熒惑犯太陽守 五十五
石氏曰:“熒惑犯守太陽守,執御臣憂,內將軍有死者,期九十日。”甘氏曰:“熒惑犯守太陽守,大臣戮死,若有誅,期不出年。”
石申はいう、熒惑が衝犯して太陽守星を守候すれば(太陽守一星は相星の西にあり、大臣・大将の守御の職を主る)、君主のために轡を執り車を駕る近臣に憂いありを主り、宮内の将軍の中に死亡する者があり、応期は九十日である。甘徳はいう、熒惑が衝犯して太陽守を守候すれば、大臣が殺されるを主るかあるいは誅せられる人があり、応期は当年を出ない。
熒惑犯天牢 五十六
《荊州占》曰:“熒惑入天獄,貴人多枉死者。”石氏曰:“熒惑入天牢,若守之二十日。名人有繫者;一曰若有赦,期不出百八十日。《海中占》曰:“熒惑犯守天牢,王者以獄為蔽,一曰貴臣多下獄,若有叛臣篡獄殺君,不出二年。”
《荊州占》にいう、熒惑が天獄(すなわち天牢、六星は北斗の魁の下にあり、貴人を关押する牢獄の象である)に入れば、顕貴の人に冤を含んで死する者が多いを主る。石申はいう、熒惑が天牢に入るかあるいは二十天守候すれば、名望ある人が拘係されて獄に入るを主り、もう一説には赦令があろうとして応期は百八十日を出ないとする。《海中占》にいう、熒惑が衝犯して天牢を守候すれば、王者が刑獄の事に蒙蔽されるを主り、もう一説には顕貴の大臣は多く獄に下され、あるいは叛臣が牢獄を劫奪し君主を弑殺し、二年を出ないとする。
熒惑犯文昌宮 五十七
《黃帝占》曰:“熒惑入文昌宮,庭中有兵,天下有耗,土空民飢。”《春秋緯》曰:“熒惑入文昌庭,守二十日以上,必有兵,君不康。”石氏曰:“熒惑入文昌,天下大亂,王者憂,亡期一年。”《荊州占》曰:“熒惑守文昌,天下大亂,不出其年。”郗萌曰:“熒惑入司命,近臣有抵罪者。熒惑三十日舍司祿,民大疾,舍司命,小童疾。”
《黄帝占》にいう、熒惑が文昌宮に入れば(文昌六星は北斗の魁の前にあり、分かれて上将・次将・貴相・司命・司中・司禄の六府の職を主る)、朝庭の中に兵事が発生するを主り、天下は耗損し土地は荒空し百姓は飢餓する。《春秋緯》にいう、熒惑が文昌の庭に入って二十日以上守候すれば、必ず兵事があり君主は安寧を得ない。石申はいう、熒惑が文昌に入れば、天下の大乱を主り王者に憂いがあり、敗亡の応期は一年である。《荊州占》にいう、熒惑が文昌を守れば、天下の大乱を主り当年を出ない。郗萌はいう、熒惑が司命星に入れば、近臣の中に罪に抵え罰を受ける者ありを主る。熒惑が司禄星に寄宿して三十天なれば、百姓の大疫を主り、司命星に寄宿すれば、幼童が病を生ずるを主る。
熒惑犯北斗 五十八
郗萌曰:“熒惑入北斗魁,天下多獄,廷尉坐之。熒惑入守北斗,貴人有繫者。”甘氏曰:“熒惑守北斗,天下大亂,諸侯皆起兵,王者有憂。”郗萌曰:“熒惑守北斗,有移徙民,宮宅賤。”《玉曆》曰:“熒惑守衡星,有女喪,若貴女有殃;有兵兵罷,無兵兵起。”《雄圖三光占》曰:“熒惑入北斗魁中而守之十日,天下大亂,易其王,天子死,五都亡,期二年,遠三年。”
郗萌はいう、熒惑が北斗の斗魁に入れば(北斗は前の四星を魁と為し後の三星を杓と為し、魁の中はすなわち天理・貴人の獄の在る所である)、天下の獄訟の繁多を主り廷尉はこれに因って罪を獲て連坐する。熒惑が入って北斗を守候すれば、顕貴の人に拘係される者ありを主る。甘徳はいう、熒惑が北斗を守れば、天下の大乱を主り諸侯は一斉に兵を起こし王者に憂いがある。郗萌はいう、熒惑が北斗を守れば、百姓の遷徙・流移を主り房屋・宅第は価を跌く。《玉暦》にいう、熒惑が衡星を守れば(北斗の第五星は名を玉衡という)、女子の喪事ありを主るかあるいは顕貴の女子が殃に遭い、もと兵事あれば停息しもと兵事なければ興起する。《雄図三光占》にいう、熒惑が斗魁の中に入って併せて十天守候すれば、天下の大乱を主り君王を更換し天子は死亡し五方の都邑は残破し、応期は二年、遠ければ三年である。
《春秋緯》曰:“熒惑入北斗杓頭,為政令猶豫。”《海中占》曰:“熒惑抵北斗杓頭星,女主政令猶豫,若女主用事,期一年。”齊伯曰:“熒惑舍北斗西,人相食;舍其東,五穀無實;舍其南,果無實,舍其北而之東,天下大兵戰。”郗萌曰:“熒惑繫輔星,有死相,若夷之。”巫咸曰:“熒惑與北斗斗,有徙王、移都邑,宮室破壞,人民去其鄉,不出年。”
