第一は処士を代表し、第二は博士を代表し、第三は義士を代表し、第四は大夫を代表する。

(別書云:有五星,南端一星主真人,老子、許由也;第二星處士,孔子也;第三星工士、奚仲、魯班也;第四星術士,定鐘律,師曠也;第五星能士,力舉九千鈞也。又《天官書》曰:廷蕃西有墮星五。案圖簿,止有四星。且韓楊又云異聞,今故兼錄也。)

原書の小注にいう、別に他の書に少微は五つの星であると講じるものがあり、南端の一つは真人を主り、老子・許由のような人物で、第二は処士を主り孔子のごときで、第三は工士を主り奚仲・魯班のごときで、第四は術士を主り鐘律を厘定した師曠のごときで、第五は能士を主り九千鈞の重物を挙げられる。このほか《史記・天官書》にいう、太微廷藩の西に「堕星」五つがあるとする。星図簿録を査するに、ここには四つの星しかない。これに韓楊の言を加えればまた別の一種の異聞に属するので、いま数種の説をいっしょに収録しておく。

《文曜鉤》曰:“少微,士大夫位也;一名處士。”巫咸曰:“處士,水官也。”石氏曰:“少微,伏戲之廷。”巫咸曰:“少微,天子副主;或曰博士官;一曰主衛掖門。”《黃帝占》曰:“少微,主藝能之士;若聞如孔子,巧如魯班,道術之士,悉皆主之。”

《文曜鈎》にいう、少微は士大夫の位次で、また「処士」ともいう。巫咸はいう、処士の星は水の官に属する。石氏はいう、少微は伏羲の殿廷である。巫咸はいう、少微は天子の副貳の主で、あるいはそれは博士の官であるともいい、また一説には宮中の掖門の守衛を主管するという。《黄帝占》にいう、少微は技芸・才能ある人を主管し、孔子のように博聞多識で、魯班のように心思が巧妙で、および各種の道術に精通する人は、すべてそれの主管に帰する。

《黃帝占》曰:“少微星明而行列,王者任賢良,舉隱逸才用,天下安;其不明,微而不見,賢良不出,術士潛藏,人主不安。”《春秋緯》曰:“大夫專權,則兵陵地坼;少微纖昧。”

《黄帝占》にいう、少微の諸星が明亮して排列が整斉であれば、君王は賢良を任用し、隠居して仕えぬ才俊を起用し、天下は安定する。星光が明るくなく、微弱して見えないに至れば、賢良の士は出仕を肯んぜず、方術の士は隠匿潜蔵し、君主は安寧を得ない。《春秋緯》にいう、大夫が権柄を独攬すれば、兵禍が相凌ぎ大地が裂け、このとき少微の星は纖細で晦暗である。

石氏曰:“少微星明大而黃潤澤,則賢士舉,而忠臣用。”石氏曰:“少微星微小,則賢士退,而忠臣廢。”巫咸曰:“少微星非其故,女主有憂。”巫咸曰:“處士明,王命興,輔佐出。”焦延壽曰:“少微星近太微,若一星獨前,入太微西門,胡主有謀,賊闢。”《石氏贊》曰:“少微四星,逸士位。”

石氏はいう、少微の諸星が明亮碩大で色が黄く潤沢であれば、賢士は挙薦を獲得し、忠臣は任用を得る。石氏にまたいう、少微の諸星が細小微弱であれば、賢士は退隠し、忠臣は廃棄され用いられない。巫咸はいう、少微の諸星が常態を失えば、女主に憂患がある。巫咸にまたいう、処士の星が明亮すれば、君王の政令は興挙し、輔佐の臣は時に応じて出る。焦延寿はいう、少微の星が太微垣に近づき、もしその中の一つの星が独りで前行して太微の西門に入れば、胡人の主に図謀があり、盗賊が横行して除辟を加えなければならない。《石氏賛》にいう、少微の四星は、隠逸の士の位次である。

