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貫索占 十

唐 · 瞿昙悉达 · 第63巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

石氏曰:“貫索九星,(《天官書》曰:“勾圜一十五星,屬杓,曰賊人之牢。案:貫索為賊人之牢,止有九星,未詳遷所云十五星所以在七公前。上右星入尾半度,去極五十九度少,在黃道內三十七度。)在七公前。”《黃帝占》曰:“天牢者,賊人之牢也,天下獄律也;一名連索;一名天受;一名天圍。”《論讖》曰:“貫索,主天牢。”郗萌曰:“貫索,而逮獄之法律也;天牢,主天子之疾病憂患。”《春秋緯》:“貫索,賊人之牢;中星實,則囚多;虛、則開出。”

石氏はいう、貫索は全部で九つの星(原書小注:《史記・天官書》にいう、勾圜は十五星で、斗柄に隷属して「賊人之牢」と呼ばれる。按すれば、貫索が賊人之牢として九つの星しかないのに、司馬遷のいう十五星がなぜ七公の前に列せられるか、その義は明らかでない。右上一星は尾宿半度にあり、北極から五十九度余り、黄道以内三十七度にある。)であり、七公の前面に位置する。《黄帝占》にいう、天牢は盗賊・罪人を収め関する牢獄で、天下の刑獄・律法の象徴であり、一に「連索」、一に「天受」、一に「天囲」ともいう。《論讖》にいう、貫索は天牢を主管する。郗萌はいう、貫索とは逮捕して獄に繋ぐ法律である。天牢はまた天子の疾病・憂患を主る。《春秋緯》にいう、貫索は賊人の牢獄である。圏中の星が密実ならば、囚人は多く、圏中が空虚ならば、囚人は開釈されて獄を出る。

石氏曰:“貫索北開,名曰牢戶;其星間闊,則戶開,必有赦;若星狹而不開,牢中有憂,貴人當之。”《黃帝占》曰:“常以四時候天牢,其口星開披,天下赦;不赦,逆人,主憂,開市不利。”

石氏はいう、貫索は北面に一か所の缺口を留めており、名を「牢戸」という。諸星の間が広ければ、すなわち牢戸が敞開しており、必ず赦令がある。もし星の距が緊狭で敞開しなければ、牢中に憂患があり、貴人に応ずる。《黄帝占》にいう、四季に応じて時に天牢を候察すべきである。牢口の星が両辺に分かれれば、天下に大赦がある。もし赦令が下されなければ、叛逆の人が乱を起こし、君主は憂慮し、市を開いて貿易するのも順調でなくなる。

《黃帝占》曰:“天牢中央大星,牢監也;左右徙倚,不居其處,若不見,大赦,期十八日。天牢中常有繫星三,以甲子、丙子、戊子、庚子、壬子暮視之;其一星去,有善事;其二星去,有賜令爵祿之事;三星盡去,人主德,令赦天下。甲子,期八十一日;丙子,期七十二日;戊子,期六十日;庚子,期八十日;壬子,期六十二日而赦。”

《黄帝占》にいう、天牢中央の大星は獄監である。それが左右に移動してもとの処に安居せず、あるいは隠没して見えなければ、大赦があり、期限は十八日である。天牢の中には常に三つの「繋星」があり、甲子・丙子・戊子・庚子・壬子のこれらの日の夕方に観察すべきである。その中の一つの星が去れば、よい事があり、二つの星が去れば、爵禄を賜授する詔令があり、三つの星がすべて去れば、君主は徳政を施行し、令を下して天下を大赦する。もし甲子の日に観測すれば期限は八十一日、丙子の日なら期限七十二日、戊子の日なら期限六十日、庚子の日なら期限八十日、壬子の日なら期限六十二日で、それから赦令が頒下される。

《黃帝》曰:“天牢中星,不欲眾,眾則囚多;其中星稀,則囚少;其中無星,天下無罪人,其國安。連索直而抵織女,天下有急布帛之徵。”石氏曰:“貫索入漢中,人相食,兵起。天牢口所向開門者,兵所往,期六月。”焦延壽曰:“貫索星戶開,左右星入牢中,有貴人自索,守者不復,必凶、兵、死。”

《黄帝占》にいう、天牢の中の星は多いのを宜とせず、多ければ囚人が多く、圏中の星が疎ならば囚人が少なく、圏中に一つの星もなければ、天下に罪人なく国家は安定する。連索が一本の線のように真直ぐに織女を指せば、天下に布帛を緊急に徴発する事がある。石氏はいう、貫索が天漢の中に侵入すれば、人が相食み、兵事が興起することを主る。天牢の缺口がどの方角に向かって開くか、それがすなわち兵鋒の向かう方角で、期限は六か月である。焦延寿はいう、貫索の牢戸が敞開して、左右の星が牢の中に入れば、貴人が自ら囹圄に陥ることを主り、看守する人は帰って来られず、必ず凶事・兵禍と死亡がある。

郗萌曰:“天牢直若角,赦,以午未候之。天牢旁有此星,以至開閉;天牢已開,天下大赦。此星閉而赦;此星以開,不赦,為不慎;順,天牢空,更立元年;不行德令,天雨沙石,期三年。”《天官書》曰:“赦帝行德,天牢為之空。”《荊州占》曰:“天牢中多星,則多係囚;九星,天下獄煩;八星,奸人入;七星,小赦;六星、五星,大赦。天牢斧鑕動搖,非其故,斧鑕用。”《石氏贊》曰:“貫索九星,禁暴橫。”