《春秋緯》にいう、熒惑が北斗杓の頂端に入れば、朝廷の政令が遅疑して決せざるを主る。《海中占》にいう、熒惑が北斗杓頭の星に抵触すれば、女主が号令を発して猶豫・反復するを主るか、あるいは女主によって権を当にし事を用い、応期は一年である。斉伯はいう、熒惑が北斗の西辺に寄宿すれば、人が相食する大荒を主り、それの東辺に寄宿すれば、五穀が実を結ばぬを主り、それの南辺に寄宿すれば、果実が結ばぬを主り、それの北辺に寄宿して後に東に行けば、天下に大戦ありを主る。郗萌はいう、熒惑が輔星に糾纏すれば(輔星は玉衡のそばにあり、丞相を象徴する)、丞相の死亡を主るかあるいは誅夷される。巫咸はいう、熒惑が北斗と相争闘すれば、君王を遷徙し都城を改換するを主り宮室は毀壊し百姓は郷土を離れ、当年を出ない。
熒惑犯紫微宮 五十九
石氏曰:“熒惑入紫微宮中,大臣有謀,兵宮中,天下大亂,人民傍徨,背棄其鄉,逃走四方,期不出二年,遠三年。”《荊州占》曰:“熒惑入紫微宮,天下邑裂,大夫多死者,一為天下有亡國,天下無人,一曰帝有亂臣;一曰天下大亂;又曰從陰入有死王。”
石申はいう、熒惑が紫微宮の中に入れば(紫微垣は天帝の居処で、人間の宮禁を象徴する)、大臣が心に図謀を懐くを主り宮中に兵変が発生し天下は大いに乱れ、百姓は彷徨して依るべきなく郷土を抛ちて四方に逃奔し、応期は二年を出ず遠ければ三年である。《荊州占》にいう、熒惑が紫微宮に入れば、天下の城邑が分崩・離析するを主り大夫に死亡が多く、もう一説には天下に亡国の禍あり境内の人烟は断絶し、もう一説には皇帝の身辺に乱臣あり、もう一説には天下の大乱であり、またいうもし陰位の一側から入れば、君王の死亡ありを主る。
《帝覽嬉》曰:“熒惑守紫微宮中,天下諸侯伐其主,主以驕暴失帝位。”巫咸曰:“熒惑守紫微宮,民莫處其家宅,流移去其鄉。”《荊州占》曰:“內亂。”(《宋書天文志》曰:“晉孝懷永嘉三年正月庚子,熒惑犯紫微,占曰:當有野死之王,又為火燒宮。是時太吏令高堂沖奏;乘輿宜遷幸,不然必無洛陽。後帝崩於平陽。)
《帝覧嬉》にいう、熒惑が紫微宮の中に守れば、天下の諸侯がその君主を討伐するを主り、君主は驕横・暴虐に因って帝位を丢くす。巫咸はいう、熒惑が紫微宮を守れば、百姓が自己の家中に安んじて居ることができず流散・遷徙して故郷を離れるを主る。《荊州占》にいう、宮廷の内部の変乱を主る。(原書小注は《宋書・天文志》を引いていう、西晋懐帝永嘉三年正月庚子、熒惑が紫微を衝犯し、占辞にいう、当に荒野に死する君王があるべく、また宮室を火焼するを主ると。当時、太史令高堂冲は上奏して、皇帝の車駕は当に他処に遷往すべく、さもなければ一定して洛陽を保ち得ないといった。後に懐帝は果たして平陽に死んだ。)
熒惑犯北極鉤陳 六十
《黃帝占》曰:“熒惑入紫宮,犯北極中央大星,為不道,臣殺其君,子害其父,賊臣破國,天下大亂,期不出九十日。”《春秋緯》曰:“熒惑犯北極左星,支為嗣。”郗萌曰:“熒惑犯北極中央大星,帝有亂臣,應以善事巳。”巫咸曰:“火入北極,天下亂,兵大起,聚於一國;若出之疾,兵還罷。”《荊州占》曰:“火入天樞,國家有變,一為天下之兵聚一國。”《雄圖三光占》曰:“火入北極,天子憂;若犯抵之,天子死,後宮亂,不出三年。”
《黄帝占》にいう、熒惑が紫宮に入って北極五星の中央のあの大星を衝犯すれば(北極の中央の大星はすなわち天樞で、天帝の座・帝王の象である)、悖逆・無道の事ありを主り臣はその君を殺し子はその父を害し、賊臣は国家を顛覆し天下は大いに乱れ、応期は九十日を出ない。《春秋緯》にいう、熒惑が北極の左星を衝犯すれば、旁支が大統に入継するを主る。郗萌はいう、熒惑が北極の中央大星を衝犯すれば、皇帝の身辺に乱臣ありを主るが、ただ善政を以て相応えれば、災咎はこれに就いて止息する。巫咸はいう、火星が北極に入れば、天下の大乱を主り兵事は大いに起こりある一国に聚集し、もしそれが速やかに退出すれば、兵事は随いて即座に罷散する。《荊州占》にいう、火星が天樞に入れば、国家に変故の発生を主り、もう一説には天下の兵はみな一国に聚集するとする。《雄図三光占》にいう、火星が北極に入れば、天子に憂いがあり、もし北極を衝犯・抵触すれば、天子の死亡を主り後宮は大いに乱れ、三年を出ない。
《黃帝占》曰:“火出天樞,兵盛於四野。”《荊州占》曰:“火舍天樞下三月,芒赤色怒,地大動,民大恐,兵起不已,三年乃止。”甘氏曰:“火犯北極,若守之,大臣謀主,若耀刺北極,為殺太子,期百二十日。”《荊州占》曰:“火守天樞,大人憂;一曰天子女多死。”郗萌曰:“火犯太子星,太子憂死,犯庶子星,庶子憂死;一曰中犯北極星,主有大憂;一為有大喪;一為有反相。”《荊州占》曰:“火守鉤陳,人主憂。”黃帝曰:“火犯鉤陳,後宮亂,兵起宮中,倖臣謀主,王者有憂。”
