Libo

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唐 · 瞿昙悉达 · 第104巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

《河圖》曰:“激陽為電。”《易稽覽圖》曰:“陰陽和合,其電耀耀也,其光長。”《元命包》曰:“陰陽激為電。”《河圖》曰:“大電繞樞星,炤郊野,感符寶而生黃帝。”《天官書》曰:“電者,陰陽之動也。”《莊子》曰:“陰氣伏於黃泉,陽氣上通於天,陰陽交爭,故為電。”《釋名》曰:“電,殄也,乍見則殄威也。”京房曰:“電生火,有所擊,極陰生陽之象。”董仲舒曰:“太平世,電不眗目,霣示光耀而已。”

《河図》はいう:「陽気が激発を受ければ電となる。」《易稽覧図》はいう:「陰気と陽気が調和・交合すれば、その電光は耀耀として目を奪い、光帯が長い。」《元命包》はいう:「陰気と陽気が相激して電となる。」《河図》はいう:「大電が北斗の枢星を環り繞り、郊野を照らして、附宝を感応させて黄帝を生ませた。」《史記・天官書》はいう:「電とは、陰陽の二気の運動である。」《荘子》はいう:「陰気は黄泉の下に潜伏し、陽気は上って天に通達し、陰陽が交じり争うから、電となる。」《釈名》はいう:「電とは殄で、一閃して即ち逝き、威勢もまたこれに随って殄滅する。」京房はいう:「電は火を生ずることができ、およそ撃つ所があれば、皆、陰が極まりて陽を生ずる象徴である。」董仲舒はいう:「太平の世では、電光は人の目を刺さず、ただ一点の光耀を垂れ示すだけである。」

霆

京房曰:“凡霆者,金餘氣也,金者,內鏡而外冥,人君即位,乃先敬讓,而內尚賊心,陰行眾物,舉事發微,自以為明,虛言妄據,深依以考,凡事亦自以為能矣。故無雲而霆,霆或為火者,此人君以暴罰也;霆或聚火者,光起而從,此人君將聚之象也;霆或中天而見,此人君自以為明也;霆或將如交蛇,光明之而一正者,此人君行明行直;霆或正赤,下至地而復上者,此人君聽讒言也;

京房はいう:およそ霆は、皆、金の余気である。金の性質は内が鏡のように明るく外が幽暗である。君主が即位したばかりの時、まず恭敬・謙譲の様子を出すが、内心はなお残害の心を懐き、暗いうちに種々の手段を施行し、一挙一動が皆細微の処から発動して、自ら明察と思い、空言を吐いて恣に拠り、深く依托して他人を考劾し、凡事にも自ら能と思う。故に雲なくして霆を打つ現象が現れる。霆が時に火に化するのは、これは君主が暴虐の刑罰を用いるのである。霆が時に火に聚まるのは、光が起こればすなわち随って上がり、これは君主がまさに聚斂せんとする象徴である。霆が時に半天空に現れるのは、これは君主が自ら明察と思うのである。霆が時に交り纏う蛇のようで、光明で端正なのは、これは君主が行事に明白・正直なのである。霆が時に純赤色で、地面に下ってまた返って上がるのは、これは君主が讒言を聴信するのである。

霆或東西南北,皆有霆者,此人君行役,不避四時也;霆或正直而長,光明者,此人君行微,人不知曲直;霆或正黃澤者,此人君行明,雖得事實,取其中也;或霧而霆者,此人君默行,不得事實,而亂不息,下將不制;霆瞬瞬暉暉者,此人君質,不知自明也;霆或奕奕明之而復息者,此人君譏問內直言之事;霆或無雲而以昏數見者,此人君誠以微言而以害人也,一云:默言;霆或將如蝶蛇,明久而微正者,此人君行不明,莫有非也;天陰不雨,但為霆者,此人君陰行,欲以來事實也。”

霆が時に東西南北の四方に皆あるのは、これは君主が労役を征発し、四季の農時を避けないのである。霆が時に端正で長く、光明が人を照らすのは、これは君主が行事に隠微で、他人が曲直を分け識ることができないのである。霆が時に正黄で潤沢の色を呈するのは、これは君主が行事に明白で、事情の実情を掌握しながらも、なおその中道を取るのである。時に霧が起こってまた霆を打つのは、これは君主が暗中に行事し、実情を掌握することができず、これによって禍乱が息まず、下がまさに節制を受けなくならんとするのである。霆が閃々爍々として忽ち明るく忽ち滅するのは、これは君主が質朴で、自ら明察を求めることを知らないのである。霆が奕奕と発亮してまた即座に熄滅するのは、これは君主が私下で直言・進諫の事を査問するのである。霆が時に雲がなくて昏暗の中に屢々現れるのは、これは君主がまさに隠微の言語をもって人を害せんとするのである。別の説では、黙して言わずに行事するのである。霆が時に蝶蛇の様子で、久しく明るくして僅かに端正なのは、これは君主が行事に明らかでなく、しかも敢えて彼の非を指摘する者がいないのである。天が陰って雨を降らせず、ただ霆を打つだけなのは、これは君主が暗中に行事し、これを藉りて事の実情を招こうと欲するのである。」

開元占経巻一百零三

暦法

上元甲子,距今麟德元年甲子,歲積二十六萬九千八百八十,算外。上元甲子,距今大唐開元二年甲寅,歲積二十六萬九千九百三十,算外。章歲,三萬九千五百七十一。總法,一千三百四十。章月,四十八萬九千四百二十八。半總,六百七十。章閏,一萬四千五百七十六。辰率,三百三十五。閏分,一千二百一十四。(奇八)奇率,一十二。歷周,四十四萬三千七十七。旬周,六十。月法,二十九日,餘七百一十一。弦法,七日,餘五百一十二。(奇九)氣法,一十五日,餘二百九十二。(奇十)曆法,二十七日,餘七百四十三。(奇一)