太微星占 四十六

石氏曰:“太微十星,(案司馬遷《天官書》,班固《天文志》並匡星,未詳其占。)在翼軫北。”門右星入翼九度,去極七十六度半,在黃道內二度太也。吳龔《天官星占》曰:“太微者,天關也;南門關千里,分為左右掖。”

石氏はいう、太微は全部で十の星である。原書の小注にいう、司馬遷《史記・天官書》と班固《漢書・天文志》を査するに、いずれも「匡星」をいっしょに計入するが、その占辞を詳載しない。太微は翼宿・軫宿の北に位置する。門の右のあの星は翼宿九度に入り、北天極から七十六度半、黄道以内二度太半にある。呉龔《天官星占》にいう、太微はすなわち天上の関隘で、南門のこの一つの関は一開一閉が千里の遠さに牽動し、両側は左掖門と右掖門に分かれる。

郗萌曰:“太微之宮,天子之廷,上帝之治,五帝之座也;(案張衡《靈憲》曰:“太微為五帝之庭。)名曰保舍,十二諸侯之府也;其外蕃,九卿也;軒轅為權,太微為衡。”

郗萌はいう、太微の宮は天子の朝廷で、上帝の施政する処であり、また五方の天帝の座位である。原書の小注にいう、張衡《霊憲》が講じるに、太微は五帝の庭院であると。太微はまた「保舎」とも名づき、十二諸侯の官府で、それの外囲の藩垣は、すなわち九卿を象徴する。軒轅は秤の錘にたとえ、太微は秤の杆にたとえる。

(案《續晉陽秋》曰:桓溫入蜀,聞有善星者,後有大志,遂致之,夜獨執其手,於星下問國社之修短,星人曰:太微、紫微、文昌三宮,氣候如此,決無憂虞,五十年外不論耳,溫不悅,遺絹一疋,錢五千,星人詣習鑿齒,曰:受旨自裁,乞命為標揭棺木。鑿齒問其故,星人曰:賜絹令我自縊,乞錢買棺,故知之耳。鑿齒曰:君幾誤死,君亦知星宿有不覆之義乎,絹以戲君,線供資糧,是聽君去耳,星人喜,以此言詣溫,溫嘆曰:君三十年看儒書,不如一詣習主簿。)

原書の小注にいう、《続晋陽秋》の記載を査するに、桓温が蜀に入ったとき、星占に精なる人がいると聞き、ちょうどそのときかれは不軌の大志を懐いていたので、この人を招き寄せた。夜に独りその手を握り、星光の下で国家・社稷の長短の気数を問うた。星占者はいう、太微・紫微・文昌の三宮の星気はかくのごとくで、憂うべきところは決してなく、五十年以外の事は論じるに及ばない、と。桓温は喜ばず、絹一疋・銭五千を贈った。星占者は習鑿歯に見えに行っていう、わたしは自ら尽きよとの旨意を奉じ、ただ先に棺木を標記する名号を留めてほしいと求めるのみである、と。習鑿歯はかれにどうして分かるかと問い、星占者はいう、絹を賜ったのはわたしに首を吊らせることで、銭を与えたのはわたしに棺を買わせることで、ゆえに知る、と。習鑿歯はいう、あなたは危うく枉死しかけた。あなたは星宿にも「一切を覆い尽くさぬ」道理があることを知らないのか。あの絹はあなたと戯れたのであり、銭はあなたに旅費を供したのであり、意はただあなたの去るに任せるのみである、と。星占者は大いに喜び、この言葉を桓温に告げ、桓温は感嘆していう、あなたは三十年儒書を読んだが、習主簿のもとへ一度行くに及ばない、と。

《淮南鴻烈》曰:“微者,主朱鳥也。”(許慎曰:“大風之鄉,朱鳥。)《孝經緯》曰:“太微,天廷,帝以紀錄出圖;五星並設,神錄集謀,故置將相,輔佐執法,郎位,少微以議疑。”巫咸曰:“太微,天子常侍,土官也。”