《黄帝占》にいう、火星が天樞から穿ち出れば、兵威が四野に盛行するを主る。《荊州占》にいう、火星が天樞の下に寄宿して三か月なり、光芒が赤紅にして怒張すれば、大地の震動を主り百姓は極度に恐慌し兵事は連なり絶えず、三年にしてやっと停止する。甘徳はいう、火星が北極を衝犯するかあるいはそれを守り、もし光芒が直ちに北極を刺せば、太子が殺されるを主り、応期は百二十日である。《荊州占》にいう、火星が天樞を守れば、尊貴の人に憂いありを主り、もう一説には天子の女児に死亡が多いとする。郗萌はいう、火星が太子星を衝犯すれば、太子が憂懼して死するを主り、庶子星を衝犯すれば、庶子が憂懼して死するを主り、もう一説には正しく北極星を衝けば君主に大憂あり、もう一説には大喪あり、もう一説には反叛の相ありとする。《荊州占》にいう、火星が鉤陳を守れば、君主に憂いありを主る。黄帝はいう、火星が鉤陳を衝犯すれば(鉤陳六星は紫微宮の中にあり、後宮と禁兵の象である)、後宮の大乱を主り宮中に兵変が発生し、寵幸の臣は君主を図り謀り、王者に憂患がある。
熒惑犯天一 六十一
石氏曰:“火犯天一,倖臣有謀,有兵起,人主憂。”齊伯曰:“火守天一,臣弒其主。餘殃為水災。”
石申はいう、火星が天一星を衝犯すれば(天一一星は紫微宮門外の右側にあり、天帝の神で、戦闘・人の吉凶を知ることを主る)、寵を受ける臣が心に図謀を懐くを主り兵事の興起があり、君主は憂懼する。斉伯はいう、火星が天一を守れば、人臣が君主を弑殺するを主り、余の禍殃は水災に応ずる。
熒惑犯太一 六十二
石氏曰:“火犯守太一,倖臣有謀,有兵起,人主憂。”
石申はいう、火星が衝犯して太一星を守候すれば(太一一星は天一の南にあり、これも天帝の神で、十六神を使い風雨・水旱・兵革の事を知ることを主る)、寵を受ける臣が心に図謀を懐くを主り兵事の興起があり、君主は憂懼する。
開元占経 巻三十七
熒惑占 八
熒惑犯石氏外官 一
熒惑犯庫楼 一
《黃帝占》曰:“熒惑犯天庫,兵車出庫,所指兵往也。”石氏曰:“熒惑入天庫,有兵;火守庫,兵起,亂十年。”郗萌曰:“熒惑入天庫,騎官兵起,期三年中,一曰天下有驚,若歲旱。”又占曰:“熒惑赤色,角三芒,三十日舍天庫,國有急,五諸侯悉發甲兵。”《玄冥》曰:“熒惑守庫樓,兵車大出,守之一月,兵亂十年乃罷。”《海中占》曰:“熒惑逆行守天庫,兵起,未罷;若順行,乃罷。以其遠近、東西南北,其日占之。”
《黄帝占》にいう、熒惑が天庫を衝犯すれば(庫楼十星は角宿の南にあり、兵車・武庫の象である)、兵車が府庫より開き出るを主り、熒惑の光芒がどの一方に指向すれば、兵はどの一方に開往する。石申はいう、熒惑が天庫に入れば、兵事ありを主り、火星が庫楼を守れば、兵事の興起を主り動乱は十年。郗萌はいう、熒惑が天庫に入れば、騎官の兵が事を起こすを主り応期は三年以内に在り、もう一説には天下は驚震し、あるいは当年に乾旱する。また一条の占辞にいう、熒惑が赤色を呈し芒角が三道に分れて天庫に寄宿して三十日に達すれば、国家に緊急の軍情ありを主り五方の諸侯はみな兵を発し甲を披く。《玄冥》にいう、熒惑が庫楼を守れば、兵車の大批の出動を主り、もし一か月守候すれば、兵乱は十年継続してやっと停息する。《海中占》にいう、熒惑が逆行して天庫を守れば、兵事が興起して罷休できぬを主り、もし転じて順行と為れば、兵事はやっと停止し、さらにそれが庫楼に距る遠近および東西南北のどの一方に在るかに拠り、当日の干支を配合して推断する。
熒惑犯南門 二
郗萌曰:“熒惑,天候也,主發兵,常舍於南門;其出,色赤白而大,東西南北非其常,謀國兵起,其入則兵入,其所行而留止,兵隨而攻之。”又占曰:“熒惑居處無常,入時不得,求之南門中。”石氏曰:“熒惑若守南門,兵車大起。”又占曰:“熒惑入守南門,天下戰其北也。”又占曰:“熒惑犯南門,邊夷兵起,若道路不通。”
郗萌はいう、熒惑は上天の斥候で、兵を発する事を主管し、常に南門に寄宿する(南門二星は庫楼の南にあり、天上の外門である)。それが出現するときもし星色が赤白にして形体が粗大で、出没の方位が東西南北にいずれも常度に合わなければ、人に国を謀る者・兵事の興起ありを主り、それが退入するとき、兵もまた随って内入し、それが運行してどこに至って停まれば、兵はどこに跟至って攻撃を発する。また一条の占辞にいう、熒惑が行止に定まる処なく、出現すべき時節に至ってそれを見出だせなければ、すなわち南門星の近くに至ってそれを尋ねよ。石申はいう、熒惑もし南門を守れば、兵車の大批の出動を主る。また一条の占辞にいう、熒惑が入って南門を守候すれば、天下がそれの北方にて交戦するを主る。また一条の占辞にいう、熒惑が南門を衝犯すれば、辺地の夷人が起兵するかあるいは道路が阻斷して通して通ぜぬを主る。