上元甲子のこの起算点から麟徳元年甲子歳まで推して、累積の年数は二十六万九千八百八十年、いわゆる「算外」とは、末年を内に計えないことを謂う。上元甲子から大唐開元二年甲寅歳まで推して、累積の年数は二十六万九千九百三十年、同じく末年を内に計えない。以下は本暦が推歩に用いる各項の常数である:章歳三万九千五百七十一、総法一千三百四十(各項の分数が共用する分母)、章月四十八万九千四百二十八、半総六百七十(総法の半分)、章閏一万四千五百七十六、辰率三百三十五、閏分一千二百一十四(原書の小注:奇は八)、奇率十二、暦周四十四万三千零七十七(月行・遅疾が一周するのに用いる数)、旬周六十(干支が一周する数)、月法二十九日・余七百一十一(一つの朔望月の長さ)、弦法七日・余五百一十二(朔から上弦までの間の長さ、原書の小注:奇は九)、気法十五日・余二百九十二(一つの節気の長さ、原書の小注:奇は十)、暦法二十七日・余七百四十三(原書の小注:奇は一)。

推朔端術:置上元甲子距今所求年,算以章月乘為歲分,章歲除為積月,餘為閏餘。以閏餘減歲分為朔分,總除為積日,餘為小餘。(以天正小餘滅朔分,餘為總實。)求次朔,以月法加;求閏餘,以閏餘加;求弦,以弦法各加其朔;得上弦,以次轉加望,下弦,及來月朔。

朔日の起点を推求する方法:上元甲子から求めるその年までの累積年数を列し、章月をもって乗じて「歳分」を得、更に章歳をもって除して「積月」を得、除し尽くせない余数がすなわち「閏余」である。閏余をもって歳分を減じて「朔分」を得、総法をもって朔分を除して「積日」を得、除し尽くせないのがすなわち「小余」である。(原書の小注:天正の月の小余をもって朔分を滅じ、余る所がすなわち「総実」である。)次の朔日を推求するには、月法を一つ加える。閏余を推求するには、閏余を一つ加える。弦日を推求するには、各々その月の朔に弦法を一つ加え、先ず上弦を得、順次さらに加えれば、望・下弦および来月の朔が得られる。

推入曆術,以歷周去總實,餘以變奇率乘之,滿變小餘。加其餘,總法除為日,不盡為餘命日,算外。即所求年天正恆朔入曆日及餘。

入暦を推求する方法:暦周をもって総実を去り、余る数を更に変奇率をもって乗じ、一変に満てばすなわち小余として、それを余数の上に加える。然る後に総法をもって除して「日」を得、除し尽くせないのを「余」として、日数は順次命名して末の一位は内に計えない。こうして得たのが、求めるその年の天正の月の恒朔の入暦日数および余数である。

求次朔及弦望準前術,(滿歷日及餘奇則去之)求夜半入曆,各以其恆小餘減。

次の朔日および上弦・望・下弦の入暦を推求するには、皆、前の方法に比照して行う。(原書の小注:入暦の日数と余・奇が一周に満てば、それを減じ去る。)夜半の入暦を推求するには、各々それの恒朔の小余をもって減ずる。

推中氣術,各以閏餘加其恆朔小餘,即其氣節,以氣法加。

中気を推求する方法:各々閏余をその月の恒朔の小余の上に加えれば、すなわちその月の気節の在所が得られる。次の気を推すには、さらに気法を一つ加える。

推加時術,各以六乘其小餘,辰率除,殘以五乘四百二,除為辰殘。又以六乘,如前除為刻分。命時起子半算,即加時所在辰及刻分。

加時を推求する方法:各々六をもってそれの小余を乗じ、更に辰率をもって除す。残った数を五をもって乗じ、四百零二をもって除して辰の余数を得る。さらに六をもって乗じ、前の办法に照らして除せば、すなわち刻分が得られる。時辰は子の時の正中から起算し、末の一位は計えず、こうして加時のある時辰および刻分が得られる。

求定氣術,冬夏二至,即以恆氣為定,自外各以氣下消息數,息減、消,加其恆氣小,(滿若不足,進退其日。)各得所求。(加者為盈氣,減者為縮氣。定其盈縮所在,故曰定氣。)

定気を推求する方法:冬至・夏至のこの二つの至日は、直ちに恒気をもって定気とする。そのほかの各節気は、各々その気の下に列する消息数を用いて調整し、「息」に属すれば減じ、「消」に属すれば加え、加減は皆それの恒気の小余の上に落とす。(原書の小注:小余が満つあるいは足らなければ、日数を前あるいは後に一日進退する。)こうして各々求める定気が得られる。(原書の小注:加えたのを盈気と謂い、減じたのを縮気と謂う。盈縮の在所を定めようとするから、故に定気と名づける。)

推日中影及消息盈縮定數術,各置其所入氣後氣數,互相減,餘以乘所入,如算十五,以各減其數為定。(前少加之,前多減之,其求入曆,定遲速及星者仿此,入氣十五,算者如十六。)

日中の影の長さおよび消息・盈縮の定数を推求する方法:各々入った気とその後の一気の数値を列し、前後で互いに減じ、得た差をさらにすでに入った日数を乗じて、十五で除し、得た数を用いて各々本気の数を減ずれば、すなわち定数である。(原書の小注:前の数が小さければ加え、前の数が大きければ減ずる。入暦を推求し、遅速を推定しおよび星を推すのは、皆この办法に倣う。入気が十五に満てば、計算する時は十六に拠って算する。)