《淮南鴻烈》にいう、太微は南方の朱鳥の事を主管する。原書の小注に許慎を引いていう、大風の出ずる方位は、まさに朱鳥の居るところである。《孝経緯》にいう、太微は上天の朝廷で、天帝はここで簿籍を登録し図讖を頒出し、五星はいっしょに布列し、衆神は彙集して謀議する。ゆえに将・相の位を設け、また輔佐・執法・郎位および少微の諸星を設け、以て疑難を商議・決断する。巫咸はいう、太微は天子の常侍近臣で、土の官に属する。

《黃帝占》曰:“太微,天子之宮。西蕃四星,南北列,南端第一星,為上將;北間,為太陽西門;門北一星,為次將;北間,為中華西門;門北一星,為次相;北間,為太陰西門;門北一星,為次相;北間,為中華東門;門北一星,為次將;北間,為太陰東門;北端一星,為上相。東藩四星,南北列,南端第一星,為上相;北間,為太陽東門;北端一星,為上將。南蕃兩星,東西列,其西星,為右執法;其東星,為左執法,廷尉尚書之象,兩執法之間,太微天廷端門也;右執法西間,為右掖門;左執法之東,為左掖門。帝有四部將軍相,有十,帝之所尊貴者,為上將相,不以廷尉、尚書為例。”

《黄帝占》にいう、太微は天子の宮殿である。西面の藩垣の四つの星は南北の方向に排列する。南端の第一は上将で、その北の空き間は太陽西門で、門北の一つの星は次将で、さらに北の空き間は中華西門で、門北の一つの星は次相で、さらに北の空き間は太陰西門で、門北の一つの星は次相で、さらに北の空き間は中華東門で、門北の一つの星は次将で、さらに北の空き間は太陰東門で、最北端の一つの星は上相である(この段の東西藩の門名と星位は底本の中で互いに竄乱しており、なお原文に依って録存する)。東面の藩垣の四つの星もまた南北に排列する。南端の第一は上相で、北面の空き間は太陽東門で、最北端の一つは上将である。南面の藩垣の二つの星は東西に排列し、西の一つは右執法で、東の一つは左執法で、廷尉と尚書を象徴する。両執法の間は、すなわち太微天廷の端門で、右執法の西側の空き間は右掖門で、左執法の東側は左掖門である。天帝の手下に四部の将軍と丞相があって、合計十位である。天帝の最も尊崇するのは上将と上相で、廷尉・尚書をこの等級の内に算入しない。

《洛書》曰:“太微西蕃將,執威誅不順;東蕃相,執美拒侯王。”《春秋元命包》曰:“太微,權政所在。”又曰:“太微為天廷,理法平辭,監升授德,列宿受符,諸神考節,舒情稽疑也;南蕃二星,東星曰左執法,廷尉之象也;西星曰右執法,御史大夫之象也;執法,所以舉刺凶奸者也;兩星之間,南端門也;左執法之東,左掖門也;右執法之西,右掖門也;東蕃四星,南第一星,曰上相,上相之北,東門也;第二星,曰次相,次相之北,中華門也;第三星,曰次將,次將之北,太陰門也;第四星、曰上將;所謂四輔也。

《洛書》にいう、太微の西藩は将位で、威刑を掌握し、服従しない人を誅討する。東藩は相位で、美徳を秉持し、驕横の侯王に抵御する。《春秋元命包》にいう、太微は権柄・政令のあるところである。またいう、太微は上天の朝廷で、ここで法度を整治し、辞訟を平允にし、考課して升進し徳位を授与し、列宿はここで符命を領受し、衆神はここで節度を考定し、情実を抒陳し疑難を稽查する。南藩の二つの星——東の一つは左執法といい、廷尉を象徴し、西の一つは右執法といい、御史大夫を象徴する。執法の官は凶悪・奸邪の徒を検挙弾劾するために用いられる。両星の間は南端門で、左執法の東は左掖門、右執法の西は右掖門である。東藩の四つの星——南より第一は上相といい、上相の北は東門、第二は次相といい、次相の北は中華門、第三は次将といい、次将の北は太陰門、第四は上将——これがいわゆる「四輔」である。