郗萌はいう、天牢の諸星が端直に排列し、若しまた芒角を射出すれば、赦令があることを主り、午・未の二つの時刻に候察できる。天牢のそばにこのような一つの星があって、牢門の開閉を管掌する——天牢がすでに開けば天下に大赦があり、この星が閉じているときに赦令を下すのは合宜で、この星がすでに開いているのに赦令を下さないのは不謹慎である。もし天意に順応できれば、天牢の中に一つの星もなければ、改元すべきで、徳政を施行しなければ、上天は沙石の雨を降らせ、期限は三年である。《史記・天官書》にいう、君主が徳を施して赦を下せば、天牢はそれがために空虚となる。《荊州占》にいう、天牢の中に星が多ければ、繋押される囚人が多く、九つの星があれば天下の刑獄は煩苛で、八つの星ならば奸人が入獄し、七つの星ならば小赦があり、六つまたは五つの星ならば大赦がある。天牢の中の斧鑕の星が揺動して常態に合わなければ、斧鑕を動用して刑を行う。《石氏賛》にいう、貫索の九星は、強暴横行を禁絶することを主る。

天紀占 十一

石氏曰:“天紀九星,在貫索東。”(西星入尾五度,去極五十一度半,在黃道內五十六度太。)《黃帝》曰:“天紀,天緯也,主正理冤訟。星齊明,王法正直,無有偏黨,天下綱紀。”《論讖》曰:“天紀星,以表九州定圖位。天紀星,主歷、音律。”《黃帝》曰:“天紀星敗絕,山崩易政,有饑民,君不安。”

石氏はいう、天紀は全部で九つの星で、貫索の東面にある。(原書小注:西の一星は尾宿五度にあり、北極から五十一度半、黄道以内五十六度余りにある。)《黄帝占》にいう、天紀はすなわち天の経緯で、公正に冤屈と訴訟を処理することを主管する。これらの星がいっせいに明亮すれば、王法が公正平直で、偏私・党附なく、天下の綱紀は井然とする。《論讖》にいう、天紀の星は九州を標示し、輿図の方位を厘定するために用いられ、天紀の星はまた暦法と音律を主管する。《黄帝占》にいう、天紀の星が残敗断絶すれば、山崩・政令の更易を主り、飢民があらわれ、君主は安寧を得ない。

石氏曰:“天紀絕,天下大亂,主凶。天紀星明,天下多詞訟者;亡,則政理壞。”焦延壽曰:“天紀星與女床合,王者妻姑姨以淫亡;若以女謁失位。”郗萌曰:“紀星入漢中,人相食。”班固《天文志》曰:“紀星散者,山崩;不則有喪。”《荊州占》曰:“紀星散絕,不山崩,則主死;又曰紀星馳散,則國綱紀亂。”《石氏贊》曰:“天紀九星,理怨訟。”

石氏はいう、天紀が断絶すれば、天下は大いに乱れ、君主に凶険がある。天紀の星が明亮すれば、天下に訴訟する人が多く、天紀が隠没すれば、政務・法度が敗壊する。焦延寿はいう、天紀の星が女床と相合すれば、君王の妻室・姑姨が淫乱のために敗亡するか、あるいは女子の請託による干政によって地位を失うことを主る。郗萌はいう、天紀の星が天漢の中に侵入すれば、人が相食むことを主る。班固《漢書・天文志》にいう、天紀の星の光が涣散すれば、山崩を主り、そうでなければ喪事がある。《荊州占》にいう、天紀の星が散乱断絶すれば、山崩でなければ君主の死亡である。またいう、天紀の星が四散奔驰すれば、国家の綱紀が紊れようとする。《石氏賛》にいう、天紀の九星は、冤屈と訴訟を処理することを主る。

織女占 十二

石氏曰:“織女三星,在天紀東端。”(大星入斗十一度,去極五十二度,在黃道內六十三度太。)郗萌曰:“織女一名東橋。”《荊州占》曰:“織女一名天女,天子之女也;在牽牛西北,鼎足居,星足常向牽牛、扶筐,牽牛、扶筐星亦常向織女之足,不如其故,布帛倍其價,若有喪。”(班固《天文志》曰:織女。杜預曰:星占之織女,處女也,天孫女也。案:織女七夕有渡河之期,似非處女之稱。)

石氏はいう、織女は三つの星から成り、天紀の東端にある。(原書小注:大星は斗宿十一度にあり、北極から五十二度、黄道以内六十三度余りにある。)郗萌はいう、織女は一に「東橋」ともいう。《荊州占》にいう、織女は一に「天女」ともいい、天子の娘である。それは牽牛の西北にあり、三星は鼎足の形に排し、星の足は常に牽牛と扶筐に向かい、牽牛・扶筐の星も常に織女の足端に向かう。もし常態に合わなければ、布帛の価格が倍に騰がるか、あるいは喪事がある。(原書小注:班固《漢書・天文志》はそれを織女と称す。杜預はいう、星占の織女は処女で、天帝の孫娘である。按すれば、織女には七夕に河を渡り相見ゆる期約があるので、処女と称すべきでないようである。)

石氏曰:“織女主經緯絲制之事,大聖皇聖之母,二小星者,太子、庶子位也;三星俱明,天下和平。”《詩紀曆樞》曰:“織女內正紀綱。”《合誠》曰:“織女,天女也;主瓜果、收藏、珍寶,以保神明,成衣立紀,故齊制成文繡,應天道。”巫咸曰:“織女,天水官也。”郗萌曰:“織女大長秋也。”