推朔弦望盈縮經辰所入術,各以其日所入盈縮,定積。盈加縮減其恆經辰所入,餘即各所求。

朔・弦・望の盈縮・経辰の所入を推求する方法:各々その日の入った盈縮の定数を累積し、盈ならば加え縮ならば減じ、それの恒定の経辰の所入の数の上に加減し、余る所がすなわち各々求める数である。

推朔弦望定遲速術,置所入日遲速數,分後日數,互相減,餘以入曆日,餘乘以總法,除得以加減遲速數為定。

朔・弦・望の定遅速を推求する方法:入ったその日の遅速数を列し、それの後の一日の数と前後で互いに減じ、余る数に入暦の日余を乗じ、更に総法をもって除し、得た数を遅速数の上に加減すれば、すなわち定数である。

推定朔弦望術,各以其日遲速盈縮定數,歷速減遲加,氣盈如縮,減恆小餘,滿若不足,進退其日,命以甲子,算外,即各所求。

定朔および定弦・定望を推求する方法:各々その日の遅速の定数と盈縮の定数を用い、暦行について言えば、速は減じ遅は加え、気行について言えば、盈は縮と同じく処理し、皆用いて恒朔の小余を加減する。小余が満つあるいは足らなければ、日数を前あるいは後に一日進退し、更に甲子の紀日をもって命名し、末の一位は計えず、すなわち各々求める定朔・定弦・定望が得られる。

推定月大小術,其定朔日名,十干與來月同者,大;不同者,小;月無中氣者,為閏。(若正月交,有時正見者,消息前後各一兩月,以定月以之大小,今虧在晦二,其弦望亦隨事消息,月朔大小若過類三者,觀定小餘,近夜半者,量定其弦望,以五乘定小餘,秒法除為刻,即各其辰所入刻數,皆減其晨刻,不盡為辰後刻,不滿前刻者,從前日注於嗣後。)

月の大小を推求する方法:定朔のその日の日名を見て、十干が来月の定朔の天干と同じならば、この月は大月である。同じでなければ、小月である。一箇月の中に中気のないものは、閏月と定める。(原書の小注:もし正月の交朔の時に、時に月象を正しく見ることができれば、前後各一両箇月の中で消息の調整をし、これに拠って各月の大小を定める。いま虧欠が晦日の二に落ち、弦・望もまた情形に随って消息・進退する。月朔の大小がもし連続して三類を過ぎれば、定小余を見て、夜半に近いものは、酌量してそれの弦望を定める:五をもって定小余を乗じ、秒法をもって除して刻数を得れば、すなわち各々その時辰の入る刻数で、皆それの晨刻を減じ、減じ尽くせないのを辰後刻とする。前刻に満たないものは、前の日から注して次の日に至る。)

推土王術,置四季之節,加大餘十二,小餘二百三十五,即各其氣后土王日。

土王の用事日を推求する方法:四季の末の節気を列し、大余十二・小余二百三十五を加えれば、すなわち各季のその節気の後の土王の用事の日が得られる。

推沒日術,氣小餘一千四百七巳上,以九十乘之;又以十五乘小分,從以減沒分十二萬二千三百五十七。

没日を推求する方法:節気の小余が一千四百零七以上のものは、九十をもってそれを乗じ、さらに十五をもって小分を乗じ、両者を併せて、没分十二万二千三百五十七を減ずる。この術の下文はまだ完せず、後に接続する。

麟徳暦経・推歩術(前巻を承く)

餘,以沒法一千七百五十七,除為日,不盡為餘,以日數加氣大餘,即各氣內沒日。

上の文に承けて求めた余数を、《麟徳暦》の定める「没法」1757をもってそれを除する:得た商を整日数とし、除し尽くせない部分を余分に留める。更にこの整日数をその節気の「大余」(暦元から累積してその気に至る整日数)の上に加えれば、得る所がすなわちこの気の内に「没日」が落ちる日である。いわゆる「没」とは、暦法の中で日分を凑合するために虚設した日名で、節気の零余が一定の数量に積れば、すなわち一つの「没日」を折出して標記し、実際に太陽の出沒する一日とは計えない。この条はただ没日を推す術の下半截で、前の「某の数を置き、某の数をもって乗ず」余数を求める歩驟は上の節にあり、この片はここから接続する。

推每定氣初日夜半日所在定度術,各以其定小餘,減其氣日度分,命以宿次,即其夜半日度及分。求次日,日加一度,又各以其日躔差率,進加退減度分數。

各定気の初日の夜半の太陽のある実際の黄道度数を推求する方法:その気の「定小余」、すなわち修正を経た後の一整日に足らない那部分の余分を取り、それをもってその気の当日の太陽のある度数と分数を減じ、余る所を更に二十八宿の次第に拠って順次累減し、どの宿の内に落ちるに減じ至れば、それがすなわち夜半の時の太陽のある宿度と分である。次日の度数を推すには、前日の基礎の上に一度を加える。ほかにまた各々当日の「日躔差率」(太陽の実際の行度が平均行度に対する改正数)に拠って調整し、進すべきはこの度分を加え、退すべきは減じ下ろす。