熒惑犯平星 三
石氏曰:“熒惑守平星,兵起,且以亂亡。”又占曰:“熒惑犯平星,凶。”甘氏曰:“熒惑守平星,執政臣憂,若有罪誅者,期一年。”又占曰:“熒惑守平星,有獄出疑囚。”
石申はいう、熒惑が平星を守れば(平二星は庫楼の北にあり、法を平らかにし獄を断ずる官を象徴する)、兵事の興起を主り、併せて動乱に因って亡ぶべし。また一条の占辞にいう、熒惑が平星を衝犯すれば、凶を主る。甘徳はいう、熒惑が平星を守れば、政を執る大臣に憂いありを主り、あるいは人に罪を獲て誅せられる者があり、応期は一年である。また一条の占辞にいう、熒惑が平星を守れば、獄中においてあの罪証の可疑の囚人を開釈せんとするを主る。
熒惑犯騎官 四
石氏曰:“熒惑入騎官,若守之,兵大起,車騎用,將軍出,若騎士憂。”郗萌曰:“熒惑守騎官,不出二十日,赦天下。”甘氏曰:“熒惑守騎官,有兵馬多發,若多死。”
石申はいう、熒惑が騎官に入るか(騎官二十七星は氐宿の南にあり、天子の親兵・騎士の象である)、あるいは騎官を守候すれば、兵事の大いに起こるを主り車馬・騎兵はみな動用され、将軍は出征し、あるいは騎士に憂いがある。郗萌はいう、熒惑が騎官を守れば、二十天を出ずに天下を大赦せんとする。甘徳はいう、熒惑が騎官を守れば、大批に兵馬を征発するかあるいは兵馬が大量に死亡するを主る。
熒惑犯積卒 五
石氏曰:“熒惑入積卒,若守之,兵大起,士卒大行,若多死,期二年。”《玄冥占》曰:“熒惑犯守積卒,主失位,天下亂,兵大起,期百二十日。”石氏曰:“熒惑犯守積卒,主失位,天下凶。”
石申はいう、熒惑が積卒に入るか(積卒十二星は房宿の南にあり、士卒を聚集する象である)、あるいは積卒を守候すれば、兵事の大いに起こるを主り士卒は大挙して開抜し、あるいは死傷が众多で、応期は二年である。《玄冥占》にいう、熒惑が衝犯して積卒を守候すれば、君主の位を失うを主り天下は大いに乱れ兵事は大いに起こり、応期は百二十日である。石申はいう、熒惑が衝犯して積卒を守候すれば、君主の位を失うを主り天下は凶に遭う。
熒惑犯亀星 六
甘氏曰:“熒惑守龜星,天下大水;去之疾,則旱,萬物不成,人民飢。”石氏曰:“熒惑守龜星,兵起,兵在外,再守龜,兵罷。”又占曰:“熒惑守龜星,有白衣聚,以入日占何國。”《海中占》曰:“熒惑犯守龜星,天下有水旱之災;守陽則旱,守陰則水。”
甘徳はいう、熒惑が亀星を守れば(亀五星は尾宿の南にあり、亀は水物、ゆえに水事と卜筮を主る)、天下の大水を発するを主り、もしそれが速やかに離れ去れば、すなわち転じて旱と為り万物は成熟できず百姓は飢餓する。石申はいう、熒惑が亀星を守れば、兵事の興起を主り、もし兵がすでに外に在り、熒惑が再び来て亀星を守れば、兵事はすなわち罷休する。また一条の占辞にいう、熒惑が亀星を守れば、喪服を身に着る人の聚集ありを主り、それが宿に入ったあの日の干支に拠ってどの国に応じるかを推断する。《海中占》にいう、熒惑が衝犯して亀星を守候すれば、天下に水旱の災ありを主り、亀星の陽面に守ればすなわち旱し、陰面に守ればすなわち澇す。
熒惑犯伝説 七
石氏曰:“熒惑犯守傳說,王者簡守廟,廢五祀,後宮凶;一曰有絕嗣君,期不出二年。”
石申はいう、熒惑が衝犯して傅説星を守候すれば(傅説一星は尾宿の後にあり、殷の高宗の賢相傅説が死後に天に昇り星と為った義を取り、祭祀と後嗣を主る)、王者が宗廟の守護を怠慢し門戸・中霤・井・竈・行など五種の常祀を廃棄するを主り、後宮は凶に遭い、もう一説には後嗣を断絶する君主あり、応期は二年を出ない。
熒惑犯魚星 八
石氏曰:“熒惑守魚星,在其陽旱,在其陰水。”巫咸曰:“熒惑守魚星,火暴出,天下旱,五穀不成,人民大飢,期不出年。”甘氏曰:“熒惑犯守魚星之陽,為大旱,魚行人道;之陰,為大水,魚鹽貴。”
石申はいう、熒惑が魚星を守れば(魚一星は尾宿の後・河中にあり、陰陽・水族の事を主る)、魚星の陽面に停ればすなわち旱を主り、陰面に停ればすなわち澇を主る。巫咸はいう、熒惑が魚星を守れば、火災の突発を主り天下は大旱し五穀は熟さず百姓は大いに飢え、応期は当年を出ない。甘徳はいう、熒惑が衝犯して魚星の陽面を守候すれば、大旱を主り河は干からび水は涸れて魚が人の行く路上を走り得るほどに至り、陰面に守れば、大水を主り魚と塩の価格は昂貴である。
熒惑犯杵星 九
《玉曆》曰:“熒惑守杵星,國有急兵,有賦米之事;若有軍糧之急。”《海中占》曰:“熒惑入杵星,若守之,天下有急發米之事,不出其年。”