石氏はいう、織女は絲帛を紡織し、衣物を裁制する事務を主管する。大星は大聖・皇聖の母を象徴し、二つの小星は太子と庶子の位次である。三星がいっせいに明亮すれば天下は和平である。《詩紀歴枢》にいう、織女は内において綱紀を端正する。《合誠図》にいう、織女はすなわち天女で、瓜果・收藏と珍宝を主管し、神明を保守し、衣服を製して法度を確立するために用いられる。ゆえに整斉と文繍を織りなして、まさに天道に合する。巫咸はいう、織女は天上の水を掌る官である。郗萌はいう、織女は宮中の大長秋の職に相当する。

《黃帝》曰:“織女主絲帛五彩之府,大星後兩小星,太子之位,三星齊明,天下和平,絲綿採帛賤;星若不明,主后有憂,絲綿繒帛貴。織女大星怒而角者,布帛貴。”《黃帝》曰:“織女,一星亡,兵起,女子為侈;織女不居其處,若更天下,以女為憂。”

《黄帝占》にいう、織女は絲帛と五彩の府庫を主管する。大星の後の二つの小星は太子の位である。三星がいっせいに明亮すれば天下は和平で、絲綿・彩帛は廉価である。星がもし明亮でなければ、皇后に憂患があることを主り、絲綿・繒帛は高価となる。織女の大星の光色が怒張して芒角を射出すれば、布帛は値上がりする。《黄帝占》にまたいう、織女の三星の中に一つが隠没すれば、兵を興し、女子の風気は奢侈に趨り、織女がもとの位置に在らなければ、天下に更迭がありそうで、憂患は女子から起こるであろう。

石氏曰:“織女之道與貫索相直,布帛賤,不相直,天下有急,布帛貴。織女主絲帛之事,與扶筐為妃,其足常向扶筐,即吉;不則絲帛有變,其一足亡也,女病;或曰兵起。”

石氏はいう、織女の行く道が貫索と正しく相対直すれば、布帛は廉価で、両者が相対直しなければ、天下に急難があって布帛は高価となる。織女は絲帛の事を主管し、扶筐と配って匹偶となり、その星の足が常に扶筐に向かえば吉利で、さもなければ絲帛の行情が生変する。三星の中に一足を欠けば、女子に病があることを主り、あるいは兵を興すことを主るともいう。

焦延壽曰:“織女星入漢,婦人皆水行,後亦然。”郗萌曰:“織女晨見東方,赤精明,女工善;不精明,女工惡;常以十月朔,六七日視之。”郗萌曰:“織女星非故,山搖地動,若牛疾。”陳卓曰:“王者至孝,神祗咸喜,則織女三星俱明,天下和平。”《石氏贊》曰:“織女三星保神明,收藏珍寶以奉王。”

焦延寿はいう、織女の星が天漢に侵入すれば、婦人はみな水を渉って行くことを主り、皇后も同様である。郗萌はいう、織女が清晨に東方にあらわれ、色が赤く精光が明亮すれば、女紅は興隆し、もし精光が明亮でなければ女紅は衰敗する。通常は十月初一および初六・初七のこらの日にそれを観察する。郗萌にまたいう、織女の星が常態に合わなければ、山揺れ地動くことを主るか、あるいは牛に疫が生じる。陳卓はいう、君王がきわめて孝順であれば、天神・地祇がみな歡び、織女の三星はいっせいに明亮し、天下は和平である。《石氏賛》にいう、織女の三星は神明を保守し、珍宝を收藏して君王に奉養する。

天市垣占 十三

石氏曰:“天市垣,二十二星。(張衡《渾儀》曰:天市二十二星帝座前有一耳。)在房心東北。(門右星入尾太,去極九十四度少,在黃道內一度少。)郗萌曰:“天市垣星,一名天府;一名長城。”巫咸曰:“天市,五帝之治水官也。”郗萌曰:“天市者,天子之市也。”

石氏はいう、天市垣は全部で二十二の星がある。(原書小注:張衡《渾儀》にいう、天市二十二星、帝座の前にもう一つの星がある。)それは房宿・心宿の東北方にある。(原書小注:市門の右の一星は尾宿一度余りにあり、北極から九十四度強、黄道以内一度強にある。)郗萌はいう、天市垣の星は一に「天府」、一に「長城」ともいう。巫咸はいう、天市は五帝の手下の治水を掌る官である。郗萌はいう、天市はすなわち天子の市場である。

《詩緯》曰:“天市,主聚眾。”《春秋緯》曰:“天市,主權衡。”《荊州占》曰:’天市西北大星,南方相去三尺所,名曰天曹。”石氏曰:“市者,四方所樂,帝都之邦,主王之坐;故帝座在市中,聖主之明候也。”郗萌曰:“天市之垣,天之旗幟也;欲其大明,明則糴賤。”

《詩緯》にいう、天市は衆を聚集することを主る。《春秋緯》にいう、天市は軽重を称量する権衡の事を主掌する。《荊州占》にいう、天市の西北のあの大星の、南に三尺ほど離れたところを「天曹」と名づける。石氏はいう、集市は四方の人が集うを楽しむところで、帝都のある邦で、君王の坐処を主る。ゆえに帝座は市の中に設けられ、これは聖明の君主の明験の候である。郗萌はいう、天市のこの一重の垣墻は天上の旗幟で、十分に明亮するのをよしとし、明亮すれば、穀価は廉価となる。

石氏曰:“天市垣二十二星,主西方邊國;門左星,宋也;次星,衛;次星,燕;次星,東海;次星,徐;次星,太山;次星,齊;次星,河中;次星,九河;次星,趙;次星,魏;次星,中山;次星,河間;市門右一星,韓;次星,楚;次星,梁,次星,巴;次星,蜀;次星,秦;次星,周;次星,鄭;次星,晉也。其星光芒,即其國有謀也;若星色微小,其國邑弱,王者修德以扶之。”