西蕃四星,南第一星,曰上將;上將之北,西門也;第二星,曰次將;次將之北,中華門也;第三星,曰次相,次相之北,太陰門也;第四星、曰上相;亦為四輔也。”《春秋緯》曰:“天廷微,序五統三,立法式,成章匡。衛星為蕃臣,西星將位,東星為相位,中執法,南兩星端門。旁左右掖門,五諸侯王。”

西藩の四つの星——南より第一は上将といい、上将の北は西門、第二は次将といい、次将の北は中華門、第三は次相といい、次相の北は太陰門、第四は上相——この四つもまた「四輔」と称する。《春秋緯》にいう、上天の朝廷たる太微は、五行を序列し三統を統摂し、法式を確立し、章程・規矩を成就する。護衛の諸星は藩屏の臣で、西辺の星は将位、東辺の星は相位、中間は執法の星、南面の二つの星は端門を構成する。端門の両旁は左右の掖門で、別に五諸侯の王がその間に列する。

開元占経 巻六十七

石氏中官

三台占 五十三

石氏曰:“三臺六星,兩兩而居。起文昌,列抵太徵。”(兩臺北星入井三十度太,去極三十度少,在黃道內二十八度少也。)《黃帝占》曰:“三能(蘇氏曰:能音臺。)者,三公之位也;諸侯,農人也;一名天柱,太一之舍道也;文昌之庭也;在下名曰天奇。”

石氏はいう、三台は全部で六つの星で、二つずつ対をなして排列し、文昌から始まってまっすぐ太微垣まで排する。原書の小注にいう、両台の中の北寄りのあの星は井宿三十度太半に入り、北天極から三十度少半、黄道以内二十八度少半にある。《黄帝占》にいう、三能(原書小注に蘇氏を引いていう、「能」は「台」と読む)は三公の位次で、また諸侯と農人をも象徴する。それはまた「天柱」ともいい、太一の往来して居る通道で、また文昌の庭院であり、下界では「天奇」と称する。

《黃帝占》曰:“三能,近文昌宮者,曰太尉,司命,為孟;次星曰司徒,司中,為仲;次星為司空,司祿、為季。”《黃帝占》曰:“泰階,天之三階也;上階上星,為天子;下星,為女主;中階上星,為諸侯、三公;下星為卿大夫;下階上星,為士,為庶民,所以和陰陽而理萬物。”

《黄帝占》にいう、三能の中で、文昌宮に近い一対を太尉といい、また司命とも称して位は長に居る。その次の一対を司徒といい、また司中とも称して位は中に居る。さらにその次の一対を司空といい、また司禄とも称して位は末に居る。《黄帝占》にまたいう、泰階はすなわち上天の三級の階段である。上階の上星は天子を代表し、下星は女主を代表する。中階の上星は諸侯と三公を代表し、下星は卿大夫を代表する。下階の上星は士を代表し、下星は庶民を代表する。この三級の階段を設けたのは、陰陽を調和し万物を治理するためである。

又占曰:“三臺大間中,相去十六度,為平過,為太滅,為損。小間中相去太半度,為平過,為奢減,為迫。”又占曰:“知三能者,使人不病癘;夫妻俱視三能,使人離;三能雖尊;臣之位也。”又占曰:“司祿,主人君之爵祿。”

また一条の占辞にいう、三台の各対の間の大きな間隔は、相距が十六度をもって常度平正とし、超えれば太過消減で、虧損である。各対の両星の間の小さな間隔は、相距が太半度をもって常度平正とし、超えれば奢張・減損で、足りなければ迫近である。また一条の占辞にいう、三能の星理を知る人は、人に疫病を患わせないことができる。夫婦の二人が同時に三能を仰観すれば、かえって人を分離させる。三能は尊貴ではあるが、終竟は人臣の位次である。また一条の占辞にいう、司禄の星は君主の授与する爵位と俸禄を主管する。

《禮含文嘉》曰:“三臺為天階,太一躡以上下;一曰天階。”《春秋緯》曰:“三能在前,參稽正緒。”《春秋緯元命包》曰:“魁下六星,兩兩而北,曰三能,主德,聞德宣符之;西近文昌二星,曰上臺,為司命,主壽;次二星,中臺,為司中,主宗室;東二星,曰下臺,為司祿,主兵。”