《玉暦》にいう、熒惑が杵星を守れば(杵三星は箕宿の北にあり、臼星と相配し、米を舂き供給する事を主る)、国中に緊急の軍情ありを主り民間に向かって米糧を徴収するべく、あるいは軍糧が告急する。《海中占》にいう、熒惑が杵星に入るかあるいは杵星を守候すれば、天下に緊急に米糧を調発する事ありを主り、当年を出ない。
熒惑犯亀星 十
郗萌曰:“熒惑入龜星,天下大水;去,則旱。”《黃帝占》曰:“熒惑守龜星,為有白衣之會。”巫咸曰:“熒惑守龜星,國有水旱之災;守陽則旱,守陰則水。”《玄冥占》曰:“熒惑入守龜星,王者有易水,若大旱,魚行人道。”
郗萌はいう、熒惑が亀星に入れば、天下の大水を発するを主り、もしそれが離れ去れば、すなわち転じて旱と為る。《黄帝占》にいう、熒惑が亀星を守れば、服喪して聚会する事ありを主る。巫咸はいう、熒惑が亀星を守れば、国中に水旱の災ありを主り、陽面に守ればすなわち旱し、陰面に守ればすなわち澇す。《玄冥占》にいう、熒惑が入って亀星を守候すれば、王者がまさに水道を改易するかあるいは大旱に遭遇するを主り、河は干からび水は涸れて魚が人の行く路上を走り得るほどに至る。
熒惑犯九坎 十一
石氏曰:“熒惑守九坎,天下旱,名水不流,五穀不成,人民大飢;一曰之陽,大旱;之陰,有水。”甘氏曰:“熒惑守九坎,其國大旱,若大火之變,期百八十日。”石氏曰:“熒惑犯守九坎,凶。”
石申はいう、熒惑が九坎を守れば(九坎九星は牛宿の南にあり、坎は溝渠が水を蓄え灌漑する事を主る)、天下の大旱を主り名ある大川は断流し五穀は熟さず百姓は大いに飢え、もう一説にはそれが九坎の陽面に行き至れば大旱を主り、陰面に行き至れば水澇を主るとする。甘徳はいう、熒惑が九坎を守れば、あの一国の大旱を主り、あるいは大きな火災が発生し、応期は百八十日である。石申はいう、熒惑が衝犯して九坎を守候すれば、凶を主る。
熒惑犯敗臼 十二
石氏曰:“熒惑守敗臼,民不安其室,憂失其釜甑;若流移,去其鄉。”又占曰:熒惑守敗臼,飢喪。”
石申はいう、熒惑が敗臼を守れば(敗臼四星は虚宿・危宿の南にあり、臼はすでに破敗し、炊爨の断絶・家室の保たれぬ象である)、百姓が自己の屋に安んじて居ることができず憂愁して鍋竈・炊具さえも保ち得ぬを主り、あるいは四処に流亡して郷土を離れる。また一条の占辞にいう、熒惑が敗臼を守れば、飢饉と喪亡を主る。
熒惑犯羽林 十三
《荊州占》曰:“熒惑入羽林之宮二十日,天子當之。”郗萌曰:“熒惑經過羽林中,天子為軍自守。”《荊州占》曰:“熒惑舍羽林之宮,兵大起。”《黃帝占》曰:“熒惑守羽林,大赦。”石氏曰:“熒惑守羽林,馬有行,期三十日。”又占曰:“熒惑芒角赤色,守天軍三十日,大國有急,諸侯悉發兵甲;一曰興兵者亡。”
《荊州占》にいう、熒惑が羽林の宮に入って二十日に達すれば(羽林四十五星は営室の南にあり、天子の禁軍の象で、また天軍と称す)、天子が身を以てこの凶咎を承当する。郗萌はいう、熒惑が羽林の中を経過すれば、天子がまさに軍隊に拠って自衛するを主る。《荊州占》にいう、熒惑が羽林の宮に寄宿すれば、兵事の大いに起こるを主る。《黄帝占》にいう、熒惑が羽林を守れば、大赦を主る。石申はいう、熒惑が羽林を守れば、戦馬の出動を主り応期は三十日である。また一条の占辞にいう、熒惑の芒角が張揚し星色が赤紅で、天軍を守って三十日に達すれば、大国に緊急の軍情ありを主り諸侯はみな甲を披き兵を発し、もう一説には先に兵を興す一方は敗亡するとする。
又占曰:“熒惑守羽林,兵起,期六十日;火經羽林,臣欲弒主。”(《宋書天文志》曰:晉孝武太元元年九月,熒惑犯哭泣星。入羽林,占曰:中軍兵起,三年六月,熒惑又守羽林。占曰:禁兵起,四年六月,兗州刺史謝安,謝玄擊氏賊,大破之,餘皆走,十四年十二月,熒惑入羽林,十五年,翟遼據司兗,眾軍屢討弗克,鮮卑又跨略並冀。安帝義熙四年十月戍子,熒惑入羽林,五年高祖討鮮卑,是後南北軍旅運轉不息。宋文帝元嘉十三年十二月戊子,熒惑入羽林,後三年,廢大將軍彭城王義康及其黨與犯,所收掩皆羽林兵出也。)