石氏はいう、天市垣の二十二星は、西方の辺地邦国を主管する。市門の左の第一星は宋を主り、その次は衛、その次は燕、その次は東海、その次は徐、その次は太山、その次は斉、その次は河中、その次は九河、その次は趙、その次は魏、その次は中山、その次は河間を主る。市門の右の第一星は韓を主り、その次は楚、その次は梁、その次は巴、その次は蜀、その次は秦、その次は周、その次は鄭、その次は晋を主る。どの星か光芒を外に射出せば、それが主るあの邦国に不軌を図謀する人があるのであり、もし星色が暗弱細小であれば、その邦国の城邑が衰弱しているので、君王は徳政を修めてそれを扶持すべきである。

《黃帝》曰:“天市垣星不明,市中星簡,其歲虛、五穀傷、糴大貴,人民飢。天市中,星次其明潤澤,眾蕃可以積貯;市中星不明,市少,可以發出貯積。”《含文嘉》曰:“王者於族人有次序,則天市正明。(宋均注曰:王者於親疏有次序,族者非一人也,天市之應明,所感多。)

《黄帝占》にいう、天市垣の星が明亮でなく、市の中の星が稀少であれば、この年は空乏し、五穀が損を受け、穀価は大いに騰貴し、百姓は飢饉する。天市の中の諸星が次第に明亮潤沢であれば、物産は繁盛し、積み囤えて儲備できる。市の中の星が明亮でなく、市面が蕭条すれば、貯積した穀物を発放すべきである。《含文嘉》にいう、君王が同族の人に対し親疎に序があるように遇すれば、天市は端正明亮する。(原書小注:宋均の注にいう、君王が親疎にそれぞれ次第をもって臨み、同族の人は一人にとどまらないので、天市はそれに応じて明亮する——感応する人が多いことを説明する。)

石氏曰:“天市星明,則市吏急,商人無利;星微小,則吏弱,商人多利。天市中星眾明,則歲實;星稀,則歲不實,虛也。”郗萌曰:“天市星明大,則糴賤;不明,則糴貴。天市中多小星,民富足。”《石氏贊》曰:“天市二十二星,為外臣。”

石氏はいう、天市の星が明亮すれば、市を管する官吏は催逼苛厳で、商人は利を図ることができず、星色が暗弱細小ならば、官吏は軟弱で、商人はかえって多くの利を得る。天市の中の衆星が明亮すれば、年成は豊実で、星が稀少ならば、年成は豊実でなく、空乏の象である。郗萌はいう、天市の星が明亮盛大であれば、穀価は廉価で、明亮でなければ、穀価は高価である。天市の中に小星が多ければ、百姓は富足する。《石氏賛》にいう、天市の二十二星は、外臣の象徴である。

帝座占 十四

石氏曰:“帝座一星,在市中,侯星西。”(入尾十五度半,去極七十一度少,在黃道內三十九度。)《黃帝占》曰:“帝座、天廷也;人主象也。”石氏曰:“帝座,天位也;帝座,天之貴神也;執陰陽之銳,秉殺生之府,總萬化之原,保存亡之機,和陰陽之氣,應四時之分。帝座星色慾明光而潤澤,則天子吉,威令行;微小,則凶;星亡,則王者有憂,大人當之,天下亂,有兵起,期二年。”《石氏贊》曰:“帝座一星,尊時行。”

石氏はいう、帝座はただ一つの星で、天市垣の中、候星の西面にある。(原書小注:その位は尾宿十五度半にあり、北極から七十一度強、黄道以内三十九度にある。)《黄帝占》にいう、帝座はすなわち天廷で、君主の象徴である。石氏はいう、帝座は上天の尊位で、天上の貴神である。それは陰陽の鋒鋭を握り、生殺の権柄を掌り、万物変化の本原を総攬し、存亡の枢機を保守し、陰陽の気を調和し、四季の分際に応合する。帝座の星は、色沢は明亮して潤沢なのをよしとし、そうであれば天子は吉利で威令が推行される。星色が暗弱細小ならば凶兆である。この星が隠没すれば、君王に憂患があり、大人に応じ、天下は乱離し、兵事が興起し、期限は二年である。《石氏賛》にいう、帝座の一星は、位は尊く時に従って運行する。

候星占 十五

石氏曰:“侯一星,帝座東。”(入箕二度半,去極七十三度太,在黃道內三十八度少。)巫咸曰:“候星,土官也。”石氏曰:“候星以候陰陽,伺遠國夷狄,以知謀徵。候星主時變,貨財安靜,吉;候星明,萬國同風,王道通利,輔臣強也;微小不明,則王道不通,輔臣弱;星移,主不安;期不出年。若星亡,主失位,期不出年。”《荊州占》曰:“候星明大,則四夷開;候星微細,則國安。”《石氏贊》曰:“候星在東,司陰陽。”

石氏はいう、候星はただ一つで、帝座の東面にある。(原書小注:その位は箕宿二度半にあり、北極から七十三度余り、黄道以内三十八度強にある。)巫咸はいう、候星は土に属する官である。石氏はいう、候星は陰陽を候察し、遠方の邦国と夷狄の動静を窺伺して、それらの図謀の兆候を予知するために用いられる。候星は時令の変化を主り、貨物・財賄が安穏して乱れなければ吉利である。候星が明亮すれば、万国の風教は同じくし、王道は暢通順利で、輔臣は強く力があり、星色が暗弱細小で明るくなければ、王道は暢通できず、輔臣は軟弱である。この星が移位すれば、君主は安寧を得ず、期限は一年を出ず、もしこの星が隠没すれば、君主は権位を失い、期限も一年を出ない。《荊州占》にいう、候星が明亮盛大であれば、四方の夷狄は外に拓いて侵擾しようとし、候星が細微であれば、国家は安定する。《石氏賛》にいう、候星は東方に位し、陰陽の候察を司ることを主る。

