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天狗星占 三十三

唐 · 瞿昙悉达 · 第71巻 / 119

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

甘氏曰:“天狗七星,在狼東北。”《元命苞》曰:“天狗主守賊。”郗萌曰:“天狗非其故,天下有大盜。”《甘氏贊》曰:“野狗向吠,雌雄咸嗥。”

甘徳はいう、「天狗」は全部で七つの星で、位は天狼星の東北の方に在る。《元命苞》にいう、天狗は盗賊を防守するを主る。郗萌はいう、天狗星がもし変じて元来の様子に似ざれば、天下はまさに大盗を出す。《甘氏賛》にいう、野狗は人に向かい狂吠し、雌も雄も一斉に嗥叫す。要に注意すべきは、ここの天狗は二十八宿の外の一組の星官で、後文の流星占の中のあの地に墜ちて声を作し名を「天狗」といった流星とは一回事に非ず。

丈人星占 三十四

石氏曰:“丈人二星,在軍市西南。”

石申はいう、「丈人」は二つの星で、位は軍市の西南の方に在る。丈人は年高の長者を指し、尊長の象徴で、下の子星・孫星と合わせて祖孫三代の相承の星象を成す。

子星占 三十五

石氏曰:“子二星,在丈人東。”

石申はいう、「子」は二つの星で、位は丈人星の東辺に在り、児子のこの輩を象徴し、丈人に緊く挨着し、子が父の側に在って承事するの義を取る。

孫星占 三十六

甘氏曰:“孫二星,在子星東。”《甘氏贊》曰:“丈人杖行,子孫扶持。”

甘徳はいう、「孫」は二つの星で、位は子星の東辺に在る。《甘氏賛》にいう、丈人は拐杖を拄きて行走し、子と孫は両傍に在って搀扶す。丈人・子・孫のこの三組の星は連なって一線を成し、まさに老幼の相承・子孫の孝養の象徴である。

天社星占 三十七

甘氏曰:“天社六星,在弧南。”(昔共工子曰勾龍,能平水土,其精為星,故祀以為社也。)郗萌曰:“天公社者,小人天公祠祀,非私所事也;所祠者,公社主也。”《甘氏贊》曰:“老人天社,理落禱祀。”

甘徳はいう、「天社」は全部で六つの星で、位は弧矢星の南辺に在る。原書の小注にいう、従前に共工氏の児子は名を勾龍といい、よく水土を平治し、彼の精魂は上升して星と成り、ゆえに人々は社を立てて彼を祭祀す。郗萌はいう、いわゆる天公社とは、庶民・百姓が天公を祭祀する処所で、私家の擅りに奉祀すべきに非ず。祭る所はすなわち公社の主である。《甘氏賛》にいう、老人星と天社星は、郷里・村落の祷告と祭祀の事を主管す。

天紀星占 三十八

甘氏曰:“天紀一星,在外廚南。”(天紀,主知禽獸年齒,凡所烹宰,不殺孕,不夭幼,以致繁盛,故處外廚之門也。)《甘氏贊》曰:“紀別少齒,胎夭不屠。”

甘徳はいう、「天紀」はただ一つの星で、位は外厨の南辺に在る。原書の小注にいう、天紀は禽獣の年齢・牙口を辨識することを主管し、およそ宰殺・烹煮あるに、懐孕の母畜を殺さず、幼小の仔畜を殺さず、牲畜をして繁衍興盛ならしむを善しとす。ゆえにそれは外厨の門口に安置す。《甘氏賛》にいう、天紀は牲口の年齒の老少を分辨し、懐胎のと幼弱のは一概に屠宰せず。

外厨星占 三十九

甘氏曰:“外廚六星,在柳南。”《甘氏贊》曰:“外廚烹淪,雞羊犬豬。”

甘徳はいう、「外厨」は全部で六つの星で、位は柳宿の南辺に在る。《甘氏賛》にいう、外厨は烹煮・汆湯を掌管し、鶏・羊・犬・猪のこれら牲牢の肉食を办治す。この一組の星が主るは宮廷の外の庖厨・膳食の事である。

天廟星占 四十

甘氏曰:“天廟十四星,在張南。”(天子之祖廟也)《黃帝占》曰:“天廟星均明,則吉;微細,則凶。”又曰:“星非其故,有凶憂,若白衣之會。”又曰:“有兵,軍食不通。”