推朔望加時所在度術,各以定小餘,加其日夜半日度分,即加時所在。推朔望加時月所在度術,朔加時日所在,為合朔。日月同度,加其望日,加時度一百八十二分百三十四四十二。

合朔と望の発生する時刻の太陽のある度数を推求する方法:当日の「定小余」を取り、それをその日の夜半の太陽のある度数と分の上に加えれば、得る所はすなわち「加時」(すなわち合朔あるいは望が実際に発生する那刻)の太陽のある処である。合朔と望の時の月のある度数を推求する方法:合朔の那刻の太陽のある度数が、すなわち合朔の処である。合朔の時に日月はまさに同一度にあるからである。もし望日の月の位置を求めれば、この基礎の上にさらに182度134分42(原文は「一百八十二分百三十四四十二」と作る)を加える。すなわち半箇の周天で、望の時に日月は恰好天を隔てて相対するからである。

推朔定日夜半月所在度術,各以其定小餘,乘所入曆日離程總法而一,為夜半後分,以六十七除,為度。餘,為度分。以減其日加時所在夜及分,命以宿度。求次日各以離程加。(若至其朔,即別起其端,端不得團前而加之。)

定朔のその日の夜半の時に月のある度数を推求する方法:その日の「定小余」を取り、入った遅疾暦のその日の「離程」(その日に月が当に行るべき分数)を乗じ、更に「総法」のこの分母をもって除し、商を夜半以後に月がすでに行った分とする。この分数を67をもって除し、商に度数を得、除し尽くせないのを度下の分に留める。それをもってその日の加時の月のある度数と分を減じ、余る所を更に二十八宿の次第に拠って累減すれば、すなわち夜半の月のある宿度が得られる。次日を推すには、各々次日の「離程」を加える。(原書の小注:もし推算して次の朔日に至れば、すなわち別に頭緒を起こして重ねて起算し、新しい一轮の数目は前の一轮の上に接続して累加を続けてはいけない。)

推定氣日晝夜漏及日出沒時,倍其氣晨前刻及分,分漏法從刻為日不見漏,以減百刻為日見漏,加日見漏五刻,為晝漏刻,以晝漏刻減百刻,餘為夜時刻。四刻十二分加晨前漏刻,命起於刻算外,即日出晨刻,以日見漏加日出辰刻,以次如前,即日沒所在晨刻。(以二十五日除夜漏,得每更一算之數,以二刻三十六分加日沒晨刻,即甲夜,即卯晨。又以更籌數加之,得甲夜一籌數,以次累滿,晨去之,即五更籌所當晨刻及分也,以配二十一前夜漏漏法。)

各定気の昼夜の漏刻および日出・日没の時刻を推求する方法:まずその気の「晨前刻」の刻数と分数を一倍に加え、その中の分を「漏法」のこの分母に拠って刻に折算し、得る所がすなわち「日不見漏」、すなわち太陽が地平以下にある時長である。百刻をもってそれを減じ、余数がすなわち「日見漏」、すなわち太陽が地平以上にある時長である。さらに日見漏に五刻を加えて、昼漏刻とする。昼漏刻をもって百刻を減じ、余る所がすなわち夜間の刻数である。別に四刻十二分を取って晨前漏刻の上に加え、刻数から起算して本刻は内に計えず、得る所がすなわち日出の時刻である。更に日見漏を日出の時刻の上に加え、前の办法に照らして順次推し去れば、すなわち日没のある時刻である。(原書の小注:二十五をもって夜漏を除し、每一更の占める刻分の数を得る。二刻三十六分を日没の時刻の上に加えれば、すなわち甲夜の起点で、すなわち卯前の晨である。更に順次一筹の刻分を加えれば、すなわち甲夜第一筹の時刻が得られ、かくのごとく筹を逐えて累加し、一昼夜に満てば減じ去り、ここにおいて五更の各筹の当たる刻と分は皆求められ、もって前に列した夜漏・漏法と相配する。この句の「二十一前」は当に脱訛があるべきである。)

推昏明去中星度術,每日求其晝夜漏刻數,以乘歲實二百,乘總法而除之,得昏去其中星度。以減周天度,餘為晨去中星度。以昏明去中星度,加其晨所在,即各其日中星度數。(其梗概粗舉者,加其夜半日度,亦各其中中星宿度。)因求次日者,各置其日刻差七十三乘之,二百八十八而一,為度差,滿十為度。冬至後加,夏至後減,隨日加減,各得每日去中度。晨昏所距,日在黃道,中星準度以赤道。

黄昏と拂暁の時に中星を距る度数を推求する方法:每日まず当日の昼漏・夜漏の刻数を求め、それをもって「歳実」(一歳の日分の総数)を乗じ、更に200をもって「総法」を乗じて除数として除せば、得る所がすなわち黄昏の時に中星を距る度数である。周天の度数をもってこの数を減じ、余数がすなわち拂暁の時に中星を距る度数である。昏・明に中星を距る度数を各々当日の拂暁の太陽のある度の上に加えれば、すなわちその日の中星の度数が得られる。(原書の小注:大概を求めて細かく算しないのは、それを夜半の太陽のある度の上に加えても、また各々当時の中星・宿度が得られる。)もし次日に順推せんとすれば、当日の刻差73を取って乗じ、288をもって除し、得る所を「度差」と呼び、十に満てば一度に進む。冬至以後は加とし、夏至以後は減とし、日を逐えて加減し下れば、每日の中星を距る度数が得られる。注意すべきは:晨昏の距る所は太陽のある黄道を准とし、中星自体の度数は赤道を准とし、両者の拠る坐標は同じでない。

麟徳暦経・月行遅疾離程表

歷日、離程、速數;歷日、離程、遲數。一日九百八十五,增一百四十四,速初;一十五日百一十,增一百一十八,遲二十九。二日九百七十四,增一百一十七,速一百三十四;十六日八百一十九,增一百一十五,遲一百五十七。三日九百六十二,增九十九,速二百五十一;十七日八百三十三,增九十五,遲二百七十二。四日九百四十八,增七十八,速三百五十;十八日八百四十六,增七十四,遲三百六十七。