宦者占 十六

石氏曰:“宦者四星,在帝座西。(南星入尾十二度,去極七十二度半,在黃道內三十八度。)宦者星,常侍黃門左右,小臣侍從之官,常侍市中帝座也。宦者,刑餘人,在座西;微,吉;明,凶。”郗萌曰:“宦者星,非其常,宦者官有憂;宦者,刑人也,有刑人於市。”《石氏贊》曰:“宦者在西,侍主傍。”

石氏はいう、宦者は全部で四つの星で、帝座の西面にある。(原書小注:南の一星は尾宿十二度にあり、北極から七十二度半、黄道以内三十八度にある。)宦者の星はすなわち常侍・黄門のたぐいの近侍で、君主の左右で職務に就く小臣・侍従の官で、年じゅう天市の中の帝座に侍奉する。宦者はみな刑余の人なので、帝座の西に位する。星色が暗弱ならば吉利で、星色が明亮ならば凶険である。郗萌はいう、宦者の星が常態に合わなければ、宦官のこの官署に憂患があり、宦者は刑を受けた人で、市の上で刑を処される人があることを主る。《石氏賛》にいう、宦者は西面に位し、君主のそばに侍立する。

斗星占 十七

石氏曰:“斗五星,在宦者西南。”(第一星入尾十度少,去極七十二度,在黃道內二十五度。)郗萌曰:“斗者,主也,署物散也,其星明,吉;不明,凶;若其星亡,歲飢,或其星仰出,天下升斛不平;覆,則歲稂。又斗星不明,谷不成,歲大飢,人相食。”《石氏贊》曰:“南有斗星,主平量。”

石氏はいう、斗は全部で五つの星で、宦者の西南方にある。(原書小注:第一星は尾宿十度強にあり、北極から七十二度、黄道以内二十五度にある。)郗萌はいう、「斗」とはすなわち主管で、量器をもって財物を分派する事を主管する。これらの星が明亮すれば吉利で、明亮でなければ凶険で、もしこの星が隠没すれば、年成は飢荒となる。あるいはまたこの星が仰ぎ向いていれば、天下の升・斗・斛の度量は公平でなく、もし翻覆して下を向けば、年成は多くの莠草を生じて歉収となる。このほか斗星が明亮でなければ、穀物は熟さず、年成は大飢で、人相食むに至る。《石氏賛》にいう、南面に斗星があり、公平な量度を主掌する。

宗正星占 十八

石氏曰:“宗正二星,在帝座東南。(南星入箕二度,去極八十四度,在黃道內二十七度半。)宗正,主宗人,小宗之象也。”《黃帝》曰:“宗正,帝宗也,主萬物之名,品類於市;其星非其故處,帝宗后族多有黜者,若多死。”

石氏はいう、宗正は全部で二つの星で、帝座の東南方にある。(原書小注:南の一星は箕宿二度にあり、北極から八十四度、黄道以内二十七度半にある。)宗正は宗室の子弟を主管し、小宗の象徴である。《黄帝占》にいう、宗正はすなわち帝王の宗族で、万物の名号・品類を市の上で辨别することを主管する。この二つの星がもとの位置に在らなければ、帝王の宗族と后族の中に罷黜される人が多くあるか、あるいは死去する人が多いであろう。

石氏曰:“宗者,主也;正者,政也;主政萬物之名於市中;星非其故,吏不去則死,及更號令。宗星失色,宗正有事。宗正星明大,帝宗強大;星不明,帝宗弱也。”《石氏贊》曰:“宗正二星,宗大夫。”

石氏はいう、「宗」とはすなわち主、「正」とはすなわち政である。宗正の星は市の中で万物の名号の政務を主管する。この星が常態に合わなければ、この職事を掌る官吏は免職されなければ死去し、号令を更改しなければならない。宗星が本来の色を失えば、宗正の官署に事故がある。宗正の星が明亮盛大であれば、帝王の宗族は強盛で、この星が明亮でなければ、帝王の宗族は衰弱する。《石氏賛》にいう、宗正の二星は、宗族大夫の象徴である。

宗人星占 十九

石氏曰:“宗人四星,在宗正東。”(南星入箕七度半,去極八十五度,在黃道內二十八度。)《元命包》曰:“宗人,主先人;以時祠享。”石氏曰:“宗人主恩享,大宗之象,敦穆親親。”《含文嘉》曰:“族人有序,則宗人倚文正明。”

石氏はいう、宗人は全部で四つの星で、宗正の東面にある。(原書小注:南の一星は箕宿七度半にあり、北極から八十五度、黄道以内二十八度にある。)《元命包》にいう、宗人は先人への祭祀を主管し、時節に応じて獻享する。石氏はいう、宗人は恩義の祭享を主管し、大宗の象徴で、敦厚和睦し親族を親愛する義を取ったものである。《含文嘉》にいう、族人が相処するに次序があれば、宗人の星は文理に依って端正明亮する。

《黃帝》曰:“宗人星明,如其故;宗室有序,人主吉昌;若動搖,不如其常,則宗人不和,王者親屬有變;若宗族貴人多死者。”石氏曰:“宗人星離絕,有大怪鳥見。”《石氏贊》曰:“宗人四星,錄親疏。”