また一条の占辞にいう、熒惑が羽林を守れば、兵事の興起を主り応期は六十日で、火星が羽林を経過すれば、人臣が君を弑せんと欲するを主る。(原書小注は《宋書・天文志》を引いていう、東晋孝武帝太元元年九月、熒惑が哭泣星を衝犯し、随いて羽林に入り、占辞にいう、中軍はまさに起兵せんと。太元三年六月、熒惑がまた羽林を守り、占辞にいう、禁軍はまさに起兵せんと。太元四年六月、兗州刺史謝玄は謝安の命を奉じて氐族の敵兵を迎撃し、それを大いに敗り残部は逃散した。太元十四年十二月、熒惑が羽林に入り、十五年、翟遼は司州・兗州に占拠し、朝廷の各路の軍隊は屡々征討するもいずれも勝ち得ず、鮮卑はまた境を跨ぎ并州・冀州を侵掠した。安帝義熙四年十月戊子、熒惑が羽林に入り、五年、宋高祖劉裕は鮮卑を征討し、これより南北両面の軍旅の調運は停歇なし。宋文帝元嘉十三年十二月戊子、熒惑が羽林に入り、これより三年、朝廷は大将軍彭城王劉義康を廃黜し併せてその党羽を治罪し、收捕を担当したのはいずれも出動した羽林の兵であった。)
《聖洽符》曰:“熒惑入羽林守之二十日以上,臣欲弒主,大人當之,期九十日。”(案《荊州占》曰:“漢二年熒惑入羽林,起角三芒守之三十日,國有負兵,秦以之亡也入。)《海中占》曰:“熒惑入守羽林,入有兵起;若逆行變色成勾已,天下大兵,關梁不通,急不出其年。”郗萌曰:“熒惑入守羽林,有叛臣中兵也。”
《聖洽符》にいう、熒惑が羽林に入って併せて二十日以上守候すれば、人臣が君を弑せんと欲するを主り尊貴の人によってこの凶咎を承当し、応期は九十日である。(原書小注は《荊州占》を引いていう、漢二年に熒惑が羽林に入り、芒角が三道に張出して三十日守候し、国中に背叛の兵ありを主り、秦朝はすなわちこれに因って亡んだ。)《海中占》にいう、熒惑が入って羽林を守候すれば、入るや否や兵事の興起があり、もしそれが逆行・変色して盤曲して「勾巳」の形を成せば、天下に大兵ありを主り関隘・橋梁は阻斷して通ぜず、急なれば当年を出ない。郗萌はいう、熒惑が入って羽林を守候すれば、叛臣が禁軍を操縦するありを主る。
《元命苞》曰:“熒惑守羽林,若壘城,謀在司馬將軍為亂。”《荊州占》曰:“熒惑入天軍,凶。”又占曰:“熒惑入天軍,兵敗不可用,國更殘也。”郗萌曰:“熒惑犯守天陣,為兵起,有破軍死將。”甘氏曰:“熒惑入壘壁陣,在司馬,內將軍為亂,宮中兵起。”郗萌曰:“熒惑入壘城,有兵起。”
《春秋元命苞》にいう、熒惑が羽林を守るかあるいは塁壁の城を守れば、図謀は司馬と将軍の身に出るを主り彼らはまさに乱を作さんとする。《荊州占》にいう、熒惑が天軍に入れば、凶を主る。また一条の占辞にいう、熒惑が天軍に入れば、軍隊の敗績して再用に堪えぬを主り国家はいよいよ残破する。郗萌はいう、熒惑が衝犯して天陣を守候すれば、兵事の興起を主り軍隊の破れる・将領の戦死する事あり。甘徳はいう、熒惑が塁壁陣に入れば(塁壁陣十二星は羽林の北にあり、軍営・塁壁の象である)、司馬と宮内の将軍によって乱を作すを主り宮中に兵変が発生する。郗萌はいう、熒惑が塁城に入れば、兵事の興起ありを主る。
熒惑犯北落師門 十四
石氏曰:“熒惑守北落師門,為兵大起;舍軍門,兵起。”《玄冥占》曰:“熒惑入守北落師門、兵大起,將軍出境,士卒大行。”石氏曰:“熒惑與北落師門相貫,牴觸光芒相及,有兵大戰;破軍殺將,伏尸流血,不可當也;期百八十日,若一年。”
石申はいう、熒惑が北落師門を守れば(北落師門一星は羽林の南にあり、軍営の北面の大門で、京師の外囲の門戸と為る)、兵事の大いに起こるを主り、軍門星に寄宿すれば、また興兵を主る。《玄冥占》にいう、熒惑が入って北落師門を守候すれば、兵事の大いに起こるを主り将軍は境を出て作戦し士卒は大挙して開抜する。石申はいう、熒惑と北落師門が彼此に貫穿し互相に抵触して光芒が相接すれば、大戦ありを主り、軍隊は破られ将領は殺され、屍は地に横たわり血は河を流れ、その勢いは鋭く当たるべからず——応期は百八十日、あるいは一年である。
熒惑犯土司空 十五
《海中占》曰:“熒惑守土司空,其國以土起兵,若有土功之事,天下旱。”郗萌曰:“熒惑守土司空,備大臣。”
《海中占》にいう、熒惑が土司空を守れば(土司空一星は奎宿の南にあり、土木・工役を掌管する司空の官を象徴する)、あの一国が土地の争いに因って起兵するを主り、あるいは土木を興修する工役があり、天下は大旱する。郗萌はいう、熒惑が土司空を守れば、君主はまさに大臣を防備するを主る。
熒惑犯天倉 十六
《黃帝占》曰:“熒惑入天倉中,主財寶出,主憂,臣在內,天下有兵,而倉庫之戶開;主人勝客,客事不成,期二十日中而發。”石氏曰:“熒惑出入天倉,天下谷聚一邦。”郗萌曰:“熒惑近天倉,天下大旱,天下轉粟,期其年中;一曰期三年;一曰千倉敗,天下飢。”《春秋圖》曰:“熒惑經天倉,去而不守,其歲惡,糴大貴,倉大出。”