以下は月行・遅疾暦の表で、共に六欄あり、前三欄は月行が速い前半月、後三欄は月行が遅い後半月である。欄名は順次:暦日(遅疾暦に入った第几日)、離程(その日に月が当に行るべき分数)、速数(平行より速い累積の差数)。暦日・離程・遅数(平行より遅い累積の差数)。第一日の離程985分、平行より多い144、速数は「速初」と記しすなわち起算の端。第十五日の離程810分(原文は「百一十」と作り、上におそらく「八」の字を脱す)、増118、遅数29。第二日の離程974、増117、速数134。第十六日の離程819、増115、遅数157。第三日の離程962、増99、速数251。第十七日の離程833、増95、遅数272。第四日の離程948、増78、速数350。第十八日の離程846、増74、遅数367。

五日九百三十三,增五十六,速四百二十八;十九日八百六十一,增五十二,遲四百四十一。六日九百一十八,增四十三,速四百八十四;二十日八百七十七,增二十八,遲四百九十三。七日九百二,增九,速五百一十七;二十一日八百九十三,增四,遲五百二十一。八日八百八十六,減一十四,速五百二十六;二十二日九百九,減二十,遲五百二十五。九日八百七十,減三十八,速五百十二;二十三日九百二十五,減四十四,遲五百五。

第五日の離程933分、増56、速数は累積して428。第十九日の離程861分、増52、遅数は累積して441。第六日の離程918、増43、速数484。第二十日の離程877、増28、遅数493。第七日の離程902、増9、速数517。第二十一日の離程893、増4、遅数521。第八日の離程886、改めて減14、速数526。第二十二日の離程909、減20、遅数525。第九日の離程870、減38、速数512。第二十三日の離程925、減44、遅数505。見るべきは、第七・八日の間に「増」が転じて「減」となり、速数と遅数もまた各々頂に到りて後に回落し、これはまさに月行が最疾から平行に転ずる転折の処である。

十日八百五十四,減六十二,速四百七十四;二十四日九百四十一,減六十八,遲四百六十一。十一日八百三十九,減八十五,速四百一十二;二十五日九百五十,減八十九,遲三百九十三。十二日八百二十六,減百四,速三百二十七;二十六日九百六十八,減百八,遲三百四。十三日八百一十五,減百二十一,速二百二十三;二十七日九百七十九,減百二十五,遲百九十六。十四日八百八,初減一百二,末減二十九,速一百二;二十八日九百八十五,減百三十四,初減七十一,遲七十一。

第十日の離程854分、減62、速数474。第二十四日の離程941、減68、遅数461。第十一日の離程839、減85、速数412。第二十五日の離程950、減89、遅数393。第十二日の離程826、減104(原文は「百四」と作る)、速数327。第二十六日の離程968、減108、遅数304。第十三日の離程815、減121、速数223。第二十七日の離程979、減125、遅数196。第十四日の離程808、この日は前後の両段に分けて計算し、前段は減102、後段は減29、速数102。第二十八日の離程985、減134、前段は減71、遅数71。第十四・二十八の両日は遅疾暦の首尾が交接する処で、故に「初」「末」の両段に分けて数を取らねばならず、整日をもって一概に論じることはできない。

二十日氣中影消息數,盈縮數,晨前刻,(及分)昏去中度,定日度,及寄冬十一月,一丈二尺七寸五分,息初先盈,末三十刻八十二度二分,斗十二度。

この一行は二十四気表の欄目名と第一行のデータを連ねたもので、底本はすでに残欠・錯乱している。欄目は大体順次:気名・中影(正午に測る日影の長短)・消息数(日影が気を逐えて伸縮する数)・盈縮数(その気の実際と平均との差)・晨前刻および分・昏去中度(黄昏の時に中星を距る度数)・定日度(その気の太陽のある定度)。存する一行は冬至のある十一月に属す:中影一丈二尺七寸五分、日影はここから「息」に転じ入り(長から短に転ず)、盈縮数は起初は盈、晨前刻三十刻、昏去中度八十二度二分、太陽の定度は斗宿十二度にある。首の二字「二十」の下は当に「四気」を脱し、「及寄」は当に「冬至」の類で、その余の二十三気の整块のデータは全て脱失し、校補する由がない。

麟徳暦経・赤道宿度と黄道宿度

赤道度:斗二十六,牛八,女十四,虛十,危十七,室十六,壁九,北方九十八度。斗分三百二十八。奎十六,婁十三,胃十四,昴十一,畢十六,觜二,參九,西方八十度。井三十三,鬼四,柳十四,星七,張十八,翼十八,軫十八,南方一百一十二度。角十二,亢九,氐十五,房五,心五,尾十八,箕十一,東方七十五度。

以下は二十八宿の赤道上の距度を列し、すなわち毎宿の占める赤道の度数である。北方・玄武の七宿:斗宿26度、牛宿8度、女宿14度、虚宿10度、危宿17度、室宿16度、壁宿9度、合計北方98度。斗宿の外にまた斗分328があり、周天の余分を斗宿の下に寄せる零数である。西方・白虎の七宿:奎16度、婁13度、胃14度、昴11度、畢16度、觜2度、参9度、合計西方80度。南方・朱雀の七宿:井33度、鬼4度、柳14度、星7度、張18度、翼18度、軫18度、合計南方112度。東方・蒼龍の七宿:角12度、亢9度、氐15度、房5度、心5度、尾18度、箕11度、合計東方75度。四方を相加して365度となし、斗分を加えればすなわち一周天を成す。