《礼緯含文嘉》にいう、三台は上天の階段で、太一の神がそれを踏んで上下に往来する。ゆえにまた「天階」ともいう。《春秋緯》にいう、三能は前に列して、人に参験・稽考させ、綱紀の端緒を端正させるために供する。《春秋緯元命包》にいう、北斗の魁星の下方の六つの星は、二つずつ北に向かって排列し、三能と呼ばれ、徳行を主管し、徳音を聞いて符命を宣布できる。西寄りで文昌に近い二つを上台といい、すなわち司命で、寿数を主管する。続いての二つを中台といい、すなわち司中で、宗室を主管する。東の二つを下台といい、すなわち司禄で、兵事を主管する。

《論讖》曰:“上臺上星,主兗豫;下星、主荊揚;中臺上星,主樑雍;下星,主冀州;下臺上星,主青州;下星,主徐州;星非其故,以占其邦。”巫咸曰:“三能,天子六階;六階,土官也。”郗萌曰:“三能主爵,為天倉。”司馬遷《天官書》曰:“三能、三衡者,天庭也。”

《論讖》にいう、上台の上星は兖州・豫州を主り、下星は荊州・揚州を主る。中台の上星は梁州・雍州を主り、下星は冀州を主る。下台の上星は青州を主り、下星は徐州を主る。どの星か常態を失えば、それに拠って対応する邦国を占断する。巫咸はいう、三能は天子の六級の階段で、この六級の階段は土官に属する。郗萌はいう、三能は爵位を主管し、また天倉の職に当たる。司馬遷《史記・天官書》にいう、三能と三衡は、いずれも上天の朝廷である。

《荊州占》曰:“司命主兵,間六尺有兵。”又占曰:“司命、司中、祿星,天子定見安危之府也;萬民壽之主也。”《黃帝占》曰:“司命、司中、司祿,星色青黑,天下多憂。”又占曰:“司中主宗室,間六尺,主亂政急,骨肉親疏遠,宗室不和附,人君不安,兵起。”

《荊州占》にいう、司命は兵事を主管し、両星の間距が六尺にまで張り開けば戦事がある。また一条の占辞にいう、司命・司中・司禄の三星は、天子がこれに拠って安危を判定する官府で、また万民の寿命の主宰である。《黄帝占》にいう、司命・司中・司禄の三星の星色が青黒であれば、天下に憂患が多い。また一条の占辞にいう、司中は宗室を主管し、両星の間距が六尺に張り開けば、政局が混乱急迫し、骨肉の至親が疎遠になり、宗室が和睦せず帰附を肯んぜず、君主は安寧を得ず、戦事が興起することを主る。

《黃帝占》曰:“公侯背叛,率部動兵,則中階上星其色赤;夷狄侵邊,境內騷運,則中階下星疏而橫,其色白:卿大夫廢正向邪,作奸營私,則下星垂而疏,其色赤;避尊比下,興眾同位,則星迫而下,色白。”《黃帝占》曰:“士庶民不從法令,犯刑為賊,則下階上星其色赤;星去本就末,淫侈相起,則閽人橫,其色白;令行法勝,委命聽從,則星迫而下,其色白。”

《黄帝占》にいう、公侯が背叛して部屬を率いて兵を興せば、中階の上星は赤色を呈する。夷狄が辺境を侵犯し、境内が動蕩して安らかでなければ、中階の下星は疎遠にして横斜し、白色を呈する。卿大夫が正道を捨てて邪僻に趨り、私を営み弊を舞えば、下星は低く垂れて疎離し、赤色を呈する。尊者を避けて去り下位に親附し、党衆を糾集して上位の者と比肩すれば、星は迫近して下に沈み、白色を呈する。《黄帝占》にまたいう、士人と庶民が法令に遵従せず、法を犯して盗をなせば、下階の上星は赤色を呈する。星が本位を離れて末位に趨れば、淫侈の風が交々興起し、門を守る小吏さえ横行无忌で、星は白色を呈する。政令が通行し法度が勝ちを得て、人々が聴命服従すれば、星は迫近して下に、白色を呈する。