《黄帝占》にいう、宗人の星が明亮し常態のごとくであれば、宗室に次序があり、君主は吉慶昌盛する。もし揺動して定まらず常態に合わなければ、宗人の間が和睦せず、君王の親属に変故があるか、あるいは宗族の中の貴人に死亡が多い。石氏はいう、宗人の星が離散断絶すれば、大怪鳥があらわれることがある。《石氏賛》にいう、宗人の四星は、親疎の次第を記録することを主る。

宗星占 二十

石氏曰:“宗星二星,在宗人北。”(南星入箕九度,去極七十九度,在黃道內二十三度太。)《元命包》曰:“宗星主先人祠享。”石氏曰:“宗星,主別親疏,宗室之象也,皆帝輔血脈之臣也。”《黃帝占》曰:“宗星明而相近,帝相親,后族有序;其星不明,而相遠,則帝親后族相簡,若有謀者,王者有憂。”《石氏贊》曰:“宗星二星,恩不殊。”

石氏はいう、宗星は全部で二つで、宗人の北面にある。(原書小注:南の一星は箕宿九度にあり、北極から七十九度、黄道以内二十三度余りにある。)《元命包》にいう、宗星は先人への祠祭・獻享を主管する。石氏はいう、宗星は親疎を分别することを主り、宗室の象徴で、指すところはいずれも帝王と血脈を連ね、王室を輔翼する臣属である。《黄帝占》にいう、宗星が明亮して彼此近づけば、帝王と宗親は相親み睦み、后族も井然として序がある。この二つの星が明亮でなく彼此疎遠であれば、帝王の親族と后族は互いに怠慢し、あるいは不軌を図謀する人があって、君王はまさに憂患を受けようとする。《石氏賛》にいう、宗星の二つは、恩義に厚薄の分け隔てなきことを主る。

東咸・西咸占 二十一

石氏曰:“東咸四星,在房東北;(南星入心二度,去極一百三度,在黃道內二度少。)西咸四星,在房北。”《黃帝》曰:“東西咸,一名大明,在房東西,各四星而列,熒惑道也,不道輒還之。”石氏曰:“東咸西咸八星者,房戶之扇,常為帝之前屏,以表障後宮,以防奸私也。”

石氏はいう、東咸は四つの星で房宿の東北方にあり、(原書小注:南の一星は心宿二度にあり、北極から百三度、黄道以内二度強にある。)西咸は四つの星で房宿の北面にある。《黄帝占》にいう、東咸・西咸は一に「大明」ともいい、房宿の東西両側に分列し、各々四つの星が一列に排し、熒惑の運行が経る道である。熒惑がもしこの道に循わなければ、折り返して戻る。石氏はいう、東咸・西咸のこの八つの星は、房宿の門戸の両扇の門板で、常に帝王の前の屏障として、後宮を遮蔽し奸私の事を防範するために用いられる。

郗萌曰:“東西咸,日月之道也;日月五星不以道,必有賊。”《荊州占》曰:“東西咸者,房戶也;星明如列表間,天子吉,子孫蕃滋。”石氏曰:“東西咸四星,在房東北,主日行;色明、吉;不明、凶。”

郗萌はいう、東咸・西咸は日月の運行する軌道で、日・月・五星がもしこの道に循わずして行けば、必ず賊乱の事がある。《荊州占》にいう、東咸・西咸はすなわち房宿の門戸で、諸星が明亮して、門表の間に整斉と排列する様子のようであれば、天子は吉利で、子孫は繁衍昌盛する。石氏はいう、東咸のこの四つの星は房宿の東北にあり、太陽の運行を主る。星色が明亮すれば吉利で、明亮でなければ凶険である。

《海中占》曰:“東咸、西咸,星明而行列,王者威令,行,妃后守其宮;其星微小,而不行列,若亡不見,人主威弱,女主自恣,奢淫無度,防守者憂;若宮人有罪,一曰貴女有黜者。”焦延壽曰:“東咸星,上近鉤鈐十日,則有讒賊臣入害主者;西咸星前近,上若有角搖起,明動十日,有人以知天數入為害者。”《石氏贊》曰:“東咸西咸防泆淫。”

《海中占》にいう、東咸・西咸の諸星が明亮して行を成して排列すれば、君王の威令は推行され、妃后は各々己の宮室を守る。これらの星がもし暗弱細小で排列が散乱し、さらには隠没して見えなければ、君主の威権は衰弱し、女主は放縦自恣で、奢侈淫佚に節制なく、宮禁の守衛を司る人に憂患があり、あるいは宮人が罪を得るか、一説には貴婦人の中に廃黜される者があるという。焦延寿はいう、東咸の星が上に鉤鈐に逼近して十日に及べば、讒を進め害を行う臣子が入宮して君主を加害することがあり、西咸の星が前に在って逼近し、上に向かって芒角を射出し揺動明亮して十日に及べば、天数に通暁するのを憑って入宮して害をなす人がある。《石氏賛》にいう、東咸・西咸は淫佚の事を防範することを主る。

天江星占 二十二

石氏曰:“天江四星,在尾北。”(南星入尾六度少,去極一百一十一度,在黃道外二度半。)《黃帝》曰:“天江星如常,微小,則陰陽和,水旱調;其星明大,天下大水,江海溢流,五穀不熟,民人以水飢,若其星微,若參差不齊,馬貴;一曰馬多死。”