黃道度:斗二十四及分,牛七,女十一,虛十,危十六,室十八,壁十,北方九十六度。奎十七,婁十三,胃十五,昴十一,畢十六,觜三,參十,西方八十三度。井三十三,鬼四,柳十四,星七,張十七,翼十九,軫十八,南方一百九度。角十二,亢十,氐十六,房五,心五,尾十八,箕十,東方七十七度。

以下は二十八宿の黄道上の距度を列す。黄道と赤道が斜交するから、同一の宿が両道の上に占める度数は同じでなく、故に別に一表を立てる。北方七宿:斗24度にまた零分あり、牛7度、女11度、虚10度、危16度、室18度、壁10度、合計北方96度。西方七宿:奎17度、婁13度、胃15度、昴11度、畢16度、觜3度、参10度、合計西方83度。南方七宿:井33度、鬼4度、柳14度、星7度、張17度、翼19度、軫18度、合計南方109度。東方七宿:角12度、亢10度、氐16度、房5度、心5度、尾18度、箕10度、合計東方77度。前の条の日躔を推すに黄道度を用い、中星を推すに赤道度を用いるのは、すなわちこの二枚の表に拠って各々数を取るのである。

麟徳暦経・交会蝕術

終率:一千九十三萬九千三百一十三。奇率:三百。約終:三萬六千四百六十四。奇:一百一十三。交中:一萬八千二百三十二。奇:五十六半。虧朔:三千一百六。奇:一百八十六。望實:一萬九個七百八十五。奇:一百五十。後準:一千五百五十三。奇:九十三半。前準:一萬六千六百七十八。奇:二百六十三。

以下は交食を推算するのに用いる几箇かの常数である。「終率」10939313は、交点月の総分数である。「奇率」300は、余分の下の更に細かい一級の分母である。「約終」36464、奇113は、終率を約簡した後の交終分である。「交中」18232、奇56半は、恰好約終の半で、すなわち日月が一つの交点から別の一つの交点まで行る分数である。「虧朔」3106、奇186は、一箇の朔望月と交終との差で、もってこの朔から次の朔の入交分を推すのに用いる。「望実」19785(原文は「一万九个七百八十五」と作り、「个」は当に「千」の字の訛)、奇150は、朔から望を推すに加える分数である。「後准」1553、奇93半、「前准」16678、奇263は、交前・交後に蝕限に入ることができるかを判断する二つの界限値である。

推泛交分術,置總實,以終率去之,不足去者,奇率乘之,滿,終率又去之,奇率約之,為天正恆朔夜半入交分。不盡為奇。(以天正恆朔小餘,朔泛交分,交加分,即天正恆。)

「泛交分」(修正を加えない入交の分数)を推求する方法:まず「総実」、すなわち暦元から累積して求める年に至る総分数を摆し、「終率」10939313をもって連ねて去り、一つの終率に足らなくなるまで去る。残った数がもし更に去るに足らなければ、「奇率」300をもってそれを乗じ、乗じ満ちた後に更に終率をもって減じ、最後に奇率をもって約簡し、得る所がすなわち天正月の恒朔の夜半の時の入交分で、除し尽くせない部分を「奇」とし、すなわち分より更に小さい一級の零数である。(原書の小注:天正恒朔の小余・朔の泛交分と交加分の三者を相加すれば、すなわち天正恒朔の入交の数が得られる。)「天正」とは冬至のある十一月を指し、暦家の推歩は皆この月から起算する。

求望泛交分,以望實加之,求以朔者,以虧朔加之,滿,約終去之。推朔望定交分術,以六十一乘定遲速數七十,七十七除之,所得為限數及入氣盈縮,加減泛交分,為定交分。

望日の泛交分を求めるには、朔の泛交分の上に「望実」19785を加える。次の朔に順推するには、「虧朔」3106を加える。一つの「約終」36464に加え満てばすなわちそれを減じ、一終に足らない余数のみ留める。朔・望の「定交分」を推求する方法:61をもってその日の定遅速数を乗じ、更に70・77をもって相除し(原文「以六十一乘定遅速数七十、七十七除之」は文に訛脱あり、当に六十一を乗じ七十七を除すの意)、得る所を「限数」と称す。それをその気の入気・盈縮数と併せて泛交分を加減し、加うべきは加え減ずべきは減じ、得る所がすなわち「定交分」、すなわち修正後の日月の交点を距る実際の分数である。

推入蝕限術,入交定分,如交中已下為月在外道,交中已上,以交中減之,餘為月在內道。內外分如後準巳上,前準已上者,為入蝕限,望則月蝕朔入限。月在裡者,蝕入限如後準已下,為交後分,前準已上,反減交中,餘為交前分。置前後分,以一百一十二約之,為去交時數。

蝕限に入るか否かを推求する方法:得た入交定分を見て、もし「交中」18232以下ならば、すなわち月が黄道の外に行るので「外道」と称す。もし交中以上ならば、一つの交中を減じ、余る所は月が黄道の内に行ることを示し「内道」と称す。内道・外道を論ぜず、得た分がもし「後准」1553以上・「前准」16678以上ならば、すなわち蝕限に入ったと算し、望日に限に入れば月食があり、朔日に限に入れば日食がある。月が内道にある者は、その蝕限に入る分がもし後准以下ならば、すなわち「交後分」と呼び、すなわち交点を過ぎて間もない。もし前准以上ならば、かえって交中をもってそれを減じ、余る所を「交前分」と呼び、すなわちまさに交点に到らんとする。得た交前分あるいは交後分を112をもって約せば、すなわち「去交時数」が得られ、すなわち交点を距ることあと何時辰かである。