又占曰:“上能不具,春不得耕;中能不具,夏不得芸;下能不具,秋不得獲。”又占曰:“三階平,則陰陽和,風雨時,五穀豐,禎祥應,天下太平;三階不平,則陰陽不和,風雨不時,百靈不享,災異並生,百姓不寧。”

また一条の占辞にいう、上台が残欠して全からなければ、春に耕種することができず、中台が残欠して全からなければ、夏に田を耘り草を除くことができず、下台が残欠して全からなければ、秋に収穫することができない。また一条の占辞にいう、三級の階段が平正であれば、陰陽は調和し、風雨は時に応じ、五穀は豊登し、祥瑞は応験し、天下は太平である。三級の階段が平正でなければ、陰陽は失調し、風雨は時を失い、各方の神霊は祭祀を歆享しようとせず、災異はいっせいに発生し、百姓は安寧を得ない。

《黃帝占》曰:“天子剛猛好兵,滅後殺嗣,則上階上星其色赤;循宮廣囿,肆其聲色,則上階奢而橫;溫懦柔弱,誅罰不行,則上階迫,其色白;朋黨比周,度逾適易,則上階下星其色白;妃嬪尊榮,讒言進用,則上階下星奢而橫,其色白;恃寵肆欲,懷邪作亂,則星高而仰,其色赤。”

《黄帝占》にいう、天子が剛暴凶猛で用兵を好み、皇后を廃黜し子嗣を殺害すれば、上階の上星は赤色を呈する。宮墻に沿って苑囿を拡建し、声色の欲を放縦すれば、上階は張りが過度に寛く横斜する。性情が温呑懦弱で、誅すべき罰すべきもいずれも施行しなければ、上階は迫近して収緊し、白色を呈する。朝中で党を結び私を営み彼此勾連し、法度が随意に逾越更改されれば、上階の下星は白色を呈する。妃嬪の地位が尊崇され栄寵を受け、讒言が進用を得られれば、上階の下星は張りが過度に寛く横斜して白色を呈する。寵を恃みて肆意に欲を縦じ、邪念を懐いて乱をなすを図れば、星は高く抬って上に仰ぎ、赤色を呈する。

《黃帝占》曰:“人主有綱,臣下有紀,賦斂惟省,刑罰用輕,則上階為之蹙;諸侯納貢,朝聘有禮,三公盡忠,卿大夫無私,則中階為之比;庶民奉化,閨門和穆,予給以時,徭役有序,下階為之密蹙;比密者相近也。”

《黄帝占》にいう、君主が大綱を持守し、臣下が法紀に遵循し、賦税の徴斂が倹省を務め、刑罰が軽く施用されれば、上階はこれがために収緊して靠攏する。諸侯が時に貢を納め、朝覲・聘問がみな礼数に合い、三公が忠誠を竭くし、卿大夫が私情を徇らなければ、中階はこれがために并列して貼近する。庶民が教化を奉行し、家門の内が和睦融洽し、給養が時に発放され、徭役が序をもって按排されれば、下階はこれがために緊密に靠攏する。いわゆる「比」「密」とは、いずれも彼此が相近づくの意である。

《黃帝占》曰:“人主徭役肆意縱慾,崇飭臺榭,數奪農時,上階為之奢;諸侯盛,車服上僭,三公專權,卿大夫貪誇,則中階為之疏;(案王隱《晉書》曰:張華少子建曉仰占云:中臺坼、內懼;遂勸華遜位,華言今惟修德以應之耳,檀道鸞《晉陽秋》曰:張華死後,中臺遂坼。大元中,還陰斂正,中國以謝太傳祖德之所致也。《宋書天文志》云:晉惠永康元年三月,中臺星坼,是日賈后殺太子,趙王倫尋廢殺後,及張華又廢帝自立,於是三王並起,操據天權也。)士庶民去本趨末,不務農桑,豪侈相凌,竟為狡猾;則下階為之闊奢;疏闊者,階相遠也。”