甘徳はいう、「天廟」は全部で十四の星で、位は張宿の南辺に在る。原書の小注にいう、これは天子の祖廟である。《黄帝占》にいう、天廟の諸星の光度が均勻にして明亮であれば、すなわち吉兆で、星光が細微暗弱であれば、すなわち凶兆である。またいう、星象がもし変じて元来の様子に似ざれば、すなわち凶険・憂患あり、あるいは「白衣の会」あるべく、すなわち喪服を穿きて聚会する喪事である。またいう、さらに兵禍が興起し、軍中の糧道は通ぜず。

郗萌曰:“天廟星大,色黃潤,則吉;蒼白為憂;青黑,憂在宮中。”《荊州占》曰:“天廟星非其故,有廟殘之事,吏不去則死。”《甘氏贊》曰:“天廟祭祀,示民不怠。”

郗萌はいう、天廟星が碩大で、色沢が黄くして潤えば、すなわち吉利である。蒼白色を呈せば、憂患あるを主る。青黒色を呈せば、憂患はすなわち宮廷の内に応ず。《荊州占》にいう、天廟星がもし変じて元来の様子に似ざれば、すなわち宗廟の残毁する事あり、主管の官吏は職を去らざればすなわち命を喪う。《甘氏賛》にいう、天廟は宗廟の祭祀を主り、以て百姓に示范す:祖考を奉祀するは懈怠すべからず。

東甌星占 四十一

甘氏曰:“東甌五星,在翼南。”(東甌,東越也,今永嘉之永寧縣是也。謂東甌星,無主此地也。)《甘氏贊》曰:“康居穿骨,越裳東甌。”

甘徳はいう、「東甌」は全部で五つの星で、位は翼宿の南辺に在る。原書の小注にいう、東甌はすなわち東越で、即ち今の永嘉郡永寧県の一帯である。ただしそれを東甌星と称するは、実は単にこの一処の地方を主るに非ず(此の句の小注の文字は訛脱あるに似たり)。《甘氏賛》にいう、康居・穿骨・越裳・東甌——これらはいずれも四方の遠国の名号で、一併せてこの一帯の星官の主る所に帰す。

器府星占 四十二

甘氏曰:“器府三十二星,在軫南。”(器府,樂器之府。)《甘氏贊》曰:“器府掌故,管絃絲竹。”

甘徳はいう、「器府」は全部で三十二の星で、位は軫宿の南辺に在る。原書の小注にいう、器府とはすなわち楽器を收藏する府庫である。《甘氏賛》にいう、器府は旧章・典故を掌管し、管・弦・糸・竹の各類の楽器はいずれもそれに由りて收貯され、天上に礼楽の器用を主る星官である。

巫咸中外官

太尊星占 一

巫咸曰:“太尊一星,在中臺北。”《巫咸贊》曰:“太尊一星,職比聖人。”

巫咸はいう、「太尊」はただ一つの星で、位は中台の北辺に在る。《巫咸賛》にいう、太尊のこの一星は、その職位は聖人に比すべく、天上の極めて尊貴なる星官で、宗室・貴戚の中の最も尊顕なるあの一位を主る。

三公星占 二

巫咸曰:“三公在北斗魁第一星西。”《黃帝占》曰:“三公一星去,天下危;一星去;天下亂,三星去,天下不治。”《巫咸贊》曰:“三公星,七政齊同;三公,猶今三公也;和陰陽,齊七政也。”

巫咸はいう、「三公」は北斗の斗魁の第一の星の西辺に在る。《黄帝占》にいう、三公が一つの星を欠けば、天下はすなわち危殆で、さらに一つを欠けば、天下はすなわち大いに乱れ、三つの星が全部見えなければ、天下はすなわち治すべき法なし(原文は両処ともに「一星去」と作す、第二の処は当に「二星去」の誤りなるべし)。《巫咸賛》にいう、三公星が位に在れば、日月と五星のこの「七政」の運行はすなわち斉整一致す。ここの三公とは、今の朝廷の三公の職に譬え、職責は陰陽を調和し七政を斉整するに在り。

大理星占 三

巫咸曰:“大理二星,在紫宮門左星內;大理者,平獄之官也。”《巫咸贊》曰:“大理奏事,南門左陬。”