《黄帝占》にいう、熒惑が天倉の中に入れば(天倉六星は婁宿の南にあり、糧を儲える倉で、穀物の積儲を主る)、国庫の財宝は散出せんとするを主り君主に憂いがあり、臣下は内に盤踞し、天下に兵事があり、しかも倉庫の門戸は打ち開かれる——このとき主方は客方に勝ち、客方の図る所は成らず、応期は二十天以内に発動する。石申はいう、熒惑が天倉に出入すれば、天下の穀物が一つの邦国に聚集するを主る。郗萌はいう、熒惑が天倉に靠近すれば、天下の大旱を主り各処は糧食を転運し、応期は当年の内に在り、もう一説には応期三年、もう一説には众多の糧倉が敗壊して天下は飢饉するとする。《春秋図》にいう、熒惑が天倉を経過して過ぎて停留・守候しなければ、この一年の年成が悪劣で米価は飛騰し倉中の存糧は大量に放出されるを主る。
石氏曰:“熒惑守天倉三十日,有轉粟之事。”《黃帝占》曰:“熒惑守天倉,天下轉粟千里,糴貴。”《海中占》曰:“熒惑守天倉,天下有兵,若有出粟。”郗萌曰:“熒惑守天倉,已去復反,天大飢,人相食,不出五年。”《玄冥占》曰:“熒惑逆行守天倉,天下大飢,人相食,期二年,遠三年。”
石申はいう、熒惑が天倉を守って三十日に達すれば、糧食を転運する事ありを主る。《黄帝占》にいう、熒惑が天倉を守れば、天下は千里の外より粟米を調運するを主り、糧を買う価銭は高く居りて下がらない。《海中占》にいう、熒惑が天倉を守れば、天下に兵事ありを主り、あるいは倉を開きて存糧を放出するべし。郗萌はいう、熒惑が天倉を守ってすでに離れ去ってまた折り返って帰れば、天下の大飢饉を主り人が人を食う地步に餓え、応期は五年を出ない。《玄冥占》にいう、熒惑が逆行して天倉を守れば、天下の大飢饉を主り人は相食し、応期は二年、遠ければ三年である。この数条はいずれも倉中の粟米の聚散を以て占と為し、あるいは転運、あるいは放賑、あるいは空竭で、軽重・深浅は各々同じからざる有りである。
熒惑犯天囷 十七
石氏曰:“熒惑入天囷,天下兵起,國倉儲積之物皆發出:一曰御物多有出者,庫藏空虛,期二年。”郗萌曰:“熒惑守天囷二十日,粟出佈於民,歲大飢。”(案《宋書天文志》曰:晉孝武太元二十年六月熒惑入天囷。隆安九年王恭舉兵,朝廷殺之。及王國寶王緒,是後連歲大旱,人民大飢也。)《玉曆》曰:“熒惑守天囷,兵起,王者財寶皆出用,庫藏中虛耗,人主不安,其國有憂,期百八十日,遠一年。”
石申はいう、熒惑が天囷に入れば(天囷十三星は胃宿の南にあり、囷は円形の穀倉で、御廩の積儲を主る)、天下の兵事の興起を主り国倉の中に儲積した物資は全く放出すべく、もう一説には御用の物が多く支出されて府庫はこれに因って空虚となり、応期は二年である。郗萌はいう、熒惑が天囷を守って二十日に達すれば、倉を開きて粟米を百姓に散らすを主り、この一年は大飢饉を鬧す。(原書小注は《宋書・天文志》を引いていう、東晋孝武帝太元二十年六月、熒惑が天囷に入り、隆安年間に王恭が兵を挙げ、朝廷は彼を殺し、連帯して王国宝・王緒を殺した。これより連年に大旱して百姓は大いに飢えた。)《玉暦》にいう、熒惑が天囷を守れば、兵事の興起を主り王者の財宝は全く支用され府庫の中は空虚・耗竭し、君主は坐しても立っても安からず、あの一国に憂患があり、応期は百八十日、遠ければ一年である。
熒惑犯天廩 十八
《黃帝占》曰:“熒惑守天廩,有兵起,天下粟聚於一國,若有運粟之事。”甘氏曰:“熒惑入守天廩,天下有兵,歲大飢,倉粟散出,不出其年。”石氏曰:“熒惑犯守天廩,天下亂粟散出。”
《黄帝占》にいう、熒惑が天廩を守れば(天廩四星は昴宿の南にあり、黍稷を儲備して祭祀を供する倉である)、兵事の興起ありを主り天下の粟米は一つの国家に聚集し、あるいは糧食を転運する事がある。甘徳はいう、熒惑が入って天廩を守候すれば、天下に兵事ありを主り年成は大いに飢え倉中の粟米は散放し出て、当年を出ない。石申はいう、熒惑が衝犯して天廩を守候すれば、天下の大乱を主り粟米は散出する。
熒惑犯天苑 十九
巫咸曰:“熒惑入天苑,天下以馬起兵;若守之,牛馬禽獸多死。”石氏曰:“熒惑入守天苑,牛馬羊禽獸多疾疫,若守之二十日,天下兵起,馬多死,其國憂。”
巫咸はいう、熒惑が天苑に入れば(天苑十六星は昴宿・畢宿の南にあり、天子が禽獣を牧養する苑囿である)、天下が馬匹の故に因って起兵するを主り、もし天苑を守候すれば、牛馬・禽獣の大量の死亡を主る。石申はいう、熒惑が入って天苑を守候すれば、牛・馬・羊および各種の禽獣は多く疫病に染まるを主り、もし二十日守候すれば、天下の兵事の興起を主り馬匹は大量に死亡し、あの一国に憂いがある。
熒惑犯参旗 二十
石氏曰:“熒惑入參旗,邊縣兵起。”石氏曰:“熒惑守天弓,天下亂,兵大起,人民驚恐,其國憂,若三十日守之,必有國亡。”陳卓曰:“熒惑守參旗,下謀上。”郄萌曰:“熒惑守參旗,兵大起,弓弩用,士將出行;一曰弓矢貴。”