《黄帝占》にいう、君主が濫りに徭役を興し恣いに欲を縦じ、高台・楼榭を大修し、しきりに農時を侵奪すれば、上階はこれがために張り開き寛くなる。諸侯の勢力が強盛で、車馬・服飾が本分を僭越し、三公が権柄を専擅し、卿大夫が貪婪で誇詐すれば、中階はこれがために疎遠に散開する。原書の小注にいう、王隠《晋書》の記載を査するに、張華の小児子張建は仰いで星象を観る術に通暁し、中台の星が裂けて内裏は畏るべしと言い、ここに張華に位を辞し退くよう勧めた。張華はいう、いまはただ徳を修めて以て対応するのみである、と。檀道鸞《晋陽秋》にいう、張華が死して後、中台は果たして裂けた。太元年間に、陰気が位に帰り綱紀が改めて端正されると、中原の人はこれを謝太傅の祖先の積徳の致すところと認めた。《宋書・天文志》にいう、晋の恵帝永康元年三月、中台の星が裂け、その日に賈后が太子を殺害し、趙王司馬倫がほどなく賈后を廃黜し殺し、その後張華もまた廃され、司馬倫は自ら立って帝となり、ここに三王がいっせいに兵を起こし、朝廷の大権を把持した。士人・庶民が本を捨て末に逐い、農桑に従事しようとせず、豪奢を互いに攀比し欺凌し、争って奸猾の手段を弄すれば、下階はこれがために張り拡がり奢散する。いわゆる「疏」「濶」とは、いずれも階段が彼此に引き離れるの意である。

《洛書》曰:“三能橫通,天下嘿嘿,後十二年,山大崩,亡主之符也。”《尚書中侯》曰:“中能垂,公輔謀。”《尚書中侯》曰:“天能有變,厥為災,土淪山崩,谷溜滿,川枯。”

《洛書》にいう、三能が横斜に貫通すれば、天下は沈悶して声なく、噤として寒蝉のごとく、これより後十二年に、大山の崩壊があり、これは君主がまさに亡ぶ符応である。《尚書中侯》にいう、中台が低垂すれば、三公の輔相は暗中に謀劃している。《尚書中侯》にまたいう、天上の三能に変異が生じれば、災を成し、土地は陥落し山岳は崩塌し、谷の中の積水は漫溢し、河川はかえって乾枯する。

《禮含文嘉》曰:“王者得禮之制,不傷財,不害民,君臣和集,草木昆蟲,各蒙正則,則三臺為齊明,不闊不狹,如其度。”(宋均注曰:君臣制度、宮室車旗多少,各有科品,則應之也。)《禮緯含文嘉》曰:“殯喪之禮,各以其時,變制革禮之差,各制之宜,三臺平正,有德星出入其間矣。”

《礼緯含文嘉》にいう、君王が礼の法度を掌握し、財力を耗損せず、百姓を損害せず、君臣が和睦して聚合し、草木・昆虫が各々正常の生養の法則を蒙れば、それならば三台は亮度が整斉で、寛からず窄まらず、ちょうど常度に合する。原書の小注に宋均の注を引いていう、君臣の制度・宮室・車旗の多寡は、各々等級・品秩があり、品秩に合すればこれと相応する。《礼緯含文嘉》にまたいう、殯殮・丧葬の礼が各々その時節に按じて挙行され、変通の制度・更革の礼数の差等が各々処置して宜しきを得れば、三台は平正で、徳星があってそれらの間を出入りするであろう。

《春秋緯》曰:“三公擅恣,非其人,則山崩,三臺移,鼎折足。”《春秋緯》曰:“三能色齊,君臣和;不齊,大乖。”《春秋緯》曰:“三能色亂,天子不賢。”甘氏曰:“三臺以明,行列齊,等相類,則君臣和,吉而治臻。”