巫咸はいう、「大理」は二つの星で、位は紫微宮門の左枢星の裏側に在る。大理は獄訟を審理し平決する官である。《巫咸賛》にいう、大理は天子に案情を奏報し、それが居する位置は紫宮の南門の左辺の角落に在る。この二つの星は専ら刑獄の審断の公平なるや否やを主る。

女御星占 四

巫咸曰:“女御四星,在鉤陣星後北,女御,為八十一御妻之象也。”《巫咸贊》曰:“女御禮儀,威容步趨。”

巫咸はいう、「女御」は全部で四つの星で、位は鉤陳星の後方の北に偏る処に在る。女御は周代の後宮の八十一位の御妻を象徴す。《巫咸賛》にいう、女御は後宮の礼儀を主掌し、儀容の荘重・進退の歩趨がいずれも法度に合することを講究す。この一組の星は以て後宮の嬪御の秩序と儀節を占候す。

天相星占 五

巫咸曰:“天相三星,在七星大星北。”石氏曰:“天相者,天丞相也,主服彩色文章。”《巫咸贊》曰:“天相爵服,彩色顯光。”

巫咸はいう、「天相」は全部で三つの星で、位は七星宿のあの大星の北辺に在る。石申はいう、天相とはすなわち天上の丞相で、彩色・紋飾の礼服を主管す。《巫咸賛》にいう、天相は爵位と命服を主り、五彩の文章は顕耀して光あり。ゆえにこの一組の星は既に輔相の臣を占し、また章服の等級の事をも占す。

長垣星占 六

巫咸曰:“長坦四星,在少微西,南北列。”郗萌曰:“長垣在七星北,南星亦在太微西六七尺。”《合誠圖》曰:“長垣主界域。”《巫咸贊》曰:“長垣四星,在城邑相包。”

巫咸はいう、「長垣」は全部で四つの星で(原文は「長坦」と作す、「長垣」の形近の誤りである)、位は少微星の西辺に在り、南北に一列に排す。郗萌はいう、長垣は七星宿の北辺に在り、その南端のあの星もまた太微垣より以西六七尺のところに在る。緯書《合誠図》にいう、長垣は疆界・区域を主管す。《巫咸賛》にいう、長垣のこの四つの星は、一道の囲墻のごとく城邑を環抱し包囲す。

虎賁星占 七

巫咸曰:“虎賁一星,在下臺南。”(虎賁士,以虎皮為冠,示威猛也。)《巫咸贊》曰:“虎賁四騎,室旄頭。”

巫咸はいう、「虎賁」はただ一つの星で、位は下台の南辺に在る。原書の小注にいう、虎賁の武士は虎皮の作れる帽子を戴き、以て威猛を顕示す。《巫咸賛》にいう、虎賁は四騎を配し、営室・旄頭(昴宿)と相応ず——此の句の文字は畧かに脱誤あり。この星は天子の身辺の衛士と武備を主る。

軍門星占 八

巫咸曰:“軍門二星,在青丘西;天子六軍之門也。”《荊州占》曰:“軍門非其故,軍道不通。”《巫咸贊》曰:“軍門營候,虎尾威旗。”

巫咸はいう、「軍門」は二つの星で、位は青丘の西辺に在り、天子の六軍の出入りする営門である。《荊州占》にいう、軍門星がもし変じて元来の様子に似ざれば、行軍の道路はまさに阻塞して通ぜず。《巫咸賛》にいう、軍門は営塁を候望する関口で、門上に虎尾旗と威武の軍旗を張る。この二つの星は専ら軍営の門禁と出師の道を主る。

土司空星占 九

巫咸曰:“土司空四星,在軍門南。”《合誠圖》曰:“土司空,主土城。”石氏曰:“土司空四星,近青丘;司空,水土司察者;星黃潤,則吉。”《巫咸贊》曰:“土司空,主界域,族神,土糞。”

巫咸はいう、「土司空」は全部で四つの星で、位は軍門の南辺に在る。《合誠図》にいう、土司空は土功と城垣を主管す。石申はいう、土司空の四つの星は、青丘に靠近す。司空は水土の事務を稽察する官で、星の色が黄くして潤沢であれば、すなわち吉兆である。《巫咸賛》にいう、土司空は疆界・区域と社稷・族神および土壤・糞壅のこれら農工の事を主管す。