推日月蝕所在辰術,如求律氣,應加時法,得加時所去辰。月在沖辰蝕。昔非正見者,於日出及日沒前十二刻半內其初末,以候之。

日食・月食がどの時辰に発生するかを推求する方法:前の節気の加時を推求する办法に照らして算し、余分を時辰に折算すれば、すなわち食の発生する那刻のある時辰が得られる。月食はまた太陽のある時辰の「冲」、すなわち相対する那辰を見ねばならない。月食の時に日月は相望で、月はまさに太陽の対面にあるからである。およそ正中の天にあらず正面に見え難いものは、日出以後と日没以前の各十二刻半の時段の内で、その虧損の開始と復円の終了を守候して観測すべきである。

求月在表朔蝕,準夏至初去交前後二百四十八分為初準已下,加則午正前後七刻內者蝕。又夏至前後,每一日損初準二分,畢於前後九十四日,各為每日變準。若變已下加時如前者蝕,又以末準六十,減初準及變準,餘以十八約之,為刻準,以算。

月が黄道の表(外道)にある時の朔日に日食が起こるかを推求する:夏至の日を基準とし、交点を距る前後248分を「初准」と定める。およそ去交分が初准以下で、かつ合朔の加時が正午の前後七刻以内に落ちるものは、日食が発生する。夏至から前後に推して、一日を過ぎるごとに初准の上に2分を減じ、前後各九十四日まで減じ尽くし、日を逐って得たのを各々当日の「変准」と称す。およそ去交分が当日の変准以下で、加時がまた上の条件に合えば、同様に食する。また「末准」60を取り、それをもって初准と変准を減じ、余る所を18をもって約し、得数を「刻准」と称して、次の推算に供する。

午正前後七刻數,百時準加時去時準內去交,如末準已下,前蝕。又置末準,每一刻加十八,為差準。加時刻去午正前後,如差準刻已下去交分,如差準已下者,甚蝕。秋分至春分,去交如末準已下,加時南方三辰者,二蝕。

正午の前後七刻を基数とし、刻准と相配し、およそ合朔の加時が時准の内に落ち、去交分がまた末准60以下のものは、日食は午前に発生する。また末准を取り、一刻多くなるごとに18を加え、得る所を「差准」と称す。もし合朔の加時が正午前後を距る刻数が差准の刻数以下で、同時に去交分も差准以下ならば、それは食が甚だ深い。秋分から春分までのこの半年の間、去交分がもし末准以下で、加時がまた南方の巳・午・未の三辰の内に落ちれば、日食は二ほど見られる。この段の文字は底本の訛脱が多く、「百时准」「前蝕」「二蝕」の諸処は皆あまり通じず、算法の大意に依って疏解するだけである。

求月在裡朔不蝕,準夏至日,去交一千三百七十三初為準,初準已上,加時午正前後十八刻,內或不蝕。又夏至後,每一日益初準一分半,畢前後九十四日,各為每日變準。以初準減變準,餘,十而一為刻準,以減午正前後十八刻,餘為時準。去交在變準已上,加時準,內或不蝕。

月が黄道の裏(内道)にある時の朔日に日食が起こらない条件を推求する:夏至の日を基準とし、去交1373を「初准」と定める。およそ去交分が初准以上で、合朔の加時がまた正午の前後十八刻以内に落ちるものは、日食が発生しない可能性がある。夏至以後、一日を過ぎるごとに初准の上に1分半を加え、前後各九十四日まで加え尽くし、日を逐って得たのを各々当日の「変准」とする。初准をもって変准を減じ、余る所を10をもって除して「刻准」を得、更にそれをもって正午前後の十八刻を減じ、余る所を「時准」と称す。およそ去交分が当日の変准以上で、加時がまた時准の内に落ちれば、また食しない可能性がある。この条は上の条と正しく相対する:一条はその必食を定め、一条はその食しうるを定める。

推月蝕分術,置去交前後定分,冬交前皆去二百二十四;春交後去一百,交前去二百;夏不問前後去五十;秋交後去二百,交前去一百,不足去,蝕既。有蝕者,以減後準一百四而一,餘,半已下為半弱,半已上為半強,命以十五滿限,得月蝕之大分。

月食の食分の多少を推求する方法:まず交前あるいは交後の定分を摆し、更に四季に拠って各々一定数を扣除する。冬季は交前・交後を論ぜず皆224を減ずる。春季は交後に100を減じ、交前に200を減ずる。夏季は交前・交後を分たず一律に50を減ずる。秋季は交後に200を減じ、交前に100を減ずる。もし定分が減ずるに足らなければ、月がまさに交点にあることを示し、それは「蝕既」、すなわち皆既食である。およそなお余数の算すべきあるものは、それをもって「後准」1553を減じ、余る所を104をもって除す。除した後に残る零頭は、半箇の除数に満たないのを「半弱」と記し、半箇の除数を超えるのを「半強」と記す。月輪の全径を十五分と定め、得た数を十五分の内に置いて称説すれば、すなわちこの月食の「大分」が出て、すなわち十五分の几を食い去ったかである。

月在內道蝕,(初起東南,蝕甚西南。)月在外道蝕。(初起東北,食甚西北。十三分巳上正東起,皆據正南而言之。)