《春秋緯》にいう、三公が専擅恣肆して、任じるところがその人にあらざれば、山崩があり、三台は移位し、譬えば鼎が足を折ったようである。《春秋緯》にまたいう、三能の星色が整斉ならば、君臣は和睦し、星色が整わなければ、君臣は大いに乖違する。《春秋緯》にまたいう、三能の星色が錯乱すれば、天子は賢明でない。甘氏はいう、三台が明亮し、排列が整斉で、彼此の等次が相当であれば、君臣は和睦し、吉祥で治世が到来する。

甘氏曰:“三臺色黃,天下謀德;色赤,謀兵;色黑,在憂;色白,為喪;色白,為疾;三臺不直,天下失謀。”甘氏曰:“三能流相抵者,諸侯為亂,天子不見,有亡主;以其日占其國。”甘氏曰:“司中星坼搖若合,赦。”甘氏曰:“司祿星其坼者,凶,主者當之。”焦延壽曰:“三能星搖動,皆為有謀。”

甘氏はいう、三台の色が黄ならば、天下の謀議するは徳政で、色が赤ならば、謀議するは兵事で、色が黒ならば、憂患の中に処り、色が白ならば、喪事を主り、色が白はまた疾疫をも主る。三台の排列が直ならずであれば、天下は主張と謀略を失う。甘氏にまたいう、三能の星が流動して互いに抵触すれば、諸侯はまさに乱をなし、天子は面を露すことができず、さらには君主の敗亡さえある。発生した当日の干支の配する分野に拠ってどの国に応ずるかを判断する。甘氏にまたいう、司中の星が裂けて揺動するかあるいは相合すれば、大赦があるであろう。甘氏にまたいう、司禄の星が裂ければ、凶を主り、それが主る人に応ずる。焦延寿はいう、三能の諸星が揺動すれば、いずれも人があって暗に図謀することを主る。

郗萌曰:“三能之上星疏者,變從上家起;中星疏者,變從中家起;下星疏者,變從下家起;所謂變起者,反逆之事。”又占曰:“司命、司中、司祿星,欲其赤黃,萬民奮壯,所為數利。”《荊州占》曰:“三能一疏一數,宗廟咎責,亡孝悌仁義也;五府不順,此三公之過也。”

郗萌はいう、三能の上星が疏散すれば、変故は上層の人家から発し、中星が疏散すれば、変故は中層の人家から発し、下星が疏散すれば、変故は下層の人家から発する。いわゆる変故とは、叛逆の事を指す。また一条の占辞にいう、司命・司中・司禄の三星は、赤黄色を呈するのをよしとし、そうであれば万民は振奮強壮で、為す事はしばしば利を得る。《荊州占》にいう、三能が一辺は疎で一辺は密であれば、宗廟の祭は責罰を受ける——これは孝悌・仁義を喪失した故である。五府の政務が順でない——これは三公の過失である。

又占曰:“三能不齊等,三公不相信。”又占曰:“三能色不齊,君臣奪走。黑為喪。”《荊州占》曰:“三能一星去,天下危;二星去,天下亂;三星去,天下不治。”《荊州占》曰:“三能色黃澤,赦。”又占曰:“三能黃澤有光,民安壽。”又占曰:“司命、司中、司祿,欲其大,淳而澤,天子多推恩。”《石氏贊》曰:“三臺六星三公位,其色齊明德洋溢。”

また一条の占辞にいう、三能の大小が相等しくなければ、三公の間は互いに信任しない。また一条の占辞にいう、三能の星色が整斉でなければ、君臣の間はまさに争奪し離散し、星色が黒に発すれば喪事を主る。《荊州占》にいう、三能の中の一つの星が位を離れれば、天下は危殆で、二つの星が位を離れれば、天下は大いに乱れ、三つの星が位を離れれば、天下は治めるに及ばない。《荊州占》にまたいう、三能の色が黄く潤沢であれば、大赦があるであろう。また一条の占辞にいう、三能の色が黄く潤沢で光輝があれば、百姓は安寧長寿する。また一条の占辞にいう、司命・司中・司禄の三星は、碩大で純浄にして潤沢なのをよしとし、そうであれば天子は恩沢を多く施す。《石氏賛》にいう、三台の六星は三公の位次で、星色が整斉明亮するのは、すなわち徳沢の洋溢する象徴である。

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