陽門星占 十

巫咸曰:“陽門二星,在庫樓東北。”《巫咸贊》曰:“陽門戍遠,劍戟楯矛。”

巫咸はいう、「陽門」は二つの星で、位は庫楼の東北の方に在る。《巫咸賛》にいう、陽門は遠方の辺地に戍守し、剣・戟・盾・矛のこれらの兵器を配備す。この二つの星が主るは辺関の戍衛と守御の武備である。

頓頑星占 十一

巫咸曰:“頓頑二星,在折威東南;頓頑,亦獄官也;所以與折威相近。”《巫咸贊》曰:“頓頑捕制,察伺獄囚。”

巫咸はいう、「頓頑」は二つの星で、位は折威星の東南の方に在る。頓頑もまた牢獄を掌管する官で、ゆえにその位置は折威星と相隣近す。《巫咸賛》にいう、頓頑は罪人を緝捕し制伏することを負責し、獄中の囚徒を察看伺守す。折威は斬殺を主り、頓頑は拘繫を主り、両者は一に殺し一に囚へ、同じく刑獄の星に属す。

従官星占 十二

巫咸曰:“從官二星,在房星南。”《巫咸贊》曰:“從官二星,主疾病醫。”

巫咸はいう、「従官」は二つの星で、位は房宿の南辺に在る。《巫咸賛》にいう、従官のこの二つの星は、疾病と医薬の事を主り、天上に君王に随侍する医官に相当し、疾疫と診治の得失を占候するはいずれもそれを看る。

天輻星占 十三

巫咸曰:“天輻二星,在房,距西星;天輻,宰乘興之官也。”《元命苞》曰:“天輻,主言祠事,氣有離合,設禱謝。”(宋均曰:離星相遠也;合星相近。)焦延壽曰:“天輻近尾,吉;遠尾,天下有為害者。”《巫咸贊》曰:“天輻陳駕,被軒鸞旗。”

巫咸はいう、「天輻」は二つの星で、房宿の内に在り、西辺のあのを以て距星(方位を量度する基準星)と為す。天輻は君王の車駕を主管する官である(「乗興」は当に「乗輿」と作るべし)。緯書《元命苞》にいう、天輻は祭祀・祷告の言辞を主り、星気に分離と聚合の分別あり、これに拠って祭を設け祷謝す。原書の小注に宋均を引いていう、いわゆる「離」とは、星と星の相距ること較遠で、いわゆる「合」とは、星と星の相互に靠近するである。焦延寿はいう、天輻が尾宿に靠近すれば、吉で、尾宿を遠離すれば、天下にすなわち乱を作し為害する人あり。《巫咸賛》にいう、天輻は車駕を陳列し、軒車と鸞旗を披掛す。

鍵閉星占 十四

巫咸曰:“鍵閉一星,在房東北;鍵閉主鑰,關門之官。”(《天官書》:鈐北一星,牽前。《天文志》曰:常也。)《荊州占》曰:“鍵閉星明,則道大昌;不明,則闇亂,宮門不禁,津樑隔絕。”《巫咸贊》曰:“鍵閉司察,心腹口喉。”

巫咸はいう、「鍵閉」はただ一つの星で、位は房宿の東北に在る。鍵閉は門鑰を掌管し、門を関し錠を落とすを負責する官である。原書の小注にいう、《史記・天官書》は鈐星より以北に一つの星あり、前に牽すと講う。《漢書・天文志》はこれを常態という——ここの小注の文字に脱誤あり。《荊州占》にいう、鍵閉星が明亮すれば、道路はすなわち大いに通暢し、もし明亮でなければ、すなわち昏暗混乱し、宮門は禁衛を失い、渡口と橋梁もまた隔絶して通ぜず。《巫咸賛》にいう、鍵閉は出入りを稽察することを負責し、人の身の上の心腹と口喉のごとく、最も緊要の関口である。

罰星占 十五

巫咸曰:“罰三星,在東咸西,南北列。”《巫咸贊》曰:“罰星受金,罰贖市租。”

巫咸はいう、「罰」は全部で三つの星で、位は東咸の西辺に在り、南北に一列に排す。《巫咸賛》にいう、罰星は金銭を收受し、罰金・贖罪と市場・税租の徴収を主管す。この一組の星が占するは刑贖と徴斂の当を得るや否やである。