石氏はいう、天江は全部で四つの星で、尾宿の北面にある。(原書小注:南の一星は尾宿六度強にあり、北極から百十一度、黄道以外二度半にある。)《黄帝占》にいう、天江の星が常態のごとくで光色が微小であれば、陰陽は調和し、水旱は宜しきを得る。これらの星が明亮盛大であれば、天下に大水が起こり、江海は泛濫横流し、五穀は熟さず、百姓は水災によって飢饉する。もしこれらの星が細弱か、あるいは参差していれば、馬の価格は騰貴し、一説には馬が多く死するという。

石氏曰:“天江星中河而動,則兵起,如流沙,死人若亂麻,以人渡河;如其星不見,則津樑不通;又曰其星不欲明,動搖,則大水出,沒城邑,大道不通。”郗萌曰:“天江星不欲明河中,而居河中者,大兵起,車騎滿野,道不通。”石氏曰:“天江四星,主太陰,其星明,大水不禁。”

石氏はいう、天江の星が天河の中間で揺動すれば、兵を興し、兵勢は流沙のように漫巻して、死人は乱麻のごとく多く、死体を踏んで河を渡るほどになる。もしこれらの星が隠没して見えなければ、津渡・橋梁は通じない。またいう、これらの星は明亮すべきでなく、ひとたび揺動すれば、大水が暴発して城邑を淹没し、大路は通じなくなる。郗萌はいう、天江の星は天河の中に顕明であるべきでなく、もし真に河中に居れば、大挙して兵を興し、車馬・騎兵が原野に満ち、道路は阻絶する。石氏はいう、天江の四星は太陰の事を主り、この星が明亮すれば、大水は遏止できない。

建星占 二十三

石氏曰:“建星在南斗北。”(西星入斗七度少,去極一百一十三度少,在黃道內一度。)黃帝曰:“建星者,一名天旗;一名天關。”巫咸曰:“建星,土官也。”郗萌曰:“建星,天之都關也,為謀事,為天鼓,為天馬。南二星,天庫也;中央二星,市也,鈇鑕也;上二星,旗也,天府庭也;斗建之間,三光道也。”

石氏はいう、建星は南斗の北面にある。(原書小注:西の一星は斗宿七度強にあり、北極から百十三度強、黄道以内一度にある。)《黄帝占》にいう、建星は一に「天旗」、一に「天関」ともいう。巫咸はいう、建星は土に属する官である。郗萌はいう、建星は上天の総関門で、謀議の事を主り、また天鼓を兼ね、また天馬を兼ねる。南の二星は天庫で、中の二星は集市でありまた鈇鑕の刑具で、上の二星は旗幟でありまた天府の庭である。斗宿と建星の間の天区は、日・月・星の三光の運行する道である。

《海中占》曰:“斗建者,陰陽始終之門,大政昇平之所,起律曆之本原也。”郗萌曰:“箕星與建星之間,日月五星之下道也。”《詩雅度覽》曰:“建星動,勞未央。”焦延壽曰:“建星,一星不具,若與斗合一月,闢亡;二星合十日,亡;三星合三日,亡,病也。”

《海中占》にいう、斗建は陰陽が終わりて復た始まる門戸で、大政太平のところであり、また律暦推算の本原である。郗萌はいう、箕宿と建星の間は、日・月・五星の運行する下道である。《詩雅度覧》にいう、建星が揺動すれば、労役は尽きることがない。焦延寿はいう、建星の中に一つ残欠して全からざる星があり、もしそれが斗宿と相合すること一か月ならば、君主は亡失の禍を受けようとし、二つの星が相合して十日ならば、また亡失を主り、三つの星が相合して三日ならば、亡失を主るか、あるいは疾病を主る。

《荊州占》曰:“建星欲其相對列,則天下安;若下相類,天下亂,人主憂。”石氏曰:“建星明大,則大臣忠孝,帝承天心;不明大,小不齊,則王者失道,忠臣不用。”《石氏贊》曰:“建星六星,為斗承,主國日月行失繩。”

《荊州占》にいう、建星は彼此相対して列を成すのをよしとし、そうであれば天下は安定する。もし上下の星形が彼此雷同して錯乱すれば、天下はまさに動乱し、君主に憂いがある。石氏はいう、建星が明亮盛大であれば、大臣は忠誠孝順で、帝王は上に天心を承ける。もし明亮盛大でなく、星形の大小が参差していれば、君王は正道を失い、忠臣は任用されない。《石氏賛》にいう、建星の六つは、南斗の承接で、国家の日月の運行が準繩を失うかどうかを主る。

天弁星占 二十四

石氏曰:“天弁九星,在建星北。”(西星入斗六度太,去極九十度太,在黃道內一十七度太。)石氏曰:“天弁九星,在天市垣外,天下市官之長也,主市中列肆諸價入在市籍者,商稅還,方持物來,皆當貴其租稅。其星明大,由市物盛興;其星不明,則萬物衰耗。”

石氏はいう、天弁は全部で九つの星で、建星の北面にある。(原書小注:西の一星は斗宿六度余りにあり、北極から九十度余り、黄道以内十七度余りにある。)石氏にまたいう、天弁の九星は天市垣の外に位し、天下の市官の首長で、市中の各家の店舗の物価、および市籍に登録された商戸を主管する。商税を収納し、貨主が貨を運んで来たばかりのときは、いずれも値に照らして租税を課取すべきである。これらの星が明亮盛大であれば、市面上の貨物は興盛し、これらの星が明亮でなければ、万物は衰敗耗損する。