石申はいう、熒惑が参旗に入れば(参旗九星は参宿の西にあり、また天弓と名づく、弓弩と辺地の警備を主る)、辺境の州県に兵事の興起ありを主る。石申はいう、熒惑が天弓を守れば、天下の大乱を主り兵事は大いに起こり百姓は驚恐し、あの一国に憂いがあり、もし三十日守候すれば、必ず国家の滅亡あり。陳卓はいう、熒惑が参旗を守れば、下位の者が上位の者を図り謀るを主る。郗萌はいう、熒惑が参旗を守れば、兵事の大いに起こるを主り弓弩は用場に派せられ将士は出征し、もう一説には弓箭の価格が昂貴であるとする。
熒惑犯玉井 二十一
《黃帝占》曰:“熒惑入玉井,為強國失地;其出之,強國得地。”巫咸曰:“熒惑入玉井,國有水憂,若以水為敗,水物不成,期不出年。”《荊州占》曰:“熒惑守玉井,多大水,有溺死者。”《齊伯五星占》曰:“熒惑守玉井,天下大水,溝瀆溢流,殺人民,期百八十日。”
《黄帝占》にいう、熒惑が玉井に入れば(玉井四星は参宿の左足の下にあり、水を取る井で、水泉を主る)、強国が土地を喪失するを主り、それが玉井より退出すれば、すなわち強国が土地を獲得するを主る。巫咸はいう、熒惑が玉井に入れば、国中に水患の憂いありを主り、あるいは水に因って災を成し水中の物は長成できず、応期は当年を出ない。《荊州占》にいう、熒惑が玉井を守れば、大水の頻発を主り溺死する人がある。《斉伯五星占》にいう、熒惑が玉井を守れば、天下の大水を主り溝渠・水道は漫溢・横流して百姓を淹死させ、応期は百八十日である。
熒惑犯屏星 二十二
郗萌曰:“熒惑留舍屏星三日,民疾疫。”石氏曰:“熒惑守屏星二十日,臣謀主;若貴臣有誅;若戳死,期一年。”甘氏曰:“熒惑守天屏二十日,國移。”又占曰:“熒惑入守屏星,諸侯有謀,若大臣戮死者。”
郗萌はいう、熒惑が滞留して屏星に寄宿して三天なれば(この屏星二星は玉井の南にあり、参宿の域に属し、太微垣内の屏星と名は同じくして位は異なる)、百姓に疫病の流行ありを主る。石申はいう、熒惑が屏星を守って二十日に達すれば、人臣が君主を図り謀るを主り、あるいは顕貴の大臣が誅せられ、あるいは殺され、応期は一年である。甘徳はいう、熒惑が天屏を守って二十日に達すれば、国都の遷移を主る。また一条の占辞にいう、熒惑が入って屏星を守候すれば、諸侯が心に図謀を懐くを主り、あるいは大臣の殺される者がある。
熒惑犯天厠 二十三
《黃帝占》曰:“熒惑守天廁,國移,若易名。”石氏曰:“熒惑守廁中,有賊兵。”郗萌曰:“熒惑守天廁,糴貴。”又占曰:“熒惑守廁矢,矢圊之間有伏,謀反,貴人驚於圊廁。”《甄曜度》曰:“熒惑入守廁星,天下大飢,人相食,死者大半,期二年。”甘氏曰:“熒惑入守廁星,有謀臣在廁中,王者警備之。”
《黄帝占》にいう、熒惑が天厠を守れば(天厠四星は屏星の東にあり、疾病を観察し年成の豊歉を弁別することを主る)、国都の遷移を主り、あるいは国号を改換する。石申はいう、熒惑が厠星の中に守れば、賊兵ありを主る。郗萌はいう、熒惑が天厠を守れば、米価の昂貴を主る。また一条の占辞にいう、熒惑が天厠と天矢の両星を守れば、厠溷の間に人を埋伏して反叛を図り謀る者ありを主り、顕貴の人はまさに如厠のときに驚を受けんとする。《甄曜度》にいう、熒惑が入って厠星を守候すれば、天下の大飢饉を主り人は相食し死者は半ばを過ぎ、応期は二年である。甘徳はいう、熒惑が入って厠星を守候すれば、不軌を図り謀る臣子が厠中に蔵れているを主り、王者は警戒・防備を加えるべきである。
熒惑犯天矢 二十四
《海中占》曰:“熒惑守矢星,天下旱,五穀不成,人民大飢,多疾死,期不出年。”《荊州占》曰:“熒惑守矢星,貴人有疾。”
《海中占》にいう、熒惑が天矢星を守れば(天矢一星は天厠の下にあり、天厠と相配し、これも疾疫を候察する象である)、天下の乾旱を主り五穀は熟さず百姓は大いに飢え多くは疾病に因って死に、応期は当年を出ない。《荊州占》にいう、熒惑が天矢星を守れば、顕貴の人が病を患うを主る。
熒惑犯軍市 二十五
《荊州占》曰:“熒惑入守軍市,兵大起,將軍出,若以飢兵起。”《雄圖三光》曰:“熒惑入軍市,若守之,軍大飢,將離散,士卒亡,期不出年。”
《荊州占》にいう、熒惑が入って軍市を守候すれば(軍市十三星は参宿の東南にあり、軍中の交易の市で、軍資の供給を主る)、兵事の大いに起こるを主り将軍は出征し、あるいは飢饉に因って起兵する。《雄図三光》にいう、熒惑が軍市に入るかあるいは軍市を守候すれば、軍中が大いに糧荒を鬧すを主り将帥は離散し士卒は逃亡し、応期は当年を出ない。