列肆星占 十六

巫咸曰:“列肆二星,在天市中斛西北;列肆,列店也。販鬻金玉珠珍,故在市南。”《巫咸贊》曰:“列肆貨販,金玉璣珠。”

巫咸はいう、「列肆」は二つの星で、位は天市垣の中の「斛」星の西北に在る。列肆とはすなわち成排の店鋪で、金玉・珠宝の類の珍貨を販売す。ゆえに市の南辺に設く。《巫咸賛》にいう、列肆は貨物の売買を経営し、交易する所は金・玉・玑・珠のこれら珍宝である。

車肆星占 十七

巫咸曰:“車肆二星,在天市門左星內。”《巫咸贊》曰:“車肆二星,百賈肆區;車肆者,列車服之賈,百品隨類區別也。”

巫咸はいう、「車肆」は二つの星で、位は天市垣門の左枢星の裏側に在る。《巫咸賛》にいう、車肆の二つの星は、衆多の商賈が各々分区する市肆である。いわゆる車肆とは、すなわち車輌と服用の物を陳列する商行で、各種の貨品は類に按じて分区して陳設す。

帛度星占 十八

帛度二星,在宗星東北。《巫咸贊》曰:“帛度賣習,與平者俱。”

「帛度」は二つの星で、位は宗星の東北の方に在る。《巫咸賛》にいう、帛度は布帛の売買と丈量の成習を主り、平准・物価を掌管する官と職を同じくして事を共にす。この二つの星が占するは布帛の尺度と市価の公平なるや否やである。

屠肆星占 十九

巫咸曰:“屠肆二星,在帛度北。”《巫咸贊》曰:“屠肆烹煞盛饌,賓娛樓星,監市斗,食毒夫。”(屠宰之肆,以供侍賓客相娛樂。)

巫咸はいう、「屠肆」は二つの星で、位は帛度の北辺に在る。《巫咸賛》にいう、屠肆は宰殺・烹煮し、豊盛の肴饌を办治し、賓客の宴飲・取楽に供し、傍に楼星あり、また市易を監察する斗星あり、および君のために食を嘗め毒を辨する人あり——この幾句の賛語の文字は畧かに訛脱あり。原書の小注にいう、屠肆とはすなわち屠宰の作坊で、以て賓客を招待し相い娯楽する需を供応す。

奚仲星占 二十

巫咸曰:“奚仲四星,如衡狀,在天津北。”《巫咸贊》曰:“奚仲彌輪,路軨優絝。”(奚仲,車正也,軨在軾前,優絝,覆軨者也。)

巫咸はいう、「奚仲」は全部で四つの星で、一根の秤衡のごとく排列し、位は天津の北辺に在る。《巫咸賛》にいう、奚仲は車輪を遍く造り、車上に路軨と優絝を装す。原書の小注が解釈する、奚仲は夏代に車政を主管した「車正」で、「軨」は車軾の前の欄木で、「優絝」はすなわち軨の上に覆蓋する帷幔である。この一組の星は専ら車を造ると車駕の事を主る。

鉤星占 二十一

巫咸曰:“鉤九星,如鉤狀,在造父北。”《禮含文嘉》曰:“王者賜命,諸侯皆如其德,則陰陽和,風雨時,其九為鉤曲直。”(宋均曰:天之九星,主珍異,今賜諸侯,亦所以顯異之也;應於主珍之星,故為之曲,有直者也。)

巫咸はいう、「鉤」は全部で九つの星で、形状は一只の彎鉤に似て、位は造父の北辺に在る。緯書《礼含文嘉》にいう、帝王が爵命を頒賜し、諸侯の受くる所がいずれも各々の徳行と相称すれば、すなわち陰陽は調和し風雨は時に応じ、この九つの星はすなわち曲あり直ある形状を呈す。原書の小注に宋均を引いていう、天上のこの九つの星は珍奇・異宝を主り、今用いて諸侯に賜うは、まさに彼らの殊異を表彰せんとするにある。それは珍宝を主る星と相応ず。ゆえに彎曲の形に排列し、その中にも端直あり。

《荊州占》曰:“鉤星非其故,地動。”《巫咸贊》曰:“鉤星戒道,傳路宣與。”