月食の起亏と食甚の方位は、月が内道に行るか外道に行るかに随って異なる。月が黄道の内に行って月食が発生するものは、(原書の小注:亏損は月輪の東南角から始まり、食が最深に至る時は西南。)月が黄道の外に行って月食が発生するものは、(原書の小注:亏損は東北角から始まり、食が最深に至る時は西北。もし食分が十三分以上ならば、正東から亏損が始まる。以上に言う方位は、皆、観測者が正南に面向して見る所を准とする。)内・外道を分ける所以は、月が交点の南側からか北側からか地影を穿つかで、地影が先ず月輪のどの辺に接触するかが決まるからである。

推日食分術,月在內道,冬至畢雨水,秋分畢大雪,以五百五十八為差。(日入春分巳後,日損六分,畢芒種。)日夏至初日無差。(自後日益六分,畢白露。)

日食の食分の多少を推求する方法:月が黄道の内に行る時、冬至から雨水まで、秋分から大雪までのこの二段の時節は、一律に558を取って「差」(扣減の定数)とする。(原書の小注:春分に入って以後、每日この差の上に6分を減じ、芒種まで減じ尽くす。)夏至のその日に至れば、差は恰好減じ尽くして零となる。(原書の小注:夏至以後、每日更に6分を増じ、白露まで増じ尽くす。)この差は節気に随って連続して消長し、冬の半年に最大で夏至に最小であることが見える。日食の条件が一年の中の黄白の交角関係に随って変わることを反映する。

置去交前後定分,皆以差減,不足減,反減差為不蝕餘。小滿畢小暑,加時午正前後七刻外,去不蝕餘,一時三刻內即加一時。大寒畢立春,交前五時外。大暑畢立秋立後五時外,皆去不蝕餘,一時五時內,即加一時。月在外道,冬至初日無差,自後日益六分,為畢雨水。自入春畢白露,皆以五百二十二為差。(自入秋分巳後,日損六分,畢大雪,所損為差。)

交前あるいは交後の定分を摆し、一律に上に求めた差をもって減ずる。もし定分が減ずるに足らなければ、かえって差をもって定分を減じ、余る所を「不蝕余」と称し、まだどれだけ足らないか蝕に入るを示す。小満から小暑まで、合朔の加時が正午前後七刻以外のものは、不蝕余を扣去する。もし加時が一時三刻以内ならば、更に一時を加える。大寒から立春まで、交前五時以外の者を取る。大暑から立秋まで、立秋後五時以外の者を取る。この二段は皆同様に不蝕余を扣去し、もし一時から五時の内にあれば、また一時を加える。月が黄道の外に行る時、冬至のその日は差が零で、この後每日6分を増じ、雨水まで増じ尽くす。入春から白露まで、一律に522をもって差とする。(原書の小注:秋分に入って以後、每日6分を減じ、大雪まで減じ尽くし、減じた後の余数がすなわち当日の差である。)

以差加去交定分,為蝕分,以減後準,餘,為不食分。各置差十五約之,以減一百四,餘,為定法,以除不餘分,得為分餘,半法已上為半強,已下為半弱,以減十五,餘。為蝕之大分。

上に求めた差を去交の定分に加え、得る所を「蝕分」と称す。更に「後准」1553をもってそれを減じ、余る所がすなわち「不食分」、すなわち月輪の遮掩されない部分である。別にあの差を取り、15をもって約し、約して得た数を104の中から減じ、余る所を「定法」とし、すなわち每一分の値する分数である。定法をもって不食分を除し、得る所がすなわち不食の分数である。除した後に残る零頭は、定法の半を超えるのを「半強」と記し、一半に足らないのを「半弱」と記す。最後に15をもってこの不食の分数を減じ、余る所がすなわちこの日食の「大分」、すなわち日輪の十五分の中に食い去られたのが几分である。

月在內道日蝕。(初起西南,蝕甚東北。)月在外道日蝕。(初起西南,食甚東南。十三分已上正西起,亦據正南方而言之也。)

月が内道にあって日食するもの。(原書の小注:亏損は日輪の西南角から始まり、食が最深に至る時は東北。)月が外道にあって日食するもの。(原書の小注:亏損は西南角から始まり、食が最深に至る時は東南。もし食分が十三分以上ならば、正西から亏損が始まる。これらの方位も皆、観測者が正南の方に面向して見る所を准とする。)日食は月が日を掩うもので、月は西から東へ太陽を追及するから、亏損は常に西の辺から先に起こり、月食が東から先に亏れるのと正しく相反する。

推日月蝕虧初及復末時刻術,置朔望蝕大分為率,五已下增二,已上增三,十已上增四,十三分已上增五,為蝕用刻。以四乘,十除,得減蝕甚刻為虧初。又六乘,十而一,以加蝕甚刻,為復末辰刻。(其日蝕甚初末更籌,因其日月所入辰刻及分,依前定氣所遇夜刻更籌術,求其初末及其時更籌。)

日食・月食の初亏および復円の時刻を推求する方法:まず朔望に得た食の「大分」をもって基数とし、食分が五分以下は2を加え、五分以上は3を加え、十分以上は4を加え、十三分以上は5を加え、得る所を「蝕用刻」と称し、すなわちこの食の全程の占める刻数である。それをもって4を乗じ10を除し、得る所を食甚の時刻の上から減じれば、すなわち初亏の時刻である。更にそれをもって6を乗じ10をもって一とし、得る所を食甚の時刻に加えれば、すなわち復円の時刻である。前に四・後に六として均分しない所以は、食既の後に復円が僅かに緩やかだからである。(原書の小注:その日の食甚・初亏・復円が各々第几更の第几筹にあるかは、日月の入った時辰の刻分に依拠し、前の定気の遇う夜刻・更筹を推す办法に照らして求めれば、すなわち初末が各々何の更の何筹にあるかを定めることができる。)

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