《黃帝》曰:“天弁星欲明大,則天下安寧,萬物興隆,珠玉珍物賤;其星不明,天下空虛,萬物衰惡,五穀不成,珍物貴。”《樂緯》曰:“弁星,羽也,壬子候之,羽亂惻危,其財匱,百姓枯渴,為旱。”石氏曰:“天弁星主恭儉,明吉;不明凶。”焦延壽曰:“天弁星近建星,若明大動搖,天下有女樂見,人主為害者。”《石氏贊》曰:“天弁九星知市珍,其星明大萬物興。”

《黄帝占》にいう、天弁の星は明亮盛大なのをよしとし、そうであれば天下は安寧し、万物は興隆し、珠玉・珍宝は廉価である。これらの星が明亮でなければ、天下は空虚で、万物は衰敗し、五穀は熟さず、珍宝は高価となる。《楽緯》にいう、弁星は五音のうち「羽」の声に対応し、壬子の日にそれを候察する。羽声が錯乱すれば、憂危の事があり、財用は匱乏し、百姓は枯竭困頓し、さらに旱災が起こる。石氏はいう、天弁の星は恭敬・倹約を主り、明亮すれば吉利で、明亮でなければ凶険である。焦延寿はいう、天弁の星が建星に近づき、もし明亮盛大にして揺動すれば、天下に女楽があらわれ、君主はそれによって害を受ける。《石氏賛》にいう、天弁の九星は市の上の珍貨を掌管し、この星が明亮盛大であれば、万物は興旺する。

河鼓星占 二十五

石氏曰:“河鼓三星,旗九星,在牽牛北。”(大星入南斗二十二度太,碼極八十五度,在黃道內二十八度太。)《黃帝》曰:“河鼓,一名天鼓,一名三武;一名三將軍也;中央星,大將也;左星,左將軍;右星,右將軍;皆天子將也。”

石氏はいう、河鼓は三つの星、旗は九つの星で、いずれも牽牛の北面にある。(原書小注:大星は南斗二十二度余りにあり、北極から八十五度、黄道以内二十八度余りにある。)《黄帝占》にいう、河鼓は一に「天鼓」、一に「三武」、一に「三将軍」ともいう。中の一星は大将、左の一星は左将軍、右の一星は右将軍で、いずれも天子麾下の将領である。

郗萌曰:“河鼓,一名提鼓,一名天董;一名天廄。”巫咸曰:“河鼓,金官也。”《天官書》曰:“河鼓大星,上將也。”《合誠圖》曰:“河鼓備,主軍鼓,主斧鉞,主外關州,又主軍喜怒。”

郗萌はいう、河鼓は一に「提鼓」、一に「天董」、一に「天廐」ともいう。巫咸はいう、河鼓は金に属する官である。《史記・天官書》にいう、河鼓の大星は上将である。《合誠図》にいう、河鼓の諸星がそろえば、軍中の戦鼓を主り、斧鉞の刑戮を主り、外囲の関塞・州郡を主り、また軍中の喜怒の気象を主る。

《赫連圖》曰:“河鼓怒黑,命成矣。”石氏曰:“河鼓旗揚而舒者,大將出,不可逆,當隨旗之指而擊之,大勝。”石氏曰:“河鼓旗星明者,則旗幟出,以日占其國;其星若戾,將軍政亂,士卒強,將相凌;若旗星不正,有兵。”《黃帝》曰:“河鼓星曲,失計奪勢。”

《赫連図》にいう、河鼓の三星が怒れる黒色を現せば、用兵の令はすでに定まり、更改しない。石氏はいう、河鼓に属する旗星が高く揚がってまた舒展するのは、大将の出征の兆で、逆らってその鋒鋭に当たってはならず、旗星の指す方位に沿って兵を発し攻撃すべきで、大いに勝つことができる。石氏にまたいう、河鼓の旗星が明亮すれば、旗幟を掲げる軍事行動があり、占験するにはその日の干支の配する分野に拠ってどの国に応ずるかを判断する。もし旗星が歪斜乖違であれば、将軍の治軍に方なく政令が混乱し、士卒は驕悍で制し難く、将領と輔相の間は互いに欺凌することを説明する。もし旗星の位置が端正でなければ、天下に戦事があるであろう。《黄帝》にいう、河鼓の星形が弯曲して直ならずであれば、主将の謀劃は失当で、兵権は人に奪われることを主る。

石氏曰:“河鼓不正,若變色,皆為兵憂將免;其星動若怒,皆為兵馬或將出;又河鼓欲正直而明大,黃潤澤,則無兵,大將吉。”又曰:“三武易次,兵起。”郗萌曰:“天鼓之星怒者,馬貴;一名元鼓。”《石氏贊》曰:“河鼓鼓旗建音聲,設守險陰知謀徵,旗星差戾亂相凌。”

石氏はいう、河鼓の諸星の排列が正しくなく、あるいは星色に変化が生じれば、いずれも兵事に憂患があり主将が罷免されることを主る。星体が揺動するか怒りの芒角を現せば、いずれも兵馬の調動・将領の出征を主る。河鼓はもとより端正笔直で、明亮碩大で、色沢は黄潤光潔であるべきで、そうであれば天下に戦事なく、大将は吉利である。石氏にまたいう、河鼓の三星はまた「三武」と号し、三星が彼此位次を換えれば、戦事が興起する。郗萌はいう、天鼓(すなわち河鼓)の星が怒色を現せば、馬匹の価格は騰貴する。この一つの星官にはまた「元鼓」という名がある。《石氏賛》にいう、河鼓の一官は鼓と旗を掌り、号令を発し声威を樹立する処で、それを設けたのは険要を守衛し、暗に敵方の謀劃と征伐を察知するためである。旗星がひとたび歪斜乖違すれば、すなわち綱紀紊乱・上下相凌の徴象である。

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