《荊州占》にいう、鉤星がもし変じて元来の様子に似ざれば、すなわち地震あるべし。《巫咸賛》にいう、鉤星は出行のために道を清め戒厳し、駅伝の路途の上に詔命を宣布し賞賜を頒授す。ゆえにそれは既に珍宝・賜命を主り、また道路と伝駅の事をも主る。

天桴星占 二十二

巫咸曰:“天桴四星,在河鼓左旗端,南北列。”《黃帝占》曰:“天桴者,一名奚仲;星在河鼓東,天桴前近,河鼓則鼓用。”又曰:“天桴動,桴鼓用。”巫咸曰:“天桴星明,軍鼓鳴。”《荊州占》曰:“天桴星不明,度數改,漏刻失時。”《巫咸贊》曰:“天桴應度,節漏省時;(天桴,鼓槌也。)謂應漏刻時節也。”

巫咸はいう、「天桴」は全部で四つの星で、位は河鼓の左旗の末端に在り、南北に一列に排す。《黄帝占》にいう、天桴はまた「奚仲」と呼ばれる。それは河鼓の東辺に在り、天桴がもし前移して河鼓に靠近すれば、軍中の戦鼓はまさに動用する。またいう、天桴星が移動すれば、鼓槌と戦鼓はまさに用場に派する。巫咸はいう、天桴星が明亮すれば、軍鼓はまさに敲き響かす。《荊州占》にいう、天桴星が明亮でなければ、暦法の度数はまさに更改し、漏刻の計時もまた失准す。《巫咸賛》にいう、天桴は天度と相応じ、漏刻を調節し時辰を審定す——原書の小注にいう、天桴とはすなわち鼓槌である。この句が講うはそれが漏刻・時節と相応ずるを講う。

天鑰星占 二十三

巫咸曰:“天鑰八星,在南斗南杓第二星西。”(天鑰,琯鑰也。)《巫咸贊》曰:“天鑰祀記,稽問莫疑。”

巫咸はいう、「天鑰」は全部で八つの星で、位は南斗の斗杓の南辺第二の星の西方に在る。原書の小注にいう、天鑰とはすなわち「琯鑰」、すなわち門鎖と鑰匙である。《巫咸賛》にいう、天鑰は祭祀の記録簿冊を主り、稽核・査問はいずれも清楚明白で、可疑の処なし。

天淵星占 二十四

巫咸曰:“天淵十星,在鱉東南,九坎間;一名天淵,一名天海,主灌溉之官。”《廣雅》曰:“天淵,轅路寢。”《巫咸贊》曰:“天淵灌溉,盈滿淵區。”

巫咸はいう、「天淵」は全部で十の星で、位は鼈星の東南の方・九坎の諸星の間に在る。それは一名を天淵といい、一名を天海といい、灌溉を主管する官である。《広雅》にいう、天淵はまた「轅路寝」と呼ばれる。《巫咸賛》にいう、天淵は灌溉の事を主管し、水流は充盈して整片の淵池に注満す。およそ水利の蓄泄・田畝の澆灌の豊歉は、いずれもこの一組の星を看る。

斉星占 二十五

齊一星,在九坎東。

斉国の星はただ一つで、位は九坎の東辺に在る。それはこの一組の「十二国星」の頭の一つで、戦国時の斉国の疆域に対応し、およそ今の山東北部の一帯に当たる。この星に一たび変異あれば、災祥はすなわち斉の地に応ず。

趙星占 二十六

趙二星,在齊西北。

趙国の星は二つで、位は斉星の西北の方に在る。それは戦国の趙の地に対応し、およそ今の河北南部と山西中部に当たる。その明暗と動揺を観察すれば、すなわち趙の地の一方の興衰・禍福を推知すべし。

鄭星占 二十七

鄭一星,在趙東北。

鄭国の星はただ一つで、位は趙星の東北の方に在る。それは春秋の鄭国の故地に対応し、今の河南の新鄭の一帯に在り、以て中原の腹心の地区の吉凶を占候す。

越星占 二十八

越一星,在鄭西北。

越国の星はただ一つで、位は鄭星の西北の方に在る。それは越の地に対応し、すなわち今の浙江東部の沿海の一帯で、東南方の浜海の諸国の星象の繋る所である。

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